特許第6296512号(P6296512)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6296512メタクリル酸エステルの製造方法および新規メタクリル酸エステル合成酵素
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6296512
(24)【登録日】2018年3月2日
(45)【発行日】2018年3月20日
(54)【発明の名称】メタクリル酸エステルの製造方法および新規メタクリル酸エステル合成酵素
(51)【国際特許分類】
   C12P 7/62 20060101AFI20180312BHJP
   C12N 9/10 20060101ALI20180312BHJP
【FI】
   C12P7/62
   C12N9/10
【請求項の数】3
【全頁数】25
(21)【出願番号】特願2015-515322(P2015-515322)
(86)(22)【出願日】2015年3月5日
(86)【国際出願番号】JP2015001186
(87)【国際公開番号】WO2015133146
(87)【国際公開日】20150911
【審査請求日】2016年12月14日
(31)【優先権主張番号】特願2014-44880(P2014-44880)
(32)【優先日】2014年3月7日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】515157758
【氏名又は名称】公立大学法人 富山県立大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000006035
【氏名又は名称】三菱ケミカル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149076
【弁理士】
【氏名又は名称】梅田 慎介
(74)【代理人】
【識別番号】100119183
【弁理士】
【氏名又は名称】松任谷 優子
(74)【代理人】
【識別番号】100173185
【弁理士】
【氏名又は名称】森田 裕
(72)【発明者】
【氏名】浅野 泰久
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 栄治
(72)【発明者】
【氏名】湯 不二夫
(72)【発明者】
【氏名】水無 渉
【審査官】 福間 信子
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2007/039415(WO,A1)
【文献】 国際公開第2000/032789(WO,A1)
【文献】 国際公開第2014/038214(WO,A1)
【文献】 日本農芸化学会大会講演要旨集,2014年3月5日,3D01a13
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00−90
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(1)〜(5)の理化学的性質を有する、ローマンカモミール由来のアルコールアシルトランスフェラーゼ又は同酵素組成物。
(1)アルコールまたはフェノール類の存在下、メタクリリル−CoAに作用してメタクリル酸エステルを生成する。
(2)アセチルCoAに対する活性に対してメタクリリル−CoAに対する活性が高い。
(3)アセチルCoAに対する活性に対してイソブチリル−CoAに対する活性が高い。
(4)メタクリリル−CoAに対するKm値が0.05mM以下。
(5)メタクリリル−CoAおよびn−ブタノールを基質としたときの至適pHが8〜9である。
【請求項2】
請求項記載のアルコールアシルトランスフェラーゼ又は同酵素組成物の存在下、アシル−CoAに式R−OH(Rが直鎖あるいは分岐の炭素数4〜20の炭化水素基)で示されるアルコールを作用させて、有機酸エステルを合成する工程を含む、有機酸エステルの製造方法。
【請求項3】
請求項1記載のアルコールアシルトランスフェラーゼ又は同酵素組成物の存在下、メタクリリル−CoAにアルコールまたはフェノール類を作用させて、メタクリル酸エステルを合成する工程を含む、メタクリル酸エステルの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体触媒を用いた有機酸エステル、特にメタクリル酸エステルの製法に関する。より詳しくは、メタクリル酸エステル生成能を有するアルコールアシルトランスフェラーゼを用いたメタクリル酸エステルの製造方法、さらには、これらアルコールアシルトランスフェラーゼおよびその利用方法に関する。
【背景技術】
【0002】
メタクリル酸エステルは、主にアクリル樹脂の原料として使われており、塗料、接着剤、樹脂改質剤などの分野のコモノマーとしても多くの需要がある。工業的な製法としてはいくつかの方法があり、例えば、アセトンおよびシアン化水素を原料とするACH(アセトンシアノヒドリン)法、イソブチレンおよびtert−ブチルアルコールを原料とする直酸法が知られている。これら化学的な製造方法は、化石原料に依存しており、また多くのエネルギーを必要とする。
【0003】
近年、地球温暖化防止及び環境保護の観点から、炭素源として従来の化石原料に替えてバイオマス原料を用い、種々の化学製品を製造する技術が注目されている。メタクリル酸エステルもバイオマス原料からの製造が期待されているが、生体触媒を用いたバイオマス原料からの具体的な製造例は報告されていない。
【0004】
例えば、天然に存在する微生物を利用し、糖などの天然物からメタクリル酸の前駆体となる2−ヒドロキシイソ酪酸及び3−ヒドロキシイソ酪酸を生産する方法が提案されている(特許文献1、2及び非特許文献1参照)。しかし、これらの方法は、前駆体を脱水してメタクリル酸を生成する工程を依然として化学的な手法に依存するものである。
【0005】
また、複数の酵素遺伝子を導入した、天然に存在しない組換え微生物を用いてグルコースからメタクリル酸を生成する方法が提案されているが、これらは既知の酵素反応及びそれから類推される仮想の酵素反応を組み合わせたものであり、実証されたものではない(特許文献3〜5参照)。特に特許文献5には、一般的なエステル生成活性を有する多種の生体触媒(加水分解酵素、ワックスエステル合成酵素、アルコールアセチルトランスフェラーゼ)が例示されているが、例示の生体触媒がメタクリル酸エステルの合成活性を有するかどうかは不明であった。
【0006】
さらに、特許文献6には、アクリリル−CoAとアルコールの存在下、加水分解酵素を作用させて、アクリル酸エステルを製造する方法が開示されている。同文献にはメタクリル酸エステルについても同様に製造が可能な旨が示唆されている。しかし、生体触媒の多様性、基質特異性を考慮すると一部の加水分解酵素でアクリル酸エステルの製造が可能であることを示したに過ぎず、構造が異なるメタクリル酸エステルが同様に加水分解酵素により製造可能であるかは不明であった。さらに、反応機構の異なる他の種類の生体触媒で製造できるかどうかは、全く不明であった。また、特許文献6記載の加水分解酵素によりエステルを合成した場合、生成したエステルがそもそも加水分解活性で分解されてしまうことが予想され、効果的な製造方法とは考えにくい。
【0007】
一方、アルコールアシルトランスフェラーゼはフルーティーフレーバー合成酵素として知られている。特許文献7は、特定の果実中に含まれる同酵素遺伝子を同定し、果実フレーバーである各種エステルの合成方法を提案している。しかしながら、メタクリル酸エステルがこれらの酵素で合成可能かどうかは報告されておらず全く不明であった。
【0008】
以上のように、いくつかの提案あるいは検討がなされているものの、実際に酵素反応によりメタクリル酸エステルを製造した例はなく、有効な製造方法の確立が望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】国際公開第2007/110394号パンフレット
【特許文献2】国際公開第2008/145737号パンフレット
【特許文献3】国際公開第2009/135074号パンフレット
【特許文献4】国際公開第2011/031897号パンフレット
【特許文献5】国際公開第2012/135789号パンフレット
【特許文献6】国際公開第2007/039415号パンフレット
【特許文献7】国際公開第00/32789号パンフレット
【特許文献8】特開2011−200133号公報
【特許文献9】特開平5−64589号公報
【特許文献10】特開平10−337185号
【特許文献11】特開平10−24867号
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Green Chemistry, 2012, 14, 1942−1948
【非特許文献2】Methods in Enzymology, 2000, 324, 73−79
【非特許文献3】Botanical Journal of the Linnean Society, 2009, 161, 105−121
