(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記1−クロロ−2,3,3−トリフルオロ−1−プロペンが、(Z)−1−クロロ−2,3,3−トリフルオロ−1−プロペンと(E)−1−クロロ−2,3,3−トリフルオロ−1−プロペンからなり、1−クロロ−2,3,3−トリフルオロ−1−プロペン全量に対する(Z)−1−クロロ−2,3,3−トリフルオロ−1−プロペンの含有量の割合が80〜100質量%である、請求項1に記載の溶剤組成物。
前記加工油が、切削油、焼き入れ油、圧延油、潤滑油、機械油、プレス加工油、打ち抜き油、引き抜き油、組立油および線引き油からなる群より選ばれる1種以上である、請求項4に記載の洗浄方法。
【発明を実施するための形態】
【0016】
<溶剤組成物>
本発明の溶剤組成物は、1−クロロ−2,3,3−トリフルオロ−1−プロペン(CHCl=CF−CHF
2。以下「HCFO−1233yd」と記す。)と、1−クロロ−3,3−ジフルオロ−1−プロピン(CCl≡C−CHF
2。)とを含む。
【0017】
本発明の溶剤組成物において、HCFO−1233ydは溶剤として以下に示す優れた特性を有する成分であり、1−クロロ−3,3−ジフルオロ−1−プロピンはHCFO−1233ydを安定化する安定剤として溶剤組成物に含まれる成分である。
【0018】
(HCFO−1233yd)
HCFO−1233ydは、炭素原子−炭素原子間に二重結合を持つフルオロオレフィンであるため、大気中での寿命が短く、オゾン破壊係数や地球温暖化係数が小さい。
【0019】
HCFO−1233ydは二重結合上の置換基の位置により、幾何異性体であるZ体とE体が存在する。本明細書中では特に断らずに化合物名や化合物の略称を用いた場合には、Z体およびE体から選ばれる少なくとも1種を示し、化合物名や化合物の略称の後ろに(E)または(Z)を付した場合には、それぞれの化合物の(E)体または(Z)体であることを示す。例えば、HCFO−1233yd(Z)はZ体を示し、HCFO−1233yd(E)はE体を示す。
【0020】
HCFO−1233yd(Z)の沸点は約54℃、HCFO−1233yd(E)の沸点は約48℃であり、ともに乾燥性に優れた物質である。また、沸騰させて蒸気となってもHCFO−1233yd(Z)では約54℃、HCFO−1233yd(E)では約48℃であるので、樹脂部品等の熱による影響を受けやすい部品であっても悪影響を及ぼし難い。また、HCFO−1233ydは引火点を持たず、表面張力や粘度も低く、常温でも容易に蒸発する等、洗浄溶剤や塗布溶剤として優れた性能を有している。
【0021】
なお、本明細書において、化合物の沸点は特に断りのない限り常圧における沸点である。本明細書において、常圧は760mmHgを、常温は25℃をそれぞれ意味する。
【0022】
一方、HCFO−1233ydは安定性が充分ではなく、HCFO−1233ydを常温常圧で保管すると数日で分解して塩素イオンを発生する課題がある。そこで、本発明の溶剤組成物においては、HCFO−1233ydとともに後述の1−クロロ−3,3−ジフルオロ−1−プロピンを含有することで、HCFO−1233ydの安定化が図られている。
【0023】
本発明の溶剤組成物においてHCFO−1233ydの含有量の割合は、溶剤組成物全量に対して80質量%以上であることが好ましく、90質量%以上であることがより好ましい。前記下限値以上であれば、溶剤組成物の各種有機物の溶解性、洗浄性に優れる。
HCFO−1233ydの含有量は、溶剤組成物全量から1−クロロ−3,3−ジフルオロ−1−プロピンの含有量を除いた量であることが特に好ましい。すなわち、溶剤組成物は、HCFO−1233ydと1−クロロ−3,3−ジフルオロ−1−プロピンのみからなるのが特に好ましい。ただし、溶剤組成物は、HCFO−1233ydの製造過程において生成されるHCFO−1233ydと分離が困難な成分や1−クロロ−3,3−ジフルオロ−1−プロピンの製造過程において生成される1−クロロ−3,3−ジフルオロ−1−プロピンと分離が困難な成分を本発明の効果を損なわない範囲、例えば、溶剤組成物全量に対して10質量%以下となる量含有してもよい。
【0024】
本発明の溶剤組成物において、HCFO−1233ydのZ体とE体では、HCFO−1233yd(Z)が、HCFO−1233yd(E)よりも沸点が高く常温で揮発しにくい点で好ましい。そのため、HCFO−1233yd全量に対するHCFO−1233yd(Z)の含有量の割合は80〜100質量%が好ましく、90〜100質量%がより好ましい。上記範囲内であれば、溶剤組成物の揮発によるロスが抑えられ、使用量の低減につながるため経済性に優れる。
ただし、HCFO−1233yd(Z)の含有量の割合の上限値は、HCFO−1233ydのZ体とE体の蒸留分離等による製造コストの増大を抑制する観点から、HCFO−1233yd全量に対して99.9質量%程度が特に好ましい。
【0025】
HCFO−1233ydは、例えば、工業的に安定的に入手可能な1−クロロ−2,2,3,3−テトラフルオロプロパン(CHF
2−CF
2−CHFCl。以下、「HCFC−244ca」と記す。)を脱フッ化水素反応することで製造できる。この方法によると、HCFO−1233ydは、HCFC−244caを原料として、水酸化カリウムや水酸化ナトリウムを反応剤として、50〜80℃の温度で脱フッ化水素反応により生成する。
【0026】
生成したHCFO−1233ydには、構造異性体であるHCFO−1233yd(Z)とHCFO−1233yd(E)が存在し、この製造方法においては、HCFO−1233yd(Z)がHCFO−1233yd(E)よりも多く生成する。これらの異性体は、その後の精製工程でHCFO−1233yd(Z)、HCFO−1233yd(E)に分離することができる。
【0027】
なお、本発明の溶剤組成物においては、上記で生成したHCFO−1233ydを含む反応液を適宜精製して得られる、HCFO−1233yd以外にHCFO−1233ydと分離が困難な成分を本発明の効果を損なわない程度に含む、HCFO−1233ydの粗精製物を用いてもよい。HCFO−1233ydの粗精製物を用いれば、蒸留分離等にかかるコストが低減され好ましい。
【0028】
上記製造方法で得られるHCFO−1233ydを含む反応液に含まれるHCFO−1233ydと分離が困難な成分としては、原料であるHCFC−244ca等が挙げられる。HCFC−244caの沸点は約53℃でありHCFO−1233yd(Z)と沸点が近いことから、HCFO−1233ydをHCFO−1233yd(Z)として、またはHCFO−1233ydの異性体混合物として用いる場合に特に、その粗精製物に含まれ得る。
