特許第6321252号(P6321252)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6321252イリジウム錯体からなる化学蒸着用原料及び該化学蒸着用原料を用いた化学蒸着法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6321252
(24)【登録日】2018年4月13日
(45)【発行日】2018年5月9日
(54)【発明の名称】イリジウム錯体からなる化学蒸着用原料及び該化学蒸着用原料を用いた化学蒸着法
(51)【国際特許分類】
   C23C 16/16 20060101AFI20180423BHJP
   C23C 16/18 20060101ALI20180423BHJP
   H01L 21/285 20060101ALI20180423BHJP
   C07F 15/00 20060101ALI20180423BHJP
【FI】
   C23C16/16
   C23C16/18
   H01L21/285 P
   C07F15/00 E
【請求項の数】4
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2017-59958(P2017-59958)
(22)【出願日】2017年3月24日
【審査請求日】2018年3月5日
(73)【特許権者】
【識別番号】509352945
【氏名又は名称】田中貴金属工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000268
【氏名又は名称】特許業務法人田中・岡崎アンドアソシエイツ
(72)【発明者】
【氏名】原田 了輔
(72)【発明者】
【氏名】重冨 利幸
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 和治
【審査官】 塩谷 領大
(56)【参考文献】
【文献】 特開2017−008351(JP,A)
【文献】 特開2016−211049(JP,A)
【文献】 特開2014−037390(JP,A)
【文献】 特開2005−232142(JP,A)
【文献】 特開2005−225855(JP,A)
【文献】 特開2010−173979(JP,A)
【文献】 特表2010−504424(JP,A)
【文献】 LICHTENBERGER Dennis L., et al.,Electron Distribution and Bonding in η3-Cyclopropenyl-Metal Complexes,Organometallics,1993年,12,2025-2031
【文献】 HUGHES Russell P., et al.,Preparation and Dynamic Behavior of η3-Cyclopropenyl Complexes of Cobalt, Rhodium, and Iridium. Crystal and Molecular Structure of [Ir(η3-C3tBu3)(CO)3],Organometallics,1993年,12,3069-3074
【文献】 SHEN Jian-Kun, et al.,Kinetics of CO Substitution in Reactions of η3-Cyclopropenyl Complexes of Iron, Cobalt, Rhodium, and Iridium with Phosphorus Ligands. First Examples of a Dissociative Mechanism for CO Substitution in the Cobalt Triad Carbonyl Complexes,J.Am.Chem.Soc.,1993年,115,11312-11318
【文献】 HUGHES Russell P., et al.,Reversible Insertion of Iridium into a Cyclopropencyl Carbon-Carbon Bond,Organometallics,1994年,13,4664-4666
