特許第6294118号(P6294118)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6294118-大腸癌マーカー及び大腸癌検出方法 図000014
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6294118
(24)【登録日】2018年2月23日
(45)【発行日】2018年3月14日
(54)【発明の名称】大腸癌マーカー及び大腸癌検出方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/574 20060101AFI20180305BHJP
   C07K 14/47 20060101ALI20180305BHJP
【FI】
   G01N33/574 BZNA
   C07K14/47
【請求項の数】10
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2014-61638(P2014-61638)
(22)【出願日】2014年3月25日
(65)【公開番号】特開2015-184168(P2015-184168A)
(43)【公開日】2015年10月22日
【審査請求日】2016年12月8日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006035
【氏名又は名称】三菱ケミカル株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000173588
【氏名又は名称】公益財団法人がん研究会
(74)【代理人】
【識別番号】110001508
【氏名又は名称】特許業務法人 津国
(74)【代理人】
【識別番号】100078662
【弁理士】
【氏名又は名称】津国 肇
(74)【代理人】
【識別番号】100116528
【弁理士】
【氏名又は名称】三宅 俊男
(74)【代理人】
【識別番号】100146031
【弁理士】
【氏名又は名称】柴田 明夫
(74)【代理人】
【識別番号】100181102
【弁理士】
【氏名又は名称】後藤 孝明
(72)【発明者】
【氏名】田辺 和弘
(72)【発明者】
【氏名】宮崎 祐子
(72)【発明者】
【氏名】小島 望
(72)【発明者】
【氏名】篠崎 英司
(72)【発明者】
【氏名】中山 耕之介
【審査官】 草川 貴史
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2013/162368(WO,A1)
【文献】 米国特許出願公開第2009/0099036(US,A1)
【文献】 特表2015−516370(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48−33/98
C07K 14/47
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ロイシンリッチα2グリコプロテイン1からなる大腸癌マーカーであり、かつ、
該ロイシンリッチα2グリコプロテイン1が、その79番目のアスパラギン残基に下記式(1):
【化1】

(式中、Xは独立してシアル酸または存在せず、Yは独立してフコースまたは存在しない)
で表されるN結合型糖鎖を有することを特徴とする、大腸癌マーカー。
【請求項2】
ロイシンリッチα2グリコプロテイン1のペプチド断片からなる大腸癌マーカーであり、かつ、該ロイシンリッチα2グリコプロテイン1が、その79番目のアスパラギン残基に請求項1で定義される式(1)で表されるN結合型糖鎖を有することを特徴とする、大腸癌マーカー。
【請求項3】
前記式(1)におけるYの少なくとも一つがフコースである、請求項1または2に記載の大腸癌マーカー。
【請求項4】
前記式(1)におけるXの少なくとも一つがシアル酸であることを特徴とする、請求項1〜のいずれか一項に記載の大腸癌マーカー。
【請求項5】
前記式(1)で表されるN結合型糖鎖が、下記式(2)〜(4):
【化2】

【化3】

【化4】

のいずれかで表されるN結合型糖鎖であることを特徴とする、請求項1〜のいずれか一項に記載の大腸癌マーカー。
【請求項6】
前記大腸癌マーカーの存在量を質量分析法により測定し得る試薬を含む、請求項1〜のいずれか一項に記載の大腸癌マーカーを検出するためのキット。
【請求項7】
前記大腸癌マーカーの存在量を質量分析法により測定する手段を含む、請求項1〜のいずれか一項に記載の大腸癌マーカーを検出するための装置。
【請求項8】
大腸癌を検出するための請求項1〜のいずれか一項に記載の大腸癌マーカーの使用。
【請求項9】
被検動物における大腸癌を検出する方法であって、該被検動物から採取された体液中のマーカーの存在量を測定する工程、を含み、ここで該マーカーが請求項1〜のいずれか一項に記載の大腸癌マーカーである、大腸癌検出方法。
【請求項10】
前記マーカーの前記存在量が、前記被検動物が大腸癌を有することの指標となる、請求項に記載の大腸癌検出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大腸癌マーカー及び大腸癌検出方法に関する。具体的には、体液中の特定の糖タンパク質又はその断片からなる大腸癌マーカー、及び大腸癌マーカーの存在量を指標とする大腸癌の検出方法に関する。また、対応するキット及び装置も提供される。
【背景技術】
【0002】
現在、癌の診断は内視鏡やPET、MRIといった画像診断が中心であるが、これらは患者に対する苦痛が大きく、または費用負担が大きいなどの理由で、健常人が定期的に受ける診断として必ずしも普及していないのが実情である。
【0003】
自覚症状のない初期癌を発見するためには、画像診断よりも簡便でかつ費用の少ない血液検査が望ましいが、現在の癌マーカーは精度が不十分であるために、健常人が定期的に受ける健康診断では実施されていない。仮にこれを実施すると偽陽性と判定される健常者が続出し、彼らの追加検査(画像診断など)によっては病院の診断機能が麻痺してしまうためである。
【0004】
例えば、非特許文献1には、大腸癌マーカーとしてCEA、CA19−9等が記載されている。しかしながら、これら公知の大腸癌マーカーは、感度・特異性の点で十分ではない。
【0005】
一方、非特許文献2には、ロイシンリッチα2グリコプロテイン1(LRG1)の血中濃度が卵巣癌患者において上昇している事が知られている。しかしながら、大腸癌との関係に関する記載は無く、また糖鎖構造についての記載も無い。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Asian Pac J Cancer Prev. 2013;14(7):4289-94. CEA and CA 19-9 are still valuable markers for the prognosis of colorectal and gastric cancer patients.
