特許第6298002号(P6298002)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6298002リチウムイオン電池スクラップの浸出方法及び、有価金属の回収方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6298002
(24)【登録日】2018年3月2日
(45)【発行日】2018年3月20日
(54)【発明の名称】リチウムイオン電池スクラップの浸出方法及び、有価金属の回収方法
(51)【国際特許分類】
   C22B 7/00 20060101AFI20180312BHJP
   C22B 3/06 20060101ALI20180312BHJP
   C22B 23/00 20060101ALI20180312BHJP
   C22B 47/00 20060101ALI20180312BHJP
   C22B 3/08 20060101ALN20180312BHJP
【FI】
   C22B7/00 C
   C22B3/06
   C22B23/00 102
   C22B47/00
   !C22B3/08
【請求項の数】11
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2015-67146(P2015-67146)
(22)【出願日】2015年3月27日
(65)【公開番号】特開2016-186114(P2016-186114A)
(43)【公開日】2016年10月27日
【審査請求日】2016年9月30日
(73)【特許権者】
【識別番号】502362758
【氏名又は名称】JX金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】横田 拓也
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 順一
【審査官】 荒木 英則
(56)【参考文献】
【文献】 特開2012−072488(JP,A)
【文献】 特開2013−194315(JP,A)
【文献】 特開2005−149889(JP,A)
【文献】 特開昭49−106419(JP,A)
【文献】 特開昭50−060414(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22B 7/00
C22B 3/00− 3/08
C22B 23/00
C22B 47/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも対象金属を含むリチウムイオン電池スクラップを、酸性溶液にて浸出させる方法であって、前記酸性溶液にマンガンイオンが存在しない状態で、該酸性溶液に二酸化マンガンを添加し、その後、該酸性溶液中にマンガンイオンを生成することにより、酸性溶液中にマンガンイオンと二酸化マンガンを同時に存在させる、リチウムイオン電池スクラップの浸出方法。
【請求項2】
酸性溶液への二酸化マンガンの添加後、前記酸性溶液にマンガンイオンを含む溶液を添加すること、マンガンをさらに含むリチウムイオン電池スクラップからマンガンを浸出させること、および/または、前記酸性溶液にマンガンを含む材料を添加して該材料からマンガンを浸出させることにより、該酸性溶液中にマンガンイオンを生成する、請求項に記載のリチウムイオン電池スクラップの浸出方法。
【請求項3】
酸性溶液への二酸化マンガンの添加後、マンガンをさらに含む前記リチウムイオン電池スクラップからマンガンを浸出させること、および/または、前記酸性溶液にマンガンを含む材料を添加して該材料からマンガンを浸出させることにより、該酸性溶液中にマンガンイオンを存在させ、該マンガンの浸出に当り、酸性溶液に過酸化水素水を添加する、請求項に記載のリチウムイオン電池スクラップの浸出方法。
【請求項4】
