(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0010】
電子顕微鏡は、可動ステージを用いて撮像対象を移動させ、撮像対象の様々な位置の撮像を行う装置である。可動ステージの高速移動や高精度位置決めのためには、可動ステージの駆動力として,リニアモータを用いることが望ましい。しかし、電子顕微鏡では,電子軌道上の磁場変動を避ける必要がある。よって可動ステージの移動に伴って生じる磁場変動も避けなければならない。
リニアモータは、制御電流が通電されるコイルと永久磁石とを備え、電磁力によって駆動力を発生する。以下に説明する実施例では、ムービングコイル型のリニアモータについて説明する。ムービングコイル型のリニアモータは、レール状に並べた永久磁石列を有する界磁子と、制御電流を通電するコイルを有する可動子から構成される。界磁子における可動子移動方向長さが、ほぼ可動子の移動ストロークに相当する。
【0011】
電子顕微鏡の可動ステージにリニアモータを用いる場合、前述の界磁子を固定し、磁場変動を抑制する構成も可能である。しかし、より部品点数の少ない可動ステージとするためには、界磁子が移動する構成とすることが望ましい。一方で、界磁子が移動すると、磁場の発生源が移動することになるため、ビームに対して影響を与える可能性がある。
【0012】
以下に説明する実施例は、リニアモータを構成する磁性体の移動に基づくビームへの影響を抑制する機構を備えた走査電子顕微鏡に関するものである。なお、以下の実施例では走査電子顕微鏡を例に採って説明するが、走査電子顕微鏡と同等に磁場によってビームが偏向される可能性のある集束イオンビーム装置等の他の荷電粒子線装置への適用も可能である。
【0013】
以下に説明する実施例では、主に磁場レンズ、可動ステージを有する電子顕微鏡において、前記可動ステージは板状磁性体を有しており、前記板状磁性体の板厚方向は、前記磁場レンズの光軸と平行であって、前記可動ステージの可動方向の板状磁性体長さが、試料の長さよりも大きく、試料が板状磁性体からはみ出さない構造とした電子顕微鏡について説明する。また、上記板状磁性体を複数の板状磁性体で構成すると共に、当該複数の板状磁性体間のギャップに、磁性体で構成された試料ステージを案内するガイドを配置した例について、併せて説明する。このような構成によれば、界磁子の移動によるビームに対する影響を抑制することが可能となる。また、磁性体で構成されたガイドと、リニアモータと、複数の板状磁性体を用いて、移動する磁性体を比透磁率、厚さ分布のない無限平板に近づけることによって、テーブル(試料を載置するためのトップテーブル)の全面に亘って板状磁性体を配置する場合と比較して、テーブル重量を抑制することができ、ステージへの負荷を低減することが可能となる。
【0014】
以下、図面を用いて、板状磁性体を有する試料ステージを備えた電子顕微鏡について説明する。
図1は走査電子顕微鏡の概略を示す図である。制御装置113はユーザーインターフェースからオペレータによって入力された電子の加速電圧,ウェーハ110の情報,観察位置情報などを基に、電子光学系、ステージ109等の制御を行う。ウェーハ110は図示されないウェーハ搬送装置を介して、試料交換室を経由した後、試料室108にある試料ステージ109上に固定される。 制御装置113は、引出電極や加速電極への印加電圧、ウェーハ110へ印加するリターディング電圧、試料ステージ109内に内蔵された静電チャックへの印加電圧、第一コンデンサレンズ104と第二コンデンサレンズ105、及び対物レンズ107への励磁電流等を制御する。
【0015】
引出電極102により電子源101から引き出された電子ビーム103は、第一コンデンサレンズ104、第二コンデンサレンズ105、及び対物レンズ107により収束されウェーハ110上に照射される。途中電子ビーム103は、走査偏向器106によってウェーハ110上を二次元的に走査される。
【0016】
上記ウェーハ110への電子ビーム103の照射に起因して、ウェーハ110から放出される二次電子111は二次電子検出器112により捕捉され、図示しない二次電子信号増幅器を介して二次電子像表示装置114の輝度信号として使用される。また二次電子像表示装置114の偏向信号と、走査偏向器106の偏向信号とは同期しているため、二次電子像表示装置114上にはウェーハ110上のパターン形状が忠実に再現される。
