特許第6306768号(P6306768)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6306768疼痛抑制物質のスクリーニング方法および疼痛の予防または治療用医薬組成物
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6306768
(24)【登録日】2018年3月16日
(45)【発行日】2018年4月4日
(54)【発明の名称】疼痛抑制物質のスクリーニング方法および疼痛の予防または治療用医薬組成物
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/7088 20060101AFI20180326BHJP
   A61P 25/04 20060101ALI20180326BHJP
   A61P 29/02 20060101ALI20180326BHJP
   A61K 31/713 20060101ALI20180326BHJP
   A61K 48/00 20060101ALI20180326BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20180326BHJP
   A61K 39/395 20060101ALI20180326BHJP
   C12N 15/113 20100101ALN20180326BHJP
   C07K 16/18 20060101ALN20180326BHJP
   C07K 16/28 20060101ALN20180326BHJP
【FI】
   A61K31/7088ZNA
   A61P25/04
   A61P29/02
   A61K31/713
   A61K48/00
   A61P43/00 111
   A61K39/395 D
   A61K39/395 N
   !C12N15/00 G
   !C07K16/18
   !C07K16/28
【請求項の数】3
【全頁数】24
(21)【出願番号】特願2017-68973(P2017-68973)
(22)【出願日】2017年3月30日
(62)【分割の表示】特願2015-532827(P2015-532827)の分割
【原出願日】2014年8月11日
(65)【公開番号】特開2017-141266(P2017-141266A)
(43)【公開日】2017年8月17日
【審査請求日】2017年6月1日
(31)【優先権主張番号】特願2013-169823(P2013-169823)
(32)【優先日】2013年8月19日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】100077012
【弁理士】
【氏名又は名称】岩谷 龍
(72)【発明者】
【氏名】山下 俊英
(72)【発明者】
【氏名】早野 泰史
【審査官】 横山 敏志
(56)【参考文献】
【文献】 特表2003−530831(JP,A)
【文献】 特表2008−520222(JP,A)
【文献】 特表2009−510002(JP,A)
【文献】 特表2009−539864(JP,A)
【文献】 特表2008−506703(JP,A)
【文献】 Esma Lejmi,Netrin-4 inhibits angiogenesis via bindingto neogenin and recruitment of Unc5B,roceedings of the NationalAcademy of Sciences of the United States of America,2008年,Vol. 105, No. 34,pp. 12491-12496
【文献】 Chen Gin-Den,Spinal SIRPα1-SHP2 interaction regulatesspinal nerve ligation-induced neuropathic pain viaPSD-95-de,Pain,2012年,Vol.153, No. 5,pp. 1042-53
【文献】 Yang Hong Bin,Inhibitory effects of SHP2 blockerNSC-87877 on inflammatory pain and its underlying mechanisms,Chinese Pharmacological Bulletin,2010年,Vol.26 No.9,Page.1142-5
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K31/00−33/44
A61K39/395
A61K48/00
A61P1/00−43/00
C07K16/18
C07K16/28
C12N15/113
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
Science Direct
CiNii
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ネトリン−4、Unc5BもしくはNeogeninの発現を阻害する核酸、または、ネトリン−4、Unc5BもしくはNeogeninに対する抗体を有効成分として含有することを特徴とする疼痛の予防または治療用医薬組成物。
【請求項2】
前記核酸が、配列番号1および2、配列番号3および4、または配列番号5および6の塩基配列をセンス鎖およびアンチセンス鎖として形成されるsiRNAである請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】
疼痛の予防または治療用医薬組成物を製造するための、ネトリン−4、Unc5BもしくはNeogeninの発現を阻害する核酸、または、ネトリン−4、Unc5BもしくはNeogeninに対する抗体の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、疼痛抑制物質のスクリーニング方法に関するものである。また、本発明は、疼痛の予防または治療用医薬組成物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
疼痛は、その激しい痛みから身体の生理機能と精神状態に著しい影響を及ぼし、患者のQOL(Quality Of Life)を低下させる。慢性疼痛の患者数は全世界で2000万人を超えると報告されており、疼痛治療薬の市場規模は日米欧で約2兆円と言われている。またがん、脳卒中、糖尿病、エイズといった疼痛発症の原因となり得る疾患の患者数が増加していることから、疼痛治療法の確立は非常に重要な医療課題の一つである。特に、非ステロイド性抗炎症薬や麻薬性鎮痛薬による治療効果が低い神経因性疼痛の治療薬開発に対する医療ニーズは、今後も高まることが予想される。しかしながら、神経障害性疼痛の発症原因は多岐に渡り、その分子作用機序も非常に複雑であることから、いまだに根本的な治療薬が開発されていない(非特許文献1)。神経因性疼痛の発症・維持に関与する分子メカニズムを明らかにすることで、画期的な治療薬の開発に繋げていくことは21世紀における医療の最大課題の一つである。
【0003】
脊髄の背側に存在する後角内神経回路の可塑的な変化は神経障害性疼痛の発症原因の一つであると考えられている(非特許文献2)。末梢からの感覚入力は脊髄後角内で増幅、抑制、統合など様々な修飾を受けてから脳へと伝達される。しかし末梢神経が障害されると、異常な軸索側枝形成、シナプス伝達の亢進など、脊髄後角内神経回路網が可塑的に変化して疼痛の発症に繋がってしまうことが過去に報告されている(非特許文献3)。このことから、後角内における神経回路網の可塑性を制御する分子メカニズムを明らかにすることは新たな疼痛治療法の開発に繋がることが期待される。
【0004】
ネトリン−4(Netrin−4)は分泌性タンパク質ネトリンファミリーの一つである。ネトリン−4は細胞外基質ラミニンのβ鎖とよく似た構造を持ち、神経突起形成、細胞移動、細胞生存、血管形成やがん細胞の増殖といった様々な役割があることが知られている(非特許文献4)。しかしながら、ネトリンの成体脊髄での役割については全く研究報告がされておらず、疼痛発症に関与しているかどうかも全く未知である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Dworkin RH, O'Connor AB, Backonja M, Farrar JT, Finnerup NB, Jensen TS, Kalso EA, Loeser JD, Miaskowski C, Nurmikko TJ, Portenoy RK, Rice AS, Stacey BR, Treede RD, Turk DC, Wallace MS: Pharmacologic management of neuropathic pain: evidence-based recommendations. Pain. 2007 Dec 5;132(3):237-51.
【非特許文献2】Woolf CJ, Salter MW: Neuronal plasticity: increasing the gain in pain. Science. 2000 Jun 9;288(5472):1765-9.
【非特許文献3】Markman JD, Dworkin RH: Ion channel targets and treatment efficacy in neuropathic pain. Journal of Pain 2006;7(1):S38-S47.
