【実施例】
【0046】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0047】
〔実施例1:痛覚応答に対するネトリン−4の関与〕
1−1 実験方法
(1)ネトリン−4トランスジェニック動物の作製および繁殖
ネトリン−4が神経障害性疼痛の発症にどのように関与しているのか明らかにするために、ネトリン−4遺伝子がノックアウトされたトランスジェニックラットの痛み関連行動を観察した。ネトリン−4トランスジェニックラットは北海道大学大学院理学研究院の北田一博博士が作製し、2007年に発表したものであり(Kitada K, Ishishita S, Tosaka K, Takahashi R, Ueda M, Keng VW, Horie K, Takeda J: Transposon-tagged mutagenesis in the rat. Nat Methods. 2007 Feb;4(2):131-3.)、北田博士より分与を受けて使用した。このトランスジェニックラットはネトリン−4遺伝子配列がpolyAを含んだ配列に置換された遺伝子座を持っており、正常なネトリン−4遺伝子が発現されなくなる。
ネトリン−4トランスジェニックラットのヘテロ動物の雌雄を交配させて、野生型動物とホモノックアウト動物の同腹子を産ませ、8週齢になるまで飼育した。遺伝子型は動物の尻尾からゲノムDNAを回収し、野生型アレルおよび遺伝子欠損アレルそれぞれを検出する2種類のジェノタイピングPCRの結果によって判定した。雌は性周期によって痛み応答が変化することが知られているので、痛み関連行動実験には雄のみを使用した。動物に耳タグを付けることで、動物の遺伝子型(野生型動物、ヘテロ動物、ホモノックアウト動物)を管理した。
【0048】
(2)神経障害性疼痛モデルの作製
神経障害性疼痛モデルは坐骨神経部分絞扼モデル(Seltzer Z, Dubner R, Shir Y: A novel behavioral model of neuropathic pain disorders produced in rats by partial sciatic nerve injury. Pain, 1990 Nov;43(2):205-18.)を用いた。イソフルランと酸素の混合ガスによる吸気麻酔下で、8週齢ラットの左後肢大腿部とその付け根付近を剃毛し、アルコールで消毒した。大腿骨と腰骨の関節部分の皮膚と筋肉を切開し、大腿骨に沿って走る坐骨神経を露出させた。4−0号ナイロン縫合糸で坐骨神経の1/2〜1/3を結紮し、筋肉および皮膚を縫合した。対側である右後肢の坐骨神経は皮膚と筋肉の切開だけ行って、偽手術側とした。
【0049】
(3)炎症性疼痛モデルの作製
炎症性疼痛モデルには完全フロインドアジュバントモデルを用いた(B.B. Newbould: Chemotherapy of arthritis induced in rats by mycobacterial adjuvant. British Journal of Pharmacology Chemotherapy, 1963; 21, pp. 127-136.)。イソフルランと酸素の混合ガスによる吸気麻酔下で、8週齢ラットの左後肢の足裏に完全フロインドアジュバント(Complete Freund’s Adjuvant、CFA)液を40μL注入した。対側である右後肢の足裏には等量の生理食塩水を注入して、偽手術側とした。
【0050】
(4)痛み関連行動の計測
機械性刺激に対する応答を計測するために、von Frey filamentテストを行った。金網の上にプラスチックケースを置き、疼痛モデルラットをケースに入れて落ち着くまで5〜10分間慣らした。フィラメント(Semmes-Weinstein Von Frey Anesthesiometer、室町機械)を後肢足裏中央に3〜5秒間押し当てて逃避反応を起こす閾値(g)を測定した。両足の逃避閾値の測定が終了後、動物の耳タグを確認してから飼育ケージに戻した。
