(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記核酸が、5’−アデニル酸、5’−グアニル酸、5’−イノシン酸及び5’−キサンチル酸からなる群から選択された少なくとも1種である、請求項1又は2に記載の発酵調味料。
前記核酸が、5’−アデニル酸、5’−グアニル酸、5’−イノシン酸及び5’−キサンチル酸からなる群から選択された少なくとも1種である、請求項5〜8のいずれか1項に記載の発酵調味料の製造方法。
【背景技術】
【0002】
醤油は「しょうゆ品質表示基準」によって「特級」「上級」「標準」に区別されている。これらの等級は「うま味」の指標といわれている「窒素分」の含量や色度(色の濃淡)などで定められており、一般的には、窒素分の含有量が多いほどうま味が豊かな醤油であるとされている。醤油のうま味に寄与する窒素分としては、グルタミン酸をはじめとしたアミノ酸類が知られている。
【0003】
一方、アミノ酸以外のうま味成分として、5’−ヌクレオチド類が知られている。5’−ヌクレオチド類とは、5’−アデニル酸、5’−グアニル酸、5’−イノシン酸及び5’−キサンチル酸等を始めとする呈味性ヌクレオチド類の総称であり、これらを含む調味料は核酸系調味料と呼ばれることもある。5’−ヌクレオチド類は単独でも強い呈味作用を有するが、醤油に含まれるL−グルタミン酸が存在すると、相乗効果により風味を顕著に改善強化し得ることが知られている。
【0004】
しかしながら、醤油中には各種微生物に由来する多量のホスファターゼが存在しているため、醤油に呈味性ヌクレオチド類を添加しても、ヌクレオチド類はホスファターゼの作用により脱リン酸化されて呈味性のないヌクレオシドに分解される。
【0005】
例えば、火入れ前の生醤油はこのホスファターゼ活性が特に強いものの一つで、添加した呈味性ヌクレオチド類は添加後1日でほとんど分解消失し、これらのヌクレオチド類の呈味性は全く消失してしまうことが知られている(特許文献1)。また、ホスファターゼ活性は、生醤油にかなり強力に存在するが、火入れ(80℃達温)した醤油にも、生醤油の10〜25%程度残存していることが知られている。
【0006】
したがって、ホスファターゼ活性を失活させることが、醤油に5’−ヌクレオチド類を添加し、安定に保持するためには必要であるとされている。従来知られている5’−ヌクレオチド類含有醤油の製造法は、常法により製造された醤油のホスファターゼ活性を失活させた後に5’−ヌクレオチド類を別途添加する方法であった(特許文献2、3)。しかしながら、醤油に核酸を添加した場合は、食品表示関連法規の規定に基づき、原材料に添加物の表示が必須となるため、「調味料(核酸)」と表示しなければならない。このような醤油様調味料は「化学調味料無添加」や、「天然醸造」を謳うことができず、天然志向、自然志向の消費者に対しては訴求力が弱かった。
【0007】
呈味性ヌクレオチド類を発酵生産する公知の微生物として、例えば、高核酸型酵母エキスの製造に使用されているキャンディダ・ユティリス(Candida utilis)や核酸調味料の製造に用いられているコリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)等が知られている。仮にホスファターゼ活性の無い醤油もしくは諸味中でこれらの微生物を生育させ、核酸を発酵生産しようとしても、耐塩性が無いため、醤油や醤油諸味中では増殖することができず、核酸を高含有させることができない。このような背景から、従来の醤油製造業界では、5’−ヌクレオチド類を添加することなく、醤油諸味や圧搾後の生醤油、あるいは火入れ後の醤油中で5’−ヌクレオチド類を発酵によって生成蓄積することは極めて困難と考えられており、これまで実用化されていない。
【0008】
一方、醤油の醸造工程中での直接的な発酵生産ではないものの、呈味成分として核酸を含有する醤油の製造方法は幾つかの文献に記載されている。例えば、特許文献4には、天然醸造醤油の諸味の製造工程において、出麹した原料に加える仕込み水として、清酒等の発酵粕に加水し50〜60℃で1〜2週間自己消化させたもの、又はこれを圧搾した呈味性の高い液を用いることを特徴とする濃厚醤油の製造法が開示されている。しかし、特殊な原料(すなわち酒粕や焼酎蒸留廃液)を用いる必要がある。したがって、通常の醸造醤油と比較すると、風味もかなりかけ離れたものとなる欠点を有する。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明に係る発酵調味料及びその製造方法を詳細に説明する。
