特許第6284341号(P6284341)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6284341未熟児網膜症の治療又は予防剤、未熟児網膜症の検査方法及び未熟児網膜症の治療又は予防物質のスクリーニング方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6284341
(24)【登録日】2018年2月9日
(45)【発行日】2018年2月28日
(54)【発明の名称】未熟児網膜症の治療又は予防剤、未熟児網膜症の検査方法及び未熟児網膜症の治療又は予防物質のスクリーニング方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/50 20060101AFI20180215BHJP
   A61K 39/395 20060101ALI20180215BHJP
   A61P 27/02 20060101ALI20180215BHJP
【FI】
   G01N33/50 Z
   A61K39/395 D
   A61K39/395 P
   A61P27/02
【請求項の数】2
【全頁数】24
(21)【出願番号】特願2013-221231(P2013-221231)
(22)【出願日】2013年10月24日
(65)【公開番号】特開2014-208601(P2014-208601A)
(43)【公開日】2014年11月6日
【審査請求日】2016年10月21日
(31)【優先権主張番号】特願2012-234729(P2012-234729)
(32)【優先日】2012年10月24日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2013-66295(P2013-66295)
(32)【優先日】2013年3月27日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504132881
【氏名又は名称】国立大学法人東京農工大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001508
【氏名又は名称】特許業務法人 津国
(74)【代理人】
【識別番号】100078662
【弁理士】
【氏名又は名称】津国 肇
(74)【代理人】
【識別番号】100135873
【弁理士】
【氏名又は名称】小澤 圭子
(74)【代理人】
【識別番号】100122736
【弁理士】
【氏名又は名称】小國 泰弘
(74)【代理人】
【識別番号】100116919
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 房幸
(73)【特許権者】
【識別番号】515124495
【氏名又は名称】日本革新創薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001508
【氏名又は名称】特許業務法人 津国
(72)【発明者】
【氏名】松田 浩珍
(72)【発明者】
【氏名】田中 あかね
【審査官】 小森 潔
(56)【参考文献】
【文献】 特開2006−348023(JP,A)
【文献】 国際公開第2011/025734(WO,A1)
【文献】 血管医学,2006年,Vol.7,No.4,p359−367
【文献】 JAMA,2009年,Vol.302,No.13,p1421−1428
【文献】 Cochrane Database of Systematic Reviews(Cochrane Review),2011年,No.10,CD007137,p1−29,URL,http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/14651858.CD007137.pub3/full
【文献】 British Journal of Pharmacology,1999年,Vol.127,No.2,p537−545
【文献】 臨床眼科,2011年,Vol.65,No.8,p1279−1283
【文献】 Biochemical and Biophysical Research Communications,2010年,Vol.401,No.2,p262−267
【文献】 Ophthalmic Research,2008年,Vol.40,No.1,p19−25
【文献】 PloS One,2009年,Vol.4,No.11,e7867,p1−10
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/50
A61K 39/395
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検者に由来する生体試料から、肥満細胞の脱顆粒により放出され得るマーカー物質を検出することを含む、
前記マーカー物質の検出量に基づいて、被験者が未熟児網膜症であるか否かを判定することのために、あるいは、未熟児網膜症の治療又は予防が必要か否かを判定することのためにデータを提供する方法であって、
生体試料は血液であり、そしてマーカー物質はトリプターゼである、
方法。
【請求項2】
請求項1記載の方法により未熟児網膜症の治療又は予防が必要であると判断された患者に投与するための、抗トリプターゼ抗体を有効成分とする未熟児網膜症の治療又は予防剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、未熟児網膜症の治療又は予防剤、未熟児網膜症の検査方法及び未熟児網膜症の治療又は予防物質のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の新生児集中治療の進歩により、1000g以下の超低出生体重乳児の生存率が上昇しており、同時に、集中治療時に適用される高濃度酸素への暴露によって、未熟児網膜症(Retinopathy of prematurity:以下、「ROP」と称する場合がある)の発生も増加している。ROPは、高濃度酸素にさらされた未熟な新生児における主要な失明疾患である。その患者数は、日本だけても年間3万人程度であり、増加の一途をたどっている。
ROPの主な病理学的変化である網膜の新生血管形成は、局所虚血及びその後の異常な血管新生の発達に関連する。ROPは、網膜剥離により起こる失明等の大きな続発症に関与することが知られている。しかしながら、ROP発症を調整する因子については良く分かっていない。酸素負荷を受ける組織の制限や、抗酸化剤、特にビタミンEの使用等の予防的処置はこれまでのところ大きな成功を収めていない。
【0003】
治療方法に関して、無血管網膜のレーザー光凝固及び冷凍療法はROP患者における失明予防に部分的に有効であることが示されている(例えば、非特許文献1)。
また、血管新生の観点から、ROPの治療又は予防に有効な薬剤が提案されている。このような薬剤としては、特定のシアリルオリゴ糖(例えば、特許文献1)、インスリン様成長因子I(IGF−1)又はその類似体とインスリン様成長因子結合タンパク質又はその類似体とを組み合わせて含む組成物(例えば、特許文献2)、硝酸塩、亜硝酸塩等(例えば、特許文献3)などが挙げられる。
【0004】
一方、肥満細胞(マスト細胞ということもある)は、その細胞内に多くの顆粒を持っており、該顆粒の中にはヒスタミン、セロトニン、ロイコトリエン、ヘパリンなどの様々な化学伝達物質(ケミカルメディエータ)と呼ばれる物質が含まれている。これらの物質は、肥満細胞が刺激を受けて活性化(脱顆粒)すると細胞外へ放出される。その際、この肥満細胞中に蓄えられているヒスタミン及びヘパリンが血管内皮細胞の増殖を刺激することによる新たな血管の形成が誘導される。
【0005】
また、肥満細胞から放出されるトリプターゼやキマーゼ等のタンパク質分解酵素や、腫瘍壊死因子α(TNFα)、インターロイキン−8、神経成長因子等のサイトカインについて、正常な血管新生や、腫瘍関連血管新生に関与することが知られている(例えば、非特許文献2〜5参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特表2012−505928号公報
【特許文献2】特表2010−524928号公報
【特許文献3】特表2011−37830号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】J Clin Invest., 120, 3022-3032 (2010)
【非特許文献2】J Biol Chem., 275, 5545-5552 (2000)
【非特許文献3】Nature, 297, 229-231 (1982).
【非特許文献4】Nature, 346, 274-276 (1990)
【非特許文献5】J Histochem Cytochem., 45, 935-945 (1997)
【非特許文献6】FASEB J., 16, 1307-1309 (2002)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、レーザーを用いた治療方法では、失明の発生率を25%しか低下させることができず、患者は処置後の視覚の働きが良くないことが多い。また、上述した薬剤による治療又は予防についても、ROPの発症機構に基づくものとはいえないため、十分な治療又は予防効果が期待できない。またROPの発症機構に対する肥満細胞の関与については知られていない。
【0009】
これらのことから、ROPの発症機構に即したより特異的なターゲティングに基づく予防及び処置戦略が求められている。
従って、本発明は、ROPの発症機構に即したROPの治療又は予防剤、ROPの検査方法及びROPの治療又は予防物質のスクリーニング方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、高濃度酸素環境から通常酸素環境に移行させると、肥満細胞を欠損しないマウスでは深刻なROPが発症したが、肥満細胞を欠損するマウスではROPを発症せず、網膜新生血管形成が少ないという新たな知見を得た。本発明は、かかる知見に基づいて達成されたものである。
本発明は以下のとおりである。
