特許第6288778号(P6288778)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6288778
(24)【登録日】2018年2月16日
(45)【発行日】2018年3月7日
(54)【発明の名称】ポンプおよび送液方法
(51)【国際特許分類】
   F04D 33/00 20060101AFI20180226BHJP
   F04B 9/00 20060101ALI20180226BHJP
   B81B 3/00 20060101ALI20180226BHJP
   G01N 37/00 20060101ALI20180226BHJP
【FI】
   F04D33/00
   F04B9/00 A
   B81B3/00
   G01N37/00 101
【請求項の数】8
【全頁数】27
(21)【出願番号】特願2014-545765(P2014-545765)
(86)(22)【出願日】2013年11月8日
(86)【国際出願番号】JP2013080240
(87)【国際公開番号】WO2014073638
(87)【国際公開日】20140515
【審査請求日】2016年11月7日
(31)【優先権主張番号】特願2012-247910(P2012-247910)
(32)【優先日】2012年11月9日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】特許業務法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】川野 聡恭
(72)【発明者】
【氏名】新宅 博文
(72)【発明者】
【氏名】モサ オスマン オムラン オスマン
(72)【発明者】
【氏名】平田 基徳
【審査官】 岩田 健一
(56)【参考文献】
【文献】 特開2008−038804(JP,A)
【文献】 Osman Omran Osman,Development of micro-vibrating flow pumps using MEMS technologies,Microfluidics and Nanofluidics,2012年 5月10日,Volume 13, Issue 5,703-713,URL,http://rd.springer.com/article/10.1007/s10404-012-0988-5
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F04D 33/00
F04B 9/00
B81B 3/00
G01N 37/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体を流動させるための流路と、
上記流路内に形成されている、上記液体を流動させる方向に対して垂直な方向における上記流路の断面を狭窄している狭窄部と、
上記流路内の上記狭窄部よりも上流側に、上記狭窄部に隣接して配置されているバルブであって、上記バルブの一端が上記流路の壁面に固定されており、かつ、上記バルブの他端に磁性粒子を有する磁性粒子配置部が設けられているバルブと、
上記流路の外部に設けられているとともに、上記バルブに対して磁力を作用させる磁石と、
上記磁石を、上記液体を流動させる方向と平行な方向へ振動させる振動アクチュエータと、を備えており、
上記バルブは、上記バルブの他端が狭窄部から最も離れた場合の当該他端の位置と上記バルブの他端が上記狭窄部に最も近づいた場合の当該他端の位置との中間にあたる中心位置と、上記狭窄部の上記バルブに近い方の一端と、の間の距離であって、上記液体を流動させる方向に平行な方向における距離が150μm以上300μm以下、にて振動し、
上記流路の、液体を流動させる方向の長さが600μm以上5.3mm以下であり、高さが240μm以上500μm以下であり、狭窄部を除く流路の幅が240μm以上500μm以下であり、
上記狭窄部の、液体を流動させる方向の長さが10μm以上50μm以下であり、高さが240μm以上500μm以下であり、幅が10μm以上50μm以下であり、
上記バルブの、長さが240μm以上490μm以下であり、幅が50μm以上200μm以下であり、厚みが10μm以上40μm以下であり、
磁性粒子の平均粒子径は、1nm以上1μm以下であり、
上記流路の壁面に固定されている上記バルブの一端と、狭窄部のバルブに近い方の一端との間の距離は、40μm以上490μm以下であり、
上記バルブは、上記バルブの他端が狭窄部から最も離れた場合の当該他端の位置と上記バルブの他端が上記狭窄部に最も近づいた場合の当該他端の位置との間の距離であって、上記液体を流動させる方向に平行な方向における距離が100μm以上250μm以下となるように振動し、
上記磁石を振動させる周波数は、5Hz以上25Hz以下であることを特徴とするポンプ。
【請求項2】
上記バルブは、可撓性を有するものであることを特徴とする請求項1に記載のポンプ。
【請求項3】
上記バルブは、樹脂によって形成されており、
上記磁性粒子配置部は、上記樹脂に磁性粒子を含有させることで形成されているものであることを特徴とする請求項1または2に記載のポンプ。
【請求項4】
上記磁石の振幅が、6.5mm以上8.5mm以下であることを特徴とする請求項1〜の何れか1項に記載のポンプ。
【請求項5】
上記磁石の磁束密度が、300mT以上350mT以下であることを特徴とする請求項1〜の何れか1項に記載のポンプ。
【請求項6】
流路内に形成されている、液体を流動させる方向に対して垂直な方向における流路の断面を狭窄している、狭窄部よりも上流側に、上記狭窄部に隣接して配置されているバルブであって、上記バルブの一端が上記流路の壁面に固定されており、かつ、上記バルブの他端に磁性粒子を有する磁性粒子配置部が設けられているバルブ、が振動することによって、上記流路内で上記液体を流動させる送液方法であって、
上記流路の外部に備えられた磁石を、上記液体を流動させる方向と平行な方向に振動させながら、上記バルブに対して磁力を作用させることにより、
上記バルブを、上記バルブの他端が狭窄部から最も離れた場合の当該他端の位置と上記バルブの他端が上記狭窄部に最も近づいた場合の当該他端の位置との中間にあたる中心位置と、上記狭窄部の上記バルブに近い方の一端と、の間の距離であって、上記液体を流動させる方向に平行な方向における距離が150μm以上300μm以下、にて振動させる工程、を有し、
上記流路の、液体を流動させる方向の長さが600μm以上5.3mm以下であり、高さが240μm以上500μm以下であり、狭窄部を除く流路の幅が240μm以上500μm以下であり、
上記狭窄部の、液体を流動させる方向の長さが10μm以上50μm以下であり、高さが240μm以上500μm以下であり、幅が10μm以上50μm以下であり、
上記バルブの、長さが240μm以上490μm以下であり、幅が50μm以上200μm以下であり、厚みが10μm以上40μm以下であり、
磁性粒子の平均粒子径は、1nm以上1μm以下であり、
上記流路の壁面に固定されている上記バルブの一端と、狭窄部のバルブに近い方の一端との間の距離は、40μm以上490μm以下であり、
上記バルブは、上記バルブの他端が狭窄部から最も離れた場合の当該他端の位置と上記バルブの他端が上記狭窄部に最も近づいた場合の当該他端の位置との間の距離であって、上記液体を流動させる方向に平行な方向における距離が100μm以上250μm以下となるように振動し、
上記磁石を振動させる周波数は、5Hz以上25Hz以下であることを特徴とする送液方法。
【請求項7】
上記磁石の振幅が、6.5mm以上8.5mm以下であることを特徴とする請求項6に記載の送液方法。
【請求項8】
上記磁石の磁束密度が、300mT以上350mT以下であることを特徴とする請求項6または7に記載の送液方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポンプおよびポンプを用いた送液方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、MEMS(Micro Electro Mechanical System)を用いたマイクロシステムの研究が盛んに行われている。その一例として、μ−TAS(Micro-Total Analysis System)またはLab−on−a−chipと呼ばれる、微小な環境における化学分析デバイスを対象とした研究が挙げられる。
【0003】
μ−TASとは、手のひらサイズの基板上に微小な流路、反応室および混合室を設け、微量の液体や気体を分析するデバイスである。被分析物が微小量であること、また使い捨て可能であることから主に医療分野での応用が考えられており、血液やDNA分析の高速化、オンデマンド化が期待されている。分析には、混合、分離、反応、精製、検出など多くの過程を要するため、μ−TASでは各過程を担うマイクロポンプ、マイクロミキサ、マイクロセンサといった多くのマイクロシステムが必要とされる。このようなμ−TASへの応用を目的とするマイクロシステムの研究は世界中で行われている。その中でも流体の輸送と制御を担うマイクロポンプの研究は盛んであり、これまでマイクロリットルレベルの液体を輸送する多種多様な方式が開発されてきた。
【0004】
最も多く研究開発されているマイクロポンプとしてダイアフラム式マイクロポンプが挙げられる。ダイアフラム式マイクロポンプは、マイクロ流路外部に可動ダイアフラムが取り付けられたチャンバを有し、ダイアフラムの運動によってチャンバに体積変化を与え、流体を輸送する。ダイアフラム式マイクロポンプは、他の方式のマイクロポンプに比べ、大きな流量および吐出圧力を得ることができる特徴がある。しかしながら、ダイアフラム式マイクロポンプは、マイクロ流路に比べてチャンバ部分が大きいため、死容積が拡大し、デバイス自体のサイズが大きくなってしまう。
【0005】
そこで、本発明者らは、機構が単純な振動流型ポンプに着目した。振動流ポンプとは、一方向弁を設けた直管を管軸方向に振動させることで、容器内の液体を送り出し揚液効果を得るポンプである。本発明者らは、上記振動流型ポンプを改良し、チャンバを必要とせずに液体を輸送することができるマイクロ振動流ポンプの開発を試みてきた(非特許文献1および2)。当該マイクロ振動流ポンプでは、振動管の代わりにマイクロ流路内に配置された片持ち梁状のバルブを振動させることで液体を輸送する。上記バルブは流路の外部から磁石を用いて操作される。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Osman, O. O. et. al.,Proceedings of ASME-JSME-KSME Joint Fluids Engineering Conference 2011, 2011.