【非特許文献4】Microbiology, 1999, 145, 2323−2334
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、生体触媒によるメタクリル酸エステルの製造方法を提供することを目的とする。また、本発明は、メタクリル酸エステル合成活性を有した新規なアルコールアシルトランスフェラーゼを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
特定の植物に由来するアルコールアシルトランスフェラーゼがメタクリル酸エステルの合成活性を有すること見出し、本発明を完成するに至った。さらに、植物体の懸濁液から新規なアルコールアシルトランスフェラーゼを得ることに成功し、本発明を完成するに至った。すなわち、本発明は以下の通りである。
【0013】
[1]シソ目(Lamiales)に属する植物、ブドウ目(Vitales)に属する植物、ムクロジ目(Sapindales)に属する植物、アオイ目(Malvales)に属する植物、モクレン目(Magnoliales)に属する植物およびキク目(Asterales)に属する植物からなる群から選択される植物由来のアルコールアシルトランスフェラーゼの存在下、メタクリリル−CoAにアルコールまたはフェノール類を作用させて、メタクリル酸エステルを合成する工程を含むメタクリル酸エステルの製造方法。
[2]モクセイ科(Oleaceae)に属する植物、ブドウ科(Vitaceae)に属する植物、ミカン科(Rutaceae)に属する植物、アオイ科(Malvaceae)に属する植物、モクレン科(Magnoliaceae)に属する植物およびキク科(Asteraceae)に属する植物からなる群から選択される植物由来のアルコールアシルトランスフェラーゼの存在下、メタクリリル−CoAにアルコールまたはフェノール類を作用させて、メタクリル酸エステルを合成する工程を含むメタクリル酸エステルの製造方法。
[3]モクセイ属(Osmanthus)に属する植物、ブドウ属(Vitis)に属する植物、ミカン属(Citrus)に属する植物、ドリアン属(Durio)に属する植物、モクレン属(Magnolia)に属する植物およびカミツレ属(Chamaemelum)に属する植物からなる群から選択される植物由来のアルコールアシルトランスフェラーゼの存在下、メタクリリル−CoAにアルコールまたはフェノール類を作用させて、メタクリル酸エステルを合成する工程を含むメタクリル酸エステルの製造方法。
[4]植物が、モクセイ(Osmanthus fragrans)、ブドウ(Vitis vinifera)、クレープフルーツ(Citrus x paradisi)、ドリアン(Durio zibethinus)、カラタネオガタマ(Michelia figo)およびローマンカモミール(Chamaemelum nobile)から選択される植物である[1]〜[3]のメタクリル酸エステルの製造方法。
[5]以下の(1)〜(3)の理化学的性質を有するアルコールアシルトランスフェラーゼの存在下、メタクリリル−CoAにアルコールまたはフェノール類を作用させて、メタクリル酸エステルを合成する工程を含むメタクリル酸エステルの製造方法。
(1)アルコールまたはフェノール類の存在下、メタクリリル−CoAに作用してメタクリル酸エステルを生成する。
(2)アセチルCoAに対する活性に対してメタクリリル−CoAに対する活性が高い。
(3)メタクリリル−CoAに対するKm値が0.5mM以下。
【0014】
[6]以下の(1)〜(5)の理化学的性質を有するアルコールアシルトランスフェラーゼ又は同酵素組成物。
(1)アルコールまたはフェノール類の存在下、メタクリリル−CoAに作用してメタクリル酸エステルを生成する。
(2)アセチルCoAに対する活性に対してメタクリリル−CoAに対する活性が高い。
(3)アセチルCoAに対する活性に対してイソブチリル−CoAに対する活性が高い。
(4)メタクリリル−CoAに対するKm値が0.5mM以下。
(5)メタクリリル−CoAおよびn-ブタノールを基質としたときの至適pHが8〜9である。
[7]キク目(Asterales)に属する植物由来である[6]のアルコールアシルトランスフェラーゼ又は同酵素組成物。
[8]キク科(Asteraceae)に属する植物由来である[7]のアルコールアシルトランスフェラーゼ又は同酵素組成物。
[9]カミツレ属(Chamaemelum)に属する植物由来である[8]のアルコールアシルトランスフェラーゼ又は同酵素組成物。
[10]ローマンカモミール(Chamaemelum nobile)由来である[9]のアルコールアシルトランスフェラーゼ又は同酵素組成物。
[11][6]〜[10]のいずれかのアルコールアシルトランスフェラーゼ又は同酵素組成物を用いた有機酸エステルの製造方法。
【0015】
[12]シソ目(Lamiales)に属する植物、ブドウ目(Vitales)に属する植物、ムクロジ目(Sapindales)に属する植物、アオイ目(Malvales)に属する植物、モクレン目(Magnoliales)に属する植物およびキク目(Asterales)に属する植物からなる群から選択される植物由来であり、且つアルコールまたはフェノール類の存在下、メタクリリル−CoAに作用してメタクリル酸エステルの生成能を有するアルコールアシルトランスフェラーゼ。
[13]前記植物が、モクセイ科(Oleaceae)に属する植物、ブドウ科(Vitaceae)に属する植物、ミカン科(Rutaceae)に属する植物、アオイ科(Malvaceae)に属する植物、モクレン科(Magnoliaceae)に属する植物およびキク科(Asteraceae)に属する植物である[12]のアルコールアシルトランスフェラーゼ。
[14]前記植物が、モクセイ属(Osmanthus)に属する植物、ブドウ属(Vitis)に属する植物、ミカン属(Citrus)に属する植物、ドリアン属(Durio)に属する植物、モクレン属(Magnolia)に属する植物およびカミツレ属(Chamaemelum)に属する植物である[13]のアルコールアシルトランスフェラーゼ。
[15]前記植物が、モクセイ(Osmanthus fragrans)、ブドウ(Vitis vinifera)、クレープフルーツ(Citrus x paradisi)、ドリアン(Durio zibethinus)、カラタネオガタマ(Michelia figo)およびローマンカモミール(Chamaemelum nobile)から選択される植物である[14]のアルコールアシルトランスフェラーゼ。
[16]以下の(1)〜(6)の理化学的性質を有する[15]のアルコールアシルトランスフェラーゼ。
(1)アルコールまたはフェノール類の存在下、メタクリリル−CoAに作用してメタクリル酸エステルを生成する。
(2)アセチルCoAに対する活性に対してメタクリリル−CoAに対する活性が高い。
(3)アセチルCoAに対する活性に対してイソブチリリル−CoAに対する活性が高い。
(4)アセチルCoAに対する活性に対してプロピオニル−CoAに対する活性が高い。
(5)メタクリリル−CoAに対するKm値が0.5mM以下。
(6)メタクリリル−CoAおよびn−ブタノールを基質としたときの至適pHが8〜9である。
[17]キク科(Asteraceae)に属する植物由来である[16]のアルコールアシルトランスフェラーゼ。
[18]カミツレ属(Chamaemelum)に属する植物由来である[17]のアルコールアシルトランスフェラーゼ。
[19]ローマンカモミール(Chamaemelum nobile)由来である[18]のアルコールアシルトランスフェラーゼ。
【発明の効果】
【0016】
本発明により、生体触媒によるメタクリル酸エステルの製造が可能となる。本発明の製造方法と生体内代謝を組み合わせることにより、メタクリル酸エステルの発酵生産も達成できる。その結果、従来の化学製造プロセスと比較して、エネルギー、資源および環境への負荷を格段に低減して、メタクリル酸エステルを製造することが可能となる。また、本発明の新規酵素を利用することにより、より効率的にメタクリル酸エステル等の有機酸エステルを製造することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】DEAE−トヨパールカラム(2回目)による精製(溶出パターン)を示すグラフである。
図2】Qセファロースカラムによる精製(溶出パターン)を示すグラフである。
図3】MonoQ 5/50 GLカラムによる精製(溶出パターン)を示すグラフである。
図4】Superdex 200 10/300 GLカラムによる精製(溶出パターン)を示すグラフである。
図5】ローマンカモミール由来AATの至適pHの測定結果を示すグラフである。
