【実施例】
【0052】
<実施例1>
実施例1では、最初に、単一分極処理を施した概略コングルーエント組成のLi:Taの比が48.5:51.5の割合の4インチ径タンタル酸リチウム単結晶インゴットをスライスして、Zカット及び38.5°回転Yカットのタンタル酸リチウム基板を300μm厚に切り出した。その後、必要に応じて、各スライスウエハの面粗さをラップ工程により算術平均粗さRa値で0.15μmに調整し、その仕上がり厚みを250μmとした。次に、片側表面を平面研磨によりRa値で0.01μmの準鏡面に仕上げた基板を、Li
3TaO
4を主成分とするLi、Ta、Oから成る粉体の中に埋め込んだ。この場合、Li
3TaO
4を主成分とする粉体として、Li
2CO
3:Ta
2O
5粉をモル比で7:3の割合に混合し、1300℃で12時間焼成したものを用いた。そして、このようなLi
3TaO
4を主成分とする粉体を小容器に敷き詰め、Li
3TaO
4粉中にスライスウエハを複数枚埋め込んだ。
【0053】
次に、この小容器を電気炉にセットし、その炉内をN
2雰囲気として、950℃で36時間加熱して、スライスウエハの表面から中心部へLiを拡散させた。その後、この処理を施したスライス基板に、大気下でキュリー温度以上の750℃で12時間アニール処理を施した。また、その粗面側をサンドブラストによりRa値で約0.15μmに仕上げ加工を行うと共に、その概略鏡面側を3μmの研磨加工を行って、複数枚のタンタル酸リチウム単結晶基板を得た。このとき、この基板はキュリー点以上の温度に曝されているが、この基板に単一分極化処理は施さなかった。
【0054】
このように製造した基板の1枚について、レーザーラマン分光測定装置(HORIBA Scientific社製LabRam HRシリーズ、Arイオンレーザー、スポットサイズ1μm、室温)を用いて、この基板の外周側面から1cm以上離れた任意の部分について、表面から深さ方向に渡ってLi拡散量の指標である600cm
-1付近のラマンシフトピークの半値幅を測定したところ、
図1に示すラマンプロファイルの結果が得られた。
【0055】
図1の結果によれば、この基板は、基板表面と基板内部のラマン半値幅が異なっており、基板の深さ方向に約5μm〜約50μmの位置にかけて、基板表面に近いほどラマン半値幅の値が減少し、基板中心部に近いほどラマン半値幅の値が増大する範囲を有していた。
【0056】
また、基板表面のラマン半値幅は6.1cm
-1であり、基板の厚み方向の中心部のラマン半値幅は8.5cm
-1であった。なお、ここでは深さ方向に53μm以下の位置でLi濃度の増大が始まっていると考えられるので、深さ方向に53μmの位置を基板の厚み方向の中心部とした。したがって、基板表面のラマン半値幅の値と、基板の厚み方向の中心部のラマン半値幅の値との差は、2.4cm
-1であった。
【0057】
以上の結果から、実施例1では、基板表面と基板内部のLi濃度が異なっており、基板の深さ方向に約5μm〜約50μmの位置にかけて、基板表面に近いほどLi濃度が高く、基板中心部に近いほどLi濃度が減少する濃度プロファイルを示す範囲を有していることが確認できた。
【0058】
さらに、基板表面から深さ方向に5μmの位置までのラマン半値幅は約6.1cm
-1であるので、下記式(1)を用いると、その範囲の組成はおおよそLi/(Li+Ta)=0.501であり、疑似ストイキオメトリー組成になっていることがわかった。
Li/(Li+Ta)=(53.15−0.5FWHM
1)/100 (1)
【0059】
また、基板の厚み方向の中心部のラマン半値幅は約8.5〜8.7cm
-1であるので、同様に式(1)を用いると、Li/(Li+Ta)の値は0.488〜0.489となり、概略コングルーエント組成であることがわかった。
【0060】
また、このLi拡散を施した4インチ基板の反りをレーザ光による干渉方式で測定したところ、その値は50μmと小さい値であり、ワレやヒビは観測されなかった。さらに、これらタンタル酸リチウム単結晶基板をホットプレートで加熱し、その表面電位を測定したところ、電圧は0Vであったので、実施例1の基板は、これに加熱処理を施しても、表面に焦電性がないことを確認することができた。
【0061】
次に、Zカット及び38.5°Yカットから切り出した小片について、中国科学院声楽研究所製ピエゾd33/d15メータ(型式ZJ-3BN)にて、それぞれの主面と裏面に厚み方向の垂直振動を与えて誘起させた電圧波形を観測したところ、その電圧は0Vであり、圧電定数d33も零であった。同じく、同装置のd15ユニットを使用して、夫々の主面と裏面にせん断方向の振動を与えて誘起させた電圧波形を観測したところ、圧電性を示す波形が得られた。この小片をシンクロスコープのプローブ先端で叩いて圧電応答を観測したところ、圧電応答を示す波形が得られた。
