(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6294017
(24)【登録日】2018年2月23日
(45)【発行日】2018年3月14日
(54)【発明の名称】高圧冷凍材料からの電子顕微鏡用試料の作製
(51)【国際特許分類】
G01N 1/28 20060101AFI20180305BHJP
【FI】
G01N1/28 K
G01N1/28 F
G01N1/28 G
【請求項の数】9
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2013-143193(P2013-143193)
(22)【出願日】2013年7月9日
(65)【公開番号】特開2014-21109(P2014-21109A)
(43)【公開日】2014年2月3日
【審査請求日】2016年7月7日
(31)【優先権主張番号】12176254.6
(32)【優先日】2012年7月13日
(33)【優先権主張国】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】501233536
【氏名又は名称】エフ イー アイ カンパニ
【氏名又は名称原語表記】FEI COMPANY
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(74)【代理人】
【識別番号】100091214
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 進介
(72)【発明者】
【氏名】ルドルフ ヨハネス ペーター ヘラルドゥス スカンパー
(72)【発明者】
【氏名】マイケル フレドリック ヘイルズ
(72)【発明者】
【氏名】ディルク アリー マテウス デ ヴィンター
(72)【発明者】
【氏名】クリスティアヌス トーマス ヴィルヘルムス マリア シュネイデンバーグ
【審査官】
土岐 和雅
(56)【参考文献】
【文献】
特開2009−014719(JP,A)
【文献】
特開平10−221228(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N1/00〜1/44、23/00〜23/22、H01J37/20〜37/29、
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
高圧冷凍試料材料を有するキャピラリから試料を作製する方法であって:
ガラス転移温度Tg未満の温度T1でガラス化した試料材料を高圧キャピラリに供する段階;
前記キャピラリを切断する段階;
前記キャピラリを温度T1以上温度Tg以下の温度T2にまで温める段階;
前記キャピラリを温度T2未満の温度T3にまで冷却して、前記材料を前記キャピラリから押し出す段階;及び、
温度Tg未満の温度で前記の押し出された試料材料から試料を解放する段階;
を有し、
前記キャピラリが金属キャピラリである、
ことを特徴とする方法。
【請求項2】
前記キャピラリを温度T2よりも低い温度T3に冷却する段階は、前記キャピラリを温度T2よりも低い温度の液体−具体的には液体エタン、液体プロパン、又は液体窒素−に浸漬させる段階を有する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記金属が、鉄、銅、及び/又はアルミニウムを含む、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記温度T2と温度T3との差異は20Kよりも大きい、請求項1乃至3のうちいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記温度T2と温度T3との差異は50Kよりも大きい、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記試料を解放する段階は、集束イオンビームにより切断する段階を有する、請求項1乃至5のうちいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記の解放された試料は薄片である、請求項1乃至6のうちいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
電子顕微鏡内での検査段階をさらに有する、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記キャピラリを温度T1以上温度Tg以下の温度T2にまで温める段階と、該温める段階に続く前記キャピラリを温度T2未満の温度T3にまで冷却して、前記材料を前記キャピラリから押し出す段階の後、さらに前記キャピラリを温度T1以上温度Tg以下の温度T2にまで温める段階と、該温める段階に続いてさらに前記キャピラリを温度T2未満の温度T3にまで冷却して、前記材料を前記キャピラリから押し出す段階が実行される、請求項1乃至8のうちいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高圧冷凍試料材料を有するキャピラリから試料を作製する方法に関する。当該方法は、