【非特許文献2】Osman, O. O. et al., Development of micro-vibrating flow pumps using MEMS technologies, Microfluidics and Nanofluidics 13, p.703-713, 2012.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上述のような従来技術は、微小環境における分析システムに適用できる十分な流量を実現するポンプを提供できないという問題がある。
【0008】
具体的には、非特許文献1および2では、分析システムに適用できる十分な流量を実現するためのポンプの機構が解明されていなかった。また、例えば非特許文献2に記載の技術では、ポンプによる流量が最大で約0.38μl/minであり、十分な流量を実現することができなかった。
【0009】
本発明は、上記従来の問題点に鑑みてなされたものであって、その目的は、微小環境における分析システムに適用できる十分な流量を実現するポンプを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の課題を解決するために、本発明に係るポンプは、液体を流動させるための流路と、上記流路内に形成されている、上記液体を流動させる方向に対して垂直な方向における上記流路の断面を狭窄している狭窄部と、上記流路内の上記狭窄部よりも上流側に、上記狭窄部に隣接して配置されているバルブであって、上記バルブの一端が上記流路の壁面に固定されており、かつ、上記バルブの他端に磁性粒子を有する磁性粒子配置部が設けられているバルブと、上記流路の外部に設けられているとともに、上記バルブに対して磁力を作用させる磁石と、上記磁石を、上記液体を流動させる方向と平行な方向へ振動させる振動アクチュエータと、を備えており、上記バルブは、上記バルブの他端が狭窄部から最も離れた場合の当該他端の位置と上記バルブの他端が上記狭窄部に最も近づいた場合の当該他端の位置との中間にあたる中心位置と、上記狭窄部の上記バルブに近い方の一端と、の間の距離であって、上記液体を流動させる方向に平行な方向における距離が150μm以上300μm以下、にて振動することを特徴としている。
【0011】
本発明に係る送液方法は、上記の課題を解決するために、流路内に形成されている、液体を流動させる方向に対して垂直な方向における流路の断面を狭窄している、狭窄部よりも上流側に、上記狭窄部に隣接して配置されているバルブであって、上記バルブの一端が上記流路の壁面に固定されており、かつ、上記バルブの他端に磁性粒子を有する磁性粒子配置部が設けられているバルブ、が振動することによって、上記流路内で上記液体を流動させる送液方法であって、上記流路の外部に備えられた磁石を、上記液体を流動させる方向と平行な方向に振動させながら、上記バルブに対して磁力を作用させることにより、上記バルブを、上記バルブの他端が狭窄部から最も離れた場合の当該他端の位置と上記バルブの他端が上記狭窄部に最も近づいた場合の当該他端の位置との中間にあたる中心位置と、上記狭窄部の上記バルブに近い方の一端と、の間の距離であって、上記液体を流動させる方向に平行な方向における距離が150μm以上300μm以下、にて振動させる工程、を有することを特徴としている。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係るポンプでは、バルブが流路の壁面に固定されている一端に磁性粒子配置部を備えているため、振動アクチュエータを用いて磁石を流路の外部にて振動させることで、バルブを振動させることができる。よって、外部に設置された機器とバルブとを電気的または機械的に接続することなく、バルブを動かすことができる。
【0013】
また、バルブは、狭窄部よりも上流側に、上記狭窄部に隣接して配置されているため、上流側に運動する場合と下流側に運動する場合とで非対称な運動を示す。その結果、バルブから狭窄部に向けて液体を流動させることができる。
【0014】
さらに、バルブの他端が狭窄部から最も離れた場合の当該他端の位置と上記バルブの他端が上記狭窄部に最も近づいた場合の当該他端の位置との中間にあたる中心位置と、上記狭窄部の上記バルブに近い方の一端との間の距離であって、上記液体を流動させる方向に平行な方向における距離を150μm以上300μm以下とすることで、バルブを効率よく振動させることができ、その結果、十分な流量を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明の一実施形態に係るポンプの一部の概略構成を示す斜視図である。
図2】本発明の一実施形態に係るポンプに備えられたバルブの振動を示す概略図である。
図3】本発明の一実施形態に係るポンプに備えられたバルブの振動を示す概略図である。
図4】本発明の一実施形態に係るポンプを示し、(a)は側面図であり、(b)は上面図である。
図5】(a)は本発明の実施例で用いた磁石の斜視図であり、(b)は本発明の実施例における磁石の振動方法を示す概略図である。
図6】本発明の実施例で用いた磁石の配置を示す上面図である。
図7】本発明の実施例で用いたポンプとリザーバとの接続方法を示す概略図である。
図8】本発明の実施例で用いたポンプに備えられた流路を示す上面図である。
図9】本発明の実施例1におけるバルブの振幅とポンプの吐出圧力Pmaxとの関係を示す図である。
図10】本発明の実施例1における狭窄部とバルブの自由端との間の距離の経時的変化を示す図である。
図11】本発明の実施例で用いたポンプに備えられた流路を示す図であり、(a)は上面図、(b)は断面図である。
図12】本発明の実施例1におけるバルブの周波数と液体の体積流量との関係を示す図である。
図13】本発明の一実施形態に係るポンプを説明するためのモデルの概略図である。
図14】本発明の一実施形態に係るポンプを説明するためのモデルの概略図である。
図15】本発明の一実施形態に係るポンプを説明するためのモデルの概略図である。
図16】本発明の一実施形態に係るポンプを説明するためのモデルの概略図である。
図17】本発明の一実施形態に係るポンプに使用される永久磁石近傍の磁力を示す模式図である。
図18】本発明の一実施形態に係るポンプを説明するためのモデルを用いて得られた図であり、(a)はバルブの角度の経時的変化を示す図、(b)は磁力の経時的変化を示す図である。
図19】本発明の一実施形態に係るポンプを説明するためのモデルを用いて得られた、バルブの角度の経時的変化を示す図である。
図20】本発明の一実施形態に係るポンプを説明するためのモデルを用いて得られた、バルブの角度の経時的変化を示す図である。
図21】(a)は本発明の一実施形態に係るポンプを説明するためのモデルを用いて得られた、バルブの長さの経時的変化を示す図であり、(b)は上記モデルおよび実施例1における狭窄部とバルブの自由端との間の距離の経時的変化を示す図である。
図22】本発明の一実施形態に係るポンプを想定したシミュレーションを説明するための図であり、(a)はバルブ近傍の斜視図であり、(b)は流路全体の斜視図である。
図23】本発明の一実施形態に係るポンプを想定したシミュレーションにおけるバルブの運動を説明するための図である。
図24】(a)および(c)は本発明の一実施形態に係るポンプを想定したシミュレーションにおけるバルブの運動を説明するための図であり、(b)および(d)はそれぞれ、(a)および(c)の場合における上記シミュレーションによって得られた液体の平均流速およびバルブの角度の経時的変化を示す図である。
図25】本発明の一実施形態に係るポンプを想定したシミュレーションおよび実施例1において得られたバルブの周波数と液体の体積流量との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態の一例について詳細に説明するが、本発明は、これらに限定されない。なお、説明の便宜上、同じ機能を有する部材については、同じ符号を付記し、その説明を省略する。
【0017】
<ポンプ>
