(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
電気接点
用貴金属被覆板材には、従来から電気伝導性に優れた銅又は銅合金が利用されてきたが、近年の接点特性の向上が進み、銅又は銅合金をそのまま用いるケースは減少している。このような従来の材料に代わって銅又は銅合金上に各種表面処理した材料が製造・利用されている。特に電気接点
用貴金属被覆板材として多く利用されているものとして、電気接点部に貴金属めっきされた
板材がある。中でも金、銀、パラジウム、白金、イリジウム、ロジウム、ルテニウムなどの貴金属は、その材料の持つ安定性や優れた電気伝導率などから、各種電気接点
用貴金属被覆板材に利用されている。
【0003】
ところで、貴金属を電気接点
用貴金属被覆板材として使用する際は、貴金属と基材成分との拡散を防止するために、例えば特許文献1のように、貴金属層の下層に下地層と呼ばれる拡散防止層を導入することが、知られている(同文献、段落[0011]参照)。この下地層として、ニッケル、ニッケル合金、コバルト、コバルト合金などを用いることが知られている。
【0004】
しかし、近年の電気接点材の使用環境として、高温環境下において使用されるケースが多くなっている。例えば自動車のエンジンルーム内でのセンサー用接点材料などは、100℃〜200℃等の高温環境下で使用される可能性が高まっている。このため、従来の民生機器で想定された使用温度よりも高温における接点特性等の信頼性が求められている。特に接点特性の信頼性を左右する原因として、高温下では、基体成分の拡散および表面酸化により貴金属部の接触抵抗を増大させてしまうことが問題となっている。そのため、この基材成分の拡散抑制および酸化防止について種々検討がなされてきた。
【0005】
例えば、特許文献2には、表層に形成された貴金属層である銀または銀合金の結晶粒径を5μm以上とすることが記載され、これにより粒界を少なくして基体成分の拡散を抑制し、接触抵抗特性が安定化できることが開示されている(同文献、段落[0006][0008]参照)。
【0006】
しかし、特許文献1のように、単に貴金属層の下層に下地層を導入しただけでは、上述の高温環境下における接続信頼性が低下する場合がある。この場合、高温環境下になると基材成分の拡散速度が大きくなり、より貴金属層表層にまで拡散が進行しやすくなり、接触抵抗が増大しやすくなる。
【0007】
さらに、特許文献2のように、銀または銀合金の皮膜の平均結晶粒径を5μm以上とすることは、銀のように再結晶化して結晶粒が大きくなりやすい金属に適用できる技術である。しかし、その他の貴金属、例えばロジウム(Rh)やパラジウム(Pd)などは、融点が高く再結晶しにくいため、平均結晶粒径を5μm以上にするのは困難であった。さらに、この技術はニッケル層を基体とし、これに適用すると、粒径が5μm以上になる前に基体の拡散が進行し、表面で酸化物を形成することで接点特性を悪化させてしまうおそれがある。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記の従来技術の問題点を克服し、高温環境下、特に100℃以上の加熱が施された後においても基体成分の拡散を抑制して表面の貴金属層への到達を抑制することができる、長期信頼性の高い
電気接点用貴金属被覆
板材を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記問題に鑑み鋭意検討を進めた結果、導電性金属基体上の最表面に貴金属皮膜による貴金属層が形成されている
電気接点用貴金属被覆
板材であって、導電性金属基体と該貴金属層との間に下地層
を少なくとも1層以上
有しており、かつその下地層の平均結晶粒径が0.3μm以上
4.5μm以下である
電気接点用貴金属被覆
板材が、長時間にわたり高温の熱が加わった場合でも導電性金属基体成分の拡散を十分に防止できること、拡散した
基体成分の酸化等による接触抵抗の増大を防止できることを見出した。そしてその結果、貴金属層の厚さを従来以上に薄く形成できることを見出した。本発明者らはこれらの知見に基づきさらに検討を重ね、本発明を為すに至った。
