(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、添付図面を参照して本発明の実施例について説明する。なお、添付図面は本発明の原理に則った具体的な実施例を示しているが、これらは本発明の理解のためのものであり、本発明を限定的に解釈するために用いられるものではない。
【0019】
図1Aは、FAIMSの一般的な構成を示す模式図である。FAIMS50は、金属からなる2枚の平板電極である第1の電極51及び第2の電極52を備える。これら2つの電極間距離はおよそ0.1mm〜数mm程度であり、またイオンが飛行する距離にあたる電極長さはおよそ数10mm程度である。また、近年はさらに微細化構造をもつFAIMSも存在し、電極間距離が数10μm程度のものも存在する。
【0020】
FAIMSは、交流電圧電源53、直流電圧電源54、バイアス電圧電源57を備える。FAIMSでは、交流電圧電源53を用い、高周波電圧を重ね合わせた分離電圧(又は分散電圧、又はseparation voltage:SV)を第1の電極51に印加することにより、第1の電極51と第2の電極52の間に高周波電場を印加する。
図1Bに示す分離電圧の一例のように、分離電圧(SV)は、高電圧(プラス電圧)と低電圧(マイナス電圧)を一定期間ずつ繰り返し印加し、時間平均すれば0になるように印加される。分離電圧は数100Vから数kVの電圧振幅である。また、直流電圧電源54により生成される直流電圧である補償電圧(又は補正電圧、又はcompensation voltage:CV)を第2の電極52に印加することで、ある特定のイオン55のイオン軌道56が修正されて、特定のイオン55のみを透過させ、それ以外のイオンを排除することが可能となる。この補償電圧は−100V〜+100V程度である。なお、この直流電圧電源54による直流電圧は第1の電極51に印加することも可能である。同様に、分離電圧を第2の電極52に印加することも可能である。また、バイアス電圧電源57により、第1の電極51と第2の電極52にバイアス電圧を印加することで、FAIMS50の前段にある電極からイオンが効率よく導入され、またFAIMS50の後段の電極へ効率よくイオンが排出される。FAIMSのみならずその他のイオン移動度分離装置でも、同様な形態で本発明を実施可能であり、本発明の適用はFAIMSに限定されるものではない。
【0021】
本発明の実施例では、FAIMSを通る第1のイオン流路(イオン分離モード)と、FAIMSを通らない第2のイオン流路(MSモード)を備えた質量分析装置において、これらのどちらの流路をイオンが通過するかを流路切り替えする、すなわち分析モードを切替する実施形態について説明する。MSモードは、FAIMSを通過せずに質量分析のみを行うモードであり、イオン分離モードは、FAIMSでイオン分離し、さらに質量分析を行うモードである。特徴としては、MSモードは、すべてのイオンを選択性無く質量分析計に通過させることが可能であるため、ターゲット分子の探索が可能でかつ高感度検出ができる。一方、イオン分離モードでは、あるターゲットイオンのみをFAIMSを通過させることにより、そのイオンを高感度・高S/Nで検出することが可能である。このように、本実施例に記載したように分析モードを使い分けることで、高効率に質量分析が可能となる。
【0022】
[第1実施例]
第1の実施例について説明する。本実施例では、イオン源からのイオンの第1の流路中の通過あるいは第2の流路中の通過を選択的に遮断して分析モードを切り替えるための遮断機構として物理的な手段すなわちシャッターなどの遮蔽部を用いる。
【0023】
図2は、イオン移動度分離装置であるFAIMSと質量分析計を用いた質量分析装置の構成を説明する図である。イオン源1で生成されたイオンは、2つの分析モードで分析・検出される。1つは、イオン移動度分離装置であるFAIMS2においてイオン分離した後に質量分析計11で質量分析するイオン分離モード、もう1つは、FAIMS2においてイオン分離せずに、質量分析計11で質量分析するMSモードである。
【0024】