熱性刺激に対する応答を計測するために、Planterテストを行った。UGO BASILE社製熱刺激鎮痛効果測定装置37370型を用いた。付属のガラス板の上に置いたプラスチックケースの中に疼痛モデルラットを入れ、落ち着くまで5〜10分慣らした。付属の赤外線光源装置をガラス板の下に置き、後肢足裏中央に下から赤外線を照射した。赤外線照射開始から逃避反応を起こすまでの潜時を計測した。両足の計測が終了後、動物の耳タグを確認してから飼育ケージに戻した。
【0051】
(5)siRNAによるネトリン−4遺伝子の発現抑制
ネトリン−4遺伝子の発現を抑制するために、ネトリン−4 mRNAに結合するsiRNAを脊髄髄腔内に遺伝子導入試薬と共に投与した。イソフルランと酸素の混合ガスによる吸気麻酔下で、8週齢Wistar系雄ラットの背中を剃毛し、アルコールで消毒した。第5腰椎骨と第6腰椎骨の間に19G注射針(テルモ)を挿入し、針の中に生理食塩水を満たしたポリエチレンチューブ(BECKTON DICKINSON Intramedic Polyethylene Tubing, PE-10)を通して脊髄髄腔内に挿管した。ポリエチレンチューブの先端が脊髄腰膨大部に位置しているかどうか確認するために、局所麻酔剤の2%キシロカイン注射液(アストラゼネカ)20μLをチューブ後端から投与し、後肢に麻痺が起こること確認してから動物をケージに戻した。チューブ挿管から1週間後にvon Frey filementテストを行って、チューブの挿管による運動障害や疼痛が起こっていないことを確認した。遺伝子導入試薬HVJ−E(GenomeONE-Neo、石原産業)と2種類のネトリン−4 siRNA(Stealth RNAi siRNA、invitrogen、表5参照)各1μgを混合した液を、挿管したチューブの後端から10μL注入して、脊髄髄腔内に投与した。対照群の動物にはcontrol siRNA(Stealth RNAi siRNA Negative Control、invitrogen)とHVJ−Eの混合液を同じ量だけ投与した。
【0052】
(6)脊髄髄腔内に投与するタンパク質または阻害剤の調製
ネトリン−4精製タンパク質(R&D)を生理食塩水に溶解し、40ng/μLのネトリン−4溶液を調製した。SHPsの阻害剤であるNSC87877(Calbiochem)は、50mMの濃度になるように滅菌水に溶解して冷蔵保存しておき、用時に生理食塩水で50倍に希釈して使用した。SHP2の阻害剤であるPTPi4(bis(4-Trifluoromethylsulfonamidophenyl)-1,4-diisopropylbenzene, Protein Tyrosine Phosphatase Inhibitor IV、Calbiochem)は、16.4mMの濃度になるようにDMSO(Dimethyl sulfoxide、Sigma-Aldrich)に溶解して冷蔵保存しておき、用時に最終濃度が1mMになるように生理食塩水で希釈して使用した。
【0053】
(7)免疫組織染色
ペントバルビタール液の腹腔内投与により、ラットを深く麻酔した後還流固定した。まず0.1Mリン酸緩衝液で潅流した後、4%PFA液(パラホルムアルデヒド(ナカライテスク)を4%の濃度になるように0.1Mリン酸緩衝液に溶解したもの)を還流して固定した。還流固定後、脊髄腰膨大部を剖出して4%PFA液に漬けてさらに6時間固定し、4%PFA液をスクロース(ナカライテスク)を30%の濃度になるように0.1Mリン酸緩衝液に溶解したものに置換して、二晩4℃で振盪した。腰髄組織をOCTコンパウンド(サクラファインテックジャパン)に包埋して凍結させた後、凍結薄切片作製装置で20μmの厚さの薄切片を作製してスライドガラス(松浪ガラス)に貼りつけた。5%BSA液(5%の濃度になるようにBSA(ウシ血清アルブミン、Sigma-Aldrich)を0.1Mリン酸緩衝液に溶解したもの)に漬けて2時間室温に置いた後、一次抗体を加えた5%BSA液に置換して4℃で二晩反応させた。反応後、0.1Mリン酸緩衝液で3回洗浄してから二次抗体を加えた5%BSA液に置換して4℃で一晩反応させた。二次抗体反応後、0.1Mリン酸緩衝液で3回洗浄してから封入し、蛍光顕微鏡で観察した。