【0011】
本発明の上記課題は以下の手段により解決される。
(1)導電性金属基体上の最表面に貴金属層を有する電気接点用貴金属被覆板材であって、
前記貴金属層が、金、金合金、銀、銀合金、白金、白金合金、パラジウム、パラジウム合金、ロジウム又はロジウム合金のうち、いずれか1層以上からなり、
前記貴金属層の厚さが、0.001〜1.10μmであり、
前記導電性金属基体と前記貴金属層との間に
、ニッケル、ニッケル合金、コバルト又はコバルト合金のうちいずれか1層以上
からなる下地層を有しており、
前記下地層の厚さが、0.010〜1.10μmであり、
前記下地層の平均結晶粒径が0.3μm以上4.5μm以下であ
り、
250℃16時間保持後の接触抵抗が10mΩ以下である
ことを特徴とする電気接点用貴金属被覆板材。
(2)前記導電性金属基体が、銅または銅合金、鉄または鉄合金、あるいはアルミニウムまたはアルミニウム合金からなる、(1)に記載の電気接点用貴金属被覆板材
。
(3)(1)
又は(2)に記載の電気接点用貴金属被覆板材を製造する方法であって、電気めっき法にて導電性金属基体上に下地層を形成する際、添加剤中の化合物の硫黄、炭素、窒素、塩素の元素濃度を合計で1000ppm以下とし、かつ、前記下地層を形成する際の電気めっきの電流密度を10A/dm
2未満として、前記下地層を形成した後、50〜150℃で0.08〜3時間の熱処理を行う、
又は、加工率10%以上で圧延加工することを特徴とする、電気接点用貴金属被覆板材の製造方法。
(
4)前記下地層を形成する際の電気めっきの電流密度を10A/dm
2以上とし、
前記下地層を形成した後、50〜150℃で0.08〜3時間の熱処理を行う、
又は、加工率10%以上で圧延加工する、(
3)に記載の電気接点用貴金属被覆板材の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、導電性金属基体上の最表面に貴金属層が被覆された電気接点用貴金属被覆
板材において、基体成分の拡散を抑制して耐熱性を向上させることができる。より詳しくは、下地層を構成する金属の平均結晶粒が所定の大きさを有しているため、下地層
中の結晶粒界が従来より少なく、基材成分が貴金属層へ拡散するのを低減することができる。従って、例えば250℃−16時間という高温長時間保持後においても、基体成分の貴金属中への拡散が抑制される。よって、高温環境下で使用されても
電気接点用貴金属被覆
板材の最表層の導電性が劣化しにくくなり、接触抵抗の増加が小さい。また、下地層の結晶粒径を大きく制御したことにより、下地層の弾性領域が大きくなり、その結果、下地層が厚くても曲げ加工性が向上した
電気接点用貴金属被覆
板材を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の
電気接点用貴金属被覆
板材およびその製造方法の好ましい形態について説明する。なお、本発明における貴金属とは、標準電極電位が正(プラス)の値を示す金属種を指している。
【0014】
(電気接点用貴金属被覆
板材)
<導電性金属基体>
本発明に用いる導電性基体成分としては、銅または銅合金、鉄または鉄合金、アルミニウムまたはアルミニウム合金等が好ましく、中でも導電率の良い銅または銅合金が好ましい。例えば銅合金の一例として、CDA(Copper Development Association)掲載合金である「C14410(Cu−0.15Sn、古河電気工業(株)製、商品名:EFTEC−3)」、「C19400(Cu−Fe系合金材料、Cu−2.3Fe−0.03P−0.15Zn)」、および「C18045(Cu−0.3Cr−0.25Sn−0.5Zn、古河電気工業(株)製、商品名:EFTEC−64T)」等を用いることができる。(なお、前記銅合金の各元素の前の数字の単位は銅合金中の質量%を示す。)。これら基体はそれぞれ導電率や強度が異なるため、適宜要求特性により選定されて使用されるが、導電性や放熱性を向上させるという観点からは、導電率が5%IACS以上の銅合金の条材とすることが好ましい。なお、銅または銅合金を金属基体として取り扱う時での本発明の「基体成分」とは、合金の場合は、基金属である銅のことを示すものとする(以下他の合金の場合も同様である)。また、鉄もしくは鉄合金としては、例えば、42アロイ(Fe−42質量%Ni)やステンレスなどが用いられる。このときの基体成分とは、鉄を示すものとする。基体の厚さには特に制限はないが、通常、0.05〜2.00mmであり、好ましくは、0.1〜1.0mmである。
