特許第6310004号(P6310004)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6310004
(24)【登録日】2018年3月23日
(45)【発行日】2018年4月11日
(54)【発明の名称】電子部品用Cu−Co−Ni−Si合金
(51)【国際特許分類】
   C22C 9/06 20060101AFI20180402BHJP
   C22F 1/08 20060101ALI20180402BHJP
   H01B 1/02 20060101ALI20180402BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20180402BHJP
【FI】
   C22C9/06
   C22F1/08 B
   H01B1/02 A
   !C22F1/00 630A
   !C22F1/00 661A
   !C22F1/00 630F
   !C22F1/00 630K
   !C22F1/00 683
   !C22F1/00 691B
   !C22F1/00 691C
   !C22F1/00 694A
   !C22F1/00 685Z
   !C22F1/00 686A
   !C22F1/00 682
   !C22F1/00 692A
   !C22F1/00 602
   !C22F1/00 691Z
   !C22F1/00 694B
   !C22F1/00 623
【請求項の数】7
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2016-106589(P2016-106589)
(22)【出願日】2016年5月27日
(65)【公開番号】特開2017-210674(P2017-210674A)
(43)【公開日】2017年11月30日
【審査請求日】2016年11月28日
(73)【特許権者】
【識別番号】502362758
【氏名又は名称】JX金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】堀江 弘泰
【審査官】 河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】 特開2013−095976(JP,A)
【文献】 特開2012−211377(JP,A)
【文献】 特開2011−231393(JP,A)
【文献】 特開2009−242932(JP,A)
【文献】 国際公開第2011/036804(WO,A1)
【文献】 欧州特許出願公開第02484787(EP,A1)
【文献】 特開2012−167319(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 9/00 − 9/10
C22F 1/00 − 3/02
H01B 1/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
0.5〜3.0質量%のCoおよび、0.1〜1.0質量%のNiを含有し、Coに対するNiの質量比(Ni/Co)が0.1〜1.0であり、Siを(Co+Ni)/Siの質量比が3〜5となるように含有し、残部がCuおよび不可避的不純物からなり、全結晶粒界に占めるΣ3対応粒界の割合が30〜55%であり、かつ、加工硬化指数が0.02〜0.15であり、圧延方向に平行な方向での0.2%耐力が650MPa以上であり、導電率が50%IACS以上である電子部品用Cu−Co−Ni−Si合金。
【請求項2】
更にFe、Mg、Sn、Zn、B、P、Cr、Zr、Ti、AlおよびMnからなる群から選ばれる少なくとも一種を総計で最大1.0質量%含有する請求項1に記載のCu−Co−Ni−Si合金。
【請求項3】
加工度20%で圧延した後の曲げ半径(R)/板厚(t)=1.0として、曲げ軸が圧延方向と同一方向のBadwayでW曲げ試験したときの曲げ部表面の平均粗さRaが1.0μm以下である請求項1又は2に記載のCu−Co−Ni−Si合金。
【請求項4】