酸性溶液中にマンガンイオンと二酸化マンガンを同時に存在させた後、酸性溶液中のマンガンイオンの濃度が低下し、または該マンガンイオンが消滅した際に、前記酸性溶液にマンガンイオンを含む溶液を添加すること、マンガンをさらに含むリチウムイオン電池スクラップからマンガンを浸出させること、および/または、前記酸性溶液にマンガンを含む材料を添加して該材料からマンガンを浸出させることにより、該酸性溶液中にマンガンイオンを生成する、請求項1〜のいずれか一項に記載のリチウムイオン電池スクラップの浸出方法。
【請求項5】
前記マンガンを含む材料が、二酸化マンガンである、請求項2〜4のいずれか一項に記載のリチウムイオン電池スクラップの浸出方法。
【請求項6】
リチウムイオン電池スクラップの浸出の開始から終了までの浸出全体を通じて最もマンガンイオンの濃度が高いときであって、酸性溶液中にさらなるマンガンイオンが生成されず、酸性溶液中にマンガンイオンと二酸化マンガンが同時に存在する状態で、酸性溶液中に過酸化水素水が存在しないものとする、請求項に記載のリチウムイオン電池スクラップの浸出方法。
【請求項7】
リチウムイオン電池スクラップの浸出の開始から終了までの浸出全体を通じて最もマンガンイオンの濃度が高いときであって、酸性溶液中にさらなるマンガンイオンが生成されず、酸性溶液中にマンガンイオンと二酸化マンガンが同時に存在する状態で、酸性溶液中のマンガンイオンが、少なくとも対象金属の浸出に必要な量で存在する、請求項1〜のいずれか一項に記載のリチウムイオン電池スクラップの浸出方法。
【請求項8】
対象金属の浸出後、その浸出後液から、二酸化マンガンを含む浸出残渣を分離して回収する、請求項1〜のいずれか一項に記載のリチウムイオン電池スクラップの浸出方法。
【請求項9】
酸性溶液に添加する前記二酸化マンガンとして、少なくとも対象金属とマンガンとを含むリチウムイオン電池スクラップを浸出させて得られる浸出残渣を用いる、請求項1〜のいずれか一項に記載のリチウムイオン電池スクラップの浸出方法。
【請求項10】
前記対象金属が、ニッケルおよびコバルトのうちの一種以上である、請求項1〜のいずれか一項に記載のリチウムイオン電池スクラップの浸出方法。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれか一項に記載のリチウムイオン電池スクラップの浸出方法により得られた浸出後液から、ニッケルおよび/またはコバルトを回収する、有価金属の回収方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、リチウムイオン電池スクラップを浸出させる方法及び、有価金属の回収方法に関するものであり、特には、リチウムイオン電池スクラップに含まれる対象金属の浸出に要する時間の短縮化を図り、リチウムイオン電池スクラップの処理能率の向上に寄与することのできる技術を提案するものである。
【背景技術】
【0002】
各種の電子デバイスをはじめとして多くの産業分野で使用されているリチウムイオン電池は、マンガン、ニッケルおよびコバルトを含有するリチウム金属塩を正極材として用いたものであり、近年は、その使用量の増加および使用範囲の拡大に伴い、電池の製品寿命や製造過程での不良により廃棄される量が増大している状況にある。
かかる状況の下では、大量に廃棄されるリチウムイオン電池スクラップから、上記のニッケルおよびコバルト等の高価な元素を、再利用するべく比較的低コストで容易に回収することが望まれる。
【0003】
有価金属の回収のためにリチウムイオン電池スクラップを処理するには、はじめに、たとえば、所要に応じて焙焼、破砕および篩別等の各工程を経て得られた粉状ないし粒状のリチウムイオン電池スクラップを、過酸化水素水を用いて酸浸出し、そこに含まれ得るリチウム、ニッケル、コバルト、マンガン、鉄、銅、アルミニウム等を溶液中に溶解させて浸出後液を得る。
次いで、その浸出後液に対して溶媒抽出法を実施して、各金属元素を順次に分離させる。ここでは、まず鉄およびアルミニウムを回収し、続いてマンガンおよび銅、そしてコバルト、その後にニッケルを回収して、最後に水相にリチウムを残すことで、各有価金属を回収することができる。
【0004】
なお、リチウムイオン電池などの二次電池から有価金属を回収する方法として、特許文献1および2にはそれぞれ、「Co,Ni,Mn含有リチウム電池滓からの有価金属回収方法」および「廃二次電池からの金属の回収方法」が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009−193778号公報