【0029】
上記HCFO−1233ydの粗精製物を用いる場合、溶剤組成物におけるHCFC−244caの含有量の割合は、環境負荷の観点から溶剤組成物全量に対して1質量%以下であることが好ましい。また、HCFO−1233ydの含有量とHCFC−244caの含有量の合計に対してHCFC−244caの含有量の割合は、環境負荷および分離コストの観点から0.0001〜1質量%が好ましく、0.005〜1質量%がより好ましく、0.01〜0.05質量%がさらに好ましい。
【0030】
(1−クロロ−3,3−ジフルオロ−1−プロピン)
1−クロロ−3,3−ジフルオロ−1−プロピンは、炭素原子−炭素原子間に三重結合を持つフルオロカーボンであり、オゾン破壊係数や地球温暖化係数が小さい。1−クロロ−3,3−ジフルオロ−1−プロピンは、HCFO−1233ydに可溶である。1−クロロ−3,3−ジフルオロ−1−プロピンは、必ずしも明確ではないがラジカルの捕捉と推定される効果により、HCFO−1233yd(Z)およびHCFO−1233yd(E)の分解を抑制し、安定化させる安定剤としての機能を有すると考えられる。
【0031】
なお、本明細書において、ある物質がHCFO−1233ydに可溶であるとは、該物質を所望の濃度となるようにHCFO−1233ydに混合して、常温(25℃)で撹拌することにより二層分離や濁りを起こさずに均一に溶解できる性質を意味する。
【0032】
また、本発明の溶剤組成物において安定性は、例えば、溶剤組成物を一定期間保存した後の塩素イオン濃度を指標として評価できる。HCFO−1233ydとともに1−クロロ−3,3−ジフルオロ−1−プロピンを含有する本発明の溶剤組成物においては、例えば、該溶剤組成物を50℃で3日間保存した後に測定される溶剤組成物中の塩素イオン濃度を100ppm未満に抑制することが可能である。なお、溶剤組成物におけるHCFO−1233ydに対する1−クロロ−3,3−ジフルオロ−1−プロピンの量を調整することで、上記と同様に評価した場合の塩素イオン発生量を50ppm未満、あるいは10ppm未満とすることも可能である。
【0033】
本発明の溶剤組成物における1−クロロ−3,3−ジフルオロ−1−プロピンの含有量は、HCFO−1233ydが溶剤としての上記性能を発揮できるとともにHCFO−1233ydの安定化が保たれる量であれば制限されない。溶剤組成物における1−クロロ−3,3−ジフルオロ−1−プロピンの含有量の割合は、好ましくは、HCFO−1233ydの含有量と1−クロロ−3,3−ジフルオロ−1−プロピンの含有量の合計に対して0.0001〜0.1質量%であり、より好ましくは、0.0001〜0.001質量%である。上記範囲であれば、溶剤組成物の安定性がさらに優れる。
【0034】
1−クロロ−3,3−ジフルオロ−1−プロピンは、例えば、以下の方法(A)または方法(B)により製造できる。
【0035】
方法(A)は、非特許文献Journal of Fluoro Chem 126(2005年),1549〜1552頁に記載の方法である。具体的には、塩基を触媒として用いて、1,2−ジクロロ−3,3−ジフルオロ−1−プロペン(CHCl=CCl−CHF
2。)を脱塩化水素反応することで、1−クロロ−3,3−ジフルオロ−1−プロピンを製造する方法である。
【0036】
方法(B)は、方法(A)において1,2−ジクロロ−3,3−ジフルオロ−1−プロペンのかわりにHCFO−1233ydを原料として用いて、これを脱フッ化水素反応(以下、「脱フッ化水素反応(2)」)して製造する方法である。なお、該脱フッ化水素反応(2)は、HCFC−244caを原料として、これを脱フッ化水素反応(以下、「脱フッ化水素反応(1)」)してHCFO−1233ydを製造する際に、条件を調整することで、脱フッ化水素反応(1)と同時に進行させることができる。
【0037】
このようにして、HCFC−244caを原料として用いて、脱フッ化水素反応(1)と脱フッ化水素反応(2)を同時に進行させる方法(以下、方法(B’)という。)によれば、HCFO−1233ydと1−クロロ−3,3−ジフルオロ−1−プロピンを共に含有する反応液が得られる。方法(B’)において反応条件を調整することで、生成する反応液中のHCFO−1233ydと1−クロロ−3,3−ジフルオロ−1−プロピンの含有量の関係を、本発明の溶剤組成物における両者の含有量の好ましい関係と同様にすることもできる。
【0038】
なお、1−クロロ−3,3−ジフルオロ−1−プロピンは、HCFO−1233yd、特にHCFO−1233yd(E)と沸点が近い。したがって、方法(B’)により生成する反応液から、HCFO−1233ydと1−クロロ−3,3−ジフルオロ−1−プロピンを共に含み、かつこれら以外の成分について本発明の効果を損なうことがない量まで含有量が低減された混合物を分離することも可能であり、該混合物をそのまま本発明の溶剤組成物として使用することも可能である。
【0039】
本発明においては、生産効率の点で、1−クロロ−3,3−ジフルオロ−1−プロピンは、方法(B)により得られるものが好ましく、方法(B’)により得られるものがより好ましい。
【0040】
方法(B’)では、HCFO−1233ydおよび1−クロロ−3,3−ジフルオロ−1−プロピンが生成される。方法(B’)により得られる反応液から、HCFO−1233yd(Z)、HCFO−1233yd(E)および1−クロロ−3,3−ジフルオロ−1−プロピンをそれぞれ単離して本発明の溶剤組成物に用いてもよく、これらの2種以上を含む混合物として溶剤組成物に用いてもよい。
【0041】
ここで、上記のとおり、HCFO−1233yd(E)と1−クロロ−3,3−ジフルオロ−1−プロピンは沸点が近く、両者の分離、特に、1−クロロ−3,3−ジフルオロ−1−プロピンの単離には精度の高い精製機器や精製技術が求められる。よって、方法(B’)により得られる反応液から、HCFO−1233yd(E)および1−クロロ−3,3−ジフルオロ−1−プロピンの混合物と、HCFO−1233yd(Z)とをそれぞれ分離しこれらを用いて、本発明の溶剤組成物における各成分の含有量を調整することが、製造コスト抑制および生産効率向上の観点から好ましい。なお、方法(B’)により得られる反応液から1−クロロ−3,3−ジフルオロ−1−プロピンを単離するのに比べれば、HCFO−1233yd(E)の単離は容易であることから、必要に応じて方法(B’)により得られる反応液からHCFO−1233yd(E)を単離して本発明の溶剤組成物に使用してもよい。
