(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6281831
(24)【登録日】2018年2月2日
(45)【発行日】2018年2月21日
(54)【発明の名称】神経変性疾患の制御因子
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/68 20180101AFI20180208BHJP
G01N 33/68 20060101ALI20180208BHJP
G01N 33/50 20060101ALI20180208BHJP
【FI】
C12Q1/68 A
G01N33/68
G01N33/50 Z
【請求項の数】3
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2012-289083(P2012-289083)
(22)【出願日】2012年12月28日
(65)【公開番号】特開2014-128250(P2014-128250A)
(43)【公開日】2014年7月10日
【審査請求日】2015年12月24日
(73)【特許権者】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(73)【特許権者】
【識別番号】504229284
【氏名又は名称】国立大学法人弘前大学
(73)【特許権者】
【識別番号】591122956
【氏名又は名称】株式会社LSIメディエンス
(74)【代理人】
【識別番号】100090251
【弁理士】
【氏名又は名称】森田 憲一
(74)【代理人】
【識別番号】100139594
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健次郎
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 秀直
(72)【発明者】
【氏名】内海 潤
(72)【発明者】
【氏名】若林 孝一
(72)【発明者】
【氏名】森 文秋
(72)【発明者】
【氏名】上田 哲也
【審査官】
福間 信子
(56)【参考文献】
【文献】
米国特許出願公開第2011/0281804(US,A1)
【文献】
特表2006−519008(JP,A)
【文献】
国際公開第2011/109440(WO,A1)
【文献】
国際公開第2008/153692(WO,A1)
【文献】
国際公開第2009/001392(WO,A1)
【文献】
Homo sapiens activating molecule in beclin-1-regulated autophagy (AMBRA1) mRNA, complete cds,NCBI, ACCESSION No.DQ870924, 29-JUN-2007,[検索日:2017年7月26日],URL,https://www.ncbi.nlm.nih.gov/nuccore/DQ870924.1
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00−90
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者から採取した試料中のAMBRA1のポリペプチド又はmRNAを測定する工程を含む、筋萎縮性側索硬化症の検出を補助する方法。
【請求項2】
筋萎縮性側索硬化症を検出するために、被験者から採取した試料中のAMBRA1のポリペプチド又はmRNAを測定する方法。
【請求項3】
筋萎縮性側索硬化症に対する治療を行った対象由来の試料中のAMBRA1のポリペプチド又はmRNAを測定する工程を含む、前記治療効果を判定するためのデータを取得する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、筋萎縮性側索硬化症(Amyotrophic Lateral Sclerosis:ALS)の存在を検出するための検査診断および同疾患の治療標的として有用な因子の利用に関する。
【背景技術】
【0002】
認知症を含む神経変性疾患は、一般に進行性であり、脳神経細胞の不可逆的な変性を伴うことから、早期に診断し治療を開始することが重要である。しかし、現時点では有効なバイオマーカーが確立されておらず、血清学的検査方法を用いた診断法は確立されておらず、また確実な治療法も確立されていない。その結果、難治性で、日常生活が破壊される状況となり、患者本人の肉体的負担のみならず、家族にも多大の負担を来している。神経変性疾患は患者本人だけでなく、介護者にも多大な負担が及び、社会全体の活力の大きな損失につながるという実態がある。超高齢化社会が進む我が国では、神経変性疾患対策が国家的な重要課題となってきている。すなわち、(1)高齢化社会における医療福祉行政の基幹的課題であること、(2)認知症による膨大な経済的損失(年間5兆円相当)を軽減すること、(3)医療イノベーションで日本発の革新的治療法の開発を推進し、日本の医薬品輸入赤字(2兆円超)を解消すること、(4)国の5ヵ年計画(2012)で対策が必要な重点疾患(がん、難病・希少疾病、肝炎、感染症、糖尿病、脳心血管疾患、精神神経疾患、小児疾患)に指定されていること、などである。このように、新たなバイオマーカーの開発、検査診断薬の開発、治療薬・治療法の開発が緊急の課題となっている。