【特許文献2】特開2005−149889号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、特許文献1及び2に記載されたようなリチウムイオン電池スクラップの処理方法ないし有価金属回収方法では、リチウムイオン電池スクラップに含まれるニッケルやコバルト等の浸出対象の金属を酸浸出しているが、ここでは、対象金属以外の、マンガン等の金属もまた浸出することになる。この場合、浸出後液に含まれるマンガン等の金属を溶媒抽出するために工数が増大してコストが嵩む他、溶媒抽出後の回収される当該金属の形態によっては、それをそのまま再利用できず、更なる処理が必要になるという問題がある。
【0007】
これに対し、発明者は、リチウムイオン電池スクラップを浸出させる際に、リチウムやコバルト、ニッケルは浸出させる一方で、マンガンは一旦浸出した後に二酸化マンガンとして析出させることができることを見出した。このようにマンガンを二酸化マンガンとして析出させる場合は、その二酸化マンガンを固液分離等により浸出後液から分離させることにより、浸出後液中のマンガンを予め減少ないし除去できるので、その後の回収工程でのマンガンの溶媒抽出等に要するコストを低減することができる。
【0008】
しかるに、このようにリチウムイオン電池スクラップを浸出させる際にマンガンを分離回収するに当っては、マンガンを二酸化マンガンとして析出させるまでに比較的長い時間を要することから、リチウムイオン電池スクラップの処理能率の低下を余儀なくされる。
【0009】
この発明は、従来技術が抱えるこのような問題を解決することを課題とするものであり、それの目的とするところは、リチウムイオン電池スクラップを浸出させる際にマンガンを析出させる場合の、リチウムイオン電池スクラップの浸出時間を短縮化させ、それにより、リチウムイオン電池スクラップの処理の能率を向上させることのできるリチウムイオン電池スクラップの浸出方法及び、有価金属の回収方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
発明者は、リチウムイオン電池スクラップを酸性溶液で浸出する際の、各元素の浸出態様について鋭意検討した結果、酸性溶液中に添加したリチウムイオン電池スクラップ中のマンガンが溶解してマンガンイオンとなり、これがリチウムイオン電池スクラップ中の対象金属と接触することによって、上記のマンガンイオンは二酸化マンガンとなって析出するとともに、対象金属の浸出を促進させることを見出した。そして、このときに別途、二酸化マンガンを酸性溶液中に添加すると、その添加した二酸化マンガンが核となることにより、酸性溶液中のマンガンイオンが二酸化マンガンとなる析出反応が進むとの新たな知見を得た。
【0011】
このことから、酸性溶液中に二酸化マンガンを、適切な時期で添加することにより、酸性溶液中のマンガンイオンが二酸化マンガンとなる析出反応、及び、それに伴う対象金属の浸出が促進されて、リチウムイオン電池スクラップの浸出時間を有効に短縮できると考えた。
【0015】
の発明のリチウムイオン電池スクラップの浸出方法は、少なくとも対象金属を含むリチウムイオン電池スクラップを、酸性溶液にて浸出させる方法であって、前記酸性溶液にマンガンイオンが存在しない状態で、該酸性溶液に二酸化マンガンを添加し、その後、該酸性溶液中にマンガンイオンを生成することにより、酸性溶液中にマンガンイオンと二酸化マンガンを同時に存在させることにある。
【0016】
ここで、酸性溶液への二酸化マンガンの添加後、前記酸性溶液にマンガンイオンを含む溶液を添加すること、マンガンをさらに含むリチウムイオン電池スクラップからマンガンを浸出させること、および/または、前記酸性溶液にマンガンを含む材料を添加して該材料からマンガンを浸出させることにより、該酸性溶液中にマンガンイオンを生成することが好ましい。
【0017】