− ガラス転移温度T
g未満の温度T
1でガラス化した試料材料を高圧キャピラリに供する段階、及び、
− 前記キャピラリを切断する段階、
を有する。
【背景技術】
【0002】
係る方法は非特許文献1から既知である。
【0003】
TEM内で試料を観察するとき、試料は、一般的には60keV〜300keVのエネルギーを有する電子ビームによって照射される。ただし60keV〜300keV以外のエネルギーが用いられることも知られている。像は、試料を透過する電子を観察することによって生成される。従って試料は薄い試料でなければならない。その薄さは典型的には、1μm未満で、より具体的には200nm未満であり、もっと具体的には100nmである。生体試料を観察するとき、試料は一般的に薄い薄片となるように切り取られる。そのため、試料は最初固化される。これはたとえば、所謂樹脂包埋中で全ての水をプラスチックに置換することにより行われる。しかし優れた結果は、クライオイメージングにより実現される。
【0004】
クライオイメージングは、氷の結晶を生成することなく(氷の結晶が試料を損傷させるため)試料材料を極低温にまで冷凍する段階を有し、前記試料を前記極低温で薄く切り分け、かつ、前記試料を前記極低温で観察する。
【0005】
極低温での試料の観察が可能な透過型電子顕微鏡が市販されている。
【0006】
また試料を冷凍する装置も市販されている。これらの装置の一部は高圧冷凍の原理を利用する。高圧冷凍の原理では、ホルダ内に含まれる試料が最初に約2100[bar]の圧力に加圧され、その後水のガラス転移温度である約165Kの温度T
gにまで急激に冷却される。続いて容器は減圧される。その後前記容器内の試料材料は解放され得る。
【0007】
係る装置の一群では、キャピラリ−たとえば銅のキャピラリ−が用いられる。これらのキャピラリを用いた試料の調製装置及び方法の例が非特許文献1(より具体的には7〜8頁)に記載されている。試料材料は、外径が650μmで内径が300μmの銅のキャピラリ内に吸い込まれる。続いてこのキャピラリは、ホルダ内で封止され、2100[bar]の圧力に曝され、その後165K以下の温度にまで急激に(典型的には600K/sよりも速く)冷却される。
【0008】
従来技術に係る方法は、キャピラリと試料材料を備えるホルダを液体窒素(LN
2)内に浸漬させ、前記ホルダから前記キャピラリを取り外し、かつ、前記キャピラリをクライオウルトラミクロトームへ搬送することによって進められる。クライオウルトラミクロトームでは、キャピラリの材料が取り除かれ、かつ、試料材料は、試料を生成するように切り分けられる。
【0009】
極低温で試料材料を切り分け、続いて冷凍置換を行い、その後室温で免疫標識を行った後に検査を行うことも知られている。たとえば非特許文献2を参照のこと。
【0010】
試料を機械的に切り分けることで、アーティファクトが導入されることが知られている(たとえば非特許文献3を参照のこと)。これらのアーティファクトは、試料材料に機械的な力が及ぼされる結果生じる。従って最近は、集束イオンビーム(FIB)加工が、試料材料の切り分けに用いられている。FIB加工では、材料は集束イオンビーム−たとえば10〜40keVのエネルギーを有するガリウムイオンビーム−によってミリング(スパッタリング)される。FIBによる切り分けによって、力のかからない切断が可能となる。
【0011】
キャピラリのFIBによる切り分けの欠点は、キャピラリを構成する銅又は鋼鉄のミリング速度が、生体材料のミリング速度よりも低いことである。また試料材料の中心部の直径よりも、壁の厚さはかなり大きい。このことは、試料材料の薄片を生成するのに、多量のキャピラリ材料が低いミリング速度で除去されなければならないことを意味する。ミリング速度が低いこと及び多量の材料が存在する結果、処理時間が長くなってしまう。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】欧州特許出願公開第EP2009421A1号明細書
【特許文献2】米国特許第7767979号明細書
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】ライカEM PACTのパンフレット
【非特許文献2】“VIS2FIX: A High−Speed Fixation Method for Immuno−Electron Microscopy”, M. Karreman et al., Traffic, Vol 12, issue July 2011, pages 806−814
【非特許文献3】“An oscillating cryo−knife reduces cutting−induced deformation of vitreous ultrathin sections”, A. Al−Amoudi et al., Journal of Microscopy, Vol. 212 Issue 1, Pages 26 − 33
