(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
棒状の回転ツールを被接合材に回転させつつ押し込み、前記回転ツールと前記被接合材との少なくとも一方を接合線に沿って相対的に移動させることにより、当該被接合材を接合する摩擦攪拌接合方法であって、
空気の組成よりも低い酸素濃度のシールドガスを前記回転ツールの先端部の周囲に連続的に供給しながら接合し、
シールドガスの流量と、回転ツールの先端部の周囲の雰囲気中の酸素濃度と、の関係を回転ツールの回転数ごとに求め、
前記関係から前記回転ツールの回転数における前記シールドガスの流量を選定することを特徴とする摩擦攪拌接合方法。
【背景技術】
【0002】
合金の接合方法として、先端に突起(回転プローブ)が形成された円柱状の工具(以後、回転ツール)を利用し、被接合材を接合する摩擦攪拌接合と呼ばれる接合方法が知られている。この摩擦攪拌接合は、被接合材の接合部(接合する2つのワークを突き合わせた境界部)に、上記回転ツールの回転プローブを回転させながら挿入し、かつ、この回転ツールを接合部に沿って回転させながら移動させることによって、回転ツールと接合部との間に発生する摩擦熱により、被接合材を接合させる接合方法である。
【0003】
ところで、摩擦攪拌接合では、鉄を主成分とした合金に適用した場合、回転ツール自体も接合時に高温に晒されることとなる。これにより、被接合材に接触する部分が容易に酸化されて摩耗し、回転ツールの寿命が非常に短くなるという問題があった。具体的には、回転ツールの接合部が酸化するとその靭性が低下して、ちょっとした衝撃的な力が作用すると破断することがあった。つまり、摩擦攪拌接合の際、接合母材の押さえ、合わせのずれに起因する力、或いは、回転ツールの軸方向に対して何らかの原因で横方向の力が作用した場合に、回転ツールの接合部が破断してしまうことがあった。
【0004】
一方、回転ツールの接合部が酸化すると、その部分の硬度が減少してしまうため、回転ツール先端のピンが削れてしまう場合があった。この削れた量が限界に達すると、回転ツールの交換が必要となるという課題があった。
【0005】
上記の技術課題を解決するために、回転ツールに機械的な強度を付加して、回転ツールの破断等を防止する方法が開示されている。例えば、特許文献1には、回転ツールの表面に劣化防止(酸化及び摩耗)のためのコーティングを行い、回転ツールの寿命を向上させる方法が開示されている。同様に、特許文献2には、窒化アルミニウムからなる皮膜が形成された回転ツールを備える摩擦攪拌接合装置が開示されている。しかしながら、これらの方法では、回転ツールの製作や表面加工に起因するコスト上昇が避けられないという課題があった。
【0006】
また、特許文献3には、ロックウエル硬さ(HRA)及びビッカース硬さ(Hv)を特定した超硬合金からなる回転ツールを採用して、回転ツールの減耗等による変形を防止する技術が開示されている。さらに、特許文献4には、硬い被接合材を接合する場合にも欠損しにくい摩擦攪拌接合用回転ツールとして、回転ツールの形状を特定する技術が開示されている。しかしながら、いずれの技術も、特定の材質や形状を有する回転ツールを必要とするものであり、コスト上昇の回避は困難であった。
【0007】
ところで、回転ツールの酸化を防止するためには、回転ツール周囲の雰囲気中の酸素濃度を低減する方法が考えられる。例えば、特許文献5には、被接合材の接合部の強度を改善することを目的として、接合部の周囲の雰囲気中の酸素濃度を1%以下にする技術が開示されている。具体的には、接合部分の周囲を容器で囲んで密閉した後に容器内の大気を排出し、同時に不活性ガスであるアルゴンガスを供給する方法が開示されている。
【0008】
また、特許文献6には、摩擦攪拌接合における接合部のブローホールの発生を防止することを目的として、回転子の周囲をカバーで被覆し、回転子とカバーとの間の空間に不活性シールドガスを供給することで回転子の下部付近(すなわち接合部)の空間を実質的に不活性ガス雰囲気とする技術が開示されている。
【0009】
