特許第6254295号(P6254295)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6254295Ni系スパッタリングターゲット材および磁気記録媒体
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6254295
(24)【登録日】2017年12月8日
(45)【発行日】2017年12月27日
(54)【発明の名称】Ni系スパッタリングターゲット材および磁気記録媒体
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/34 20060101AFI20171218BHJP
   G11B 5/851 20060101ALI20171218BHJP
   G11B 5/738 20060101ALI20171218BHJP
   C22C 30/00 20060101ALI20171218BHJP
   C22C 19/03 20060101ALI20171218BHJP
   C22C 19/07 20060101ALI20171218BHJP
   B22F 1/00 20060101ALN20171218BHJP
【FI】
   C23C14/34 A
   G11B5/851
   G11B5/738
   C22C30/00
   C22C19/03 G
   C22C19/07 G
   !B22F1/00 X
【請求項の数】4
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2016-549522(P2016-549522)
(86)(22)【出願日】2016年3月10日
(86)【国際出願番号】JP2016057596
(87)【国際公開番号】WO2016143858
(87)【国際公開日】20160915
【審査請求日】2016年8月1日
(31)【優先権主張番号】特願2015-49642(P2015-49642)
(32)【優先日】2015年3月12日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100091982
【弁理士】
【氏名又は名称】永井 浩之
(74)【代理人】
【識別番号】100091487
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 行孝
(74)【代理人】
【識別番号】100082991
【弁理士】
【氏名又は名称】佐藤 泰和
(74)【代理人】
【識別番号】100105153
【弁理士】
【氏名又は名称】朝倉 悟
(74)【代理人】
【識別番号】100172557
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 啓靖
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 浩 之
(72)【発明者】
【氏名】松 原 慶 明
(72)【発明者】
【氏名】新 村 夢 樹
(72)【発明者】
【氏名】澤 田 俊 之
【審査官】 中野 和彦
(56)【参考文献】
【文献】 特開2012−128933(JP,A)
【文献】 特開2013−032573(JP,A)
【文献】 特開2012−087412(JP,A)
【文献】 特開平06−184740(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/34
C22C 19/03
C22C 19/07
C22C 30/00
G11B 5/738
G11B 5/851
B22F 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Fe−Ni−Co−M系合金(ここで、xは、前記合金におけるFe、NiおよびCoの合計含有量(at.%基準)に対するFeの含有量(at.%基準)の比を表し、yは、前記合金におけるFe、NiおよびCoの合計含有量(at.%基準)に対するNiの含有量(at.%基準)の比を表し、zは、前記合金におけるFe、NiおよびCoの合計含有量(at.%基準)に対するCoの含有量(at.%基準)の比を表す。)を含んでなる、Ni系スパッタリングターゲット材であって、
前記合金は、M元素として、W、Mo、Ta、Cr、VおよびNbから選択される1種または2種以上のM1元素を合計で2〜20at.%、Al、Ga、In、Si、Ge、Sn、Zr、Ti、Hf、B、Cu、P、CおよびRuから選択される1種または2種以上のM2元素を合計で0〜10at%含有し、残部がNiと、FeおよびCoのうちの1種または2種と、不可避的不純物とからなり、
x+y+z=100としたとき、xは0〜50、yは20〜98、かつ、zは0〜60であり、
