特許第6269922号(P6269922)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6269922
(24)【登録日】2018年1月12日
(45)【発行日】2018年1月31日
(54)【発明の名称】繊維シート及びこれを用いた繊維製品
(51)【国際特許分類】
   D04H 1/728 20120101AFI20180122BHJP
   B01D 39/16 20060101ALI20180122BHJP
   D04H 1/4318 20120101ALI20180122BHJP
   B32B 5/26 20060101ALI20180122BHJP
   B32B 5/24 20060101ALI20180122BHJP
【FI】
   D04H1/728
   B01D39/16 A
   B01D39/16 E
   D04H1/4318
   B32B5/26
   B32B5/24 101
【請求項の数】5
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2013-178349(P2013-178349)
(22)【出願日】2013年8月29日
(65)【公開番号】特開2015-45114(P2015-45114A)
(43)【公開日】2015年3月12日
【審査請求日】2016年8月23日
(73)【特許権者】
【識別番号】311002067
【氏名又は名称】JNC株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】399120660
【氏名又は名称】JNCファイバーズ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】宮内 実
(72)【発明者】
【氏名】梅林 陽
【審査官】 岩田 行剛
(56)【参考文献】
【文献】 特開2009−061401(JP,A)
【文献】 特開2002−249966(JP,A)
【文献】 特開2005−350835(JP,A)
【文献】 特開2013−139661(JP,A)
【文献】 特表2010−500717(JP,A)
【文献】 特開2008−235047(JP,A)
【文献】 特開2008−303521(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D04H 1/00− 18/04
B32B 1/00− 43/00
C08F 14/22
B01D 39/16
H01M 2/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
フッ化ビニリデンを主体とするポリフッ化ビニリデン系共重合体と、界面活性剤、有機もしくは無機の塩とを、電界紡糸法で紡糸し、紡糸された繊維を捕集して得られる繊維シートであって、フッ化ビニリデンを主体とするポリフッ化ビニリデン系共重合体が、フッ化ビニリデンとヘキサフルオロプロピレンとの共重合物であり、該繊維シートを構成する繊維の平均繊維径が20nm以上、1000nm未満であり、該繊維シートのDSC測定における融解温度が163.0℃以上であり、融解熱量が45J/g以下である、繊維シート。
【請求項2】
捕集直後から24時間経過後の繊維シートの経時面積収縮率が12.0%以下である、請求項1記載の繊維シート。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の繊維シートの少なくとも片面に、不織布、織布、ネットおよび微多孔フィルムからなる群から選ばれる少なくとも1種の多孔層が積層された、繊維シート複合体。
【請求項4】
循環熱風もしくは輻射熱による熱処理で、繊維シートと多孔層とが一体化されている、請求項3に記載の繊維シート複合体。
【請求項5】
請求項1もしくは請求項2に記載の繊維シート、または、請求項3もしくは請求項4に記載の繊維シート複合体を、少なくとも一部に用いたフィルター。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、優れた電界紡糸性と耐熱特性を有するポリフッ化ビニリデン系共重合体を、電界紡糸して得られる繊維シート及びこれを用いた繊維製品に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、数十〜数百ナノメートル(nm)の直径を有する、いわゆるナノ繊維が注目され、メディカル分野、発光体用電子銃や各種センサーなどのエレクトロニクス分野、高性能フィルターなどの環境対応分野への応用が期待されている。
【0003】
ナノ繊維の製造方法としては、海島複合紡糸やポリマーブレンド紡糸で得られる複合繊維の海成分を、適当な溶媒で溶解除去して、島成分をナノ繊維として取り出す方法が広く知られている。この方法で数百nmの繊維直径のナノ繊維を製造することができるが、ポリマーが溶融可能であることが必要であり、さらに海成分を溶解除去することが必要であるなど、汎用性や経済性に問題を残している。
【0004】
また、ナノ繊維の製造方法として、メルトブローン法で中心繊維径が数百nmのナノ繊維を得る方法も提案されている。しかしながら、メルトブローン法で使用できるポリマーは熱可塑性ポリマーに限られ、細繊化するためにはノズルなどの構造が複雑になり、また高温のガスを大量に消費するために多量のエネルギーが必要になるなどの問題がある。さらに、メルトブローン法で得られる繊維は、繊維径のばらつきが大きいといった問題もある。
【0005】
これらの製造方法に対して、近年、電界紡糸法が注目されている。電界紡糸法は、静電紡糸法、エレクトロスピニング法、またはエレクトロスプレー法とも呼ばれる繊維の紡糸方法である。電界紡糸法の歴史は古く、特許としては1930年に出願された米国特許(例えば特許文献1参照。)に既に見ることができるが、該技術が細繊度の繊維製造技術に適用されたのは1971年からである(例えば非特許文献1参照。)。電界紡糸法は、極細繊維への要望が高まった近年になって重要性が見直され、盛んに研究開発が実施されている。電界紡糸法の特徴として、広範な物質を繊維化できることが挙げられる。電界紡糸法では、溶媒に可溶なポリマーの他、熱可塑性ポリマーの溶融体、無機化合物のゾル溶液などを繊維化することができ、サブミクロン以下の繊維径のナノ繊維が比較的簡単に得られる。また、カーボンナノチューブやグラフェンなどに代表されるナノ物質をマトリックスポリマーに分散させた分散溶液の繊維化などが可能である。
【0006】
電界紡糸法により得られたナノ繊維からなるシート状物は、高い比表面積と空隙率とを有しており、これらの特徴を活かして、例えば、細胞再生足場材、センサー材、そして高機能のフィルター濾材などへの検討が進められている。
【0007】
電界紡糸法を用いたフィルター濾材への具体的な検討としては、平均繊維径が1nm以上5μm未満であり、且つフッ化ビニリデンとヘキサフルオロプロピレンとを含む共重合物からなる繊維が不織布状又は編成布状に構成されてなる濾過フィルター用繊維構造物が挙げられる(例えば特許文献2参照。)。ここで用いられたフッ化ビニリデンとヘキサフルオロプロピレンとを含む共重合物などのポリフッ化ビニリデン系共重合体は、不純物吸着性に特に優れた材料であり、該共重合体からなるナノ繊維をフィルター濾材として使用すれば、高性能のフィルターが実現できると考えられていた。
しかしながら、得られた平均繊維径が1nm以上5μm未満の繊維の力学強度は低く、得られた繊維単独で構成された不織布をフィルター濾材として加工しても、フィルター濾材もしくはフィルターに加工する際の操業性や歩留まりが低いといった問題がある。また、不織布の力学強度の低さは、不織布の目開きや破損を引き起こし、フィルターの濾過性能の低下を引き起こすという問題もある。
【0008】
これらの問題に対して、ナノ繊維からなる不織布と、太い繊維径の不織布からなる基材とを、エンボス加工やカレンダー加工などの熱圧着によって積層一体化することで、この問題をも解決できることが報告されている(例えば特許文献3、4参照。)。しかしながら、エンボス加工やカレンダー加工などの熱圧着によって、ナノ繊維は少なからずダメージを受け、圧力損失の上昇を招くという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】USP1,975,504