【文献】 HUGHES Russell P., et al.,η3-Cyclopropenyl Is Isolobal with NO, but Not with η3-Propenyl(Allyl): Evidence from Conformational Preferences and Rotational Barriers in Alkene and Alkyne Complexes of Iridium,Organometallics,1993年,12,4736-4738
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 16/16
C07F 15/00
C23C 16/18
H01L 21/285
JSTPlus(JDreamIII)
JST7580(JDreamIII)
JSTChina(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学蒸着法によりイリジウム薄膜又はイリジウム化合物薄膜を製造するための化学蒸着用原料において、
イリジウムに、シクロプロペニル又はその誘導体、及び、カルボニル配位子が配位する、次式で示されるイリジウム錯体からなる化学蒸着用原料。
【化1】
(式中、シクロプロペニル配位子の置換基であるR〜Rは、それぞれ独立して、水素又は炭素数1以上4以下の直鎖状又は分岐状のアルキル基である。)
【請求項2】
及びRがt−ブチル基であり、Rがメチル基、エチル基、イソプロピル基、t−ブチル基のいずれかである請求項1に記載の化学蒸着用原料。
【請求項3】
イリジウム錯体からなる原料を気化して原料ガスとし、前記原料ガスを基板表面に導入しつつ加熱して、前記イリジウム錯体を分解するイリジウム薄膜又はイリジウム化合物薄膜の化学蒸着法において、
前記原料として請求項1又は請求項2記載の化学蒸着用原料を用いる化学蒸着法。
【請求項4】
反応ガスとして還元性ガスを使用する請求項3記載の化学蒸着法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、化学蒸着法によりイリジウム薄膜又はイリジウム化合物薄膜を製造するための、イリジウム錯体からなる化学蒸着用原料に関する。詳しくは、適度な熱安定性を有し、反応ガスとして還元性ガスを適用できる化学蒸着用原料に関する。
【背景技術】
【0002】
DRAM、FERAM等の各種半導体デバイスの薄膜電極材料としてイリジウム又はイリジウム化合物からなる薄膜(以下、イリジウム含有薄膜と称する)が使用されている。これらイリジウム含有薄膜の製造法としては、CVD法(化学気相蒸着法)、ALD法(原子層蒸着法)といった化学蒸着法が適用されている。そして、化学蒸着法で使用される原料化合物として、従来から多くのイリジウム錯体からなるものが知られている。
【0003】
化学蒸着用原料を構成するイリジウム錯体としては、配位子としてシクロペンタジエン又はその誘導体であるシクロペンタジエニル配位子を含むイリジウム錯体よく知られている。例えば、特許文献1には、1−メチルシクロペンタジエニルと1,5-シクロオクタジエンが配位した、化1で示される(1−メチルシクロペンタジエニル)(1,5−シクロオクタジエン)イリジウムを化学蒸着用原料とするイリジウム含有薄膜の製造方法が記載されている。また、特許文献2には、1−エチルシクロペンタジエニルと1,3−シクロヘキサジエンが配位した、化2で示される(1−エチルシクロペンタジエニル)(1,3−シクロヘキサジエン)イリジウム等によるイリジウム含有薄膜の製造方法が記載されている。
【0004】
【化1】
【0005】
【化2】
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2001−181841号公報
【特許文献2】特開2005−232142号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
化学蒸着法においては、イリジウム錯体からなる原料を気化し、生じた原料ガスを基板表面に輸送してイリジウム錯体を分解することでイリジウム含有薄膜が製造される。この基板表面におけるイリジウム錯体の分解のためには、加熱を行うことが一般的である。また、原料ガスに酸素等の反応ガスを混合し、加熱と共に反応ガスの作用により錯体を分解させることもある。更に、プラズマ等の励起エネルギーを使用することもある。