しかしながら、特許文献5及び6は、接合部分の強度を改善することを目的とした技術であり、シールドガス供給によって回転ツール自体の酸化を防止する技術については開示されていない。
【0010】
また、特許文献7には、摩擦攪拌接合において回転ツールの酸化を防止することを目的として、回転ツールをアルゴンガスでシールする方法が開示されている。具体的には、1000rpmで回転する回転ツールをシールド管で囲み、回転ツールとシールド管とによって囲まれた環状路にアルゴンガスを毎分20〜30l供給する例が開示されている。
【0011】
また、特許文献8には、回転ツールの耐久性改善の視点から、回転ツールを被覆して接合部分にシールドガスを供給しながら接合する方法が開示されている。しかしながら、特許文献7及び8には、回転ツールの酸化を防ぐための雰囲気とシールドガスの流量との関係については開示されていない。
【0012】
一方、摩擦攪拌接合における回転ツールの接合部の酸化を低減する方法として、摩擦攪拌接合の際の当該接合部の温度上昇を抑える方法が考えられる。例えば、特許文献7には、接合部の温度を下げる為に、接合部にアルゴンガス又は水を供給する方法が開示されている。しかしながら、特許文献7には、冷却による定量的な酸化の低減効果についての開示は無く、実際の摩擦攪拌接合で利用できる技術情報は開示されていない。
【0013】
また、特許文献9には、ツール本体の温度上昇を抑制して、ツール本体の長寿命化を図ることを目的として、ツール本体の外周面に着脱可能な銅リングからなる抜熱体を設ける技術が開示されている。また、特許文献10には、回転ツールの内部に中空部を設け、この中空部に冷媒を流すことによりツールを冷却する方法が開示されている。しかしながら、特許文献9及び10に開示された方法では、回転ツール自体の構造が複雑な特注品となるため、回転ツールの製造コストが上昇してしまうという課題があった。
【0014】
さらに、特許文献11には、摩擦攪拌接合の際の接合部に0℃以下の冷媒(例えば、液体二酸化炭素)を供給して、接合部の温度上昇を抑える方法が開示されている。しかしながら、特許文献11に開示された方法では、摩擦攪拌接合装置の冷却システムが複雑になり、装置の価格上昇を招いてしまうという課題があった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本発明は、上記の課題を解決するためになされたものであって、摩擦攪拌接合における回転ツールの酸化を防止して、回転ツールの寿命の改善が可能な摩擦攪拌接合方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上記の課題を達成するために、本発明は以下の構成を採用した。
すなわち、本願の請求項1に係る発明は、棒状の回転ツールを被接合材に回転させつつ押し込み、前記回転ツールと前記被接合材との少なくとも一方を接合線に沿って相対的に移動させることにより、当該被接合材を接合する摩擦攪拌接合方法であって、
空気の組成よりも低い酸素濃度のシールドガスを前記回転ツールの先端部の周囲に連続的に供給しながら接合
し、
シールドガスの流量と、回転ツールの先端部の周囲の雰囲気中の酸素濃度と、の関係を回転ツールの回転数ごとに求め、
前記関係から前記回転ツールの回転数における前記シールドガスの流量を選定することを特徴とする摩擦攪拌接合方法である。
【0018】
また、本願の請求項2に係る発明は、前記回転ツールの先端部の周囲の雰囲気中の酸素濃度が、4体積%以下であることを特徴とする請求項1に記載の摩擦攪拌接合方法である。
【0020】
また、本願の請求項
3に係る発明は、前記シールドガスの流量をA(l/min)とし、前記回転ツールの回転数をB(rpm)とした際に、下記式(1)の関係を満たすことを特徴とする請求項
1又は2に記載の摩擦攪拌接合方法である。
A=0.663×B−5.5 ・・・(1)
【0021】
また、本願の請求項
4に係る発明は、前記シールドガスを前記回転ツールの軸方向下向きに供給することを特徴とする請求項1乃至
3のいずれか一項に記載の摩擦攪拌接合方法である。
【0022】
また、本願の請求項