【0054】
免疫染色には以下の抗体を使用した。抗Iba1抗体(1:1000、Wako)、抗GFAP抗体(1:1000、Sigma-Aldrich)、抗CD3ε抗体(1:200、eBioscience) 、抗CD45R抗体(1:200、BD)、抗c−fos抗体(1:10000、Calbiochem)、抗NeuN抗体(1:1000、Millipore)、抗SHP2抗体(1:1000、Santa Cruz)、蛍光標識抗ラビットIgG抗体(1:500、Molecular Probes)、蛍光標識抗マウスIgG抗体(1:500、Molecular Probes)
【0055】
1−2 実験結果
(1)ネトリン−4遺伝子欠損ラットの痛み関連行動の解析
(1−1)神経障害性疼痛モデルの機械性刺激に対する痛覚応答
ネトリン−4ヘテロ動物の雌雄を交配させて、野生型とホモノックアウトラットを含む同腹子の雄だけを8週齢まで飼育した。吸気麻酔下で左後肢の坐骨神経を部分絞扼して神経障害性疼痛モデルを作製した。
機械性刺激に対する痛覚応答を調べるために、損傷2日、4日、7日、14日、21日、28日、35日後にvon Frey filamentテストを行った。結果を
図1(A)、(B)、(C)に示した。野生型遺伝子を持つラットはこれまでの報告通り、徐々に損傷側の逃避閾値が減少していることからアロディニア(痛覚過敏)を発症していることが分かった(
図1(A))。しかしながら、ネトリン−4ノックアウトラットは野生型で見られたような逃避閾値の低下は見られなかった(
図1(B))。損傷前後の逃避閾値を比較した結果、野生型では損傷後2週間で逃避閾値が60%低下していたが、ノックアウトラットは+10%であり痛覚過敏は引き起こされていないことが分かった(
図1(C))。この逃避閾値の低下について、野生型とホモノックアウトラットを比較すると損傷後2日、4日、7日、14日、21日、35日後において有意な差が見られることが定量解析の結果から明らかになった(
図1(C))(Tukey-Kramer検定、**P<0.01、*P<0.05)。
【0056】
(1−2)神経障害性疼痛モデルの熱性刺激に対する痛覚応答
次に、ネトリン−4ノックアウトラットの神経障害性モデルにおける熱性刺激に対する応答を解析した。
ネトリン−4ヘテロ動物の雌雄を交配させて、野生型とホモノックアウトラットを含む同腹子の雄だけを8週齢まで飼育した。吸気麻酔下で左後肢の坐骨神経を部分絞扼して神経障害性疼痛モデルを作製した。損傷7日、14日、21日、28日後にPlanterテストを行って、逃避行動を起こすまでの潜時を調べた。結果を
図2(A)、(B)、(C)に示した。野生型ラットでは損傷1週間後から損傷側の逃避潜時が対側の逃避潜時よりも有意に低下していた(
図2(A))。ネトリン−4ノックアウトラットでは野生型のような有意な低下は観察されなかった(
図2(B))。損傷前を基準とした逃避潜時の低下率を比較したところ、損傷7日目と21日目において、野生型との有意な差があることが分かった(
図2(C))(Tukey-Kramer検定、**P<0.01、*P<0.05)。
【0057】
(1−3)炎症性疼痛モデルの機械性刺激に対する痛覚応答
炎症性物質完全フロインドアジュバント(CFA)を足裏に投与して炎症性疼痛モデルを作製した。CFA投与1日、2日、4日、7日後にvon Frey filamentテストを行った。結果を
図3(A)、(B)、(C)に示した。野生型ラットではCFA投与後1日目以降から徐々に逃避閾値の低下が観察された(
図3(A))。一方、ネトリン−4ノックアウトラットは野生型で見られたような逃避閾値の低下は見られなかった(
図3(B))。損傷前を基準とした逃避閾値の低下率を比較したところ、CFA投与1日、2日、4日、7日後において、神経障害性疼痛モデルの場合と同様に有意な差があることが分かった(