【0017】
ウェーハ110上のパターンを高速に測定、或いは検査するためには試料ステージ109が所望の観察点にウェーハ110を高速に位置付けると共に、速やかに停止させる必要がある。また、所望の観察点に視野を位置づけた後、速やかにフォーカス調整を行う必要がある。このような高速測定、高速検査を可能とするステージを
図2に例示する。
【0018】
図2は、ステージ装置の外観見取図である。ステージ機構は、ベース201に対してXガイド202によってX方向(
図2に示す座標軸のX方向)にのみ可動なXテーブル203と、同じくベース101に対してYガイド110によってY方向(
図1に示す座標軸のY方向)にのみ可動なYテーブル204とがある。なお、本実施例では、X方向を第1の方向、Y方向を第2の方向として説明する。
【0019】
Xテーブル203の両端には第1の駆動機構であるXモータ可動子205が固定され、Xモータ可動子205のコイルに電流を流すことで、ベース201に固定されたXモータ固定子206(マグネット)との間に電磁気力による推力が発生する。同じくYテーブル207の両端には第1の駆動機構であるYモータ可動子208が固定され、Yモータ可動子208のコイルに電流を流すことで、ベース201に固定されたYモータ固定子209(マグネット)との間に電磁気力による推力が発生する。
【0020】
Yテーブル207上にはXサブガイド210によってサブテーブル211がYテーブル207上をX方向に可動に結合されている。Xテーブル203上にはYサブガイド212によって案内されるトップテーブル213が連結部材214を介して結合されている。トップテーブル213にはウェーハ110を支持するための試料支持機構(静電チャックなど)が内蔵されている。また、トップテーブル213には後述する板状磁性体が内蔵されている。
【0021】
図3は板状磁性体が内蔵されたトップテーブルの概要を示す図である。
図3の上図は、3枚の板状磁性体301、302、303が内蔵されたトップテーブル213をy方向から見たときの図、
図3の下図はz方向から見た図である。板状磁性体301、302、303は、磁場発生源であるモータ可動子からのビーム照射点に対する磁場の影響を抑制するためのシールドとして機能すると共に、対物レンズ107のレンズギャップ115から漏洩する漏洩磁場の変動を抑制するための磁路として機能する。試料側に向かってレンズギャップ115が開放された対物レンズは、下磁極開放型レンズ、或いはセミインレンズと呼ばれ、対物レンズ107の漏洩磁場内に、試料が配置される。このようなレンズ構成によれば、集束磁場中に試料を配置することになるため、対物レンズ主面と試料間の距離(ワーキングディスタンス)を短くすることができ、電子顕微鏡の高分解能化を実現することが可能となる。その一方で対物レンズの直下で磁場の大きさが変化すると、集束磁場に影響を与え、その結果、フォーカス調整に時間がかかることが考えられる。本実施例は、対物レンズの集束磁場以外の磁場の影響を抑制しつつ、ステージの可動部材の軽量化を実現することで、フォーカス調整時間の短縮化と、テーブル軽量化によるステージ移動時間の高速化の両立による測定、検査の高スループット化を実現するためのものである。
【0022】
テーブルの軽量化のために、板状磁性体301、302、303間には、ギャップが設けられている。このギャップは、トップテーブル213のX−Y方向全体を板状磁性体で覆う場合と比べて、トップテーブル213全体の重量を軽量化するために設けられている。また、
図3に例示するステージ構造では、板状磁性体間のギャップ直下に、Yサブガイド212a、212bが配置されている。トップテーブル213は、連結部材214a、連結部材214bに支持され、Yサブガイド212a、212bによって案内される。このYサブガイド212a、bも、板状磁性体と同様に磁性材料で形成されている。
【0023】
