特許第6296596号(P6296596)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6296596
(24)【登録日】2018年3月2日
(45)【発行日】2018年3月20日
(54)【発明の名称】イチゴ栽培方法
(51)【国際特許分類】
   A01G 22/05 20180101AFI20180312BHJP
   A01G 7/00 20060101ALI20180312BHJP
   A01G 7/02 20060101ALI20180312BHJP
【FI】
   A01G1/00 301H
   A01G7/00 601C
   A01G7/00 601Z
   A01G7/02
【請求項の数】9
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2013-194960(P2013-194960)
(22)【出願日】2013年9月20日
(65)【公開番号】特開2014-207875(P2014-207875A)
(43)【公開日】2014年11月6日
【審査請求日】2016年8月25日
(31)【優先権主張番号】特願2013-62060(P2013-62060)
(32)【優先日】2013年3月25日
(33)【優先権主張国】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 (1)発行者名:園芸学会 発行日 :平成25年(2013年)3月23日 刊行物名:園芸研究 第12巻 別冊1 −2013−(園芸学会平成25年度春季大会研究発表要旨) 公開者 :荻原勲、村上拓也、福澤麻里奈、望月佑哉、福家光敏、二宮伸哉 (2)発行者名:園芸学会 発行日 :平成25年(2013年)3月23日 刊行物名:園芸研究 第12巻 別冊1 −2013−(園芸学会平成25年度春季大会研究発表要旨) 公開者 :堀内尚美、車敬愛、Thanda Aung、真弓優里香、荻原勲
(73)【特許権者】
【識別番号】504132881
【氏名又は名称】国立大学法人東京農工大学
(73)【特許権者】
【識別番号】597024681
【氏名又は名称】第一実業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100146318
【弁理士】
【氏名又は名称】岩瀬 吉和
(74)【代理人】
【識別番号】100114188
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100119253
【弁理士】
【氏名又は名称】金山 賢教
(74)【代理人】
【識別番号】100124855
【弁理士】
【氏名又は名称】坪倉 道明
(74)【代理人】
【識別番号】100129713
【弁理士】
【氏名又は名称】重森 一輝
(74)【代理人】
【識別番号】100127812
【弁護士】
【氏名又は名称】城山 康文
(72)【発明者】
【氏名】荻原 勲
(72)【発明者】
【氏名】車 敬愛
(72)【発明者】
【氏名】堀内 尚美
(72)【発明者】
【氏名】村上 拓也
(72)【発明者】
【氏名】関口 紗央里
【審査官】 坂田 誠
(56)【参考文献】
【文献】 特開2006−296202(JP,A)
【文献】 特開2007−303692(JP,A)
【文献】 特開2012−165665(JP,A)
【文献】 特開平5−34052(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01G 22/05
A01G 7/00
A01G 7/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一季成りイチゴの果実を周年に亘り収穫する方法であって、以下の工程:
1) 一季成りイチゴを促成栽培する工程であって、該促成栽培が高温長日条件を含む前記工程
2) 工程1)で栽培したイチゴから果実を収穫した後に、当該イチゴ株を日長条件及び温度条件が一定範囲に保たれた環境室に移動する工程;
3) 上記2)の環境室内で当該イチゴ株を栽培する工程;及び
