【実施例1】
【0016】
まず、第一の実施例について、
図1〜7を用いて説明する。
図1は第一実施例の特徴である、イオン輸送部(イオンガイド)および質量分析部(四重極質量分析部)を示す図であり、
図2は、本実施例の質量分析装置の全体構成図である。まず、質量分析装置11の分析フローを示す。
【0017】
質量分析対象の試料は、ガスクロマトグラフィー(GC)又は液体クロマトグラフィー(LC)などの前処理系1にて、時間的に分離・分画され、次々とイオン化部2にて、イオン化された試料イオンは、イオン輸送部3を通って、質量分析部4に入射され、質量分離される。ここで、mはイオン質量、zはイオンの帯電価数である。質量分析部4への電圧は、制御部8から制御されながら、DC電圧源9から印加される。分離されたイオンは、イオン検出部5で検出され、データ処理部6でデータ整理・処理され、その分析結果である質量分析データは表示部7にて表示される。この一連の質量分析過程−試料のイオン化、試料イオンビームの質量分析部3への輸送及び入射、質量分離過程、及び、イオン検出、データ処理、ユーザ入力部10の指令処理の全体を制御部8で制御している。
【0018】
ここで、イオン輸送部3及び質量分析部4は、4本の棒状電極から成る四重極質量分析計としているが、4本以上の棒状電極から構成する多重極質量分析計としてもよい。また、
図1に示すように、棒状電極の長手方向をz方向、断面方向をx,y平面とすると、棒状電極のx,y断面図にて示すように、4本の棒状電極は、円柱電極でも良く、また、点線で示したような双極面形状をした棒状電極でも良い。
【0019】
質量分析部4における4本の電極には、向かい合う電極を1組として、2組の電極13a,13bには、直流電圧と高周波電圧の重畳した電圧の逆位相の電圧、+(U+VcosΩt)、−(U+VcosΩt)が印加され、4本の棒状電極間には、(1)式に示す、高周波電界Ex, Eyが生成される。
【0020】
【数1】
【0021】
イオン化された試料イオンは、この棒状電極間の中心軸(z方向)に沿って導入され、(1)式の高周波電界の中を通過する。このときのx, y方向のイオン軌道の安定性は棒状電極間でのイオンの運動方程式(Mathieu方程式)から導かれる次の無次元パラメータa、qによって決まる。
【0022】
【数2】
【0023】
【数3】
【0024】
ここで、価数z=1としている。z≠1の場合は(2)、(3)式中の。r
0は対向するロッド電極間の距離の半値、eは素電荷、mはイオン質量、U はロッド電極に印加する直流電圧、V、Ωは高周波電圧の振幅及び角周波数である。r
0、U、V、Ωの値が決まると、各イオン種はその質量数mに応じて、
図3のa−q平面上の異なる(a,q)点に対応する。このとき、(2)、(3)の式から、各イオン種の異なる(a,q)点は、(4)式の直線上に全て存在することになる。
【0025】
【数4】
【0026】
X, y両方向のイオン軌道に対し、安定解を与えるa、qの定量的範囲(安定透過領域)を
図3に示す。ある特定の質量数Mを有するイオン種のみを棒状電極間に通過させ、その他のイオン種をQMSの外に不安定出射させて質量分離するためには、
図3の安定透過領域の頂点付近と交わるようにU,V比を調整する必要がある(
図3)。安定透過するイオンが振動しながら、棒状電極間をz方向に通過するのに対して、不安定化イオンは振動が発散して、x、y方向に出射する。(4)式の直線は質量走査線と呼ばれ、質量走査線の傾き(U/V比)を維持しながら、U、V値を順次走査することで、棒状電極間を安定透過して質量分離されるイオン種の質量数Mが走査される。
【0027】
【数5】
【0028】
【数6】
【0029】
このとき、(2)、(3)式を変形した(5)、(6)式から、通常は、イオン質量mに比例させて、U,V値を増加させて、イオン種の質量数Mが走査される。
【0030】