制御部10は、FAIMSや質量分析計の各構成要素を制御するものであり、パーソナルコンピュータなどの情報処理装置によって構成されている。制御部10は、中央演算処理装置と、補助記憶装置と、主記憶装置と、表示部18及び入力部19とを備えている。また、例えば、中央演算処理装置は、CPUなどのプロセッサ(又は演算部ともいう)で構成されている。例えば、補助記憶装置はハードディスクであり、主記憶装置はメモリである。表示部18は、ディスプレイなどであり、分析スペクトルや結果の表示や、分析条件が表示される。入力部19は、キーボード、ポインティングデバイス(マウスなど)などであり、分析条件などの入力が可能である。
【0025】
図3A、
図3Bは、本実施例の質量分析装置を示す図であり、装置を上方から見た部分断面模式図である。
図3AはMSモードを、
図3Bはイオン分離モードを示す図である。これら2つの分析モードの切り替え、すなわち試料イオンの流路切り替えは、遮蔽部4と遮蔽部5を用いた遮断機構によって行われる。イオン源1でイオン化された試料イオンは、分析モードに応じてイオン導入口23,25のどちらかから入り、流路21及び流路24のどちらかの流路を通過する。その後、イオンは導入口電極3で形成される流路21を通過して質量分析計11に入り分析される。導入口電極3で形成される流路21は、大気圧と真空の隔壁の役割を果たし、直径はおよそ0.1mm〜1mmの円筒形状である。FAIMS2は、制御部10により制御される電源6によって、
図1で説明したような分離電圧、補償電圧、バイアス電圧が印加される。図の簡略化のため電源6を1つだけ図示した。質量分析計11では、イオンの質量電荷比(m/z)に応じて質量分離・検出される。
【0026】
2つの分析モードそれぞれにイオンの流路が存在する。MSモードでは、イオンは導入口23から入射し、FAIMS2を通過せずに流路21を通り、イオン軌道41に従って質量分析計11へ入る。一方、イオン分離モードでは、イオンは導入口25から入射し、FAIMS2を通過する流路24とその後流路21を通り、イオン軌道42に従って質量分析計11へ入る。本実施例では、流路24と流路21は、最後は1つの流路21に統合されて質量分析計に接続される。
【0027】
2つの分析モードの切り替え、すなわちイオンが導入口23又は導入口25のどちらから入るかは、遮蔽部4及び遮蔽部5を駆動することで行う。MSモードでは、
図3Aに示すように、遮蔽部4が開き遮蔽部5が閉じられる。これにより、イオンは導入口23からイオン軌道41を通り、質量分析計11へ導入される。イオン分離モードでは、
図3Bに示すように、遮蔽部4が閉じられ遮蔽部5が開いている。これにより、イオンは導入口25からイオン軌道42を通り、質量分析計11へ導入される。遮蔽部4は、制御部10で制御された駆動部9により駆動され、遮蔽部5は、制御部10で制御された駆動部8により駆動される。このように、遮蔽部4及び遮蔽部5を開閉することで、流路21又は流路24を選択してイオンを通過させることができる。遮蔽部は、シャッターや遮蔽板、蓋、栓、又はそれに準ずる既存の技術を用いることが可能であり、ガスやイオンを遮断可能な構成であればよい。特に、ガスの通過を完全に遮断するために、密閉可能な構造、例えばゴムリングなど既存のシール技術・密閉技術が用いられる。遮蔽部は、手動で駆動することも可能であるし、制御部10による自動制御も可能である。本実施例のように、シャッターなどの既存の遮蔽技術を用いて遮蔽することで、比較的簡単な構成で容易に実施可能である。
【0028】
導入口23又は導入口25が開いていると、イオンが質量分析計11に導入される理由について説明する。質量分析計11は、ロータリーポンプやターボ分子ポンプなどにより真空排気されている。特に分析部の真空度は10
-5〜10
-6Torrである。このため、大気圧下にあるイオン源から導入口23と流路21を通って質量分析計11へは、常にガスの流れが存在する。つまり、導入口が開いている口から常に質量分析計11への流れが存在する。この流れに従って、イオンのような荷電粒子のみならず、中性分子やガスも導入口23又は導入口25から質量分析計11へ入る。
【0029】
本実施例では、2つの分析モードを切り替えることにより、FAIMSを通過しないMSモードと、FAIMSを用いたイオン分離モードの2つの分析法が可能となる。手動でFAIMSを取り付け・取り外しする必要は無く、自動制御すれば数秒以内に高速にモード切替が可能となる。MSモードでは、イオンがFAIMSを通過しないために、従来FAIMS通過によりイオン量が低下していた問題は無くなり、高いイオン量のまま質量分析が可能となる。一方、イオン分離モードでは、FAIMSでイオン分離することで、高いS/Nの分析が可能となる。これらの2つの分析モードを切り替えることで、試料に適した高効率なデータ取得が可能となる。