図1は、本実施形態に係る核酸含有発酵調味料の製造方法の工程図である。
【0017】
本発明において、核酸とは、5’−アデニル酸、5’−グアニル酸、5’−イノシン酸及び5’−キサンチル酸等を始めとする呈味性ヌクレオチド類を意味する。
【0018】
本発明の実施形態においては、まず穀物原料より調製した固体麹に水又は食塩水を混和し、食塩濃度4%(w/v)以下、好ましくは食塩濃度4%(w/v)未満、より好ましくは食塩濃度0%(w/v)の醤油諸味を調製し、25〜57℃で0〜48時間加温分解する。好ましくは、特許第3827300号記載のように、70〜80℃の熱水又は食塩水を固体麹と混和し、50〜57℃に諸味温度を保持したまま、タンク内で間欠的又は連続的に撹拌し、15〜30時間酵素分解することが望ましい。
【0019】
ここで、穀物原料とは、例えば丸大豆、脱脂大豆、大豆タンパク、小麦グルテン、えんどう豆、そら豆、小豆等に代表される蛋白質原料と、小麦、大麦、ライ麦、フスマ、米、米ぬか、とうもろこし、澱粉粕等に代表される澱粉質原料を指す。これらは単独で、または組み合わせて用いることができる。
【0020】
ここで用いられる麹(固体麹)は、常法により原料処理された蛋白質原料又はこれに澱粉質原料を混合したものに、アスペルギルス・ソーヤ(Aspergillus sojae)、アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)に代表される麹菌を接種し、2〜3日固体培養(製麹)することで得られる。蛋白質原料に澱粉質原料を混合する場合、配合割合は特に限定するものではないが、例えば通常の醤油に近い調味料を得ようとする場合、重量比で1:0.25〜4とすることが好ましい。
【0021】
仕込みに用いる水又は食塩水は、麹が十分浸る程度であればよく、一般には、麹重量に対し1〜10容量倍(v/w)とすることが好ましい。また、加温分解時に、防ばい性や分解効率の向上、風味向上のために後述する食用の酸や酵素剤、活性炭を添加してもよい。
【0022】
加温分解時には、諸味の分解促進のため、酵素剤を終濃度が0.001〜1%(w/v)となるように添加してもよい。酵素剤としては、例えば、プロテアーゼ(エンドプロテアーゼ、エキソプロテアーゼ)、セルラーゼ、ペクチナーゼ等を挙げることができる。
【0023】
次に加温分解を行った食塩濃度4%(w/v)以下の固液分離前の醤油諸味について加熱処理を行ない、殺菌諸味を調製する。この加熱処理により、上述の製麹工程において麹菌が生産したホスファターゼ等の核酸分解酵素を失活させると共に、諸味の殺菌を行う。ここで、殺菌機の負荷軽減や、核酸生産微生物の生育速度向上を目的として、殺菌前に適宜加水を行って諸味を希釈してもよい。
【0024】
ここで加熱処理の方法は特に限定されず、UHT、HTST、レトルト、加圧タンク、スチームインジェクション、スチームインフュージョン、オートクレーブ、プレートヒーター、表面かきとり式、ジュール式熱交換、チューブラー式熱交換等の加熱処理方法のいずれを用いてもよいが、好ましくは加圧タンクやチューブラー式熱交換機を用いるのがよい。例えば、諸味を加圧タンクに入れ、均一に撹拌しながら加圧加温することなどで核酸分解酵素の失活や殺菌を行うことができる。加熱温度が低すぎる、もしくは加熱時間が短すぎると、核酸分解酵素の失活や雑菌の殺菌が不十分となるため好ましくない。逆に、加熱温度が高すぎる、もしくは加熱時間が長すぎると、調味料の風味が劣化するために好ましくない。選択する加熱方法により最適条件は異なるが、例えば、80℃では2分以上180分以下、121℃では5秒以上15分以下、130℃では1秒以上30秒以下が好ましい。
【0025】
調製した諸味は、防ばい性の向上や味の調整のために、pH調整を行ってもよい。調整後のpHは、防ばい性と酵母の発酵性の観点から、3.0〜7.0、好ましくは4.0〜5.5にすることが望ましい。pH調整のタイミングとしては、加温分解時、諸味の加熱処理前、諸味の加熱処理後のいずれでもよい。pH調整剤としての食用の酸としては、例えば、乳酸、酢酸、リンゴ酸、クエン酸、グルコン酸、アジピン酸等が挙げられるが、風味の点から、乳酸が好ましい。
