特許第6281979号(P6281979)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6281979新規インテグリンα9β1リガンドおよびその利用
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6281979
(24)【登録日】2018年2月2日
(45)【発行日】2018年2月21日
(54)【発明の名称】新規インテグリンα9β1リガンドおよびその利用
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/09 20060101AFI20180208BHJP
   C07K 7/06 20060101ALI20180208BHJP
   C12P 21/02 20060101ALI20180208BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20180208BHJP
   C12N 5/071 20100101ALI20180208BHJP
   C07K 14/47 20060101ALI20180208BHJP
   C07K 16/18 20060101ALI20180208BHJP
【FI】
   C12N15/00 AZNA
   C07K7/06
   C12P21/02 C
   C12N5/10
   C12N5/071
   C07K14/47
   C07K16/18
【請求項の数】8
【全頁数】28
(21)【出願番号】特願2014-504995(P2014-504995)
(86)(22)【出願日】2013年3月14日
(86)【国際出願番号】JP2013057204
(87)【国際公開番号】WO2013137396
(87)【国際公開日】20130919
【審査請求日】2015年12月3日
(31)【優先権主張番号】特願2012-58795(P2012-58795)
(32)【優先日】2012年3月15日
(33)【優先権主張国】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、「研究用モデル細胞の創製技術開発/分子構成を最適化した人工基底膜によるES細胞の分化誘導制御技術の開発」に係る業務委託契約、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】100077012
【弁理士】
【氏名又は名称】岩谷 龍
(72)【発明者】
【氏名】関口 清俊
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 涼子
(72)【発明者】
【氏名】江副 幸子
【審査官】 濱田 光浩
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2005/080569(WO,A1)
【文献】 D Gilge`s et al.,Biochem. J.,2000年,Vol. 352,p. 49-59
【文献】 Gabi Shefer and Dafna Benayahu,Stem Cell Reviews and Reports,2010年,Vol. 6, No. 1,p. 42-49
【文献】 I. Shur et al.,Journal of Cellular Physiology,2007年,Vol. 210, No. 3,p. 732-739
【文献】 Ryan S. Schwarz et al.,Developmental & Comparative Immunology,2008年,Vol. 32, No. 10,p. 1192-1210
【文献】 I. Shur et al.,Journal of Cellular Physiology,2006年,Vol. 206, No. 2,p. 420-427
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00
C07K 7/00
C07K 14/47
C07K 16/18
C12N 5/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(A)、(B1)または(B2)のアミノ酸配列を有するペプチドを有効成分とするインテグリンα9β1作用剤。
(A)EDDMMEVPY(配列番号1)
(B1)配列番号1で表されるアミノ酸配列において、第1位のE、第1位のEと第2位のD、第9位のY、第1位のEと第9位のYまたは第1位のEと第2位のDと第9位のYが欠失または任意のアミノ酸に置換したアミノ酸配列
(B2)配列番号1で表されるアミノ酸配列において、第4位のM、第7位のVまたは第8位のPがアラニンに置換したアミノ酸配列
【請求項2】
SVEP1またはその活性断片である請求項1に記載のインテグリンα9β1作用剤。
【請求項3】
アミノ酸残基数が2500以下である請求項1または2に記載のインテグリンα9β1作用剤。
【請求項4】
SVEP1とインテグリンα9β1との相互作用を阻害する物質をスクリーニングする方法であって、以下の(A)、(B1)または(B2)のアミノ酸配列を有するペプチドを用いることを特徴とするスクリーニング方法。
(A)EDDMMEVPY(配列番号1)
(B1)配列番号1で表されるアミノ酸配列において、第1位のE、第1位のEと第2位のD、第9位のY、第1位のEと第9位のYまたは第1位のEと第2位のDと第9位のYが欠失または任意のアミノ酸に置換したアミノ酸配列
(B2)配列番号1で表されるアミノ酸配列において、第4位のM、第7位のVまたは第8位のPがアラニンに置換したアミノ酸配列
【請求項5】
インテグリンα9β1発現細胞を培養する方法であって、以下の(A)、(B1)または(B2)のアミノ酸配列を有するペプチドを基質として用いることを特徴とする培養方法。
(A)EDDMMEVPY(配列番号1)
(B1)配列番号1で表されるアミノ酸配列において、第1位のE、第1位のEと第2位のD、第9位のY、第1位のEと第9位のYまたは第1位のEと第2位のDと第9位のYが欠失または任意のアミノ酸に置換したアミノ酸配列
(B2)配列番号1で表されるアミノ酸配列において、第4位のM、第7位のVまたは第8位のPがアラニンに置換したアミノ酸配列
【請求項6】
組織幹細胞の未分化性を維持したまま増殖を抑制する培養方法であって、以下の(A)、(B1)または(B2)のアミノ酸配列を有するペプチドを基質として用いることを特徴とする培養方法。
(A)EDDMMEVPY(配列番号1)
(B1)配列番号1で表されるアミノ酸配列において、第1位のE、第1位のEと第2位のD、第9位のY、第1位のEと第9位のYまたは第1位のEと第2位のDと第9位のYが欠失または任意のアミノ酸に置換したアミノ酸配列
(B2)配列番号1で表されるアミノ酸配列において、第4位のM、第7位のVまたは第8位のPがアラニンに置換したアミノ酸配列
【請求項7】
インテグリンα9β1発現細胞を分離する方法であって、以下の(A)、(B1)または(B2)のアミノ酸配列を有するペプチドと結合する細胞を選択して分離することを特徴とする分離方法。
(A)EDDMMEVPY(配列番号1)
(B1)配列番号1で表されるアミノ酸配列において、第1位のE、第1位のEと第2位のD、第9位のY、第1位のEと第9位のYまたは第1位のEと第2位のDと第9位のYが欠失または任意のアミノ酸に置換したアミノ酸配列
(B2)配列番号1で表されるアミノ酸配列において、第4位のM、第7位のVまたは第8位のPがアラニンに置換したアミノ酸配列
【請求項8】
インテグリンα9β1発現細胞に薬物を送達するシステムであって、以下の(A)、(B1)または(B2)のアミノ酸配列を有するペプチド、および薬物を含むことを特徴とする薬物送達システム。
(A)EDDMMEVPY(配列番号1)
(B1)配列番号1で表されるアミノ酸配列において、第1位のE、第1位のEと第2位のD、第9位のY、第1位のEと第9位のYまたは第1位のEと第2位のDと第9位のYが欠失または任意のアミノ酸に置換したアミノ酸配列
(B2)配列番号1で表されるアミノ酸配列において、第4位のM、第7位のVまたは第8位のPがアラニンに置換したアミノ酸配列
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規インテグリンα9β1リガンドおよびその利用に関するものである。
【背景技術】
【0002】
細胞周囲に構築される細胞外マトリックス(extracellular matrix、以下「ECM」と記す)は、細胞直近の微小環境として細胞の生存維持と増殖および分化の制御に不可欠な役割を担っている。インテグリンは細胞表面の主要なECM受容体で、サブユニット組成の異なる多数のアイソフォームが存在する。ヒトでは、24種類のインテグリンが存在し、そのうち18種類がECM受容体として機能している。これらインテグリンの多くはβ1鎖を含み、α鎖のタイプによって「コラーゲン結合型(α1β1、α2β1など)」、「ラミニン結合型(α3β1、α6β1など)」、「Arg−Gly−Asp(RGD)配列結合型(α5β1、α8β1など)」に大別される。しかし、α9β1のように、真のリガンドが未確定なものが少数残されている。
【0003】
インテグリンα9β1は、上皮細胞、平滑筋細胞、血管内皮細胞、好中球等に発現しているインテグリンで、血管およびリンパ管形成、創傷治癒、自己免疫性関節炎との関わりが、これまでに指摘されている。また、角膜幹細胞や造血幹細胞に発現していることから、これら組織幹細胞の機能維持にも関わる可能性がある。インテグリンα9β1のリガンドとしては、これまでテネイシンC、オステオポンチン、細胞型フィブロネクチン(以上、ECMタンパク質)、VCAM−1(vascular cell adhesion molecule 1)、ADAMプロテアーゼ(以上、膜タンパク質)、VEGF(vascular endothelial growth factor)、NGF(nerve growth factor)(以上、増殖因子)が報告されている(非特許文献1〜7参照)。しかし、インテグリンα9β1に対するこれらタンパク質の結合親和性は、ラミニン結合型インテグリンやRGD結合型インテグリンとそのリガンドとの間の結合親和性と比べると格段に低く、その活性自体もインテグリンα9β1との直接の結合活性ではなく、細胞接着活性を指標として測定されたものが多い。また、ECMの代表的なインテグリンα9β1リガンドであるテネイシンCやオステオポンチンは、全長のタンパク質ではリガンド活性がほとんど検出されず、特定の断片のみでリガンド活性検出可能であり、果たしてそれらが生理的なリガンドとして機能するかどうかは未だ定かではない。それゆえ、インテグリンα9β1の真のECMリガンドは他にあるのではないかと考えられていた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Yokosaki, Y., Palmer, E. L., Prieto, A. L., Crossin, K. L., Bourdon, M. A., Pytela, R., and Sheppard, D. (1994) J. Biol. Chem. 269, 26691-26696