4) 上記3)のイチゴ株から果実を継続的に収穫する工程、
を含み、但し上記2)の環境室の日長条件が8〜10時間の範囲であり、温度条件が8〜26℃の範囲であることを特徴とする、前記方法。
【請求項2】
更に、上記2)の環境室のCO濃度を400〜850ppmの範囲に保つことを特徴とする、請求項に記載の方法。
【請求項3】
更に、上記2)の環境室の湿度を30〜100%の範囲に保つことを特徴とする、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
上記2)のイチゴ株の移動が、5月以降であることを特徴とする、請求項1乃至のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
上記2)の環境室の照明が、LEDにより行われることを特徴とする、請求項1乃至のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
LEDが、赤色〜遠赤色発光ダイオード並びに緑及び/又は青色発光ダイオードを含むことを特徴とする、請求項に記載の方法。
【請求項7】
上記2)の環境室からエチレンを除去することを特徴とする、請求項1乃至のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
一季成りイチゴが、とちおとめ、章姫、紅ほっぺ、あまおう、さちのか、女峰及びさがほのかの品種から成る群から選択される、請求項1乃至のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
果実を一年以上に亘り収穫することを特徴とする、請求項1乃至のいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一季成りイチゴの周年収穫を可能にする栽培技術に関する。
【背景技術】
【0002】
イチゴ果実は、一年間を通して需要の大きな果物である。特に、とちおとめ、章姫、紅ほっぺ、あまおう、さちのか、女峰及びさがほのか等の一季成り品種は、収穫量及び品質が優れるために、付加価値が極めて高い。
【0003】
しかしながら、一季成り品種のイチゴは、促成長期どり栽培法によっても、その収穫期が11月〜翌年5月末まで程度であり、6月〜10月は端境期となる。このため、端境期のイチゴ生産は、四季成り品種を利用して北海道などの寒冷地で行われているが、収量が劣り、供給量は十分でない。そこで、端境期のイチゴ供給のほとんどはアメリカからの輸入品となるが、輸入イチゴ果実は収穫が早いため硬くて糖度が低い等、低品質であるにもかかわらずたいへん高価である。従って、品質に優れ、安定した価格の一季成りイチゴ果実供給に対する明白な需要が存在する。
【0004】
特許文献1には、一季成りイチゴの親株を8月頃に植え付け、施設内で2月頃まで高温長日条件下(日長12〜15時間、並びに日中温度が20〜30℃及び夜間温度が10〜20℃)で生育させて2月頃以降に子株を採取し、その子株を低温短日条件下(日長8〜13時間、並びに日中温度が15〜25℃及び夜間温度が5〜15℃)に保たれた施設内に定植して、周年に亘ってイチゴ果実を収穫する方法が開示されている。
【0005】
しかしながら、特許文献1の方法では、親株の収穫時期と子株の育苗時期が重なり、且つ子株の育苗が複雑なために労力的な負担が大きい。また、親株と子株の栽培環境を別個に設定しなければならないため、エネルギー・コスト的にも満足いくものではなかった。更に、子株の栄養成長と生殖成長、つまり草勢の維持と収穫量の向上を達成する環境条件が明らかでなく、安定した果実の収穫が可能かどうかも定かではなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2006−296202号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、収量及び品質に秀でた一季成り品種のイチゴを、周年に亘って安定的に供給するイチゴの栽培ないし収穫方法を提供することを課題とする。