図6】ローマンカモミール由来AATの基質濃度と反応速度の関係を示すグラフである。(A)はメタクリリル−CoA、(B)はアセチル−CoAでの結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明を実施するための好適な形態について図面を参照しながら説明する。なお、以下に説明する実施形態は、本発明の代表的な実施形態の一例を示したものであり、これにより本発明の範囲が狭く解釈されることはない。
【0019】
1.アルコールアシルトランスフェラーゼによるメタクリル酸エステルの製造方法
[メタクリル酸エステル]
本発明において、メタクリル酸エステルとは式1で示される化合物である。式1において、Rは直鎖あるいは分岐の炭素数1〜20の炭化水素基を表す。炭化水素基は、飽和又は不飽和の非環式であってもよく、飽和又は不飽和の環式であってもよい。好ましくは直鎖あるいは分岐鎖の炭素数1〜10の無置換のアルキル基、アラルキル基またはアリール基である。特に好ましくはメチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、イソブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、n−ペンチル基、イソペンチル基、tert−ペンチル基、n−ヘキシル基、イソヘキシル基、2−ヘキシル基、ジメチルブチル基、エチルブチル基、ヘプチル基、オクチル基、2−エチルヘキシル基の炭素数1〜8のアルキル基、ベンジル基またはフェニル基である。
【0020】
CH2=C(CH3)COO−R (式1)
【0021】
「メタクリル酸」(IUPAC名:2−メチル−2−プロペン酸)は、下記式を有する化合物を意味し、その任意の塩あるいはイオン化した形態をも含む。メタクリル酸の塩としては、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩及びマグネシウム塩などが挙げられる。
【0022】
CH2=C(CH3)COOH
【0023】
[メタクリリル−CoA]
本発明において、メタクリリル−CoAとは、以下の構造式で示される化合物である。メタクリリル−CoAは、生体内ではバリンの代謝中間体として知られている。本発明で使用するメタクリリル−CoAは公知又は新規な方法で製造したものともできる。その合成方法としては無水メタクリル酸と補酵素Aを有機化学的に合成する方法(Methods in Enzymology. 324, 73−79 (2000))あるいは酵素反応を用いた合成方法が知られている。
【0024】
【化1】
【0025】
本発明においては、これらの中でも、イソブチリル−CoAを原料にアシルCoAデヒドロゲナーゼ(EC 1.3.99.3)(以下、ACDという)の作用によって変換されたメタクリリル−CoAあるいは3−ヒドロキシイソブチリル−CoAからエノイルCoAヒドラターゼ(EC 4.2.1.17)(以下、ECHという)の作用によって変換されるメタクリリル−CoAを好適に使用できる。さらに、本発明で使用するメタクリリル−CoAは、2−オキソイソ吉草酸からイソブチリル−CoAを経由して製造されたものも使用できる。すなわち、本発明の方法では、イソブチリル−CoAあるいは3−ヒドロキシイソブチリル−CoAから製造したメタクリリル−CoAを使用することにより、酵素による連続反応により、収率向上ならびに不純物抑制に繋がるともに、生体に対して毒性の高いメタクリル酸を経由あるいは副生することなくメタクリル酸エステルを直接合成することが可能となる。前記方法により、環境負荷の低い生体内連続反応(代謝発酵)でのメタクリル酸エステルの製造を達成することができる。
【0026】
[アルコール・フェノール類]
本発明におけるメタクリル酸エステルの製造の原料となるアルコールまたはフェノール類は以下の式2で示される化合物である。アルコールまたはフェノール類の構造は、メタクリル酸エステルに対応することから、その構造は、前記式1のRと同じ定義であり、直鎖あるいは分岐の炭素数1〜20の炭化水素基を表す。炭化水素基は、飽和又は不飽和の非環式であってもよく、飽和又は不飽和の環式であってもよい。好ましくは直鎖あるいは分岐の炭素数1〜10の無置換のアルコール、アラルキルアルコールまたはフェノール類であり、より好ましくはメタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノール、n−ブタノール、イソブタノール、sec−ブタノール、tert−ブタノール、n−ペンチルアルコール、イソペンチルアルコール、tert−ペンチルアルコール、n−ヘキシルアルコール、イソヘキシルアルコール、2−ヘキシルアルコール、ジメチルブチルアルコール、エチルブチルアルコール、ヘプチルアルコール、オクチルアルコール、2−エチルヘキシルアルコールの炭素数1〜8のアルキルアルコール、ベンジルアルコールまたはフェノールである。特に好ましくは、メタノール、エタノール、n−ブタノール、イソブタノール、n−ヘキシルアルコールである。
【0027】
R−OH (式2)
【0028】
[アルコールアシルトランスフェラーゼ]
本発明のアルコールアシルトランスフェラーゼ(以下、AATという)は、アルコールまたはフェノール類にアシル−CoAのアシル基を転移させてエステルを合成する触媒作用を有する酵素である。AATは、種々の果物におけるエステルの生成に関与していると言われている。AATはショウガ目(バナナ)、バラ目(イチゴ、リンゴ、ナシ、モモ)、ウリ目(メロン)、ツツジ目(キウイ)、シソ目(オリーブ)、ナス目(トマト)、ムクロジ目(レモン、マンゴー)等の植物に存在することが知られている。
【0029】
本発明において使用するAATは、シソ目(Lamiales)、ブドウ目(Vitales)、ムクロジ目(Sapindales)、アオイ目(Malvales)、モクレン目(Magnoliales)およびキク目(Asterales)の各目に属する植物からなる群から選択される植物由来のAATであって、メタクリリル−CoAとアルコールまたはフェノール類を原料に、メタクリル酸エステルを製造する能力を有していれば、特に限定されず、その種類及び起源を問わない。
【0030】
本発明に適したAATは以下の方法により、前記植物から容易に取得することが可能である。組織の適当な部位を必要に応じて裁断することにより取得する。その裁断部位にメタクリリル−CoAと式2で表されるアルコールまたはフェノール類を含む溶液を添加し、振とうし、一定時間反応させる。その反応液中のメタクリル酸エステルの有無をGC(ガスクロマトグラフィー)により確認することにより、合成活性を確認可能である。具体的には、例えば、葉、花、蕾、果肉あるいは果皮を裁断し、それに0.01〜10mMのメタクリリル−CoAおよび2〜50倍モル量のn−ブタノールを含む溶液を添加し、30℃で1〜10時間振とうする。反応終了後、GCによりメタクリル酸エステルの有無を確認することにより、本発明に応用可能なAATを取得できる。
【0031】
本発明に適したAATの酵素源としては、シソ目(Lamiales)、ブドウ目(Vitales)、ムクロジ目(Sapindales)、アオイ目(Malvales)、モクレン目(Magnoliales)およびキク目(Asterales)からなる群から選択されるいずれかの目に属する植物である。
【0032】
シソ目に属するものとしてはキツネノマゴ科(Acanthaceae)、ノウゼンカズラ科(Bignoniaceae)、ビブリス科(Byblidaceae)、キンチャクソウ科(Calceolariaceae)、カールマニア科(Carlemanniaceae)、イワタバコ科(Gesneriaceae)、シソ科(Lamiaceae)、アゼナ科(Linderniaceae)、タヌキモ科(Lentibulariaceae)、ツノゴマ科(Martyniaceae)、モクセイ科(Oleaceae)、ハマウツボ科(Orobanchaceae)、キリ科(Paulowniaceae)、ゴマ科(Pedaliaceae)、ハエドクソウ科(Phrymaceae)、オオバコ科(Plantaginaceae)、プロコスペルマ科(Plocospermataceae、シュレーゲリア科(Schlegeliaceae)、ゴマノハグサ科(Scrophulariaceae)、スティルベ科(Stilbaceae)、テトラコンドラ科(Tetrachondraceae)、トマンデルシア科(Thomandersiaceae)およびクマツヅラ科(Verbenaceae)の植物が好ましい。
ブドウ目に属するものとしてはブドウ科(Vitaceae)の植物が好ましい。
ムクロジ目に属するものとしてはウルシ科(Anacardiaceae)、ビーベルステイニア科(Biebersteiniaceae)、カンラン科(Burseraceae)、キルキア科(Kirkiaceae)、センダン科(Meliaceae)、ソウダノキ科(Nitrariaceae)、ミカン科(Rutaceae)、ムクロジ科(Sapindaceae)およびニガキ科(Simaroubaceae)の植物が好ましい。
