特許第6324297号(P6324297)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6324297圧電性酸化物単結晶基板及びその作製方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6324297
(24)【登録日】2018年4月20日
(45)【発行日】2018年5月16日
(54)【発明の名称】圧電性酸化物単結晶基板及びその作製方法
(51)【国際特許分類】
   H03H 9/25 20060101AFI20180507BHJP
   C30B 29/30 20060101ALI20180507BHJP
   C30B 31/02 20060101ALI20180507BHJP
   H01L 41/187 20060101ALI20180507BHJP
【FI】
   H03H9/25 C
   C30B29/30 B
   C30B31/02
   C30B29/30 A
   H01L41/187
【請求項の数】14
【全頁数】23
(21)【出願番号】特願2014-224931(P2014-224931)
(22)【出願日】2014年11月5日
(65)【公開番号】特開2015-228637(P2015-228637A)
(43)【公開日】2015年12月17日
【審査請求日】2016年7月28日
(31)【優先権主張番号】特願2014-97462(P2014-97462)
(32)【優先日】2014年5月9日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002060
【氏名又は名称】信越化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100159433
【弁理士】
【氏名又は名称】沼澤 幸雄
(72)【発明者】
【氏名】丹野 雅行
(72)【発明者】
【氏名】阿部 淳
(72)【発明者】
【氏名】桑原 由則
【審査官】 橋本 和志
(56)【参考文献】
【文献】 特開2013−066032(JP,A)
【文献】 特開2013−236277(JP,A)
【文献】 特開2011−135245(JP,A)
【文献】 特開2006−124223(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H03H 9/25
C30B 29/30
C30B 31/02
H01L 41/187
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板表面と基板内部とのLi濃度が異なる濃度プロファイルを有すると共に、前記基板表面と前記基板内部とのラマンシフトピークの半値幅の値が異なるプロファイルを有し、前記基板表面におけるラマンシフトピークの半値幅の値と、前記基板の厚み方向の中心部の半値幅の値との差が、1.0cm−1以上であることを特徴とする圧電性酸化物単結晶基板。
【請求項2】
前記基板の材料がタンタル酸リチウム単結晶であって、該基板表面におけるラマンシフトピークの半値幅の600cm−1付近の値が、6.0〜8.3cm−1であることを特徴とする請求項1に記載の圧電性酸化物単結晶基板。
【請求項3】
前記基板の材料がニオブ酸リチウム単結晶であって、該基板表面におけるラマンシフトピークの半値幅の876cm−1付近の値が、17.0〜23.4cm−1であることを特徴とする請求項1に記載の圧電性酸化物単結晶基板。
【請求項4】
前記濃度プロファイルは、基板の厚み方向において前記基板表面に近いほどLi濃度が高く、基板の厚み方向の中心部に近いほどLi濃度が減少するプロファイルであることを特徴とする請求項1〜3の何れか1つに記載の圧電性酸化物単結晶基板。
【請求項5】
前記濃度プロファイルは、前記基板表面から厚み方向に70μmの深さまでの間に形成されていることを特徴とする請求項1〜4の何れか1つに記載の圧電性酸化物単結晶基板。
【請求項6】
前記基板表面からLi濃度が減少し始めるまでの範囲またはLi濃度が増大し終わるまでの範囲が疑似ストイキオメトリー組成であることを特徴とする請求項1〜5の何れか1つに記載の圧電性酸化物単結晶基板。
【請求項7】
前記基板の厚み方向の中心部は、概略コングルーエント組成であることを特徴とする請求項1〜6の何れか1つに記載の圧電性酸化物単結晶基板。
【請求項8】
Li濃度が増大し始める位置またはLi濃度が減少し終わる位置が、前記基板表面から厚み方向に5μmの位置よりも深い位置であることを特徴とする請求項1〜7の何れか1つに記載の圧電性酸化物単結晶基板。
【請求項9】
前記ラマンシフトピークの半値幅のプロファイルは、基板の厚み方向において前記基板表面に近いほどラマンシフトピークの半値幅の値が減少し、基板中心部に近いほど半値幅の値が増大するプロファイルであることを特徴とする請求項1〜8の何れか1つに記載の圧電性酸化物単結晶基板。
【請求項10】
前記基板の材料がタンタル酸リチウム単結晶又はニオブ酸リチウム単結晶であって、結晶方位が回転36°Y〜49°Yカットである請求項1〜9の何れか1つに記載の圧電性酸化物単結晶基板。
【請求項11】
前記基板の厚みが0.2mm以上0.4mm以下である請求項1〜10の何れか1つに記載の圧電性酸化物単結晶基板。
【請求項12】
前記基板の反りが100μm以下であることを特徴とする請求項1〜11の何れか1つに記載の圧電性酸化物単結晶基板。
【請求項13】
前記基板の厚み方向の中心付近では、分極方向が一方向に揃っていない多分域構造を有することを特徴とする請求項1〜12の何れか1つに記載の圧電性酸化物単結晶基板。
【請求項14】
単一分極処理を施した概略コングルーエント組成の酸化物単結晶基板に、該基板表面から内部へLiを拡散させる気相処理を施すことによって、前記請求項1〜12の何れか1つに記載の圧電性酸化物単結晶基板を作製することを特徴とする圧電性酸化物単結晶基板の作製方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、弾性表面波素子などに用いる圧電性酸化物単結晶基板及びその作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の携帯電話の通信システムは、複数の通信規格をサポートし、各々の通信規格は複数の周波数バンドから構成される形態へと進展している。このような携帯電話の周波数調整・選択用の部品として、例えば圧電基板上に弾性表面波を励起するための櫛形電極が形成された弾性表面波(「SAW」:Surface Acoustic Wave)デバイスが用いられている。
