特許第6313043号(P6313043)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6313043
(24)【登録日】2018年3月30日
(45)【発行日】2018年4月18日
(54)【発明の名称】接着性細胞の培養方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/09 20100101AFI20180409BHJP
   C12M 3/00 20060101ALI20180409BHJP
【FI】
   C12N5/09
   C12M3/00 A
【請求項の数】14
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2013-534598(P2013-534598)
(86)(22)【出願日】2012年9月20日
(86)【国際出願番号】JP2012005965
(87)【国際公開番号】WO2013042360
(87)【国際公開日】20130328
【審査請求日】2015年7月24日
(31)【優先権主張番号】特願2011-204796(P2011-204796)
(32)【優先日】2011年9月20日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001085
【氏名又は名称】株式会社クラレ
(74)【代理人】
【識別番号】100103894
【弁理士】
【氏名又は名称】家入 健
(72)【発明者】
【氏名】江尻 洋子
(72)【発明者】
【氏名】綾野 賢
(72)【発明者】
【氏名】細田 雅也
(72)【発明者】
【氏名】田崎 剛
【審査官】 濱田 光浩
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−088347(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2010/0068793(US,A1)
【文献】 特開2005−027598(JP,A)
【文献】 特開平08−099477(JP,A)
【文献】 特開平01−234795(JP,A)
【文献】 特開2009−050194(JP,A)
【文献】 特開2004−000051(JP,A)
【文献】 特開2000−126606(JP,A)
【文献】 J. Biomed. Mater. Res.,2006年,Vol. 79A,p. 522-532
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00
C12M 3/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
相当直径が所望するスフェロイドの直径の1から5倍であり、前記相当直径が200μm以下であり、高さが前記相当直径の0.3倍から5倍である培養空間を2つ以上配置するととともに、該培養空間表面の水接触角が45度以下である培養容器を使用し、複数の培養空間で接着性細胞のスフェロイドを形成し、隣り合う前記培養空間を隔てる壁の厚さが、5μmから50μmの範囲であり、前記壁の側面と前記培養空間の底面とで仕切られる前記培養空間の形状は柱状であり、前記培養空間の底面は平面であり、隣り合う前記培養空間を隔てる壁の高さが、前記培養空間の前記高さと同じであることを特徴とする、接着性細胞の培養方法であって、前記培養空間で接着性細胞のスフェロイドを形成するとは、培養空間の培養液の中に接着性細胞を播種し、接着性細胞を培養することで、前記培養容器の前記相当直径の1/5〜1のスフェロイドを形成する、接着性細胞の培養方法であって、
前記培養容器の底部の厚さは1mm以下であり、
前記培養容器がアクリル系樹脂、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、スチレン系樹脂、アクリル・スチレン系共重合樹脂、ポリカーボネート系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリビニルアルコール系樹脂、エチレン・ビニルアルコール系共重合樹脂、熱可塑性エラストマー、塩化ビニル系樹脂、及びシリコン樹脂のうちの1つまたはこれらの組み合わせからなる樹脂成形品であることを特徴とする、培養方法
【請求項2】
前記培養空間の前記高さが前記相当直径の0.5倍から2倍である請求項1に記載の培養方法。