0.5〜3.0質量%のCoおよび、0.1〜1.0質量%のNiを含有し、Coに対するNiの濃度(質量%)比(Ni/Co)が0.1〜1.0であり、Siを(Co+Ni)/Siの質量比が3〜5となるように含有し、残部がCuおよび不可避的不純物からなるCu−Co−Ni−Si合金のインゴットを鋳造する工程と、均質化焼鈍を施す工程と、熱間圧延を施す工程と、900〜950℃で3〜24時間にわたって第一熱処理を施す工程と、加工度90%以上の冷間圧延を施す工程と、400〜600℃で1〜10時間の第二熱処理を施す工程と、900〜1050℃で30秒〜10分加熱する溶体化処理を施す工程と、450〜600℃で5〜25時間加熱する時効処理を施す工程と、5〜40%の圧下率で圧延する最終冷間圧延を施す工程とをこの順序で行うことを含む、請求項1〜3の何れか一項に記載の電子部品用Cu−Co−Ni−Si合金の製造方法。
【請求項5】
Cu−Co−Ni−Si合金が、更にFe、Mg、Sn、Zn、B、P、Cr、Zr、Ti、AlおよびMnからなる群から選ばれる少なくとも一種を総計で最大1.0質量%含有する、請求項に記載のCu−Co−Ni−Si合金の製造方法。
【請求項6】
請求項1〜の何れか一項に記載のCu−Co−Ni−Si合金を備えた伸銅品。
【請求項7】
請求項1〜の何れか一項に記載のCu−Co−Ni−Si合金を備えた電子部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子部品、特にコネクタ、バッテリー端子、ジャック、リレー、スイッチ、リードフレーム等に好適な電子部品用Cu−Co−Ni−Si合金に関する。
【背景技術】
【0002】
近年は、電気・電子機器や車載部品に使用されるリードフレーム、コネクタなどの電子部品の小型化が進み、電子部品を構成する銅合金部材の狭ピッチ化及び低背化の傾向が著しい。小型のコネクタほどピン幅が狭く、小さく折り畳んだ加工形状となるため、使用する銅合金部材には、必要なバネ性を得るための強度や曲げ加工性が求められる。また、高電流化による発熱を抑制する観点から、銅合金部材の高導電化も求められている。このような要求に対し、Cu−Co−Ni−Si合金は、Cu−Ni−Si合金に比べて強度は低いものの導電率は高く、Cu−Co−Si合金に比べて導電率は低いものの強度が高く、強度と導電率のバランスに優れており、信号系端子用部材として使用されている。
【0003】
信号系端子用部材の中には、実装時のクリック感を担保するために、予め端子の両側にたたき加工することで、板厚を薄くした後に、従来と同様の曲げ加工を加えるものもある。この際に問題となるのは、たたき加工を加えることで加工歪が導入されるため、たたき加工を加えない状態に比べて曲げ加工性が損なわれてしまう点である。そのため、Cu−Co−Ni−Si合金が従来兼ね備えている強度と導電率のバランスに加え、たたき加工を加えても曲げ加工性を維持することが課題とされている。
【0004】
このような背景の下、特許文献1には、Cu−Co−Si合金の双晶境界頻度を制御することで、良好な曲げ加工性および繰り返し曲げ加工性を図った技術が記載されている。特許文献1によれば、溶解鋳造、均質化焼鈍、熱間圧延、面削の後、複数回の冷間圧延、焼鈍を繰返し、さらに溶体化処理、時効処理、及び最終冷間圧延を行って製造することが記載されている。溶体化処理前の冷間圧延では、最終パス、及び最終パスより1つ前のパスの平均加工度を32〜40%、圧延速度を220〜320mpmとすること、溶体化処理では850〜1080℃で5〜20秒間実施することが記載されている。
【0005】
特許文献2には、Cu−Co−Si系合金のCube方位{001}<100>やBrass方位{110}<112>、Copper方位{112}<111>、加工硬化指数を制御することで強度及び曲げ加工性を向上させた技術が記載されている。当該公報によれば、鋳造、熱間圧延、冷間圧延、予備焼鈍、軽圧延、溶体化熱処理、冷間圧延、時効処理、冷間圧延、歪取焼鈍の順で製造することが記載されている。予備焼鈍の軟化率や冷間圧延の歪速度を調整することが有効である旨が記載されている。
【0006】
特許文献3には、溶体化処理後の冷却速度を統制することで、結晶粒径やそのアスペクト比を制御し、曲げ加工性を向上させる技術が記載されている。
