(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
パルプの生産設備のスケールの抑制方法であって、稼働中の前記設備における循環する流体に、エチレンジアミン四酢酸、ジエチレントリアミン五酢酸、エチレンジアミンテトラメチレンホスホン酸、ホスホノブタントリカルボン酸及びそれらの塩からなる群から選択される1以上の化合物を添加するものであり、該化合物を添加する設備が、黒液が流れている設備である、スケールの抑制方法。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態について説明するが、これにより本発明が制限されるものではない。
【0013】
<パルプの生産設備>
図1は、本発明の一実施形態に係る木材チップを用いたパルプ製造系1の概略構成図である。パルプ製造系1は、蒸解系10、黒液処理系20、緑液製造系30、緑液処理系40、を備え、これらは、
図1において実線で示される管で互いに連通され、全体として循環路を構成し、パルプ製造系における流体が循環する。また、蒸解系10、黒液処理系20、緑液製造系30、緑液処理系40は、図示しない導入手段としての導入部をさらに備える。以下、各構成要素について詳細に説明する。
【0014】
[蒸解系]
蒸解系10は、図示しないヒーターを上部及び/又は下部に有する蒸解釜11を有し、この蒸解釜11の下流にはパルプ精製部が設けられている。蒸解釜11には、パルプの原料である木材チップと、水酸化ナトリウムを含有する白液とが投入され、木材チップの蒸解が行われる。これによって生じたパルプ(パルプスラリー)はパルプ精製部へと移送され、漂白、抄紙工程等を順次受け、紙が製造される。一方、廃液である黒液は、水酸化ナトリウムの回収等のため、後述するエバポレータ21へと移送される。
【0015】
[黒液処理系]
黒液処理系20は、上流から順に、エバポレータ21、ボイラ22、を有する。黒液は、エバポレータ21で濃縮された後、ボイラ22へと移送され、このボイラ22内で燃焼される。すると、黒液に含有されていた無機ナトリウム塩が溶融し、ボイラ22の底部から緑液(スメルト)として排出される。排出された緑液は、溶解タンク31へと移送される。
【0016】
[緑液製造系]
緑液製造系30は、上流から順に、溶解タンク31と、緑液クラリファイア32と、緑
液タンク33と、を有する。緑液は、溶解タンク31において水に撹拌され溶解する。これにより、水酸化ナトリウムに加え、炭酸ナトリウムを豊富に含有する緑液が生成される。溶解タンク31には図示しない送液ポンプが設けられており、緑液はこの送液ポン
プに吸引され、緑液クラリファイア32へと移送される。緑液は、残存する未溶解成分が
緑液クラリファイア32において除去される。その後、緑液タンク33へと移送されて貯
留され、やがて苛性化系41へと移送される。
【0017】
[緑液処理系]
緑液処理系40は、上流から順に、苛性化系41、白液クラリファイア42、白液タンク43、を有し、白液クラリファイア42の下流にキルン44、を有する。苛性化系41、白液クラリファイア42、白液タンク43は、互いに連通され、全体として循環路を構成する。またキルン44は苛性化系41に連通される。
【0018】
緑液は、苛性化系41においてキルン44から供給された酸化カルシウムと混合される。苛性化系41は、スレーカ411、及びその下流に位置する複数の苛性化反応槽412を有する。スレーカ411に移送された緑液(通常、90〜100℃、pH13〜14)は、同じくスレーカ411に供給された酸化カルシウムと混合される。すると、酸化カルシウムが水で消和されて水酸化カルシウムが生成される。その後、苛性化反応槽412へと移送されると、緑液中の炭酸ナトリウムが水酸化カルシウムと反応し、水酸化ナトリウム及び炭酸カルシウムが生成される。
【0019】
このようにして得られた白液は、白液クラリファイア42へと移送される。この白液クラリファイア42において、不溶性の炭酸カルシウムが沈降され分離された後、白液は白液タンク43に貯留され、やがて蒸解釜11へと循環して再利用されることになる。一方、分離された炭酸カルシウムはキルン44へと回収され、焙焼されて酸化カルシウムへと戻って、苛性化系41において再利用される。
【0020】
[導入部]