5に係る発明は、空気よりも高い熱伝導率のシールドガスを供給することを特徴とする請求項1乃至
4のいずれか一項に記載の摩擦攪拌接合方法である。
【0023】
また、本願の請求項
6に係る発明は、前記回転ツールの回転数が一定となった後に、空気よりも高い熱伝導率のシールドガスを供給することを特徴とする請求項
5に記載の摩擦攪拌接合方法である。
【0024】
また、本願の請求項
7に係る発明は、前記シールドガスが、ヘリウム又は水素の少なくとも一方を含む混合ガスであることを特徴とする請求項
5又は
6に記載の摩擦攪拌接合方法である。
【0025】
また、本願の請求項
8に係る発明は、前記シールドガス中の水素ガス濃度が、10体積%以下であることを特徴とする請求項
7に記載の摩擦攪拌接合方法である。
【0026】
また、本願の請求項
9に係る発明は、前記被接合材の材質に応じて、前記シールドガスの組成を選択することを特徴とする請求項
5乃至
8のいずれか一項に記載の摩擦攪拌接合方法である。
【0027】
また、本願の請求項1
0に係る発明は、前記被接合材が鉄を主成分とした合金の場合に、前記シールドガスの熱伝導率を80mW/m/K以上とすることを特徴とする請求項
9に記載の摩擦攪拌接合方法である。
【0028】
また、本願の請求項1
1に係る発明は、摩擦攪拌接合が線接合であることを特徴とする請求項
5乃至1
0のいずれか一項に記載の摩擦攪拌接合方法である。
【発明の効果】
【0029】
本発明の摩擦攪拌接合方法は、空気の組成よりも低い酸素濃度のシールドガスを回転ツールの先端部の周囲に連続的に供給しながら接合するため、回転ツールの先端部の周囲の雰囲気中の酸素濃度を空気の酸素濃度よりも低くすることができる。これにより、回転ツールの酸化を防止することができ、回転ツールの寿命を改善することができる。
【0030】
また、本発明の摩擦攪拌接合方法は、回転ツールの先端部の周囲に連続的に供給するシールドガスの熱伝導率を空気よりも高くすることにより、回転ツールの温度上昇を抑制することができる。これにより、回転ツールの酸化をより効果的に防止することができ、回転ツールの寿命をさらに改善することができる。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、本発明を適用した一実施形態である摩擦攪拌接合方法について、その方法に用いる摩擦攪拌接合装置とあわせて、図面を用いて詳細に説明する。
なお、以下の説明で用いる図面は、特徴をわかりやすくするために、便宜上特徴となる部分を拡大して示している場合があり、各構成要素の寸法比率などが実際と同じであるとは限らない。
【0033】
<第1の実施形態>
先ず、本発明を適用した一実施形態である摩擦攪拌接合方法に用いる摩擦攪拌接合装置の構成について説明する。
図1は、本発明を適用した第1実施形態の摩擦攪拌接合装置1の一例を示す系統図である。
【0034】
本実施形態の摩擦攪拌接合方法に適用可能な摩擦攪拌接合装置1は、
図1に示すように、ツールホルダ2に棒状の回転ツール3が固定されており、回転ツール3はツールホルダ2と共に回転するように構成されている。この回転ツール3の先端には、被接合材の金属上を移動するプローブ4が接続されている。また、ツールホルダ2は、ガスノズル5の内側に設置されている。そして、ツールホルダ2とガスノズル5との間の空間は、環状の空間(環状空間)6を構成しており、この環状空間6内にシールドガス7を供給可能とされている。
【0035】
また、摩擦攪拌接合装置1は、酸素を含まないガス供給源8A〜8Cと、ガス混合器12と、を備えている。これにより、ガス供給源8A〜8Cから供給された1種以上のガスをガス混合器12によって混合し、任意の成分に調整した混合ガスをシールドガス7として環状空間6に供給することができる。
【0036】
より具体的には、
図3に示すように、ツールホルダ2に取り付けられた回転ツール3の長さ(すなわち、ツールホルダ2の取り付け面からの高さ)L1は、特に限定されるものではなく、適宜選択することができる。具体的には、例えば、4〜25mmの範囲であることが好ましく、6〜15mmの範囲であることがより好ましい。
【0037】