アオイ目に属するものとしてはベニノキ科(Bixaceae)、ハンニチバナ科(Cistaceae)、キティヌス科(Cytinaceae)、フタバガキ科(Dipterocarpaceae)、アオイ科(Malvaceae)、ナンヨウザクラ科(Muntingiaceae)、ネウラダ科(Neuradaceae)、サルコラエナ科(Sarcolaenaceae)、スファエロセパルム科(Sphaerosepalaceae)およびジンチョウゲ科(Thymelaeaceae)の植物が好ましい。
モクレン目に属するものとしてはバンレイシ科(Annonaceae)、デゲネリア科(Degeneriaceae)、エウポマティア科(Eupomatiaceae)、ヒマンタンドラ科(Himantandraceae)、モクレン科(Magnoliaceae)およびニクズク科(Myristicacea)の植物が好ましい。
キク目に属するものとしてはアルセウオスミア科(Alseuosmiaceae)、アルゴフィルム科(Argophyllaceae)、キク科(Asteraceae)、カリケラ科(Calyceraceae)、キキョウ科(Campanulaceae))、クサトベラ科(Goodeniaceae)、ミツガシワ科(Menyanthaceae)、ユガミウチワ科(Pentaphragmataceae)、フェリネ科(Phellinaceae)、ロウッセア科(Rousseaceae)およびスティリディウム科(Stylidiaceae)の植物が好ましい。
その中でも、モクセイ科、ブドウ科、ミカン科、アオイ科、モクレン科またはキク科に属する植物がより好ましい。
【0033】
具体的にはモクセイ科に属するものとしてはモクセイ属(Osmanthus)およびオリーブ属(Olea)、ソケイ属(Jasminum)、レンギョウ属(Forsythia)、ハシドイ属(Syringa)、ヒトツバタゴ属(Chionanthus)トネリコ属(Fraxinus)およびイボタノキ属(Ligustrum);クマツヅラ科に属するものとしてはグランデュラリア属(Glandularia);シソ科に属するものとしてはアキギリ属(Salvia)の植物が好ましい。
ブドウ科に属するものとしてはブドウ属(Vitis)、ノブドウ属(Ampelopsis)、ヤブガラシ属(Cayratia)、セイシカズラ属(Cissus)、キフォステンマ属(Cyphostemma)、ウドノキ属(Leea)、ツタ属(Parthenocissus)およびミツバカズラ属(Tetrastigma)の植物が好ましい。
ミカン科に属するものとしてはミカン属(Citrus)、アエグレ属(Aegle)、サンショウ属(Zanthoxylum)、ゲッキツ属(Murraya)、ヘンルーダ属(Ruta)、コクサギ属(Orixa)、ミヤマシキミ属(Skimmia) ゴシュユ属(Euodia)、キハダ属(Phellodendron)、ボロニア属(Boronia)、アクロニキア属(Acronychia)、ワンピ属(Clausena)、コレア属(Correa)、ハナシンボウギ属(Glycosmis)およびアワダン属(Melicope);ムクロジ科に属するものとしてはレイシ属(Litchi);ウルシ科に属するものとしてはマンゴー属(Mangifera)の植物が好ましい。
アオイ科に属するものとしてはドリアン属(Durio)、カカオ属(Theobroma)、イチビ属(Abutilon)、トロロアオイ属(Abelmoschus)、ワタ属(Gossypium)、ヤノネボンテンカ属(Pavonia)、フヨウ属(Hibiscus)、キンゴジカ属(Sida)およびアオイ属(Malva)の植物が好ましい。
モクレン科に属するものとしてはモクレン属(Magnolia)の植物が好ましい。
キク科に属するものとしてはカミツレ属(Chamaemelum)、ノコギリソウ属(Achillea)、ムラサキバレンギク属(Echinacea)、シカギク属(Matricaria)、ヨモギギク属(Tanacetum)、タンポポ属(Taraxacum)、ヨモギ属(Artemisia)、フキ属(Petasites)、ムギワラギク属(Helichrysum)、ワタスギギク属(Santolina)、チョウセンアザミ属(Cynara)、オオアザミ属(Silybum)、キンセンカ属(Calendula)、キクニガナ属(Cichorium)、ベニバナ属(Carthamus)およびキク属(Chrysanthemum)に属する植物が好ましい。
その中でも、モクセイ属、ブドウ属、ミカン属、ドリアン属、モクレン属またはカミツレ属に属する植物が特に好ましい。
【0034】
さらに、具体的には、モクセイ属に属するものとしてはモクセイ(ギンモクセイ、キンモクセイ、ウスギモクセイ、シロモクセイ)(Osmanthus fragrans)、ヒイラギ(Osmanthus heterophyllus)、リュウキュウモクセイ(Osmanthus marginatus)、ヒイラギモクセイ(Osmanthus×fortunei)およびシマモクセイ(Osmanthus insularis);オリーブ属に属するものとしてはオリーブ(Olea europaea);アキギリ属に属するものとしてはサルビア(Salvia splendens)、グランデュラリア属に属するものとしてはビジョザクラ(Glandularia x hybrida)が好ましい。
ブドウ属に属するものとしてはブドウ(Vitis vinifera、Vitis labrusca)、サマーグレープ(Vitis aestivalis)、ヤマブドウ(Vitis coignetiae)およびエビヅル(Vitis ficifolia)が好ましい。
ミカン属に属するものとしてはレモン(Citrus limon)、スダチ(Citrus sudachi)、カボス(Citrus sphaerocarpa)、グレープフルーツ(Citrus x paradisi)、ユズ(Citrus junos)ライム(Citrus aurantifolia)、ウンシュウミカン(Citrusunshiu)およびオレンジ(Citrus sinensis);アエグレ属に属するものとしてはアエグレ・マルメロス(Aegle marmelos);レイシ属に属するものとしてはライチ(Litchi chinensis);マンゴー属に属するものとしてはマンゴー(Mangifera indica)が好ましい。
ドリアン属に属するものとしてはドリアン(Durio zibethinus、Durio testudinarius、Durio kutejensis、Durio oxleyanus、Durio graveolens、Durio dulcis);カカオ属に属するものとしてはカカオ(Theobroma cacao)が好ましい。
モクレン属に属するものとしてはカラタネオガタマ(Magnolia figo)、オガタマノキ(Magnolia compressa)、キンコウボク(Magnolia champaca)、モクレン(Magnolia liliiflora)、コブシ(Magnolia kobus)、ホオノキ(Magnolia obovataおよびMagnolia laevifolia)が好ましい。
カミツレ属に属するものとしてはローマンカモミール(Chamaemelum nobileおよびChamaemelum fuscatum)が好ましい。
その中でも、モクセイ、ブドウ、クレープフルーツ、ドリアン、カラタネオガタマまたはローマンカモミールが特に好ましい。
【0035】
なお、酵素源として植物をそのまま使用して合成反応を行った場合において、炭素数1〜2のアルコールを基質とする場合、特にブドウ属またはドリアン属に属する植物を使用することがより好ましい(後述する実施例の「表1」を参照)。
【0036】
本発明において、植物の分類はAPG植物分類体系第3版(Botanical Journal of the Linnean Society, 2009, 161, 105121)に従うものとする。
【0037】
本発明において、AATを反応に供するに際しては、前記の触媒活性を示す限りその使用形態は特に限定されず、AATが含まれる生体組織又はその処理物をそのまま用いることも可能である。このような生体組織として植物体全体、植物器官(例えば果実、葉、花弁、茎、種子等)、植物組織(例えば果実表皮、果肉等)を用いることが出来る。生体組織の処理物としては、生体組織から抽出したAATの粗酵素液又は精製酵素等が挙げられる。
【0038】
AATを精製する方法としては特に制限されないが、好ましくは以下の方法により単離される。上記植物のAAT活性を有する組織を破砕後、トリス−HCl緩衝液、リン酸緩衝液等の緩衝液に懸濁する。この粗酵素液について、酵素の精製に常用される(1)沈澱による分画、(2)各種クロマトグラフィー、(3)透析、限外濾過等による低分子物質の除去方法などを、単独で、又は適宜組み合わせて使用する。
【0039】