本発明の一実施形態に係るポンプおよび送液方法について、図1〜4を参照しながら、以下に説明する。図1は本実施形態に係るポンプの一部の概略構成を示す斜視図である。本実施形態に係るポンプは、流路2、狭窄部3、およびバルブ4を備えている。また、バルブ4は磁性粒子配置部5を有している。図1の(a)はバルブ4が振動していない状態を示し、図1の(b)はバルブ4が振動している状態を示している。図1の(a)および(b)のx軸、y軸、z軸は、3次元空間における方向を規定しており、x軸は流路2において、液体を流動させる方向である。
【0018】
なお、本明細書では、流路において液体を流動させる方向に垂直な断面が矩形状断面である場合に、流路内においてバルブの一端が固定されている面を流路の「上面」と称し、上面に対向する面を流路の「底面」と称し、上面および底面と直交する面を流路の「側面」と称する場合もある。図1の流路2においては、z軸上側の面が「上面」であり、z軸下側が「底面」である。
【0019】
また、本明細書において、「液体」とは分析の対象となる液体、または分析の対象となる物質を含んでいる液体を示す。上記液体としては、特に限定されないが、例えば血液、尿、唾液、涙、鼻水が挙げられる。
【0020】
<流路2>
本発明に係るポンプは、液体を流動させるための流路2を備えている。流路2は、狭窄部3を有している。流路2の形状は、流路2の一部に狭窄部3を有するものであれば特に限定されるものではなく、例えば、上記液体を流動させる方向に対して垂直な方向における流路2の断面が矩形であっても、円形であってもよいが、矩形であるほうが流路2の作製が容易であるため好ましい。
【0021】
流路2の大きさは特に限定されるものではないが、例えば、上記液体を流動させる方向に対して垂直な方向における流路2の断面が矩形である場合、液体を流動させる方向の長さ(図1のx軸方向の長さ)を600μm以上5.3mm以下とし、高さ(図1のz軸方向の長さ)を240μm以上500μm以下とし、狭窄部3を除く流路2の幅(図1のy軸方向の長さ)を240μm以上500μm以下とすることができる。
【0022】
狭窄部3の形状は、流路2の上記液体を流動させる方向に対して垂直な方向における上記流路の断面を狭窄しているものであれば特に限定されるものではなく、例えば、上記液体を流動させる方向に対して垂直な方向における狭窄部3の断面が矩形であっても、円形であってもよいが、矩形であるほうが狭窄部3の作製が容易であるため好ましい。
【0023】
狭窄部3は、例えば、液体を流動させる方向に対して垂直な断面が矩形である場合、液体を流動させる方向の長さが10μm以上50μm以下であり、高さが240μm以上500μm以下であり、幅が10μm以上50μm以下であれば、十分な流量の液体を送液することができるため好ましい。また、狭窄部3は幅に対して高さの方が長いことが好ましい。
【0024】
<バルブ4>
本発明に係るポンプは、狭窄部3よりも上流側に、狭窄部3に隣接して配置されているバルブであって、上記バルブの一端が流路2の壁面に固定されているバルブ4を備えている。上記構成によれば、バルブ4は、狭窄部よりも上流側に、上記狭窄部に隣接して配置されているため、上流側に運動する場合と下流側に運動する場合とで非対称な運動を示す。本明細書において、当該非対称な運動を「三次元非対称運動」とも称する。その結果、バルブ4から狭窄部3に向けて液体を流動させることができる。
【0025】
なお、本発明書において「上流」および「下流」とは、流路内を流動する液体の流れを基準とした概念であり、液体が流れていく方向を「下流」、液体の流れと逆方向を「上流」と称する。図1においては、液体はx軸方向に流動し、x軸方向が「下流」、x軸方向と逆方向が「上流」である。
【0026】
なお、本明細書では、流路の壁面に固定されているバルブの一端を「固定端」と称し、バルブの固定端と逆側の他端を「自由端」と称する場合もある。
【0027】
図2は、本実施形態に係るポンプに備えられたバルブ4の振動を示す概略図である。図2の(a)は流路2の断面図、図2の(b)は流路2の底面から見た図である。バルブ4の固定端と、狭窄部3のバルブ4に近い方の一端との間の距離は、40μm以上490μm以下であることが好ましい。上記構成によれば、バルブ4と狭窄部3とが隣接しており、かつ、バルブ4と狭窄部3との間に距離があるため、バルブ4は上流側に運動する場合と下流側に運動する場合とで非対称な運動を示す。その結果、バルブ4から狭窄部3に向けて液体をより効率よく流動させることができる。
【0028】
上記非対称な運動について、以下に説明する。バルブ4が上流側に運動する場合には、バルブ4の自由端は、バルブ4が振動していない場合の位置から大きく離れる。ここで、バルブ4が振動していない場合の位置とは、バルブ4の固定端と自由端とを結ぶ直線が、流路2において液体が流動する方向と直交する状態の位置を意味する。一方、バルブ4が下流側に運動する場合には、下流側に狭窄部3が隣接して設けられているため、上流側に運動する場合に比べて、運動が制限される。すなわち、バルブ4は狭窄部より上流側でしか運動できない。好ましくは、バルブ4が上流側に運動した後に下流側に運動する場合は、バルブ4が振動していない場合の位置までは戻らない。すなわち、バルブ4は、バルブ4が振動していない場合の位置より上流側でしか運動しないことが好ましい。
【0029】
さらに、本発明に係るポンプでは、バルブ4の自由端が狭窄部3から最も離れた場合の当該自由端の位置とバルブ4の自由端が狭窄部3に最も近づいた場合の自由端の位置との中間にあたる中心位置と、狭窄部3のバルブ4に近い方の一端との間の距離であって、上記液体を流動させる方向に平行な方向における距離が、150μm以上300μm以下である。
【0030】
上記構成によれば、バルブを効率よく振動させることができ、その結果、十分な流量を実現することができる。なお、本明細書では、上記「バルブ4の自由端が狭窄部3から最も離れた場合の当該自由端の位置とバルブ4の自由端が狭窄部3に最も近づいた場合の自由端の位置との中間にあたる中心位置と、狭窄部3のバルブ4に近い方の一端との間の距離であって、上記液体を流動させる方向に平行な方向における距離」を振動中心とも称する。振動中心は、より好ましくは180μm以上280μm以下であり、さらに好ましくは200μm以上270μm以下である。
【0031】
また、バルブ4の上記バルブの他端が狭窄部から最も離れた場合の当該他端の位置と上記バルブの他端が上記狭窄部に最も近づいた場合の当該他端の位置との間の距離であって、上記液体を流動させる方向に平行な方向における距離が、100μm以上250μm以下であることが好ましく、150μm以上250μm以下であることがさらに好ましい。上記構成によれば、バルブを効率よく振動させることができ、その結果、十分な流量を実現することができる。なお、本明細書では、上記「バルブ4の上記バルブの他端が狭窄部から最も離れた場合の当該他端の位置と上記バルブの他端が上記狭窄部に最も近づいた場合の当該他端の位置との間の距離であって、上記液体を流動させる方向に平行な方向における距離」をバルブの振幅とも称する。
【0032】
また、バルブ4の一端が固定されている流路2の壁面は特に限定されないが、重力方向上側の面が好ましい。すなわち、例えば図1ではz軸下向きに重力が働いており、バルブ4が重力方向上側の面に固定されていることが好ましい。
【0033】
バルブ4の大きさおよび形状は、バルブ4が流路2内にて振動することが可能であれば特に限定されない。バルブ4の形状は、例えば矩形であれば、十分な流量の液体を送液することができるため好ましい。また、バルブ4の大きさは、例えば長さ(図1におけるz軸方向の長さ)が240μm以上490mm以下であり、幅(図1におけるy軸方向の長さ)が50μm以上200mm以下であり、厚み(図1におけるx軸方向の長さ)が10μm以上40mm以下であることが好ましい。上記構成によれば、バルブ4が流路2内にて振動することが可能であり、十分な流量の液体を送液することができる。また、バルブ4の幅は狭窄部3の幅よりも長いことが好ましい。上記構成によれば、バルブ4は上流側に運動する場合と下流側に運動する場合とで非対称な運動を示す。
【0034】
バルブ4は可撓性を有するものであることが好ましい。上記構成によれば、バルブ近傍の磁場を変化させることによって容易にバルブを作動させることができる。また、バルブが撓みながら振動することによって、より効率的に送液することができる。