【0026】
諸味には核酸生産微生物による核酸発酵を円滑に行うため、糖質を0〜20%(w/v)添加してもよい。例えば、グルコース、フルクトース、スクロース、マルトース、マンノース、グリセロール等、核酸生産微生物が資化できる糖質が利用できるが、資化効率を考えるとグルコースの使用が望ましい。また、これらの糖を含む食品素材、例えば、砂糖、ブドウ糖果糖液糖、果糖ブドウ糖液糖、三温糖、糖蜜などを用いてもよい。
【0027】
また、核酸発酵の前にも、諸味の分解促進や圧搾性の向上のため、酵素剤を終濃度が0.001〜1%(w/v)となるように添加してもよい。酵素剤としては、例えば、プロテアーゼ(エンドプロテアーゼ、エキソプロテアーゼ)、セルラーゼ、ペクチナーゼ等を挙げることができる。
【0028】
また、核酸発酵の前に、苦味を除去して風味を向上させるため、諸味に活性炭を添加してもよい。活性炭は粉末であることが好ましく、平均粒子径が10〜100μmのものを使用することがより好ましい。活性炭の添加量は、諸味原料に対し0.1〜5%(w/w)であることが好ましい。活性炭の種類は用途に応じて適宜選択することができ、例えば、苦味除去、悪臭除去、味の調整、色の調整またはこれらの機能を有する活性炭を組み合わせて使用することができる。
【0029】
また、核酸発酵の前に、前記殺菌諸味を固液分離してもよい。固液分離の方法は特に限定されず、例えば、圧搾、遠心分離、ろ過等の方法で実施することができる。
【0030】
本発明で使用する核酸生産微生物は、核酸を生産することができる微生物であれば特に制限されず、例えばキャンディダ・ユティリス(Candida utilis)、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)、ジゴサッカロマイセス・ルーキシー(Zygosaccharomyces rouxii)、シゾサッカロマイセス・ポムベ(Schizosaccharomyces pombe)、クリュイベロマイセス・マルシアヌス(Kluyveromyces marxianus)などの酵母、コリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)、コリネバクテリウム・アンモニアゲネス(Corynebacterium ammoniagenes)、バチルス・サブチリス(Bacillus subtilis)などの細菌、またはそれらの栄養要求・アナログ耐性変異株が用いられる。本発明の諸味は無塩又は低塩であるがゆえに、本来、耐塩性の弱い酵母や細菌を使用することができる。
【0031】
これら核酸生産微生物の添加濃度は、酵母であれば、諸味1gあたり1×10
4個以上、好ましくは1×10
5〜1×10
7個となるように添加するのが好ましく、細菌であれば、諸味1gあたり1×10
4個以上、好ましくは1×10
5〜1×10
7個となるように添加するのが好ましい。
【0032】
諸味は危害微生物の混入を抑制できる容器に投入され、この容器内で核酸発酵を行う。ここで、危害微生物の混入を抑制できる容器とは、容器内部と外気を遮断できる構造を持つものであればよく、実験的にはポリプロピレン製の滅菌済み広口瓶やガラス製のメディアボトルなどが使用でき、工業的には容器内に除菌された空気を供給できる機能を持つジャーファーメンターや加圧式の発酵タンクなどを使用することができる。また、空気の除菌には、0.3μm以上の塵を99.97%以上集塵できるフィルター、例えばHEPAフィルターなどを用いることができる。
【0033】
核酸発酵は、核酸生産微生物が生育できる温度、具体的には15〜45℃、好ましくは20〜35℃で1〜90日、好ましくは2〜28日行う。
【0034】
本実施形態に係る発酵調味料に含まれるアルコールは、核酸発酵工程で添加する糖濃度や使用する微生物の種類や温度条件によって0〜20%(w/v)と産生量が調整でき、また、核酸発酵終了時にアルコールを添加してもよいが、発酵調味料として良好な風味を持たせるために、好ましくは8%(w/v)未満、より好ましくは2〜7%(w/v)とするのがよい。
【0035】