【非特許文献2】Smith, L. L., Cheung, H. K., Ling, L. E., Chen, J., Sheppard, D., Pytela, R., and Giachelli, C. M. (1996) J. Biol. Chem. 271, 28485-28491
【非特許文献3】Liao, Y. F., Gotwals, P. J., Koteliansky, V. E., Sheppard, D., and Van De Water, L. (2002) J. Biol. Chem. 277, 14467-14474
【非特許文献4】Eto, K., Huet, C., Tarui, T., Kupriyanov, S., Liu, H. Z., Puzon-McLaughlin, W., Zhang, X. P., Sheppard, D., Engvall, E., and Takada, Y. (2002) J. Biol. Chem. 277, 17804-17810
【非特許文献5】Taooka, Y., Chen, J., Yednock, T., and Sheppard, D. (1999) J. Cell Biol. 145, 413-420
【非特許文献6】Vlahakis, N. E., Young, B. A., Atakilit, A., and Sheppard, D. (2005) J. Biol. Chem. 280, 4544-4552
【非特許文献7】Staniszewska, I., Sariyer, I. K., Lecht, S., Brown, M. C., Walsh, E. M., Tuszynski, G. P., Safak, M., Lazarovici, P., and Marcinkiewicz, C. (2008) J. Cell Sci. 121, 504-513
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、公知のインテグリンα9β1リガンドであるテネイシンCやオステオポンチンより高い結合親和性を有する新規なインテグリンα9β1リガンド、およびその利用方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上記課題を解決するために、以下の各発明を包含する。
[1]以下の(A)または(B)のアミノ酸配列を有するペプチドからなることを特徴とするインテグリンα9β1リガンド。
(A)EDDMMEVPY(配列番号1)
(B)配列番号1で表されるアミノ酸配列において、1〜3個のアミノ酸が欠失、置換または付加されたアミノ酸配列
[2]SVEP1またはその活性断片である前記[1]に記載のインテグリンα9β1リガンド。
[3]アミノ酸残基数が2500以下である前記[1]または[2]に記載のインテグリンα9β1リガンド。
[4]前記[1]〜[3]のいずれかに記載のインテグリンα9β1リガンドを構成するペプチドをコードするポリヌクレオチド。
[5]前記[4]に記載のポリヌクレオチドを含む発現ベクター。
[6]前記[1]〜[3]のいずれかに記載のインテグリンα9β1リガンドに対する抗体。
[7]SVEP1とインテグリンα9β1との相互作用を阻害する物質をスクリーニングする方法であって、前記[1]〜[3]のいずれかに記載のインテグリンα9β1リガンドを用いることを特徴とするスクリーニング方法。
[8]インテグリンα9β1発現細胞を培養する方法であって、前記[1]〜[3]のいずれかに記載のインテグリンα9β1リガンドを基質として用いることを特徴とする培養方法。
[9]組織幹細胞の未分化性を維持したまま増殖を抑制する培養方法であって、前記[1]〜[3]のいずれかに記載のインテグリンα9β1リガンドを基質として用いることを特徴とする培養方法。
[10]インテグリンα9β1発現細胞を分離する方法であって、前記[1]〜[3]のいずれかに記載のインテグリンα9β1リガンドと結合する細胞を選択して分離することを特徴とする分離方法。
[11]インテグリンα9β1発現細胞に薬物を送達するシステムであって、前記[1]〜[3]のいずれかに記載のインテグリンα9β1リガンド、および薬物を含むことを特徴とする薬物送達システム。
[12]静止期または増殖抑制状態にある組織幹細胞を増殖状態に誘導する方法であって、該幹細胞と前記[1]〜[3]のいずれかに記載のインテグリンα9β1リガンドとを接触させることを特徴とする増殖誘導方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、新規なインテグリンα9β1リガンドを提供することができる。当該インテグリンα9β1リガンドは、公知のインテグリンα9β1リガンドより高い結合親和性を有している。当該インテグリンα9β1リガンドは、SVEP1とインテグリンα9β1との相互作用を阻害する物質のスクリーニング方法、インテグリンα9β1発現細胞の培養方法、造血幹細胞の未分化性を維持したまま増殖を抑制する培養方法、インテグリンα9β1発現細胞に薬物を送達する方法、静止期または増殖抑制状態にある幹細胞を増殖状態に誘導する方法などに好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】マウスSVEP1(図面および図面の簡単な説明において「polydom」と記す)のドメイン構造を示す図である。
図2】マウス免疫グロブリンκ鎖のシグナル配列を有する組み換えpolydomを非還元または還元条件で6%SDS−PAGEに供した結果を示す図である。
図3】N末端にFLAGタグ、C末端にHisタグを有する組み換えpolydomを免疫ブロッティングに供した結果を示す図であり、(A)は抗His抗体を用いた結果、(B)は抗FLAG抗体を用いた結果である。
図4】RD細胞のpolydomへの接着を検討した結果を示す図である。
図5】RD細胞と基質との接着を顕微鏡で観察した結果を示す図である。
図6】RD細胞とpolydomとの接着がインテグリンに依存することを検討した結果を示す図である。
図7】組み換えインテグリンα9β1とpolydomとの結合を検討した結果を示す図である。
図8】インテグリンα9β1とpolydomおよび他の既知インテグリンα9β1リガンドとの結合を検討した結果を示す図である。
図9】polydom内のインテグリンα9β1結合部位を見つけるために作製したpolydomN末端欠失変異体を示す図である。
図10】polydomN末端欠失変異体を用いてインテグリンα9β1に対する結合活性を評価した結果を示す図である。
図11】クラスタルWを用いてアライメントした第20番、第21番、第22番CCPドメインのアミノ酸配列を示す図である。
図12】第21番CCPドメイン(以下、「CCP21」という)内のインテグリンα9β1結合部位を調べた結果を示す図である。
図13】CCP21のエクストラセグメントの37アミノ酸部分(D2628−S2664)中のどの部分がインテグリンα9β1結合部位であるかを調べた結果を示す図である。
図14】CCP21のエクストラセグメントの12アミノ酸部分(D2634−L2645)のどのアミノ酸残基がインテグリンα9β1との結合に関与するかを、アラニンスキャニング変異体を用いて調べた結果を示す図である。
図15】EDDMMEVPYまたはその一部の配列からなる合成ペプチドを用いて、インテグリンα9β1のpol−Cへの結合阻害アッセイを行った結果を示す図である。
図16】polydomおよびインテグリンα9の局在を、マウス胚の組織を用いて免疫蛍光染色により確認した結果を示す図である。
図17】マウス胚の凍結切片を用いてin situインテグリン結合アッセイを行った結果を示す図である。
図18】polydomまたはフィブロネクチン上における造血幹細胞の増殖を検討した結果を示す図である。
図19】polydomまたはフィブロネクチン上における造血幹細胞の分化を検討した結果を示す図である。
図20】polydom上における造血幹細胞の増殖に対するEDDMMEVPYペプチドの影響を検討した結果を示す図である。
図21】緑色蛍光蛋白質(green fluorescent protein、GFP)とヒストンH2Bの融合タンパク質(H2B−GFP)をマウスの出生前1週間から2週間にわたり心臓で発現させ、6週間後に心臓細胞を調製し、GFPの蛍光を指標としてセルソーターFACS Ariaで分画した結果を示す図である。
図22図21で分画したGFP陽性細胞とGFP非陽性細胞におけるインテグリンα9の発現をセルソーターFACS Ariaで解析した結果を示す図である。
図23】H2B−GFPで心臓幹細胞を標識したマウス心臓の凍結切片におけるGFP標識保持細胞およびインテグリンα9発現細胞の局在を蛍光二重染色により確認した結果を示す図である。
図24】H2B−GFPで心臓幹細胞を標識したマウス心臓の凍結切片におけるGFP標識保持細胞の局在とpolydomの発現領域を確認した結果を示す図である。
図25】H2B−GFPで標識した心臓幹細胞(GFP標識保持細胞)のpolydomおよびフィブロネクチンに対する細胞接着活性を測定した結果を示す図である。
図26】H2B−GFPで標識した心臓幹細胞(GFP標識保持細胞)のpolydomおよびフィブロネクチン上におけるコロニー形成能を測定した結果を示す図であり、(A)はコロニー形成率を示し、(B)は代表的なコロニーの形態を示す。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以前に発明者らは、ECMタンパク質をスクリーニングするためのバイオインフォマティクスに基づくプロトコールを確立し、理研FANTOM cDNAコレクションで使用可能な65000を超えるマウスcDNAから、16の新しいECMタンパク質を同定した(Manabe, R., Tsutsui, K., Yamada, T., Kimura, M., Nakano, I., Shimono, C., Sanzen, N., Furutani, Y., Fukuda, T., Oguri, Y., Shimamoto, K., Kiyozumi, D., Sato, Y., Sado, Y., Senoo, H., Yamashina, S., Fukuda, S., Kawai, J., Sugiura, N., Kimata, K., Hayashizaki, Y., and Sekiguchi, K. (2008) Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 105, 12849-12854)。発明者らは、このプロトコールの対象集団をマウスおよびヒトゲノムデータベースに広げ、1500アミノ酸残基以上からなるタンパク質をコードする転写産物に焦点を合わせることにより、さらに多くのECMタンパク質を同定した。得られた候補の1つがSVEP1(polydomとも称される)であった。本発明者らは、鋭意検討した結果、SVEP1がインテグリンα9β1リガンドであることを見出した。続いて、SVEP1は分泌後にN末端側フラグメントとC末端側フラグメントに分かれ、インテグリンα9β1リガンド活性はC末端側フラグメントに存在することを見出した。次に、インテグリンα9β1認識配列が、マウスSVEP1に34個存在するCCP(complement control protein)ドメインのN末端側から第21番目(CCP21)に存在することを見出した。さらに、マウスSVEP1のCCP21には他のCCPドメインにはないエクストラセグメントが存在し、インテグリンα9β1認識配列はエクストラセグメント中のアミノ酸配列EDDMMEVPY(配列番号1)であることを見出した。
