(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
養殖魚が切り身、フィレー、刺身などに加工されて流通される場合、加工品の外観は消費者の購買意欲に大きく影響するが、特に肉の色調は重要とされている。例えば、ブリ類であれば血合筋が、マグロ類やカツオ類であれば血合筋と普通筋が鮮やかな赤色を呈しているものが消費者に好まれるため、肉の色調は商品価値を決める大きな要因となる。
【0003】
血合筋や普通筋の色は刺身、寿司ネタ、ネギトロ等に加工した後、徐々に赤みが失われて褪色し、褐色を呈するように変化する。したがって、たとえ加工品の鮮度は良かったとしても、赤色が褪色した場合には経済的価値が著しく低下する。この変化は血合筋や普通筋に含まれる色素タンパク質であるミオグロビンのメト化が関与する色調変化であることが知られている。血合筋や普通筋が褐色に変化することを防ぐには、ミオグロビンのメト化を抑制することが重要である。
【0004】
ミオグロビンのメト化はミオグロビンに配位しているヘムに含まれる鉄原子の酸化還元反応により引き起こされる。すなわち、切り身などを調製するときに切断面が空気に触れるとミオグロビンが還元型から酸素型に変化して一時的に鮮赤色を呈するが、時間経過とともに自動酸化によってメト型ミオグロビンに変化し、褐色を呈するようになる。この自動酸化によってメト型ミオグロビンに変化する現象がメト化であり、抗酸化活性をもつ成分を養殖魚に投与したり加工後の魚肉に付与したりすることによって、メト化の進行を遅延させることができる。
【0005】
特許文献1や2には、抗酸化活性をもつビタミンであるビタミンC及びビタミンEを高濃度に含む飼料をブリ類に継続給餌することにより、加工調理後の血合筋の変色を抑制できることが記載されている。特許文献3や4には、トウガラシを配合した飼料を投与することにより、ブリの血合筋やマグロの普通筋の色調変化を防止できることが記載されている。非特許文献1には、カンキツ搾汁滓を混合した飼料を、出荷前のハマチにおよそ20日間給餌することにより、柑橘由来の香気成分が魚体に蓄積され、切り身の褐変抑制効果が認められたことが記載されている。特許文献5には、香辛料を添加した養殖魚用飼料を給与して養殖することを特徴とする、養殖された食用魚から得られる血合い肉の色調変化を抑制する方法について記載されている。
養殖魚の色調変化を防止できる、より有効な技術のさらなる開発が求められていた。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、養殖魚に対して給餌されることで、加工された養殖魚の血合筋及び/又は普通筋の赤い色調の褪色を遅らせることができる養殖魚用飼料を提供することを課題とする。また、本発明は、加工後の血合筋及び/又は普通筋の赤い色調の褪色を遅らせた養殖魚を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本願発明者は前記の課題を解決すべく、鋭意研究を行った結果、養殖魚に対して給餌されることで、加工された養殖魚の血合筋及び/又は普通筋の赤い色調の褪色を遅らせることができる養殖魚用飼料及び方法について知見を得て、本願発明を完成するに至った。本願発明は以下の(1)〜(14)を要旨とする。
(1)少なくとも1種の柑橘類の果実と、少なくとも1種のトウガラシを含む養殖魚用飼料であって、含有する柑橘類の果実とトウガラシの重量比が0.02〜500である、前記養殖魚用飼料。
(2)柑橘類の果実を0.1〜5.0重量%と、トウガラシを0.01〜5.0重量%含む養殖魚用飼料。
(3)フラバノン類を20〜4000重量ppmと、トウガラシを0.01〜5.0重量%含む養殖魚用飼料。