当該方法は、労力的負担が少なく、エネルギー等のコスト的にも合理的であるべきである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、促成栽培した一季成りイチゴの収穫後に、当該イチゴをそのまま所定の環境下に移動して栽培することで、その後もイチゴ果実が継続して結実し収穫できるのみならず、その草勢が衰えることがないことを見出した。すなわち、促成栽培したイチゴの個体は、収穫後には徐々に草勢が衰えるものである。してみれば、促成栽培したイチゴの通常の収穫終了後にも更に継続して花芽分化誘導させる環境条件を実現することは重要であるが、その後の草勢を維持ないし増強できるような環境条件でなければ、収量及び品質の安定したイチゴ果実の供給は達成できないのである。本発明者らは、そのような生殖成長と栄養成長が同時進行し得る特定の環境条件を見出したのである。従って、本発明の第1の局面は、
[1] 一季成りイチゴの果実を周年に亘り収穫する方法であって、以下の工程:
1) 一季成りイチゴを促成栽培する工程;
2) 工程1)で栽培したイチゴから果実を収穫した後に、当該イチゴ株を日長条件及び温度条件が一定範囲に保たれた環境室に移動する工程;
3) 上記2)の環境室内で当該イチゴ株を栽培する工程;及び
4) 上記3)のイチゴ株から果実を継続的に収穫する工程、
を含む、前記方法、
である。
【0009】
上記の環境条件としては以下のものが挙げられる。従って、本発明の好適な各態様は、
[2] 上記2)の環境室の日長条件が8〜10時間の範囲であり、温度条件が8〜26℃の範囲であることを特徴とする、上記[1]に記載の方法、
[3] 更に、上記2)の環境室のCO濃度を400〜850ppmの範囲に保つことを特徴とする、上記[1]又は[2]に記載の方法、
[4] 更に、上記2)の環境室の湿度を30〜100%の範囲に保つことを特徴とする、上記[1]乃至[3]のいずれかに記載の方法、
[5] 上記2)のイチゴ株の移動が、5月以降であることを特徴とする、上記[1]乃至[4]のいずれかに記載の方法、
[6] 上記2)の環境室の照明が、LEDにより行われることを特徴とする、上記[1]乃至[5]のいずれかに記載の方法、
[7] LEDが、赤色〜遠赤色発光ダイオード並びに緑及び/又は青色発光ダイオードを含むことを特徴とする、上記[6]に記載の方法、及び
[8] 上記2)の環境室からエチレンを除去することを特徴とする、上記[1]乃至[7]のいずれかに記載の方法、
である。
【0010】
本発明の目的は、収量及び品質に秀でた一季成りイチゴ果実を継続的に収穫可能にすることであり、そのような優れたイチゴ品種としては以下のものを例示できる。従って、本発明の更に好適な態様には、
[9] 一季成りイチゴが、とちおとめ、章姫、紅ほっぺ、あまおう、さちのか、女峰及びさがほのかの品種から成る群から選択される、上記[1]乃至[8]のいずれかに記載の方法、
も含まれる。
【0011】
更に、本発明の特定の環境条件下では、前記のとおり収穫を繰り返しても草勢が衰えないことが見出されたので、そのような環境条件下に置かれたイチゴからのイチゴ果実の収穫は、安定した収穫量を維持しつつ、一年以上に亘り得ることを当業者は理解できるであろう。すなわち、本発明の第2の局面は、
[10] 果実を一年以上に亘り収穫することを特徴とする、上記[1]乃至[9]のいずれかに記載の方法、及び
[11] 果実の収穫量が7月から10月までの期間で1株あたり100g/月以上であることを特徴とする、上記[1]乃至[10]のいずれかに記載の方法、
である。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、品質に秀でた一季成りイチゴ果実を継続的に収穫することが可能になる。特に、本発明により、促成長期どり栽培していた一季成りイチゴ株から、そのまま端境期の夏秋どり生産が可能になる。すなわち、本発明は、促成栽培による収穫後のイチゴ株の再利用によるものであるから、苗育成がいらないのでコスト削減が図られる。加えて、本発明によれば、イチゴ株の草勢を維持しながら、花芽形成、開花、果実の発育を継続することができるので、安定的に長期の収穫が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、促成栽培による収穫が終了した一季成りイチゴ株(品種「とちおとめ」及び「章姫」)が本発明の環境室内で栽培されると、継続して出蕾及び結実する状況を示す写真である。
