特許第6275646号(P6275646)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6275646
(24)【登録日】2018年1月19日
(45)【発行日】2018年2月7日
(54)【発明の名称】MAIT様細胞およびその作製方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/10 20060101AFI20180129BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20180129BHJP
   A61K 35/12 20150101ALI20180129BHJP
   A61P 31/04 20060101ALI20180129BHJP
   A61P 31/10 20060101ALI20180129BHJP
【FI】
   C12N5/10
   C12N15/00 AZNA
   A61K35/12
   A61P31/04
   A61P31/10
【請求項の数】18
【全頁数】49
(21)【出願番号】特願2014-544630(P2014-544630)
(86)(22)【出願日】2013年10月30日
(86)【国際出願番号】JP2013080359
(87)【国際公開番号】WO2014069672
(87)【国際公開日】20140508
【審査請求日】2016年6月24日
(31)【優先権主張番号】特願2012-239195(P2012-239195)
(32)【優先日】2012年10月30日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】307010166
【氏名又は名称】第一三共株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】100140109
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 新次郎
(74)【代理人】
【識別番号】100075270
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 泰
(74)【代理人】
【識別番号】100101373
【弁理士】
【氏名又は名称】竹内 茂雄
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100126985
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 充利
(72)【発明者】
【氏名】若尾 宏
(72)【発明者】
【氏名】藤田 博美
(72)【発明者】
【氏名】小清水 右一
(72)【発明者】
【氏名】吉清 和則
【審査官】 濱田 光浩
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2008/038579(WO,A1)
【文献】 国際公開第2010/027094(WO,A1)
【文献】 国際公開第2010/134526(WO,A1)
【文献】 国際公開第2012/063817(WO,A1)
【文献】 Le BOURHIS, L., et al.,Antimicrobial activity of mucosal-associated invariant T cells,Nat. Immunol.,2010年 8月,11(8),pp.701-708
【文献】 Le BOURHIS, L., et al.,Mucosal-associated invariant T cells: unconventional development and function,Trends in Immunology,2011年 5月,32(5),pp.212-218
【文献】 三宅幸子,MAIT細胞と自己免疫疾患,最新医学,2011年12月10日,66(12),pp.2736-2740
【文献】 DUSSEAUX, M., et al.,Human MAIT cells are xenobiotic-resistant, tissue-targeted, CD161hi IL-17 -secreting T cells,Blood,2011年 1月,117(4),pp.1250-1259
【文献】 NISHIMURA, K., et al.,Development of Defective and Persistent Sendai Virus Vector; A UNIQUE GENE DELIVERY/EXPRESSION SYSTE,THE JOURNAL OF BIOLOGICAL CHEMISTRY,2011年 2月11日,286(6),pp.4760-4771
【文献】 所和美ら,薬効薬理試験の試験計画書 −信頼性の観点から−,Jpn. Pharmacol. Ther.(薬理と治療),2003年,31(3),pp.196-200
【文献】 山本恵司,安全性薬理試験,日薬理誌(Folia Pharmacol. Jpn.),2007年,130,pp.299-303
【文献】 Harold Ayetey,Therapeutic Possibilities of Induced Pluripotent Stem Cells,Translational Stem Cell Research,Human Press,2011年,Chapter 8,p. 77-90
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00
C12N 15/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
WPIDS/WPIX(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
MAIT細胞に初期化因子を導入してMAIT細胞に特異的な態様に再構成されたTCRα鎖遺伝子を保持する人工多能性幹細胞を得ること、次いで、
この人工多能性幹細胞を分化誘導してMAIT様細胞を得ること、
を含む、MAIT様細胞の作製方法。
【請求項2】
MAIT細胞に初期化因子を導入してMAIT細胞特異的な態様に再構成されたTCRα鎖遺伝子を保持する人工多能性幹細胞を得ることを含む、人工多能性幹細胞の作製方法。
【請求項3】
ウイルスベクターを用いて初期化因子を導入する、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
ウイルスベクターが、センダイウイルスベクターである、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
センダイウイルスベクターが、複数の初期化因子を同一のベクター内に搭載したものである、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
請求項2乃至5のいずれかに記載の方法によって得られる人工多能性幹細胞。
【請求項7】
MAIT細胞に特異的な態様に再構成されたTCRα鎖遺伝子を保持する人工多能性幹細胞。
【請求項8】
TCRα鎖遺伝子として、MAIT細胞に特異的な態様に再構成された、単一のTCRα鎖遺伝子のみを保持する、請求項7に記載の人工多能性幹細胞。
【請求項9】
MAIT細胞に特異的な態様に再構成されたTCRα鎖遺伝子が、ヒトの場合Vα7.2−J α33、マウスの場合Vα19−J α33である、請求項7又は8記載の人工多能性幹細胞。
【請求項10】
請求項2乃至5のいずれかの方法によって得られる、請求項7乃至9のいずれかに記載の人工多能性幹細胞。
【請求項11】
請求項6乃至10のいずれかに記載の人工多能性幹細胞を分化誘導してMAIT様細胞を得ることを含む、MAIT様細胞の作製方法。
【請求項12】
前記人工多能性幹細胞をフィーダー細胞とともに共培養してMAIT様細胞を得る、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
請求項6乃至10のいずれかに記載の人工多能性幹細胞を分化誘導することによって得られるMAIT様細胞。
【請求項14】
請求項11又は12に記載の方法によって得られるMAIT様細胞。
【請求項15】
CD45RAの発現が陽性である、請求項13に記載のMAIT様細胞。
【請求項16】
請求項13乃至15の何れかに記載のMAIT様細胞と被験物質を接触させる工程を含む、被験物質のMAIT細胞の機能を調整する活性の評価方法。
【請求項17】
請求項13乃至15の何れかに記載のMAIT様細胞を含有する、細胞療法剤。
【請求項18】
細菌感染又は真菌感染に対する抵抗力を向上させるために投与される、請求項17の細胞療法剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、MAIT細胞から人工多能性幹細胞を作製する方法、および、MAIT細胞由来の人工多能性幹細胞に関する。また、本発明は、人工多能性幹細胞からMAIT様細胞を作製する方法、および、それによって得られたMAIT様細胞に関する。
【背景技術】
【0002】
