【実施例】
【0078】
次に、上述した実施形態に係るポンプおよび当該ポンプを用いた送液方法の具体的な実施例について説明する。なお、本発明は以下に記載する実施例に限定されるものではない。
【0079】
〔実施例1および比較例1〕
図1の(a)に示す流路2の上面および側面、ならびにバルブ4を、PDMSを用いて作製した。なお、流路2の上面は
図1の(a)には図示されていない。また、流路2の底面はガラス基板によって作製した。流路2の幅は240μm、深さは500μm、長さは5.3mmであった。狭窄部3の幅は50μm、深さは500μm、長さは10μmであった。バルブ4の幅は200μm、長さは490μm、厚みは40μmであった。バルブ4の磁性粒子配置部5には直径1μmの磁性粒子を含有させた。ポンプを作動させていない状態での狭窄部3のバルブ4に近い方の端部とバルブ4との距離は50μmであった。
【0080】
次に流路2を備えたポンプ10を
図4の(a)に示すように構築した。流路2を備えたポンプデバイス1をステージ8a上に配置し、振動アクチュエータ7を別のステージ8b上に配置した。振動アクチュエータ7としては電磁駆動型の振動アクチュエータを用いた。当該振動アクチュエータには、
図5の(a)に示す磁石6を配置した。磁石6には矩形の永久磁石を用いた。本実施例においては、磁石6の最も長い辺の長さをlとし、2番目に長い辺の長さを幅w、最も短い長さを高さhとする。振動アクチュエータ7を用いて磁石6を
図5の(b)に示すように振動させた。すなわち、液体を流動させる方向と平行な方向に磁石6を振動させた。
図6の(a)は実施例1、
図6の(b)は比較例1における磁石の配置を示している。実施例1ではlは
図3の磁石6のy軸方向の長さ、wは
図3の磁石6のx軸方向の長さ、hは
図3の磁石6のz軸方向の長さと対応している。比較例1ではlは
図3の磁石6のx軸方向の長さ、wは
図3の磁石6のy軸方向の長さ、hは
図3の磁石6のz軸方向の長さと対応している。磁石6はN極がポンプデバイス1の底面(ガラス基板の底面)と対向するように配置した。実施例1および比較例1のそれぞれで用いた磁石の寸法および磁束密度を表1に示す。
【0081】
【表1】
【0082】
本実施例では、PDMSの自己吸着性によるバルブの動作不良を防ぐため、液体として、表面張力が比較的小さいエタノールを用いた。ポンプデバイス1の流路の両端には、内径0.46mm、長さ215mmのポリテトラフルオロエチレン製チューブ11を接続した(
図7)。チューブ11のそれぞれの流路に接続されている端部とは反対側の端部には、ジョイント12を介して、内径1mm、長さ240mmの可撓性チューブ13を接続した。可撓性チューブ13のそれぞれのチューブ11に接続されている端部とは反対側の端部には、内径1.14mmのリザーバ14を接続した。2つのリザーバ14中の水頭差を0とした後、ポンプを駆動させた。
【0083】
バルブの振動は流路の上面側に配置したハイスピードカメラを用いて観察した。ポンプの作動によって生じた水頭差をCCDカメラによって観察し、当該水頭差から体積流量を算出した。また、ポンプの吐出圧力Pmax(=ρgH)を算出した。ここで、ρはエタノールの密度(786kg/m
3)であり、gは重力加速度であり、Hは上記水頭差である。
【0084】
<実施例1>
実施例1では、永久磁石の周波数を5Hz、15Hz、および25Hzの3段階とし、振幅を0.2mm以内の誤差の範囲で7mmに固定して、当該磁石を振動させた。なお、バルブの周波数は磁石の周波数と同一であると見なした。実施例1の結果を
図8〜12に示す。
【0085】
図8は、流路2の上面図である。
図9はバルブの振幅とポンプの吐出圧力Pmaxとの関係を示す図である。
図9から、ポンプの吐出圧力はバルブの振幅の増加とともにほぼ線形的に増加することがわかった。また、15Hzで振動させた場合のバルブの振幅のばらつきは25Hzで振動させた場合と比較して大きい。このことから周波数が大きい方が、バルブの振動は安定すると考えられる。
【0086】
