【実施例】
【0050】
1.方法
(1)使用動物
8 週齢のC57BL/ 6 Cr Slc 雄マウスを用いた。
【0051】
(2)飼育方法
広島大学自然科学研究支援開発センター生命科学実験部・動物実験部、霞動物実験施設で用意された餌と水を自由に摂取させた。飼育は、明暗サイクル(明期:12時間、暗期12時間)が維持された22-24℃の室内にて、摂食、飲水は自由に行える環境下で行った。すべての実験は広島大学において使用許可を得、実験動物における配慮と使用におけるNational Institute of Health (NIH) ガイドに従って行った。
【0052】
(3)使用細胞
ヒト胎児腎細胞 (HEK 293T 細胞)を用いた。
【0053】
(4)細胞の培養方法
HEK 293 細胞:10 % FCS (ウシ胎児血清) と1 % Antibiotics を含むDMEM(Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium) 培地を用い、37℃、5 % CO
2/95 % air 下で行った。細胞は48 時間以内に新しい培地に交換し維持した。
【0054】
(5)使用薬物
フルルビプロフェン(CAYMAN CHEMICAL)は滅菌水に溶かし、約pH 8.2 になるまで1N NaOHを添加した後、粉末が完全に溶けきるまで室温で撹拌した。
【0055】
(6)FG ビーズによるアフィニティー精製に用いるサンプル調製
in vitro:細胞を10 cmディッシュに播種し、コンフルエントとなった時点でフルルビプロフェンで刺激し、37℃、5 % CO
2/ 95 % air 下で4 時間インキュベートした。各ディッシュを1× PBS で洗浄後、溶解バッファーを適量加え、氷上で20分間静置した。セルスクレーパーで細胞を剥離させ回収し、4 ℃、15,000 rpm、20 分間遠心分離して上清画分を回収した。上清の一部を用いてタンパク定量を行い(タンパク定量参照)、タンパク質濃度を求めた後、各サンプルが6 mg/mL となるように溶解バッファーにて希釈した。
in vivo : マウスを解剖し、摘出した脳・末梢の各組織を液体窒素にて急速冷凍し、その後 -80 ℃で保存した。保存しておいた各組織に溶解バッファーを適量加え、氷冷しながら100 回転ずつホモジナイズ(手動回転)した。これを4 ℃, 15,000 rpm, 45 分間遠心分離し、上清画分を回収した。上清の一部を用いてタンパク定量を行い(タンパク定量参照)、タンパク質濃度を求めた後、各サンプルが6 mg/ mL になるように溶解バッファーで希釈した。
溶解バッファーの組成(最終濃度)
10 mM HEPES-NaOH (pH 7.5)
0.9% NaCl
1 mM EDTA
1 mM Na
3VO
4
10 mM NaF
1% NP-40
10 ng/μL アプロチニン
10 ng/μL ロイペプチン
1 mM PMSF
【0056】
(7)タンパク定量
各サンプルのタンパク質濃度をBradford 法により定量した。このプロテインアッセイの原理は、Bradford 色素結合法に基づいており、タンパク質がCBB (Coomassie Brilliant Blue) G-250 と結合すると、最大吸収波長が465 nm から595 nm に移動することを利用している。タンパク質の定量範囲が50〜500 μg/ mL であるため、その範囲に入るように各サンプルを希釈した。5 倍希釈したBio-Rad Protein Assay 200 μL を96 穴平底プレートに加え、標準物質であるBSA 溶液および各サンプルを添加、混合し、15 分後にマイクロプレートリーダーで波長595 nm の吸光度を測定した。得られた標準BSA溶液の吸光度から検量線を作成し、各サンプルのタンパク質濃度を求めた。
【0057】
(8)FG ビーズへのリガンドの固定化
フルルビプロフェンのタンパク質との結合にはプロピオン酸の部位が重要であると予想したため、4’-ヒドロキシフルルビプロフェンのヒドロキシル基をFG ビーズと結合させることにした。以下に概要を記す。