MAIT細胞(Mucosal associated invariant T cells)は、各種サイトカインを産生して種々の免疫反応を制御し、自然免疫と獲得免疫の「橋渡し役」を担う細胞として知られる自然免疫Tリンパ球の一種である。MAIT細胞はヒトにおいて豊富に存在し、例えば肝臓中のT細胞では20−50%、腸管粘膜固有層リンパ球(lamina propria lymphocytes:LPL)や末梢血単核球(peripheral blood mononuclear cells:PBMC)の1−10%を占める一方、マウスでは稀有な細胞である(Dusseaux et al.,2011;Le Bourhis et al.,2011)。
【0003】
MAIT細胞のもう一つの特徴として、T細胞受容体(T cell receptor:TCR)の単一性が挙げられる。T細胞に特異的に発現するTCRは主要組織適合遺伝子複合体(Major Histocompatibility Complex:MHC)分子に結合したペプチド断片を抗原として認識する。TCRは細胞表面に発現する2つのポリペプチド鎖、α鎖とβ鎖で構成されているが、両鎖ともN末端の抗原結合領域に可変(variable:V)領域と呼ばれるTCR分子ごとにアミノ酸配列の異なる部位を有しており、このV領域の多様性が免疫反応におけるT細胞の抗原特異性を決定している。TCRのV領域は、免疫グロブリンと同様に多数の亜型からなるV(Variable)、D(Diversity)、J(Joining)遺伝子断片からなり、α鎖はVとJの1断片ずつが、β鎖はV、D、Jの1断片ずつがDNA組み換えにより結合し、当該領域をコードする遺伝子を形成している。
【0004】
一方、T細胞の中でもそのTCRが多様性を呈しない単一である細胞として、ナチュラルキラーT細胞(Natural killer T cells:NKT細胞)とMAIT細胞の2種類が知られている。ヒトの場合、MAIT細胞のTCRα鎖はVα7.2−Jα33の組み合せのみであり、NKT細胞の場合、その組み合わせはVα24−Jα18である(Le Bourhis et al.,2011)。また、マウスの場合、MAIT細胞のTCRα鎖はVα19−Jα33の組み合せのみであり、NKT細胞の場合、その組み合わせはVα14−Jα18となっている。両細胞のTCRは結合できる抗原提示分子(拘束性)も異なっており、MAIT細胞のTCRは、一般的なT細胞における抗原提示分子であるMHCに類似した、多様性の無いMR1(MHC−related molecule−1)を認識・結合するが、NKTの場合、MHC類似のCD1d(cluster of differentiation−1d)を抗原提示分子とする。MAIT細胞特異的なTCRとMR1は進化的に良く保存されており、広範な種における機能的重要性が示唆される(Le Bourhis et al.,2011)。
【0005】
MAIT細胞は上記invariant TCRα鎖を発現するとともに、特異的な表面抗原マーカー分子として、C型レクチンであるCD161(別名、natural killer cell surface protein:NKRP1)およびインターロイキン(IL)−18受容体α鎖(IL−18Rα)を発現する(Cosmi et al.,2008;Le Bourhis et al.,2010)。即ち、MAIT細胞は、CD3等の一般的なT細胞マーカーとともに、MAIT特異的invariant TCRα鎖、CD161、IL−18Rαを発現する細胞として規定することができる。また、MAIT細胞はCD45RA、CD45RO、CD95high、CD62Llowといったエフェクター/メモリー型T細胞の形質を呈するとともに、ケモカイン受容体の発現がCCR9int、CCR7、CCR5high、CXCR6high、CCR6highであることから、腸管や肝臓等へのホーミング指向性が示唆される(Dusseaux et al.,2011)。
【0006】
また、MAIT細胞はインターフェロン(IFN)γやIL−17、IL−2といったサイトカインやグランザイムBを産生するとともに、ほとんど増殖性を示さず、多剤耐性輸送体であるABCB1を発現して多剤耐性を示すことが報告されている(Dusseaux et al.,2011)。これらの特性より、MAIT細胞は腸内細菌が産生する異物に対して抵抗性を有し、及び/又は、生体内の感染防御システムに関与することが示唆された。事実、MAIT細胞は結核菌等の細菌や真菌に感染した細胞と反応する特殊なT細胞であることが報告されるとともに、結核等の細菌感染患者ではMAIT細胞の減少が見られること、また、マウスを用いたモデル実験により、MAIT細胞はMycobacterium abscessusやEscherichia coliの感染を防御することが示された(Le Bourhis et al.,2010;Gold et al.,2010;Dusseaux et al.,2011)。以上の結果から、MAIT細胞は細菌感染に対する自然免疫リンパ球としての機能が推測されている。
【0007】
その他、MAIT細胞は多発性硬化症をはじめとする自己免疫疾患や炎症性疾患、癌の発症・進展との関連性が示唆されている。CD8/CD161highT細胞は肝臓や関節等の炎症部位に集積し、多発性硬化症の発症要因と目されているT細胞群であるが、ヒトPBMC中ではCD8/CD161highT細胞の90%がMAIT細胞特異的TCRα鎖であるVα7.2であることが示されている(Walker et al.,2011)。さらに、多発性硬化症患者ではその病変部に、より多くのMAIT細胞が集積していることが報告されている(Illes et al.,2004;Miyazaki et al.,2011)。MAIT細胞の集積は、腎癌や脳腫瘍(Peterfalvi et al.,2008)、慢性炎症性脱髄性多発神経炎(Illes et al.,2004)でも報告されている。また、潰瘍性大腸炎やクローン病に代表される炎症性腸疾患に関し、薬剤で惹起した炎症性組織傷害に対して移入したMAIT細胞が保護的に作用することが報告されている(Xiao Ruijing et al.,2012)。
【0008】
この様にMAIT細胞は種々の疾患や病態への関与が示唆されるが、免疫制御機構、特に自然免疫における作用やその詳細なメカニズム、そこに寄与する因子や分子、さらには病態発症・進展における意義等については、検討・解析が十分に進んでいないのが現状である。その大きな理由の1つとして、in vitro並びにin vivo試験に供し得る細胞ソースの問題が挙げられる。
【0009】
上述の通り、実験用動物として頻用されるマウスではMAIT細胞は非常に稀有な細胞集団であり、当該動物を用いた機能解析は困難である。一方、ヒトにはMAIT細胞がマウスと比較すれば豊富に存在するものの、MAIT細胞を末梢血等のヒト生体試料から大量に調製するには限界がある。また、この様な方法では、得られるMAIT細胞の数や性質が大きく変動する可能性も高く、当該細胞を用いた試験の安定性・再現性に難がある。さらに、MAIT細胞は通常、細胞増殖能をほとんど有していない状態にあり、しかも、その増殖を誘導する因子や刺激が同定されていないため、in vitro条件下で増幅させることができない(Dusseaux et al.,2011)。そのため、MAIT細胞を用いた研究を広範に進めるための1つの解決策としては、例えば、MAIT細胞と機能が類似したモデル細胞の利用が考えられるが、その様な特性を有する細胞株はほとんど知られていないのが現状である。
【0010】
また、MAIT細胞の将来的な活用法の1つとして、各種感染症や自己免疫疾患、癌の罹患患者に、MAIT細胞又は人為的に修飾したMAIT細胞を移入し治療する、いわゆる細胞移植療法に用いる細胞ソースとしての利用が考えられる。しかしながら、当該治療法を実現させるためには、やはり安定した品質を有した、大量のMAIT細胞を調製する方法の確立が必須である。
【0011】
近年、種々の細胞を生体外で調製する方法として、多能性幹細胞を起源細胞として用い、当該細胞を分化誘導して目的の細胞を作出することが広範に試みられている。多能性幹細胞(pluripotent stem cells)とは、試験管内培養により未分化状態を保ったまま、ほぼ永続的又は長期間の細胞増殖が可能であり、正常な核(染色体)型を呈し、適当な条件下において三胚葉(外胚葉、中胚葉、および内胚葉)すべての系譜の細胞に分化する能力をもった細胞と定義される。多能性幹細胞としては、初期胚より単離される胚性幹細胞(embryonic stem cells:ES細胞)や胎児期の始原生殖細胞から単離される胚性生殖細胞(embryonic germ cells)、出生直後の精巣から単離される生殖細胞系列幹細胞(germline stem cells)、さらには線維芽細胞等の体細胞から特殊な遺伝子操作により作製される人工(誘導)多能性幹細胞(induced pluripotent stem cells;以下、iPS細胞と称する)等が挙げられる(Lengner,2010;Pfannkuche et al,2010;Okita and Yamanaka,2011)。
【0012】