【0010】
〔インテグリンα9β1リガンド〕
本発明は、アミノ酸配列EDDMMEVPY(配列番号1)を有するペプチドからなるインテグリンα9β1リガンドを提供する。また、本発明は、配列番号1で表されるアミノ酸配列において、1〜3個のアミノ酸が欠失、置換または付加されたアミノ酸配列(以下、「配列番号1の変異配列」という場合がある)を有するペプチドからなるインテグリンα9β1リガンドを提供する。本発明者らは、欠失変異体を用いてインテグリンα9β1認識配列を確認した結果、配列番号1で表されるアミノ酸配列における第1位のEおよび第2位のDが欠失してもインテグリンα9β1結合能が維持されること、さらに第9位のYが欠失した場合は、インテグリンα9β1結合能が低下するものの、消失しないことを確認した(図16参照)。また、アラニンスキャニング変異体を用いてインテグリンα9β1認識配列を確認した結果、アミノ酸を置換してもインテグリンα9β1結合能がほとんど変化しないアミノ酸(第4位のM)や、結合能の低下の程度が低いアミノ酸(第1位のE、第8位のPなど)があることを確認した(図14参照)。したがって、配列番号1の変異配列を有するペプチドまたはタンパク質は、インテグリンα9β1リガンド活性を有している。
【0011】
本発明のインテグリンα9β1リガンド(以下、「本発明のリガンド」という)は、配列番号1で表されるアミノ酸配列または配列番号1の変異配列を有するペプチドからなるものであればよい。すなわち、本発明のリガンドを構成するペプチドは、配列番号1で表されるアミノ酸配列または配列番号1の変異配列のみからなるものでもよく、配列番号1で表されるアミノ酸配列または配列番号1の変異配列以外のアミノ酸配列を含むものでもよい。配列番号1で表されるアミノ酸配列または配列番号1の変異配列以外のアミノ酸配列は特に限定されず、そのアミノ酸残基数も限定されない。なお、本発明において「ペプチド」は、2個以上のアミノ酸がペプチド結合によって結合したものを意味し、結合するアミノ酸の数は問わない。すなわち、本発明における「ペプチド」にはポリペプチドが含まれる。
【0012】
配列番号1で表されるアミノ酸配列において、第1位のEは任意のアミノ酸に置換可能と考えられる。第2位のDは任意のアミノ酸、好ましくは酸性アミノ酸に置換可能と考えられる。第3位のDはEに置換可能と考えられる。第4位のMは任意のアミノ酸に置換可能と考えられる。第5位のMは他の疎水性アミノ酸に置換可能と考えられる。第6位のEはDに置換可能と考えられる。第7位のVは任意のアミノ酸、好ましくは疎水性アミノ酸に置換可能と考えられる。第8位のPは任意のアミノ酸に置換可能と考えられるが、好ましくはPのまま置換しないことである。第9位のYは任意のアミノ酸に置換可能と考えられるが、好ましくはYのまま置換しないことである。
【0013】
本発明のリガンドは、全長のSVEP1またはその活性断片であることが好ましい。SVEP1は、主として脊椎動物のECMに存在する多数のドメインをからなる分泌タンパク質である。図1に示したように、マウスSVEP1(全長)には、シグナル配列、フォンビルブランド因子Aドメイン(vWFA)、Eph−likeドメイン、CCPドメイン、HYRドメイン、STT2Rドメイン、EGFドメイン、PTXドメインが含まれる。他の哺乳動物のSVEP1のドメイン構造も図1と同様である。配列番号1で表されるアミノ酸配列は、哺乳動物においてよく保存されている。したがって、本発明のリガンドは哺乳動物由来のSVEP1またはその活性断片が好ましく、より好ましくはヒトのSVEP1またはその活性断片である。
【0014】
表1に代表的な哺乳動物におけるSVEP1のアミノ酸配列およびSVEP1をコードする遺伝子の塩基配列のアクセッション番号を示す。これらのアミノ酸配列情報および塩基配列情報は、公知のデータベース(GenBank等)から取得することができる。表1に示した哺乳動物のSVEP1はいずれも配列番号1で表されるアミノ酸配列を有しており、配列番号1で表されるアミノ酸配列は、エクストラセグメントが存在するCCPドメイン内のエクストラセグメントの中に存在する。本発明のリガンドとしてのSVEP1はこれらに限定されず、他の動物のSVEP1もインテグリンα9β1リガンドとして好適であると考えられる。他の動物のSVEP1のアミノ酸配列情報および塩基配列情報は、公知のデータベース(GenBank等)から取得することができる。マウスSVEP1のアミノ酸配列を配列番号2、塩基配列を配列番号3に示し、ヒトSVEP1のアミノ酸配列を配列番号4、塩基配列を配列番号5に示した。
【0015】
【表1】
【0016】
インテグリンα9β1リガンドとしてのSVEP1の活性断片は、SVEP1の一部からなり、インテグリンα9β1リガンド活性(インテグリンα9β1に対する結合能)を有するSVEP1の断片であればよい。このような活性断片としては、配列番号1で表されるアミノ酸配列または配列番号1の変異配列を有するSVEP1の断片が好ましく挙げられる。具体的には、例えば、図1に「pol−C」として示したマウスSVEP1のC末端側フラグメントに相当する哺乳動物のSVEP1の断片、哺乳動物のSVEP1のエクストラセグメントが存在するCCPドメインを含む断片、哺乳動物のSVEP1のエクストラセグメントを含む断片、配列番号1で表されるアミノ酸配列を含むSVEP1の断片、配列番号1の変異配列を含むSVEP1の断片が挙げられる。
【0017】
本発明のリガンドを構成するペプチドのアミノ酸残基数は特に限定されないが、約2500残基以下が好ましい。下限値は、配列番号1で表されるアミノ酸配列から3個のアミノ酸が欠失した場合の6残基である。したがって、本発明のリガンドを構成するペプチドのアミノ酸残基数は、6〜約2500残基が好ましく、より好ましくは6〜約2000残基、さらに好ましくは6〜約1500残基、さらに好ましくは6〜約1000残基、さらに好ましくは6〜約500残基、さらに好ましくは6〜約200残基、さらに好ましくは6〜約100残基、さらに好ましくは6〜約50残基、さらに好ましくは6〜約20残基、最も好ましくは9残基である。
【0018】
本発明のリガンドは、例えば公知の遺伝子工学的手法により、SVEP1またはその活性断片をコードする遺伝子を発現可能に挿入した組み換え発現ベクターを構築し、これを適当な宿主細胞に導入して組み換えタンパク質として発現させ、精製することにより製造することができる。また、本発明のリガンドは、例えばin vitro転写・翻訳系を用いて製造することができる。また、公知の一般的なペプチド合成のプロトコールに従って、固相合成法(Fmoc法、Boc法)または液相合成法により製造することができる。
【0019】
ペプチドは、C末端がカルボキシル基(−COOH)、カルボキシレート(−COO)、アミド(−CONH)またはエステル(−COOR)の何れであってもよい。エステルにおけるRとしては、例えば、メチル、エチル、n−プロピル、イソプロピルもしくはn−ブチルなどのC1−6アルキル基、例えば、シクロペンチル、シクロヘキシルなどのC3−8シクロアルキル基、例えば、フェニル、α−ナフチルなどのC6−12アリール基、例えば、ベンジル、フェネチルなどのフェニル−C1−2アルキル基もしくはα−ナフチルメチルなどのα−ナフチル−C1−2アルキル基などのC7−14アラルキル基のほか、経口用エステルとして汎用されるピバロイルオキシメチル基などが挙げられる。ペプチドがC末端以外にカルボキシル基またはカルボキシレートを有している場合、それらの基がアミド化またはエステル化されていてもよい。
【0020】
ペプチドを構成するアミノ酸は、側鎖が任意の置換基で修飾されたものでもよい。置換基は特に限定されないが、例えば、フッ素原子、塩素原子、シアノ基、水酸基、ニトロ基、アルキル基、シクロアルキル基、アルコキシ基、アミノ基などが挙げられる。さらに、ペプチドは、N末端のアミノ酸残基のアミノ基が保護基(例えば、ホルミル基、アセチルなどのC2−6アルカノイル基などのC1−6アシル基など)で保護されているもの、N末端側が生体内で切断され生成したグルタミル基がピログルタミン酸化したもの、分子内のアミノ酸の側鎖上の置換基(例えば、−OH、−SH、アミノ基、イミダゾール基、インドール基、グアニジノ基など)が適当な保護基(例えば、ホルミル基、アセチルなどのC2−6アルカノイル基などのC1−6アシル基など)で保護されているものであってもよい。
【0021】
ペプチドは、薬学的に許容される塩を形成していてもよく、その塩としては、例えば、塩酸、硫酸、燐酸、乳酸、酒石酸、マレイン酸、フマル酸、シュウ酸、リンゴ酸、クエン酸、オレイン酸、パルミチン酸などの酸との塩;ナトリウム、カリウム、カルシウムなどのアルカリ金属もしくはアルカリ土類金属の、またはアルミニウムの水酸化物または炭酸塩との塩;トリエチルアミン、ベンジルアミン、ジエタノールアミン、t−ブチルアミン、ジシクロヘキシルアミン、アルギニンなどとの塩などが挙げられる。
【0022】
〔ポリヌクレオチド〕
本発明のポリヌクレオチドは、上記本発明のリガンドを構成するペプチドをコードするポリヌクレオチドであればよい。ポリヌクレオチドは、RNA(例えば、mRNA)の形態、またはDNAの形態(例えば、cDNAまたはゲノムDNA)で存在することができる。ポリヌクレオチドは、二本鎖でもよく一本鎖でもよい。二本鎖の場合は、二本鎖DNA、二本鎖RNAまたはDNAと RNAとのハイブリッドのいずれであってもよい。一本鎖の場合は、コード鎖(センス鎖)または非コード鎖(アンチセンス鎖)のいずれであってもよい。また、本発明のポリヌクレオチドは、その5’側または3’側でタグ標識(タグ配列またはマーカー配列)をコードするポリヌクレオチドに融合されていてもよい。さらに、非翻訳領域(UTR)の配列やベクター配列(発現ベクター配列を含む)などの配列を含むものであってもよい。
【0023】
本発明のポリヌクレオチドは、公知のDNA合成法やPCR法等によって取得することができる。具体的には、例えば、本発明のリガンドを構成するペプチドのアミノ酸配列に基づいて、各アミノ酸のコドンを適宜選択して塩基配列をデザインし、市販のDNA合成機を用いて化学合成することができる。また、SVEP1をコードする遺伝子の塩基配列(配列番号3、配列番号5、表1のアクセッション番号参照)中の本発明のリガンドを構成するペプチドをコードする領域を増幅するためのプライマーを設計し、対応する動物のゲノムDNAまたはcDNA等を鋳型にしてPCR等を行うことにより、本発明のポリヌクレオチドを含むDNA断片を大量に取得できる。
【0024】
〔発現ベクター〕