【0003】
そして、この弾性表面波デバイスには、小型で挿入損失が小さく、不要波を通さない性能が要求されるため、その材料として、タンタル酸リチウム:LiTaO(以下、「LT」と記すこともある)やニオブ酸リチウム:LiNbO(以下、「LN」と記すこともある)などの圧電材料が用いられる。特に、第四世代の携帯電話の通信規格は送信受信の周波数バンド間隔が狭かったり、バンド゛幅が広いものが多いが、一方で、温度により弾性表面波デバイス用材料の特性が変化して周波数選択域がずれるため、フィルタやデュプレクサ機能に支障を来す問題が生じている。それ故、温度に対して特性変動が少なく、帯域が広い弾性表面波デバイス用の材料が渇望されている。
【0004】
また、弾性表面波デバイスの製造プロセスにおいて、その材料に100〜300℃の温度をかける工程が複数あるため、その弾性表面波デバイス用材料に焦電性があると、この材料に1KVを超す帯電が発生し放電が発生する事態となる。この放電は、弾性表面波デバイスの製造歩留まりを低下させることになるので好ましくない。また、弾性表面波デバイス用材料の帯電が時間と共に減衰する程度の弱い焦電性であるとしても、温度変化によって弾性表面波デバイスの電極にノイズが発生するので好ましくない。
【0005】
一方で、特許文献1には、電極材料に銅を用いた、主に気相法により得られるストイキオメトリー組成LTは、IDT電極に高い電力が入力される瞬間に破壊されるブレークダウンモードが生じにくくなるために好ましいと記載されている。特許文献2にも、気相法により得られるストイキオメトリー組成LTに関する詳細な記載がある。また、特許文献5及び非特許文献2にも、気相平衡法により、厚み方向に渡ってLT組成を一様にLiリッチに変質させたLTを弾性表面波素子に用いると、その周波数温度特性が改善されて好ましい旨の報告がある。
【0006】
しかし、これら特許文献に記載の方法では、必ずしも好ましい結果が得られないことが判明した。特に、特許文献5に記載の方法によると、気相でウエハを処理するために1300℃程度の高温で60時間という長時間を要するため、製造温度が高く、ウエハの反りが大きく、クラックの発生率が高いために、生産性が悪く、弾性表面波デバイス用材料としては高価なものとなってしまうという問題がある。しかも、LiOの蒸気圧が低くLi源からの距離によっては被改質サンプルの改質度にバラツキが生じるために、特性のバラツキも大きく、工業化するためにはかなり改善が必要である。
【0007】
また、特許文献5には、板厚0.5mmt、処理温度1200℃〜1350℃という製造条件に関する記載があるが、これは、古くからの製造方法そのままであり、弾性表面波素子に求められる基板厚よりかなり厚いものである。気相処理後にこの基板を薄くして所望の厚さに仕上げることも考えられるが、Liを拡散させて歪を与えているために、加工中の割れの発生率が高くなるうえに、加工コストも高くなるし、0.5mmtを0.25mmtの厚さにするにはその半分を削り落とすこととなるため、材料コストを考えても高コストになることは明らかである。
【0008】
さらに、特許文献5に記載の弾性表面波素子用タンタル酸リチウム単結晶基板では、本発明者らによる調査の過程において、弱い焦電性を有することが判明したので、この焦電性を除去するために、その一例として、特許文献6に記載の方法によって焦電性除去を行ったところ、焦電性を完全に除去することは不可能であった。
【0009】
次に、特許文献3には、LiNbOやLiTaOなどをプロトン交換し、LiNbOやLiTaOなどの表層に屈折率分布をつける製造方法が記載されている。しかし、プロトン交換を施してしまうと、LiNbOやLiTaOなどの圧電性が損なわれてしまうために、弾性表面波デバイス用材料として使用できなくなるという問題がある。
【0010】
また、非特許文献1には、2重ルツボによる引き上げ法により作成した定比組成の38.5°回転YカットのLiTaO(以下、「ストイキオメトリー組成LT又はSLT」と記すことがある)は、通常の引き上げ法により作成した融液と引き上げる結晶の組成比が一致する溶融組成LiTaO(以下、「コングルーエント組成LT又はCLT」と記すことがある)と比べて、電気機械結合係数が20%も高く好ましいと記載されている。しかし、非特許文献1に記載のLTを用いる場合には、そのSLTの引き上げ速度が通常の引き上げ方法の場合と比べて、1桁小さく、コスト高となるため、このままの方法では、SLTを弾性表面波デバイスの用途に用いることは難しいという問題がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】「ITを支えるオプトメディア結晶の実用開発」科学技術振興調整費成果報告書、2002年、北村健二
【非特許文献2】Bartasyte、A.et.al、“Reduction of temperature coefficient of frequency in LiTaO3 single crystals for surface acoustic wave applications”Applications of Ferroelectrics held jointly with 2012 European Conference on the Applications of Polar Dielectrics and 2012 International Symp Piezoresponse Force Microscopy and Nanoscale Phenomena in Polar Materials (ISAF/ECAPD/PFM)、 2012 Intl Symp、2012、Page(s):1−3
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2011−135245号
【特許文献2】米国特許第6652644号(B1)
【特許文献3】特開2003−207671号
【特許文献4】特開2013−66032号
【特許文献5】WO2013/135886(A1)
【特許文献6】特許第4220997号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
