【実施例】
【0024】
以下、本発明の実施例を比較例とともに説明する。
〔実施例1〕
<Ti薄膜層の形成>
直径8インチのSi基板上に、厚さ0.1μmのSiO
2層と、白金密着層である厚さ0.03μmのTiO
x層と、厚さ0.1μmのPt電極層がこの順序で形成された第1の評価用基板を用いた。
この第1の評価用基板を用い、DCスパッタリング法により、Pt電極層上に、膜厚1nmのTi薄膜層を形成した。
この場合、スパッタリングターゲットとしてTiターゲットを用い、スパッタガスとしてアルゴンガスを用いて圧力0.16Paとし、また、基板温度は25℃とした。
【0025】
<PZT薄膜層の形成>
Pt電極層上に膜厚1nmのTi薄膜層を形成した後、この基板を真空雰囲気中に配置しておき、RFマグネトロンスパッタリング法により、Ti薄膜層上に、膜厚2μmのPZT薄膜層を形成した。
【0026】
この場合、スパッタリングターゲットとして、アルバック社のアルバックマテリアル事業部製のPb30%過剰ターゲット(Pb1.3Zr0.52Ti0.48O
3)を用い、また、スパッタリング装置(アルバック社製 SME−200,SME−200E)の誘電体用モジュールを用いた。
また、PZT薄膜層の成膜条件は、スパッタガスとしてアルゴンガスを用いて圧力0.5Paとし、また、基板温度は600℃とした。
【0027】
〔実施例2〕
評価用基板として、上記第1の評価用基板の白金密着層であるTiO
x層の代わりに厚さ5nmのTi薄膜密着層を形成した第2の評価用基板を用い、実施例1と同一の成膜条件によって、Pt電極層上に直接膜厚2μmのPZT薄膜を形成した。
Ti薄膜密着層は、DCスパッタリング法により形成した。
この場合、スパッタリングターゲットとしてTiターゲットを用い、スパッタガスとしてアルゴンガスを用いて圧力0.16Paとし、また、基板温度は25℃とした。
【0028】
〔比較例1〕
上記第1の評価用基板を用い、RFマグネトロンスパッタリング法により、Pt電極層上に直接膜厚2μmのPZT薄膜層を形成した。
この場合、成膜条件は実施例1と同一とした。
【0029】
<PZT薄膜層の結晶配向性の評価結果>
実施例1、2及び比較例1によって形成されたPZT薄膜層に対し、X線回折法を用いて結晶配向性を評価した。その結果を
図3(a)〜(c)に示す。
【0030】
図3(c)に示すように、Pt電極層上に膜厚1nmのTi薄膜層を形成し、このTi薄膜層上に膜厚2μmのPZT薄膜層を形成した実施例1の場合は、目的とする(001)/(100)配向が得られていることが分かる。
また、不純物相であるパイロクロア相も発生していない。
【0031】
また、
図3(b)に示すように、白金密着層であるTiO
x層の代わりに厚さ5nmのTi薄膜密着層を設けた実施例2の場合も、目的とする(001)/(100)配向が得られており、また、不純物相であるパイロクロア相も発生していないことが分かる。
【0032】
これに対し、
図3(a)に示すように、Pt電極層上に直接膜厚2μmのPZT薄膜層を形成した比較例1の場合は、PZT(111)配向を示し、また不純物相であるパイロクロア相もみられている。
【0033】
このパイロクロア相は常誘電体であり、PZT薄膜層中に存在することで圧電性が減少する要因となる。
この現象は、次のように考察することができる。
【0034】
すなわち、Pt電極層上にPZT薄膜層を直接成膜した場合、PbOの再蒸発及びPt電極層中へのPbの拡散により、スパッタ初期層でPbが欠損し、パイロクロア相が生成されたと考えられる。
また、PtPb
x合金は低温でも形成されることが知られており、PZT薄膜層の成膜温度である600℃では容易に形成されることが予想される。
【0035】
今回は、成膜中におけるPbOの再蒸発を見込んでPb30%過剰ターゲットを用いているが、Pt電極層界面では拡散も起こるため、Pb欠損となっていると考えられる。
なお、これ以上ターゲットのPb仕込み量を増やしてしまうと、PZT薄膜層中のPbが過剰となり、リーク電流量の増加や絶縁耐圧の低下を招く恐れがある。
【0036】
これに対し、Pt電極層上にTi薄膜層が存在する実施例1の場合、PbがPt電極層中へ拡散するよりも先に、スパッタされたPb,O粒子とPt電極層上のTi原子が反応し、このTi原子を核としてPTOが形成され、パイロクロア相の生成を抑制したと考えられる。
【0037】
一方、実施例2では、Pt中をTi原子が拡散しやすいことを利用している。すなわち、Pt電極層の成膜中あるいは、PZT薄膜層の成膜前の基板加熱時に、Pt電極層の下地のTi薄膜密着層中のTi原子がPt電極層を介して表面に拡散し、このTi原子がスパッタされたPb,O粒子との反応に寄与すると考えられる。
【0038】
なお、Takaharaらは、Pt電極上にSrTiO
3を5nm成膜することにより、Pt電極中へのPb拡散を抑制できるとの報告をしている(Thin Solid Films, 516 (2008) 8393参照)。