またここで、酸性溶液への二酸化マンガンの添加後、マンガンをさらに含む前記リチウムイオン電池スクラップからマンガンを浸出させること、および/または、前記酸性溶液にマンガンを含む材料を添加して該材料からマンガンを浸出させることにより、該酸性溶液中にマンガンイオンを存在させる場合は、該マンガンの浸出に当り、酸性溶液に過酸化水素水を添加することが好ましい。
【0018】
上述したいずれかの浸出方法では、酸性溶液中にマンガンイオンと二酸化マンガンを同時に存在させた後、酸性溶液中のマンガンイオンの濃度が低下し、または該マンガンイオンが消滅した際に、前記酸性溶液にマンガンイオンを含む溶液を添加すること、マンガンをさらに含むリチウムイオン電池スクラップからマンガンを浸出させること、および/または、前記酸性溶液にマンガンを含む材料を添加して該材料からマンガンを浸出させることにより、該酸性溶液中にマンガンイオンを生成することが好ましい。
なお、前記マンガンを含む材料は、二酸化マンガンとすることができる。
【0019】
上記の浸出方法で、それ以後で、リチウムイオン電池スクラップの浸出の開始から終了までの浸出全体を通じて最もマンガンイオンの濃度が高いときであって、酸性溶液中にさらなるマンガンイオンが生成されない場合は、酸性溶液中にマンガンイオンと二酸化マンガンが同時に存在する状態で、酸性溶液中に過酸化水素水が存在しないものとすることが好適である。
また、以後、リチウムイオン電池スクラップの浸出の開始から終了までの浸出全体を通じて最もマンガンイオンの濃度が高いときであって、酸性溶液中にさらなるマンガンイオンが生成されない場合は、酸性溶液中にマンガンイオンと二酸化マンガンが同時に存在する状態で、酸性溶液中のマンガンイオンが、少なくとも対象金属の浸出に必要な量で存在することが好ましい。
【0020】
対象金属が浸出した後は、その浸出後液から、二酸化マンガンを含む浸出残渣を分離して回収することができる。
また、酸性溶液に添加する前記二酸化マンガンとして、少なくとも対象金属とマンガンとを含むリチウムイオン電池スクラップを浸出させて得られる浸出残渣を用いることができる。
【0021】
前記対象金属は、ニッケルおよびコバルトのうちの一種以上とすることができる。
またこの発明の有価金属の回収方法は、上述したいずれかのリチウムイオン電池スクラップの浸出方法により得られた浸出後液から、ニッケルおよび/またはコバルトを回収することにある。
【発明の効果】
【0022】
この発明のリチウムイオン電池スクラップの浸出方法によれば、酸性溶液に二酸化マンガンを添加し、酸性溶液中にマンガンイオンと二酸化マンガンを、同時に存在させることにより、酸性溶液中のマンガンイオンが二酸化マンガンとなる反応が促進し、それに伴って、酸性溶液中への対象金属の浸出もまた促進することになるので、対象金属の浸出時間を短縮化させることができる。
それにより、リチウムイオン電池スクラップの処理の能率を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1参考例の浸出方法を示す模式図である。
図2】この発明の浸出方法のの実施形態を示す模式図である。
図3】この発明の浸出方法を用いることができる有価金属の回収方法の一例を概略的に示す工程図である。
図4】この発明の浸出方法を用いることができる有価金属の回収方法の他の例を概略的に示す工程図である。
図5】比較例における浸出時間の経過に伴う各金属の浸出率の推移を示すグラフである。
図6】発明例における浸出時間の経過に伴う各金属の浸出率の推移を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下に、この発明の実施の形態について詳細に例示説明する。
この発明の一の実施形態に係るリチウムイオン電池スクラップの浸出方法は、少なくとも対象金属を含むリチウムイオン電池のスクラップを、酸性溶液にて浸出させる方法である。ここで、リチウムイオン電池のスクラップを添加する酸性溶液中にマンガンイオンが存在すると、そのマンガンイオンと対象金属とが接触することで、それらの酸化還元反応に基き、対象金属の浸出が促進するとともに、当該マンガンイオンが析出して二酸化マンガンとして沈殿する。
【0025】