そこで、本発明は、上記の事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、反りが小さく、ワレやキズのない、温度特性が良好な弾性表面波素子などに用いる圧電性酸化物単結晶基板及びその作製方法を提供することである。
【0014】
本発明者らは、上記目的を達成するために鋭意検討を行ったところ、概略コングルーエント組成の基板にLi拡散の気相処理を施して、基板の厚み方向において、基板表面に近いほどLi濃度が高く、基板中心部に近いほどLi濃度が減少する濃度プロファイルを示す範囲を有するように改質すれば、板厚方向の中心部付近まで一様なLi濃度の結晶構造に改質しなくても、弾性表面波素子用などとして、反りが小さく、ワレやキズのない、温度特性が良好な圧電性酸化物単結晶基板が得られることを見出して、本発明に至ったものである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
すなわち、本発明は、基板表面と基板内部とのLi濃度が異なる濃度プロファイルを有すると共に、前記基板表面と前記基板内部とのラマンシフトピークの半値幅の値が異なるプロファイルを有し、前記基板表面におけるラマンシフトピークの半値幅の値と、前記基板の厚み方向の中心部の半値幅の値との差が、1.0cm−1以上であることを特徴とする圧電性酸化物単結晶基板である。この濃度プロファイルは、基板の厚み方向において基板表面に近いほどLi濃度が高く、基板の厚み方向の中心部に近いほどLi濃度が減少する濃度プロファイルであり、この濃度プロファイルは、前記基板表面から厚み方向に70μmの深さまでの間に形成されていることが好ましい。
【0016】
また、本発明の圧電性酸化物単結晶基板は、基板表面からLi濃度が減少し始めるまでの範囲またはLi濃度が増大し終わるまでの範囲が疑似ストイキオメトリー組成であり、基板の厚み方向の中心部は、概略コングルーエント組成であることを特徴とする。そして、Li濃度が増大し始める位置またはLi濃度が減少し終わる位置は、前記基板表面から厚み方向に5μmの位置よりも深い位置であることが好ましい。
【0017】
さらに、本発明の圧電性酸化物単結晶基板は、ラマンシフトピークの半値幅のプロファイルは、基板の厚み方向において、基板表面に近いほどラマンシフトピークの半値幅の値が減少し、基板中心部に近いほど半値幅の値が増大するプロファイルである
【0018】
本発明の圧電性酸化物単結晶基板の材料がタンタル酸リチウム単結晶の場合、基板表面におけるラマンシフトピークの半値幅の600cm−1付近の値が、6.0〜8.3cm−1であることが好ましく、また、基板の材料がニオブ酸リチウム単結晶の場合、基板表面におけるラマンシフトピークの半値幅の876cm−1付近のラマンシフトピークの半値幅の値が、17.0〜23.4cm−1であることが好ましい。
【0019】
本発明の圧電性酸化物単結晶基板は、基板の厚み方向の中心部付近では、分極方向が一方向に揃っていない多分域構造を有する
【0020】
また、本発明の圧電性酸化物単結晶基板は、その結晶方位が回転36°Y〜49°Yカットであり、その基板の厚みが0.2mm以上0.4mm以下であり、その基板の反りが100μm以下である。そして、このような本発明の圧電性酸化物単結晶基板は、単一分極処理を施した概略コングルーエント組成の酸化物単結晶基板に、基板表面から内部へLiを拡散させる気相処理を施すことによって作製されるものである。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、反りが小さく、ワレやキズのない、温度特性が良好な弾性表面波素子などに用いる圧電性酸化物単結晶基板を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】実施例1で得られたタンタル酸リチウム単結晶基板のラマンプロファイルを示すものである。
図2】実施例1で得られたタンタル酸リチウム単結晶基板に形成した入出力端子を施した直列共振SAWレゾネータの挿入損失波形を示すものである。
図3】実施例1で得られたタンタル酸リチウム単結晶基板に形成した入出力端子を施した並列共振SAWレゾネータの挿入損失波形を示すものである。
図4】実施例1で得られたタンタル酸リチウム単結晶基板に形成したSAWレゾネータの反共振周波数の温度依存性を示すものである。
図5】実施例1で得られたタンタル酸リチウム単結晶基板に形成したSAWレゾネータの共振周波数の温度依存性を示すものである。
図6】実施例2で得られたタンタル酸リチウム単結晶基板のラマンプロファイルを示すものである。
図7】実施例2で得られたタンタル酸リチウム単結晶基板に形成した入出力端子を施した直列共振SAWレゾネータの挿入損失波形を示すものである。
図8】実施例2で得られたタンタル酸リチウム単結晶基板に形成した入出力端子を施した並列共振SAWレゾネータの挿入損失波形を示すものである。
図9】実施例2で得られたタンタル酸リチウム単結晶基板に形成したSAWレゾネータの反共振周波数の温度依存性を示すものである。
図10】実施例2で得られたタンタル酸リチウム単結晶基板に形成したSAWレゾネータの共振周波数の温度依存性を示すものである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明するが、本発明は、これら実施形態に限定されるものではない。
【0024】
本発明の圧電性酸化物単結晶基板の材料としては、タンタル酸リチウム、ニオブ酸リチウム、四ホウ酸リチウムなどのリチウム化合物が挙げられる。また、本発明の圧電性酸化物単結晶基板は、主に弾性表面波素子用基板として使用されるが、その際に、本発明の圧電性酸化物単結晶基板を単体で使用してもよく、他の材料を接合した複合基板として使用してもよい。
【0025】
本発明の圧電性酸化物単結晶基板は、基板表面と基板内部とのLi濃度が異なる濃度プロファイルを有することを特徴とする。そして、基板の厚み方向において、基板表面に近いほどLi濃度が高く、基板中心部に近いほどLi濃度が減少する濃度プロファイルを示す範囲を有することが作製上の容易さから好ましい。
【0026】
ここで、「濃度プロファイル」とは、連続的な濃度の変化を指す。このようなLiの濃度プロファイルを示す範囲を有する基板は、公知の方法により基板表面からLiを拡散させることで容易に作製することができる。Li濃度が不連続に変化しているような基板は、例えばLi濃度の異なる基板を接合することにより作製することができると考えられるが、これには、製造工程が複雑化し、設備等のコストも大幅に増大するという問題が伴う。