前記合金は、Feα−Niβ−Coγ相(ここで、αは、前記Feα−Niβ−Coγ相におけるFe、NiおよびCoの合計含有量(at.%基準)に対するFeの含有量(at.%基準)の比を表し、βは、前記Feα−Niβ−Coγ相におけるFe、NiおよびCoの合計含有量(at.%基準)に対するNiの含有量(at.%基準)の比を表し、γは、前記Feα−Niβ−Coγ相におけるFe、NiおよびCoの合計含有量(at.%基準)に対するCoの含有量(at.%基準)の比を表す。)を含んでなるミクロ組織を有し、
α+β+γ=100としたとき、βは20〜35、かつ、γは30以下であり、
前記ミクロ組織は、前記Feα−Niβ−Coγ相に固溶したM元素、および/または、Fe、NiおよびCoのうちの少なくとも1種の元素と化合物を形成したM元素を含んでなることを特徴とする、Ni系スパッタリングターゲット材。
【請求項2】
前記合金が、前記M元素として、前記M1元素に加えて、Al、Ga、In、Si、Ge、Sn、Zr、Ti、Hf、B、Cu、P、CおよびRuから選択される1種または2種以上のM2元素を合計で1〜10at%含有することを特徴とする、請求項1に記載のNi系スパッタリングターゲット材。
【請求項3】
磁気記録媒体のシード層用である、請求項1または2に記載のNi系スパッタリングターゲット材。
【請求項4】
請求項1または2に記載のNi系スパッタリングターゲット材を使用してなる磁気記録媒体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Ni系スパッタリングターゲット材および磁気記録媒体、特に、垂直磁気記録媒体において透磁率が低く、強い漏洩磁束が得られ、マグネトロンスパッタリングにおける使用効率が高い磁気記録媒体のシード層用スパッタリングターゲット材および磁気記録媒体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、垂直磁気記録の進歩は著しく、ドライブの大容量化のために、磁気記録媒体の高記録密度化が進められており、従来普及していた面内磁気記録媒体により、さらに高記録密度が実現できる垂直磁気記録方式が実用化されている。ここで、垂直磁気記録方式とは、垂直磁気記録媒体の磁性膜中の媒体面に対して磁化容易軸が垂直方向に配向するように形成したものであり、高記録密度に適した方法である。
【0003】
そして、垂直磁気記録方式においては、記録密度を高めた磁気記録膜層と軟磁性膜層とを有する記録媒体が開発されており、このような媒体構造では、軟磁性層と磁気記録層の間にシード層や下地膜層が製膜された記録媒体が開発されている。この垂直磁気記録方式用のシード層には一般に、NiW系の合金が用いられている。
【0004】
シード層に求められる特性の一つは、その名が示すように、シード層の上に形成される層の配向性を制御し、磁気情報を記録する磁性膜の磁化容易軸を媒体面に対して垂直に配向させる為に、シード層自身は単独のfcc構造を有すると共に、媒体面と平行な面が(111)面に配向する事である。また、近年、ハードディスクドライブの磁気記録特性を改善する一つの手法として、シード層に磁性を持たせる方法が検討されるようになってきた。そのため上述のようにシード層用合金として求められる特性を備えると共に、磁性を有するシード層用合金の開発が求められている。磁性を有するシード層用合金としては、例えば、特開2012−128933号公報(特許文献1)に開示されているように、Ni−Fe−Co−M系の合金が提案されている。なお、軟磁性層とシード層の大きな違いとして、軟磁性層ではノイズ低減のためにアモルファスであることが求められるが、シード層ではシード層の上に形成される層の配向を制御する作用が要求されており、非晶質であるアモルファスとは反対に高い結晶性を有することが求められる。
【0005】
上述したシード層の成膜には、一般にマグネトロンスパッタリング法が用いられている。このマグネトロンスパッタリング法とは、ターゲット材の背後に磁石を配置し、ターゲット材の表面に磁束を漏洩させて、その漏洩磁束領域にプラズマを収束させることにより高速成膜を可能とするスパッタリング法である。このマグネトロンスパッタリング法はターゲット材のスパッタ表面に磁束を漏洩させることに特徴があるため、ターゲット材自身の透磁率が高い場合にはターゲット材のスパッタ表面にマグネトロンスパッタリング法に必要十分な漏洩磁束を形成するのが難しくなる。そこで、ターゲット材自身の透磁率を極力低減しなければならない。
【0006】
透磁率を低減する手法の一例として、特開2010−248603号公報(特許文献2)に開示されているように、Feに対してNiを25〜35原子%含有するFe−25〜35原子%Ni合金粉末を原料粉末に用いることで透磁率を低減させる方法が提案されている。この方法では、重量比でFe:Ni=70:30において磁性がなくなるという特徴を利用したターゲット材の組織制御を行うことでターゲット材自身の飽和磁束密度を低減させることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2012−128933号公報