【0030】
図4は、本実施例の質量分析装置を横方向から見た部分断面模式図である。イオン源1は、例えばエレクトロスプレーイオン化(ESI)であれば、図の上方から下方に試料溶液が送液され、また試料溶液を噴霧するためのネブライザーガスと加熱ガスが上方から下方に流れている。イオン源1の下方で噴霧され生成されたイオン7は、例えば導入口23の方へ90度曲がり、流路21を通って質量分析計11へ導入される。図示していないが、導入口25へ入る時も、同様に90度曲がって導入される。
【0031】
図3A、
図3Bに示すように、イオン源1は、導入口が2つ以上の複数あっても、どの導入口へもイオンの導入が可能である。複数の導入口は、イオン源1から同等の距離に配置されているのが望ましい。同等の距離とは、イオン源1から各導入口に導入されるイオンの量が同等とみなせるような距離のことである。例えば図に示すようにイオン源1を中心とする同心円60の上に複数の導入口が配置されているのが好ましい。イオン源1から同等の距離にあることで同じ量のイオンをイオン源からどの導入口にも導入することができる。また、この同心円60のどの方向に導入口があっても、イオン導入が可能である。これは
図4の配置を見れば明らかである。
【0032】
イオン源1で実施されるイオン化方法は、例えばエレクトロスプレーイオン化(ESI)、大気圧化学イオン化(APCI)、マトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)、脱離エレクトロスプレーイオン化(DESI)、大気圧光イオン化(APPI)など、質量分析計で通常用いられるイオン化法である。
【0033】
FAIMSやDMSを含めたイオン移動度分離装置は、大気圧下又は真空中で動作可能である。
【0034】
質量分析計11は、公知の質量分析計であればよい。例えば、3次元イオントラップやリニアイオントラップなどのイオントラップ質量分析計、四重極フィルター質量分析計(Q filter)、3連四重極質量分析計、飛行時間型質量分析計(TOF/MS)、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析計(FTICR)、オービトラップ質量分析計、磁場型質量分析計などである。また、上記に示した質量分析計以外の既知の質量分析計でもよい。
【0035】
続いて、本実施例の質量分析装置による分析方法について説明する。質量分析計でよく用いられるLCを用いたLC/MSの分析例で説明する。
図5は、LC/MS分析で得られる質量分析データの例を示す模式図である。LC/MSでは、LCの保持時間毎に質量スペクトルを取得しており、
図5に示すように、LCの保持時間、m/z、イオンの強度の3軸からなる3次元のデータが取得される。
図5では、質量スペクトルは4つのみ表示してあるが、実際にはイオンを検出していない時間も含め、全時間で質量スペクトルを取得している。
【0036】
本発明を用いた2つの分析方法を説明する。1つはFAIMSでターゲットとなる分析イオンが予め決定している場合、もう1つは決定していない場合である。
【0037】
[ターゲットとなる分析イオンが決定している場合]
FAIMSで分析する試料イオンが決まっている場合、そのイオン緒m/zは、
図5に示すように、予め分析イオンのリストaとして準備しておく。このリストは、予めユーザーが作成する、もしくはFAIMSで分析するイオンのm/zのリストがデータベースに登録されているのであればそれを用いることが可能である。このリストやデータベースは、制御部10の内部にあり、制御部10により管理されている。このリストの一例としては、リストaのように分析したい試料イオンのm/zが書かれているものである。分析手順は、通常はMSモードでイオンの質量スペクトルを取得することでターゲットとなるイオンを探索し、このリストaにあるm/zのイオンのピークが検出されたら、イオン分離モードに切り替えて分析する。例えば、時間t1ではリストのm/z=181.1のイオンAが検出されたため、イオンAをイオン分離モードで分析する。
【0038】