AATの精製として具体的な好ましい態様は次のとおりである。生体組織を液体窒素等により凍結してすりつぶした後、5倍量のDTT(ジチオスレイトール)およびグリセロール等を含むトリス−HCl緩衝液で抽出する。続いて、粗酵素抽出液をイオン交換クロマトグラフィーに供し、その非吸着部分を回収することで酵素抽出液を取得する。いくつかの粗酵素抽出液の調製方法について検討した結果、この方法によれば、植物に含有するポリフェノールの影響を排除し、安定に且つ効率的に取得できることが判明した。また、硫酸アンモニウム等による沈澱による分画は酵素活性の失活を誘発することも判明している。
得られた酵素抽出液をイオン交換クロマトグラフィー、ゲルろ過カラム等を用いることで酵素タンパク質を効率よく精製することができる。
【0040】
精製したAATタンパク質をもとに遺伝子工学的な手法により遺伝子情報を得ることができる。その遺伝子情報を公知の方法で単離あるいは全合成し、一般的な宿主ベクター系に導入し、該ベクター系で形質転換した微生物によって候補タンパクを発現させ、本発明に係るメタクリル酸エステルの製造に用いることができる。
【0041】
[メタクリル酸エステル製造に適したAATの酵素学的性質]
本発明のAATは、アルコールまたはフェノール類の存在下、メタクリリル−CoAに作用してメタクリル酸エステルを生成する反応を触媒する。AATは、メタクリリル−CoAを基質とした場合に高い反応性を有するものが好ましい。具体的には、アセチル−CoAに対する活性に対してメタクリリル−CoAに対する活性が高く、メタクリリル−CoAに対するKm値が0.5mM以下のものが好適である。このような性質を有するAATによれば、選択性良くメタクリル酸エステルを生産できる。
【0042】
(1)基質特異性
本発明で好ましいAATとしては、メタクリリル−CoAに対する反応性を基準とした場合に、少なくともアセチル−CoAに対する反応性が低いものが良い。より具体的に、本発明の好ましいAATは、n−ブタノールを基質として、メタクリリル−CoAに対する反応性を100%とした場合に、アセチル−CoAに対する反応性が同等以下であることが好ましく、より好ましくは50%以下であり、さらに好ましくは40%以下である。あるいは、n−ヘキサノールを基質として、メタクリリル−CoAに対する反応性を100%とした場合に、アセチル−CoAに対する反応性が同等以下であることが好ましく、より好ましくは70%以下であり、さらに好ましくは50%以下である。
【0043】
(2)メタクリリル−CoAに対する親和性
本発明のAATは、メタクリリル−CoAに対する親和性が高いことが好ましい。基質に対する親和性は、ミカエリス定数(Km)によって評価ことができる。メタクリリル−CoAに対するKmは、後述の実施例に従って測定・算出することによって得られる値である。
【0044】
本発明の好ましいAATのメタクリリル−CoAに対するKm値としては、アセチル−CoAに対するKm値以下のものが良く、好ましくは0.5mM以下であり、より好ましくは0.2mM以下であり、さらに好ましくは0.1mM以下であり、特に好ましくは0.05mM以下である。親和性が高いことにより、原料としてのメタクリリル−CoAの濃度が低い場合であっても、上述する触媒反応を進めることができ、より効率的にメタクリル酸エステルを製造可能となる。
【0045】
[AAT活性発現用組換え微生物]
さらに、AATを反応に供するに際しては、前記AATの遺伝子を単離し、例えば一般的な宿主ベクター系に導入し、該ベクター系で形質転換した微生物を利用することも可能である。宿主としては、細菌では大腸菌、Rhodococcus属、Pseudomonas属、Corynebacterium属、Bacillus属、Streptococcus属、Streptomyces属などが挙げられ、酵母ではSaccharomyces属、Candida属、Shizosaccharomyces属、Pichia属、糸状菌ではAspergillus属などが挙げられる。これらの中で、特に大腸菌を用いることが簡便であり、効率もよく好ましい。
【0046】
これら植物のAAT遺伝子はいくつか公表されているものある。該情報に基づきDNAプローブを作製し、たとえば、PCRに用いるプライマーを作製し、PCRを行うことにより該遺伝子を単離することもできる。また、AAT遺伝子の塩基配列を通常の方法で全合成することも可能である。遺伝子情報が公知となっているAATがメタクリル酸エステルの合成活性を有するかどうかについては、前記の方法で同様に確認することができる。一方、遺伝子情報の不明なAATについては、AATを精製し、そのタンパク質をもとに遺伝子工学的な手法により遺伝子情報を得ることができる。
【0047】
本発明において、好ましいAAT遺伝子としては、シソ目(Lamiales)、ブドウ目(Vitales)、ムクロジ目(Sapindales)、アオイ目(Malvales)、モクレン目(Magnoliales)およびキク目(Asterales)の各目に属する植物からなる群から選択される植物由来で且つその翻訳産物がメタクリル酸エステルを生成する能力を有していれば、特に限定されず、前記AAT酵素源の中から適宜選択される。
【0048】
なお、本発明においてAAT遺伝子には、野生型のアミノ酸配列において1又は数個のアミノ酸が置換、欠失又は付加されたアミノ酸配列を含み、メタクリリル−CoAとアルコールからメタクリル酸エステルを生成する活性を有するタンパク質をコードする遺伝子も含まれる。
【0049】
ここで「数個」とは、1〜40個、好ましくは1〜20個、より好ましくは10個以下をいう。遺伝子に変異を導入するには、Kunkel法や Gapped duplex法等の公知手法により、部位特異的突然変異誘発法を利用した変異導入用キット、例えばQuikChangeTM Site−Directed Mutagenesis Kit(ストラタジーン社)、GeneTailorTM Site−Directed Mutagenesis System(インビトロジェン社)、TaKaRa Site−Directed Mutagenesis System(Mutan−K、Mutan−Super Express Km等:タカラバイオ社)等を用いることができる。あるいは、変異を含む配列を有する遺伝子全体を人工合成してもよい。
【0050】
本発明において、DNAの塩基配列の確認は、慣用の方法により配列決定することにより行うことができる。例えば、サンガー法に基づき、適当なDNAシークエンサーを利用して配列を確認することも可能である。
【0051】
また、本発明においてAAT遺伝子には、野生型のアミノ酸配列からなるタンパク質と90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは99.5%以上、さらに好ましくは99.9%以上の同一性を示し、メタクリリル−CoAとアルコールからメタクリル酸エステルを生成する活性を有するタンパク質をコードする遺伝子も含まれる。
【0052】
さらに、本発明においてAAT遺伝子には、野生型の塩基配列に対する相補的な塩基配列を有するポリヌクレオチドに対してストリンジェントな条件でハイブリダイズし、メタクリリル−CoAとアルコールとからメタクリル酸エステルを生成する活性を有するタンパク質をコードする遺伝子も含まれる。前記のストリンジェントな条件としては、例えば、DNAを固定したナイロン膜を、6×SSC(1×SSCは塩化ナトリウム8.76g、クエン酸ナトリウム4.41gを1リットルの水に溶かしたもの)、1%SDS、100μg/mlサケ精子DNA、0.1%ウシ血清アルブミン、0.1%ポリビニルピロリドン、0.1%フィコールを含む溶液中で65℃にて20時間プローブとともに保温してハイブリダイゼーションを行う条件を挙げることができるが、これに限定されるわけではない。当業者であれば、このようなバッファーの塩濃度、温度等の条件に加えて、その他のプローブ濃度、プローブの長さ、反応時間等の諸条件を加味し、ハイブリダイゼーションの条件を設定することができる。ハイブリダイゼーション後の洗浄条件として、例えば、「2×SSC、0.1%SDS、42℃」、「1×SSC、0.1%SDS、37℃」、よりストリンジェントな条件としては、例えば、「1×SSC、0.1%SDS、65℃」、「0.5×SSC、0.1%SDS、50℃」等の条件を挙げることができる。
【0053】
ハイブリダイゼーション法の詳細な手順については、Molecular Cloning, A Laboratory Manual 2nd ed.(Cold Spring Harbor Laboratory Press (1989)))、Current Protocols in Molecular Biology(John Wiley & Sons(1987−1997))等を参照することができる。
【0054】
さらに、本発明においてAAT遺伝子には、野生型の塩基配列とBLAST等(例えば、デフォルトすなわち初期設定のパラメータ)を用いて計算したときに、80%以上、より好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上の同一性を有する塩基配列からなり、メタクリリル−CoAとアルコールとからメタクリル酸エステルを生成する活性を有するタンパク質をコードする遺伝子も含まれる。また、上記AAT遺伝子のコドンは、形質転換に用いる微生物宿主のコドン使用頻度に合わせて変換されたものであっても良い。