図2図2は、本発明の環境室内で栽培した、促成栽培による収穫が終了した一季成りイチゴ株(品種「とちおとめ」及び「章姫」)の、1株あたりの総収量と月別収量を示すグラフである。
図3図3は、品種「とちおとめ」(図中、Aのパネル)及び品種「章姫」(図中、Bのパネル)の対照区並びに弱光区と強光区の各処理区における葉位別光合成速度を示すグラフである。図中、「**」及び「*」は、それぞれ、Tukeyの多重検定により、葉位間に1%及び5%水準で有意差があり、「ns」は有意差がないことを示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明では、一季成りイチゴを使用する。前記のように、一季成りイチゴは収量及び品質に優れるため消費者の需要が高いにもかかわらず、端境期の適切な供給が達成されていないからである。本発明で使用する一季成りイチゴは、一季成り性のイチゴ品種であれば限定されないが、例えばとちおとめ、章姫、紅ほっぺ、あまおう、さちのか、女峰及びさがほのか等、比較的休眠が浅い品種が望ましい。
【0015】
また、本発明では、促成栽培による収穫後の一季成りイチゴを用いる。つまり、本発明で使用するイチゴは、以下で説明する本発明の特定の環境室内に移動する前は、通常の促成栽培を行ったものであることが重要である。このことで、前掲特許文献1のように子株を得るための特別な労力や設備、コストを要さずとも、促成栽培後の一季成りイチゴ株から直接的に連続収穫ができるからである。或いは、端境期に一季成りイチゴを収穫するために、わざわざ定植から収穫の全期間に亘って、やはり多大な労力やコストを要する特別な施設で一季成りイチゴを栽培する必要もないからである。そして、更に重要なことは、後記実施例で示すように、本発明によれば促成栽培で使用したイチゴ株の草勢を衰えさせることなく、連続的に安定したイチゴ果実の収穫が可能なのである。
【0016】
なお、一季成りイチゴの促成栽培では、品種や地域で最適な方法は多少異なるが、典型的には7月頃に採苗した苗を9月〜10月上旬に定植した後、11月中旬〜翌6月頃にかけて果実を収穫している。従って、本発明における、「イチゴから果実を収穫した後」、或いは当該イチゴ株を「環境室に移動する」のに適した時期は、前記の収穫期である11月中旬〜翌5月下旬のうちのいずれの時点でもかまわないが、好適には当該促成栽培下で十分にイチゴ果実を収穫した後である収穫期の末期頃が好ましく、具体的には5月(例えば5月中旬)であることが好ましい。
【0017】
このようにして、本発明では、上記のようにして促成栽培し収穫が終わった後のイチゴ株を、少なくとも日長条件及び温度条件が一定に保たれた環境室(以下、「閉鎖施設」ともいう。)に移動し、当該環境室内でイチゴ株の栽培が継続される。後記実施例のとおり、そのような環境室内で栽培を継続することにより、連続した花芽分化、開花及び収穫が達成されつつも、その草勢が全く衰えなかったことは驚くべきことであった。つまり、通常、収穫を終えたイチゴ株は、その草勢が衰え、たとえ花芽分化を誘導できたとしても継続的に安定した収量を確保するのが困難と考えられるが、本発明の環境室内で栽培することで、生殖成長と栄養成長の双方をバランスよく達成させ得ることが示された。
【0018】
本発明の環境室における日長条件とは、いわゆる日長を構成する明期を意味し、当該「明期」とは、光合成が可能な程度の光強度条件下に植物が置かれる継続した期間(Hour)を指す。光合成が可能な程度の光強度条件は、光強度(光合成光量子束密度:Photosynthetic Photon Flux Density)が、約100〜1000μmol・m-2・s-1PPFDの範囲であり得る。
【0019】