【非特許文献2】John D Andersen, Kristin LM Boylan, Ronald Jemmerson, Melissa A Geller, Benjamin Misemer, Katherine M Harrington, Starchild Weivoda, Bruce A Witthuhn, Peter Argenta, Rachel Isaksson Vogel, Amy PN Skubitz1, Leucine-rich alpha-2-glycoprotein-1 is upregulated in sera and tumors of ovarian cancer patients. Jounal of Ovalian Research 2010, 3:21
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、感度および特異度が高い、新規な大腸癌マーカー、およびそれを用いた大腸癌の検出方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは上記課題を解決すべく、糖タンパク質と疾患との関係を検討した結果、N結合型糖鎖を有するロイシンリッチα2グリコプロテイン1(LRG1)を大腸癌マーカーとして用いると、大腸癌を特異的に検出できることを見いだし、本発明を完成させるに至った。
【0009】
即ち、本発明の要旨は、以下に存する。
[1] ロイシンリッチα2グリコプロテイン1を含む大腸癌マーカーであり、かつ、
該ロイシンリッチα2グリコプロテイン1が、下記式(1):
【化1】

(式中、Xは独立してシアル酸または存在せず、Yは独立してフコースまたは存在しない)
で表されるN結合型糖鎖を有することを特徴とする、大腸癌マーカー。
[2] ロイシンリッチα2グリコプロテイン1のペプチド断片からなる大腸癌マーカーであり、かつ、該ロイシンリッチα2グリコプロテイン1が、[1]で定義される式(1)で表されるN結合型糖鎖を有することを特徴とする、大腸癌マーカー。
[3] 前記ロイシンリッチα2グリコプロテイン1が、その79番目のアスパラギン残基に前記式(1)で表されるN結合型糖鎖を有することを特徴とする、[1]または[2]に記載の大腸癌マーカー。ここで、上記ロイシンリッチα2グリコプロテイン1の番号付けは配列番号1の番号付けに対応する。以下、同様。
[4] 前記式(1)におけるYの少なくとも一つがフコースである、[1]〜[3]のいずれかに記載の大腸癌マーカー。
[5] 前記式(1)におけるXの少なくとも一つがシアル酸であることを特徴とする、[1]〜[4]のいずれかに記載の大腸癌マーカー。
[6] 前記式(1)で表されるN結合型糖鎖が、下記式(2)〜(4):
【化2】


【化3】


【化4】

のいずれかで表されるN結合型糖鎖であることを特徴とする、[1]〜[5]のいずれかに記載の大腸癌マーカー。
[6−2] ロイシンリッチα2グリコプロテイン1に由来する[1]〜[6]で定義される式(1)で表されるN結合型糖鎖を含む、大腸癌マーカー。
[7] 前記大腸癌マーカーの存在量を測定し得る試薬を含む、[1]〜[6]のいずれか記載の大腸癌マーカーを検出するためのキット。
[8] 前記大腸癌マーカーの存在量を測定する手段を含む、[1]〜[6]のいずれか記載の大腸癌マーカーを検出するための装置。
[9] 大腸癌を検出するための[1]〜[6]のいずれか記載の大腸癌マーカーの使用。
[10] 被検動物における大腸癌を検出する方法であって、該被検動物から採取された体液中のマーカーの存在量を測定する工程、を含み、ここで該マーカーが[1]〜[6]のいずれか記載の大腸癌マーカーである、大腸癌検出方法。
[11] 前記マーカーの前記存在量または該存在量に基づく算出値が、前記被検動物が大腸癌を有することの指標となる、[10]記載の大腸癌検出方法。
[12−1]前記マーカーを測定する工程が
(a1)前記体液から全糖タンパク質を抽出する工程、および
(a2)該抽出された全糖タンパク質中に含まれる前記マーカーの存在量を測定する工程
を含む、[9]〜[11]のいずれか記載の大腸癌検出方法。
[12−2]前記マーカーを測定する工程が
(b1)前記体液中の全糖タンパク質からロイシンリッチα2グリコプロテイン1を分離する工程、および
(b2)該分離されたロイシンリッチα2グリコプロテイン1における前記マーカーの存在量の存在量を測定する工程を含む、[9]〜[11]のいずれか記載の大腸癌検出方法。
[13−1]大腸癌を有する又は大腸癌の素因を有する被検動物における大腸癌治療薬または予防薬による処置の効果を評価する方法であって、
1)処置前に該被検動物から採取された体液中のマーカーの存在量を測定する工程、および
2)処置後に該被検動物から採取された体液中のマーカーの存在量を測定する工程
を含み、ここで該マーカーが[1]〜[6]のいずれか記載の大腸癌マーカーであり、ここで2)で得られた値が1)で得られた値よりも低い場合に、処置効果があったことを示す、評価方法。
[14−1]大腸癌予防薬候補化学物又は大腸癌治療薬候補化合物を評価する方法であって、および
1)該候補化合物の投与前に該被検動物から採取された体液中のマーカーの存在量を測定する工程、
2)該候補化合物の投与後に該被検動物から採取された体液中のマーカーの存在量を測定する工程
を含み、ここで該マーカーが[1]〜[6]のいずれか記載の大腸癌マーカーであり、ここで2)で得られた値が1)で得られた値よりも低い場合に、候補化合物が大腸癌予防薬または大腸癌治療薬として有用であることを示す、候補化合物評価方法。
[15−1]大腸癌を有する又は大腸癌の素因を有する被検動物における手術処置の効果を評価する方法であって、
1)処置前に該被検動物から採取された体液中のマーカーの存在量を測定する工程、および
2)処置後に該被検動物から採取された体液中のマーカーの存在量を測定する工程
を含み、ここで該マーカーが[1]〜[6]のいずれか記載の大腸癌マーカーであり、ここで2)で得られた値が1)で得られた値よりも低い場合に、処置効果があったことを示す、処置効果評価方法。