【0007】
特許文献4には、15〜50%の冷間圧延が施された材料に、テンションレベラーを用いて、その材料の0.2%耐力(MPa)の5〜20%に相当する張力を付与しながら伸び率が0.1〜1.5%となる連続繰り返し曲げ加工を施し、次いで時効処理を施す工程を採用することにより、板厚方向における両表層部と中央部との析出物量に差を生じさせ、曲げ加工性を向上させる技術が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2012−211377号公報
【特許文献2】特開2013−95976号公報
【特許文献3】国際公開第2009/099198号
【特許文献4】特開2007−231364号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
Cu−Co−Ni−Si合金の強度、導電率及び曲げ加工性については様々な観点から特性向上が図られているが、一方で電子機器の小型化も同時に進んでおり、より厳しい曲げ加工性が求められている。ノッチ曲げや180度密着曲げ以外にも、材料をテーパー状にたたき加工(板厚を減肉させる)し、その後に曲げ加工を加える方法も採用されている。特許文献1においては双晶境界頻度、特許文献2では加工硬化指数を制御することが記載されているが、いずれの方策でも、たたき加工を加えた曲げに対応することは難しい。また、特許文献3及び4ではノッチ曲げや180度密着曲げには対応することは可能であるが、たたき加工を加えた曲げに対応することは難しい。
【0010】
そこで、本発明はCu−Co−Ni−Si合金の曲げ加工性を、従来とは異なるアプローチによって改善することを主たる課題とする。本発明は、従来の手法よりも曲げ加工性に優れたCu−Co−Ni−Si合金を提供することを他の課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は上記課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、特許文献1に記載の双晶境界頻度と特許文献2に記載の加工硬化指数を同時に制御することで、たたき加工を加えた曲げにも耐え得ることができるのではないかと考えた。しかしながら、特許文献1及び2に記載の製造工程を単純に組み合わせたとしても所望の曲げ加工性は得られないことから、新たなプロセスにより双晶境界頻度と加工硬化指数を制御することが特に重要であると考えた。
【0012】
この点について更に詳細に検討したところ、熱間圧延後に高温の熱処理を加えることで双晶境界頻度、すなわち全結晶粒界に占めるΣ3対応粒界の割合を制御できることを見出した。また、溶体化処理前に低温の熱処理を加えることで加工硬化指数(n値)を制御できることを見出した。たたき加工を加えた曲げ加工性を備えるためには、両者とも高めることが好ましいと考えられるが、従来の方法では前者を高くすると後者が小さくなり、後者を高くすると前者が小さくなってしまう。これに対し、上述したプロセスによって両者をバランスよく制御することが可能であるとの新たな知見を得た。本発明はこのような知見に基づいて完成したものである。
【0013】
本発明の電子部品用Cu−Co−Ni−Si合金は、0.5〜3.0質量%のCoおよび、0.1〜1.0質量%のNiを含有し、Coに対するNiの質量比(Ni/Co)が0.1〜1.0であり、Siを(Co+Ni)/Siの質量比が3〜5となるように含有し、残部がCuおよび不可避的不純物からなり、全結晶粒界に占めるΣ3対応粒界の割合が30〜55%であり、かつ、加工硬化指数が0.02〜0.15であり、圧延方向に平行な方向での0.2%耐力が650MPa以上であり、導電率が50%IACS以上であるものである。
【0014】
本発明の電子部品用Cu−Co−Ni−Si合金は、更にFe、Mg、Sn、Zn、B、P、Cr、Zr、Ti、AlおよびMnからなる群から選ばれる少なくとも一種を総計で最大1.0質量%含有することができる。
【0016】
本発明の電子部品用Cu−Co−Ni−Si合金は、加工度20%で圧延した後の曲げ半径(R)/板厚(t)=1.0として、曲げ軸が圧延方向と同一方向のBadwayでW曲げ試験したときの曲げ部表面の平均粗さRaが1.0μm以下であることが好ましい。