4’-ヒドロキシフルルビプロフェン
【化4】
1. 1 サンプルあたり2.5 mg (100 μL)のFG ビーズを室温で15,000 rpm、5 分間遠心分離し、上清を廃棄した。
2. ビーズにDMF 500 μL を加えてビーズを分散させ、室温で15,000 rpm、5 分間遠心した後に上清を廃棄した。これを更に2 回繰り返し、計3 回ビーズを洗浄した。
3. 洗浄後ビーズにDMF に溶解した4’-ヒドロキシフルルビプロフェン溶液 (2 mM) 500 μL とK
2CO
3 1.4 mg を添加し、ローテーターを使用して25 rpm、60 ℃、24 時間反応させた。
4. 室温で15,000 rpm,5 分間遠心分離した後に上清を廃棄し、50 % DMF 500 μLで2 回洗浄した。
5. 超純水 500 μL で1 回、50 % MeOH 500 μL で3 回洗浄して50 % MeOH 100 μL中にビーズを分散させた。
【0058】
(9)標的タンパク質のアフィニティー精製
以下、手袋を着用し氷上で操作を行った。
1. 各タンパク質 (6mg/ mL) を100 mM KCl バッファーで3 mg/ mL に希釈し (全250μL/ サンプル)、4 ℃で15,000 rpm、30 分間遠心分離した後に上清を回収した。
2. 3. の遠心分離中にリガンド固定化ビーズを1 サンプルあたり20 μL (0.5 mg) ずつ分注し、100 mM KCl バッファーを加えてビーズを分散した。スピンダウン後磁気分離スタンド(Invitrogen, # 123.21D) を用いて磁気分離した。これを2 回繰り返し、計3回洗浄を行った。
3. 洗浄後のビーズに1.の遠心分離後のタンパク質溶液を200 μL ずつ加え、ローテーターを使用し、4 ℃で4 時間撹拌した。その後、100 mM KCl バッファーで3 回洗浄(磁気分離後に上清を廃棄)を行った。
4. 上清を廃棄したビーズへ1 M KCl バッファーを30 μL 加え、氷上で5 分間静置して結合タンパク質を溶出させ、スピンダウン後遠心分離を行った。上清を回収し、これに4× Laemmli を10 μL ずつ加え、混合した後に98 ℃で5 分間加熱して塩溶出サンプルを作成した。
5. 上清回収後のビーズに1× Laemmli 溶液を40 μL 加え、98 ℃で5 分間加熱した。その後スピンダウンし、室温で磁気分離を行った。上清を回収しこれを加熱溶出サンプルとした。
6. 塩溶出、加熱溶出サンプルをそれぞれ10 μL ずつ電気泳動した。
7. 泳動後のゲルを銀染色し、結た。
100 mM KCl バッファー
20 mM HEPES-NaOH (pH 7.9)
100 mM KCl
1 mM MgCl
2
0.2 M CaCl
2
0.2 M EDTA
10 % (v/ v) グリセロール
0.1% NP-40
1 mM DTT
0.2 mM PMSF
4× Laemmli
250 mM Tris-HCl (pH 6.8)
20% 2-メルカプトエタノール
40% グリセロール
8% SDS
0.05% Bromo Phenol Blue
1M KCl バッファー: 上記の100 mM KCl バッファー25 mL に2.5 M KCl 18mL と超純水7m L を加えて撹拌した。
【0059】
(10)標的タンパク質のアフィニティー精製(競合阻害)
上記(9)3 のビーズとタンパク質溶液のインキュベーション前に、タンパク質溶液に競合阻害用のリガンド溶液(0, 2, 10 mM, 最終濃度 0, 0.2 , 1 mM)をDMSO 濃度が1 %となるように添加し4℃で2 時間プレインキュベーションした。
【0060】
(11)標的タンパク質のアフィニティー精製(ドラッグエリューション)
上記(9)3 の肝臓抽出液と反応後のビーズに、ドラックエリューション用溶出液 (0、100、500 mM、最終濃度0、1、5 mM、100 mM KCl バッファーへDMSO 濃度が1 %となるように希釈した)を30μL 加え、ビーズを分散して氷上で1 時間静置した。磁気分離により上清を回収し、これに4× Laemmli を10μL ずつ加え、混合した後に98 ℃で5 分間加熱してドラッグエリューション溶出サンプルを作成した。