【特許文献2】特開2010−248603号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献2の方法は軟磁性層用Co−Fe系ターゲット材にのみ適応でき、シード層用ターゲット材には対応していない。また、特許文献2で使用されているFe−25〜35原子%Ni合金粉末は、FeおよびNiの2元系であり、第3元素の添加された粉末を使用した例は示されていない。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上述のような要求を十分達成するために、本発明者らは鋭意開発を進めた結果、透磁率が低く、大きな漏洩磁束が得られ、マグネトロンスパッタリングにおける使用効率が高いシード層用スパッタリングターゲット材を見出し、本発明を完成させるに至った。
【0010】
本発明は、以下の発明を包含する。
(1)Fe−Ni−Co−M系合金(ここで、xは、前記合金におけるFe、NiおよびCoの合計含有量(at.%基準)に対するFeの含有量(at.%基準)の比を表し、yは、前記合金におけるFe、NiおよびCoの合計含有量(at.%基準)に対するNiの含有量(at.%基準)の比を表し、zは、前記合金におけるFe、NiおよびCoの合計含有量(at.%基準)に対するCoの含有量(at.%基準)の比を表す。)を含んでなる、Ni系スパッタリングターゲット材であって、
前記合金は、M元素として、W、Mo、Ta、Cr、VおよびNbから選択される1種または2種以上のM1元素を合計で2〜20at.%、Al、Ga、In、Si、Ge、Sn、Zr、Ti、Hf、B、Cu、P、CおよびRuから選択される1種または2種以上のM2元素を合計で0〜10at%含有し、残部がNiと、FeおよびCoのうちの1種または2種と、不可避的不純物とからなり、
x+y+z=100としたとき、xは0〜50、yは20〜98、かつ、zは0〜60であり、
前記合金は、Feα−Niβ−Coγ相(ここで、αは、前記Feα−Niβ−Coγ相におけるFe、NiおよびCoの合計含有量(at.%基準)に対するFeの含有量(at.%基準)の比を表し、βは、前記Feα−Niβ−Coγ相におけるFe、NiおよびCoの合計含有量(at.%基準)に対するNiの含有量(at.%基準)の比を表し、γは、前記Feα−Niβ−Coγ相におけるFe、NiおよびCoの合計含有量(at.%基準)に対するCoの含有量(at.%基準)の比を表す。)を含んでなるミクロ組織を有し、
α+β+γ=100としたとき、βは20〜35、かつ、γは30以下であり、
前記ミクロ組織は、前記Feα−Niβ−Coγ相に固溶したM元素、および/または、Fe、NiおよびCoのうちの少なくとも1種の元素と化合物を形成したM元素を含んでなることを特徴とする、Ni系スパッタリングターゲット材。
(2)前記合金が、前記M元素として、前記M1元素に加えて、Al、Ga、In、Si、Ge、Sn、Zr、Ti、Hf、B、Cu、P、CおよびRuから選択される1種または2種以上のM2元素を合計で1〜10at%含有することを特徴とする、前記(1)に記載のNi系スパッタリングターゲット材。
(3)磁気記録媒体のシード層用である、前記(1)または(2)に記載のNi系スパッタリングターゲット材。
(4)前記(1)または(2)に記載のNi系スパッタリングターゲット材を使用してなる磁気記録媒体。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、効率よくマグネトロンスパッタリングが行えるFe−Ni−Co−M系スパッタリングターゲット材を提供でき、垂直磁気記録媒体のようにFe−Ni−Co系合金のシード層を必要とする工業製品を製造する上で極めて有効な技術となる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明について説明する。
本発明は、Fe−Ni−Co−M系合金を含んでなるNi系スパッタリングターゲット材(好ましくは、磁気記録媒体のシード層用のNi系スパッタリングターゲット材)に関する。なお、本明細書において、Fe−Ni−Co−M系合金を「Fe−Ni−Co−M系合金」と表記する場合がある。
【0013】
組成式Fe−Ni−Co−Mにおいて、xは、Fe−Ni−Co−M系合金におけるFe、NiおよびCoの合計含有量(at.%基準)に対するFeの含有量(at.%基準)の比を表し、yは、Fe−Ni−Co−M系合金におけるFe、NiおよびCoの合計含有量(at.%基準)に対するNiの含有量(at.%基準)の比を表し、zは、Fe−Ni−Co−M系合金におけるFe、NiおよびCoの合計含有量(at.%基準)に対するCoの含有量(at.%基準)の比を表す。