[1] 肥満細胞に由来するトリプターゼインヒビター及び肥満細胞スタビライザーからなる群より選択された少なくとも1種の化合物を有効成分とする未熟児網膜症の治療又は予防剤。
[2] 未熟児網膜症の治療又は予防を必要とする患者に対して、治療又は予防に有効な量の[1]記載の治療又は予防剤を投与することを含む未熟児網膜症の治療又は予防法。
[3] 被検者に由来する生体試料から、肥満細胞の脱顆粒により放出され得るマーカー物質を検出すること、前記マーカー物質の検出量に基づいて、被検者が未熟児網膜症であるか否かを判定すること、あるいは、未熟児網膜症の治療又は予防を必要とするか否かを判定すること、
を含む、未熟児網膜症の検査方法。
[4] 被検者に由来する生体試料から、肥満細胞の脱顆粒により放出され得るマーカー物質を検出すること、前記マーカー物質の検出量に基づいて、被検者が未熟児網膜症の治療又は予防が必要な患者か否かを判定すること、未熟児網膜症の治療又は予防が必要な患者に対して、肥満細胞に由来するトリプターゼインヒビター及び肥満細胞スタビライザーからなる群より選択された少なくとも1種の化合物を有効成分とする未熟児網膜症の治療又は予防剤をその治療又は予防に有効な量で投与することを含む未熟児網膜症の治療又は予防法。
[5] 肥満細胞を、肥満細胞の脱顆粒により放出され得るマーカー物質の放出誘導処理に供すること、前記マーカー物質放出誘導処理に供された肥満細胞に、候補物質を接触させること、接触後の肥満細胞から放出された前期マーカー物質の検出を行うこと、並びに、前記マーカー物質の検出量の測定結果に基づいて、前記候補物質が前記マーカー物質の放出阻害活性を有するか否かを判定し、前記マーカー物質の放出阻害活性を有すると判定された候補物質を、未熟児網膜症の治療又は予防効果を発揮しうる目的物質としてスクリーニングすること、
を含む、未熟児網膜症の治療又は予防物質のスクリーニング方法。
本発明は、以下の点で画期的である。
(1)数多くの研究が、肥満細胞の役割として眼アレルギーの仲介を強調してきたが、本発明のように、肥満細胞が虚血性網膜症を原因とする眼疾患に関与することを明らかにした先例はない。
(2)高酸素濃度状態から通常酸素状態への酸素濃度の急激な変化が、肥満細胞の血管新生効果の引き金になることを見出したが、かかる機能変化を報告した先例はない。
(3)肥満細胞トリプターゼが、ROPにおける網膜新生血管形成の主要なプロモーターであることを見出したが、かかる知見を報告した例はない。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、ROPの発症機構に即した、効果の高いROPの治療又は予防剤、ROPの検査方法及びROPの治療又は予防物質のスクリーニング方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1A】参考例1における各マウスの網膜切片の蛍光染色像である。ホールマウントされた網膜は、束として示される病理学的な新生血管形成がP17の肥満細胞欠損マウスにおいて阻害されることを示した。スケールバーは500μmである。
図1B】参考例1における各マウスの新生血管形成評価の結果を示すグラフである。P17における網膜新生血管形成は、ヘマトキシリン・エオシン(HE)染色後の眼切片網膜内側の表面における新生血管細胞核の数をカウントすることにより定量化した。新生血管の核の数は、+/+マウスに比べ、+/Wshマウス及びWsh/Wshマウスにおいて減少した。n=5〜6。はP<0.05(+/+マウスとの対比で)。平均±SEM。
図1C】参考例1における各マウスの組織学的検査の結果を示すHE染色像である。網膜の切断面分析は、ホルマリン固定パラフィン埋め込み切片のHE染色により行なった。スケールバーは100μmである。
図1D】参考例1における各マウスの免疫組織化学的検査の結果を示す染色像である。網膜の切断面分析は、ホルマリン固定パラフィン埋め込み切片の血小板内皮細胞接着分子−1(PECAM−1)染色により行なった。矢印は、硝子体スペースに侵入した内皮細胞を示す。スケールバーは100μmである。
図2A】参考例2における各マウスの骨髄由来培養肥満細胞(BMCMC)投与の結果を示すHE染色像である。BMCMC処理は、P17の酸素誘導網膜症の肥満細胞欠損マウスにおける新しい異常血管の形成を復活させた。スケールバーは500μmである。
図2B】参考例2における各マウスの新生血管形成評価の結果を示すグラフである。P17における網膜新生血管形成は、HE染色後の硝子体に拡がる新生血管核の数をカウントすることにより定量化した。BMCMC注射Wsh/Wsh新生仔マウスの新生血管核の数を、+/+マウスのそれと比較した。n=4〜6。はP<0.05(生理食塩水注射Wsh/Wshとの対比で)。平均±SEM。
図2C】参考例2における各マウスの組織学的検査の結果を示すHE染色像である。網膜の切断面分析は、ホルマリン固定パラフィン埋め込み切片のHE染色により行なった。スケールバーは100μmである。
図2D】参考例2における各マウスの免疫組織化学的検査の結果を示す染色像である。網膜の切断面分析は、ホルマリン固定パラフィン埋め込み切片のPECAM−1染色により行なった。スケールバーは100μmである。
図3】参考例2における各マウスの網膜電図パターンである。生理食塩水注射Wsh/Wshマウスにおいては、P19における正常なERG応答がみられるが、+/+又はBMCMC注射Wsh/Wshマウスでは、P19における正常なERG応答がみられなかった。
図4】参考例3における各マウスの新生血管形成評価の結果を示すグラフである。各種の数の肥満細胞による前処理は、P17における異常血管再生領域を増加させた。データは、各群において、3つの眼切片で2個体実験の代表例である。P17マウスから調製した眼切片の新生血管核の数は、HE染色後にカウントした。BMCMCは、Wsh/Wshマウスにおける網膜新生血管形成を用量依存的に増強した。はP<0.05、**はP<0.01(+/+マウスの核数との対比で)。平均±SEM。
図5】実施例1におけるクロモリンの投与スケジュールを説明する図である。+/+及びWsh/Wshマウスを用い、50mg/kgのクロモリン又はビヒクルを20μlの量で、新生仔マウスに、第1群ではP6〜P16、第2群ではP6〜P11、第3群ではP11〜P16の間、毎日腹腔内注射により投与した。
図6A】実施例1における第1群のクロモリン投与の結果を示すグラフである。P6〜P16のクロモリン処理は、+/+マウスにおける病理学的新生血管形成を減少させた。
図6B】実施例1における第2群のクロモリン投与の結果を示すグラフである。クロモリンは、第2群のマウスの異常な網膜血管成長に影響しなかった。
図6C】実施例1における第3群のクロモリン投与の結果を示すグラフである。P11〜P16の間にクロモリン処理をされた+/+マウスにおける新生血管房は、Wsh/Wshマウスに比べ減少した。データは、各群において、3つの眼切片で2個体実験の代表例である。はP<0.01(コントロールマウスの核数との対比で)。平均±SEM。
図7】実施例2におけるメシル酸ナファモスタットの投与スケジュールを説明する図である。新生仔マウスは、1mg/kgのNM又は生理食塩水を20μlの量で毎日腹腔内注射された。マウスは、P12からP17までNMを注射した。
図8】実施例2におけるメシル酸ナファモスタット投与の結果を示すグラフである。NMは、ROP誘導処理に付された+/+及びBMCMC注射Wsh/Wsh新生仔マウスにおいて、網膜新生血管形成を抑制した。データは、各群において、3〜4の眼切片で4個体実験の代表例である。はP<0.05(コントロールマウスの核数との対比で)。平均±SEM。
図9】実施例3における血清トリプターゼ測定結果を示すグラフである。生理食塩水投与Wsh/Wsh新生仔マウスに比べ、+/+及びBMCMC注射Wsh/Wsh新生仔マウスにおいて血清トリプターゼ濃度は高値を示した。n=5、**はP<0.01(生理食塩水投与Wsh/Wsh新生仔マウスの血清トリプターゼレベルとの対比で)。
図10】実施例4における抗トリプターゼ中和抗体投与の結果を示すグラフである。抗トリプターゼ中和抗体は、ROP誘導処理に付された+/+及びBMCMC注射Wsh/Wsh新生仔マウスにおいて、網膜新生血管形成を抑制した。はP<0.01(コントロールマウスの核数との対比で)。
図11】実施例5における7種の候補物質が、実施例1で網膜血管新生を抑制することが確認されているクロモリンと同様に、酸素濃度変化により誘発される肥満細胞の脱顆粒を抑制することを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の未熟児網膜症(ROP)の治療又は予防剤は、肥満細胞に由来するトリプターゼインヒビター及び肥満細胞スタビライザーからなる群より選択された少なくとも1種の化合物を有効成分とする。
本発明にかかるROPの治療又は予防剤は、肥満細胞に由来するトリプターゼインヒビター及び/又は肥満細胞スタビライザーを有効成分とするので、高酸素濃度条件下で肥満細胞から放出される因子によって誘導される血管新生を、抑制することができる。これにより、ROPの発症における予防効果又は治療効果が期待できる。
即ち、本発明は、このような肥満細胞が、正常な血管新生や腫瘍関連血管新生ではなく、ROPの発症機構に深く関与しているという新しい知見に基づくものである。
以下、本発明について説明する。
【0014】
本明細書において「工程」との語は、独立した工程だけではなく、他の工程と明確に区別できない場合であってもその工程の所期の目的が達成されれば、本用語に含まれる。
また本明細書において「〜」は、その前後に記載される数値をそれぞれ最小値および最大値として含む範囲を示すものとする。
さらに本明細書において組成物中の各成分の量は、組成物中に各成分に該当する物質が複数存在する場合、特に断らない限り、組成物中に存在する当該複数の物質の合計量を意味する。
【0015】
[ROPの治療又は予防剤]
本発明におけるROPの治療又は予防剤は、肥満細胞に由来するトリプターゼインヒビター及び肥満細胞スタビライザーからなる群より選択された少なくとも1種の化合物を含む。
