特許第6255253号(P6255253)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6255253陽極用溶射材料、陽極用溶射皮膜の製造方法及びコンクリート構造物の電気防食方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6255253
(24)【登録日】2017年12月8日
(45)【発行日】2017年12月27日
(54)【発明の名称】陽極用溶射材料、陽極用溶射皮膜の製造方法及びコンクリート構造物の電気防食方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 4/08 20160101AFI20171218BHJP
   C23F 13/00 20060101ALI20171218BHJP
   C22C 21/00 20060101ALI20171218BHJP
【FI】
   C23C4/08
   C23F13/00 R
   C22C21/00 K
【請求項の数】4
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2014-11856(P2014-11856)
(22)【出願日】2014年1月24日
(65)【公開番号】特開2015-137424(P2015-137424A)
(43)【公開日】2015年7月30日
【審査請求日】2016年10月19日
(73)【特許権者】
【識別番号】000183266
【氏名又は名称】住友大阪セメント株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】595089972
【氏名又は名称】株式会社富士技建
(74)【代理人】
【識別番号】100074332
【弁理士】
【氏名又は名称】藤本 昇
(74)【代理人】
【識別番号】100114432
【弁理士】
【氏名又は名称】中谷 寛昭
(72)【発明者】
【氏名】山本 誠
(72)【発明者】
【氏名】若杉 三紀夫
(72)【発明者】
【氏名】山田 謙一
(72)【発明者】
【氏名】入江 政信
(72)【発明者】
【氏名】藤川 圭介
(72)【発明者】
【氏名】小島 裕貴
(72)【発明者】
【氏名】武藤 和好
【審査官】 宮本 靖史
(56)【参考文献】
【文献】 特開2006−063439(JP,A)
【文献】 特開2008−156671(JP,A)
【文献】 特開2009−263739(JP,A)
【文献】 特開2008−144203(JP,A)
【文献】 特開平07−228937(JP,A)
【文献】 特開昭53−100115(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 4/00−6/00
C23F 13/00−13/22
C22C 5/00−25/00
C22C 27/00−28/00
C22C 30/00−30/06
C22C 35/00−45/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
90質量%未満のアルミニウムと亜鉛とインジウムとを含む合金からなる第一金属部分と、
アルミニウムを90質量%以上含む第二金属部分とを備える陽極用溶射材料であって、
亜鉛を1.0質量%超10質量%以下、インジウムを0.01質量%以上0.1質量%以下含み、
アルミニウムの総量に対する前記第二金属部分中に含まれるアルミニウムの量の割合が65質量%以上98質量%以下である陽極用溶射材料。
【請求項2】
前記第一金属部分は、亜鉛を10質量%以上30質量%以下、インジウムを0.1質量%以上0.3質量%以下含む請求項1に記載の陽極用溶射材料。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の陽極用溶射材料を基材に溶射する工程を含む、陽極用溶射皮膜の製造方法
【請求項4】
請求項1又は2に記載の陽極用溶射材料を、内部に鋼材が配置されたコンクリートの表面に溶射することで溶射皮膜を形成し、
前記溶射皮膜を陽極とし、前記鋼材を陰極として、両極間に電流を流すコンクリート構造物の電気防食方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、陽極用溶射材料、陽極用溶射皮膜の製造方法、及びコンクリート構造物の電気防食方法に関する。
【背景技術】
【0002】
コンクリート構造物中に設置された鉄筋などの鋼材の腐食を防止するために、電気防食電極を設置し、該電気防食電極を陽極、前記鋼材を陰極として、両極間に防食電流を流すことで鋼材の腐食を防止する電気防食方法が知られている。