本実施例における最大の吐出圧力および体積流量は、バルブの振幅が236μmかつ周波数が25Hzの場合に得られ、それぞれ45.4Pa、12.2nl/sであった。また、このときの振動中心は259μmであった。当該吐出圧力は、非特許文献2においてバルブの周波数が25Hzの場合の圧力(約3.8Pa)と比較して10倍以上の値である。また、上記体積流量は非特許文献2においてバルブの周波数が25Hzである場合の流量(約0.38μl/min、すなわち約6.33nl/s)と比較して約2倍である。従って、本発明に係るポンプは、従来のポンプと比較して、より効率よく送液することができる。
【0087】
図10は、バルブの周波数が25Hzの場合の距離Dの経時的変化を示す図である。距離Dは、
図11に示すように、バルブ4の自由端と、狭窄部3のバルブ4に近い側の端部との間の距離を表す。バルブの振幅は149μm、振動中心は220μmであった。また、
図10からわかるように、ポンプが作動している間、バルブの自由端はポンプが作動していない場合の位置には戻らなかった。
【0088】
図12は、液体の体積流量とバルブの周波数との関係を示す図である。
図12は、磁石の振幅が6.9mm(周波数5Hz)、7.2mm(周波数15Hz)および7.0mm(周波数25Hz)の場合の値に基づく。
図12に示すように、流量はバルブの周波数の増加と共に線形的に増加した。
【0089】
<比較例1>
比較例1では、永久磁石の振幅を8mmに固定し、25Hzの駆動周波数にて磁石を振動させた。比較例1の結果を以下に示す。
【0090】
比較例1では、バルブの振幅は146μm、振動中心は403μmであった。また、ポンプの吐出圧力は2.89Paであり、流量は2.28nl/sであった。
【0091】
比較例1と実施例1とを比較しても、本発明に係るポンプは、より効率よく送液することができることが実証された。
【0092】
〔モデルによる検証〕
本発明に係るポンプに備えられたバルブの運動とその駆動源である永久磁石の運動の関係を検証するため、バルブを簡易モデル化し、永久磁石の運動による磁場変動によってモデルがどのような挙動を示すかを数値計算で求めた。ここでは、大まかなバルブの運動を検討するために、一端を回転支持された長さ方向のみに伸縮する線形ばねの運動でバルブの運動を近似できるとした。
【0093】
モデルの概略図を
図13に示す。なお、
図13中のx軸およびy軸は、
図1、3および8におけるx軸およびy軸とは異なり、本モデルを説明するために設定したものである。実際のバルブ支持部は固定端支持であるが、当該バルブ支持部もPDMSで構成されており、変形を伴うことから回転支持で近似できると仮定した。
図13中の座標では、バルブ4の固定端を原点とする。バルブ4の角度θは、バルブ4がy軸上にあるときにθ=0とする。バルブ4の伸びは線形ばねの伸縮によって、バルブ4のたわみは剛体回転運動によってそれぞれ表現することができる。モデルを簡単にするため、バルブ4に作用する力はバルブ4の自由端に集中していると仮定すると、運動中のバルブ4の長さLは次の式(1)で表される。
【0094】
【数1】
【0095】
ここで、F
mrはバルブ4の先端(バルブ4の自由端)に作用する磁力の半径方向の成分、またL
0、EおよびAは、それぞれバルブ4の自然長(固定端と自由端とを結ぶ長さ)、ヤング率および断面積(固定端と自由端とを結ぶ直線に垂直な断面の面積)である。また、バルブ4の剛体回転運動は次の式(2)で表される。
【0096】
【数2】
【0097】
ここで、F
mθはバルブ4の先端に作用する磁力の回転方向の成分、またI、mおよびcは、それぞれバルブ4の支持点周りの慣性モーメント、バルブ4の質量および減衰係数である。cについては後述する。また、運動中のバルブと流路底面のガラスの接触を考慮する必要がある。バルブ4の長さのy方向成分が流路の高さh
channelよりも大きくなったとき、バルブ4とガラスは接触すると考え、上述の運動方程式(2)に次の式(3)の条件を加え計算を行った。
【0098】
【数3】
【0099】
ここで、μ
sおよびμ
mは、それぞれ静止摩擦係数および動摩擦係数である。また、Rはガラスからバルブ4に働く抗力である。
【0100】
<減衰係数c>
ポンプ駆動時のバルブは、流体(液体)の抵抗を受けながら運動している。そこで、上述した運動方程式では、バルブの角速度に比例した抗力をバルブに働く外力として与えている。しかし、この外力は実験による計測は不可能であり、求めるためには、流体構造連成問題を考慮しなければならない。そこで今回は