(4)柑橘類の果実を0.1〜5.0重量%と、カプサイシン類及び/又はカプシエート類を0.3〜200重量ppm含む養殖魚用飼料。
(5)フラバノン類を20〜400重量0ppmと、カプサイシン類及び/又はカプシエート類を0.3〜200重量ppm含む養殖魚用飼料。
(6)フラバノン類が、ヘスペレチン、ナリンゲニン、ヘスペリジン及びナリンギンからなる群より選ばれる、(3)又は(5)のいずれかに記載の養殖魚用飼料。
(7)カプサイシン類及び/又はカプシエート類が、カプサイシンである、(4)ないし(6)のいずれかに記載の養殖魚用飼料。
(8)1日あたり10〜500mg/kg体重の柑橘類の果実と、1〜500mg/kg体重のトウガラシが、実投与日数として3〜30日投与されることを特徴とする養殖魚の飼育方法。
(9)1日あたり0.5〜50.0mg/kg体重のフラバノン類と、1〜500mg/kg体重のトウガラシが、実投与日数として3〜30日投与されることを特徴とする養殖魚の飼育方法。
(10)1日あたり10〜500mg/kg体重の柑橘類の果実と、5〜10000μg/kg体重のカプサイシン類及び/又はカプシエート類が、実投与日数として3〜30日投与されることを特徴とする養殖魚の飼育方法。
(11)1日あたり0.5〜50.0mg/kg体重のフラバノン類と、5〜10000μg/kg体重のカプサイシン類及び/又はカプシエート類が、実投与日数として3〜30日投与されることを特徴とする養殖魚の飼育方法。
(12)フラバノン類が、ヘスペレチン、ナリンゲニン、ヘスペリジン及びナリンギンからなる群より選ばれる、(9)又は(11)のいずれかに記載の方法。
(13)カプサイシン類及び/又はカプシエート類が、カプサイシンである、(10)ないし(12)のいずれかに記載の方法。
(14)(8)ないし(13)のいずれかの方法により飼育された養殖魚。
【発明の効果】
【0010】
本願発明に係る飼料を養殖魚に対して給餌することにより、加工された養殖魚の血合筋及び/又は普通筋の赤い色調が褪色することを、効果的に遅らせることができる。また、本発明にかかる方法により、加工後の血合筋及び/又は普通筋の赤い色調の褪色を遅らせた養殖魚を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明において「柑橘類の果実」とは、ミカン科ミカン属に分類される植物の果実であり、特に限定されるものではないが、例えば温州ミカン、ポンカン、タチバナ、マンダリンオレンジ、紀州ミカン、ユズ、スダチ、カボス、ダイダイ、レモン、ライム、ブシュカン、シークヮーサー、コブミカン、バレンシアオレンジ、ネーブルオレンジ、グレープフルーツ、伊予柑、デコポン、日向夏、甘夏、ハッサク、スウィーティー、ブンタンの果実であり、好ましくは温州ミカン、ポンカン、タチバナ、マンダリンオレンジ、紀州ミカン、ユズ、スダチ、カボス、ダイダイ、レモン、ライム、ブシュカン、シークヮーサー、コブミカンの果実である。本発明においては柑橘類の果実の2種以上を組み合わせて使用することもできる。柑橘類の果実には、ナリンゲニンなどのフラバノンやヘスペリジンなどのフラバノン配糖体を豊富に含むものが多い。
【0013】