【0014】
Fe−Ni−Co−M系合金において、x+y+z=100としたとき、x(Feの割合)は0〜50、y(Niの割合)は20〜98、かつ、z(Coの割合)は0〜60である。Fe−Ni−Co−M系合金において、Fe:Ni:Co=0〜50:98〜20:0〜60とすることにより、シード層に求められるfcc構造を得ることができる。
【0015】
Fe−Ni−Co−M系合金は、M元素として、W、Mo、Ta、Cr、VおよびNbから選択される1種または2種以上のM1元素を合計で2〜20at.%、Al、Ga、In、Si、Ge、Sn、Zr、Ti、Hf、B、Cu、P、CおよびRuから選択される1種または2種以上のM2元素を合計で0〜10at%含有し、残部がNiと、FeおよびCoのうちの1種または2種と、不可避的不純物とからなる。M1元素(W,Mo,Ta,Cr,V,Nbから選択される元素)は、高融点を持つbcc系金属であり、本発明で規定する成分範囲でfccであるFe−Ni−Co系に添加することにより、そのメカニズムは明確ではないが、シード層に求められる(111)面への配向性を改善させることができるとともに、結晶粒を微細化させることができる。W,Mo,Ta,Cr,V,Nbから選択される1種または2種以上のM1元素(原子)の合計含有量は、2〜20at.%とする。M1元素の合計含有量が2at.%未満ではその効果が十分でなく、また、M1元素の合計含有量が20at.%を超えると化合物が析出するか、アモルファス化する。シード層用合金としてはfcc単相である事が求められることから、M1元素の合計含有量の範囲を2〜20at.%とし、好ましくは5〜15at.%とする。
【0016】
W,Mo,Ta,Cr,V,Nbのうち、(111)面の配向に効果が高い元素は、W,Moである。したがって、Fe−Ni−Co−M系合金は、W,Moの1種または2種を必須成分として含有することが好ましい。この場合、Fe−Ni−Co−M系合金は、W,Moの1種または2種に加えて、Cr,Ta,V,Nbの1種または2種以上を含有してもよい。Niと組み合わせる高融点bcc金属(W,Mo,Ta,Cr,V,Nb)のうち、Mo,WはCrに比べ融点が高く有利である。また、W、Moの添加は、Ta,V,Nbの添加と比較して、アモルファス性を高める方向に作用しないため、シード層に求められるfcc相形成に有利である。Crは、望ましくは5at.%を超えて添加され、5at.%を超えて添加される場合には配向性の点で有利となる。
【0017】
Fe−Ni−Co−M系合金は、M元素として、M1元素に加えて、Al、Ga、In、Si、Ge、Sn、Zr、Ti、Hf、B、Cu、P、CおよびRuから選択される1種または2種以上のM2元素を含有することができる。M2元素(Al,Ga,In,Si,Ge,Sn,Zr,Ti,Hf,B,Cu,P,C,Ruから選択される元素)は、任意成分であるが、(111)面を配向させる元素であり、また、結晶粒を微細化する元素であるため、Fe−Ni−Co−M系合金は、1種または2種以上のM2元素を含有することが好ましい。Al,Ga,In,Si,Ge,Sn,Zr,Ti,Hf,B,Cu,P,CおよびRuから選択される1種または2種以上のM2元素の合計含有量は、1〜10at.%とすることが好ましい。M2元素の合計含有量が10at.%を超えると化合物が生じたり、アモルファス化したりするおそれがあることから、その上限を10at.%とすることが好ましく、5at.%とすることがさらに好ましい。また、M1元素の合計含有量とM2元素の合計含有量との和は、25at.%以下とすることが好ましく、20at.%以下とすることがさらに好ましい。
【0018】
Fe−Ni−Co−M系合金は、Feα−Niβ−Coγ相を含んでなるミクロ組織を有する。ミクロ組織の同定は、X線回折、光学顕微鏡等を使用して行うことができる。
【0019】
組成式Feα−Niβ−Coγにおいて、αは、Feα−Niβ−Coγ相におけるFe、NiおよびCoの合計含有量(at.%基準)に対するFeの含有量(at.%基準)の比を表し、βは、Feα−Niβ−Coγ相におけるFe、NiおよびCoの合計含有量(at.%基準)に対するNiの含有量(at.%基準)の比を表し、γは、Feα−Niβ−Coγ相におけるFe、NiおよびCoの合計含有量(at.%基準)に対するCoの含有量(at.%基準)の比を表す。
【0020】
Feα−Niβ−Coγ相において、α+β+γ=100としたとき、β(Niの割合)は20〜35、かつ、γ(Coの割合)は30以下である。β(Niの割合)が20未満または35を超えるか、あるいは、γ(Coの割合)が30を超えると、飽和磁束密度(Bs)が高くなるからである。γ(Coの割合)は、15以下とすることが好ましく、5以下とすることがさらに好ましい。なお、β(Niの割合)が20〜35、かつ、γ(Coの割合)が30以下である場合、α(Feの割合)は35〜80であり、β(Niの割合)が20〜35、かつ、γ(Coの割合)が15以下である場合、α(Feの割合)は50〜80であり、β(Niの割合)が20〜35、かつ、γ(Coの割合)が5以下である場合、α(Feの割合)は60〜80である。