このような対象金属の浸出促進を伴うマンガンイオンの析出反応を短い時間で行わせるため、この実施形態では、酸性溶液中に別途、二酸化マンガンを添加し、酸性溶液中にマンガンイオンと二酸化マンガンとが同時に存在する状態とする。これによれば、添加した二酸化マンガンにより、酸性溶液中のマンガンイオンが、対象金属の浸出を伴って二酸化マンガンとなる反応が大きく促進する。その結果として、対象金属の浸出時間を短縮することができる。以下に具体的に述べる。
【0026】
(リチウムイオン電池スクラップ)
この発明で対象とするリチウムイオン電池スクラップは、電池製品の寿命や製造不良またはその他の理由によって廃棄された、いわゆる電池滓、アルミニウム箔付き正極材もしくは正極活物質、または、これらのうちの少なくとも一種、あるいは、たとえば、電池滓等を、必要に応じて、後述するように焙焼し、化学処理し、破砕し、および/もしくは篩別したもの等とすることができる。但し、リチウムイオン電池スクラップの種類等によっては、このような焙焼や化学処理、破砕、篩別は必ずしも必要ではない。
【0027】
なおここで、たとえば、リチウムイオン電池スクラップが電池滓である場合、このリチウムイオン電池スクラップには一般に、正極活物質を構成するリチウム、ニッケル、コバルト、マンガンのうちの一種の元素からなる単独金属酸化物および/または、二種以上の元素からなる複合金属酸化物の他、アルミニウム、銅、鉄等が含まれることがある。
あるいは、正極活物質である場合、そのスクラップには一般に、上記の単独金属酸化物および/または複合金属酸化物が含まれ得る。また、アルミニウム箔付き正極材の場合は、当該単独金属酸化物および/または複合金属酸化物に加えて、さらにアルミニウムが含まれることがある。
この発明の浸出方法で浸出の対象とする対象金属は、リチウムイオン電池スクラップに含まれ得る上記の金属のうち、少なくとも、コバルト及び/又はニッケルとすることができ、好ましくはコバルト及びニッケルとする。
【0028】
(スクラップの浸出方法)
上述したような粉状ないし粒状のリチウムイオン電池スクラップを、硫酸等の酸性溶液に添加して浸出させるに当り、この実施形態では、酸性溶液中に二酸化マンガンを添加し、酸性溶液中にマンガンイオンと、添加する二酸化マンガンとを同時に存在させる。
酸性溶液中のマンガンイオンは、リチウムイオン電池スクラップに含まれる対象金属との酸化還元反応により、対象金属の浸出を促進させつつ、自身は二酸化マンガンの結晶として析出する。このようなマンガンイオンの析出反応において、酸性溶液中に二酸化マンガンを添加すると、添加した二酸化マンガンは結晶核となって、その析出反応を促進させる。それにより、対象金属の浸出も大きく促進されて、対象金属の多くを短時間で浸出させることができる。
【0029】
酸性溶液中に、添加する二酸化マンガンとマンガンイオンとが同時に存在する状態とするには具体的に、図1及び2に示す二つの場合に分けることができる。すなわち、図1は、上記の酸性溶液に既にマンガンイオンが存在し、その状態で二酸化マンガンを添加する場合を示し、また、図2は、酸性溶液にマンガンイオンが存在しない状態で二酸化マンガンを添加し、その後に、酸性溶液中にマンガンイオンを生成する場合を示す。なお、リチウムイオン電池スクラップはどの段階で酸性溶液に添加してもよいが、マンガンイオンの上記の析出反応が生じる前または、その反応中に添加することが、リチウムイオン電池スクラップ中の対象金属の浸出促進の観点から有効である。
【0030】
図1に示す場合(酸性溶液にマンガンイオンが存在する状態で二酸化マンガンを添加する場合)は、酸性溶液にマンガンイオンを予め存在させるため、二酸化マンガンの添加に先立って、酸性溶液にマンガンイオンを含む溶液を添加する作業、リチウムイオン電池スクラップが対象金属の他にさらにマンガンを含む場合に酸性溶液にリチウムイオン電池スクラップを添加してそのマンガンを浸出させる作業、酸性溶液にマンガンを含む材料を添加してその材料中のマンガンを浸出させる作業のうちの少なくとも一つの作業を行うことにより、二酸化マンガンの添加前に酸性溶液中にマンガンイオンを生成することができる。
【0031】