本発明は、上記本発明のリガンドを製造するために使用される発現ベクターを提供する。本発明の発現ベクターは、本発明のリガンドを構成するペプチドをコードするポリヌクレオチドを含むものであれば特に限定されないが、RNAポリメラーゼの認識配列を有するプラスミドベクター(pSP64、pBluescriptなど)が好ましい。発現ベクターの作製方法としては、プラスミド、ファージ、またはコスミドなどを用いる方法が挙げられるが特に限定されない。ベクターの具体的な種類は限定されず、宿主細胞中で発現可能なベクターを適宜選択することができる。すなわち、宿主細胞の種類に応じて、確実に本発明のポリヌクレオチドを発現させるために適宜プロモーター配列を選択し、これと本発明のポリヌクレオチドを各種プラスミド等に組み込んだベクターを発現ベクターとして用いればよい。本発明の発現ベクターを用いて形質転換された宿主を、培養、栽培または飼育した後、培養物などから慣用的な手法(例えば、濾過、遠心分離、細胞の破砕、ゲル濾過クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィーなど)に従って、本発明のリガンドを構成するペプチドを回収、精製することができる。
【0025】
発現ベクターは、少なくとも1つの選択マーカーを含むことが好ましい。このようなマーカーとしては、真核生物細胞培養についてはジヒドロ葉酸レダクターゼまたはネオマイシン耐性遺伝子、大腸菌(Escherichia coli)および他の細菌における培養についてはテトラサイクリン耐性遺伝子またはアンピシリン耐性遺伝子が挙げられる。上記選択マーカーを用いれば、本発明のポリヌクレオチドが宿主細胞に導入されたか否か、さらには宿主細胞中で確実に発現しているか否かを確認することができる。あるいは、本発明のリガンドを構成するペプチドを融合ペプチドとして発現させてもよく、例えば、オワンクラゲ由来の緑色蛍光タンパク質GFP(Green Fluorescent Protein)をマーカーとして用い、本発明のリガンドを構成するペプチドをGFP融合ペプチドとして発現させてもよい。
【0026】
宿主は特に限定されるものではなく、従来公知の各種細胞を好適に用いることができる。具体的には、例えば、大腸菌等の細菌、酵母(出芽酵母Saccharomyces cerevisiae、分裂酵母Schizosaccharomyces pombe)、線虫(Caenorhabditis elegans)、アフリカツメガエル(Xenopus laevis)の卵母細胞、動物細胞(例えば、CHO細胞、COS細胞、およびBowes黒色腫細胞)などが挙げられる。上記発現ベクターを宿主細胞に導入する方法、すなわち形質転換法も特に限定されるものではなく、電気穿孔法、リン酸カルシウム法、リポソーム法、DEAEデキストラン法等の従来公知の方法を好適に用いることができる。このようにして得られた形質転換体も本発明に含まれる。
【0027】
〔抗体〕
本発明は、上記本発明のリガンドに対する抗体を提供する。本発明のリガンドに対する抗体は、ポリクローナル抗体でもモノクローナル抗体でもよい。また、完全な抗体分子でもよく、抗原に特異的に結合し得る抗体フラグメント(例えば、Fab、F(ab’)、Fab’、Fv、scFv等)でもよい。ポリクローナル抗体は、例えば以下のようにして作製し、取得することができる。すなわち、抗原(本発明のリガンドを構成するペプチド)をPBSに溶解し、所望により通常のアジュバント(例えばフロイント完全アジュバント)を適量混合したものを免疫原として哺乳動物(マウス、ラット、ウサギ、ヤギ、ウマ等)を免疫する。免疫方法は特に限定されないが、例えば、1回または適当な間隔で複数回、皮下注射または腹腔内注射する方法が好ましい。次いで、常法に従い、免疫した動物から血液を採取して血清を分離し、ポリクローナル抗体画分を精製することにより取得することができる。モノクローナル抗体は、上記免疫された哺乳動物から得た免疫細胞(例えば脾細胞)とミエローマ細胞とを融合させてハイブリドーマを得、当該ハイブリドーマの培養物から抗体を採取することによって得ることができる。また、抗体遺伝子をハイブリドーマからクローニングし、適当なベクターに組み込んで、これを宿主細胞に導入し、遺伝子組換え技術を用いて組換え型のモノクローナル抗体を産生させることもできる。さらに、ファージディスプレイ法を用いて作製することもできる。
【0028】
〔スクリーニング方法〕
本発明は、SVEP1とインテグリンα9β1との相互作用を阻害する物質をスクリーニングする方法を提供する。本発明のスクリーニング方法は、上記本発明のリガンドを用いるものであればよい。被験物質は特に限定されず、例えば、核酸、ペプチド、タンパク、非ペプチド性化合物、合成化合物、発酵生産物、細胞抽出液、細胞培養上清、植物抽出液、哺乳動物の組織抽出液、血漿等が挙げられる。
【0029】
スクリーニングの具体的な方法は特に限定されないが、例えば、被験物質と接触させたインテグリンα9β1発現細胞と本発明のリガンドとの結合レベルを、被験物質と接触させていないインテグリンα9β1発現細胞と本発明のリガンドとの結合レベルと比較し、被験物質と接触させたインテグリンα9β1発現細胞の結合レベルが低下している場合に当該被験物質をSVEP1とインテグリンα9β1との相互作用を阻害する物質として選択する方法などが挙げられる。被験物質が結合レベルを低下させる程度は特に限定されないが、例えば、被験物質を接触させていない細胞の結合レベルと比較して50%以下にする被験物質が好ましく、25%以下にする被験物質がより好ましい。
【0030】
本発明のスクリーニング方法により得られる物質は、SVEP1とインテグリンα9β1との相互作用を阻害することができるので、例えば、静止期または増殖抑制状態にある幹細胞の増殖誘導剤、自己免疫性関節炎の治療薬などに有用である。
【0031】
〔培養方法〕
本発明は、インテグリンα9β1発現細胞の培養方法を提供する。本発明の培養方法は、本発明のリガンドを基質として用いるものであればよい。本発明のリガンドはECMタンパク質であるSVEP1に基づいて見出されたものであるので、インテグリンα9β1発現細胞の培養用基質として非常に有用である。本発明の培養方法は、例えば、本発明のリガンドをコートした培養プレートを用いてインテグリンα9β1発現細胞を培養する方法が挙げられる。インテグリンα9β1発現細胞としては、例えば、造血幹細胞、角膜幹細胞、心臓幹細胞等の組織幹細胞、上皮細胞、平滑筋細胞、血管内皮細胞、肝細胞、好中球などが挙げられる。用いる培地は特に限定されず、培養する細胞に適した培地を適宜選択して用いればよい。血清等の増殖因子は、目的に応じて適宜添加することができる。
【0032】
また、本発明は、未分化性を維持したまま増殖を抑制する組織幹細胞の培養方法を提供する。本発明の組織幹細胞の培養方法は、本発明のリガンドを基質として用いるものであればよい。本発明者らは、インテグリンα9β1リガンドであるSVEP1をコートした培養基材で造血幹細胞を培養すると、PBS(対照)やフィブロネクチンをコートした場合と比較して造血幹細胞の増殖が著しく抑制され、未分化性が維持されることを見出した(図18、19参照)。したがって、本発明のリガンドは、組織幹細胞の未分化性を維持したまま増殖を抑制するための培養基材として非常に有用である。未分化性を維持したまま増殖を抑制する組織幹細胞の培養方法に用いる培地は、組織幹細胞の培養に適した培地であれば特に限定されない。ただし、無血清培地等の増殖因子を添加していない培地を用いることが好ましい。
【0033】
〔分離方法〕
本発明は、インテグリンα9β1発現細胞の分離方法を提供する。本発明の分離方法は、本発明のリガンドと結合する細胞を選択して分離するものであればよい。本発明のリガンドは、インテグリンα9β1発現細胞に結合できるので、本発明のリガンドが結合した細胞を選択的に分離すればインテグリンα9β1発現細胞を単離、濃縮することができる。本発明のリガンドが結合した細胞を選択的に分離する手段は特に限定されず、公知の細胞分離手段を好適に用いることができる。例えば、本発明のリガンドが固定化された磁気ビーズ、本発明のリガンドが固定化された樹脂、セルソーター等が挙げられる。分離対象のインテグリンα9β1発現細胞としては、例えば、造血幹細胞、角膜幹細胞、心臓幹細胞等の組織幹細胞、平滑筋細胞、血管内皮細胞、肝細胞、好中球などが挙げられる。
【0034】
〔薬物送達システム〕
本発明は、本発明のリガンドおよび薬物を含み、インテグリンα9β1発現細胞に薬物を送達する薬物送達システムを提供する。本発明のリガンドは、インテグリンα9β1結合能を有しているので、インテグリンα9β1発現細胞に薬物を送達するための薬物送達システムに好適に用いることができる。インテグリンα9β1発現細胞としては、例えば、造血幹細胞、角膜幹細胞、心臓幹細胞等の組織幹細胞、上皮細胞、平滑筋細胞、血管内皮細胞、肝細胞、好中球などが挙げられる。
【0035】
本発明の薬物送達システムは、本発明のリガンドと薬物とが一体化していない混合組成物の形態としてもよいが、本発明のリガンドと薬物とが何らかの相互作用により一体化した形態とすることが好ましい。一体化のための手段は特に限定されないが、例えば、薬物を封入したリポソームと本発明のリガンドの結合体、薬物を担持したナノマテリアルと本発明のリガンドの結合体などの形態が挙げられる。また、本発明のリガンドと薬物とが直接結合した形態でもよい。薬物がタンパク質である場合は、薬物と本発明のリガンドとの融合タンパク質が好適である。
【0036】
本発明の薬物送達システムに用いられる薬物は、標的部位であるインテグリンα9β1発現細胞に送達することが好ましい薬物であればよく、特に限定されない。例えば、疾病治療用の薬物、インテグリンα9β1発現細胞を可視化するための薬物(蛍光性物質、放射性物質、化学発光性物質、磁性物質等)などが挙げられる。
【0037】
〔増殖誘導方法〕
本発明は、静止期または増殖抑制状態にある幹細胞と本発明のリガンドとを接触させることにより当該幹細胞を増殖状態に誘導する方法を提供する。本発明者らは、インテグリンα9β1リガンドであるSVEP1をコートした培養基材で造血幹細胞を培養すると造血幹細胞の増殖が著しく抑制されるが、インテグリンα9β1リガンドである配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるペプチドで造血幹細胞を処理すると、SVEP1コート上の造血幹細胞の増殖抑制が解除されることを見出した(図20参照)。したがって、本発明のリガンドは、造血幹細胞の未分化状態を解除し増殖状態に誘導する用途に好適に用いることができる。
【0038】
本発明の増殖誘導方法を白血病患者に適用することにより、白血病の治療効果の向上が期待できる。すなわち、白血病患者の骨髄中に存在する静止期または増殖抑制状態にある白血病幹細胞を増殖抑制状態に誘導することにより、白血病幹細胞を血流中に移動させ、白血病細胞特異的に効果のある薬剤(チロシンキナーゼ阻害剤等)を投与することにより白血病幹細胞を効率よく死滅させることが可能になると考えられる。
【0039】
〔その他の利用〕
本発明のリガンドは、例えば、インテグリンα9β1活性化のシグナル伝達研究用の試薬、インテグリンα9β1発現細胞を採取するための試薬等の用途に有用である。
【実施例】
【0040】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0041】