[16−1]前記得られた値が、前記マーカーの前記存在量または該存在量に基づく算出値である、[13−1]〜[15−1]のいずれか記載の処置効果評価方法。
[17−1]前記マーカーを測定する工程が
(e1)前記体液から全糖タンパク質を分離する工程、および
(e2)該全糖タンパク質中に含まれる前記マーカーを測定する工程
を含む、[15−1]〜[16−1]のいずれか記載の処置効果評価方法。
[18−2]前記マーカーを測定する工程が
(f1)前記体液中の全糖タンパク質からロイシンリッチα2グリコプロテイン1を分離する工程、および
(f2)該分離されたロイシンリッチα2グリコプロテイン1における前記マーカーの存在量を測定する工程を含む、[15−1]〜[16−1]のいずれか記載の処置効果評価方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、従来よりも感度および特異度の高い大腸癌マーカー、大腸癌の検出方法、および大腸癌検出用測定キットまたは装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】精製標品ロイシンリッチα2グリコプロテイン1とペプチドAとのMSMS解析の比較を示す。各グラフの横軸は質量電荷比(m/z)、縦軸はピーク面積を示す。
図2】大腸癌検出について、ペプチドA、CEAおよびCA19−9のROCを比較した結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
<大腸癌マーカー>
本発明は、ロイシンリッチα2グリコプロテイン1(以下、「LRG1」と称する場合がある。)を含む大腸癌マーカーであり、かつ、該ロイシンリッチα2グリコプロテイン1が、式(1):
【化1】

(式中、Xは独立してシアル酸または存在せず、Yは独立してフコースまたは存在しない)
で表されるN結合型糖鎖を有することを特徴とする、大腸癌マーカーを提供する。
ここで、式(1)において、Galはガラクトース、GlcNAcはNアセチルグルコサミン、Manはマンノースを示し、また、末端のGlcNAcにおいてLRG1のアスパラギン残基と結合する。以下、本明細書において同様である。
また、上記のような前記式(1)で表されるN結合型糖鎖(以下、「本発明のN結合型糖鎖」と称することがある。)を有するLRG1を、以下、「本発明のLRG1」と称することがある。
【0013】
本明細書において、「大腸癌」とは、被検動物の大腸にできる任意の悪性新生物のことを指す。大腸癌の例として、結腸癌、直腸癌、盲腸癌が挙げられるが、これらに限定されない。
【0014】
本発明におけるN結合型糖鎖とは、タンパク質のアスパラギン残基の側鎖のアミド基の窒素原子に結合する糖鎖を指す。N結合型糖鎖を構成する糖は、マンノース、ガラクトース、NアセチルDグルコサミン、シアル酸、およびフコース等が含まれるがこれに限定されない。N結合型糖鎖はマンノースを基点として分岐を形成しているものが含まれ、例えば2本分岐鎖、3本分岐鎖、4本分岐鎖等がある。本発明のN結合型糖鎖は、式(1)で表されるN結合型糖鎖であり、式中、Xは独立してシアル酸または存在せず、Yは独立してフコースまたは存在しない。一つの好ましい態様として、式(1)のYの少なくとも一つがフコースである。また、一つの好ましい態様として、式(1)のXの少なくとも一つがシアル酸であり、一つのより好ましい態様として、式(1)に含まれるXすべてがシアル酸である。本発明のN結合型糖鎖の具体的な構造としては、A3G3S3、A3G3S3F1などが挙げられるが、これに限定されない。ここで、Aは分岐数、Gはガラクトース数、Sはシアル酸数(好ましくは、N−アセチルノイラミン酸数)、Fはフコース数を示す。好ましくは、N結合型糖鎖の具体的な構造は式(2)から(4):
【化2】


【化3】


【化4】

のいずれかで表されるA3G3S3F1である。ここで、式(2)〜(4)において、NeuAcは、N−アセチルノイラミン酸、Fucはフコースを示す。以下、本明細書において同様である。
【0015】
本発明のN結合型糖鎖におけるシアル酸とガラクトースの結合様式は、理論的にはシアル酸の全ての水酸基とガラクトースの全ての水酸基との組み合わせの結合様式から選択され、特に限定されない。好ましくは、結合様式は、α2−3結合(シアル酸の2番目の炭素のα方向とガラクトースの3番目の炭素との結合)またはα2−6結合(シアル酸の2番目の炭素のα方向とガラクトースの6番目の炭素との結合)が望ましい。シアル酸の種類は、N-アセチルノイラミン酸、N−グリコリルノイラミン酸、デアミノノイラミン酸、2,3−デヒドロノイラミン酸、N−アセチル−2,7−アンヒドロノイラミン酸などを含むが、特に限定されない。好ましくは、シアル酸は、N−アセチルノイラミン酸が最も望ましい。
【0016】
本発明のマーカーは、ガラクトース数とシアル酸数を同一数含むこと、即ち、N結合型糖鎖に含まれるすべてのガラクトース残基がシアル酸と1モル:1モルで結合していることが好ましい。本明細書中、前記状態であるN結合型糖鎖を、フルシアル化糖鎖と称する場合がある。また、シアル酸の数がガラクトースの数を下回っているN結合型糖鎖を、本明細書中において非フルシアル化糖鎖と称する場合がある。非フルシアル化糖鎖の具体的な構造としては、A2G2S1やA3G3S2等が挙げられる。
【0017】
本明細書において、ロイシンリッチα2グリコプロテイン1(LRG1)は、血管新生を促す、血液に含まれるタンパク質を指す。
【0018】
本発明のLRG1のアミノ酸配列はそれぞれ、例えばNCBI(National Center for Biotechnology Information)に登録されているような、当業者に公知の配列を含む。例えばLRG1のアミノ酸配列は、典型的には配列番号1のアミノ酸配列からなるが、本発明の効果が得られる範囲内で変異(アミノ酸の付加、欠失、置換など)が入っていてもよい。すなわち、本発明のLRG1は、好ましくは、配列番号1の配列または配列番号1と少なくとも90%配列同一性を有する配列からなるポリペプチドである。ここで、少なくとも90%配列同一性を有する配列においては、後述するN結合糖部位となるアスパラギン酸残基(好ましくはAsn79)は保存されている。
【0019】