図14に示すように、回転支持部0からL/2の距離にあるバルブ4の重心に、当該重心の速度に比例する力F
cが働くと考える。F
cは比例定数をcとして次の式(4)のように表される。
【0101】
【数4】
【0102】
よって、F
cによる原点周りのモーメントT
cは次の式(5)のようになる。
【0103】
【数5】
【0104】
以上のように、流体との相互作用によりバルブに働く外力を決定した。c/3をcと定義しなおし、cを減衰係数と呼ぶことにする。減衰係数の具体的な値は、得ることができないため、数値計算が安定する適当な値を用いた。
【0105】
<矩形永久磁石による磁力>
永久磁石が作り出す磁界によりバルブに混入された磁性粒子が磁化されることによって、バルブに磁力が働く。磁性粒子に磁界H
aが作用したとき、当該磁性粒子に働く力F
pは次式(6)で表される(N.Pamme., Magnetism and microfluidics, Lab on a Chip, (2006) 6, pp.24-38)。
【0106】
【数6】
【0107】
式(6)において、M
pおよびV
pは磁性粒子の磁化および体積であり、μ
0は真空中の透磁率である。ここではバルブ内に分布している磁性粒子全体は、バルブの先端に配置された一つの磁性体として振る舞うと考える。反磁界の影響を受けないとすると、バルブに作用する力F
mは次の式(7)のようになる。
【0108】
【数7】
【0109】
式(7)において、V
mはバルブに混入されている磁性粒子の体積の和である。矩形永久磁石を振動させることでバルブに作用する磁力が変化し、バルブが運動する。
図15のようなバルブ4の支持部を原点とする座標軸を導入すると、バルブ4の先端の座標(x
v,y
v)および矩形永久磁石6の中心の座標(x
m,y
m)はそれぞれ次の式(8)のように表せる。
【0110】
【数8】
【0111】
式(8)において、a、C、fおよびdはそれぞれ、永久磁石の振幅、振動中心、駆動周波数およびバルブ支持部と永久磁石の中心との距離である。永久磁石の振動によるバルブ先端に作用する磁界の変化を考える。永久磁石の中心(x
m,y
m)を原点とし、永久磁石と共に運動する座標系(
図16)では、静止した永久磁石6の表面付近にてバルブ4が水平方向に振動すると考えられる。当該座標系においてバルブ4の先端が(X
v,Y
v)に位置するとき、バルブ4に作用する磁界H
Aは次の式(9)で表される(E P Furlani and Y Sahoo, Analytical model for the magnetic field and force in amagnetophoretic microsystem, J. Phys. D: Appl. Phys. 39 (2006), pp.1724-1732)。
【0112】
【数9】
【0113】
なお、本モデルにおいて、M
e、wおよびhはそれぞれ、矩形永久磁石の残留磁束密度、幅および高さである。本モデルでは、磁石の配置は実施例1と同じ配置を想定している。すなわち、磁石の幅wは液体の流動方向に平行な方向の磁石の長さである。また、二つの座標系の関係より次の式(10)が成り立つ。
【0114】
【数10】
【0115】
したがって、バルブに作用する磁界の時間変化は、次の式(11)で表すことができる。
【0116】
【数11】
【0117】
式(7)と(11)よりバルブに働く磁力の時間変化を求めることができる。
【0118】
<永久磁石により磁性粒子が受ける磁力>
式(9)により磁性粒子に作用する磁力は、矩形永久磁石と磁性粒子の位置関係に依存していることがわかる。
図17に幅2wおよび高さ2hがそれぞれ10mmおよび5mmの矩形永久磁石6の周りに位置する磁性粒子に作用する磁力を示す。また、磁力を計算する際に用いたパラメータを表2にしめす。
【0119】
【表2】
【0120】
ここで、永久磁石の残留磁束密度M
eは実施例1で用いた永久磁石の表面磁束密度を用いた。また、同ポンプの磁性粒子配置部はバルブの三分の一の体積を占めるとし、磁性粒子配置部の作製時にPDMSと磁性粒子とを体積比25%で混合した液体を用いたことから、全磁性粒子の体積の和V
mを算出した。磁性粒子の磁化率χ
pは軟鉄の値を用いた。
図17は矩形永久磁石6の四分の一の部分が示されており、磁力場は永久磁石6の中心に対して点対称である。