したがって、実施例1の基板は、圧電性を有するから、弾性表面波素子として使用可能であることを確認することができた。
【0062】
次に、各小片の片面の表層からハンドラップで50μm厚だけ取り除いた小片について、シンクロスコープのプローブ先端で叩いて圧電応答を観測したところ、圧電応答は、上記の場合より小さい電圧が観測された。この各小片の反対の面についても同様にハンドラップで表層から50μm厚だけ除去した小片について、シンクロスコープのプローブ先端で叩いて観測したところ、圧電応答は観測されなかった。
【0063】
また、この小片について、d33/d15メータによりそれぞれの主面と裏面に厚み方向の垂直振動を与えて誘起させた電圧波形を観測したところ、電圧は0Vであり、圧電定数d33も零であった。同じく、同装置のd15ユニットを使用して、主面と裏面にせん断方向の振動を与えて誘起させた電圧波形は、圧電性を示さず、電圧は0Vであった。
【0064】
したがって、この結果から、実施例1の基板は、その表層部から50μmの深さに渡って、疑似ストイキオメトリー組成に改質して圧電性を示すが、50μmより深い部位では、圧電性を示さないことから、深さ方向中心部付近では、分極方向が一方向に揃っていない多分域構造であることが確認された。
【0065】
次に、Liの拡散処理とアニール処理を施して研磨処理を終えた4インチの38.5°Yカットのタンタル酸リチウム単結晶基板の表面に、スパッタ処理を施して0.05μm厚のAl膜を成膜した。その後、この処理を施した基板にレジストを塗布して、アライナにてSAWレゾネータとラダーフィルタのパタンを露光・現像し、RIEによりSAW特性評価用のパタニングを施した。このパタニングしたSAW電極の一波長は4.8μmとした。
【0066】
そして、このSAWレゾネータでは、入出力端子を施した直列共振タイプの共振子と並列共振タイプの共振子を形成して、RFプローバーにより、そのSAW波形特性を確認したところ、
図2及び
図3に示す結果が得られた。
図2及び
図3は、そのときのSAW波形特性をそれぞれ示すものであり、比較のために、Li拡散処理を施さない38.5°Yカットのタンタル酸リチウム単結晶基板のSAW波形特性を併せて図示している。
したがって、この結果から、実施例1の基板も、弾性表面波素子用としての良好なSAW波形特性を示すことを確認することができた。
【0067】
また、ステージの温度を約16℃〜70℃と変化させて、反共振周波数と共振周波数の温度係数を確認したところ、
図4及び
図5に示す結果が得られた。この結果によれば、実施例1の反共振周波数の温度係数は、
図4から、-19ppm/℃であり、共振周波数の温度係数は、
図5から、-15ppm/℃であるから、平均の周波数温度係数は、-17ppm/℃であった。また、比較のために、Li拡散処理を施さない38.5°Yカットのタンタル酸リチウム単結晶基板の温度係数は、反共振周波数の温度係数が-42ppm/℃であり、共振周波数の温度係数が-32ppm/℃であるから、平均の周波数温度係数は、-37ppm/℃であった。
【0068】
したがって、実施例1の基板は、Li拡散処理がなされていない基板と比べて、その平均の周波数温度係数が小さく、温度に対して特性変動が少ないから、温度特性が良好であることを確認することができた。
【0069】
<実施例2>
実施例2では、実施例1の場合と同様に、単一分極処理を施した概略コングルーエント組成のLi:Taの比が48.5:51.5の割合の4インチ径タンタル酸リチウム単結晶インゴットから、これをスライスして、Zカット及び42°回転Yカットタンタル酸リチウム基板を300μm厚に切り出した。その後、各スライスウエハの面粗さをラップ工程によりRa値で0.15μmに調整し、実施例1と同じ条件でLi拡散処理を施した。
【0070】
次に、この実施例2では、実施例1と異なるアニール処理条件で、すなわちN
2下でキュリー温度以上の1000℃で12時間のアニール処理をスライスウエハに施した。その後、実施例1と同様の仕上げ加工と研磨加工とを行って、複数枚のタンタル酸リチウム単結晶基板を得た。この場合、この基板はキュリー点以上の温度に曝されているが、この基板に単一分極化処理は施さなかった。
【0071】