本発明において柑橘類の果実は、柑橘類の果実そのもの、柑橘類の果実からの抽出物などを使用することもできるが、乾燥し、粉末に加工したものを使用することが飼料製造における作業性の面から好ましい。柑橘類の果実は、果実全体を使用することもできるが、外皮(外果皮や内果皮)及び/又は薄皮部分(じょうのう膜)を使用することが好ましい。柑橘類の果実の外皮や薄皮部分としては、柑橘類の果実をジュース、缶詰、ジャムなどの食品や飲料に加工した後の残渣(以下、「食品や飲料に加工した後の残渣」を、単に「加工残渣」ともいう。)を用いることが適している。柑橘類の果実は養殖魚用飼料に0.1〜5.0重量%(乾燥重量換算)含まれていれば良いが、好ましくは0.2〜4.0重量%であり、より好ましくは0.3〜3.0重量%である。5.0重量%を超えて柑橘類の果実が養殖魚用飼料に含まれると、養殖魚にリモネンなどの柑橘類の香気成分が蓄積し、加工後の養殖魚から柑橘類の臭いが生じるようになるため適切でない。
【0014】
本発明において「フラバノン類」とは、柑橘類の果実に含まれることが多いフラバノンやフラバノン配糖体であり、例えばヘスペレチン、ナリンゲニン、シトロネチン、リキリチゲニンや、これらの配糖体であるヘスペリジン、ナリンギン、シトロニン、リキリチンであるが、好ましくはヘスペレチン、ナリンゲニン、ヘスペリジン及びナリンギンからなる群より選ばれる。本発明においては、これらの2種以上を組み合わせて使用しても良い。フラバノン類は、合成品、天然物、精製品、混合物を問わず、柑橘類の果実などから抽出されたものであっても良い。本発明においてフラバノン類は、1kgの養殖魚用飼料に20〜4000mg(乾燥重量換算。1kgの養殖魚用飼料に含まれる化合物をmg単位で表現した重量を、「重量ppm」とする。)含まれていれば良いが、好ましくは30〜3000重量ppmであり、より好ましくは40〜2000重量ppmである。
【0015】
本発明において「トウガラシ」とは、ナス科トウガラシ属の植物である。トウガラシ属の植物にはトウガラシ、パプリカ、ピーマン等が含まれる。辛味種と呼ばれるトウガラシは、その最も大きな特徴である辛味成分(カプサイシン類やカプシエート類)を含んでいる。
【0016】
本発明においてトウガラシは、トウガラシそのもの、トウガラシ粉末、トウガラシの抽出物などを使用することができる。トウガラシは養殖魚用飼料に0.01〜5.0重量%(乾燥重量換算)含まれていれば良いが、好ましくは0.03〜4.0重量%であり、より好ましくは0.1〜3.0重量%である。
【0017】
本発明において「カプサイシン類及び/又はカプシエート類」とは、例えばカプサイシン、ジヒドロカプサイシン、ノルジヒドロカプサイシン、ホモジヒドロカプサイシン、ホモカプサイシンなどのカプサイシン類や、これらカプサイシン類の酸アミド結合がエステル結合に置換した構造を有するカプシエート類であるが、好ましくはカプサイシンである。本発明においては、これらの2種以上を組み合わせて使用しても良い。カプサイシン類やカプシエート類は、合成品、天然物、精製品、混合物を問わず、トウガラシから抽出されたものであっても良い。本発明においてカプサイシン類及び/又はカプシエート類は、養殖魚用飼料に0.3〜200重量ppm(乾燥重量換算)含まれていれば良いが、好ましくは0.5〜100重量ppmであり、より好ましくは1.0〜50重量ppmである。
【0018】
本発明にかかる、少なくとも1種の柑橘類の果実と、少なくとも1種のトウガラシを含む養殖魚用飼料であって、含有する柑橘類の果実とトウガラシの重量比が0.02〜500である、前記養殖魚用飼料は、少なくとも1種の柑橘類の果実の乾燥重量と、少なくとも1種のトウガラシの乾燥重量の重量比が0.02〜500となるように、配合を調整すればよい。柑橘類の果実とトウガラシのいずれか一方が含まれる飼料を養殖魚に投与する場合と比べて、両方が含まれた飼料を養殖魚に投与することにより、加工された養殖魚の血合筋や普通筋の赤い色調が褪色することを遅らせる効果を高めることができる。
【0019】