図17中の矢印の向きおよび大きさは、当該矢印の付け根に位置する磁性粒子が受ける磁力の向きおよび大きさを表している。
図17より磁性粒子に働く磁力は矩形永久磁石6の角に向いており、また矩形永久磁石6の角に対して磁性粒子の位置が近くなるにつれて磁力の大きさが急激に増加することがわかる。このことから、矩形永久磁石を振動させたとき、他に働く力がなければ、バルブは永久磁石の角に引っ張られるように運動すると考えられる。
【0121】
<バルブの運動>
四次精度のルンゲックタ法を用いて式(2)の微分方程式を計算し、バルブの運動の評価を行った。各時間ステップにおいて、式(7)、(11)よりバルブに作用する磁力を計算し、バルブの伸びを算出した後、バルブの傾きの更新を行った。また、バルブの角度の更新をする際、式(3)の条件を適応し、バルブとガラスの接触を判断した。表3に計算に用いた各パラメータを示す。
【0122】
【表3】
【0123】
式(2)の減衰係数cについては後に述べる。永久磁石についてのパラメータは上述した値と同じ値を用いた。他のパラメータは実施例1の条件と一致するように決定した。また、バルブの初期状態はθ=0、バルブの長さL=490μm(自然長)とした。
【0124】
図18の(a)に本モデルを用いて計算で得られたバルブの角度θの時間変化を示す。
図18の(a)の実線部はバルブがガラスと接触しながら運動している部分である。
図18の(a)中の角度θの時間変化は永久磁石の振動の三周期分であり、二周期以降は一周期目と同じ軌道を示した。
図18の(a)より、θが減少する方向へ運動する場合とθが増加する方向へ運動する場合でバルブとガラスが接触する範囲が異なることがわかる。つまり、バルブが流体を押し出す運動(θが減少する運動)と流体を引き戻す運動(θが増加する運動)では、バルブ先端とガラスとの隙間の大きさが異なることがわかる。またバルブの運動は初期状態(θ=0)に戻る前にガラスとの接触によりバルブに働く摩擦力によって止まっており、これは実施例で観察できる現象と一致している。この非対称三次元運動は、バルブに作用する磁力の時間変化に起因していると考えられる。
【0125】
図18の(b)はバルブに作用する磁力の経時的変化を示す図である。
図18の(b)のF
mxおよびF
myは、
図15に示す矢印の向きを正としている。言い換えると、磁力の水平方向成分F
mxにおいて、正の値はバルブの角度θを増加させようとする向きの力(逆向きが負の値)であり、磁力の鉛直方向成分F
myにおいて、正の値はバルブをガラスがある方向に引張ろうとする力である。
図18の(b)より、一周期中に急激に磁力が増加および減少する期間がある。これは、矩形永久磁石の角がバルブのほぼ真下に位置する期間であり、一周期中に二回バルブの下を永久磁石の角が通過するため、二つのピークが確認できる。全体的にF
mxと比較しF
myの方が大きい値となる一方、F
myの方が激しく変化する。
【0126】
図18の(a)と(b)とを比較すると、バルブの角度θが増加しているのは、F
mxが急激に増加し、逆にF
myが急激に減少している範囲であることがわかる。ガラスの接触によりバルブに働く摩擦力はF
myと共に減少するため、上に述べた範囲でバルブを回転させようとする力が静止摩擦力を越え、バルブの角度θの増加が生じると考えられる。一方、このθが増加する方向へのバルブの運動と異なり、θが減少する方向へのバルブの運動は、バルブの先端が矩形永久磁石の角に追従するような運動となる。このとき,バルブは磁力により伸びながら運動しているため、ある場所でガラスと接触し、静止または接触しながら運動すると考えられる。このように、バルブに作用する特徴的な磁力の時間変化とガラスとの接触による摩擦力の組み合わせによって、上に述べたようなバルブの非対称三次元運動が生じていると言える。
【0127】
<減衰係数cの影響>
減衰係数cは具体的な数値が不明であるため、適当な値を用いて計算を行った。減衰係数cとバルブの運動の数値計算結果の関係について考察する。
図19に減衰係数cを考慮せず(c=0)に運動方程式を計算した結果を示す。
図19の右上のグラフは縦軸および横軸の範囲を変更して表示したものである。