【0017】
本発明の電子部品用Cu−Co−Ni−Si合金の製造方法は、上記の電子部品用Cu−Co−Ni−Si合金を製造する方法であって、0.5〜3.0質量%のCoおよび、0.1〜1.0質量%のNiを含有し、Coに対するNiの濃度(質量%)比(Ni/Co)が0.1〜1.0であり、Siを(Co+Ni)/Siの質量比が3〜5となるように含有し、残部がCuおよび不可避的不純物からなるCu−Co−Ni−Si合金のインゴットを鋳造する工程と、均質化焼鈍を施す工程と、熱間圧延を施す工程と、900〜950℃で3〜24時間にわたって第一熱処理を施す工程と、加工度90%以上の冷間圧延を施す工程と、400〜600℃で1〜10時間の第二熱処理を施す工程と、900〜1050℃で30秒〜10分加熱する溶体化処理を施す工程と、450〜600℃で5〜25時間加熱する時効処理を施す工程と、5〜40%の圧下率で圧延する最終冷間圧延を施す工程とをこの順序で行うことを含むものである。
【0018】
本発明の電子部品用Cu−Co−Ni−Si合金の製造方法では、Cu−Co−Ni−Si合金は、更にFe、Mg、Sn、Zn、B、P、Cr、Zr、Ti、AlおよびMnからなる群から選ばれる少なくとも一種を総計で最大1.0質量%含有することができる。
【0019】
本発明の伸銅品は、上記のいずれかのCu−Co−Ni−Si合金を備えたものである。
【0020】
本発明の電子部品は、上記のいずれかのCu−Co−Ni−Si合金を備えたものである。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、強度、導電率及び曲げ加工性の三者の特性に優れたCu−Co−Ni−Si合金を得ることができる。このような銅合金は、たたき加工後に曲げ加工を加えて製造されるコネクタやバッテリー端子などの電子部品に特に好適に用いることができ、これら電子部品の信頼性向上に寄与することができる。
【発明を実施するための形態】
【0022】
(Co濃度)
Coは、後述のNi、Siとともに、Co−Ni−Si系析出物を形成して、銅合金板材の強度と導電性を向上させる効果を有する。Co含有量が少なすぎる場合には、この効果を十分に発揮させることが困難になる。そのため、Co含有量は、0.5質量%以上にすることが好ましく、0.8質量%以上にすることが更に好ましく、1.1質量%以上にすることがより一層好ましい。一方、Coの融点はNiよりも高いので、Co含有量が多すぎると、完全固溶は困難であり、未固溶の部分は強度に寄与しない。そのため、Co含有量は、3.0質量%以下にすることが好ましく、2.0質量%以下にすることが更に好ましい。
【0023】
(Ni濃度)
Niは、Co、Siとともに、Co−Ni−Si系析出物を形成して、銅合金板材の強度と導電性を向上させる効果を有する。Ni含有量が少なすぎる場合には、この効果を十分に発揮させることが困難になる。そのため、Ni含有量は0.1質量%以上とし、0.2質量%以上にすることが好ましく、0.3質量%以上にすることがより一層好ましい。一方、Ni含有量が多すぎると、強度向上効果が飽和するだけでなく、導電率が低下する。また、粗大な析出物が生成し易く、曲げ加工時の割れの原因になる。そのため、Ni含有量は1.0質量%以下とし、0.8質量%以下にすることが更に好ましい。
【0024】
(Si濃度)
Siは、Ni、Coとともに、Co−Ni−Si系析出物を生成する。但し、合金中のNi、CoおよびSiは、時効処理によってその全てが析出物になるとは限らず、ある程度はCuマトリックス中に固溶した状態で存在する。固溶状態のNi、CoおよびSiは、銅合金板材の強度を若干向上させるが、析出状態と比べてその効果は小さく、また、導電率を低下させる要因になる。そのため、Siの含有量は、一般的には、できるだけ析出物(Ni+Co)2Siの組成比に近づけるのが好ましい。すなわち、(Ni+Co)/Si質量比を、約4.2を中心として3〜5の範囲内に調整するのが一般的であり、Siは、(Ni+Co)/Siの質量比がこの範囲となるように添加する。(Ni+Co)/Siの質量比は、3.7〜4.7とすることが好ましい。
