特許第6266382号(P6266382)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6266382生体組織シミュレーション方法及びその装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6266382
(24)【登録日】2018年1月5日
(45)【発行日】2018年1月24日
(54)【発明の名称】生体組織シミュレーション方法及びその装置
(51)【国際特許分類】
   G06F 19/00 20180101AFI20180115BHJP
   G06T 17/00 20060101ALI20180115BHJP
【FI】
   G06F19/00 110
   G06T17/00
【請求項の数】7
【全頁数】25
(21)【出願番号】特願2014-40297(P2014-40297)
(22)【出願日】2014年3月3日
(65)【公開番号】特開2015-165367(P2015-165367A)
(43)【公開日】2015年9月17日
【審査請求日】2017年1月5日
(73)【特許権者】
【識別番号】504174135
【氏名又は名称】国立大学法人九州工業大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110928
【弁理士】
【氏名又は名称】速水 進治
(72)【発明者】
【氏名】永山 勝也
(72)【発明者】
【氏名】天野 恭子
【審査官】 宮地 匡人
(56)【参考文献】
【文献】 特開2013−169291(JP,A)
【文献】 特開2012−145988(JP,A)
【文献】 特開2011−258084(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G06F 19/00
G06T 17/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
分裂能力を有する母細胞、母細胞の分裂により生じる娘細胞、及び、母細胞層を介して娘細胞とは逆側に存在する非分裂細胞により形成される生体組織の挙動を少なくとも1つのコンピュータにより模擬する生体組織シミュレーション方法において、
前記母細胞、前記娘細胞及び前記非分裂細胞の位置特性に応じて、前記母細胞を表す母細胞モデル、前記娘細胞を表す娘細胞モデル、及び、前記非分裂細胞を表す非分裂細胞モデルを粒子モデルとしてシミュレーション空間内に配置し、
前記母細胞層の厚み方向で前記母細胞モデルを挟む位置に、前記娘細胞モデル及び前記非分裂細胞モデルには力を及ぼさない第1仮想粒子モデル及び第2仮想粒子モデルを生成し、
前記母細胞モデル、前記娘細胞モデル及び前記非分裂細胞モデルを含む細胞モデル間に働く第1粒子間力を算出し、
前記母細胞モデルと前記第1仮想粒子モデル及び前記第2仮想粒子モデルとの間に働く第2粒子間力を算出し、
前記第1粒子間力を用いて算出される変位により、前記娘細胞モデル及び前記非分裂細胞モデルの位置を更新し、
前記第1粒子間力及び前記第2粒子間力を用いて算出される変位により、前記母細胞モデルの位置を更新し、
前記第2粒子間力を用いて算出される変位により、前記第1仮想粒子モデル及び前記第2仮想粒子モデルの位置を更新する、
ことを含む生体組織シミュレーション方法。
【請求項2】
母細胞モデルと、該母細胞モデルに対応して生成された第1仮想粒子モデル及び第2仮想粒子モデルとの対応関係を保持し、
母細胞モデルから2つの娘細胞モデルを生成しかつ該母細胞モデルを削除する第1分裂パターンを実行し、
前記母細胞モデルが削除された場合に、削除された前記母細胞モデルに対応づけられた前記第1仮想粒子モデル及び前記第2仮想粒子モデルを削除し、
前記削除された母細胞モデルの位置に第3仮想粒子モデルを生成し、
前記第3仮想粒子モデルと、母細胞モデル、娘細胞モデルおよび非分裂細胞モデルの各細胞モデルとの間に働く第3粒子間力を算出し、
前記第3粒子間力を用いて算出される変位により、前記第3仮想粒子モデルの位置を更新し、
前記第3仮想粒子モデルと母細胞モデルとの間の距離に応じて、前記第3仮想粒子モデルを削除する、
ことを更に含み、
前記娘細胞モデル及び前記非分裂細胞モデルの位置の更新は、前記第1粒子間力及び前記第3粒子間力を用いて算出される変位に基づいて実行され、
前記母細胞モデルの位置の更新は、前記第1粒子間力、前記第2粒子間力及び第3粒子間力を用いて算出される変位に基づいて行われる、
請求項1に記載の生体組織シミュレーション方法。
【請求項3】
前記第1分裂パターン、母細胞モデルから2つの母細胞モデルを生成する第2分裂パターン、及び、母細胞モデルから母細胞モデル及び娘細胞モデルを生成する第3分裂パターンのいずれか1つを所定頻度及び所定割合で実行する、
ことを更に含む請求項2に記載の生体組織シミュレーション方法。
【請求項4】
前記第2分裂パターンの実行前に、対象の母細胞モデルの大きさを拡大する、
ことを更に含む請求項3に記載の生体組織シミュレーション方法。
【請求項5】
前記母細胞モデルと周辺の母細胞モデルとの間の距離に基づいて、前記母細胞モデルに関する数密度を算出し、
前記算出された数密度の上昇に伴い前記母細胞モデルの大きさを縮小し、
前記算出された数密度の下降に伴い前記母細胞モデルの大きさを拡大する、
ことを更に含む請求項1から4のいずれか1項に記載の生体組織シミュレーション方法。
【請求項6】
請求項1から5のいずれか1項に記載の生体組織シミュレーション方法を少なくとも1つのコンピュータに実行させるプログラム。
【請求項7】
分裂能力を有する母細胞、母細胞の分裂により生じる娘細胞、及び、母細胞層を介して娘細胞とは逆側に存在する非分裂細胞により形成される生体組織の挙動を模擬する生体組織シミュレーション装置において、
前記母細胞、前記娘細胞及び前記非分裂細胞の位置特性に応じて、前記母細胞を表す母細胞モデル、前記娘細胞を表す娘細胞モデル、及び、前記非分裂細胞を表す非分裂細胞モデルを粒子モデルとしてシミュレーション空間内に配置する配置手段と、
前記母細胞層の厚み方向で前記母細胞モデルを挟む位置に、前記娘細胞モデル及び前記非分裂細胞モデルには力を及ぼさない第1仮想粒子モデル及び第2仮想粒子モデルを生成する粒子制御手段と、
母細胞モデル、娘細胞モデル及び非分裂細胞モデルを含む各細胞モデル、並びに、第1仮想粒子モデル及び第2仮想粒子モデルを含む各仮想粒子モデルについて、シミュレーション空間内の位置及びモデル種別を含むモデル情報をそれぞれ保持するモデル情報保持手段と、
前記母細胞モデル、前記娘細胞モデル及び前記非分裂細胞モデルを含む細胞モデル間に働く第1粒子間力、及び、前記母細胞モデルと前記第1仮想粒子モデル及び前記第2仮想粒子モデルとの間に働く第2粒子間力を算出する力算出手段と、
前記第1粒子間力を用いて算出される変位により、前記娘細胞モデル及び前記非分裂細胞モデルの位置を更新し、前記第1粒子間力及び前記第2粒子間力を用いて算出される変位により、前記母細胞モデルの位置を更新し、前記第2粒子間力を用いて算出される変位により、前記第1仮想粒子モデル及び前記第2仮想粒子モデルの位置を更新する位置更新手段と、
を備える生体組織シミュレーション装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体組織のシミュレーション技術に関する。
【背景技術】
【0002】
下記特許文献1では、前駆細胞の細胞分裂を伴う実際の生体組織の成長や分化などの状態変化をより正確に摸擬することができるシミュレーション方法が提案されている。このシミュレーション方法は、二次細胞モデルを前駆細胞モデルの近傍に配置し、二次細胞モデルの位置または当該二次細胞モデルが生成されてからの経過ステップ数の増大に対応して、当該二次細胞モデルに関する粒子間係数を増大させ、一の二次細胞モデルと、前駆細胞モデルまたは他の二次細胞モデルと、の距離および粒子間係数に基づいて、当該一の二次細胞モデルの位置を更新することを含む。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2012−145988号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本明細書において、生体組織を形成する細胞であって、分裂能力を有する細胞を母細胞と表記し、この母細胞から分裂される細胞を娘細胞と表記し、分裂能力を有さないその他の細胞を非分裂細胞と表記する。また、本明細書での細胞とは、いわゆる細胞であってもよいし、体積を維持した流動的な組織を模擬するために設けられる仮想的な単位であってもよい。
【0005】