トリプターゼインヒビター及び肥満細胞スタビライザーは、いずれも、網膜において肥満細胞から放出されて血管の新生に寄与する物質が実際に血管新生を開始することを抑制することができる。前記ROPの治療又は予防剤では、これらの化合物を有効成分とするので、ROPの発症時における網膜中での肥満細胞による新生血管形成の促進を抑制し、ROPの発症又はその進行を抑制する。
前記ROPの治療又は予防剤は、トリプターゼインヒビターと肥満細胞スタビライザーを、いずれか1種単独で含むものであってよく、2種以上を組み合わせて含むものであってもよい。
【0016】
トリプターゼは、肥満細胞に含まれる最も豊富な分泌顆粒由来セリンプロテイナーゼである。肥満細胞に由来するトリプターゼは、既に公知(Proc. Natl. Acai. Sci. 87, 3811-3815 (1990))であり、アルギニン、リジン残基でタンパク質を切断する。
【0017】
前記トリプターゼインヒビターとしては、網膜においてトリプターゼが肥満細胞から放出されて生理活性作用を発現することを阻害できる物質であれば、特に制限はなく、例えば、メシル酸ナファモスタット(NM)、APC−366(CAS REGISTRY NO:178925-65-0、N-(1-Hydroxy-2-naphthoyl)-L-arginyl-L-prolinamide hydrochloride、フリー体のCAS REGISTRY NO:158921-85-8)、APC−2059(CRA−2059)(CAS REGISTRY NO: 433337-07-6)、AVE−5638(CAS REGISTRY NO: 1032129-37-5)、AVE−8923(CAS REGISTRY NO: 1032129-43-3)、RWJ−56423(CAS REGISTRY NO: 287182-50-7、2-Pyrrolidinecarboxamide, 1-acetyl-N-[(1S)-4-[(aminoiminomethyl)amino]-1-(2-benzothiazolylcarbonyl)butyl]-4-hydroxy-, (2S,4R)- (CA INDEX NAME))、RWJ−58643(CAS REGISTRY NO: 287183-00-0、2-Pyrrolidinecarboxamide, 1-acetyl-N-[4-[(aminoiminomethyl)amino]-1-(2- benzothiazolylcarbonyl)butyl]-4-hydroxy-, (2S,4R)-(CA INDEX NAME))、ラクトフェリン等のトリプターゼインヒビターやこれらの薬学的に許容可能な塩、抗トリプターゼ活性を有するペプチド誘導体や抗トリプターゼ抗体、アプタマー等のトリプターゼ活性を抑制するペプチド/蛋白もしくは核酸分子、トリプターゼDNAやmRNAをターゲットとしたアンチセンスやsiRNA及びmiRNA等のトリプターゼ遺伝子の発現や機能を抑制する抑制因子などを挙げることができる。
前記抗トリプターゼ活性を有する抗トリプターゼ抗体(以下、単に抗トリプターゼ中和抗体という)としては、特に制限なく、公知のポリクローナル抗体又はモノクローナル抗体のいずれも使用することができる。これらの抗体は対象とする種のトリプターゼを中和する抗体であることが好ましい。抗トリプターゼ中和抗体としては、対象とする種のトリプターゼで対象とする種以外の動物を免疫して得たポリクローナル抗体、または、当該動物の脾細胞を不死化細胞と融合して作成されたハイブリドーマから得られるモノクローナル抗体であってよい。このような中和抗体は当業者の通常の知識に基づいて一般的な方法により作成可能である。ヒトのトリプターゼを中和する市販の抗体としては、例えば、Human Tryptase beta-2 MAb (Clone 349414), Mouse IgG1 (R&D systems, Cat. No. MAB37961) 等を挙げることができる。
【0018】
前記トリプターゼインヒビターは、ROPの治療又は予防に有効な量で使用されればよく、このような治療又は予防に有効な量としては、例えば、出生後の個体の体重(kg)あたり、0.01mg/日〜500mg/日とすることができる。
【0019】
肥満細胞スタビライザーとしては、肥満細胞の脱顆粒を抑制する物質であれば、いずれも該当する。本発明の肥満細胞スタビライザーには、肥満細胞の脱顆粒を抑制する活性以外に、他の生物活性、例えば抗ヒスタミン作用を併せ持つものも含まれる。このような肥満細胞スタビライザーとしては、クロモグリク酸(クロモリン:Cromolyn)、ペミロラスト(Pemirolast)、アンレキサノクス(Amelexanox)、トラニラスト(Tranilast)、アシタザノラスト、イブジラスト(Ibudilast)、レピリナスト、タザノラスト、スプラタスト(Suplatast)、ピクマスト、チオキサマスト、キノトラスト、アンドラスト、ネドクロミル、タゴリジン、AM−3301(ME−3301)、TA−5707(CAS REGISTRY NO: 83282-09-1、2-Pyridinecarboxamide, 6-methyl-N-2H-tetrazol-5-yl-, sodium salt (1:1) (CA INDEX NAME)、フリー体のCAS REGISTRY NO:83282-08-0)、バテブラスト、クアゾラスト、AL−136(KP−136)(CAS REGISTRY NO: 76239-32-2、8-(Hexyloxy)-3-(1H-tetrazol-5-yl)coumarin)ドクアラスト、MAR−99(CAS REGISTRY NO: 98772-05-5、5-Pyrimidinecarboxylic acid, 1,6-dihydro-2-[[2-(2- methylpropoxy)phenyl]amino]-6-oxo- (CA INDEX NAME))、アソバマスト、AS−35(CAS REGISTRY NO:108427-72-1、4H-Pyrido[1,2-a]pyrimidin-4-one, 9-[(4-acetyl-3-hydroxy-2-propylphenoxy)methyl]-3-(2H-tetrazol-5-yl)- (CA INDEX NAME)、HSR−6071(PTPC)(CAS REGISTRY NO:111374-21-1、2-Pyrazinecarboxamide, 6-(1-pyrrolidinyl)-N-2H-tetrazol-5-yl- (CA INDEX NAME))、AHR−5333B(CAS REGISTRY NO:60284-71-1、Ethanone, 1-[4-[3-[4-[bis(4-fluorophenyl)hydroxymethyl]-1-piperidinyl]propoxy]-3-methoxyphenyl]- (CA INDEX NAME))、CI−949(CAS REGISTRY NO:121530-58-3、L-Arginine, compd. with 5-methoxy-3-(1-methylethoxy)-1-phenyl-N-2H- tetrazol-5-yl-1H-indole-2-carboxamide (1:1) (CA INDEX NAME)、フリー体のCAS REGISTRY NO:104961-19-5)、テトラゾラスト、アクレオザスト、CI−959(CAS REGISTRY NO:104795-68-8、Benzo[b]thiophene-2-carboxamide, 5-methoxy-3-(1-methylethoxy)-N-2H-tetrazol-5-yl-, sodium salt (1:1) (CA INDEX NAME)、フリー体のCAS REGISTRY NO:104795-66-6)、クロムプロキサート、LCB−2183(CAS REGISTRY NO:158454-08-1)、Zy−15106(CAS REGISTRY NO:3106-85-2、N-アセチルアスパルチルグルタミン酸)、バマキマスト、CGP−25875(6-butyryl-1-ethyl-4-hydroxy-7-methyl-2-oxo-1 ,2-dihydroquinoline-3-carboxylic acid)、PNU−142731A(CAS REGISTRY NO:214212-38-1、Ethanone, 2-(2,4-di-1-pyrrolidinyl-9H-pyrimido[4,5-b]indol-9-yl)-1-(1-pyrrolidinyl)-, hydrochloride (1:1) (CA INDEX NAME) フリー体のCAS REGISTRY NO:214212-39-2)、ドキサントラゾール(ドキサントロール)、オキサトミド、オロパタジン、エルバニジン、ノベラスチン、FAHF−2(Food Allergy Herbal Formula-2)、メキタジン、ケトチフェン、アゼラスチン、アステミゾール、テルフェナジン、エメダスチン、エピナスチン(Epinastine)、エバスチン、セチリジン、フェキソフェナジン、ベポスタチンベシル、レボカバスチン(Levocabastine)、ロラタジン、レボセチリジン等の物質を挙げることができる。これらの物質は、塩、例えばナトリウム塩、カリウム塩等の形態や異性体の形態であってもよく、溶媒和、例えば水和物の形態であってもよい。
肥満細胞スタビライザーは、ROPの治療又は予防に有効な量で使用されればよく、このような治療又は予防に有効な量としては、例えば、出生後の個体の体重(kg)あたり、0.0001mg/日〜500mg/日とすることができる。好ましい投与量は用いる肥満細胞スタビライザーによっても異なり、その量は当業者が非臨床試験または臨床試験の結果等に基づいて決定することができる。肥満細胞スタビライザーとしてクロモグリク酸ナトリウムを用いる場合の好ましい投与量は例えば出生後の個体の体重(kg)あたり、0.01mg/日〜100mg/日とすることができる。
【0020】
前記肥満細胞に由来するトリプターゼインヒビター及び肥満細胞スタビライザーからなる群より選択された少なくとも1種の化合物である前記治療又は予防剤の活性成分は、通常単独或いは薬理的に許容される各種製剤補助剤と混合して、医薬組成物又は医薬調製物などの形態として投与することができる。好ましくは、経口投与又は非経口投与等の使用に適した製剤調製物の形態とすることができる。