【0035】
バルブ4は、自由端に磁性粒子配置部5を備えている。上記構成によれば、流路2の外部に配置された磁石を振動させることで、磁性粒子配置部5を有するバルブ4を振動させることができる。すなわち、外部に設置された機器とバルブ4とを電気的または機械的に接続することなく、バルブ4を振動させることができ、ポンプを簡易な構成とすることができる。
【0036】
磁性粒子は、外部の磁場の影響によって磁石に引き寄せられる粒子であれば特に限定されない。磁性粒子の種類としては、軟鉄等が挙げられる。また、磁性粒子の平均粒子径としては特に限定されないが、例えば、1nm以上1μm以下であってもよく、10nm以上1μm以下であってもよく、100nm以上1μm以下であってもよい。また、上記好ましい平均粒子径の上限値は1μmに限定されず、例えば、10μmであってもよく、100μmであってもよい。
【0037】
<流路2およびバルブ4の製造方法>
流路2の材料は特に限定されず、樹脂、ガラス、シリコン等を用いてもよい。樹脂の中では、PDMS(ポリジメチルシロキサン)を用いることが好ましい。上記構成によれば、PDMSは透明であるため、外部から流路2の内部を観察することができる。また、例えば流路2の底面にガラスを用いれば、流路2の底面から内部を観察することができる。
【0038】
流路2の形成方法も特に限定されず、流路2に対応した凹凸を備えた鋳型に上記材料を流し込んで硬化させて形成してもよく、上記材料から形成された基板等を掘削して形成してもよい。
【0039】
バルブ4の材料も特に限定されないが、流路2と同一の材料を用いれば、流路2とバルブ4とを一体的に形成することができるため、好ましい。また、バルブ4の材料としてPDMSを用いれば、可撓性を有するバルブとすることができる。
【0040】
また、バルブ4は樹脂によって形成されており、磁性粒子配置部5は、上記樹脂に磁性粒子を含有させることで形成されているものであることが好ましい。上記構成によれば、磁性粒子と樹脂とを混合し、硬化させることで、磁性粒子配置部を有するバルブを簡易に形成することができる。上記樹脂としては、上述のようにPDMS等が挙げられる。
【0041】
なお、磁性粒子配置部5の形成方法は上述したものに限定されず、例えば、別々に形成されたバルブ4および磁性粒子配置部5を接着して、磁性粒子配置部を有するバルブを形成してもよい。
【0042】
<磁石6>
本発明に係るポンプは、流路2の外部に設けられているとともに、バルブ4に対して磁力を作用させる磁石6を備えている。上記構成によれば、磁性粒子配置部5に対して磁力を作用させることができるので、流路2の外部にて磁石6を振動させることでバルブ4を振動させることができる。
【0043】
図3は、本発明の一実施形態に係るポンプに備えられたバルブの振動を示す概略図である。磁石6をx軸方向に振動させることで、バルブ4を振動させることができ、液体を流動させることができる。図3では、磁石6はz軸上方向の面がS極となっているが、磁石6の極性の向きは限定されない。すなわち、z軸上方向の面がN極となるように磁石6を配置してもよい。
【0044】
磁石6は、バルブ4近傍の磁場を変化させることができるものであれば特に限定されず、例えば、永久磁石、電磁石等が挙げられる。磁石6としては、特に永久磁石であることが好ましい。上記構成によれば、簡易な構成でバルブに対して磁力を作用させることができる。永久磁石の例としては、アルニコ磁石、フェライト磁石、ネオジム磁石等が挙げられる。
【0045】
磁石6の形状は特に限定されず、例えば矩形であってもよい。磁石6の大きさも特に限定されないが、例えば図3に示すように磁石6が矩形である場合、x軸方向の長さ(液体の流動方向に平行な方向の長さ)を10mm以上20mm以下とし、y軸方向の長さを10mm以上20mm以下とし、z軸方向の長さを5mm以上10mm以下としてもよい。また、磁石6は、x軸方向の長さに比べてy軸方向の長さの方が長いことが好ましい。上記構成によれば、バルブの振動を好ましい範囲に制御することができ、より効率的に送液することができる。
【0046】
本発明に係るポンプでは、磁石6を、振動アクチュエータ7を用いて上記液体を流動させる方向と平行な方向へ振動させる。図4は本実施形態に係るポンプ10を示し、(a)は側面図であり、(b)は上面図である。図4では、ポンプデバイス1がステージ8aに配置され、振動アクチュエータ7がステージ8bに配置され、振動アクチュエータ7に保持された磁石6がポンプデバイス1の下に配置され、ポンプ10が構築されている。なお、ポンプデバイス1とは、流路2とバルブ4とを備えた構成であって、磁石6および振動アクチュエータ7を含んでいない構成を意味している。ポンプデバイス1の流路の底面(流路内部の底面)と、磁石6(磁石6の上面)との間の距離は、磁石6の種類、形状、および/または大きさ等に応じて適宜決定すればよく、例えば1.5mm以下であってもよい。上記流路の底面と磁石6との間の距離の下限は、上記流路の外側の面(すなわちポンプデバイス1の底面)と磁石6とが接触しない程度であればよく、流路の底面を形成している材料の厚みを上回る値であればよい。例えば、上記流路の底面に厚さ1mmのカバーガラスを用いる場合は、カバーガラスの底面(ポンプデバイス1の底面)と、磁石6の上面との間の距離は、例えば0.5mm以下であってもよい。上記カバーガラスの底面と磁石6との間の距離の下限は、上記カバーガラスの底面と磁石6とが接触しない程度であればよく、0mmを上回る値であればよい。また、図4に示すポンプ10の配置は一例であり、これに限定されない。
【0047】
振動アクチュエータ7は、上記液体を流動させる方向と平行な方向へ磁石6を振動させるものである。振動アクチュエータ7としては特に限定されないが、電磁駆動型の振動アクチュエータを好適に用いることができる。
【0048】
磁石6の振幅は、6.5mm以上8.5mm以下であることが好ましく、8.0mm以上8.5mm以下であることが更に好ましい。上記構成によれば、バルブの振動を好ましい範囲に制御することができ、より効率的に送液することができる。上記振幅は例えば振動アクチュエータによって調節することができる。
【0049】
また、磁石6の磁束密度は、300mT以上350mT以下であることが好ましく、320mT以上330mT以下であることが更に好ましい。上記構成によれば、バルブの振動を好ましい範囲に制御することができ、より効率的に送液することができる。なお、上記磁束密度は表面磁束密度である。
【0050】
磁石6を振動させる周波数(駆動周波数とも称する)は特に限定されないが、5Hz以上25Hz以下であることが好ましく、15Hz以上25Hz以下であることがより好ましい。上記構成によれば、バルブの振動を安定させることができ、安定した流量を実現することができる。
【0051】
本発明は、以下のように構成することも可能である。
【0052】
本発明に係るポンプは、液体を流動させるための流路と、上記流路内に形成されている、上記液体を流動させる方向に対して垂直な方向における上記流路の断面を狭窄している狭窄部と、上記流路内の上記狭窄部よりも上流側に、上記狭窄部に隣接して配置されているバルブであって、上記バルブの一端が上記流路の壁面に固定されており、かつ、上記バルブの他端に磁性粒子を有する磁性粒子配置部が設けられているバルブと、上記流路の外部に設けられているとともに、上記バルブに対して磁力を作用させる磁石と、上記磁石を、上記液体を流動させる方向と平行な方向へ振動させる振動アクチュエータと、を備えており、上記バルブは、上記バルブの他端が狭窄部から最も離れた場合の当該他端の位置と上記バルブの他端が上記狭窄部に最も近づいた場合の当該他端の位置との中間にあたる中心位置と、上記狭窄部の上記バルブに近い方の一端と、の間の距離であって、上記液体を流動させる方向に平行な方向における距離が150μm以上300μm以下、にて振動することを特徴としている。
【0053】
上記構成によれば、バルブは、流路の壁面に固定されている一端に磁性粒子配置部を備えているため、振動アクチュエータを用いて磁石を流路の外部にて振動させることで、バルブを振動させることができる。よって、外部に設置された機器とバルブとを電気的または機械的に接続することなく、バルブを動かすことができる。