このように製造した基板の1枚について、この基板の表面から深さ方向に渡ってLi拡散量の指標である600cm
-1付近のラマンシフトピークの半値幅を測定したところ、
図6に示すラマンプロファイルの結果が得られた。
【0072】
図6の結果によれば、この基板は、基板表面と基板内部のラマン半値幅が異なっており、基板表面から基板の深さ方向に約50μmの位置にかけて、基板表面に近いほどラマン半値幅の値が減少し、基板中心部に近いほどラマン半値幅の値が増大する範囲を有していた。
【0073】
また、基板表面のラマン半値幅は6.9cm
-1であり、基板の厚み方向の中心部のラマン半値幅は8.4cm
-1であった。なお、ここでは深さ方向に53μm以下の位置でLi濃度の増大が始まっていると考えられるので、深さ方向に53μmの位置を基板の厚み方向の中心部とした。したがって、基板表面のラマン半値幅の値と、基板の厚み方向の中心部のラマン半値幅の値との差は、1.5cm
-1であった。
【0074】
以上の結果から、実施例2では、基板表面と基板内部のLi濃度が異なっており、基板の表面から深さ方向に約50μmの位置にかけて、基板表面に近いほどLi濃度が高く、基板中心部に近いほどLi濃度が減少する濃度プロファイルを示す範囲を有していることが確認できた。
【0075】
また、基板表面のラマン半値幅は約6.9cm
-1であるので、実施例1と同様に上記式(1)を用いると、基板表面の組成はおおよそLi/(Li+Ta)=0.497であり、疑似ストイキオメトリー組成になっていることがわかった。また、基板の厚み方向の中心部のラマン半値幅は約8.4〜8.8cm
-1であるので、同様に上記式(1)を用いると、Li/(Li+Ta)の値は0.488〜0.490となり、概略コングルーエント組成であることがわかった。
【0076】
さらに、Li拡散を施した4インチ基板の反りをレーザ光による干渉方式で測定したところ、50μmと小さい値であり、また、ワレやヒビは観測されなかった。さらに、これらのタンタル酸リチウム単結晶基板をホットプレートで加熱し、その表面電位を測定したところ、電圧は0Vであったので、これに加熱処理を施しても、表面に焦電性がないことを確認することができた。
【0077】
次に、実施例2では、Zカット及び42°Yカットから小片を切り出して、実施例1と同様に、この小片の主面と裏面に厚み方向の垂直振動を与えて誘起させた電圧波形を観測したところ、電圧は0Vであり、圧電定数d33も零であった。同じく、主面と裏面にせん断方向の振動を与えて誘起させた電圧波形を観測したところ、圧電性を示す波形が得られた。また、この小片をシンクロスコープのプローブ先端で叩いて観測したところ、圧電応答を示す波形も得られた。
したがって、この結果から、実施例2の基板も、圧電性を有するから、弾性表面波素子用として使用可能であることを確認することができた。
【0078】
次に、実施例1と同様に、片面の表層からハンドラップで50μm厚だけ取り除いた小片をシンクロスコープのプローブ先端で叩いて観測したところ、圧電応答は、上記の場合より小さい電圧が観測された。この反対の面についても同様にハンドラップで表層から50μm厚だけ除去した小片をシンクロスコープのプローブ先端で叩いて観測したところ、圧電応答は観測されなかった。また、実施例1と同様に、それぞれの主面と裏面に厚み方向の垂直振動を与えて誘起させた電圧波形を観測したところ、電圧は0Vであり、圧電定数d33も零であり、主面と裏面にせん断方向の振動を与えて誘起させた電圧波形は、圧電性を示さず、電圧は0Vであった。
【0079】
以上の結果から、実施例2の基板も、その表層部から50μmの深さに渡って、疑似ストイキオメトリー組成に改質して圧電性を示すが、50μmより深い部位では、圧電性を示さないことから、深さ方向中心部付近では、分極方向が一方向に揃っていない多分域構造であることが確認された。
【0080】
次に、実施例2でも、Li拡散処理とアニール処理を施して研磨処理を終えた4インチの42°Yカットのタンタル酸リチウム単結晶基板の表面に、実施例1と同様の処理を施して、そのSAW特性を確認したところ、
図7及び
図8に示す結果が得られた。
図7及び
図8は、そのときのSAW波形特性を示すものであり、比較のために、Liの拡散処理を施さない42°Y カットのタンタル酸リチウム単結晶基板のSAW波形特性を併せて図示している。
したがって、この結果から、実施例2の基板も、弾性表面波素子用としての良好なSAW波形特性を示すことを確認することができた。
【0081】
また、実施例1と同様に、その反共振周波数と共振周波数の温度係数を確認したところ、