回転ツール3に接続されているプローブ4の長さ(すなわち、回転ツール3の底面3aからの高さ)L2は、特に限定されるものではなく、被溶接材の厚さに応じて適宜選択することができる。具体的には、例えば、0.5〜3.0mmの範囲であることが好ましく、0.8〜2.0mmの範囲であることがより好ましい。
【0038】
ところで、被接合材を摩擦攪拌接合するには、プローブ4を被溶接材に没入させる。その際、ガスノズル5が被接合材に接触することがないように、回転ツール3の底面3aよりもガスノズル5の底面5aを高くする(オフセットさせる)ことが好ましい。回転ツール3の底面3aに対するガスノズル5の底面5aのオフセット距離L3は、特に限定されるものではなく、適宜選択することができる。具体的には、例えば、3〜25mmの範囲とすることが好ましく、5〜15mmの範囲とすることがより好ましい。
【0039】
また、環状空間6の幅(すなわち、ツールホルダ2の外周面とガスノズル5の内周面との間の距離)Wは、特に限定されるものではなく、適宜選択することができる。具体的には、例えば、3〜25mmの範囲とすることが好ましく、5〜15mmの範囲とすることがより好ましい。
【0040】
次に、上述した摩擦攪拌接合装置1を用いた、本実施形態の摩擦攪拌接合方法について説明する。
一般的に、摩擦攪拌接合では、
図2に示すように、回転ツール3を回転させつつプローブ4を被接合材10,11に押し込む。次いで、回転ツール3と被接合材10,11との少なくとも一方を接合線Tに沿って相対的に移動させることにより、プローブ4が接合対象の金属上を移動して、被接合材10,11を接合する。
【0041】
ここで、本実施形態の摩擦攪拌接合方法は、上記摩擦攪拌接合の際に、空気の組成よりも低い酸素濃度のシールドガス7を、回転ツール3及びその先端のプローブ4の先端部(以後、単に先端部と言う)の周囲に連続的に供給しながら接合するものである。
【0042】
具体的には、
図1及び
図2に示すように、シールドガス7をガスノズル5内の環状空間6に、回転ツール3の軸方向下向きに連続的に供給する。これにより、シールドガス7は、環状空間6を回転ツール3に沿って下向きに移動し、回転ツール3及びその先端のプローブ4の周囲に供給される。その結果、シールドガス7が、環状空間6内のみならず、回転ツール3及びその先端のプローブ4(以後、単に先端部と言う)の周囲を常にとり囲むことになる。
【0043】
ところで、回転ツール3の回転持の、先端部の周囲の雰囲気中の酸素濃度は、当該回転ツール3の回転に伴う巻き込みや撹拌効果による影響が大きいと考えられており、そのメカニズムの詳細は不明である。しかしながら、本願発明者らは、少なくとも、回転ツール3の回転持において、回転ツール3の周辺から先端部の周囲にシールドガス7を連続的に供給するといった簡便な方法によって、先端部の周囲の雰囲気中の酸素濃度を低減可能であることを見出した。すなわち、本実施形態の摩擦攪拌接合方法によれば、ガスノズル5の底面が開放しているにも関わらず、ガスノズル5の外側の空気の、回転ツール3の先端部の周囲の雰囲気への混入を効果的に遮断することができる。
【0044】
シールドガス7中の酸素濃度は、少なくとも空気の組成よりも低ければ、特に限定されるものではないが、1000体積ppm以下であることが好ましく、10体積ppm以下であることがより好ましい。
【0045】
また、シールドガス7の成分は、上記酸素濃度の条件を満たせば特に限定されるものではなく、適宜選択することができる。具体的には、シールドガス7としては、例えば、アルゴンガス、窒素ガス及びヘリウムガス等の不活性ガス又はそれらの混合ガス、あるいはその他のガスを含む混合ガスを用いることができる。
【0046】
ところで、環状空間6にシールドガス7をより多量に供給すると、回転ツール3の先端部周囲の雰囲気中の酸素濃度は低下する。しかしながら、経済性を考慮すると、シールドガス7の供給量は少ないほうが好ましい。ここで、本願発明者らは、
図1に示す摩擦攪拌接合装置1を用いて検討した結果、シールドガスの供給量を増やしても、回転ツール3の先端部周囲の雰囲気中の酸素濃度は減少しなくなる流量(以後、最少供給量)が存在することを見出した(後述する実施例を参照)。