本発明においては、それぞれの魚種用に必要とする栄養成分や物性が考慮された飼料を用いるのが好ましい。通常、魚粉、でんぷん、ミネラル、ビタミン、魚油などを混合してペレット状に成形したもの、又は、魚粉やビタミンなどを混合した粉末飼料(マッシュ)とイワシなどの冷凍魚とを混合した練り餌などが使用されている。本発明にかかる柑橘類の果実、フラバノン類、トウガラシ、カプサイシン類又はカプシエート類は、養殖魚用飼料の成形前に他の原料と混合することによって、養殖魚用飼料における含有量を任意に調整できるが、成形後の飼料を抽出液に浸すなどして添加することもできる。化合物の味や臭いに敏感な魚の場合は、コーティングなどの方法により、飼料の嗜好性の低下を防止することができる。本発明に係る飼料は、1日当たり1回投与しても、複数回投与してもかまわない。
【0020】
本発明の別の実施の形態においては、1日あたり10〜500mg/kg体重の柑橘類の果実並びに、1〜500mg/kg体重のトウガラシ又は5〜10000μg/kg体重のカプサイシン類及び/若しくはカプシエート類が、実投与日数として3〜30日養殖魚に対して投与されることを特徴とする養殖魚の飼育方法である。1日当り魚体重1kgに対して柑橘類の果実は10〜500mgの範囲で投与されれば良いが、好ましくは15〜400mgの範囲であり、より好ましくは20〜300mgの範囲であり、特に好ましくは30〜200mgの範囲で投与される。
【0021】
本発明の別の実施の形態においては、1日あたり0.5〜50.0mg/kg体重のフラバノン類並びに、1〜500mg/kg体重のトウガラシ又は5〜10000μg/kg体重のカプサイシン類及び/若しくはカプシエート類が、実投与日数として3〜30日、養殖魚に対して投与されることを特徴とする養殖魚の飼育方法である。1日当り魚体重1kgに対してフラバノン類は0.5〜50.0mgの範囲で投与されれば良いが、好ましくは0.8〜40.0mgの範囲であり、より好ましくは1.0〜30.0mgの範囲で投与される。
【0022】
本発明にかかる養殖魚の飼育方法において、1日当り魚体重1kgに対してトウガラシは1〜500mgの範囲で投与されれば良いが、好ましくは2〜300mgの範囲であり、より好ましくは3〜100mgの範囲で投与される。柑橘類の果実やフラバノン類に加えて、さらにトウガラシが投与されることにより、加工された養殖魚の血合筋及び/又は普通筋の赤い色調が褪色することを遅らせる効果を、短期の飼育期間で得ることが可能となる。
【0023】
本発明にかかる養殖魚の飼育方法において、1日当り魚体重1kgに対してカプサイシン類及び/又はカプシエート類は5〜10000μgの範囲で投与されれば良いが、好ましくは10〜3000μgの範囲であり、より好ましくは20〜1000μgの範囲で投与される。柑橘類の果実やフラバノン類に加えて、さらにカプサイシン類及び/又はカプシエート類が投与されることにより、加工された養殖魚の血合筋及び/又は普通筋の赤い色調が褪色することを遅らせる効果を、短期の飼育期間で得ることが可能となる。
【0024】
本発明において「実投与日数」とは、柑橘類の果実、フラバノン類、トウガラシ、カプサイシン類又はカプシエート類が実際に投与される日(以下、「柑橘類の果実、フラバノン類、トウガラシ、カプサイシン類又はカプシエート類が実際に投与される日」を、「実投与日」ともいう。)の数をいう。実投与日数は3〜30日であれば良いが、好ましくは4〜15日であり、より好ましくは5〜10日である。実投与日は連日でもよいし、間隔をあけても良い。間隔をあける場合、実投与日と次の実投与日の間隔は3日以内が望ましい。実投与日と次の実投与日の間隔は、3日以内であれば、等間隔である必要は無い。
【0025】