人の皮膚組織を形成する表皮には、表面から順に角質層、2から3層で構成される顆粒層、5から10層で構成される有棘層、及び、一番底の、母細胞の一種である基底細胞からなる基底層(1層)がある。基底層は、複数の基底細胞が一層に並んでおり、体の部位によって、凹凸を形成する。基底層の凹凸については、加齢により減少することや、シミ部において他の部分よりも激しいこと等が知られている。このような基底層の凹凸の形成状況をシミュレートすることにより、スキンケアやエイジングケア等に役立てることができる。
【0006】
しかしながら、生体組織を模擬する既存のシミュレーション方法において、基底細胞のような母細胞の挙動を正確に模擬するものは存在しない。上述の提案手法においても、母細胞(前駆細胞)の挙動についてはあまり言及されていない。
【0007】
本発明は、このような課題に鑑みてなされたものであり、母細胞の挙動を正確に模擬する生体組織のシミュレーション技術を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の各側面では、上述した課題を解決するために、それぞれ以下の構成を採用する。
【0009】
第1の側面は、分裂能力を有する母細胞、母細胞の分裂により生じる娘細胞、及び、母細胞層を介して娘細胞とは逆側に存在する非分裂細胞により形成される生体組織の挙動を少なくとも1つのコンピュータにより模擬する生体組織シミュレーション方法に関する。第1側面に係る生体組織シミュレーション方法は、母細胞、娘細胞及び非分裂細胞の位置特性に応じて、母細胞を表す母細胞モデル、娘細胞を表す娘細胞モデル、及び、非分裂細胞を表す非分裂細胞モデルを粒子モデルとしてシミュレーション空間内に配置し、母細胞層の厚み方向で母細胞モデルを挟む位置に、娘細胞モデル及び非分裂細胞モデルには力を及ぼさない第1仮想粒子モデル及び第2仮想粒子モデルを生成し、母細胞モデル、娘細胞モデル及び非分裂細胞モデルを含む細胞モデル間に働く第1粒子間力を算出し、母細胞モデルと第1仮想粒子モデル及び第2仮想粒子モデルとの間に働く第2粒子間力を算出し、第1粒子間力を用いて算出される変位により、娘細胞モデル及び非分裂細胞モデルの位置を更新し、第1粒子間力及び第2粒子間力を用いて算出される変位により、母細胞モデルの位置を更新し、第2粒子間力を用いて算出される変位により、第1仮想粒子モデル及び第2仮想粒子モデルの位置を更新する、ことを含む。
【0010】
第2の側面は、分裂能力を有する母細胞、母細胞の分裂により生じる娘細胞、及び、母細胞層を介して娘細胞とは逆側に存在する非分裂細胞により形成される生体組織の挙動を模擬する生体組織シミュレーション装置に関する。第2側面に係る生体組織シミュレーション装置は、母細胞、娘細胞及び非分裂細胞の位置特性に応じて、母細胞を表す母細胞モデル、娘細胞を表す娘細胞モデル、及び、非分裂細胞を表す非分裂細胞モデルを粒子モデルとしてシミュレーション空間内に配置する配置手段と、母細胞層の厚み方向で母細胞モデルを挟む位置に、娘細胞モデル及び非分裂細胞モデルには力を及ぼさない第1仮想粒子モデル及び第2仮想粒子モデルを生成する粒子制御手段と、母細胞モデル、娘細胞モデル及び非分裂細胞モデルを含む各細胞モデル、並びに、第1仮想粒子モデル及び第2仮想粒子モデルを含む各仮想粒子モデルについて、シミュレーション空間内の位置及びモデル種別を含むモデル情報をそれぞれ保持するモデル情報保持手段と、母細胞モデル、娘細胞モデル及び非分裂細胞モデルを含む細胞モデル間に働く第1粒子間力、及び、母細胞モデルと第1仮想粒子モデル及び第2仮想粒子モデルとの間に働く第2粒子間力を算出する力算出手段と、第1粒子間力を用いて算出される変位により、娘細胞モデル及び非分裂細胞モデルの位置を更新し、第1粒子間力及び第2粒子間力を用いて算出される変位により、母細胞モデルの位置を更新し、第2粒子間力を用いて算出される変位により、第1仮想粒子モデル及び第2仮想粒子モデルの位置を更新する位置更新手段と、を有する。
【0011】
なお、本発明の別側面は、第1側面に係る方法を少なくとも1つのコンピュータに実行させるプログラムであってもよいし、このようなプログラムを記録したコンピュータが読み取り可能な記憶媒体であってもよい。この記録媒体は、非一時的な有形の媒体を含む。
【発明の効果】
【0012】
上記各態様によれば、母細胞の挙動を正確に模擬する生体組織のシミュレーション技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】第1実施形態における生体組織シミュレーション方法を示す図である。
図2】人における表皮及び真皮の生体組織のシミュレーション空間の例を示す図である。
図3】第1実施形態における生体組織シミュレーション装置のハードウェア構成例を概念的に示す図である。
図4】第1実施形態における生体組織シミュレーション装置の処理構成例を概念的に示す図である。
図5】第2実施形態におけるシミュレーション方法の母細胞分裂に関わる工程を示す。
図6】第2実施形態におけるシミュレーション方法の位置更新に関わる工程を示す。
図7】第2実施形態における生体組織シミュレーション装置の処理構成例を概念的に示す図である。
図8】第3仮想粒子モデルの作用効果を概念的に示した図である。
図9】第3実施形態におけるシミュレーション方法のサイズ制御に関わる工程を示す。
図10】第3実施形態における生体組織シミュレーション装置の処理構成例を概念的に示す図である。
図11】本実施例におけるシミュレーション結果を示す図である。
図12】本実施例におけるシミュレーション結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態について説明する。なお、以下に挙げる各実施形態はそれぞれ例示であり、本発明は以下の各実施形態の構成に限定されない。
【0015】
[第1実施形態]
〔生体組織シミュレーション方法〕
図1は、第1実施形態における生体組織シミュレーション方法を示す図である。以降、生体組織シミュレーション方法は、略して、シミュレーション方法と表記される場合もある。第1実施形態におけるシミュレーション方法は、母細胞、娘細胞、及び、母細胞層を介して娘細胞とは逆側に存在する非分裂細胞により形成される生体組織の挙動を少なくとも1つのコンピュータにより模擬する。図1に示されるように、第1実施形態に係るシミュレーション方法は、(S11)から(S17)を含む。
【0016】
(S11)は、母細胞、娘細胞及び非分裂細胞の位置特性に応じて、母細胞を表す母細胞モデル、娘細胞を表す娘細胞モデル、及び、非分裂細胞を表す非分裂細胞モデルを粒子モデルとしてシミュレーション空間内に配置する工程である。母細胞モデル、娘細胞モデル、非分裂細胞モデルといった各細胞モデルは、具体的には、各細胞を表すソフトウェアオブジェクトである。ソフトウェアオブジェクトは、オブジェクト指向ソフトウェアにおけるインスタンスとして生成されてもよいし、構造体により生成されてもよい。本実施形態は、このような細胞モデルのソフトウェアオブジェクト化の具体的手法を制限しない。
【0017】
各細胞モデルは、母細胞、娘細胞及び非分裂細胞を少なくとも区別可能な細胞種別の情報をそれぞれ有する。また、(S11)では、各細胞モデルが粒子モデルとしてシミュレーション空間内に配置されるため、各細胞モデルは、シミュレーション空間内における位置を示す情報を更に有する。細胞モデルの位置は、例えば、細胞モデルの重心の位置で表される。本実施形態では、各細胞モデルをいわゆる粒子法の粒子モデルとして扱うため、各細胞モデルは、その細胞の大きさを示す情報を更に有することが望ましい。細胞の大きさを示す情報としては、直径、半径、又は、3次元の各軸方向の大きさ等で表される。各細胞モデルは、粒子モデルと表記される場合もある。
【0018】
シミュレーション空間とは、各細胞モデルの挙動を模擬する3次元の計算空間であって、各細胞モデルで形成される生体組織の一部を表す。
【0019】
図2は、人における表皮及び真皮の生体組織のシミュレーション空間の例を示す図である。図2の例では、シミュレーション空間は、計算境界A1、A2、A3及びA4に囲まれた範囲であり、シミュレーション方法は、このシミュレーション空間外に位置する細胞モデルを計算対象としない。図2の例では、真皮組織、基底層、有棘層、顆粒層及び角層の一部がシミュレーション空間に設定されており、計算境界A1により皮膚の表面の形状が表される。また、基底層は、基底細胞及び色素細胞(メラノサイト)から形成されている。以降の説明では、基底層に対応する母細胞層を形成する細胞として、母細胞のみが例示されるが、母細胞層には、色素細胞のような許され得る他種の細胞が含まれていてもよい。但し、母細胞層への侵入により生体組織の本来の母細胞層の姿が崩れる、娘細胞や非分裂細胞のような、許されない他種の細胞もある。また、このシミュレーション空間の設定方法は、図2の例に制限されない。例えば、毛髪の組織がシミュレーション対象とされる場合、毛乳頭組織、毛母細胞、毛母細胞が分裂して生成された娘細胞から毛髪組織又はその一部が計算境界A1からA4に設定される。