【0021】
ミクロ組織は、Feα−Niβ−Coγ相に固溶したM元素、および/または、Fe、NiおよびCoのうちの少なくとも1種の元素と化合物を形成したM元素を含んでなる。M1元素はFe−Ni−Co−M系合金の必須成分であるので、ミクロ組織は、Feα−Niβ−Coγ相に固溶したM1元素、および/または、Fe、NiおよびCoのうちの少なくとも1種の元素と化合物を形成したM1元素を含んでなる。Fe−Ni−Co−M系合金におけるM1元素の合計含有量を2〜20at.%とすることにより、Feα−Niβ−Coγ相にM1元素を固溶させることができる、および/または、Fe、NiおよびCoのうちの少なくとも1種の元素とM1元素との化合物を形成させることができる。これにより、Fe−Ni−Co−M系合金の磁性を低減させることができる。Fe−Ni−Co−M系合金において、M1元素の合計含有量が2at.%未満であると、固溶の効果あるいは化合物形成元素としての効果が十分ではなく、M1元素の合計含有量が20at.%を超えると、化合物が増加し、脆くなるため、M1元素の合計含有量は2〜20at.%、好ましくは2〜15at.%、さらに好ましくは3〜12at.%とする。
【0022】
Fe−Ni−Co−M系合金がM元素としてM1元素に加えて1種または2種以上のM2元素を含有する場合、ミクロ組織は、Feα−Niβ−Coγ相に固溶したM2元素、および/または、Fe、NiおよびCoのうちの少なくとも1種の元素と化合物を形成したM2元素を含んでなる。Fe−Ni−Co−M系合金におけるM2元素の合計含有量を1〜10at.%とすることにより、Feα−Niβ−Coγ相にM2元素を固溶させることができる、および/または、Fe、NiおよびCoのうちの少なくとも1種の元素とM2元素との化合物を形成させることができる。これにより、Fe−Ni−Co−M系合金の磁性を低減させることができる。Fe−Ni−Co−M系合金において、M2元素の合計含有量が1at.%未満であると、固溶の効果あるいは化合物形成元素としての効果が十分ではなく、M2元素の合計含有量が10at.%を超えると、化合物が増加し、脆くなるため、M2元素の合計含有量は1〜10at.%とすることが好ましい。
【0023】
Fe−Ni−Co−M系合金は、Feα1−Niβ1−Coγ1−M系合金粉末およびその他の原料粉末を所定の比率で混合し、混合粉末を加圧焼結することにより製造することができる。混合粉末の加圧焼結には、例えば、ホットプレス、熱間静水圧プレス、通電加圧焼結、熱間押し出しなどを適用することができる。
【0024】
Feα1−Niβ1−Coγ1−M系合金粉末およびその他の原料粉末を所定の比率で混合し、混合粉末を加圧焼結することにより、Fe−Ni−Co−M系合金を製造する場合、Fe−Ni−Co−M系合金が有するFeα−Niβ−Coγ相は、Feα1−Niβ1−Coγ1−M系合金粉末に由来する。
【0025】
組成式Feα1−Niβ1−Coγ1−Mにおいて、α1は、Feα1−Niβ1−Coγ1−M系合金粉末におけるFe、NiおよびCoの合計含有量(at.%基準)に対するFeの含有量(at.%基準)の比を表し、β1は、Feα1−Niβ1−Coγ1−M系合金粉末におけるFe、NiおよびCoの合計含有量(at.%基準)に対するNiの含有量(at.%基準)の比を表し、γ1は、Feα1−Niβ1−Coγ1−M系合金粉末におけるFe、NiおよびCoの合計含有量(at.%基準)に対するCoの含有量(at.%基準)の比を表す。
【0026】
Feα1−Niβ1−Coγ1−M系合金粉末において、α1+β1+γ1=100としたとき、β1(Niの割合)は20〜35、かつ、γ1(Coの割合)は30以下であることが好ましい。β1(Niの割合)が20未満または35を超えるか、あるいは、γ1(Coの割合)が30を超えると、飽和磁束密度(Bs)が高くなるからである。γ1(Coの割合)は、15以下とすることが好ましく、5以下とすることがさらに好ましい。なお、β1(Niの割合)が20〜35、かつ、γ1(Coの割合)が30以下である場合、α1(Feの割合)は35〜80であり、β1(Niの割合)が20〜35、かつ、γ1(Coの割合)が15以下である場合、α1(Feの割合)は50〜80であり、β1(Niの割合)が20〜35、かつ、γ1(Coの割合)が5以下である場合、α1(Feの割合)は60〜80である。
【0027】