【0055】
ここで、配列の「同一性」とは、塩基配列の場合であれば、比較すべき2つの塩基配列の塩基ができるだけ多く一致するように両塩基配列を整列させ、一致した塩基数を、全塩基数で除したものを百分率で表したものである。上記整列の際には、必要に応じ、比較する2つの配列の一方又は双方に適宜ギャップを挿入する。このような配列の整列化は、例えばBLAST、FASTA、CLUSTALW等の周知のプログラムを用いて行なうことができる。ギャップが挿入される場合、上記全塩基数は、1つのギャップを1つの塩基として数えた塩基数となる。このようにして数えた全塩基数が、比較する2つの配列間で異なる場合には、同一性(%)は、長い方の配列の全塩基数で、一致した塩基数を除して算出される。アミノ酸配列の同一性についても同様である。
【0056】
メタクリル酸エステル合成反応にはそれら組換え微生物を培養して得られる培養液をそのまま用いるか、又は、該培養液から遠心分離等の集菌操作によって得られる菌体又はその処理物等を用いることができる。菌体処理物としては、アセトン、トルエン等で処理した菌体、凍結乾燥菌体、菌体破砕物、菌体を破砕した無細胞抽出物、これらから酵素を抽出した粗酵素又は精製酵素等が挙げられる。
【0057】
AAT遺伝子を導入した微生物に必要に応じてACD遺伝子、ECH遺伝子、BCKAD(2−オキソイソ吉草酸脱水素酵素)遺伝子等を導入して、イソブチリル−CoA、3−ヒドロキシイソブチリル−CoAあるいは2−オキソイソ吉草酸等の前駆体からメタクリル酸エステルを合成することも可能である。
【0058】
「前駆体」とは、メタクリリル−CoAへ誘導可能な化合物を意味し、イソブチリル−CoAあるいは3−ヒドロキシイソブチリル−CoA、さらにはこれら2化合物へ誘導可能な物質のことを示す。
2化合物へ誘導可能な物質とは例えば、2−オキソイソ吉草酸、イソ酪酸、3−ヒドロキシイソ酪酸、酢酸、ピルビン酸、乳酸、アセト酢酸、酪酸、プロピオン酸、リンゴ酸、フマル酸、クエン酸およびコハク酸等の酸、バリン、アラニン、ロイシン、リジンおよびグルタミン酸等のアミノ酸類、グルコース、フルクトースおよびキシロース等の糖類などが挙げられる。
これら前駆体からメタクリル酸エステルを生成させるには宿主微生物が本来有する各種代謝系をそのまま利用することも可能である。必要に応じて遺伝子を導入あるいは欠損させることもできる。
【0059】
2.メタクリル酸エステルの合成工程
メタクリル酸エステルの製造は、以下の方法で行うことができる。溶媒にメタクリリル−CoA及び式2で表されるアルコールまたはフェノール類を添加して溶解又は懸濁させる。そして、この溶液又は懸濁液に、AATを接触させ、温度等の条件を制御しながらメタクリリル−CoAとアルコールまたはフェノール類とを反応させる。前記反応により、メタクリリル−CoAのメタクリル基を式2のアルコールまたはフェノール類に転移させて、メタクリル酸エステルを生成させる。
【0060】
メタクリリル−CoA及び式2で表されるアルコールまたはフェノール類を含む溶液は、通常、緩衝液等の水性媒体で調製する。ここで、反応を円滑に進行させるために、浸透圧調整剤等によりモル浸透圧濃度および/またはイオン強度を制御することが可能である。浸透圧調整剤としては、細胞内部等の溶液の浸透圧に対して等張または高張になるように調節する目的で加えられる水溶性物質であればよく、例えば、塩又は糖類であり、好ましくは塩である。塩は、好ましくは金属塩、より好ましくはアルカリ金属塩、より好ましくはハロゲン化アルカリ金属であり、例えば、塩化ナトリウムや塩化カリウムが挙げられる。糖類は、好ましくは単糖類又はオリゴ糖類、より好ましくは単糖類又は二糖類であり、例えば、グルコース、スクロース、マンニトール等が挙げられる。浸透圧調整剤は1mM以上の濃度で添加することが好ましく、使用する生体細胞内の溶液と比して等張または高張になるように調節することが特に好ましい。
【0061】
また、生成したメタクリル酸エステルを分離する目的で、あらかじめ、有機溶媒を添加し、2相系で反応させることも可能である。有機溶媒としては、例えば直鎖状、分岐状又は環状の、飽和又は不飽和脂肪族炭化水素、飽和又は不飽和芳香族炭化水素等を単独で又は2種以上を混合して用いることができる。具体的には、例えば、炭化水素系溶媒(例えばペンタン、ヘキサン、シクロヘキサン、ベンゼン、トルエン、キシレンなど)、ハロゲン化炭化水素系溶媒(例えば塩化メチレン、クロロホルムなど)、エーテル系溶媒(例えばジエチルエーテル、ジプロピルエーテル、ジイソプロピルエーテル、ジブチルエーテル、tert−ブチルメチルエーテル、ジメトキシエタンなど)、エステル系溶媒(例えばギ酸メチル、酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸ブチル、プロピオン酸メチル)などが挙げられる。これらの有機溶媒を添加しておくことで、生成したメタクリル酸エステルが有機相に移行し、効率的に反応が進行する場合がある。
【0062】
反応液中のメタクリリル−CoAおよび式2で表されるアルコールまたはフェノール類のモル比、濃度は任意であり、特に制限はない。また、AATの使用量または反応条件は、用いる原料に応じて適宜決定される。通常、各原料の濃度は、メタクリリル−CoAの場合は0.0000001〜10質量%の範囲に設定し、アルコールまたはフェノール類は用いるメタクリリル−CoAに対して0.1〜1000倍モル、好ましくは0.5〜500倍モルの濃度で添加する。
【0063】
その他の反応温度又は反応時間等の各種条件は使用する原料、酵素の活性等により、適宜決定されるもので、特に制限はないが、通常5〜80℃で、1時間〜1週間反応させればよい。好ましくは、10〜70℃で、1〜120時間であり、1時間以上がより好ましく、3時間以上が更に好ましい。反応液のpHについても反応が効率良く進行すれば特に限定されないが、例えば、pH4〜10の範囲、好ましくはpH5.0〜9.0である。温度、時間および反応液のpH等は、反応が完了する条件を選択することが好ましい。
【0064】
好適な条件としては、pH5.5〜9.0の条件下、メタクリリル−CoAの濃度が直接あるいは間接的に0.000001〜1質量%の範囲になるように調製し、アルコールまたはフェノール類は用いるメタクリリル−CoAに対して1〜500倍モルになるように濃度を調整する。そして、温度を20〜40℃の範囲に調整し、1時間以上反応させる。これらの原料(基質)については前述の範囲になるように連続的に供給することも可能であり、そうすることで生成物の蓄積濃度を向上させることができる。
【0065】
減圧下あるいは通気条件下で本反応を実施することも有効である。前記条件下において、生成したメタクリル酸エステルを連続的に分離でき、その結果、効率的に反応が進行する場合があるからである。
【0066】
イソブチリル−CoAを原料にACDの作用によって変換されたメタクリリル−CoAあるいは3−ヒドロキシイソブチリル−CoAからECHの作用によって変換されたメタクリリル−CoAを用いてメタクリル酸エステルを製造する場合においても、前記条件の範囲になるよう調整して実施することが好ましい。なお、ACDあるいはECHによるメタクリリル−CoA合成反応は公知の方法により実施可能である(例えば、ACDの反応条件としてMicrobiology(1999), 145,2323−2334記載の条件)。さらに他の生体反応と組み合わせることで、メタクリル酸エステルの生体内での連続反応(発酵生産)が可能となる。
【0067】
3.メタクリル酸エステルの回収
培地中又は反応液中に生成したメタクリル酸エステル及びその生成量は、高速液体クロマトグラフィー及びLC−MSなどの通常の方法を用いて検出し、測定することができる。また、培養容器又は反応容器の気相部(ヘッドスペース部)に揮発したメタクリル酸エステル及びその生成量は、ガスクロマトグラフィーなどの通常の方法を用いて検出し、測定することができる。
【0068】
反応液からのメタクリル酸エステルの単離は、ろ過、遠心分離、真空濃縮、イオン交換又は吸着クロマトグラフィー、溶媒抽出、蒸留及び結晶化などの周知の操作を必要に応じて適宜組み合わせて行うことができる。また、得られたメタクリル酸エステルは通常の方法により重合し、従来の用途に遜色なく使用することが可能である。
【0069】
このようにして得られたメタクリル酸エステルおよびその重合物はエネルギー、資源および環境に対する負荷を格段に低減することができ、石油製品を出発原料とした従来の化学製造品と比較して、環境低負荷材料として非常に大きな社会的価値を有するものである。
【0070】
4.新規AATおよびそれを用いた有機酸エステルの製造
本発明の一側面である新規AATおよびそれを用いた有機酸エステルの製造について以下に詳述する。
【0071】
本発明のAATは、アルコールまたはフェノール類の存在下、アシル−CoAに作用して有機酸エステルを生成する反応を触媒する酵素である。