【0020】
また、母細胞、娘細胞及び非分裂細胞の位置特性とは、生体組織内での各細胞の位置関係の性質を意味する。例えば、人における表皮組織では、母細胞に相当する基底細胞及び色素細胞(メラノサイト)が厚み方向に重ならないように形成する基底層(母細胞層に相当)が存在し、基底層より皮膚表面側に娘細胞に相当する有棘細胞が存在し、基底層より皮下組織側に非分裂細胞に相当する真皮組織が存在する。この例では、このような基底層の特性、及び、有棘層、基底層及び真皮組織の位置関係に応じて、娘細胞(有棘細胞)モデル、母細胞(基底細胞)モデル及び非分裂細胞モデルが配置される。また、毛髪の組織では、母細胞に相当する毛母細胞が、非分裂細胞に相当する毛乳頭細胞からなる毛乳頭組織の表面に存在し、その逆側に毛母細胞から分裂した非分裂細胞が存在する。この例では、このような、毛母細胞、毛乳頭細胞及び非分裂細胞の位置関係に応じて、母細胞(毛母細胞)モデル、非分裂細胞(毛乳頭細胞)モデル及び二次細胞モデルが配置される。
【0021】
(S12)は、母細胞層の厚み方向で母細胞モデルを挟む位置に、第1仮想粒子モデル及び第2仮想粒子モデルを生成する工程である。これにより、対象の1つの母細胞モデルに対して第1仮想粒子モデル及び第2仮想粒子モデルの組が生成され、生成された第1仮想粒子モデル及び第2仮想粒子モデルは、シミュレーション空間内におけるその対象の母細胞モデルを挟んで各々対向する位置に配置される。第1仮想粒子モデル及び第2仮想粒子モデルは、生体組織を形成する細胞を表すものではなく、各細胞モデルの挙動を制御するために、計算上、仮想的に設けられるソフトウェアオブジェクトである。各仮想粒子モデルは、娘細胞モデル及び非分裂細胞モデルには力を及ぼさないモデルとして定義される。各仮想粒子モデルについても粒子モデルと表記される場合もある。
【0022】
仮想粒子モデルは、ソフトウェア空間内に配置されるため、ソフトウェア空間内の位置を示す情報を有する。また、仮想粒子モデルは、大きさを示す情報を持ってもよいし、大きさを持たなくてもよい(例えば、体積ゼロでもよい)。各仮想粒子モデルは、細胞モデルと区別される必要があるため、仮想粒子モデルであること又は細胞モデルでないことを示す情報を更に有する。
【0023】
(S13)は、母細胞モデル、娘細胞モデル及び非分裂細胞モデルを含む細胞モデル間に働く第1粒子間力を算出する工程である。第1粒子間力は、各細胞モデルを粒子に見立てることで、いわゆる粒子法を用いて算出される。第1粒子間力は、母細胞モデル間、母細胞モデルと娘細胞モデルとの間、母細胞モデルと非分裂細胞モデルとの間、娘細胞モデル間、非分裂細胞モデル間、娘細胞モデルと非分裂細胞モデルとの間について、細胞モデル間の粒子間距離を用いて、それぞれ算出される。粒子間距離は、ソフトウェア空間(3次元計算空間)内における粒子モデル間のユークリッド距離として算出される。各粒子モデルの位置がそのモデルの重心の位置で示されている場合には、粒子間距離は、粒子モデルの重心間距離として算出される。以降、粒子間距離は、単に距離と表記される場合もある。
【0024】
演算量の低減のためには、第1粒子間力を求める対象とする細胞モデルの組み合わせは、粒子間距離が所定以下の組み合わせとすることが望ましい。また、娘細胞モデル及び非分裂細胞モデルは、母細胞モデルを挟んだ位置に存在するため、それらの間の粒子間力は計算対象外とされることが望ましい。第1粒子間力の算出には、上述の特許文献1に記載されるものと同様の手法が用いられればよい。
【0025】
(S14)は、母細胞モデルと第1仮想粒子モデル及び第2仮想粒子モデルとの間に働く第2粒子間力を算出する工程である。言い換えれば、(S14)は、母細胞モデルと第1仮想粒子モデルとの間の第2粒子間力、及び、母細胞モデルと第2仮想粒子モデルとの間の第2粒子間力を算出する。演算量の低減のためには、第2粒子間力を求める対象とする母細胞モデルと仮想粒子モデルとの組み合わせは、粒子間距離が所定以下の組み合わせとすることが望ましい。第2粒子間力の算出には、上述の特許文献1に記載されるものと同様の手法が用いられればよい。
【0026】
(S15)は、(S13)で得られた第1粒子間力を用いて算出される変位により、娘細胞モデル及び非分裂細胞モデルの位置を更新する工程である。算出される変位は、対象の細胞モデル又は仮想粒子モデルに影響を与える全ての粒子間力及び運動方程式等を用いて算出され、その対象モデルを力のつり合う位置へ移すための位置の変化を示す。ここでは、対象の娘細胞モデル又は非分裂細胞モデルの変位が、(S13)で得られた第1粒子間力及び運動方程式等を用いて算出される。(S15)は、現在位置にその変位を適用することで、娘細胞モデル及び非分裂細胞モデルの位置を更新する。
【0027】
(S16)は、(S13)で得られた第1粒子間力及び(S14)で得られた第2粒子間力を用いて算出される変位により、母細胞モデルの位置を更新する工程である。
【0028】
(S17)は、(S14)で得られた第2粒子間力を用いて算出される変位により、第1仮想粒子モデル及び第2仮想粒子モデルの位置を更新する工程である。
【0029】
但し、本シミュレーション方法における各工程の実行順序は、図1で示される順番に制限されない。各工程の実行順序は、内容的に支障のない範囲で変更され得る。例えば、(S15)、(S16)及び(S17)の実行順は任意であり、並列に実行されてもよい。また、(S15)は、(S14)の前に実行されてもよい。また、図1では、説明の便宜のため、フローチャートにより簡易的に示されているため、第1実施形態におけるシミュレーション方法は、図1に示される内容に制限されない。例えば、(S13)から(S17)は、ソフトウェアオブジェクト毎(細胞モデル毎及び仮想粒子モデル毎)に実行することができる。(S13)は、仮想粒子モデルに関しては実行されない。(S14)は、娘細胞モデル及び非分裂細胞モデルに関しては実行されない。
【0030】
第1実施形態におけるシミュレーション方法は、以下に説明する生体組織シミュレーション装置のような少なくとも1つのコンピュータにおいて実行され得る。但し、上述のシミュレーション方法には、少なくとも一部が人によって実施される工程が含まれてもよい。例えば、(S11)において、母細胞モデル、娘細胞モデル及び非分裂細胞モデルの初期配置(シミュレーション開始時点の配置)は、人によって入力された情報に基づいて実現されてもよい。具体的には、各細胞モデルの必要数及び各細胞モデルの位置が人によって入力され、その入力情報が当該少なくとも1つのコンピュータに設定されてもよい。この場合でも、(S11)自体は、少なくとも1つのコンピュータにより実行される工程であり、第1実施形態におけるシミュレーション方法は、全体として、自然法則を利用した技術的思想の創作と言える。
【0031】
〔生体組織シミュレーション装置〕
図3は、第1実施形態における生体組織シミュレーション装置1のハードウェア構成例を概念的に示す図である。以降、生体組織シミュレーション装置を略してシミュレータと表記する場合もある。シミュレータ1は、いわゆるコンピュータであり、例えば、バスで相互に接続される、CPU(Central Processing Unit)2、メモリ3、通信ユニット4、入出力インタフェース(I/F)5等を有する。メモリ3は、RAM(Random Access Memory)、ROM(Read Only Memory)、ハードディスク等である。通信ユニット4は、他のコンピュータや機器と信号のやりとりを行う。通信ユニット4には、可搬型記録媒体等も接続され得る。
【0032】
入出力I/F5は、表示装置6、入力装置7等のユーザインタフェース装置と接続可能である。表示装置6は、LCD(Liquid Crystal Display)やCRT(Cathode Ray Tube)ディスプレイのような、CPU2やGPU(Graphics Processing Unit)(図示せず)等により処理された描画データに対応する画面を表示する装置である。入力装置7は、キーボード、マウス等のようなユーザ操作の入力を受け付ける装置である。表示装置6及び入力装置7は一体化され、タッチパネルとして実現されてもよい。シミュレータ1のハードウェア構成は制限されない。
【0033】
図4は、第1実施形態における生体組織シミュレーション装置1の処理構成例を概念的に示す図である。図4に示されるように、シミュレータ1は、配置部11、粒子制御部12、モデル情報保持部13、力算出部14、位置更新部15等を有する。これら各処理部は、例えば、CPU2によりメモリ3に格納されるプログラムが実行されることにより実現される。また、当該プログラムは、例えば、CD(Compact Disc)、メモリカード等のような可搬型記録媒体やネットワーク上の他のコンピュータから通信ユニット4又は入出力I/F5を介してインストールされ、メモリ3に格納されてもよい。