多能性幹細胞から血球系細胞やリンパ球系細胞を作製する事例は数多く報告されており、T細胞を選択的に作出する方法も公知である。即ち、ES細胞やiPS細胞等の多能性幹細胞を未分化状態で維持した後、造血細胞維持能を有するストローマ細胞(例えばOP9細胞)の上に播種して造血幹細胞及び造血前駆細胞への分化を誘導し、それを回収した後、引き続き、Notchリガンドであるdelta−like−1(DLL1)を強制発現させたOP9細胞(OP9/DLL1)上でT細胞としての特性を有する細胞を作出することが可能である(Schmitt et al.,2004;Timmermans F et al.,2011)。また、マウスNKT細胞から作製したiPS細胞を、このOP9共培養系を用いることにより、NKT細胞としての特性を有する細胞を作製する方法も報告されている(WO2008/038579;Wakao H et al.,2008;WO2010/027094;Watarai et al.,2010)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】WO2008/038579
【特許文献2】WO2010/027094
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】Dusseaux et al.,Blood 117,1250−1259(2011)
【非特許文献2】Le Bourhis et al.,Trends in Immunol.32,212−218(2011)
【非特許文献3】Cosmi et al.,J.Exp.Med.205,1903−1916,(2008)
【非特許文献4】Le Bourhis et al.,Nat.Immunol.11,701−708(2010)
【非特許文献5】Gold et al.,PLoS Biol.8,e1000407(2010)
【非特許文献6】Walker et al.,Blood 119,422−433(2011)
【非特許文献7】Illes et al.,Int.Immunol.16,223−230(2004)
【非特許文献8】Miyazaki et al.,Int.Immunol.23,529−535(2011)
【非特許文献9】Peterfalvi et al.,Int.Immunol.20,1517−1525(2008)
【非特許文献10】Xiao Ruijing et al.,Hepatogastroenterology 115,762−767(2012)
【非特許文献11】Lengner CJ,Ann.N.Y.Acad.Sci.1192,38−44(2010)
【非特許文献12】Pfannkuche K et al.,Cell Physiol Biochem.26,105−24(2010)
【非特許文献13】Okita and Yamanaka,Philos.Trans.R Soc.Lond.B Biol.Sci.366,2198−2207(2011)
【非特許文献14】Schmitt et al.,Nat.Immunol.5,410−417(2004)
【非特許文献15】Timmermans et al.,J.Immunol.182,6879−6888(2011)
【非特許文献16】Wakao et al.,FASEB J.22,2223−2231(2008)
【非特許文献17】Watarai et al.,J.Clin.Invest.120,2610−8(2010)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
T細胞の中でもそのTCRが多様性を呈しない単一(invariant)な細胞として、NKT細胞とMAIT細胞の2種類が知られている。NKT細胞は、細菌や癌に対して個体を防御するのに重要な役割を果たすとともに自己免疫疾患においてその病態に関与することが、主にマウスを用いた検討により知られている。一方、MAIT細胞は、ヒトの末梢血や腸管、肝臓に多く存在し、粘膜免疫において重要な役割を果たすと考えられているものの、その詳細については解明されていないことも多い。
【0016】
従来、NKT細胞の免疫制御能に着目して、NKT細胞を創薬開発に結びつけるべく主にマウスを用いて機能解析が進められてきたが、マウスでの解析結果がヒトの解析結果と一致しないことがしばしば観察される。NKT細胞はマウスには比較的豊富に存在しているが、ヒトでは非常に希少であり、これまで、ヒトNKT細胞を標的にした創薬が試みられてきたが多くは失敗に終わっている。
【0017】
これに対して、MAIT細胞はマウスでは非常に希少である一方、ヒトにおいては豊富に存在することが知られている。そして、NKT細胞とMAIT細胞は類似した特異的な形質を呈することから、ヒトMAIT細胞はマウスNKT細胞と同様の機能、つまり、マウスNKT細胞に相当するヒトの機能細胞がMAIT細胞であるとの説も提唱されている。したがって、MAIT細胞の機能解析を進め、それを創薬開発に活かすことは極めて重要である。
【0018】
しかしながら、MAIT細胞は、これまで知られている如何なるT細胞増殖刺激にも反応しないため、機能解析に必要な大量のMAIT細胞を調製することが困難であった。特に、実験用動物として頻用されるマウスではMAIT細胞は非常に希有な細胞集団であり、マウスのMAIT細胞を用いて研究開発を進めるには限界がある。また、ヒトではMAIT細胞が豊富に存在するものの、MAIT細胞の増殖が困難であるため、ヒト生体からの採取に依存した方法では大量のMAIT細胞を調製するには限界がある。このように、MAIT細胞の取得は生体からの採取・精製によるほかなく、in vitroでの分化誘導・増幅法や形質類似細胞(モデル細胞)に関する技術も存在していない。
【0019】
そこで、本発明は、MAIT細胞と同様の機能を有するMAIT様細胞を樹立し、それを作製する技術を確立することを一つの目的とする。また、本発明は、MAIT細胞から人工多能性幹細胞を作製する方法、および、MAIT細胞由来の人工多能性幹細胞を提供することもその課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意研究を行ったところ、MAIT細胞を初期化してMAIT細胞由来の人工多能性幹細胞(iPS細胞)を作製することに成功し、さらに、MAIT細胞由来の人工多能性幹細胞を分化誘導してMAIT様細胞を得ることに成功した。
【0021】
本発明は、これに限定されるものではないが、以下の発明を包含する。
(1)MAIT細胞に初期化因子を導入してMAIT細胞特異的な態様に再構成されたTCRα鎖遺伝子を保持する人工多能性幹細胞を得ること、次いで、この人工多能性幹細胞を分化誘導してMAIT様細胞を得ること、を含む、MAIT様細胞の作製方法。
(2)MAIT細胞に初期化因子を導入してMAIT細胞特異的な態様に再構成されたTCRα鎖遺伝子を保持する人工多能性幹細胞を得ることを含む、人工多能性幹細胞の作製方法。
(3)ウイルスベクターを用いて初期化因子を導入する、(1)又は(2)に記載の方法。
(4)ウイルスベクターが、センダイウイルスベクターである、(3)に記載の方法。
(5)センダイウイルスベクターが、複数の初期化因子を同一のベクター内に搭載したものである、(4)に記載の方法。
(6)(2)〜(5)のいずれかに記載の方法によって得られる人工多能性幹細胞。
(7)MAIT細胞に特異的な態様に再構成されたTCRα鎖遺伝子を保持する人工多能性幹細胞。
(8)TCRα鎖遺伝子として、MAIT細胞に特異的な態様に再構成された、単一のTCRα鎖遺伝子のみを保持する、(7)に記載の人工多能性幹細胞。
(9)MAIT細胞に特異的な態様に再構成されたTCRα鎖遺伝子が、ヒトの場合Vα7.2−J α33、マウスの場合Vα19−J α33である、(7)又は(8)に記載の人工多能性幹細胞。
(10) (2)〜(5)のいずれかの方法によって得られる、(7)〜(9)のいずれかに記載の多能性幹細胞。
(11) (6)〜(10)のいずれかに記載の人工多能性幹細胞を分化誘導してMAIT様細胞を得ることを含む、MAIT様細胞の作製方法。
(12) 前記人工多能性幹細胞をフィーダー細胞とともに共培養してMAIT様細胞を得る、(11)に記載の方法。
(13) (6)〜(10)のいずれかに記載の人工多能性幹細胞を分化誘導することによって得られるMAIT様細胞。
(14) (11)又は(12)に記載の方法によって得られるMAIT様細胞。
(15) CD45RAの発現が陽性である、(13)に記載のMAIT様細胞。
(16) (13)乃至(15)の何れかに記載のMAIT様細胞と被験物質を接触させる工程を含む、被験物質のMAIT細胞の機能を調整する活性の評価方法。
(17) (13)乃至(15)の何れかに記載のMAIT様細胞を含有する、細胞療法剤。
(18) 細菌感染又は真菌感染に対する抵抗力を向上させるために投与される、(17)の細胞療法剤。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、MAIT細胞から人工多能性幹細胞を作製することができる。また、本発明によれば、人工多能性幹細胞からMAIT様細胞を作製することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1図1上段は、MAIT細胞におけるTCRα鎖の遺伝子再構成様式を示した図である。生殖細胞系列ゲノム(germline)においては同一染色体上の離れた場所に位置しているVα7.2およびJα33領域をコードする遺伝子配列が、MAIT細胞では再構成されて1つの連続した遺伝子をコードする(rearranged)。矢印は実施例1記載の配列番号1と2のプライマーの設置位置を図示したもの。また、図1下段は、ヒト臍帯血細胞から調製したMAIT細胞から樹立したiPS細胞様の5株におけるVα7.2およびJα33領域の再構成を調べたものである。各細胞株から抽出したゲノムDNAを鋳型にして、実施例1記載の配列番号1と2のプライマーを用いてPCR反応を行なった。PCR産物を制限酵素SacIで消化して2%アガロースゲル上で分離し、エチジウムブロマイドで染色した。1:MAIT細胞から作製したiPS細胞様の細胞(1−3D株)由来のPCR産物(SacI未消化)、2:1−3D株由来PCR産物をSacIで消化したもの、M:DNAサイズマーカー、3−6:MAIT細胞から作製したiPS細胞様の細胞株由来PCR産物をSacIで消化したもの。