【非特許文献4】Lai Wing Sun K, Correia JP, Kennedy TE: Netrins: versatile extracellular cues with diverse functions. Development. 2011 Jun;138(11):2153-69.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、疼痛の発症に関与する分子を見出し、疼痛抑制物質のスクリーニング方法を提供することを課題とする。また、新規な有効成分を含有する疼痛の予防または治療用医薬組成物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記課題を解決するために、以下の各発明を包含する。
[1]疼痛抑制物質のスクリーニング方法であって、ネトリン−4および/またはネトリン−4受容体を用いることを特徴とする方法。
[2]ネトリン−4の下流へのシグナル伝達を抑制する物質を選択することを特徴とする前記[1]に記載の方法。
[3]ネトリン−4の下流へのシグナル伝達を抑制する物質が、ネトリン−4またはネトリン−4受容体の発現を阻害する物質であることを特徴とする前記[2]に記載の方法。
[4]ネトリン−4の下流へのシグナル伝達を抑制する物質が、ネトリン−4とネトリン−4受容体との相互作用を阻害する物質であることを特徴とする前記[2]に記載の方法。
[5]被験物質とネトリン−4および/またはネトリン−4受容体を発現する細胞を接触させる工程と、前記細胞のネトリン−4および/またはネトリン−4受容体の発現量を測定する工程と、該発現量を被験物質と接触させない前記細胞における発現量と比較し、ネトリン−4および/またはネトリン−4受容体の発現量を低下させる被験物質を選択する工程とを含むことを特徴とする前記[3]に記載の方法。
[6]被験物質とネトリン−4とネトリン−4受容体を接触させる工程と、ネトリン−4とネトリン−4受容体との相互作用を確認する工程と、ネトリン−4とネトリン−4受容体との相互作用を阻害する被験物質を選択する工程を含むことを特徴とする前記[4]に記載の方法。
[7]ネトリン−4受容体が、Unc5BまたはNeogeninであることを特徴とする前記[1]〜[6]のいずれかに記載の方法。
[8]ネトリン−4の下流へのシグナル伝達を抑制する物質を有効成分として含有することを特徴とする疼痛の予防または治療用医薬組成物。
[9]ネトリン−4の下流へのシグナル伝達を抑制する物質が、ネトリン−4またはネトリン−4受容体の発現を阻害する核酸である前記[8]に記載の医薬組成物。
[10]核酸が、配列番号1および2、配列番号3および4、または配列番号5および6の塩基配列をセンス鎖およびアンチセンス鎖として形成されるsiRNAである前記[9]に記載の医薬組成物。
[11]ネトリン−4の下流へのシグナル伝達を抑制する物質が、抗ネトリン−4抗体または抗ネトリン−4受容体抗体である請求項8に記載の医薬組成物。
[12]ネトリン−4の下流へのシグナル伝達を抑制する物質の有効量を哺乳動物に投与する工程を包含することを特徴とする疼痛の予防または治療方法。
[13]疼痛の予防または治療用医薬組成物を製造するための、ネトリン−4の下流へのシグナル伝達を抑制する物質の使用。
[14]疼痛の予防または治療に使用するための、ネトリン−4の下流へのシグナル伝達を抑制する物質。
【発明の効果】
【0008】
本発明のスクリーニング方法によれば、疼痛の予防または治療薬として有用な疼痛抑制物質を取得することができる。また、本発明の医薬組成物は、疼痛の予防または治療に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】ネトリン−4遺伝子欠損ラットを用いて神経障害性疼痛モデルを作製し、機械性刺激に対する痛覚応答を調べた結果を示す図であり、(A)は野生型ネトリン−4遺伝子を持つラットの結果、(B)はネトリン−4遺伝子欠損ラットの結果、(C)は両者の結果を比較した図である。
図2】ネトリン−4遺伝子欠損ラットを用いて神経障害性疼痛モデルを作製し、熱性刺激に対する痛覚応答を調べた結果を示す図であり、(A)は野生型ネトリン−4遺伝子を持つラットの結果、(B)はネトリン−4遺伝子欠損ラットの結果、(C)は両者の結果を比較した図である。
図3】ネトリン−4遺伝子欠損ラットを用いて炎症性疼痛モデルを作製し、機械性刺激に対する痛覚応答を調べた結果を示す図であり、(A)は野生型ネトリン−4遺伝子を持つラットの結果、(B)はネトリン−4遺伝子欠損ラットの結果、(C)は両者の結果を比較した図である。
図4】神経障害性疼痛モデルラットを用いて、ネトリン−4遺伝子の発現抑制による痛覚応答の変化を解析した結果示す図である。
図5】炎症性疼痛モデルラットを用いて、ネトリン−4遺伝子の発現抑制による痛覚応答の変化を解析した結果示す図である。
図6】ネトリン−4をラットの脊髄髄腔内に投与して痛覚応答の変化を解析した結果を示す図である。
図7】各濃度のネトリン−4または熱変性したネトリン−4をラットの脊髄髄腔内に投与したときの投与前後の痛覚応答の変化率を示す図である。
図8】ネトリン−4をラットの脊髄髄腔内に投与した後の腰髄組織におけるIba1、GFAP、CD3ε、CD45Rをそれぞれ免疫染色した結果を示す図である。
図9】ネトリン−4をラットの脊髄髄腔内に投与した後の腰髄組織におけるc−fosを免疫染色した結果を示す図である。
図10】ネトリン−4の候補受容体分子のsiRNAをラットの脊髄髄腔内に投与して、投与前後の痛覚応答の変化を解析した結果を示す図であり、(A)はcontrol siRNA投与群、(B)はDCC siRNA投与群、(C)はUnc5B siRNA投与群、(D)はNeogenin siRNA投与群の結果を示す。
図11】ネトリン−4の候補受容体分子のsiRNAをラットの脊髄髄腔内に投与した2日後に、ネトリン−4を脊髄髄腔内に投与して痛覚応答の変化を解析した結果を示す図であり、(A)はcontrol siRNA投与群、(B)はDCC siRNA投与群、(C)はUnc5B siRNA投与群、(D)はNeogenin siRNA投与群の結果を示す。
図12】ネトリン−4の候補受容体分子のsiRNAをラットの脊髄髄腔内に投与した2日後に、ネトリン−4を脊髄髄腔内に投与し、24時間後における各群の逃避閾値の低下率を比較した結果を示す図である。
図13】神経障害性疼痛モデルラットを用いて、Unc5B遺伝子の発現抑制による痛覚応答の変化を解析した結果示す図である。
図14】ラットの腰髄組織におけるSHP2およびNeuNを免疫染色した結果を示す図である。
図15】ネトリン−4単独、またはネトリン−4とその阻害剤であるNSC87877もしくはPTPi4との混合物をラットの脊髄髄腔内に投与して痛覚応答の変化を解析した結果を示す図である。
図16】ネトリン−4単独、またはネトリン−4とその阻害剤であるNSC87877もしくはPTPi4との混合物をラットの脊髄髄腔内に投与し、24時間後における各群の逃避閾値の低下率を比較した結果を示す図である。
図17】神経障害性疼痛モデルラットを用いて、抗ネトリン−4抗体によるネトリン−4の機能阻害による痛覚応答の変化を解析した結果示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明者らは、ネトリン−4遺伝子欠損ラットを用いて疼痛モデルを作製して疼痛応答について検討したところ、ネトリン−4遺伝子が疼痛発症の原因遺伝子である可能性を見出した。さらに、本発明者らは各種確認実験を行い、ネトリン−4は脊髄内において痛覚応答を増強させる作用を有すること、ネトリン−4の痛覚応答増強シグナルはネトリン−4が受容体に結合することにより下流に伝達されることを明らかにした。
【0011】
〔スクリーニング方法〕
本発明は疼痛抑制物質のスクリーニング方法を提供する。本発明のスクリーニング方法は、ネトリン−4および/またはネトリン−4受容体を用いるものであればよい。すなわち、本発明のスクリーニング方法は、ネトリン−4およびネトリン−4受容体のいずれか一方を用いてもよいし、両方を用いてもよい。本発明のスクリーニング方法で用いるネトリン−4およびネトリン−4受容体は、タンパク質でもよく、遺伝子でもよい。また、ネトリン−4およびネトリン−4受容体がタンパク質の場合、全長タンパク質でもよく、機能断片でもよい。
【0012】
本発明のスクリーニング方法に用いるネトリン−4は、どのような生物由来のネトリン−4でもよく、特に限定されないが、哺乳動物のネトリン−4が好ましい。哺乳動物としては、ヒト、チンパンジー、サル、イヌ、ウシ、マウス、ラット、モルモットなどが好ましく、より好ましくはヒトである。各種動物のネトリン−4をコードする遺伝子の塩基配列およびアミノ酸配列の情報は、例えば表1に示すアクセッション番号で公知のデータベース(DDBJ/GenBank/EMBL等)から取得することができる。
【0013】
【表1】
【0014】
