【実施例】
【0047】
以下に、本発明を実施例に基づいて説明する。なお、本発明は、これらの実施例に限定されるものではなく、これらの実施例を本発明の趣旨に基づいて変形、変更することが可能であり、それらを本発明の範囲から除外するものではない。
【0048】
(実施例1)
(赤シソの熱水抽出)
赤ジソ粉末(三島食品/天日干し)300gを、2Lの沸騰水を使用して、1時間、攪拌抽出した。次いで、ガーゼを用いて抽出残渣を搾取した。そして、本抽出を2回繰り返した後、得られた抽出液を濾紙(アドバンテック製、商品名:FILTER PAPER 2)を使用して濾過し、濾過した抽出液に対して、エバポレーターによる濃縮処理、及び凍結乾燥処理を施すことにより、赤シソの熱水抽出物を得た。
【0049】
(カラムクロマトグラフィーによる赤シソ熱水抽出物の分画)
次いで、得られた赤シソ熱水抽出物を逆相カラムクロマトグラフィーにより分画した。ポリマー系カラムとして、スチレン−ジビニルベンゼン共重合体(ST/DVD)をベースポリマーとするカラム(三菱化学製、商品名:MCLゲル CHP20P)を使用し、本担体を50%メタノールにより、1時間以上膨潤させてクロマトカラム(SIBATA製、商品名:SPCクロマトカラム)に20cm/分(141ml)充填した後、これをカラム体積の5倍量(707ml)の超純水により洗浄した。
【0050】
そして、上述の赤ジソ熱水抽出サンプル30gを、600mlの超純水で溶解したものをサンプルとし、このサンプルを本カラムに供して、水(カラム体積の7倍量:990ml)、メタノール(カラム体積の4倍量:565ml)、及びアセトン(カラム体積の4倍量:565ml)の順に溶出させた。そして、各溶出画分を、エバポレーターで部分的に濃縮した後、凍結乾燥した。
【0051】
(細胞培養)
ラット好塩基球細胞株RBL−2H3(ヒューマンサイエンス振興財団)を抗生物質(100U/ml penicillin、100μg/ml streptomycin、GIBCO製)含有MEM培地(GIBCO製)、及び10%牛胎児血清(FBS)を用いて37℃、5%CO
2環境下で培養した。なお、継代の際には、pH7.2のリン酸緩衝生理食塩水(GIBCO製)を使用して、100×20mmの組織培養皿(FALCON製、商品名:353003)を洗浄後、Trypsin-EDTA(GIBCO製、商品名:25300−054)を使用して細胞を剥がし、再度、10%牛胎児血清含有MEM培地に懸濁して、新しいプレートに播種した。
【0052】
(脱顆粒抑制試験)
対数増殖期にあるRBL−2H3細胞を24ウェルプレートに3.5×10
5セル/500μl/ウェル播種して、8時間、前培養した。その後、100ng/mlのIgE抗体(Monoclonal Mouse IgE anti-DNP)を加えて、16時間、感作し、IgE抗体をラット好塩基球細胞株RBL−2H3に結合させた。
【0053】
次に、細胞をSiraganian buffer(119mM塩化ナトリウム、5mM塩化カリウム、0.4mM塩化マグネシウム、25mM PIPES、40mM水酸化ナトリウム、pH7.2)で洗浄し、その後、Reagent buffer(グルコース5.6mM、塩化カリウム1mM、0.1%BSA含有Siraganian buffer)を200μl/ウェルとなるように添加した。
【0054】
次に、上述の水、メタノール、及びアセトンで溶出した、各赤シソ熱水抽出物のサンプルを、ジメチルスルホキシド(DMSO)を使用して、0.56%の濃度に調整し、各サンプルを50μl/ウェル加えて、30分間、培養した。
【0055】
その後、1μg/mlのDNP−BSA(コスモバイオ製、商品名:LG−0017)を25μl/ml添加して脱顆粒反応を惹起させ、30分後に培養上清を回収するとともに、0.2%のTritonX−100を275μl/ウェル加え、細胞内のヒスタミンを全て遊離させた。その後、本培養上清および細胞溶解液中のヒスタミンを、ヒスタミン比色定量ELISAキット(OXFORD BIOMEDICAL RESERCH製、商品名:EA31)を用いて定量した。
【0056】
なお、上述の水、メタノール、及びアセトンで溶出した、各赤シソ熱水抽出物のサンプルを加えず、IgE抗体とアレルゲン(Allergen)であるDNP−BSAを加えたもの(IgE+Ag)、及びカラムクロマトグラフィーによる分画を行う前の赤シソ熱水抽出物についても、同様に、ヒスタミンを定量した。
【0057】