図2A図2Aは、ヒト臍帯血細胞から調製したMAIT細胞から樹立したiPS細胞の写真である。
図2B図2Bは、ヒトMAIT細胞から樹立したiPS細胞(MAIT−iPS細胞:1−3D株)における各種ES/iPS細胞特異的マーカーの発現を示す染色像である。上段は、特異的抗体を用いて免疫染色したもの、下段はDAPI(4’,6−ジアミジノ−2−フェニルインドール)による核染色像である。
図3図3は、MAIT−iPS細胞における特異的な遺伝子発現を示す電気泳動写真である。1:ヒトiPS細胞(B7株)、2:ヒトMAIT−iPS細胞(1−3D株)、3:ヒトMAIT−iPS細胞(2−5D株)、ヒトMAIT−iPS細胞(4−6D株)、ヒトMAIT−iPS細胞(A11株)、ヒトMAIT−iPS細胞(A13株)、ヒトMAIT−iPS細胞(A46株)、ヒトMAIT−iPS細胞(C4B株)、ヒトMAIT−iPS細胞(C5B株)、ヒトMAIT−iPS細胞(C7I株)。
図4図4は、MAIT−iPS細胞から作製した奇形腫の組織像である。a:全体像(倍率:×40)、b:メラニン陽性細胞(図中の黒色の細胞)を含む神経管様構造(倍率:×200)、c:ケラチン陽性の上皮細胞から構成されている腸管様構造(倍率:×200)、d:デスミン陽性を呈する筋組織様構造(倍率:×200)。
図5図5は、MAIT−iPS細胞から分化誘導した細胞における各種MAIT細胞マーカーの発現を示す図である。数字(days)はT細胞系列細胞への分化を誘導してからの日数。上段は、抗TCR Vα7.2抗体(3C10)と抗TCRαβ抗体(IP26)に対する反応性を示しており、図内の実線で囲んだ部分が共陽性画分(3C10/TCRαβ細胞)であり、全体に占める割合を数値(%)で示した。下段は、この共陽性画分について抗IL−18 Rα抗体(H44)と抗CD161抗体(DX12)に対する反応性を示す。
図6図6は、iMAIT細胞における各種表面抗原マーカーの発現様式を示す図である。
図7図7は、iMAIT細胞の各種サイトカイン産生能を示す図である。None:刺激なし、PMA/Iono:PMA/Ionomycin刺激あり。
図8図8は、マウス体内に移植したiMAIT細胞の各種臓器における存在を示す図であり、各種臓器から回収したリンパ球について3C10/TCRαβ細胞を調べた。図内の実線で囲んだ部分が3C10/TCRαβ細胞、すなわちiMAIT細胞であり、全体に占める割合を数値(%)で示した。BM:骨髄、Liv:肝臓、Spl:脾臓、IE:腸管上皮、LP:腸管粘膜固有層。
図9図9は、iMAIT細胞の感染防御作用を確認した結果である。iMAIT細胞を移植したマウスにM.abscessus菌を接種し、2週間後の肝臓(Liver)および脾臓(Spleen)における菌のコロニー形成能(colony forming unit)を測定した。
【発明を実施するための形態】
【0024】
一つの態様において本発明はMAIT細胞様の形質を有する細胞(以下、MAIT様細胞)の作製方法であり、発現ベクターなどを用いて初期化因子をMAIT細胞に導入してMAIT細胞由来の人工多能性幹細胞(以下、iPS細胞)を得た後、このiPS細胞を分化誘導することによってMAIT様細胞を得ることができる。
【0025】
MAIT細胞を初期化してiPS細胞を得ることも本発明の1つの態様である。好ましい態様において、ウイルスベクター、中でもセンダイウイルスベクターを用いて初期化因子をMAIT細胞に導入することによってMAIT細胞由来のiPS細胞を得ることができる。当該iPS細胞は、TCRα鎖遺伝子がMAIT細胞に特有な配列の、単一なVα−Jαに再構成されており、かつ自己増殖能および分化多能性を有し、ES細胞と類似の遺伝子発現様式を呈する、一般的なiPS細胞の特徴的な性質を備えた細胞(MAIT−iPS細胞)である。
【0026】
本発明において「iPS細胞」とは、体細胞内に初期化因子(核初期化因子)を導入・発現させることにより、人為的に分化多能性および自己複製能を獲得した細胞であって、ES細胞と類似した形質を有する細胞をいう。「分化多能性」(pluripotency)とは、適当な条件下において全ての系譜の細胞に分化する能力をもった細胞と定義されるが、本発明の実施においては、必ずしも全ての系譜の細胞への分化能を有している必要はなく、MAIT細胞ならびにその幹・前駆細胞への分化能を有し、その他1つ以上の細胞系列に分化し得る能力を有していれば良い。ES細胞と類似の形質とは、ES細胞に特異的な表面マーカー分子の存在やテラトーマ形成能等のES細胞に特異的な細胞生物学的性質やES細胞特異的な遺伝子の発現、又は対象細胞における多数の遺伝子群の発現様式の類似性の高さ等で規定することができる。
【0027】
本発明においてMAIT細胞とは、TCRα鎖遺伝子が特有かつ均一なVα−Jα(マウスではVα19−Jα33、ヒトの場合はVα7.2−Jα33)に再構成されているT細胞であり、より好ましくは、CD161やIL−18Rαを発現する細胞としても規定することができる。また、MAIT細胞はそのTCRα鎖が、多様性の無いMR1によって拘束されることも、その特徴とできる。さらに、本発明においてMAIT細胞の特定は、MAIT細胞に特異的な遺伝子の発現や、MAIT細胞に特異的な細胞生物学的性質をもって行うことができる。
【0028】
本発明において使用するMAIT細胞は、特に由来の制限はなく、例えば、ヒト、マウス、サルなどの哺乳動物由来のMAIT細胞を好適に使用することができる。また、生体内のMAIT細胞は増殖能をほぼ欠失しており、MAIT細胞をin vitroで増殖する技術も確立されていないため、MAIT細胞は生体内から採取する必要があるが、採取する部位については特に制限はなく、例えば、臍帯血、末梢血、肝臓、胸腺、脾臓、骨髄、腸管(粘膜固有層、パイエル板)などに由来するMAIT細胞を好適に使用することができ、末梢血又は臍帯血由来のMAIT細胞を本発明において特に好適に使用し得る。
【0029】
本発明においてMAIT細胞を初期化してiPS細胞を作製する場合、初期化因子(核初期化因子)としては、公知のものを特に制限せずに使用することができ、タンパク性因子またはそれをコードする核酸(ベクターに組み込まれた形態を含む)、あるいは低分子化合物等のいかなる物質から構成されてもよい。例えば、山中因子として知られるOct3/4遺伝子産物(核酸配列:配列番号9)、Klf4(核酸配列:配列番号10)をはじめとするKlfファミリー遺伝子産物、c−Myc(核酸配列:配列番号11)をはじめとするMycファミリー遺伝子産物、Sox2(核酸配列:配列番号12)をはじめとするSoxファミリー遺伝子産物、の4因子を用いることができ、また、Oct3/4遺伝子産物、Klfファミリー遺伝子産物、Soxファミリー遺伝子産物の3因子を導入した後に塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)などの存在下で培養してiPS細胞を得ることが知られている(国際公開WO2007/69666参照)。なお、ファミリー遺伝子としては、80%以上あるいは90%以上の同一性を有するものを好適に使用することができる。
【0030】
また、上記因子の一部を低分子化合物等の薬剤で代用できることも報告されており、例えば、Oct3/4とSox2の2つの遺伝子を導入した細胞を、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤であるバルプロ酸で処理することにより、iPS細胞を作製できる(Huangfu D et al.,Nat.Biotechnol.26,1269−1275(2008))。さらには上記因子の代わりにmicroRNAsを用いる方法(Miyoshi N et al.,Cell Stem Cells 8,633−638(2011))も公知である。
【0031】
初期化因子をMAIT細胞に導入するための方法としては、上記の因子をタンパク質として導入する方法もあるが、それらをコードする核酸(DNA、RNA、DNA/RNAキメラ)の形態で用いることがむしろ好ましい。当該核酸(好ましくはcDNA)は、宿主となるMAIT細胞で機能し得るプラスミドベクターやウイルスベクターに挿入して発現ベクターを構築し、核初期化工程に供される。
【0032】
発現ベクターとしては、MAIT細胞において初期化因子遺伝子の効率的な転写および発現が可能であり、その後の初期化(iPS細胞化)を誘導できるものであれば良いが、当該発明において好適な例としてはセンダイウイルスベクター(SeV)が挙げられる。センダイウイルスは、一本鎖の非分節型マイナス鎖RNAをゲノムとして有するウイルスであり、細胞生物学の分野で幅広く利用されてきたものである。センダイウイルスベクターは、多くの哺乳動物の細胞や組織に遺伝子を導入することができ、ベクターゲノムがRNAの状態で細胞質に留まるため宿主染色体に影響を与えずに済むというメリットがある。センダイウイルスベクターを構築するためのキット製品は市販されており、当業者であれば適宜入手することが可能である。