【0003】
かかる電気防食方法としては、外部電源を用いる外部電源方式と、外部電源を用いない流電陽極方式とが知られている。
このうち流電陽極方式は、鋼材よりも自然電位が卑な金属からなる陽極をコンクリート表面等に設置し、該陽極と鋼材とを導線等によって電気的接続し、コンクリートを電解質とする電池作用によって、陽極と鋼材間に防食電流を生じさせて、鋼材の腐食を防止する方法である。
【0004】
かかる流電陽極方式に用いる陽極を設置する方法としては、通常鋼材に用いられる鉄よりも自然電位が卑な金属であるアルミニウム、亜鉛、マグネシウム、およびこれらの合金等から選択される金属の板状体をコンクリート表面にボルト等の固定手段によって固定することがおこなわれている。しかし、板状の陽極を固定手段で固定する作業は、例えば、コンクリートの表面形状が曲面などのように複雑な形状である場合には、固定作業が困難であるという問題がある。
そこで、陽極材料となりうる金属をコンクリート表面に溶射して溶射皮膜によって陽極を形成することが考えられている。
【0005】
例えば、特許文献1には、亜鉛、インジウム、アルミニウムを含む金属の粉末をコアとして、アルミニウムの被覆材で被覆したいわゆるコアードワイヤーを陽極用溶射材料としてコンクリート表面に陽極用の溶射皮膜を形成するコンクリートの電気防食方法が記載されている。
また、特許文献2には、陽極用の陽極用溶射材料として、亜鉛、インジウム、アルミニウムを特定の組成で含むアルミニウム合金が記載されている。
さらに、特許文献3には、コンクリート表面に骨材を含むプライマーを塗布してから、アルミニウム、アルミニウム合金、又は亜鉛−アルミニウム擬合金等の溶射材料から溶射皮膜を形成する電気防食方法が記載されている。
【0006】
一般的に、流電陽極方式における電気防食においては、陽極である溶射皮膜中の金属が溶解していくことで電流を流すため、特に溶射皮膜とコンクリートとの界面部分において、溶射皮膜中の金属が消耗されやすい。よって、防食電流の発生量が多すぎると、界面部分から溶射皮膜が消失してコンクリート表面から溶射皮膜が剥離しやすくなる。
また、同様に防食電流の発生量が多すぎると、溶射皮膜中の金属の溶出速度が速くなり該溶出した金属イオンがコンクリート中の成分と反応を起し水酸化物等として析出する場合がある。かかる析出物が界面に多く生じた場合には電流量が低下し、陽極を長期間使用することが困難になる。
したがって、長期間電気防食を行なう場合には、防食電流の発生量を適度な範囲に調整することが必要であるが、特許文献1乃至3に記載の陽極用溶射材料を用いて形成された溶射皮膜では、防食電流の発生量を適度な範囲に調整することは不十分である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2006−63439号公報
【特許文献2】特開平8−311595号公報
【特許文献3】特開平6−116766号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
そこで、本発明は、防食電流を適度な発生量にすることで、比較的長期間防食電流を通電させることができる陽極用溶射材料、及び陽極用溶射皮膜を提供することを課題とする。
また、本発明は、防食電流を適度な発生量にすることで、比較的長期間防食電流を通電させることができる電気防食方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明にかかる陽極用溶射材料は、
90質量%未満のアルミニウムと亜鉛とインジウムとを含む合金からなる第一金属部分と、
アルミニウムを90質量%以上含む第二金属部分とを備える陽極用溶射材料であって、
亜鉛を1.0質量%超10質量%以下、インジウムを0.01質量%以上0.1質量%以下含み、
アルミニウムの総量に対する前記第二金属部分中に含まれるアルミニウムの量の割合が65質量%以上98質量%以下である。
【0010】
本発明の陽極用溶射材料は、90質量%未満のアルミニウムと亜鉛とインジウムとを含む合金からなる第一金属部分と、アルミニウムを90質量%以上含む第二金属部分とを備える陽極用溶射材料であって、亜鉛を1.0質量%超10質量%以下、インジウムを0.01質量%以上0.1質量%以下含み、アルミニウムの総量に対する前記第二金属部分中に含まれるアルミニウムの量の割合が65質量%以上98質量%以下であることによって、かかる溶射用皮膜を用いて電気防食用の陽極とした場合に、防食電流を適度な発生量にすることができる。よって、長期間防食電流を通電させることができる。