本発明にかかる養殖魚の飼育方法においては、柑橘類の果実の実投与日と、トウガラシ又はカプサイシン類及び/若しくはカプシエート類の実投与日は、同一の日であることが好ましいが、別の日であってもよい。また、本発明にかかる養殖魚の飼育方法においては、フラバノン類の実投与日と、トウガラシ又はカプサイシン類及び/若しくはカプシエート類の実投与日は、同一の日であることが好ましいが、別の日であってもよい。
【0026】
魚の種類、サイズによって、1日の摂餌量はほぼ決まっているので、上記の用量となるよう換算した量のフラバノン類、トウガラシ、カプサイシン類、カプシエート類を飼料に混合又は添加して養殖魚に投与する。本発明に係る方法は、1日量を1回で投与しても、数回に分けて投与してもかまわない。
【0027】
本発明にかかる養殖魚用飼料の投与や飼育方法の使用を開始する時期は特に制限されるものではないが、例えば出荷の数週間前から開始できる。
【0028】
本発明において、養殖魚は、海産魚、淡水魚のいずれの魚種をも含むが、特に肉の赤い色調が商品価値に与える影響の大きいスズキ目の養殖魚である。具体的にはブリ類、マグロ類、カツオ類が挙げられ、特にブリ(
Seriola quinqueradiata)、カンパチ(
Seriola
dumerili)、ヒラマサ(
Seriola lalandi)、シマアジ(
Pseudocaranx dentex)、クロマグロ(
Thunnus orientalis)、ミナミマグロ(
Thunnus maccoyii)に於いて効果的である。
【0029】
以下に本発明の実施例を記載するが、本発明はこれらに何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0030】
(フラバノン類の投与試験)
飼料製造
フラバノン類をはじめとする抗酸化成分を含む養殖魚用飼料の製造方法を示した。原料の配合は表1に示したとおりに調製した。これら原料をミキサーにて均一(マイティ50、株式会社愛工舎製作所)に攪拌し、ディスクペレッター(ディスクペレッター、株式会社ダルトン)を用いてドライペレット(DP)を造粒した。造粒時には粉体の30%量の水を加水し、直径5mmのペレットを造粒した。ペレットは乾燥機にて乾燥させて用いた。
被験物質としてはカプサイシン(純度>60.0%)、ナリンゲニン(純度>90.0%)、trans-フェルラ酸(純度>98.0%)、ヘスペリジン(純度>90.0%)、レスベラトロール(純度>98%)、カテキン(純度>95%)を用いた。被験物質は東京化成工業株式会社より購入した。被験物質は10mg/g魚油となるよう、魚油に分散させてから添加した。飼料中に魚油は6.6重量%含まれるので、飼料中の被験物質の含量は660重量ppmである。被験物質を添加していない魚油を使用した飼料を投与した群を、対照区とした。
【0031】
【表1】
【0032】
ブリを用いた飼育試験
体重100〜200gのブリを、各試験区3尾ずつ水槽に収容した。ブリに対して体重の1.25%の飼料を投与した。投与は1日1回、連続で合計3回行い、最終投与から24時間後に試験魚を水揚げした。水揚げ後は包丁にてエラと延髄を切断し、氷冷海水にて放血させた。十分に放血させた後、クラッシュアイスを詰めた発泡スチロールにいれて冷蔵保存した。冷蔵保存24時間後に分析に供した。
【0033】
MDA測定
MDAは脂質過酸化物の一つであり、メト化を促進して血合筋の褪色を引き起こす。抗酸化成分の投与によってMDAの発生を抑えることができれば、血合筋の褪色を遅延させることができると期待される。