続いて、イオン分離モードの分析方法について説明する。イオン分離モードでは、主にFAIMSではターゲットイオンのみを通過させて、質量分析計で質量分析する。FAIMSはイオン種によって分析の電圧条件が異なるため、予め分析条件を調査しておくことが望ましい。FAIMSの分析条件は、データベースに登録しておく、すなわちリストbのように分析イオンのリストとして予め記載・準備しておけばよい。このリストがあることにより、FAIMSの分析条件を探索する必要が無く、直ちにターゲットイオンの分析が実行可能となる。もし、分析イオンのFAIMSの分析条件が不明であったならば、時間をかけて探索する必要がある。つまり、そのターゲットイオンをモニターしながらそのイオン量が多くなるように、FAIMSの分離電圧や補償電圧を走査して決定する必要がある。つまりS/Nが高い条件を選択すればよい。また、分析イオンのリストについては、リストcのように、リストaにプラスしてLCの保持時間を含めることで、さらに正確にターゲットイオンのみを分析可能である。このように、分析イオンのリストはm/z、LC保持時間、FAIMSの分離電圧、補償電圧を含むようなリストであれば良い。質量分析では、イオン解離技術を用いてMS/MS分析が用いられる。この方法により、S/Nが向上し、より高精度に分析が可能となる。イオン解離は、衝突誘起解離(CID)などによってイオン解離させて、生成されたフラグメントイオンを分析する方法である。例えば、三連四重極質量分析計では、マルチリアクションモニタリング(MRM)と呼ばれる方法のことである。
【0039】
[ターゲットとなる分析イオンが決定してない場合]
分析イオンが予め決まっていない場合は、MSモードで分析している時にある基準を設けてそれを満たせば、イオン分離モードで分析する方法を用いる。
【0040】
1)イオン量が閾値以上のピークを検出した場合
予め決められている閾値以上のイオン量のピークが検出されたら、イオン分離モードで分析する。閾値は、予めユーザーが指定する。また閾値以上のピークが複数ある場合には、イオン量の高いイオンから優先して分析する。さらにノイズイオンなどをリストに記載しておくことで、そのノイズイオンの量が閾値以上であっても、分析対象から除外することが可能である。
【0041】
2)S/N又はS/Bが閾値以下のピークを検出した場合
質量スペクトルのS/N又はS/Bが予め設定した閾値以下のピークを検出した場合に、イオン分離モードで分析する。本分析の目的は、FAIMSを用いた分析によりノイズの低減による、S/Nの向上である。
【0042】
このように、ターゲットとなる分析イオンを、FAIMSを用いたイオン分離モードで分析することにより、S/Nの高いデータが取得可能となる。一方、分析イオンを探索するときは、MSモードを用いることで、高感度に探索可能となる。以上、本実施例によれば、MSモードとイオン分離モードが高速に切り替えられるため、2つの分析モードを用いて高効率、高スループット、高感度にイオンを分析することが可能となる。
【0043】
[第2実施例]
第2の実施例について説明する。本実施例では、イオン源からのイオンの第1の流路中の通過あるいは第2の流路中の通過を選択的に遮断して分析モードを切り替えるための遮断機構としてガスの流れを用いる。
【0044】
図6A、
図6Bは本実施例の質量分析装置の一部断面模式図であり、
図6AはMSモードを示す図、
図6Bはイオン分離モードを示す図である。第1の実施例と異なるのは、イオンが流路を通過するのを遮断する遮断機構がガスを用いることである。質量分析計側からイオン源側に向けてガスを流すことで、イオンや中性分子の質量分析計への導入を遮断・阻止することが可能である。
【0045】
図6Aを用いて、MSモードの実施例を説明する。イオンの導入を遮断するガスは、ガス制御部12を用いて、配管14を通して導入する。このガス導入により、導入口25の位置に質量分析計11側からイオン源1側に向けてガスの流れ32を生成することで、イオン源1からのイオンや中性ガスが導入口25からFAIMS2の方へ入らないように遮蔽することができる。この結果、イオン源1で生成された試料イオンは、導入口23のみから導入され、流路21を通るイオン軌道41に沿って質量分析計11に入り分析される。導入口23及び導入口25は円形であり、その穴径は数mm〜10mm程度である。またガス制御部12からのガス流量は0.1L/min〜10L/min程度であればイオンやガスの遮断が可能となる。