【0015】
<下地層>
本発明における下地層を構成する金属は、所定の厚さで基体成分の拡散を防止でき、耐熱性を付与するものであれば特に制限はない。しかし、安価で被覆の容易なニッケル、ニッケル合金、コバルト、コバルト合
金のうちいずれかからな
る。これらの金属又は合金からなる下地層は、密着性向上および基体成分の拡散防止に効果的である。下地層は1層以上形成されていればよく、例えば銅層形成後にニッケル層を形成したり、さらにニッケル層形成後にコバルト層を形成したりするなど、2層以上で形成されていても良い。ただし、生産性やコストを考慮すると、3層以内とするのが望ましい。なお、銅を下地層として採用する際は、銅下地層と貴金属からなる最表層の間に、別の層を形成することが好ましい。これは、基体が銅または銅合金の際の銅成分の拡散防止を目的としているため、銅が貴金属層と直接接することは避ける必要があるためである。
【0016】
本発明における下地層の金属の平均結晶粒径は0.3μm以上
4.5μm以下とする。この結晶粒径は、電気接点用貴金属被覆
板材の平面に対して垂直な断面を観察することで測定する。耐熱性の効果は、下地層の平均結晶粒径が0.3μm以上
4.5μm以下であれば効果的であるが、さらに0.5μm以上
4.5μm以下がより好ましく、0.8μm以上
4.5μm以下が最も好ましい。上限についての制限はなく、平面に渡って結晶粒界の見られない、ほぼ単結晶状態が最も理想形態となる。このような平均結晶粒径を有する下地層が設けられた
電気接点用貴金属被覆
板材では、導電性金属基体の成分の拡散を抑制することができ、貴金属層の劣化防止に寄与する。
【0017】
さらに本発明において、下地層の厚さは特に限定しないが、例えば下地層が厚さ0.001〜5.000μmで形成されていることで、密着性及び耐熱性をより効果的に改善できる。下地層は、厚みが厚くなると曲げ加工性が悪化する傾向にあるので、1層以上の下地層の合計厚さが、最大でも5.000μmまで、好ましくは3.000μm以下、さらに好ましくは1.000μm以下で形成することが好ましい。本発明品は従来品(下地層の平均結晶粒径が0.3μmより小径である場合)に比べ、下地層の結晶一つ一つの弾性域が広がるので、曲げ加工性は良好になる。よって、従来品と同じ被覆厚である場合は曲げ加工性が優れる。厚さの下限値は、耐熱性改善効果を考慮し、0.001μm以上とする。従来の下地層厚は0.200〜2.000μm程度が必要であったが、本発明では、下地層の平均結晶粒径の粗大化があるため、下地層中の結晶粒界が従来より少なく、基材成分の貴金属層への拡散が低減することができる。よって、下地層の厚さを一層薄くできる。下地層の厚さは、好ましくは0.010〜1.000μmである。この厚さであっても、基体成分の拡散が従来品と同等以上に防止できる。この下地層は、スパッタ法や蒸着法、湿式めっき法などで常法により形成することもできるが、平均結晶粒径や厚さの制御の容易性や生産性を考慮すれば、特に湿式めっき法を利用するのが好ましく、さらに電気めっき法であることがより好ましい。
【0018】
<貴金属層>
また、本発明の電気接点用貴金属被覆板材の最表層となる貴金属層は、金、金合金、銀、銀合金、白金、白金合金、パラジウム、パラジウム合金、ロジウム、ロジウム合