後記実施例のとおり、本発明では、光強度が約250〜350μmol・m-2・s-1PPFDの範囲(以下、「弱光区」ともいう。)であっても、或いはそれが約400〜500μmol・m-2・s-1PPFDの範囲(以下、「強光区」ともいう。)であっても、イチゴ果実の総収量に実質的な変化は観察されなかった。また、試験対象のイチゴとして品種「とちおとめ」を用いた場合には、弱光区であっても強光区であっても、植物体の光合成能力に実質的な変化は認められなかった。しかしながら、試験対象のイチゴとして品種「章姫」を用いた場合には、弱光区では葉柄がやや徒長し、光合成能力も若干低下する傾向が認められた。従って、イチゴ品種によりその程度に多少の違いはあるが、一般的には光強度が強いほうが好ましい。例えば、本発明の環境室の明期の光強度条件は約500μmol・m-2・s-1PPFD以上であり得、好ましくは約600〜800μmol・m-2・s-1PPFDの範囲にあることを例示できる。また、光合成速度を最大にするために、約800〜1000μmol・m-2・s-1PPFDの範囲とする別の態様もある。
【0020】
また、当該明期に照射される光の主要な波長(大部分を占める分光エネルギー)は特に限定されないが、約400〜800nmの範囲であり得る。すなわち、光合成に必要な波長としては約400〜730nmが知られているが、近年、遠赤色光である約700〜780nmをイチゴに照射することによりイチゴ果実の肥大を促進できることが報告されている(特開2012-165665号)。従って、本発明の環境室内の明期において照射される光は、太陽光(自然光)及び人工光の一方でも良いし両方でも良い。すなわち、明期において照射される光の光源は特に限定されず、太陽はもとより、高圧ナトリウムランプ、メタルハライドランプ、LED(発光ダイオード)、レーザー光源などを挙げることができる。特にLEDは、消費電力が少なく、光合成やイチゴ果実の肥大に有効な波長の光源として有効であることが上記特開2012-165665号以外にも特開2010-130986号に記載されており、当該文献で用いられている青色発光ダイオード(波長420〜500nm程度)及び赤色発光ダイオード(波長640〜690nm程度)、或いはそれらの組合せに相当する波長の緑色発光ダイオード(中心波長560nm前後)、並びに遠赤色発光ダイオード(波長700〜780nm程度)を本発明でも使用し得る。なお、前記のとおり光源は単独で使用しても良いし、複数の光源を適宜組み合わせて用いても良い。例えば、曇り空や雨天時など自然光の強度が上記範囲を下回る場合、人工光にて補光することが好ましい。また、真夏の猛暑日などで、自然の日照時間が長すぎるか、自然光の強度が上記範囲を上回る場合は、遮光カーテンなどを用いて自然光を完全に遮断するか、光強度を調整することも好ましい。
【0021】
本発明では、環境室における日長条件、つまり継続した明期が8〜10時間の範囲に設定される。当該日長条件下に保たれた環境室内で栽培を継続することにより、一旦収穫を終えた促成栽培イチゴ株であっても、その草勢が衰えることなく、継続して安定的なイチゴ果実の収穫が達成できるからである。
【0022】
本発明の環境室が保つべきもう一つの重要な環境因子は温度条件である。つまり、本発明の環境室は、日長(明期)が8〜10時間の範囲内で、且つ気温が8〜26℃の範囲内(明期及び暗期を含む範囲)に保たれることが重要であるが、このような条件は、本発明者らがさまざまな日長条件や温度条件下の環境室を用意し、促成栽培イチゴ株の栽培試験をその中で継続することにより見出したものである。なお、本発明の、日長(明期)が8〜10時間で気温が8〜26℃との条件は、概ね東京の秋期の天候条件と見ることもできる。
【0023】
より詳しく説明すると、本発明において、気温が8〜26℃の範囲に保たれるとは、通常、明期の温度が約15℃〜26℃の範囲内にあることを意味し、いっぽう暗期の温度が8℃〜約15℃の範囲内にあることを意味する。従って、本発明の環境室の気温が8〜26℃の範囲内に保たれるとは、明期の最高温度が26℃を超えないことを意味し、暗期の最低気温が8℃を下回らないということもできる。
【0024】
上述した日長条件及び温度条件を一定範囲内に維持し得る環境室としては、暖房機、冷房設備、送風、除(加)湿器、換気扇、ドライミスト及び遮光カーテンといった各種の制御装置を単独で或いは組み合わせて備える閉鎖施設を使用することが有利である。それらの制御装置を組み込んだ閉鎖施設の好適な例は、特開2011−120555号公報や特開2011−150557号公報に記載されている。