【特許文献2】特開2009−061401号
【特許文献3】特開2009−263806号
【特許文献4】特開2009−066534号
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】「Journal of Colloid and Interface Science」36,(1),71−79(1971)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
このようなことから、本発明は、経時変化や熱処理による寸法安定性が高く、他素材との積層複合化などの二次加工性に優れる繊維シートを提供することを課題のひとつとする。また、本発明は、適度な力学強度と加工性とを有する繊維シート複合体を提供することを課題のひとつとする。さらに、本発明は、気体や液体の透過性に優れ、耐圧性や耐久性に優れる、高性能かつ高寿命のフィルター濾材を提供することを課題のひとつとする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた。その結果、フッ化ビニリデンを主体とするポリフッ化ビニリデン系共重合体を、電界紡糸法で紡糸し、紡糸された繊維を捕集して得られた繊維シートを使用すれば、上記課題を解決できることを見出し、この知見に基づき、本発明を完成するに至った。
【0013】
本発明は、以下の構成を有する。
(1)フッ化ビニリデンを主体とするポリフッ化ビニリデン系共重合体を、電界紡糸法で紡糸し、紡糸された繊維を捕集して得られる繊維シートであって、該繊維シートを構成する繊維の平均繊維径が20nm以上、1000nm未満であり、該繊維シートのDSC測定における融解温度が155℃以上であり、融解熱量が45J/g以下である、繊維シート。
(2)捕集直後から24時間経過後の繊維シートの経時面積収縮率が12.0%以下である、前記(1)記載の繊維シート。
(3)前記(1)または(2)に記載の繊維シートの少なくとも片面に、不織布、織布、ネットおよび微多孔フィルムからなる群から選ばれる少なくとも1種の多孔層が積層された、繊維シート複合体。
(4)循環熱風もしくは輻射熱による熱処理で、繊維シートと多孔層とが一体化された、前記(3)に記載の繊維シート複合体。
(5)前記(1)もしくは(2)に記載の繊維シート、または、前記(3)もしくは(4)に記載の繊維シート複合体を、少なくとも一部に用いたフィルター。
(6)フッ化ビニリデンを主体とするポリフッ化ビニリデン系共重合体が、フッ化ビニリデン(VdF)とヘキサフルオロプロピレン(HFP)との共重合物である前記(1)に記載の繊維シート。
【発明の効果】
【0014】
本発明の繊維シートは、経時変化や熱処理による寸法安定性が高く、他素材との積層複合化などの二次加工性に優れている。また、本発明の繊維シートは、ナノ繊維に由来する高い比表面積を有し、ナノ繊維同士で形成される微小孔径を有しており、さらに高い空隙率を有している。また、本発明の繊維シート複合体は、適度な力学強度とハンドリング性(加工性)を有しているので、フィルターなどへの二次加工性に優れている。また、本発明のフィルターは、気体や液体の透過性に優れ、耐圧性や耐久性にも優れていることから、高性能かつ高寿命のフィルター濾材として好適に使用することができる。また、本発明の繊維シートは、フッ化ビニリデンを主体とするポリフッ化ビニリデン系共重合体を溶媒に溶解し、ポリマー溶液とし、得られたポリマー溶液に、イオン性の界面活性剤を添加した後、電界紡糸法で紡糸することで、球状粒子の発現が少なく、平均粒子径を小さくすることができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を発明の実施の形態に則して詳細に説明する。
尚、本発明では、以降、「ポリフッ化ビニリデン単独重合体」を「PVDF単独重合体」と略記し、「ポリフッ化ビニリデン系共重合体」を「PVDF系共重合体」と略記し、「フッ化ビニリデンを主体とするポリフッ化ビニリデン系共重合体」を「フッ化ビニリデンを主体とするPVDF系共重合体」と略記し、「ポリフッ化ビニリデン系繊維」を「PVDF系繊維」と略記する場合がある。また、本発明では、「PVDF系ポリマー」と略記する場合、PVDF単独重合体とPVDF系共重合体とを含む。
【0016】
本発明の繊維シートは、フッ化ビニリデンを主体とするポリフッ化ビニリデン系共重合体を、電界紡糸法で紡糸し、紡糸された繊維を捕集して得られる。
【0017】
本発明の繊維シートは、DSC測定における融解温度が155℃以上で、かつ、融解熱量が45J/g以下である。繊維シートの融解温度は、好ましくは160℃以上であり、また、融解熱量は、好ましくは40J/g以下である。DSC測定における融解温度が155℃以上であれば、他素材と熱接着する際の接着温度を高くすることができるので、満足できる接着強度が得られる。また、他素材との接着や、製品へ成形する際の加温によって著しく収縮することなく、PVDF系繊維の緻密な不織布構造を維持したまま他素材と接着できるという利点もある。融解温度が160℃以上である場合には、更に低収縮で満足できる接着強度が得られる。
融解温度が155℃以上のPVDF系ポリマーとしては、本発明で用いるポリフッ化ビニリデン系共重合体以外に、フッ化ビニリデンの単独重合体であるPVDF単独重合体が一般に知られている。しかしながら、このPVDF単独重合体の融解熱量は45J/gよりも大きい。そのため、PVDF単独重合体を電界紡糸してナノ繊維を製造する場合、紡糸性がやや悪かったり、紡糸して得られたナノ繊維不織布が経時変化によって収縮したりするといった問題がある。この経時変化での収縮挙動はPVDF系ポリマーの融解熱量に依存する傾向があり、PVDF系ポリマーの融解熱量が小さい方が、収縮挙動が抑制されるという特徴がある。かかる観点から、本発明で使用するPVDF系ポリマー、すなわち、フッ化ビニリデンを主体とするPVDF系共重合体は、その融解熱量が45J/g以下であり、より好ましくは40J/g以下である。
【0018】
本発明において、融解温度が155℃以上で、かつ融解熱量が45J/g以下である繊維シートを得るための方法は特に限定されないが、フッ化ビニリデンとフッ素系モノマーとの共重合体であるフッ化ビニリデンを主体とするPVDF系共重合体を用い、これを電界紡糸する方法が好ましい。電界紡糸の原料ポリマーとしては、DSC測定における融解温度が155℃以上で、かつ、融解熱量が45J/g以下であるフッ化ビニリデンを主体とするポリフッ化ビニリデン系共重合体を用いればよい。
フッ素系モノマーの種類は特に限定されず、ヘキサフルオロプロピレン、三フッ化エチレンなどが例示できるが、ポリマー入手の容易性の観点から、ヘキサフルオロプロピレンを用いた共重合体が好ましく、フッ化ビニリデンとヘキサフルオロプロピレンとの共重合体が好ましい。具体的には、Arkema社のKynar 3120−50(商品名、重量平均分子量54万)が利用できる。
【0019】
前述したフッ化ビニリデンとヘキサフルオロプロピレンとの共重合体の組成は、フッ化ビニリデンを主体とする点を除き、特に限定されず、得られるPVDF系繊維の融解温度が155℃以上で、かつ融解熱量が45J/g以下となるように適宜調製することができる。また、該共重合体の構造についても、特に限定されないが、ランダム共重合の構造よりもブロック共重合の構造のほうが、融解温度が155℃以上で、かつ融解熱量が45J/g以下である本発明の繊維シートを容易に得ることができるので好ましい。ブロック共重合体において、ヘキサフルオロプロピレン成分の組成を高くした場合には、融解温度を大きく低下させることなく、融解熱量のみを低下させることができ、高耐熱性、かつ経時変化による寸法安定性に優れたフッ化ビニリデンを主体とするPVDF系共重合体が得られる。なお、本発明の請求項で規定した「フッ化ビニリデンを主体とするポリフッ化ビニリデン系共重合体」とは、該共重合体中で、フッ化ビニリデン共重合体成分が、相対的に最も多量を占めている共重合体をいう。具体的には、フッ化ビニリデンとヘキサフルオロプロピレンとの共重合組成は、60:40〜95:5のモル比の範囲であることが好ましく、75:25〜92:8のモル比の範囲であることがさらに好ましい。