【0011】
本発明にかかる陽極用溶射材料において、前記第一金属部分は、亜鉛を10質量%以上30質量%以下、インジウムを0.1質量%以上0.3質量%以下含んでいてもよい。
【0012】
前記第一金属部分が、亜鉛を10質量%以上30質量%以下、インジウムを0.1質量%以上0.3質量%以下含む場合には、防食電流をより適度な発生量にすることができる。
【0013】
本発明にかかる陽極用溶射皮膜の製造方法は、前記陽極用溶射材料を溶射する工程を含む
【0014】
本発明にかかるコンクリート構造物の電気防食方法は、
前記陽極用溶射材料を、内部に鋼材が配置されたコンクリートの表面に溶射することで溶射皮膜を形成し、
前記溶射皮膜を陽極とし、前記鋼材を陰極として、両極間に電流を流す。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、防食電流を適度な発生量にすることで、比較的長期間防食電流を通電させることができる陽極用溶射材料、及び陽極用溶射皮膜を提供することができる。
また、本発明によれば、防食電流を適度な発生量にすることで、比較的長期間防食電流を通電させることができる電気防食方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】溶射皮膜断面のSEM写真。
図2】溶射皮膜断面のSEM写真。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明に係る陽極用溶射材料、陽極用溶射皮膜、及びコンクリート構造物の電気防食方法の実施形態について説明する。
まず、本実施形態の陽極用溶射材料について説明する。
本実施形態の陽極用溶射材料は、90質量%未満のアルミニウムと亜鉛とインジウムとを含む合金からなる第一金属部分と、アルミニウムを90質量%以上含む第二金属部分とを備える陽極用溶射材料であって、亜鉛を1.0質量%超10質量%以下、インジウムを0.01質量%以上0.1質量%以下含み、アルミニウムの総量に対する前記第二金属部分中に含まれるアルミニウムの量の割合が65質量%以上98質量%以下である。
【0018】
本実施形態の陽極用溶射材料は、後述するようにコンクリート構造物の表面等の基材に溶射され、電気防食用の陽極として使用される溶射皮膜用の溶射材料である。
【0019】
本実施形態の陽極用溶射材料の第一金属部分は、アルミニウム、亜鉛及びインジウムを含む合金である。
第一金属部分中における亜鉛の含有量は特に限定されるものではないが、例えば、10質量%以上30質量%以下、好ましくは18質量%以上28質量%以下である。
第一金属部分中におけるインジウムの含有量は特に限定されるものではないが、例えば、0.1質量%以上0.3質量%以下、好ましくは0.15質量%以上0.25質量%以下である。
第一金属部分中における、アルミニウムの含有量は90質量%未満であれば、特に限定されるものではないが、例えば60質量%以上85質量%以下、好ましくは70質量%以上80質量%以下である。
当該第一金属部分中の各金属の含有量が前記範囲である場合には、溶射用皮膜材料を用いた溶射皮膜を電気防食用の陽極とした場合に、防食電流を発生させやすくなるため好ましい。
【0020】
第一金属部分は、アルミニウム、亜鉛及びインジウムの他に、微量の他の成分を含んでいてもよい。他の成分としては、例えば、Mg、Cu、Mn、Si等が挙げられる。
第一金属部分がこれらの他の成分を含む場合にはその含有量は、例えば、10質量%以下、好ましくは6質量%以下であることが挙げられる。他の成分の含有量がかかる範囲であれば、陽極用溶射材料を用いた溶射皮膜を電気防食用の陽極とした場合に、防食電流の発生を阻害することを抑制できるため好ましい。
【0021】
本実施形態の陽極用溶射材料の第二金属部分は、アルミニウムを含む金属である。
第二金属部分中のアルミニウムの含有量は、90質量%以上100質量%以下、好ましくは96質量%以上100質量%以下、さらに好ましくは100質量%である。
第二金属部分中のアルミニウムの含有量が前記範囲である場合には、溶射用皮膜材料を用いた溶射皮膜を電気防食用の陽極とした場合に、長期間防食電流を発生させ続けやすくなるため好ましい。
【0022】
第二金属部分は、アルミニウムの他に、微量の他の成分を含んでいてもよい。他の成分としては、例えば、Mg、Cu、Mn、Siが挙げられる。
第二金属部分がこれらの他の成分を含む場合にはその含有量は、例えば、10質量%以下、好ましくは6質量%以下であることが挙げられる。他の成分の含有量がかかる範囲であれば、陽極用溶射材料を用いた溶射皮膜を電気防食用の陽極とした場合に、防食電流の発生を阻害することを抑制できるため好ましい。