[実施例1:新規インテグリンα9β1リガンドの同定]
〔実験方法〕
(1)cDNAクローニングおよび発現ベクターの構築
FLAGタグおよび6×HisタグをコードするDNA断片をPCRで増幅した。この断片をpcDNA3.1(+)ベクターまたはpSecTag2Bベクター(いずれもInvitrogen)のNotI/ApaIサイトに挿入し、pcDNA−FLAG、pSec−FLAGおよびpSec−Hisを得た。N末端にFLAGタグの付いたタンパク質の発現ベクターを構築するために、FLAG配列をコードするDNA断片をpSec−HisベクターのHindIII/BamHIサイトに挿入し、pSec−NFLAG−Hisを得た。マウスSVEP1(以下、実施例において「polydom」と記す)をコードするcDNAは、マウス7日胚から抽出したRNA(Clontech)を用いてRT−PCRにより取得し、pBluescript KS(+)(Strategene)にサブクローニングした。塩基配列確認後、エラーのないcDNA断片をpcDNA−FLAG、pSec−FLAG、pSec−HisまたはpSec−NFLAG−HisのBamHI/NotIサイトに挿入した。切断型polydom用の発現ベクターも、PCRで増幅したcDNAをpSec−HisのBamHI/NotIサイトまたはHindIII/NotIサイトにサブクローニングすることにより構築した。
【0042】
(2)組み換えpolydomの発現および精製
組み換えpolydomおよびそのフラグメントは、FreeStyleTM293 Expression System(Invitrogen)を用いて作製した。N末端polydomフラグメント(以下「pol−N」と記す、図1参照)は、配列番号2の第18位〜第789位のアミノ酸配列を有し、C末端にHisタグが付加されたフラグメントである。C末端polydomフラグメント(以下「pol−C」と記す、図1参照)は、配列番号2の第1192位〜第3567位のアミノ酸配列を有し、C末端にHisタグが付加されたフラグメントである。293fectin(Invitrogen)を用いて、FreeStyleTM293−F細胞に発現ベクターをトランスフェクションし、無血清FreeStyleTM293発現培地で72時間培養した。馴化培地を回収し、遠心分離により浄化した。発現確認のために、細胞をTBS(1 % (w/v) Nonidet P-40、1 mM phenylmethylsulfonyl fluoride, 5 μg/ml aprotinin、5 μg/ml leupeptin および5μg /ml pepstatin を含む)で溶解した。馴化培地および細胞溶解液を、Ni−NTAアガロース(キアゲン)または抗FLAG M2アガロース(シグマ)でプルダウンし、免疫ブロットに供した。FLAGタグ付加タンパク質を精製するために、馴化培地を抗FLAG M2アガロースカラムにアプライし、結合したタンパク質を100μg/mlのFLAGペプチドを含むPBSで溶出した。Hisタグ付加タンパク質を精製するために、馴化培地をNi−NTAアガロースを用いたアフィニティークロマトグラフィーに供した。カラムをPBSで洗浄し、結合したタンパク質を200mMイミダゾールを含むPBSで溶出した。溶出タンパク質をPBSに対して透析した。精製タンパク質の濃度は、ウシ血清アルブミン(BSA)をスタンダードに用いるブラッドフォード法で定量した。
【0043】
(3)polydom抗体
polydomに対する抗体は、FLAGタグ付加全長polydomを免疫原として用いてウサギで作製した。抗体は、N末端polydomフラグメントまたはC末端polydomフラグメントのどちらかを含むカラムを用いてアフィニティー精製した。カラムを0.5MのNaClを含む10mM Tris−HCl(pH7.5)で洗浄し、続いて0.1Mグリシン−HCl(pH2.8)を用いて結合した抗体を溶出した。溶出画分を直ちに1M Tris−HCl(pH9.0)で中和し、PBSに対して透析した。Alexa FluorTM555標識抗polydom(pol−N)抗体は、APEXTM Alexa Fluor抗体標識キット(Invitrogen)を用いて作製した。
【0044】
(4)細胞接着アッセイ
細胞接着アッセイは文献(Sato, Y., Uemura, T., Morimitsu, K., Sato-Nishiuchi, R., Manabe, R., Takagi, J., Yamada, M., and Sekiguchi, K. (2009) J. Biol. Chem. 284, 14524-14536)の記載に従って実施した。阻止抗体に関するアッセイのために、RD細胞(ヒト横紋筋肉腫由来)を目的のモノクローナル抗体と室温で15分間プレインキュベーションし、組み換えpolydomタンパク質またはフィブロネクチンをコートした96穴プレートに播種した。細胞を30分間インキュベートし、洗浄し、3.7%ホルムアルデヒドで固定し、0.5%トルイジンブルーで染色した。
【0045】
(5)フローサイトメトリー
A549細胞(ヒト肺腺癌由来)、HT1080細胞(ヒト線維肉腫由来)およびRD細胞表面のインテグリンα9β1発現レベルは、抗インテグリンα9β1モノクローナル抗体Y9A2を用いたフローサイトメトリーにより確認した。コントロールとしてマウス正常IgGを用いた。
【0046】
(6)組み換えインテグリンの発現および精製
ヒトインテグリンα9の細胞外領域をコードするcDNAは、RD細胞から抽出したトータルRNAを用いたRT−PCRにより増幅し、pBluescript KS(+)にクローニングした。塩基配列確認後、エラーのないcDNA断片をpcDNA−ACID−FLAG(Nishiuchi, R., Takagi, J., Hayashi, M., Ido, H., Yagi, Y., Sanzen, N., Tsuji, T., Yamada, M., and Sekiguchi, K. (2006) Matrix Biol. 25, 189-197)に挿入した。インテグリンβ1の細胞外領域用発現ベクターは高木淳一博士から分与を受けた(Takagi, J., Erickson, H. P., and Springer, T. A. (2001) Nat. Struct. Biol. 8, 412-416)。組み換えインテグリンは、FreeStyleTM293 Expression System(Invitrogen)を用いて作製し、前記 Matrix Biol. 25, 189-197, (2006) に記載の方法で精製した。
【0047】
(7)SDS−PAGE、ウエスタンブロッティングおよびアミノ酸配列解析
SDS−PAGEはLaemmli法で行った。銀染色、CBB染色またはニトロセルロース膜(免疫ブロッティング用)もしくはフッ化ポリビニリデン膜(アミノ酸配列解析用)にトランスファーすることにより、分離したタンパク質を可視化した。免疫ブロッティングのために、膜を抗体でプローブし、続いてECL検出キット(GE Healthcare)を用いて可視化した。アミノ酸配列解析のために、膜上のタンパク質バンドをCBB染色で可視化し、タンパク質バンドを膜から切り出した。N末端のアミノ酸をProcise 491 cLC protein sequencer(Applied Biosystems)を用いてエドマン法で分析した。
【0048】
(8)インテグリン結合アッセイ
インテグリン結合アッセイは、前記 Matrix Biol. 25, 189-197, (2006) に記載の方法で実施した。いくつかの実験を行い、インテグリンと合成ペプチドとを種々の濃度でプレインキュベーションすることにより合成ペプチドの阻害活性を評価した。見かけの解離常数を文献(Nishiuchi, R., Murayama, O., Fujiwara, H., Gu, J., Kawakami, T., Aimoto, S., Wada, Y., and Sekiguchi, K. (2003) J. Biochem. 134, 497-504)に従い決定した。
【0049】
(9)GST融合polydom、テネイシンCおよびオステオポンチンフラグメントの発現および精製
CCP21またはその欠失変異体をコードするcDNAをPCRで増幅し、pGEX4T−1(GE Healthcare)のEcoRI/SalIサイトにサブクローニングした。CCP21および当該ドメインのGlu2628−Ser2664が欠失した断片(以下、「ΔD2628−S2664」と記す)は、C末端にHisタグが付加されている。GST融合タンパク質は、0.1mM IPTGを添加して25℃で2時間インキュベートすることにより大腸菌BL21中に誘導した。菌をソニケーションにより溶解し、上清をグルタチオンセファロース4Bカラム(GE Healthcare)に通した。結合したタンパク質を10mMグルタチオンを含む50mM Tris−HCl(pH8.0)で溶出した。GST融合CCP21の正常体および変異体を、さらにNi−NTAアガロースカラムで精製した。精製タンパク質を130mM NaClを含む20mM HEPESバッファー(pH8.0)に対して透析し、ブラッドフォード法で定量した。
【0050】
ヒトテネイシンCの第3番フィブロネクチンタイプIIIドメイン(以下、「Tnfn3」と記す)をコードするcDNAは、HT1080細胞から抽出したRNAを用いたRT−PCRにより取得し、pBluescript KS(+)にサブクローニングした。ヒトオステオポンチンをコードするcDNAは、NIH Mammalian Gene Collection(Invitrogen)から購入した。オステオポンチンのN末端フラグメント(以下、「OPN−Nhalf」と記す)をコードするcDNAは、PCRで増幅した。インテグリンα9β1との特異的結合のために、Tnfn3およびOPN−Nhalf内のRGDモチーフをRAAに変異させた(以下、それぞれ「Tnfn3−RAA」および「OPN−Nhalf−RAA」と記す)。塩基配列確認後、cDNA断片はpGEX4T−1のEcoRI/SalIサイトに挿入した。どちらのタンパク質も、上述のとおり発現させ、精製した。
【0051】
(10)免疫組織化学
マウス胚をO.C.T.コンパウンド(サクラファインテック)で包埋し、凍結切片を作製した。3.7%ホルムアルデヒド(polydom染色用)または氷冷アセトン(polydomとインテグリンα9のダブル染色用)で切片を固定した。その後、切片をコンドロイチナーゼABC(5U/ml、生化学工業)およびヒアルロニダーゼ(1U/mlシグマ)を含むPBSで37℃30分間前処理し、続いて0.3%Hで内因性ペルオキシダーゼを失活させ、1%BSAを含むPBSでブロッキングした。4℃で一夜、切片を抗体で標識し、PBSで洗浄した。結合した抗体をHRPポリマー標識抗ウサギIgGおよびDAB(Dako)またはAlexa FluorTM標識二次抗体で可視化した。マイヤー・ヘマトキシリン(DAB染色)またはHoechst33342(免疫蛍光染色)で切片を対比染色し、マウントクイック(大道産業)またはFluorescent Mounting Medium(Dako)で切片をマウントした。
【0052】