【0020】
本発明の繊維シートの融解熱量の下限値は特に限定されないが、30J/g以上であることが好ましく、より好ましくは35J/g以上である。融解熱量が30J/g以上であれば、PVDF系繊維はある程度の結晶成分を有しており、積層複合化などの二次加工における加熱寸法安定性に優れる。また、融解熱量が35.0J/g以上であれば結晶成分の量が十分となり、加熱寸法安定性が向上する。
【0021】
本発明の繊維シートの原料となるフッ化ビニリデンを主体とするPVDF系共重合体の重量平均分子量は、特に限定されないが、20万以上、150万以下であることが好ましく、より好ましくは50万以上120万以下である。フッ化ビニリデンを主体とするPVDF系共重合体の重量平均分子量が大きい場合には、フッ化ビニリデンを主体とするPVDF系共重合体の溶液濃度を最適化した結果として、得られる平均繊維径を小さくできる。一方で、フッ化ビニリデンを主体とするPVDF系共重合体の重量平均分子量が小さい場合には、フッ化ビニリデンを主体とするPVDF系共重合体の溶液濃度を高くしても、溶液の粘度が高くなりすぎず、高濃度溶液の電界紡糸によって、高い生産性で繊維シートが得られる。フッ化ビニリデンを主体とするPVDF系共重合体の重量平均分子量が20万以上、150万以下であれば、得られるナノ繊維の繊維径と生産性のバランスに優れ、50万以上、120万以下であれば、両者のバランスがより優れるので好ましい。
【0022】
本発明の繊維シートの原料となるフッ化ビニリデンを主体とするPVDF系共重合体は、1種類のフッ化ビニリデンを主体とするPVDF系共重合体の単独であってもよく、2種類以上のフッ化ビニリデンを主体とするPVDF系共重合体の混合物であってもよく、更にはフッ化ビニリデンを主体とするPVDF系共重合体以外のポリマーとの混合物であってもよい。電界紡糸して得られる繊維シートの融解温度が155.0℃以上で、かつ融解熱量が45.0J/g以下となるように適宜選択すれば、本発明の効果を奏することができる。
【0023】
本発明の繊維シートの原料となるフッ化ビニリデンを主体とするPVDF系共重合体は、特に限定されないが、フッ化ビニリデンを主体とするPVDF系共重合体を溶媒に溶解して電界紡糸して得られる繊維シートの、紡糸直後から24時間経過後の経時面積収縮率が12.0%以下であることが好ましく、より好ましくは10.0%以下である。繊維シートの経時面積収縮率が12.0%以下となるフッ化ビニリデンを主体とするPVDF系共重合体は、電界紡糸によって繊維シートを製造する際の経時面積収縮率が12.0%よりも低いことから、経時変化によって繊維シートがカールしたり、繊維シートがコレクターや基材から剥離したりして、皺を発生させるといった不具合を生じにくくなる。繊維シートの経時面積収縮率が10.0%以下のフッ化ビニリデンを主体とするPVDF系重合体は、その効果がより顕著になる。
【0024】
電界紡糸法で紡糸して得られた繊維シートは、平均繊維径が20nm以上、1000nm以下であり、好ましくは60nm以上、600nm以下であり、より好ましくは80nm以上、300nm以下である。ナノ繊維の平均繊維径が小さい方が、ナノ繊維から構成される繊維シート特有の比表面積の高さや、繊維間に形成される孔径の小ささといった特性が向上し、1000nm以下であれば満足できる特性値が得られ、600nm以下であれば優れた特性値となる。300nm以下であれば十分な特性値となる。また、電界紡糸で得られたナノ繊維の単糸強力は、平均繊維径の減少とともに低下して、繊維シートの表面におけるナノ繊維の毛羽立ちを引き起こしたりするが、平均繊維径が20nm以上であれば満足できる単糸強力となり、60nm以上であれば良好な単糸強力となり、80nm以上であれば十分な単糸強力となる。
【0025】
電界紡糸法で紡糸して得られた繊維シートにおける繊維径の分布(CV値)は、特に限定されないが、好ましくはCV値が50%以下であり、より好ましくは30%以下である。CV値が50%以下であれば、例えば、ナノ繊維シートを液体フィルターとして用いた場合、不純物の捕集効率と圧力損失とのバランスに優れ、CV値が30%以下であれば両者のバランスがより良好になる。
【0026】
本発明の繊維シートは、電界紡糸法で紡糸することで、平均繊維径を20nm以上、1000nm以下となるように製造できる。電界紡糸の方式は特に限定されず、一般的に知られている方式、例えば、1本もしくは複数のニードルを使用するニードル方式、ニードル先端に気流を噴き付けることでニードル1本あたりの生産性を向上させるエアブロー方式、1つのスピナレットに複数の溶液吐出孔を設けた多孔スピナレット方式、溶液槽に半浸漬させた円柱状や螺旋ワイヤ状の回転電極を用いるフリーサーフェス方式、供給エアによってポリマー溶液表面に発生したバブルを起点に電界紡糸するエレクトロバブル方式などが挙げられ、求めるナノ繊維の品質、生産性、または操業性を鑑みて、適宜選択することができる。
【0027】
本発明の繊維シートの目付は、特に限定されないが、好ましくは、0.2〜5.0g/mの範囲であり、より好ましくは0.4〜3.0g/mの範囲であり、更に好ましくは0.6〜2.0g/mの範囲である。繊維シートの目付が0.2g/m以上であると、ナノ繊維によって構成される繊維マトリックスの密度が十分となり、ナノ繊維間に構成される空隙のサイズ、すなわち孔径の分布が満足できる程度にシャープになり、0.4g/m以上であれば孔径分布がより満足できる程度にシャープになり、0.6g/m以上であれば十分にシャープになる。繊維シートの目付は、繊維シートが経時変化によって、もしくは加熱によって収縮する際の、繊維シートの収縮力に影響し、繊維シートの目付が大きいほどシートの収縮力が大きくなる。繊維シートの収縮力が著しく大きい場合には、その収縮力によって、繊維シートを捕集したコレクターや基材から剥離して皺を発生させたり、繊維シートと基材との間の収縮力の差によってカールさせたりするといった不具合を生じやすくなる。繊維シートの目付が5.0g/m以下であればシートの収縮力は満足できる程度に小さく、3.0g/m以下であればより満足できる程度に小さく、2.0g/m以下であれば十分に小さくなり、剥離、皺入り、カールといった不具合を生じなくなる。
【0028】
一般的な電界紡糸法では、有機溶媒などにポリマーを溶解させたポリマー溶液を作製し、金属製の噴射ニードルとともに高電圧で、ポリマー溶液を帯電させ、接地した捕集電極表面に向けて、噴射ニードルの先端からポリマー溶液を吐出させて、液滴を形成させる。ポリマー溶液からなる液滴は、噴射ニードルの先端における電界集中効果で形成された強力な電界によって捕集電極表面に引き寄せられ、テイラーコーンと呼ばれる円錐状の形状を形成する。そして、電界によって捕集電極表面に引き寄せられる力が、液滴の表面張力を上回ったとき、テイラーコーンの先端からポリマー溶液がジェットとして飛翔し、溶媒の揮発を伴いながら細繊化し、直径がサブミクロンオーダーのナノ繊維が不織布状に捕集され、シート状物が得られる。
【0029】
本発明の繊維シートを製造するための電界紡糸の方法は、特に限定されないが、フッ化ビニリデンを主体とするPVDF系共重合体を溶媒に溶解させてポリマー溶液を調整し、得られたポリマー溶液を電界紡糸する方法、またはフッ化ビニリデンを主体とするPVDF系共重合体を高温で溶解させてポリマー溶融体とし、得られたポリマー溶融体を電界紡糸する方法などが、いずれも採用することができる。ポリマー溶融体を電界紡糸した場合には、より高い生産性で繊維シートが得られるので好ましく、ポリマー溶液を電界紡糸した場合には、より平均繊維径が小さく、かつ繊維径の分布が小さい、高品質の繊維シートが得られるので好ましい。
【0030】