【0072】
本発明における酵素組成物とは、メタクリル酸エステルの合成活性を有するAATを含有していれば、特に限定はなく、AATが含まれる生体組織又はその処理物、生体組織から抽出したAATの粗酵素液又は精製酵素等が挙げられる。さらに、上述した遺伝子組み換え生物を培養して得られる培養液、該培養液から得られる菌体又はその処理物、これらから酵素を抽出した粗酵素又は精製酵素等が例示できる。
【0073】
(1)基質特異性
本発明のAATとしては、基質としてメタクリリル−CoA、プロピオニル−CoAおよびイソブチリリル−CoAに高い反応性を有する。すなわち、アセチル−CoAに対する活性に対してメタクリリル−CoA、プロピオニル−CoAおよびイソブチリリル−CoAに対する活性が高い。より具体的に、本発明のAATは、n−ブタノールを基質として、メタクリリル−CoAに対する反応性を100%とした場合に、プロピオニル−CoAおよびイソブチリリル−CoAに対する反応性は同等程度であり、且つアセチル−CoAに対する反応性がそれら以下、より好ましくは50%以下、さらに好ましくは40%以下である。さらに、これら3基質(メタクリリル−CoA、プロピオニル−CoAおよびイソブチリリル−CoA)に対して、ブチリリル−CoAおよびヘキサノイル−CoAへの反応性はアセチル−CoAと同様に低く、50%以下である。
【0074】
(2)メタクリリル−CoAに対する親和性
本発明のAATは、メタクリリル−CoAに対する親和性が高い。基質に対する親和性は、ミカエリス定数(Km)によって評価ことができる。メタクリリル−CoAに対するKmは、後述の実施例に従って測定・算出することによって得られる値である。
【0075】
本発明のAATのメタクリリル−CoAに対するKm値としては、アセチル−CoAに対するKm値以下であり、好ましくは0.5mM以下であり、より好ましくは0.2mM以下であり、さらに好ましくは0.1mM以下であり、特に好ましくは0.05mM以下である。親和性が高いことにより、原料としてのメタクリリル−CoAの濃度が低い場合であっても、上述する触媒反応を進めることができ、より効率的にメタクリル酸エステルを製造可能となる。
【0076】
(3)至適反応pH
本発明のAATの各pHにおける反応性は、pH6〜10.5の比較的広い範囲で認められる。同反応の至適pHとしては、7〜9の範囲にある。より具体的には8〜9付近であり、特にpH8.5のトリス(トリスヒドロキシメチルアミノメタン)−塩酸緩衝液を用いたとき最も高い活性を示す。
【0077】
(4)由来
本発明のAATは、上述したシソ目に属する植物、ブドウ目に属する植物、ムクロジ目に属する植物、アオイ目に属する植物、モクレン目に属する植物およびキク目に属する植物からなる群から選択される植物から単離することができる。好ましくはキク科に属する植物由来である。さらに好ましくは、カミツレ属に属する植物由来である。特に好ましくは、ローマンカモミール由来である。
【0078】
以上のように、優れた特性を有する本発明のAATは、炭素数3〜4の飽和あるいは不飽和の有機酸エステルの合成酵素として極めて有用である。すなわち、本発明のAATによれば原料中にアセチル−CoAが夾雑物として存在する場合であっても、目的の有機酸エステルを選択的に生成させることが可能である。従って、本酵素は、夾雑物の存在が予想又は懸念される用途(バイオマス原料等からのエステルの発酵生産等)に優れた効果を有するものである。
【実施例】
【0079】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例の範囲に限定されるものではない。
【0080】
[実施例1:モクセイによるメタクリル酸ブチルの合成]
キンモクセイ(Osmanthus fragrans)の葉を刻んだもの1gを20ml容GCヘッドスペース用バイアル(23×75mm、National Scientific製)にはかり取った。基質溶液(50mM Tris−HCl(pH8.5)、n−ブタノール40mM、メタクリリルCoA 0.125mM)を1ml加え密閉し、30℃で12時間反応させた。反応終了後、内部標準として10mM 2−ヘキサノンを10μl加えた後、SPME(固相マイクロ抽出)法により、生成物をGC−MSで分析した。SPMEにはCarboxen/PDMS(75um、Fused Silica、Sigma-Aldrich製)を使用し、30℃で10分間吸着させた。
GC―MS分析条件
カラム:TC−70(内径0.25mm×60m、0.25μm、GLサイエンス社)
カラム温度:50℃・5min→7.5℃/min→200℃・10min
キャリアガス:ヘリウム
流量:1.13ml/min
Inject:250℃
【0081】
また、0.1mMメタクリル酸ブチル溶液(50mM Tris−HCl、pH8.5)を用いて、キンモクセイの葉によるメタクリル酸エステルの加水分解反応を確認した。反応は、30℃で12時間行った。
【0082】
メタクリル酸エステルの量は、内部標準法による検量線を作成して算出した。各濃度の標準溶液を同一の容量および容器にて調製し、内部標準として10mM 2−ヘキサノンを10μl加えたのちに、SPME法およびGC−MSで分析した(n=3)。生成物の確認は、リテンションタイムおよびマススペクトルを標品と比較することにより行った。また、同時にブランク(基質無し)を実施し、メタクリル酸ブチルが生成しないことを確認した。結果を表1に示す。キンモクセイにより0.7μMのメタクリル酸ブチルの生成が認められた。
【0083】
【表1】
【0084】
キンモクセイの葉によるメタクリル酸ブチルの分解活性を表2に示す。顕著なメタクリル酸ブチルの減少が確認され、キンモクセイ由来のAATの作用によるメタクリル酸エステルの産生速度は、同植物組織中に含まれるエステル分解酵素等によるメタクリル酸エステルの分解速度を上回ることが示唆された。
【0085】
【表2】
【0086】
[実施例2:ブドウによるメタクリル酸メチルの合成]
ブドウ(レッドグローブ:Vitis vinifera)果実を皮付きで細かく裁断したもの1gをバイアルにはかり取った。基質溶液(50mM Tris−HCl(pH8.5)、メタノール40mM、メタクリリルCoA10mM)を0.5ml加え、密閉後、30℃で12時間反応させた。実施例1と同様に分析を実施し、0.8μMのメタクリル酸メチルの生成を認めた(表1)。
【0087】
また、0.1mMメタクリル酸メチル溶液(50mM Tris−HCl、pH8.5)を用いて、メタクリル酸エステルの加水分解反応を確認した。反応は、30℃で3時間行った。結果を表2に示す。
【0088】
[実施例3:ブドウによるメタクリル酸ブチルの合成]
メタノールの代わりにn−ブタノールを用いた以外は実施例2と同様に実施した。その結果、9.0μMのメタクリル酸ブチルの生成が認められた。メタクリル酸エステルの加水分解反応も実施例2と同様に確認した。
【0089】
[実施例4:クレープフルーツによるメタクリル酸ヘキシルの合成]
クレープフルーツ(Citrus x paradisi)果実の砂じょうをほぐしたもの2gをバイアルにはかり取った。基質溶液(50mM Tris−HCl(pH8.5)、n−ヘキサノール40mM、メタクリリルCoA10mM)を0.5ml加え、密閉後、30℃で12時間反応させた。実施例1と同様に分析を実施し、0.3μMのメタクリル酸ヘキシルの生成を認めた。
【0090】
[実施例5:ドリアンによるメタクリル酸エチルの合成]
ドリアン(Durio zibethinus)の果実を細かく裁断したもの1gをバイアルにはかり取った。基質溶液(50mM Tris−HCl(pH8.5)、エタノール40mM、メタクリリルCoA 0.125mM)を0.5ml加え密閉し、30℃で3時間反応させた。実施例1と同様に分析を実施し、6.7μMのメタクリル酸エチルの生成を認めた。
【0091】
また、0.1mMメタクリル酸エチル溶液(50mM Tris−HCl、pH8.5)を用いて、メタクリル酸エステルの加水分解反応を確認した。反応は、30℃で3時間行った。結果を表2に示す。
【0092】
[実施例6:ドリアンによるメタクリル酸ブチルの合成]
エタノールの代わりにn−ブタノールを用いた以外は実施例5と同様に実施した。その結果、14μMのメタクリル酸ブチルの生成が認められた。メタクリル酸エステルの加水分解反応も実施例5同様に確認した。
【0093】
[実施例7:カラタネオガタマによるメタクリル酸ブチルの合成]
カラタネオガタマ(Magnolia figo)の葉および花芽を刻んだものそれぞれ1gおよび0.5gをバイアルにはかり取った。基質溶液(50mM Tris−HCl(pH8.5)、n−ブタノール40mM、メタクリリルCoA 0.125mM)を1ml加え密閉し、30℃で12時間反応させた。実施例1と同様に分析を実施し、それぞれ4.4μMおよび0.4μMのメタクリル酸ブチルの生成を認めた。
【0094】