図9及び
図10に示す結果が得られた。この結果によれば、実施例2の反共振周波数の温度係数は、
図9から、-19ppm/℃であり、共振周波数の温度係数は、
図10から、-21ppm/℃(
図10)であるから、平均の温度係数は、-20ppm/℃であった。さらに、比較のために、Li拡散処理を施さない42°Yカットタンタル酸リチウム単結晶基板の温度係数は、反共振周波数の温度係数が-42ppm/℃であり、共振周波数の温度係数が-32ppm/℃(
図10)であるから、平均の周波数温度係数は、-37ppm/℃であった。
【0082】
したがって、実施例2の基板も、Li拡散処理がなされていない基板と比べて、その平均の周波数温度係数が小さく、温度に対して特性変動が少ないから、温度特性が良好であることを確認することができた。
【0083】
<実施例3>
実施例3では、実施例1と同じく、Zカット及び38.5°回転Yカットの300μm厚の概略コングルーエント組成のタンタル酸リチウム基板を用いて、実施例1と同様にラップ加工及び平面研磨加工を施すと共に、実施例1と同じ条件のLi拡散処理、アニール処理及び仕上げ研磨加工を施して、複数枚の弾性表面波素子用タンタル酸リチウム単結晶基板を得た。
【0084】
次に、実施例3では、基板を複数枚重ねた状態で、実施例1及び実施例2では行っていない単一分極化処理をキュリー点以上である750℃の温度で基板の概略+Z方向に電界を印可して行った。そして、この単一分極化処理を施した4インチ基板の反りをレーザ光による干渉方式で測定したところ、50μmと小さい値であり、ワレやヒビは観測されなかった。この基板をホットプレートで加熱して表面電位を観察したところ、電圧は2kVであった。
【0085】
以上の結果から、実施例3の基板は、実施例1の場合と同様に、反りが小さく、表面にワレやヒビも見られなかったが、これに加熱処理を施すと、強い焦電性を示すことを確認することができた。この強い焦電性は、単一分極化処理を施したために生じたものであり、温度特性が実施例1及び実施例2と比べてやや劣るが、通常のLTよりは良いことを確認することができた。
【0086】
また、Zカット及び38.5°Yカットから小片を切り出してその圧電波形を観測したところ、実施例1と同じく、圧電性を示す結果が得られたので、弾性表面波素子用として使用可能であることを確認することができた。
【0087】
さらに、実施例1と同じ条件のLi拡散処理とアニール処理を施して研磨処理を終えた4インチの38.5°Yカットタンタル酸リチウム単結晶基板の表面に、実施例1と同様の処理を施して、その反共振周波数と共振周波数の温度係数を確認したところ、反共振周波数の温度係数は、-32ppm/℃であり、共振周波数の温度係数は、-29ppm/℃であるから、平均の周波数温度係数は、-31ppm/℃であった。
【0088】
したがって、実施例3の基板も、
図4及び
図5に示す比較のための基板(Li拡散処理がなされていない基板)と比べて、その平均の周波数温度係数がやや小さく、温度に対して特性変動が少ないから、温度特性がやや良好であることを確認することができた。
【0089】
<実施例4>
次に、実施例4について説明するが、この実施例4は、実施例1の場合と比べて、そのLi拡散処理を950℃で36時間という条件から、950℃で5時間という条件にその処理時間を極端に短く変更した例である。
【0090】
この実施例4では、実施例1と同様に、最初に、単一分極処理を施した概略コングルーエント組成のLi:Taの比が48.5:51.5の割合の4インチ径タンタル酸リチウム単結晶インゴットをスライスして、Zカット及び38.5°回転Yカットのタンタル酸リチウム基板を300μm厚に切り出した。その後、実施例1と同様の研磨処理を施した準鏡面の基板を、Li
3TaO
4を主成分とする粉体を敷き詰めた小容器に複数枚埋め込んで、N
2雰囲気において、950℃で5時間のLi拡散処理を施した。
【0091】
次に、その後、この基板にはアニール処理を施さずに、実施例1と同様の仕上げ加工と研磨加工を行って、複数枚のタンタル酸リチウム単結晶基板を得た。このとき、この基板には単一分極化処理を施さなかった。
【0092】
このように製造した基板の1枚について、この基板の表面から深さ方向に渡ってLi拡散量の指標である600cm
-1付近のラマンシフトピークの半値幅を測定したところ、この基板は、基板表面と基板内部のラマン半値幅が異なっており、基板表面から基板の深さ方向に約5μmの位置にかけて、基板表面に近いほどラマン半値幅の値が減少し、基板中心部に近いほどラマン半値幅の値が増大する範囲を有していた。