血合筋のMDA含量は、市販のMDA測定キット(TBARS assay kit, Cayman)を用いて測定した。すなわち、キット付属のマニュアルに従い、1gの血合筋を10倍量の抽出バッファーでホモジナイズし、遠心分離(4℃、15000rpm、10分)により上清を採取した。これをマニュアルに従って測定した。
測定結果を
図1に示す。対照区と比較すると、カプサイシン、ナリンゲニン、フェルラ酸、ヘスペリジン、カテキンを投与した試験区では血合筋のMDA含量が低下していたが、抗酸化成分の種類によって異なる値となった。この結果から、これらの被検物質には血合筋のMDAの発生を抑える作用があり、抗酸化成分の種類によって得られる効果が異なることが推察された。
【0034】
メト化率の測定
各被験物質を投与したブリ血合筋のメト化進行のしやすさを評価するため、全ミオグロビンに対するメト型ミオグロビンの割合(メト化率)を、以下の方法により測定した。すなわち、血合筋1gを氷冷した蒸留水にてホモジナイズし、遠心分離して上清を採取した。この上清を0.1N 水酸化ナトリウム水溶液にてpHを7に調整し、吸光光度計(U-3010、株式会社日立ハイテクノロジーズ)にて540nm、503nmの吸光度(ABS
540、ABS
503)を測定し、その吸光度の比率(ABS
540/ABS
503)をメト化率として測定した。対照区のメト化率を100としたときの各試験区の相対値を表2に示した。
抗酸化成分を投与したブリ血合筋のメト化率は対照区よりも低い値であったが、抗酸化成分の種類によって異なる値となった。この結果から、メト化の進行を遅延させる効果は、投与される抗酸化成分の種類によって異なることが推察された。
【0035】
【表2】
【実施例2】
【0036】
(柑橘類の果実の投与試験)
飼料製造
野菜や果物等の加工残渣などを含む養殖魚用飼料を製造した。表3に記載の各種被験物質を0.3重量%含む試験用飼料を、実施例1と同様の配合でそれぞれ調製した。なお、被験物質の添加に伴う増加分は、表1中の澱粉の配合量を差し引くことで調整した。柑橘類の果実として温州ミカン果実のジュース加工残渣の乾燥物(以下、「ミカン加工残渣」と呼ぶ。)を、トウガラシとして乾燥トウガラシ粉末を用いた。ミカン加工残渣には、ミカン果実のうちの外果皮、内果皮、じょうのう膜が主に含まれる。
【0037】
【表3】
【0038】
ブリを用いた飼育試験
体重約500gのブリを、各試験区3尾ずつ水槽に収容した。ブリに対して体重の1.25重量%の飼料を投与した。投与は1日1回、連続で合計6回行い、最終投与から24時間後に試験魚を水揚げした。水揚げ後は包丁にてエラと延髄を切断し、氷冷海水にて放血させた。十分に放血させた後、クラッシュアイスを詰めた発泡スチロールにいれて冷蔵保存した。冷蔵保存48時間後に分析に供した。
【0039】
血合筋の色調の評価
冷蔵保存48時間後のブリから血合筋を含む切り身を調製した。これを加湿・密閉した容器にて4℃で冷蔵保存した。血合筋の冷蔵保存中の色調値(L*値、a*値、b*値)を色彩色差計(CR-300、コニカミノルタオプティクス製)を用いて経時的に測定した。L
*a
*b
*表色系とは国際照明委員会で規格化された色を表す方法である。L
*a
*b
*表色系では、明度をL*値、色度をa*値、b*値で表わしている。L*値がプラスの場合は明るさ強く、マイナスの場合は暗くなることを表している。a*値の場合、プラスは赤方向、マイナスは緑方向を示している。また、b*値がプラスでは黄方向、マイナスでは青方向を示している。
測定時間は切り身を調製してから0時間、3時間、6時間、9時間、24時間、36時間後とした。測定した色調値をもとに、赤色の強さを示すa*値と、保存後24時間の時点でのa*値のRSDを比較した。RSDは次式で表される値であり、データのバラツキの程度を意味しており、RSDが大きいとデータのバラツキが大きい。