ネトリン−4受容体は、ネトリン−4と相互作用することにより痛覚応答のシグナルを下流に伝える機能を有する分子であれば特に限定されない。具体的には、例えばUnc5B、Neogeninなどが挙げられる。本発明のスクリーニング方法に用いるネトリン−4受容体は、どのような生物由来のネトリン−4受容体でもよく、特に限定されないが、哺乳動物のネトリン−4受容体が好ましい。哺乳動物としては、ヒト、チンパンジー、サル、イヌ、ウシ、マウス、ラット、モルモットなどが好ましく、より好ましくはヒトである。各種動物のUnc5Bをコードする遺伝子の塩基配列およびアミノ酸配列の情報は、例えば表2に示すアクセッション番号で公知のデータベース(DDBJ/GenBank/EMBL等)から取得することができる。また、各種動物のNeogeninをコードする遺伝子の塩基配列およびアミノ酸配列の情報は、例えば表3に示すアクセッション番号で公知のデータベース(DDBJ/GenBank/EMBL等)から取得することができる。
【0015】
【表2】
【0016】
【表3】
【0017】
被験物質としては、例えば、核酸、ペプチド、タンパク、非ペプチド性化合物、合成化合物、発酵生産物、細胞抽出液、細胞培養上清、植物抽出液、哺乳動物の組織抽出液、血漿等を好ましく用いることができる。ただし、これらに限定されない。被験物質は、新規な物質であってもよいし、公知の物質であってもよい。これら被験物質は塩を形成していてもよい。被験物質の塩としては、生理学的に許容される酸や塩基との塩が用いられる。
【0018】
本発明のスクリーニング方法により、ネトリン−4の下流へのシグナル伝達を抑制する物質を選択することが好ましい。ネトリン−4の痛覚応答増強シグナルの下流への伝達を抑制すれば、疼痛の発症を抑制することができ、疼痛患者のQOLを向上させることができる。ネトリン−4の下流へのシグナル伝達を抑制する物質としては、例えば、ネトリン−4および/またはネトリン−4受容体の発現を阻害する物質、ネトリン−4とネトリン−4受容体との相互作用を阻害する物質などが挙げられる。
【0019】
本発明のスクリーニング方法により、ネトリン−4またはネトリン−4受容体の発現を阻害する物質を選択する場合、例えば、被験物質とネトリン−4および/またはネトリン−4受容体を発現する細胞を接触させる工程と、前記細胞のネトリン−4および/またはネトリン−4受容体の発現量を測定する工程と、該発現量を被験物質と接触させない前記細胞における発現量と比較し、ネトリン−4および/またはネトリン−4受容体の発現量を低下させる被験物質を選択する工程とを含むスクリーニング方法を用いることができる。ネトリン−4および/またはネトリン−4受容体を発現する細胞は、ネトリン−4およびネトリン−4受容体のいずれか一方を発現する細胞でもよく、両方を発現する細胞でもよい。このような細胞は生体内の細胞でもよく、培養細胞でもよい。培養細胞は、初代培養細胞でもよく、細胞株でもよい。初代培養細胞として、例えば、大脳皮質神経細胞、脊髄神経細胞などが挙げられ、細胞株として、例えば、Neuro2A細胞、HEK293細胞、COS−7細胞などが挙げられる。これらはいずれも本発明のスクリーニング方法に好適に用いることができる。
【0020】
被験物質と細胞を接触させる方法は、被験物質と細胞が接触できる方法であればどのような方法でもよく、特に限定されない。例えば、培養細胞を用いる場合には、培地に被験物質を添加する方法などが挙げられる。例えば、生体において被験物質と細胞とを接触させる場合には、経口投与、静脈内投与、腹腔内投与等の全身投与、標的臓器や標的組織への局所投与などが挙げられる。また、被験物質を接触させない対照群を設けることが好ましい。
【0021】
ネトリン−4またはネトリン−4受容体の発現量の測定は、ネトリン−4またはネトリン−4受容体のタンパク質量を測定してもよく、ネトリン−4またはネトリン−4受容体のmRNA量を測定してもよい。タンパク質量を測定する場合は、公知の方法で細胞からタンパク質を抽出し、公知のタンパク質量測定方法を用いて定量することができる。公知のタンパク質量測定方法としては、例えば、ウエスタンブロット法、EIA法、ELISA法、RIA法、タンパク質測定試薬を用いる方法などが挙げられる。mRNA量を測定する場合は、公知の方法で細胞からRNAを抽出し、公知のmRNA量測定方法を用いて定量することができる。公知のmRNA量測定方法としては、ノーザンブロット法、RT−PCR法、定量RT−PCR法、RNaseプロテクションアッセイなどが挙げられる。
【0022】
被験物質を接触させない対照群におけるネトリン−4またはネトリン−4受容体のタンパク質量またはmRNA量と比較して、被験物質を接触させた場合にネトリン−4またはネトリン−4受容体のタンパク質量またはmRNA量が減少していれば、当該被験物質を目的物質として選択すれることができる。被験物質がネトリン−4またはネトリン−4受容体のタンパク質量またはmRNA量を減少させる程度は特に限定されないが、例えば、被験物質を接触させていない細胞のタンパク質量またはmRNA量と比較して50%以下に減少させる被験物質が好ましく、25%以下に減少させる被験物質がより好ましい。
【0023】
本発明のスクリーニング方法により、ネトリン−4とネトリン−4受容体との相互作用を阻害する物質を選択する場合、例えば、被験物質とネトリン−4とネトリン−4受容体を接触させる工程と、ネトリン−4とネトリン−4受容体との相互作用を確認する工程と、ネトリン−4とネトリン−4受容体との相互作用を阻害する被験物質を選択する工程とを含むスクリーニング方法を用いることができる。用いるネトリン−4およびネトリン−4受容体は、天然タンパク質および組み換えタンパク質のいずれでもよい。天然タンパク質を用いる場合、ネトリン−4およびネトリン−4受容体を発現している細胞の培養上清または細胞抽出物から公知の方法(例えば、アフィニティーカラム)を用いて天然タンパク質を取得することができる。組み換えタンパク質を用いる場合、ネトリン−4発現ベクターまたはネトリン−4受容体発現ベクターが導入された細胞の培養上清または細胞抽出物から公知の方法を用いて組み換えタンパク質を取得することができる。組み換えタンパク質は公知のデータベース(DDBJ/GenBank/EMBL等)から得られる遺伝情報(表1〜表3参照)および公知の遺伝子組み換え技術を用いることにより、製造することができる。
【0024】
被験物質とネトリン−4とネトリン−4受容体とを接触させる方法は特に限定されない。例えば、ネトリン−4とネトリン−4受容体とを含む反応系を準備し、ここに被験物質を添加する方法が挙げられる。接触時間、接触温度は特に限定されず、適宜選択すればよい。また、被験物質を接触させない対照群を設けることが好ましい。
【0025】
ネトリン−4とネトリン−4受容体との相互作用を確認する方法は特に限定されず、ネトリン−4とネトリン−4受容体との結合レベルを確認できる公知の方法を適宜選択して使用することができる。例えば、ELISA法、蛍光偏光法などを好適に用いることができる。ELISA法を用いる場合、ネトリン−4およびネトリン−4受容体のいずれか一方を固相化し、そこに他方および被験物質を添加して反応させ、ネトリン−4とネトリン−4受容体の結合レベルを適当な一次抗体および二次抗体を用いて検出すればよい。
【0026】
ネトリン−4とネトリン−4受容体との相互作用を阻害する被験物質を選択する方法は特に限定されない。例えば、被験物質を接触させない対照群におけるネトリン−4とネトリン−4受容体との結合レベルと比較して、被験物質を接触させた場合にネトリン−4とネトリン−4受容体との結合レベルが減弱していれば、当該被験物質を目的物質として選択すれることができる。被験物質がネトリン−4とネトリン−4受容体との結合レベルを減弱させる程度は特に限定されないが、例えば、被験物質を接触させていない場合の両者の結合レベルと比較して、結合レベルを50%以下に減弱させる被験物質が好ましく、25%以下に減弱させる被験物質がより好ましい。
【0027】
〔疼痛の予防または治療用医薬組成物〕
本発明は、ネトリン−4の下流へのシグナル伝達を抑制する物質を有効成分として含有する疼痛の予防または治療用医薬組成物を提供する。本発明の医薬組成物の有効成分は、ネトリン−4またはネトリン−4受容体の発現を阻害する物質、および、ネトリン−4とネトリン−4受容体との相互作用を阻害する物質のいずれかであることが好ましい。本発明の医薬組成物は、上記本発明のスクリーニング方法を用いて選択される物質を有効成分とすることが好ましい。
【0028】
