(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6311955
(24)【登録日】2018年3月30日
(45)【発行日】2018年4月18日
(54)【発明の名称】金型の焼入方法
(51)【国際特許分類】
C21D 9/00 20060101AFI20180409BHJP
C21D 1/34 20060101ALI20180409BHJP
C21D 1/70 20060101ALI20180409BHJP
C21D 1/773 20060101ALI20180409BHJP
【FI】
C21D9/00 M
C21D1/34 R
C21D1/70 E
C21D1/773 J
C21D1/70 U
C21D1/70 V
【請求項の数】3
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2013-122382(P2013-122382)
(22)【出願日】2013年6月11日
(65)【公開番号】特開2014-40657(P2014-40657A)
(43)【公開日】2014年3月6日
【審査請求日】2016年5月10日
(31)【優先権主張番号】特願2012-163185(P2012-163185)
(32)【優先日】2012年7月24日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】日立金属株式会社
(72)【発明者】
【氏名】西田 純一
【審査官】
鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】
国際公開第2011/016518(WO,A1)
【文献】
特開平04−305354(JP,A)
【文献】
実開昭55−159866(JP,U)
【文献】
特開昭53−110909(JP,A)
【文献】
特開昭49−129612(JP,A)
【文献】
特開昭57−155318(JP,A)
【文献】
特開平04−052214(JP,A)
【文献】
国際公開第2011/070859(WO,A1)
【文献】
特開2012−092365(JP,A)
【文献】
特開2004−058082(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 1/02− 1/84
C21D 9/00− 9/44,9/50
C22C 38/00−38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
焼入れ温度に加熱する前の金型の表面の一部または全部を黒鉛で被覆する被覆処理を行ってから、該被覆処理後の金型を、発熱体を具備する加熱炉内で焼入れ温度に加熱し、冷却することを特徴とする金型の焼入方法。
【請求項2】
前記焼入れ温度への加熱は、その加熱中の少なくとも一時期を真空中または減圧雰囲気中で行うことを特徴とする請求項1に記載の金型の焼入方法。
【請求項3】
前記被覆処理は、金型の表面に浸炭防止剤または脱炭防止剤を被覆した上に行うことを特徴とする請求項1または2に記載の金型の焼入方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、
金型の焼入方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
各種の鋼材および金型、工具に代表される鋼製品等、これらの鋼部材には、該鋼部材をオーステナイト組織の状態に加熱した後、冷却する焼入れ処理が実施される。そして、鋼部材を焼入れ温度に加熱する際の手段には、炉内に導入した雰囲気ガスを媒体にして鋼部材に熱を伝える対流加熱や、各種の線源(発熱体)から鋼部材に赤外線を放射して電磁波により加熱する赤外線加熱の方式が利用されている(特許文献1〜4)。
【0003】