【0003】
検査診断法については、疾患関連バイオマーカーが特定され、血清学的診断法により簡便に早期の診断及び病態のモニタリングが実施できるようになれば、早期治療が可能となり、多くの患者の不可逆的なダメージを最小限に抑えることが可能となる。早期診断が可能となれば、患者だけでなく介護者のQOLの向上、ひいては超高齢化を迎えた日本社会全体の活力の維持にも大きく貢献することは間違いない。治療法に関しては、病態改善薬のみならず、進行抑制薬も十分に医療上の意義が高く、そのためのバイオマーカーの神経機能への関与の解析も重要である。
【0004】
神経変性疾患の発症や病態に関わる生体内因子は、遺伝子から細胞まで広く研究されているが、未解明な部分が非常に多く、未だに診断や治療につながる有用なバイオマーカーは見出されていない。難治性神経変性疾患のうちでも、筋萎縮性側索硬化症(Amyotrophic Lateral Sclerosis:ALS)は重篤な神経機能障害と死に至る疾患であり、有用なバイオマーカーの開発は緊急の課題となっている。
【0005】
近年、生命維持のためのタンパク質分解系の研究が大きく進んだ。細胞には、タンパク質を新たに作り出す機構だけでなく、作ったタンパク質が不要になった場合に分解する機構もあり、(1)ユビキチン−プロテアソーム系 、(2)オートファジーの二つの主要な機構が存在する。ユビキチン−プロテアソーム系では、分解するべきタンパク質の一つ一つに、ユビキチン分子が複数結合することでプロテアソームにより認識されて分解されるという選択的タンパク質分解系で、個々のタンパク質ごとの分解が行われるのに対し、オートファジーでは一度に多くのタンパク質が分解される。このためオートファジーによるタンパク質分解のことはバルク分解系とも呼ばれる。オートファジーの機構は酵母から高等動植物にまでよく保存されている。
【0006】
オートファジーは、生体の恒常性維持と種々の疾患に関与すると考えられており、神経変性疾患ではパーキンソン病とアルツハイマー病への関与が示唆されている(非特許文献1)。神経変性疾患では、病理学的に細胞内封入体が観察され、その中に特定のタンパク質に凝集物が認められている。この細胞内封入体は、細胞内タンパク質分解系の不全による結果と考えられ、これが神経細胞機能の障害を引き起こす可能性が指摘される一方、これらの封入体と凝集体の生成抑制と分解除去が治療法につながる可能性が考えられる。実際に、神経変性疾患の診断や治療への利用に関しては、シヌクレイノパチーの治療に酸性β−グルコセレブロシダーゼ(GBA)ポリペプチド類やカテプシンD類の利用が提案されている(特許文献1)。
【0007】
ALSにおいては、SOD1、TARDBP(TDP−43)、FUS、Optineurinなどの凝集体が知られており、このうち、TARDBP凝集体の分解を狙ったオートファジーの活性化が、ALS病態モデルであるFTLD−Uマウスの病態を改善させたという報告がある(非特許文献2)。他方、細胞における組織再生や修復の制御因子であるmTOR(mammalian target of rapamycin)の阻害はオートファジーを促進させることから、代表的mTOR阻害薬であるラパマイシンを投与してオートファジーの活性化を図ったものの、ALSモデルマウス(SOD1−G93A)の運動神経変性は改善せず、逆に早期死亡が多かったことという報告もある(非特許文献3)。すなわち、ALSモデルマウスにおいては、オートファジーの活性化によって、病態が改善した報告と悪化した報告の両方が存在しているが、これらはいずれもALSの特徴的病変を増強したモデルマウスであり、実際のヒトのALSにおける効果を見たものではないことから、統一的な解釈には限界があると思われる。
【0008】
ALSモデルマウスにおける結果の違いは、mTORはオートファジーのみならず免疫系に作用することや過度のオートファジーは細胞死につながる可能性があることも関連していると思われる。ゆれゆえ、適切にオートファジーを調節することが疾患治療には重要であることが示唆される。同時に、モデルマウスに依らずに、できるだけALS患者由来組織を用いた検証的解析が重要であることも示唆される。
【0009】
以上のように、ALSではタンパク質分解系に関する因子に注目した診断や治療法の開発が注目されており、検査診断あるいは創薬に有用な疾患バイオマーカーの利用が切望されているものの、ALSに対する診断や治療にオートファジー関連因子を直接利用する手法については、未だ確立されていない。できるだけヒト試料用いて、病因解明と疾患バイオマーカーを研究開発することが強く求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特表2010-535153号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】MIzushima N and Komatsu M, Cell. 2011;147(4):728-41.
【非特許文献2】Wang IF et al., Autophagy. 2012;9(2):1-2.