本発明の繊維シートを、PVDF系ポリマー溶液を電界紡糸して製造する場合、使用する溶媒は特に限定されないが、PVDF系ポリマーを室温もしくは加熱下で溶解可能な溶媒を、適宜選択することができる。このような溶媒としては、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、N−メチル−2−ピロリドン、テトラヒドロフラン、テトラメチルユリア、トリメチルフォスフェート、1,1,1,3,3,3−ヘキサフルオロ−2−プロパノール、ヘキサフルオロ酢酸、メチルエチルケトン、ジメチルスルホキシド、アセトン、ブチルアセテート、シクロヘキサン、ブチロラクトン、テトラエチルユリア、イソホロン、トリエチルフォスフェート、カルビトールアセテート、プロピレンカーボネートなどが例示でき、溶媒のポリマーに対する溶解性、揮発性、誘電率、粘度、表面張力などを考慮して、適宜選択することができる。
また、これらの溶媒は、単独で使用しても、2種類以上の溶媒を混合して使用してもよい。2種類以上の溶媒を混合して使用する場合には、揮発性の高い溶媒と揮発性の低い溶媒を混合することで、電界紡糸過程におけるポリマー溶液の揮発性を制御することができるので、より好ましい。このような組み合わせとしては、N,N−ジメチルホルムアミドとアセトン、N,N−ジメチルアセトアミドとアセトン、N−メチル−2−ピロリドンとアセトンなどが例示できる。2種類以上の溶媒を混合して使用する場合の混合比率は、特に限定されず、求めるポリマー溶液の物性、例えば、濃度、粘度、揮発性、導電性、または表面張力などを考慮して、適宜調整することができる。これによって、得られるナノ繊維の繊維径や繊維形態を容易に制御可能となったり、また電界紡糸時の溶液吐出量の調整が容易となり、例えば、吐出量を増大させて生産性を向上させることができたりする。
【0031】
フッ化ビニリデンを主体とするPVDF系共重合体の溶液(ポリマー溶液)を電界紡糸して、本発明の繊維シートを製造する場合、ポリマー溶液の特性を調整する目的で、添加剤を添加することができる。添加剤の種類は特に限定されず、界面活性剤や、有機もしくは無機の塩などを適宜選択して添加することができる。例えば、イオン性の界面活性剤を添加した場合には、ポリマー溶液の表面張力が低下し、また電気伝導率が向上するので、イオン性の界面活性剤が添加されていないポリマー溶液を電界紡糸した場合に比べて、球状粒子(ビーズ)の発現が少なく、平均繊維径が小さい繊維シートが得られるので好ましい。添加剤の添加量は特に限定されず、求めるポリマー溶液の特性を調整する効果に応じて、適宜選択することができる。添加剤の好ましい添加量の範囲は、例えば、ポリマー溶液中に0.005〜0.5重量%であり、より好ましい添加量の範囲は、ポリマー溶液中に0.01〜0.3重量%である。
【0032】
本発明の繊維シートを製造するために用いるポリマー溶液中のフッ化ビニリデンを主体とするPVDF系共重合体の濃度は特に限定されず、ポリマー溶液の粘度、電界紡糸して得られるナノ繊維の平均繊維径や繊維形態、そして生産性などを考慮して、適宜、濃度を調整して使用することができる。ポリマー溶液中のフッ化ビニリデンを主体とするPVDF系共重合体の好ましい濃度範囲は、3.0〜30.0重量%であり、より好ましい濃度は、範囲6.0〜25.0重量%である。ポリマー溶液中のフッ化ビニリデンを主体とするPVDF系共重合体の濃度が3.0重量%以上であれば、球状粒子(ビーズ)の発現が少なく、十分に小さい平均繊維径のナノ繊維が、満足できる生産性で得られる。また、6.0重量%以上であれば、球状粒子(ビーズ)の発現がほとんどなく、満足できる平均繊維径のナノ繊維が、十分な生産性で得られる。また、フッ化ビニリデンを主体とするPVDF系共重合体の溶液濃度が30.0重量%以下であれば、電界紡糸に適した溶液粘度となり、安定した紡糸性でナノ繊維が得られ、25.0重量%以下であれば、さらに安定した紡糸性となる。
【0033】
フッ化ビニリデンを主体とするPVDF系共重合体の溶融体を電界紡糸して、本発明の繊維シートを製造する場合、特に限定されないが、一般的な押出機で加熱溶融し、得られた溶融体を電界紡糸に用いることができる。押出温度は特に限定されないが、例えば、200℃〜350℃の範囲が使用できる。また、電界紡糸されるPVDF溶融体の温度も特に限定されず、電界紡糸の安定性、得られるナノ繊維の平均繊維径、または繊維径の分布を鑑みて、適宜選択することができる。押出温度の範囲は、例えば、250℃〜300℃が利用できる。加熱溶融して得られるPVDF系ポリマー溶融体には、酸化防止剤、流動特性調整剤、顔料、難燃剤、または抗菌剤などの機能性添加剤を含有させても何ら問題はない。
【0034】
本発明の繊維シートを製造する際の電界紡糸条件としては、ポリマー溶液もしくはポリマー溶融体の供給量、印加電圧、紡糸距離、雰囲気温湿度などが挙げられる。これらの紡糸条件はいずれも特に限定されず、電界紡糸の安定性、求める生産性、操業性、そして得られるナノ繊維の特性に応じて、適宜選択すればよい。
【0035】
ニードルや多孔スピナレットの細孔からポリマー溶液もしくはポリマー溶融体を吐出して電界紡糸する場合の供給量は、例えば、好ましくは単孔あたり0.1〜10.0mL/hの範囲であり、より好ましくは1.5〜5.0mL/hの範囲である。単孔あたりの該供給量が0.1mL/h以上であれば、細孔部に安定してポリマー液滴が形成され、電界紡糸の安定性が満足できるレベルとなり、1.5mL/h以上であれば電界紡糸が十分に安定する。また、単孔あたりの該供給量が10mL/h以下であれば、電界紡糸された繊維が溶媒を含んだまま、もしくは溶融したまま捕集されて、フィルム化する不具合を生じ難くなり、さらに5.0mL/h以下であればフィルム化をより生じ難くなる。
【0036】
電界紡糸する際の印加電圧は、例えば、好ましくは10〜80kVの範囲であり、より好ましくは30〜50kVの範囲である。印加電圧が10kV以上であれば連続した電界紡糸が行え、30kV以上であれば電界紡糸によって紡出されるポリマー溶液もしくはポリマー溶融体の量が多くなり、生産性向上効果が得られる。また、印加電圧が80kV以下の場合には、高粘度、高表面張力のポリマー溶液もしくはポリマー溶融体であっても安定して電界紡糸できるようになり、50kV以下の場合には電界紡糸された繊維間の電場干渉による紡糸不安定性を十分に抑制できる。
【0037】
電界紡糸する際の紡糸距離は、例えば、好ましくは50〜300mmの範囲であり、より好ましくは100〜250mmの範囲である。紡糸距離が50mm以上であれば電界紡糸された繊維が溶媒を含んだまま、もしくは溶融したまま捕集されて、フィルム化する不具合を生じ難くなる。100mm以上であればフィルム化をより生じ難くなる。紡糸距離が300mm以下であれば、ポリマー溶液、もしくはポリマー溶融体が吐出される位置と、電界紡糸された繊維が捕集されるコレクターの間に満足できる電気引力が作用し、電界紡糸が安定化し、250mm以下であれば電界紡糸が十分に安定化する。
【0038】
電界紡糸する際の雰囲気温湿度は管理されていることが好ましく、その範囲としては20〜30℃、25〜45%の範囲が例示できる。この温湿度範囲であれば年間を通して比較的容易に管理することが可能で、雰囲気温湿度の変化による電界紡糸挙動の変化や、得られるナノ繊維物性の変化を生じ難くなる。
【0039】
電界紡糸法で、本発明の繊維シートを製造する際の繊維捕集方式は、特に限定されず、公知の捕集方式を採用することができる。例えば、繊維捕集方式として、ロールツーロール方式のコレクターを使用すれば、長尺の繊維シートを採取することができ、高速回転可能なドラムコレクターやディスクコレクターを使用すれば、一方向にPVDF系繊維が配列した配列繊維シートが採取することができる。繊維が配列した配列繊維シートを採取する方法としては、平行分割電極を使用する方法も報告されており、これをコレクターとして使用することもできる。
【0040】