Feα1−Niβ1−Coγ1−M系合金粉末は、M元素として、W、Mo、Ta、Cr、VおよびNbから選択される1種または2種以上のM1元素を含有することができる。Feα1−Niβ1−Coγ1−M系合金粉末におけるM1元素の合計含有量(at.%基準)は、2〜20at.%とすることが好ましい。Feα1−Niβ1−Coγ1−M系合金粉末におけるM1元素の合計含有量を2〜20at.%とすることにより、Feα−Niβ−Coγ相にM1元素を固溶させることができる、および/または、Fe、NiおよびCoのうちの少なくとも1種の元素とM1元素との化合物を形成させることができる。これにより、Fe−Ni−Co−M系合金の磁性を低減させることができる。Feα1−Niβ1−Coγ1−M系合金粉末において、M1元素の合計含有量が2at.%未満であると、固溶の効果あるいは化合物形成元素としての効果が十分ではなく、M1元素の合計含有量が20at.%を超えると、化合物が増加し、脆くなるため、M1元素の合計含有量は2〜20at.%、好ましくは2〜15at.%、さらに好ましくは3〜12at.%とする。
【0028】
Feα1−Niβ1−Coγ1−M系合金粉末は、M元素として、Al、Ga、In、Si、Ge、Sn、Zr、Ti、Hf、B、Cu、P、CおよびRuから選択される1種または2種以上のM2元素を含有することができる。Feα1−Niβ1−Coγ1−M系合金粉末におけるM2元素の合計含有量(at.%基準)は、1〜10at.%とすることが好ましい。Feα1−Niβ1−Coγ1−M系合金粉末におけるM2元素の合計含有量を1〜10at.%とすることにより、Feα−Niβ−Coγ相にM2元素を固溶させることができる、および/または、Fe、NiおよびCoのうちの少なくとも1種の元素とM2元素との化合物を形成させることができる。これにより、Fe−Ni−Co−M系合金の磁性を低減させることができる。Feα1−Niβ1−Coγ1−M系合金粉末において、M2元素の合計含有量が1at.%未満であると、固溶の効果あるいは化合物形成元素としての効果が十分ではなく、M2元素の合計含有量が10at.%を超えると、化合物が増加し、脆くなるため、M2元素の合計含有量は1〜10at.%とすることが好ましい。
【0029】
Feα1−Niβ1−Coγ1−M系合金粉末は、M1元素およびM2元素のうちの一方または両方を含有することができる。両方を含有する場合、M1元素の合計含有量とM2元素の合計含有量との和は、25at.%以下とすることが好ましく、20at.%以下とすることがさらに好ましい。
【0030】
その他の原料粉末としては、目的組成に足りない元素を補う純金属粉末および/または合金粉末を使用することができる。
【0031】
Fe−Ni−Co−M系合金を製造する際に使用される原料粉末のうち、Feα1−Niβ1−Coγ1−M系合金粉末以外の残部(以下「残部原料」という)におけるFe、NiおよびCoの合計含有量(at.%基準)に対するFeの含有量(at.%基準)、Niの含有量(at.%基準)およびCoの含有量(at.%基準)の比を、それぞれ、α2、β2およびγ2とし、α2+β2+γ2=100としたとき、β2(Niの割合)は80〜100、かつ、α2+γ2(Feの割合+Coの割合)は0〜20であることが好ましい。β2(Niの割合)を80〜100とすることにより、Bs≦10kGとすることができる。β2(Niの割合)は、好ましくは85〜100とする。
【0032】
残部原料は、M元素として、W、Mo、Ta、Cr、VおよびNbから選択される1種または2種以上のM1元素を含有することができる。残部原料におけるM1元素の合計含有量(at.%基準)は、2〜20at.%とすることが好ましい。残部原料におけるM1元素の合計含有量を2〜20at.%とすることにより、Feα−Niβ−Coγ相にM1元素を固溶させることができる、および/または、Fe、NiおよびCoのうちの少なくとも1種の元素とM1元素との化合物を形成させることができる。これにより、Fe−Ni−Co−M系合金の磁性を低減させることができる。残部原料において、M1元素の合計含有量が2at.%未満であると、固溶の効果あるいは化合物形成元素としての効果が十分ではなく、M1元素の合計含有量が20at.%を超えると、化合物が増加し、脆くなるため、M1元素の合計含有量は2〜20at.%、好ましくは2〜15at.%、さらに好ましくは3〜12at.%とする。
【0033】
残部原料は、M元素として、Al、Ga、In、Si、Ge、Sn、Zr、Ti、Hf、B、Cu、P、CおよびRuから選択される1種または2種以上のM2元素を含有することができる。残部原料におけるM2元素の合計含有量(at.%基準)は、1〜10at.%とすることが好ましい。残部原料におけるM2元素の合計含有量を1〜10at.%とすることにより、Feα−Niβ−Coγ相にM2元素を固溶させることができる、および/または、Fe、NiおよびCoのうちの少なくとも1種の元素とM2元素との化合物を形成させることができる。これにより、Fe−Ni−Co−M系合金の磁性を低減させることができる。残部原料において、M2元素の合計含有量が1at.%未満であると、固溶の効果あるいは化合物形成元素としての効果がなく、M2元素の合計含有量が10at.%を超えると、化合物が増加し、脆くなるため、M2元素の合計含有量は1〜10at.%とすることが好ましい。