核酸発酵の終了後は、諸味中の核酸生産微生物を自己消化させ、もしくはプロテアーゼやβ−グルカナーゼを含む酵素剤を用いて酵母細胞壁を溶解させ、菌体内のRNAを諸味中に遊離させる。自己消化は諸味を一定時間加温することにより行うことができる。自己消化は例えば核酸生産微生物のRNAの溶出が最大となるのに十分な条件、例えば品温40〜60℃で1分間〜24時間行うことがより好ましい。品温が40℃未満では自己消化に時間を要し、また諸味液汁に対する核酸生産微生物由来のRNAの溶出が十分でなく、反対に60℃を越える温度では諸味の加熱劣化による褐変や風味の悪化を招くので好ましくない。時間が1分間未満では核酸生産微生物由来のRNAの溶出が十分でなく、反対に24時間を越えると加熱劣化により諸味の褐変や風味の悪化を招くので好ましくない。また自己消化の際に核酸の遊離効率を向上させる目的で、消化の前に内在性の核酸分解酵素を加熱失活させる方法や、凍結融解を行う方法、エタノール等の有機溶媒を添加する方法、超音波処理を行う方法、pH4〜6程度の酸性もしくはpH8〜12程度のアルカリ性に調整する方法等、公知の方法を組み合わせて使用することもできる。また、酵母細胞壁を溶解する酵素剤としては、ツニカーゼ(商標、アマノエンザイム社製)、デナチームGEL(商標、ナガセケムテックス社製)、フィルトラーゼBRX(商標、DSM社製)、等を定法に従って使用することができる。
【0036】
核酸生産微生物の自己消化又は酵素消化を行った後、呈味性のないRNA抽出物に酵素処理を行って呈味性のある5’−ヌクレオチド類(核酸)に変換する。酵素はヌクレアーゼを使用することができ、これに加えてデアミナーゼを使用することが好ましい。ヌクレアーゼとしてはリボヌクレアーゼ、デオキシリボヌクレアーゼ等が挙げられ、リボヌクレアーゼであることが好ましい。さらに、リボヌクレアーゼの中でも切断様式によりP1ヌクレアーゼ、S1ヌクレアーゼ等が挙げられ、いずれの酵素も使用することができる。また、デアミナーゼとしてはアデニル酸デアミナーゼであることが好ましい。これらの酵素はいずれも市販の各種酵素を使用することができる。または麦芽もしくは発芽米等、これらの酵素を含む食品を添加することもできる。酵素処理における温度、pH、添加量、処理時間等は、使用する酵素の種類、活性の強さ、所望の核酸濃度等を考慮して適宜決定することができる。また、酵素処理を実施する順序はヌクレアーゼ処理物に対してデアミナーゼ処理が可能であればよく、ヌクレアーゼ処理を実施した後のRNA抽出物にデアミナーゼを添加してデアミナーゼ処理を行ってもよく、用いるヌクレアーゼとデアミナーゼが共に同じ温度で酵素活性を示す場合には、RNA抽出物にヌクレアーゼとデアミナーゼを共に添加して同時に酵素処理を行ってもよい。
【0037】
例えば、不溶物が除去されたRNA抽出物をpH4.0以上、pH7未満、好ましくはpH4.5〜6.0に調整した後、ヌクレアーゼを添加して60〜80℃で30分間〜12時間ヌクレアーゼ処理した後、デアミナーゼを添加して40〜60℃で30分間〜6時間デアミナーゼ処理を行うことにより、イノシン酸とグアニル酸を充分に生成することができる。
【0038】
酵素処理工程が終了した諸味は、そのまま圧搾せずに諸味(味噌・ペースト)様調味料とすれば、発酵由来の核酸を高濃度に含む諸味様調味料とすることができる。また、諸味を圧搾、火入れ、清澄、濾過等の常法による処理を行うことで、発酵由来の核酸を高濃度に含む発酵調味料(例えば、醤油様調味料)を得ることができる。
【0039】
酵素処理工程が終了した後、諸味に食塩を添加することにより、食塩含有発酵調味料を調製することもできる。すなわち、諸味の核酸発酵は無塩又は低塩条件下で行うことで核酸発酵を促進させ、それにより得られた発酵諸味に任意の濃度の食塩を添加することで、醤油らしい風味を有する発酵調味料を製造することができる。食塩の添加量は適宜設定することができ、食塩濃度によって、減塩醤油様調味料や濃口醤油様調味料を容易に調製することができる。
【0040】
本実施形態の発酵調味料は、添加由来の核酸を除く核酸濃度が10ppm以上である。核酸濃度は核酸発酵工程で添加する糖濃度や使用する微生物の種類や温度条件によって適宜調整できるが、核酸濃度は核酸生産微生物の核酸生産能に依存するため、上限値は自ずと核酸生産微生物の種類によって決まる。例えば、上述した核酸生産酵母で核酸発酵を行った場合は5000ppm程度が上限値となる。なお、核酸発酵後に加熱減圧濃縮、スプレードライ、凍結乾燥等の公知の方法によって濃縮加工を行い、発酵調味料中の核酸濃度を上記上限値以上に高めることも可能である。