電界紡糸法で、本発明の繊維シートを製造する際の捕集体は、特に限定されず、前記のコレクター上に直接捕集してもよく、コレクター上に配した、不織布、織布、ネット、もしくは微多孔フィルムなどの少なくとも1種類の基材の上に捕集してもよい。不織布、織布、ネット、もしくは微多孔フィルムなどの基材に捕集する場合、基材の構成は特に限定されず、1種類からなる単層品であってもよく、2種類以上からなる多層品であってもよく、これらは機能やその効果に応じて、適宜選択することができる。基材の目付は特に限定されず、目付は15g/m以上であることが好ましく、30g/m以上であることがより好ましい。また、基材の縦方向と横方向の平均強度は特に限定されず、30N/50mm以上であることが好ましく、60N/50mm以上であることがより好ましい。基材の目付や平均強度が大きい場合には、電界紡糸によって得られた繊維シートの経時変化による収縮を抑制し、カールや剥離、皺入りなどの不具合を低減する効果が得られるが、目付が15g/m以上、もしくは平均強度が30N/50mm以上であれば満足できる効果が得られ、目付が30g/m、もしくは平均強度が60N/50mm以上であれば十分な効果が得られる。
【0041】
本発明の繊維シートを、不織布、織布、ネット、もしくは微多孔フィルムなどの基材の上に捕集して作製することで、基材の特性とナノ繊維の特性を複合化した、繊維シート複合体を得ることができる。基材の特性としては、例えば、力学強度、耐摩耗性、プリーツ特性、接着特性(熱、超音波、ホットメルト接着剤など)の付与などが挙げられ、繊維シートの用途や製品形態に応じて、このような特性を有する基材を適宜選択し、使用することができる。一般に、電界紡糸法で製造されたナノ繊維シートは、繊維径が小さいために単糸あたりの強力が小さく、また、小さい目付で十分な機能を発現するために、製品加工に供されるナノ繊維シートの目付は低く、シート強力が小さいという特徴があり、これは製品に加工する際の加工性低下に繋がっていた。繊維シートを、不織布、織布、ネット、もしくは微多孔フィルムなどの基材の上に捕集した場合には、ナノ繊維シートの力学強度の低さを、基材の力学強度で補うことが可能であり、これによって加工性が向上するという効果が得られる。
【0042】
基材を構成する素材として、ポリプロピレンやポリエチレンなどのポリオレフィン系素材を用いた基材の場合には、耐薬品性に優れるという特徴があり、耐薬品性が必要な液体フィルターなどの用途で好適に使用できる。ポリエチレンテレフタレート、ポリブチテレフタレート、ポリ乳酸、またはこれらを主成分とする共重合体などのポリエステル系素材を用いた基材の場合には、プリーツ特性に優れるので、プリーツ加工が必要な用途で好適に使用できる。ポリエステル系素材は、ホットメルトなどの接着成分との濡れ性が高く、ホットメルト接着によって製品を加工する場合に好適に使用することができる。ポリプロピレン系やポリエステル系の素材が表面を構成する基材は、超音波による接着が可能となるので、好適に使用することができる。
【0043】
熱による接着加工を実施する場合には、特に限定されないが、低融点成分と高融点成分で構成される熱融着性複合繊維からなる不織布を基材として使用することが好ましい。熱融着性複合繊維の素材構成、複合形態、断面形状は特に限定されず、公知のものを使用できる。素材構成としては、共重合ポリエチレンテレフタレートとポリエチレンテレフタレート、共重合ポリエチレンテレフタレートとポリプロピレン、高密度ポリエチレンとポリプロピレン、高密度ポリエチレンとポリエチレンテレフタレート、共重合ポリプロピレンとポリプロピレン、共重合ポリプロピレンとポリエチレンテレフタレート、ポリプロピレンとポリエチレンテレフタレートなどの組み合わせが例示できる。さらに素材の入手容易性などを考慮すると、好ましくは、共重合ポリエチレンテレフタレートとポリエチレンテレフタレート、高密度ポリエチレンとポリプロピレン、高密度ポリエチレンとポリエチレンテレフタレートのいずれかの組み合わせが例示できる。また、断面の複合形態としては、例えば、鞘芯型、偏心鞘芯型、または並列型などが例示できる。繊維の断面形状も特に限定されず、一般的な丸形の他に、楕円形、中空形、三角形、四角形、八用形などの異型断面など、あらゆる断面形状を採用することができる。
【0044】
上記熱融着性複合繊維からなる不織布を製造する方法は、特に限定されず、カーディング法、抄紙法、エアレイド法、メルトブローン法、またはスパンボンド法などの公知の製造方法が使用できる。不織布に加工する際の繊維接着方法についても、特に限定されず、例えば、エアスルー加工による熱融着やエンボス加工による熱圧着、ニードルパンチやスパンレース加工による繊維交絡、接着剤によるケミカルボンドなどが挙げられる。
【0045】
本発明の繊維シートは、その少なくとも片面、好ましくは両面に、不織布、織布、ネットおよび微多孔フィルムからなる群から選ばれる少なくとも1つの多孔層を積層し、繊維シート複合体とすることができる。繊維シートの上下両面に、不織布、織布、ネットおよび微多孔フィルムからなる群から選ばれる少なくとも1つの多孔層が積層されることで、繊維シートが表面に露出しなくなることから、加工性が向上する。繊維シート複合体を作製する方法は特に限定されないが、電界紡糸によって得られた繊維シートを、不織布、織布、ネットおよび微多孔フィルムからなる群から選ばれる少なくとも1種類の基材上に捕集して、繊維シートの積層物を作製し、後工程において、不織布、織布、ネットおよび微多孔フィルムからなる群から選ばれる少なくとも1種類の多孔層を、繊維シートの積層物の上にさらに積層し、一体化する方法が例示できる。積層する不織布、織布、ネットもしくは微多孔フィルムの構成は特に限定されず、1種類からなる単層品であってもよく、2種類以上からなる多層品であってもよい。機能やその効果に応じて、適宜選択すればよく、具体的には、基材と同様の素材を例示できる。
【0046】
繊維シート複合体を作製する際の一体化の方法は、特に限定されるわけではなく、加熱したフラットロールやエンボスロールによる熱圧着処理、ホットメルト剤や化学接着剤による接着処理、循環熱風もしくは輻射熱による熱接着処理などを採用することができる。なかでも、一体化による繊維シートの物性低下を抑制するという観点から、循環熱風もしくは輻射熱による熱接着処理が好ましい。フラットロールやエンボスロールによる熱圧着処理の場合、繊維シートが溶融し、フィルム化したり、エンボス点周辺部分に破れが発生したりするなど、少なからずダメージを受けてしまう。例えば、ダメージがあると、繊維シート複合体を気体フィルター濾材として使用する場合には、溶融フィルム化によって通気度が低下したり、破れによって捕集特性が低下したりするなどの性能低下を生じやすい。また、ホットメルト剤や化学接着剤による接着の場合には、該成分によって繊維シートの繊維間空隙が埋められ、やはり性能低下を生じやすい。一方で、循環熱風もしくは輻射熱による熱接着処理で一体化した場合には、繊維シートへのダメージがほとんどなく、かつ十分な層間剥離強度で一体化できるので好ましい。
【0047】
繊維シート複合体を、循環熱風もしくは輻射熱による熱接着処理によって一体化する場合には、特に限定されないが、前記の熱融着性複合繊維からなる不織布基材および積層体を使用することが好ましい。不織布基材および積層体を構成する熱融着性複合繊維の、低融点成分の融解温度は、特に限定されないが、熱接着処理による一体化の加工条件幅を広げるという観点から、本発明の繊維シートの融解温度よりも20℃以上低いことが好ましく、30℃以上低いことがより好ましい。また、循環熱風もしくは輻射熱による熱接着処理温度も特に限定されないが、熱融着性複合繊維の低融点成分の融解温度以上で、かつ、本発明の繊維シートの融解温度未満の範囲で、層間剥離強度と熱接着処理による寸法安定性のバランスを見ながら、設定することができる。例えば高密度ポリエチレンとポリプロピレンの熱融着性複合繊維からなる基材、本発明の繊維シート、高密度ポリエチレンとポリプロピレンの熱融着性複合繊維からなる積層体の3層複合シートを循環熱風による熱接着処理で一体化する場合には、熱融着性複合繊維の低融点成分である高密度ポリエチレンの融解温度130℃に対して、本発明の繊維シートの融解温度は155℃以上、より好ましくは160℃以上と、十分に融解温度が高いので、140℃での熱接着処理によって繊維シートが著しく収縮することなく、十分な層間剥離強度が得られる。
【0048】