非経口的な投与形態としては、点眼、硝子体内投与、結膜下投与、テノン嚢投与、前房内投与、鼻腔内投与、経気道投与、経皮投与、静脈内投与、筋肉内投与、皮下投与、皮内投与又は腹腔内投与等としてもよい。
製剤調製物の形態としては、溶液製剤、分散製剤、半固形製剤、粉粒体製剤、成型製剤、浸出製剤などが挙げられ、例えば、錠剤、被覆錠剤、糖衣を施した剤、丸剤、トローチ剤、硬カプセル剤、軟カプセル剤、マイクロカプセル剤、埋込剤、粉末剤、散剤、顆粒剤、細粒剤、注射剤、液剤、エリキシル剤、エマルジョン剤、灌注剤、シロップ剤、水剤、乳剤、懸濁剤、リニメント剤、ローション剤、エアゾール剤、スプレー剤、吸入剤、噴霧剤、軟膏製剤、硬膏製剤、貼付剤、パスタ剤、パップ剤、クリーム剤、油剤、点眼剤、点鼻剤、点耳剤、塗布剤、輸液剤、注射用液剤などのための粉末剤、凍結乾燥製剤、ゲル調製品等が挙げられる。
【0021】
医薬用の組成物は、通常の方法に従って製剤化することができる。例えば、適宜必要に応じて、生理学的に認められる担体、医薬として許容される担体、アジュバント剤、賦形剤、補形剤、希釈剤、香味剤、香料、甘味剤、ベヒクル、防腐剤、安定化剤、結合剤、pH調節剤、緩衝剤、界面活性剤、基剤、溶剤、充填剤、増量剤、溶解補助剤、可溶化剤、等張化剤、乳化剤、懸濁化剤、分散剤、増粘剤、ゲル化剤、硬化剤、吸収剤、粘着剤、弾性剤、可塑剤、崩壊剤、噴射剤、保存剤、抗酸化剤、遮光剤、保湿剤、緩和剤、帯電防止剤、無痛化剤などを、単独で又は2種以上を組み合わせて、前記トリプターゼインヒビター又は肥満細胞スタビライザーと共に、一般に認められた製剤実施に要求される単位用量形態にして製造することができる。
【0022】
非経口的使用に適した製剤としては、活性成分と、水もしくはそれ以外の薬学的に許容し得る媒体との無菌性溶液、または懸濁液剤など、例えば注射剤等が挙げられる。一般的には、水、食塩水、デキストロース水溶液、その他関連した糖の溶液、エタノール、プロピレングリコール、ポリエチレングリコールなどのグリコール類が好ましい注射剤用液体担体として挙げられる。注射剤を調製する際は、蒸留水、リンゲル液、生理食塩液のような担体、適当な分散化剤又は湿化剤、及び懸濁化剤などを使用して、当該分野で知られた方法で、溶液、懸濁液、エマルジョン等の注射可能な形態に調製することができる。
【0023】
注射用の水性液には、例えば生理食塩液、ブドウ糖やその他の補助薬(例えば、D−ソルビトール、D−マンニトール、塩化ナトリウム等)を含む等張液などが挙げられ、薬理的に許容される適当な溶解補助剤、例えばアルコール(エタノール等)、ポリアルコール(プロピレングリコール、ポリエチレングリコール等)、非イオン性界面活性剤(ポリソルベート80等)などを更に含有してもよい。
注射用の油性液としては、ゴマ油、大豆油等が挙げられ、溶解補助剤として安息香酸ベンジル、ベンジルアルコール等を更に含有してもよい。緩衝剤(リン酸塩緩衝液、酢酸ナトリウム緩衝液等)、又は浸透圧調節のための試薬、無痛化剤(塩化ベンザルコニウム、塩酸プロカイン等)、安定剤(ヒト血清アルブミン、ポリエチレングリコール等)、保存剤(ベンジルアルコール、フェノール等)、アスコルビン酸などの酸化防止剤、吸収促進剤などと配合してもよい。調製された注射液は通常、適当なアンプルに充填される。
【0024】
本発明にかかるROPの治療又は予防剤は、出生後の個体に対して投与することにより、ROPの治療又は予防効果を奏することができる。
【0025】
前記ROPの治療又は予防剤の投与対象は、ROPを発症しうる対象であれば特に制限はなく、ヒトに限らず、イヌ、ラット、マウス、ウサギ、ネコ、フェレット、モルモット等の哺乳動物などを挙げることができる。
【0026】
前記ROPの治療又は予防剤の投与時期は、投与対象の種や状態によって異なる。
ヒト以外の哺乳動物を対象とする場合、出生直後から出生後7日目までとすることができる。
ヒトを対象とする場合、特に、ヒトの低出生体重児等、出生直後の一定期間に高濃度酸素環境下に置かれることがある場合には、高濃度酸素環境に移行した時期又はその少し前(例えば1日前)から前記ROPの治療又は予防剤を投与するか、あるいは、高濃度酸素環境から酸素濃度を低下させ始めた時期、もしくは、通常酸素環境下に移行した時期又はこれらの少し前(例えば1日前)から前記ROPの治療又は予防剤を投与することが好ましい。
【0027】
ここで「通常酸素環境」とは、酸素含有比率が雰囲気全体の約21.0体積%であることを意味する。なお、通常酸素環境は、通常の室内環境(room air)としてもよい。また、「高濃度酸素環境」とは、「通常酸素環境」よりも高い濃度の酸素環境であることを意味し、好ましくは、低出生体重児の生命維持管理の目的で持続的または臨時に与えられている高酸素濃度の環境を意味し、酸素含有比率を30〜100体積%とすることが好ましい。高濃度酸素環境に置かれている低出生体重児を、生命維持管理の必要からさらに高い酸素濃度の環境に置く場合についても、本発明の治療剤又は予防剤を投与することができる。
また、出生直後の一定期間に高濃度酸素環境下に置かれることがある場合において、動脈血酸素飽和度のモニタリングが行われている場合には、動脈血酸素飽和度を指標として本発明の治療剤又は予防剤を投与することができる。この場合において、動脈血酸素飽和度のモニタリングにはパルスオキシメーター等の血中酸素飽和度を非観血的かつ経時的に計測する装置を用いることができる。
動脈血酸素飽和度を指標に本発明の治療剤または予防剤の投与を行うには、動脈血酸素飽和度を高く維持する場合、動脈血酸素飽和度を維持されている飽和度よりも臨時に高くする必要がある場合、若しくは、何らかの原因で動脈血酸素飽和度が維持目標よりも高くなってしまった場合等に本発明の治療剤または予防剤を投与することができる。これらの場合において、動脈血酸素飽和度が85%超100%以下、好ましくは90%超100%以下、より好ましくは93%超100%以下、さらに好ましくは95%超100%以下に達する場合には、本発明の治療剤または予防剤を投与することが好ましい。投与は、動脈血酸素飽和度を高い状態にする時期又はその少し前(例えば1日前)から前記ROPの治療又は予防剤を投与するか、あるいは、動脈血酸素飽和度を低下させ始めた時期又はその少し前(例えば1日前)から前記ROPの治療又は予防剤を投与することが好ましい。
【0028】
前記ROPの治療又は予防剤の投与期間は、治療又は予防が達成されるまでであり、高濃度酸素環境及び通常酸素環境におかれる期間のそれぞれの長さ、高濃度酸素環境における酸素濃度の増減、動脈血酸素飽和度の増減等、個々の患者が置かれた環境または状態によって異なるが、ヒトの低出生体重児についての場合、ROPの発症可能性が低いと判断される時期、例えば、体重が2000gを超えるまで、又は、眼底検査により正常な網膜毛細血管の発生が認められるまでとすることができる。副作用低減の観点からは、投与期間は、高濃度酸素環境から通常酸素環境下に移行した時期もしくは高濃度酸素環境から酸素濃度を低下させ始めた時期、又は、動脈血酸素飽和度を低下させた時期もしくは動脈血酸素飽和度を低下させ始めた時期から起算して5〜10日間、好ましくは7〜8日間とすることができる。また、臨時に高濃度酸素環境下に置いた場合、高濃度酸素環境下で特に高い酸素濃度の空気が投与された場合又は臨時に特に高い高動脈血酸素飽和度に置かれた場合にも、副作用低減の観点から、投与期間は、これらの臨時的な処置が終了してから5〜10日間、好ましくは7〜8日間とすることができる。
【0029】
[ROPの治療又は予防法]
本発明には、ROPの治療又は予防が必要な対象(患者ともいう)に、前記ROPの治療又は予防剤を投与することを含むROP治療又は予防方法も包含される。
本治療又は予防方法は、発症機構に基づいたROPの治療又は予防剤を当該治療又は予防剤の投与が必要な対象に投与するので、高い治療又は予防効果が期待される。
前記治療又は予防方法における対象の範囲、投与時期、投与量等については、前記の記述をそのまま適用する。
本発明の治療又は予防方法は、生命維持管理の目的で持続的または臨時に与えられている高酸素濃度の環境下、特に酸素含有比率が30〜100体積%である高濃度酸素環境下におかれる低出生体重児に適用するのが好ましく、その場合、投与期間は、高濃度酸素環境に移行した時期又はその少し前(例えば1日前)から、高濃度酸素環境から酸素濃度を低下させ始めた時期から、通常酸素環境下に移行した時期又はこれらの少し前(例えば1日前)から、高濃度酸素環境から通常酸素環境下に移行した時期から、高濃度酸素環境から酸素濃度を低下させ始めた時期から、又は動脈血酸素飽和度を低下させた時期から、5〜10日間、好ましくは7〜8日間とすることができる。
【0030】
[ROPの検査方法]
本発明にかかるROPの検査方法は、被検者に由来する生体試料から、肥満細胞の脱顆粒により放出され得るマーカー物質を検出すること(以下、検出工程という)、前記マーカー物質の検出量に基づいて、被検者がROPであるか否かを判定し、または、ROPの予防または治療が必要であるか否かを判定すること(以下、判定工程という)、を含む、ROPの検査方法である。
前記ROPの検査方法では、肥満細胞から放出される肥満細胞の脱顆粒により放出され得るマーカー物質の検出量に基づいて、ROPであるか否か、あるいはROPの予防または治療が必要であるか否かを判定するので、発症機構に基づいて的確に且つ早期にROPであること、あるいはROPの予防または治療が必要であることを判定することができる。
肥満細胞の脱顆粒により放出され得るマーカー物質としては、トリプターゼ、キマーゼ、β−ヘキソサミニダーゼ、VEGF、FGF−2、IL−8、NGF、ヘパリン、TGF−β、TNF−α、ヒスタミン等が挙げられる。
【0031】
前記検出工程に用いられる生体試料としては、肥満細胞の脱顆粒により放出され得るマーカー物質が含有される可能性がある試料であればいずれの試料も適用可能であり、このような生体試料としては、網膜、硝子体、体表組織等の組織試料、血液、血漿、血清、リンパ液、房水等の体液試料、尿試料、涙液、血液中の白血球画分試料、赤血球画分試料などを挙げることができる。中でも採取または検査の容易性の観点から、血液または血漿であることが好ましい。