【0054】
また、バルブは、狭窄部よりも上流側に、上記狭窄部に隣接して配置されているため、上流側に運動する場合と下流側に運動する場合とで非対称な運動を示す。すなわち、バルブは、上流側に運動する場合には、バルブが振動していない場合の位置から大きく離れる。一方、バルブが下流側に運動する場合には、バルブと狭窄部とが隣接して設けられているため、上流側に運動する場合に比べて、運動が制限される。その結果、バルブから狭窄部に向けて液体を流動させることができる。
【0055】
さらに、バルブの他端が狭窄部から最も離れた場合の当該他端の位置と上記バルブの他端が上記狭窄部に最も近づいた場合の当該他端の位置との中間にあたる中心位置と、上記狭窄部の上記バルブに近い方の一端との間の距離であって、上記液体を流動させる方向に平行な方向における距離を150μm以上300μm以下とすることで、バルブを効率よく振動させることができ、その結果、十分な流量を実現することができる。
【0056】
本発明に係るポンプでは、上記バルブは、上記バルブの他端が狭窄部から最も離れた場合の当該他端の位置と上記バルブの他端が上記狭窄部に最も近づいた場合の当該他端の位置との間の距離であって、上記液体を流動させる方向に平行な方向における距離が100μm以上250μm以下となるように振動することが好ましい。
【0057】
上記構成によれば、バルブを効率よく振動させることができ、その結果、十分な流量を実現することができる。
【0058】
本発明に係るポンプでは、上記バルブは、可撓性を有するものであることが好ましい。
【0059】
上記構成によれば、ポンプが可撓性を有するバルブを備えているため、バルブ近傍の磁場を変化させることによって容易にバルブを作動させることができる。また、バルブが撓みながら振動することによって、より効率的に送液することができる。
【0060】
本発明に係るポンプでは、上記バルブは、樹脂によって形成されており、上記磁性粒子配置部は、上記樹脂に磁性粒子を含有させることで形成されているものであることが好ましい。
【0061】
上記構成によれば、磁性粒子と樹脂とを混合し、硬化させることで、磁性粒子配置部を有するバルブを簡易に形成することができる。
【0062】
本発明に係るポンプでは、上記磁石の振幅が、6.5mm以上8.5mm以下であることが好ましい。
【0063】
上記構成によれば、磁石の振幅を6.5mm以上8.5mm以下にすることによって、バルブの振動を好ましい範囲に制御することができ、より効率的に送液することができる。
【0064】
本発明に係るポンプでは、上記磁石の磁束密度が、300mT以上350mT以下であることが好ましい。
【0065】
上記構成によれば、磁石の磁束密度を300mT以上350mT以下にすることによって、バルブの振動を好ましい範囲に制御することができ、より効率的に送液することができる。
【0066】
本発明に係るポンプでは、上記流路の壁面に固定されている上記バルブの一端と、上記狭窄部の上記バルブに近い方の一端との間の距離は、40μm以上490μm以下であることが好ましい。
【0067】
上記構成によれば、バルブと狭窄部とが隣接しており、かつ、バルブと狭窄部との間に距離があるため、バルブは上流側に運動する場合と下流側に運動する場合とで非対称な運動を示す。その結果、バルブから狭窄部に向けて液体をより効率よく流動させることができる。
【0068】
本発明に係る送液方法は、上記の課題を解決するために、流路内に形成されている、液体を流動させる方向に対して垂直な方向における流路の断面を狭窄している、狭窄部よりも上流側に、上記狭窄部に隣接して配置されているバルブであって、上記バルブの一端が上記流路の壁面に固定されており、かつ、上記バルブの他端に磁性粒子を有する磁性粒子配置部が設けられているバルブ、が振動することによって、上記流路内で上記液体を流動させる送液方法であって、上記流路の外部に備えられた磁石を、上記液体を流動させる方向と平行な方向に振動させながら、上記バルブに対して磁力を作用させることにより、上記バルブを、上記バルブの他端が狭窄部から最も離れた場合の当該他端の位置と上記バルブの他端が上記狭窄部に最も近づいた場合の当該他端の位置との中間にあたる中心位置と、上記狭窄部の上記バルブに近い方の一端と、の間の距離であって、上記液体を流動させる方向に平行な方向における距離が150μm以上300μm以下、にて振動させる工程、を有することを特徴としている。
【0069】
上記構成によれば、流路の外部にて磁石を振動させることで、流路の壁面に固定されている一端に磁性粒子配置部を備えているバルブを振動させることができる。よって、外部に設置された機器とバルブとを電気的または機械的に接続することなく、バルブを動かすことができる。
【0070】
また、バルブは、狭窄部よりも上流側に、上記狭窄部に隣接して配置されているため、上流側に運動する場合と下流側に運動する場合とで非対称な運動を示す。すなわち、バルブは、上流側に運動する場合には、バルブが振動していない場合の位置から大きく離れる。一方、バルブが下流側に運動する場合には、下流側に狭窄部が隣接して設けられているため、上流側に運動する場合に比べて、運動が制限される。その結果、バルブから狭窄部に向けて液体を流動させることができる。
【0071】
さらに、バルブの他端が狭窄部から最も離れた場合の当該他端の位置と上記バルブの他端が上記狭窄部に最も近づいた場合の当該他端の位置との中間にあたる中心位置と、上記狭窄部の上記バルブに近い方の一端との間の距離であって、上記液体を流動させる方向に平行な方向における距離を150μm以上300μm以下とすることで、バルブを効率よく振動させることができ、その結果、十分な流量を実現することができる。
【0072】
本発明に係る送液方法では、上記バルブを、上記バルブの他端が狭窄部から最も離れた場合の当該他端の位置と上記バルブの他端が上記狭窄部に最も近づいた場合の当該他端の位置との間の距離であって、上記液体を流動させる方向に平行な方向における距離が100μm以上250μm以下となるように振動させることが好ましい。
【0073】
上記構成によれば、バルブを効率よく振動させることができ、その結果、十分な流量を実現することができる。
【0074】
本発明に係る送液方法では、上記磁石の振幅が6.5mm以上8.5mm以下であることが好ましい。
【0075】
上記構成によれば、磁石の振幅を6.5mm以上8.5mm以下にすることによって、バルブの振動を好ましい範囲に制御することができ、より効率的に送液することができる。
【0076】
本発明に係る送液方法では、上記磁石の磁束密度が300mT以上350mT以下であることが好ましい。
【0077】
上記構成によれば、磁石の磁束密度を300mT以上350mT以下にすることによって、バルブの振動を好ましい範囲に制御することができ、より効率的に送液することができる。
【実施例】
【0078】
次に、上述した実施形態に係るポンプおよび当該ポンプを用いた送液方法の具体的な実施例について説明する。なお、本発明は以下に記載する実施例に限定されるものではない。
【0079】
〔実施例1および比較例1〕
図1の(a)に示す流路2の上面および側面、ならびにバルブ4を、PDMSを用いて作製した。なお、流路2の上面は図1の(a)には図示されていない。また、流路2の底面はガラス基板によって作製した。流路2の幅は240μm、深さは500μm、長さは5.3mmであった。狭窄部3の幅は50μm、深さは500μm、長さは10μmであった。バルブ4の幅は200μm、長さは490μm、厚みは40μmであった。バルブ4の磁性粒子配置部5には直径1μmの磁性粒子を含有させた。ポンプを作動させていない状態での狭窄部3のバルブ4に近い方の端部とバルブ4との距離は50μmであった。
【0080】