図3(C))(Tukey-Kramer検定、**P<0.01、*P<0.05)。
【0058】
以上の結果から、神経障害性疼痛モデルおよび炎症性疼痛モデルのどちらの場合でもネトリン−4ノックアウトラットは機械性痛覚過敏(=アロディニア)を示さないことが分かった。特に神経障害性モデルでは熱性痛覚過敏もネトリン−4ノックアウトラットでは起こらないことが明らかになった。この実験結果から、ネトリン−4遺伝子が疼痛発症の原因遺伝子である可能性が示唆された。
【0059】
(2)ネトリン−4遺伝子の発現抑制による痛覚応答の抑制
疼痛発症後にネトリン−4遺伝子の発現を抑制した時の鎮痛効果を明らかにするために、ネトリン−4のsiRNAを脊髄髄腔内に投与して機械性刺激に対する応答を調べた。
【0060】
(2−1)神経障害性疼痛モデルラット
8週齢Wistar系雄ラットの脊髄髄腔内にポリエチレンチューブを挿管した。挿管してから1週間後に左後肢の坐骨神経を部分絞扼して神経障害性疼痛モデルを作製した。さらに損傷を与えてから1週間後にvon Frey filamentテストを用いて痛覚過敏が起こっていることを確認した(0日目)。ネトリン−4 siRNAと遺伝子導入試薬HVJ−Eを混合した液を調製し、脊髄髄腔内に挿管したポリエチレンチューブの後端から投与した。対照群の動物にはcontrol siRNAとHVJ−Eを混合した液を投与した。投与後はチューブの後端を閉じ、皮膚を縫合した。siRNAを投与して1日、2日、3日、4日後に、それぞれvon Frey filamentテストを行って逃避閾値の変化を調べた。
結果を
図4に示した。siRNA投与前(0日目)は神経障害性疼痛の発症によって低下していた逃避閾値は、投与後2日目から3日目にかけて有意に上昇していることが分かった(Tukey-Kramer検定、*P<0.05)。
【0061】
(2−2)炎症性疼痛モデルラット
8週齢Wistar系雄ラットの脊髄髄腔内にポリエチレンチューブを挿管した。挿管してから1週間後完全フロインドアジュバント(CFA)を足裏に投与して炎症性疼痛モデルを作製した。CFA投与7日後、von Frey filamentテストを用いて投与側後肢に痛覚過敏が起こっていることを確認した(0日目)。ネトリン−4 siRNAと遺伝子導入試薬HVJ−Eを混合した液を調製し、脊髄髄腔内に挿管したポリエチレンチューブの後端から投与した。対照群の動物にはcontrol siRNAとHVJ−Eを混合した液を投与した。投与後はチューブの後端を閉じ、皮膚を縫合した。siRNAを投与して1日、2日、3日、4日後に、それぞれvon Frey filamentテストを行って逃避閾値の変化を調べた。
結果を
図5に示した。siRNA投与前(0日目)は神経障害性疼痛の発症によって低下していた逃避閾値は、投与後2日目以後、有意に上昇していることが分かった(Tukey-Kramer検定、*P<0.05)。
【0062】
以上のように、神経障害性疼痛もしくは炎症性疼痛の発症後に観察されるアロディニアがネトリン−4 siRNAの脊髄髄腔内投与によって阻害できたことから、ネトリン−4 siRNAに鎮痛効果があることが明らかになった。特に、神経障害性疼痛が発症した後でもネトリン−4の遺伝子発現を阻害すれば痛みを抑制できること明らかになったことから、ネトリン−4は疼痛治療の標的分子であると考えられた。
【0063】
(3)ネトリン−4の脊髄内投与による痛覚応答の増強
(3−1)実験1
ネトリン−4の脊髄における機能をin vivoで明らかにするために、ネトリン−4を脊髄髄腔内に投与して痛覚応答の変化について調べた。まず、8週齢Wistar系雄ラットの脊髄髄腔内にポリエチレンチューブを挿管した。挿管してから1週間後にvon Frey filamentテストを行って、挿管による運動障害が無いことを確かめた。ネトリン−4溶液(40ng/μL)10μLを挿管したチューブの後端から投与した。対照群の動物には生理食塩水を等量投与した。投与後12、24、48時間後にvon Frey filamentテストを行って逃避閾値の変化について調べた。