【0027】
また、本発明の圧電性酸化物単結晶基板は、基板表面からLi濃度が減少し始めるまでの範囲またはLi濃度が増大し終わるまでの範囲が疑似ストイキオメトリー組成である場合に、特に優れた温度特性を示すのでより好ましい。このとき、基板表面からただちに基板の厚み方向にかけてLi濃度が減少する場合は、前記の「基板表面からLi濃度が減少し始めるまでの範囲」とは、基板表面のことを指す。
【0028】
ここで、本発明における「疑似ストイキオメトリー組成」とは、材料によって異なるが、例えば、タンタル酸リチウム単結晶基板においては、Li/(Li+Ta)が0.490〜0.510である組成を示し、ニオブ酸リチウム単結晶基板においては、Li/(Li+Nb)が0.490〜0.510である組成を示す。他の材料についても技術常識に基づいて「疑似ストイキオメトリー組成」を定義すればよい。
【0029】
また、本発明の圧電性酸化物単結晶基板の厚み方向の中心部は、概略コングルーエント組成であることが好ましい。これは、下記に示す実施例のように、概略コングルーエント組成の基板表面からLi拡散処理を施す場合に、基板の厚み方向の中心部を概略コングルーエント組成となるようにすれば、基板全体を疑似ストイキオメトリー組成に改質する場合よりも、処理温度を低く、かつ処理時間を短くすることができるからであり、その結果、基板の反りやワレ、キズなどの発生を抑えることができるとともに、生産性を向上させることができる。
【0030】
ここで、「基板の厚み方向の中心部」とは、Liの濃度プロファイルを示す範囲におけるLi濃度が増大し始める位置から基板厚の1/2となる位置までの範囲のことを指す。この範囲は、上記Liの濃度プロファイルを示す範囲に比べて緩やかにLi濃度が増減していてもよい。また、この範囲のすべての位置について概略コングルーエント組成である必要はなく、任意の位置について概略コングルーエント組成であればよい。
【0031】
また、本発明における「概略コングルーエント組成」とは、材料によって異なるが、例えば、タンタル酸リチウム単結晶基板のコングルーエント組成がLi/(Li+Ta)=0.485である場合、Li/(Li+Ta)が0.475〜0.495である組成を示し、ニオブ酸リチウム単結晶基板のコングルーエント組成がLi/(Li+Nb)=0.485である場合、Li/(Li+Nb)が0.475〜0.495である組成を示す。また、他の材料についても技術常識に基づいて「概略コングルーエント組成」を定義すればよい。
【0032】
ここで、例示したタンタル酸リチウム単結晶基板では、Li/(Li+Ta)が0.490〜0.495である組成は、「疑似ストイキオメトリー組成」かつ「概略コングルーエント組成」となるが、「基板表面からLi濃度が減少し始めるまでの範囲」の組成を評価する際は、「疑似ストイキオメトリー組成」の定義を、「基板の厚み方向の中心部」の組成を評価する際は、「疑似ストイキオメトリー組成」の定義を用いればよい。ニオブ酸リチウム単結晶基板や他の材料についても同様に考えればよい。
【0033】
また、本発明の圧電性酸化物単結晶基板における、Liの濃度プロファイルを示す範囲は、基板表面から厚み方向に70μmの深さまでの間に形成されていることが好ましい。この範囲までにLiの濃度プロファイルを示す範囲が形成されていれば、実用上、十分に良好な温度特性を示すことができ、基板の反りやワレ、キズなどの発生も最小限に抑えることができる。
【0034】
さらに、Liの濃度プロファイルを示す範囲におけるLi濃度が増大し始める位置またはLi濃度が減少し終わる位置は、基板表面から厚み方向に5μmの位置よりも深い位置であることが好ましい。Li濃度が増大し始める位置がこれよりも浅い位置である場合、SAW応答特性が劣化する恐れがあるからである。
【0035】
圧電性酸化物単結晶基板の組成を評価する方法としては、キュリー温度測定などの公知の方法を用いればよいが、ラマン分光法を用いることによって非破壊で局所的な組成を評価することが可能である。
【0036】
タンタル酸リチウム単結晶やニオブ酸リチウム単結晶については、ラマンシフトピークの半値幅とLi濃度(Li/(Li+Ta)の値)との間に、おおよそ線形な関係が得られることが知られている(2012 IEEE International Ultrasonics Symposium Proceedings、Page(s):1252−1255、Applied Physics A 56、311−315 (1993)参照)。したがって、このような関係を表す式を用いれば、酸化物単結晶基板の任意の位置における組成を評価することが可能である。
【0037】
ラマンシフトピークの半値幅とLi濃度との関係式は、組成が既知であり、Li濃度が異なるいくつかの試料について、ラマン半値幅を測定することによって得られるが、ラマン測定の条件が同じであれば、文献などで既に明らかになっている関係式を用いてもよい。例えば、タンタル酸リチウム単結晶については、下記式(1)を用いてもよく(2012 IEEE International Ultrasonics Symposium Proceedings、Page(s):1252−1255参照)、ニオブ酸リチウム単結晶については下記式(2)または(3)を用いてもよい(Applied Physics A 56、311−315(1993)参照)。
Li/(Li+Ta)=(53.15−0.5FWHM)/100 (1)
Li/(Li+Nb)=(53.03−0.4739FWHM)/100 (2)
Li/(Li+Nb)=(53.29−0.1837FWHM)/100 (3)
【0038】
ここで、FWHMは600cm−1付近のラマンシフトピークの半値幅、FWHMは153cm−1付近のラマンシフトピークの半値幅、FWHMは876cm−1付近のラマンシフトピークの半値幅である。測定条件の詳細については各文献を参照されたい。
【0039】
本発明の圧電性酸化物単結晶基板は、基板表面と基板内部とのラマンシフトピークの半値幅の値が異なるプロファイルを有することを特徴とする。そして、基板の厚み方向において、基板表面に近いほどラマンシフトピークの半値幅の値が減少し、基板中心部に近いほど半値幅の値が増大する範囲を有することが好ましい。