一方、図2に示す場合(酸性溶液にマンガンイオンが存在しない状態で二酸化マンガンを添加し、その後に酸性溶液中にマンガンイオンを生成する場合)は、二酸化マンガンの添加後に酸性溶液にマンガンイオンを存在させるため、二酸化マンガンを添加した後、酸性溶液にマンガンイオンを含む溶液を添加する作業、リチウムイオン電池スクラップが対象金属の他にさらにマンガンを含む場合に酸性溶液にリチウムイオン電池スクラップを添加してそのマンガンを浸出させる作業、酸性溶液にマンガンを含む材料を添加してその材料中のマンガンを浸出させる作業のうちの少なくとも一つの作業を行うことにより、二酸化マンガンの添加後に酸性溶液中にマンガンイオンを生成することができる。
つまり、図1及び2に示すいずれの場合にあっても、上記の三つの作業のうちの少なくとも一つを採用することで、酸性溶液中にマンガンイオンを生成して存在させることができる。
【0032】
このうち、リチウムイオン電池スクラップに含まれるマンガンを浸出させる作業、及び、酸性溶液にマンガンを含む材料を添加する作業では、酸性溶液に過酸化水素水を添加して、そのマンガンの浸出を促進させることが有効である。それにより、酸性溶液中へのマンガンイオンの生成を短時間で行うことができる。なお、ここでいう「マンガンを含む材料」は、マンガンの単体及び/又は、マンガンの酸化物、塩化物、硫化物、水酸化物もしくは炭酸塩その他の化合物が含まれる材料を意味し、二酸化マンガンであってもよい。
【0033】
一方、過酸化水素水は、酸性溶液中に添加または生成される二酸化マンガンと反応して、二酸化マンガンの浸出をも引き起こす場合がある。そのため、過酸化水素水を添加する場合は、酸性溶液中にマンガンイオンと二酸化マンガンとが同時に存在する状態となって、酸性溶液中にさらなるマンガンイオンが生成されない場合で、この浸出工程の全体を通じて最も高くなったときのマンガンイオンの濃度が、対象金属の浸出に必要な量となるように、過酸化水素水の量を調整することが望ましい。このようなときに酸性溶液中に過酸化水素水が存在すると、二酸化マンガンまでもが、過酸化水素水で浸出されてしまうことがあり、それによって、添加する二酸化マンガンで促進されるマンガンイオンの析出反応が、所期したほどの短時間で進まないおそれがあるからである。
【0034】
このような観点から、過酸化水素水を用いる場合は、酸性溶液中の過酸化水素水が消失した後に、二酸化マンガンを添加することが好ましい。実際には、酸性溶液中に過酸化水素水を添加してから若干の時間をおいた後、酸性溶液中のマンガンが浸出するとともに過酸化水素水が十分に消費されて酸性溶液中の酸化還元電位(ORP)が安定して時点で、酸性溶液に二酸化マンガンを添加することができる。たとえば、過酸化水素水を添加してから0時間〜12時間、好ましくは0.5時間〜1時間が経過した後に、二酸化マンガンを添加することができる。
【0035】
なお、酸性溶液にマンガンイオンを含む溶液を添加する作業では、添加するマンガンイオンを含む溶液は、マンガンを浸出させた硫酸溶液等とすることができ、マンガンイオンが含まれるものであれば特に制限はない。
【0036】
上述したようにして、酸性溶液中にマンガンイオンと二酸化マンガンとが同時に存在する状態とした後、酸性溶液中にそれ以後にさらなるマンガンイオンが生成されないとき、つまりこの浸出工程の全体を通じて最もマンガンイオンの濃度が高いときであって、マンガンイオンと二酸化マンガンとが同時に存在するときには、酸性溶液中のマンガンイオンは、少なくとも対象金属の浸出に必要な量で存在することが好ましい。
このようなマンガンイオンの量は、最終的に浸出させようとする対象金属の目標浸出率により異なる。マンガンイオンの、対象金属の浸出に必要な量は、たとえば、目標浸出率が90%以上である場合、浸出工程の全体を通じて最も濃度が高いときの、マンガンイオンの量と、溶け残っている対象金属の量からスクラップに含まれる対象金属の10%を除いた量とのモル数が等しくなる量とすることができる。
対象金属の浸出が完了した際に、酸性溶液中のマンガンイオンが全て二酸化マンガンとなっていることが、後述する後工程で浸出後液からマンガンを回収するに要する工数やコストを削減できる点で好ましい。
【0037】