【0093】
また、基板表面のラマン半値幅は6.5cm
-1であり、基板の厚み方向の中心部のラマン半値幅は9.0cm
-1であった。なお、ここでは深さ方向に10μm以下の位置でLi濃度の増大が始まっていると考えられるので、深さ方向に5μmの位置を基板の厚み方向の中心部とした。したがって、基板表面のラマン半値幅の値と、基板の厚み方向の中心部のラマン半値幅の値との差は、2.5cm
-1であった。
【0094】
以上の結果から、実施例4では、基板表面と基板内部のLi濃度が異なっており、基板の表面から深さ方向に約5μmの位置にかけて、基板表面に近いほどLi濃度が高く、基板中心部に近いほどLi濃度が減少する濃度プロファイルを示す範囲を有していることが確認できた。
【0095】
また、基板表面のラマン半値幅は約6.5cm
-1であるので、実施例1と同様に上記式(1)を用いると、基板表面の組成はおおよそLi/(Li+Ta)=0.499であり、疑似ストイキオメトリー組成になっていることがわかった。基板の厚み方向の中心部のラマン半値幅は約9.0〜9.3cm
-1であるので、同様に上記式(1)を用いると、Li/(Li+Ta)の値は0.485〜0.487となり、概略コングルーエント組成であることがわかった。
【0096】
さらに、Li拡散を施した4インチ基板の反りをレーザ光による干渉方式で測定したところ、30μmと小さい値であり、また、ワレやヒビは観測されなかった。これらのタンタル酸リチウム単結晶基板をホットプレートで加熱し、その表面電位を測定したところ、電圧は0Vであったので、これに加熱処理を施しても、表面に焦電性がないことを確認することができた。
【0097】
次に、前記Zカット及び38.5°Yカットから切り出した小片について、中国科学院声楽研究所製ピエゾd33/d15メータ(型式ZJ-3BN)にて、それぞれの主面と裏面に厚み方向の垂直振動を与えて誘起させた電圧波形を観測したところ、その電圧は0Vであり、圧電定数d33も零であった。同じく、同装置のd15ユニットを使用して、夫々の主面と裏面にせん断方向の振動を与えて誘起させた電圧波形を観測したところ、圧電性を示す波形が得られた。この小片をシンクロスコープのプローブ先端で叩いて圧電応答を観測したところ、弱い圧電応答を示す波形が得られた。
したがって、この結果から、実施例4の基板も、圧電性を有するから、弾性表面波素子用として使用可能であることを確認することができた。
【0098】
次に、各小片の片面の表層からハンドラップで5μm厚だけ取り除いた小片について、シンクロスコープのプローブ先端で叩いて圧電応答を観測したところ、圧電応答は、上記の場合より小さい電圧が観測された。この各小片の反対の面についても同様にハンドラップで表層から5μm厚だけ除去した小片について、シンクロスコープのプローブ先端で叩いて観測したところ、圧電応答は観測されなかった。
【0099】
また、この小片について、d33/d15メータによりそれぞれの主面と裏面に厚み方向の垂直振動を与えて誘起させた電圧波形を観測したところ、電圧は0Vであり、圧電定数d33も零であった。同じく、同装置のd15ユニットを使用して、主面と裏面にせん断方向の振動を与えて誘起させた電圧波形は、圧電性を示さず、電圧は0Vであった。
したがって、この結果から、実施例4の基板は、5μmの深さまでは圧電性を有するものの、5μmより深い部位では、改質されずに多分域化構造であるために、圧電性を示さないことが確認された。
【0100】
そこで、次に、この表面にスパッタ処理を施して0.05μm厚のAl膜を成膜した後に、レジストを塗布して、アライナにてSAWレゾネータとラダーフィルタのパタンを露光・現像し、RIEによりSAW特性評価用のパタニングを施した。このパタニングしたSAW電極の一波長は4.8μmとした。そして、このSAWレゾネータでは、入出力端子を施した直列共振タイプの共振子と並列共振タイプの共振子を形成して、RFプローバーにより、そのSAW波形特性を確認したところ、SAWの応答波形にわずかに崩れが確認された。
【0101】
したがって、この結果から、実施例4のように、Li拡散処理が5時間と短時間であれば、Li拡散による改質が十分に進まないために、Liの濃度プロファイルを示す範囲におけるLi濃度が増大し始める位置が、基板表面から厚み方向に5μmの位置よりも浅い位置であり、SAWの応答波形が崩れ始めることが確認された。
【0102】
<実施例5>