なお、統計的有意性を分析する手法として、スチューデントのt検定(unpaired Student’s t-test)を使用し、上述のIgE+Agに対して、有意水準(P値)が0.05未満(即ち、P<0.05)の場合を、統計学的に有意な差異があるものと評価した。以上の結果を表1に示す。
【0058】
【表1】
【0059】
表1に示すように、赤シソ熱水抽出物において、ヒスタミンの遊離が抑制されており、I型アレルギー反応抑制活性を有することが判る。
【0060】
また、カラムクロマトグラフィーによる水溶出画分・メタノール溶出画分およびアセトン溶出画分のうち、メタノール溶出画分において、優れたヒスタミン遊離抑制活性が認められ、メタノール溶出画分にヒスタミン遊離抑制活性因子が濃縮されていることが判る。
【0061】
(カラムクロマトグラフィーによる赤シソ分画物(メタノール溶出画分)の精製)
次に、上述のメタノール溶出画分を、更に、メタノールで50mg/mlに調製したサンプルを準備し、このサンプルを0.20μmの親水性フィルター(アドバンテック製、商品名:DISMIC-13HP PTFE)を使用して濾過し、これを高純度シリカゲルが充填されたカラム(関東化学製、商品名:Mightysil RP−18 GP)とガードカラム(関東化学製、商品名:Mightysil RP−18 GP用ガードカラム)を使用して、逆相HPLCにより分画した。
【0062】
なお、移動相として、超純水で調製した40%(即ち、アセトニトリル:水=40:60)のアセトニトリル(SIGMA製、商品名:01−0645)にトリフルオロ酢酸(SIGMA製、商品名:302031)を0.01%加えた溶液を用いた。
【0063】
また、分画条件を流速2.36ml/min、40℃とし、210nm、250nm、280nm及び310nmの4つの吸収波長のおける吸光度を測定した。また、カラム保持時間は30分間とした。得られたチャートを
図1に示す。
【0064】
また、カラム保持時間が0〜10分、10〜20分、及び20〜30分の3つの画分の各々について、上記の脱顆粒抑制試験と同様の試験を行い、ヒスタミンの定量を行った。以上の結果を表2に示す。
【0065】
なお、上述の脱顆粒抑制試験の場合と同様に、スチューデントのt検定(unpaired Student’s t-test)を使用し、表1に記載のIgE+Agに対して、有意水準(P値)が0.05未満(即ち、P<0.05)の場合を、統計学的に有意な差異があるものと評価した。
【0066】
【表2】
【0067】
表2に示すように、
図1のクロマトグラフィーチャートにおけるカラム保持時間が10〜20分の画分に、ヒスタミン遊離抑制活性の本体が含まれていることが判る。
【0068】
次に、上述のカラム保持時間が10〜20分の画分について、更なる分画精製を行った。より具体的には、上述の移動相を、超純水で調製した30%(即ち、アセトニトリル:水=30:70)のアセトニトリル(SIGMA製、商品名:01−0645)にトリフルオロ酢酸(SIGMA製、商品名:33076)を0.01%加えた溶液に変更し、上述と同様にして、分画条件を流速2.36ml/min、40℃とし、210nm、250nm、280nm及び310nmの4つの吸収波長のおける吸光度を測定した。得られたチャートを
図2に示す。
【0069】
図2に示すように、カラム保持時間が10〜20分の画分について8つのピークが認められた。
【0070】
次に、この8つのピークを分取して、上記の脱顆粒抑制試験と同様の試験を行うことにより、各ピークにおけるヒスタミンの定量を行い、各ピークにおけるヒスタミン遊離抑制活性を確認した。以上の結果を表3に示す。
【0071】
【表3】
【0072】
表3に示すように、
図2に示すピーク1〜8のうち、ピーク5における画分が最も低値であり、優れたヒスタミン遊離抑制活性を有することが判る。
【0073】
(赤シソ由来新規I型アレルギー抑制因子の構造決定)
(質量分析)
まず、HPLCにより分取した上記ピーク5のサンプルを、クロロホルム(SIGMA製、商品名05−3400)を用いて溶解し、次に、その一部をHPLC用メタノール(SIGMA製、商品名:19−2470)で十分に希釈したものをサンプルとして使用した。なお、質量測定には、質量分析計(Thermo Fisher Scientific製、商品名:LTQ Orbitrap XL)を使用し、イオン化にはESI法またはAPCI法を用いた。以上の結果を、
図3に示す。
【0074】
図3に示すように、質量数が323.09m/zにおいて、特異的な分子イオンピークが観察され、このピークを組成演算に供した結果、C
17H
16O
5(イオン式:[C
17H
16O
5+Na