対流加熱の場合、例えば雰囲気ガスを加圧することで加熱効率を向上でき、加熱に要する時間を短縮できるという利点がある。一方、加熱炉内の位置によっては、対流するガスの圧力や方向が鋼部材の表面毎に異なって、鋼部材の各部位で温度の不均一(加熱むら)が生じる場合がある。また、鋼部材の形状によっては、その厚肉部分と薄肉部分との間で加熱むらが生じる場合がある。そして、この加熱むらが顕著であると、焼入れ冷却した時の鋼部材に大きな熱処理変形が生じることとなる。
【0004】
赤外線加熱の場合、加熱炉内にガスを導入しなくても加熱が可能なので、真空中(減圧雰囲気を含む)で加熱することも可能であり、この場合、鋼部材の表面酸化等の抑制に有利である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−342377号公報
【特許文献2】特開平10−080746号公報
【特許文献3】特開平08−067909号公報
【特許文献4】特開昭61−253320号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
鋼部材の焼入れ処理において、その加熱時の手法に赤外線加熱を用いることには利点が多い。しかし、一般的に加熱効率のよいとされる赤外線加熱であっても、発熱体を具備する加熱炉内で鋼部材を加熱する場合においては、その作用に見合った加熱効率を得られず、加熱速度が遅いものであった。特に、線源である発熱体が温まるまでは(一般に600℃前後までは)、線源から放射される赤外線量が少なく、この間の加熱速度が遅かった。
【0007】
また、赤外線加熱の場合、利用する赤外線に方向性があるため、加熱炉内の位置によっては、線源と対向する鋼部材の表面の角度の違いで、鋼部材の吸収するエネルギー量が表面毎で異なる。この結果、対流加熱の場合と同様、鋼部材の各部位で加熱むらが生じる場合があった。そして、金型等の複雑な形状の鋼部材を加熱した際には、その形状に起因して、肉厚部や表面の凹部の温度が低いことによる加熱むらが生じる場合があった。この加熱むらが焼入れ冷却した時の熱処理変形に繋がることは、上記の通りである。
【0008】
さらに、鋼部材の焼入れ処理において、焼入れ温度にまで加熱された鋼部材は、次に冷却されることになる。そして、このときの冷却手法は、上記の加熱手法の種類によらず、通常、加圧された冷却ガスを吹き付けたり、水や油、各種ポリマー、ソルト等の焼入剤中に浸漬したり、流動槽を用いたりして実施される。このうち、冷却ガスによる手法は冷却速度の向上に効果があるが、冷却ガスの当り方によって鋼部材の各部位で冷え方の違い(冷却むら)が生じる場合がある。また、鋼部材の厚肉部や表面の凹部は冷え方が遅いことから、これも冷却むらの要因となる。これについては、鋼部材の表面を比較的均一に冷却できる焼入剤への浸漬や流動槽による手法でも、同様である。そして、冷却むらが顕著であると、冷却後の鋼部材に大きな熱処理変形が発生する。
【0009】
本発明の目的は、一連の焼入れ工程に掛かるヒートサイクル時間を短縮でき、かつ、焼入れ後の熱処理変形が小さい鋼部材の焼入方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
焼入れに供される鋼部材の多くは、その表面が機械加工等によって金属光沢の肌に仕上げられている。そのため、表面の赤外線放射率が低く、赤外線加熱の作用を十分に利用できていなかった。そこで、本発明者は、この赤外線放射率を高くするための手法について検討した。その結果、最適な該手法を見いだしたことで、焼入れの際の加熱速度および冷却速度が大きくできることに加えて、鋼部材の肉厚部や凹部等の形状に起因した上記の加熱むらおよび冷却むらの発生による熱処理変形も抑制できることを見いだし、本発明に到達した。
【0011】