【0040】
また、本発明の圧電性酸化物単結晶基板における基板表面のラマン半値幅の値と、基板の厚み方向の中心部のラマン半値幅の値との差は、1.0cm−1以上であることが好ましい。このようにすれば、公知例や下記に示す比較例のように、基板表面から基板の厚み方向の中心部にかけてラマン半値幅の値がおおよそ一定である場合よりも、処理温度を低く、かつ処理時間を短くすることができるからであり、その結果、基板の反りやワレ、キズなどの発生を抑えることができるとともに、生産性を向上させることができる。
【0041】
ここで、基板の厚み方向の中心部のラマン半値幅の値が一定でない場合は、その範囲に含まれるすべての値が基板表面のラマン半値幅の値との差が1.0cm−1以上であるという条件を満たす必要はなく、任意の値について上記の条件を満たせば十分である。
【0042】
特に、本発明に係るタンタル酸リチウム単結晶基板においては、基板表面における600cm−1付近のラマンシフトピークの半値幅の値が6.0〜8.3であることが好ましい。ラマン半値幅が6.0〜6.6程度の値であれば、Li/(Li+Ta)はおおよそ0.500であるため、特に優れた温度特性を示す。また、基板表面のラマン半値幅の値が6.0〜8.3であれば、少なくとも基板表面は疑似ストイキオメトリー組成に改質されていると判断することができ、コングルーエント組成のタンタル酸リチウム単結晶基板と比較して、良好な温度特性を示す。
【0043】
また、本発明に係るニオブ酸リチウム単結晶基板においては、基板表面における876cm−1付近のラマンシフトピークの半値幅の値が17.0〜23.4であることが好ましい。ラマン半値幅が17.0〜18.8程度の値であれば、Li/(Li+Nb)はおおよそ0.500であるため、特に優れた温度特性を示す。また、基板表面のラマン半値幅の値が17.0〜23.4であれば、少なくとも基板表面は疑似ストイキオメトリー組成に改質されていると判断することができ、コングルーエント組成のニオブ酸リチウム単結晶基板と比較して、良好な温度特性を示す。
【0044】
本発明の圧電性酸化物単結晶基板の反りは、レーザ光による干渉方式などの方法で評価することができる。基板の反りは、より小さいことが好ましいが、100μm以下であれば、工業的に十分使用可能である。
【0045】
本発明の圧電性酸化物単結晶基板は、分極処理を施さない場合でも圧電性を示し、弾性表面波素子用基板として使用することができる。このとき、本発明の圧電性酸化物単結晶基板は、基板厚み方向の中心付近で、分極方向が一方向に揃っていない多分域構造である。また、分極処理を施した場合も、同様に弾性表面波素子用基板として使用可能であるが、基板の特性が変化する。したがって、分極処理の有無は求められる特性に応じて、任意に選択すればよい。
【0046】
本発明の圧電性酸化物単結晶基板は、基板表面で焦電性を示さないことを特徴とするが、基板に分極処理を施した場合は、焦電性を示す場合もある。しかしながら、焦電性を示す場合でも示さない場合でも弾性表面波素子用基板として十分に使用可能である。
【0047】
また、本発明の圧電性酸化物単結晶基板は、主面と裏面に厚み方向の垂直振動を与えて誘起させた電圧波形が零であり、主面と裏面にせん断方向の振動を与えて誘起させた電圧波形が圧電性を示すことを特徴とする。
【0048】
本発明の圧電性酸化物単結晶基板の結晶方位は、任意に選択してよいが、回転36°Y〜49°Yカットであることが特性の面から好ましい。また、本発明の基板の厚みも必要に応じて選択すればよいが、弾性表面波素子用基板としての用途に鑑みれば、0.2mm以上0.4mm以下であることが好ましい。
【0049】
本発明の圧電性酸化物単結晶基板は、例えば単一分極処理を施した概略コングルーエント組成の酸化物単結晶基板に、基板表面から内部へLiを拡散させる気相処理を施すことによって作製することが可能である。概略コングルーエント組成の酸化物単結晶基板については、チョクラルスキー法などの公知の方法で単結晶インゴットを得て、それをカットすればよく、必要に応じてラップ処理や研磨処理などを施してもよい。
【0050】
また、分極処理については、公知の方法で行えばよく、気相処理については、実施例ではLiTaOを主成分とする粉体に基板を埋め込むことにより行っているが、成分および物質の状態もこれに限定されるものではない。気相処理を施した基板については、必要に応じてさらなる加工や処理を行ってもよい。
【0051】
本発明については、以下に、実施例および比較例を挙げてより具体的に説明する。
【実施例】
【0052】
<実施例1>
実施例1では、最初に、単一分極処理を施した概略コングルーエント組成のLi:Taの比が48.5:51.5の割合の4インチ径タンタル酸リチウム単結晶インゴットをスライスして、Zカット及び38.5°回転Yカットのタンタル酸リチウム基板を300μm厚に切り出した。その後、必要に応じて、各スライスウエハの面粗さをラップ工程により算術平均粗さRa値で0.15μmに調整し、その仕上がり厚みを250μmとした。次に、片側表面を平面研磨によりRa値で0.01μmの準鏡面に仕上げた基板を、Li3TaO4を主成分とするLi、Ta、Oから成る粉体の中に埋め込んだ。この場合、Li3TaO4を主成分とする粉体として、Li2CO3:Ta2O5粉をモル比で7:3の割合に混合し、1300℃で12時間焼成したものを用いた。そして、このようなLi3TaO4を主成分とする粉体を小容器に敷き詰め、Li3TaO4粉中にスライスウエハを複数枚埋め込んだ。
【0053】
次に、この小容器を電気炉にセットし、その炉内をN雰囲気として、950℃で36時間加熱して、スライスウエハの表面から中心部へLiを拡散させた。その後、この処理を施したスライス基板に、大気下でキュリー温度以上の750℃で12時間アニール処理を施した。また、その粗面側をサンドブラストによりRa値で約0.15μmに仕上げ加工を行うと共に、その概略鏡面側を3μmの研磨加工を行って、複数枚のタンタル酸リチウム単結晶基板を得た。このとき、この基板はキュリー点以上の温度に曝されているが、この基板に単一分極化処理は施さなかった。
【0054】
このように製造した基板の1枚について、レーザーラマン分光測定装置(HORIBA Scientific社製LabRam HRシリーズ、Arイオンレーザー、スポットサイズ1μm、室温)を用いて、この基板の外周側面から1cm以上離れた任意の部分について、表面から深さ方向に渡ってLi拡散量の指標である600cm-1付近のラマンシフトピークの半値幅を測定したところ、図1に示すラマンプロファイルの結果が得られた。