結果を
図6に示した。ネトリン−4を投与した動物は投与後徐々に逃避閾値が低下し始めた。逃避閾値の低下率を対照群と比較したところ、投与12、24、48時間後において有意に逃避閾値が低下していることが分かった(Tukey-Kramer検定、**P<0.01、*P<0.05)。
【0064】
(3−2)実験2
実験1と同様の方法で、ネトリン−4溶液(40ng/μL)、10%ネトリン−4溶液(4ng/μL)、1%ネトリン−4溶液(0.4ng/μL)または熱変性ネトリン−4溶液(ネトリン−4溶液(40ng/μL)を100℃、10分間熱処理したもの)をそれぞれ10μL投与し、投与前の逃避閾値と投与後24時間目の逃避閾値の変化率を算出した。
結果を
図7に示した。逃避閾値の低下はネトリン−4濃度を10%(4ng/μL)に薄めた場合でも観察されたが、1%(0.4ng/μL)に薄めると有意な低下はみられなかった。また、熱変性させたネトリン−4を投与しても、逃避閾値の低下は見られなかった(Dunnett検定、**P<0.01)。
【0065】
以上の結果から、ネトリン−4を脊髄髄腔内に投与すると、逃避閾値が減少して痛覚過敏が引き起こされることが明らかになった。このことから、ネトリン−4は脊髄内において動物の痛覚応答を増強させる働きがあることが分かった。またこの痛覚応答の増強はネトリン−4の濃度依存的に引き起こされることも明らかになった。
【0066】
(3−3)免疫組織染色1
ネトリン−4の投与が脊髄内のグリア応答や免疫応答を活性化している可能性を検証するために、ネトリン−4または生理食塩水の脊髄髄腔内投与後48時間目に4%PFA液で腰髄組織を固定し、20μmの凍結薄切片を作製して、各種マーカーで免疫染色を行った。
結果を
図8に示した。ミクログリアマーカーのIba1、アストロサイトマーカーのGFAP、T細胞マーカーのCD3ε、B細胞マーカーのCD45Rに関しては、各細胞形態とその脊髄内分布に大きな差は見られなかった。この結果から、ネトリン−4投与によって脊髄内のグリア細胞や免疫細胞が活性化して痛覚過敏を引き起こしているわけではないことが示唆された。
【0067】
(3−4)免疫組織染色2
ネトリン−4投与によって脊髄内神経細胞の興奮性が変化しているかどうかを調べた。ネトリン−4または生理食塩水の脊髄髄腔内投与後48時間目に4%PFA液で腰髄組織を固定し、20μmの凍結薄切片を作製して、神経興奮マーカーであるc−fosで免疫染色を行った。
結果を
図9に示した。
図9から明らかなように、ネトリン−4を投与したラットの脊髄後角におけるc−fos陽性細胞数が、対照群と比較して増加していた。この結果からネトリン−4投与によって脊髄後角内の神経興奮が引き起こされていることが分かった。
【0068】
以上の結果から、ネトリン−4は脊髄後角内の神経興奮を上昇させ、痛覚応答が増強する働きがあることが示唆された。
【0069】
〔実施例2:ネトリン−4の痛覚応答を増強するシグナルを伝達する受容体の同定〕
脊髄内のネトリン−4が司る痛覚応答の増強シグナルがどのような受容体を介して下流に伝わっていくのかを明らかにするために、ネトリン−4の候補受容体の遺伝子発現を抑制してネトリン−4脊髄内投与の効果が打ち消されるかどうかを調べた。
【0070】
2−1 実験1
これまでの知見からネトリン−4に結合することが知られている候補受容体分子であるDCC、Unc5B、NeogeninそれぞれのsiRNAを作製した。各受容体のsiRNAと遺伝子導入試薬HVJ−Eを混合した液を調製し、脊髄髄腔内に挿管したポリエチレンチューブの後端から投与した。対照群の動物にはcontrol siRNA(Stealth RNAi siRNA Negative Control、invitrogen)とHVJ−Eを混合した液を投与した。投与後はチューブの後端を閉じ、皮膚を縫合した。siRNA投与2日後にvon Frey filamentテストを行って、siRNA投与前日と逃避閾値を比較した。Unc5B siRNAとして、表5に記載の2種類のsiRNAを用いた。Neogenin siRNAとして表5に記載の2種類のsiRNAを用いた。DCC siRNAとして表5に記載の2種類のsiRNAを用いた。