添加する二酸化マンガンは、酸性溶液中のマンガンイオンが二酸化マンガンの結晶となって析出する反応で、その結晶核として作用する。そのため、二酸化マンガンの添加量はそれほど重要ではないが、たとえば、二酸化マンガンは、リチウムイオン電池スクラップに対して質量比で10%〜100%の範囲の量で添加することが可能である。二酸化マンガンの添加量が多いと、その後にろ過等により回収する手間が増大し、この一方で、添加量が少ないと、効果が十分に発揮されない可能性がある。
【0038】
なお、酸性溶液に添加する二酸化マンガンは、たとえば、硫酸コバルト、硫酸ニッケル等の他の材質が付随していてもよい。すなわち、酸性溶液に添加する添加物に、少なくとも二酸化マンガンが含まれていれば、上述したように酸性溶液中のマンガンイオンの反応を促進させることができる。
【0039】
なお、酸性溶液中に二酸化マンガンとマンガンイオンとが同時に存在する状態とした後は、必要に応じて、20℃〜80℃の温度の下、酸性溶液を撹拌速度0rpm〜750rpmで撹拌することができる。
【0040】
酸性溶液中にマンガンイオンと二酸化マンガンとが同時に存在する状態となった後、対象金属が十分に浸出される前に、対象金属の浸出を促進させるに必要な酸性溶液中のマンガンイオンが低下し、または、酸性溶液中のマンガンイオンが消滅した場合は、酸性溶液中にマンガンイオンを増加させるため、酸性溶液へのマンガンイオンを含む溶液の添加、リチウムイオン電池スクラップ中のマンガンの浸出、及び/又は、酸性溶液中へのマンガンを含む材料の添加を行うことができる。それにより、対象金属の浸出が完了するまでの間にわたって、マンガンイオンの析出反応を維持することができる。
【0041】
ところで、この浸出方法で浸出の対象とする対象金属は、先にも述べたように、ニッケル及びコバルトのうちの一種以上とすることができる。これらの対象金属は、それよりも酸化還元平衡電位が低く先に浸出するマンガンの金属イオンと接触することにより、酸性溶液中での浸出が有効に促進されることになる。
マンガンは、異なる酸化数をとりうる金属であることから、上記の対象金属を有効に溶解させることができ、また、自らは酸化して酸化物として沈殿することができる。
【0042】
このようにして対象金属を浸出させた後は、たとえば、固液分離等により、得られた浸出後液と浸出残渣を分離することができる。
ここでは、浸出残渣に、添加した二酸化マンガンや、酸性溶液中のマンガンイオンが対象金属と接触して沈殿した二酸化マンガンが含まれることから、この浸出残渣を回収することが好ましい。さらに、この浸出残渣を、上述したような酸性溶液へ添加する二酸化マンガンとして用いることが、二酸化マンガンの再利用によるコスト削減等の観点からより一層好ましい。
【0043】
以上に述べたような浸出方法は、リチウムイオン電池スクラップからの有価金属の回収方法に用いることが可能である。
この回収方法では、図3、4に例示するように、リチウムイオン電池スクラップを浸出させる浸出工程と、浸出工程で得られた浸出後液から対象金属等を回収する回収工程とを順次に行う。なお、浸出工程に先立って、焙焼工程、篩別工程等を行うことも可能であるが、これらの焙焼工程、篩別工程は必ずしも実施することを要しない。以下に各工程について説明する。
【0044】
(焙焼工程)
廃棄等されたリチウムイオン電池スクラップは、必要に応じて、既に公知の方法により焙焼することができる。これにより、スクラップに含まれる不要な物質を分解、燃焼もしくは揮発させることができる。焙焼を行う加熱炉としては、固定床炉、電気炉、重油炉、キルン炉、ストーカー炉、流動床炉等を用いることができる。
【0045】
なお、このような焙焼とともに所要の化学処理を施すことが可能であり、そして、一軸破砕機や二軸破砕機等を用いてスクラップを破砕することで適当な大きさに調整した後、下記の篩別工程を実施することができる。
【0046】
(篩別工程)
この篩別工程では、上述したように破砕した後のスクラップを篩別することで、アルミニウム等の一部を取り除くことができる。効果的に篩別するには、事前にスクラップに対して上述した熱処理や化学処理を施しておくことが望ましい。
この篩別は必須ではないものの、篩別を行わない場合は、浸出工程における酸浸出や中和での試薬の使用量が増加することがある。