【請求項3】
前記培養空間を平面視したとき正方形、円および六角形のいずれかである、請求項1又は2に記載の培養方法。
【請求項4】
隣り合う前記培養空間を隔てる壁の上面と側面とがなす角度が90度から135度の範囲であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか一項に記載の培養方法。
【請求項5】
培養したスフェロイドすべてのうち60%以上が、培養後のスフェロイドの直径の平均値のプラスマイナス5%の範囲内の直径であることを特徴とする1乃至4のいずれか一項に記載の培養方法。
【請求項6】
前記スフェロイドが、がん細胞であることを特徴とする請求項1乃至5のいずれか一項に記載の培養方法。
【請求項7】
前記相当直径が所望するスフェロイドの直径の1.5から5倍であり、前記培養空間で接着性細胞のスフェロイドを形成するとは、前記培養空間の培養液の中に接着性細胞を播種し、接着性細胞を培養することで、前記培養容器の前記相当直径の1/5〜1/1.5のスフェロイドを形成する、接着性細胞の培養方法であることを特徴とする、請求項1乃至6のいずれか一項に記載の培養方法。
【請求項8】
前記培養空間の表面が、ガラス処理により、水接触角を45度以下になるように処理されたことを特徴とする請求項1乃至7のいずれか一項に記載の培養方法。
【請求項9】
前記培養空間の表面が、プラズマ処理により官能基を形成させて、水接触角を45度以下になるように処理されたことを特徴とする請求項1乃至7のいずれか一項に記載の培養方法。
【請求項10】
前記培養空間の表面に、温度、光のいずれかにより親水性と疎水性とが変化するポリマーがコートされていることを特徴とする請求項1乃至7のいずれか一項に記載の培養方法。
【請求項11】
前記培養空間の表面に、細胞接着を阻害する親水性のポリマー鎖が固定化されていることを特徴とする請求項1乃至7のいずれか一項に記載の培養方法。
【請求項12】
前記培養空間の表面に、リン脂質、または、リン脂質・高分子複合体が固定化されていることを特徴とする請求項1乃至7のいずれか一項に記載の培養方法。
【請求項13】
前記培養空間の表面が、ガラス処理により、水接触角を45度以下になるように処理した後、温度、光のいずれかにより親水性と疎水性とが変化するポリマー、細胞接着を阻害する親水性のポリマー鎖、及び、リン脂質、または、リン脂質・高分子複合体のうちのいずれか一つのポリマーが、前記培養容器の表面に固定化されていること特徴とする請求項1乃至7のいずれか一項に記載の培養方法。
【請求項14】
前記培養空間の表面が、プラズマ処理により官能基を形成させて水接触角を45度以下になるように処理された後、温度、光のいずれかにより親水性と疎水性とが変化するポリマー、細胞接着を阻害する親水性のポリマー鎖、及び、リン脂質、または、リン脂質・高分子複合体のうちのいずれか一つのポリマーが、前記培養容器の表面に固定化されていること特徴とする請求項1乃至7のいずれか一項に記載の培養方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、従来の二次元培養(平面上の培養)と同様の操作で、二次元培養では不可能であった均一なサイズの接着性細胞のスフェロイドを培養する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、細胞培養技術によって培養した細胞が薬剤の薬効試験や毒性試験に利用されるようになってきた。しかしながら、従来の培養技術で培養した細胞は、細胞が二次元方向に広がり、生体内と大きく異なった形状をしている。このため、本来の細胞機能を有しておらず、薬の生体内での挙動を反映できないといった問題があった。
【0003】
そこで、近年、生体内の組織の形態を模倣したスフェロイド培養法が注目されるようになってきた。例えば、96マルチウェルプレートの底面をロート状にしてその中に1個のスフェロイドを形成させる方法が開示されている(特許文献1)。また培養底面に、微細なハニカム構造体を形成させることで、細胞の機材に対する接着性を弱めることで、スフェロイドを形成させる手法(特許文献2)や、外因性の細胞凝集剤を用いる方法(特許文献3)などが挙げられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第2716646号公報
【特許文献2】特開2002−335949号公報