一方、イオン輸送部3(イオンガイド)では、4本の電極には、向かい合う電極を1組として、2組の電極14a, 14bには、各々逆位相の高周波電圧のみの電圧、+VcosΩt、−VcosΩtが印加され、4本の棒状電極間には、(7)式に示す、高周波電界Ex, Eyが生成される。
【0031】
【数7】
【0032】
イオン輸送部には、直流電圧が印加されないため、U=0となり、(4)式から、イオン輸送部の場合の質量走査線は、(8)式となる。
【0033】
【数8】
【0034】
従って、
図3に示すように、安定透過領域とa=0の走査線の交わる領域に相当するすべてのイオン種が、理論上透過できるはずである。しかし、実際には、
図4に示すように、イオン輸送部3(イオンガイド)の入り口には、急激なポテンシャルの増減(ピーク状)分布が生成され、それにより、イオンガイド入り口でイオンの一部が不安定化して、イオンガイドを通過しないため、イオン数が損失し、検出感度の低下を招く。イオンガイド部或いは質量分析部の電極入り口付近で、イオンの一部が不安定化する様子の概念図を
図5に示した。
【0035】
本実施例では、
図1に示すようにイオンガイド部の4本乃至はそれ以上の本数の電極の内接円の半径r
iが質量分析部の4本以上の棒状電極の内接円半径r
qより大きくなるように、それぞれの電極を配置することを特徴とする。
【0036】
【数9】
【0037】
さらに、質量分析部の各棒状電極の入り口端部の形状が、
図1に示すように、テーパー形状になっていることを特徴とする。このテーパー形状は、
図1のy−z平面図に示すように、イオン入射する方向とは逆向きに、内接円径が徐々に広がるような傾斜(テーパー)形状を持つことを特徴とする。これにより、
図6に示すように、イオンガイド及び質量分析部の入り口付近に生成される電位ポテンシャルの急激な増減(ピーク状)分布が軽減しており、それに伴い、イオンガイド及び質量分析部入り口付近でのイオン損失率が大幅に低下している、つまり、イオン透過率が大幅に向上していることをシミュレーションにより確認できた。従って、本実施例により、イオンガイド及び質量分析部の入り口付近に生成される電位ポテンシャルの急激な増減(ピーク状)分布が軽減し、イオン感度が向上することが期待できると考える。ここで、質量分析部の入り口における各電極形状は、テーパー形状の代わりに、
図7のように、入り口側の方が広がるように、外側に向けて曲がったような電極形状でも良い。また、
図1の場合でも、
図7のような場合でも、テーパー形状の部分の長さla、及び、曲率を持っている部分の長さ(z方向長さ)laは、質量分離精度を維持するため、電極の全体長さがl
0とすると、l
0/3以下が望ましい。
【0038】
【数10】
【実施例3】
【0040】
次に、第三の実施例について、
図10を用いて説明する。ここでは、
図10に示すように、イオン輸送(イオンガイド)部の電極に印加する高周波電圧±V
icos(Ω
it + Φ
0)と、質量分析部の電極に印加する、直流電圧Uと高周波電圧Vqcos(Ωqt+ Φ0)の重畳電圧±(U+ V
qcos(Ω
qt+ Φ
0))に対して、イオン輸送(イオンガイド)部3の電極に印加する高周波電圧の振幅値V
iと、質量分析部の電極に印加する、高周波電圧V
qcos(Ω
qt+ Φ
0)の振幅値V
qとの間に、次の関係が成り立つように印加する。
【0041】
【数11】
【0042】
イオン輸送部の電位分布の急激な増減を軽減するために、イオン輸送部の各電極の内接円半径r
iを、質量分析部の各電極の内接円半径r
qより大きくするといった第一の実施例に比べ、本実施例では、イオン輸送部の各電極の内接円半径r
i =r
qの状態で、印加電圧の調整のみで、イオン輸送部の電位分布の急激な増減を軽減可能である。このとき、印加電圧で微調整が可能である分、イオン種毎にイオン透過率が異なる場合などに、イオン種毎の調整が可能となり、分析対象の質量対電荷比の広い範囲(マスレンジ)で、イオン感度の向上が期待できると考える。