このようにテーブルを案内するガイドの案内方向(Y方向)と、当該テーブルのもう1つの移動方向(X方向)に直交する方向(Z方向、或いは電子ビームの照射方向)から見て、板状磁性体間のギャップに、磁性材料で形成されたYサブガイド212a、212bが位置するように、各構成要素を配置する。このように構成することによって、トップテーブル213の試料が位置する領域に、磁性体である可動子、ガイドが移動することによって生じる磁場変動を抑制し、トップテーブルの軽量化をはかることが可能となる。試料(ウェーハ)が配置されるトップテーブルの領域下に、ガイド或いは板状磁性体のいずれかが配置されるように構成することで、上記効果を実現することが可能となる。この効果の詳細については更に後述する。
【0024】
上述のように、磁場を発生する可動子(ムービングコイル)を備えたリニアモータを、荷電粒子線装置用の試料ステージ(トップテーブル)駆動源として採用する場合、リニアモータからの漏洩磁場に注意しなければならない。電子軌道上の磁場変動は電子ビームを曲げ、撮像のxy方向の軌道ずれ、z方向の軌道ずれを引き起こすためである。以下、それぞれ位置ずれ、フォーカスずれと記す。
図5に、ムービングコイル型リニアモータの概略図を示す。Y方向リニアモータ9は、Y方向リニアモータ可動子9−1、Y方向リニアモータ界磁子9−2からなる。Y方向リニアモータ界磁子9−2はS極とN極が交互となるよう直線状に並べられた永久磁石列と、永久磁石列の外側に配置され、開放面を有する箱型のヨークからなる。Y方向リニアモータ可動子9−1は、コイルを含有し永久磁石列間の空隙に配置される。
【0025】
X方向リニアモータ10は、X方向リニアモータ可動子10−1、X方向リニアモータ界磁子10−2からなる。X方向リニアモータ可動子10−1、界磁子10−2はそれぞれY方向リニアモータ可動子9−1、界磁子9−2と同様の構造である。永久磁石列の作る磁場と,可動子内のコイルが作る磁場との相互作用で,可動子は移動,位置決めが行われる。
【0026】
永久磁石は残留磁束密度が高く、且つ保磁力の大きい材料が好ましく、例えばネオジム磁石などが好ましい。永久磁石の配列は前述の通り、S極とN極が交互となるよう直線状に並べられる必要がある。漏洩磁束を減らすため、例えばハルバッハ配列にすることがより好ましい。ヨークには透磁率が数百から数千程度の材料が好ましく、例えば純鉄、Fe−Si、パーマロイなどが好ましい。
【0027】
図6に可動ステージの構成例を示す。この例では、可動ステージは試料ステージ6、Y方向リニアモータ9、X方向リニアモータ10からなる。XYステージの駆動力には,X方向Y方向,それぞれの移動を担うリニアモータが少なくとも1台ずつ必要である。X方向リニアモータ界磁子10−2は試料室容器(図示せず)に固定されており、移動しない。一方、Y方向リニアモータ界磁子9−2はX方向リニアモータ可動子10−1に接続されており、X方向に移動が可能である。更に、試料ステージ6はY方向リニアモータ可動子9−1に接続されており、XY方向に移動が可能である。
【0028】
本実施例ではY方向リニアモータ9、X方向リニアモータ10いずれもヨークの開放面がz軸正の方向となっているが、ヨークの開放面をxy平面にする、すなわちリニアモータを横置きにしても構わない。
【0029】
可動ステージは磁性体を有しており、可動ステージの移動に伴って対物レンズ2の内部の磁場分布が変化する。可動ステージを対物レンズ2から遠ざけることで,この磁場変動を抑制することが可能であるが、その分試料室容器5を大きくする必要がある。そこで,磁性体移動による磁場変動を抑制する施策が必要となる。以下、可動ステージ位置と磁場強度の関係を述べる。
【0030】
図7に、試料の左端にビームを照射するときの対物レンズとステージを構成する構成要素との位置関係を例示する。
図7に例示する状態では、試料左端観察時に対物レンズ2の直下にガイド11が配置される。したがって、ガイド11の磁化によって、対物レンズ2の内部の磁場強度が強くなる。なお、図中の矢印は光軸8からY方向リニアモータ9までの距離を表す。
【0031】
図8に、試料の中央にビームを照射するときの対物レンズとステージを構成する構成要素との位置関係を例示する。