【特許文献3】特開2008−22743号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1の培養方法では、一つの容器内に1個のスフェロイドを浮遊した状態で形成させる。この方法では、培地交換時に細胞が脱離しやすいため、培地交換時の操作が煩雑になるといった問題がある。加えて、一つの容器内に1個のスフェロイドを形成させるため、たとえば、6、12、24、384ウェルプレート、あるいは、フラスコ形状の容器に適用するのは困難であった。
また、特許文献2,3の培養方法では、上述した培養プレートやフラスコ形状の容器に適用できる一方、スフェロイドの大きさを制御することができない。このため、均一な直径を有するスフェロイドを作成することができないという問題がある。
【0006】
このように、従来の培養方法では、市販されているウェルプレートやフラスコ形状の容器に適用するには限界がある、もしくは、適用できるとしても、スフェロイドの直径を制御することが困難であった。そのため、各種培養容器の形状に適用可能で、かつ、スフェロイドの大きさを制御することによって、均一な直径を有する接着性細胞のスフェロイドを培養できる新たな方法が求められていた。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係る接着性細胞の培養方法の一態様は、培養容器として、相当直径が所望するスフェロイドの直径の1から5倍であり、高さが前記相当直径の0.3倍から5倍である培養空間を2つ以上配置するととともに、該培養空間表面の水接触角が45度以下である容器を選択する。選択した培養容器に配置された複数の培養空間それぞれで接着性細胞のスフェロイドを培養する。培養したいスフェロイドのサイズに応じた培養空間が形成された培養容器を用いることによって、培養するスフェロイドのサイズを制御する。これにより、所望のサイズのスフェロイドを得ることができる。
【0008】
本発明に係る接着性細胞の培養方法の一態様において、培養空間の相当直径が100μmから5000μmの範囲であることが好ましい。加えて、隣り合う培養空間を隔てる壁の厚さが、5μmから50μmの範囲であることが好ましく、隣り合う前記培養空間を隔てる壁の上面と側面とがなす角度が90度から135度の範囲であることが好ましい。
また、培養したスフェロイドすべてのうち60%以上が、培養後のスフェロイドの直径の平均値のプラスマイナス5%の範囲内の直径であることが好ましく、スフェロイドが、がん細胞であることが好ましい。
【0009】
さらに、培養容器がアクリル系樹脂、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、スチレン系樹脂、アクリル・スチレン系共重合樹脂、ポリカーボネート系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリビニルアルコール系樹脂、エチレン・ビニルアルコール系共重合樹脂、熱可塑性エラストマー、塩化ビニル系樹脂、及びシリコン樹脂のうちの1つまたはこれらの組み合わせからなる樹脂成形品であることが好ましい。
加えて、培養空間の表面が、ガラス処理により、または、プラズマ処理で官能基を形成させることにより、水接触角を45度以下になるように処理されたことが好ましい。
さらに加えて、培養空間の表面に、温度、光のいずれかにより親水性と疎水性とが変化するポリマーがコートされていること、細胞接着を阻害する親水性のポリマー鎖が固定化されていること、及び、リン脂質、または、リン脂質・高分子複合体が固定化されていること、のうちのいずれかが実施されていることが好ましい。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、従来の二次元培養と同様の操作で均一なサイズの接着性細胞のスフェロイドを高密度に培養することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の実施形態に係る培養容器の構成例を示す図である。
図2図1に示す培養容器のII−II線に沿った断面図である。
図3】培養プレートのウェル内に本実施形態の培養容器を形成した構成例を説明する概略図である。
図4】培養空間でスフェロイドを培養する状態を表す概略図である。
図5A】培養空間の他の形状例を示す図である。
図5B】培養空間のさらに他の形状例を示す図である。
図6A】培養空間の他の側面の形状例を示す断面図である。