+]
+)の組成式が得られた。
【0075】
次に、タンデム型質量分析計(Thermo Fisher Scientific製、商品名:LTQ Orbitrap XL)を使用して、ピーク5における分子イオン(質量数:323.09m/z)をMS/MS分析に供したところ、
図4に示すように、質量数が219.02m/z、組成式がC
9H
8O
5の単一ピークが認められた。
【0076】
そして、本分子イオンピークは、
図5に例示するフラボノイド類の逆Diels-Alder反応により生成されるフラグメントイオンの質量数と完全に一致した。即ち、ピーク5(C
17H
16O
5)におけるMS/MS質量数は、8−ヒドロキシ−5,7−ジメトキシフラバノン(例示化合物)の逆Diels-Alder反応によって生じるフラグメントイオン(C
9H
8O
5)の質量数と一致することが判った。
【0077】
また、以上の結果と、植物代謝産物データベース(KNApSAcK)とを照合した結果からも、本分子が上記例示化合物のようなジメトキシフェノール環を有するフラバノン等である可能性が示唆された。
【0078】
(NMR測定)
次いで、上記ピーク5のサンプルを、核磁気共鳴法(
1HNMR、及び
13CNMR)を用いて解析した。得られたスペクトルデータを以下に示す。
【0079】
1H NMR (500MHz, CDCl
3):
5.49(dd,1H,J=13,2.8Hz),2.85(dd,1H,J=17,3.Hz),3.10(dd,1H,J=17,13Hz),6.19(s,1H),7.26-7.48(m,1H),3.98(s,3H),3.92(s,3H).
1C NMR (125MHz, CDCl
3):
80.0(d), 45.8(t), 189.2(s), 105.9(d), 152.5(s), 89.8(d), 155.0(s), 127.7(s), 149.4(s), 138.4(s), 126.3(d), 128.9(d), 128.8(d), 56.2(q), 56.4(q).
【0080】
なお、本実施例における核磁気共鳴法(
1HNMR、及び
13CNMR)の測定では、測定装置として、Lambda500(日本電子製)を使用した。また、内部基準として重クロロホルムを使用し、この重クロロホルム0.4mlにサンプルを溶解することにより行った。
【0081】
そして、ピーク5から得られた両NMRスペクトルデータ、及び、隣り合った炭素に結合する水素同士の相関(COSY)、炭素の級数測定(DEPT)、炭素と水素の相関(HMQC)、炭素と水素のロングレンジ相関(HMBC)、及び水素間の空間距離測定(NOE)等の諸解析の結果から、上記ピーク5の分子が、上記式(4)に示す8−ヒドロキシ−5,7−ジメトキシフラバノンであることを確認した。
【0082】
なお、本構造の有機合成標品のNMR解析データが、上記ピーク5のNMR解析データと完全に一致することを確認し、上記ピーク5の分子が8−ヒドロキシ−5,7−ジメトキシフラバノンであることが確証された。
【0083】
(ヒスタミン遊離抑制活性試験)
次に、8−ヒドロキシ−5,7−ジメトキシフラバノンと、シソ由来既知抗炎症成分(ロズマリン酸、ルテオリン、アピゲニン、カフェ酸)のヒスタミン遊離抑制活性を比較検討した。
【0084】
より具体的には、対数増殖期にあるRBL−2H3細胞を24ウェルプレートに3.5×10
5セル/500μl/ウェル播種して、8時間、前培養した。その後、100ng/mlのIgE抗体(Monoclonal Mouse IgE anti-DNP)を加えて、16時間、感作し、IgE抗体をラット好塩基球細胞株RBL−2H3に結合させた。
【0085】
次に、細胞をSiraganian buffer(119mM塩化ナトリウム、5mM塩化カリウム、0.4mM塩化マグネシウム、25mM PIPES、40mM水酸化ナトリウム、pH7.2)で洗浄し、その後、Reagent buffer(グルコース5.6mM、塩化カリウム1mM、0.1%BSA含有Siraganian buffer)を200μl/ウェルとなるように添加した。
【0086】
次に、合成標品の8−ヒドロキシ−5,7−ジメトキシフラバノン、ロズマリン酸、ルテオリン、アピゲニン、カフェ酸を、DMSOを使用して、0.56%の終濃度になるよう調整し、各サンプルを50μl/ウェル加えて、30分間、培養した。
【0087】