【0033】
一般に、ウイルスベクターを用いて遺伝子を効率的に培養系に導入する方法として、アデノウイルスの他にレトロウイルスを用いる方法も広く知られている。本発明者らが検討したところ、MAIT細胞を用いる本発明においてはセンダイウイルスベクターを用いることによって、極めて効率的にMAIT細胞を初期化してiPS細胞を得ることができ、さらにゲノム改変を生じないため安全性の点でも優れたiPS細胞を得ることができた。
【0034】
また、複数の初期化因子を導入するには、その1つもしくは複数の遺伝子を個別のベクターに挿入したものを作製し、これら複数種のベクターを同時に処理することが一般的であるが、複数の初期化遺伝子を1つのベクターに搭載し、全ての遺伝子を発現し得るベクターを用いることがより好ましい。ここで、「複数の初期化因子」とは、上述した、Oct3/4遺伝子、Klfファミリー遺伝子、Mycファミリー遺伝子及びSoxファミリー遺伝子4因子から選択される少なくとも2つ以上の因子であり、好ましくはOct3/4遺伝子、Klfファミリー遺伝子及びSoxファミリー遺伝子の3因子であり、さらに好ましくは、4因子の全てである。この様な複数の初期化遺伝子を同時に発現し得るセンダイウイルスベクターは公知であり、例えば、センダイウイルスベクターに初期化因子を、転写開始位置から、c−Myc→Klf4 → Oct3/4→ Sox2の配置で搭載したSeVdp(MKOS)302L(配列番号13)やKlf4→ Oct3/4→Sox2→ c−Mycの配置で搭載したSeVdp(KOSM)(配列番号14)などは、きわめて高い効率で線維芽細胞等からiPS細胞を誘導・樹立できることが報告されている(WO2010/134526;Nishimiura K et al.,J.Biol.Chem.286,4760−4771(2011)、WO2012/0063817)。また、これらのベクターに関する知見に基づき、初期化因子の配置、挿入位置、その他の付加配列に関して、任意に設計したセンダイウィルスベクターを構築し、本発明に用いることができる。例えば、実施例1に用いたSeVdp(KOSM)302Lは、初期化因子をSeVdp(KOSM)と同様に、Klf4 → Oct3/4 → Sox2→c−Mycの配置で搭載し、挿入位置、その他の付加配列に関して、SeVdp(KOSM)およびSeVdp(MKOS)302Lの特徴を採用したセンダイウイルスベクターである。
【0035】
このように、センダイウイルスベクター等を用いて初期化因子をMAIT細胞に導入することによってMAIT細胞由来のiPS細胞を得ることができるが、このようなMAIT細胞由来のiPS細胞自体も本発明の1つの態様である。MAIT細胞を初期化して得られたiPS細胞(MAIT−iPS細胞)は、MAIT細胞に特異的なTCRα鎖遺伝子及び/又はその産物を発現している(以下、当該特性を「MAIT細胞に特異的なTCRα鎖を有している」と称する)点で、ES細胞やiPS細胞など従来から存在していた多能性幹細胞とは異なる。MAIT細胞に特異的なTCRα鎖遺伝子を有している多能性幹細胞は、後述するように、T細胞への分化を誘導し得る条件下におくことによってMAIT細胞と類似の特性を有するMAIT様細胞を選択的に得ることができ、極めて有用である。
【0036】
MAIT細胞を初期化して得られるMAIT−iPS細胞は、引き続き、公知の方法による細胞回収、分離、精製法などによって高純度かつ多量に回収することができる。
【0037】
また1つの態様において、本発明は、MAIT細胞に特異的なTCRα鎖遺伝子を有するiPS細胞である。このようなiPS細胞は、上述したように、センダイウイルスベクター等の発現ベクターを用いて初期化因子をMAIT細胞に導入することによって得ることができるが、このように体細胞であるMAIT細胞を初期化する方法以外にも、MAIT細胞に特異的なTCR遺伝子をES細胞や一般的な、通常法で作製されたiPS細胞などの多能性幹細胞に導入することによって得ることも考えられる。その場合、多能性幹細胞としては、ES細胞のみならず、哺乳動物の成体臓器や組織の細胞、骨髄細胞、血液細胞、さらには胚や胎児の細胞等に由来する、ES細胞に類似した形質を有するすべての多能性幹細胞を使用することができる。この場合、ES細胞と類似の形質は、ES細胞に特異的な表面マーカー分子の存在やテラトーマ形成能等のES細胞に特異的な細胞生物学的性質やES細胞特異的な遺伝子の発現、又は対象細胞における多数の遺伝子群の発現様式の類似性の高さ等で規定することができる。
【0038】
一つの態様において本発明はMAIT様細胞の作製方法であり、MAIT−iPS細胞などの、MAIT細胞に特異的なTCRα鎖遺伝子を有するiPS細胞を分化誘導してMAIT様細胞を得ることができる。このようにして得られた分化細胞は、MAIT細胞と同様の特性を有しており、本発明においてMAIT様細胞という。特に、MAIT−iPS細胞を分化誘導して得られたMAIT様細胞を、本発明においてiMAIT細胞という(学術的には、「reMAIT細胞」とも呼ばれる)。
【0039】
本発明において、MAIT細胞に特異的なTCRα鎖遺伝子を有するiPS細胞を分化誘導してMAIT様細胞を得る場合、iPS細胞をはじめとする多能性幹細胞からT細胞を分化誘導する公知の方法を制限なく使用することができる。NKT細胞に関しては、核移植によりNKT細胞の核移植により得られたES細胞を作製し、当該細胞を分化誘導してNKT様細胞を得たこと、さらには、レトロウイルスベクターを用いてマウスNKT細胞を初期化してiPS細胞を作製し、そのiPS細胞を分化誘導してNKT様細胞を得たことがこれまでに報告されている。
【0040】
本発明において分化誘導によってMAIT様細胞を得る際の培養法としては、MAIT様細胞が得られるような方法であれば、いずれも用いることができ、例えば、フィーダー細胞との共培養法、浮遊培養法、懸滴(hanging drop)培養法、旋回培養法、軟寒天培養法、マイクロキャリア培養法などを挙げることができる。本発明の好ましい態様において、iPS細胞を分化誘導してMAIT様細胞を得る場合、共培養によることが好ましく、具体的には、OP9細胞などのストローマ細胞をフィーダー細胞として共培養し、さらに、NotchリガンドであるDLL1を強制発現させたOP9細胞(OP9/DLL1)と共培養すること、または最初からOP9/DLL1細胞と共培養することによって、MAIT−iPS細胞から効率的にMAIT様細胞を得ることができる。
【0041】
このようにして得られたMAIT様細胞は、引き続き、公知の方法による細胞回収、分離、精製を行うことができる。本発明により得られたMAIT様細胞は、生体内のMAIT細胞とほぼ同等の形態学的、生理学的及び/又は免疫学的特徴を示す細胞である。生理学的及び/又は免疫学的特徴は、特にこれを限定しないが、MAIT様細胞の同定は、MAIT細胞に特異的な1つ又はそれ以上のマーカーの発現を確認することによって行うことができる。マーカーの発現は、特にその手法は問わないが、抗体を用いた免疫染色法や逆転写酵素介在性ポリメラーゼ連鎖反応(RT−PCR)、ハイブリダイゼーション解析といった公知の細胞組織生物学的手法ならびに分子生物学的方法により確認することができる。MAIT様細胞を精製する方法は、公知となっている細胞の分離精製法であればいずれも用いることができるが、その具体的例として、フローサイトメーターや磁気ビーズ、パンニング法等の抗原−抗体反応に準じた方法や、ショ糖、パーコール等の担体を用いた密度勾配遠心による細胞分画法を挙げることができる(「Monoclonal Antibodies:principles and practice,Third Edition」Acad.Press,1993;「Antibody Engineering:A Practical Approach」IRL Press at Oxford University Press,1996)。
【0042】
具体的には、MAIT様細胞は、MAIT細胞と同様に、抗TCR Vα7.2抗体(3C10)、抗CD161抗体、抗IL−18Rα抗体などに対して陽性(3C10/CD161/IL−18Rα)であった。その一方で、生体内のMAIT細胞はCCR7の発現が陰性であるのに対して、抗原未感作の(作製直後の)MAIT様細胞は弱いながらもCCR7の発現が確認され、生体内MAIT細胞とMAIT様細胞との間に差異があることが確認された。また、例えば末梢血由来のMAIT細胞では、エフェクターメモリー型T細胞のマーカーであるCD45ROの発現が陽性であり、ナイーブ型T細胞のマーカーであるCD45RAの発現が陰性かごく一部の細胞でのみ陽性であるのに対し、抗原未感作の(作製直後の)MAIT様細胞では、CD45ROの陽性細胞はほとんど認められず、CD45RAの発現が強く認められた。このように、MAIT様細胞は、生体内MAIT細胞とほぼ同様の形質を呈するものの、一部異なる形質を有していることが分かった。
【0043】
また、本発明によって樹立されたMAIT様細胞は、生体内MAIT細胞とほぼ同様の細胞表面抗原、遺伝子発現、サイトカイン産生能を備えており、マウスへ移入することにより、腸管や肝臓などの組織に局在し、増殖することが確認された。また、MAIT様細胞は、MAIT細胞と同様の抗菌/感染抵抗性を有することが確認された。すなわち、本発明によって樹立されたMAIT様細胞は、生体内MAIT細胞と同様の機能や特性を備えていることが確認された。