【0041】
一般的なこいくち醤油の核酸含量が検出限界以下であるのに対して、本実施形態の発酵調味料は上記のように著量の核酸を含有している。そのため、醤油に元々含まれるグルタミン酸(0.2〜2.0%(w/v)程度)との相乗効果により、本実施形態に係る発酵調味料及びそれを用いた飲食品の旨味・コクが顕著に向上する。仮に核酸を外部から添加した場合は、原材料に添加物の表示が必須となるため、化学調味料無添加や、天然醸造を謳うことができないが、本実施形態の発酵調味料であれば原材料名に添加物の表示が不要なため、自然志向、天然指向の消費者に対し付加価値を訴求できる。
【0042】
本実施形態に係る発酵調味料はまた、香気成分のひとつである4-ヒドロキシ-2,5-ジメチル-3(2H)-フラノン(ヒドロキシ・ジメチル・フラノン、HDMFとも呼ばれる)濃度が2ppm(w/v)以上であり、より好ましい風味を有している。HDMFは代表的なフラノン化合物であり、砂糖様の甘さとフルーティーさとを併せ持ち、醤油等、呈味強化に寄与する調味料の代表的香気成分として知られている。本発明の発酵調味料は、一般のこいくち醤油と同等以上のHDMFを含有しており、醤油のような香ばしい風味に優れていることが特徴である。HDMF濃度が2ppmより低いと、醤油のような香ばしい風味が不十分となってしまう。本実施形態に係る発酵調味料に含まれるHDMFは、原料である麹から発酵を経て産生されたものであり、上述した核酸と同様、原材料名に添加物の表示が不要なため、自然志向、天然指向の消費者に対し付加価値を訴求できる。
【0043】
本実施形態の他の実施形態として、通常の方法で調製した生醤油又は火入れ醤油を電気透析等で脱塩して食塩濃度を下げることにより食塩濃度4%(w/v)以下の脱塩生醤油又は脱塩火入れ醤油とし、その後は上述したように加熱殺菌(ホスファターゼ失活)、無菌的な核酸発酵、呈味性核酸への変換を実施してもよい。
【0044】
すなわち、通常の方法で調製した生醤油又は火入れ醤油を電気透析等で脱塩して食塩濃度を下げることにより食塩濃度4%(w/v)以下の脱塩生醤油又は脱塩火入れ醤油を調製する。次に、脱塩生醤油又は脱塩火入れ醤油をジャケット付きタンクで加熱したり、プレートヒーター又はチューブヒーター等の熱交換器で加熱処理することにより、脱塩生醤油又は脱塩火入れ醤油中のホスファターゼを失活させると共に脱塩生醤油又は脱塩火入れ醤油を殺菌する。そして、殺菌した脱塩生醤油又は脱塩火入れ醤油を危害微生物の混入が抑制できる容器に無菌的に移し、核酸生産微生物を植菌し、先に説明した発酵条件で核酸発酵を行う。その後核酸生産微生物を自己消化して菌体内のRNAを諸味中に遊離させることによりRNA抽出物を調製し、RNA抽出物にリボヌクレアーゼ等のヌクレアーゼとアデニル酸デアミナーゼ等のデアミナーゼを作用させれば、呈味性のある5’−ヌクレオチド類に変換され、所望の発酵調味液を製造することができる。
【0045】
本発明の発酵調味料は、そのままでも天然調味料や、日本農林規格で定義される醤油と同様の使い方ができ、また任意の飲食品に配合することもできる。そのため、本発明の発酵調味料を含有した、うま味やコクが改善した飲食品を提供することができる。飲食品の具体例としては、例えば、しょうゆ加工品、つゆ、たれ、ぽん酢、和風だし、洋風だし、中華だし、ドレッシング、スープ、ソース、惣菜のもと、等の調味料原料;野菜、果実、穀物等の加工品を含む農産加工食品;魚介類、海藻等の加工品を含む水産加工食品;卵・乳製品等の加工品を含む畜産加工食品;等を挙げることができる。本発明の発酵調味料を含有した飲食品は、最終製品の核酸含量が高まるため、うま味の向上やおいしさを高めることができる。その上、最終製品の原材料表示において、発酵調味料としての表示が可能で、核酸の添加物表示は不要となる利点を有する。
【0046】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。ただし、本発明の技術的範囲は、それらの例により何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0047】