【0042】
上記HCFO−1233yd(E)と1−クロロ−3,3−ジフルオロ−1−プロピンの混合物としては、例えば、HCFO−1233yd(E)の含有量と1−クロロ−3,3−ジフルオロ−1−プロピンの含有量の合計に対して1−クロロ−3,3−ジフルオロ−1−プロピンを0.1〜10質量%となる量含む混合物が生産効率向上の点から好ましい。
【0043】
(任意成分)
本発明の溶剤組成物は、HCFO−1233yd、1−クロロ−3,3−ジフルオロ−1−プロピンおよび上記したHCFO−1233ydまたは1−クロロ−3,3−ジフルオロ−1−プロピンの製造過程において生成し、HCFO−1233ydまたは1−クロロ−3,3−ジフルオロ−1−プロピンと分離が困難な成分以外の成分(以下、単に「その他の成分」という。)を本発明の効果を損なわない範囲で含有してもよい。その他の成分は、例えば、溶解性を高める、揮発速度を調節する等の各種の目的に応じて用いられるHCFO−1233ydに可溶なHCFO−1233yd以外の溶剤として機能する成分(ただし、1−クロロ−3,3−ジフルオロ−1−プロピンを除く。以下、「その他の溶剤」という。)であってもよい。
【0044】
その他の成分は、例えば、HCFO−1233ydを安定化する1−クロロ−3,3−ジフルオロ−1−プロピン以外の安定剤(以下、「その他の安定剤」という。)であってもよい。
【0045】
その他の安定剤としては、フェノール類、エーテル類、エポキシド類、アミン類、アルコール類、および炭化水素類からなる群より選ばれる少なくとも1種が挙げられる。安定剤は、1種であってもよく、2種以上であってもよい。
【0046】
フェノール類としては、フェノール、1,2−ベンゼンジオール、2,6−ジターシャリーブチル−4−メチルフェノール、m−クレゾール、2−イソプロピル−5−メチルフェノール、α−トコフェロールおよび2−メトキシフェノールが好ましい。
【0047】
エーテル類としては、4〜6員環の環状エーテルが好ましく、なかでも、1,4−ジオキサン、1,3−ジオキサン、1,3,5−トリオキサン、2−メチルフランおよびテトラヒドロフランが好ましい。
【0048】
エポキシド類としては、1,2−プロピレンオキサイド、1,2−ブチレンオキサイドおよびブチルグリシジルエーテルが好ましい。
【0049】
アミン類としては、アルキルアミンと環状アミン類が好ましく、なかでも、ピロール、N−メチルピロール、2−メチルピリジン、n−プロピルアミン、ジイソプロピルアミン、N−メチルモルホリンおよびN−エチルモルホリンが好ましい。
【0050】
アルコール類としては、炭素数が1〜3の直鎖または分岐鎖のアルコールであるメタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、2−プロピン−1−オールが好ましい。
【0051】
炭化水素類としては、飽和炭化水素類については、n−ペンタン、シクロペンタン、n−ヘキサン、シクロヘキサン、n−ヘプタンが好ましい。不飽和炭化水素については、2−メチル−2−ブテン、2−メチル−1−ペンテン、2−メチル−2−ペンテン、3−エチル−2−ブテン、2,3−ジメチル−2−ブテン、2,4,4−トリメチル−1−ペンテン、2,4,4−トリメチル−2−ペンテンが好ましい。
【0052】
これらのうちでも安定性の点から、2−メチル−1−ペンテン、2−メチル−2−ペンテン、3−エチル−2−ブテン、2,3−ジメチル−2−ブテン、2,4,4−トリメチル−1−ペンテン、2,4,4−トリメチル−2−ペンテン、N−メチルピロール、2−プロピン−1−オールがさらに好ましい。
【0053】
本発明の溶剤組成物が、銅または銅合金と接触する場合には、それらの金属の腐食を避けるために、ニトロ化合物類やトリアゾール類を含有してもよい。
【0054】
本発明の溶剤組成物におけるその他の成分の含有量は、その他の成分の種類に応じて、本発明の効果を損なわない範囲内で適宜調整される。その他の成分を含有する場合の含有量の割合は、溶剤組成物全量に対して各成分ごとに概ね1質量%以下が好ましく、0.1質量%以下がより好ましい。また、その他の成分の含有量の合計は、10質量%以下が好ましく、1%以下がより好ましい。
【0055】
本発明の溶剤組成物は、各種有機物の溶解性に優れ、洗浄性に優れ、充分な乾燥性を有し、かつ地球環境に悪影響を及ぼさず、安定化されて分解が抑制された安定な溶剤組成物であり、脱脂洗浄、フラックス洗浄、精密洗浄、ドライクリーニング等の洗浄用途に好ましく用いられる。本発明の溶剤組成物は、また、シリコーン系潤滑剤、フッ素系潤滑剤等の潤滑剤、鉱物油や合成油等からなる防錆剤、撥水処理を施すための防湿コート剤、防汚処理を施すための指紋除去付着防止剤等の防汚コート剤等を溶解して塗膜形成用組成物として、物品表面に塗布し塗膜を形成する用途で使用できる。本発明の溶剤組成物は、さらに、物品を加熱や冷却するための熱移動媒体としても適している。
【0056】
本発明の溶剤組成物が適用できる物品は、コンデンサやダイオード、およびこれらが実装された基板等の電子部品、レンズや偏光板等の光学部品、自動車のエンジン部に使われる燃料噴射用のニードルや駆動部分のギヤ等の自動車部品、産業用ロボットに使われる駆動部分の部品、外装部品等の機械部品、切削工具等の工作機械に使われる超硬工具等に幅広く使用することができる。さらに、本発明の溶剤組成物が適用可能な材質としては、金属、プラスチック、エラストマー、ガラス、セラミックス、布帛等の広範囲の材質が挙げられ、これらのなかでも、鉄、銅、ニッケル、金、銀、プラチナ等の金属、焼結金属、ガラス、フッ素樹脂、PEEK等のエンジニアリングプラスチックに好適である。
【0057】
<洗浄方法>
本発明の洗浄方法は、上記本発明の溶剤組成物によって被洗浄物品に付着された付着物を洗浄する方法であり、本発明の溶剤組成物と被洗浄物品とを接触させることを特徴とする。
【0058】
本発明の洗浄方法において、洗浄除去される付着物としては、各種被洗浄物品に付着したフラックス;切削油、焼き入れ油、圧延油、潤滑油、機械油、プレス加工油、打ち抜き油、引き抜き油、組立油、線引き油等の加工油;離型剤;ほこり等が挙げられる。本溶剤組成物は従来の溶剤組成物であるHFCやHFEなどと比較して加工油の溶解性に優れることから、加工油の洗浄に用いることが好ましい。
【0059】