【0071】
【表5】
【0072】
結果を
図10(A)〜(D)に示した。(A)はcontrol siRNA投与群(対照群)、(B)はDCC siRNA投与群、(C)はUnc5B siRNA投与群、(D)はNeogenin siRNA投与群である。DCC、Unc5B、Neogeninの各siRNAを投与した群には、対照群と比較して逃避閾値の有意な変化は見られなかった(Tukey-Kramer検定)。
【0073】
2−2 実験2
さらに、siRNA投与2日後にネトリン−4精製タンパク質(R&D)の生理食塩水溶液(40ng/μL)10μLを挿管したチューブの後端から投与した。対照群の動物には生理食塩水を等量投与した。投与後12、24、48時間後にvon Frey filamentテストを行って逃避閾値の変化について調べた。
結果を
図11(A)〜(D)に示した。(A)はcontrol siRNA投与群(対照群)、(B)はDCC siRNA投与群、(C)はUnc5B siRNA投与群、(D)はNeogenin siRNA投与群である。対照群はネトリン−4投与後、徐々に逃避閾値が低下した。DCC siRNA投与群も対照群と同様の変化を示した。一方、Unc5B siRNA投与群およびNeogenin siRNA投与群は、ネトリン−4投与による逃避閾値の低下が抑制された。
【0074】
ネトリン−4投与24時間後における各群の逃避閾値の低下率を比較した結果を
図12に示した。DCC siRNA投与群は対照群と比較して有意差が認められなかった。一方、Unc5B siRNA投与群およびNeogenin siRNA投与群は、対照群と比較して有意に逃避閾値の低下率が抑制されていることが分かった(Tukey-Kramer検定、**P<0.01、*P<0.05)。
以上の結果から、ネトリン−4の痛覚応答増強シグナルはネトリン−4がUnc5BまたはNeogeninに結合することで下流に伝達される可能性が示唆された。
【0075】
2−3 実験3
さらにUnc5B受容体の遺伝子発現抑制により、神経障害性疼痛が抑制されるかどうか明らかにするために、疼痛を発症したモデルラットに上記のUnc5B siRNAを投与して痛み関連行動を調べた。まず、8週齢Wistar系雄ラットの脊髄髄腔内にポリエチレンチューブを挿管した。挿管してから1週間後に雄ラットの左後肢の坐骨神経を部分絞扼して神経障害性疼痛モデルを作製した。さらに損傷を与えてから1週間後にvon Frey filamentテストを用いて痛覚過敏が起こっていることを確認した。Unc5B siRNAと遺伝子導入試薬HVJ−Eを混合した液を調製し、脊髄髄腔内に挿管したポリエチレンチューブの後端から投与した。対照群の動物にはcontrol siRNA(Stealth RNAi siRNA Negative Control、invitrogen)とHVJ−Eを混合した液を投与した。投与後はチューブの後端を閉じ、皮膚を縫合した。siRNAを投与して1日、2日、3日、4日後のそれぞれでvon Frey filamentテストを行って逃避閾値の変化について調べた。
【0076】
結果を
図13に示した。siRNA投与前(0日目)は神経障害性疼痛発症によって低下していた逃避閾値は投与後1日目以後、有意に上昇していることが分かった(Tukey-Kramer検定、*P<0.05)。この結果から、ネトリン−4と同様に、Unc5Bの遺伝子発現抑制に神経障害性疼痛に対する鎮痛効果があることが明らかになった。
【0077】
〔実施例3:ネトリン−4の細胞内下流シグナルの同定〕
3−1 実験1