【0025】
(Coに対するNiの質量比(Ni/Co))
Ni/Coを調整することにより、強度と導電率の両立を図る。Niの比率を高くする(Coの比率を低くする)と、強度は高くなり、導電率は低下する。一方、Coの比率を高くする(Niの比率を低くする)と、強度は低下し、導電率は高くなる。圧延方向に平行な方向での0.2%耐力を650MPa以上とし、かつ、導電率を50%IACS以上とするためには、Ni/Coを0.1〜1.0、好ましくは0.2〜0.7となるように調整しておくとよい。
【0026】
(添加元素)
必要に応じて、Fe、Mg、Sn、Zn、B、P、Cr、Zr、Ti、AlおよびMnのうちの少なくとも一種を添加してもよい。例えば、SnとMgは耐応力緩和特性の向上効果があり、Znは銅合金板材のはんだ付け性および鋳造性を改善する効果があり、Fe、Cr、Mn、Ti、Zr、Alなどは強度を向上させる作用を有する。そのほかに、Pは脱酸効果を有し、Bは鋳造組織の微細化効果を有し、熱間加工性を向上させる効果を有する。ただし、これら添加元素の量が大きすぎると、製造性や導電率が大きく損なわれる。そこで、添加元素は、合計で0〜1.0質量%とすることができる。また、強度、導電率、曲げ性のバランスを考慮すると、上記の元素の一種以上を総量で0.1〜0.7質量%含有させることが好ましい。
【0027】
なお、添加元素ごとには、耐応力緩和特性、強度、はんだ付け性、鋳造性、熱間加工性の向上などのバランスを考慮して、合計量を超えない範囲で、Znは0.1質量%以上かつ1.0質量%以下含有させることができ、SnおよびCrは0.1質量%以上かつ0.8質量%以下含有させることができ、Fe、MgおよびMnは0.1質量%以上かつ0.5質量%以下含有させることができ、B、P、Zr、TiおよびAlは0.01質量%以上かつ0.2質量%以下含有させることができる。
【0028】
(全結晶粒界に占めるΣ3対応粒界の割合)
対応粒界理論によると、Σ3対応粒界は双晶境界のことを指す。双晶境界は境界間の原子の整合性が良い為、境界近傍において不均一変形が起こりにくく、曲げ変形時、境界近傍を基点とする割れやしわが発生しにくいため、その割合が高いほど曲げ加工性は良好になる。
【0029】
全結晶粒界に占めるΣ3対応粒界の割合は、EBSD(Electron Back Scatter Diffraction Pattern)法によって測定することができる。より詳細には、EBSD法により結晶方位を解析した後、隣接結晶方位間の方位差を求め、ランダム粒界及び各対応粒界の割合(粒界性格分布)を決定することができる。そして、全結晶粒界に占めるΣ3対応粒界の割合は、(対応粒界Σ3の長さの総和)/(結晶粒界の長さの総和)×100で計算することができる。
【0030】
本発明では、材料表面(圧延面)に対するEBSD測定における結晶方位解析において、全結晶粒界に占めるΣ3対応粒界の割合が30〜55%である。この割合が30%を下回った場合および55%を上回った場合はいずれも、特にたたき加工を施した後の曲げ加工性が悪くなる。この観点から、当該割合は、好ましくは35〜50%であり、より好ましくは40〜50%である。
【0031】
全結晶粒界に占めるΣ3対応粒界の割合の測定においては、測定結果の安定性のために、1視野当たり400μm×400μmの面積を5視野測定し、それぞれの視野において全結晶粒界に占めるΣ3対応粒界の割合を求め、5視野の平均値を算出して測定値とする。
【0032】
EBSD測定における測定条件としては、以下のものを採用することができる。
(a)SEM条件
・ビーム条件:加速電圧15kV、照射電流量5×10-8
・ワークディスタンス:25mm
・観察視野:400μm×400μm
・観察面:圧延面
・観察面の事前処理:リン酸67%+硫酸10%+水の溶液中で15V×60秒の条件で電解研磨して組織を現出
(b)EBSD条件
・測定プログラム:OIM Data Collection
・データ解析プログラム:OIM Analysis(Ver.5.3)
・ステップ幅:0.5μm
【0033】
(加工硬化指数(n値))