導入部は、蒸解系10、黒液処理系20、緑液製造系30、又は緑液処理系40の適宜の部位にあり、後述するスケールの抑制剤が導入される。蒸解系10、黒液処理系20、緑液製造系30、又は緑液処理系40は、それらのあらゆる個所の流体にスケールを形成するイオンを含み、スケールによる問題が懸念される。導入部から導入されたスケールの抑制剤は、導入個所及びその下流においてスケールを抑制する。本発明において、スケールの抑制は、特に制限されないが、例えば、スケールの形成・付着を予防し、又は付着したスケールを除去することを意味する。
【0021】
導入個所は、前述した流体流路の任意の個所であってよく、スケールによる問題の発生の抑制が求められる部位又はその上流であることが好ましい。例えば、蒸解釜11、ボイラ22、溶解タンク31、スレーカ411緑液に導入したり、スメルトを溶解させるための水に導入したりすることができる。
【0022】
[スケールの抑制剤]
本発明のスケールの抑制剤は、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)、ジエチレントリアミン五酢酸(DTPA)、エチレンジアミンテトラメチレンホスホン酸(EDTMP)、ホスホノブタントリカルボン酸(PBTC)及びそれらの塩からなる群から選択される1以上の化合物であり、高温、高アルカリ環境においても分解されず、稼働中のパルプの生産設備でのスケールを抑制することができる。また、これらのスケールの抑制剤は、一部又は全部の部分が稼働中のパルプの生産設備を流通する流量を、その清浄時に流通する流量近くまで回復させることができる。これらのスケールの抑制剤は、洗浄前後でカッパー価及び白色度に変化させず、パルプ品質に悪影響を及ぼさない。スケール抑制剤は、エチレンジアミン四酢酸四ナトリウム、ジエチレントリアミン五酢酸五ナトリウム、エチレンジアミンテトラメチレンホスホン酸五ナトリウム、ホスホノブタントリカルボン酸を含むのが好ましい。
【0023】
スケールの抑制剤の導入量は、スケールを形成するイオンの存在量、パルプの生産設備への付着による流量の低下等に応じて、適宜設定することができる。スケールの形成・付着を十分に抑制するため、導入量は、特に制限されないが、流体(例えば、黒液、緑液)に対し、好ましくは0.05wt/vol%以上、より好ましくは0.10wt/vol%以上、さらに好ましくは0.25wt/vol%以上である。また、望まない反応を抑制するため、導入量は、特に制限されないが、流体に対し、5.0wt/vol%以下、4.0wt/vol%以下、3.0wt/vol%以下、2.0wt/vol%以下、1.0wt/vol%以下、0.5wt/vol%以以下であってよく、望まない反応が起こらない限り、5.0wt/vol%超であってよい。添加するスケールの抑制剤の導入量が0.05wt/vol%より低いと、スケールの抑制剤はパルプ又は流通する流体中の金属イオンに消耗される。一方、スケールの抑制剤の導入量が、望まない反応が起こる量を超えると、スケールの形成・付着の予防、スケールの除去効率が高いものの、パルプ品質が低下するおそれがある。なお、流通する流体の体積は、例えば、流体流路の適宜の個所に流量計を設け、その測定値に基づいて算出できる。
【0024】
スケールの抑制剤の導入方法は、特に制限されないが、例えば、導入部において機械的又は人為的に添加することができる。スケールの除去を目的とするときは、例えば、パルプの生産設備の流体の流量が所定の値を下回った時から、その流量が清浄時の値又はパルプの生産において問題とならない値に回復するまで、連続的に又は断続的に、スケールの抑制剤を添加することができる。また、スケールの形成・付着の予防を目的とするときは、例えば、連続的に又は断続的に、スケールの抑制剤を添加することができ、また、スケールの抑制剤の量は、特に制限されず、任意の量を使用することができ、一定の量を添加し続けてよく、変更して添加してもよい。スケールの抑制剤を、このように導入することで、スケールの形成・付着を予防でき又は付着したスケールを除去することができる。
【0025】
スケールの抑制剤は、そのスケールを抑制する作用を阻害しない限り、1以上の他の薬剤を混合して用いることができる。他の薬剤は、特に制限されないが、例えばキレート剤や高分子化合物等であって、キレート剤は、ヒドロキシエチルエチレンジアミン三酢酸(HEDTA)、グルタミン酸二酢酸(CMGA)、ヒドロキシエチリデンジホスホン酸(HEDP)、アミノトリメチレンホスホン酸(ATMP)、エチレンジアミンテトラメチレンホスホン酸(EDTMP)、ホスホノブタントリカルボン酸(PBTC)、クエン酸、コハク酸、フタル酸、リンゴ酸、酒石酸及びそれらの塩等からなる群から選択される1以上のものであってよい。エチレンジアミン四酢酸、ジエチレントリアミン五酢酸、エチレンジアミンテトラメチレンホスホン酸、ホスホノブタントリカルボン酸