ネトリン−4がUnc5BまたはNeogeninを介してどのような細胞内シグナルを活性化させて痛覚応答の増強を引き起こしているのか明らかにするために、ネトリン−4の下流分子のチロシン脱リン酸化酵素であるSHP2(Src-homology 2-containing protein tyrosine phosphatase)に着目した。そこで、まずSHP2が脊髄内でどのように発現しているのかについて解析した。ラット腰髄組織を4%PFAで固定し、厚さ20μmの凍結薄切片を作製してSHP2と神経細胞マーカーであるNeuNとの二重免疫染色を行った。
結果を
図14に示した。
図14において脊髄後角においてSHP2とNeuNが共局在している細胞の存在が認められた。この結果から、SHP2は脊髄後角の神経細胞に発現していることが分かった。
【0078】
3−2 実験2
ネトリン−4の痛覚応答を増強させる働きにSHP2の活性化が必要であるかどうか明らかにするために、SHPs阻害剤であるNSC87877またはSHP2阻害剤であるPTPi4(bis(4-Trifluoromethylsulfonamidophenyl)-1,4-diisopropylbenzene, Protein Tyrosine Phosphatase Inhibitor IV)を脊髄髄腔内に投与してネトリン−4脊髄内投与の効果が打ち消されるかどうかを調べた。NSC87877(最終濃度1mM)またはPTPi4(最終濃度1mM)をネトリン−4(最終濃度40ng/μL)と混合した液10μLを脊髄髄腔内に挿管したポリエチレンチューブの後端から投与した。投与後12、24、48時間後にvon Frey filamentテストを行って逃避閾値の変化について調べた。
結果を
図15に示した。ネトリン−4の単独投与群では逃避閾値の低下が観察されたが、NSC87877またはPTPi4を混合して投与した群では逃避閾値の低下が観察されなかった。
【0079】
投与24時間後における各群の逃避閾値の低下率を比較した結果を
図16に示した。NSC87877またはPTPi4を混合して投与した群では、ネトリン−4の単独投与群と比較して有意に逃避閾値の低下率が抑制されていることが分かった(Tukey-Kramer検定、**P<0.01、*P<0.05)。
以上の結果から、ネトリン−4は脊髄後角神経細胞に発現するSHP2の活性化を介して痛覚応答を増強していることが示唆された。
【0080】
〔実施例4:抗ネトリン−4抗体による痛覚応答の抑制〕
抗ネトリン−4抗体によるネトリン−4の機能阻害によって神経障害性疼痛における鎮痛効果が得られるかどうか明らかにするために、疼痛を発症したモデルラットに抗ネトリン−4抗体(R&D社、AF1132)を投与して痛み関連行動を調べた。まず、8週齢Wistar系雄ラットの脊髄髄腔内にポリエチレンチューブを挿管した。挿管してから1週間後に雄ラットの左後肢の坐骨神経を部分絞扼して神経障害性疼痛モデルを作製した。さらに損傷を与えてから1週間後にvon Frey filamentテストを用いて痛覚過敏が起こっていることを確認した。抗ネトリン−4抗体を生理食塩水で溶解した液(1μg/μL)を作製し、脊髄髄腔内に挿管したポリエチレンチューブの後端から30μL投与した。対照群の動物にはラットコントロールIgG液(1μg/μL)を等量だけ投与した。投与後はチューブの後端を閉じ、皮膚を縫合した。抗体液を投与して1日、2日、3日、4日後のそれぞれでvon Frey filamentテストを行って損傷側後肢の逃避閾値の変化について調べた。
【0081】
結果を
図17に示した。抗ネトリン−4抗体液投与前(投与後0日目)は神経障害性疼痛発症によって低下していた逃避閾値は投与後1日目から4日目において有意に上昇していることが分かった(Tukey-Kramer検定、**P<0.01、*P<0.05)。この結果から、siRNA投与実験と同様に、抗ネトリン−4抗体によるネトリン−4の機能阻害に神経障害性疼痛に対する鎮痛効果があることが明らかになった。
【0082】
なお本発明は上述した各実施形態および実施例に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書中に記載された学術文献および特許文献の全てが、本明細書中において参考として援用される。