【0046】
また同様な方法を用いて、
図6Bに示すように、導入口23からのイオンの入射を遮断することが可能である。ガス制御部13を用いて、配管15を通してガスを導入することで導入口23からイオン源1に向かうガスの流れ31を生成することができる。このガス導入により、試料イオンは導入口25から導入され、流路24を通るイオン軌道42に沿って質量分析計11へ導入される。
【0047】
なお、
図3A、
図3Bに示した、制御部10、表示部18、入力部19、FAIMS電源6は、簡略化のため
図6A、
図6Bには図示していないが、実施例1と同様に用いる。
【0048】
本実施例の方法では、導入口からイオン源に向かうガスの流れを作ることで、イオンの導入を遮断することが可能となり、分析モードの切り替えが可能となる。このガスの流れは1秒から数秒以内で制御可能であるため、遮蔽部を用いた方法と比較して、高速に分析モード切り替えが可能となるメリットがあり、高スループット分析が可能となる。
【0049】
[第3実施例]
第3の実施例について説明する。本実施例では、イオン源からのイオンの第1の流路中の通過あるいは第2の流路中の通過を選択的に遮断して分析モードを切り替えるための遮断機構として電界を用いる。
【0050】
図7A、
図7Bは本実施例の質量分析装置の一部断面模式図であり、
図7AはMSモードを示す図、
図7Bはイオン分離モードを示す図である。これまでの実施例と異なり、流路の導入口に配置された電極26及び電極27に電圧を印加することによってイオンの流れを遮断して、分析モードを切り替える方法である。試料イオンが正イオンか負イオンかによって電源電圧の極性が異なるため、本実施例では正イオン分析の例で説明する。負イオンであれば、電源電圧の正負を切り替えることで同様な方法で実施可能である。電極26には電源28が、電極27には電源29が接続されており、それぞれの電極に直流電圧が印加可能である。
【0051】
図7AのMSモードの例を用いて説明する。FAIMS2に連通する流路の導入口25へ入るイオンを遮断するためには、イオン源1の噴霧管に対する電極27の電圧差が重要である。この理由は、噴霧管と電極27(又は電極26)の電位差によりエレクトロスプレーによる噴霧が発生するためである。噴霧管と電極27(又は電極26)の2つの電極間距離に依存するが、例えば1〜30mm程度の距離であれば、両電極間の電位差として1000V〜6000V程度印加することで、静電噴霧が起こり、イオン化が行われる。典型的には、例えばイオン源1の噴霧管に+5000V、電極26に+1000V印加することで、電位差は4000Vとなりエレクトロスプレーイオン化が行われる。このことから、噴霧管と電極27間の電圧差が1000V以下であれば、静電噴霧が起こらずに、導入口27側のイオンの遮断が可能となる。つまり、例えば、噴霧管+5000V、電極26に+1000V、電極27に4000V以上、例えば+5000Vが印加されていればよいことになる。この時、噴霧管と電極27の電位差は0となり、電極27側の導入口25からはイオンが導入されずに遮断が可能となる。
【0052】
また、
図7Bに示すイオン分離モードであれば、例えば、噴霧管+5000V、電極26に+5000V、電極27に+1000Vが印加されていればよい。この時、噴霧管と電極26の電位差は0となり、電極26側の導入口23からはイオンが導入されずに遮断が可能となる。
【0053】
本実施例では、電極26の後段にもう1つ電極30を入れておくことが望ましい。これは、
図7Bに示すイオン分離モードの際に、導入口25から入ったイオンは、イオン軌道42を通り電極26付近を通過する。そのときに、電極26は5000V、導入口電極3は典型的に100V程度であるため、電極26付近の領域22をイオンが通過する際には、イオン軌道が曲がってイオン損失する可能性がある。このため、電極26の後段に電極30を設置し、導入口電極3と同程度(例えば、100V程度)の電圧を印加することにより、イオンが損失無くイオン軌道42を通過することが可能となる。この電極30は、導入口電極3と同電位でもかまわない。また、電極30は、導入口電極3と一体でもかまわない。電極26に高い電圧を印加した際に生じる電界が、イオンが通過する領域22に影響を与えないような構造であればよい。電極26,27,30は、金属のような導電体からなり、中心に円形の穴が開いていて、その穴をイオンが通過するような構造である。