RSD(%) = (群内の標準偏差 / 郡内の加算平均)×100
【0040】
a*値の測定結果を
図2に示す。ミカン加工残渣を配合した飼料を投与することで、血合筋のa*値が保存24時間〜36時間において高く推移していた。この結果から、ミカン加工残渣には血合筋a*値の低下を抑制する作用があることが推察された。
保存後24時間の時点でのa*値のRSDの計算結果を
図3に示す。ミカン加工残渣を配合した飼料を与えた区のRSD値が低かったことから、ミカン加工残渣にはa*値のバラツキを抑制し、安定した色調を維持する作用があることが推察された。
【0041】
MDA測定
実施例1と同様の方法により血合筋のMDA含量を測定した。結果を
図4に示す。
図4から、ミカン加工残渣を配合した飼料を与えた区のMDA含量は、他の飼料を投与した区よりも低かった。このことから、ミカン加工残渣には血合筋のMDAの発生を抑える作用があることが推察された。
【実施例3】
【0042】
(柑橘類の果実とトウガラシの併用試験)
飼料製造
柑橘類の果実とトウガラシの両方を含む養殖魚用飼料を製造した。養殖魚用飼料中にミカン加工残渣と乾燥トウガラシ粉末をそれぞれ0.3重量%ずつ含む飼料(試験飼料)を、実施例1と同様の配合で調製し(柑橘類の果実/トウガラシの重量比=1)、この試験飼料を投与する群を試験区と称した。なお、被験物質の添加に伴う増加分は、表1中の澱粉の配合量を差し引くことで調整した。対照区には乾燥トウガラシ粉末を0.3重量%含む対照飼料を投与した。
飼料製造に用いたミカン加工残渣には5.3重量%のヘスペリジンが、乾燥トウガラシ粉末には0.2重量%のカプサイシンがそれぞれ含まれていた。従って、試験区に投与した飼料には159重量ppmのヘスペリジンと6重量ppmのカプサイシンが、対照区に投与した飼料には6重量ppmのカプサイシンが含まれる。ミカン加工残渣中のヘスペリジン含量と、乾燥トウガラシ粉末中のカプサイシンの含量は、財団法人日本食品分析センターにて高速液体クロマトグラフィー法により測定した。
【0043】
ブリを用いた飼育試験
体重約450gのブリを、各試験区3尾ずつ水槽に収容した。その他の試験条件は、実施例2と同様とした。
【0044】
ブリ体重kgあたり、1日あたりの有効成分の摂取量
ブリ体重kgあたり1日あたりの柑橘類の果実とトウガラシの摂取量を計算した。試験区における、1個体あたり1日あたりの柑橘類の果実とトウガラシの摂取量は38mg/kg体重となった。対照区における、1個体あたり1日あたりのトウガラシの摂取量は、試験区と同一である。
ミカン加工残渣には5.3重量%のヘスペリジンが含まれていたことから、試験区における1個体あたり1日あたりのヘスペリジン摂取量は、2.0mg/kg体重となった。
また、乾燥トウガラシ粉末には0.2重量%のカプサイシンが含まれていたことから、試験区又は対照区における1個体あたり1日あたりのカプサイシン摂取量は、75μg/kg体重となった。
【0045】
血合筋の色調の評価
実施例2記載の方法に準じて、切り身を調製してから0時間、3時間、6時間、9時間、24時間後における血合筋の色調値を測定した。測定した色調値をもとに、赤色の強さを示すa*値、対照区との色差としてΔa*値、鮮やかさを示す彩度(C*値)、対照区との色差としてΔC*値の4つの指標を比較した。C*値は次式により算出した。
【0046】
【数1】
【0047】
色差Δa*は試験区の3個体のa*値の加算平均値から、対照区の3個体のa*値の加算平均値を減じることで求めた。色差ΔC*値は試験区の3個体のC*値の加算平均値から対照区の3個体のC*値の加算平均値を減じることで求めた。