【0008】
ここで、上記した従来の化学蒸着用原料を構成するイリジウム錯体は、熱安定性が高く、気化した後も安定した状態で基板上に輸送することができる。しかしながら、従来のイリジウム錯体は、その高い熱安定性に起因するいくつかの問題がある。
【0009】
即ち、従来のイリジウム錯体を原料として加熱のみで成膜する場合、錯体の配位子を構成する炭素等が不純物としてイリジウム含有薄膜中に残り、比抵抗上昇等の膜特性の悪化が生じる傾向がある。そのため、従来のイリジウム錯体によるイリジウム含有薄膜の製造では、酸素やオゾンを反応ガスとして使用することが多く、これにより膜質の改善が図られている。しかし、酸素及びオゾンの使用は、薄膜の下地(基板)の酸化の要因となるおそれがある。また、製造される薄膜についてみても、酸化イリジウムが生じやすくなり、純イリジウム薄膜や他の構成イリジウム薄膜の製造は困難となる。
【0010】
このような問題は、反応ガスとして水素等の還元性ガスを使用することができれば解決可能である。しかし、従来のイリジウム錯体は、水素等に対する反応性が乏しく、熱のみで成膜する場合と同様、膜質に問題を残すこととなる。
【0011】
更に、加熱及び反応性ガスの使用によらず、プラズマを利用することでも錯体の分解は可能であるが、下地へのダメージが懸念されることがある。そして、装置等の簡便性やプロセス制御の観点から、化学蒸着法における分解エネルギーとしては、やはり熱を主体とすることが好ましいといえる。
【0012】
そこで本発明は、イリジウム含有薄膜を製造するためのイリジウム錯体からなる化学蒸着用原料について、従来のものよりも容易に高品位のイリジウム含有薄膜を製造できるものを提供する。具体的には、酸素を使用しなくとも分解可能であり、適度な熱安定性を有するイリジウム錯体で構成された化学蒸着用原料を明らかにする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決する本発明は、化学蒸着法によりイリジウム薄膜又はイリジウム化合物薄膜を製造するための化学蒸着用原料において、イリジウムに、シクロプロペニル又はその誘導体、及び、カルボニル配位子が配位する、次式で示されるイリジウム錯体からなる化学蒸着用原料である。
【0014】
【化3】
(式中、シクロプロペニル配位子の置換基であるR〜Rは、それぞれ独立して、水素又は炭素数1以上4以下の直鎖状又は分岐状のアルキル基である。)
【0015】
これまで述べた従来の化学蒸着用原料を構成するイリジウム錯体は、シクロペンジエニル配位子を含む。本発明者等によれば、従来のイリジウム錯体の高い熱安定性は、このシクロペンジエニル配位子に起因する。本発明に係る化学蒸着用原料は、配位子としてシクロプロペニル又はその誘導体(シクロプロペニル配位子と称することがある)と、カルボニル配位子の両配位子を有するイリジウム錯体からなる。これらの配位子を適用するのは、イリジウム錯体の熱安定性を適度な範囲とするためである。このイリジウム錯体は、シクロペンジエニル配位子を含むイリジウム錯体よりも熱安定性が低くなっている。
【0016】
そのため、本発明のイリジウム錯体は、加熱と共に水素等の還元性ガスを適用することで分解可能であり、イリジウムを生成することができる。本発明のイリジウム錯体も配位子中に炭素は含まれているが、熱安定性を適切にしたことで、分解の際に炭素等の不純物を残留させることもない。従って、本発明によれば、高品位のイリジウム含有薄膜を製造することができる。
【0017】
また、本発明で適用されるイリジウム錯体は、化学蒸着用原料の基本特性として要求される蒸気圧も適切に高くなっている。これは、シクロプロペニル配位子の置換基R〜Rを水素又は炭素数1以上4以下のアルキル基に限定したことによる。
【0018】
以下、これらの利点を有する本発明に係る化学蒸着用原料のイリジウム錯体の各構成について、詳細に説明する。
【0019】