【0032】
前記生体試料のうち、組織試料は、病理組織学的検査、例えば免疫染色法や、in situハイブリダイゼーション等の分子生物学的方法によって検出することができる。病理組織学的検査の場合の標本作成方法としては、凍結切片又はパラフィン包埋切片を定法に従って作成しマーカー物質の検出に供することができる。また、ホモジナイズ等の一般的方法に基づいて組織を破砕し、含まれるマーカー成分を可溶化して検出に供しても良い。
【0033】
前記生体試料のうち、体液試料、尿試料は、被検者から採取した状態をそのまま用いてもよく、あるいは濃縮又は希釈等の前処理を行ったものであってもよい。前記生体試料の前処理は、常法により行うことができる。
【0034】
肥満細胞の脱顆粒により放出され得るマーカー物質の検出は、公知の方法で行なうことができる。以下、トリプターゼを例にして、その検出について説明する。
トリプターゼの検出には、タンパク質の検出に通常用いられる定量又は半定量可能な検出方法を適用することができる。
前記検出方法としては、検出感度、特異性及び簡便性の観点から、トリプターゼを認識する抗体をトリプターゼ検出試薬として用いる免疫化学的手法による検出方法であることが好ましい。また、標識されたトリプターゼ基質を用い、酵素活性に基づき遊離された標識物質を検出することにより、酵素活性に基づく検出を行うことも可能である。
【0035】
前記免疫化学的手法による検出方法としては、当該技術分野で通常行われている方法を挙げることができる。例えば、酵素免疫測定法(ELISA)、化学発光免疫測定法、イムノクロマトグラフィー、電気化学発光免疫測定法、吸光度測定、蛍光抗体法、放射免疫測定法(RIA)、表面プラズモン共鳴、ウェスタンブロット法、ドットブロット法等を挙げることができ、検出感度、特異性及び簡便性の観点から、酵素免疫測定法(ELISA)やイムノクロマトグラフィーを用いることが好ましい。
【0036】
前記トリプターゼを認識する抗体(以下、単に抗トリプターゼ抗体という)としては、特に制限なく、公知のポリクローナル抗体又はモノクローナル抗体のいずれも使用することができる。これらの抗体は検出対象とする種のトリプターゼを認識する抗体であることが好ましい。抗トリプターゼ抗体としては、検出対象とする種のトリプターゼで検出対象とする種以外の動物を免疫して得たポリクローナル抗体、または、当該動物の脾細胞を不死化細胞と融合して作成されたハイブリドーマから得られるモノクローナル抗体であってよい。このような抗体は当業者の通常の知識に基づいて一般的な方法により作成可能である。ヒトのトリプターゼを認識する市販の抗体としては、例えば、ウサギ由来抗ヒト肥満細胞トリプターゼポリクローナル抗体(Abcam社製)や抗ヒト肥満細胞トリプターゼモノクローナル抗体 (Clone AA1, Calbiochem社製)Ca等を挙げることができる。なお、本明細書において「抗体」とは、トリプターゼを特異的に認識するものであればよく、抗体分子の他、その抗原認識部位を含む部分又は断片(例えば、H鎖、J鎖、VL鎖、VH鎖、又はこれらの断片等)であってもよい。
【0037】
前記抗トリプターゼ抗体を検出するために用いられる標識としては、公知の標識物質のいずれであってもよく、例えば、酵素、化学発光物質、電気化学発光物質、放射性物質等を挙げることができる。中でも、検出感度と簡便性の観点から、前記標識として酵素を用いることが好ましい。
前記酵素としては、物理的、化学的方法で定量可能な酵素であれば特に制限はない。例えば、アルカリフォスファターゼ、西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)、ルシフェラーゼ等の酵素を挙げることができる。
【0038】
また標識の検出方法は、標識を定量又は半定量可能な検出方法であれば特に制限はなく、標識に応じて適宜選択することができる。例えば、吸光度、発光強度、蛍光強度、放射線計数等を挙げることができる。標識を定量又は半定量することで、トリプターゼを定量又は半定量することができる。
【0039】
前記トリプターゼは、マウス肥満細胞プロテアーゼ6又はそのオルソログであるTPSB2のような肥満細胞特異的なトリプターゼであることが好ましい。
マーカー物質としてβ−ヘキソサミニダーゼを用いる場合にも、トリプターゼの場合と同様に、タンパク質の検出に通常用いられる定量又は半定量可能な検出方法を適用することができ、好ましくはβ−ヘキソサミニダーゼに特異的な抗体を用いた検出方法で検出する。また、本願実施例5に記載したような酵素活性に基づく検出方法を取ることもできる。
【0040】
前記判定工程では、前記検出工程において検出された肥満細胞の脱顆粒により放出され得るマーカー物質の検出量に基づいて、生体試料の提供者がROPであるか、あるいはROPの予防又は治療が必要な状態であるか否かを判定する。
判定は、例えば、健常体に由来する生体試料における前記マーカー物質の検出量との対比によって行うことができる。健常体では、肥満細胞からのマーカー物質の放出量は、ROPを発症している患者のマーカー物質の放出量よりも少ないため、健常体に由来する生体試料中の前記マーカー物質の検出量と対比することによって、容易にROPであるか否か、あるいはROPの予防又は治療が必要な状態であるか否かを判定できる。ここで、「健常体」とは、ROPを発症していないことが予め判明している個体を意味する。
この際、健常体とROP発症個体とを区別するために、正常検出量を設定し、正常検出量を超えるか否かに基づいて判定してもよい。
マーカー物質が肥満細胞特異的である場合、すなわち、健康体からのサンプル中には通常当該マーカー物質が検出されない場合には、当該マーカー物質が検出されることによりROPの予防又は治療が必要な状態であると判定することができる
【0041】
肥満細胞におけるマーカー物質の放出量は、肥満細胞が活性化することにより増大するため、活性化状態と不活性化状態との肥満細胞におけるマーカー物質の放出量の対比によって、ROPであるか否か、あるいはROPの予防又は治療が必要な状態であるか否かを判定することもできる。
前記肥満細胞は、生体由来の肥満細胞であってもよく、正常細胞の性状を反映した培養肥満細胞株であってもよい。
また、不活性化状態の肥満細胞と、活性化状態の肥満細胞とを区別するために、活性時検出量を設定し、活性時検出量を超えるか否かに基づいて判定してもよい。
【0042】
前記正常検出量又は不活性時若しくは活性時検出量は、例えば、健常体又は不活性時若しくは活性時の肥満細胞における検出量の平均値に、標準偏差を2倍〜3倍した値を加算した値として定めることができ、更に、感度又は特異性をバランスよく満たす値として適宜設定することができる。
本発明のROPの検査方法は、前述のROPの治療又は予防方法と組み合わせることができる。すなわち、本発明は、被検者に由来する生体試料から、肥満細胞の脱顆粒により放出され得るマーカー物質を検出すること、前記マーカー物質の検出量に基づいて、被検者がROPの治療又は予防が必要な患者か否かを判定すること、ROPの治療又は予防が必要な患者に対して、肥満細胞に由来するトリプターゼインヒビター及び肥満細胞スタビライザーからなる群より選択された少なくとも1種の化合物を有効成分とするROPの治療又は予防剤をその治療又は予防に有効な量で投与することを含むROPの治療又は予防法である。
この場合、環境中の酸素濃度又は動脈血酸素飽和度を変化させた後、または、動脈血酸素飽和度が変化した後に、本発明のROPの検査方法によって、ROPの予防又は治療が必要な状態であることを確認し、ROPの予防又は治療が必要と判断された場合に本発明の治療又は予防剤を有効な量で投与してもよい。
【0043】
[検査キット]
本発明にかかるROPの検査キットは、肥満細胞の脱顆粒により放出され得るマーカー物質の検出試薬、例えばトリプターゼ検出試薬を含む検査キットである。
前記検査キットによれば、高濃度酸素環境における肥満細胞から放出されるマーカー物質を検出可能なマーカー物質検出試薬を含むので、発症病理に基づいて的確に且つ早期にROPであるか否かを検査することができる。
前記検査キットに含まれるマーカー物質検出試薬としては、前述したマーカー物質検出試薬をそのまま適用することができる。
【0044】
前記マーカー物質検出試薬は、収容部に収容された形態で前記検出キットの一要素として含まれていればよい。本キットにおける「収容部」とは、それぞれの要素が混合せずに独立して存在するために有効な形態であれば特に制限はなく、例えば、容器や個別包装形態などであってもよく、一のシート状で独立して区分けされた領域としての形態であってもよい。
【0045】
前記検査キットには、前記マーカー物質検出試薬の他に、前記マーカー物質を含みうる生体試料を調製又は適度な濃度に調整するために使用可能な希釈液又は緩衝剤と、これに加えて、又は、これに代えて、測定に必要な他の試薬、陽性若しくは陰性対照サンプル又はこれらを調製するために必要な試薬を含むものであってもよい。また、前記キットは、前記正常検出量又は不活性時若しくは活性時検出量などの基準値を記載した文書を含んでも良い。
【0046】
[ROPの治療又は予防物質のスクリーニング方法]
本発明のスクリーニング方法は、肥満細胞を、肥満細胞の脱顆粒により放出され得るマーカー物質の放出誘導処理に供すること(以下、マーカー物質放出誘導工程ということがある)、前記マーカー物質の放出誘導処理に供された肥満細胞に、候補物質を接触させること(以下、接触工程ということがある)、接触後の肥満細胞から放出されたマーカー物質の検出を行うこと(以下、マーカー物質検出工程ということがある)、並びに、前記マーカー物質の検出量に基づいて、前記候補物質が前記マーカー物質の放出阻害活性を有するか否かを判定し、前記マーカー物質の放出阻害活性を有すると判定された候補物質を、ROPの治療又は予防効果を発揮しうる目的物質としてスクリーニングすること(以下、スクリーニング工程ということがある)、を含む、ROPの治療又は予防物質のスクリーニング方法である。