本発明の医薬組成物は、ネトリン−4の下流へのシグナル伝達を抑制する物質を有効成分とし、常套手段に従って製剤化することができる。例えば、経口投与のための製剤としては、固体または液体の剤形、具体的には錠剤(糖衣錠、フィルムコーティング錠を含む)、丸剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤(ソフトカプセル剤を含む)、シロップ剤、乳剤、懸濁剤などが挙げられる。これらの製剤は公知の方法によって製造され、製剤分野において通常用いられる担体、希釈剤もしくは賦形剤を含有するものである。例えば、錠剤用の担体、賦形剤としては、乳糖、でんぷん、蔗糖、ステアリン酸マグネシウムなどが用いられる。非経口投与のための製剤としては、例えば、注射剤、坐剤などが用いられ、注射剤は静脈注射剤、皮下注射剤、皮内注射剤、筋肉注射剤、点滴注射剤、関節内注射剤などの剤形を包含する。このような注射剤は、公知の方法に従って、例えば、上記ネトリン−4の下流へのシグナル伝達を抑制する物質またはその塩を通常注射剤に用いられる無菌の水性もしくは油性液に溶解、懸濁または乳化することによって調製する。注射用の水性液としては、例えば、生理食塩水、ブドウ糖やその他の補助薬を含む等張液などが用いられ、適当な溶解補助剤、例えば、アルコール(例えば、エタノール等)、ポリアルコール(例えば、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール等)、非イオン界面活性剤(例えば、ポリソルベート80、HCO−50等)などと併用してもよい。油性液としては、例えば、ゴマ油、大豆油などが用いられ、溶解補助剤として安息香酸ベンジル、ベンジルアルコールなどを併用してもよい。直腸投与に用いられる坐剤は、上記ネトリン−4の下流へのシグナル伝達を抑制する物質またはその塩を通常の坐薬用基剤に混合することによって調製される。このようにして得られる製剤は安全で低毒性であるので、例えば、ヒトや哺乳動物(例えば、ラット、マウス、ウサギ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ネコ、イヌ、サルなど)に対して経口的にまたは非経口的に投与することができる。
【0029】
本発明の医薬組成物の有効成分は、ネトリン−4とネトリン−4受容体との相互作用を阻害するペプチドまたは抗体であることが好ましい。ネトリン−4とネトリン−4受容体との相互作用を阻害するペプチドとしては、ネトリン−4と結合可能なペプチド、またはネトリン−4受容体と結合可能なペプチドが挙げられる。ネトリン−4とネトリン−4受容体との相互作用を阻害する抗体としては、ネトリン−4に対する抗体、またはネトリン−4受容体に対する抗体が挙げられる。抗体はポリクローナル抗体でもモノクローナル抗体でもよい。また、完全な抗体分子でもよく、抗原に特異的に結合し得る抗体フラグメント(例えば、Fab、F(ab’)、Fab’、Fv、scFv等)でもよい。抗体はヒト型キメラ抗体またはヒト化抗体が好ましい。本発明の医薬組成物の有効成分がペプチドまたは抗体である場合、薬学的に許容される担体とともに製剤化された注射剤または輸液として、非経口投与経路、例えば、静脈内、筋肉内、皮膚内、腹腔内、皮下または局所に投与することが好ましい。
【0030】
本発明者らは、ネトリン−4に対する抗体(抗ネトリン−4ポリクローナル抗体)をラットに投与することにより、疼痛が抑制されることを実証している(実施例4参照)。また、当業者は、ネトリン−4受容体に対する抗体がネトリン−4に対する抗体と同様の疼痛抑制作用を奏することを、容易に理解することができる。したがって、ネトリン−4に対する抗体およびネトリン−4受容体に対する抗体は、本発明の医薬組成物の有効成分として有用である。
【0031】
ペプチドは公知の一般的なペプチド合成のプロトコールに従って、固相合成法(Fmoc法、Boc法)または液相合成法により製造することができる。また、ペプチドをコードするDNAを含有する発現ベクターを導入した形質転換体を用いて製造することができる。また、in vitro転写・翻訳系を用いる方法により製造することができる。ペプチドは、C末端がカルボキシル基、カルボキシレート、アミドまたはエステルのいずれであってもよい。また、ペプチドは、N末端のアミノ基が保護基(例えば、ホルミル基、アセチルなどのC2−6アルカノイル基などのC1−6アシル基など)で保護されているものであってもよい。ペプチドは塩を形成していてもよく、その塩としては、生理学的に許容される塩が好ましい。ペプチドはD−アミノ酸を含んでもよく、非天然アミノ酸を含んでもよい。
【0032】
ポリクローナル抗体は、例えば以下のようにして作製し、取得することができる。すなわち、抗原(ネトリン−4タンパク質もしくはそのフラグメント、またはネトリン−4受容体タンパク質もしくはそのフラグメント)をPBSに溶解し、所望により通常のアジュバント(例えばフロイント完全アジュバント)を適量混合したものを免疫原として哺乳動物(マウス、ラット、ウサギ、ヤギ、ウマ等)を免疫する。免疫方法は特に限定されないが、例えば、1回または適当な間隔で複数回、皮下注射または腹腔内注射する方法が好ましい。次いで、常法に従い、免疫した動物から血液を採取して血清を分離し、ポリクローナル抗体画分を精製することにより取得することができる。モノクローナル抗体は、上記免疫された哺乳動物から得た免疫細胞(例えば脾細胞)とミエローマ細胞とを融合させてハイブリドーマを得、当該ハイブリドーマの培養物から抗体を採取することによって得ることができる。また、抗体遺伝子をハイブリドーマからクローニングし、適当なベクターに組み込んで、これを宿主細胞に導入し、遺伝子組換え技術を用いて組換え型のモノクローナル抗体を産生させることもできる。さらに、ファージディスプレイ法を用いて作製することもできる。
【0033】
ヒト型キメラ抗体は、ヒト以外の動物由来の抗体の重鎖可変領域および軽鎖可変領域と、ヒト抗体の重鎖定常領域および軽鎖定常領域からなる抗体をいう。ヒト化抗体は、ヒト以外の動物由来の抗体のCDR(相補性決定領域:complementarity determining region)をヒト抗体のCDRへ移植したものをいい、CDR移植抗体、再構成抗体などとも称される。ヒト化抗体のFR(フレームワーク領域:framework region)は、CDRが良好な抗原結合部位を形成するものが選択される。必要に応じ、ヒト化抗体のCDRが適切な抗原結合部位を形成するように、抗体の可変領域におけるFWのアミノ酸配列を置換してもよい。ヒト抗体の定常領域のアミノ酸配列は、公知のデータベース(Protein Data Bank等)から取得することができる。
【0034】
本発明の医薬組成物の有効成分は、ネトリン−4またはネトリン−4受容体の発現を阻害する核酸であることが好ましい。ネトリン−4またはネトリン−4受容体の発現を阻害する核酸としては、ネトリン−4遺伝子またはネトリン−4受容体遺伝子のsiRNA(short interfering RNA)、shRNA(short hairpin RNA)、アンチセンスオリゴヌクレオチドなどが挙げられる。投与対象動物のネトリン−4遺伝子またはネトリン−4受容体遺伝子の塩基配列は公知のデータベース(GenBank等)から容易に取得することができる。siRNAは、約20塩基(例えば、約21〜23塩基)またはそれ未満の長さの二本鎖RNAであり、このようなsiRNAを細胞に発現させることにより、そのsiRNAの標的となる遺伝子(本発明においてはネトリン−4遺伝子またはネトリン−4受容体遺伝子)の発現を抑制することができる。shRNAは、一本鎖RNAで部分的に回文状の塩基配列を含むことにより、分子内で二本鎖構造をとり、3'末端に突出部を有する短いヘアピン構造からからなる約20塩基対以上の分子のことをいう。そのようなshRNAは、細胞内に導入された後、細胞内で約20塩基(代表的には例えば、21塩基、22塩基、23塩基)の長さに分解され、siRNAと同様に標的となる遺伝子(本発明においてはネトリン−4遺伝子またはネトリン−4受容体遺伝子)の発現を抑制することができる。siRNAおよびshRNAは、SHP−1遺伝子またはSHP−2遺伝子の発現を抑制できるものであればどのような形態であってもよい。siRNAまたはshRNAは、標的遺伝子の塩基配列に基づいて、公知の方法により設計することができる。siRNAまたはshRNAは、人工的に化学合成することができる。また、例えばT7RNAポリメラーゼおよびT7プロモーターを用いて、鋳型DNAからアンチセンスおよびセンスのRNAをインビトロで合成することができる。アンチセンスオリゴヌクレオチドは、ネトリン−4遺伝子またはネトリン−4受容体遺伝子のDNA配列中の連続する5から100の塩基配列に対して相補的な、またはハイブリダイズするヌクレオチドであればよく、DNAまたはRNAのいずれであってもよい。また、機能に支障がない限り修飾されたものであってもよい。アンチセンスオリゴヌクレオチドは常法によって合成することができ、例えば、市販のDNA合成装置によって容易に合成することができる。
【0035】
本発明の医薬組成物の有効成分が、ネトリン−4またはネトリン−4受容体の発現を阻害する核酸である場合、非ウイルスベクターまたはウイルスベクターの形態で投与することができる。非ウイルスベクター形態の場合、リポソームを用いて核酸分子を導入する方法(リポソーム法、HVJ−リポソーム法、カチオニックリポソーム法、リポフェクション法、リポフェクトアミン法など)、マイクロインジェクション法、遺伝子銃(Gene Gun)でキャリア(金属粒子)とともに核酸分子を細胞に移入する方法などを利用することができる。siRNAまたはshRNAをウイルスベクターを用いて生体に投与する場合は、組換えアデノウイルス、レトロウイルスなどのウイルスベクターを利用することができる。無毒化したレトロウイルス、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス、ヘルペスウイルス、ワクシニアウイルス、ポックスウイルス、ポリオウイルス、シンドビスウイルス、センダイウイルス、SV40などのDNAウイルスまたはRNAウイルスに、siRNAまたはshRNAを発現するDNAを導入し、細胞または組織にこの組換えウイルスを感染させることにより、細胞または組織内に遺伝子を導入することができる。