【0023】
本実施形態の陽極用溶射材料は、第一金属部分と第二金属部分とを備えるものであり、陽極用溶射材料中の第一金属部分と第二金属部分との含有比率は、陽極用溶射材料中のアルミニウムの総量に対する前記第二金属部分中に含まれるアルミニウムの量の割合が65質量%以上98質量%以下、好ましくは、85質量%以上95質量%以下になるように調整される。
第二金属部分中に含まれるアルミニウムの量の割合が前記範囲である場合には、適度な防食電流を長期間発生させ続けやすくなるため好ましい。
【0024】
本実施形態の陽極用溶射材料は、第一金属部分と第二金属部分とを備えるものであり、陽極用溶射材料中の第一金属部分と第二金属部分との含有比率は、亜鉛を1.0質量%超10質量%以下、好ましくは4質量%以上7質量%以下、インジウムを0.01質量%以上0.1質量%以下、好ましくは0.03質量%以上0.07質量%以下含むように調整される。
陽極用溶射材料中の各金属の含有量が前記範囲である場合には、溶射用皮膜材料を用いた溶射皮膜を電気防食用の陽極とした場合に、長期間防食電流を発生させ続けやすくなる。
【0025】
本実施形態において、各金属の含有量については、蛍光X線分析方法を用いて測定する。
具体的には、本実施形態の陽極用溶射材料を第一金属部分と第二金属部分とに分離し、第一金属部分及び第二金属部分における各金属含有量を蛍光X線分析装置でそれぞれ測定し、該測定値と、第一金属部分と第二金属部分の含有比率とから、各金属量を測定する。
【0026】
本実施形態の陽極用溶射材料中の第一金属部分と第二金属部分は、それぞれが別の金属として含まれていることを意味し、第一金属部分と第二金属部分とが合金状態で含まれているものを除く。
【0027】
本実施形態の陽極用溶射材料の形状は、特に限定されるものではなく、粉状、線状、シート状等、溶射方法に適した任意の形状に形成できる。
第一金属部分と第二金属部分とを備える陽極用溶射材料を得る方法としては、例えば、第一金属部分と第二金属部分とをそれぞれ粉状にして両者を混合してもよく、或いは、一方を粉状、他方をシート状に形成、粉状の金属を内部に収容したシート状金属を巻回することで線状に形成してもよい。
このような線状の陽極用溶射材料の場合、粉状の第一金属部分を、シート状の第二金属部分内に収容して巻回することが好ましい。
アーク溶射法等の溶射方法で溶射する場合、溶射材料は線状であることが必要であるが、アルミニウム、亜鉛及びインジウムを含む合金は一般的に線状に成型することが難しい。しかし、シート状の第二金属部分内に粉状の第一金属部分を収容して巻回することで、成型困難なアルミニウム、亜鉛及びインジウムを含む合金である第一金属部分を、線状の陽極用溶射材料とすることが容易にできる。
【0028】
次に、前述のような陽極用溶射材料を基材に溶射することで形成された本実施形態の陽極用溶射皮膜について説明する。
本実施形態の陽極用溶射皮膜は、基材としてのコンクリートの表面等に前記陽極用溶射材料を溶射することで形成されうる。
陽極用溶射皮膜の厚みは、特に限定されるものではなく、電気防食用の陽極として要求される防食電流量、寿命等に合わせて適宜調整することができる。例えば、100μm以上400μm以下、好ましくは200μm以上300μm以下程度が挙げられる。かかる厚みの範囲であれば、適切な防食電流を比較的長期間維持することができるため好ましい。
【0029】
本実施形態の陽極用溶射皮膜は、第一金属部分と第二金属部分とが別の金属として含まれている陽極用溶射材料を溶射することで形成された皮膜であるため、第一金属部分と第二金属部分とがそれぞれ別の金属粒子として混在する皮膜である。
第一金属部分中のアルミニウム、亜鉛及びインジウムを含む合金は、第二金属部分の主成分であるアルミニウムよりも卑であり、該アルミニウムは鋼材の主な材料である鉄よりも卑である。よって、かかる溶射皮膜を電気防食用の陽極として使用した場合には、よりイオン化しやすい第一金属部分と、第一金属部分よりはイオン化しにくく、鋼材よりはイオン化しやすいアルミニウムを多く含む第二金属部分とが粒子として混在することにより、比較的長期間にわたって適度な電気防食電流量を発生させることができる。
【0030】
さらに、本実施形態のコンクリート構造物の電気防食方法について説明する。
本実施形態のコンクリート構造物の電気防食方法は、前述のような本実施形態の陽極用溶射材料を、内部に鋼材が配置されたコンクリートの表面に溶射することで溶射皮膜を形成し、前記溶射皮膜を陽極とし、前記鋼材を陰極として、両極間に電流を流す防食方法である。
【0031】