引張試験において試験片を引張り、荷重を負荷すると、弾性限度を越えて最高荷重点に達するまでの塑性変形域では試験片各部は一様に伸びる(均一伸び)。この均一伸びが発生する塑性変形域では真応力σtと真ひずみεtの間には、下記の式(1)の関係が成立し、これをn乗硬化則という。
σt=Kεtn (1)
ここで、式(1)中、nは、加工硬化指数といい(須藤一著:材料試験法、内田老鶴圃社、(1976)、p.34)、0≦n≦1の値をとる。この加工硬化指数が大きいほど曲げ加工性が良好になる。
【0034】
n乗硬化則の成立する材料では、応力−ひずみ曲線の最高荷重点における真ひずみと加工硬化係数は一致することから、本発明においては、最高荷重点における真ひずみを加工硬化指数(n値)とする(須藤一著、「材料試験法」、内田老鶴圃社、1976年、p.35)。具体的には、後述する0.2%耐力を測定するのと同様の方法で、圧延平行方向の引張り試験を、JIS Z2241(2011)に従って行い、応力−ひずみ曲線を得る。真ひずみεtは、得られた応力−ひずみ曲線より読み取った最高荷重点における公称ひずみεを、下記の式(2)に代入して算出する。
εt=ln(1+ε) (2)
【0035】
強度、導電率及び曲げ加工性に優れたCu−Co−Ni−Si合金を得る上では、全結晶粒界に占めるΣ3対応粒界の割合を制御すると共に、n値を所定範囲とすることが重要である。具体的には、圧延方向に平行な方向における加工硬化指数(n値)が0.02〜0.15である。n値は、好ましくは0.05〜0.14であり、さらに好ましくは0.08〜0.13である。
【0036】
(0.2%耐力)
圧延方向に平行な方向での0.2%耐力は、JIS Z2241(2011)(金属材料引張試験方法)に準拠して測定する。本発明に係るCu−Co−Ni−Si合金においては一実施形態において、圧延方向に平行な方向での0.2%耐力が650MPa以上を達成することができる。好ましくは700MPa以上であり、より好ましくは750MPa以上である。0.2%耐力の上限値は、特に規制されないが、50%IACS以上の導電率となるには、850MPa以下であり、典型的には800MPa以下である。
【0037】
(導電率)
JIS H0505に準拠し、4端子法にて測定する。本発明に係るCu−Co−Ni−Si合金においては一実施形態において、導電率が50%IACS以上を達成することができる。好ましくは55%IACS以上であり、より好ましくは60%IACS以上である。導電率の上限値は、特に規制されないが、650MPa以上の0.2%耐力となるには、70%IACS以下であり、典型的には65%IACS以下である。
【0038】
(曲げ加工性)
本発明に係るCu−Co−Ni−Si合金は優れた曲げ加工性を有することができる。本発明に係るCu−Co−Ni−Si合金の一実施形態では、たたき加工を模擬した20%の圧延を加えた後に、JIS H3130(2012)に従い、W曲げ試験をBadway方向に曲げ半径(R)/板厚(t)=1.0で行ったときに、曲げ部の外周表面における平均粗さRaが1.0μm以下であるという特性を有する。平均粗さRaはJIS B0601(2013)に準拠して算出する。曲げ加工後にも曲げ部の平均粗さRaが小さいということは、破断を引き起こすおそれのある有害なクラックが曲げ部に入りにくいことを意味する。一般的には曲げ試験前の本発明に係るCu−Co−Ni−Si合金の表面の平均粗さRaは0.2μm以下である。
上述したクラック発生防止の観点から、曲げ部の表面粗さは、0.8μm以下であることが好ましく、特に0.6μm以下であることが一層好適である。一方、特に好ましい下限値は存在しないが、曲げ部の表面粗さは、典型的には0.1μm以上、より典型的には0.2μm以上となる。
【0039】
(用途)
本発明に係るCu−Co−Ni−Si合金は種々の伸銅品、例えば板、条、管、棒及び線に加工することができる。本発明に係るCu−Co−Ni−Si合金は、限定的ではないが、スイッチ、コネクタ、ジャック、端子(特に、バッテリー端子)、リレー等の電子部品における導電材やばね材に好適に使用することができる。これらの電子部品は例えば車載部品や電気・電子機器用部品として使用可能である。