【0055】
図1の結果によれば、この基板は、基板表面と基板内部のラマン半値幅が異なっており、基板の深さ方向に約5μm〜約50μmの位置にかけて、基板表面に近いほどラマン半値幅の値が減少し、基板中心部に近いほどラマン半値幅の値が増大する範囲を有していた。
【0056】
また、基板表面のラマン半値幅は6.1cm-1であり、基板の厚み方向の中心部のラマン半値幅は8.5cm-1であった。なお、ここでは深さ方向に53μm以下の位置でLi濃度の増大が始まっていると考えられるので、深さ方向に53μmの位置を基板の厚み方向の中心部とした。したがって、基板表面のラマン半値幅の値と、基板の厚み方向の中心部のラマン半値幅の値との差は、2.4cm-1であった。
【0057】
以上の結果から、実施例1では、基板表面と基板内部のLi濃度が異なっており、基板の深さ方向に約5μm〜約50μmの位置にかけて、基板表面に近いほどLi濃度が高く、基板中心部に近いほどLi濃度が減少する濃度プロファイルを示す範囲を有していることが確認できた。
【0058】
さらに、基板表面から深さ方向に5μmの位置までのラマン半値幅は約6.1cm-1であるので、下記式(1)を用いると、その範囲の組成はおおよそLi/(Li+Ta)=0.501であり、疑似ストイキオメトリー組成になっていることがわかった。
Li/(Li+Ta)=(53.15−0.5FWHM)/100 (1)
【0059】
また、基板の厚み方向の中心部のラマン半値幅は約8.5〜8.7cm-1であるので、同様に式(1)を用いると、Li/(Li+Ta)の値は0.488〜0.489となり、概略コングルーエント組成であることがわかった。
【0060】
また、このLi拡散を施した4インチ基板の反りをレーザ光による干渉方式で測定したところ、その値は50μmと小さい値であり、ワレやヒビは観測されなかった。さらに、これらタンタル酸リチウム単結晶基板をホットプレートで加熱し、その表面電位を測定したところ、電圧は0Vであったので、実施例1の基板は、これに加熱処理を施しても、表面に焦電性がないことを確認することができた。
【0061】
次に、Zカット及び38.5°Yカットから切り出した小片について、中国科学院声楽研究所製ピエゾd33/d15メータ(型式ZJ-3BN)にて、それぞれの主面と裏面に厚み方向の垂直振動を与えて誘起させた電圧波形を観測したところ、その電圧は0Vであり、圧電定数d33も零であった。同じく、同装置のd15ユニットを使用して、夫々の主面と裏面にせん断方向の振動を与えて誘起させた電圧波形を観測したところ、圧電性を示す波形が得られた。この小片をシンクロスコープのプローブ先端で叩いて圧電応答を観測したところ、圧電応答を示す波形が得られた。
したがって、実施例1の基板は、圧電性を有するから、弾性表面波素子として使用可能であることを確認することができた。
【0062】
次に、各小片の片面の表層からハンドラップで50μm厚だけ取り除いた小片について、シンクロスコープのプローブ先端で叩いて圧電応答を観測したところ、圧電応答は、上記の場合より小さい電圧が観測された。この各小片の反対の面についても同様にハンドラップで表層から50μm厚だけ除去した小片について、シンクロスコープのプローブ先端で叩いて観測したところ、圧電応答は観測されなかった。
【0063】
また、この小片について、d33/d15メータによりそれぞれの主面と裏面に厚み方向の垂直振動を与えて誘起させた電圧波形を観測したところ、電圧は0Vであり、圧電定数d33も零であった。同じく、同装置のd15ユニットを使用して、主面と裏面にせん断方向の振動を与えて誘起させた電圧波形は、圧電性を示さず、電圧は0Vであった。
【0064】
したがって、この結果から、実施例1の基板は、その表層部から50μmの深さに渡って、疑似ストイキオメトリー組成に改質して圧電性を示すが、50μmより深い部位では、圧電性を示さないことから、深さ方向中心部付近では、分極方向が一方向に揃っていない多分域構造であることが確認された。
【0065】
次に、Liの拡散処理とアニール処理を施して研磨処理を終えた4インチの38.5°Yカットのタンタル酸リチウム単結晶基板の表面に、スパッタ処理を施して0.05μm厚のAl膜を成膜した。その後、この処理を施した基板にレジストを塗布して、アライナにてSAWレゾネータとラダーフィルタのパタンを露光・現像し、RIEによりSAW特性評価用のパタニングを施した。このパタニングしたSAW電極の一波長は4.8μmとした。
【0066】
そして、このSAWレゾネータでは、入出力端子を施した直列共振タイプの共振子と並列共振タイプの共振子を形成して、RFプローバーにより、そのSAW波形特性を確認したところ、図2及び図3に示す結果が得られた。図2及び図3は、そのときのSAW波形特性をそれぞれ示すものであり、比較のために、Li拡散処理を施さない38.5°Yカットのタンタル酸リチウム単結晶基板のSAW波形特性を併せて図示している。
したがって、この結果から、実施例1の基板も、弾性表面波素子用としての良好なSAW波形特性を示すことを確認することができた。
【0067】
また、ステージの温度を約16℃〜70℃と変化させて、反共振周波数と共振周波数の温度係数を確認したところ、図4及び図5に示す結果が得られた。この結果によれば、実施例1の反共振周波数の温度係数は、図4から、-19ppm/℃であり、共振周波数の温度係数は、図5から、-15ppm/℃であるから、平均の周波数温度係数は、-17ppm/℃であった。また、比較のために、Li拡散処理を施さない38.5°Yカットのタンタル酸リチウム単結晶基板の温度係数は、反共振周波数の温度係数が-42ppm/℃であり、共振周波数の温度係数が-32ppm/℃であるから、平均の周波数温度係数は、-37ppm/℃であった。
【0068】
したがって、実施例1の基板は、Li拡散処理がなされていない基板と比べて、その平均の周波数温度係数が小さく、温度に対して特性変動が少ないから、温度特性が良好であることを確認することができた。
【0069】
<実施例2>
実施例2では、実施例1の場合と同様に、単一分極処理を施した概略コングルーエント組成のLi:Taの比が48.5:51.5の割合の4インチ径タンタル酸リチウム単結晶インゴットから、これをスライスして、Zカット及び42°回転Yカットタンタル酸リチウム基板を300μm厚に切り出した。その後、各スライスウエハの面粗さをラップ工程によりRa値で0.15μmに調整し、実施例1と同じ条件でLi拡散処理を施した。