本発明で適用するイリジウム錯体では、シクロプロペニル配位子が配位する。イリジウム錯体の熱安定性を適切にするためである。シクロプロペニル配位子中の置換基R〜Rは、それぞれ独立して、水素又は炭素数1以上4以下の直鎖状又は分岐状のアルキル基である。置換基R〜Rの炭素数を1以上4以下に制限するのは、上記のとおり、イリジウム錯体の蒸気圧を考慮したからである。炭素数が過度に多くなると、蒸気圧が低くなるおそれがある。
【0020】
シクロプロペニル配位子の置換基R〜Rついては、R及びRがt−ブチル基であり、Rがメチル基、エチル基、イソプロピル基、t−ブチル基のいずれかとするのが好ましい。錯体構造を安定にして熱安定性を好適にするためである。
【0021】
そして、本発明で適用するイリジウム錯体では、シクロプロペニル配位子と共に、3つのカルボニル配位子が配位する。カルボニル配位子の選択は、金属イリジウムに対するシクロプロペニル配位子の結合力を勘案した結果である。シクロプロペニル配位子とカルボニル配位子を配位させたことで、イリジウム錯体の熱安定性を適切なものとしている。
【0022】
以上説明した、本発明のイリジウム錯体について、好適な錯体の具体例を下記の表に示す。
【0023】
【表1】
【0024】
次に、本発明に係る化学蒸着用原料を適用した、イリジウム含有薄膜の化学蒸着法について説明する。本発明に係る化学蒸着法では、これまで説明したイリジウム錯体からなる原料を、加熱することにより気化させて原料ガスを発生させ、この原料ガス中のイリジウム錯体を基板表面上で加熱し分解させてイリジウム薄膜を形成させるものである。
【0025】
この化学蒸着法における原料の形態に関し、本発明で適用されるイリジウム錯体は、常温で液体状態又は固体状態である。但し、固体であっても蒸気圧が高いので、昇華法にて容易に気化することができる。従って、本発明の化学蒸着法では、原料をそのまま加熱して気化させることができる。また、適宜の溶媒に溶解して溶液とし、それを加熱することで原料ガスを得ることもできる。原料の加熱温度としては、40℃以上120℃以下とするのが好ましい。
【0026】
気化した原料は、通常、キャリアガスと共に原料ガスとして基板上に輸送される。本発明のイリジウム錯体は、不活性ガス(アルゴン、窒素等)をキャリアガスとするのが好ましい。
【0027】
また、本発明に係る化学蒸着用原料は、反応ガスを使用せずともイリジウム含有薄膜の成膜が可能である。本発明のイリジウム錯体は、熱安定性が従来技術より低くなっており、加熱のみでも成膜が可能である。但し、不純物の残留の可能性を低減させつつ成膜するため、反応ガスを使用することが好ましい。この反応ガスをしては、水素、アンモニア、ヒドラジン、ギ酸、一酸化炭素等の還元性ガス種を適用できる。この還元性ガスを反応ガスとして使用できることは、適切な熱安定性を有するイリジウム錯体を適用する本発明の特徴である。本発明で、酸素やオゾン等の酸素原子を含むガス種を使用せずとも、イリジウム含有薄膜の成膜が可能である。
【0028】
もっとも、本発明は、反応ガスとして酸素の適用を忌避するものではない。イリジウム酸化物等のイリジウム化合物薄膜の成膜においては、酸素ガスを反応ガスとして適用できる。尚、反応ガスは、キャリアガスを兼ねることもできる。反応ガスは、気化したイリジウム錯体及び必要に応じてキャリアガスと混合されて、基板上に供給される。
【0029】
成膜時の成膜温度は200℃以上400℃以下とするのが好ましい。200℃未満では、成膜反応が進行し難く効率的な成膜ができなくなる。また、高温過ぎると不純物が混入し膜の純度が低下するおそれがある。尚、この成膜温度は、通常、基板の加熱温度により調節される。
【発明の効果】
【0030】
以上の通り、本発明に係る化学蒸着用原料を構成するイリジウム錯体は、イリジウムに配位する配位子を好適に選定したことにより、化学蒸着用原料に求められる範囲内で好適な熱安定性を有する。この熱安定性について本発明のイリジウム錯体は、化学蒸着用原料として取り扱うのに程よい安定性を有する。また、配位子及びその置換基を調整したことにより蒸気圧も好適な高さである。
【0031】
そして、本発明に係る化学蒸着用原料は、熱安定性を適切にしたことにより、水素等の還元性ガスを反応ガスとしてもイリジウム含有薄膜が製造できるようになっている。このとき、生成したイリジウム含有薄膜には炭素等の不純物の混入が抑制される。また、反応ガスとして酸素やオゾン等を使用することが必須でなくなるので、基板の酸化ダメージを懸念する必要もない。