(実施例1)高核酸発酵調味料の調製
1.醤油麹の作製
脱脂加工大豆50%(w/w)と焙煎割砕小麦50%(w/w)の配合割合で、定法に従い醤油麹を作製した。なお、脱脂加工大豆は130%(w/w)撒水し蒸煮したものを用いた。この原料にアスペルギルス・ソーヤ(Aspergillus sojae)の種麹を接種し、25℃〜40℃、湿度95%の環境で42時間製麹して醤油麹を得た。
【0048】
2.諸味の調製
上記醤油麹100重量部に対し、200重量部の70℃に加温した熱水(食塩は含まない)を混和し、回転軸に撹拌翼を配置した保温ジャケット付きの分解タンク内で連続的に100rpmで撹拌し、55℃で24時間加温分解を行い、無塩の諸味を得た。
【0049】
3.諸味の殺菌およびホスファターゼ失活処理
上記無塩諸味600gを2.5L容のジャーファーメンター(バイオット社製)に入れ、リン酸2水素カリウム(和光純薬工業社製)12g、消泡剤(信越シリコーン社製)0.6mL、水道水360mLを加え、水酸化カリウム(和光純薬工業社製)を添加してpH5.5となるよう調整し、オートクレーブで121℃、5分の殺菌を行った。
【0050】
4.核酸発酵
上記無塩諸味を30℃に冷却し、核酸生産酵母としてキャンディダ・ユティリス(Candida utilis)を植菌し、定法に従って30℃で48時間の培養を行った。別途滅菌した50%グルコース水溶液を1.7g/hrで流加し、無菌空気を1L/min、内圧0.04MPaで通気した。撹拌速度は600rpmとした。
【0051】
5.酵素処理
培養終了後、ツニカーゼ(商標、アマノエンザイム社製)を300mg添加し、50℃で2時間撹拌した。続いて、ヌクレアーゼアマノG(商標、アマノエンザイム社製)を300mg加え、65℃で1時間撹拌した。さらに、デアミザイム(商標、アマノエンザイム社製)を300mg加え、45℃で1時間撹拌した。最後に80℃で20分間撹拌して酵素を失活させ、定法に従って濾紙(アドバンテック社製)で濾過を行い、核酸を高含有する発酵(醤油様)調味液を得た(サンプル1)。
【0052】
6.発酵調味料の成分分析
(1)呈味性核酸の定量
呈味性核酸の定量は、既報(東京都立衛生研究所研究年報、p172-175、2001年)を改変した方法で、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いて行った。すなわち、固相抽出カラムSep-Pak Light QMA(ウォーターズ社製)を用い、下記の要領で前処理を行った。
↓メタノール 2 mL(活性化)
↓超純水 4 mL(平衡化)
↓Sample 300 uL
(アンモニア50 uLと混合し350 uLをロード)
↓超純水 3 mL(非吸着画分)
↓1%ギ酸 5 mL(吸着画分)
↓遠心濃縮装置で蒸発乾固
↓HPLCの溶離液Aに再溶解
【0053】
次に、この前処理済みサンプルをHPLC(島津製作所社製)で分析した。条件は下記のとおり。
カラム:Shiseido CAPCELL PAK C18 MGIII 4.6 x 250 mm(資生堂社製)
溶離液A:0.1% トリエチルアミン + 1% メタノール/超純水、 pH 5.0(リン酸で調整)
溶離液B:80% アセトニトリル/超純水
流速:1.0 mL/min、 検出:UV 254 nm
【0054】
標準品として用いた5’−IMPおよび5’−GMPの検量線から、定量を行った。その結果、核酸濃度は表1のとおりであった。ただし、濃度は5.酵素処理で得た発酵調味液の液量あたりの濃度(w/v)である。
【0055】
(2)HDMFの定量
HDMFの濃度は、J.Agric.Food Chem.Vol.39,934,1991記載の定量分析法により実施した。より具体的には、ガスクロマトグラフィー(アジレント・テクノロジーズ社製6890N)による分析を行い、標準物質を用いた検量線法により、各種香気成分含有量を決定した。
【0056】
【表1】
【0057】
(実施例2)醤油様調味液に核酸を添加した効果