【0040】
(製造方法)
本発明に係るCu−Co−Ni−Si合金の好適な製造方法の例を工程毎に説明する。
【0041】
<インゴット鋳造>
大気溶解炉を用い、電気銅、Ni、Co、Si等の原料を溶解し、上述したような所望の組成の溶湯を得る。そして、この溶湯をインゴットに鋳造する。Ni、Co、Si以外の添加元素はFe、Mg、Sn、Zn、B、P、Cr、Zr、Ti、Al及びMnからなる群から選択される一種または二種以上を合計で0〜1.0質量%含有するように添加する。
【0042】
<均質化焼鈍及び熱間圧延>
インゴット製造時に生じた凝固偏析や晶出物は粗大なので均質化焼鈍でできるだけ母相に固溶させて小さくし、可能な限り無くすことが望ましい。これは曲げ割れの防止に効果があるからである。具体的には、インゴット鋳造後に、900〜1050℃に加熱して3時間〜24時間にわたる均質化焼鈍を行った後、熱間圧延を実施するのが好ましい。熱間圧延では、元厚から全体の圧下率が90%までのパスは700℃以上とするのが好ましい。その後、水冷にて室温まで急速に冷却させる。
【0043】
<第一熱処理>
熱間圧延後、高温での第一熱処理を実施する。熱間圧延中に析出する粗大な析出物を再度固溶させることで、積層欠陥エネルギーを低下させ、後述の溶体化処理におけるΣ3対応粒界の割合を高くすることができる。第一熱処理の条件は典型的には、900〜950℃で3時間〜24時間、好ましくは900℃〜950℃で7時間〜20時間、より好ましくは、910時間〜940℃で7時間〜20時間とし、加熱後は水冷する。この工程を実施しない場合には、溶体化処理及びその後の工程を適切に実施したとしても全結晶粒界に占めるΣ3対応粒界の割合が小さくなる。また、900℃未満で第一熱処理をしても同様に小さくなる。一方、950℃を超える温度で第一熱処理をすると、Σ3対応粒界の割合は大きくなるが、結晶粒径が大きくなるため、曲げ加工性が低下する。
【0044】
<冷間圧延および第二熱処理>
第一熱処理の後、加工度(圧下率)90%以上、好ましくは93%以上の条件にて冷間圧延を行い、次いで、低温での第二熱処理を実施する。メカニズムは解明できていないが、ここで低温の第二熱処理を加えることで、全結晶粒界に占めるΣ3対応粒界の割合を維持したまま、加工硬化指数を大きくすることができる。第二熱処理の条件は典型的には400〜600℃で1時間〜10時間とし、好ましくは450〜550℃で1時間〜10時間、より好ましくは450〜550℃で3時間〜8時間とし、加熱後は水冷する。この工程を実施しない場合には、溶体化処理及びその後の工程を適切に実施したとしても、加工硬化指数は小さくなる。また、適切な条件で第二熱処理をしない場合も、同様に小さくなる。第二熱処理前の冷間圧延の加工度が小さすぎる場合もまた、加工硬化指数は小さくなる。なお、加工度(%)は{((圧延前の厚み−圧延後の厚み)/圧延前の厚み)×100}で定義される。
【0045】
<溶体化処理>
その後、溶体化処理を実施する。具体的には、900〜1050℃に加熱して30秒〜10分加熱し、加熱後は水冷する。
【0046】
<時効処理>
溶体化処理に引き続いて時効処理を行う。材料温度450〜600℃で5〜25時間加熱することが好ましく、材料温度480〜570℃で10〜20時間加熱することがより好ましい。時効処理は、酸化被膜の発生を抑制するためにAr、N2、H2等の不活性雰囲気で行うことが好ましい。
【0047】
<最終の冷間圧延>
時効処理に引き続いて最終の冷間圧延を行う。最終の冷間加工によって強度を高めることができるが、本発明において意図されるような強度および曲げ加工性の良好なバランスを得るためには圧下率を5〜40%、好ましくは10〜35%とすることが望ましい。
【0048】
<歪取焼鈍>
最終の冷間圧延に引き続いて、歪取焼鈍を行う。材料温度350〜650℃で1秒〜3600秒にわたって加熱することが好ましく、材料温度350〜450℃で1500秒〜3600秒、材料温度450〜550℃で500秒〜1500秒、材料温度550〜650℃で1秒〜500秒にわたって加熱することがより好ましい。
【0049】