【0044】
1つの態様において、本発明はMAIT様細胞である。本発明のMAIT様細胞は、MAIT細胞の機能解析を進める上で貴重な研究ツールとして使用することができる。また、本発明のMAIT様細胞は、MAIT細胞の発生や分化誘導、再生、生存、増殖などを促進する新規因子または物質や薬剤を同定するためのスクリーニングに用いることができる。
【0045】
本発明のMAIT様細胞は、薬物などの各種生理活性物質や機能未知の新規遺伝子産物などの薬理評価および活性評価に有用である。例えば、MAIT細胞の機能調節に関する物質や薬剤、さらにはMAIT細胞に対して毒性や傷害性を有する物質や薬剤のスクリーニングに利用することができる。特に現状では、MAIT細胞の機能解析を進めるために十分なMAIT細胞を準備することが困難であり、MAIT細胞の特性が十分に解明されていないところ、本発明により調製されたMAIT様細胞は、上述したようなスクリーニングを実施するための有用な細胞ソースとなる。また、ヒト癌や多発性硬化症巣に集積するTc17細胞(IL−17産生能を有するCD8細胞)の大部分がMAIT細胞であるとの報告もあり、MAIT細胞の機能を解明し創薬開発を行うことが有用である。
【0046】
さらなる態様では、本発明により調製したMAIT様細胞を含むアッセイキットは、上記スクリーニングのために有用である。また、MAIT細胞の機能解析に用いるモノクローナル抗体の作製、MAIT細胞の増殖、活性化、成熟化を制御するアゴニストやアンタゴニストのスクリーニングについても、本発明のMAIT様細胞を用いて実施することができる。
【0047】
スクリーニングに供する被験物質としては、特に制限されないが、例えば、低分子化合物、高分子化合物、有機化合物、無機化合物、蛋白質、ペプチド、遺伝子、ウイルス、細胞、細胞培養液、微生物培養液などが挙げられる。
【0048】
別の態様では、本発明により調製したMAIT様細胞を使用してこれをex vivoで自己免疫疾患、がん、感染等の免疫異常示す患者末梢血より調製したリンパ球(単球、樹状細胞、B細胞、NK細胞、T細胞等)と共培養に付すことにより、MAIT様細胞あるいは患者リンパ球表面抗原プロフィールの変化あるいは/ならびに転写因子、サイトカイン/ケモカイン等の産生能変化を指標としてその病態、薬剤効果、あるいは予後の予測等の診断に応用することも可能である。
【0049】
さらに、本発明のMAIT様細胞は、それ自体を細胞移植して細胞移植療法に使用、又は、MAIT様細胞を実質的な有効成分として含む細胞療法剤として投与、することができる。MAIT細胞は細菌感染及び真菌感染に対する抵抗性を亢進させるため、例えば、本発明のMAIT様細胞を細胞移植または投与することによって細菌感染又は真菌感染に対する抵抗性を向上させることができる。また、MAIT細胞は、自己免疫疾患や癌などに関与する可能性が報告されており、例えば、本発明のMAIT様細胞を細胞移植することによってヒト自己免疫疾患や癌を治療できる可能性がある。すなわち、1つの態様において本発明は、MAIT様細胞の細胞移植療法における使用、細胞移植療法用のMAIT様細胞、MAIT様細胞を細胞移植することを含む療法、MAIT様細胞を実質的な有効成分として含む細胞療法剤などに関する。このような細胞移植療法又は細胞投与療法の対象患者は、細菌感染に対する抵抗力を向上させる必要がある患者、臓器移植治療もしくは血液幹細胞など種々の細胞移植治療を受けた患者、自己免疫疾患患者、癌患者などであるが、好ましくは、患者が保有する血液中のMAIT細胞が標準よりも少ない及び/又はMAIT細胞の活性が低下している、患者である。
【0050】
本発明の実施において、分子生物学や組換えDNA技術等の遺伝子工学の方法及び一般的な細胞生物学の方法及び従来技術について、実施者は、特に示されなければ、当該分野の標準的な書籍を参照し得る。このような書籍としては、例えば、「Molecular Cloning:A Laboratory Manual」(Sambrook & Russell、Cold Spring Harbor Laboratory Press、第3版、2001);「Current Protocols in Molecular biology」(Ausubel et al.編、John Wiley & Sons、1987);「Methods in Enzymology」シリーズ゛(Academic Press);「PCR Protocols:Methods in Molecular Biology」(Bartlett & Striling編、Humana Press、2003);「Animal Cell Culture:A Practical Approach」(Masters編、Oxford University Press、第3版、2000);「Antibodies:A Laboratory Manual」(Harlow et al.& Lane編、Cold Spring Harbor Laboratory Press、1987)などが挙げられ、これらは参照により本明細書に組み入れられる。また、本明細書において参照される細胞培養、細胞生物学実験のための試薬及びキット類はSigma社やInvitrogen社、Clontech社、R&D systems社、BD Bioscience社などの市販業者から入手可能である。
【0051】
また、iPS細胞をはじめとする多能性幹細胞の作製、継代、保存法や細胞生物学実験の一般的方法について、実施者は、当該分野の標準的な書籍を参照し得る。これらの例として、「Guide to Techniques in Mouse Development」(Wasserman et al.編、Academic Press,1993);「Embryonic Stem Cell Differentiation in vitro」(M.V.Wiles、Meth.Enzymol.225:900,1993);「Manipulating the Mouse Embryo:A laboratory manual」(Hogan et al.編、Cold Spring Harbor Laboratory Press,1994);「Embryonic Stem Cells」(Turksen編、Humana Press,2002)が挙げられ、参照により本明細書に組み入れられる。本明細書において参照される細胞培養、発生・細胞生物学実験のための試薬及びキット類はInvitrogen社やSigma社等の市販業者から入手可能である。
【実施例】
【0052】
以下に実施例を挙げ、本発明をさらに詳しく説明するが、本発明は下記実施例等に何ら制約されるものではない。
【0053】
実施例1:ヒト由来MAIT細胞からのiPS細胞の樹立
ヒト臍帯血よりフィコールを用いて単核球細胞を調製した。この単核球細胞に、MAIT細胞のTCR(Vα7.2)を特異的に認識するモノクローナル抗体3C10(仏・キュリー研のOlivier Lantz博士の恵与、又はBiolegend社)をビオチン標識したものを混和させ、アビジン磁気ビーズを利用したMACSカラム(Miltenyi Biotech社製)を用いて3C10抗体に反応性を有する細胞をポジティブ選択することにより、MAIT細胞を濃縮した。この操作を、異なる3名のドナー由来の臍帯血を用いて行った結果、FACS解析により3C10陽性細胞として規定されるMAIT細胞は、それぞれ96%、88%、78%の純度であった。
【0054】
この様にして精製した20万個の3C10陽性細胞に、ヒトiPS細胞作製用ベクターであるSeVdp(KOSM)302L(産業総合研究所の中西真人博士からの恵与)を室温で2時間感染させた(MOI=2.5)。当該ベクターは、ヒト由来の4遺伝子(Oct3/4、Sox2、Klf4、c−Mycをコードする核酸)を同一ベクター内に搭載しているセンダイウイルスベクターであり、効率的なiPS細胞作製能を有する(WO2010/134526)。ウイルスベクターを含む溶液を遠心操作により除去し、20%Knockout Serum Replacement(KSR;Invitrogen社)、0.1mmol/L MEM非必須アミノ酸液、2mmol/L L−グルタミン、及び0.1mmol/L 2−メルカプトエタノールを含むDMEM/F12培地(Sigma社)に4ng/mLの塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF:basic fibroblast growth factor、Reprotech社)を添加したES/iPS細胞専用培地に懸濁して、マイトマイシンCで処理したマウス胚性線維芽細胞(MEF)上へ播種し、37℃、5%CO濃度下で共培養を行った。12日後、ES/iPS様の形態を呈するコロニーを回収し、24ウェルプレートに播種したMEFの上に蒔き直した。ES/iPS細胞専用培地で培養した後、成長したコロニーを形態的に判断し、ES/iPS細胞様の形態をとるコロニーを選抜した。
【0055】