【0034】
配置部11は、上述の(S11)を実行する。配置部11は、入力装置7を用いたユーザ操作で入力された情報又は通信ユニット4を介して取得された情報を用いて、(S11)を実行する。その情報は、具体的には、各細胞モデルの必要数及び各細胞モデルの初期配置を示し、後述のモデル情報保持部13に保持される。
【0035】
粒子制御部12は、上述の(S12)を実行する。
【0036】
モデル情報保持部13は、母細胞モデル、娘細胞モデル及び非分裂細胞モデルを含む各細胞モデル、並びに、第1仮想粒子モデル及び第2仮想粒子モデルを含む各仮想粒子モデルについて、シミュレーション空間内の位置及びモデル種別を含むモデル情報をそれぞれ保持する。モデル種別は、各モデルが示す細胞種別、又は、細胞モデルでなく粒子モデルであることを示す。各細胞モデルのモデル情報は、その細胞の大きさを示す情報を更に含むことが望ましい。また、各仮想粒子モデルのモデル情報は、その粒子の大きさを示す情報を更に含んでいてもよい。
【0037】
力算出部14は、上述における(S13)及び(S14)を実行する。即ち、力算出部14は、細胞モデル間に働く第1粒子間力、及び、母細胞モデルと仮想粒子モデルとの間に働く第2粒子間力を算出する。仮想粒子モデルは、上述のように、娘細胞モデル及び非分裂細胞モデルには力を及ぼさないため、娘細胞モデルと仮想粒子モデルとの間、及び、非分裂細胞モデルと仮想粒子モデルとの間に働く粒子間力は計算されない。
【0038】
位置更新部15は、上述における(S15)、(S16)及び(S17)を実行する。即ち、位置更新部15は、モデル情報保持部13に保持される各細胞モデル及び各仮想粒子モデルに関するモデル情報の位置情報を更新する。
【0039】
〔第1実施形態の作用及び効果〕
実際の生体組織において母細胞層の形状は不変ではない。例えば、人の表皮組織における基底層の凹凸形状は、加齢により変化することが知られている。また、毛髪における毛乳頭組織も退行期では萎縮することが知られている。このような母細胞層の挙動を正しく模擬するためには、基底細胞や毛母細胞等のような各母細胞の挙動をそれぞれ模擬する必要がある。そこで、第1実施形態で示されるように、母細胞も、娘細胞や非分裂細胞のように粒子モデルとして扱い、他の細胞からの粒子間力で変位させることが考えられる。
【0040】
本発明者らは、単に母細胞を粒子モデルとして扱うのみでは、母細胞層の形状が生体組織での本来の形状から崩れてしまい、母細胞の挙動を正しく模擬することができないという問題点を得た。例えば、本来の生体組織では、母細胞層は、厚み方向に母細胞が重ならないように形成されるが、上述の単純なシミュレーション手法では、母細胞が重なり、母細胞層が破綻してしまう。例えば、皮膚組織に置き換えると、基底層に相当する母細胞層には、有棘細胞に相当する娘細胞や、線維芽細胞及び細胞外マトリックスなどの真皮構造に相当する非分裂細胞が存在しないが、上述の単純なシミュレーション手法では、母細胞層に娘細胞(有棘細胞)や非分裂細胞(真皮構造)が侵入し、母細胞層が破綻してしまう。
【0041】
そこで、本発明者らは、細胞を表さない仮想的な粒子モデルを用いるという着想を得た。本発明者らは、更に検討を重ねることで、母細胞モデルに対して、母細胞層の厚み方向でその母細胞モデルを挟む位置に、2つの仮想粒子モデル(第1仮想粒子モデル及び第2仮想粒子モデル)の組を配置し、各仮想粒子モデルが、娘細胞モデル及び非分裂細胞モデルには力を及ぼさず、母細胞モデルに対して力を及ぼすようにすることで、正しく母細胞の挙動を模擬できることを見出した。
【0042】
具体的には、第1実施形態では、母細胞、娘細胞及び非分裂細胞を表す各細胞モデルが、各細胞の位置特性に応じて、シミュレーション空間内に配置され、更に、細胞を表さない仮想粒子モデルの2つの組が、母細胞モデル毎に、その母細胞モデルを母細胞層の厚み方向で挟む位置にそれぞれ配置される。各母細胞モデルの位置は、その母細胞モデルと、他の母細胞モデル、娘細胞モデル及び非分裂細胞モデルとの間に生じる第1粒子間力、並びに、その母細胞モデルと、第1仮想粒子モデル及び第2仮想粒子モデルとの間に生じる第2粒子間力を用いて算出される変位により、更新される。各娘細胞モデル及び各非分裂細胞モデルの位置は、第1粒子間力を用いて算出される変位により更新され、各仮想粒子モデルの位置は、第2粒子間力を用いて算出される変位により更新される。
【0043】
これにより、各母細胞モデルは、他の細胞モデルとの位置関係から生じる粒子間力で動きながら、その母細胞モデルを介して対向する2つの仮想粒子モデルの各々との間の粒子間力により、その動きが抑制されることになる。従って、第2実施形態によれば、母細胞モデルを動かすことで、母細胞層の形状を変化させることができ、かつ、母細胞モデルの動きの抑制により、母細胞層の形状の破綻を防ぐことができる。即ち、第2実施形態によれば、母細胞の挙動を正確に模擬することができる。
【0044】
以下、上述の第1実施形態について更に詳細を説明する。以下には、詳細実施形態として、第2実施形態及び第3実施形態における生体組織シミュレーション方法(シミュレーション方法)及び生体組織シミュレーション装置(シミュレータ)が例示される。以下、上述の第1実施形態と異なる内容を中心に説明し、上述の第1実施形態と同様の内容については適宜省略する。
【0045】
[第2実施形態]
〔生体組織シミュレーション方法〕
第2実施形態におけるシミュレーション方法について図5及び図6を用いて説明する。
図5は、第2実施形態におけるシミュレーション方法の母細胞分裂に関わる工程を示す。第2実施形態におけるシミュレーション方法は、第1実施形態で示された工程に加えて、図5及び図6に示される工程を更に含む。第2実施形態におけるシミュレーション方法は、第2実施形態におけるシミュレータ1のような少なくとも1つのコンピュータにより実行される。
【0046】
(S51)は、第1分裂パターン、第2分裂パターン及び第3分裂パターンのいずれか1つを所定頻度及び所定割合で実行する工程(S51)である。(S51)は、当該所定頻度で実行されると、複数の母細胞モデルの中から分裂する元の母細胞モデルを選択し、当該所定割合に従うように、いずれか1つの分裂パターンを決定し、選択された母細胞モデルに対してその決定された分裂パターンを実行する。
【0047】
第1分裂パターンでは、元の母細胞モデルから2つの娘細胞モデルが生成されかつ元の母細胞モデルが削除される。
第2分裂パターンでは、元の母細胞モデルから2つの母細胞モデルが生成される。第2分裂パターンでは、元の母細胞モデルが分裂後の一方の母細胞モデルとされてもよいし、元の母細胞モデルが削除されかつ2つの母細胞モデルが追加されてもよい。即ち、第2分裂パターンは、新たな1つの母細胞モデルの生成として実行されてもよいし、元の母細胞モデルの削除及び新たな2つの母細胞モデルの生成として実行されてもよい。
第3分裂パターンでは、元の母細胞モデルから母細胞モデル及び娘細胞モデルが生成される。第3分裂パターンでは、元の母細胞モデルがそのまま分裂後の一方の母細胞モデルとされてもよいし、元の母細胞モデルが削除されかつ新たな母細胞モデル及び娘細胞モデルが追加される。即ち、第3分裂パターンは、新たな娘細胞モデルの生成として実行されてもよいし、元の母細胞モデルの削除及び新たな母細胞モデル及び新たな娘細胞モデルの生成として実行されてもよい。
【0048】
母細胞は、このように3つの分裂パターンを持つことが知られ、対象の生体組織に応じた、母細胞の分裂の頻度及び分裂パターンの発生割合が知られている。例えば、表皮ターンオーバーに要する時間である28日から60日くらいの範囲と想定した場合、人の表皮組織における基底細胞の分裂頻度(分裂速度)は、一日におよそ0.1から0.8回くらいであると想定されている。また、マウスでの検証に基づいて、基底細胞の分裂パターンの発生割合は、第3分裂パターンが84%、第1及び第2の分裂パターンが各々8%であることが知られている(Nature 446: 185-189, 2007)。このような知見に基づいて、上記所定頻度及び上記所定割合は設定される。上記所定頻度及び上記所定割合は、予め設定されてもよいし、ユーザの入力操作等で調整されてもよい。
【0049】
第2分裂パターンでは、1つの母細胞モデルが2つの母細胞モデルに分裂するため、元の母細胞モデルの位置又はその近傍に新たな2つの母細胞モデルを配置した場合、母細胞モデル間の重なりが大きくなってしまう。そこで、(S51)は、第2分裂パターンが実行される場合、その実行前に、対象の母細胞モデルの大きさを拡大することを更に含んでもよい(図示せず)。このようすれば、分裂直後の母細胞モデルの重なりを軽減することができ、母細胞の挙動をより正確に模擬することができる。
【0050】