【0036】
本発明者らは、ラットネトリン−4遺伝子のsiRNAをラットに投与することにより、疼痛が抑制されることを実証している(実施例1参照)。また、ネトリン−4受容体であるラットUnc5B遺伝子のsiRNAまたはラットNeogenin遺伝子のsiRNAをラットに投与することにより、疼痛が抑制されることを実証している(実施例2参照)。したがって、ネトリン−4遺伝子のsiRNA、Unc5B遺伝子のsiRNAおよびNeogenin遺伝子のsiRNAは、本発明の医薬組成物の有効成分として有用である。
【0037】
本発明者らが実施例において実際に使用したラットを対象とするsiRNAの標的配列に相当するヒト遺伝子の塩基配列は、ヒトを対象とするsiRNAの標的配列になり得る。したがって、ヒトネトリン−4遺伝子の塩基配列(配列番号23)の第1951位〜第1975位の塩基配列および第2071位〜第2095位の塩基配列は、ヒトネトリン−4遺伝子の発現を阻害するsiRNAの標的配列として好ましく用いることができる。また、ヒトNeogenin遺伝子の塩基配列(配列番号24)の第3316位〜第3340位の塩基配列は、ヒトNeogenin遺伝子の発現を阻害するsiRNAの標的配列として好ましく用いることができる。これらの塩基配列を標的とするsiRNAの塩基配列を表4に示す。具体的には、配列番号1および2の塩基配列をセンス鎖およびアンチセンス鎖として形成されるヒトネトリン−4遺伝子のsiRNA、配列番号3および4の塩基配列をセンス鎖およびアンチセンス鎖として形成されるヒトネトリン−4遺伝子のsiRNA、配列番号5および6の塩基配列をセンス鎖およびアンチセンス鎖として形成されるヒトNeogenin遺伝子のsiRNAが挙げられる。なお、ネトリン−4またはネトリン−4受容体の発現を阻害するsiRNAはこれらに限定されない。本発明の医薬組成物の有効成分として好適なsiRNAは、各標的遺伝子の塩基配列(ヒトUnc5B遺伝子の塩基配列(配列番号25)を含む)に基づいて、公知の方法で設計することができる。
【0038】
【表4】
【0039】
siRNAは、センス鎖、アンチセンス鎖が同一の塩基長であっても異なっていてもよく、その全長は30塩基以下であり、好ましくは25塩基以下、より好ましくは23塩基以下、さらに好ましくは21塩基である。センス鎖およびアンチセンス鎖の両端は、平滑末端でもよいし、それぞれの鎖の3’側がオーバーハング(突出末端)であってもよい。突出末端部分の塩基数は1〜10塩基であり、好ましくは1〜4塩基であり、さらに好ましくは1〜2塩基である。なお、突出末端の長さは二つの鎖の間で無関係であり、互いに異なる長さであってもよい。突出末端部分のヌクレオチドはRNAでも、DNAでもよく、標的遺伝子のmRNAに相補的な塩基が好ましいが、RNA干渉能を保持する限り相補的でない塩基であってもよい。
【0040】
siRNAは、2つの別個の鎖から構成される1つの二本鎖RNAである他、1本の鎖がステムループ構造をとることにより形成される二本鎖RNAであってもよい。すなわち、siRNAには、センス鎖の5’末端とアンチセンス鎖の3’末端に2〜4ヌクレオチドからなるループを形成したRNA、センス鎖の3’末端とアンチセンス鎖の5’末端に2〜4ヌクレオチドからなるループを形成したRNAも含まれる。さらには、センス鎖の5’末端とアンチセンス鎖の3’末端およびセンス鎖の3’末端とアンチセンス鎖の5’末端の両端に2〜4ヌクレオチドからなるループを形成したRNAも含まれる。
【0041】
siRNAと標的配列は同一であることが望ましいが、RNA干渉を誘導できる限り、完全に同一な配列でなくてもよい。具体的には、siRNAのアンチセンス鎖配列と標的配列がハイブリダイズする限り、1〜数個(例えば、2、3、4個)のミスマッチがあってもよい。すなわち、siRNAには、標的配列に対して1〜数個の塩基が置換、付加もしくは欠失したものであってRNA干渉を誘導できるものが含まれる。また、siRNAには、標的配列と85%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは98%以上の配列同一性を有し、かつRNA干渉を誘導できるものが含まれる。
【0042】
siRNAは、RNA干渉を誘導できる限り、センス鎖またはアンチセンス鎖のいずれか一方のヌクレオチドを全てDNAに変換したもの(ハイブリッド型)や、センス鎖および/またはアンチセンス鎖の一部のヌクレオチドをDNAに変換したもの(キメラ型)であってもよい。ハイブリッド型としては、センス鎖のヌクレオチドをDNAに変換したものが好ましい。キメラ型としては、下流側(センス鎖の3’末端側、アンチセンス鎖の5’末端側)の一部のヌクレオチドをDNAに変換したものが挙げられる。具体的には、センス鎖の3’末端側およびアンチセンス鎖の5’末端側のヌクレオチドを共にDNAに変換したもの、センス鎖の3’末端側またはアンチセンス鎖の5’末端側の何れかのヌクレオチドをDNAに変換したものが挙げられる。また、変換するヌクレオチド長は、RNA分子の1/2に相当するヌクレオチドまでの任意長とするのが好ましく、例えば末端から1〜13ヌクレオチド、好ましくは1〜10ヌクレオチドが挙げられる。RNA干渉効果、RNA分子の安定性、安全性等の点から、好適なキメラ型siRNAとしては、例えばヌクレオチド長がそれぞれ19〜21であり、センス鎖の3’末端側からオーバーハングヌクレオチドを除いた1〜10、好ましくは1〜8、より好ましくは1〜6のヌクレオチドおよびアンチセンス鎖の5’末端側から1〜10、好ましくは1〜8、より好ましくは1〜6のヌクレオチドを任意数、連続してDNAに変換したものが挙げられる。また、この場合、センス鎖(オーバーハングヌクレオチドを除く)とアンチセンス鎖のDNA変換数は同一であることがより好ましい。
【0043】
siRNAは、RNA干渉を誘導できる限り、そのヌクレオチド(リボヌクレオチド、デオキシリボヌクレオチド)が、糖、塩基および/またはリン酸塩が化学修飾されたヌクレオチド類似体であってもよい。塩基が修飾されたヌクレオチド類似体としては、例えば、5位修飾ウリジンまたはシチジン(例えば、5−プロピニルウリジン、5−プロピニルシチジン、5−メチルシチジン、5−メチルウリジン、5−(2−アミノ)プロピルウリジン、5−ハロシチジン、5−ハロウリジン、5−メチルオキシウリジン等);8位修飾アデノシンまたはグアノシン(例えば、8−ブロモグノシン等);デアザヌクレオチド(例えば7−デアザ−アデノシン等);O−およびN−アルキル化ヌクレオチド(例えば、N6−メチルアデノシン等)等が挙げられる。また、糖が修飾されたヌクレオチド類似体としては、例えば、リボヌクレオチドの2’−OHが、H、OR、R、ハロゲン原子、SH、SR、NH、NHR、NR、もしくはCN(ここで、Rは炭素数1−6のアルキル基、アルケニル基またはアルキニル基を示す)等によって置換された2’位糖修飾、5’末端がモノリン酸化された5’末端リン酸化修飾が挙げられる。リン酸塩が修飾されたヌクレオチド類似体としては、隣接するリボヌクレオチドを結合するホスホエステル基を、ホスホチオエート基で置換したものが挙げられる。
【0044】
本発明の医薬組成物には、有効成分を0.001〜50質量%、好ましくは0.01〜10質量%、更に好ましくは0.1〜1質量%含有することができる。
本発明の医薬組成物の投与量は、目的、疾患の種類、疾患の重篤度、患者の年齢、体重、性別、既往歴、有効成分の種類などを考慮して、適宜設定される。約65〜70kgの体重を有する平均的なヒトを対象とした場合、1日当たり0.02mg〜4000mg程度が好ましく、0.1mg〜200mg程度がより好ましい。1日当たりの総投与量は、単一投与量であっても分割投与量であってもよい。
【0045】
本発明には、ネトリン−4の下流へのシグナル伝達を抑制する物質の有効量を投与する工程を包含することを特徴とする疼痛の予防または治療方法が含まれる。また、本発明には、疼痛の予防または治療用医薬組成物を製造するための、ネトリン−4の下流へのシグナル伝達を抑制する物質の使用が含まれる。また、本発明には、疼痛の予防または治療に使用するための、ネトリン−4の下流へのシグナル伝達を抑制する物質が含まれる。
【実施例】
【0046】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0047】
〔実施例1:痛覚応答に対するネトリン−4の関与〕
1−1 実験方法
(1)ネトリン−4トランスジェニック動物の作製および繁殖
ネトリン−4が神経障害性疼痛の発症にどのように関与しているのか明らかにするために、ネトリン−4遺伝子がノックアウトされたトランスジェニックラットの痛み関連行動を観察した。ネトリン−4トランスジェニックラットは北海道大学大学院理学研究院の北田一博博士が作製し、2007年に発表したものであり(Kitada K, Ishishita S, Tosaka K, Takahashi R, Ueda M, Keng VW, Horie K, Takeda J: Transposon-tagged mutagenesis in the rat. Nat Methods. 2007 Feb;4(2):131-3.)、北田博士より分与を受けて使用した。このトランスジェニックラットはネトリン−4遺伝子配列がpolyAを含んだ配列に置換された遺伝子座を持っており、正常なネトリン−4遺伝子が発現されなくなる。