【非特許文献3】Zhang X et al., Autophagy. 2011 Apr;7(4):412-25.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上記のとおり、難治性のALSに対する検査法や治療法は確立しておらず、医療上の大きな課題になっている。疾患に関与すると想定されるオートファジー関連因子からバイオマーカーとなり得る因子を見出し、その利用方法を確立すれば、新しい検査診断法、病態モニタリング法、さらには治療薬への応用が可能となる。
本発明の目的は、ALSのバイオマーカーとなる因子を見出し、臨床検査や病態モニタリング、さらには治療法へ応用することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、以下の発明に関する:
[1]被験者から採取した試料中のmiRNA、又はその標的遺伝子AMBRA1のポリペプチド又はmRNAを測定する工程を含み、前記miRNAが表1に記載のmiRNAの少なくとも1つである、筋萎縮性側索硬化症の検出方法。
[2]表1に記載のmiRNAからなる群から選んだmiRNA、又はその標的遺伝子AMBRA1のポリペプチド又はmRNAである、筋萎縮性側索硬化症を検出するためのバイオマーカー。
[3]筋萎縮性側索硬化症に対する治療を行った対象から試料を採取する工程、および前記試料中のmiRNA、又はその標的遺伝子AMBRA1のポリペプチド又はmRNAを測定する工程を含み、前記miRNAが表1に記載のmiRNAの少なくとも1つである、前記治療効果の判定方法。
[4]AMBRA1のポリペプチド又はmRNAを有効成分とする医薬組成物。
[5]表1に記載のmiRNAの少なくとも1つを抑制するオリゴヌクレオチドを有効成分とする医薬組成物。
[6]筋萎縮性側索硬化症の治療用である、[4]又は[5]の医薬組成物。
[7]表1に記載したmiRNAの少なくとも1つの発現を指標とする、筋萎縮性側索硬化症の治療薬をスクリーニングする方法。
[8]AMBRA1のポリペプチド又はmRNAを指標とする、筋萎縮性側索硬化症の治療薬をスクリーニングする方法。
【0014】
本明細書中で、「AMBRA1」等の遺伝子名での記載は、特に断りが無い限り、該遺伝子あるいは該遺伝子から産生される分子(ポリペプチド等)を意味する。当業者であれば、いずれの状態を意味するか容易に理解することができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の治療薬を提供することができる。また、本発明におけるAMBRA1制御miRNA、又はAMBRA1遺伝子産物を同疾患の検査診断並び治療に利用することができる。さらに、同疾患の治療薬となる化合物のスクリーニングに利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】ALS患者3例(
図1の右側)及び正常対照3例(
図1の左側)から得られた脳運動野のFFPE(ホルマリン固定パラフィン包埋)標本を、抗AMBRA1抗体で免疫染色した結果を示す光学顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に特に記載すること以外は、本発明の検出方法・治療効果判定方法・治療方法・医薬組成物・治療薬のスクリーニング方法において、適宜、相互に参照することができる。
本発明では、オートファジーに関与する因子のうち、AMBRA1タンパク質がALS患者の病巣部位で減少していること見出し、オートファジーの不全が起きていることが示した。従って、AMBRA1遺伝子産物(ポリペプチド又はメッセンジャーRNA(以下、mRNAと称する))の発現を誘導あるいは増強することにより、オートファジー機能が改善され、ALSの治療に結びつくことが期待できる。
AMBRA1(activating molecule in BECN1-regulated autophagy protein 1; NM_017749, NM_001267782, NM_001267783)はオートファジーに関与する因子の1つであり、ミトコンドリアに存在して、オートファジーの主要因子であるBECN1(Beclin1)を活性化してオートファジーを促進させる(Fimia GM et al.,Oncogene, 2012 Oct15, doi:10.1038)。
【0018】