【0025】
しかして、特開2011−120555号公報や特開2011−150557号公報に記載の閉鎖施設では、日長条件や温度条件のほかにも、CO濃度、相対湿度、土壌pH、土壌EC(Electric Conductivity(電気伝導度):肥料濃度を推定できる)等の各種パラメーターを植物の生育に適した範囲に調節することが可能であり、且つそうすることが好ましい。
【0026】
例えば、前記の閉鎖施設を利用すればCO濃度を約400〜850ppm(COモル数/空気のモル数を基に計算した値として。)の範囲内に維持することも可能であるが、光合成促進の観点からはCO濃度が高めのほうがよく、約600〜800ppmの範囲内に維持することがいっそう好ましい。また、相対湿度は平均して約30〜100%程度に維持することが好ましい。特に、光合成のために好ましい湿度は約60%前後であるが、更に照明時には湿度が約30〜60%程度となるように除湿等をすることが好ましい。これは、湿度を約30〜60%程度の低めに調節することで、花粉が開葯して、ミツバチやマルハナバチによる受粉・受精を閉鎖施設内でも正常に行わせることができるからである。すなわち、ミツバチやマルハナバチにより受粉が可能となれば人工授粉を行わなくとも果実が肥大するので極めて有利である。なお、ミツバチやマルハナバチによって受粉・受精を行わせる際には、紫外線や黄色を発する光源を用いるとミツバチの誘導を図ることができるので、そのような光源の使用は有用であり得る。
【0027】
また、本発明者らは、先に前記の閉鎖施設内からエチレンを除去することにより、花の劣化が防止し得ることを報告している(Journal of Plant Growth Regulation,Vol.30,pp.229−234(2011))。従って、本発明においても、閉鎖環境施設からエチレンを除去することが好ましい。
【0028】
上記のような環境室内に移動され、継続して栽培されたイチゴ株は、通常の促成栽培では収穫が終了した後(つまり、5月以降)であっても連続して開花し、結実した。特に、「章姫」のイチゴ品種では9月でも平均して10gを超える一果重があり、また一株あたり15個程度の収穫果数が記録された。いっぽう、「とちおとめ」のイチゴ品種でも、同時期に平均して10g程度の一果重があり、また一株あたり8個程度の収穫果数が記録された。これらの結果から、本発明によれば1月で1株あたり100g以上の収穫も可能であると見積もられる。
【0029】
更に、前記のとおり、本発明の環境室内で栽培することで連続した開花及び収穫が達成されつつも、その草勢が全く衰えないことが見出されたので、イチゴ果実を端境期(6月〜10月)のみならず10月以降も収穫でき、従ってイチゴ果実を一年以上に亘り収穫できる可能性が示唆された。
【0030】
更に、本発明の好適な態様として、本発明の環境室にイチゴ株を移動するのに先立って、別の日長条件及び温度条件に制御された環境室内でイチゴ株を一時的に栽培してもよい。例えば、日長が8〜13時間及び温度が16〜40℃の範囲に維持された環境室でイチゴ株を一時的に栽培することで、花芽分化及び/又は葉芽分化を促進することができる。或いは、温度が3〜7℃の範囲に維持された環境室でイチゴ株を一時的に栽培することで、花芽、葉芽又はその双方の萌芽を促進することも可能である。
【0031】
以上の説明を与えられた当業者は、本発明を十分に実施できる。以下、更なる説明の目的として実施例を与え、従って、本発明は当該実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0032】
材料及び方法
<供試植物> 一季なりイチゴとして、品種「とちおとめ」及び「章姫」を用いた。当該植物を鉢に植え、実験の開始前まで東京都府中市のガラス室内で促成栽培した。詳細には、2011年7月頃に採苗し,花芽分化体勢へと移行させるため,8月末ごろに窒素中断を行った。その後、2011年9月下旬〜10月中旬頃に不織布ポットに定植し、ガラス室内で促成栽培した。2012年5月14日に花が着生している各品種9個体を選抜し、そのうちの3個体はそのままガラス温室で栽培を続けた(対照区)。それ以外の6個体を、以下の閉鎖施設に移動し、栽培した(処理区)。なお、処理区のうちの3個体ずつを更に以下の弱光区と強光区に振り分けた。