【0054】
また、もう電界によるイオン遮断方法の別の例として、電極26と電極30の間に、もう1つ別の電極を設置して、そこに電極26よりも高い電圧を印加することで、導入口23からのイオンの遮断が可能である。また、電極27の後段にも別の電極を設置することで、同様に導入口25からのイオンの導入を遮断することができる。この方法は、イオンが通過する流路21,24中に電極を配置し、その電極に電圧を印加してイオンのポテンシャルよりも高いポテンシャル障壁を形成することにより、イオンの通過を遮断するものである。
【0055】
本実施例の方法では、電極に電圧を印加することで生成される電界により、イオンの導入を遮断することが可能となり、分析モードの切り替えが可能となる。電圧の制御は1秒以内の高速で制御可能であるため、これまで説明した方法と比較して高速に分析モード切り替えが可能となるメリットがあり、高スループット分析が可能となる。
【0056】
[第4実施例]
第4の実施例について説明する。本実施例では、イオン源からのイオンの第1の流路中の通過あるいは第2の流路中の通過を選択的に遮断して分析モードを切り替えるための遮断機構として排気機構によるガスの流れを用いる。
【0057】
図8A、
図8Bは本実施例の質量分析装置の一部断面模式図であり、
図8AはMSモードを示す図、
図8Bはイオン分離モードを示す図である。遮断機構として排気部16が導入口23に続く流路に、図示の例では導入口23の下流側に接続されている。また、排気部17が導入口25に続く流路に、図示の例ではFAIMSの下流側に接続されている。排気部16,17は、ファン、排気ポンプなどガスの流れを生成可能なものであれば良い。また流速を細かく正確に制御するために、フローメータやガス制御部が備わっていることが望ましい。
【0058】
図8Aに示すMSモード時には、排気部17が動作され、FAIMSを通ったイオンが排気部17により排気(吸引)され、質量分析計11に到達しないようになっている。この時、他方の排気部16については、ポンプが停止している状態又はポンプは動作しているが開閉弁33が閉鎖している状態、のどちらかであり、このために排気部16の方へのガスの流れは発生しない。排気部17の排気速度(又は排気量)は、導入口25から流入する流入速度(又は流入量)と同じになるように調整する。これは、すなわち、導入口23からの流路と導入口25からの流路が合流して一本化される合流点からみてFAIMS側の流路の領域39の流速が0になる(無風になる)ことを意味し、領域39の上下でガスやイオンが行き来しない状態である。その結果、導入口23より入ったイオンはイオン軌道41に沿って、質量分析計11へ導入される。一方、導入口25より入ったイオンは排気部17に排気され消失する。
【0059】
図8Bに示すイオン分離モード時には、排気部16が動作され、導入口23から導入されたイオンが排気部16により排気され、質量分析計11に到達しないようになっている。この時、他方の排気部17については、ポンプが停止している状態又はポンプは動作しているが開閉弁が閉鎖している状態、のどちらかであり、このために排気部17の方へのガスの流れは発生しない。排気部16の排気速度は、導入口23から流入する流入速度と同じになるように調整する。これは、導入口23からの流路と導入口25からの流路が合流して一本化される合流点からみて導入口23側の流路の領域40の流速が0になる(無風になる)ことを意味し、領域40の上下でガスやイオンが行き来しない状態である。その結果、導入口25より入ったイオンはFAIMS2を通ったのち質量分析計11へ導入される。一方、導入口23より入ったイオンは排気部16に排気され消失する。
【0060】
図9は、本実施例の別の形態のMSモードの例を示す模式図である。図示するように、遮断機構を構成する排気部は2つではなく、1つの排気部35だけでも動作可能である。配管の途中に開閉弁(又はバルブ)33,34が取り付けられており、それぞれが別々に開閉することで、ガスの流れを切り替え制御することが可能である。実効的な排気速度を同じにするために、開閉弁33を通る排気流路と開閉弁34を通る排気流路の長さは同じにすることが望ましい。又は、開閉弁の開口率で排気速度を調整することも可能である。