ネトリン−4トランスジェニックラットのヘテロ動物の雌雄を交配させて、野生型動物とホモノックアウト動物の同腹子を産ませ、8週齢になるまで飼育した。遺伝子型は動物の尻尾からゲノムDNAを回収し、野生型アレルおよび遺伝子欠損アレルそれぞれを検出する2種類のジェノタイピングPCRの結果によって判定した。雌は性周期によって痛み応答が変化することが知られているので、痛み関連行動実験には雄のみを使用した。動物に耳タグを付けることで、動物の遺伝子型(野生型動物、ヘテロ動物、ホモノックアウト動物)を管理した。
【0048】
(2)神経障害性疼痛モデルの作製
神経障害性疼痛モデルは坐骨神経部分絞扼モデル(Seltzer Z, Dubner R, Shir Y: A novel behavioral model of neuropathic pain disorders produced in rats by partial sciatic nerve injury. Pain, 1990 Nov;43(2):205-18.)を用いた。イソフルランと酸素の混合ガスによる吸気麻酔下で、8週齢ラットの左後肢大腿部とその付け根付近を剃毛し、アルコールで消毒した。大腿骨と腰骨の関節部分の皮膚と筋肉を切開し、大腿骨に沿って走る坐骨神経を露出させた。4−0号ナイロン縫合糸で坐骨神経の1/2〜1/3を結紮し、筋肉および皮膚を縫合した。対側である右後肢の坐骨神経は皮膚と筋肉の切開だけ行って、偽手術側とした。
【0049】
(3)炎症性疼痛モデルの作製
炎症性疼痛モデルには完全フロインドアジュバントモデルを用いた(B.B. Newbould: Chemotherapy of arthritis induced in rats by mycobacterial adjuvant. British Journal of Pharmacology Chemotherapy, 1963; 21, pp. 127-136.)。イソフルランと酸素の混合ガスによる吸気麻酔下で、8週齢ラットの左後肢の足裏に完全フロインドアジュバント(Complete Freund’s Adjuvant、CFA)液を40μL注入した。対側である右後肢の足裏には等量の生理食塩水を注入して、偽手術側とした。
【0050】
(4)痛み関連行動の計測
機械性刺激に対する応答を計測するために、von Frey filamentテストを行った。金網の上にプラスチックケースを置き、疼痛モデルラットをケースに入れて落ち着くまで5〜10分間慣らした。フィラメント(Semmes-Weinstein Von Frey Anesthesiometer、室町機械)を後肢足裏中央に3〜5秒間押し当てて逃避反応を起こす閾値(g)を測定した。両足の逃避閾値の測定が終了後、動物の耳タグを確認してから飼育ケージに戻した。
熱性刺激に対する応答を計測するために、Planterテストを行った。UGO BASILE社製熱刺激鎮痛効果測定装置37370型を用いた。付属のガラス板の上に置いたプラスチックケースの中に疼痛モデルラットを入れ、落ち着くまで5〜10分慣らした。付属の赤外線光源装置をガラス板の下に置き、後肢足裏中央に下から赤外線を照射した。赤外線照射開始から逃避反応を起こすまでの潜時を計測した。両足の計測が終了後、動物の耳タグを確認してから飼育ケージに戻した。
【0051】
(5)siRNAによるネトリン−4遺伝子の発現抑制
ネトリン−4遺伝子の発現を抑制するために、ネトリン−4 mRNAに結合するsiRNAを脊髄髄腔内に遺伝子導入試薬と共に投与した。イソフルランと酸素の混合ガスによる吸気麻酔下で、8週齢Wistar系雄ラットの背中を剃毛し、アルコールで消毒した。第5腰椎骨と第6腰椎骨の間に19G注射針(テルモ)を挿入し、針の中に生理食塩水を満たしたポリエチレンチューブ(BECKTON DICKINSON Intramedic Polyethylene Tubing, PE-10)を通して脊髄髄腔内に挿管した。ポリエチレンチューブの先端が脊髄腰膨大部に位置しているかどうか確認するために、局所麻酔剤の2%キシロカイン注射液(アストラゼネカ)20μLをチューブ後端から投与し、後肢に麻痺が起こること確認してから動物をケージに戻した。チューブ挿管から1週間後にvon Frey filementテストを行って、チューブの挿管による運動障害や疼痛が起こっていないことを確認した。遺伝子導入試薬HVJ−E(GenomeONE-Neo、石原産業)と2種類のネトリン−4 siRNA(Stealth RNAi siRNA、invitrogen、表5参照)各1μgを混合した液を、挿管したチューブの後端から10μL注入して、脊髄髄腔内に投与した。対照群の動物にはcontrol siRNA(Stealth RNAi siRNA Negative Control、invitrogen)とHVJ−Eの混合液を同じ量だけ投与した。
【0052】
(6)脊髄髄腔内に投与するタンパク質または阻害剤の調製
ネトリン−4精製タンパク質(R&D)を生理食塩水に溶解し、40ng/μLのネトリン−4溶液を調製した。SHPsの阻害剤であるNSC87877(Calbiochem)は、50mMの濃度になるように滅菌水に溶解して冷蔵保存しておき、用時に生理食塩水で50倍に希釈して使用した。SHP2の阻害剤であるPTPi4(bis(4-Trifluoromethylsulfonamidophenyl)-1,4-diisopropylbenzene, Protein Tyrosine Phosphatase Inhibitor IV、Calbiochem)は、16.4mMの濃度になるようにDMSO(Dimethyl sulfoxide、Sigma-Aldrich)に溶解して冷蔵保存しておき、用時に最終濃度が1mMになるように生理食塩水で希釈して使用した。
【0053】
(7)免疫組織染色
ペントバルビタール液の腹腔内投与により、ラットを深く麻酔した後還流固定した。まず0.1Mリン酸緩衝液で潅流した後、4%PFA液(パラホルムアルデヒド(ナカライテスク)を4%の濃度になるように0.1Mリン酸緩衝液に溶解したもの)を還流して固定した。還流固定後、脊髄腰膨大部を剖出して4%PFA液に漬けてさらに6時間固定し、4%PFA液をスクロース(ナカライテスク)を30%の濃度になるように0.1Mリン酸緩衝液に溶解したものに置換して、二晩4℃で振盪した。腰髄組織をOCTコンパウンド(サクラファインテックジャパン)に包埋して凍結させた後、凍結薄切片作製装置で20μmの厚さの薄切片を作製してスライドガラス(松浪ガラス)に貼りつけた。5%BSA液(5%の濃度になるようにBSA(ウシ血清アルブミン、Sigma-Aldrich)を0.1Mリン酸緩衝液に溶解したもの)に漬けて2時間室温に置いた後、一次抗体を加えた5%BSA液に置換して4℃で二晩反応させた。反応後、0.1Mリン酸緩衝液で3回洗浄してから二次抗体を加えた5%BSA液に置換して4℃で一晩反応させた。二次抗体反応後、0.1Mリン酸緩衝液で3回洗浄してから封入し、蛍光顕微鏡で観察した。
【0054】
免疫染色には以下の抗体を使用した。抗Iba1抗体(1:1000、Wako)、抗GFAP抗体(1:1000、Sigma-Aldrich)、抗CD3ε抗体(1:200、eBioscience) 、抗CD45R抗体(1:200、BD)、抗c−fos抗体(1:10000、Calbiochem)、抗NeuN抗体(1:1000、Millipore)、抗SHP2抗体(1:1000、Santa Cruz)、蛍光標識抗ラビットIgG抗体(1:500、Molecular Probes)、蛍光標識抗マウスIgG抗体(1:500、Molecular Probes)
【0055】
1−2 実験結果
(1)ネトリン−4遺伝子欠損ラットの痛み関連行動の解析
(1−1)神経障害性疼痛モデルの機械性刺激に対する痛覚応答
ネトリン−4ヘテロ動物の雌雄を交配させて、野生型とホモノックアウトラットを含む同腹子の雄だけを8週齢まで飼育した。吸気麻酔下で左後肢の坐骨神経を部分絞扼して神経障害性疼痛モデルを作製した。
機械性刺激に対する痛覚応答を調べるために、損傷2日、4日、7日、14日、21日、28日、35日後にvon Frey filamentテストを行った。結果を図1(A)、(B)、(C)に示した。野生型遺伝子を持つラットはこれまでの報告通り、徐々に損傷側の逃避閾値が減少していることからアロディニア(痛覚過敏)を発症していることが分かった(図1(A))。しかしながら、ネトリン−4ノックアウトラットは野生型で見られたような逃避閾値の低下は見られなかった(図1(B))。損傷前後の逃避閾値を比較した結果、野生型では損傷後2週間で逃避閾値が60%低下していたが、ノックアウトラットは+10%であり痛覚過敏は引き起こされていないことが分かった(図1(C))。この逃避閾値の低下について、野生型とホモノックアウトラットを比較すると損傷後2日、4日、7日、14日、21日、35日後において有意な差が見られることが定量解析の結果から明らかになった(図1(C))(Tukey-Kramer検定、**P<0.01、*P<0.05)。
【0056】
(1−2)神経障害性疼痛モデルの熱性刺激に対する痛覚応答