該AMBRA1遺伝子産物の発現を誘導あるいは増強する手法としては、AMBRA1のmRNAに結合して、その発現を制御するAMBRA1を標的とするmiRNA(以下、AMBRA1制御miRNAと称する場合がある)を抑制することが挙げられる。AMBRA1制御miRNAとしては、miRNAと標的予測のデータベース(Target Scan Human, relase 6.2及びmicroRNA.org-Targets and Expression)によれば、表1に示すAMBRA1制御miRNAが挙げられる。特に、hsa−miR−7がAMBRA1遺伝子上で保存された(conserved)分子であり、好ましい。表1に示す該miRNAは、単独で使用することもできるし、複数を使用することもできる。精度を高めるため複数を組み合わせて使用する方が好ましい。例えば、1〜20のmiRNA、さらに好ましくは2〜10のmiRNAを組み合わせて利用することが望ましい。
本発明の医薬組成物(治療薬)としては、一種類でも良いが、複数のAMBRA1制御miRNAを対象とする方が望ましい。
【0019】
後述の実施例において具体的実験データを示すとおり、ALS患者ではAMBRA1遺伝子産物を発現制御する表1のmiRNAが脳病巣部位において健常対照者に比べて増大していた。従って、これらに対するアンチセンスオリゴヌクレオチドを被験者に投与することにより、AMBRA1を調節し、治療につなげることができる。
【0020】
ALSの診断(検出)については、表1のmiRNA、あるいは、その標的遺伝子であるAMBRA1のポリペプチド又はmRNAを被験者検体から検出することで行うことができる。特に、神経変性疾患が疑われる患者又は神経変性疾患患者から採取した臓器組織、細胞、血液、脳脊髄液、唾液、涙液等の試料中のこれらのmiRNA(以下、ALS検出用miRNAと称する場合がある)の少なくとも1つ、あるいは、AMBRA1のポリペプチド又はmRNA、あるいはそれらの組み合わせを、それ自体公知の方法に従って測定することにより、ALSであるか否かを判定することができる。特に、脳疾患部位(脳運動野病巣部位等)やその周辺部位(脳脊髄液等)を試料とすることが好ましい。
また、公知のmiRNA及び/又はその標的遺伝子のポリペプチド又はmRNAを組み合わせて利用することもできる。
【0022】
本発明では、AMBRA1制御miRNA(特に好ましくはhsa−miR−7)、あるいは、その標的遺伝子であるAMBRA1のポリペプチド又はmRNA(好ましくはポリペプチド)をバイオマーカーとして利用することにより、ALSの診断もしくは治療、又は同疾患の治療薬のスクリーニングを行うことができる。更に、オートファジー関連因子として知られている表2に記載の各種遺伝子の遺伝子産物(ポリペプチド又はmRNA)、あるいは、それらの発現を制御するmiRNAを、前記バイオマーカーと一緒に、あるいは、単独で利用することにより、ALSの診断もしくは治療、又は同疾患の治療薬のスクリーニングを行うこともできる。
【0024】
本発明の検出方法においてバイオマーカーとしてmiRNA又はAMBRA1のmRNAを使用する場合、それ自体公知の遺伝子検査方法、例えば、核酸プローブを用いるハイブリダイゼーション法や、PCRプライマーを用いるPCR法により、測定することができる。
また、本発明の検出方法においてバイオマーカーとしてAMBRA1のポリペプチドを使用する場合、それ自体公知のタンパク質分析方法、例えば、抗体を用いる免疫学的分析方法、電気泳動等の生化学的分析方法や質量分析方法により実施することができ、臨床検査用の自動分析機を使用することもできる。なお、使用する分析方法(例えば、質量分析方法)によっては、AMBRA1由来のペプチドを分析することにより、AMBRA1ポリペプチドを分析することができる。
【0025】
本発明方法で用いる試料としては、例えば、脳疾患部位、脳脊髄液、血液試料(例えば、末梢血、血漿、血清)、唾液、涙液、尿、リンパ液、その他の体液、好ましくは、脳疾患部位やその周辺部位(脳脊髄液等)を用いることができる。さらには生検で採取された臓器組織、病理組織、細胞、又はそれらからの抽出成分も利用できる。
【0026】
本発明の検出方法においてバイオマーカーとして用いる表1に記載のmiRNA(ALS検出用miRNA)、あるいは、その標的遺伝子であるAMBRA1のポリペプチド又はmRNAを、ALSの患者に対して行う各種治療の効果を判定するために使用することもできる。
本発明の治療効果判定方法は、ALSに対する治療を行った対象から試料を採取する工程、および前記試料中のmiRNA又はAMBRA1のポリペプチド又はmRNAを測定する工程を含む。
【0027】
本発明の治療効果判定方法において、表1に記載のALS検出用miRNA(AMBRA1遺伝子の発現を制御するmiRNA)をバイオマーカーとして用いる場合、当該治療を行う前のALS患者では、そのmiRNA値が健常者よりも高い数値を示す傾向がある。当該miRNA値が、治療を行うことにより低下した場合、その治療は効果があったと判定することができる。一方、治療を行っても低下しなかった場合には、その治療は効果がなかったと判定することができる。