本発明の繊維シート、及び、本発明の繊維シートと、少なくとも1種類の不織布、織布、ネット、もしくは微多孔フィルムの複合体である繊維シート複合体は、特に限定されないが、フィルター濾材として好適に使用することができる。繊維シート、及び、繊維シート複合体を用いて得られる本発明のフィルターの構成は、特に限定されないが、少なくとも1種類の繊維シート、または繊維シート複合体を使用することができ、また、繊維シート、または繊維シート複合体と、他の素材を複合して使用することもできる。例えば、繊維径が異なる2種類の繊維シートを積層してフィルターを構成すれば、孔径勾配を有するフィルターを得ることができるので好ましく、また、基材にPVDF系繊維を低目付となるように捕集して得られた繊維シート複合体を2層以上積層してフィルターを構成すれば、トータルの繊維シートの目付が同じである単層の繊維シート複合体に比べて、低圧損のフィルターが得られるので好ましい。
【0049】
本発明において、繊維シートをフィルターに用いる場合、その用途は、特に限定されず、エアコンやクリーンルームなどに使用される気体フィルターであってもよく、排水や塗料、研磨粒子などの濾過に使用される液体フィルターであってもよい。フィルターの形状も特に限定されず、平膜型フィルター、プリーツ加工したプリーツフィルター、または円筒状に巻き上げたデプスフィルターであってもよい。本発明の繊維シートの上下両面に、少なくとも1種類の不織布、織布、ネット、もしくは微多孔フィルムを積層した、本発明の繊維シート複合体の場合には、PVDF系繊維の層が表面に露出していないために、フィルターに加工する際に破れなどのダメージを受けず、濾過性能を低下させることがない。フィルター濾材をフィルターに加工する際には、循環熱風や輻射熱による熱接着処理、ヒートシール熱処理などによる接着工程を経ることがあるが、本発明の繊維シートは融解温度が155℃以上、好ましくは160℃以上であることから、十分な耐熱性があり、熱寸法安定性に優れる。また、本発明の繊維シートと、前記の熱融着性複合繊維からなる不織布基材もしくは積層体を複合した繊維シート複合体は、熱融着性複合繊維が有する熱融着性を活用して、高い熱寸法安定性で熱接着することが可能であり、フィルターへの成形性に優れる。
【0050】
本発明の繊維シートは、その機能を損なわない範囲で親水化処理がなされていてもよい。親水化処理の方法は特に限定されないが、繊維内部に親水化剤を分散させる方法、繊維表面にアルコールや界面活性剤をコーティングする方法、繊維表面に親水性のモノマーやポリマーを化学的にグラフトさせる方法、繊維表面に親水性の有機微粒子や無機微粒子を担持させる方法などを挙げることができる。親水化処理された繊維シートは、例えば、水処理フィルター用濾材として使用する場合、通液性を高めたり、バイオファウリングによる目詰まりを抑制したりすることが可能となる。
上記に例示した親水化処理は、特に限定されないが、本発明の繊維シートの少なくとも片面に、不織布、織布、ネットおよび微多孔フィルムからなる群から選ばれる少なくとも1種が積層された、繊維シート複合体に対して実施することが親水化処理の歩留まりや操業性を向上させる観点から好ましい。繊維シート単独では、力学強度が十分でなく、またシートが柔軟すぎるためにハンドリング性がやや低かったが、不織布、織布、ネットおよび微多孔フィルムからなる群から選ばれる少なくとも1種が積層された、繊維シート複合体は、十分な力学強度と適度な剛性を有しており、親水化処理などの二次加工性に優れる。
【実施例】
【0051】
以下、実施例によって本発明を詳細に説明するが、本発明はそれらによって限定されない。なお、実施例中に示した物性値の測定方法又は定義を以下に示す。
1)DSC測定における融解温度と融解熱量
TA INSTRUMENTS社製のDSC測定装置Q10を使用して、室温(26℃)〜230℃の温度範囲で、昇温速度10℃/min、窒素雰囲気、サンプル重量4mgの条件で測定し、その2nd runにおける融解ピークトップの温度を融解温度(℃)とし、ピーク面積から融解熱量(J/g)を求めた。
2)平均繊維径と繊維径のCV値
日本電子株式会社製の走査型電子顕微鏡JSM−5410LVを使用して、電界紡糸によって得られた繊維シートを15000倍で観察し、画像解析ソフトを用いて繊維50本の直径を測定した。繊維50本の繊維径の平均値を平均繊維径とし、標準偏差を平均繊維径で除した値をCV値とした。
3)経時面積収縮率
PVDF系ポリマーを溶解して得られた電界紡糸溶液を基材(不織布)上に電界紡糸し、繊維シートと基材とからなる繊維シート複合体を作製した。なお、本発明における全ての電界紡糸は、24±2℃、35±5%の雰囲気温湿度条件で実施した。繊維シート複合体を、縦10cm、横10cmのサイズに切り出し、繊維シートを基材から剥がして静置した。紡糸から24時間後に繊維シートの縦と横の長さを3ヶ所ずつ測定し、下式によって経時面積収縮率を算出した。
経時面積収縮率
=[(紡糸直後の面積)−(24時間後の面積)]/(紡糸直後の面積)×100
4)重量平均分子量
PVDF系ポリマーの重量平均分子量は、PVDF系ポリマーを0.1重量%の濃度でN−メチル−2−ピロリドンに溶解し、日本分光製のGPC−900、shodex KD−806Mカラムを使用して、40℃で測定を実施し、ポリスチレン換算の重量平均分子量を求めた。
5)フィルター加工性
各種のフィルターへ加工する際の加工速度、トラブル発生率、歩留まり、良品率等を総合的に判断し、◎、○、△、×の4段階でフィルター加工性を評価した。
◎:フィルター加工性が満足できるレベルである。
○:フィルター加工性が十分なレベルである。
△:フィルター加工性が許容できるレベルである。
×:フィルター加工性が許容できないレベルである。
【0052】
参考例1
フッ化ビニリデンを主体とするPVDF系共重合体として、Arkema社のKynar 2851(商品名、重量平均分子量57万)をN,N−ジメチルアセトアミドとアセトンの共溶媒(50/50(w/w))に20重量%の濃度で溶解し、電界紡糸に用いるポリマー溶液を調整した。得られた溶液を内径0.3mmのニードルを用いて、溶液供給量2.0mL/h、印加電圧45.0kV、紡糸距離25.0cmの条件で電界紡糸した。コレクター電極の上には、鞘/芯=高密度ポリエチレン/ポリエチレンテレフタレートの熱融着性複合繊維からなる目付20g/mのカード不織布を基材として配し、電界紡糸されたナノ繊維を基材上に1.5g/mの目付となるように捕集することで、繊維シート複合体を作製した。
得られた繊維シート複合体は、繊維シートの剥離や皺入り(繊維シートの収縮によって発生する皺)は見られず、良好な地合であった。
繊維シートの各種物性等を測定したところ、平均繊維径は250nmであり、繊維径のCV値は32%であり、経時面積収縮率は10.5%であり、融解温度は156.0℃であり、融解熱量は42.1J/gであった。
繊維シート複合体と、ポリエステルスパンボンド不織布とを、該繊維シート複合体中の繊維シートの層が中層となるように積層し、これをプリーツ加工し、プリーツフィルターとした。プリーツ加工する際に、繊維シートが基材から剥離した部分が僅かであるが確認できたが、プリーツ加工の加工性を悪化させるほどではなく、さらにフィルターへの加工性も問題がなかった。得られたプリーツフィルターにおいて、繊維シートに破れ等の不具合は見られなかった。
【0053】
参考例2
フッ化ビニリデンを主体とするPVDF系共重合体として、Arkema社のKynar 3120−50(商品名、重量平均分子量54万)をN,N−ジメチルアセトアミドとアセトンの共溶媒(80/20(w/w))に20重量%の濃度で溶解し、電界紡糸に用いるポリマー溶液を調整した。得られた溶液を内径0.2mmのニードルを用いて、溶液供給量2.5mL/h、印加電圧40.0kV、紡糸距離15.0cmの条件で電界紡糸した。コレクター電極の上には、ポリエステル繊維からなる目付20g/mのスパンボンド不織布を基材として配し、電界紡糸されたナノ繊維をスパンボンド不織布の上に2.0g/mの目付となるように捕集することで、繊維シート複合体を作製した。
得られた繊維シート複合体は、繊維シートの剥離や皺入りは見られず、良好な地合であった。
繊維シートの各種物性等を測定したところ、平均繊維径は210nmであり、繊維径のCV値は27%であり、経時面積収縮率は8.3%であり、融解温度は163.0℃であり、融解熱量は29.3J/gであった。