本発明のLRG1は、N結合糖鎖結合部位となるアスパラギン残基を有し、本発明のN結合型糖鎖がアスパラギンとN−グリコシド結合をなしている。LRG1に含まれるアスパラギン残基全てがN結合糖鎖結合部位となり得るが、本発明のLRG1は、その37番目、79番目、186番目、269番目、および325番目からなる群から選ばれる少なくとも一つのアスパラギン残基(Asn37、Asn79、Asn186、Asn269、およびAsn325からなる群から選ばれる少なくとも一つのアスパラギン残基)に前記式(1)で表されるN結合型糖鎖を有することが好ましく、Asn79に有することがより好ましい。ここで、アミノ酸位置の番号付けは配列番号1の番号付けに対応し、本発明のLRG1に上記変異(特に付加又は欠失)が入っている場合は、実際のLRG1におけるN結合糖鎖結合部位となるアスパラギン残基の位置は変異に応じて変動しうる。
【0020】
ある態様において、本発明のマーカーは、本発明のLRG1のペプチド断片(本発明のN結合型糖鎖を有する)を含む。ここで、本発明のLRG1のペプチド断片とは、N結合糖鎖結合部位となるアスパラギン残基を含む任意のポリペプチドの一部分である。LRG1のペプチド断片の具体例としては、LRG1をトリプシン、リシルエンドペプチターゼ、及びAspN等のプロテアーゼで分解した結果生じるポリペプチドが挙げられるが、これに限定されない。
【0021】
一つの態様において、本発明のLRG1のペプチド断片からなるマーカーは、配列番号1の位置48〜位置92からなる配列、又はその配列と少なくとも90%配列同一性を有する配列(但し、Asn79は保存されていることが好ましい。)からなる本発明のN結合型糖鎖を少なくとも一つ有するポリペプチドである。
【0022】
また別の態様において、本発明のマーカーは、上記LRG1に由来するN結合型糖鎖を含む。本発明のマーカーとしての本発明のN結合型糖鎖は、上記式(1)で表されるN結合型糖鎖である。
【0023】
<大腸癌の検出方法>
本発明はまた、被検動物における大腸癌を検出する方法であって、被検動物から採取された体液中の、上記の本発明の大腸癌マーカーの存在量を測定する方法(以降、本発明の大腸癌検出方法と称することがある)を提供する。
【0024】
本発明の大腸癌検出方法は、より具体的には、上記の本発明の大腸癌マーカーであるLRG1、LRG1のペプチド断片またはLRG1に由来するN結合型糖鎖を測定することにより該マーカーの存在量を決定し、ここで該マーカーの存在量又は該存在量に基づく算出値が、被検動物が大腸癌を有することの指標となる方法である。つまり、体液中から、本発明のN結合型糖鎖を有するLRG1の存在量、またはLRG1に含まれる本発明のN結合型糖鎖の存在量を決定し、必要に応じて解析を行なうことで検出する方法である。
【0025】
ここで、本発明の検出方法においては、必ずしも上述の本発明の大腸癌マーカー(LRG1)全体を検出する必要はなく、本発明の大腸癌マーカーであることが判定できればその部分構造を検出するような測定方法を用いてもよい。また、上述の本発明の大腸癌マーカーの好ましい構造として挙げたN結合型糖鎖を有するLRG1のうち1種を単独でマーカーとして用いることもできるが(例えばLRG1にA3G3S3F1が結合した糖タンパク質のみをマーカーとする)、それらの2種以上の混合物をマーカーとして用いる、つまり、それらの混合物の合計量を大腸癌検出のための指標として用いることも可能である。このような検出を行うことができれば、測定方法自体に特に制限はない。
【0026】
本発明の方法の検体としては、被検動物から採取された体液が用いられる。体液としては、血液、リンパ液、髄液、尿及びその処理物などが用いられるが、好ましくは血液、さらに好ましくは該血液を分離して得られる血清、血漿が用いられる。また、被検動物は、大腸癌を有する可能性がある任意の哺乳動物であり、ヒト、チンパンジー、カニクイザル、イヌ、ネコ、ラット、マウスなどが挙げられる。被検動物は、好ましくはヒトである。
【0027】
本発明の大腸癌検出方法における測定方法の具体例としては、例えば、以下の2つの方法が挙げられる。
(1)被検動物から採取された体液中の全糖タンパク質から、本発明のLRG1の存在量を測定する工程を有することを特徴とする、大腸癌検出方法。
(2)被検動物から採取された体液中の糖タンパク質から予めLRG1を分離する工程、および、分離されたLRG1に含まれる本発明のN結合型糖鎖の存在量を測定する工程を有することを特徴とする、大腸癌検出方法。
【0028】
特定の態様において、前記(1)被検動物から採取された体液中の糖タンパク質から、本発明のLRG1の存在量を測定する工程を有する大腸癌検出方法とは、本発明の検出方法におけるマーカーを測定する工程が(a1)被検動物から採取された体液から全糖タンパク質を抽出する工程、および(a2)該全糖タンパク質中に含まれる前記マーカーの存在量を測定する工程、を含む本発明の大腸癌検出方法である。この方法は、被検動物から採取された体液中の糖タンパク質からLRG1のみを測定対象として、本発明の大腸癌マーカーの存在量を測定する工程を有する検出方法である。またこの検出方法は、好ましくは、質量分析装置等により、本発明のマーカーであるN結合型糖鎖を有するLRG1のペプチド断片を検出し、その存在量を測定することにより行なう。
【0029】
より特定の態様において、被検動物から採取された体液に含まれる全糖タンパク質を抽出し、抽出された全糖タンパク質をプロテアーゼ等によりペプチド断片化し(以下、断片化された糖タンパク質を「糖ペプチド断片」と称する)、得られた糖ペプチド断片の混合物から、本発明のマーカーであるN結合型糖鎖を有するLRG1のペプチド断片を質量分析装置等で検出する方法が挙げられる。断片化した糖ペプチド断片はそのまま質量分析装置で計測しても問題ないが、レクチンなどで予め濃縮することが望ましく、さらにはAALレクチン、SSAレクチン、またはECAレクチンを使って糖ペプチドを濃縮することが望ましい。質量分析装置による計測は、質量分析装置単体でも問題ないが、液体クロマトグラフィーやキャピラリー電気泳動などのクロマトグラフィーと組み合わせることが望ましい。目的の糖ペプチドの存在量を測定する方法としては、目的糖鎖ピーク面積を計測する方法が挙げられる。以下、本発明の大腸癌マーカーを検出する方法について工程ごとに詳細に説明する。