すなわち、本発明は、焼入れ温度に加熱する前の鋼部材の表面の一部または全部を黒鉛で被覆する被覆処理を行ってから、該被覆処理後の鋼部材を、発熱体を具備する加熱炉内で焼入れ温度に加熱し、冷却することを特徴とする鋼部材の焼入方法である。また、前記焼入れ温度への加熱は、その加熱中の少なくとも一時期を真空中または減圧雰囲気中で行うことが好ましい。
本発明においては、前記被覆処理は、鋼部材の表面に浸炭防止剤または脱炭防止剤を被覆した上に行うことができる。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、簡易的な手法で、焼入れ温度への加熱時間を短くできる。また、鋼部材に生じる加熱むらを小さくすることができる。そして、次の焼入れ冷却においても、冷却時間を短くでき、かつ、冷却むらも小さくすることができる。よって、一連の焼入れ工程に掛かるヒートサイクル時間を短縮でき、かつ、焼入れ後の熱処理変形を小さくできる実用的な手法として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明例および比較例の焼入方法において、その加熱中の加熱時間に対する、炉内温度および鋼部材の中心部の温度の推移を示す図である。
【
図2】本発明例および比較例の焼入方法において、その冷却中の冷却時間に対する、炉内温度および鋼部材の中心部の温度の推移を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の特徴は、焼入れ加熱前の鋼部材の表面を簡便な方法によって予め処理しておくことで、電気抵抗加熱炉等、従来の赤外線加熱炉に変更を加えなくても、加熱中の鋼部材がその全体に亘って均一かつ短時間で焼入れ温度に到達できるところにある。そして、上記処理によって、様々な手法による焼入れ冷却の過程においても、鋼部材がその全体に亘って均一かつ短時間で冷却できるところにある。以下に、本発明の各構成要件について説明する。
【0015】
(1)焼入れ温度に加熱する前の鋼部材の表面の一部または全部を黒鉛で被覆する被覆処理を行う。
赤外線加熱の場合、その加熱効率は、加熱対象物の表面状態に大きく左右される。そして、加熱対象物の表面の赤外線放射率が低いと、線源から放射された赤外線エネルギー量に対して、加熱対象物が吸収するエネルギー量が少なく、加熱温度に達するまでの所要時間が長くなる。赤外線放射率とは、線源から放射された赤外線エネルギー量の全てを吸収できる「完全黒体」を基準にして、実際の加熱対象物の「加熱のされやすさ」を評価できる指標であり、完全黒体のそれを1としたときの比(1未満)で表される。そして、焼入れされる鋼部材の表面が、例えば金型等の製品のごとく金属光沢肌であれば、そのときの赤外線放射率は0.05〜0.3程度と低く、赤外線による加熱効率が悪い。したがって、現実的には、金属光沢肌を有した鋼部材の焼入加熱には、加圧された雰囲気ガスの導入による対流加熱が適用されていた。そして、この対流加熱においても、赤外線加熱の作用を併用しているが、その程度は小さいものであった。
【0016】
そこで、本発明者は、鋼部材の表面の赤外線放射率を向上できる手法を検討した。その結果、鋼部材の表面に放射熱を吸収できる物質を被覆すれば、該部分の赤外線放射率を効率よく向上できることを知見した。そして、前記放射熱を吸収できる物質の中でも、黒鉛は、それ自体の赤外線放射率が非常に高い物質である。よって、鋼部材の表面に黒鉛を被覆すれば、それが少量の被覆量でも、鋼部材の表面の赤外線放射率を向上させる効果があることを、発明者は突きとめた。したがって、本発明は、焼入れ温度に加熱する前の鋼部材の表面の一部または全部を黒鉛で被覆する被覆処理を行うものである。
【0017】