金のうち、いずれかから選ばれた金属層を用いる。この貴金属層は、低接触抵抗のため接続信頼性が良好であり、かつ生産性の良い最表層が得られる。特に金、金合金、銀、銀合金、白金、白金合金、パラジウム、パラジウム合金、ロジウム、ロジウム合金が安定した接続信頼性の観点から好ましく、金、金合金、銀、銀合金、パラジウム、パラジウム合金がより一層好ましい。さらに、貴金属層は2層以上も設けられていても良い。貴金属層は、スパッタ法や蒸着法、湿式めっき法など通常の方法で形成できるが、被覆厚の制御容易性や生産性を考慮すれば、特に湿式めっき法を利用するのが好ましく、さらに電気めっき法であることがより好ましい。
【0019】
本発明において、耐熱性に優れた下地層を導入した効果として、従来被覆されていた貴金属層厚よりも薄く被覆しても、高温下で基体成分の表層までの拡散を抑制するように作用するため、長期信頼性に優れる。その結果、従来の被覆厚でももちろんのこと、貴金属層厚が例えば0.001〜0.500μmという従来の2/3以下程度の被覆厚でも従来製品と同等以上の信頼性が得られ、低コストで環境にやさしい
電気接点用貴金属被覆
板材を得ることが出来る。この貴金属層の厚さは、貴金属種によっても適宜選択されるが、例えば金、金合金、白金、白金合金、パラジウム、パラジウム合金、ロジウム、ロジウム合金においては、好ましくは0.05〜1.0μm、より好ましくは0.1〜0.5μmである。銀、銀合金においては、好ましくは0.2〜1.0μm、さらに好ましくは0.5〜1.0μmである。なお、
電気接点用貴金属被覆
板材の貴金属層とは、例えば上述の貴金属種を下地層よりも表層側に使用した層をすべて貴金属層と定義する。例えば、下地層にニッケル層、その上層にパラジウム層、さらにその上層に最表面を形成する金層が形成されている場合は、最表面を形成する金層と、金層と下地層との間にあるパラジウム層を含めて貴金属層と定義し、この場合は貴金属層が金とパラジウムの2層で構成されることになる。本発明で、貴金属層の厚さとは、特に断らない限り、貴金属層が複数で構成される場合はその合計した厚さを言う。
【0020】
なお、すでに下地層の結晶粒大径化により、常温はもちろん高温下での拡散が抑制され、耐熱性が向上されているため、従来の
電気接点用貴金属被覆
板材と比べ、同じ被覆厚ないしはそれ以下でも表層への基体成分の拡散が長期に亘り抑制される効果が得られるが、より一層の長期信頼性効果を得るためには、
電気接点用貴金属被覆
板材の貴金属層の平均結晶粒径も所定の大きさに制御することが好ましく、例えば貴金属層の少なくとも1層の平均結晶粒径が、0.3μm以上で形成されることが好ましく、さらに1.0μm以上であることがより好ましい。この平均結晶粒径の上限は特に制限するものではないが10μm以下が好ましい。特に、銀または銀合金においては、再結晶が比較的進行しやすいため、特に好ましい。
【0021】
この貴金属層の平均結晶粒径を制御する一つの手法としては、例えば貴金属層形成後に熱処理を行うことで達成することができるが、基体の拡散を進めない程度の熱処理に留める必要がある。そのためには、例えば温度50〜
150℃で、0.08〜3時間の熱処理を行うことが好ましい。この熱処理の温度が高すぎたり時間が長すぎたりすると熱履歴が過剰となり、基体成分の拡散が進行してしまい接続信頼性が低下してしまう可能性がある。上記の熱処理条件によって、貴金属層および下地層の再結晶化を十分に行うことができる。
【0022】
(
電気接点用貴金属被覆
板材の製造方法)
<下地層の粒径制御1>
本発明者らは、下地層の平均結晶粒径は、添加剤中の硫黄・炭素・窒素・塩素成分のうちいずれか1種類以上を含有する化合物の濃度によって左右されやすいということを見出した。添加剤が含有されためっき液では析出が微細になるため、これらの成分を極力排除(添加剤中の化合物の硫黄・炭素・窒素・塩素の元素濃度として1000ppm以下)することが重要である。よって、添加剤中の化合物の硫黄・炭素・窒素・塩素の元素濃度が合計で1000ppm以下であるめっき液を使用することで、下地層の形成時点で下地層の平均結晶粒径を0.3μm以上とすることに成功した。このように、硫黄・炭素・窒素・塩素の元素濃度を1000ppm以下にすることで、下地層の平均結晶粒径を0.3μm以上
4.5μm以下に制御でき、熱処理無しでも拡散防止能力に優れた下地を得ることができる。