次に流路2を備えたポンプ10を図4の(a)に示すように構築した。流路2を備えたポンプデバイス1をステージ8a上に配置し、振動アクチュエータ7を別のステージ8b上に配置した。振動アクチュエータ7としては電磁駆動型の振動アクチュエータを用いた。当該振動アクチュエータには、図5の(a)に示す磁石6を配置した。磁石6には矩形の永久磁石を用いた。本実施例においては、磁石6の最も長い辺の長さをlとし、2番目に長い辺の長さを幅w、最も短い長さを高さhとする。振動アクチュエータ7を用いて磁石6を図5の(b)に示すように振動させた。すなわち、液体を流動させる方向と平行な方向に磁石6を振動させた。図6の(a)は実施例1、図6の(b)は比較例1における磁石の配置を示している。実施例1ではlは図3の磁石6のy軸方向の長さ、wは図3の磁石6のx軸方向の長さ、hは図3の磁石6のz軸方向の長さと対応している。比較例1ではlは図3の磁石6のx軸方向の長さ、wは図3の磁石6のy軸方向の長さ、hは図3の磁石6のz軸方向の長さと対応している。磁石6はN極がポンプデバイス1の底面(ガラス基板の底面)と対向するように配置した。実施例1および比較例1のそれぞれで用いた磁石の寸法および磁束密度を表1に示す。
【0081】
【表1】
【0082】
本実施例では、PDMSの自己吸着性によるバルブの動作不良を防ぐため、液体として、表面張力が比較的小さいエタノールを用いた。ポンプデバイス1の流路の両端には、内径0.46mm、長さ215mmのポリテトラフルオロエチレン製チューブ11を接続した(図7)。チューブ11のそれぞれの流路に接続されている端部とは反対側の端部には、ジョイント12を介して、内径1mm、長さ240mmの可撓性チューブ13を接続した。可撓性チューブ13のそれぞれのチューブ11に接続されている端部とは反対側の端部には、内径1.14mmのリザーバ14を接続した。2つのリザーバ14中の水頭差を0とした後、ポンプを駆動させた。
【0083】
バルブの振動は流路の上面側に配置したハイスピードカメラを用いて観察した。ポンプの作動によって生じた水頭差をCCDカメラによって観察し、当該水頭差から体積流量を算出した。また、ポンプの吐出圧力Pmax(=ρgH)を算出した。ここで、ρはエタノールの密度(786kg/m)であり、gは重力加速度であり、Hは上記水頭差である。
【0084】
<実施例1>
実施例1では、永久磁石の周波数を5Hz、15Hz、および25Hzの3段階とし、振幅を0.2mm以内の誤差の範囲で7mmに固定して、当該磁石を振動させた。なお、バルブの周波数は磁石の周波数と同一であると見なした。実施例1の結果を図8〜12に示す。
【0085】
図8は、流路2の上面図である。図9はバルブの振幅とポンプの吐出圧力Pmaxとの関係を示す図である。図9から、ポンプの吐出圧力はバルブの振幅の増加とともにほぼ線形的に増加することがわかった。また、15Hzで振動させた場合のバルブの振幅のばらつきは25Hzで振動させた場合と比較して大きい。このことから周波数が大きい方が、バルブの振動は安定すると考えられる。
【0086】
本実施例における最大の吐出圧力および体積流量は、バルブの振幅が236μmかつ周波数が25Hzの場合に得られ、それぞれ45.4Pa、12.2nl/sであった。また、このときの振動中心は259μmであった。当該吐出圧力は、非特許文献2においてバルブの周波数が25Hzの場合の圧力(約3.8Pa)と比較して10倍以上の値である。また、上記体積流量は非特許文献2においてバルブの周波数が25Hzである場合の流量(約0.38μl/min、すなわち約6.33nl/s)と比較して約2倍である。従って、本発明に係るポンプは、従来のポンプと比較して、より効率よく送液することができる。
【0087】
図10は、バルブの周波数が25Hzの場合の距離Dの経時的変化を示す図である。距離Dは、図11に示すように、バルブ4の自由端と、狭窄部3のバルブ4に近い側の端部との間の距離を表す。バルブの振幅は149μm、振動中心は220μmであった。また、図10からわかるように、ポンプが作動している間、バルブの自由端はポンプが作動していない場合の位置には戻らなかった。
【0088】
図12は、液体の体積流量とバルブの周波数との関係を示す図である。図12は、磁石の振幅が6.9mm(周波数5Hz)、7.2mm(周波数15Hz)および7.0mm(周波数25Hz)の場合の値に基づく。図12に示すように、流量はバルブの周波数の増加と共に線形的に増加した。
【0089】
<比較例1>
比較例1では、永久磁石の振幅を8mmに固定し、25Hzの駆動周波数にて磁石を振動させた。比較例1の結果を以下に示す。
【0090】
比較例1では、バルブの振幅は146μm、振動中心は403μmであった。また、ポンプの吐出圧力は2.89Paであり、流量は2.28nl/sであった。
【0091】
比較例1と実施例1とを比較しても、本発明に係るポンプは、より効率よく送液することができることが実証された。
【0092】
〔モデルによる検証〕
本発明に係るポンプに備えられたバルブの運動とその駆動源である永久磁石の運動の関係を検証するため、バルブを簡易モデル化し、永久磁石の運動による磁場変動によってモデルがどのような挙動を示すかを数値計算で求めた。ここでは、大まかなバルブの運動を検討するために、一端を回転支持された長さ方向のみに伸縮する線形ばねの運動でバルブの運動を近似できるとした。
【0093】
モデルの概略図を図13に示す。なお、図13中のx軸およびy軸は、図1、3および8におけるx軸およびy軸とは異なり、本モデルを説明するために設定したものである。実際のバルブ支持部は固定端支持であるが、当該バルブ支持部もPDMSで構成されており、変形を伴うことから回転支持で近似できると仮定した。図13中の座標では、バルブ4の固定端を原点とする。バルブ4の角度θは、バルブ4がy軸上にあるときにθ=0とする。バルブ4の伸びは線形ばねの伸縮によって、バルブ4のたわみは剛体回転運動によってそれぞれ表現することができる。モデルを簡単にするため、バルブ4に作用する力はバルブ4の自由端に集中していると仮定すると、運動中のバルブ4の長さLは次の式(1)で表される。
【0094】
【数1】
【0095】
ここで、Fmrはバルブ4の先端(バルブ4の自由端)に作用する磁力の半径方向の成分、またL、EおよびAは、それぞれバルブ4の自然長(固定端と自由端とを結ぶ長さ)、ヤング率および断面積(固定端と自由端とを結ぶ直線に垂直な断面の面積)である。また、バルブ4の剛体回転運動は次の式(2)で表される。
【0096】
【数2】
【0097】
ここで、Fmθはバルブ4の先端に作用する磁力の回転方向の成分、またI、mおよびcは、それぞれバルブ4の支持点周りの慣性モーメント、バルブ4の質量および減衰係数である。cについては後述する。また、運動中のバルブと流路底面のガラスの接触を考慮する必要がある。バルブ4の長さのy方向成分が流路の高さhchannelよりも大きくなったとき、バルブ4とガラスは接触すると考え、上述の運動方程式(2)に次の式(3)の条件を加え計算を行った。
【0098】
【数3】
【0099】
ここで、μおよびμは、それぞれ静止摩擦係数および動摩擦係数である。また、Rはガラスからバルブ4に働く抗力である。
【0100】
<減衰係数c>
ポンプ駆動時のバルブは、流体(液体)の抵抗を受けながら運動している。そこで、上述した運動方程式では、バルブの角速度に比例した抗力をバルブに働く外力として与えている。しかし、この外力は実験による計測は不可能であり、求めるためには、流体構造連成問題を考慮しなければならない。そこで今回は図14に示すように、回転支持部0からL/2の距離にあるバルブ4の重心に、当該重心の速度に比例する力Fが働くと考える。Fは比例定数をcとして次の式(4)のように表される。
【0101】
【数4】
【0102】
よって、Fによる原点周りのモーメントTは次の式(5)のようになる。
【0103】
【数5】
【0104】
以上のように、流体との相互作用によりバルブに働く外力を決定した。c/3をcと定義しなおし、cを減衰係数と呼ぶことにする。減衰係数の具体的な値は、得ることができないため、数値計算が安定する適当な値を用いた。
【0105】
<矩形永久磁石による磁力>
永久磁石が作り出す磁界によりバルブに混入された磁性粒子が磁化されることによって、バルブに磁力が働く。磁性粒子に磁界Hが作用したとき、当該磁性粒子に働く力Fは次式(6)で表される(N.Pamme., Magnetism and microfluidics, Lab on a Chip, (2006) 6, pp.24-38)。
【0106】