図6B】培養空間のさらに他の側面の形状例を示す断面図である。
図6C】培養空間のさらに他の側面の形状例を示す断面図である。
図7】実施例1の結果を示す写真である。
図8】実施例2の結果を示す写真である。
図9】比較例1の結果を示す写真である。
図10】比較例2の結果を示す写真である。
図11】実施例3の結果を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。ただし、本発明が以下の実施の形態に限定される訳ではない。説明の明確化のため、以下の記載及び図面は、適宜省略及び簡略化がなされている。各図面において同一の構成または機能を有する構成要素及び相当部分には、同一の符号を付し、その説明は省略する。
【0013】
図1に、本発明の実施形態に係る培養容器の構成例を示す。図2図1のII−II線に沿った断面図を示す。
培養容器10は、培養空間11と、壁12と、底部13とを有する。
培養空間11は、壁12と底部13とで仕切られた領域であり、細胞を培養する三次元の空間領域(培養領域)となる。培養空間11は、単に「空間」または「マイクロ空間」とも称する。
壁12は、培養空間11を仕切る隔壁であり、培養容器10に凹凸パターンを形成する凸部ともいえる。
底部13は、培養容器10の基板として機能するとともに、培養空間11が配置される側の表面は、培養領域(培養表面)の一部となる。
【0014】
図1,2では、培養容器10における培養空間11に関して、相当直径D、高さH、壁12の幅W(厚さ)、及び、底部13の厚さTを示す。図1,2では、底部13は、壁12と一体として作製された場合を示している。
相当直径Dは、培養空間11に内接する内接円の直径をいう。より詳しくは、相当直径Dは、培養空間11の底部13と平行する面の形状(正面の形状)、言い換えると、培養空間11の高さHの方向と垂直になる面の形状の内接円の直径をいう。培養空間11の正面の形状が、高さHに応じて異なる場合、接着性細胞を培養する空間領域の最大値を相当直径を相当直径とする。
高さHは、培養空間11の底から壁12の上面までの長さであり、培養空間11の深さでもあるともいえる。また、培養底面が平面の場合は高さHは、壁12の高さと同じである。壁12の幅Wは、隣接する培養空間11間の距離であるともいえる。
【0015】
発明者らは、相当直径Dが所望するスフェロイドの直径の1〜5倍であり、高さH(深さ)が相当直径Dの0.3倍〜5倍である培養空間11を複数有するとともに、該培養空間表面の水接触角が45度以下である培養容器10を使用し、各培養空間11で接着性細胞を培養することによって、均一な直径の接着性細胞のスフェロイドを培養することができることを見出した。従って、所望するスフェロイドの大きさに応じて、培養容器10に配置される培養空間11の大きさを選択することにより、培養するスフェロイドの大きさを制御することが可能になる。
【0016】
図3は、培養プレートのウェル内に本実施形態の培養容器を形成した構成例を説明する概略図である。培養プレート1は、複数のウェル21が形成され、隣り合うウェル21同士は仕切り部22によって隔てられる。各ウェル21は、培養容器10に対応し、複数の培養空間11と壁12とを含む。
各ウェル21内、言い換えると、培養容器10内において、複数の培養空間11は、図1に示すようにアレイ状に配置される。各ウェル21に含まれる培養空間11の数は、培養プレートに作製されるウェル21の数(ウェル21の大きさ)と培養空間11及び壁12の大きさに依存するものである。図3では、構成を説明するための、培養空間11の数を少なくして表した概略図であり、各ウェル21に含まれる培養空間11の数は実際とは異なる。加えて、図1、2では、9個の培養空間11を示している。これは説明のために示したものであり、実際の培養容器10(ウェル21)に含まれる培養空間11の数に対応するものではない。
【0017】
図1〜3を参照して、所望のスフェロイドを形成させるためのマイクロオーダの培養空間11の形状、大きさの一例と、培養表面の親水化処理方法、培養方法を詳細に説明する。
培養空間11の相当直径について、スフェロイドの大きさが、細胞が増殖するに従いその直径が大きくなることを考慮する必要がある。そこで重要なことは、スフェロイドが隣り合う培養空間11の細胞と接触しないような培養空間11を確保することである。従って、培養空間11の相当直径Dは、所望するスフェロイドの直径の1〜5倍の範囲が好ましく、1.5〜3倍の範囲がより好ましい。