実施例5では、実施例1の場合と同様に、単一分極処理を施した概略コングルーエント組成のLi:Taの比が48.5:51.5の割合の4インチ径タンタル酸リチウム単結晶インゴットから、これをスライスして、Zカット及び38.5°回転Yカットタンタル酸リチウム基板を300μm厚に切り出した。その後、各スライスウエハの面粗さをラップ工程によりRa値で0.15μmに調整し、実施例1と異なるN
2下、950℃で60時間の条件でLi拡散処理を施して、概略コングルーエント組成から疑似ストイキオメトリー組成に変化させた。
【0103】
次に、この実施例5では、実施例1と異なるアニール処理条件で、すなわちN
2下でキュリー温度以上の800℃で10時間のアニール処理をスライスウエハに施した。その後、実施例1と同様の仕上げ加工と研磨加工とを行って、複数枚のタンタル酸リチウム単結晶基板を得た。この場合、この基板はキュリー点以上の温度に曝されているが、この基板に単一分極化処理は施さなかった。
【0104】
このように製造した基板の1枚について、この基板の表面から深さ方向に渡ってLi拡散量の指標である600cm
-1付近のラマンシフトピークの半値幅を測定したところ、この基板は、基板表面と基板内部のラマン半値幅が異なっており、基板の深さ方向に約20μm〜約70μmの位置にかけて、基板表面に近いほどラマン半値幅の値が減少し、基板中心部に近いほどラマン半値幅の値が増大する範囲を有していた。
【0105】
また、基板表面のラマン半値幅は6.2cm
-1であり、基板の厚み方向の中心部のラマン半値幅は8.4cm
-1であった。なお、ここでは深さ方向に75μm以下の位置でLi濃度の増大が始まっていると考えられるので、深さ方向に75μmの位置を基板の厚み方向の中心部とした。したがって、基板表面のラマン半値幅の値と、基板の厚み方向の中心部のラマン半値幅の値との差は、2.2cm
-1であった。
【0106】
以上の結果から、実施例5では、基板表面と基板内部のLi濃度が異なっており、基板の深さ方向に約20μm〜約70μmの位置にかけて、基板表面に近いほどLi濃度が高く、基板中心部に近いほどLi濃度が減少する濃度プロファイルを示す範囲を有していることが確認できた。
【0107】
また、基板表面から深さ方向に20μmの位置までのラマン半値幅は約6.1〜6.3cm
-1であるので、実施例1と同様に上記式(1)を用いると、その範囲の組成はLi/(Li+Ta)=0.500〜0.501であり、疑似ストイキオメトリー組成になっていることがわかった。基板の厚み方向の中心部のラマン半値幅は約8.4〜8.6cm
-1であるので、同様に上記式(1)を用いると、Li/(Li+Ta)の値は0.489〜0.490となり、概略コングルーエント組成であることがわかった。
【0108】
さらに、Li拡散を施した4インチ基板の反りをレーザ光による干渉方式で測定したところ、80μmであり、実施例1〜4と比較するとわずかに反りが大きくなった。また、ワレやヒビは観測されなかった。これらのタンタル酸リチウム単結晶基板をホットプレートで加熱し、その表面電位を測定したところ、電圧は0Vであったので、これに加熱処理を施しても、表面に焦電性がないことを確認することができた。
【0109】
次に、実施例5では、Zカット及び38.5°Yカットから小片を切り出して、実施例1と同様に、この小片の主面と裏面に厚み方向の垂直振動を与えて誘起させた電圧波形を観測したところ、電圧は0Vであり、圧電定数d33も零であった。同じく、主面と裏面にせん断方向の振動を与えて誘起させた電圧波形を観測したところ、圧電性を示す波形が得られた。また、この小片をシンクロスコープのプローブ先端で叩いて観測したところ、圧電応答を示す波形も得られた。
したがって、この結果から、実施例5の基板も、圧電性を有するから、弾性表面波素子用として使用可能であることを確認することができた。
【0110】
次に、片面の表層からハンドラップで70μm厚だけ取り除いた小片をシンクロスコープのプローブ先端で叩いて観測したところ、圧電応答は、上記の場合より小さい電圧が観測された。この反対の面についても同様にハンドラップで表層から70μm厚だけ除去した小片をシンクロスコープのプローブ先端で叩いて観測したところ、圧電応答は観測されなかった。
【0111】
また、それぞれの主面と裏面に厚み方向の垂直振動を与えて誘起させた電圧波形を観測したところ、電圧は0Vであり、圧電定数d33も零であり、主面と裏面にせん断方向の振動を与えて誘起させた電圧波形は、圧電性を示さず、電圧は0Vであった。
【0112】