また、本発明の溶剤組成物は、金属、プラスチック、エラストマー、ガラス、セラミックスおよびこれらの複合材料、天然繊維製や合成繊維製の布帛等、様々な材質の被洗浄物品の洗浄に適用できる。ここで、被洗浄物のより具体的な例としては、繊維製品、医療器具、電気機器、精密機械、光学物品およびそれらの部品等が挙げられる。電気機器、精密機械、光学物品およびそれらの部品の具体例としては、IC、コンデンサ、プリント基板、マイクロモーター、リレー、ベアリング、光学レンズ、ガラス基板等が挙げられる。
【0060】
本発明の溶剤組成物を用いた被洗浄物の洗浄方法は、本発明の溶剤組成物と被洗浄物品を接触させる以外は特に限定されない。該接触により、被洗浄物品の表面に付着する汚れを除去することができる。具体的な洗浄の方法としては、例えば、手拭き洗浄、浸漬洗浄、スプレー洗浄、浸漬揺動洗浄、浸漬超音波洗浄、蒸気洗浄、およびこれらを組み合わせた方法等を採用すればよい。これらの洗浄方法における、接触の時間、回数、その際の本発明の溶剤組成物の温度などの洗浄条件は洗浄方法に応じて適宜選定すればよい。また、洗浄装置も各洗浄方法に応じて公知のものを適宜選択できる。これらの洗浄方法に本発明の溶剤組成物を用いれば、含有成分が殆ど分解することなく、洗浄性を保ったまま長期間繰り返し使用することができる。
【0061】
本発明の洗浄方法は、例えば、液相の溶剤組成物に被洗浄物品を接触させる溶剤接触工程と、該溶剤接触工程後に、溶剤組成物を蒸発させて発生させた蒸気に被洗浄物品を曝す蒸気接触工程と、を有する洗浄方法に適用できる。このような洗浄方法および該洗浄方法が適用可能な洗浄装置としては、例えば、国際公開第2008/149907号に示される洗浄方法および洗浄装置が挙げられる。
【0062】
図1は、上記溶剤接触工程と蒸気接触工程とを有する洗浄方法を行う国際公開第2008/149907号に示される洗浄装置と同様の洗浄装置の一例を模式的に示す図である。洗浄装置10は、溶剤組成物Lがそれぞれ収容された洗浄槽1、リンス槽2および蒸気発生槽3を備える。洗浄装置10は、さらに、これらの槽の上方に、溶剤組成物Lから発生する蒸気に満たされる蒸気ゾーン4、該蒸気を冷却する冷却管9、冷却管9によって凝縮して得られる溶剤組成物Lと冷却管に付着した水とを静置分離するための水分離槽5を備えている。実際の洗浄においては被洗浄物品Dを専用のジグやカゴ等に入れて、洗浄装置10内を洗浄槽1、リンス槽2、蒸気発生槽3直上の蒸気ゾーン43の順に移動しながら洗浄を完了させる。
【0063】
洗浄槽1の下部にはヒーター7および超音波振動子8が備えられている。洗浄槽1内で、ヒーター7によって溶剤組成物Lを加熱昇温し、一定温度にコントロールしながら、超音波振動子8により発生したキャビテーションで被洗浄物品Dに物理的な力を付与し、被洗浄物品Dに付着した汚れを洗浄除去する。このときの、物理的な力としては超音波以外にも、揺動や溶剤組成物Lの液中噴流等のこれまでの洗浄機に採用されているいかなる方法を使用してもよい。なお、洗浄槽1における被洗浄物品Dの洗浄において、超音波振動は必須ではなく、必要に応じて超音波振動なしに洗浄を行ってもよい。
【0064】
リンス槽2では、被洗浄物品Dを溶剤組成物Lに浸漬することで、溶剤組成物Lに溶解した状態で被洗浄物品Dに付着している汚れ成分を除去する。洗浄装置10は、リンス槽2に収容される溶剤組成物Lのオーバーフローが洗浄槽1に流入する設計である。また、洗浄槽1は液面が所定の高さ以上になるのを防ぐ目的で溶剤組成物Lを蒸気発生槽3に送液する配管11を備えている。
【0065】
蒸気発生槽3の下部には、蒸気発生槽3内の溶剤組成物Lを加熱するヒーター6が備えられている。蒸気発生槽3内に収容された溶剤組成物Lは、ヒーター6で加熱沸騰され、その組成の一部または全部が蒸気となって矢印13の示す上方へ上昇し、蒸気発生槽3の直上に蒸気で満たされた蒸気ゾーン43が形成される。リンス層2での洗浄を終えた被洗浄物品Dは蒸気ゾーン43に移送され蒸気に曝されて蒸気洗浄される(蒸気接触工程)。
【0066】
また、洗浄装置10では、各槽上部の空間を蒸気ゾーン4として共通に使用している。洗浄槽1、リンス槽2および蒸気発生槽3から発生した蒸気は、洗浄装置10の壁面上部に備えられた冷却管9で冷却され凝縮されることで、溶剤組成物Lとして蒸気ゾーン4から回収される。凝集された溶剤組成物Lは、その後、冷却管9と水分離槽5をつなぐ配管14を介して水分離槽5に収容される。水分離槽5内で、溶剤組成物Lに混入した水が分離される。水が分離された溶剤組成物Lは、水分離槽5とリンス槽2をつなぐ配管12を通ってリンス槽2に戻される。洗浄装置10では、このような機構により、溶剤組成物の蒸発ロスを抑制することが可能となる。
【0067】
本発明の溶剤組成物を用いて洗浄装置10にて洗浄を行う場合、洗浄槽1内の本発明の溶剤組成物の温度を25℃以上、溶剤組成物の沸点未満とすることが好ましい。上記範囲内であれば、加工油等の脱脂洗浄を容易に行うことができ、超音波による洗浄効果が高い。また、リンス槽2内の本発明の溶剤組成物の温度を10〜45℃とすることが好ましい。上記範囲内であれば、蒸気洗浄工程において、物品の温度と溶剤組成物蒸気の温度差が十分に得られるため、蒸気洗浄のために十分量の溶剤組成物が物品表面で凝縮できるためすすぎ洗浄効果が高い。また洗浄性の点からリンス槽2の溶剤組成物の温度より洗浄槽1内の本発明の溶剤組成物の温度が高いことが好ましい。
【0068】
<ドライクリーニング方法>
次に、本発明の溶剤組成物を、各種衣類の汚れの除去洗浄に用いる場合について説明する。本発明の溶剤組成物は、衣類の洗浄用溶剤、すなわち、ドライクリーニング用溶剤、として適している。
【0069】
本発明の溶剤組成物を用いるドライクリーニング用途は、シャツ、セーター、ジャケット、スカート、ズボン、ジャンパー、手袋、マフラー、ストール等の衣類に付着した汚れの洗浄除去が挙げられる。
【0070】
さらに、本発明の溶剤組成物は、綿、麻、ウール、レーヨン、ポリエステル、アクリル、ナイロン等といった繊維からなる衣類のドライクリーニングに適用できる。
【0071】
また、本発明の溶剤組成物に含まれるHCFO−1233ydは、分子に塩素原子を含むため汚れの溶解性が高く、幅広い溶解力があるHCFC−225(ジクロロペンタフルオロプロパン)等のHCFC類と同程度の油脂汚れに対する洗浄力があることがわかっている。
【0072】