繊維シート複合体と、基材と同じポリエステル繊維スパンボンド不織布とを、上記繊維シート複合体中の繊維シート層が中層となるように積層し、これをポイント超音波シール機(ポイント直径2mm、ポイント面積率8%)で一体化した。さらに、これをプリーツ加工し、プリーツフィルターとした。プリーツ加工、フィルター加工性はともに良好で、得られたプリーツフィルターにおいて、繊維シートに破れ等の不具合は見られなかった。
【0054】
実施例3
フッ化ビニリデンを主体とするPVDF系共重合体として、Arkema社のKynar 3120−50(商品名、重量平均分子量54万)をN,N−ジメチルホルムアミドとアセトンの共溶媒(80/20(w/w))に18重量%の濃度で溶解し、添加剤として臭化テトラブチルアンモニウムを0.05重量%添加して、電界紡糸に用いるポリマー溶液を調整した。得られた溶液を内径0.2mmのニードルを用いて、溶液供給量2.5mL/h、印加電圧40.0kV、紡糸距離15.0cmの条件で電界紡糸した。コレクター電極の上には、鞘/芯=高密度ポリエチレン/ポリプロピレンの熱融着性複合繊維(低融点成分の融解温度130℃)からなる目付50g/mの抄紙不織布を基材として配し、電界紡糸されたナノ繊維を基材上に1.5g/mの目付となるように捕集することで、繊維シート複合体を作製した。
得られた繊維シート複合体は、繊維シートの剥離や皺入りは見られず、良好な地合であった。
繊維シートの各種物性等を測定したところ、平均繊維径は110nmであり、繊維径のCV値は15%であり、経時面積収縮率は8.9%であり、融解温度は163.1℃であり、融解熱量は29.5J/gであった。
メルトブローン法ポリプロピレン不織布が巻回されてなる筒状カートリッジフィルターの製造工程において、筒状に巻回される前段階でポリプロピレン不織布(融解温度162℃)の上に、上記繊維シート複合体を挿入し、145℃の輻射熱で熱処理しながら巻回し、繊維シート複合体が5周巻回された筒状カートリッジフィルターを作製した。挿入した繊維シート複合体の一部である抄紙不織布は、熱処理によってメルトブローン法ポリプロピレン不織布と融着しており、形態安定性を向上させていた。繊維シート複合体は、基材が適当な剛性を有しているので、ハンドリング性やポリプロピレン不織布上への挿入性に優れ、フィルターへの加工性が良好であった。得られた筒状カートリッジフィルターにおいて、繊維シートに破れ等の不具合は見られなかった。
【0055】
実施例4
フッ化ビニリデンを主体とするPVDF系共重合体として、Arkema社のKynar 3120−50(商品名、重量平均分子量54万)をN,N−ジメチルホルムアミドとアセトンの共溶媒(70/30(w/w))に16重量%の濃度で溶解し、添加剤としてドデシル硫酸ナトリウムを0.02重量%添加して、電界紡糸に用いるポリマー溶液を調整した。得られた溶液を内径0.2mmのノズル孔8個を有する多孔スピナレットを用いて、溶液供給量3.0mL/h、印加電圧45.0kV、紡糸距離12.5cmの条件で電界紡糸した。コレクター電極の上には、鞘/芯=高密度ポリエチレン/ポリプロピレンの熱融着性複合繊維(低融点成分の融解温度:130℃)からなる目付40g/mのカード不織布を基材として配し、電界紡糸されたナノ繊維を基材上に2.5g/mの目付となるように捕集することで、繊維シート複合体を作製した。
得られた繊維シート複合体は、繊維シートの剥離や皺入りは見られず、良好な地合であった。
繊維シートの各種物性等を測定したところ、平均繊維径は120nmであり、繊維径のCV値は12%であり、経時面積収縮率は8.9%であり、融解温度は163.3℃であり、融解熱量は29.1J/gであった。
繊維シート複合体と、鞘/芯=高密度ポリエチレン/ポリプロピレンからなる目付20g/mの複合スパンボンド不織布(低融点成分の融解温度130℃)とを、該繊維シート複合体中の繊維シートが中層となるように積層し、これをスルーエア加工ラインにて140℃の循環熱風で熱処理し、それぞれの層間を接着して3層繊維シート複合体を作製した。3層繊維シート複合体は、ナノ繊維層が表面に露出していないために、擦れなどによってナノ繊維層が破れたりする恐れがなく、ハンドリング性に優れていた。3層繊維シート複合体を5枚積層して平膜状フィルターを作製したが、フィルターへの加工性は良好であった。
【0056】
実施例5
フッ化ビニリデンを主体とするPVDF系共重合体として、Arkema社のKynar 3120−50(商品名、重量平均分子量54万)をN,N−ジメチルアセトアミドに15重量%の濃度で溶解し、添加剤として塩化テトラブチルアンモニウムを0.1重量%添加して、電界紡糸に用いるポリマー溶液を調整した。得られた電界紡糸溶液を内径0.2mmのニードルを用いて、溶液供給量1.0mL/h、印加電圧45.0kV、紡糸距離20.0cmの条件で電界紡糸した。
コレクター電極の上には、鞘/芯=高密度ポリエチレン/ポリプロピレンの熱融着性複合繊維(低融点成分の融解温度130℃)からなる目付40g/mのカード不織布を基材として配し、電界紡糸されたナノ繊維を基材上に1.0g/mの目付となるように捕集することで、繊維シート複合体を作製した。
得られた繊維シート複合体は、繊維シートの剥離や皺入りは見られず、良好な地合であった。
繊維シートの各種物性等を測定したところ、平均繊維径は80nmであり、繊維径のCV値は10%であり、経時面積収縮率は9.2%であり、融解温度は163.0℃であり、融解熱量は29.2J/gであった。
繊維シート複合体と、鞘/芯=高密度ポリエチレン/ポリプロピレンからなる複合スパンボンド不織布(低融点成分の融解温度130℃)とを、該繊維シート複合体中の繊維シートが中層となるように積層し、エンボス面積率4%のエンボス加工機にて、フラットロール温度が110℃、エンボスロール温度が121℃、クリアランスが0.01mm、線圧が55N/mmの条件で接着加工を実施した。3層繊維シート複合体は、ナノ繊維層が表面に露出していないために、エンボスロールにPVDF系ナノ繊維の層が巻き付くトラブルがなく、安定的に3層繊維シート複合体を作製することができた。得られた3層繊維シート複合体を直径8cmの円形に切り出してメンブレンフィルターとし、ブフナーロートを用いた吸引濾過に使用したところ、カード基材不織布および積層した複合スパンボンド不織布層がサポート材として機能し、PVDF系繊維の層に破れなどを生じることなく、安定的に濾過することができた。
【0057】
比較例1
PVDF単独重合体として、Arkema社のKynar 761(商品名、重量平均分子量54万)をN,N−ジメチルアセトアミドに17.5重量%の濃度で溶解し、電界紡糸に用いるポリマー溶液を調整した。得られた溶液を内径0.2mmのニードルを用いて、溶液供給量1.0mL/h、印加電圧45.0kV、紡糸距離20.0cmの条件で電界紡糸した。コレクター電極の上には、鞘/芯=高密度ポリエチレン/ポリプロピレンの熱融着性複合繊維(低融点成分の融解温度130℃)からなる目付20g/mのカード不織布を基材として配し、電界紡糸されたナノ繊維を基材上に2.5g/mの目付となるように捕集することで、繊維シート複合体を作製した。
基材に捕集されたナノ繊維は、ロールに巻き取られるまでの間に、経時変化によって収縮して基材から部分的に剥離し、この部分が皺となってロールに巻き取られた。また、巻き取ったロールから繊維シート複合体を繰り出したところ、部分的に剥離した部分を起点に剥離部分が拡大し、ハンドリング性が大幅に低下してしまった。
繊維シートの各種物性等を測定したところ、平均繊維径は260nmであり、繊維径のCV値は8%であり、経時面積収縮率は12.5%であり、融解温度は165.7℃であり、融解熱量は50.9J/gであった。
繊維シート複合体と、鞘/芯=高密度ポリエチレン/ポリプロピレンからなる複合スパンボンド不織布(低融点成分の融解温度:130℃)とを、繊維シート複合体中の繊維シートが中層となるように積層し、エンボス面積率4%のエンボス加工機にて、フラットロール温度が110℃、エンボスロール温度が121℃、クリアランスが0.01mm、線圧が55N/mmの条件で接着加工を実施しようと試みたが、基材から剥離した繊維シートが、繰り出しテンションロールに巻きついて、操業性が低下した。また、剥離した繊維シートが部分的に折り重なってエンボス機に挿入され、皺の発生によって3層繊維シート複合体の品質が低下した。