【0047】
すなわち、本実施形態の摩擦攪拌接合方法によれば、シールドガスの流量と、回転ツールの先端部の周囲の雰囲気中の酸素濃度と、の関係を回転ツールの回転数ごとに求め、当該関係から、選定した運転条件(すなわち、回転ツールの回転数)における最少供給量のシールドガスの流量を決定することが好ましい。
【0048】
具体的には、
図1に示す摩擦攪拌接合装置1を用い、シールドガスとしてアルゴンガスを用いた場合、シールドガス7の流量をA(l/min)とし、回転ツール3の回転数をB(rpm)とした際に、下記式(1)の関係を満たす条件を選定することが好ましい。これにより、回転ツール3の先端部の周囲の雰囲気中の酸素濃度を約4体積%以下に、効率的に低減することが可能である。そして、その環境で摩擦攪拌接合を行うことにより、摩擦攪拌接合装置1における回転ツール3の寿命を大幅に改善することができる。
A=0.663×B−5.5 ・・・(1)
【0049】
なお、本実施形態の摩擦攪拌接合方法において、回転ツール3の先端部の周囲の雰囲気中の酸素濃度の測定は、例えば、
図3に示す方法で行うことができる。
具体的には、
図3に示すように、先ず、回転ツール3に接続されたプローブ4の先端が被接合材10(11)からの高さHとなるように、摩擦攪拌接合装置1を引き上げた状態で固定する。ここで、高さHは、特に限定されるものではなく、適宜選択することができる。具体的には、例えば、3〜25mmの範囲とすることが好ましく、3〜10mmの範囲とすることがより好ましい。
【0050】
次に、回転ツール3の回転を所定の回転数となるように回転させた後、シールドガス7を環状空間6に所定の流量で供給する。そして、回転ツール3の回転数及びシールドガス7の流量が一定となった後に、例えば、
図3中の符号Pで示す位置(回転ツール3の下方側かつプローブ4の接合方向の前方側)で酸素濃度を測定し、定常状態になった時の値を記録する。また、酸素濃度は、非接触式の測定装置(例えば、東レエンジニアリング株式会社製、ジルコニア式酸素濃度計)を用いることが好ましい。
【0051】
ところで、回転ツール3の酸化を防止する観点では、回転ツール3の先端部を完全に酸素から遮断された環境とすれば、更に回転ツールの寿命が改善されると考えられる。回転ツール3の先端部が完全に酸素から遮断された環境を実現するためには、摩擦攪拌接合装置1の全体を空気から遮断するか、或いは、回転ツール3の先端部のみを空気から遮断する必要がある。しかしながら、前者の方法では、設備価格の高騰や作業性の低下といった問題の回避が困難となる。一方、後者の方法では、高速で回転する回転ツール3の軸部分のシールが困難である。
【0052】
これに対して、本実施形態では、シールドガス7をガスノズル5内の環状空間6に、回転ツール3の軸方向下向きに連続的に供給するという簡便な方法により、回転ツール3の先端部の周辺の雰囲気(周辺環境)の酸素濃度を約2〜5%とし、それによって、回転ツール3の寿命を延長できるため、経済的なメリットも大きい。
【0053】
以上説明したように、本実施形態の摩擦攪拌接合方法によれば、空気の組成よりも低い酸素濃度のシールドガス7を、プローブ4を含む回転ツール3の先端部の周囲に連続的に供給しながら接合するため、回転ツール3の先端部の周囲の雰囲気中の酸素濃度を空気の酸素濃度よりも低くすることができる。これにより、回転ツール3の酸化を防止することができ、回転ツール3の寿命を改善することができる。
【0054】
<第2の実施形態>
次に、本発明を適用した第2の実施形態について説明する。本実施形態の摩擦攪拌接合方法は、上述した第1実施形態の摩擦攪拌接合方法の構成に加えて、さらに、シールドガス7の熱伝導率を制御する構成となっている。したがって、本実施形態の摩擦攪拌接合方法については、第1の実施形態と同一の構成部分については説明を省略する。なお、本実施形態の摩擦攪拌接合方法では、第1実施形態と同様に、摩擦攪拌接合装置1を用いて実施することができる。
【0055】