さらに、本発明の溶剤組成物をドライクリーニング用溶剤として使用する際には、汗や泥等の水溶性汚れの除去性能を高めるためにソープを配合して、ドライクリーニング用溶剤組成物として用いることができる。ソープとはドライクリーニングに用いられる界面活性剤を示し、カチオン系、ノニオン系、アニオン系、両イオン性等の界面活性剤を使用することが好ましい。HCFO−1233ydは、分子に塩素原子を有するため様々な有機化合物に幅広い溶解性を持つことがわかっており、HFE類、HFC類のように、溶剤によってソープを最適化する必要がなく、様々なソープが使用できる。このように、本発明の溶剤組成物を用いるドライクリーニング用溶剤組成物は、カチオン系界面活性剤、ノニオン系界面活性剤、アニオン系界面活性剤、および両イオン性界面活性剤からなる群から選ばれる少なくとも1種の界面活性剤を含むことができる。
【0073】
ソープの具体例には、カチオン性界面活性剤ではドデシルジメチルアンモニウムクロライド、トリメチルアンモニウムクロライド等の第四級アンモニウム塩が挙げられる。ノニオン性界面活性剤ではポリオキシアルキレンノニルフェニルエーテル、ポリオキシアルキレンアルキルエーテル、脂肪酸アルカノールアミド、グリセリン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステル、リン酸と脂肪酸のエステル等の界面活性剤が挙げられる。アニオン性界面活性剤では、ポリオキシエチレンアルキル硫酸エステル塩などのアルキル硫酸エステル塩、脂肪酸塩(せっけん)などのカルボン酸塩、αオレフィンスルホン酸塩、ラウリル硫酸塩等のスルホン酸塩が挙げられる。両イオン性界面活性剤では、アルキルベタイン等のベタイン化合物が挙げられる。
【0074】
ドライクリーニング用溶剤組成物中のソープの含有割合は、ドライクリーニング用溶剤組成物に含まれる溶剤組成物全量に対して、0.01〜10質量%、好ましくは0.1〜5質量%、さらに好ましくは0.2〜2質量%である。
【0075】
以上説明した本発明の洗浄方法によれば、上記本発明の溶剤組成物を用いることで、溶剤組成物の分解が抑制されて、長期間の繰り返し洗浄が可能となる。また、本発明の溶剤組成物を用いれば、蒸留再生、濾過再生などの再生操作や、飛散した溶剤組成物の蒸気を回収するガス回収等も、問題なく適宜組み合わせることができる。
【0076】
<塗膜の形成方法>
本発明の溶剤組成物は、不揮発性有機化合物の希釈塗布用の溶剤(希釈塗布溶剤)に使用できる。すなわち本発明の塗膜の形成方法は、上記本発明の溶剤組成物に不揮発性有機化合物を溶解させて塗膜形成用組成物を調製し、該塗膜形成用組成物を被塗布物上に塗布した後、前記溶剤組成物を蒸発させて、前記不揮発性有機化合物からなる塗膜を形成することを特徴とする。
【0077】
ここで、本発明における不揮発性有機化合物とは、沸点が本発明の溶剤組成物より高く、溶剤組成物が蒸発した後も有機化合物が表面に残留するものをいう。不揮発性有機化合物として、具体的には、物品に潤滑性を付与するための潤滑剤、金属部品の防錆効果を付与するための防錆剤、物品に撥水性を付与するための防湿コート剤、物品への防汚性能を付与するための指紋除去付着防止剤等の防汚コート剤等が挙げられる。本発明の塗膜の形成方法においては、溶解性の観点から不揮発性有機化合物として潤滑剤を用いることが好ましい。
【0078】
潤滑剤は、2つの部材が互いの面を接触させた状態で運動するときに、接触面における摩擦を軽減し、熱の発生や摩耗損傷を防ぐために用いるものを意味する。潤滑剤は、液体(オイル)、半固体(グリース)、固体のいずれの形態であってもよい。
【0079】
潤滑剤としては、HCFO−1233ydへの溶解性が優れる点から、フッ素系潤滑剤またはシリコーン系潤滑剤が好ましい。なお、フッ素系潤滑剤とは、分子内にフッ素原子を有する潤滑剤を意味する。また、シリコーン系潤滑剤とは、シリコーンを含む潤滑剤を意味する。
【0080】
塗膜形成用組成物に含まれる潤滑剤は、1種であってもよく、2種以上であってもよい。フッ素系潤滑剤とシリコーン系潤滑剤は、それぞれを単独で使用してもよく、それらを併用してもよい。
【0081】
フッ素系潤滑剤としては、フッ素オイル、フッ素グリース、ポリテトラフルオロエチレンの樹脂粉末等のフッ素系固体潤滑剤が挙げられる。フッ素オイルとしては、パーフルオロポリエーテルやクロロトリフルオロエチレンの低重合物が好ましい。フッ素オイルの市販品としては、例えば、製品名「クライトックス(登録商標)GPL102」(デュポン株式会社製)、「ダイフロイル#1」、「ダイフロイル#3」、「ダイフロイル#10」、「ダイフロイル#20」、「ダイフロイル#50」、「ダイフロイル#100」、「デムナムS−65」(以上、ダイキン工業株式会社製)等が挙げられる。
【0082】
フッ素グリースとしては、パーフルオロポリエーテルやクロロトリフルオロエチレンの低重合物等のフッ素オイルを基油として、ポリテトラフルオロエチレンの粉末やその他の増ちょう剤を配合したものが好ましい。フッ素グリースの市販品としては、例えば、製品名「クライトックス(登録商標)グリース240AC」(デュポン株式会社製)、「ダイフロイルグリースDG−203」、「デムナムL65」、「デムナムL100」、「デムナムL200」(以上、ダイキン株式会社製)、「スミテックF936」(住鉱潤滑剤株式会社製)、「モリコート(登録商標)HP−300」、「モリコート(登録商標)HP−500」、「モリコート(登録商標)HP−870」、「モリコート(登録商標)6169」(以上、東レ・ダウコーニング株式会社製)等が挙げられる。
【0083】
シリコーン系潤滑剤としては、シリコーンオイルやシリコーングリースが挙げられる。シリコーンオイルとしては、ジメチルシリコーン、メチルハイドロジェンシリコーン、メチルフェニルシリコーン、環状ジメチルシリコーン、アミン基変性シリコーン、ジアミン基変性シリコーン、側鎖や末端に有機基を導入した変性シリコーンオイルが好ましい。シリコーンオイルの市販品としては、例えば、製品名「信越シリコーンKF−96」、「信越シリコーンKF−965」、「信越シリコーンKF−968」、「信越シリコーンKF−99」、「信越シリコーンKF−50」、「信越シリコーンKF−54」、「信越シリコーンHIVAC F−4」、「信越シリコーンHIVAC F−5」、「信越シリコーンKF−56A」、「信越シリコーンKF−995」、「信越シリコーンKF−868」、「信越シリコーンKF−859」(以上、信越化学工業株式会社製)、「SH200」(東レ・ダウコーニング株式会社製)等が挙げられる。
【0084】