【0030】
被検動物から採取された体液から全タンパク質を取り出す工程は、体液に対し2〜10倍の溶媒を加える。溶媒はタンパク質を沈殿させるものであればどのようなものでもよく、アセトン、メタノール、エタノール、トリクロロ酢酸、塩酸水溶液などが好ましいが、アセトン、トリクロロ酢酸が特に好ましい。沈殿したタンパク質は変性後、還元アルキル化し、プロテアーゼを使いペプチド断片化する。プロテアーゼはタンパク質をペプチド断片に分解するものであればどのようなものでもよいが、トリプシン、リシルエンドペプチターゼ、またはその両方が用いることが望ましい。
【0031】
分解後のペプチドはそのまま分析してもよいが、抗体やレクチンを使って糖ペプチド断片を濃縮すること、特に、本発明の大腸癌マーカー由来の糖ペプチド断片を濃縮することが望ましい。具体的にはレクチンカラムを使って糖ペプチドを濃縮することが好ましく、特にAALレクチン、SSAレクチン、またはECAレクチンカラムを用いることが望ましい。検出方法は、濃縮した糖ペプチドの中から本発明の大腸癌マーカー由来の糖ペプチドを選択的に検出できる分析方法であれば、どのような方法でもよいが、好ましくは液体クロマトグラフィー質量分析装置が用いられる。LRG1の標準品の分解物と照合することで、混合物の中から本発明の大腸癌マーカー由来糖ペプチドを見分けることができる。
【0032】
別の態様において、前記(2)体液中の糖タンパク質から予めLRG1を分離する工程、および、分離されたLRG1に含まれる本発明のN結合型糖鎖の存在量を測定する工程を有することを特徴とする、大腸癌検出方法は、本発明の方法におけるマーカーを測定する工程が、(b1)前記体液中の全糖タンパク質からLRG1を分離する工程(LRG1分離工程(b1))、および(b2)該分離されたLRG1における前記マーカーの存在量を測定する工程(マーカー測定工程(b2))、を含む本発明の大腸癌検出方法である。なお、マーカー測定工程(b2)において測定されるマーカーは、本発明の大腸癌マーカーであり、本発明のN結合型糖鎖、本発明のN結合型糖鎖を有するLRG1、または本発明のN結合型糖鎖を有するLRG1のペプチド断片を含むマーカーである。
【0033】
以下、前記(b1)および(b2)について工程ごとに詳細に説明する。
前記LRG1分離工程(b1)としては、LRG1を特異的に認識して、その他の糖タンパク質も含む被検動物から採取された体液からLRG1を分離し得る方法であればいずれのものでもよい。具体的には、抗LRG1抗体を用いた免疫沈降法または抗体アフィニティーカラムによりLRG1を分離する方法が挙げられる。
【0034】
この(b1)工程の具体例としては、以下の方法が挙げられる。まず、アガロースビーズまたは磁気ビーズにLRG1に対する抗体を結合させる。ここで、結合の様式は共有結合でもよいし、ビオチン−アビジンによる結合でもよい。次に、抗体結合ビーズに対して被検動物から採取された体液を接触させ、ビーズ上の抗体にLRG1を結合させた後、ビーズを充分に洗浄し、さらに弱酸を用いてビーズ上の抗体からLRG1を遊離させることで、LRG1を分離する。
【0035】
次に、マーカー測定工程(b2)を行なう。前記LRG1分離工程(b1)で分離されたLRG1に含まれる、本発明のN結合型糖鎖、本発明のN結合型糖鎖を有する糖タンパク質、または本発明のN結合型糖鎖を有するペプチド断片からなるマーカーの存在量を測定する。以下、(b2)工程において本発明のN結合型糖鎖からなるマーカーの存在量を測定する場合について、より具体的に説明する。
【0036】
本発明のN結合型糖鎖からなるマーカーを検出する方法としてはいずれのものでもよいが、例えば、前記LRG1分離工程(A)で分離されたLRG1の糖鎖部分を、グリカナーゼやヒドラジンを使って分解して遊離させた後、測定の対象とする該糖鎖部分を必要に応じて誘導体化または化学修飾して、液体クロマトグラフィー等により本発明の糖鎖部分を分離することで、その存在量を測定することができる。
【0037】
LRG1から糖鎖部分を分解する方法としては、ヒドラジン分解法や、酵素(N−グリカナーゼ)消化法等が挙げられる。これらのうち、定量的に糖鎖を切断するにはヒドラジン分解法が好ましく、例えば、Y. Otake et al., J Biochem (Tokyo)129 (2001) 537-42に記載の方法等が好ましく用いられる。ここで、ヒドラジン分解法を用いた場合には、ヒドラジン分解によって脱離したアセチル基を再アセチル化する必要があり、例えば、K. Tanabe et al., Anal.Biochem. 348 (2006) 324-6.記載の方法等を用いることができる。
【0038】
上述のようにして調製した糖鎖において、検出したい糖鎖部分を標識、誘導体化する方法としては、特に限定されるものではないが、質量分析法装置を使う場合はイオン化効率を高める4級アンモニウム標識法、より具体的には、TMAPA (トリメチル(4-アミノフェニル)アンモニウムクロライド)を用いる標識方法が特に好ましい。蛍光検出器を使う場合は2-アミノピリジンにより糖鎖部分を標識することが好ましい。また、上述のようにして標識した糖鎖部分を誘導体化する方法として、標識にTMAPAを用いる場合は、例えば、M. Okamoto et al., Rapid Commun Mass Spectrom 9 (1995) 641-3.に記載の方法等が用いられ、標識に2-アミノピリジンを用いる場合はY. Otake et al., J Biochem (Tokyo) 129 (2001) 537-42に記載の方法等が用いられる。
【0039】
上述のようにして、標識、誘導化された糖鎖を分離する方法としては、液体クロマトグラフィーの他、電気泳動等を用いることができるが、好ましくは液体クロマトグラフィーを用いることができる。液体クロマトグラフィーの条件は特に限定されるものではないが、逆相または順相カラムが望ましく、溶離液が安定的に送液できるものであればどのような仕様でもよく、特に限定されるものではない。