特許第5836466号公報の実施例2−1に記載の方法で調製した無塩醤油様調味料に、食塩濃度が4%(w/v)未満になるように食塩を添加し、さらに5’−IMPおよび5’−GMPを主成分として含有する調味料(商品名:リボタイド、MCフードスペシャリティーズ社製、5’−IMP:5’−GMP含有量比=1:1)を各濃度で添加して、所望の醤油様調味液を調製した(サンプル2〜7)。これらの各サンプルについて、以下の要領で官能評価を行った。なお、対照の減塩醤油に元々含まれる核酸量は検出限界以下であることを分析により確認した。官能評価は、識別能力を有するパネル7名がサンプルの原液をスポイトで直接口に含み、核酸を添加していない対照の醤油様調味液と味に違いがあるかどうか評価し、違いを識別できた人数で示した。さらに、パネル全員の討議により、総合的な味の好ましさを記号で示した(表2)。なお、記号は以下の評価を表す。◎:対照と比べて非常に好ましい、○:対照と比べて好ましい、×:対照と同等。
【0058】
【表2】
【0059】
表2より、核酸濃度が10ppm以上のサンプル(サンプル3〜7)ではパネル全員が味の違いを識別し、特に100ppm以上では旨味や味の持続性が向上しているというコメントがあった。この結果から、本発明に類似の製造法によって得られる醤油様調味料に、10ppm以上の核酸を含有させることにより、醤油様調味料の味を改善できることが示された。ただし、核酸濃度が10000ppmでは、核酸の味が強すぎ、醤油様調味料としての味のバランスが崩れるというパネルのコメントがあったため、総合評価としては対照と同程度となった。
【0060】
(実施例3)醤油に核酸含有発酵調味料を添加した効果
減塩醤油(キッコーマン社製、市販品)に、本発明の実施例1で調製した核酸含有醤油様調味料(サンプル1)を配合量を変えて添加し、核酸濃度が1〜1000ppmの醤油様調味液を調製した。これらの各サンプルについて、以下の要領で食塩濃度が9%(w/v)になるよう食塩を添加して、所望の醤油様調味料(サンプル8〜12)を調製した。これらの各サンプルについて、実施例2と同様の方法で官能評価を行った。
【0061】
【表3】
【0062】
表3より、核酸濃度が10ppm以上になるように本発明の核酸含有発酵調味料を添加すると、減塩醤油の味が顕著に改善することが確認された。なお、核酸濃度が1000ppmでは、核酸含有発酵調味料の配合量が比較的多かったため、対照の減塩醤油とはやや異なる味が感じられたが、全体としては品質が改善した。また、本発明では著量のHDMFを含有することから、醤油のような香ばしい香りを有し、発酵調味料として優れた品質を有することが確認された。
【0063】
(実施例4)核酸分解酵素の失活条件
実施例1の無塩諸味4gに水道水6mLを加え、これを50、60、70、80℃で10分間、または121℃で2分間の条件で加熱した。続いて、各諸味に5’−グアニル酸900ppm、5’−イノシン酸900ppmを添加し、30℃で46時間振とうした。その後、遠心分離によって固形分を除去し、上澄み液を0.45μmフィルター(アドバンテック社製)に通した。
【0064】
呈味性核酸の定量は高速液体クロマトグラフ質量分析計(LC−MS)を用いて行った。条件は下記の通り。
カラム:Poroshell 120 PFP 3.0 x 150 mm(アジレント社製)
溶離液A:0.1% ギ酸/超純水
溶離液B:0.1% ギ酸/アセトニトリル
流速:0.4 mL/min
イオン化:ESI(+)
検出:SIMモード
【0065】
標準添加法に従い、5’−IMP及び5’−GMPの標品を用いて定量を行った。その結果を
図1に示す。
図1は、無塩諸味を加熱した後に呈味性核酸(5’−グアニル酸及び5’−イノシン酸)を添加し、経時的に核酸濃度を定量した結果を示す図である。
【0066】
図1に示すように、加熱温度が70℃以下の場合は18時間処理した時点で呈味性核酸が完全に分解されたが、加熱温度80℃以上の場合は処理開始から46時間まで呈味性核酸は分解されなかった。従って、核酸分解酵素を失活させるためには80℃10分間の滅菌が必要となることが判明した。
【0067】
(実施例5)各種酵母による核酸発酵
実施例1の無塩諸味40gに、リン酸2水素カリウム1g、消泡剤0.1g、水道水60mLを加え、水酸化カリウムでpH5.5となるよう調整し、オートクレーブで121℃、2分の殺菌を行った。
【0068】