各種部材における表面の赤外線放射率は、その部材自体を構成している物質の種類以外に、その表面粗さにも左右される。そして、鋼部材の場合、その表面は、一般的に、研削や研磨等の各種機械加工によって様々な表面粗さの金属肌に仕上げられている。本発明では、このような場合でも、焼入れ温度に加熱する前の鋼部材の金属肌の表面を、該表面よりも赤外線放射率が高い物質である黒鉛で被覆することで、鋼部材の表面の赤外線放射率を向上させることができる。そして、線源である発熱体が温まるまでの(赤外線の放射量が十分に増えるまでの)加熱の初期から、十分な加熱時間の短縮効果を得ることができる。
【0018】
本発明に係る上記の被覆処理は、鋼部材の表面の全部に行ってもよいが、赤外線放射率を向上させたい部位に限る等、必要に応じて一部に行ってもよい。一般に、鋼部材の肉厚部や表面の凹部は、他の部位に比べて加熱時の昇温速度が遅い。その結果、狙いとする焼入れ温度に対して、各部位の間で加熱むらがあると、これが焼入れ冷却した時の熱処理変形の要因となり得る。また、上記加熱時の昇温速度が遅い部位は、冷却時の降温速度も遅い。よって、冷却時の冷却むらの発生要因にもなって、熱処理変形を助長し得る。このような場合、その加熱および冷却の遅い部分にのみ被覆処理を行うことで、加熱むらおよび冷却むらを軽減し、鋼部材の全体を均一な温度に加熱、冷却することができる。
【0019】
黒鉛の被覆手法については、鋼部材の表面に黒鉛を付着させることのできる手法であれば、その種類を問わない。そして、黒鉛を含んだ溶媒を塗布したり、吹き付けたりしてもよく、このときの溶媒には、例えば黒鉛系反射防止剤や黒鉛系潤滑剤を利用することができる。また、黒鉛の被覆量については、黒鉛を被覆した表面部分で所望の赤外線放射率を達成しているのであれば(例えば、後述する0.5以上の赤外線放射率を達成しているのであれば)、その量を問わない。黒鉛は、それ自体の赤外線放射率が非常に高い物質であるから、少量の被覆量でも赤外線放射率を向上させる効果があることは、上述の通りである。そして、本発明において、上記の被覆処理が特に効果的に発揮されるのは、焼入れの対象となる鋼部材が金属肌を有する場合である。
【0020】
そして、上記の被覆処理は、黒鉛を被覆した表面部分の200℃のときの赤外線放射率が0.5以上になるように黒鉛を被覆するものであることが好ましい。本発明者は、黒鉛を被覆した鋼部材の表面において、その十分な加熱時間の短縮効果が得られているときの赤外線放射率の値も調査した。このとき、加熱時間の短縮効果とは、通常の焼入れ温度である1000℃前後までの加熱速度が大きいということである。よって、この効果の程度が、鋼部材を200℃に加熱したときに測定される赤外線放射率を指標にして評価できることを、本発明者は知見した。そして、調査の結果、鋼部材の表面に黒鉛を被覆するときには、その被覆後の表面部分の赤外線放射率の値が200℃に加熱したときに0.5以上になるように被覆することが、前記加熱速度の向上に好ましいことを、本発明者は突きとめた。さらに好ましくは、前記赤外線放射率の値が0.6以上になるように被覆することである。
0.5以上の前記赤外線放射率の値は、例えば、金属光沢肌を有する鋼部材の表面に黒鉛を、色むら(陰影)なく均一になるよう、ある程度厚く被覆することで、調整が可能である。このとき、被覆する黒鉛は、黒鉛を含んだ溶媒の状態で塗布または吹き付けることが、上記色むら(陰影)なく均一な被覆の達成に効果的である。
【0021】
(2)上記被覆処理を行った後の鋼部材を、発熱体を具備する加熱炉内で焼入れ温度に加熱する。
本発明に係る上記鋼部材の焼入れ温度への加熱は、通常の方法に従って行うことができる。このとき使用する加熱炉も、金属や炭化ケイ素等の各種発熱体を具備した、通常の焼入れ加熱に使用される加熱炉であればよい。そして、例えば、発熱体が温まるまで(赤外線加熱の作用が高まるまで)の間で、さらに加熱効率を確保すること等を理由にして、炉内に雰囲気ガス等を導入することも可能である。この場合、鋼部材の加熱には対流加熱の作用が大きく働くが、赤外線加熱の作用も生じている。そして、表面に黒鉛を被覆する被覆処理を行った本発明に係る鋼部材であれば、このときの赤外線加熱の作用を、その線源である発熱体の温度が低いときから最大限に享受することができるので、一連の熱処理に要するヒートサイクル時間の短縮に有利である。