前記スクリーニング方法では、前記マーカー物質放出誘導処理に供された肥満細胞から放出されたマーカー物質の検出を行い、得られたマーカー物質の検出量に基づき、マーカー物質の放出阻害活性を有する物質を目的物質としてスクリーニングするので、肥満細胞によるマーカー物質の放出が発症に深く関与していることが判明したROPにおいて治療又は予防効果を発揮しうる目的化合物を、効率よくスクリーニングすることができる。
【0047】
前記マーカー物質放出誘導工程では、肥満細胞を、マーカー物質放出誘導処理に供する。
マーカー物質放出誘導工程に用いられる肥満細胞は、天然の肥満細胞または天然の肥満細胞前駆細胞からin vitroにおいて誘導された肥満細胞であってもよく、あるいは培養肥満細胞株であってもよい。天然の肥満細胞の場合には、生体から抽出した肥満細胞であってもよく、個体内部に存在する状態の肥満細胞であってもよい。即ち、マーカー物質放出誘導処理は、個体そのものを用いたin vivoレベルの処理であってもよく、肥満細胞を用いたin vitroレベルの処理であってもよい。
【0048】
前記肥満細胞の由来としては、特に制限はなく、ヒト、サル等の霊長類動物、マウス、ラット等の齧歯類の他、ウサギ、イヌ、ネコ等を挙げることができる。入手容易性等の点で、個体そのものをマーカー物質放出誘導処理に用いた場合には、前記肥満細胞は、マウス、ラット、ウサギ等の肥満細胞であることが好ましい。培養肥満細胞株をマーカー物質放出誘導処理に用いた場合には、前記肥満細胞株の起源としては、ヒト、マウス、ラット、ウサギ等であることが好ましい。
【0049】
このような肥満細胞としては、生体から分離した骨髄または臍帯血由来単核細胞などの肥満細胞前駆細胞を、例えばインターロイキン3または幹細胞因子(Stem cell factor)などの適切なサイトカインの存在下にて3週間以上培養した細胞であってもよく、あるいはMC/9(ATCC CRL-8306)P815 (ATCC TIB-64)、HMC−1等として入手可能な肥満細胞株であってもよい。
【0050】
前記マーカー物質放出誘導処理としては、網膜においてマーカー物質が放出される処理であればよく、高濃度酸素環境及びこれに続く通常酸素環境での保持、IgE−抗原複合体によるIgE受容体の架橋、又は、マクロファージ活性化又は脱顆粒を誘導する物質、例えば、カルシウムイオノフォアやCompound48/80等への曝露等を挙げることができる。肥満細胞が個体の場合や培養細胞の場合には、前記マーカー物質放出誘導処理は、高濃度酸素環境及びこれに続く通常酸素環境での保持であることが、ROPの発症メカニズムとの関連の点で、好ましい。高濃度酸素環境及び通常酸素環境については、それぞれ上述した事項をそのまま適用する。
【0051】
高濃度酸素環境での保持期間としては、in vivoレベルでは5日以上、in vitroレベルでは12時間以上とすることが、確実なトリプターゼ等のマーカー物質の放出誘導の観点から、好ましい。高濃度酸素環境に続く通常酸素環境での保持期間としては、in vivoレベルでは5日以上、in vitroレベルでは12時間以上とすることが好ましい。
肥満細胞の通常酸素環境での保持は、個体又は培養細胞の維持に通常適用される条件であればよい。個体の場合には、例えば、20.0〜26.0℃相対湿度30.0〜70.0%の通常酸素環境下で保持することができる。培養肥満細胞の場合には、必要に応じ血清成分を補ったDMEM培地、RPMI1640培地、α−MEM培地等の培養液中で、37℃5v/v%CO条件下で保持することができる。
【0052】
前記接触工程では、前記マーカー物質放出誘導処理に供された肥満細胞に候補物質を接触させる。肥満細胞と候補物質との接触方法については特に制限はなく、肥満細胞の保持を損なわない環境下で行えばよい。このような接触としては、例えば、in vivoレベルの場合には、候補物質を含有する試料による経口投与又は非経口投与が挙げられ、in vitroレベルの場合には、候補物質を含有する培養液を用いた培養が挙げられる。
in vivoレベルで肥満細胞と候補物質の接触を行う場合、生体外から投与される候補物質が放出誘導処理のタイミングで速やかに生体内に存在する肥満細胞に接触することが好ましい。投与方法や生体内での候補物質の動態により最適な投与開始時期は異なる場合があるが、一般的には放出誘導処理の1日程度前に候補物質を投与開始することが好ましい。試験期間を通じて肥満細胞と候補物質の接触を行うことも、肥満細胞と候補物質の確実な接触の観点から好ましい。In vitroレベルで肥満細胞と候補物質の接触を行う場合、放出誘導処理のタイミングで肥満細胞と候補物質が接触していることが好ましく、肥満細胞と候補物質の確実な接触の観点からは、放出誘導処理の前、例えば試験期間を通じて、肥満細胞と候補物質を接触させておくことも好ましい。
【0053】
前記マーカー物質検出工程では、接触後の肥満細胞に対してマーカー物質の検出を行う。前期マーカー物質としてはROPの検査方法の項に記載したマーカー物質を用いることができる。前期マーカー物質の検出は、公知の方法で行なうことができる。マーカー物質を検出するための試料の調製は、肥満細胞の種類によって異なるが、肥満細胞が個体の場合には、試験に適用可能な生体試料を採取し、これをマーカー物質の検出方法に供することができる。また、肥満細胞が培養肥満細胞の場合には、培養肥満細胞を保持した培養液、及び、必要に応じて培養された肥満細胞を回収し、これをマーカー物質の検出方法に供することができる。マーカー物質をトリプターゼまたはβ−ヘキソサミニダーゼとする場合の検出については、前記ROPの検査方法に関して記述したトリプターゼまたはβ−ヘキソサミニダーゼの検出方法についての記載をそのまま適用できる。
【0054】
前記スクリーニング工程では、前記マーカー物質の検出量に基づき、前記候補物質から、マーカー物質の放出阻害活性を有する物質を、ROPの治療又は予防効果を発揮しうる目的物質としてスクリーニングする。具体的には、対照物質を用いた場合のマーカー物質の検出量と比較した場合に、マーカー物質の検出量が減少する候補物質を、ROPの治療又は予防効果を発揮しうる目的物質として特定し、マーカー物質の検出量が減少しない候補物質を目的外物質として特定すればよい。
即ち、特定の候補物質が、ROPの治療又は予防活性を有しない他の物質と比較して、マーカー物質の検出量が減少した場合、ROPの発症において肥満細胞からのマーカー物質の放出を阻害可能と考えられるため、このような特定の候補物質であれば、ROPの治療又は予防物質となる可能性がある。
【0055】
前記スクリーニング方法によれば、肥満細胞の脱顆粒により放出され得るマーカー物質の放出阻害という簡便な指標により、ROPに対して治療又は予防効果を有する物質を効率よくスクリーニングすることができる。
【実施例】
【0056】
以下、本発明を実施例にて詳細に説明する。しかしながら、本発明はそれらに何ら限定されるものではない。なお、特に断りのない限り、「%」は質量基準である。
【0057】
[参考例1]
(1) 肥満細胞欠損マウスにおける新生血管形成
(a)モデルマウスの調製
肥満細胞欠損マウスC57BL/6−Wsh/Wshマウス(以下、「Wsh/Wshマウス」)、肥満細胞欠損でないマウスC57BL/6−+/+マウス(以下、「+/+マウス」)、及びそのヘテロ接合体マウスC57BL/6−+/Wshマウス(以下、「+/Wshマウス」)は、それぞれ理研バイオリソースセンターから入手した。全ての動物実験は東京農工大学動物実験指針に従って行われた。Wsh/Wshマウスは、肥満細胞を欠損するマウスとして公知の遺伝子改変マウスである(Blood 80, 1448-1453 (1992))。
【0058】
(b)ROPの誘導
以前に報告されているように(Invest. Ophthalmol. Vis. Sci., 35, 101-111 (1994)等)、+/+マウス、+/Wshマウス、及びWsh/Wshマウスのそれぞれについて、P7に、新生仔マウスを、授乳のための雌親と共に75v/v%Oを含む密閉チャンバーに入れ、5日間(P7〜P12)保持した。その後、通常酸素環境(21v/v%O)下で、更に5日間(P12〜P17)置き、実験的ROPモデルとして酸素誘導網膜症(OIR)を誘導させた。対照マウスは、実験期間全体を通して通常酸素環境(室内環境、25℃、21v/v%O。以下、実施例の項において同じ)で飼育した。なお、本明細書において日付を表す「P」は出生後であることを意味し、例えばP7は、出生後7日目であることを示す。
【0059】
(c)網膜新生血管形成の評価
P7、P12、P17、又はP25にマウスを屠殺した。以前に報告されているようにホールマウント分析を行った。簡潔に述べると、眼を摘出し、4%パラホルムアルデヒドで1時間固定した。網膜を切開してAlexa Fluor 488結合G.シンプリシフォリア(G. simplicifolia)イソレクチンB4(Molecular Probes社製)で一晩染色した。網膜のフラットマウントを作製し、拡大率4倍で蛍光写真を撮り、BIOREVOシステム(株式会社キーエンス製)を用いて重ねた。
【0060】
(d)組織学的検査及び免疫組織化学的検査
P17に、ROPを発症したマウスから眼を摘出し、ダビッドソン固定液で一晩固定した後、パラフィン包埋した。軸方向の6μmパラフィン包埋連続切片を得、HEで染色し、拡大率20倍で画像を撮り、新生血管細胞の数として、内境界膜の硝子体側の内皮細胞の核の数を計数した。免疫組織化学的検査では、1:100希釈(容量比)した抗PECAM−1抗体(Santa Cruz Biotechnology社製)と一緒に切片を4℃で一晩インキュベートした。
切片毎の内皮細胞の核の数の差を、一元配置分散分析、続いてチューキー法又はフィッシャー直接検定により比較した。P値0.05未満を有意とみなした。全てのデータは平均値±SEMで表す。
【0061】
(e)結果