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
試料材料に力を及ぼすことなく従来技術に係る方法よりも速い処理時間でキャピラリから試料を作製する方法が必要とされている。
【0015】
本発明は、上記問題に対する解決策を与えることを意図している。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記目的のため、本発明による方法は、前記キャピラリを温度T
1以上温度T
g以下の温度T
2にまで温める段階、前記キャピラリを温度T
2未満の温度T
3にまで冷却して、前記材料を前記キャピラリから押し出す段階、及び、温度T
g未満の温度で前記の押し出された試料材料から試料を解放する段階を有することを特徴とする。
【0017】
本願発明者等は驚くべきことに、前記キャピラリの温度を上昇させて、その後前記キャピラリを再度冷却する結果、前記キャピラリの開放端から試料材料が押し出されたことを発見した。本願発明者等は、この現象に物理的な説明を与えることができない。この現象は単なる熱膨張の結果ではない。なぜなら前記押し出しは、本来前記キャピラリが切断された箇所と同一の温度で観察されるからである。
【0018】
温度低下による氷の押し出しは、特許文献1(具体的には[0047]段落)から既知であることに留意して欲しい。しかし特許文献1は、冷凍中での温度の低下に起因する押し出しについて言及しているが、これが、冷凍後の温度上昇とそれに続く温度低下に起因することについては記載も示唆もしていない。
【0019】
本発明の実施例では、前記キャピラリを温度T
2よりも低い温度T
3に冷却する段階は、前記キャピラリを温度T
2よりも低い温度の液体−具体的には液体エタン、液体プロパン、又は液体窒素−に浸漬させる段階を有する。
【0020】
前記キャピラリの冷却は、前記キャピラリをたとえば液体エタン、プロパン、又は窒素中に浸漬させるのが最も速い。
【0021】
前述した特許文献1は、透過型電子顕微鏡(TEM)内に試料を導入しながら温度が上昇すると述べている。しかし試料をTEM内に導入するということは、以降では液体への浸漬が起こらないことを意味する。なぜならTEMの内部は高真空だからである。
【0022】
好適実施例では、前記キャピラリは金属キャピラリである。
【0023】
セルロースのキャピラリも知られているが、前記押し出しは金属キャピラリでしか観察されない。前記キャピラリは、鉄、銅、及び/又はアルミニウムで作られることが好ましい。
【0024】
他の好適実施例では、温度T
2と温度T
3との差異は20Kよりも大きく、50Kよりも大きいことが好ましい。
【0025】
効果は、熱膨張/収縮により生じていると考えている。前記キャピラリと中心材料の線熱膨張係数が一定であると仮定すると、前記の押し出された中心材料の長さは、温度差に比例する。よって温度差が大きくなると押し出しも大きくなる。
【0026】
本発明の実施例では、前記試料を解放する段階は、集束イオンビームにより切断する段階を有する。
【0027】
材料−たとえば生体材料を有する氷−の薄片を切断する段階は、当業者に既知の方法である。
【0028】
他の実施例では、前記の解放された試料は薄片である。
【0029】
厚さが30〜300nmの試料材料の長方形の薄片は、透過型電子顕微鏡において好適な試料である。
【0030】
さらに他の実施例では、当該方法はさらに電子顕微鏡内での検査段階を有する。前記試料を作製することで、TEM又はSEMで検査される試料となる。前記検査は、たとえば凍結置換を行って室温で免疫標識を行った後に、極低温又は室温で行われて良い。係る方法は非特許文献2から既知である。
【0031】
好適実施例では、前記キャピラリを温度T
1以上温度T
g以下の温度T
2にまで温める段階と、それに続く前記キャピラリを温度T
2未満の温度T
3にまで冷却して、前記材料を前記キャピラリから押し出す段階の後、さらに前記キャピラリを温度T
1以上温度T
g以下の温度T
2にまで温める段階と、さらにそれに続く前記キャピラリを温度T
2未満の温度T
3にまで冷却して、前記材料を前記キャピラリから押し出す段階が行われる。
【0032】
本願発明者等は驚くべきことに、多くの場合において、前記温める段階と冷却する段階を繰り返すことで、試料材料がさらに押し出されたことを発見した。ただし当該処理は無限に繰り返すことはできない。
【0033】
ここで図面を用いて本発明を説明する。図中、同一参照番号は対応する特徴を指称する物とする。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【
図1】本発明による方法のフローチャートを概略的に表している。
【発明を実施するための形態】