【0040】
次に、本発明のN結合型糖鎖の存在量の測定を行なうが、この方法としては、本発明のN結合型糖鎖を選択的に検出できるものであれば、特に限定されるものではない。具体的な測定方法としては、紫外可視光吸収法、蛍光検出法、質量分析法、核磁気共鳴法、本発明の糖鎖部に特異的な抗体を用いる方法などが挙げられ、中でも、蛍光検出法や質量分析法が望ましい。
【0041】
蛍光検出法を用いて検出する場合は、上述の2−アミノピリジンなどの蛍光物質で予め糖鎖を標識化する必要がある。蛍光検出法の検出条件は、検出対象とする本発明の糖鎖部を検出できるものであれば、特に限定されるものではない。2−アミノピリジンを標識化合物に使った場合は、励起光に波長280nm〜330nm、蛍光検出に波長350nm〜420nmを選択することが好ましい。
【0042】
また、質量分析法を使う場合は上述の2−アミノピリジンやTMAPAにより予め糖鎖にイオン性化合物を付加することが望ましく、特にTMAPAを用いることが望ましい。質量分析法を用いて検出する場合、質量分析装置の検出範囲としては、検出対象とする本発明の糖鎖部を検出できる範囲であれば、特に限定されるものではない。イオン化法はESIの他、APCIなどでもよいが、ESIが最も好ましい。質量分析装置は四重極型、TOF型、イオントラップ型、磁場型、フーリエ変換型のいずれでもよいが、定量性の高い四重極型、感度の高いTOF型、イオントラップ型が特に好ましい。また、検出するイオンは、親イオンに限定されるものではなく、フラグメントイオン、付加イオン、2量体イオンなど関連イオンであってもよい。このようにして求められる本発明の癌マーカーの含有量を測定する方法としては、検出対象とする糖鎖(本発明の糖鎖部)に相当するピークのピーク面積を計測する方法等が挙げられる。なお、質量分析法を用いて検出する場合、液体クロマトグラフィーの機能も有するLS−MSを用いることが好ましい。
【0043】
また、上述した方法の他、被検動物から採取された体液から、本発明のN結合型糖鎖を有する糖タンパク質を分離する工程と、分離された本発明のN結合型糖鎖をもつ糖タンパク質に含まれるLRG1の存在量を測定する工程とを含む方法を用いることもできる。すなわち、本発明の方法におけるマーカーを測定する工程が、(c1)前記体液中の全糖タンパク質から本発明のN結合型糖鎖を有する糖タンパク質を分離する工程、および(c2)該分離された糖タンパク質におけるLRG1の存在量を測定する工程、を含む大腸癌検出方法である。
【0044】
(評価方法)
上述の本発明の検出方法により、被検動物から採取された体液中の本発明の大腸癌マーカーの存在量、または本発明の大腸癌マーカーの存在量に基づく算出値を指標として、該体液を提供した被検動物の大腸癌の可能性を判断することができる。
【0045】
「本発明の大腸癌マーカーの存在量に基づく算出値」とは、「本発明の大腸癌マーカーの存在量」と、他の指標とを組み合わせ、算出したものをいう。「本発明の大腸癌マーカーの存在量」と組み合わせる指標としては、大腸癌判定の精度が上がれば特に制限されるものではないが、他の癌マーカー値、生化学検査値、特定のタンパク質量や全タンパク質量、代謝物の発現量等が挙げられ、より具体的には、体液中の総糖タンパク質量(体液中に含まれる全ての糖タンパク質の存在量の総量をいう。)、体液中のLRG1の総量(糖鎖の構造に関わらず、体液中に含まれるLRG1の存在量の総量をいう。)、質量分析または蛍光検出器で検出した全ピークの合計面積などが挙げられる。中でも、本発明の大腸癌マーカーの存在量と、LRG1の総量との比を指標とすることや、本発明の大腸癌マーカーの存在量と、体液中の総糖タンパク質量との比を指標とすることが好ましい。
【0046】
組み合わせる他の指標の数は限定されないが、「本発明の大腸癌マーカーの存在量」を含め、2〜5個が好ましく、2〜3個が特に好ましい。組み合わせの方法(計算方法)は特に限定されるものではないが、2個の指標を組み合わせるときは和、差、比や線形一次式を用いたり、3個以上の指標を組み合わせるときは、線形一次式を用いたりすることが好ましい。
【0047】
本発明における大腸癌検出方法では、大腸癌マーカー糖タンパク質の存在量として、その絶対量を必ずしも求める必要はなく、上記測定方法などで検出された個々の大腸癌マーカー糖タンパク質固有のピークを数値化したり、基準とするピークとの比を求めたりすることによっても求めることもできる。この具体的な方法としては、検出された各ピークの高さを数値化する方法、ピーク面積を数値化する方法等があり、液体クロマトグラフィーでは定量性を有する測定方法であるのでどちらかに限定されるものではないが、LC−MS法ではピーク面積を数値化する方法が、精度がよく、好ましい。
【0048】
被検動物の大腸癌の可能性を判断するにあたっては、例えば、被検動物の体液中の本発明の大腸癌マーカーの存在量、または本発明の大腸癌マーカーの存在量に基づいて算出される値を、参照値または予め設定されたカットオフ値と比較することにより行なう。
【0049】
本発明における参照値とは、比較対象とする非癌動物から採取された体液中の本発明の大腸癌マーカーの存在量、または本発明の大腸癌マーカーの存在量のことであり、具体的には、健常者、非癌患者(糖尿病患者など)、および大腸病変のある非癌患者(子宮内膜症、大腸腫瘍)からなる群から選ばれる少なくとも一種の、体液中の本発明の大腸癌マーカーの存在量、または本発明の大腸癌マーカーの存在量のことであり、複数のサンプルの平均値を用いることが好ましい。
【0050】
「本発明の大腸癌マーカーの存在量」は、非癌動物の体液中では少ないが、大腸癌動物の体液中では顕著に多くなる。従って、特定の態様において、本発明の大腸癌検出方法において体液中の「本発明の大腸癌マーカーの存在量」または該大腸癌マーカーの存在量に基づく算出値が前記参照値より有意に大きいとき又は予め設定されたカットオフ値より大きいときに、その被検動物は大腸癌を発症している可能性が高いということができる。
【0051】
また、本発明におけるカットオフ値とは、本発明の検出方法により得られた大腸癌マーカーの存在量又は大腸癌マーカーの存在量に基づく算出値と比較して、大腸癌を有する動物と非癌動物を区別する値を指す。好ましくは、カットオフ値は、ROC解析に基づき設定される。