高濃度酸素環境から通常酸素環境へのシフトにより、ROPは新生仔マウスで容易に誘発されるため、肥満細胞欠損Wsh/Wshマウス、肥満細胞欠損でない+/+マウス、及びそのヘテロ接合体(+/Wsh)マウスにおける網膜の新生血管形成の重症度を調べた(図1)。5日間(P7〜P12)高濃度酸素環境に暴露した後、ホールマウント分析によりP12で全マウスにおいて網膜中心での血管退縮が観察された。高濃度酸素環境による影響は、以前に報告されているように(Invest Ophthalmol Vis Sci 35, 101-111 (1994)等)、網膜の中心の動脈に隣接する毛細血管に主として現れる。血管染色により、P17の+/+マウスの網膜に、新たに形成中の血管発芽が確認できた。血管発芽は、毛細血管網の再生に失敗し、ヒトの病態におけるROPの特徴である新生血管房(neovascular tuft)を、硝子体に向けて形成していた(図1A)。
【0062】
異常な新生血管房の領域は、Wsh/Wsh及び+/Wshマウスでは、+/+マウスと比べて減少しており、新生血管核の数は、Wsh/Wshマウスでは、+/+マウスと比べて有意に減少しており、一方、+/Wshマウスでは、新生血管核の数はそれらの中間の値であった(図1B及び図1C)。血小板内皮細胞接着分子−1(PECAM−1)陽性の内皮細胞の硝子体内への侵入もWsh/Wshマウスで非常に少なかった(図1D)。
【0063】
なお、実験期間中、通常酸素環境にだけ暴露した全マウスで、網膜における異常な新生血管形成は観察されなかった(データ示さず)。このことから、高濃度酸素環境へ長期間の暴露により網膜の新生血管形成が誘導され得るかどうかを調べるために、+/+の新生仔マウスを酸素濃度75%で10日間飼育した(P7〜P17)。その結果、網膜中心における毛細血管の喪失が観察されたが、P17において新生血管房は認められなかった(データ示さず)。
【0064】
[参考例2]
以下のようにして、肥満細胞の網膜新生血管形成への関与を調べた。
骨髄由来培養肥満細胞(BMCMC)を、+/+マウスから公知の方法に従って単離した(J Exp Med 174, 7-14 (1991))。5週間以上、常法に従って培養し、1×10/20μLの細胞数に調整した細胞懸濁液を調製後、P1又はP2に、Wsh/Wsh新生仔マウスに20μLの量で細胞懸濁液を腹腔内注射した(n=4〜6)。また、対照群の新生仔マウスには、20μLの生理食塩水を腹腔内注射した。その後、参考例1と同様に、P7、P12、P17、又はP25にマウスを屠殺し、更に、BMCMC注射Wsh/Wshマウスから、硝子体内に伸展した新しい血管中のPECAM−1陽性内皮細胞を回収した。網膜新生血管形成の評価、組織学的検査及び免疫組織学的検査を参考例1と同様に行った。結果を図2に示す。
なお、図2B中、*はP<0.05を示す(生理食塩水注射Wsh/Wsh新生仔マウスでの結果との比較)。統計的有意性は、一元配置分散分析及びチューキー法により決定した。エラーバーはSEMを表す。図2C及び図2Dにおけるスケールバーは、100μmを示す。
【0065】
BMCMCを注射されたWsh/Wshマウスは、P17において+/+マウスと同程度の網膜の新生血管形成を示したが、生理食塩水を注射されたWsh/Wshマウスは網膜の新生血管形成を示さなかった(図2A)。この知見と一致して、眼切片のヘマトキシリン・エオシン(HE)染色の結果から、生理食塩水のみを注射されたマウスと比べてBMCMCを注射されたWsh/Wshマウスでは、新生血管の増減の指標となる内皮細胞の核の数が増加したことが明らかとなった(図2B、C)。加えて、硝子体内に伸延する新しい血管に存在するPECAM−1陽性の内皮細胞は、BMCMC注射Wsh/Wshマウスにおいて、回復した。
【0066】
上記で用いた各マウスの視覚機能を確認するために、P19における単発閃光(signal flash)網膜電図(ERG)パターンを分析した。
各マウスを一晩暗順応させた後、麻酔した。眼の上にコンタクトレンズ電極(Mayo Corporation社, N1530NNC)を置き、参照電極及び接地電極をそれぞれ口の中及び尾の上に配置した。一般的な試験及び電気生理学的装置(UTAS E-3000, LKC Technologies, Inc.社製)を用いてERGを記録した。結果を図3に示す。
図3に示されるように、ROPのモデルに供した+/+及びBMCMC注射Wsh/Wshマウスでは、OP波の振幅が減少し、b波が完全に消失した。一方、生理食塩水のみを注射されたWsh/Wshマウスでは振幅が正常であることが明らかになった。
【0067】
[参考例3]
BMCMCの細胞懸濁液における細胞数を、さらに、1×10細胞/20μL、又は1×10細胞/20μLにそれぞれ調整した以外は、上記参考例2と同様にして、各マウスの腹腔内にBMCMCを投与し、P17眼切片における新生血管核をHE染色を用いて網膜新生血管形成の評価を行った。結果を図4に示す。なお、図4において、*:P<0.05、**:P<0.01(それぞれ+/+の眼における核の数と比較)。統計的有意性は一元配置分散分析及びフィッシャー直接検定により決定した。エラーバーはSEMを表す。
図4に示されるように、肥満細胞がROPモデルの眼における網膜の新生血管形成を用量依存的に促進することが明らかとなった
【0068】
上記参考例1〜3の結果は、肥満細胞の存在により、即ち、肥満細胞に由来する分泌因子又は顆粒因子がROPのモデルマウスの網膜における異常な血管新生を促進することを示唆している。
【0069】
[実施例1]
肥満細胞スタビライザーであるクロモリンの網膜血管新生に対する影響を以下のようにして確認した。
各濃度の酸素状態における影響を確認するために、実験に供するマウスを、P0からP17までの期間において、P0〜P7までの通常酸素環境下(21v/v%酸素)、P7〜P12までの高濃度酸素環境下(75v/v%酸素)及びP12〜P17の通常酸素環境下となるスケジュールで飼育した。なお、P7及びP12に、酸素濃度環境の入れ替えを行った。
+/+マウス及びWsh/Wshマウスの各新生仔マウスを3つの群に分けて、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)に溶解させたクロモリン(Sigma Aldrich社製)を、50mg/kg/20μLの濃度で毎日腹腔内注射した。対照群には、同容量のPBSを投与した。各群における薬剤投与方法は、図5に示すとおりである。
即ち、第1群では、新生仔マウスにP6からP16までクロモリンを投与した。第2群では、新生仔マウスにP6からP11にかけてクロモリンを注射した。第3群の新生仔マウスには、P11からP16にかけてクロモリンを投与した。
【0070】
全ての動物をP17で屠殺して眼を摘出した。次いで参考例1と同様に、眼切片をHE染色した後に内皮細胞の核の数を計数することにより、+/+及びWsh/Wsh新生仔マウスにおける網膜新生血管形成へのクロモリンの影響を、参考例1と同様に評価した。
結果を図6A図6Cに示す。なお、図6A図6Cにおいて、*:P<0.01(対照マウスにおける核の数との比較)。
【0071】
図6A図6Cに示されるように、P6〜P16でのクロモリン処置及びP11〜P16でのクロモリン処置は共に、+/+マウスにおいて、Wsh/Wshマウスと同程度まで新生血管の形成を減少させた。これに対して、P6〜P11にクロモリンを投与した第2群のマウスでは、クロモリンは異常な網膜血管成長に影響を与えなかった。
また、ROPモデルにおいて、クロモリンの投与によって肥満細胞の脱顆粒を高濃度酸素環境に暴露後5日間(P11〜P16)抑制した場合、高濃度酸素環境の期間中(P6〜P11)のクロモリンの抑制効果がなかったにも関わらず、硝子体スペース内に伸展した内皮細胞の核の数が有意に減少することを示している(図6B及び図6C)。
このことは、肥満細胞に由来する血管新生因子が、高濃度酸素環境への暴露後の酸素濃度の劇的変化によって網膜の新生血管形成を促進している可能性を示唆している。
また、クロモリンの投与は、高濃度酸素環境への暴露後における血管新生に対して抑制効果を有することがわかる。
【0072】
[実施例2]
トリプターゼの特異的阻害剤であるメシル酸ナファモスタット(NM)のROPモデルに対する影響を以下のようにして確認した。
ROPモデルとして、参考例2で作製したBMCMC投与Wsh/Wshマウス(1×10個/20μL投与)と、対照群として生理食塩水を同容量投与したWsh/Wshマウスを用いた。
実施例1と同様のスケジュールでP0〜P17までの期間の酸素濃度を変化させた(図7参照)。
生理食塩水に溶解した1mg/kg/20μlのNM又は生理食塩水を、P12からP17にかけて、各マウスに毎日腹腔内注射した。P17にマウスを屠殺して眼を摘出し、実施例1と同様にして、新生血管形成の評価を行った。結果を図8に示す。図8において、*:P<0.05(対照マウスにおける血管内皮細胞の核の数との比較。)。
【0073】
図8に示されるように、ROPを誘導した+/+及びBMCMC注射Wsh/Wshマウスにおいて、NMは網膜の新生血管形成を抑制した。このことは、NMを投与することで、ROPを有する+/+マウス及びBMCMC投与Wsh/Wshマウスにおける硝子体内の新生血管核をP17において減少させることができたことを示している。
【0074】
従って、トリプターゼインヒビター及び肥満細胞スタビライザーはいずれも、ROPの予防又は治療に使用可能であることがわかる。
【0075】
[実施例3]
トリプターゼがROPのマーカーとして使用できることを以下のようにして確認した。
肥満細胞存在群として、参考例2で作製したBMCMC投与Wsh/Wshマウス(1×106個/20μL投与)と、肥満細胞非存在群として生理食塩水を同容量投与したWsh/Wshマウスを用いた。また、対照群として+/+マウスを使用した。これらの各群は1群あたり4〜5匹の例数を設定した。
各群の全ての動物について実施例1と同様のスケジュールでP0〜P17までの期間酸素濃度環境を変化させた。
P17にそれぞれのマウスより採血を行い、定法に従って血清を得た。この血清を10倍希釈してトリプターゼの定量を行った。血清中トリプターゼの定量には、市販のELISAキット(TPS結合免疫吸着測定キット(mouse),USCN Life Science社,Cat.No. E91070Mu)を使用し、キットの取扱説明書に準じて操作を行った。尚、呈色反応時間は、反応が進みすぎて測定不能となることがないよう適宜調整した。吸光度の測定にはマイクロタイタープレートリーダー(NalgeNunc社,ImmunoMini NJ−2300)を用いた。統計的有意性は一元配置分散分析及びフィッシャー直接検定により決定した。エラーバーはSEMを表す。**:P<0.01(生理食塩水投与マウスの血清トリプターゼ濃度との比較)。