本実施形態のコンクリート構造物は、例えば、建物、道路、橋梁等、内部の鋼材の腐食を防止する構造物であれば特に限定されるものではない。
陽極用溶射皮膜を形成するコンクリート構造物の表面が、例えば、構造物の側面側や下面側等のように板状等の陽極材をボルト等の固定手段で固定するような大掛かりな設置工事を行いにくい面であったり、あるいは、構造物表面が凹凸や曲面を有する複雑形状であったりしても、本実施形態の電気防食方法においては、溶射によってコンクリート表面に陽極用溶射皮膜を形成するため、陽極の設置が容易に行なえ、且つ、コンクリート表面の形状に密着した状態で陽極を設置することができる。
【0032】
本実施形態における溶射方法としては、特に限定されることなく公知の溶射方法を採用することができる。
例えば、アーク溶射法、フレーム溶射法、プラズマ溶射法等が挙げられ、中でもプラズマ溶射が、緻密で合金材料の溶射時の成分変化が少ないので好ましい。
【0033】
本実施形態における溶射条件は特に限定されるものではないが、溶射距離により成分の変化し、即ち自然電位が変化するので、いずれの溶射機を用いた場合でも、溶射距離を10〜30cmの範囲で出来るだけ一定に保つことが望ましい。
【0034】
本実施形態において、溶射皮膜が形成されるコンクリート表面は、溶射皮膜の付着性を向上させるための前処理を施しても良い。
前記前処理としては、例えば、サンドブラスト等のようにコンクリート表面に凹凸を形成する処理や、骨材等を含むプライマー層を形成する処理等が挙げられる。
【0035】
前記溶射皮膜を陽極とし、前記鋼材を陰極として、両極間に電流を流す方法としては、溶射皮膜と鋼材とを導線等で接続することで、両者を電気的に接続する、いわゆる流電陽極方式が挙げられる。
【0036】
本実施形態のコンクリート構造物の電気防食方法においては、第一金属部分と第二金属部分とが別の金属として含まれている溶射材料を溶射して形成された溶射皮膜を電気防食陽極として鋼材の腐食を防止する。
すなわち、溶射皮膜は前記第一金属部分と前記第二金属部分とがそれぞれ別の金属粒子として混在する皮膜であり、第一金属部分及び第二金属部分はいずれも鋼材の主成分である鉄よりも卑であり、イオン化しやすい。従って、溶射皮膜と鋼材とが導線等で接続されている場合には、鋼材の腐食反応よりも、溶射皮膜中の金属がイオン化する反応が優先的に進み、鋼材の腐食反応を抑制する。そして、溶射皮膜、コンクリート、鋼材、導線、溶射皮膜による電池が形成され、防食電流が流れて鋼材表面の電位差を解消することで鋼材の腐食を防止することができる。
【0037】
溶射皮膜からの金属のイオン化反応は電解質としてのコンクリートとの界面において特に進行していくが、溶射皮膜中には、第一金属部分と第二金属部分とが別の金属として含まれているため、アルミニウムを主成分とする第二金属部分よりも亜鉛などを含む合金である第一金属部分からイオン化反応が進んでいく。
よって、長期間電気防食電流が流れることで、第一金属部分がコンクリート界面付近から消費されていく。しかし、第一金属部分が消費された後にも、第二金属部分が該界面付近には存在するため、該第二金属部分によって防食電流が維持される。
【0038】
一方、第一金属部分のイオン化反応があまり急激に進み、すなわち、陽極と鋼材との間の防食電流があまりに大きい場合には、第一金属部分の消費が早く進みすぎて、溶射皮膜の第一金属部分がコンクリート界面付近において腐食することで、溶射皮膜がコンクリート表面から剥離するおそれがある。
また、第一金属部分から溶出された金属イオンがコンクリート中の他の成分(水酸化イオン等)と反応して析出物として陽極に付着し、イオン化反応が低下することで防食電流が弱くなるおそれがある。
これらの場合には溶射皮膜は陽極として機能しなくなり、交換が必要となる。
【0039】
よって、溶射皮膜を陽極として長期間使用するためには、防食電流を適切な範囲に調整することが望ましい。
防食電流の発生量は、溶射皮膜中に含まれる各金属の種類、量、あるいは溶射皮膜の厚みによって異なるが、本実施形態の電気防食方法においては、例えば、平均電気密度を0.5mA/m2〜10.5mA/m2の範囲にすることができる。従って、比較的長期間電気防食を行なうことができる。
【0040】
本実施形態にかかる陽極用溶射材料、陽極用溶射皮膜及びコンクリート構造物の電気防食方法は以上のとおりであるが、今回開示された実施形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は前記説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【実施例】