(11)In situインテグリン結合アッセイ
マウス胚の凍結切片を氷冷アセトンで15分間固定し、TBSで洗浄し、1%BSAを含むTBSでブロッキングした。TBSで3回洗浄した後、1%BSAおよび1mM MnClを含むTBSで溶解した組み換えインテグリンα9β1(3μg/ml)を用いて4℃で一夜、切片を標識した。1mM MnClを含むTBS(TBS/Mn)で洗浄した後、1%BSAを含むTBS/Mn(TBS/Mn/BSA)に溶解した抗Velcro抗体(0.5μg/ml)で、室温で2時間、切片をインキュベートした。TBS/Mnで洗浄した後、TBS/Mn/BSAに溶解したAlexa FluorTM488標識抗ウサギIgGヤギ抗体で、室温で2時間、切片をインキュベートした。洗浄後、TBS/Mn/BSAに溶解した100μg/mlの正常ウサギIgG(Dako)で、室温で1時間、切片をインキュベートし、二次抗体か結合していない領域をブロッキングした。130mM NaClおよび1mM MnClを含む20mM HEPESバッファー(pH7.5)で切片を洗浄し、130mM NaClおよび1mM MnClを含む20mM HEPESバッファー(pH7.5)に溶解した3.7%ホルムアルデヒドで、10分間再固定した。TBSで洗浄後、1%BSAを含むTBSに溶解したAlexa FluorTM555標識抗polydom抗体で、4℃で一夜、切片をインキュベートした。TBSで洗浄後、Fluorescent Mounting Medium(Dako)で切片をマウントした。
【0053】
(12)使用抗体
抗ヒトインテグリンα3マウスモノクローナル抗体(3G8)および抗ヒトインテグリンα3マウスモノクローナル抗体(8F1)は、それぞれ文献(Kikkawa, Y., Sanzen, N., Fujiwara, H., Sonnenberg, A., and Sekiguchi, K. (2000) J. Cell Sci. 113, 869-876 および Manabe, R., Ohe, N., Maeda, T., Fukuda, T., and Sekiguchi, K. (1997) J. Cell Biol. 139, 295-307)に記載の方法で自作した。抗インテグリンサブユニットα6モノクローナル抗体(AMCI7−4)は、片山政彦博士(エーザイ筑波研究所)から分与を受けた(Katayama, M., Sanzen, N., Funakoshi, A., and Sekiguchi, K. (2003) Cancer Res. 63, 222-229)。抗ヒトインテグリンβ1マウスモノクローナル抗体(AIIB2)は、Developmental Studies Hybridoma Bank (アイオワ)から入手した。抗ヒトインテグリンα2サブユニットマウスモノクローナル抗体(P1E6)、抗ヒトインテグリンα9β1マウスモノクローナル抗体(Y9A2)、およびマウスノーマルIgGは、Santa Cruz Biotechnologyから購入した。抗マウスインテグリンα9ヤギポリクローナル抗体は、R&D Systemsから入手した。HRP標識抗FLAG M2抗体および抗penta−His抗体は、それぞれシグマおよびキアゲンから入手した。抗Velcro抗体は、文献(Takagi, J., Erickson, H. P., and Springer, T. A. (2001) Nat. Struct. Biol. 8, 412-416)の記載に従い、コイルドコイル酸性および塩基性ペプチドをウサギに免疫することにより作製した。
【0054】
〔実験結果〕
(1)組み換えpolydomの確認
マウス免疫グロブリンκ鎖のシグナル配列を有する組み換えpolydom発現用の細胞を培養した培地を抗FLAGモノクローナル抗体を用いてアフィニティー精製し、得られたpolydomを非還元または還元条件で6%SDS−PAGEに供した。
【0055】
結果を図2に示した。図2から明らかなように、非還元条件(NR)で220kDaおよび100kDaの2つの主要なバンドを検出した。還元条件(R)でも同様のバンドパターンが得られたが、非還元条件より移動速度が少し遅かった(270kDaおよび115kDa)。この結果から、両者はいずれもペプチド内ジスルフィド結合に富んでいることが示唆された。両タンパク質バンドのN末端のアミノ酸配列を決定したところ、115kDaのバンドはDAAQから始まっており、マウス免疫グロブリンκ鎖のシグナル配列を除いたN末端の配列と推定された。一方、270kDaのバンドはVAPGから始まっており、これは配列番号2の第1177位〜第1180位と一致し、N末端は第1番EGFドメインに位置した。これらの結果から、polydomは分泌後または分泌前にタンパク質分解処理されて2つのパート、すなわちN末端側の115kDaフラグメントとC末端側の270kDaフラグメントに分かれるが、タンパク質分解的切断後も結合が維持されることが示唆された。
【0056】
次に、N末端にFLAGタグ、C末端にHisタグを有する組み換えpolydomを293−F細胞を用いて発現させ、抗FLAG抗体ビーズまたはNi−NTAビーズを用いて培地および細胞溶解液から組み換えpolydomを沈殿させた。沈殿物を還元条件で5%SDS−PAGEに供し、抗His抗体および抗FLAG抗体を用いて免疫ブロッティングを行った。陰性コントロールとして、遺伝子を導入していない293−F細胞を用いて同様の手順で行った。
【0057】
結果を図3(A)および(B)に示した。(A)は抗His抗体による免疫ブロッティングの結果であり、(B)は抗FLAG抗体による免疫ブロッティングの結果である。図3中medは培地、cellは細胞溶解液を表し、HisはNi−NTAビーズによる沈殿物、FLAGは抗FLAG抗体ビーズによる沈殿物を表す。レーン1は陰性コントロール、レーン2は組み換えpolydomである。使用したビーズの種類に関わらず、培地由来の沈殿物から270kDaおよび115kDaの2つのフラグメントが回収され、これらのフラグメントが結合したままであることが確認された。明らかに300kDaの移動度を越える高分子量のバンドが、細胞溶解液由来の両方のビーズによる沈殿物から検出された(図3(A)および(B)のアローヘッド)。この結果から、N末端115kDaおよびC末端270kDaの各フラグメントへのタンパク質分解処理は、分泌後に生じていると考えられた。
【0058】
(2)polydomはα9β1インテグリン依存性細胞接着を媒介する
ヒト肺腺癌由来A549細胞、ヒト線維肉腫由来HT1080細胞およびヒト横紋筋肉腫由来RD細胞の3種類のヒト細胞株を用いて、polydomが細胞接着を促進するか否かについて検討した。全長polydom、pol−N、pol−Cまたは血漿フィブロネクチン(FN)を段階希釈した濃度でコーティングした96穴プレートに細胞を播種して37℃で30分間インキュベートした。洗浄により非接着細胞を除いた後、接着細胞を固定してトルイジンブルーで染色した。接着細胞を顕微鏡でカウントした。実験はトリプリケートで行った。
【0059】
RD細胞の結果を図4に示した。図4から明らかなように、RD細胞は濃度依存的に全長polydomに接着し、コーティング濃度3μg/mlでマキシマムに達した。pol−Nまたはpol−Cをコーティングした場合は、pol−Cのみが細胞接着を促進でき、全長polydomとほぼ同等の能力であった。示していないが、A549細胞およびHT1080細胞はpolydomに接着しなかった。
【0060】
図5は、RD細胞と全長polydom、pol−Cまたはフィブロネクチンとの接着の状態を顕微鏡で観察した結果である。図5からわかるように、全長polydomまたはpol−Cと接着している細胞は、伸展した形態をとっているが、フィブロネクチンに接着している細胞より伸展の程度は少なかった。
これらの結果から、polydomは細胞の接着およびそれに続く細胞の伸展を媒介できること、細胞接着促成活性は、CCPドメインが多数並んで構成されるC末端領域に存在することが示された。
【0061】
次に、RD細胞のpolydomへの接着が、ECMタンパク質の主要な細胞表面受容体であるインテグリンに依存するかどうかを調べた。96穴プレートに全長polydom(3μg/ml)、pol−C(3μg/ml)または血漿フィブロネクチン(1μg/ml)をコートした。RD細胞を、7種類の機能阻害モノクローナル抗体(10μg/ml)と室温で10分間プレインキュベーションした後、ウェルに添加した。7種類の機能阻害モノクローナル抗体は、コントロールマウスIgG(IgG)、抗インテグリンβ1モノクローナル抗体AIIB2(β1)、抗インテグリンα2モノクローナル抗体P1E6(α2)、抗インテグリンα3モノクローナル抗体3G8(α3)、抗インテグリンα5モノクローナル抗体8F1(α5)、抗インテグリンα6モノクローナル抗体GoH3(α6)および抗インテグリンα9β1モノクローナル抗体Y9A2(α9)である。37℃で30分間インキュベーションした後、非結合細胞を洗い流した。続いて、接着細胞を固定し、トルイジンブルーで染色した。
【0062】
結果を図6に示した。図中、接着細胞数はコントロールマウスIgG処理における接着細胞数(100%)に対するパーセンテージとして表した。図6から明らかなように、インテグリンβ1サブユニットに対するモノクローナル抗体は、RD細胞のpolydomへの接着を強く阻害した。α2、α3、α5およびα6サブユニットに対するモノクローナル抗体は、RD細胞のpolydomへの接着を阻害しなかったが、α9β1に対するモノクローナル抗体は、RD細胞のpolydomへの接着を強く阻害した。この結果は、A549細胞およびHT1080細胞がpolydomに接着しなかったことと一致する。RD細胞にはインテグリンα9β1が発現しており、A549細胞およびHT1080細胞には発現していないからである。したがって、polydomへの接着は、インテグリンα9β1によって一次的に仲介されると考えられた。
【0063】
(3)polydomはインテグリンα9β1の好ましいリガンドである
polydomの接着受容体としてのインテグリンα9β1の役割を確認するために、組み換えインテグリンα9β1を用いて直接インテグリン結合アッセイを行った。すなわち、全長polydom、pol−N、pol−C、血漿フィブロネクチン(pFN)および細胞フィブロネクチン(cFN)をコートしたプレートに、1mM MnClまたは10mM EDTA存在下で組み換えインテグリンα9β1を接着させた。陰性対照にBSAを用いた。結合したインテグリンは、ビオチン化した抗Velcro抗体およびHRP標識ストレプトアビジンを用いて定量した。
【0064】
結果を図7に示した。図7から明らかなように、組み換えインテグリンα9β1は、全長polydomおよびpol−Cと結合したが、pol−Nとは結合しなかった。組み換えインテグリンα9β1のpolydomへの結合がEDTAの存在により完全に消失したことから、インテグリン結合アッセイの特異性が確認された。EIIIAドメインを含む細胞フィブロネクチンは、インテグリンα9β1の推定のリガンドであるが、組み換えインテグリンα9β1はこれに対してわずかな結合活性を示したに過ぎなかった。これらの結果は細胞接着アッセイの結果と一致し、インテグリンα9β1が直接に結合すること、インテグリン結合部位はpolydomのC末端側270kDaの領域に存在することが確認された。