【0039】
<PZT薄膜層の結晶配向性の厚さ依存性>
〔実施例1A〕
Pt電極層上のTi薄膜層の厚さを5nmとした以外は実施例1と同一の条件でPZT薄膜層を形成した。
【0040】
〔実施例1B〕
Pt電極層上のTi薄膜層の厚さを10nmとした以外は実施例1と同一の条件でPZT薄膜層を形成した。
【0041】
〔実施例2A〕
Ti薄膜密着層の厚さを10nmとした以外は実施例2と同一の条件でPZT薄膜層を形成した。
【0042】
〔実施例2B〕
Ti薄膜密着層の厚さを18nmとした以外は実施例2と同一の条件でPZT薄膜層を形成した。
【0043】
<評価結果>
実施例1A、1B、実施例2A、2Bによって形成されたPZT薄膜層に対し、X線回折法を用いて結晶配向性を評価した。その結果を
図4(a)(b)に示す。
【0044】
図4(a)(b)に示すように、実施例1、2に対し、実施例1A、1B並びに実施例2A、2Bのように膜厚を増加させた場合であっても、全ての場合においてPZT(001)/(100)配向となっており、パイロクロア相の生成もみられない。
【0045】
その結果、本発明では、Pt電極層上にTi薄膜層を形成した場合において、このTi薄膜層の厚さを、1nm以上10nm以下とすることができることが確認された。
この場合、Ti薄膜層の最適な膜厚に関しては、Pt電極層上のTi薄膜層の厚さを1nmとした実施例1が最も結晶配向性が良いことが確認された。
一方、本発明では、Ti薄膜密着層を形成した場合において、このTi薄膜密着層の厚さを、5nm以上18nm以下とすることができることが確認された。
【0046】
<PZT薄膜層の電気的特性、圧電特性の評価>
〔実施例1−1〕
Pt電極層上に膜厚1nmのTi薄膜層を形成した実施例1のPZT薄膜上に、上部電極層としてPtを用いたMIM(metal-insulator-metal)構造を形成し、電気的特性、圧電特性の評価を行った。その結果を
図5に示す。
【0047】
〔実施例2−1〕
白金密着層として厚さ5nmのTi薄膜密着層を設けた実施例2のPZT薄膜上に、上部電極としてPtを用いたMIM構造を形成し、電気的特性、圧電特性の評価を行った。その結果を
図5に示す。
【0048】
図5に示すように、白金密着層であるTi薄膜密着層の厚さを5nmと最も薄くした実施例2−1と比較して、Pt電極層上のTi薄膜層の厚さを1nmと最も薄くした実施例1−1は、圧電定数が大きくなった。
これにより、白金密着層としてTi薄膜密着層を形成する場合より、Pt電極層上にTi薄膜層を形成した方が圧電特性が向上することが確認された。
【0049】
<Ti薄膜層の酸化状態とPZT薄膜層の結晶配向性との関係>
生産技術を向上させる観点より、Pt電極層上に成膜したTi薄膜層の酸化状態を変えて実験を行った。
これは、Ti薄膜層を形成する成膜チャンバとPZT薄膜層を形成する成膜チャンバ間に真空連続搬送が必要か否かといった、装置構成にかかわるデータ取得を目的とするものである。
【0050】
〔実施例3〕
第1の真空槽内において、実施例1と同一の条件で、Pt電極層上に膜厚1nmのTi薄膜層を形成した後、直ちに真空雰囲気中で基板を搬送し、第2の真空槽内において、実施例1と同一の条件で、Ti薄膜層上に膜厚2μmのPZT薄膜層を形成した。
【0051】
〔比較例2〕
真空中において、実施例1と同一の条件で、Pt電極層上に膜厚1nmのTi薄膜層を形成した後、この基板を1時間大気に開放した。
その後、真空中において、実施例1と同一の条件で、Ti薄膜層上に膜厚2μmのPZT薄膜層を形成した。
【0052】
〔比較例3〕
真空中において、実施例1と同一の条件で、Pt電極層上に膜厚1nmのTi薄膜層を形成した後、温度750℃、酸素雰囲気化で1分間アニールを行った。
その後、真空中において、実施例1と同一の条件で、Ti薄膜層上に膜厚2μmのPZT薄膜層を形成した。
【0053】
<結晶配向性の評価結果>
実施例3及び比較例2、3によって形成されたPZT薄膜層に対し、X線回折法を用いて結晶配向性を評価した。その結果を
図6(a)〜(c)に示す。
また、実施例3及び比較例2、3によって形成されたPZT薄膜層に対し、SEM観察によって微構造解析を行った。その結果を
図7(a)〜(f)に示す。
【0054】
図6(a)に示すように、Pt電極層上へのTi薄膜層の形成及びTi薄膜層上へのPZT薄膜層の形成を、いずれも真空中で連続的に行った実施例3は、上述した実施例1と同様にPZT薄膜層の良好な結晶配向性が確認された。
【0055】
一方、
図6(b)に示すように、真空中においてPt電極層上にTi薄膜層を形成した後、基板を1時間大気に開放した比較例2は、(001)/(100)配向の強度が低下していることがみてとれる。
【0056】
これは、一般に5nm以下のTi薄膜は表面積が大きく、反応性が高いため、大気中で自然酸化され、その結果、PZT薄膜の結晶配向性が悪化していると考えられる。