及びそれらの塩以外のキレート剤の導入量は、本発明のスケール抑制剤の3倍以下、2倍以下、1倍以下、0.5倍以下、0.3倍以下、0.1倍以下であってよく、含まなくてよい。
【0026】
高分子化合物は、公知のものからなる群から選択される1以上のものであってよい。高分子化合物の導入量は、特に制限されないが、スケールの抑制剤の作用を阻害しない限り、任意の量であり得、含まなくてもよい。
【0027】
スケールの抑制剤を導入する方法は、特に制限されないが、例えば、固体の抑制剤を直接流体に添加する、又は抑制剤の溶液(例えば水溶液)を、流体に添加することができる。本発明のスケールの抑制剤は水溶液で使用することができるため、スケールの抑制剤の溶解速度等の違いに対しても、スケールを形成するイオンやパルプの生産設備に付着したスケールとの反応時間を調整することができる。
【0028】
また、スケールの抑制剤は、パルプスラリーに添加され、例えば、漂白、抄紙工程等を順次受け、紙が製造することができる。
【0029】
<他のパルプの生産設備>
本発明の他の実施形態におけるパルプの生産設備は、古紙パルプを用いたパルプの製造系である。古紙パルプを用いたパルプの製造系は、原料となる古紙を水と混合しながら機械力でパルプスラリーとする離解系、脱墨剤を加えてインキ成分を除去する脱墨系、脱墨されたパルプスラリーをスクリーンで水洗する洗浄系等を備える。
【0030】
古紙パルプには填料として炭酸カルシウムが添加され、また脱墨助剤として塩化カルシウムが添加されることがあり、古紙パルプの製造系においてスケールによる問題が発生する。本発明のスケールの抑制方法は、古紙パルプの製造系におけるスケールの抑制方法においても使用され得る。
【実施例】
【0031】
以下の実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は、その要旨を超えない限り、以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0032】
実施例で用いたスケールを抑制するために用いた化合物は、以下の通りである。
【表1】
【0033】
<実施例1〜4及び比較例1〜10>
パルプ生産設備の黒液100mL及び粒径1.5mmの炭酸カルシウム1gの入ったステンレス製オートクレーブに、化合物をそれぞれ10mmol/L又は20mmol/Lになるように添加し、180℃のオイルバス中で2時間模擬蒸解試験を行った。その後、黒液中のカルシウムイオンの濃度(mg/L)を測定し、カルシウムイオンの封鎖率を定めた。なお、酸性の化合物は、水酸化ナトリウムでpH7に中和したものを用いた。
【0034】
<対照1>
加熱前の黒液中のカルシウムイオンの濃度を測定した。
【0035】
<対照2>
化合物をオートクレーブに添加しなかったことを除いて、実施例1〜4と同様に模擬蒸解試験を行った。
【0036】
【表2】
1)化合物添加せず、2)pH7のナトリウム塩
【0037】
実施例1〜4における、エチレンジアミン四酢酸四ナトリウム、ジエチレントリアミン五酢酸五ナトリウム、エチレンジアミンテトラメチレンホスホン酸五ナトリウム、ホスホノブタントリカルボン酸のナトリウム塩は、高温下で、黒液中のカルシウムイオンの濃度を大きくでき、カルシウムイオンの封鎖率も高かった。これらの化合物は、高温でも分解せず、スケールを分解でき、カルシウムイオンとキレートを形成し得ることがわかった。これに対し、比較例1〜10における化合物は、実施例1〜4における化合物に比べ、スケールを分解する機能が低く、生産設備の停止中には有効に使用できることが知られているが、稼働中には有効に使用できない。
【0038】
<実施例5及び比較例11>
清浄時の黒液の流量は350m
3/hrであり、LBKP(広葉樹晒クラフトパルプ)の生産能力は850t/日である連続蒸解釜において、スケールにより、黒液の流量が120m
3/hrまで低下した連続蒸解釜の下部のヒーターの循環吸引ポンプ部分に、まず、清浄時の黒液の流量350m