本実施形態の摩擦攪拌接合方法は、摩擦攪拌接合の際の回転ツール3の温度上昇を抑えることによって、回転ツール3の接合部の酸化を低減するものである。具体的には、摩擦攪拌接合装置1に用いるシールドガス7として、温度25℃における熱伝導率が少なくとも空気(25.9mW/m/K(25℃))よりも高いシールドガスを供給する。このように、熱伝導率が調整されたシールドガスを回転ツール3の周囲に供給することにより、回転ツール3の温度上昇を抑制することができるため、回転ツール3の酸化を効果的に防止することができ、回転ツール3の寿命をさらに改善することができる。
【0056】
シールドガスの熱伝導率の調整方法は、特に限定されるものではないが、具体的には、空気よりも高い熱伝導率をもつガスを1以上含む混合ガスを調製する方法が挙げられる。このような混合ガスには、上述した第1実施形態でシールドガスとして例示されたアルゴンガス、窒素ガス、ヘリウムガス及びネオンガス等の不活性ガスの混合ガスや、高い熱伝導率を有する水素ガスと不活性ガスとの混合ガスを用いることができる。
【0057】
特に、水素、ヘリウム、ネオン等の気体は熱伝導率が比較的大きいため、シールドガス7の熱伝導率を高くする必要がある場合に、混合ガスの成分として用いることが好ましい。なお、水素ガスをシールドガス7の成分として用いる場合には、被接合材10,11の接合部分の水素化脆性の懸念があるため、シールドガス中の水素濃度を10体積%以下とすることが好ましい。
【0058】
ガスの中で、純粋なヘリウムガスの温度25℃における熱伝達率は、約155.3mW/m/Kであり、シールドガスとして用いることは望ましい。しかしながら、ヘリウムガスは高価であり、他の不活性ガスと混合して用いることが経済的である。
【0059】
ところで、摩擦攪拌接合が線接合である場合、接合部分と被接合材との境界部に残留物(以後、「バリ」と称する)が生じることがある。ここで、本願発明者らは、熱伝導率の異なるシールドガスを用いることによって、接合開始直後からバリが発生する場合、接合がある程度進んだ時点からバリが発生する場合、接合終了までバリが発生しない場合があることを見出した(後述する実施例を参照)。すなわち、シールドガスの熱伝導率の大小によって接合部にバリが生じるメカニズムの詳細は不明であるが、接合部からの摩擦熱の除去がバリの発生に大きく影響することを見出した。
【0060】
したがって、シールドガスの熱伝導率は、被接合材の材質に応じて最適な値を適宜選択することが好ましい。すなわち、被接合材の材質に応じて、シールドガスの成分組成を選択することにより、シールドガスの熱伝導率を最適化することが好ましい。具体的には、例えば、被接合材10,11が鉄を主成分とした合金の場合に、シールドガス7の熱伝導率を80mW/m/K以上とすることが好ましい。
【0061】
一方、摩擦攪拌接合では、接合開始時、摩擦熱によって、被接合材の温度を高める必要がある。従って、摩擦攪拌接合の開始前に、シールドガス7として熱伝達率が大きいガスを供給することは好ましくない。すなわち、摩擦攪拌接合の開始前に、回転ツール3の回転数が一定となり、摩擦攪拌接合の開始直後に、熱伝達率が大きいガスをシールドガス7として供給することが好ましい。
【0062】
具体的には、回転ツール3の周囲の雰囲気中の酸素濃度を低減するための第1シールドガスと、回転ツール3の温度上昇を抑制するための熱伝導率が調整された第2シールドガスと、をそれぞれ用意し、接合開始前には第1シールドガスを供給するとともに、回転ツール3の回転数が一定となった後に、第1シールドガスから第2シールドガスに供給を切り替えてもよい。
【0063】
なお、摩擦攪拌接合が点接合の場合であっても、接合回数(接合点数)を重ねるうちに回転ツール3に蓄熱が生じる。この場合、接合のインターバル時に回転ツール3を冷却することで蓄熱を低減することが好ましく、その際に熱伝導率が大きなシールドガス7を使用することが有効である。
【0064】
以上説明したように、本実施形態の摩擦攪拌接合方法によれば、プローブ4を含む回転ツール3の先端部の周囲に連続的に供給するシールドガス7の熱伝導率を、少なくとも空気よりも高くすることにより、回転ツール3の蓄熱による温度上昇を抑制することができる。これにより、回転ツール3の酸化をより効果的に防止することができ、回転ツール3の寿命をさらに改善することができる。