シリコーングリースとしては、上記に挙げた種々のシリコーンオイルを基油として、金属石けん等の増ちょう剤、各種添加剤を配合した製品が好ましい。シリコーングリースの市販品としては、例えば、製品名「信越シリコーンG−30シリーズ」、「信越シリコーンG−40シリーズ」、「信越シリコーンFG−720シリーズ」、「信越シリコーンG−411」、「信越シリコーンG−501」、「信越シリコーンG−6500」、「信越シリコーンG−330」、「信越シリコーンG−340」、「信越シリコーンG−350」、「信越シリコーンG−630」(以上、信越化学工業株式会社製)、「モリコート(登録商標)SH33L」、「モリコート(登録商標)41」、「モリコート(登録商標)44」、「モリコート(登録商標)822M」、「モリコート(登録商標)111」、「モリコート(登録商標)高真空用グリース」、「モリコート(登録商標)熱拡散コンパウンド」(以上、東レ・ダウコーニング株式会社製)等が挙げられる。
【0085】
またフッ素系潤滑剤としても、シリコーン系潤滑剤としても例示できるものとして、末端または側鎖をフルオロアルキル基で置換した変性シリコーンオイルであるフロロシリコーンオイルが挙げられる。フロロシリコーンオイルの市販品としては、例えば、製品名「ユニダイン(登録商標)TG−5601」(ダイキン工業株式会社製)、「モリコート(登録商標)3451」、「モリコート(登録商標)3452」(以上、東レ・ダウコーニング株式会社製)、「信越シリコーンFL−5」、「信越シリコーンX−22−821」、「信越シリコーンX−22−822」、「信越シリコーンFL−100」(以上、信越化学工業株式会社製)等が挙げられる。
【0086】
これら潤滑剤は塗膜として、例えば、フッ素系潤滑剤が通常塗膜として用いられる産業機器、パーソナルコンピュータやオーディオ機器におけるCDやDVDのトレー部品、プリンタ、コピー機器、フラックス機器等の家庭用機器やオフィス用機器等に使用できる。また、例えば、シリコーン系潤滑剤が通常塗膜として用いられる注射器の注射針やシリンダ、医療用チューブ部品、金属刃、カテーテル等に使用できる。
【0087】
防錆剤とは、空気中の酸素によって容易に酸化されて錆を生じる金属の表面を覆い、金属表面と酸素を遮断することで金属材料の錆を防止するために用いるものを意味する。防錆剤としては、鉱物油、やポリオールエステル類、ポリアルキレングリコール類、ポリビニルエーテル類のような合成油が挙げられる。
【0088】
防湿コート剤や防汚コート剤は、プラスチック、ゴム、金属、ガラス、実装回路板等への防湿性や防汚性を付与するために用いるものである。防湿コート剤の製品例としては、トパス5013、トパス6013、トパス8007(ポリプラスチックス社製)、ゼオノア1020R、ゼオノア1060R(日本ゼオン社製)、アペル6011T、アペル8008T(三井化学社製)、SFE−DP02H、SNF−DP20H(セイミケミカル社製)が挙げられる。指紋付着防止剤等の防汚コート剤の製品例としては、オプツールDSX、オプツールDAC(ダイキン工業社製)、フロロサーフFG−5000(フロロテクノロジー社製)、SR−4000A(セイミケミカル社製)等が挙げられる
【0089】
塗膜形成用組成物は、通常、本発明の溶剤組成物に不揮発性有機化合物を溶解した溶液状の組成物として作製される。塗膜形成用組成物の作製方法は、不揮発性有機化合物を所定の割合で本発明の溶剤組成物に均一に溶解できる方法であれば特に制限されない。塗膜形成用組成物は基本的には不揮発性有機化合物と本発明の溶剤組成物のみで構成される。以下の説明において、不揮発性有機化合物として潤滑剤を用いた塗膜形成用組成物を「潤滑剤溶液」という。他の不揮発性有機化合物を用いた塗膜形成用組成物についても同様である。
【0090】
潤滑剤溶液全量に対する潤滑剤の含有量は、0.01〜50質量%が好ましく、0.05〜30質量%がより好ましく、0.1〜20質量%がさらに好ましい。潤滑剤溶液の潤滑剤を除く残部が溶剤組成物である。潤滑剤の含有量が上記範囲内であれば、潤滑剤溶液を塗布したときの塗布膜の膜厚、および乾燥後の潤滑剤塗膜の厚さを適正範囲に調整しやすい。
【0091】
防錆剤溶液、防湿コート剤溶液、防汚コート剤溶液等の塗膜形成用組成物における防錆剤、防湿コート剤、防湿コート剤等の不揮発性有機化合物の溶液(塗膜形成用組成物)全量に対する含有量も上記潤滑剤溶液における潤滑剤の含有量と同じ範囲であることが好ましい。
【0092】
上記溶剤組成物と不揮発性有機化合物とを含有する塗膜形成用組成物を被塗布物上に塗布し、該被塗布物上に塗布された塗膜形成用組成物から溶剤組成物を蒸発させることで、被塗布物上に不揮発性有機化合物からなる塗膜が形成できる。
【0093】
潤滑剤、防錆剤、防湿コート剤、防汚コート剤等の塗膜が形成される、すなわち、これらを含む塗膜形成用組成物が塗布される被塗布物としては、金属、プラスチック、エラストマー、ガラス、セラミックス等、様々な材質の被塗布物を採用できる。具体的な物品としては不揮発性有機化合物毎に上に説明した物品が挙げられる。
【0094】
塗膜形成用組成物の塗布方法としては、例えば、刷毛による塗布、スプレーによる塗布、物品を塗膜形成用組成物に浸漬することによる塗布、塗膜形成用組成物を吸い上げることによりチューブや注射針の内壁に塗膜形成用組成物を接触させる塗布方法等が挙げられる。
【0095】
塗膜形成用組成物から溶剤組成物を蒸発させる方法としては、公知の乾燥方法が挙げられる。乾燥方法としては、例えば、風乾、加熱による乾燥等が挙げられる。乾燥温度は、20〜100℃が好ましい。
【0096】
以上説明した本発明の塗膜の形成方法においては、これら潤滑剤、防錆剤、防湿コート剤、防汚コート剤等を溶解する前の本発明の溶剤組成物の状態でも、上記塗膜形成用組成物の状態でも、保管中や使用中に殆ど分解することなく使用することができる。
【0097】
<熱移動媒体および熱サイクルシステム>
本発明の溶剤組成物は、熱サイクルシステム用の作動媒体(熱移動媒体)として用いることができる。すなわち、本発明は、本発明の溶剤組成物を含む熱移動媒体を提供する。本発明の熱移動媒体は、物質を加熱したり冷却したりする熱サイクルシステムに適用できる。
【0098】
熱サイクルシステムとしては、ランキンサイクルシステム、ヒートポンプサイクルシステム、冷凍サイクルシステム、熱輸送システム、二次冷媒冷却システム等が挙げられる。
以下、熱サイクルシステムの一例として、冷凍サイクルシステムについて説明する。
【0099】