【0052】
<大腸癌予防薬または治療薬の評価方法>
また、本発明は、大腸癌を有する又は大腸癌の素因を有する被検動物における大腸癌予防薬もしくは治療薬を用いた処置の効果を評価する方法を提供する。具体的には、大腸癌を有する又は大腸癌の素因を有する被検動物における大腸癌の治療薬または予防薬を用いた処置の応答性を決定する方法であって、(1)処置前に該被検動物から得られた体液中の本発明の大腸癌マーカーの存在量を測定する工程、および(2)処置後に該被検動物から得られた体液中の本発明の大腸癌マーカーの存在量を測定する工程、を含む、方法である。このように、大腸癌予防薬もしくは治療薬を動物に投与した後に、該動物より採取された体液中の本発明の大腸癌マーカーの存在量を測定し、得られた本発明の大腸癌マーカーの存在量またはその値に基づき算出される値を指標とすることによって、該動物における大腸癌の予防もしくは治療効果の評価を行うこともできる。
【0053】
例えば、本発明の大腸癌マーカーの存在量またはその存在量に基づく算出値を、大腸癌予防薬もしくは治療薬投与前((1)において得られた値)と投与後数日〜数ヵ月の時点((2)において得られた値)において比較し、後者における本発明の大腸癌マーカーの存在量またはその値に基づいて算出される値が低下していれば予防または治療効果があったと判断することができる。評価対象の動物として好ましくはヒトである。
【0054】
ここで用いる大腸癌治療薬としては、例えば、シスプラチン、タキソール、カルボプラチン、パクリタキセル、ドセタキセルなどが挙げられる。
【0055】
<大腸癌予防薬又は治療薬候補化合物の評価方法>
さらに、本発明は、大腸癌予防薬候補化学物又は大腸癌治療薬候補化合物を評価する方法を提供する。具体的には、大腸癌予防薬候補化学物又は大腸癌治療薬候補化合物を評価する方法であって、(1)処置前に該被検動物から得られた体液中の本発明の大腸癌マーカーの存在量を測定する工程、および(2)処置後に該被検動物から得られた体液中の本発明の大腸癌マーカーの存在量を測定する工程、を含む方法である。このように、大腸癌予防薬または治療薬の候補化合物を動物に投与した後に該動物より採取された体液中の本発明の大腸癌マーカーの存在量を測定し、該本発明の大腸癌マーカーの存在量またはそれから算出される値を指標とすることによって、該候補化合物の大腸癌の予防もしくは治療効果を評価することもできる。
【0056】
例えば、本発明の大腸癌マーカーの存在量またはその存在量に基づく算出値を、候補化合物投与前((1)において得られた値)と投与後数日〜数ヵ月の時点((2)において得られた値)において比較し、後者における本発明の大腸癌マーカーの存在量または存在量に基づく算出値が低下していれば、該候補化合物は大腸癌予防薬または治療薬の有力な候補物質であると判断することができる。
【0057】
ここで用いる候補化合物としては、低分子化合物でもよいし、ペプチドやタンパク質(抗体)などであってもよい。また、評価対象の動物として好ましくはヒトである。
【0058】
<大腸癌の手術処置の効果の評価方法>
さらに、本発明は、大腸癌を有する又は大腸癌の素因を有する被検動物における手術処置の効果を評価する方法を提供する。具体的には、大腸癌を有する又は大腸癌の素因を有する被検動物における手術処置の効果を評価する方法であって、(1)処置前に該被検動物から得られた体液中の本発明の大腸癌マーカーの存在量を測定する工程、および(2)処置後に該被検動物から得られた体液中の本発明の大腸癌マーカーの存在量を測定する工程、を含む、方法である。このように、手術の処置前後に被検動物より採取された体液中の本発明の大腸癌マーカーの存在量を測定し、該本発明の大腸癌マーカーの存在量またはそれから算出される値を指標とすることによって、手術処置の効果を評価することもできる。
【0059】
例えば、本発明の大腸癌マーカーの存在量またはその存在量に基づく算出値を、手術処置前((1)において得られた値)と手術処置後数日〜数ヵ月の時点((2)において得られた値)において比較し、後者における本発明の大腸癌マーカーの存在量または存在量に基づく算出値が低下していれば、手術処置が成功したと判断することができる。一方、後者における本発明の大腸癌マーカーの存在量または存在量に基づく算出値が上昇している場合、手術処置が成功しなかったか、大腸癌の再発が疑われる。
【0060】
ここで行われる手術処置は、被検動物から大腸癌を取り除く手術であれば任意の手術処置で良い。また、評価対象の動物として好ましくはヒトである。
【0061】
<大腸癌検出用測定キットまたは装置>
本発明の大腸癌検出用測定キットまたは大腸癌検出用測定装置(以下、「本発明のキット」または「本発明の装置」と称する場合がある。)とは、本発明のLRG1の存在量を測定し得る試薬を含んでいることを特徴とする、大腸癌検出用キットまたは装置である。
【0062】
即ち、本発明のキットまたは装置は、一種類以上の本発明の大腸癌マーカー糖タンパク質の体液中の存在量を測定し得る試薬を含むものである。このような試薬としては、LRG1を特異的に認識する抗体や、本発明の糖鎖部を特異的に認識する抗体、タンパク質をペプチド断片に分解する酵素などが挙げられる。ここで使用する抗体としては、ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体、これらのフラグメントのいずれであってもよい。このような抗体は、LRG1や、本発明の糖鎖部あるいはタンパク質部を抗原として公知の方法により取得することができる。また、抗体に加えて、本発明の糖鎖部を特異的に認識するレクチンを加えてもよい。
【0063】
本発明のキットまたは装置は、大腸癌の検出だけではなく、大腸癌の治療効果または予防効果の評価や、大腸癌の治療薬または予防薬の候補化合物の評価用いることができる。
【0064】
<大腸癌を検出するための大腸癌マーカーの使用>
本発明はまた、大腸癌を検出するための本発明の大腸癌マーカーの使用を提供する。好ましくは、in vitroにおける本発明の方法における使用である。
【実施例】