本発明の培養方法の一態様では、直径100μmの接着性細胞のスフェロイドを形成させるために、所望するスフェロイドの直径の1〜5倍の範囲、即ち、相当直径Dが100〜500μmの範囲で、高さHが相当直径の0.3〜5倍の範囲の培養空間11が規則的に配置されている底部13を有する培養容器10を用いる。
【0018】
例えば、接着性細胞であるがん細胞を培養する場合を検討する。非特許文献1(Juergen Friedrichら著、"Spheroid-based drug screed: considerations and pracitical approach"、Nature Protocols vol.4 No.3 2009、 pp309-324)によれば、接着性細胞を薬物のスクリーニングに用いる場合、増殖したがん細胞は、小さいものでは200μm、最大のスフェロイドサイズでは、由来する臓器によってさまざまで、1000μm以上に増殖するものもある。加えて、生体内における腫瘍に特徴的な腫瘍中心で起こる二次的な細胞死と類似した現象は、500μm〜600μmのスフェロイドで見られる。これらから、培養空間11の相当直径は、200μm〜4000μmの範囲が好ましく、500μm〜3000μmの範囲がより好ましい。
【0019】
培養空間11の高さHについて、本発明の培養空間11は、一般的な培養方法で用いる空間に比べて深い空間を用いる。具体的には、一般的な培養方法では、接着性細胞は、培養空間11の表面との細胞接着性を強めることで、増殖・維持させている。この培養方法では、アミノ酸や酸素供給性を高めるため、本実施形態のような、培養空間11の相当直径Dが所望するスフェロイドの直径の1〜5倍の範囲、高さHが相当直径Dの0.3〜5倍の範囲という、深い空間では培養しない。
一方、本発明では、後述するように細胞接着性を抑制しているため、アミノ酸や酸素などの供給が可能、かつ、スフェロイドが脱離しない最適な高さHを設計する必要がある。培養空間11に関して、さまざまな高さH、相当直径Dを検討した結果、培養空間11の高さHの最適な範囲は、培養空間11の相当直径Dの0.3倍〜5倍の範囲であり、0.5〜2倍の範囲がより好ましいことを見いだした。その理由の一つは、培養空間11の高さHは、培地交換時にスフェロイドが培養空間11から脱離しなければよく、かつ、培地中に含まれるアミノ酸や酸素供給栄養分を十分に行うために空間の深さは浅いほどよいからである。
【0020】
壁12の幅Wは、培養空間11と隣接する培養空間11を隔てる壁12の厚みである。従って、壁12の幅Wは、壁12の上面での細胞増殖を防ぐため、かつ、細胞が培養空間11内に入りやすくするため、5〜50μmの範囲がよく、好ましくは、細胞体1個以下の大きさ、即ち5〜30μmの範囲が好ましく、5〜10μmの範囲がより好ましい。さらに、同様の観点から、壁12の上面と培養空間11の側面とのなす角θは、90〜135度の範囲が好ましく、90度〜120度の範囲がより好ましい。
【0021】
図4に、培養空間11でスフェロイドを培養する状態を表す概略図を示す。図4では、図2に示す断面図を用い、スフェロイド9を、○印で示す。スフェロイド9は、複数の培養空間11それぞれにおいて培養される。
図3に示す培養プレート1で培養する場合、ウェル21毎に培養条件の設定、培地の交換等を実施することになる。そのため、各ウェル21に複数の培養空間11を形成することが可能であるため、同条件で複数のスフェロイドを培養することが可能になる。加えて、ウェルプレートを用いてスフェロイドを培養することができるため、従来の細胞培養で用いる装置等を利用することが可能になる。
スフェロイド9の直径DSPを値dsp(dspは正の数値)とすると、培養空間11の相当直径Dは、値dspから値dspの5倍の範囲(dsp≦D≦5dsp)となる。また、培養空間11の高さHは、値dspの0.3倍から値dspの25倍(5×5)の範囲(0.3dsp≦H≦25dsp)となる。
【0022】
培養空間11の形状(正面の形状)、あるいは、底部13と平行な面の形状は、図1に示す形状に限定されるものではなく、例えば、図5A〜5Bに示すような形状であっても、その他の形状(楕円や菱形など)であってもよい。より高密度で均一な直径を有するスフェロイドを形成させるためには、左右対称構造であることが好ましい。
培養空間11の側面の形状は、図2に示す円柱状に限定されるものではなく、例えば、図6A〜6Cに示すような形状であってもよい。