【0023】
なお、硫黄・炭素・窒素・塩素成分は、添加剤として加えたもののみを指し、下地層を形成する金属を遊離させるための化合物の構成元素には適用しない。これは、例えばスルファミン酸ニッケルや塩化ニッケルを用いたニッケル浴の場合では、スルファミン酸に含まれるS(硫黄)や、塩化ニッケルに含まれる塩素などは除外する。よって、通常の添加剤を管理する滴定や赤外吸光分析等で検出できる添加剤濃度について示すものである。添加剤濃度は、添加剤中の化合物の硫黄・炭素・窒素・塩素の元素濃度として、好ましくは500ppm以下、さらに好ましくは100ppm以下である。そして、添加剤を使用しない不可避的不純物含有程度の0〜10ppmが最も好ましい。
【0024】
なお、下地層の電気めっき時の電流密度を10A/dm
2未満としてめっきを行うと、所望の下地層の平均結晶粒径を得やすい。添加剤中の化合物の硫黄・炭素・窒素・塩素の元素濃度が1000ppm以下である場合、再結晶を利用することなく初期析出から粒径が大きくなりやすい。電流密度は、初期析出から平均結晶粒径を大きくするには10A/dm
2未満であることが好ましいが、さらに8A/dm
2以下、さらに好ましくは5A/dm
2以下である。
【0025】
一方で、下地層の電気めっき電流密度を10A/dm
2以上で形成する場合は、後述する圧延加工や熱処理を施すことで、所望の下地層の平均結晶粒径を得ることができる。10A/dm
2以上の電流密度で析出して再結晶を利用する場合では、10A/dm
2以上で容易に達成することができるが、より好ましくは12A/dm
2以上、さらに好ましくは15A/dm
2以上であることがより一層好ましい。一方で電流密度の上限値は、めっき後の表面凹凸が顕著に現れないようにする必要があり、30A/dm
2以下とすることが好ましい。
【0026】
本発明によれば、下地層の平均結晶粒径を制御する手段として、上述した下地めっき中の添加剤の濃度管理以外にも、下記二通りの工程を更に行っても良い。
【0027】
<下地層の粒径制御2>
本発明によれば、下地層形成直後や下地層および貴金属層形成後に減面加工を行うことで、下地層に再結晶駆動力を導入して再結晶化しやすくすることができる。この場合の減面加工は、冷間圧延加工やプレス加工等の塑性加工で行うことが好ましい。(ここで、冷間圧延加工とプレス加工を併せて圧延加工等と略記する。)この場合、圧延加工等の塑性加工時の加工率(または減面率)が、10%以上、好ましくは30%以上、さらに好ましくは35%以上であることが好ましい。加工率が高いほど下地層に塑性加工が施されるため、塑性変形による欠陥エネルギーが蓄えられるので、これを解放することにより再結晶化が促進される。なお、再結晶は常温でも進行することがあるため、プレス加工後に必ずしも熱処理を必要とするものではない。ただし、加工率が高すぎると下地層に大きな亀裂が進展し、基体と最表層が接してしまい、逆に拡散が進行しやすくなる。なお、圧延加工等の加工率は、80%を超えると加工時の割れやクラックが生じやすくなることや、エネルギー負荷(圧延やプレスに必要な電力など)も増加するため、80%以下、好ましくは70%以下、さらに好ましくは60%以下であることが好ましい。
【0028】
なお本発明で規定する「加工率」(または減面率)とは、「(加工前の板厚−加工完了後の板厚)×100/(加工前の板厚)」で示される割合(%)のことを示すものである。
【0029】
また減面加工を施す場合は、例えば圧延加工の場合、圧延工程を何回行っても構わないが、圧延回数が増えると生産性が悪くなるため、圧延回数は少ない方が好ましい。なお圧延機に関しては、例えば冷間圧延機によって行う。圧延加工機は、通常、2段ロール、4段ロール、6段ロール、12段ロール、20段ロール等があるが、いずれの圧延加工機でも使用することができる。
【0030】
圧延加工に用いる圧延ロールは、ロール目の転写によって形成される
電気接点用貴金属被覆