【0022】
一方、一般に金属肌を有する鋼部材の加熱は、その際の表面におけるスケールの生成や脱炭等を防止するために、真空中または減圧雰囲気中で行われるのが主流である。この場合、炉内には雰囲気ガスを積極的に導入しないことから、鋼部材の加熱は専ら赤外線加熱の作用によることとなる。そして、本発明に係る鋼部材であれば、赤外線加熱のみを利用しても効率のよい加熱ができるので、加熱炉中を真空または減圧雰囲気にでき、加熱中の鋼部材の表面酸化や脱炭を防止するのに有利である。したがって、本発明の場合、前記焼入れ温度への加熱は、その加熱中の少なくとも一時期を真空中または減圧雰囲気中で行うことが好ましい。そして、上記等に従って、加熱の初期で炉内に雰囲気ガスを導入した場合であっても、発熱体が温まった後は(例えば、炉内温度が500〜900℃に達した後は)炉内を真空または減圧雰囲気にすることが好ましい。
【0023】
(3)上記焼入れ温度に加熱した鋼部材を冷却する。
本発明の鋼部材の焼入方法は、その焼入れ冷却の際の冷却むらの抑制にも効果を発揮する。すなわち、赤外線放射率が高い物体の表面は、熱しやすいとともに、冷めやすい。そして、黒鉛を被覆する被覆処理を行った本発明に係る鋼部材の表面であれば、加熱時には速やかに昇温される一方で、冷却時には速やかに降温されるので、鋼部材の全体を均一に冷却することができる。そして、加熱時の昇温速度が遅い部分は、冷却時の降温速度が遅い部分でもあるので(つまり、鋼部材の肉厚部や表面の凹部)、加熱むらを軽減するために上記の部分のみに本発明に係る被覆処理を行ったものは、結果として、冷却むらも軽減できて、鋼部材の全体を均一に冷却することができる。そして、この結果、冷却後の鋼部材に発生する熱処理変形を抑制できる。
【0024】
(4)好ましくは、上記の被覆処理は、鋼部材の表面に浸炭防止剤または脱炭防止剤を被覆した上に行うものである。
本発明に係る被覆処理として、例えば鋼部材の表面に黒鉛を被覆した場合、加熱から冷却の工程にかけて、その被覆した表面が黒鉛によって浸炭することが考えられる。そこで、被覆処理をする前の鋼部材の表面には、浸炭防止剤を被覆することで、浸炭を予防することができる。但し、浸炭防止剤を被覆する表面は、次に本発明に係る被覆処理を行う部分に限らず、浸炭を予防したい表面に被覆してもよい。浸炭防止剤としては、従来、熱処理で使用されている、または、知られる各種のものを使用することができる。
【0025】
また、加熱炉中が酸化雰囲気であるならば、鋼部材の表面が脱炭することが考えられる。このときには、被覆処理をする前の鋼部材の表面に脱炭防止剤を被覆することが効果的である。但し、脱炭防止剤を被覆する表面は、次に本発明に係る被覆処理を行う部分に限らず、脱炭を予防したい表面に被覆してもよい。脱炭防止剤としては、従来、熱処理で使用されている、または、知られる各種のものを使用することができる。
【実施例】
【0026】
JIS規格のSKD61の熱間工具鋼でなる150mm立方のブロックを準備した。そして、この全面をフライス加工によって金属光沢肌に仕上げ、焼入れに供する鋼部材とした。次に、これらの鋼部材の表面の一部または全部に、黒鉛の微粉末を含んでなる既知のレーザー加工用反射防止剤(製品名:ブラックガードスプレー[ファインケミカルジャパン株式会社])を、目視にて色むらが確認できない程度に均一に吹き付けることで、塗布して、被覆処理を行った。被覆条件は表1の通りであり、ブロックの全面に塗布したもの(No.1)と、対向する2面を残した4つの側面について、その中央部に円形状(半径75mm)に塗布したもの(No.2)の2条件である。
【0027】