【0041】
以下、本発明の実施例について説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0042】
(陽極用溶射材料)
陽極用溶射材料として以下のものを準備した。
・粉体1:Al:Zn:In=79.8:20:0.2(重量比)
・粉体2:Al:Zn:In=32.3:67:0.7(重量比)
・粉体3:Al:Zn:In=90.69:9.0:0.31(重量比)
・シールド材:アルミニウム製シート材
前記粉体1、粉体2または粉体3を、表1に示すようなシールド材との重量比になるように、シールド材の厚みを変化して、巻回したシールド材の内部に収容して線状材料No.1〜9を作製した。
【0043】
(供試体)
幅200mm×奥行き150mm、厚さ100mmの直方体状のコンクリート供試体を作製した。
各供試体中には上面(溶射皮膜を形成する面)から深さ30mm、奥行きの中心部の位置において、幅方向と並行になるように径10mm、長さ200mmの鉄筋を埋め込んだ。
【0044】
(溶射条件)
前記各供試体の上面に前記陽極用溶射材料を溶射して溶射皮膜を形成した(実施例1〜3、比較例1〜7)。
溶射装置としてプラズマアーク溶射機(富士技建社製)を用い、粗面形成材の主材料エポキシ樹脂の耐熱温度120℃を超えないように溶射移行速度を増し、即ち一層当たりの溶射厚さを20〜40μmとし、複数層を積層することで目標厚み300μmとなるように形成した。
尚、実施例1の溶射皮膜の断面を、SEM/EDS(装置名:日立ハイテクノロジーズ社製)を用いて撮影したSEM写真を図1(100倍)、および図2(200倍)に示す。尚、図2は、図1に示す断面における溶射皮膜部分のSEM写真である。
【0045】
[金属量の測定]
金属量を以下の方法で測定した。
まず、前記粉体1〜3をそれぞれ分析試料として、粉体中のAl、Zn、In量(重量%)をXRF(装置名:蛍光X線分析装置、Rigaku社製)を用いて測定した。
つぎに、シールド材をカットしたものを分析試料として、同じ装置を用いてAl、Zn、In量を測定した。測定の結果、シールド材は純度100%のアルミニウムであった。
さらに、線状材料No.1〜9を、粉体とシールド材とに分けて、それぞれの重量を測定した。
前記XRFによって測定された各粉体およびシールド材中の金属量と、粉体とシールド材との重量比とから、線状材料中の各金属の割合を算出した。
表1に、各粉体の金属量、材料中の全Al量および全Al量に対するシールド材中のAl量を算出した結果を表に示す。
【0046】
[電流密度試験]
溶射皮膜を形成した各供試体を湿潤環境(90%RH)で6ヶ月間おき、その間、溶射皮膜と、鉄筋との間に無抵抗電流計(装置名:HA−104A、北斗電工社製)を設置して、電流密度を測定した。
6ヶ月間の平均電流密度、最小電流密度、及び最大電流密度を表1に示す。
尚、平均電流密度は測定した電流密度の和を測定回数で除すことで算出した。
【0047】
[表面形状の評価]
前記電流密度を測定した各供試体の6ヶ月経過後における溶射皮膜の表面形状を目視にて観察した。
結果を表1に示す。
【0048】
【表1】
【0049】
表1に示すように、実施例1〜4は、いずれも平均電流密度が1.0mA/m2以上10mA/m2以下の範囲であり、且つ、6ヶ月経過後にも皮膜表面に析出物は確認されなかった。
一方、材料中の亜鉛又は/及びインジウム量が多く、シールド材が含まれていない比較例1、4、7、材料中の全アルミニウムに対するシールド材からのアルミニウム量が少ない比較例3、材料中の亜鉛及びインジウム量が多い比較例5では、平均電流密度が20mA/m2を超えているか、平均電流密度が1.0mA/m2より小さく、6ヶ月経過後には皮膜表面に析出物や膨れが見られた。
材料中の亜鉛及びインジウム量が少ない比較例2、材料中の全アルミニウムに対するシールド材からのアルミニウム量が多い比較例6、粉体中のアルミニウム量が多い比較例8、粉体中のアルミニウム量が多く、材料中の亜鉛及びインジウム量が少なく、且つ、材料中の全アルミニウムに対するシールド材からのアルミニウム量が多い比較例9では平均電流密度が1.0mA/m2より小さかった。
すなわち、各実施例は、各比較例よりも長期間効果的に電気防食電流を流すことができることが明らかである。
【0050】
また、図2に示すように、実施例の陽極用溶射材料を溶射して得られる溶射皮膜中では、比重が相違する部分は異なる色(黒色部分と白色部分)で現れている。これは材料の第一金属部分に由来する金属部分と、第二金属部分に由来する部分が皮膜中でも完全に一体化されずに存在していることを示す。
図1
図2