【0065】
インテグリンα9β1は、テネイシンCの第3フィブロネクチンタイプIIIドメイン(TNfn3)およびオステオポンチンのN末端側半分(OPN−Nhalf)と結合することが知られている。そこで、インテグリンα9β1リガンドをGST融合タンパク質として組み換え発現させ、精製した。その中の細胞接着モチーフRGDを、RGD結合インテグリン(例えば、αvサブユニットを含むもの)と相互作用する能力を完全に消失させるためにRAAに置き換えた。pol−C(10nM)、GST−TNfn3RAA(100nM)、GST−OPN−NhalfRAA(100nM)をコートしたマイクロプレートに1mM MnCl存在下でインテグリンα9β1を結合させた。
【0066】
結果を図8に示した。図8から明らかなように、TNfn3RAAおよびOPN−NhalfRAAはインテグリンα9β1との結合能を有したが、インテグリンα9β1への親和性はpol−Cと比較して有意に低かった。インテグリンの最高濃度においても結合の飽和が不十分であったため、これらのインテグリンα9β1リガンドの見掛けの解離常数を求めることができなかったが、インテグリンα9β1とpol−Cとの間の解離常数は、独立した3回の測定結果から32.4±2.7nMと見積もられた。
【0067】
(4)インテグリンα9β1はCCP21に結合する
polydom内のインテグリンα9β1結合部位を見つけるために、5種類のpolydomN末端欠失変異体シリーズを作製した(pol−C、ΔEGF6、ΔPTX、ΔCCP20およびΔCCP21、図9参照)。これらの組み換えタンパク質(10nM)をマイクロタイタープレートにコートし、1mM MnClまたは10mM EDTA存在下で、インテグリンα9β1に対する結合活性を評価した。
【0068】
結果を図10に示した。図10から明らかなように、CCP21より上流を欠失してもpol−Cのインテグリン結合活性は低下しなかったが、CCP21の欠失は、インテグリン結合活性を劇的に低下させたことから、CCP21がインテグリン結合活性の重要な役割を果たしていることが明らかとなった。CCP21がインテグリンα9β1結合部位を有することを確認するために、GST融合タンパク質として組み換えCCP21を作製し、インテグリンα9β1結合活性を調べた。図10に示したように、CCP21のみでも十分なインテグリンα9β1結合活性を有しており、CCP21がインテグリン結合活性に重要な役割を果たしていることを確認した。
【0069】
図11は、クラスタルWを用いてアライメントした第20番、第21番、第22番CCPドメインのアミノ酸配列を示した図である。polydomに含まれる合計34個のCCPドメインのなかで、CCP21は他のCCPドメインと比較して、約40個の余分なアミノ酸が含まれる点でユニークである。そこで、CCP21内の余分な部分(以下、「エクストラセグメント」という)がインテグリンα9β1との結合に関与することを確認するための実験を行った。すなわち、GST融合CCP21、GST融合CCP21のD2628−S2664欠失変異体(CCP21ΔD2628−S2664)、D2628−S2664のみ(図11参照)、pol−CまたはGSTのみをマイクロタイタープレートにコートし、1mM MnClまたは10mM EDTA存在下で、インテグリンα9β1を結合させた。
【0070】
結果を図12に示した。図12から明らかなように、CCP21ΔD2628−S2664はインテグリンα9β1と結合することができず、D2628−S2664はインテグリンα9β1との結合活性を維持していた。この結果から、polydomのインテグリンα9β1結合部位は、CCP21のエクストラセグメントの37アミノ酸(D2628−S2664)部分に存在することが明らかとなった。
【0071】
(5)インテグリンα9β1は配列EDDMMEVPY配列を認識する
インテグリンα9β1との結合に対応する領域をさらに狭めるために、CCP21のエクストラセグメントの37アミノ酸部分をさらに小さな部分に分割し、GST融合タンパク質として作製した。CCP21、pol−C、GSTのみを含む8種類の断片を、それぞれマイクロタイタープレートにコートし、1mM MnClまたは10mM EDTA存在下で、インテグリンα9β1を結合させた。
【0072】
結果を図13に示した。図13から明らかなように、インテグリンα9β1はD2628−S2664のN末端側の、D2628−L2645およびD2634−L2645とのみ結合した。この結果から、インテグリンα9β1結合部位は、CCP21のエクストラセグメント内の12アミノ酸部分(D2634−L2645)にマップできることが明らかとなった。
【0073】
インテグリンα9β1との結合に関与するアミノ酸残基を特定するために、D2634−L2645のアラニンスキャニング変異体およびN末端またはC末端の欠失変異体をGST融合タンパク質として作製した。各断片をそれぞれマイクロタイタープレートにコートし、インテグリンα9β1を結合させた。
【0074】
アラニンスキャニング変異体を図14に示した。図14から明らかなように、グルタミン酸2641をアラニンに代えた変異体(E2641A)は、インテグリン結合活性をほぼ完全に失った。グルタミン酸2636〜チロシン2644のアラニン変異体は、それぞれ異なる程度でインテグリン結合活性の一部低下を引き起こした。この結果から、インテグリンα9β1は配列EDDMMEVPYを認識し、その中のグルタミン酸2641が、インテグリンα9β1のリガンド認識に決定的に関与する酸性残基であることが明らかとなった。
【0075】
さらに、インテグリンα9β1の認識配列としてのEDDMMEVPYの役割を確認するために、EDDMMEVPYまたはその一部の配列からなる合成ペプチドを用いて、インテグリンα9β1のpol−Cへの結合阻害アッセイを行った。pol−C(10nM)をコートしたマイクロタイタープレートに1mM MnClおよび各濃度の合成ペプチド存在下で、インテグリンα9β1(10nM)をインキュベーションした。ペプチドの沈殿を防止するために、10%DMSOの存在下で実験を行った。pol−Cへのインテグリンα9β1の結合量を100%として、相対結合率を求めた。
【0076】
結果を図15に示した。図15から明らかなように、EDDMMEVPYペプチドは、pol−Cとインテグリンα9β1との結合を濃度依存的に阻害し、そのIC50は0.18μMであった。より小さいDMMEVPYペプチドは、EDDMMEVPYペプチドに近いインテグリンα9β1結合阻害能を有していた。この結果は、N末端のグルタミン酸−アスパラギン酸のインテグリンα9β1結合への貢献が相対的に小さいことと一致した。さらに、DMMEVPYペプチドからC末端のチロシンを欠失したペプチドは、阻害能が減少したことから、インテグリンα9β1によるCCP21の認識におけるチロシン2644の関与を支持した。DMMEVPYペプチドのグルタミン酸2641のアラニン置換体は、阻害能の顕著な減少を示し、インテグリンα9β1によるCCP21の認識におけるグルタミン酸2641の重要性と一致した。
【0077】
さらに、テネイシンCおよびフィブロネクチンEIIIAドメインにおけるインテグリンα9β1認識配列として知られているAEIDGIELペプチドおよびTYSSPEDGIHEペプチドの結合阻害活性を、EDDMMEVPYペプチドの結合阻害活性と比較し、図15に示した。図15から明らかなように、AEIDGIELペプチドはインテグリンα9β1のpol−Cへの結合を阻害できたが、その能力はEDDMMEVPYペプチドより一桁小さく、IC50は7.8μMであった。TYSSPEDGIHEペプチドは、インテグリンα9β1のpol−Cへの結合をほとんど阻害しなかった。この結果は、インテグリンα9β1が、テネイシンCおよび他の公知のリガンドより有意に高い親和性でpolydomに結合するとの結論を支持し、EDDMMEVPYがインテグリンα9β1によるリガンド認識の好ましい配列であるとの結論を支持する。
【0078】
(6)polydomは組織においてインテグリンα9と一部一緒に局在する
polydomのインテグリンα9β1に対する相対的に高い結合親和性は、polydomがインテグリンα9β1の生理的リガンドとして機能することを暗示する。この可能性を確認するために、マウス胚の組織を抗polydom抗体および抗インテグリンα9抗体を用いて免疫蛍光染色を行った。
【0079】
結果を図16に示した。polydomは、胃および腸の粘膜下間葉にインテグリンα9と共局在した(図16のA〜F)。インテグリンα9は、胃および腸の平滑筋層に発現し、そこにはpolydomはほとんど発現していない。polydomおよびインテグリンα9は肝臓の類洞で共局在し(図16のG〜I)、腎臓では、ボーマン嚢および尿細管の間の間葉領域で共局在した(図16のJ〜L)。肺では、polydomは間葉に検出され、そこにはインテグリンα9が部分的にだけ共局在した(図16のM〜O)。インテグリンα9は、肺の平滑筋層に強く発現したが、そこではpolydomは検出されなかった。これらの結果から、polydomは、インテグリンα9が強く発現した平滑筋層を除く種々の臓器の胚間葉でインテグリンα9と共局在することが証明され、polydomがインテグリンα9の生理的リガンドの1つとしての役割を果たす可能性と一致した。
【0080】
インテグリンα9β1に対する生理的リガンドとしてのpolydomの役割をさらに確認するために、組織全体のインテグリンα9β1リガンドを可視化するin situインテグリン結合アッセイを行った。
結果を図17に示した。図17のA、EおよびIに示したように、マウス胚の凍結切片とインテグリンα9β1とをMn2+存在下でインキュベーションした場合、インテグリンα9β1のリガンドは間葉、ならびに胃、腸および肺の平滑筋層に検出された。図17のD、HおよびLに示したように、EDTA存在下でインキュベーションした場合は、何も検出されず、in situインテグリン結合アッセイの特異性が確認された。図17のB、FおよびJに示したように、Alexa FluorTM555標識抗polydom抗体を用いた免疫蛍光染色によりpolydomを検出したところ、図17のC、GおよびKに示したように、polydomの検出部位は、胃、腸および肺の間葉領域におけるインテグリンα9β1の結合部位と重複した。この結果は、polydomがこれらの臓器における間葉ECMの生理的インテグリンα9β1リガンドとして役に立っているとの結論を支持するものである。
【0081】
[実施例2:新規インテグリンα9β1リガンドと造血幹細胞との相互作用]
6〜7週齢マウス(C57BL/6J)3匹の大腿骨および頸骨からフラッシュ操作により骨髄細胞を回収し、回収した骨髄細胞を22Gの注射針を用いて分離分散させた。ビオチン標識lineage抗体を30分反応させた後、抗ビオチン抗体標識磁気ビーズを反応させ、自動磁気細胞分離装置autoMACS(Miltenyi Biotec)を用いてlineage陽性細胞を除いた。さらに、PE−CD3、PE−Mac1、PE−Gr1、PE−Ter119、PE−B220、FITC−Sca1およびAPC−c−Kitで染色し、FACSAriaを用いてlineage(−)Sca1(+)c−Kit(high)細胞分画を選別し、以下の実験に使用した。