上述のような分裂で生成される細胞モデルにおける分裂直後の位置は、分裂元の母細胞モデルの位置又はその近傍に設定される。但し、分裂で生成された娘細胞モデルは、母細胞層から抜け出る必要があるため、分裂元の母細胞モデルの位置よりも他の娘細胞モデルが存在する側に配置されることが望ましい。また、細胞モデルが体積を持つ場合には、分裂直後の細胞モデルの大きさは、標準よりも小さく設定され、分裂からの時間経過により徐々に標準的な大きさに設定されてもよい。
【0051】
(S51)で実行された分裂パターンが第1分裂パターンの場合(S52;YES)、(S53)が実行される。(S53)は、母細胞モデルが削除された場合に、その削除された母細胞モデルに対応づけられた第1仮想粒子モデル及び第2仮想粒子モデルを削除する工程である。母細胞モデル及び仮想粒子モデルの削除は、対応する各ソフトウェアオブジェクトを削除すること、又は、当該各ソフトウェアに削除を示すフラグを設定することにより実現することができる。
【0052】
(S54)は、削除された母細胞モデルの位置に第3仮想粒子モデルを生成する工程である。第3仮想粒子モデルは、生体組織を形成する細胞を表すものではなく、各細胞モデルの挙動を制御するために、計算上、仮想的に設けられるソフトウェアオブジェクトである。第3仮想粒子モデルは、後述のように、隣接する母細胞モデルとの距離関係により削除される点で、第1仮想粒子モデル及び第2仮想粒子モデルとは異なる。このため、第3仮想粒子モデルは、細胞モデル、第1仮想粒子モデル及び第2仮想粒子モデルと区別可能なモデル種別及びソフトウェア空間内の位置を示す情報を持つ。また、第3仮想粒子モデルは、第1仮想粒子モデル及び第2仮想粒子モデルと同様に、大きさを示す情報を持ってもよいし、大きさを持たなくてもよい(体積ゼロでもよい)。
【0053】
次に、(S51)で実行された分裂パターンが第2分裂パターンの場合(S52;NO、S55:YES)、(S56)が実行される。(S56)は、図1に示される(S12)と同様の工程であり、1つの母細胞モデルに対応して第1仮想粒子モデル及び第2仮想粒子モデルを生成する工程である。
【0054】
(S57)は、母細胞モデルと、(S56)で生成された第1仮想粒子モデル及び第2仮想粒子モデルとの対応関係を保持する工程である。図示されていないが、第2実施形態におけるシミュレーション方法は、図1に示される工程に加えて、(S12)より後に実行される(S57)を更に含む。(S57)で保持される対応関係を用いて、(S53は、削除対象の第1仮想粒子モデル及び第2仮想粒子モデルを特定する。
【0055】
図6は、第2実施形態におけるシミュレーション方法の位置更新に関わる工程を示す。第2実施形態におけるシミュレーション方法では、図6に示される工程が、細胞モデル毎及び仮想粒子モデル毎に、逐次実行される。図6においても、図1と同様に、説明の便宜のため、フローチャートにより、第2実施形態におけるシミュレーション方法が簡易的に示される。第2実施形態におけるシミュレーション方法は、図5及び図6に示される内容に制限されない。
【0056】
(S61)は、図1に示される(S13)と同様である。
(S62)は、図1に示される(S14)と同様である。
【0057】
(S63)は、第3仮想粒子モデルと、母細胞モデル、娘細胞モデル及び非分裂細胞モデルを含む各細胞モデルとの間に働く第3粒子間力を算出する工程である。言い換えれば、(S63)は、母細胞モデルと第3仮想粒子モデルとの間の第3粒子間力、娘細胞モデルと第3仮想粒子モデルとの間の第3粒子間力、及び、非分裂細胞モデルと第3仮想粒子モデルとの間の第3粒子間力を算出する。演算量の低減のためには、第3粒子間力を求める対象とする各細胞モデルと第3仮想粒子モデルとの組み合わせは、粒子間距離が所定以下の組み合わせとすることが望ましい。第3粒子間力の算出には、上述の特許文献1に記載されるものと同様の手法が用いられればよい。
【0058】
(S64)は、(S61)で算出された第1粒子間力及び(S63)で算出された第3粒子間力を用いて算出される変位により、娘細胞モデル及び非分裂細胞モデルの位置を更新する工程である。
【0059】
(S65)は、(S61)で得られた第1粒子間力、(S62)で得られた第2粒子間力及び(S63)で得られた第3粒子間力を用いて算出される変位により、母細胞モデルの位置を更新する工程である。
【0060】
(S66)は、図1に示される(S17)と同様である。
【0061】
(S67)は、(S63)で得られた第3粒子間力を用いて算出される変位により、第3仮想粒子モデルの位置を更新する工程である。
【0062】
(S68)は、第3仮想粒子モデルと母細胞モデルとの距離を算出する工程である。演算量の低減のためには、距離を求める対象とする第3仮想粒子モデルと母細胞モデルとの組み合わせは、隣接するもののみに制限することが望ましい。
【0063】
(S68)で算出された距離が所定閾値以下となる第3仮想粒子モデルが存在する場合に(S69;YES)、その第3仮想粒子モデルに関し、(S70)が実行される。(S70)は、母細胞モデルとの距離が所定閾値以下となる第3仮想粒子モデルを削除する工程である。ここでの所定閾値は、例えば、母細胞モデルの直径の1倍から0.5倍に設定される。
【0064】
本シミュレーション方法における各工程の実行順序は、図6で示される順番に制限されない。各工程の実行順序は、内容的に支障のない範囲で変更され得る。例えば、(S61)、(S62)及び(S63)の実行順は任意であり、並列に実行されてもよい。(S64)、(S65)、(S66)及び(S67)についても同様である。また、(S68)から(S70)は、位置更新時とは独立に、第3仮想粒子モデル毎に任意のタイミングで実行されてもよい。
【0065】
〔生体組織シミュレーション装置〕
図7は、第2実施形態における生体組織シミュレーション装置1の処理構成例を概念的に示す図である。図7に示されるように、シミュレータ1は、第1実施形態の構成に加えて、分裂処理部16を更に有する。分裂処理部16についても他の処理部と同様に、CPU2によりメモリ3に格納されるプログラムが実行されることにより実現される。
【0066】
分裂処理部16は、上述の(S51)を実行する。分裂処理部16は、上記所定頻度及び上記所定割合を予め保持する。上記所定頻度及び上記所定割合は、ユーザの入力操作等で変更されてもよい。分裂処理部16は、第1分裂パターンの実行により母細胞モデルを削除する場合には、モデル情報保持部13に保持されるその母細胞モデルのモデル情報を削除するか、又は、そのモデル情報に削除フラグを付加する。
【0067】
更に、分裂処理部16は、第2分裂パターンの実行を決めた場合に、その第2分裂パターンの実行前に、分裂対象の母細胞モデルの大きさを拡大してもよい。このようすれば、分裂直後の母細胞モデルの重なりを軽減することができ、母細胞の挙動をより正確に模擬することができる。
【0068】
モデル情報保持部13は、母細胞モデルと、その母細胞モデルに対応して生成された第1仮想粒子モデル及び第2仮想粒子モデルとの対応関係、並びに、第3仮想粒子モデルについてのシミュレーション空間内の位置及びモデル種別を含むモデル情報を更に保持する。例えば、モデル情報保持部13は、母細胞モデル、第1仮想粒子モデル及び第2仮想粒子モデルの識別情報を関連付けて保持する。
【0069】
粒子制御部12は、(S53)、(S54)、(S68)から(S70)を実行する。即ち、粒子制御部12は、母細胞モデルが削除された場合に、削除された母細胞モデルに対応づけられた第1仮想粒子モデル及び第2仮想粒子モデルを削除し、削除された母細胞モデルの位置に第3仮想粒子モデルを生成する。このとき、粒子制御部12は、モデル情報保持部13に保持される上記対応関係に基づいて、削除対象の第1仮想粒子モデル及び第2仮想粒子モデルを特定し、モデル情報保持部13に保持される、その特定された各仮想粒子モデルのモデル情報を削除する。また、第3仮想粒子モデルの生成にあたり、粒子制御部12は、その第3仮想粒子モデルのモデル情報をモデル情報保持部13に追加する。
【0070】
更に、粒子制御部12は、第3仮想粒子モデルと母細胞モデルとの間の距離に応じて、第3仮想粒子モデルを削除する。この処理は、上述の(S68)から(S70)と同様である。
【0071】
力算出部14は、上述の(S63)を更に実行する。
【0072】
位置更新部15は、上述の(S64)、(S65)、(S66)及び(S67)を実行する。
【0073】
〔第2実施形態における作用及び効果〕
上述のように、第2実施形態では、母細胞モデルの3つの分裂パターンが所定頻度及び所定割合で実行される。これにより、上述のような母細胞の分裂に関する知見に即して、母細胞の分裂を模擬することができる。
【0074】