a*値の比較結果を
図5に、Δa*値の比較結果を
図6に示す。対照区と比較すると、試験区のほうが冷蔵保存中の血合筋a*値が高く、また、Δa*値は常にプラス値であった。これらの結果は、試験区のほうが、冷蔵保存中の赤色が強いことを示している。
C*値の比較結果を
図7に、ΔC*値の比較結果を
図8に示す。対照区と比較すると、試験区のほうが冷蔵保存中の血合筋C*値が高く、また、ΔC*値は常にプラス値であった。これらの結果は、試験区のほうが、冷蔵保存中により鮮やかな色を維持していることを示している。
以上より、柑橘類の果実とトウガラシを併用することで、実投与日数6日という短期の投与期間であっても、加工された養殖魚の血合筋の褪色を遅らせるという効果を得ることができた。
【実施例4】
【0048】
(飼料の抗酸化活性の比較)
飼料製造
前述のとおり、ミオグロビンの自動酸化によって血合筋や普通筋が褐色に変化する現象は、養殖魚に投与される成分の抗酸化活性に影響を受ける。特許文献5においては、「香辛料の抗酸化作用により、ミオグロビンの酸化による色調の変化が抑えられて、新鮮な赤身の状態が保持される。」(頁5行29)としている。
そこで、実施例3の試験飼料若しくは対照飼料、又は特許文献5の表1をベースにした飼料(比較飼料1〜3)の抗酸化活性を測定した。製造した各飼料の配合を表4に示す。
【0049】
【表4】
【0050】
抗酸化活性の測定方法
抗酸化活性は銅イオンの還元反応に基づいた方法にて測定した。測定には市販の総抗酸化能測定キット(Total antioxidant capacity assay kit、Biovision社)を用いた。すなわち、10gの飼料に100mlの氷冷リン酸緩衝生理食塩水(PBS)を加えてホモジナイズしたのちに、遠心分離(15,000rpm、4℃、10分)した上清を採取した。この上清をPBSで20倍に希釈したものを測定サンプルとし、総抗酸化能測定キットの測定マニュアルに準じて測定した。抗酸化活性は、対照飼料の値を100として、その相対値として算出した。
【0051】
抗酸化活性の測定結果を
図9に示す。比較飼料1と比較飼料2の抗酸化活性は対照区と同等であったが、比較飼料3はやや高かった。最も活性が高かったのは、試験飼料であった。
【実施例5】
【0052】
(血合筋色調に対するin vitroでの有効性評価)
評価方法
血合筋色調に対する各種の抗酸化成分の有効性を、以下の方法によりin vitroで評価した。すなわち、それぞれ10gの乾燥トウガラシ粉末、ミカン加工残渣、乾燥トウガラシ粉末とミカン加工残渣の混合物(乾燥重量比で、乾燥トウガラシ粉末:ミカン加工残渣=1:3)、又は表4の香辛料(1)ないし(3)に100mlの氷冷PBSを加えて攪拌し、遠心分離(15,000rpm、4℃、10分)した上清をPBS抽出物として回収した。
フードプロセッサー(MK-K48P、パナソニック製)を用いてミンチ状に調製したブリ血合筋に対し、前記のPBS抽出物を0.3重量%添加した。その後、4℃にて24時間保存し、保存後のa*値を測定した。陰性対照区では、血合筋に対して0.3重量%のPBSを添加した。各試験群の名称を表5に示す。
【0053】
【表5】
【0054】
a*値の測定結果を
図10に示す。乾燥トウガラシ粉末又はミカン加工残渣をそれぞれ単独で用いた場合、陰性対照区よりもa*値が高く、乾燥トウガラシ粉末やミカン加工残渣それぞれについても退色を抑制する効果があることが示された。乾燥トウガラシ粉末とミカン加工残渣を1:3で混合した混合物は、乾燥トウガラシ粉末又はミカン加工残渣をそれぞれ単独で用いた場合よりもa*値が高く、相乗的な効果が認められた。