以上の結果から、実施例5の基板は、その表層部から70μmの深さに渡って、疑似ストイキオメトリー組成に改質して圧電性を示すが、70μmより深い部位では、圧電性を示さないことから、深さ方向中心部付近では、分極方向が一方向に揃っていない多分域構造であることが確認された。
【0113】
次に、実施例5でも、Li拡散処理とアニール処理を施して研磨処理を終えた4インチの38.5°Yカットのタンタル酸リチウム単結晶基板の表面に、実施例1と同様の処理を施して、そのSAW特性を確認したところ、実施例5の基板も、弾性表面波素子用としての良好なSAW波形特性を示すことを確認することができた。
【0114】
また、実施例1と同様に、その反共振周波数と共振周波数の温度係数を確認したところ、実施例5の反共振周波数の温度係数は、-18ppm/℃であり、共振周波数の温度係数は、-15ppm/℃であるから、平均の温度係数は、-17ppm/℃であった。
【0115】
したがって、実施例5の基板も、Li拡散処理がなされていない基板と比べて、その平均の周波数温度係数が小さく、温度に対して特性変動が少ないから、温度特性が良好であることを確認することができた。
【0116】
さらに、実施例5と実施例1の結果を比較すると、周波数温度係数は同程度であるが、実施例5の方が基板の反りが大きくなることがわかった。これは、実施例1と比較してより高温、長時間のLi拡散処理とアニール処理を行ったためであると考えられる。したがって、Liの濃度プロファイルを示す範囲が、基板表面から厚み方向に70μmの深さまでの間に形成されていれば、実用上、十分に良好な温度特性を示すことができ、基板の反りやワレ、キズなどの発生も最小限に抑えることができると考えられる。
【0117】
<実施例6>
実施例6では、最初に、単一分極処理を施した概略コングルーエント組成のLi:Nbの比が48.5:51.5の割合の4インチ径ニオブ酸リチウム単結晶インゴットをスライスして、Zカット及び41°回転Yカットのニオブ酸リチウム基板を300μm厚に切り出した。その後、必要に応じて、各スライスウエハの面粗さをラップ工程によりRa値で0.15μmに調整し、その仕上がり厚みを250μmとした。
【0118】
次に、片側表面を平面研磨によりRa値で0.01μmの準鏡面に仕上げた基板を、Li
3NbO
4を主成分とするLi、Nb、Oから成る粉体の中に埋め込んだ。この場合、Li
3NbO
4を主成分とする粉体として、Li
2CO
3:Nb
2O
5粉をモル比で7:3の割合に混合し、1000℃で12時間焼成したものを用いた。そして、このようなLi
3NbO
4を主成分とする粉体を小容器に敷き詰め、Li
3NbO
4粉中にスライスウエハを複数枚埋め込んだ。
【0119】
その後、この小容器を電気炉にセットし、その炉内をN
2雰囲気として、900℃で36時間加熱して、スライスウエハの表面から中心部へLiを拡散させて、概略コングルーエント組成から疑似ストイキオメトリー組成に変化させた。また、この処理を施したスライス基板に、N
2下でキュリー温度以上の750℃で12時間アニール処理を施した。
【0120】
さらに、その粗面側をサンドブラストによりRa値で約0.15μmに仕上げ加工を行うと共に、その概略鏡面側を3μmの研磨加工を行って、複数枚のニオブ酸リチウム単結晶基板を得た。このとき、この基板はキュリー点以上の温度に曝されているが、この基板に単一分極化処理は施さなかった。
【0121】
このように製造した基板の1枚について、この基板の表面から深さ方向に渡ってLi拡散量の指標である876cm
-1付近のラマンシフトピークの半値幅を測定したところ、この基板は、基板表面と基板内部のラマン半値幅が異なっており、基板の深さ方向に約5μm〜約60μmの位置にかけて、基板表面に近いほどラマン半値幅の値が減少し、基板中心部に近いほどラマン半値幅の値が増大する範囲を有していた。
【0122】
また、基板表面のラマン半値幅は17.8cm
-1であり、基板の厚み方向の中心部のラマン半値幅は23.0cm
-1であった。なお、ここでは深さ方向に62μm以下の位置でLi濃度の増大が始まっていると考えられるので、深さ方向に62μmの位置を基板の厚み方向の中心部とした。したがって、基板表面のラマン半値幅の値と、基板の厚み方向の中心部のラマン半値幅の値との差は、5.2cm
-1であった。
【0123】
以上の結果から、実施例6では、基板表面と基板内部のLi濃度が異なっており、基板の深さ方向に約5μm〜約60μmの位置にかけて、基板表面に近いほどLi濃度が高く、基板中心部に近いほどLi濃度が減少する濃度プロファイルを示す範囲を有していることが確認できた。
【0124】