なお、当業者であれば、上記各工程の合間に適宜、表面の酸化スケール除去のための研削、研磨、ショットブラスト酸洗等の工程を行うことができることは理解できるだろう。
【実施例】
【0050】
以下に本発明の実施例を比較例と共に示すが、これらは本発明及びその利点をよりよく理解するために提供するものであり、発明が限定されることを意図するものではない。
【0051】
表1に示す各元素を含有し、残部が銅及び不純物からなる銅合金を、高周波溶解炉にて1300℃で溶製し、厚さ30mmのインゴットに鋳造した。次いで、このインゴットを1000℃で5時間加熱後、板厚1〜10mmまで熱間圧延し、熱間圧延終了後は速やかに冷却した。次いで、表1に示す条件で第一熱処理を行い、直ちに水冷した。その後、表1に示す冷間圧延を行って厚さ0.125mmの板とした。次いで、表1に示す条件の第二熱処理、溶体化処理を行った。その後、500℃で15時間の時効処理、加工度20%の圧延で板厚を0.1mmとし、450℃で1500秒の歪取焼鈍を実施した。
【0052】
作製した試験片について、次の評価を行った。
(イ)全結晶粒界に占めるΣ3対応粒界の割合
各試験片の板面(圧延面)を電解研磨した後、EBSD測定を実施した。全結晶粒界長さとΣ3対応粒界の長さを求め、その比を算出した。
(ロ)加工硬化指数(n値)
圧延方向と平行な方向の引張り試験を行い、応力−ひずみ曲線を得て、先述した方法によりn値を求めた。
(ハ)0.2%耐力
JIS13B号試験片を作製し、上述した測定方法に従い引張試験機を用いて圧延方向と平行な方向の0.2%耐力を測定した。
(ニ)導電率
JIS H0505に準拠し、4端子法で導電率(EC:%IACS)を測定した。
(ホ)加工度20%で圧延した後の曲げ部の表面粗さ
各試験片をたたき加工を模して加工度20%(板厚0.08mm)で圧延した後、JIS H3130(2012)に従いW曲げ試験をBadway(曲げ軸が圧延方向と同一方向)、R/t=1.0で実施し、この試験片の曲げ部の外周表面を観察した。観察方法はレーザーテック社製コンフォーカル顕微鏡HD100を用いて曲げ部の外周表面を撮影し、付属のソフトウェアを用いて平均粗さRa(JIS B0601:2013に準拠)を測定し、比較した。なお、曲げ加工前の試料表面はコンフォーカル顕微鏡を用いて観察したところ凹凸は確認できず、平均粗さRaはいずれも0.2μm以下であった。曲げ加工後の表面平均粗さRaが1.0μm以下の場合を○、Raが1.0μmを超える場合を×と評価した。
【0053】
【表1】
【0054】
【表2】
【0055】
表1及び2に示すところから、発明例1〜20はいずれも、各元素を所定量で含有し、所定の範囲を満たす条件で製造したことにより、全結晶粒界に占めるΣ3対応粒界の割合が30〜55%で加工硬化指数が0.02〜0.15であり、0.2%耐力、導電性、曲げ加工性が良好なものとなった。
【0056】
一方、比較例1〜3は、第一熱処理の温度条件が所定の範囲を外れたこと、または、第一熱処理を行わなかったことにより、Σ3対応粒界の割合が所定の範囲内とはならず、その結果として、曲げ加工性が悪化した。
比較例4は第一熱処理後の冷間圧延の加工度が小さく、比較例5、6は所定の範囲を外れる温度条件で第二熱処理を行い、比較例7は第二熱処理を行わなかったことにより、いずれの比較例4〜7でも加工硬化指数が低下し、曲げ加工性が悪化した。
【0057】
比較例8、9はCoの含有に起因して、比較例8では強度が、また比較例9では導電性および曲げ加工性が悪化した。
【0058】
比較例10、11については、Niの含有量に起因して、比較例10では曲げ加工性が、また比較例11では導電性および曲げ加工性が悪化した。比較例12、13は、Ni/Coの比が所定の範囲外であったことから、強度ないし導電率が低下した。比較例14、15は、(Co+Ni)/Siの比が小さすぎるか又は大きすぎたことにより、強度ないし導電率が低下した。比較例16は、所定量を超えて添加元素を含有させたことにより導電率が低下した。
比較例17は特許文献1、比較例18は特許文献2、比較例19は特許文献3、比較例20は特許文献4に記載の工程に従ってそれぞれ製造したものであるが、曲げ加工性が悪化した。