上記培地に別途滅菌した50%グルコース溶液を5mL添加し、キャンディダ・ユティリス(Candida utilis)(サンプル13)またはサッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)(サンプル14)またはジゴサッカロマイセス・ルキシー(Zygosaccharomyces rouxii)(サンプル15)またはクルイベロマイセス・マルキシアヌス(Kluyveromyces marxianus)(サンプル16)を植菌し、定法に従って30℃で24時間の培養を行った。
【0069】
培養終了後、培養液20mLから遠心分離で上澄みを除去し、得られた沈殿を水に懸濁して酵母懸濁液20mLを調製した。この酵母懸濁液にエタノール0.5mLを添加した後、pHを8に調整し、50℃で2時間振とうした。続いて、pHを5に調整し、ヌクレアーゼアマノG(商標、アマノエンザイム社製)を7.5mg加え、65℃で1時間反応させた。さらに、デアミザイム(商標、アマノエンザイム社製)を7.5mg加え、55℃で1時間反応させた。最後に85℃で20分間加温して酵素を失活させ、遠心分離によって固形分を取り除き、核酸発酵調味液(サンプル13〜16)を得た。
【0070】
実施例4と同様の条件で核酸発酵調味液を分析したところ、核酸濃度は表4のとおりであった。表4より、キャンディダ・ユティリス以外の酵母も核酸発酵調味液の製造に使用できることが示された。
【0071】
【表4】
【0072】
(実施例6)HDMF濃度の比較
本発明品と市販の高核酸酵母エキスに含まれるHDMF濃度を比較するため、核酸発酵調味液を作製した。
【0073】
実施例1の無塩諸味520gに、リン酸2水素カリウム13g、消泡剤0.6g、水道水380mLを加え、水酸化カリウムでpH5.5となるよう調整し、オートクレーブで115℃、15分の殺菌を行った。この培地にキャンディダ・ユティリスを植菌し、定法に従って30℃で22時間の培養を行った。別途滅菌した50%グルコース水溶液を8.4g/hrで流加し、無菌空気を1L/min、内圧0.04MPaで通気した。撹拌速度は600rpmとした。
【0074】
培養終了後、培養液30mLにエタノール1mLを添加した後、pHを6.5に調整し、50℃で2時間振とうした。続いて、pHを5に調整し、ヌクレアーゼアマノG(アマノエンザイム社製)を15mg加え、70℃で1時間反応させた。反応後、pHを6.5に調整し、デアミザイム(アマノエンザイム社製)を15mg加え、55℃で1時間反応させた。最後に85℃で20分間加温して酵素を失活させ、遠心分離によって固形分を取り除き、核酸発酵調味液(サンプル17)を得た。
【0075】
アロマイルド(商標、興人ライフサイエンス社製)0.25gを50mLの浄水に添加し、これを0.1%ギ酸含有水で50倍希釈したものを呈味性核酸の分析に用いた。HDMFの定量にはアロマイルド50mgを50mLの浄水に添加したものを用いた。HDMFの定量と呈味性核酸の定量条件は実施例1に記載した条件の通りである。
【0076】
結果を表5に示す。表5に記載されているとおり、市販こいくち醤油は呈味性核酸が検出限界以下であったが、本発明の発酵調味液(サンプル17)は呈味性核酸を著量含有していた。また、本発明の発酵調味液(サンプル17)は市販こいくち醤油と同等のHDMFを含有していたが、市販高核酸酵母エキスからはHDMFが検出されなかった。
従って、本発酵調味液は無添加で核酸を高含有し、醤油のような香ばしい風味が優れている調味液として提供することができることが判明した。
【0077】
【表5】
【課題】5’−ヌクレオチド類を外部から添加することなく、発酵由来の5’−ヌクレオチド類のみで核酸を高濃度で含有する核酸含有醤油様調味料およびその製造方法を提供することを目的とする。
【解決手段】大豆又は小麦等を主原料とした穀物原料に、麹菌を接種して固体麹を調製し、水又は食塩水を加えて食塩濃度4%(w/v)以下の諸味を加温分解する工程と、前記諸味を加熱処理してホスファターゼを失活させることにより殺菌諸味を調製する工程と、前記殺菌諸味に核酸生産微生物を接種して危害微生物の混入を抑制できる容器で核酸発酵を行う工程と、前記核酸生産微生物を自己消化して菌体内のRNAを諸味中に遊離させることによりRNA抽出物を調製する工程と、前記RNA抽出物にヌクレアーゼ及びデアミナーゼを作用させて呈味性のある5’−ヌクレオチド類に変換する工程と、を有する、発酵調味料の製造方法により解決する。