また、基板表面から深さ方向に5μmの位置までのラマン半値幅は約17.8cm
-1であるので、下記式(3)を用いると、その範囲の組成はおおよそLi/(Li+Nb)=0.500であり、疑似ストイキオメトリー組成になっていることがわかった。
Li/(Li+Nb)=(53.29−0.1837FWHM
3)/100 (3)
【0125】
さらに、基板の厚み方向の中心部のラマン半値幅は約23.0〜23.8cm
-1であるので、同様に上記式(3)を用いると、Li/(Li+Ta)の値は0.489〜0.491となり、概略コングルーエント組成であることがわかった。
【0126】
次に、このLi拡散を施した4インチ基板の反りをレーザ光による干渉方式で測定したところ、その値は50μmと小さい値であり、ワレやヒビは観測されなかった。また、これらタンタル酸リチウム単結晶基板をホットプレートで加熱し、その表面電位を測定したところ、電圧は0Vであったので、実施例6の基板は、これに加熱処理を施しても、表面に焦電性がないことを確認することができた。
【0127】
また、Zカット及び41°Yカットから切り出した小片について、中国科学院声楽研究所製ピエゾd33/d15メータ(型式ZJ-3BN)にて、それぞれの主面と裏面に厚み方向の垂直振動を与えて誘起させた電圧波形を観測したところ、その電圧は0Vであり、圧電定数d33も零であった。同じく、同装置のd15ユニットを使用して、夫々の主面と裏面にせん断方向の振動を与えて誘起させた電圧波形を観測したところ、圧電性を示す波形が得られた。この小片をシンクロスコープのプローブ先端で叩いて圧電応答を観測したところ、圧電応答を示す波形が得られた。
したがって、実施例6の基板は、圧電性を有するから、弾性表面波素子として使用可能であることを確認することができた。
【0128】
次に、各小片の片面の表層からハンドラップで60μm厚だけ取り除いた小片について、シンクロスコープのプローブ先端で叩いて圧電応答を観測したところ、圧電応答は、上記の場合より小さい電圧が観測された。この各小片の反対の面についても同様にハンドラップで表層から60μm厚だけ除去した小片について、シンクロスコープのプローブ先端で叩いて観測したところ、圧電応答は観測されなかった。
【0129】
また、この小片について、d33/d15メータによりそれぞれの主面と裏面に厚み方向の垂直振動を与えて誘起させた電圧波形を観測したところ、電圧は0Vであり、圧電定数d33も零であった。同じく、同装置のd15ユニットを使用して、主面と裏面にせん断方向の振動を与えて誘起させた電圧波形は、圧電性を示さず、電圧は0Vであった。
【0130】
したがって、この結果から、実施例6の基板は、その表層部から60μmの深さに渡って、疑似ストイキオメトリー組成に改質して圧電性を示すが、60μmより深い部位では、圧電性を示さないことから、深さ方向中心部付近では、分極方向が一方向に揃っていない多分域構造であることが確認された。
【0131】
次に、Liの拡散処理とアニール処理を施して研磨処理を終えた4インチの41°Yカットのニオブ酸リチウム単結晶基板の表面に、スパッタ処理を施して0.05μm厚のAl膜を成膜した。その後、この処理を施した基板にレジストを塗布して、アライナにてSAWレゾネータとラダーフィルタのパタンを露光・現像し、RIEによりSAW特性評価用のパタニングを施した。このパタニングしたSAW電極の一波長は4.8μmとした。
【0132】
そして、このSAWレゾネータでは、入出力端子を施した直列共振タイプの共振子と並列共振タイプの共振子を形成して、RFプローバーにより、そのSAW波形特性を確認したところ、実施例6の基板も、弾性表面波素子用としての良好なSAW波形特性を示すことを確認することができた。
【0133】
また、ステージの温度を約16℃〜70℃と変化させて、反共振周波数と共振周波数の温度係数を確認したところ、実施例6の反共振周波数の温度係数は、-34ppm/℃であり、共振周波数の温度係数は、-50ppm/℃であるから、平均の周波数温度係数は、-42ppm/℃であった。さらに、比較のために、Li拡散処理を施さない41°Yカットのニオブ酸リチウム単結晶基板の温度係数は、反共振周波数の温度係数が-56ppm/℃であり、共振周波数の温度係数が-72ppm/℃であるから、平均の周波数温度係数は、-64ppm/℃であった。
【0134】
したがって、実施例6の基板は、Li拡散処理がなされていない基板と比べて、その平均の周波数温度係数が小さく、温度に対して特性変動が少ないから、温度特性が良好であることを確認することができた。