【0035】
図1は、本発明による方法のフローチャートを概略的に表している。
【0036】
段階102では、LN
2中で、高圧冷凍試料材料がキャピラリに供される。前記キャピラリ−たとえば銅のキャピラリ−は、高圧凍結装置−たとえばライカマイクロシステム株式会社製のEM PACT2(商標)−によって調製されて良い。
【0037】
段階104では、LN
2中に浸漬されたキャピラリが、そのキャピラリを切断するウルトラミクロトーム−たとえばライカマイクロシステムから市販されているEM−UC7/FC7(商標)−内に導入される。この切断は、キャピラリがLN
2中に浸漬されている間規則的に行われる。
【0038】
段階106では、切断されたキャピラリは、LN
2の沸点(77K)よりも約50K高い約130Kの温度に「加熱」される。
【0039】
段階108では、切断されたキャピラリは、LN
2中に浸漬されることで再度LN
2温度に冷却される。
【0040】
段階110では、切頭キャピラリが、130Kの温度でFIB又はデュアルビーム装置内に導入される。ミリング用の集束イオンビーム鏡筒と画像化用の走査電子顕微鏡鏡筒を有する、適したデュアルビーム装置はたとえば、FEIカンパニーから市販されているQuanta3D(商標)である。本願発明者等は、ほとんど(約90%)の場合において、試料材料がキャピラリから押し出されたことを観察した。
【0041】
段階112では、試料が、試料材料の中心から作製され、かつ、試料キャリアの上に載置される。
【0042】
押し出し中心部は、極低温でイオンビームにより切り分けられて良い。これは当業者に既知の方法である。必要な場合には、試料はイオンビームによって切り分けられるだけではなく、薄くされても良い。その後完成した試料が試料キャリア上に堆積される。その試料キャリアは好適には、TEM用グリッド(典型的には3mmの円形)、又は、TEM専用の別な試料キャリア(たとえば特許文献2に記載されたもの)であって良い。
【0043】
段階114では、試料キャリア上に載置された試料が、電子顕微鏡−たとえば透過型電子顕微鏡(TEM)又は走査型透過電子顕微鏡(STEM)内に導入され、検査/観察される。
【0044】
この検査は、クライオTEM−たとえばFEIカンパニーから市販されているTitan Krios(商標)−内又は室温TEM−たとえばFEIカンパニーから市販されているTitan80−300(商標)−内における極低温での検査であって良いことに留意して欲しい。あるいはその代わりに、段階114の代わりに、冷凍置換及び試料を室温にまで温める段階116と、その後に室温で免疫標識を行う段階118が実行されて良い。このようにして、操作用の蛍光ラベルによる観察と、1nm未満の電子光学解像度で像を生成する相関性の光学/電子顕微鏡が用いられて良い。この方法はVIS2FIX
FS法として非特許文献2に記載されている。室温での試料についての方法−VIS2FIX
H法−も非特許文献2に記載されている。
【0045】
この方法を用いることによって、試料を室温にすることで、画像化は、段階120でも室温で行うことが可能となる。
【0046】
複数の段階からなるこの処理は多くの処理のうちの1つである。任意で段階106/108の温め/冷却サイクルが繰り返されても良い。温度は、液体窒素等を用いる代わりに、たとえばプロパンを用いて制限範囲内で異なるように選ばれて良い。また(たとえばウラニル、四酸化オスミウム、量子ドット、重金属クラスタ等の
電子の密な材料による)電子顕微鏡の着色/標識付け段階が導入されても良い。
【0047】
上述の温度は絶対的な制限と解されてはならないことに留意して欲しい。重要なことは、(温度をガラス転移温度T
g未満の温度に維持することによって)試料材料がアモルファス又はガラス状態から結晶状態に変化しないこと、及び、段階104、段階106、及び段階108の間での温度差(T
1とT
2)が大きくなることで、温度差が小さい場合によりも大きく押し出されることである。
【0048】
図2は、試料材料を備えるキャピラリを示すSEM画像を表している。キャピラリ202は、外径が650μmで内径が300μmの銅のキャピラリである。押し出された中心部204は、内部に生体材料を有するガラス状の氷である。前記生体材料はたとえば、細胞、バクテリア、ウイルス等を含む。押し出された中心部204は、224μmの長さ206にわたって延びている。
【0049】
電子顕微鏡において、「生体材料」とは通常、主として炭化水素、つまりはポリマーやプラスチックなどを含む材料を指称することに留意して欲しい。この理由は、これらの材料を構成する大抵の核子は軽い核子で、試料に照射される電子と同程度の相互作用を示すため、これらの材料の全てが電子顕微鏡内において弱いコントラストを示すからである。従って本願において、主として炭化水素を含むすべての材料は、「生体材料」に含まれる。
【符号の説明】
【0050】
202 キャピラリ
204 押し出された中心部
206 押し出された分の長さ