【0032】
以上から、本発明に係る化学蒸着用原料は、近年の高度に微細化された半導体デバイスの電極形成に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0033】
図1】第1実施形態のイリジウム錯体のTG−DTA測定(窒素雰囲気下)の結果を示す図。
図2】第1実施形態のイリジウム錯体のTG−DTA測定(水素雰囲気下)の結果を示す図。
図3】第1実施形態のイリジウム錯体を原料として製造したイリジウム薄膜のSEM画像。
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下、本発明における最良の実施形態について説明する。
第1実施形態:本実施形態では、シクロプロペニル配位子及びカルボニル配位子が配位子とするイリジウム錯体として、下記式のトリカルボニル[η−1,2,3−トリ−t−ブチルシクロプロペニル]イリジウムを合成し、その物性測定と成膜試験を行った。
【0035】
【化4】
【0036】
[錯体の合成]
ビス(トリフェニルホスホラニリデン)アンモニウム・テトラカルボニルイリデート1.00g(1.19mmol)のジクロロメタン溶液5mLを用意した。この溶液に、1,2,3−トリ−t−ブチルシクロプロペニル・テトラフルオロボレート0.35g(1.19mmol)のジクロロメタン溶液10mlを滴下した。そして、この混合溶液を2時間撹拌した後、溶媒を減圧留去して得られた残渣物にヘキサンを加えて抽出を行った。
【0037】
抽出物からヘキサンを減圧留去し、得られた粗生成物について昇華精製を行った。以上の操作により、目的物であるトリカルボニル(η−1,2,3−トリ−t−ブチルシクロプロペニル)イリジウム0.34g(0.70mmol)を得た(収率59%)。以上の合成操作における反応式を次式に示す。
【0038】
【化5】
【0039】
[示差熱−熱重量測定]
本実施形態で製造したイリジウム錯体について物性評価を行った。この評価試験は、窒素雰囲気及び水素雰囲気のそれぞれの雰囲気中で示差熱−熱重量測定(TG−DTA)を行い、錯体の分解特性を検討した。この評価試験は、分析装置としてBRUKER社製TG−DTA2000SAを用い、イリジウム錯体試料(サンプル重量5mg)をアルミニウム製セルに充填し、昇温速度5℃/min、測定温度範囲室温〜400℃にて、重量変化を観察した。
【0040】
また、この物性評価試験では、従来技術のイリジウム錯体である(1−メチルシクロペンタジエニル)(1,5−シクロオクタジエン)イリジウム(比較例1)、(1−エチルシクロペンタジエニル)(1,3−シクロヘキサジエン)イリジウム(比較例2)についてもTG−DTAを行い、本実施形態の錯体との分解特性の相違を検討した。尚、これら比較例のイリジウム錯体は、各特許文献記載の方法で合成されたものを試料とした。
【0041】
まず、図1に窒素雰囲気で測定したTG−DTAの結果を示す。この図から、本実施形態のイリジウム錯体は比較例1、2の従来のイリジウム錯体に比べ、低温で重量減少が生じていることから、良好な気化特性を有することがわかる。また、本実施形態のイリジウム錯体は、分解温度も比較例1、2より低くなっており、より低温での成膜が可能となることが確認できる。
【0042】
次に、水素雰囲気で測定したTG−DTAの結果を図2に示す。水素雰囲気下でも本実施形態のイリジウム錯体は、比較例のイリジウム錯体に対し、低温で質量減少及び分解が生じ、窒素雰囲気下と同様の傾向が見られた。また、質量減少の終了も低温で完了していた。以上の結果から、本実施形態のイリジウム錯体は、水素雰囲気下で有効に分解可能であることが確認された。
【0043】
[成膜試験]
本実施形態に係るイリジウム錯体を原料として、CVD装置(ホットウォール式CVD成膜装置)によりイリジウム薄膜を成膜した。成膜条件は下記の通りであり、成膜温度及び成膜圧力を変化させてイリジウム薄膜を成膜した後、膜厚と薄膜の比抵抗を測定した。この成膜試験の結果を表1に、製造したイリジウム薄膜のSEM画像を図3に示す。
【0044】
基板:Si
成膜温度:250℃、300℃、350℃