図8Aに示したように、領域39の流速を0にするように、排気部35による排気速度を調整することが重要である。
【0061】
本実施例では、ガスの流れにより、イオンの遮断だけでなく中性分子などのガス流も遮断可能であるため、高感度な計測が可能である。
【0062】
[第5実施例]
第5の実施例について説明する。本実施例では、複数のFAIMSを搭載した構成において、イオン源からのイオンの第1の流路中の通過あるいは第2の流路中の通過を選択的に遮断して分析モードを切り替えるための遮断機構として遮断部を用いる。
【0063】
図10A、
図10Bは本実施例の質量分析装置の一部断面模式図であり、
図10AはMSモードを示す図、
図10Bはイオン分離モードを示す図である。MSモードと2つのイオン分離モードの合計3つのモードを切り替える方法である。
【0064】
FAIMS2とFAIMS37の入り口には、遮断機構としてそれぞれ遮断部5と遮断部36の2つが設置されている。また、FAIMSを通過しない流路には、遮断部4が設置されている。図示はしていないが、これまでの実施例のように各遮断部はそれぞれ駆動部と接続され、制御部10によって動作可能である。
【0065】
図10Aは、FAIMSを通過しないMSモードを示しており、遮断部4が開いており、イオンは流路21を通りイオン軌道41に沿って質量分析計11へ導入される。この時、遮断部5及び遮断部36は閉じられているため、FAIMS2,37へのイオン導入は行われない。
図10Bは、FAIMS37のみイオンを通過させるイオン分離モードを示している。遮断部4,5は閉じられているが、遮断部36は開いており、FAIMS37へのみイオンの通過が可能となっている。導入口25を通ったイオンは、FAIMS37を通り、イオン軌道42に沿って質量分析計11へ導入され分析される。つまり、遮断機構は、イオン源からのイオンの第1のFAIMS2中の通過、第2のFAIMS37中の通過あるいは導入口23の通過のうちの1つを選択的に許容し、他を遮断する。
【0066】
2つのFAIMSを装着する目的は大きく2つあり、1つはFAIMSを洗浄・メンテナンスするため、もう1つは異なる分離能のFAIMSを備えるためである。1つ目の洗浄・メンテナンスについては、同じ構造のFAIMSを2つ装着し、1つは洗浄・メンテナンスするまたは予備としてストックし、別のもう1つのFAIMSが分析に用いられる。この方法では、分析中のFAIMSに不具合が発生した場合や洗浄が必要になった場合でも、分析を停止する必要がなく、ただちにもう1つのFAMSで分析することができる。分析している間に、FAIMSをメンテナンス・洗浄することが可能となる。この方法により、FAIMSのメンテナンスに伴う分析の停止の必要がなくなるため、分析のスループットが向上する。
【0067】
2つ目には、異なる分離能を持つFAIMSを設置することが可能である。例えば、FAIMSを構成する2枚の平板電極間隔の異なるFAIMSを設置すれば、異なる分離能での分析が可能となる。分離能は、主にFAIMSを構成する平板電極の間隔又は長さで決まり、例えば0.5mm間隔と1mm間隔の2つのFAIMSを設置することで、異なる分離能やイオン量のデータ取得が可能となる。またFAIMSの長さが10mmから100mm程度までの間で、異なる2つのFAIMSを設置しておくことも有効である。さらに、1つは反応試料をFAIMS内部に流す構成もある。例えば、イソプロパノール、メタノール、アセトンなどを微量混ぜたガスをFAIMSに導入することで、分離性能が変わり、異なるイオン分離が可能となる。このように、異なる分離性能を持つFAIMSを複数個設置しておくことで、様々な物質の分析に対応できて有効である。
【0068】
図11A、
図11Bは本実施例の別の構成例を示す図である。本例は、FAIMSが左右対称に配置されている例である。
図11AはMSモードを示す図、
図11Bはイオン分離モードを示す図である。実施の内容は
図10A、
図10Bの例と同様である。図で見て、イオン源の3方向にそれぞれ導入口23,25,30が配置されている構成である。
【0069】
ここではFAIMSを2つ用いた構成について説明した。図示の都合上、MSモード及び2つのFAIMSのイオン分離モードの3つの流路を同一平面上に配置したが、必ずしもすべての流路が同一平面上にある必要は無い。