図9に示されるように、P17において肥満細胞が存在する+/+マウス及びBMCMC投与Wsh/WshマウスにROPを誘導した場合、いずれの群においても血清トリプターゼ濃度は高値を示した。一方、肥満細胞が存在しないWsh/Wshマウスにおいては血清トリプターゼ濃度は極めて低い値であった。
参考例2にて記載したように、+/+マウス及びBMCMC投与Wsh/Wshマウスはいずれも酸素濃度変化によってP17において網膜血管新生を示しROPが誘導されるが、肥満細胞が存在しないWsh/Wshマウスは網膜血管新生を生じずROPが誘導されない。本実施例の結果は、ROPが誘導される群では血清トリプターゼ濃度が高いことを示している。このことは、血中のトリプターゼがROPの判定指標として有用であることを示している。
【0076】
[実施例4]
ROPモデルにおける網膜新生血管形成に及ぼすトリプターゼ中和の影響を下記のようにして評価した。
<材料>
1.試薬
(1)マウス肥満細胞−プロテアーゼ−6/Mcpt6抗体
モノクロナールラットIgG2A (R&D Systems, #MAB4288,500μg)
(2)コントロール
ラットIgG2Aアイソタイプコントロール (R&D Systems,#MAB006,500μg)
2.マウス
C57BL/6−+/+(+/+)及びC57BL/6−Wsh/Wsh (Wsh/Wsh)新生仔マウス
3.細胞
骨髄由来培養肥満細胞(BMCMC)
<手法>
1.P1又はP2において、生理食塩水中のBMCMC(1×10)20μlをWsh/Wsh新生仔マウスに腹腔内注射した。
2.P7とP12の間、新生仔マウスを高濃度酸素環境に暴露した。
3.P12で通常酸素環境(室内空気)に戻した。
4.P12とP17の間、1日1回、Mcpt6抗体又はアイソタイプコントロール0.2μg/20μlを注射した。
5.P17で、眼を摘出し、ダビッドソン固定液で固定した。
6.HE染色し、新生血管細胞の数として、内皮細胞の核の数を計数した。
<結果>
計測結果を図10及び表1に示した。
【0077】
【表1】

図10及び表1から分かるように、ROPを誘導した+/+及びBMCMC注射Wsh/Wshマウスにおいて、抗トリプターゼ中和抗体は、網膜の新生血管形成を抑制した。このことは、抗トリプターゼ中和抗体を投与することで、ROPを誘導した+/+マウス及びBMCMC投与Wsh/Wshマウスにおける硝子体内の新生血管核をP17において減少させることができたことを示している。
【0078】
従って、トリプターゼインヒビターとしての抗トリプターゼ中和抗体は、ROPの予防又は治療に使用可能であることがわかる。
【0079】
[実施例5]
実施例1において、酸素濃度変化により誘発される網膜血管新生を抑制することが確認されているクロモリンと、候補物質である7種の化合物について、肥満細胞の脱顆粒に与える影響をβ−ヘキソサミニダーゼをマーカー物質として以下の方法により試験した。
(1)肥満細胞懸濁液の調製
ヒト肥満細胞株HMC−1はヒト白血病由来の細胞株であり、肥満細胞としての性質を備え、顆粒内にβ−ヘキソサミニダーゼを含むことが知られている。既報(European Journal of Immunology, Vol. 29, 2645-2649 (1999))を参考に、HMC−1細胞を10%(v/v) ウシ胎仔血清及び常用量の抗生物質を添加したα-MEM培地(Medium)に懸濁して細胞濃度5×10セル/mlの肥満細胞懸濁液を調製した。尚、高酸素濃度環境下を含め、実験期間中、酸素濃度以外の培養条件として細胞は全て5%(v/v)CO、37℃環境下に置かれた。
(2)クロモリン及び候補物質の添加
上記の肥満細胞懸濁液を96−ウェルプレートに4×10セル/ウェルとなるように分注した。クロモリンと7種の候補物質のそれぞれを下記の濃度になるように添加した。薬剤非添加のコントロール(Medium)、及び、マーカー物質放出誘導処理を行わない無処置例として、クロモリン、候補物質のいずれも加えないウェルを設定した。
・クロモグリク酸(Cromolyn), 10 ng/ml(J Immunol. 2010. 185(1): 709-716)
・スプラタスト(Suplatast), 10 μM(J Immunol. 2009. 183(3):2133-41; Transpl Immunol. 2007. 18(2):108-14)
・トラニラスト(Tranilast), 10 μM(Tohoku J Exp Med. 2009. 217(3):193-201; Circ Res. 2008. 102(11):1368-77; Jpn J Pharmacol. 1988. 46(1):43-51)
・アンレキサクノス(Amelexanox), 1 μM(Orphanet J Rare Dis. 2012. 7: 58; J Biol Chem. 2000. 275(42):32753-62; Arerugi. 1990. 39(10):1448-54; Int Arch Allergy Appl Immunol. 1987. 82(1):66-71)
・レボカバスチン(Levocabastine), 10 nM(Exp Eye Res. 1996. 63(2):169-78)
・イブジラスト(Ibudilast), 1 μM(J Biol Chem. 2012. 287(45):37907-16; PLoS One. 2011. 6(4):e18633; Eur J Pharmacol. 2011. 650(2-3):605-11.; J Biol Chem. 2012. 287(45):37907-16; PLoS One. 2011. 6(4):e18633; Eur J Pharmacol. 2011. 650(2-3):605-11)
・エピナスチン(Epinastine), 1 ng/ml(Clin Exp Allergy. 2007. 37(11):1648-56)
・ペミロラスト(Pemirolast), 10 nM(J Pharmacol Exp Ther. 2011. 337(1):226-35; Cell Mol Neurobiol. 2006. 26(3):237-46
尚、各物質の後ろに記載した文献は各物質の用量設定にあたり参考とした文献である。
(3)マーカー物質放出誘導処理工程及びクロモリンまたは候補物質との接触工程
マーカー物質(β−ヘキソサミニダーゼ)の放出誘導処理工程及びマーカー物質放出誘導処理した肥満細胞HMC−1との接触工程は、96−ウェルプレートを高濃度酸素環境(75v/v%酸素)で24時間保持した後、通常酸素環境(20v/v%酸素)で12時間保持することで実施した。無処置例については、96−ウェルプレートを通常酸素環境(20v/v%酸素)で24時間保持した後、さらに通常酸素環境で12時間保持した。
(4)マーカー物質検出工程
上記の接触工程において肥満細胞の脱顆粒により放出されたマーカー物質(β−ヘキソサミニダーゼ)の検出・測定を以前に報告されている方法で行なった(Eur. J. Immunol. 19(1989)2251-2256)。簡潔に述べれば、以下の通りである。接触工程後の各ウェルから上清を採取した後、ペレット(細胞)を同一容量の0.5%トリトンX−100含有α−最小必須培地(α−MEM:ギブコ社製)中に溶解した。96−ウェルプレートの各ウェルにおいて、5μlの上清又は細胞溶解物を50μlの基質溶液(100mMクエン酸ナトリウム中に1.3mg/mlのp−ニトロフェニル−N−アセチル−β−D−グルコサミン;pH4.5)と混合した。37℃で60分インキュベートした後、200mMグリシン溶液(pH10.7)150μlを加えて反応をとめた。414nmで吸光度を測定した。放出されたマーカー物質(β−ヘキソサミニダーゼ)の比率(%)を次式:
OD(上清)/(OD(上清)+OD(ペレット))×100
で求めた。放出されたマーカー物質(β−ヘキソサミニダーゼ)の比率(%)は、脱顆粒の程度を示し、これが低下することは脱顆粒の抑制を意味する。
試験は、3検体試験で行い、測定結果は、平均及び標準誤差を求め、ANOVA+Tukey検定により統計解析した。
(5)結果
測定結果を図11に示す。図11によれば、マーカー物質放出誘導処理を行ったコントロール(Medium)では、マーカー物質放出誘導処理を行わなかった無処置例(Medium (20%O))よりも脱顆粒が亢進していた。すなわち、HMC−1細胞を用いたin vitroの実験系においても、in vivo ROPモデル(実施例3)と同様に、高濃度酸素環境から通常酸素環境への酸素濃度の低下によって肥満細胞の顆粒内容物の細胞外への放出が生じることが示された。この試験系において、クロモリンと同様に、7種の候補物質(スプラタスト、トラニラスト、アンレキサクノス、レボカバスチン、イブジラスト、エピナスチン、ペミロラス)はいずれも、コントロール(Medium)に比べ、酸素濃度の変化により誘発した脱顆粒を抑制し、その抑制効果はいずれも統計学的に有意(p<0.05)であった。クロモリンは、肥満細胞スタビライザーであることが知られ、且つ、実施例1により酸素濃度の変化により誘発される網膜血管新生を抑制することが確認されている。したがって、これらの7つの候補物質は、実施例1で試験したクロモリンと同様に、網膜血管新生に対して抑制効果を有し、ROPを治療・予防できると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0080】
本発明は、ROPの発症機構に即した、効果の高いROPの治療又は予防剤、ROPの検査方法及びROPの治療又は予防物質のスクリーニング方法を提供することができるので、産業上有用である。
図1A
図1B
図1C
図1D
図2A
図2B
図2C
図2D
図3
図4
図5
図6A
図6B
図6C
図7
図8
図9
図10
図11