その後、1μg/mlのDNP−BSA(コスモバイオ製、商品名:LG−0017)を25μl/ml添加して脱顆粒反応を惹起させ、30分後に培養上清を回収するとともに、0.2%のTritonX−100を275μl/ウェル加え、細胞内のヒスタミンを全て遊離させた。その後、本培養上清および細胞溶解液中のヒスタミンを、ヒスタミン比色定量ELISAキット(OXFORD BIOMEDICAL RESERCH製、商品名:EA31)を用いて定量した。
【0088】
なお、上述の被験物質を加えず、IgE抗体とアレルゲン(Allergen)であるDNP−BSAを加えたもの(IgE+Ag)についても、同様に、ヒスタミンを定量した。
【0089】
また、8−ヒドロキシ−5,7−ジメトキシフラバノンは、東京化成工業に化学合成受託したものを使用した。また、シソ由来既知抗炎症成分としては、カフェ酸(東京化成工業製、商品名:C0002)、ロズマリン酸(和光純薬製、商品名:18802693)、ルテオリン(EXTRASYNTHESE製、商品名:SSX0052)、及びアピゲニン(EXTRASYNTHESE製、商品名:SSV0051)の精製標品を使用した。
【0090】
また、上述の脱顆粒抑制試験の場合と同様に、スチューデントのt検定(unpaired Student’s t-test)を使用し、IgE+Agに対する有意水準(P値)が0.05未満(即ち、P<0.05)の場合を、統計学的に有意な差異があるものと評価した。以上の結果を表4に示す。
【0091】
【表4】
【0092】
表4に示すように、8−ヒドロキシ−5,7−ジメトキシフラバノンは、シソ由来既知抗炎症成分(ロズマリン酸、ルテオリン、アピゲニン、カフェ酸)に比し、低濃度であっても、優れたヒスタミン遊離抑制活性を有することが判る。また、本結果から、8−ヒドロキシ−5,7−ジメトキシフラバノンが、シソ由来の新規なI型アレルギー抑制因子であることが判る。
【0093】
(赤シソ由来新規I型アレルギー抑制因子の経口投与試験)
BALB/cマウス(♀、5週齢:日本チャールズ・リバー製)を特定病原体不在環境下で、22℃±3℃、及び12時間ごとの明暗サイクルにて飼育した。なお、食餌はγ線照射飼料CRF−1(オリエンタル酵母製)、水は滅菌蒸留水を自由に摂取させた。
【0094】
また、飼育1日目と7日目に、100μgのスギ花粉(東京環境アレルギー研究所)を1mgの水酸化アルミニウムゲル(Thermo Fisher Scientific製)と共に、100μlのリン酸緩衝生理食塩水に懸濁した状態で腹腔内投与した。
【0095】
なお、免疫対照群として、100μlのリン酸緩衝生理食塩水に100μgのスギ花粉と1mgの水酸化アルミニウムを懸濁したものを腹腔内投与した群を設けた。また、非免疫対照群として、100μlのリン酸緩衝生理食塩水に1mgの水酸化アルミニウムのみを懸濁したものを投与した群を設けた。
【0096】
また、この花粉症モデルマウスに対して、1日目のスギ花粉腹腔内免疫の直後から、毎日、8−ヒドロキシ−5,7−ジメトキシフラバノン5μmolを150μlの5%エタノール含有リン酸緩衝生理食塩水で希釈したものを経口投与した。また、比較例として、ロズマリン酸(和光純薬製、商品名:18802693)5μmolを150μlの5%エタノール含有リン酸緩衝生理食塩水で希釈したもの、及びアピゲニン(EXTRASYNTHESE製、商品名:SSV0051)5μmolを150μlの5%エタノール含有リン酸緩衝生理食塩水で希釈したものを経口投与した。一方、上記の免疫対照群および非免疫対照群には被験物質を含まない150μlの5%エタノール含有リン酸緩衝生理食塩水を経口投与した。
【0097】
そして、飼育17日目から24日目まで、スギ花粉懸濁液(スギ花粉0.5mgを20 μlのリン酸緩衝生理食塩水に懸濁したもの)を毎日、経鼻内投与し、24日目のスギ花粉投与後、5分間におけるくしゃみ行動回数を定量した。以上の結果を、表5に示す。
【0098】
なお、上述の脱顆粒抑制試験の場合と同様に、スチューデントのt検定(unpaired Student’s t-test)を使用し、免疫対照に対する有意水準(P値)が0.05未満(即ち、P<0.005)の場合を、統計学的に有意な差異があるものと評価した。
【0099】
【表5】
【0100】
表5に示すように、8−ヒドロキシ−5,7−ジメトキシフラバノンの経口投与により花粉症病態(くしゃみ症状)の進展が有意に抑制されていることが判る。
【0101】
一方、シソの既知抗アレルギー成分であるアピゲニンとロズマリン酸には、有意な花粉症抑制効果が認められないことが判る。
【0102】
以上の結果から、シソフラバノンはin vivoにおいても、既知シソ抗炎症成分よりも優れたI型アレルギー抑制効果を発揮し得ることが判る。