【0023】
培養容器10を構成する材料としては、アクリル系樹脂、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、スチレン系樹脂、アクリル・スチレン系共重合樹脂、ポリカーボネート系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリビニルアルコール系樹脂、エチレン・ビニルアルコール系共重合樹脂、熱可塑性エラストマー、塩化ビニル系樹脂、及びシリコン樹脂のうちの1つまたはこれらの組み合わせから選択される。
【0024】
培養容器10の底部13の厚さTは、観察性の観点から、1mm以下が好ましい。ただし、顕微鏡での観察に支障をきたさない限り、1mm以上であってもよく、底部13の厚さTを限定するものではない。培養容器の底部13の観察性を確保することにより、培養プレートをそのまま用いて、培養したスフェロイドを観察することが可能になる。
【0025】
次に培養表面の特性について説明する。培養表面は、各培養空間11内に培地を入れるため、また、コーティング溶液を用いる場合には、その溶液が培養空間11内に入り込まなければ表面を覆うことができないため、水接触角を45度以下にすることが好ましい。より好ましくは0度〜20度の範囲である。また、水接触角の値は、培養空間11と壁12の凹凸パターンが形成されていない平板を、培養容器10と同条件で作製して測定した値を前提とする。
【0026】
培養空間11をアレイ状に配置した表面に関して、当該表面の疎水性が高く水接触角が45度を超えると、すなわち濡れ性が低い場合は、培地やコート溶液を添加した際、空間に気泡が入りやすくなり、細胞が培養できない空間が生じることがある。そのため、水接触角が45度以下になるよう、親水化を行うことが必要である。親水化する方法としては、SiOを蒸着する方法や、プラズマ処理を行う方法が挙げられる。
【0027】
加えて、スフェロイドの形成率を向上させるために、細胞接着性を抑制した方がよい。細胞接着性を抑制するためには、水接触角が45度以下、好ましくは40度以下、より好ましくは20度以下になるような表面を用いることで可能になる。細胞接着性を抑制することと、水接触角との関係については、例えば、非特許文献1(Y Ikada著、"Surface modification of polymers for medical applications"、 Biomaterials 1994, vol.15 No.10, pp725-736)に記載されている。
水接触角を45度以下にする方法としては、ガラスを培養底面に蒸着する方法、プラズマ処理法を用いて、表面に官能基を形成させる方法が挙げられる。プラズマ処理などにより、表面に官能基を形成させる、または、光や温度により親水・疎水性が制御可能なポリマーをコートする方法を用いることができる。さらに、リン脂質・高分子複合体をコートしてもよい。上述した表面処理を行った後、ポリエチレングリコールやリン脂質−高分子複合体などの親水性ポリマーを固定化しても良い。
【実施例】
【0028】
以下に、本発明に係る細胞培養方法の実施例について説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0029】
[実施例1、2、比較例1]
1.培養容器の作製
実施例1,2及び比較例1について、図1,2に示す培養空間11が規則的に配列している培養容器10であって、以下の相当直径D、幅W、及び高さHのパターンをフォトリソグラフィにより作製し、Ni電解メッキを行い、対応する凹凸形状を有する金型を得た。
・実施例1:D=100μm、W=20μm、H=50μm(H/D=0.5)
・実施例2:D=200μm、W=20μm、H=100μm(H/D=0.5)
・比較例1:D=200μm、W=20μm、H=50μm(H/D=0.25)
実施例1,2,比較例1は、その金型を用い、ホットエンボス成形によりポリスチレン上に凹凸パターン形状の転写を行い、上記寸法の樹脂基材を作製した。その樹脂基材表面へ真空蒸着により二酸化ケイ素膜を100nm形成させたフィルムを作製し、ポリスチレン製の底面のない24穴プレートに、レーザ溶着法でフィルムを貼り付けた後、γ線滅菌を行った。このようにして、各ウェルに複数の培養空間11を有する培養容器10を形成した24ウェルの培養プレートを作製した。