【0058】
比較例2
PVDF単独重合体として、Alkema社のKynar 711(商品名、重量平均分子量30万)をN,N−ジメチルアセトアミドとアセトンの共溶媒(50/50(w/w))に16重量%の濃度で溶解し、添加剤としてドデシル硫酸ナトリウムを0.05重量%添加して、電界紡糸に用いるポリマー溶液を調整した。得られた溶液を内径0.2mmのノズル孔4個を有する多孔スピナレットを用いて、溶液供給量2.0mL/h、印加電圧40.0kV、紡糸距離20.0cmの条件で電界紡糸した。コレクター電極の上には、鞘/芯=高密度ポリエチレン/ポリプロピレンの熱融着性複合繊維(低融点成分の融解温度130℃)からなる目付40g/mのカード不織布を基材として配し、電界紡糸されたナノ繊維を基材上に3.0g/mの目付となるように捕集し、繊維シート複合体を作製した。
基材に捕集されたナノ繊維は、ロールに巻き取られるまでの間に、経時変化によって収縮して基材から部分的に剥離し、この部分が皺となってロールに巻き取られた。また、巻き取ったロールから繊維シート複合体を繰り出したところ、部分的に剥離した部分を起点に剥離部分が拡大し、ハンドリング性が大幅に低下してしまった。
繊維シートの各種物性等を測定したところ、平均繊維径は160nmであり、繊維径のCV値は21%であり、経時面積収縮率は12.9%であり、融解温度は169.5℃であり、融解熱量は53.5J/gであった。
繊維シート複合体と、ポリエステルテル繊維不織布とを、繊維シート複合体中の繊維シートが中層となるように、ホットメルト接着剤を用いて積層一体化させた。基材から剥離した繊維シートが、繰り出しテンションロールに巻きついて操業性を悪化させたり、剥離した繊維シートが部分的に折り重なって皺を生じて品質を低下させたりした。
【0059】
比較例3
フッ化ビニリデンを主体とするPVDF系共重合体として、Solvay社のSolef 21216/1010(商品名、重量平均分子量60万)をN,N−ジメチルアセトアミドとアセトンの共溶媒(50/50 w/w)に10重量%の濃度で溶解し、添加剤としてドデシル硫酸ナトリウムを0.05重量%添加して、電界紡糸に用いるポリマー溶液を調整した。得られた溶液を内径0.2mmのニードルを用いて、溶液供給量1.0mL/h、印加電圧43.0kV、紡糸距離20.0cmの条件で電界紡糸した。コレクター電極の上には、鞘/芯=高密度ポリエチレン/ポリエチレンテレフタレートの熱融着性複合繊維(低融点成分の融解温度:130℃)からなる目付40g/mのカード不織布を基材として配し、電界紡糸されたナノ繊維を基材上に1.5g/mの目付となるように捕集し、繊維シート複合体を作製した。
基材に捕集されたナノ繊維は、経時収縮することなくロールに巻き取られ、皺等は見られず、良好な地合であった。
繊維シートの各種物性等を測定したところ、平均繊維径は100nmであり、繊維径のCV値は15%であり、経時面積収縮率は9.3%であり、融解温度は136.0℃であり、融解熱量は29.0J/gであった。
繊維シート複合体を、メルトブローン法ポリプロピレン不織布(融解温度:162℃)が巻回されてなる筒状カートリッジフィルターの製造工程において、筒状に巻回される前段階で該ポリプロピレン不織布の上に挿入し、145℃の輻射熱で熱処理しながら巻回して筒状カートリッジフィルターを作製しようと試みたが、熱処理時に繊維シートが大きく収縮し、均一に巻回することができなかった。繊維シートの熱収縮を抑制するために、熱処理の温度を繊維シートを構成するナノ繊維の融点を下回る132℃に変更したが、繊維シートの熱収縮抑制効果は十分でなく、巻回して得られた筒状カートリッジフィルターの均一性は満足できるものではなかった。次に、熱処理温度を125℃まで低下したところ、繊維シートの熱収縮は改善されたが、得られた筒状カートリッジフィルターにおいて、基材と繊維シートおよびメルトブローン法ポリプロピレン不織布は融着しておらず、各層間の接着が十分でなく、形態保持性が著しく劣っていた。
【0060】
比較例4
フッ化ビニリデンを主体とするPVDF系共重合体として、Arkema社のKynar 2801(商品名、重量平均分子量74万)をN,N−ジメチルアセトアミドとアセトンの共溶媒(70/30(w/w))に15重量%の濃度で溶解し、電界紡糸に用いるポリマー溶液を調整した。得られた溶液を内径0.3mmのニードルを用いて、溶液供給量1.5mL/h、印加電圧43.0kV、紡糸距離17.5cmの条件で電界紡糸した。コレクター電極の上には、鞘/芯=直鎖状低密度ポリエチレン/ポリプロピレン繊維からなる目付40g/mの複合スパンボンド不織布(低融点成分の融解温度125℃)を基材として配し、電界紡糸されたナノ繊維を基材上に2.0g/mの目付となるように捕集することで、繊維シート複合体を作製した。
基材に捕集されたナノ繊維は、経時収縮することなくロールに巻き取られ、皺等は見られず、良好な地合であった。
繊維シートの各種物性等を測定したところ、平均繊維径は180nmであり、繊維径のCV値は22%であり、経時面積収縮率は9.6%であり、融解温度は142.3℃であり、融解熱量は31.1J/gであった。
繊維シート複合体と、基材である不織布と同じ、鞘/芯=直鎖状低密度ポリエチレン/ポリプロピレンからなる複合スパンボンド不織布(低融点成分の融解温度125℃)とを、繊維シートが中層となるように積層し、スルーエア加工ラインにて132℃の循環熱風で熱処理し、それぞれの層間を接着して3層繊維シート複合体の作製を試みた。繊維シートの融点と熱処理温度が近いためか、繊維シートが大きく収縮し、破れを生じてしまい、均一な3層繊維シート複合体を得ることができなかった。得られた3層繊維シート複合体を直径8cmの円形に切り出してメンブレンフィルターとし、ブフナーロートを用いた吸引濾過に使用したが、濾過液の通過が繊維シートの破れ部分に集中し、濾過効率が著しく低く、フィルターとしての機能をなさなかった。
【0061】
以上の実験の結果について、表1に示す。
【0062】
【表1】
【0063】
表1に示した結果から、参考例1、参考例2、実施例3〜5において、融解熱が155℃以上で、かつ融解熱量が45J/g以下である繊維シートは、経時変化による収縮率が低く、基材として用いた不織布から剥離するという不具合が見られなかった。
実施例1においては、得られた繊維シートをプリーツ加工する際に、繊維シートが基材から僅かに剥離した部分が見られたが、操業性や品質を大幅に低下させることはなく、満足できる製品であった。また、参考例2、実施例3〜5においては、積層用の不織布との積層複合化の工程およびフィルター加工の工程において不具合は見られず、十分な操業性と品質を有していた。

【0064】
一方で、比較例1〜2においては、繊維シートの融解熱量が45J/g以上で、経時変化による収縮率が高く、基材として用いた不織布から剥離して皺を発生させるといった不具合が見られた。また、比較例3から4においては、繊維シートの融解温度が155℃よりも低く、電界紡糸によって得られた繊維シートは、経時変化により大きく収縮して皺を発生するといった不具合は見られなかった。しかし、得られた繊維シート複合体は、熱収縮しやすく、輻射熱や循環熱風による熱処理を利用した積層複合化を行うことができなかった。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明の繊維シートは、電界紡糸法から得られるナノ繊維の特徴である高空隙、微細孔径構造を有しており、例えば、精密装置洗浄用水や微細研磨粒子分散液を精製濾過する液体フィルターや、クリーンルーム用の気体フィルターなどへの利用が可能である。また、繊維シートの少なくとも片面に、不織布、織布、ネットおよび微多孔フィルムからなる群から選ばれる少なくとも1種が積層された繊維シート複合体は、適度な力学強度やハンドリング性を有しているので、フィルターなどへの二次加工性に優れ、また、フィルターとして使用した際の耐圧性や耐久性にも優れているので、高性能かつ高寿命のフィルター濾材として好適に使用することができる。