AMBRA1ポリペプチド又は同mRNAをバイオマーカーとして用いる場合、当該治療を行う前のALS患者では、その発現量が健常者よりも低い数値を示す傾向がある。当該発現量が、治療を行うことにより増加した場合、その治療は効果があったと判定することができる。一方、治療を行っても増加しなかった場合には、その治療は効果がなかったと判定することができる。
過度のオートファジーは細胞死につながり、神経変性病変を悪化させる可能も否定できないことから、オートファジーは促進させるだけでなく、適切に調節することが最も好ましい。従って、該ALS検出用miRNA並びにAMBRA1のポリペプチド又はmRNAを治療指標として用いる場合には、健常対照値に対する増減よりは、治療前後の変動で評価することが最も好ましい。
【0028】
本発明の治療方法では、ALSで存在率が増加している表1に記載のAMBRA1制御miRNAに対する抑制性オリゴヌクレオチド、例えば、前記miRNAの全長または一部とハイブリダイズ可能な相補的配列を含むオリゴヌクレオチド(アンチセンスオリゴヌクレオチド)を用いて、あるいは、ALSで減少しているAMBRA1のポリペプチド又はmRNAを補充することにより、ALSを治療することができる。なお、本明細書において、用語「治療」には、疾患発症後の患者を処置する狭義の「治療」と、疾患発症前の患者を処置する「予防」が含まれる。
【0029】
表1に記載のmiRNAに対する抑制性オリゴヌクレオチドを患者に投与する方法としては、それ自体公知の方法に従って実施することができ、前記オリゴヌクレオチドを、エキソソームを模倣したリポソームに封入する方法、コラーゲンとの複合体として徐放化させる方法、RNAの糖部分のO(酸素)をS(硫黄)で置き換えた4’−チオRNA化による化学修飾体の利用、オリゴヌクレオチドの糖の部分を2’−F、2’−O−メチル、2’−O−メトキシエチルに修飾した化学修飾体の利用、などで生体内において安定的に補充することができる。同時に、miRNAは複数分子で標的遺伝子を制御する可能性が高いため、上記の核酸補充法に関しても、複数の核酸カクテルによる補充が好んで用いることができる。
【0030】
本発明の医薬組成物は、ALSの治療に用いることができ、有効成分として、表1に記載のmiRNAの少なくとも1つ(その全長又は一部)に対する抑制性のオリゴヌクレオチド、あるいは、AMBRA1のポリペプチドを含むことができ、所望により、製薬学的に許容される担体を更に含むことができる。
【0031】
また、本発明の検出方法においてバイオマーカーとして用いる表1に記載のmiRNA、あるいは、その標的遺伝子AMBRA1のポリペプチド又はmRNAは、AMBRA1を指標としたALSの治療薬をスクリーニングするために使用することができる。この場合、AMBRA1タンパク質を標的とする候補物質(例えば化合物)をスクリーニングする方法は、in vitroでは、直接標的に結合する候補物質を分光学的な変化で調べる方法や培養細胞に候補物質を暴露させて培養細胞中の標的(miRNAまたはその標的遺伝子の遺伝子産物)の発現を調べる方法などが適用され、さらにin vivoでは、モデル動物にて神経変性症状または神経変性病理像の改善を指標とした方法などが、適用される。
本態様では、例えば、当該ポリペプチド又はそれを発現する細胞、組織、若しくは動物個体(特には非ヒト動物)と、候補物質とを接触させる工程、および前記候補物質とポリペプチドとの結合、前記ポリペプチドの発現量変化若しくは活性変化、又は動物固体における症状変化を分析する工程を含む方法により、実施することができる。
【0032】
あるいは、AMBRA1のmRNA、又は表1に記載のmiRNAの発現を調べることによっても、同様に治療薬のスクリーニングをすることができる。
本態様では、例えば、候補物質を培養細胞又は動物個体(特には、非ヒト動物)に投与する工程、前記個体から試料を採取する工程、および前記試料中のmiRNA、あるいは、AMBRA1のmRNAを測定する工程を含む方法により、実施することができる。
【0033】
本発明のスクリーニング方法で評価する候補物質は、特に限定されるものではないが、各種化合物に加え、各種抽出物、例えば、微生物の培養上清、各種生物若しくはその組織由来の天然成分若しくは抽出物を挙げることができる。また、使用する細胞は、組織から分離された培養細胞、樹立された培養細胞株、ES細胞、iPS細胞、Muse細胞などが、非ヒト動物においては、特定遺伝子のノックアウトあるいはノックインの処理を施したモデルマウス、同ラットなどを挙げることができる。