また、0.01mMメタクリル酸ブチル溶液(50mM Tris−HCl、pH8.5)を用いて、メタクリル酸エステルの加水分解反応を確認した。反応は、30℃で12時間行った。結果を表2に示す。
【0095】
[実施例8:ローマンカモミールによるメタクリル酸ブチルの合成]
ローマンカモミール(Chamaemelum nobile)の葉を刻んだもの0.5gをバイアルにはかり取った。基質溶液(50mM Tris−HCl(pH8.5)、n−ブタノール40mM、メタクリリルCoA 0.125mM)を0.5ml加え密閉し、30℃で12時間反応させた。実施例1と同様に分析を実施し、6.7μMのメタクリル酸ブチルの生成を認めた。
【0096】
また、0.1mMメタクリル酸ブチル溶液(50mM Tris−HCl、pH8.5)を用いて、メタクリル酸エステルの加水分解反応を確認した。反応は、30℃で3時間行った。結果を表2に示す。
【0097】
[実施例9:ローマンカモミール由来AATの精製]
特に明記しない限り、酵素精製は、4℃以下の温度で行った。各画分のAAT活性の測定はn−ブタノールおよびメタクリリル−CoAを基質とし、GCを用いて分析した。
【0098】
(1)粗酵素液の調製
ローマンカモミール(Chamaemelum nobile)の葉38gを液体窒素中で粉末化した。粉末を190mlの抽出用緩衝液(10%グリセロール、5mMジチオスレイトール(DTT)、5%ポリビニルピロリドン、250mMトリス−HCl(pH7.5))に懸濁しし、4層のガーゼを通して濾過した。濾液を15,000gで15分間遠心分離し、粗酵素溶液を得た。
【0099】
(2)AAT活性測定法
2ml容スクリューバイアル(National Scientific製オートサンプラーバイアル)に、反応液(50mM Tris−HCl(pH8.0)、40mM n−ブタノール、0.12mMメタクリリル−CoA)を500μl調製した。以下の(3)〜(6)の各段階の精製酵素を加え密閉し、30℃で1時間反応させた。
【0100】
反応後、内部標準として10mM 2−ヘキサノンを50μl加え、200μlオクタンを用いて溶媒抽出した。遠心分離による分液を8μlGCにインジェクションし、酵素反応で生成したメタクリル酸ブチルを測定した。メタクリル酸エステルの量は、内部標準法による検量線を作成して算出した。
GC分析条件
カラム:DB−WAX(内径0.25mm×60m、0.5μm、Agilent Technologies)
カラム温度:115℃・5min→40℃/min→200℃・2min キャリアガス:ヘリウム
検出:FID
Inject温度:230℃
Detect温度:250℃
【0101】
(3)DEAE−トヨパールカラムによる精製(2回)
粗酵素溶液を10%グリセロールおよび2mM DTTを含む250mMトリス−HCl(pH8.0)緩衝液で平衡化したDEAE−トヨパールカラム(20ml)に供した。素通り画分を回収し、10%グリセロールおよび2mM DTTを含む20mMトリス−HCl(pH8.0)緩衝液(以下、緩衝液B)に対して透析した。
【0102】
さらに、透析画分を緩衝液Bで平衡化したDEAE−トヨパールカラム(10ml)に再び供した。緩衝液Bで十分洗浄した後、緩衝液Bの塩化ナトリウムの濃度を0Mから0.3Mまで直線的に上昇させて濃度勾配溶出を行った。なお、溶出液は5.5mlずつフラクション分けした。溶出パターンを図1に示す。得られたAAT活性画分を回収し、緩衝液Bに対して透析した。図中、「AAT活性」(白丸)は、1分間に1μmolのエステルを与える酵素量を1Uとした。また、「タンパク質濃度」(黒丸)は、ウシ血清アルブミンを標準品とするBio−Rad protein assay Kit(Bio−Rad,USA)を用いて測定した。
【0103】
(4)Qセファロースカラムによる精製
得られた透析済みのAAT活性画分を緩衝液Bで平衡化したQセファロースカラム(10ml)に供した。緩衝液Bで十分洗浄した後、緩衝液Bの塩化ナトリウムの濃度を0Mから0.3Mまで直線的に上昇させて濃度勾配溶出を行った。なお、溶出液は5.5mlずつフラクション分けした。溶出パターンを図2に示す。得られたAAT活性画分を回収し、2mM DTTを含む20mMトリス−HCl(pH8.0)緩衝液(以下、緩衝液C)に対して透析した。
【0104】
(5)MonoQ 5/50 GLカラムによる精製
Qセファロースカラムにより得られた透析済みのAAT活性画分を、緩衝液Cで平衡化したMonoQ 5/50 GLカラム(1mL)に供した。緩衝液Cの塩化ナトリウムの濃度を0Mから0.5Mまで直線的に上昇させて濃度勾配溶出を行った。溶出パターンを図3に示す。得られたAAT活性画分を回収し、アミコンウルトラ(Amicon Ultra)−0.5mL遠心式フィルターを用いて濃縮を行った。なお、本カラムによる精製はAKTA Explorer 10S(GE Healthcare)を用いて流速0.5ml/分の条件で、0.5mlずつフラクション分けした。
【0105】
(6)Superdex 200 10/300 GLカラムによる精製
MonoQ 5/50 GLカラムにより得られたAAT活性濃縮画分を、0.3M塩化ナトリウムを含む緩衝液Cで平衡化したSuperdex 200 10/300 GLカラムに供した。本カラムによる精製はAKTA Explorer 10Sを用いて流速0.5ml/分の条件で、0.5mlずつフラクション分けした。溶出パターンを図4に示す。得られたAAT活性画分を回収し、緩衝液Bに対して透析した。
【0106】
(7)各精製段階まとめ
各精製段階における酵素組成物の収量、活性を表3に示す。合計5回のカラム分離により、活性において209倍に精製された、201mU/mgのAATが得られた。
【0107】
【表3】
【0108】
[実施例10:ローマンカモミール由来AATの基質特異性]
実施例9記載のMonoQ 5/50 GLカラムによる精製画分を用いて、AATの基質特異性を評価した。
【0109】
2ml容スクリューバイアルに、反応液(50mM Tris−HCl(pH8.5)、40mMアルコール、0.12mMアシル−CoA)を調製し、精製画分を加えて500μlとした。密閉し、30℃で1時間反応させた。
【0110】
反応後、内部標準として10mM 2−ヘキサノンを50μl加え、200μlオクタンまたヘキサンを用いて溶媒抽出した。遠心分離による分液を8μlGCにインジェクションし、酵素反応で生成したエステルを測定した。エステルの量は、内部標準法による検量線を作成して算出した。GCによる測定条件は、カラム温度(表4参照)を測定対象エステル毎に適宜変更した以外は、実施例9と同様とした。プロピオン酸n−ブチルの定量は、本カラムではn−ブタノールのピークと分離が不十分なため、実施例1記載のGC―MS分析条件(ただし、温度条件は80℃,1分→10℃/分→200℃,5分に変更)で絶対検量線法にて実施した。
【0111】
【表4】
【0112】
結果を表5に示す。メタクリル酸ブチルの比活性を100%として、相対活性値で示した。
【0113】
【表5】
*N.D.=検出されず、 N.T.=未実施
【0114】
[実施例11:ローマンカモミール由来AATの至適pH]
実施例9記載のMonoQ 5/50 GLカラムによる精製画分を用いて、至適pHを評価した。
【0115】
酢酸緩衝液、PIPES(ピペラジン−1,4−ビス(2−エタンスルホン酸))緩衝液、トリス(トリスヒドロキシメチルアミノメタン)−塩酸緩衝液またはグリシン−水酸化ナトリウム緩衝液を用いて、40mM n−ブタノールおよび0.12mMメタクリリル−CoAの組成の反応液を調製した。いずれの緩衝液もバッファー濃度は50mMとした。各反応液に精製画分を加えて500μlとし、密閉して30℃で1時間反応させた。
【0116】
反応後、実施例9と同様のGC分析により、酵素反応で生成したメタクリル酸ブチルを測定した。結果を図5に示す。図中、丸印は酢酸緩衝液、四角印はPIPES緩衝液、三角印はトリス(トリスヒドロキシメチルアミノメタン)−塩酸緩衝液、菱印はグリシン−水酸化ナトリウム緩衝液の結果を示す。至適pHは、8〜9であった。
【0117】
[実施例12:ローマンカモミール由来AATのKm]
実施例9記載のMonoQ 5/50 GLカラムによる精製画分を用いて、メタクリリル−CoAおよびアセチル−CoAに対するKm値を測定した。50mM Tris−HCl(pH8.5)緩衝液に、精製画分、40mM n−ヘキサノールおよび各濃度のメタクリリル−CoAまたはアセチル−CoAを加えて500μlの反応液を調製し、密閉して30℃で2時間反応させた。
【0118】
反応後、実施例10と同様のGC分析により、酵素反応で生成したエステルを測定した。結果を図6に示す。速度定数(Km)をミカエリリス−メンテン(Michaelis−Menten)式に当てはめ、HULINKS社製のカレイダグラフ(Kaleidagraph)ソフトウエアを用いて計算した。その結果、メタクリリル−CoAに対するKm値が0.041mM、アセチル−CoAに対するKm値が0.711mMと算出された。
図1
図2
図3
図4
図5
図6