冷凍サイクルシステムとは、蒸発器において作動媒体が負荷流体より熱エネルギーを除去することにより、負荷流体を冷却し、より低い温度に冷却するシステムである。冷凍サイクルシステムでは、作動媒体蒸気Aを圧縮して高温高圧の作動媒体蒸気Bとする圧縮機と、圧縮された作動媒体蒸気Bを冷却し、液化して低温高圧の作動媒体Cとする凝縮器と、凝縮器から排出された作動媒体Cを膨張させて低温低圧の作動媒体Dとする膨張弁と、膨張弁から排出された作動媒体Dを加熱して高温低圧の作動媒体蒸気Aとする蒸発器と、蒸発器に負荷流体Eを供給するポンプと、凝縮器に流体Fを供給するポンプとから構成されるシステムである。
【0100】
本発明の熱移動媒体は、本発明の効果を損なわない範囲で、本発明の溶剤組成物以外の成分を含んでもよいが、本発明の溶剤組成物のみで構成されることが好ましい。本発明の熱移動媒体には、潤滑油を添加することができる。潤滑油には、熱サイクルシステムに用いられる公知の潤滑油が用いられる。潤滑油としては、含酸素系合成油(エステル系潤滑油、エーテル系潤滑油等)、フッ素系潤滑油、鉱物油、炭化水素系合成油等が挙げられる。
【0101】
さらに、本発明の熱移動媒体は二次循環冷却システムにも適用できる。
二次循環冷却システムとは、アンモニアや炭化水素冷媒からなる一次冷媒を冷却する一次冷却手段と、二次循環冷却システム用二次冷媒(以下、「二次冷媒」という。)を循環させて被冷却物を冷却する二次循環冷却手段と、一次冷媒と二次冷媒とを熱交換させ、二次冷媒を冷却する熱交換器と、を有するシステムである。この二次循環冷却システムにより、被冷却物を冷却できる。本発明の熱移動媒体は、二次冷媒としての使用に好適である。
【実施例】
【0102】
以下、実施例によって本発明を詳細に説明する。本発明はこれらの実施例に限定されない。例1〜17が本発明の溶剤組成物の実施例、例18〜21が比較例である。
【0103】
(製造例:HCFC−244caの製造)
撹拌機、ジムロート、冷却器、ラシヒリングを充填したガラス蒸留塔(段数測定値5段)を設置した2リットル四つ口フラスコに2,2,3,3−テトラフルオロプロパノール(TFPO)の1204g(9.12モル)およびN,N−ジメチルホルムアミド(DMF)の12g(0.17モル)を加えた。塩化チオニルの1078g(9.12モル)を滴下し、常温で12時間撹拌した。反応器を100℃に加熱し、還流タイマーにより還流時間/留出時間の比を5/1で反応蒸留を行った。留出したHCFC−244caは20質量%水酸化カリウム水溶液で中和した。回収したHCFC−244ca(純度100%)は、979g(6.50モル)であった。
【0104】
(製造例:HCFO−1233ydおよび1−クロロ−3,3−ジフルオロ−1−プロピンの製造)
2000gのHCFC−244caを原料にして、テトラ−n−ブチルアンモニウムクロリドの19.9gを入れ、反応温度を50℃に保ち、40質量%水酸化カリウム水溶液の2792gを30分かけて滴下した。その後、52時間反応を続け、有機層を回収した。回収した有機層を精製した結果、純度100質量%のHCFO−1233yd(Z)(以下、単に「HCFO−1233yd(Z)」という。)を1520g、純度100質量%のHCFO−1233yd(E)(以下、単に「HCFO−1233yd(E)」という。)を140g、1−クロロ−3,3−ジフルオロ−1−プロピンを5質量%含む混合物(残りはHCFO−1233yd(E)95質量%。以下、「混合物(X)」という。)を17g得た。この試験を繰返し実施し、必要量のHCFO−1233ydおよび1−クロロ−3,3−ジフルオロ−1−プロピンを製造した。
【0105】
(例1〜17:溶剤組成物(実施例)の製造)
上記で得られたHCFO−1233yd(Z)、HCFO−1233yd(E)および混合物(X)を用いて、表1に示す含有割合になるように、HCFO−1233yd(Z)および/またはHCFO−1233yd(E)と、安定剤としての1−クロロ−3,3−ジフルオロ−1−プロピンを含有する溶剤組成物をそれぞれ100gずつ調製する。表1に示すHCFO−1233yd(Z)、HCFO−1233yd(E)および1−クロロ−3,3−ジフルオロ−1−プロピンの数値は、HCFO−1233ydの含有量と1−クロロ−3,3−ジフルオロ−1−プロピンの含有量の合計に対する各成分の含有量の割合(質量%)である。なお、例1〜17の溶剤組成物はHCFO−1233ydと1−クロロ−3,3−ジフルオロ−1−プロピンのみからなる溶剤組成物である。
【0106】
(例18〜21:溶剤組成物(比較例)の製造)
上記で得られたHCFO−1233yd(Z)およびHCFO−1233yd(E)を用いて、表1に示す割合でHCFO−1233yd(Z)とHCFO−1233yd(E)を含む、HCFO−1233ydのみからなる溶剤組成物を製造する。
【0107】
(試験例1:安定性試験)
得られた例1〜21の溶剤組成物を50℃で3日間保存する。調製直後(試験前)と保存後(試験後)の塩素イオン濃度を測定し、以下の指標で安定性を評価する。結果を表1に示す。なお、評価の指標における濃度はいずれも塩素イオン濃度である。
【0108】
<評価の指標>
「S(優良)」:10質量ppm未満
「A(良)」:10質量ppm以上50ppm未満
「B(やや不良)」:50質量ppm以上100ppm未満
「×(不良)」:100質量ppm以上
【0109】
塩素イオン濃度測定は、各溶剤組成物40gとイオン交換水40gとを、200mL容分液漏斗に入れ、1分間振盪し、その後静置して2層分離した上層の水相を分取して、その水相の塩素イオン濃度をイオンクロマトグラフ(型番:ICS−1000、日本ダイオネクス株式会社製)で測定する。
【0110】
(試験例2:乾燥性試験)
乾燥性については、例1〜21の溶剤組成物を、常温下で鏡面仕上げしたSUS板上にパスツールピペットを用いて1滴滴下して、揮発させた際の痕跡の残り方により評価する。評価の指標は以下のとおりである。結果を表1に示す。
【0111】
<評価の指標>
「S(優良):溶剤組成物が完全に揮発して跡が残らない」
「A(良):溶剤組成物がほぼ揮発して跡が残らない」
「B(可):若干の残留物は認められるが実用上問題ない」
「×(不良):明らかな残留物が認められる」
【0112】
【表1】
【0113】
表1からわかるように、例1〜17で得られた本発明の溶剤組成物は、いずれもHCFO−1233ydを安定して保持できることが示されている。比較例としての例18〜21においてはHCFO−1233ydがある程度分解していることがわかる。また、例1〜17で得られた本発明の溶剤組成物では、乾燥試験で跡が残らず、HCFO−1233ydのみで構成される例18〜21の溶剤組成物と同様に揮発することが示されている。