【0065】
また、本実施形態の摩擦攪拌接合方法によれば、被接合材10,11が鉄を主成分とした合金の場合に、シールドガス7の熱伝導率を80mW/m/K以上とすることにより、接合部分と被接合材との境界部に残留物(バリ)を生じることなく、線接合を行うことができる。
【0066】
なお、本発明の技術範囲は上記実施の形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更を加えることが可能である。
【0067】
以下、具体例を示す。
図1〜3に示す構成の摩擦攪拌接合装置1を用いて、下記に示す検証を行った。
<実施例1>
下記の表1に示した条件を用い、回転ツール3の先端の周辺の雰囲気中の酸素濃度(体積%)を変化させて摩擦攪拌接合による点接合を行い、回転ツール3が破断・破損までに何点の点接合が可能であるかを確認した。なお、酸素濃度は、
図3中に示す符号Pの位置で、非接触式の酸素濃度計(東レエンジニアリング株式会社製、ジルコニア式酸素濃度計)を用いて測定した。結果を
図4に示す。
【0069】
図4は、回転ツール3の先端部周辺の雰囲気ガス中の酸素濃度と破断点数との関係を示している。なお、破断点数とは、表1に示した条件で摩擦攪拌接合による点接合を行い、回転ツール3が破断・破損までに何点の点接合が可能であったかを示している。
【0070】
図4に示すように、回転ツール3の周囲(
図3中に示す測定点P)が通常の空気(酸素組成:約21体積%)で点接合を行った場合、10回の点接合で回転ツール3は破断した。一方、回転ツール3の周囲にシールドガス7としてアルゴンガスを供給し、回転ツール3の先端部周辺Pの雰囲気ガス中の酸素濃度が約2体積%の場合、50回の点接合が可能であった。つまり、アルゴン等の不活性ガスをシールドガス7として供給することにより、回転ツール3の先端部周辺Pの雰囲気ガス中の酸素濃度を約2〜5体積%にすることができ、空気中で摩擦攪拌接合を行った場合と比較して、回転ツール3の寿命が大きく改善された。本実施例では、回転ツール3の寿命は、約4倍となった。
【0071】
<実施例2>
上記表1の条件で、回転ツール3の各回転数における、シールドガス7の流量と回転ツール3の先端部周辺の雰囲気中の酸素濃度との関係を確認した。なお、酸素濃度は、
図3中に示す符号Pの位置で、非接触式の酸素濃度計(東レエンジニアリング株式会社製、ジルコニア式酸素濃度計)を用いて測定した。結果を
図5に示す。
【0072】
図5は、所定の回転ツール3の回転数ごとの、シールドガス7の流量、回転ツール3の先端部周辺Pの雰囲気中の酸素濃度との関係を示している。
図5に示すように、回転ツール3にシールドガス7を供給すると、回転ツール3の先端部周辺Pの酸素濃度が低減する傾向が確認された。また、シールドガス7の供給量が同じであっても、回転ツール3の回転数が少ないほど、回転ツール3の先端部周辺Pの酸素濃度の減少傾向が大きいことがわかった。しかしながら、更にシールドガスの供給量(流量)を増やしても、所定の供給ガス流量(限界供給量)以上では、回転ツール3の先端部周辺Pの酸素濃度は略一定となった。
【0073】
また、
図5に示すように、必要なシールドガス7の流量には差があるが、回転ツール3の回転数が100〜600rmpの範囲では、シールドガス7の供給によって、回転ツール3の先端部周辺Pの酸素濃度を2〜3体積%程度まで低減できることがわかった。さらに、回転ツール3の回転数が少ないほど、限界供給量は少ないことがわかった。
【0074】
図6は、
図5を基にして、シールドガス7の供給を増やしても回転ツール3の先端部周辺の酸素濃度が減少しなくなるシールドガスの流量(以後、「最少供給量」という)と、回転ツール3の回転数との関係を示している。
図5に示すように、例えば、回転ツール3の回転数が300rpmの場合、シールドガス7の供給量が10l/minまでは、シールドガス7の供給に伴って回転ツール3の先端部周辺Pの雰囲気ガス中の酸素濃度は急速に低下し、約4.3体積%となった。しかしながら、シールドガス7の供給量をそれ以上に増やしても、回転ツール3の先端部周辺Pの雰囲気ガス中の酸素濃度の減少割合は小さくなった。