【0034】
残部原料は、M1元素およびM2元素のうちの一方または両方を含有することができる。両方を含有する場合、M1元素の合計含有量とM2元素の合計含有量との和は、25at.%以下とすることが好ましく、20at.%以下とすることがさらに好ましい。
【実施例】
【0035】
以下、本発明について、実施例によって具体的に説明する。
原料粉末として、Fe−Ni−M系合金粉末、Fe−Ni−Co−M系合金粉末およびその他の原料粉末をガスアトマイズ法によって作製した。ガスアトマイズ法は、ガス種類がアルゴンガス、ノズル径が6mm、ガス圧が5MPaの条件で行った。作製した合金粉末のうち、500μm以下に分級した粉末を使用した。なお、その他の原料粉末である純物質の粉末はアトマイズ法以外の製法によるものでもかまわない。また、粉末の作製は、ガスアトマイズ法だけでなく、水アトマイズ法、回転ディスク式アトマイズ法などを適用することができる。
【0036】
表1〜3に示すFe−Ni−Co−M系合金組成を満たすように、上述した方法で作製した、Fe−Ni−M系合金またはFe−Ni−Co−M系合金粉末とその他の原料粉末とを混合し、SC材質からなる封入缶に充填して、到達真空度10-1Pa以上で脱気真空封入した後、加圧焼結方法にて、温度800〜1200℃、圧力100MPa以上、保持時間5時間の条件で成形体を作製し、次いで機械加工により最終形状として外径165〜180mm、厚み3〜10mmのターゲット材を得た。原料粉末の混合はV型混合機を用い、混合時間は1時間とした。なお、混合粉末の加圧焼結方法としては、ホットプレス、熱間静水圧プレス、通電加圧焼結、熱間押し出しなどを適用することができる。
【0037】
作製したターゲット材の透磁率の測定に当たって、外径15mm、内径10mm、高さ5mmのリング試験片を製作し、BHトレーサーを用いて、8kA/mの印加磁場にて最大透磁率(emu)を測定した。表1〜3において、透磁率が500emu以下を「G1(Grade1)」、500emu超〜1000emuを「G2(Grade2)」、1000emuを超えるものを「G3(Grade3)」とした。なお、最大透磁率に関し、G1は、本発明のNi系スパッタリングターゲット材として特に好適であり、G2は、本発明のNi系スパッタリングターゲット材として好適であり、G3は、本発明のNi系スパッタリングターゲット材として不適である。
【0038】
一方、作製したターゲット材の漏洩磁束(Pass−Through−Flux、以下「PTF」と記す。)の測定に当たっては、ターゲット材の裏面に永久磁石を配置し、ターゲット材表面に漏洩する磁束を測定した。この方法は、マグネトロンスパッタ装置に近い状態の漏洩磁束を定量的に測定することができる。実際の測定は、ASTM F2806−01(Standard Test Method for Pass Through Flux of Circular Magnetic Sputtering Targets Method2)に基づいて行い、次式よりPTFを求めた。
(PTF)=100×(ターゲット材を置いた状態での磁束の強さ)÷(ターゲット材を置かない状態での磁束の強さ)(%)
表1〜3において、PTFが10%以上を「G1(Grade1)」、10%未満を「G2(Grade2)」とした。なお、PTFに関し、G1は、本発明のNi系スパッタリングターゲット材として好適であり、G2は、本発明のNi系スパッタリングターゲット材として不適である。
【0039】
【表1】
【0040】
表1において、No.1〜23は本発明の実施例であり、No.24〜30は比較例である。
【0041】
表1において、「成分組成」中の「Fe」、「Ni」および「Co」は、それぞれ、Fe−Ni−Co−M系合金におけるFe、NiおよびCoの合計含有量(at.%基準)に対するFeの含有量(at.%基準)、Niの含有量(at.%基準)およびCoの含有量(at.%基準)の比を表し、それらの比の和(「Fe」+「Ni」+「Co」)は100である。Fe−Ni−Co−M系合金におけるFe、NiおよびCoの合計含有量(at.%基準)は、100at.%からM1の合計含有量(at.%基準)を差し引くことにより求められる。例えば、No.1において、Fe、NiおよびCoの合計含有量(at.%基準)は、100at.%−2at.%=98at.%である。他の表についても同様である。
【0042】