しかしながら、母細胞の分裂を正確に模擬するために、母細胞モデルを単純に分裂させただけでは、母細胞層の形状が生体組織での本来の形状から崩れてしまうという問題が生じる。例えば、元の母細胞モデルから2つの娘細胞モデルが生成され、元の母細胞モデルが削除される場合(第1分裂パターンの場合)、母細胞層の形状を崩さないためには、生成された2つの娘細胞モデルを押し上げ、かつ、元の母細胞モデルの削除で出来た隙間を他の母細胞モデルで埋める必要がある。
【0075】
図8は、第3仮想粒子モデルの作用効果を概念的に示した図である。図8では、M1、M2及びM3が母細胞モデルを示し、母細胞モデルM2が第1分裂パターンで分裂することで生成される2つの娘細胞モデルがD1及びD2により示される。図8に示されるように、単純な手法でも、分裂後の娘細胞モデルD1及びD2が、母細胞モデルM1及びM2からの斥力、並びに、他の娘細胞モデルからの引力により、紙面上方に押し上げられることを模擬することはできるかもしれない。しかしながら、娘細胞モデルM1及びM2の押し上げ、及び、元の母細胞モデルM3の削除により生じた隙間が埋まらないか、その隙間が埋まるのにかなりの時間がかかってしまう。これは、その隙間により、母細胞モデルM1及びM2の間に粒子間力が働かないからである。長くその隙間が存在していると、その隙間に他の娘細胞モデルが侵入してきてしまい、母細胞層が本来の形状から崩れることになる。
【0076】
そこで、本発明者らは、削除された母細胞モデルの代わりに、細胞を表さない仮想的な粒子モデル(第3仮想粒子モデル)を用いるという着想を得た。本発明者らは、更に検討を重ねることで、この第3仮想粒子モデルが、母細胞モデル、娘細胞モデル及び非分裂細胞モデルに対して力(第3粒子間力)を及ぼし、かつ、母細胞モデルとの間の距離が近くなったら消滅するようにすることで、母細胞の分裂を正しく模擬しつつ、母細胞層の崩れを防ぐことができることを見出した。
【0077】
具体的には、第2実施形態では、図8の紙面下部に示されるように、母細胞モデルが削除された場合には、削除された母細胞モデルの位置に、第3仮想粒子モデルが配置される。第3仮想粒子モデルは、母細胞モデル、娘細胞モデル及び非分裂細胞モデルに対して力(第3粒子間力)を及ぼし、各母細胞モデルの位置は、第1粒子間力及び第2粒子間力に加えて、第3仮想粒子モデルとの間で働く第3粒子間力に基づく変位により、更新される。これにより、第1分裂パターンの実行により生じた上記隙間を、第3仮想粒子モデルと母細胞モデルとの間に働く第3粒子間力の引力で埋めることができる。
【0078】
更に、第2実施形態では、第3仮想粒子モデルと母細胞モデルとの間の距離が所定閾値以下となると、その第3仮想粒子モデルは削除される。第3仮想粒子モデルと母細胞モデルとの間の距離が所定閾値以下となるということは、その第3仮想粒子モデルを挟む位置に存在する母細胞モデル間に粒子間力が作用するようになることを意味する。即ち、母細胞モデル間に粒子間力が作用するようになれば、第3仮想粒子モデルは不要となるため、第2実施形態では、不要となった第3仮想粒子モデルは削除される。
【0079】
以上のように、第2実施形態によれば、母細胞の分裂も含めて、母細胞の挙動を正しく模擬することができる。
【0080】
[第3実施形態]
以下、第3実施形態における生体組織シミュレーション方法及び生体組織シミュレーション装置について説明する。第3実施形態では、少なくとも母細胞モデルは、大きさを示す情報を持つ。
〔生体組織シミュレーション方法〕
第3実施形態におけるシミュレーション方法について図9を用いて説明する。
図9は、第3実施形態におけるシミュレーション方法のサイズ制御に関わる工程を示す。第3実施形態におけるシミュレーション方法は、第1実施形態及び第2実施形態で示された工程に加えて、図9に示される工程を更に含む。第3実施形態におけるシミュレーション方法は、第3実施形態におけるシミュレータ1のような少なくとも1つのコンピュータにより実行される。
【0081】
図9に示される各工程は、母細胞モデル毎にそれぞれ実行される。本シミュレーション方法は、各母細胞モデルについて、(S91)及び(S92)を続けて実行することができる。この場合、本シミュレーション方法は、母細胞モデル毎の(S91)及び(S92)の実行を並列に実行することができる。また、本シミュレーション方法は、(S91)を全ての母細胞モデルについて実行した後に、(S92)を実行してもよい。
【0082】
(S91)は、母細胞モデルと周辺の母細胞モデルとの間の距離に基づいて、母細胞モデルに関する数密度を算出する工程である。算出される数密度は、単位範囲内に存在する母細胞モデルの数を示す。例えば、(S91)は、或る母細胞モデルについて、周辺の各母細胞モデルとの間の距離をそれぞれ算出し、算出された各距離の和をその母細胞モデルの数密度として算出する。上記周辺の母細胞モデルには、数密度の計算対象となる母細胞モデルとの粒子間距離が所定閾値以下となる他の母細胞モデルが設定される。この場合、所定閾値は、最大2dr以下、好ましくは、1.1から1.5drの範囲に設定可能である。ここで、drは、計算対象の母細胞モデルと周囲の母細胞モデルとの組み合わせに関する基準距離を示す。
【0083】
(S92)は、(S91)で算出された数密度に基づいて、各母細胞モデルの大きさをそれぞれ変更する工程である。具体的には、(S92)は、各時に算出される数密度が一定となるように、各母細胞モデルの大きさを決定する。よって、(S92)は、算出された数密度の上昇に伴い母細胞モデルの大きさを縮小し、算出された数密度の下降に伴い母細胞モデルの大きさを拡大する。
【0084】
〔生体組織シミュレーション装置〕
図10は、第3実施形態における生体組織シミュレーション装置1の処理構成例を概念的に示す図である。図10に示されるように、シミュレータ1は、第2実施形態の構成に加えて、密度算出部17及びサイズ制御部18を更に有する。密度算出部17及びサイズ制御部18についても他の処理部と同様に、CPU2によりメモリ3に格納されるプログラムが実行されることにより実現される。
【0085】
モデル情報保持部13は、少なくとも母細胞モデルについて、位置及びモデル種別に加えて、大きさを示す情報を含むモデル情報を保持する。モデル情報保持部13は、娘細胞モデル及び非分裂細胞モデルについても、大きさを示す情報を更に含むモデル情報を保持してもよい。
【0086】
密度算出部17は、上述の(S91)を実行する。
サイズ制御部18は、上述の(S92)を実行する。サイズ制御部18は、モデル情報保持部13に保持される母細胞モデルのモデル情報の大きさ情報を更新する。
【0087】
〔第3実施形態における作用及び効果〕
第3実施形態では、各母細胞モデルに関し、周辺の母細胞モデルとの間の距離に基づいて数密度が算出され、各母細胞モデルのサイズが、この数密度の上昇に伴い縮小され、数密度の下降に伴い拡大される。このように、第3実施形態によれば、母細胞モデルの数密度が一定となるように、各母細胞モデルのサイズが制御される。即ち、隙間ができると一時的にその周囲の母細胞モデルのサイズは大きくなり、間隔が詰まってくると一時的にその周囲の母細胞モデルのサイズは小さくなるように、各母細胞モデルのサイズが制御される。
【0088】
従って、母細胞モデルの分裂等に応じて生じる母細胞モデル間の隙間がより埋まり易くなり、母細胞層の崩れを確実に防止することができ、ひいては、母細胞の挙動を正しく模擬することができる。
【0089】
[補足]
上述の説明では、各実施形態におけるシミュレーション内容の出力態様については特に言及されなかった。シミュレーション内容は、様々な態様で出力され得る。モデル情報保持部13に保持されるモデル情報のような各細胞モデルに関する情報がそのまま表示、印刷、ファイル出力等の形態で出力されてもよいし、各細胞モデルをその細胞モデルの形状を表す描画要素として描画するための描画データが生成され、この描画データに基づいて表示や印刷等がなされてもよい。この場合、各細胞モデルのみが描画要素の対象とされ、各仮想粒子モデルは描画要素の対象とされない。
【0090】
以下に実施例を挙げ、上述の実施形態を更に詳細に説明する。本発明は以下の実施例から何ら限定を受けない。
【実施例】
【0091】
以下の実施例では、上述の各実施形態が、人の表皮組織のシミュレーションに適用される。以下の実施例では、母細胞が基底細胞に相当し、娘細胞が有棘細胞に相当し、非分裂細胞が真皮組織を粒子モデル化した単位に相当する。以降、非分裂細胞に相当するその単位の粒子モデルが真皮細胞モデルと表記される。人の表皮組織では、基底細胞及び色素細胞(メラノサイト)が厚み方向に重ならないように、母細胞層に相当する基底層が形成される。
【0092】
(S12)及び(S56)では、第1仮想粒子モデルが有棘層に配置され、第2仮想粒子モデルが真皮組織側に配置される。