この様にして得られたiPS細胞がヒトMAIT細胞由来であることを確認するため、ゲノムDNAを鋳型として、T細胞抗原受容体α鎖(TCRα)遺伝子座がMAIT細胞特異的な遺伝子再構成を起こしているかどうかを調べた。ここで、図1に示すように、MAIT細胞に特異的なTCRα鎖遺伝子を有する細胞では、TCRα領域をコードする遺伝子の一方がVα7.2−Jα33に再構成することが知られている。そこで、下記に示すプライマーを用いて、各iPS細胞クローンのゲノムDNAを鋳型としてPCRを行ない、再構成の有無を確認した。Vα7.2−Jα33が遺伝子再構成しているTCRα鎖を有している場合、下記プライマーを用いたゲノムPCRにより282bpのバンドが増幅され、当該PCR産物は制限酵素SacIで消化すると191+91bpのDNA断片を生じる。一方、Vα7.2−Jα33に再構成していない場合、282bpのバンドは増幅されない。
【0056】
以上のようにして確認した結果、3名のドナー由来細胞から、独立した3回の実験を実施することにより、ヒトMAIT細胞に由来するiPS細胞(MAIT−iPS細胞)を50株以上樹立することができた。
【0057】
実施例2:MAIT−iPS細胞の特性解析
実施例1で個別に樹立・単離されたMAIT−iPS細胞株である1−3D、2−5D、4−6Dは、MEFフィーダー上で単層かつ扁平で明確な輪郭のコロニーを呈し、一般的なヒトES/iPS細胞ときわめて良く似た形態を示した(図2A)。
【0058】
また、この様に継代維持したMAIT−iPS細胞を用い、ヒトES/iPS細胞に特異的なマーカーの発現を調べた。固定したMAIT−iPS細胞に対し、1次抗体として抗アルカリフォスファターゼ(ALP)抗体、抗SSEA4抗体、抗Oct−3/4抗体、抗Nanog抗体(以上、R&D System社)、抗TRA−1−60抗体(BD Bioscience社)、又は抗TRA−1−81抗体(Santa Cruz社)と反応させた後、ローダミン標識2次抗体(Jackson ImmunoResearch社)を用いて染色した。細胞核は4’,6−ジアミジノ−2−フェニルインドール(DAPI:4’,6−diamidino−2−phenylindole)溶液(1μg/mL)で染色した。これらの抗体や色素による染色像を蛍光顕微鏡下にて観察した。その結果、MAIT−iPS細胞はアルカリフォスファターゼ、SSEA4、Oct−3/4、Nanog、TRA−1−60、TRA−1−81の全てについて強陽性を示した(図2B)。
【0059】
同様にMAIT−iPS細胞のRNAを調製し、未分化なヒトiPS細胞特異的な遺伝子であるOct−3/4およびNanogの発現を確認した。MAIT−iPS細胞やヒトiPS細胞から調製した全RNAを用いてcDNAを合成し、これを鋳型として以下のプライマーを用いたポリメラーゼ連鎖反応(polymerase chain reaction:PCR)を行ない、各種遺伝子断片の増幅を行なった。
Oct−3/4〔増幅サイズ:144bp〕
Nanog〔増幅サイズ:391bp〕
GAPDH(グリセルアルデヒド−3−リン酸デヒドロゲナーゼ)〔増幅サイズ:382bp〕
【0060】
PCR産物を1.5%アガロースゲルで電気泳動し、エチジウムブロマイド(Merck社)で染色した後、ゲル撮影装置(ATTO社)を用いて検出した。その結果、個別に樹立・単離されたMAIT−iPS細胞株である1−3D、2−5D、4−6D、A11、A13、C4B、C5Bの各細胞株において、ヒトiPS細胞と同様にOct−3/4ならびにNanog遺伝子の強い発現が認められた(図3)。
【0061】
より網羅的にMAIT−iPS細胞株の遺伝子発現状況を検討するために、DNAマイクロアレイ(Agilent社)解析を行い、MAIT−iPS細胞とヒトiPS/ES細胞における遺伝子発現プロファイルの相関を調べた。その結果を表1に示す。表1から明らかなように、MAIT−iPS細胞はヒトES細胞あるいはヒトiPS細胞ときわめて良く似た遺伝子発現パターン(全ての比較において相関係数が0.95以上)を呈し、一方、作出の起源細胞となったヒト臍帯血由来MAIT細胞とは異なっていた。また、MAIT−iPS細胞では、一般的なヒトES/iPS細胞と同様、Oct−3/4遺伝子やNanog遺伝子プロモーター領域の脱メチル化や、高いテロメレース活性も確認でき、数十代以上、未分化形質を維持したまま継代培養することが可能である。
【0062】
以上の結果より、MAIT細胞から樹立したiPS細胞株(MAIT−iPS細胞株)が一般的なiPS細胞様の特性・機能を有していることが示される。
【0063】
【表1】
【0064】
なお、以下の実験には、上記と同様、MAIT−iPS細胞として1−3D株、2−5D株、4−6D株等の複数の細胞株を用いたが、総じて細胞株の違いによる実験結果の相違はみられなかった。そのため、以下の実施例では、特に断りがない場合、1−3D株を用いた実施例データを示す。
【0065】
引き続き、MAIT−iPS細胞の分化能を検討した。MEF上で未分化な形質を保ちながら継代培養したMAIT−iPS細胞を細胞解離液(0.25% トリプシン、1mg/mlコラゲナーゼIVを含む)で処理して小塊にし、bFGFを含まないES/iPS細胞専用培地で懸濁した後、低接着性プレートに播種した。8日後に細胞凝集塊を回収し、それらをゼラチンで前処理した細胞接着性プレートに播種し、16日後に固定した。固定した細胞は1次抗体として抗筋性アクチン抗体(Nichirei Bioscience社)や抗Sox−17抗体(R&D System社)、抗ネスチン抗体(Sigma社)と反応させた後、上記の方法と同様に染色ならびに蛍光顕微鏡観察を行った。その結果、MAIT−iPS細胞を分化誘導したものから、本条件下において筋性アクチン陽性の中胚葉細胞やSox−17陽性の内胚葉性細胞、ネスチン陽性の外胚葉性細胞の出現が確認できた。
【0066】
また、8×10〜10×10個のMAIT−iPS細胞をNOD/scidマウス(Charles River社)の皮下に移植したところ、10〜14週後に奇形腫(teratoma)の形成が見られた。各腫瘍のパラフィン包埋標本から組織切片を作製し、1次抗体として抗汎サイトケラチン抗体(DAKO社)又は抗デスミン抗体(DAKO社)と反応させた後、ビオチン標識2次抗体(DAKO社)と反応させ、最後にジアミノベンチジンを用いた呈色反応を行った。ヘマトキシリン液で染色後、光学顕微鏡下にて観察を行ったところ、MAIT−iPS細胞由来腫瘍内には、メラニン陽性細胞を含む神経管様構造やサイトケラチン陽性細胞で構成される腸管様構造、さらにはデスミン陽性の筋細胞様組織の存在が認められた(図4)。
【0067】
以上の結果より、MAIT−iPS細胞は一般的なヒトES/iPS細胞と同様、未分化状態特異的なマーカー遺伝子ならびに蛋白を発現し、三胚葉への分化多能性を有した細胞であることが確認できた。
【0068】
実施例3:MAIT−iPS細胞からのMAIT細胞作製
ES細胞等の幹細胞は、OP9細胞をフィーダー細胞とした共培養により、CD34陽性の血球/リンパ球前駆細胞に分化誘導することができ、さらにNotchリガンドであるDLL1を強制発現したOP9細胞(OP9/DLL1)と共培養することにより、T細胞系列の細胞に分化誘導させることができることが知られている(Schmitt TM et al.,Nat.Immun.5,410−417(2004);Wakao H et al.,FASEB J.22,2223−2231(2008);Wakao H et al.,WO2008/038579;Watarai H et al.,J.Clin.Invest.120,2610−2618(2010);WO2010/027094;Timmermans F et al.,J.Immunol.182,6879−6888(2011))。
【0069】
本実施例では、当該方法に基き、MAIT−iPS細胞からMAIT細胞への分化誘導を試みた。
【0070】
OP9細胞及びOP9/DLL1細胞は、理化学研究所バイオリソースセンター(Riken Cell Bank)より購入したものを使用した。まず、コンフルエントにして3〜7日後のOP9細胞上に、MAIT−iPS細胞のコロニーを100個程度の小塊に分散したものを、10cmディッシュ辺り1×10個播種し、10%牛胎児血清(FBS)および0.1mM 1−thioglycerolを含むαMEM培地中で培養し、血球及びリンパ球系の幹・前駆細胞に分化誘導した。播種後11〜12日目にコロニー状に形成された細胞集塊をリン酸緩衝液(PBS)で2回洗浄後、1mg/mLのcollagenase IV(Invitrogen社)を含むαMEM培地および0.01%トリプシン/EDTA(Sigma社)を加えてよく攪拌し、単一細胞に分散させた。この細胞集団をCD34 MultiSort Kit(Miltenyi社)を用いてCD34陽性細胞分画(純度95%以上)を調製・回収した後、20%FBS、ヒトSCF(stem cell factor)、ヒト・インターロイキン7(IL−7)、ヒトFlt3リガンド(FL)(全てReprotech社、各5ng/mL)を含むαMEM培地(以下、MAIT細胞分化誘導培地)に懸濁し、事前に24穴細胞培養プレートに播種し、コンフルエントにして3〜7日後のOP9/DLL1細胞上に播種した。MAIT細胞分化誘導培地を4日ごとに半量ずつ交換し、培養を14〜30日間継続した後、細胞をピペッティング操作によりフィーダー細胞から分離させ、回収した。
【0071】