図8に例示する状態では、試料中央観察時に対物レンズ2の直下に磁性体が配置されない。したがって、対物レンズ2の内部の磁場強度が強くなる。
【0032】
図9に、試料の右端にビームを照射するときの対物レンズとステージを構成する構成要素との位置関係を例示する。
図9に例示する状態では、試料右端観察時に対物レンズ2の直下にガイド11が配置される。したがって、ガイド11の磁化によって、対物レンズ2の内部の磁場強度が強くなる。
【0033】
図10〜12に、試料ステージ(トップテーブル)内に板状磁性体を配置したときの荷電粒子線装置を構成する各構成要素の位置関係を例示する。
図10〜12に例示する状態では、可動ステージの位置によらず対物レンズ2の直下に板状磁性体12が配置される。したがって、可動ステージの位置によらず板状磁性体12の磁化によって、対物レンズ2の内部の磁場強度が強くなっている。対物レンズ内の磁場強度は、CAE(Computer Aided Engineerring)解析によって求めることができる。
【0034】
図13に、可動ステージ位置と磁場強度の関係を示す。横軸は光軸からY方向リニアモータまでの距離、縦軸は対物レンズ内の磁場強度である。板状磁性体のない構造では、試料左端、試料右端、試料中央の順に磁場強度が強い。試料左端観察時は、Y方向リニアモータ9が光軸に近づくため、試料右端観察時よりも磁場強度が強い。試料中央観察時は、対物レンズ2の直下に磁性体が配置されないため、最も磁場強度が弱い。一方、板状磁性体を可動ステージに内在させた構造では、試料中央観察時に対物レンズ2の直下に板状磁性体12が配置されるため、可動ステージの位置によらず、対物レンズ2の内部の磁場強度を一定に保つことができる。
【0035】
図14は、板状磁性体の幅と磁場強度の関係を示すグラフである。板状磁性体の幅が大きいほど、磁性体移動による磁場変動が小さくなり、可動ステージの移動距離、すなわち試料直径以上であれば良い。例えば、可動ステージの移動距離が300mmであれば、板状磁性体の幅を300mmより大きくすれば良い。磁性体を無限平板とすることで、磁場変動を小さくできるが、実装できる大きさには制限があるため、板状磁性体の幅は試料直径よりも大きくすることが好ましい。
【0036】
以上のような前提を踏まえ、板状磁性体の具体的な構造について説明する。
図4は、分割され、各板状磁性体間にギャップが設けられた可動ステージの概要を示す図である。板状磁性体12が複数に分割されており、試料下部の領域がガイド11、或いは板状磁性体12のいずれかが配置される構造である。
図4に例示する構成によれば、単に板状磁性体を配置する場合と比較して、最小限の磁性体で可動ステージを構成できることである。追加する部品を最小限とすることで、可動ステージの重量が増加することなく、高速位置決めが可能である。
【0037】
また、ガイド11、板状磁性体12を、の比透磁率がほぼ等しい材料で構成することが望ましい。ガイド11は、外力に対する変形を防ぐため、剛性の高い材料が好ましく、例えば鉄系材料が好ましい。板状磁性体12の比透磁率を、ガイド11と揃えることで、可動ステージを移動させても対物レンズ2の直下の比透磁率の変化が小さく、磁場強度を一定に保つことができる。この構造のもう一つの利点は、板状磁性体12、ガイド11の比透磁率の差によって生じる磁場変動が小さくなることである。
【0038】
更に望ましくは、実施例4はガイド11、板状磁性体12を同じ材料で構成する。板状磁性体12の材料を、ガイド11と揃えることで、可動ステージを移動させても対物レンズ2の直下の比透磁率が変わらず、磁場強度を一定に保つことができる。この構造のもう一つの利点は、板状磁性体12、ガイド11の比透磁率の差によって生じる磁場変動がなくなることである。
【0039】
上述のようなリニアモータを用いれば、可動ステージによる磁場変動を減らすことができる。したがって、可動ステージ移動による電子軌道ずれを抑制でき、かつ高速移動可能な可動ステージを提供できる。また、高分解能、かつ高スループットの電子顕微鏡を提供できる。特に、ステージの軽量化とフォーカス調整の高速化の両立が可能となるため、荷電粒子ビームを用いた測定、検査の高速化を実現することができる。