【0057】
さらに、
図6(c)に示すように、真空中においてPt電極層上にTi薄膜層を形成した後、温度750℃、酸素雰囲気化で1分間アニールを行った比較例3は、パイロクロア相が生成されるとともに、PZT(111)配向となっていることが確認された。
これは、Pt電極層上に直接PZT薄膜層を形成した比較例1と同様の傾向を示す結果である(
図3(a)参照)。
【0058】
これは、Pt電極層界面でPbが欠損した場合、パイロクロア相とともにTiO
xが界面に生成する。その結果、PZT(111)配向になったと考えられる(Journal of Applied Physics, 100 (2006) 051605参照)。
【0059】
一方、
図7(e)に示すように、Pt電極層上へのTi薄膜層形成後に大気開放した比較例2では、PZT薄膜層の表面にクラックの発生が観察されている。
これは、PZT薄膜の形成時にH
2O分圧が高い場合、水素(H)の影響により膜剥がれを起こすことがあるが、大気開放した際にTi薄膜層表面に水酸化物が生成されることで、同様の現象が生じたのではないかと推察される。
【0060】
さらに、
図7(c)(f)に示すように、Pt電極層上にTi薄膜層を形成した後にアニールを行った比較例3の場合は、実施例3と結晶性及び配向性が全く異なることが、微構造にも表れている。
この点に関し、パイロクロア相が生成した場合や(111)配向の場合に柱状構造が大きくなることは我々の以前の実験からも明らかになっている。
【0061】
<Ti薄膜層の酸化状態とPZT薄膜層の電気的特性、圧電特性との関係>
〔実施例3−1、比較例2−1、比較例3−1〕
実施例3及び比較例2、3のPZT薄膜層上に、上部電極としてPtを用いたMIM構造を形成し、電気的特性、圧電特性の評価を行った。その結果を
図8に示す。
【0062】
図8に示すように、Ti薄膜層上へのPZT薄膜の形成を真空中で行った実施例3−1よりTi薄膜層形成後に大気開放した比較例2−1の方が圧電定数−e
31が大きくなっているが、これは、膜にクラックが生じたことにより、機械的な剛性が減少し、変形しやすくなったことが原因ではないかと考えられる。
しかし、クラックがある膜は、機械的安定性に問題がある場合や電極からのPZT膜剥がれを生じるため、好ましくないものである。
【0063】
以上述べたように、本発明によれば、PZT薄膜のスパッタ成膜で問題となる、パイロクロア相の抑制と結晶配向制御が可能になることが確認できた。
そして、特に実施例1及び実施例3の結果から明らかなように、Ti薄膜層をPt電極層上に1nm成膜することにより、パイロクロア相の抑制と(001)/(100)単一配向のPZT薄膜層を得ることが可能となった。
【0064】
これは、真空中で、Pt電極層上にTi薄膜層とPZT薄膜層の連続成膜を行うことにより、Pt電極層の界面において、PTOが生成したからであると考えられる。
【0065】
この点に関し、Muraltらは、PZTの初期核形成では、臨界半径の小さいPTOが形成され、続いてPZOがPTOと固溶することでPZTが形成されると指摘している(Journal of Applied Physics, 100 (2006) 051605参照)。
この考えに基づくならば、今回の実施例で得られたPZT薄膜では、Pt電極層とPZTの界面にPTOは検出されないことになる。
【0066】
ここで1つ疑問が残る。PTOが真空連続成膜で生成された場合、何故(001)/(100)配向の膜が得られるのかという点である。
この点に関し、Muraltらは、Pt電極層上におけるPTOの核発生頻度を計算しており(表1参照)、PTO(111)と比較したPTO(100)では、臨界半径,核形成のエネルギー障壁ともに優位であることが分かる。
【0067】
【表1】
【0068】
ここで、最も注目すべき点は、核発生頻度である。
表1においては、PTOにおける(100)面の核発生頻度は(111)面に対し、約300倍大きいとの結果が得られている。
また、MatsuoらはPt表面のナノファセットに注目し、PTOの結晶配向について論じている(
図9参照)。
【0069】
Ptは、通常の場合、表面エネルギーの小さい(111)に自己配向することが知られている。本発明者が成膜したPt電極層も(111)単一配向である。
Pt電極層表面にはナノファセットが多数存在し、基板のout−of−planeに(111)配向した膜のナノファセットは(100)面となる(
図9中(a)で示す部分参照。(b)で示す部分は対比のために記載した。)。
【0070】
このナノファセットにPTOが(100)配向するというものであって、本発明はこのような配向メカニズムによるものであると考えられる。
そして、このような本発明によれば、真空中で、Pt電極層上にTi薄膜層とPZT薄膜層の連続成膜を行うことができるので、PZT薄膜積層体の生産効率を向上させることができる。