次に、ネトリン−4ノックアウトラットの神経障害性モデルにおける熱性刺激に対する応答を解析した。
ネトリン−4ヘテロ動物の雌雄を交配させて、野生型とホモノックアウトラットを含む同腹子の雄だけを8週齢まで飼育した。吸気麻酔下で左後肢の坐骨神経を部分絞扼して神経障害性疼痛モデルを作製した。損傷7日、14日、21日、28日後にPlanterテストを行って、逃避行動を起こすまでの潜時を調べた。結果を図2(A)、(B)、(C)に示した。野生型ラットでは損傷1週間後から損傷側の逃避潜時が対側の逃避潜時よりも有意に低下していた(図2(A))。ネトリン−4ノックアウトラットでは野生型のような有意な低下は観察されなかった(図2(B))。損傷前を基準とした逃避潜時の低下率を比較したところ、損傷7日目と21日目において、野生型との有意な差があることが分かった(図2(C))(Tukey-Kramer検定、**P<0.01、*P<0.05)。
【0057】
(1−3)炎症性疼痛モデルの機械性刺激に対する痛覚応答
炎症性物質完全フロインドアジュバント(CFA)を足裏に投与して炎症性疼痛モデルを作製した。CFA投与1日、2日、4日、7日後にvon Frey filamentテストを行った。結果を図3(A)、(B)、(C)に示した。野生型ラットではCFA投与後1日目以降から徐々に逃避閾値の低下が観察された(図3(A))。一方、ネトリン−4ノックアウトラットは野生型で見られたような逃避閾値の低下は見られなかった(図3(B))。損傷前を基準とした逃避閾値の低下率を比較したところ、CFA投与1日、2日、4日、7日後において、神経障害性疼痛モデルの場合と同様に有意な差があることが分かった(図3(C))(Tukey-Kramer検定、**P<0.01、*P<0.05)。
【0058】
以上の結果から、神経障害性疼痛モデルおよび炎症性疼痛モデルのどちらの場合でもネトリン−4ノックアウトラットは機械性痛覚過敏(=アロディニア)を示さないことが分かった。特に神経障害性モデルでは熱性痛覚過敏もネトリン−4ノックアウトラットでは起こらないことが明らかになった。この実験結果から、ネトリン−4遺伝子が疼痛発症の原因遺伝子である可能性が示唆された。
【0059】
(2)ネトリン−4遺伝子の発現抑制による痛覚応答の抑制
疼痛発症後にネトリン−4遺伝子の発現を抑制した時の鎮痛効果を明らかにするために、ネトリン−4のsiRNAを脊髄髄腔内に投与して機械性刺激に対する応答を調べた。
【0060】
(2−1)神経障害性疼痛モデルラット
8週齢Wistar系雄ラットの脊髄髄腔内にポリエチレンチューブを挿管した。挿管してから1週間後に左後肢の坐骨神経を部分絞扼して神経障害性疼痛モデルを作製した。さらに損傷を与えてから1週間後にvon Frey filamentテストを用いて痛覚過敏が起こっていることを確認した(0日目)。ネトリン−4 siRNAと遺伝子導入試薬HVJ−Eを混合した液を調製し、脊髄髄腔内に挿管したポリエチレンチューブの後端から投与した。対照群の動物にはcontrol siRNAとHVJ−Eを混合した液を投与した。投与後はチューブの後端を閉じ、皮膚を縫合した。siRNAを投与して1日、2日、3日、4日後に、それぞれvon Frey filamentテストを行って逃避閾値の変化を調べた。
結果を図4に示した。siRNA投与前(0日目)は神経障害性疼痛の発症によって低下していた逃避閾値は、投与後2日目から3日目にかけて有意に上昇していることが分かった(Tukey-Kramer検定、*P<0.05)。
【0061】
(2−2)炎症性疼痛モデルラット
8週齢Wistar系雄ラットの脊髄髄腔内にポリエチレンチューブを挿管した。挿管してから1週間後完全フロインドアジュバント(CFA)を足裏に投与して炎症性疼痛モデルを作製した。CFA投与7日後、von Frey filamentテストを用いて投与側後肢に痛覚過敏が起こっていることを確認した(0日目)。ネトリン−4 siRNAと遺伝子導入試薬HVJ−Eを混合した液を調製し、脊髄髄腔内に挿管したポリエチレンチューブの後端から投与した。対照群の動物にはcontrol siRNAとHVJ−Eを混合した液を投与した。投与後はチューブの後端を閉じ、皮膚を縫合した。siRNAを投与して1日、2日、3日、4日後に、それぞれvon Frey filamentテストを行って逃避閾値の変化を調べた。
結果を図5に示した。siRNA投与前(0日目)は神経障害性疼痛の発症によって低下していた逃避閾値は、投与後2日目以後、有意に上昇していることが分かった(Tukey-Kramer検定、*P<0.05)。
【0062】
以上のように、神経障害性疼痛もしくは炎症性疼痛の発症後に観察されるアロディニアがネトリン−4 siRNAの脊髄髄腔内投与によって阻害できたことから、ネトリン−4 siRNAに鎮痛効果があることが明らかになった。特に、神経障害性疼痛が発症した後でもネトリン−4の遺伝子発現を阻害すれば痛みを抑制できること明らかになったことから、ネトリン−4は疼痛治療の標的分子であると考えられた。
【0063】
(3)ネトリン−4の脊髄内投与による痛覚応答の増強
(3−1)実験1
ネトリン−4の脊髄における機能をin vivoで明らかにするために、ネトリン−4を脊髄髄腔内に投与して痛覚応答の変化について調べた。まず、8週齢Wistar系雄ラットの脊髄髄腔内にポリエチレンチューブを挿管した。挿管してから1週間後にvon Frey filamentテストを行って、挿管による運動障害が無いことを確かめた。ネトリン−4溶液(40ng/μL)10μLを挿管したチューブの後端から投与した。対照群の動物には生理食塩水を等量投与した。投与後12、24、48時間後にvon Frey filamentテストを行って逃避閾値の変化について調べた。
結果を図6に示した。ネトリン−4を投与した動物は投与後徐々に逃避閾値が低下し始めた。逃避閾値の低下率を対照群と比較したところ、投与12、24、48時間後において有意に逃避閾値が低下していることが分かった(Tukey-Kramer検定、**P<0.01、*P<0.05)。
【0064】
(3−2)実験2
実験1と同様の方法で、ネトリン−4溶液(40ng/μL)、10%ネトリン−4溶液(4ng/μL)、1%ネトリン−4溶液(0.4ng/μL)または熱変性ネトリン−4溶液(ネトリン−4溶液(40ng/μL)を100℃、10分間熱処理したもの)をそれぞれ10μL投与し、投与前の逃避閾値と投与後24時間目の逃避閾値の変化率を算出した。
結果を図7に示した。逃避閾値の低下はネトリン−4濃度を10%(4ng/μL)に薄めた場合でも観察されたが、1%(0.4ng/μL)に薄めると有意な低下はみられなかった。また、熱変性させたネトリン−4を投与しても、逃避閾値の低下は見られなかった(Dunnett検定、**P<0.01)。
【0065】
以上の結果から、ネトリン−4を脊髄髄腔内に投与すると、逃避閾値が減少して痛覚過敏が引き起こされることが明らかになった。このことから、ネトリン−4は脊髄内において動物の痛覚応答を増強させる働きがあることが分かった。またこの痛覚応答の増強はネトリン−4の濃度依存的に引き起こされることも明らかになった。
【0066】
(3−3)免疫組織染色1
ネトリン−4の投与が脊髄内のグリア応答や免疫応答を活性化している可能性を検証するために、ネトリン−4または生理食塩水の脊髄髄腔内投与後48時間目に4%PFA液で腰髄組織を固定し、20μmの凍結薄切片を作製して、各種マーカーで免疫染色を行った。
結果を図8に示した。ミクログリアマーカーのIba1、アストロサイトマーカーのGFAP、T細胞マーカーのCD3ε、B細胞マーカーのCD45Rに関しては、各細胞形態とその脊髄内分布に大きな差は見られなかった。この結果から、ネトリン−4投与によって脊髄内のグリア細胞や免疫細胞が活性化して痛覚過敏を引き起こしているわけではないことが示唆された。
【0067】
(3−4)免疫組織染色2
ネトリン−4投与によって脊髄内神経細胞の興奮性が変化しているかどうかを調べた。ネトリン−4または生理食塩水の脊髄髄腔内投与後48時間目に4%PFA液で腰髄組織を固定し、20μmの凍結薄切片を作製して、神経興奮マーカーであるc−fosで免疫染色を行った。
結果を図9に示した。図9から明らかなように、ネトリン−4を投与したラットの脊髄後角におけるc−fos陽性細胞数が、対照群と比較して増加していた。この結果からネトリン−4投与によって脊髄後角内の神経興奮が引き起こされていることが分かった。
【0068】
以上の結果から、ネトリン−4は脊髄後角内の神経興奮を上昇させ、痛覚応答が増強する働きがあることが示唆された。
【0069】
〔実施例2:ネトリン−4の痛覚応答を増強するシグナルを伝達する受容体の同定〕
脊髄内のネトリン−4が司る痛覚応答の増強シグナルがどのような受容体を介して下流に伝わっていくのかを明らかにするために、ネトリン−4の候補受容体の遺伝子発現を抑制してネトリン−4脊髄内投与の効果が打ち消されるかどうかを調べた。
【0070】
2−1 実験1