【0070】
次に、この実施例2では、実施例1と異なるアニール処理条件で、すなわちN2下でキュリー温度以上の1000℃で12時間のアニール処理をスライスウエハに施した。その後、実施例1と同様の仕上げ加工と研磨加工とを行って、複数枚のタンタル酸リチウム単結晶基板を得た。この場合、この基板はキュリー点以上の温度に曝されているが、この基板に単一分極化処理は施さなかった。
【0071】
このように製造した基板の1枚について、この基板の表面から深さ方向に渡ってLi拡散量の指標である600cm-1付近のラマンシフトピークの半値幅を測定したところ、図6に示すラマンプロファイルの結果が得られた。
【0072】
図6の結果によれば、この基板は、基板表面と基板内部のラマン半値幅が異なっており、基板表面から基板の深さ方向に約50μmの位置にかけて、基板表面に近いほどラマン半値幅の値が減少し、基板中心部に近いほどラマン半値幅の値が増大する範囲を有していた。
【0073】
また、基板表面のラマン半値幅は6.9cm-1であり、基板の厚み方向の中心部のラマン半値幅は8.4cm-1であった。なお、ここでは深さ方向に53μm以下の位置でLi濃度の増大が始まっていると考えられるので、深さ方向に53μmの位置を基板の厚み方向の中心部とした。したがって、基板表面のラマン半値幅の値と、基板の厚み方向の中心部のラマン半値幅の値との差は、1.5cm-1であった。
【0074】
以上の結果から、実施例2では、基板表面と基板内部のLi濃度が異なっており、基板の表面から深さ方向に約50μmの位置にかけて、基板表面に近いほどLi濃度が高く、基板中心部に近いほどLi濃度が減少する濃度プロファイルを示す範囲を有していることが確認できた。
【0075】
また、基板表面のラマン半値幅は約6.9cm-1であるので、実施例1と同様に上記式(1)を用いると、基板表面の組成はおおよそLi/(Li+Ta)=0.497であり、疑似ストイキオメトリー組成になっていることがわかった。また、基板の厚み方向の中心部のラマン半値幅は約8.4〜8.8cm-1であるので、同様に上記式(1)を用いると、Li/(Li+Ta)の値は0.488〜0.490となり、概略コングルーエント組成であることがわかった。
【0076】
さらに、Li拡散を施した4インチ基板の反りをレーザ光による干渉方式で測定したところ、50μmと小さい値であり、また、ワレやヒビは観測されなかった。さらに、これらのタンタル酸リチウム単結晶基板をホットプレートで加熱し、その表面電位を測定したところ、電圧は0Vであったので、これに加熱処理を施しても、表面に焦電性がないことを確認することができた。
【0077】
次に、実施例2では、Zカット及び42°Yカットから小片を切り出して、実施例1と同様に、この小片の主面と裏面に厚み方向の垂直振動を与えて誘起させた電圧波形を観測したところ、電圧は0Vであり、圧電定数d33も零であった。同じく、主面と裏面にせん断方向の振動を与えて誘起させた電圧波形を観測したところ、圧電性を示す波形が得られた。また、この小片をシンクロスコープのプローブ先端で叩いて観測したところ、圧電応答を示す波形も得られた。
したがって、この結果から、実施例2の基板も、圧電性を有するから、弾性表面波素子用として使用可能であることを確認することができた。
【0078】
次に、実施例1と同様に、片面の表層からハンドラップで50μm厚だけ取り除いた小片をシンクロスコープのプローブ先端で叩いて観測したところ、圧電応答は、上記の場合より小さい電圧が観測された。この反対の面についても同様にハンドラップで表層から50μm厚だけ除去した小片をシンクロスコープのプローブ先端で叩いて観測したところ、圧電応答は観測されなかった。また、実施例1と同様に、それぞれの主面と裏面に厚み方向の垂直振動を与えて誘起させた電圧波形を観測したところ、電圧は0Vであり、圧電定数d33も零であり、主面と裏面にせん断方向の振動を与えて誘起させた電圧波形は、圧電性を示さず、電圧は0Vであった。
【0079】
以上の結果から、実施例2の基板も、その表層部から50μmの深さに渡って、疑似ストイキオメトリー組成に改質して圧電性を示すが、50μmより深い部位では、圧電性を示さないことから、深さ方向中心部付近では、分極方向が一方向に揃っていない多分域構造であることが確認された。
【0080】
次に、実施例2でも、Li拡散処理とアニール処理を施して研磨処理を終えた4インチの42°Yカットのタンタル酸リチウム単結晶基板の表面に、実施例1と同様の処理を施して、そのSAW特性を確認したところ、図7及び図8に示す結果が得られた。図7及び図8は、そのときのSAW波形特性を示すものであり、比較のために、Liの拡散処理を施さない42°Y カットのタンタル酸リチウム単結晶基板のSAW波形特性を併せて図示している。
したがって、この結果から、実施例2の基板も、弾性表面波素子用としての良好なSAW波形特性を示すことを確認することができた。
【0081】
また、実施例1と同様に、その反共振周波数と共振周波数の温度係数を確認したところ、図9及び図10に示す結果が得られた。この結果によれば、実施例2の反共振周波数の温度係数は、図9から、-19ppm/℃であり、共振周波数の温度係数は、図10から、-21ppm/℃(図10)であるから、平均の温度係数は、-20ppm/℃であった。さらに、比較のために、Li拡散処理を施さない42°Yカットタンタル酸リチウム単結晶基板の温度係数は、反共振周波数の温度係数が-42ppm/℃であり、共振周波数の温度係数が-32ppm/℃(図10)であるから、平均の周波数温度係数は、-37ppm/℃であった。
【0082】
したがって、実施例2の基板も、Li拡散処理がなされていない基板と比べて、その平均の周波数温度係数が小さく、温度に対して特性変動が少ないから、温度特性が良好であることを確認することができた。
【0083】
<実施例3>
実施例3では、実施例1と同じく、Zカット及び38.5°回転Yカットの300μm厚の概略コングルーエント組成のタンタル酸リチウム基板を用いて、実施例1と同様にラップ加工及び平面研磨加工を施すと共に、実施例1と同じ条件のLi拡散処理、アニール処理及び仕上げ研磨加工を施して、複数枚の弾性表面波素子用タンタル酸リチウム単結晶基板を得た。