【0114】
(試験例3:加速酸化試験による安定性評価試験)
上記で得られた例1〜17(実施例)、例18〜21(比較例)の溶剤組成物について、JIS K 1508−1982の加速酸化試験に準拠し、還流時間を48時間における安定性を確認する加速酸化試験を実施する。すなわち、各200mLの溶剤組成物中に、気相と液相に機械構造用炭素鋼(S20C)試験片を共存させた条件下で、水分を飽和させた酸素気泡を通しながら、電球で光を照射し、その電球の発熱で48時間還流する。
【0115】
上記加速酸化試験前後の塩素イオン濃度を測定し、以下の指標で安定性を評価する。また、上記加速酸化試験前後の試験片外観の変化の度合いを以下の指標で評価する。結果を表2に示す。
【0116】
<安定性評価の指標>
以下の、評価の指標における濃度はいずれも塩素イオン濃度である。
「S(優良)」:10質量ppm未満
「A(良)」:10質量ppm以上50ppm未満
「B(やや不良)」:50質量ppm以上100ppm未満
「×(不良)」:100質量ppm以上
【0117】
<試験片外観評価の指標>
「S(優良)」;試験前後で変化なし。
「A(良)」:試験前に比べて試験後ではわずかに光沢が失われたが、実用上問題ない。
「B(やや不良)」:試験後の表面がわずかに錆びている。
「×(不良)」:試験後の表面の全面に錆びが認められる。
【0118】
(試験例4:洗浄性能の評価)
上記で得られた例1〜17(実施例)、例18〜21(比較例)の溶剤組成物について、以下の各洗浄試験A〜Dを行い、その結果を表2に示す。
【0119】
[洗浄試験A]
SUS−304のテストピース(25mm×30mm×2mm)を、切削油である製品名「ダフニーマーグプラスHT−10」(出光興産株式会社製)中に浸漬した後、各例の溶剤組成物50mL中に1分間浸漬し、引き上げて切削油が除去された度合を観察する。洗浄性の評価は以下の基準に従って行う。
【0120】
「S(優良)」:切削油が完全に除去される。
「A(良好)」:切削油がほぼ除去される。
「B(やや不良)」:切削油が微量に残存する。
「×(不良)」:切削油がかなり残存する。
【0121】
[洗浄試験B]
切削油として製品名「ダフニーマーグプラスAM20」(出光興産株式会社製)を使用する以外は洗浄試験Aと同様に試験し、同じ基準で洗浄性を評価する。
【0122】
[洗浄試験C]
切削油として製品名「ダフニーマーグプラスHM25」(出光興産株式会社製)を使用する以外は洗浄試験Aと同様に試験し、同じ基準で洗浄性を評価する。
【0123】
[洗浄試験D]
切削油として製品名「G−6318FK」(日本工作油株式会社製)を使用する以外は洗浄試験Aと同様に試験し、同じ基準で洗浄性を評価する。
【0124】
(試験例5:希釈塗布溶剤としての性能の評価)
上記で得られた例1〜17(実施例)、例18〜21(比較例)の溶剤組成物を希釈塗布溶剤として用いて、塗膜形成用組成物(潤滑剤溶液)を調製し性能を評価する。
【0125】
各例の溶剤組成物とフッ素系潤滑剤である製品名「クライトックス(登録商標)GPL102」(デュポン株式会社製、フッ素系オイル)を該フッ素系潤滑剤の含有量が塗膜形成用組成物の全量に対して0.5質量%となるようにそれぞれ混合し、塗膜形成用組成物を調製する。
【0126】
次に、鉄製の板にアルミニウムを蒸着させたアルミニウム蒸着板の表面に、得られた塗膜形成用組成物を厚み0.4mmで塗布し、19〜21℃の条件下で風乾することにより、アルミニウム蒸着板表面に潤滑剤塗膜を形成する。潤滑剤塗膜を形成する際の溶剤組成物の希釈塗布溶剤としての性能の評価は以下のように行う。結果を表2に示す。
【0127】
[溶解状態]
各例の溶剤組成物を用いた塗膜形成用組成物の溶解状態を目視で確認し、以下の基準で評価する。
「S(優良)」:直ちに均一に溶解し、透明になる。
「A(良好)」:振盪すれば均一に溶解し、透明になる。
「B(やや不良)」:若干白濁する。
「×(不良)」:白濁もしくは相分離する。
【0128】
[塗膜状態]
各例の溶剤組成物を用いた塗膜形成用組成物により形成される潤滑剤塗膜の状態を目視で確認して以下の基準で評価する。
「S(優良)」:均一な塗膜である。
「A(良好)」:ほぼ均一な塗膜である。
「B(やや不良)」:塗膜に部分的にムラが見られる。
「×(不良)」:塗膜にかなりムラが見られる。
【0129】
【表2】
【0130】
表2から加速酸化試験を施した場合においても、実施例の溶剤組成物はいずれも比較例の溶剤組成物よりも安定性に優れていることが明らかといえる。また、表2に示すように、本発明の実施例の溶剤組成物は、いずれの洗浄試験においても安定剤を添加していない例18〜21の溶剤組成物と同様に切削油を充分に洗浄除去でき、優れた洗浄性があることがわかる。
【0131】
さらに、表2に示すように、本発明の溶剤組成物を希釈塗布溶剤として用いた潤滑剤溶液は、いずれの塗布試験においても安定剤のない例18〜21の溶剤組成物と同様に潤滑剤の溶解性に優れ、均一な潤滑剤塗膜を簡便に形成できることが明らかである。
【0132】
(試験例5:衣類の洗浄性と風合いの評価)
本発明の溶剤組成物を用いて、ウール生地の白色カーディガンを洗浄して洗浄性、風合いの状態を以下のように評価する。
【0133】
始めに例6の溶剤組成物を10L(15kg)調製する。さらに、溶剤組成物にソープとしてNF−98(日華化学株式会社製:商品名「NF−98」)を75g(溶剤組成物全量に対して0.5質量%)加えてよく撹拌し、洗浄試験に使用する試験溶剤とする。
【0134】
着用して汚れた上記カーディガンを半分に切断し、その一方を洗浄試験に使用する。洗浄試験は、ドライクリーニング試験機(商品名:DC−1A、大栄科学精器製作所製)を用いて、約11Lの洗浄槽に上記試験溶剤と被洗浄物を入れて、常温で10分間洗浄を行う。その後、洗浄したカーディガンを洗浄槽から取り出して十分に乾燥させ、洗浄しなかった残り半分のカーディガンと比較して洗浄性能および風合いを評価する。比較のために同様の洗浄試験を従来の洗浄用溶剤である1,1,1,3,3−ペンタフルオロブタン(HFC−365mfc)と1,1,2,2−テトラフルオロエチル−2,2,2−トリフルオロエチルエーテル(HFE−347pc−f)について行う。
【0135】
例6の溶剤組成物をベースにした試験溶剤で洗浄したカーディガンは従来の洗浄用溶剤で洗浄した場合と同等の洗浄性と風合いである。