【数6】
【0107】
式(6)において、MおよびVは磁性粒子の磁化および体積であり、μは真空中の透磁率である。ここではバルブ内に分布している磁性粒子全体は、バルブの先端に配置された一つの磁性体として振る舞うと考える。反磁界の影響を受けないとすると、バルブに作用する力Fは次の式(7)のようになる。
【0108】
【数7】
【0109】
式(7)において、Vはバルブに混入されている磁性粒子の体積の和である。矩形永久磁石を振動させることでバルブに作用する磁力が変化し、バルブが運動する。図15のようなバルブ4の支持部を原点とする座標軸を導入すると、バルブ4の先端の座標(x,y)および矩形永久磁石6の中心の座標(x,y)はそれぞれ次の式(8)のように表せる。
【0110】
【数8】
【0111】
式(8)において、a、C、fおよびdはそれぞれ、永久磁石の振幅、振動中心、駆動周波数およびバルブ支持部と永久磁石の中心との距離である。永久磁石の振動によるバルブ先端に作用する磁界の変化を考える。永久磁石の中心(x,y)を原点とし、永久磁石と共に運動する座標系(図16)では、静止した永久磁石6の表面付近にてバルブ4が水平方向に振動すると考えられる。当該座標系においてバルブ4の先端が(X,Y)に位置するとき、バルブ4に作用する磁界Hは次の式(9)で表される(E P Furlani and Y Sahoo, Analytical model for the magnetic field and force in amagnetophoretic microsystem, J. Phys. D: Appl. Phys. 39 (2006), pp.1724-1732)。
【0112】
【数9】
【0113】
なお、本モデルにおいて、M、wおよびhはそれぞれ、矩形永久磁石の残留磁束密度、幅および高さである。本モデルでは、磁石の配置は実施例1と同じ配置を想定している。すなわち、磁石の幅wは液体の流動方向に平行な方向の磁石の長さである。また、二つの座標系の関係より次の式(10)が成り立つ。
【0114】
【数10】
【0115】
したがって、バルブに作用する磁界の時間変化は、次の式(11)で表すことができる。
【0116】
【数11】
【0117】
式(7)と(11)よりバルブに働く磁力の時間変化を求めることができる。
【0118】
<永久磁石により磁性粒子が受ける磁力>
式(9)により磁性粒子に作用する磁力は、矩形永久磁石と磁性粒子の位置関係に依存していることがわかる。図17に幅2wおよび高さ2hがそれぞれ10mmおよび5mmの矩形永久磁石6の周りに位置する磁性粒子に作用する磁力を示す。また、磁力を計算する際に用いたパラメータを表2にしめす。
【0119】
【表2】
【0120】
ここで、永久磁石の残留磁束密度Mは実施例1で用いた永久磁石の表面磁束密度を用いた。また、同ポンプの磁性粒子配置部はバルブの三分の一の体積を占めるとし、磁性粒子配置部の作製時にPDMSと磁性粒子とを体積比25%で混合した液体を用いたことから、全磁性粒子の体積の和Vを算出した。磁性粒子の磁化率χpは軟鉄の値を用いた。図17は矩形永久磁石6の四分の一の部分が示されており、磁力場は永久磁石6の中心に対して点対称である。図17中の矢印の向きおよび大きさは、当該矢印の付け根に位置する磁性粒子が受ける磁力の向きおよび大きさを表している。図17より磁性粒子に働く磁力は矩形永久磁石6の角に向いており、また矩形永久磁石6の角に対して磁性粒子の位置が近くなるにつれて磁力の大きさが急激に増加することがわかる。このことから、矩形永久磁石を振動させたとき、他に働く力がなければ、バルブは永久磁石の角に引っ張られるように運動すると考えられる。
【0121】
<バルブの運動>
四次精度のルンゲックタ法を用いて式(2)の微分方程式を計算し、バルブの運動の評価を行った。各時間ステップにおいて、式(7)、(11)よりバルブに作用する磁力を計算し、バルブの伸びを算出した後、バルブの傾きの更新を行った。また、バルブの角度の更新をする際、式(3)の条件を適応し、バルブとガラスの接触を判断した。表3に計算に用いた各パラメータを示す。
【0122】
【表3】
【0123】
式(2)の減衰係数cについては後に述べる。永久磁石についてのパラメータは上述した値と同じ値を用いた。他のパラメータは実施例1の条件と一致するように決定した。また、バルブの初期状態はθ=0、バルブの長さL=490μm(自然長)とした。
【0124】
図18の(a)に本モデルを用いて計算で得られたバルブの角度θの時間変化を示す。図18の(a)の実線部はバルブがガラスと接触しながら運動している部分である。図18の(a)中の角度θの時間変化は永久磁石の振動の三周期分であり、二周期以降は一周期目と同じ軌道を示した。図18の(a)より、θが減少する方向へ運動する場合とθが増加する方向へ運動する場合でバルブとガラスが接触する範囲が異なることがわかる。つまり、バルブが流体を押し出す運動(θが減少する運動)と流体を引き戻す運動(θが増加する運動)では、バルブ先端とガラスとの隙間の大きさが異なることがわかる。またバルブの運動は初期状態(θ=0)に戻る前にガラスとの接触によりバルブに働く摩擦力によって止まっており、これは実施例で観察できる現象と一致している。この非対称三次元運動は、バルブに作用する磁力の時間変化に起因していると考えられる。
【0125】
図18の(b)はバルブに作用する磁力の経時的変化を示す図である。図18の(b)のFmxおよびFmyは、図15に示す矢印の向きを正としている。言い換えると、磁力の水平方向成分Fmxにおいて、正の値はバルブの角度θを増加させようとする向きの力(逆向きが負の値)であり、磁力の鉛直方向成分Fmyにおいて、正の値はバルブをガラスがある方向に引張ろうとする力である。図18の(b)より、一周期中に急激に磁力が増加および減少する期間がある。これは、矩形永久磁石の角がバルブのほぼ真下に位置する期間であり、一周期中に二回バルブの下を永久磁石の角が通過するため、二つのピークが確認できる。全体的にFmxと比較しFmyの方が大きい値となる一方、Fmyの方が激しく変化する。
【0126】
図18の(a)と(b)とを比較すると、バルブの角度θが増加しているのは、Fmxが急激に増加し、逆にFmyが急激に減少している範囲であることがわかる。ガラスの接触によりバルブに働く摩擦力はFmyと共に減少するため、上に述べた範囲でバルブを回転させようとする力が静止摩擦力を越え、バルブの角度θの増加が生じると考えられる。一方、このθが増加する方向へのバルブの運動と異なり、θが減少する方向へのバルブの運動は、バルブの先端が矩形永久磁石の角に追従するような運動となる。このとき,バルブは磁力により伸びながら運動しているため、ある場所でガラスと接触し、静止または接触しながら運動すると考えられる。このように、バルブに作用する特徴的な磁力の時間変化とガラスとの接触による摩擦力の組み合わせによって、上に述べたようなバルブの非対称三次元運動が生じていると言える。
【0127】
<減衰係数cの影響>
減衰係数cは具体的な数値が不明であるため、適当な値を用いて計算を行った。減衰係数cとバルブの運動の数値計算結果の関係について考察する。図19に減衰係数cを考慮せず(c=0)に運動方程式を計算した結果を示す。図19の右上のグラフは縦軸および横軸の範囲を変更して表示したものである。図19はバルブが運動を始めて二周期目におけるバルブ角度の時間変化である。前述したように、バルブの運動はどのような条件を用いても二周期目以降同じ運動を示す。図19より、バルブは激しく振動し、振動中心が永久磁石の位置に追従して変化している。おおよそ同じ振幅で振動しているため、計算による数値振動ではない。運動方程式内にダンパの役割を担う力がないため、単振動のような運動を示していると考えられる。図20の(a)、(b)、(c)および(d)は減衰係数cを5.0×10−6、5.0×10−5、5.0×10−4および5.0×10−2kg/m・sとして計算したそれぞれのバルブの角度の時間変化である。減衰係数が低いときには、バルブの角度が急増する際に過渡応答のような運動が確認できる。また、c=5.0×10−2kg/m・sの場合、減衰係数が過度に大きいため、バルブの運動が鈍くなり、永久磁石の運動に追従しなくなっている。実施例において、バルブは図20の(a)および(b)に示される過渡応答のような運動は示さず、ある程度永久磁石の運動に追従していたため、減衰係数cは5.0×10−4から5.0×10−3kg/m・sの値を用いるのが妥当であると判断できる。上の節では、バルブが流体を押し出す運動(θが減少する運動)と流体を引き戻す運動(θが増加する運動)の差異が大きかった、c=5.0×10−3kg/m・sの結果を用いて考察を行った。