次に、上記の被覆処理を行った鋼部材の表面と被覆処理を行わなかった金属光沢肌のままの表面について、その200℃のときの赤外線放射率を測定した。まず、測定する表面を電熱ヒーターで加熱して、そのときの表面温度を接触温度計と放射温度計(製品名:T425(検出波長域7.5〜13μm)[フリアーシステムズ社])の両方を用いて測定した。そして、接触温度計による表面温度が200℃に達したときの放射温度計の示す温度が同値になるように、放射温度計の設定放射率を調整すれば、そのときの放射率が該表面の有する200℃のときの赤外線放射率である。そして、測定の結果、被覆処理を行った鋼部材の表面のそれが0.62であり、金属光沢肌のままの表面のそれが0.25であった。
【0028】
そして、これらの被覆処理を行った鋼部材No.1、2を、一切の被覆処理を行わなかった金属光沢肌のままの鋼部材No.3とともに、発熱体を具備した加熱炉内に入れて、焼入れ温度への加熱と、その後の冷却を実施した。このとき、鋼部材の中心部には熱電対を挿入して、中心部の温度が測定できるようにした。加熱炉は、炉内の雰囲気や圧力を調整できるものであり、加熱後には冷却ガスの吹き付けによる冷却機能も備えたものである。
【0029】
加熱の手順は、まず炉内を一旦真空にした後に、窒素ガスを導入して、200kPaに加圧した窒素ガス中での加熱を実施した。そして、炉内温度が800℃に到達したところで、一旦、この炉内温度を維持し、鋼部材の中心部の温度が800℃に到達した時点で窒素ガスの導入を停めた。そして、炉内を減圧して、70Pa程度の減圧下のもとで炉内温度が1020℃になるまで加熱を実施した。このときの、加熱時間に対する、炉内温度(炉温)および鋼部材の中心部の温度の推移を
図1に示す。そして、炉内温度が1020℃に到達してから、鋼部材の中心部の温度が1010℃に到達するまでの時間(加熱時の遅れ時間)を測定した。
【0030】
続いて、冷却の手順は、炉内温度が1020℃の状態で保持した後に、窒素ガスを導入して、まず200kPaに加圧した窒素ガスを鋼部材の全周に15分間吹き付けた。そして、引き続いて、窒素ガスの圧力を400kPaに高めて冷却を行った。このときの、冷却時間に対する、炉内温度(炉温)および鋼部材の中心部の温度の推移を
図2に示す。そして、冷却開始から鋼部材の中心部の温度が520℃に達するまでに要した時間(半冷時間)と、冷却が完了した後の鋼部材に生じた熱処理変形量(鋼部材の表面の最大対角線上に直定規を当てたときに測定される、鋼部材の表面と直定規との隙間量)を測定した。
【0031】
【表1】
【0032】
鋼部材の表面の一部または全部に被覆処理を行ったNo.1、2は、表面に被覆処理を行わなかったNo.3に比べて、その部分の赤外線放射率が高い。そして、加熱時において、No.1、2の鋼部材は、加熱の初期から昇温速度が速く(
図1)、昇温速度が遅いとされる中心部が焼入れ温度に到達するまでの所要時間が、No.3に比べて、大きく短縮された。また、冷却時においては、一般的に急冷を要する高温域の冷却時間も短縮された。そして、No.1、2のうちでも、鋼部材の全面に被覆処理を行ったNo.1は、ヒートサイクル時間の短縮に特に効果的であった。そして、No.1、2の鋼部材においては、その冷却後の熱処理変形量も小さく抑えられ、No.3に比べて改善した。
【0033】
また、表面の全部に被覆処理を行ったNo.1と、表面の一部(対向する2面を残した4つの側面について、その中央部に円形状(半径75mm)に塗布したもの)に被覆処理を行ったNo.2とを比較した場合、No.2の方が熱処理変形量を小さく抑えることができた。ブロック状の鋼部材の場合、他部に比べて角部における加熱時の昇温速度(冷却時の降温速度)が速い。そのため、その角部を避けて、加熱時の昇温速度(冷却時の降温速度)が遅い部分に被覆処理を行うことにより、鋼部材の部分的な加熱時の昇温速度(冷却時の降温速度)の違いによる熱処理変形をより一層抑制することができた。