【0070】
これまでの実施例に記載のように、本実施例における分析モードの切り替え方法は、ガス、電界、排気部を用いる方法でも実施可能である。また、FAIMSの個数は2つに限定されることはなく、3つ以上でも同様に実施可能である。
【0071】
[第6実施例]
第6の実施例について説明する。
図12は、本実施例の質量分析装置のMSモードを示す一部断面模式図である。第1の実施例で示した
図3A、
図3Bの流路を変形させ、流路24から流路21へ滑らかにイオンが流れる構造になっている。この流路構造により、イオンの質量分析計11への導入が効率よく行われることが期待される。その他、詳細な実施方法は、第1の実施例と同様である。
【0072】
[第7実施例]
第7の実施例について説明する。これまでの実施例では、質量分析計11へ繋がる流路が1つであったが、本実施例は流路が2つの例である。
【0073】
図13A、
図13Bは本実施例の質量分析装置の一部断面模式図であり、
図13AはMSモードを示す図、
図13Bはイオン分離モードを示す図である。
図13Aでは、導入口23を開閉する遮断機構の遮蔽部4が開いているため、導入口23から入ったイオンは、流路21を通り、質量分析計11へ導入される。一方、導入口25を開閉する遮蔽部5は閉まっているため、イオンは導入口25には導入されない。
図13Bでは、逆に導入口23が閉じていて、導入口25が開いているため、導入口25から入ったイオンは、FAIMS2及び流路24を通り、質量分析計11へ導入される。これによりFAIMSを用いたイオン分離が可能となる。本実施例では、流路21と流路24はそれぞれ並列的に質量分析計に接続される。
【0074】
導入口電極3の流路内径は1mm以下程度であり、流路21,24の間隔は数mm程度である。このため、2つの流路のイオンは約5mm程度の距離離れて入射してくる。このため、導入口電極3の後段にはイオン収束電極44が付いていると望ましい。イオン収束電極44は例えば、直流電圧を印加した漏斗型の電極、又は複数のリング電極を並べて交流電圧を交互に印加した既存のリング型のイオンガイドであればイオンの収束が可能である。また、
図14に示すように、既知の技術である4重極や8重極などの多重極イオンガイド45でもイオンの収束が可能である。
【0075】
図14は、本実施例の別の構成例を示す図である。この例では、遮断機構を構成する遮蔽部4,5が、イオン源側ではなく質量分析計11側に設置されている。この構成では、質量分析計11側に遮蔽部があるため、より機密性高く流路を遮蔽できることが期待できる。図にはMSモードのみを示したが、イオン分離モードはこれまでの実施例と同様な構成である。
【0076】
図15は、また本実施例の別の構成例を示す図である。イオン源1に対して、導入口23と導入口25が、90度異なる角度に取り付けられている。その他の構成はこれまでの実施例と同様である。図はMSモードを示している。
【0077】
図16は、また本実施例の別の構成例を示す図である。イオン源1からの導入口23は1つであるが、その後、流路21と流路24に分かれる構成である。すなわち、流路21と流路24は導入口23を共有している。流路24にはFAIMS2が取り付けられている。この構成では、遮断機構を構成する遮蔽部4,5は質量分析計11側に設置される。モードの切り替えは、遮蔽部4,5を選択的に駆動することで実施される。
【0078】
なお、本実施例では、質量分析計11へ繋がる流路が2つの例を示したが、3つ以上であっても同様に実施可能である。
【0079】
また遮蔽部4,5の代わりに、これまでに示してきた、ガスによるイオン遮蔽、電界によるイオン遮蔽でも、同様にモードの切り替えが実施可能である。
【0080】
なお、本発明は上記した実施例に限定されるものではなく、様々な変形例が含まれる。例えば、上記した実施例は本発明を分かりやすく説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備えるものに限定されるものではない。また、ある実施例の構成の一部を他の実施例の構成に置き換えることが可能であり、また、ある実施例の構成に他の実施例の構成を加えることも可能である。また、各実施例の構成の一部について、他の構成の追加・削除・置換をすることが可能である。