【0128】
<バルブのモデル化による影響についての考察>
上記モデルでは、バルブの運動を線形ばねの運動を基にした簡単なモデルを用いて表し、さらにバルブと永久磁石の関係において、奥行き方向は一様(二次元的)であると仮定し解析を行った。このモデルの妥当性を検討するため、本研究で得られた計算結果と実施例におけるバルブの運動を比較し、考察する。
【0129】
図21の(a)に、モデルを用いて計算したバルブの長さLの時間変化を示す。バルブの長さは最大577μmであり、このときバルブの伸びは17.8%となる。PDMS製のバルブを線形ばねでモデル化したことによりPDMSの弾性領域を考慮できていないため、実施例から予想されるバルブの伸びと比べ大きい値となっている。図21の(b)にモデルによる計算結果および実施例1におけるバルブの周波数が25Hzの場合(図10に対応)の狭窄部とバルブの自由端との間の距離Dの経時的変化を示す。図21の(b)では、バルブの振幅については、モデルと実施例1とで同じ範囲の値となる。運動中にバルブが元の位置(θ=0)に戻らない現象も実験と一致する。
【0130】
〔シミュレーションによる検証〕
上述したように、バルブが流体を押し出す運動(θが減少する運動)と流体を引き戻す運動(θが増加する運動)では、バルブ先端とガラスとの隙間の大きさが異なるという結果が得られた。このバルブ先端とガラスとの隙間が流れに及ぼす影響を検討するため、汎用数値シミュレーションソフトANSYS(登録商標)を用いて簡単な数値実験を行った。図22の(a)に示すように、狭窄部を有する流路2の中にバルブの役割を果たす直方体4’を設置し、流路2内でこの直方体を剛体回転運動させたときの流量を計測した。流路2および直方体4’の寸法は、ともに実施例1にて用いたポンプの流路およびバルブと一致させている。数値流体シミュレーションソフトとしてCFX(登録商標)を用いた。また、流路2中の直方体4’は移動量が大きいため、計算格子を変形させることなく境界の移動を再現できるImmerse Solid Methodを採用した。以下、分かり易さのため、この直方体4’をバルブ4’と呼ぶ。
【0131】
なお、本シミュレーションでは、流路においてバルブが固定されている面が底面、底面と対向する面が上面となっている。従って本シミュレーションにおいてガラスとは流路の上面を指す。
【0132】
バルブ4’の運動に伴う圧力変化による流量を計測するため、流路の入口および出口の境界条件において、圧力を定めることができない。そこで、流路に対して100倍の断面積を有するチャンバ9aおよび9bを流路2の両端(入口および出口)に設置し、チャンバの入口および出口の境界条件を開放境界条件(圧力と速度勾配が共にゼロ)とした(図22の(b))。こうすることで、バルブ4’の運動による圧力変化はチャンバ内の圧力にほとんど影響を与えないため、バルブ4’の運動に従ってマイクロ流路内の圧力分布が変化する。ここで便宜上、前述したバルブのモデルにおいて、バルブの角度θが増加する向きを前進方向、バルブの角度θが減少する向きを後退方向とする。図22の(b)の中央の点線で示される部分を拡大したものが図22の(a)に対応している。
【0133】
Immerse Solid Methodでは、流体内の構造物を平行運動および回転運動させることができるが複雑な運動は設定できない。今回はバルブの先端とガラスとの隙間が流れに及ぼす影響を考察し、上記ポンプの流動メカニズムを検討するため、図23に示すように後退方向と前進方向を分けて計算し、それぞれの流れについて流量を計測した。後退方向では自然長のままバルブ4’を回転させ、バルブ4’の先端がガラスと接触しない運動を再現した。逆に前進方向では流路の高さより長い直方体を回転させ、バルブ4’先端がガラスと接触しながら運動する状態を再現した。バルブ4’を回転させる角度αは、実施例1におけるバルブの振幅を参考に決定した。後退方向はバルブ4’の角度が0の状態から角度αになるまで運動させ、前進方向はバルブ4’の角度がαの状態から角度0となるまで運動させた。
【0134】
<シミュレーションの結果>
図24の(a)はバルブ4’の後退方向への運動を示し、図24の(b)はバルブ4’を後退方向に回転させた場合に生じる平均流速およびバルブ4’の角度の経時的変化を示す。図24の(c)はバルブ4’の前進方向への運動を示し、図24の(d)はバルブ4’を前進方向に回転させた場合に生じる平均流速およびバルブ4’の角度の経時的変化を示す。実線および破線がそれぞれ平均流速およびバルブ角度の経時的変化を示している。バルブを急激に加速させると、計算が不安定となり、実際の現象では起こりえない速度変化が発生してしまう。そのため,図24の(b)および(d)の破線で示す通り、開始から徐々に角度速度が増加するようにバルブ4’を回転させた。周波数が25Hzである場合のバルブの運動に対応するように、計算時間は0.02sとし、時間ステップは4×10−4sとして計算を行った。実施例1において、駆動周波数およびバルブの振幅Appがそれぞれ、25Hzおよび236μmの場合に最大流量(背圧なしの状態)が得られたことを参考に、バルブの回転角は25degree(App=233μm)とした。
【0135】
図24より、後退方向および前進方向ともに、バルブの回転角速度(バルブ角度の時間変化における傾き)と断面平均速度(平均流速)の増加関係が一致している。これはバルブの運動に起因する圧力変化により流体が移送されており、入口および出口の境界条件が正しく設定されていることを表している。それぞれの計算結果から体積流量を計算すると、後退方向では−180nl/s、前進方向では224nl/sとなり、後退方向の運動より前進方向の運動の方が多くの流体を輸送することがわかった。ここで、実施例と比較するため、図24の(a)および(c)において左から右への流れを正とした。比較のため、前進方向の運動を、後退方向と同様に、バルブが自然長のまま回転する運動として計算を行うと、発生した流量は17.7nl/sとなった。これらのことから、ガラスとバルブ先端の隙間の有無によって輸送される流量が異なることがわかり、さらに計算結果から、後退方向の運動と前進方向の運動で構成されるバルブの往復運動によって、流体は振動しながら一方向に輸送されると言える。したがって、上述したように、磁力によるバルブの非対称三次元運動によって流体が輸送されていることが示唆される。
【0136】
バルブの往復運動により発生する体積流量は、後退方向と前進方向への運動によって生じる流量の和であるとすると、44.0nl/sとなる。実施例1で得られる最大体積流量は12.2nl/sであるので、数値シミュレーションの結果は実験値のおおよそ4倍となり、オーダは一致する。
【0137】
図25に実施例1(図12に対応)および数値シミュレーションにおける、バルブの周波数と液体の体積流量の関係を示す。前述した最大流量と同様に、実験値は数値シミュレーションの計算値より全体的に4倍ほど大きくなる。また、どちらもバルブの周波数の増加と共に流量が線型的に増加していることから、数値シミュレーションによってバルブとポンプ特性の関係を再現できていると言える。
【0138】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0139】
本発明は、医療、生物学、機械工学等の分野において微量な液体を分析する分析システムに好適に利用することができる。
【符号の説明】
【0140】
1 ・・・ポンプデバイス
2 ・・・流路
3 ・・・狭窄部
4 ・・・バルブ
5 ・・・磁性粒子配置部
6 ・・・磁石
7 ・・・振動アクチュエータ
8a、8b ・・・ステージ
10 ・・・ポンプ
図1
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