また、本実施例では、基底細胞モデル、有棘細胞モデル及び真皮細胞モデルを含む各細胞モデルは、シミュレーション空間内の位置(重心位置)、モデル種、及び、その細胞の粒子直径を有する。一方、本実施例では、第1仮想粒子モデル、第2仮想粒子モデル及び第3仮想粒子モデルを含む各仮想粒子モデルは、体積を持たない粒子として定義される。
【0093】
ところで、上述の第1粒子間力、第2粒子間力及び第3粒子間力は、細胞モデル間及び細胞モデルと仮想粒子モデルとの間に働く体積力及びバネ力の少なくとも一方からなる。体積力は、物体(粒子モデル)の体積に比例して働く力であり、近接する粒子モデルの距離に応じて変化する。バネ力についても、近接する粒子モデルの距離に応じて変化する。互いに安定状態となる距離(粒子間基準距離)よりも近接した粒子モデル間には斥力が作用し、離間すると引力が作用する。ただし、離間距離が大きくなると、もはや当該粒子モデル間の体積力及びバネ力は無視しうる程度となる。
【0094】
各粒子間力の算出には、上述の特許文献1に記載されるものと同様の手法が用いられればよい。例えば、粒子間力は、近接する粒子モデル間における、体積力とバネ力との粒子間係数、距離(ddr)及び基準距離(dr0)を用いて算出される。距離(ddr)は、粒子間距離であり、例えば、重心位置間のユークリッド距離として算出される。基準距離(dr0)は、粒子モデル間に作用する斥力と引力とが切り替わる距離であり、粒子サイズ及び粒子形状に基づいて算出可能であり、同径の球形同士の場合は粒子直径と等しくなる。粒子間係数は、基準距離(dr0)から微小変位させるのに必要な相互間力の大きさに対応して設定される。基準距離(dr0)及び距離(ddr)は、対象の粒子モデルの組み合わせに応じて決定することができ、モデル種毎に予め決めておいてもよい。
【0095】
具体的には、粒子モデル間の体積力は、下記式(1)のFとして算出可能であり、粒子モデル間のバネ力は、下記式(2)のfとして算出可能である。下記式で、k及びk'は、粒子間係数を示す。
【数1】
【数2】
【0096】
本実施例では、各粒子間力は、次のように算出される。
基底細胞モデルに働く第1粒子間力は、他の基底細胞モデルとの間の体積力及びバネ力、有棘細胞モデルとの間の体積力、及び、真皮細胞モデルとの間の体積力から算出される。このように本実施例では、基底細胞モデルと有棘細胞モデル及び真皮細胞モデルとの間にはバネ力は働かせない。
【0097】
一方で、本実施例では、各仮想粒子モデルは体積を持たないと定義されるため、仮想粒子モデルと細胞モデルとの間に体積力は働かない。即ち、基底細胞モデルに働く第2粒子間力は、第1仮想粒子モデル及び第2仮想粒子モデルとの間のバネ力から算出される。また、基底細胞モデルに働く第3粒子間力は、第3仮想粒子モデルとの間のバネ力から算出される。
【0098】
有棘細胞モデルに働く第1粒子間力は、他の有棘細胞モデルとの間の体積力及びバネ力及び基底細胞モデルとの間の体積力から算出される。有棘細胞モデルと真皮細胞モデルとの間の距離は、基底細胞モデルを挟むため、粒子間力が働かない距離となるため、ここでは、有棘細胞モデルと真皮細胞モデルとの間の体積力及びバネ力は除外された。また、第1仮想粒子モデル及び第2仮想粒子モデルは、基底細胞モデルにのみ力を及ぼすと定義され、結果として、有棘細胞モデルには第2粒子間力は及ばない。また、有棘細胞モデルに働く第3粒子間力は、第3仮想粒子モデルとの間のバネ力から算出される。
【0099】
真皮細胞モデルに働く第1粒子間力は、他の真皮細胞モデルとの間の体積力及びバネ力及び基底細胞モデルとの間の体積力から算出される。真皮細胞モデルには第2粒子間力は及ばない。また、真皮細胞モデルに働く第3粒子間力は、第3仮想粒子モデルとの間のバネ力から算出される。
【0100】
本実施例によれば、体積力により細胞モデル間の間隔が保たれ、バネ力により基底層の形状の崩れを防ぐことができる。
【0101】
〔母細胞モデルのサイズ制御〕
本実施例では、第3実施形態での母細胞モデルのサイズ制御は、次のように実行され得る。
【0102】
例えば、母細胞モデルと周囲の或る母細胞モデルとの間の距離は、次の式で算出され得る。
距離=(1.3dr/ddr)−1
ここで、drは、計算対象の母細胞モデルと周囲の母細胞モデルとの組み合わせに関する基準距離を示し、ddrは、その組み合わせの粒子間距離(重心間距離)を示す。基準距離については、実施例の項において詳述する。このように、母細胞モデルのサイズ制御のために算出される母細胞モデルと周囲の或る母細胞モデルとの間の距離は、本実施例では、粒子間距離を用いて算出される値である。
【0103】
周囲の各母細胞モデルに関し上記式で算出された複数の距離の和がその母細胞モデルの数密度として算出される。そして、母細胞モデルの細胞直径が次の式で算出され得る。
r=dr+(1.5−数密度)×0.1dr
ここで、rは母細胞モデルの細胞直径を示す。
【0104】
この具体例によれば、母細胞モデルのサイズは、数密度が小さいほど、大きく設定され、数密度が大きいほど、小さく設定される。
母細胞モデルの数密度の計算手法及び数密度からの細胞直径の計算手法は、上記式に制限されず、近い粒子ほど影響を大きくするという考えの下、近い位置にある粒子ほど重みを増すように決定されればよい。よって、上記計算式も次のように変更可能である。具体的には、上記距離の計算式の「1.3」は、数密度の計算範囲という考えの下、1drから2drの範囲で変更可能であり、上記細胞直径の計算式の「1.5」は数密度の平均的な値なので試算して決めるとよく、「0.1」は力の強さの度合で、弱すぎると効果が小さく、大き過ぎると不安定になるため、0.01から1の範囲で変更可能である。
【0105】
〔母細胞モデルの初期配置〕
母細胞層の形状の変化をより正しく模擬するためには、母細胞モデルの初期配置は、次のように決定されることが望ましい。即ち、実施例におけるシミュレーション方法は、母細胞モデルの初期配置における、隣接する他の母細胞モデルとの間の各間隔を乱数によりそれぞれ決定することを更に含む。また、実施例におけるシミュレータ1において、配置部11は、母細胞モデルの初期配置における、隣接する他の母細胞モデルとの間の各間隔を乱数によりそれぞれ決定する。
【0106】
本実施例では、母細胞モデルとしての基底細胞モデルは、凹凸のない平面に並べられ、隣接する基底細胞モデル間の、その平面上の縦方向及び横方向の各間隔が、基底細胞モデルの粒子直径の10%(0.1dx)以下の範囲でランダムに決定された。このような基底細胞モデルの初期配置により、シミュレーションの結果として、基底層の凹凸がより自然な形で形成された。但し、乱数で決定する間隔の範囲は、0.1dxのみに制限されず、シミュレーション対象となる生体組織の性質に応じて、0.01dxから0.5dxの範囲で設定可能である。
【0107】
図11及び図12は、本実施例におけるシミュレーション結果を示す図である。本実施例では、基底層の初期形状が上述のように凹凸のない平面に設定されて、上述の各実施形態で示されるように、各細胞モデルの位置移動及び基底細胞モデルの分裂が模擬された。基底細胞モデルの分裂は、一日に0.2回の頻度に設定された。
【0108】
結果、図11に示されるように、本実施例によれば、45日目までは基底細胞数を一定にしながら分裂させ、45日目から55日目までに基底細胞数を5%まで増加させ、55日目以降基底細胞数を一定に保つよう設定すると、55日目あたりから、基底層に凹凸形状が形成され、その凹凸形状が時間経過に伴い変化することが模擬された。更に、このように基底層の凹凸形状を模擬できると共に、135日目あたりであっても、基底層が崩れることもなく、表皮組織における基底層の本来の形状を保つことが検証された。
【0109】
図12には、基底細胞モデルの高さ及び数密度が示される。基底細胞モデルの高さとは、真皮組織から皮膚表面への方向の真皮組織からの離間度を意味する。図12では、グレースケールのため、視認し難いが、本実施例によれば、基底層の凹凸形状を模擬することができ、かつ、層の厚さ方向に基底細胞モデルが重なるといった基底層の崩れが生じないことが検証された。
【0110】
このように、本実施例によれば、人の表皮組織における基底細胞の挙動を正しく模擬することができる。従って、本実施例における基底層の凹凸の形成過程のシミュレートをスキンケアやエイジングケア等に役立てることができる。
【0111】
なお、上述の説明で用いた複数のフローチャートでは、複数の工程(処理)が順番に記載されているが、各実施形態で実行される工程の実行順序は、その記載の順番に制限されない。各実施形態では、図示される工程の順番を内容的に支障のない範囲で変更することができる。また、上述の各実施形態は、内容が相反しない範囲で組み合わせることができる。
【0112】
上記の各実施形態の一部又は全部は、次のようにも特定され得る。但し、上述の各実施形態が以下の記載に制限されるものではない。
【0113】