【0065】
次に、本発明を実施例により更に詳細に説明するが、本発明はその要旨を超えない限り以下の実施例に限定されるものではない。
【0066】
[測定条件]
血清サンプルから得られた糖ペプチドについて液体クロマトグラフィー(Agilent HP1200、Agilent technologies社製)および質量分析装置(Q-TOF 6520、Agilent technologies社製)を用いて以下の条件で測定を行なった。
液体クロマトグラフィーのカラムはイナートシルODS4(内径1.5mm,長さ100mm,粒径2μm)を用いた。溶離液にはA液:0.1%ギ酸水溶液,B液:0.1%ギ酸、90%アセトニトリル水溶液を使用し、40分間かけてB液比率を10%から56%まで直線的に変化させた後、さらに10分間B液比率を56%に維持した。カラムオーブン温度は40℃、流速は0.1ml/分とした。質量分析はネガティブモードとし、キャピラリーボルテージ:4000V,ネブライザーガス量:45psi,ドライガス10L/分(350℃)にて測定した。
ペプチド同定を目的とした前記質量分析装置を用いたMSMS測定のコリジョンエネルギーは各ペプチドに応じて20eV〜70eV間で最適化した。
【0067】
[ROC解析によるAUC値]
AUC値は以下のようにして算出した。比較したいサンプルを2群(グループA(非癌患者)と、グループB(大腸癌患者))に分け、AUC値算出の対象とするマーカーのカットオフ(閾値)を0から∞に変化させたときの感度(大腸癌患者の陽性率)および1−特異度(非癌患者群の陰性率)をプロットしてROCカーブを作成した。ROCカーブは、縦1×横1の正方形の中に描かれ、感度=1、特異度=1の場合(すなわち大腸癌患者群を完全に非癌患者と識別できる場合)は左上の頂点を通る線となる。AUC(Area Under Curve)値とは、ROCカーブにより区切られた正方形の右下部分の面積のことである(感度=1、特異度=1のときにAUCは1となる)。
【0068】
[実施例1] 大腸癌患者の血清中に存在するロイシンリッチαグリコプロテイン1(LRG1)の糖鎖の検出および本発明の糖タンパク質含有量の測定
インフォームドコンセントを取得した血清をがん研究会有明病院、総合医科学研究所より入手した。はじめに、入手した血清サンプルを以下のグループに分類した。
グループ1:大腸癌患者グループ 30名
グループ2:健常者グループ 68名
【0069】
次に各患者の血清100μLに対しアセトン400μLを加えた後、12,000rpm、20分間、4℃で遠心分離(ハイマックCT1、日立工機)し、タンパク質を沈殿させた。上清を除去後、沈殿物に尿素を含む変性剤(尿素0.4g、1Mトリス塩酸バッファー(pH8.5)500μL、0.1M EDTA水溶液50μL、1M TCEP水溶液20μL、水190μL)を加え、タンパク質を変性後、ヨードアセトアミド180mgにより還元アルキル化を行った。変性剤、還元剤を除去後、トリプシンを添加してタンパク質をペプチド断片化し、それをAALレクチンカラムによりフコース含有糖ペプチドを濃縮した。調整したフコース含有糖ペプチド断片を、上述の条件で、液体クロマトグラフィー(Agilent HP1200、Agilent technologies社製)・質量分析装置(Q-TOF 6520、Agilent technologies社製)(以下、「LC−MS」と称することがある。)を用いて分析し、各血清に含まれるすべての糖ペプチド断片の構造を解析した。まず、全ピークについてグループ1とグループ2に対するT検定を行い、P値が10−3以下のピークを抽出した。次ぎにこれらのピークを対象にグループ2のピーク強度の平均値に対し、グループ1のピーク強度の平均値が3倍以上のピークを抽出した。次にこれらのピークを対象にROC解析を実施し、AUCが80%以上のピーク1個を抽出した。
【0070】
このピークを液体クロマトグラフィーで単離後、MSMS解析し、マスコットデータベース検索(Mascot Database:http://www.matrixscience.com/)をしたところ、ロイシンリッチα2グリコプロテイン1由来のペプチド(配列番号1のアミノ酸配列の48番目から92番目まで)であることがわかった。このことは市販の精製標品ロイシンリッチα2グリコプロテイン1(糖鎖を有する。)のMSMS解析との照合によっても確認された(図1)。また本糖ペプチドと、糖鎖を脱離させたペプチドの質量数差、および糖鎖解析から、本ペプチドにはA3G3S3F1が結合していることが推測された。なお、本糖ペプチドのペプチド部(糖鎖が結合していない状態)の質量数は4841.4であるが、システイン残基がアセトアミド化されたペプチドの質量数は4898.4となる。糖鎖部の質量数はそれぞれ、Asn79に結合するA3G3S3Fの質量数が3025.1であり、これらが脱水縮合して生成する本糖ペプチドの質量数は7905.5である。この糖ペプチドを質量分析装置ネガティブモードの4価イオン(m/z=1975.4,1975.6,1975.9,1976.1,1976.4など)や、3価イオン(m/z=2634.2,2634.5,2634.8,2635.2, 2635.5など)において検出し、その強度比を比較した。
【0071】
本糖ペプチドを以後ペプチドAと称する。各グループにおけるペプチドAの発現量(上記LC−MS解析で測定されたピーク強度:各m/zにおけるクロマトグラムを抽出(エクストラクテッド・イオンクロマトグラム)後、ピーク形状をスムージングし、ピーク始点から終点までの積分強度をピーク強度とした。)と既存大腸癌マーカーCEAおよびCA19−9の発現量(CLIA (Chemiluminescent Immuno Assay)法にて測定)とを比較した。また、グループ1とグループ2とのROC解析をペプチドAの発現量とCEAおよびCA19−9の発現量それぞれについて行い、個々のAUC値を比較した。その結果、ペプチドA(AUC=0.84)は、CEA(AUC=0.79)およびCA19−9(AUC=0.71)を上回った(図2)。
図1
図2
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]