図19はバルブが運動を始めて二周期目におけるバルブ角度の時間変化である。前述したように、バルブの運動はどのような条件を用いても二周期目以降同じ運動を示す。
図19より、バルブは激しく振動し、振動中心が永久磁石の位置に追従して変化している。おおよそ同じ振幅で振動しているため、計算による数値振動ではない。運動方程式内にダンパの役割を担う力がないため、単振動のような運動を示していると考えられる。
図20の(a)、(b)、(c)および(d)は減衰係数cを5.0×10
−6、5.0×10
−5、5.0×10
−4および5.0×10
−2kg/m・sとして計算したそれぞれのバルブの角度の時間変化である。減衰係数が低いときには、バルブの角度が急増する際に過渡応答のような運動が確認できる。また、c=5.0×10
−2kg/m・sの場合、減衰係数が過度に大きいため、バルブの運動が鈍くなり、永久磁石の運動に追従しなくなっている。実施例において、バルブは
図20の(a)および(b)に示される過渡応答のような運動は示さず、ある程度永久磁石の運動に追従していたため、減衰係数cは5.0×10
−4から5.0×10
−3kg/m・sの値を用いるのが妥当であると判断できる。上の節では、バルブが流体を押し出す運動(θが減少する運動)と流体を引き戻す運動(θが増加する運動)の差異が大きかった、c=5.0×10
−3kg/m・sの結果を用いて考察を行った。
【0128】
<バルブのモデル化による影響についての考察>
上記モデルでは、バルブの運動を線形ばねの運動を基にした簡単なモデルを用いて表し、さらにバルブと永久磁石の関係において、奥行き方向は一様(二次元的)であると仮定し解析を行った。このモデルの妥当性を検討するため、本研究で得られた計算結果と実施例におけるバルブの運動を比較し、考察する。
【0129】
図21の(a)に、モデルを用いて計算したバルブの長さLの時間変化を示す。バルブの長さは最大577μmであり、このときバルブの伸びは17.8%となる。PDMS製のバルブを線形ばねでモデル化したことによりPDMSの弾性領域を考慮できていないため、実施例から予想されるバルブの伸びと比べ大きい値となっている。
図21の(b)にモデルによる計算結果および実施例1におけるバルブの周波数が25Hzの場合(
図10に対応)の狭窄部とバルブの自由端との間の距離Dの経時的変化を示す。
図21の(b)では、バルブの振幅については、モデルと実施例1とで同じ範囲の値となる。運動中にバルブが元の位置(θ=0)に戻らない現象も実験と一致する。
【0130】
〔シミュレーションによる検証〕
上述したように、バルブが流体を押し出す運動(θが減少する運動)と流体を引き戻す運動(θが増加する運動)では、バルブ先端とガラスとの隙間の大きさが異なるという結果が得られた。このバルブ先端とガラスとの隙間が流れに及ぼす影響を検討するため、汎用数値シミュレーションソフトANSYS(登録商標)を用いて簡単な数値実験を行った。
図22の(a)に示すように、狭窄部を有する流路2の中にバルブの役割を果たす直方体4’を設置し、流路2内でこの直方体を剛体回転運動させたときの流量を計測した。流路2および直方体4’の寸法は、ともに実施例1にて用いたポンプの流路およびバルブと一致させている。数値流体シミュレーションソフトとしてCFX(登録商標)を用いた。また、流路2中の直方体4’は移動量が大きいため、計算格子を変形させることなく境界の移動を再現できるImmerse Solid Methodを採用した。以下、分かり易さのため、この直方体4’をバルブ4’と呼ぶ。
【0131】
なお、本シミュレーションでは、流路においてバルブが固定されている面が底面、底面と対向する面が上面となっている。従って本シミュレーションにおいてガラスとは流路の上面を指す。
【0132】
バルブ4’の運動に伴う圧力変化による流量を計測するため、流路の入口および出口の境界条件において、圧力を定めることができない。そこで、流路に対して100倍の断面積を有するチャンバ9aおよび9bを流路2の両端(入口および出口)に設置し、チャンバの入口および出口の境界条件を開放境界条件(圧力と速度勾配が共にゼロ)とした(
図22の(b))。こうすることで、バルブ4’の運動による圧力変化はチャンバ内の圧力にほとんど影響を与えないため、バルブ4’の運動に従ってマイクロ流路内の圧力分布が変化する。ここで便宜上、前述したバルブのモデルにおいて、バルブの角度θが増加する向きを前進方向、バルブの角度θが減少する向きを後退方向とする。