【0047】
(浸出工程)
浸出工程は、上述した浸出方法に従って実施することができる。この浸出工程では、酸性溶液中への二酸化マンガンの添加により、浸出時間を大幅に短縮できるので、金属の回収能率を大きく向上させることができる。またここでは、対象金属が十分に浸出した浸出後液を得ることができることから、後述の回収工程にて高い回収率で金属を回収することができる。
【0048】
(回収工程)
上記の浸出工程の後は、浸出後液から対象金属等の金属を回収する回収工程を実施する。より詳細には、リチウムイオン電池スクラップに含まれる金属元素に応じて、たとえば、図3または4に例示する工程を含むことができる。
【0049】
この回収工程では、浸出工程で得られた浸出後液に対し、たとえば、一般的な溶媒抽出法または電解法等を用いて、そこに溶解している対象金属を含む各元素を回収する他、その浸出後液にマンガンが溶解した状態で残った場合に、マンガンを対象金属と分離させて回収する。
【0050】
図3に示すところでは、リチウムイオン電池スクラップに含まれて浸出後液中に溶解しているリチウム、ニッケル、コバルト、マンガン、アルミニウム、銅、鉄等のうち、はじめに、鉄およびアルミニウムを溶媒抽出する。
続いて、それにより得られる溶液から、マンガンおよび銅を回収する。但し、ここでは、先述したように浸出工程での二酸化マンガンの析出により、溶液中に含まれるマンガンの量は少なくなる。または条件によっては、溶液中にマンガンが含まれないこともあり、この場合は、マンガンの回収が不要となる。その結果として、ここでのマンガンの回収に要するコストを有効に低減ないし削減することができる。
その後は、コバルトおよびニッケルのそれぞれを順次に回収し、最後に溶液中にリチウムを残して、各金属を回収することができる。
【0051】
一方、図4に示すところでは、リチウムイオン電池スクラップに含まれる元素は、リチウム、ニッケル、コバルト、マンガンだけであるから、浸出後液からマンガン、コバルトおよびニッケルを順次に回収して、リチウムのみが残留する溶液とすることで、図3に示す方法よりも簡易に行うことができる。浸出後液に溶解した金属にマンガンが含まれない場合は、回収工程でのマンガンの回収は不要となる。
【実施例】
【0052】
次に、この発明の回収方法を試験的に実施したので、以下に説明する。但し、ここでの説明は単に例示を目的としたものであって、それに限定されることを意図するものではない。
【0053】
マンガン、コバルト、ニッケル及びリチウムを、表1に示す量で含有するリチウムイオン電池スクラップとしての正極活物質Aの10gを、純水100ml及び硫酸1倍モル当量の硫酸酸性溶液中に添加するとともに、この硫酸酸性溶液に、過酸化水素水を0.42倍モル当量で添加し、浸出温度60℃の下、撹拌速度250rpmで撹拌させて、各金属を浸出させた。
【0054】
なおここでは、Mn、Ni、CoとH2SO4が、Mn、Co、Ni:H2SO4=1:1のモル比で反応し、LiとH2SO4が、Li:H2SO4=1:2のモル比で反応するものとし、これらの合計のH2SO4を1倍モル当量とした。また、Mn、Ni、CoとH22が、Mn、Ni、Co:H22=2:1のモル比で反応するものとし、合計のH22を1倍モル当量とした。
2LiMO2+3H2SO4+H22→2MSO4+LiSO4+O2+4H2
(M:Mn、Ni、Co)
【0055】
【表1】
【0056】
ここで、発明例では、さらに、二酸化マンガンとして別途得られた浸出残渣10gを、過酸化水素水を添加してから1時間経過後に添加した。一方、比較例では二酸化マンガンを添加しなかった。
それらの比較例及び発明例のそれぞれの、浸出時間の経過に伴う各金属の浸出率の推移を、図5及び6のそれぞれにグラフで示す。
【0057】
図5及び6に示す結果より、発明例では、二酸化マンガンを添加したことにより、比較例と比較して浸出時間が大幅に短縮されたことが明らかである。
従って、この発明に従う浸出方法によれば、リチウムイオン電池スクラップに含まれる対象金属の浸出に要する時間を短縮化して、その処理の能率の向上に寄与できることが解かった。
図1
図2
図3
図4
図5
図6