【0061】
(12)銀染色
Wako の銀染色MS キット(和光純薬工業, # 299-58901)を用い、製品プロトコルの手順で行った。
一部、ナカライの銀染色キット(Nacalai tesque, # 306-42)も使用した。nano LC-MS/ MSによる解析を行ったサンプルについては全てWako のキットを使用した。
【0062】
(13)ウェスタンブロット解析に用いるサンプル調製
各ディッシュを1× PBS で洗浄後、溶解バッファーを加え、氷上で20 分間静置した。セルスクレーパーで細胞を剥離させ回収し、4 ℃、15,000 rpm、20 分間遠心分離して上清を回収した。上清に対して4×Laemmli バッファーを3: 1 の割合で加え、95 ℃で3 分間加熱処理した後に氷上で静置したものをサンプルとした。保存は-60 ℃にて行った。
【0063】
(14)ウェスタンブロット解析
SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE) により細胞内タンパク質を分離した後、ニトロセルロース膜に転写した。その膜をスキムミルクまたはウシ血清アルブミン(BSA) により室温で1 時間ブロッキングした後に、特異的な一次抗体と共に4 ℃で一晩インキュベーションした。さらに西洋ワサビペルオキシダーゼ (HRP) 標識二次抗体と共に室温で1 時間インキュベーションした。 (目的タンパク質に対する条件は表1参照)。その後、ECL
TM detection kit を用いてX 線フィルムに露光して検出した。また、バンドはImage J 1.45s を用いて測定した。
【表1】
【0064】
(15)アルデヒドデヒドロゲナーゼ活性の測定
BioVisionのAldehyde Dehydrogenase Activity Colorimetric Assay Kit(BioVision、# K731-100)を用い、製品プロトコルの手順で行った。この方法では、NAD依存的酵素であるALDHによりアルデヒドが酸化されNADHが産生され、NADHが無色のプローブを還元して450 nmでの強力な吸光度を示す有色のプローブを生成させる。氷上で、HEK293 Ob-Rb細胞(レプチン受容体のOb-Rbアイソフォームを恒常的に発現するHEK293細胞)(1 x 10
6 細胞)を氷冷したALDH Assay Buffer(200μl)で10分間ホモジェナイズし、その後12,000 rpmで5分間遠心分離して核および不溶性物質を除去した。回収した上清1μlを96穴プレートに添加し、フルルビプロフェン添加群にはフルルビプロフェンを最終濃度が100μMとなるように加え、ALDH Assay Bufferで最終量を50μlに調整した。製品プロトコルにしたがいReaction Mixを調製し、50μlのReaction Mixを、スタンダード、サンプル、およびバックグラウンドコントロールを含むウェルにそれぞれ添加し、混合した。その後、45分の時点で450 nmで吸光度を測定し、ALDH活性を算出した。
【0065】
(16)統計処理
各群間における有意差検定は、Student t-testにて行った。
【0066】
2.結果
(1)フルルビプロフェン結合タンパク質の同定
フルルビプロフェンの作用機序を明らかにするため、フルルビプロフェンと結合するタンパク質の同定を試みた。4’-ヒドロキシフルルビプロフェンを固定化したFG ビーズ(
図1A)とマウスの肝臓抽出液との反応で得られた塩溶出および加熱溶出サンプルを用いてSDS-PAGE でタンパク質を分離後、銀染色を行ったところ、50 kDa 付近に複数のバンドが認められた(
図1B)。主なバンドは加熱溶出サンプルにおいて認められており、加熱溶出により得られたタンパク質のほうがフルルビプロフェンと強固に結合していることから、その後の解析は加熱溶出サンプルを用いて行った。