この様にしてMAIT−iPS細胞から分化させた細胞の形質を、フローサイトメトリー(flow cytometry:FCM)法で、抗TCR Vα7.2抗体(3C10)、抗TCRαβ抗体(IP26;Biolegend社)、抗CD161抗体(DX12;BD Bioscience社)及び抗IL−18Rα抗体(H44;Biolegend社)に対する反応性を指標に検討した。その結果を図5に示す。
【0072】
まず、上記の方法により調製したMAIT−iPS細胞に由来する分化細胞(OP9/DLL1細胞に播種して30日目)を、上記4種の抗体で染色したところ、そのほとんど全ての細胞がTCR Vα7.2/TCRαβとなった(以下、TCR Vα7.2を3C10抗原陽性:3C10と記載する)。また、この共陽性画分の細胞は、同時にそのほとんど全てがCD161およびIL−18Rαであり、MAIT−iPS細胞からMAIT様細胞を分化誘導できることが示された。
【0073】
このMAIT様細胞は本方法により再現性良く、また高率で作製することができ、複数回の検討において3C10/TCRαβ/CD161/IL−18Rαで規定されるMAIT様細胞は、常に全体の85%以上を占めることが確認できた。
【0074】
以下、本方法によりMAIT−iPS細胞から分化誘導されたMAIT様細胞をiMAIT細胞と称する。
【0075】
実施例4:iMAIT細胞の特性解析
Lantzらの一連の報告(Dusseaux et al.,2011)によると、生体内、特に末梢血に存在するMAIT細胞は、TCR Vα7.2、CD161、IL−18Rα以外にCD26(DPP−IV)やCD27、CD28、CD62L(L−selectin)、CD95(Fas)、CD127(IL−7Rα)、CD244(SLAMF4)といった細胞表面マーカーが陽性であることが知られている。そこで上述の方法に基づき、iMAIT細胞における、これらマーカーに特異的な抗体に対する反応性を調べた。
【0076】
陽性対照として、ヒト末梢血単核球細胞(Cellular Technology社)より上記の方法と同様に3C10/TCRαβ/CD161画分細胞を調製し、当該細胞をヒト末梢血由来MAIT細胞(以下、PBMC−MAIT細胞)として用いた。
【0077】
【表2】
【0078】
表2に結果を示す。PBMC−MAIT細胞では、既報の通り、CD26やCD27、CD28、CD62L、CD95、CD127、CD244の発現が認められた。iMAIT細胞においても、発現に若干の強弱があるものの、これら全てのマーカーの発現を確認することができた(図6、表2)。
【0079】
また、PBMC−MAIT細胞はCCR5やCCR6といったケモカイン受容体を強く発現する一方、CCR7の発現が陰性であることが知られている(Dusseaux et al.,2011)。そこで、PBMC−MAIT細胞とiMAIT細胞における、これらケモカイン受容体の発現を上述の方法と同様に検討したところ、iMAIT細胞では、PBMC−MAIT細胞と同様、CCR5とCCR6の強い発現が認められた。一方、CCR7は弱いながらも発現が確認され、PBMC−MAIT細胞とは異なる特性を呈した(表2)。
【0080】
さらに、PBMC−MAIT細胞は一般的にエフェクターメモリー型T細胞のマーカーであるCD45ROの発現が陽性であり、ナイーブ型T細胞(抗原刺激を受ける前のT細胞)のマーカーとして知られるCD45RAの発現は陰性又はごく一部の細胞でのみ陽性であるが、iMAIT細胞ではCD45RAの発現が強く認められ、CD45RO陽性細胞はほとんど認められなかった(図6、表2)。
【0081】
以上の結果より、iMAIT細胞はPBMC−MAIT細胞とほぼ同様の形質を呈することが強く示された一方、CD45RAやCCR7の発現で規定されるナイーブ型T細胞としての特性を保持しており、PBMC−MAITとは一部異なる形質を有していることが明らかになった。
【0082】
実施例5:iMAIT細胞のサイトカイン産生能確認
MAIT細胞の特徴として、CD3/TCRとCD28への共刺激シグナル(以下、CD3/CD28刺激)、又はホルボール12−ミリスタート13−アセテート(phorbol12−myristate 13−acetate:PMA)とイオノマイシン(Ionomycin)による刺激(以下、PMA/Iono刺激)によりインターフェロン(IFN)γ等のサイトカインを産生することが知られている(Dusseaux et al.,2011)。そこで、実施例2、3記載の方法に基づき作製したiMAIT細胞を、抗CD3抗体並びに抗CD28抗体でコートされた磁気ビーズ(Dynabeads Human T−Activator CD3/CD28;Invitrogen社)と混和培養してCD3/CD28刺激を48時間、行った。また、同様にiMAIT細胞培養系にPMA(10ng/mL;和光純薬社)とIonomycin(1μM;和光純薬社)を添加してPMA/Iono刺激を48時間行った。
【0083】
その後、培地上清を回収し、各種サイトカインの量をBioplex Pro−Human Cytokine 21−plex AssayおよびPro−Human Cytokine 27−plex Assayシステム(BioRad社)を用いて測定した。その結果、iMAIT細胞は未刺激状態ではIFNγを産生していなかったが、CD3/CD28刺激又はPMA/Iono刺激を与えたところ、著明に高いIFNγの産生が認められた(図7)。また、その他のサイトカイン産生能も調べたところ、iMAIT細胞は未刺激状態ではIL−2、IL−17、TNF−αの産生がみられなかったが、PMA/Iono刺激により明らかな産生亢進効果が認められた。一方、IL−4やIL−10の産生はみられず、以上の結果はPBMC−MAIT細胞とよく似た傾向を示していた。
【0084】
また、MAIT細胞は、細菌を貪食させたモノサイトと共培養することにより、インターフェロン(IFN)γ等のサイトカインを産生することが知られている。そこで、同様の系を用いてiMAIT細胞のサイトカイン産生能を検討した。ヒト末梢血由来単核球細胞(1×10個/mL;Cellular Technology社)を細胞培養用96穴プレートに1×10個ずつ播種し、1時間放置した後、底面に付着性細胞として残る細胞(約1×10個)をモノサイトとして使用した。無血清・無添加のDMEM培地中の付着性細胞に対して大腸菌(Escherichia coli;多重感染度MOI=100)を3時間感染させた。その後、10%FBS及びペニシリン・ストレプトマイシンを加えたDMEMで洗浄・置換し、そこに実施例3、4と同様の方法で調製したiMAIT細胞を2×10個ずつ播種した。48時間共培養を行った後、培地の上清を回収し、各種サイトカインの量を測定した。その結果、当該共培養系においても、IFNγやIL−2、IL−17、TNF−αといったサイトカインの産生量増大が確認できた。
【0085】
実施例6:マウス体内におけるiMAIT細胞の定着と感染防御効果の検討
iMAIT細胞が動物体内で、通常のMAIT細胞と同様の挙動を取り得るかを確認するため、事前に320cGyの放射線照射を行った8〜10週齢のNOD/scidマウス(Charles River社)に、実施例3で作製したiMAIT細胞(5×10個/匹)を経静脈投与により注入移植した。6〜10週後に安楽的に屠殺した後、骨髄や肝臓、脾臓、小腸上皮や粘膜固有層を摘出した。次に、当該臓器よりリンパ球を回収し、実施例3と同様のFCM法を用いて、リンパ球中のiMAIT細胞、即ち3C10/TCRαβ細胞の存在を調べた。
【0086】
その結果、調べた全ての臓器においてiMAIT細胞の存在が確認され、特に小腸粘膜固有層に高率に集積していることが示された(図8)。また、小腸粘膜固有層で検出されたiMAIT細胞数が、移入した細胞数の少なくとも100倍を超えている例が確認され、iMAIT細胞がマウス体内環境下で増殖していることが示唆された。
【0087】
MAIT細胞は、結核菌等の細菌に感染した細胞と反応し、感染防御の機能を有することが知られている。iMAIT細胞は、感染防御の際に重要な役割を担うIFNγやIL−17、IL−2を産生するとともに(実施例5参照)、これらサイトカインと同様、細胞傷害性を誘起する上で中心的な役割を担うパーフォリンおよびグランザイムも産生している(データ示さず)。そこで、iMAIT細胞が、実際に細菌感染に対する防御効果を示すか否かを検討した。
【0088】
NOG(NOD.Cg−Prkdcscid Il2rgtm 1 Sug/Jic)マウス(実験動物中央研究所)に、実施例3の方法に基づいて作製したiMAIT細胞(5×10個/匹)を経静脈投与により注入移植した。その5週間後、非結核性抗酸菌(Mycobacterium abscessus)を1.0×10CFU/匹で接種した。その2週間後に安楽的に屠殺して肝臓と脾臓を摘出し、当該臓器内で生存するM.abscessus菌の数(コロニー形成能)を調べた。
【0089】
結果を図9に示すが、iMAIT細胞を移入しなかった群であるiMAIT(−)と比較して、iMAIT細胞を移入した群であるiMAIT(+)では肝臓における生菌(形成コロニー)数が有意に低減しており、脾臓においても同様の傾向が認められた。
【0090】
以上の実験結果は、動物体内において、iMAIT細胞はMAIT細胞と同等の機能や効果を呈することを明らかに示すものである。
[配列表]
図1
図2A
図2B
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9