【0082】
(1)造血幹細胞の増殖および分化に関する検討
組み換えpolydomタンパク質またはフィブロネクチンをコートした48穴プレートに上記細胞を播種した。コントロールとして何もコートしていないプレートを用いた。培地は10%ウシ胎児血清、thrombopoietin(30 ng/mL)、flt3 ligand(100 ng/mL)を含むRPMIを用いた。増殖検討には、細胞を1000個/ウェルで各コートにつき2ウェル播種して培養を開始し、培養開始時、2日目および3日目に細胞数をカウントした。残りの細胞は全てを3等分して各コートのウェルに播種し、培養開始から3日目にFACS解析を行った。FACS解析は、PE−CD3、PE−Mac1、PE−Gr1、PE−Ter119、PE−B220、FITC−Sca1およびAPC−c−Kitの抗体カクテルで染色し、FACSContを用いて行った。
【0083】
増殖検討の結果を図18に示した。図18から明らかなように、フィブロネクチンコート上の細胞は、コントロールと同様に増殖したが、polydomコート上の細胞は、増殖が著しく抑制されていた。
FACS解析の結果を図19に示した。図19中、縦軸はc−Kitの発現量を示し、横軸はSca1の発現量を示す。図19から明らかなように、polydomコート上の細胞は、Sca1の発現を維持しているが、増殖因子受容体であるc−Kitの発現が低下していた。一方、フィブロネクチンコート上の細胞は、c−Kitの発現が上昇していた。
以上の結果から、造血幹細胞はpolydomと相互作用することにより増殖が抑制され、未分化能が維持されると考えられた。
【0084】
(2)造血幹細胞とpolydomタンパク質との相互作用に対するEDDMMEVPYペプチドの影響に関する検討
上記細胞を3群に分け、5000個/ウェルで48穴プレートに播種した。培地は10%ウシ胎児血清、thrombopoietin(30 ng/mL)、flt3 ligand(100 ng/mL)を含むRPMIを用いた。EDDMMEVPYペプチド添加群には濃度が50μMとなるようにペプチドを2μl添加し、他の2群についてはPBSを2μl添加して37℃で2時間培養を行った。続いて、組み換えpolydomタンパク質またはフィブロネクチンをコートした48穴プレートに細胞を移した。ペプチドを添加した細胞は組み換えpolydomタンパク質をコートしたプレートに、他の2群はそれぞれ組み換えpolydomタンパク質をコートしたプレートおよびフィブロネクチンをコートしたプレートに移した。3日間培養を続け、2日目、3日目および4日目に細胞数をカウントした。
【0085】
結果を図20に示した。図18と同様に、フィブロネクチンコート上の細胞(図中、Fibronectin)は増殖したが、polydomコート上の細胞(図中、Polydom)は増殖が抑制された。一方、EDDMMEVPYペプチドで処理した後にpolydomコート上で培養した細胞(図中、Polydom + peptide 50μM)は、フィブロネクチンコート上の細胞より速度は遅いものの増殖することが確認された。この結果は、EDDMMEVPYペプチドが造血幹細胞のインテグリンα9β1と結合したことにより、造血幹細胞のインテグリンα9β1とプレート上のpolydomとの相互作用が阻害されたことに起因するものと考えられた。
【0086】
[実施例3:新規インテグリンα9β1リガンドと心臓幹細胞との相互作用]
(1)心臓幹細胞の分離
組織幹細胞は一般的に細胞周期の間隔が非常に長いため、DNAや細胞内に取り込まれた標識化合物が細胞分裂に伴う減衰を起こさず、長期間安定に保持されることが知られている。この性質を利用し、臭素化デオキシウリジン(BrdU)のようなヌクレオチド類縁体、あるいは緑色蛍光蛋白質(green fluorescent protein、以下「GFP」と記す)と核タンパク質ヒストンの融合タンパク質を用いて細胞を短期間標識し、これら標識を長期間保持する細胞(標識保持細胞)として組織幹細胞を同定・分離することが可能である。本実験では、ROSA26プロモーターとテトラサイクリン誘導発現系を組み合わせ、GFPとヒストンH2Bの融合タンパク質(H2B−GFP)をマウスの出生前1週間から2週間にわたり心臓で発現させ、6週間後に心臓からGFP標識保持細胞として心臓幹細胞を分離した。
【0087】
(2)心臓のGFP標識保持細胞におけるインテグリンα9の発現解析
GFP標識保持細胞は、H2B−GFPを出生前後2週間にわたり強制発現させたのち、6週間チェイスしたマウスの心臓より調製した。心臓の細胞は0.1%コラゲナーゼB(Roche)、2.4U/mlディスパーゼ(Life Technologies)を含むハンクス平衡塩溶液(以下「HBSS」と記す)を用い37℃で30分間処理することにより分散させた後、BD Falconセルストレイナーに通して、単一細胞とした。得られた細胞をGFPの蛍光を指標としてセルソーターFACS Aria(BD社製)を用いて分画し、GFP陽性細胞を分離した(図21参照)。10個のGFP陽性細胞とGFP非陽性細胞を、抗マウスインテグリンα9抗体(R&D社)1μgと1%BSAを含むHBSS 100μlに浮遊させ、氷中で30分反応させた。1%BSAを含むHBSS 500μlで洗浄した後、allophycocyanin標識抗ヤギIgG抗体(R&D社、20倍希釈で使用)と1%BSAを含むHBSS 100μlに細胞を懸濁し、氷中で20分反応させ、細胞表面のインテグリンα9を蛍光標識した。1%BSAを含むHBSS 500μlで洗浄後、1%BSAを含むHBSS 500μlに再懸濁し、セルソーターFACS Ariaによりインテグリンα9の発現を解析した。図22に示すように、GFP陽性細胞にはインテグリンα9を高発現する細胞が濃縮されることがわかった。
【0088】
(3)インテグリンα9の免疫組織染色
心臓幹細胞がインテグリンα9を高発現していることを確認するため、GFP標識保持細胞とインテグリンα9発現細胞を二重免疫蛍光染色により解析した。H2B−GFPで心臓幹細胞を標識したマウス心臓の凍結切片を8μmの厚さで作成し、3.7%ホルマリンで10分間固定した。3%BSAを含むPBSにより室温で30分間ブロッキングした後、抗マウスインテグリンα9抗体(5μg/ml)で4℃で一晩反応させ、さらにAlexa FluorTM546標識抗ヤギIgG抗体を用いて結合した抗体を蛍光標識した。蛍光標識されたインテグリンα9は共焦点顕微鏡により観察した。心臓幹細胞はGFP標識保持細胞として同定した。
結果を図23に示した。左がGFP、右がインテグリンα9の染色像であり、図中矢頭はGFP標識保持細胞の位置を示す。図23より、GFP標識保持細胞は心外膜に主に局在しており、インテグリンα9発現細胞と局在部位が重なることが確認された。
【0089】
(4)polydomの免疫組織染色
上記(3)と同様にして、インテグリンα9のリガンドであるpolydomが心臓幹細胞の周囲に発現しているかを二重免疫蛍光染色により検索した。抗polydom抗体は2μg/mlの濃度で用い、結合した抗polydom抗体はAlexa FluorTM546標識抗ウサギIgG抗体を用いて可視化した。
結果を図24に示した。左がGFP、右がpolydomの染色像であり、図中矢頭はGFP標識保持細胞の位置を示す。図24より、polydomは心外膜のGFP標識保持細胞の周囲に限局して発現していた。この結果はpolydomが心臓幹細胞が発現するインテグリンα9β1のリガンドとして機能している可能性を支持している。
【0090】
(5)GFP標識保持細胞を用いた細胞接着アッセイ
polydomがインテグリンα9β1を発現する心臓幹細胞の足場として働くことを確認するために、心臓幹細胞をGFP標識保持細胞として分離し、細胞接着アッセイを行った。100nMのpolydomまたはフィブロネクチンを96穴イムノプレート(Nunc Maxisorp)に50μl/wellずつ添加して4℃で一晩コーティングした。FACS Ariaにより回収したGFP標識保持細胞を無血清イスコフ改変ダルベッコ培地(以下「IMDM」と記す)に1×10細胞/mlで懸濁後、100μl/wellずつ加え、37℃、5%COのインキュベーターで12時間培養した。PBSで3回洗浄した後、3.7%ホルマリンを100μl/wellで加え、細胞を15分間固定した。その後、0.5%トルイジンブルー(150μl/well)を加えて10分間インキュベートし、MilliQ水で洗浄した。乾燥後、顕微鏡下で接着した細胞数を数えた。
【0091】
結果を図25に示した。上段は接着した細胞の顕微鏡写真であり、下段は細胞接着活性(1平方ミリメートル当たりの接着細胞数)を示すグラフである。図25から明らかなように、何もコーティングしていないプレートには細胞はほとんど接着しなかったが、フィブロネクチンおよびpolydomをコーティングしたプレート上では多数の細胞が接着していた。polydomはフィブロネクチンと同等あるいはそれ以上の細胞接着活性を心臓幹細胞に対して有していた。
【0092】
(6)GFP標識保持細胞を用いたコロニー形成能の測定
polydomをコーティングしたプレート上で心臓幹細胞が増殖するか、コロニー形成を指標として測定した。100nMのpolydomまたはフィブロネクチンをFalcon6ウェルプレートに800μl/wellずつ添加して4℃で一晩コーティングした。FACS Ariaにより回収したGFP標識保持細胞を10%ウシ胎児血清を含むIMDMに懸濁後、1×10細胞/wellで播種して、37℃、5%COのインキュベーターで培養した。培地交換は3日ごとに行い、2週間培養した。1mM CaCl入りHBSSで洗浄後、ギムザ染色液(Merck)を1ml/well加え、30分後水道水で洗浄した。乾燥後、顕微鏡下でコロニー数を数えた。
【0093】
結果を図26に示した。(A)はコロニー形成率を示すグラフであり、(B)は代表的なコロニーの形態を示す図である。コロニー形成能は播種した細胞に対する生じたコロニー数の百分率で示した。図26から明らかなように、何もコーティングしていないプレート上ではコロニー形成率が0.2%以下であるのに対し、polydomをコーティングしたプレート上では約0.8%のコロニー形成率が観測された。フィブロネクチンをコーティングしたプレート上でのコロニー形成率は約0.4%であった。すなわち、polydom上ではフィブロネクチン上よりも心臓幹細胞がコロニーを形成し易いことが示された。
【0094】
なお本発明は上述した各実施形態および実施例に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書中に記載された学術文献および特許文献の全てが、本明細書中において参考として援用される。
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【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]