板材表面において、凹凸が大きいと曲げ加工性や摺動接点として使用された際の耐磨耗性が劣化することを考慮すると、表面粗度の算術平均(Ra)で0.10μm未満、好ましくは0.08μm未満であることが好ましい。ここでは、塑性加工の代表例として、冷間圧延加工について説明したが、プレス加工(例えば、コイニング)の場合には、冷間圧延加工の場合と同様にして、塑性加工を施すことができる。プレス加工法の場合は、プレス圧力を0.1N/mm
2以上で圧力調整によって加工率を調整して塑性変形させることで達成できる。
【0031】
なお、減面加工後の熱処理工程は必須ではない。加工率にもよるが、通常、圧延直後から下地層金属の再結晶が始まる。この際、熱処理はあくまでも再結晶の活性化エネルギーを超えるための手段の一つであるため、更なる熱処理は行っても行わなくても良い。
【0032】
<下地層の粒径制御3>
本発明によれば、下地層の平均結晶粒径の粗大化を促進するために、下地層のめっき後に熱処理を行っても良い。バッチ型あるいは走間型などの手法によって熱処理(調質又は低温焼鈍ともいう)を施すことで、調質するとともに、下地層を再結晶化させることができる。ただし、基体の拡散を進めない程度の熱処理に留める必要がある。このような熱処理の条件は、上記の下地層の平均結晶粒径を0.3μm以上
4.5μm以下とするように定められる。熱処理の温度は、好ましくは50〜150℃、より好ましくは50〜100℃である。熱処理の時間は、好ましくは0.08〜3時間、より好ましくは0.25〜1時間である。この熱処理の温度が高すぎたり時間が長すぎたりすると熱履歴が過剰となり、基体の拡散が進行して接触抵抗を増大させてしまう。上記の熱処理の条件により、目的の下地層の再結晶化を促進することができる。
【0033】
以上述べてきたように、下地層の粒径制御1〜3の製造方法によれば、めっき後の下地層の平均結晶粒径を0.3μm以上
4.5μm以下に制御できる。その結果、被覆厚が薄くても、また下地層に高価な貴金属を使用しなくても、耐熱性に優れた下地層を形成でき、長期に渡って接続信頼性の高い
電気接点用貴金属被覆
板材を提供できるものである。
【0034】
<貴金属層の形成方法>
本発明における貴金属層は、導電性基材或いは下地層上の少なくとも貴金属皮膜の特性を必要とする部分(例えば、低接触抵抗、半田濡れ性、耐磨耗性、ワイヤボンディング性確保などを目的として使用される箇所)の表面に形成されていればよい。貴金属皮膜の特性を必要としない他の部分においては、貴金属層を設ける必要はなく、例えば電気めっき法であれば、片面のみのめっきや、ストライプめっき、スポットめっきなどの部分めっきで形成されていても良い。貴金属層が部分的に形成される
電気接点用貴金属被覆
板材を製造することは、高価な貴金属層が不要となる部分の貴金属使用量を削減できるので、経済的でコストダウンに寄与する。さらには環境負荷が少ない方法で
電気接点用貴金属被覆
板材を得ることができる。
【0035】
なお、貴金属層は公知の方法で設けることができる。貴金属層の平均結晶粒径は特に制限されるものではないが、0.3μm以上になるように形成するのが好ましく、1.0μm以上となるように形成するのが耐熱性向上の観点からより好ましい。貴金属層は、スパッタ法や蒸着法、湿式めっき法などで形成することができるが、平均結晶粒径や厚さの制御の容易性や生産性を考慮すれば、特に湿式めっき法を利用するのが好ましく、さらに電気めっき法であることがより好ましい。
【0036】
(平均粒径の測定方法)
なお、本発明における平均結晶粒径の測定は、断面観察により判定する。対象となる
電気接点用貴金属被覆
板材において、圧延平行断面をFIBにて切断することで、断面を露出した後、倍率を8000〜15000倍としてその断面をSIM観察する。次いで、得られた画像において、形成されている下地層部分の厚さ方向の中央部から基体平面方向に5μmの長さを線引きし、その線を下地層の結晶粒界が何本交差するかを観察し、5μmをその数で割ることにより結晶粒径と定義する。これを1視野当り任意箇所を3回測定し、合計で3視野、9箇所について行い数平均する。さらに下地層が複数層ある場合は、それぞれの層について測定を行い、その平均結晶粒径がいずれかの層が満足していればよい。これは、基体成分の拡散については結晶粒界が少ないことが拡散防止に効果的であることによる。従って平均結晶粒径が粗大である層が下地層として一層以上形成されていることが必要である。