【0034】
本発明のスクリーニング方法において、表1に記載のmiRNAの少なくとも1つを測定する場合、そのmiRNA量を減少させることができる物質をALSの治療薬の候補として選択することができる。
また、AMBRA1のポリペプチド又はmRNAを測定する場合、その遺伝子産物の発現量又は活性を増加させることができる物質をALSの治療薬の候補として選択することができる。
【実施例】
【0035】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではない。
【0036】
《実施例1:脳病変組織中のAMBRA1の分析》
確定診断された筋萎縮性側索硬化症(ALS)の患者の脳運動野病巣部位、及び正常対照群として健常者脳の正常部位を、剖検後に採取し、10%ホルマリンにて固定し、パラフィンにて包埋し、FFPE(ホルマリン固定パラフィン包埋)標本とした。
数多くあるオートファジー関連因子の中で、まだ十分に解明されていないAMBRA1を選定し、FFPE試料の免疫染色法による解析を行った。これには、孤発性ALS5例、正常対照5例から脊髄のFFPEを作成し、抗AMBRA1抗体(SDIX, Newark, DE, USA; 1:500)を用いた。同FFPEを免疫抗体染色し、光学顕微鏡で観察した。
【0037】
ALS3例(
図1の右側)、正常対照3例(
図1の左側)の顕微鏡写真を
図1に示す。
正常対照では脊髄前角の運動ニューロンの細胞体がびまん性、微細顆粒状に染色(茶色部分)された。ALSでは脊髄前角ニューロンの染色性は高度に減弱していた。ヒトAMBRA1は、オートファゴソーム形成に関与しているBeclin1と結合する。また、ヒト線維肉腫細胞株(fibrosarcoma cell line)においてAMBRA1の発現を抑制するとオートファジーが抑制される。今回の結果を併せ考えると、ALSの運動ニューロンではオートファジーの機能が抑制されており、そのために異常タンパク質(TDP−43など)の分解系に障害が生じ細胞死をきたすと考えられる。
今回の結果により、AMBRA1のポリペプチド又はmRNAがALSの検出マーカーになり得ること、及び、AMBRA1やAMBRA1を標的とした制御分子がALSの治療薬となり得ることが示された。このようにALS患者脳病理組織で、AMBRA1の減少を見出したのは世界で初めてである。
【0038】
《実施例2:脳病変組織中のmiRNAの分析》
AMBRA1制御miRNAの予測は、広く使われているmiRNA標的予測データベースであるTarget Scan Human, release 6.2(http://www.targetscan.org/vert_61/)及びmicroRNA.org-Targets and Expression(http://www.microrna.org/microrna/home.do)にて行った。その結果として、表1に示すAMBRA1制御miRNAが抽出された。このうち、hsa−miR−7がAMBRA1遺伝子上で保存された(conserved)分子であり、最も好適であった(表1に◎で表記)。
以下に、具体的な手法と結果を示す。参考として、脳病巣部位における表1記載のmiRNAの挙動を調べた。具体的には、FFPE標本(5x5mm、5μm、2〜4枚)を材料とし、ALS患者3例、ALS正常対照3例の標本から、それぞれRNA抽出後、マイクロアレイによるmiRNA分析を行った。
【0039】
マイクロアレイは3D−geneチップ(東レ(株)製)を用い、メーカー指定のmiRNA抽出液並びにハイブリダイゼーション試薬セットとHuman miRNA Oligo chip(データベースmiRBase Release17.0から選定したヒト約1,800種のmiRNAプローブを搭載)で行い、対象群に対する患者群のシグナル強度の変化を求めた。そこから、miRNA増減の変化率を求め、健常対照群に対して増大したmiRNAを調べた。その結果、上記のTarget Scan Humanデータベースから選定された最もAMBRA1制御能が高いと想定されたhsa−miRNA−7は、ALS脳病巣部で健常対象相対値0.16(Log2表示)と増大しており、AMBRA1は抑制される傾向にあることが検証できた。更に、この結果は、実施例1の
図1に示された病理標本結果と整合している。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明は、ALSの検査診断並びに治療に利用することができる。さらに、同疾患の治療薬となる化合物のスクリーニングに利用することができる。