<1>分裂能力を有する母細胞、母細胞の分裂により生じる娘細胞、及び、母細胞層を介して娘細胞とは逆側に存在する非分裂細胞により形成される生体組織の挙動を少なくとも1つのコンピュータにより模擬する生体組織シミュレーション方法において、
前記母細胞、前記娘細胞及び前記非分裂細胞の位置特性に応じて、前記母細胞を表す母細胞モデル、前記娘細胞を表す娘細胞モデル、及び、前記非分裂細胞を表す非分裂細胞モデルを粒子モデルとしてシミュレーション空間内に配置し、
前記母細胞層の厚み方向で前記母細胞モデルを挟む位置に、前記娘細胞モデル及び前記非分裂細胞モデルには力を及ぼさない第1仮想粒子モデル及び第2仮想粒子モデルを生成し、
前記母細胞モデル、前記娘細胞モデル及び前記非分裂細胞モデルを含む細胞モデル間に働く第1粒子間力を算出し、
前記母細胞モデルと前記第1仮想粒子モデル及び前記第2仮想粒子モデルとの間に働く第2粒子間力を算出し、
前記第1粒子間力を用いて算出される変位により、前記娘細胞モデル及び前記非分裂細胞モデルの位置を更新し、
前記第1粒子間力及び前記第2粒子間力を用いて算出される変位により、前記母細胞モデルの位置を更新し、
前記第2粒子間力を用いて算出される変位により、前記第1仮想粒子モデル及び前記第2仮想粒子モデルの位置を更新する、
ことを含む生体組織シミュレーション方法。
【0114】
<2>母細胞モデルと、該母細胞モデルに対応して生成された第1仮想粒子モデル及び第2仮想粒子モデルとの対応関係を保持し、
母細胞モデルから2つの娘細胞モデルを生成しかつ該母細胞モデルを削除する第1分裂パターンを実行し、
前記母細胞モデルが削除された場合に、削除された前記母細胞モデルに対応づけられた前記第1仮想粒子モデル及び前記第2仮想粒子モデルを削除し、
前記削除された母細胞モデルの位置に第3仮想粒子モデルを生成し、
前記第3仮想粒子モデルと前記細胞モデルとの間に働く第3粒子間力を算出し、
前記第3粒子間力を用いて算出される変位により、前記第3仮想粒子モデルの位置を更新し、
前記第3仮想粒子モデルと母細胞モデルとの間の距離に応じて、前記第3仮想粒子モデルを削除する、
ことを更に含み、
前記娘細胞モデル及び前記非分裂細胞モデルの位置の更新は、前記第1粒子間力及び前記第3粒子間力を用いて算出される変位に基づいて実行され、
前記母細胞モデルの位置の更新は、前記第1粒子間力、前記第2粒子間力及び第3粒子間力を用いて算出される変位に基づいて行われる、
<1>に記載の生体組織シミュレーション方法。
<3>前記第1分裂パターン、母細胞モデルから2つの母細胞モデルを生成する第2分裂パターン、及び、母細胞モデルから母細胞モデル及び娘細胞モデルを生成する第3分裂パターンのいずれか1つを所定頻度及び所定割合で実行する、
ことを更に含む<2>に記載の生体組織シミュレーション方法。
<4>前記第2分裂パターンの実行前に、対象の母細胞モデルの大きさを拡大する、
ことを更に含む<3>に記載の生体組織シミュレーション方法。
<5>前記母細胞モデルと周辺の母細胞モデルとの間の距離に基づいて、前記母細胞モデルに関する数密度を算出し、
前記算出された数密度の上昇に伴い前記母細胞モデルの大きさを縮小し、
前記算出された数密度の下降に伴い前記母細胞モデルの大きさを拡大する、
ことを更に含む<1>から<4>のいずれか1項に記載の生体組織シミュレーション方法。
<6>前記母細胞モデルに働く前記第1粒子間力は、他の母細胞モデルとの間の体積力及びバネ力、前記娘細胞モデルとの間の体積力、及び、前記非分裂細胞モデルとの間の体積力から算出され、
前記母細胞モデルに働く前記第2粒子間力は、前記第1仮想粒子モデル及び前記第2仮想粒子モデルとの間のバネ力から算出される、
<1>から<5>のいずれか1項に記載の生体組織シミュレーション方法。
<7>前記母細胞モデルに働く前記第3粒子間力は、前記第3仮想粒子モデルとの間のバネ力から算出される、
<2>から<4>のいずれか1項に記載の生体組織シミュレーション方法。
<8>前記母細胞モデルの初期配置における、隣接する他の母細胞モデルとの間の各間隔を乱数によりそれぞれ決定する、
ことを更に含む<1>から<7>のいずれか1項に記載の生体組織シミュレーション方法。
<9><1>から<8>のいずれか1項に記載の生体組織シミュレーション方法を少なくとも1つのコンピュータに実行させるプログラム。
<10>分裂能力を有する母細胞、母細胞の分裂により生じる娘細胞、及び、母細胞層を介して娘細胞とは逆側に存在する非分裂細胞により形成される生体組織の挙動を模擬する生体組織シミュレーション装置において、
前記母細胞、前記娘細胞及び前記非分裂細胞の位置特性に応じて、前記母細胞を表す母細胞モデル、前記娘細胞を表す娘細胞モデル、及び、前記非分裂細胞を表す非分裂細胞モデルを粒子モデルとしてシミュレーション空間内に配置する配置手段と、
前記母細胞層の厚み方向で前記母細胞モデルを挟む位置に、前記娘細胞モデル及び前記非分裂細胞モデルには力を及ぼさない第1仮想粒子モデル及び第2仮想粒子モデルを生成する粒子制御手段と、
母細胞モデル、娘細胞モデル及び非分裂細胞モデルを含む各細胞モデル、並びに、第1仮想粒子モデル及び第2仮想粒子モデルを含む各仮想粒子モデルについて、シミュレーション空間内の位置及びモデル種別を含むモデル情報をそれぞれ保持するモデル情報保持手段と、
前記母細胞モデル、前記娘細胞モデル及び前記非分裂細胞モデルを含む細胞モデル間に働く第1粒子間力、及び、前記母細胞モデルと前記第1仮想粒子モデル及び前記第2仮想粒子モデルとの間に働く第2粒子間力を算出する力算出手段と、
前記第1粒子間力を用いて算出される変位により、前記娘細胞モデル及び前記非分裂細胞モデルの位置を更新し、前記第1粒子間力及び前記第2粒子間力を用いて算出される変位により、前記母細胞モデルの位置を更新し、前記第2粒子間力を用いて算出される変位により、前記第1仮想粒子モデル及び前記第2仮想粒子モデルの位置を更新する位置更新手段と、
を備える生体組織シミュレーション装置。
<11>母細胞モデルから2つの娘細胞モデルを生成しかつ該母細胞モデルを削除する第1分裂パターンを実行する分裂処理手段、
を更に備え、
前記モデル情報保持手段は、母細胞モデルと、該母細胞モデルに対応して生成された第1仮想粒子モデル及び第2仮想粒子モデルとの対応関係、並びに、第3仮想粒子モデルについてのシミュレーション空間内の位置及びモデル種別を含むモデル情報を更に保持し、
前記粒子制御手段は、母細胞モデルが削除された場合に、削除された母細胞モデルに対応づけられた前記第1仮想粒子モデル及び前記第2仮想粒子モデルを削除し、削除された前記母細胞モデルの位置に前記第3仮想粒子モデルを生成し、該第3仮想粒子モデルと母細胞モデルとの間の距離に応じて、該第3仮想粒子モデルを削除し、
前記力算出手段は、前記第3仮想粒子モデルと前記細胞モデルとの間に働く第3粒子間力を更に算出し、
前記位置更新手段は、前記第1粒子間力及び前記第3粒子間力を用いて算出される変位により、前記娘細胞モデル及び前記非分裂細胞モデルの位置を更新し、前記第1粒子間力、前記第2粒子間力及び第3粒子間力を用いて算出される変位により、前記母細胞モデルの位置を更新し、前記第3粒子間力を用いて算出される変位により、前記第3仮想粒子モデルの位置を更新する、
<10>に記載の生体組織シミュレーション装置。
<12>前記分裂処理手段は、前記第1分裂パターン、母細胞モデルから2つの母細胞モデルを生成する第2分裂パターン、及び、母細胞モデルから母細胞モデル及び娘細胞モデルを生成する第3分裂パターンのいずれか1つを所定頻度及び所定割合で実行する、
<11>に記載の生体組織シミュレーション装置。
<13>前記分裂処理手段は、前記第2分裂パターンの実行を決めた場合に、前記第2分裂パターンの実行前に、対象の母細胞モデルの大きさを拡大する、
<12>に記載の生体組織シミュレーション装置。
<14>前記母細胞モデルと周辺の母細胞モデルとの間の距離に基づいて、前記母細胞モデルに関する数密度を算出する密度算出手段と、
前記算出された数密度の上昇に伴い前記母細胞モデルの大きさを縮小し、前記算出された数密度の下降に伴い前記母細胞モデルの大きさを拡大するサイズ制御手段と、
を更に備える<10>から<13>のいずれか1項に記載の生体組織シミュレーション装置。
<15>前記配置手段は、前記母細胞モデルの初期配置における、隣接する他の母細胞モデルとの間の各間隔を乱数によりそれぞれ決定する、
<10>から<14>のいずれか1項に記載の生体組織シミュレーション装置。
【符号の説明】
【0115】
1 生体組織シミュレーション装置(シミュレータ)
2 CPU
3 メモリ
4 通信ユニット
6 表示装置
7 入力装置
11 配置部
12 粒子制御部
13 モデル情報保持部
14 力算出部
15 位置更新部
16 分裂処理部
17 密度算出部
18 サイズ制御部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12