【0067】
50 kDa 付近のバンドの中でフルルビプロフェンと特異的に結合するものを明らかにするため、肝臓抽出液と反応後のビーズにフルルビプロフェンを加えてドラッグエリューションを行ったところ、50 kDa 付近のバンドが増加していた(
図1C)。さらに、ビーズと反応させる前の肝臓抽出液にフルルビプロフェンを加えて競合阻害実験を行った。その結果、フルルビプロフェンの濃度依存的に減少しているバンドがいくつか認められた(
図1D)。従って、これらのバンドはフルルビプロフェンと特異的に結合しているタンパク質であることが示唆された。
【0068】
さらに、これらのタンパク質がフルルビプロフェン以外のNSAIDsとも結合しているのかを調べるために、アスピリン、イブプロフェン、メロキシカムを用いて競合阻害を行った。その結果、フルルビプロフェンとのプレインキュベートにより、50 kDa 付近のバンドが減少していたが、その他のNSAIDsとの反応ではバンドが減少しておらず(
図1D)、これらのタンパク質はNSAIDsと結合していないことが示唆された。
【0069】
また、肝臓と同様に、大脳皮質、海馬、視床下部、膵臓、白色脂肪においても、50 kDa付近のこのバンドが検出された(
図1E)。
【0070】
これらのタンパク質は、nano LC-MS/ MS 解析によりミトコンドリアアルデヒドデヒドロゲナーゼ (ALDH2, 56 kDa) とミトコンドリアアルデヒドデヒドロゲナーゼX (ALDH1B1, 57 kDa) であると同定された。FG ビーズの加熱溶出サンプルを用いてウェスタンブロットを行い、これらのタンパク質がALDH2およびALDH1B1であることを確認した(
図1F)。また、ビーズと反応させる前の肝臓抽出液にフルルビプロフェンを加えて競合阻害実験を行ったところ、これらタンパク質の収率が低下した(
図1F)。さらに、ドラッグエリューションで得られたサンプル、および競合阻害により得られた加熱溶出サンプルを、ALDH2の特異的な抗体を用いてウェスタンブロットにより解析した。その結果、フルルビプロフェンはALDH2と確かに結合していることが認められた(
図1G、H)。一方、その他のNSAIDsにおいてはALDH2とほとんど結合していないことが示唆された(
図1H)。
【0071】
(2)培養細胞内におけるフルルビプロフェンとALDH2との結合
フルルビプロフェンはALDH2およびALDH1B1 と結合していることを
図1で示した。しかし、これは組織のライセート中、4℃における結合である。そこで次に、ALDHは培養細胞内の生理的条件下においてもフルルビプロフェンと結合しているか否かについて検討を行った。HEK293 細胞をフルルビプロフェン(100 μM)で4 時間処理し、回収した後に、フルルビプロフェンを固定化したFG ビーズと反応させた。FG ビーズと結合した加熱溶出サンプルをウェスタンブロットによりALDH2抗体を用いて解析した。その結果、マウスの肝臓抽出液を用いたin vitro での検討と同様に、フルルビプロフェンと相互作用するALDH2の発現が認められた。また、フルルビプロフェン処理した細胞では、未処理の細胞と比較してフルルビプロフェンと結合するALDH2の発現が減少していた(
図2)。この結果は、細胞内でフルルビプロフェンとALDH2が結合することで、フルルビプロフェンを固定化したFG ビーズと結合できるALDH2が減少したためと考えられる。従って、培養細胞内においてもALDH2がフルルビプロフェンと結合していることが示唆された。
【0072】
(3)フルルビプロフェンのALDH2に対する作用
フルルビプロフェンのALDH2に対する作用を、Aldehyde Dehydrogenase Activity Colorimetric Assay Kit(BioVision、# K731-100)を用いて、HEK293 Ob-Rb細胞において独立に4回測定した。その結果、フルルビプロフェンはALDH2の酵素活性を増強することが確認された(
図3)。