<閉鎖施設> 本発明の環境室として、特開2011−120555号公報や特開2011−150557号公報に記載されたシステムに相当する設備を有する、東京農工大学先進植物工場研究施設内の人工光型栽培室を用いた。当該施設の環境条件は、
(1) 日長時間: 8〜10時間
(2) 温度: 8.3℃〜26℃
(3) 湿度: 32.8〜100%
(4) CO濃度: 411〜816ppm
(5) 光強度; 「弱光区」は285〜331μmol・m-2・s-1とし、「強光区」は412〜488μmol・m-2・s-1とした。なお、「弱光区」は光源から植物体までの距離が約1mになるように植物体を配置し、「強光区」ではその距離が約50cmになるように植物体を配置することで、光強度を調節した。光源は、市販の蛍光灯を用いた。
【0033】
実施例1: 出蕾及び収穫状況
対照区並びに弱光区及び強光区の処理区について、出蕾日、開花日及び収穫日を記録した。また、1果房あたりの開花数及び収穫した果実の新鮮重量を測定した。その結果、対照区の個体は6〜7月頃には出蕾が停止したのに対し、処理区では、弱光区及び強光区ともに、調査開始日の2012年5月14日から終了日である2012年11月30日まで連続した出蕾が見られた。出蕾及び結実の状態を図1に示した。また、上記の調査期間中の出蕾間隔、果実成熟日数及び1果房あたりの開花数の平均値を表1に示した。
【0034】
【表1】
【0035】
収穫量については、対照区では7月以降は収穫されなかったため、5月〜7月までの間で両品種ともに60g前後であった。いっぽう、処理区では5月〜11月中も収穫することができ、品種「とちおとめ」の一株あたりの同期間の総収穫量は380〜402gに、品種「章姫」の同収穫量は444〜475gに達した。なお、収穫量については、品種間並びに弱光区と強光区間で、1株あたりの総収量に有意差は見られなかった。1株あたりの収穫量の詳細を図2に示した。
【0036】
実施例2: 形態及び光合成速度
形態としては、対照区並びに弱光区及び強光区の処理区について、イチゴ株全体を目視で観察するとともに、葉齢30日の葉の葉柄、葉身、葉幅の長さを測定し、更に当該葉のSPAD値を測定器(コニカミノルタ社製、製品名:SPAD−502)により測定した。
【0037】
光合成速度については、対照区並びに弱光区及び強光区の処理区につき、11月下旬に、当該時期の第3葉及び8月中旬に展開した葉(以下、「下位葉」という。)を試験対象として、光合成蒸散測定装置LI−6400(LI−COR社製)により測定した。なお、測定時の測定チャンバー内条件は、温度20℃、湿度60±3%、CO濃度400ppm及び光強度1500μmol・m-2・s-1とした。
【0038】
上記試験の結果として、まず形態的には、対照区では株が全体的に徒長し、下位葉の下垂が認められたが、処理区では葉柄及び葉の大きさが小さくSPAD値も高かった。また、処理区内の弱光区と強光区の間では、品種「とちおとめ」が弱光区でも全く徒長しなかったのに対して、品種「章姫」では弱光区でやや徒長した。葉柄、葉身、葉幅の長さ及びSPAD値の平均値を表2に示した。
【0039】
【表2】
【0040】
また、光合成速度については図3に示した。結論として、第3葉と下位葉を比較した場合、対照区では下位葉で光合成速度が30〜45%と顕著に減少していたが、処理区での減少はわずかで、第3葉との間に有意差はなかった。すなわち、本発明の環境室内で栽培を継続すると、光合成能の低下率が低く、葉の老化が妨げられることが確かめられた。なお、弱光区と強光区の比較では、品種「とちおとめ」において光強度による光合成能の相違は認められなかったが、品種「章姫」では弱光区で光合成能がやや低下する傾向があった。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明は、一季成りイチゴ果実を周年に亘り収穫ための技術として有用である。従って、本発明は農業関連分野において利用可能である。
図1
図2
図3