【0037】
(
電気接点用貴金属被覆
板材の用途)
本発明にて得られた
電気接点用貴金属被覆
板材は、特に耐熱性に優れるので、結果的に各製造工程での熱履歴経過後の表層汚染が少なく、かつ長期信頼性に優れる。このため、コネクタ、摺動接点、タクトスイッチ、シートスイッチ、摺動接点などの電気的接続を必要とする電気接点に適用することで、長期信頼性に優れた電気接点材料として活用することができる。また、表層の基体成分の拡散が抑制されるため、例えばIC用リードフレームやQFN用リードフレームなどの半導体装置向けリードフレームや、LED、フォトカプラ・フォトインタラプタ用リードフレームなど、ワイヤボンディング性や半田濡れ性、さらには輝度劣化防止が望まれる光半導体装置用リードフレームにも好適に使用することができる。
【実施例】
【0038】
以下、本発明を実施例に基づきさらに詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0039】
実施例(発明例1
〜3、5〜23、27〜29)
厚さ0.2mm、幅50mmの表1に示す導電性金属基体に対して、下記に示す前処理(電解脱脂・酸洗工程)を行った。その後、表1に示す下地層および貴金属層を下記に示す条件で施して表1に示す発明例
、参考例を得た。ただし、銀めっきを行うものについては、銀ストライクめっきを行った。なお、下地層の結晶粒径の制御は、下地層を設ける際のめっき液において、添加剤中の化合物の硫黄・炭素・窒素・塩素の元素濃度を合計で1000ppm以下とすることによって行った。また、加えて、一部の試料には、圧延処理や熱処理を行った。
【0040】
圧延処理を実施した例では、下地層形成後に冷間圧延加工(日立製作所製6段圧延機使用、ワークロールの算術平均粗さRa≒0.03μm)を表1記載の加工率にて作製した。なお、圧延回数は1回とし、圧延後の板厚を0.2mmになるように初期の板厚を準備して施した。また、下地層の被覆厚は、加工率分を考慮して初期の被覆厚を厚く形成して準備した。このため、表1記載の被覆厚は、圧延加工後の被覆厚(μmで示した。)を示している。また熱処理を実施したものは、窒素還元雰囲気の管状炉を使用し、表1記載の熱処理温度および時間にて処理を行った。
【0041】
比較例1および従来例1、2
比較例1では、厚さ0.2mm、幅50mmの表1に示す導電性金属基体に対して、下記に示す前処理(電解脱脂・酸洗工程)を行った。その後、表1に示す下地層および貴金属層を下記に示す条件で施して表1に示す比較例を得た。このとき、下地層の結晶粒径の制御は、下地層を設ける際のめっき液において、添加剤中の化合物の硫黄・炭素・窒素・塩素の元素濃度を合計で1000ppm以上とすることによって行った。添加剤には、上村工業社製のPCニッケルを用いた。また従来例1は、特許文献1の実施例11を模擬して形成したものであり、また従来例2は、特開2011−214066に記載の実施例3の形態に金めっきしたものを準備した。
【0042】
なお、発明例
、参考例、比較例、従来例ともに、各被覆厚は蛍光X線膜厚測定装置(SFT−9400:SII社製)を使用し、コリメータ径0.5mmを使用して任意の箇所10点を測定し、その平均値を算出することで被覆厚とした。さらに下地層の平均結晶粒径を判定するため、FIBにより圧延方向平行断面試料を3視野作製後、SIM像観察を行って、下地層の面方向における長さ5μmを横切る粒界の数を1視野当り3箇所について数え、それをもとに合計9箇所の粒径を算出し、その平均値を示した。
【0043】
(前処理条件)
[カソード電解脱脂]
脱脂液:NaOH 60g/リットル
脱脂条件:2.5A/dm
2、温度60℃、脱脂時間60秒
[酸洗]
酸洗液:10%硫酸
酸洗条件:30秒 浸漬、室温
[Agストライクめっき]
めっき液:KAg(CN)
2 4.45g/リットル、KCN 60g/リットル