表1において、「原料粉末A」中の「Fe」、「Ni」および「Co」は、それぞれ、原料粉末AにおけるFe、NiおよびCoの合計含有量(at.%基準)に対するFeの含有量(at.%基準)、Niの含有量(at.%基準)およびCoの含有量(at.%基準)の比を表し、それらの比の和(「Fe」+「Ni」+「Co」)は100である。原料粉末AにおけるFe、NiおよびCoの合計含有量(at.%基準)は、100at.%から、原料粉末AにおけるM1の合計含有量(at.%基準)を差し引くことにより求められる。例えば、No.1において、原料粉末AにおけるFe、NiおよびCoの合計含有量(at.%基準)は、100at.%−2at.%=98at.%である。他の表についても同様である。
【0043】
本発明の実施例であるNo.1〜23は、いずれも本発明の条件を満足していることから、最大透磁率は1000emu以下、PTFは10%以上である。一方、比較例であるNo.24、25の平均組成は、本発明の実施例であるNo.3と同一であるが、No.24、25は、原料粉末AにおけるFe、NiおよびCoの合計含有量(at.%基準)に対するNiの含有量(at.%基準)の比が20〜35である(すなわち、合金のミクロ組織中のFeα−Niβ−Coγ相におけるFe、NiおよびCoの合計含有量(at.%基準)に対するNiの含有量(at.%基準)の比が20〜35である)という条件を満たさないため、最大透磁率は1000emuを超え、PTFは10%未満である。比較例であるNo.26、27、29、30の平均組成は、それぞれ、本発明の実施例であるNo.1、9、15、22と同一であるが、No.26、27、29、30は、単一合金粉末を使用して作製されたため、本発明の条件を満たすFeα−Niβ−Coγ相を有さず、いずれも最大透磁率は1000emuを超え、PTFは10%未満である。比較例であるNo.28の平均組成は、本発明の実施例であるNo.10と同一であるが、No.28は、原料粉末AにおけるFe、NiおよびCoの合計含有量(at.%基準)に対するCoの含有量(at.%基準)の比が30以下である(すなわち、合金のミクロ組織中のFeα−Niβ−Coγ相におけるFe、NiおよびCoの合計含有量(at.%基準)に対するCoの含有量(at.%基準)の比が30以下である)という条件を満たさないため、最大透磁率は1000emuを超え、PTFは10%未満である。
【0044】
【表2】
【0045】
表2において、No.31〜53は本発明の実施例であり、No.54〜60は比較例である。
【0046】
本発明の実施例であるNo.31〜53はいずれも本発明の条件を満足していることから、最大透磁率は1000emu以下、PTFは10%以上である。一方、比較例であるNo.54の平均組成は、本発明の実施例であるNo.32と同一であるが、原料粉末AにおけるFe、NiおよびCoの合計含有量(at.%基準)に対するNiの含有量(at.%基準)の比が20〜35である(すなわち、合金のミクロ組織中のFeα−Niβ−Coγ相におけるFe、NiおよびCoの合計含有量(at.%基準)に対するNiの含有量(at.%基準)の比が20〜35である)という条件を満たさないため、最大透磁率は1000emuを超え、PTFは10%未満である。比較例であるNo.55〜60の平均組成は、それぞれ、本発明の実施例であるNo.32、35、40、41、49、53と同一であるが、No.55〜60は単一合金粉末を使用して作製されたため、本発明の条件を満たすFeα−Niβ−Coγ相を有さず、いずれも最大透磁率は1000emuを超え、PTFは10%未満である。
【0047】
【表3】
【0048】
表3において、No.61〜83は本発明の実施例であり、No.84〜90は比較例である。
【0049】
本発明の実施例であるNo.61〜83は、いずれも本発明の条件を満足していることから、最大透磁率は1000emu以下、PTFは10%以上である。比較例であるNo.84〜87、89の平均組成は、それぞれ、本発明のNo.61、74、79、82、83と同一であるが、No.84〜87、89は、単一合金粉末を使用して作製されたため、本発明の条件を満たすFeα−Niβ−Coγ相を有さず、いずれも最大透磁率は1000emuを超え、PTFは10%未満である。比較例であるNo.88、90の平均組成は、それぞれ、本発明の実施例であるNo.82、83と同一であるが、原料粉末AにおけるFe、NiおよびCoの合計含有量(at.%基準)に対するNiの含有量(at.%基準)の比が20〜35である(すなわち、合金のミクロ組織中のFeα−Niβ−Coγ相におけるFe、NiおよびCoの合計含有量(at.%基準)に対するNiの含有量(at.%基準)の比が20〜35である)という条件を満たさないため、最大透磁率は1000emuを超え、PTFは10%未満である。
【0050】
以上に示すように、Fe−Ni−Co−M系合金粉末を原料粉末とすることにより、透磁率が低く大きな漏洩磁束が得られ、マグネトロンスパッタリングにおける使用効率の高いシード層用ターゲット材を得ることができるという極めて優れた効果が奏される。