比較例2は、市販(ベクトン・ディッキンソン製、ファルコン(登録商標))のγ線滅菌済み平面状の24ウェル培養プレートを用いた。比較例2は、平面状で培養する、従来の二次元培養となる。
【0030】
すべての培養プレートは水接触角が45度以下であった。水接触角は、自動接触角測定装置 OCA20(英弘精機株式会社製)を用いて測定した。実施例1、2、及び比較例1の培養プレートについては、培養空間11を形成する凹凸パターンのない平板のプレートを同条件で作製して水接触角を測定した。比較例2については、目視にて明らかに水接触角が45度以下であることが確認できた。
【0031】
2.細胞培養及び観察
全ての培養プレートのウェルに、1vol%MPC溶液を300μL入れ、4℃で24時間放置した後、アスピレータで溶液を吸い取り、完全に乾燥させた培養プレートを用いた。
細胞はHuman HT29 Colon Cancer(DSファーマバイオメディカル社)を用いた。
【0032】
培養フラスコ(CORNIGN社製)を用い、37℃、5vol%COインキュベータ内で、所定の細胞数まで増殖させた。培地は、10vol%ウシ胎児血清(FBS:Fetal Bovine Serum)を含むDMEM(Dulbecco's Modified Eagle Medium)(SIGMA社製)培地を用いた。培養フラスコ(CORNIGN社製)で、5vol%COインキュベータ内で、所定の細胞数まで増殖させた。増殖させた細胞を、0.25vol%トリプシン溶液を用いて培養底面から剥離し、遠心分離法にて細胞を回収した。回収した細胞を、10vol%ウシ胎児血清を含むDMEM培養液を入れ、細胞濃度が、500,000個/cmになるように細胞を播種した。その後、細胞を37℃、5vol%COインキュベータ内で24時間培養した。
【0033】
細胞培養後、倒立顕微鏡を用いて観察を行った。
観察結果について、スフェロイド形成率(A)、スフェロイド直径平均(DAv)、及び、スフェロイド直径の平均値±5%の直径のスフェロイドの割合(B)を以下の計算式を用いて計算した。計算結果を表1に示す。
・スフェロイド形成率A(%)=
(スフェロイドの個数)×100/(倒立顕微鏡で観察した1視野の空間の数)
・スフェロイド直径平均DAv(μm)=
(各スフェロイドの直径の合計値)/(スフェロイド全ての数)
・スフェロイド直径の平均値±5%の直径のスフェロイドの割合B(%)=
(平均値±5%の直径のスフェロイドの数)×100/(スフェロイド全ての数)
【0034】
【表1】
【0035】
図7〜10に、実施例、比較例の条件で培養したスフェロイドを、倒立顕微鏡で撮影した写真を示す。
【0036】
[実施例3]
1.培養容器の作製
図1,2に示す培養空間11が規則的に配列している培養容器10であって、以下の相当直径D、幅W、及び高さHのパターンをフォトリソグラフィにより作製し、Ni電解メッキを行い、対応する凹凸形状を有する金型を得た。
D=200μm、W=200μm、H=100μm(H/D=0.5)
実施例3では、この金型と96穴プレートとを用いたことを除いて、実施例1,2と同様の方法で培養プレートを作製し、96ウェルの培養プレートを得た。
【0037】
2.細胞培養及び観察
全ての培養プレートのウェルに、培養表面をマイクロ波プラズマ処理の後、燐酸緩衝液で洗浄した後、0.01vol%MPC溶液でコートした。クリーンベンチ内で室温下にて24時間放置しMPC溶液を乾燥させた。
細胞は、HepG2を用いた。
培地は10vol%ウシ胎児血清を含むDMEM培養液を用いた。培養方法は、実施例1,2と同様である。
【0038】
図11に実施例3の結果を示す。図11の写真に示すように、HepG2を培養した場合にも培養容器10内にスフェロイドが形成されていることが観察される。
【0039】
なお、本発明は上記実施の形態に限られたものではなく、趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更することが可能である。
【0040】
この出願は、2011年9月20日に出願された日本出願特願2011−204796を基礎とする優先権を主張し、その開示の全てをここに取り込む。
【符号の説明】
【0041】
1 培養プレート
9 スフェロイド
10 培養容器
11 培養空間
12 壁
13 底部
21 ウェル
22 仕切り部
図1
図2
図3
図4
図5A
図5B
図6A
図6B
図6C
図7
図8
図9
図10
図11