めっき条件:電流密度 5A/dm
2、温度 25℃
【0044】
(下地層めっき条件)
[Niめっき]
めっき液:Ni(SO
3NH
2)
2・4H
2O 500g/リットル、NiCl
2 30g/リットル、H
3BO
3 30g/リットル
めっき条件:温度 50℃
[Coめっき]
めっき液:Co(SO
3NH
2)
2・4H
2O 500g/リットル、CoCl
2 30g/リットル、H
3BO
3 30g/リットル
めっき条件:温度 50℃
【0045】
(最表層めっき条件)
[Auめっき]
めっき液:KAu(CN)
2 14.6g/リットル、C
6H
8O
7 150g/リットル、K
2C
6H
4O
7 180g/リットル
めっき条件:温度 40℃
[Pdめっき]
めっき液:Pd(NH
3)
2Cl
2 45g/リットル、NH
4OH 90ミリリットル/リットル、(NH
4)
2SO
4 50g/リットル
めっき条件:温度 30℃
[Ptめっき]
めっき液:Pt(NO
2)(NH
3)
2 10g/リットル、NaNO
2 10g/リットル、NH
4NO
3 100g/リットル、NH
3 50ミリリットル/リットル
めっき条件:温度 80℃
[Rhめっき]
めっき液:RHODEX(商品名、日本エレクトロプレイティングエンジニヤース(株)製)
めっき条件:温度 50℃
[Agめっき]無光沢めっき浴
めっき液:AgCN 50g/リットル、KCN 100g/リットル、K
2CO
3 30g/リットル
めっき条件:温度 30℃
【0046】
このようにして得られた発明例
、参考例、比較例、従来例の電気接点用貴金属被覆板材について下記のようにして各特性試験を行った。
(1A)接触抵抗測定:4端子法にて、最表層形成後の接触抵抗測定を実施した。測定は、最表層形成直後および250℃−16hr.の熱処理を大気雰囲気にて高温槽で処理後の2水準とし、熱処理前後の接触特性について評価を行った。評価は、半径2mmのAgプローブを使用し、10mA通電、荷重10gfで測定点10点の平均値を算出して接触抵抗を測定した。
(1B)AES(オージェ)分析:前記加熱試験後の試験片について、最表層の分析をオージェ分光分析装置(アルバック社製)を用いて測定した。測定は、最表層の定性分析を実施し、その表層に拡散して検出された基体成分量を原子%にて表示した。なお、銅または銅合金の場合は銅の濃度を、鉄または鉄合金の場合は鉄の濃度について測定している。
(1C)曲げ加工性:各試料について、曲げ加工半径0.4mmにてV曲げ試験を圧延筋に対して直角方向に実施後、その頂上部をマイクロスコープ(VHX200;キーエンス社製)にて観察倍率200倍で観察を行い、割れが認められなかったものを「優」として「○」で示し、軽微な割れが生じているものを「可」として「△」で示し、比較的大きな割れが生じたものを「不可」として「×」で表1に示した。
【0047】
表1の結果より以下のことが明らかである。
比較例1では下地層の平均結晶粒径が0.3μm未満であるので、高温下での接触抵抗が時間の経過によって大きく上昇し、最表層中への基体成分の拡散量が著しく多い。従来例1においても下地層の平均結晶粒径が0.3μmに達せず、接触抵抗が高温下、時間の経過によって大きく上昇し、最表層中への基体成分の拡散量が多い。従来例2において従来例1と同様、接触抵抗が高温下、時間の経過によって大きく上昇した。また最表層中への基体成分の拡散量が著しく多く、加えて、曲げ加工性試験において割れが生じ実用性がない。
【0048】
これに対し、本発明例1
〜3、5〜23、27〜29では最初の加熱前の接触抵抗は、高温加熱下で、時間の経過によって大きく上昇することがない。また、最表層中への基体成分の拡散量も少なく、曲げ加工性も、優れるか、実用上問題とならないという優れた性能を示した。また、本発明例15は最表層の金の被覆厚を著しく薄膜化したにもかかわらず、接触抵抗が高温加熱下で、時間の経過によって大きく上昇することがなく、最表層中への基体成分の拡散量も少なく、曲げ加工性が優れる。
【0049】
【表1】