図22の(b)の中央の点線で示される部分を拡大したものが
図22の(a)に対応している。
【0133】
Immerse Solid Methodでは、流体内の構造物を平行運動および回転運動させることができるが複雑な運動は設定できない。今回はバルブの先端とガラスとの隙間が流れに及ぼす影響を考察し、上記ポンプの流動メカニズムを検討するため、
図23に示すように後退方向と前進方向を分けて計算し、それぞれの流れについて流量を計測した。後退方向では自然長のままバルブ4’を回転させ、バルブ4’の先端がガラスと接触しない運動を再現した。逆に前進方向では流路の高さより長い直方体を回転させ、バルブ4’先端がガラスと接触しながら運動する状態を再現した。バルブ4’を回転させる角度αは、実施例1におけるバルブの振幅を参考に決定した。後退方向はバルブ4’の角度が0の状態から角度αになるまで運動させ、前進方向はバルブ4’の角度がαの状態から角度0となるまで運動させた。
【0134】
<シミュレーションの結果>
図24の(a)はバルブ4’の後退方向への運動を示し、
図24の(b)はバルブ4’を後退方向に回転させた場合に生じる平均流速およびバルブ4’の角度の経時的変化を示す。
図24の(c)はバルブ4’の前進方向への運動を示し、
図24の(d)はバルブ4’を前進方向に回転させた場合に生じる平均流速およびバルブ4’の角度の経時的変化を示す。実線および破線がそれぞれ平均流速およびバルブ角度の経時的変化を示している。バルブを急激に加速させると、計算が不安定となり、実際の現象では起こりえない速度変化が発生してしまう。そのため,
図24の(b)および(d)の破線で示す通り、開始から徐々に角度速度が増加するようにバルブ4’を回転させた。周波数が25Hzである場合のバルブの運動に対応するように、計算時間は0.02sとし、時間ステップは4×10
−4sとして計算を行った。実施例1において、駆動周波数およびバルブの振幅A
ppがそれぞれ、25Hzおよび236μmの場合に最大流量(背圧なしの状態)が得られたことを参考に、バルブの回転角は25degree(A
pp=233μm)とした。
【0135】
図24より、後退方向および前進方向ともに、バルブの回転角速度(バルブ角度の時間変化における傾き)と断面平均速度(平均流速)の増加関係が一致している。これはバルブの運動に起因する圧力変化により流体が移送されており、入口および出口の境界条件が正しく設定されていることを表している。それぞれの計算結果から体積流量を計算すると、後退方向では−180nl/s、前進方向では224nl/sとなり、後退方向の運動より前進方向の運動の方が多くの流体を輸送することがわかった。ここで、実施例と比較するため、
図24の(a)および(c)において左から右への流れを正とした。比較のため、前進方向の運動を、後退方向と同様に、バルブが自然長のまま回転する運動として計算を行うと、発生した流量は17.7nl/sとなった。これらのことから、ガラスとバルブ先端の隙間の有無によって輸送される流量が異なることがわかり、さらに計算結果から、後退方向の運動と前進方向の運動で構成されるバルブの往復運動によって、流体は振動しながら一方向に輸送されると言える。したがって、上述したように、磁力によるバルブの非対称三次元運動によって流体が輸送されていることが示唆される。
【0136】
バルブの往復運動により発生する体積流量は、後退方向と前進方向への運動によって生じる流量の和であるとすると、44.0nl/sとなる。実施例1で得られる最大体積流量は12.2nl/sであるので、数値シミュレーションの結果は実験値のおおよそ4倍となり、オーダは一致する。
【0137】
図25に実施例1(
図12に対応)および数値シミュレーションにおける、バルブの周波数と液体の体積流量の関係を示す。前述した最大流量と同様に、実験値は数値シミュレーションの計算値より全体的に4倍ほど大きくなる。また、どちらもバルブの周波数の増加と共に流量が線型的に増加していることから、数値シミュレーションによってバルブとポンプ特性の関係を再現できていると言える。
【0138】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。