試料温度(気化温度):45℃
圧力:3torr、15torr
反応ガス(キャリアガス):水素ガス
ガス流量:50sccm
成膜時間:30min
【0045】
【表2】
【0046】
図3から、本実施形態に係るイリジウム錯体を原料とすることで、いずれの成膜条件においても、水素ガスを反応ガスとしてイリジウム薄膜が製造できることが分かる。試験No.1〜4の各成膜条件による結果を比較すると、成膜温度が低く成膜時の圧力が高い方が、比抵抗が低い薄膜を製造できることがわかった。この成膜試験の結果、本実施形態に係るイリジウム錯体を適用することで、低温で水素との反応により良好なイリジウム膜を製造することができることが確認できた。
【0047】
第2実施形態:本実施形態では、シクロプロペニル配位子及びカルボニル配位子が配位子とするイリジウム錯体として、次式のトリカルボニル(η−1,2−ジ−t−ブチル−3−エチルシクロプロペニル)イリジウムを合成した。
【0048】
【化6】
【0049】
ビス(トリフェニルホスホラニリデン)アンモニウム・テトラカルボニルイリデート0.084g(0.10mmol)のアセトン溶液1mlを用意した。この溶液に、1,2−ジ−t−ブチル−3−エチルシクロプロペニル・テトラフルオロボレート0.028g(0.10mmol)のアセトン溶液2mlを滴下した。この混合溶液を1時間撹拌した後、溶媒を減圧留去して得られた残渣物にヘキサンを加えて抽出を行った。
【0050】
そして、抽出物からヘキサンを減圧留去することで、目的物であるトリカルボニル(η−1,2−ジ−t−ブチル−3−エチルシクロプロペニル)イリジウム0.015g(0.033mmol)を得た(収率33%)。以上の合成操作における反応式を次式に示す。
【0051】
【化7】
【0052】
第3実施形態:本実施形態では、シクロプロペニル配位子及びカルボニル配位子が配位子とするイリジウム錯体として、次式のトリカルボニル(η−1,2−ジ−t−ブチル−3−メチルシクロプロペニル)イリジウムを合成した。
【0053】
【化8】
【0054】
ビス(トリフェニルホスホラニリデン)アンモニウム・テトラカルボニルイリデート0.084g(0.10mmol)のアセトン溶液1mlを用意した・この溶液に、1,2−ジ−t−ブチル−3−メチルシクロプロペニル・テトラフルオロボレート0.027g(0.10mmol)のアセトン溶液2mlを滴下した。この混合溶液1時間撹拌した後、溶媒を減圧留去して得られた残渣物にヘキサンを加えて抽出を行った。
【0055】
そして、抽出物からヘキサンを減圧留去することで、目的物であるトリカルボニル(η−1,2−ジ−t−ブチル−3−メチルシクロプロペニル)イリジウム0.015g(0.036mmol)を得た(収率36%)。以上の合成操作における反応式を次式に示す。
【0056】
【化9】
【0057】
上記第2、第3実施形態で製造したイリジウム錯体について、第1実施形態と同様にしてTG−DTAを行ったところ、いずれのイリジウム錯体も従来技術よりも分解温度が低温であり、水素雰囲気下でも分解されやすいことが確認された。また、第2、第3実施形態で製造したイリジウム錯体について、反応ガスとして水素ガスを使用し、第1実施形態と同様の条件(250℃、3torr)で成膜試験を行ったが、第1実施形態と同等の良好なイリジウム薄膜が製造できたことを確認した。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明に係る化学蒸着用の原料は、構成するイリジウム錯体の熱安定性が適切な範囲にあり、水素ガスを反応ガスとしても良好な品質のイリジウム含有薄膜を製造可能とする。本発明は、DRAM、FERAM等の半導体デバイスの薄膜電極材料としての使用に好適である。
【要約】      (修正有)
【課題】適度な熱安定性を有するイリジウム錯体の提供。
【解決手段】化学蒸着法によりイリジウム薄膜又はイリジウム化合物薄膜を製造するための化学蒸着用原料において、イリジウムに、シクロプロペニル又はその誘導体、及び、カルボニル配位子が配位するイリジウム錯体からなる化学蒸着用原料。
(R〜Rは夫々独立して、H又はC1〜4の直鎖状/分岐状のアルキル基)
【選択図】図1
図1
図2
図3