【0075】
すなわち、
図6に示すように、回転ツール3の回転数におけるシールドガス7の最少供給量を供給することによって、最小限のシールドガス供給量で、回転ツール3の先端部周辺Pの酸素濃度を約4体積%まで効率的に低減することができた。
【0076】
なお、
図6から、回転ツール3の回転数B(rpm)とし、その回転数Bの際の最小限のシールドガス7の供給量A(l/min)とすると、回転ツール3の回転数B(rpm)と、その回転数Bの際のシールドガス7の最少供給量Aとは、次式(1)の関係としてあらわすことができた。
A=0.066×B−5.53 ・・・(1)
【0077】
<実施例3>
下記の表2に示した条件を用い、摩擦攪拌接合による線接合を行って、回転ツール3が破断・破損までに可能な接合長を確認した。また、シールドガス種は、下記の表3に示すように2種類用いた。なお、接合終了時の回転ツール3の先端部温度は、
図3中に示す符号Pの位置で、非接触式の温度計(東レエンジニアリング株式会社製、ジルコニア式酸素濃度計)を用いて測定した。結果を表3に示す。
【0080】
表3に示すように、シールドガス7としてアルゴンガス、ヘリウムガスを用いた場合の回転ツール3の接合部周囲Pの温度は、アルゴンガスを用いた場合が584Kであったのに対してヘリウムガスを用いた場合が534Kであった。ここで、ヘリウムガスの温度25℃における熱伝導率はアルゴンガスの約9倍であり、回転ツール3の接合部の熱を奪い、回転ツール3の接合部の温度上昇を抑える効果が大きいと考えられる。
【0081】
また、表2に示す条件で線接合を行った場合では、シールドガスとしてアルゴンガスを用いると、約200mmの接合後に回転ツールは破断した。一方、シールドガスとしてヘリウムガスを用いると、約500mm接合しても回転ツールは破断しなかった。なお、シールドガスとしてヘリウムガスを用いた場合、アルゴンガスを用いた場合よりも約2.5倍の距離を接合しているにも関わらず、破断時(終了時)の回転ツール3の先端部周辺Pの温度はアルゴンガスを用いた場合よりも低かった。したがって、回転ツール3の酸化を抑える為には、回転ツール3の接合部の温度上昇を抑えることが有効な方法であり、そのためには、熱伝導率がより大きいガスをシールドガスとして用いることが効果的であることがわかった。
【0082】
<実施例4>
下記の表2に示した条件を用い、摩擦攪拌接合による線接合を行った。また、シールドガス組成は、下記の表4に示すように6種類用いた。結果を表4及び
図7〜9に示す。
【0084】
図7は、表4中のシールドガス組成1(アルゴンガス100%)を用いた場合の接合部の状態を示している。また、
図8は、表4中のシールドガス組成2(窒素ガス100%)を用いた場合の接合部の状態を示している。さらに、
図9は、表4中のシールドガス組成6(ヘリウムガス100%)を用いた場合の接合部の状態を示している。ここで、
図7〜9のいずれも、紙面の左側より接合を開始し、紙面の右方向に接合を進めた。
【0085】
図7〜9に示すように、用いたシールドガスの違いによって、接合部分と接合母材との境界部に残留物(バリ)が生じることがわかった。具体的には、シールドガスとしてアルゴンガス100%を用いた場合(
図7)、接合開始直後からバリが発生し、シールドガスとして窒素ガス100%を用いた場合(
図8)、接合がある程度進んだ点からバリが発生した。これに対して、シールドガスとしてヘリウムガス100%を用いた場合(
図9)、接合終了までバリは発生しなかった。
【0086】
また、表4に示すように、シールドガス組成を変化させた結果、シールドガスとして熱伝導率の大きいガスを用いた場合、バリは生じにくく、熱伝導率の小さなガスを用いた場合、バリが生じやすい傾向があることがわかった。また、接合部材が鉄を主成分とした合金の一つであるステンレスの場合、シールドガスとして用いるガスの熱伝導率が86.5mW/m/Kを下回ると、接合部と被接合部材との境にバリが発生することがわかった。