これまでの知見からネトリン−4に結合することが知られている候補受容体分子であるDCC、Unc5B、NeogeninそれぞれのsiRNAを作製した。各受容体のsiRNAと遺伝子導入試薬HVJ−Eを混合した液を調製し、脊髄髄腔内に挿管したポリエチレンチューブの後端から投与した。対照群の動物にはcontrol siRNA(Stealth RNAi siRNA Negative Control、invitrogen)とHVJ−Eを混合した液を投与した。投与後はチューブの後端を閉じ、皮膚を縫合した。siRNA投与2日後にvon Frey filamentテストを行って、siRNA投与前日と逃避閾値を比較した。Unc5B siRNAとして、表5に記載の2種類のsiRNAを用いた。Neogenin siRNAとして表5に記載の2種類のsiRNAを用いた。DCC siRNAとして表5に記載の2種類のsiRNAを用いた。
【0071】
【表5】
【0072】
結果を図10(A)〜(D)に示した。(A)はcontrol siRNA投与群(対照群)、(B)はDCC siRNA投与群、(C)はUnc5B siRNA投与群、(D)はNeogenin siRNA投与群である。DCC、Unc5B、Neogeninの各siRNAを投与した群には、対照群と比較して逃避閾値の有意な変化は見られなかった(Tukey-Kramer検定)。
【0073】
2−2 実験2
さらに、siRNA投与2日後にネトリン−4精製タンパク質(R&D)の生理食塩水溶液(40ng/μL)10μLを挿管したチューブの後端から投与した。対照群の動物には生理食塩水を等量投与した。投与後12、24、48時間後にvon Frey filamentテストを行って逃避閾値の変化について調べた。
結果を図11(A)〜(D)に示した。(A)はcontrol siRNA投与群(対照群)、(B)はDCC siRNA投与群、(C)はUnc5B siRNA投与群、(D)はNeogenin siRNA投与群である。対照群はネトリン−4投与後、徐々に逃避閾値が低下した。DCC siRNA投与群も対照群と同様の変化を示した。一方、Unc5B siRNA投与群およびNeogenin siRNA投与群は、ネトリン−4投与による逃避閾値の低下が抑制された。
【0074】
ネトリン−4投与24時間後における各群の逃避閾値の低下率を比較した結果を図12に示した。DCC siRNA投与群は対照群と比較して有意差が認められなかった。一方、Unc5B siRNA投与群およびNeogenin siRNA投与群は、対照群と比較して有意に逃避閾値の低下率が抑制されていることが分かった(Tukey-Kramer検定、**P<0.01、*P<0.05)。
以上の結果から、ネトリン−4の痛覚応答増強シグナルはネトリン−4がUnc5BまたはNeogeninに結合することで下流に伝達される可能性が示唆された。
【0075】
2−3 実験3
さらにUnc5B受容体の遺伝子発現抑制により、神経障害性疼痛が抑制されるかどうか明らかにするために、疼痛を発症したモデルラットに上記のUnc5B siRNAを投与して痛み関連行動を調べた。まず、8週齢Wistar系雄ラットの脊髄髄腔内にポリエチレンチューブを挿管した。挿管してから1週間後に雄ラットの左後肢の坐骨神経を部分絞扼して神経障害性疼痛モデルを作製した。さらに損傷を与えてから1週間後にvon Frey filamentテストを用いて痛覚過敏が起こっていることを確認した。Unc5B siRNAと遺伝子導入試薬HVJ−Eを混合した液を調製し、脊髄髄腔内に挿管したポリエチレンチューブの後端から投与した。対照群の動物にはcontrol siRNA(Stealth RNAi siRNA Negative Control、invitrogen)とHVJ−Eを混合した液を投与した。投与後はチューブの後端を閉じ、皮膚を縫合した。siRNAを投与して1日、2日、3日、4日後のそれぞれでvon Frey filamentテストを行って逃避閾値の変化について調べた。
【0076】
結果を図13に示した。siRNA投与前(0日目)は神経障害性疼痛発症によって低下していた逃避閾値は投与後1日目以後、有意に上昇していることが分かった(Tukey-Kramer検定、*P<0.05)。この結果から、ネトリン−4と同様に、Unc5Bの遺伝子発現抑制に神経障害性疼痛に対する鎮痛効果があることが明らかになった。
【0077】
〔実施例3:ネトリン−4の細胞内下流シグナルの同定〕
3−1 実験1
ネトリン−4がUnc5BまたはNeogeninを介してどのような細胞内シグナルを活性化させて痛覚応答の増強を引き起こしているのか明らかにするために、ネトリン−4の下流分子のチロシン脱リン酸化酵素であるSHP2(Src-homology 2-containing protein tyrosine phosphatase)に着目した。そこで、まずSHP2が脊髄内でどのように発現しているのかについて解析した。ラット腰髄組織を4%PFAで固定し、厚さ20μmの凍結薄切片を作製してSHP2と神経細胞マーカーであるNeuNとの二重免疫染色を行った。
結果を図14に示した。図14において脊髄後角においてSHP2とNeuNが共局在している細胞の存在が認められた。この結果から、SHP2は脊髄後角の神経細胞に発現していることが分かった。
【0078】
3−2 実験2
ネトリン−4の痛覚応答を増強させる働きにSHP2の活性化が必要であるかどうか明らかにするために、SHPs阻害剤であるNSC87877またはSHP2阻害剤であるPTPi4(bis(4-Trifluoromethylsulfonamidophenyl)-1,4-diisopropylbenzene, Protein Tyrosine Phosphatase Inhibitor IV)を脊髄髄腔内に投与してネトリン−4脊髄内投与の効果が打ち消されるかどうかを調べた。NSC87877(最終濃度1mM)またはPTPi4(最終濃度1mM)をネトリン−4(最終濃度40ng/μL)と混合した液10μLを脊髄髄腔内に挿管したポリエチレンチューブの後端から投与した。投与後12、24、48時間後にvon Frey filamentテストを行って逃避閾値の変化について調べた。
結果を図15に示した。ネトリン−4の単独投与群では逃避閾値の低下が観察されたが、NSC87877またはPTPi4を混合して投与した群では逃避閾値の低下が観察されなかった。
【0079】
投与24時間後における各群の逃避閾値の低下率を比較した結果を図16に示した。NSC87877またはPTPi4を混合して投与した群では、ネトリン−4の単独投与群と比較して有意に逃避閾値の低下率が抑制されていることが分かった(Tukey-Kramer検定、**P<0.01、*P<0.05)。
以上の結果から、ネトリン−4は脊髄後角神経細胞に発現するSHP2の活性化を介して痛覚応答を増強していることが示唆された。
【0080】
〔実施例4:抗ネトリン−4抗体による痛覚応答の抑制〕
抗ネトリン−4抗体によるネトリン−4の機能阻害によって神経障害性疼痛における鎮痛効果が得られるかどうか明らかにするために、疼痛を発症したモデルラットに抗ネトリン−4抗体(R&D社、AF1132)を投与して痛み関連行動を調べた。まず、8週齢Wistar系雄ラットの脊髄髄腔内にポリエチレンチューブを挿管した。挿管してから1週間後に雄ラットの左後肢の坐骨神経を部分絞扼して神経障害性疼痛モデルを作製した。さらに損傷を与えてから1週間後にvon Frey filamentテストを用いて痛覚過敏が起こっていることを確認した。抗ネトリン−4抗体を生理食塩水で溶解した液(1μg/μL)を作製し、脊髄髄腔内に挿管したポリエチレンチューブの後端から30μL投与した。対照群の動物にはラットコントロールIgG液(1μg/μL)を等量だけ投与した。投与後はチューブの後端を閉じ、皮膚を縫合した。抗体液を投与して1日、2日、3日、4日後のそれぞれでvon Frey filamentテストを行って損傷側後肢の逃避閾値の変化について調べた。
【0081】
結果を図17に示した。抗ネトリン−4抗体液投与前(投与後0日目)は神経障害性疼痛発症によって低下していた逃避閾値は投与後1日目から4日目において有意に上昇していることが分かった(Tukey-Kramer検定、**P<0.01、*P<0.05)。この結果から、siRNA投与実験と同様に、抗ネトリン−4抗体によるネトリン−4の機能阻害に神経障害性疼痛に対する鎮痛効果があることが明らかになった。
【0082】
なお本発明は上述した各実施形態および実施例に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書中に記載された学術文献および特許文献の全てが、本明細書中において参考として援用される。
図1
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図8
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図10
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図12
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図14
図15
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【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]