3/hrに対して0.4wt/vol%のクエン酸三ナトリウム(40質量%水溶液)を、経過時間0.5〜2.5時間の間添加し続けた。続いて、清浄時の黒液の流量350m
3/hrに対して0.4wt/vol%のエチレンジアミン四酢酸四ナトリウム(40質量%水溶液)を、経過時間4.0〜6.0時間の間添加し続けた。経過時間30分毎に黒液の流量を測定して、各化合物のスケールの抑制効果を評価し、測定値を以下の表に示し、
図2に経過時間に対する黒液の流量変化を示した。
【0039】
【表3】
a)化合物の添加を中止
b)表中の「↓」は各化合物を2時間添加し続けたことを示す。
【0040】
クエン酸三ナトリウムを添加しても黒液の流量に変化はなかったが、エチレンジアミン四酢酸四ナトリウムを添加した時、黒液の流量が310m
3/hrまで回復した。そして、洗浄前後でカッパー価及び白色度に変化はなく、パルプ品質に悪影響がないことを確認した。従って、エチレンジアミン四酢酸四ナトリウムは高温下で有効にカルシウムイオンを封鎖できるだけでなく、さらに高アルカリ性下でも、分解することなくスケールを分解することができることがわかった。
【0041】
<実施例6及び比較例12>
清浄時の黒液の流量は150m
3/hrであり、NBKP(針葉樹晒クラフトパルプ)の生産能力は200t/日である連続蒸解釜において、スケールにより、黒液の流量が40m
3/hrまで低下した連続蒸解釜の上部のヒーターの循環吸引ポンプ部分に、まず、清浄時の黒液の流量150m
3/hrに対して0.5wt/vol%のヒドロキシエチルエチレンジアミン三酢酸三ナトリウム(40質量%水溶液)を、経過時間0.5〜2.5時間の間添加し続けた。続いて、清浄時の黒液の流量150m
3/hrに対して0.5wt/vol%のジエチレントリアミン五酢酸五ナトリウム(40質量%水溶液)を、経過時間4.0〜6.0時間の間添加し続けた。経過時間30分毎に黒液の流量を測定して、各化合物のスケールの抑制効果を評価し、測定値を以下の表に示し、
図3に経過時間に対する黒液の流量変化を示した。
【0042】
【表4】
a)化合物の添加を中止
b)表中の「↓」は各化合物を2時間添加し続けたことを示す。
【0043】
ヒドロキシエチルエチレンジアミン三酢酸三ナトリウムを添加しても黒液の流量に変化はなかったが、ジエチレントリアミン五酢酸五ナトリウムを添加した時、黒液の流量が140m
3/hrまで回復した。そして、洗浄前後でカッパー価及び白色度に変化はなく、パルプ品質に悪影響がないことを確認した。従って、ジエチレントリアミン五酢酸五ナトリウムは高温下で有効にカルシウムイオンを封鎖できるだけでなく、さらに高アルカリ性下でも、分解することなくスケールを分解することができることがわかった。
【0044】
<実施例7及び比較例13>
清浄時の緑液の流量は150m
3/hrである粗緑液送液配管において、スケールにより、緑液の流量が90m
3/hrまで低下した粗緑液送液の吸引ポンプ部分に、清浄時の緑液の流量150m
3/hrに対して0.5wt/vol%となるように、まず、清浄時の緑液の流量150m
3/hrに対して0.5wt/vol%のヒドロキシエチルエチレンジアミン三酢酸三ナトリウム(40質量%水溶液)を、経過時間0.5〜2.5時間の間添加し続けた。続いて、清浄時の緑液の流量150m
3/hrに対して0.5wt/vol%のエチレンジアミンテトラメチレンホスホン酸五ナトリウム(50質量%水溶液)を、経過時間4.0〜6.0時間の間添加し続けた。経過時間30分毎に黒液の流量を測定して、各化合物のスケールの抑制効果を評価し、測定値を以下の表に示し、
図4に経過時間に対する黒液の流量変化を示した。
【0045】
【表5】
a)化合物の添加を中止
b)表中の「↓」は各化合物を2時間添加し続けたことを示す。
【0046】
ヒドロキシエチルエチレンジアミン三酢酸三ナトリウムを添加しても緑液の流量に変化はなかったが、エチレンジアミンテトラメチレンホスホン酸五ナトリウムを添加した時、緑液の流量が140m
3/hrまで回復した。そして、洗浄前後で、キルンにおいて発生する生石灰品質及び蒸解系で生産されるパルプ品質に悪影響がないことを確認した。従って、エチレンジアミンテトラメチレンホスホン酸五ナトリウムは高温下で有効にカルシウムイオンを封鎖できるだけでなく、さらに高アルカリ性下でも、分解することなくスケールを分解することができることがわかった。