【0084】
次に、実施例3では、基板を複数枚重ねた状態で、実施例1及び実施例2では行っていない単一分極化処理をキュリー点以上である750℃の温度で基板の概略+Z方向に電界を印可して行った。そして、この単一分極化処理を施した4インチ基板の反りをレーザ光による干渉方式で測定したところ、50μmと小さい値であり、ワレやヒビは観測されなかった。この基板をホットプレートで加熱して表面電位を観察したところ、電圧は2kVであった。
【0085】
以上の結果から、実施例3の基板は、実施例1の場合と同様に、反りが小さく、表面にワレやヒビも見られなかったが、これに加熱処理を施すと、強い焦電性を示すことを確認することができた。この強い焦電性は、単一分極化処理を施したために生じたものであり、温度特性が実施例1及び実施例2と比べてやや劣るが、通常のLTよりは良いことを確認することができた。
【0086】
また、Zカット及び38.5°Yカットから小片を切り出してその圧電波形を観測したところ、実施例1と同じく、圧電性を示す結果が得られたので、弾性表面波素子用として使用可能であることを確認することができた。
【0087】
さらに、実施例1と同じ条件のLi拡散処理とアニール処理を施して研磨処理を終えた4インチの38.5°Yカットタンタル酸リチウム単結晶基板の表面に、実施例1と同様の処理を施して、その反共振周波数と共振周波数の温度係数を確認したところ、反共振周波数の温度係数は、-32ppm/℃であり、共振周波数の温度係数は、-29ppm/℃であるから、平均の周波数温度係数は、-31ppm/℃であった。
【0088】
したがって、実施例3の基板も、図4及び図5に示す比較のための基板(Li拡散処理がなされていない基板)と比べて、その平均の周波数温度係数がやや小さく、温度に対して特性変動が少ないから、温度特性がやや良好であることを確認することができた。
【0089】
<実施例4>
次に、実施例4について説明するが、この実施例4は、実施例1の場合と比べて、そのLi拡散処理を950℃で36時間という条件から、950℃で5時間という条件にその処理時間を極端に短く変更した例である。
【0090】
この実施例4では、実施例1と同様に、最初に、単一分極処理を施した概略コングルーエント組成のLi:Taの比が48.5:51.5の割合の4インチ径タンタル酸リチウム単結晶インゴットをスライスして、Zカット及び38.5°回転Yカットのタンタル酸リチウム基板を300μm厚に切り出した。その後、実施例1と同様の研磨処理を施した準鏡面の基板を、Li3TaO4を主成分とする粉体を敷き詰めた小容器に複数枚埋め込んで、N雰囲気において、950℃で5時間のLi拡散処理を施した。
【0091】
次に、その後、この基板にはアニール処理を施さずに、実施例1と同様の仕上げ加工と研磨加工を行って、複数枚のタンタル酸リチウム単結晶基板を得た。このとき、この基板には単一分極化処理を施さなかった。
【0092】
このように製造した基板の1枚について、この基板の表面から深さ方向に渡ってLi拡散量の指標である600cm-1付近のラマンシフトピークの半値幅を測定したところ、この基板は、基板表面と基板内部のラマン半値幅が異なっており、基板表面から基板の深さ方向に約5μmの位置にかけて、基板表面に近いほどラマン半値幅の値が減少し、基板中心部に近いほどラマン半値幅の値が増大する範囲を有していた。
【0093】
また、基板表面のラマン半値幅は6.5cm-1であり、基板の厚み方向の中心部のラマン半値幅は9.0cm-1であった。なお、ここでは深さ方向に10μm以下の位置でLi濃度の増大が始まっていると考えられるので、深さ方向に5μmの位置を基板の厚み方向の中心部とした。したがって、基板表面のラマン半値幅の値と、基板の厚み方向の中心部のラマン半値幅の値との差は、2.5cm-1であった。
【0094】
以上の結果から、実施例4では、基板表面と基板内部のLi濃度が異なっており、基板の表面から深さ方向に約5μmの位置にかけて、基板表面に近いほどLi濃度が高く、基板中心部に近いほどLi濃度が減少する濃度プロファイルを示す範囲を有していることが確認できた。
【0095】
また、基板表面のラマン半値幅は約6.5cm-1であるので、実施例1と同様に上記式(1)を用いると、基板表面の組成はおおよそLi/(Li+Ta)=0.499であり、疑似ストイキオメトリー組成になっていることがわかった。基板の厚み方向の中心部のラマン半値幅は約9.0〜9.3cm-1であるので、同様に上記式(1)を用いると、Li/(Li+Ta)の値は0.485〜0.487となり、概略コングルーエント組成であることがわかった。
【0096】
さらに、Li拡散を施した4インチ基板の反りをレーザ光による干渉方式で測定したところ、30μmと小さい値であり、また、ワレやヒビは観測されなかった。これらのタンタル酸リチウム単結晶基板をホットプレートで加熱し、その表面電位を測定したところ、電圧は0Vであったので、これに加熱処理を施しても、表面に焦電性がないことを確認することができた。
【0097】
次に、前記Zカット及び38.5°Yカットから切り出した小片について、中国科学院声楽研究所製ピエゾd33/d15メータ(型式ZJ-3BN)にて、それぞれの主面と裏面に厚み方向の垂直振動を与えて誘起させた電圧波形を観測したところ、その電圧は0Vであり、圧電定数d33も零であった。同じく、同装置のd15ユニットを使用して、夫々の主面と裏面にせん断方向の振動を与えて誘起させた電圧波形を観測したところ、圧電性を示す波形が得られた。この小片をシンクロスコープのプローブ先端で叩いて圧電応答を観測したところ、弱い圧電応答を示す波形が得られた。
したがって、この結果から、実施例4の基板も、圧電性を有するから、弾性表面波素子用として使用可能であることを確認することができた。
【0098】
次に、各小片の片面の表層からハンドラップで5μm厚だけ取り除いた小片について、シンクロスコープのプローブ先端で叩いて圧電応答を観測したところ、圧電応答は、上記の場合より小さい電圧が観測された。この各小片の反対の面についても同様にハンドラップで表層から5μm厚だけ除去した小片について、シンクロスコープのプローブ先端で叩いて観測したところ、圧電応答は観測されなかった。
【0099】
また、この小片について、d33/d15メータによりそれぞれの主面と裏面に厚み方向の垂直振動を与えて誘起させた電圧波形を観測したところ、電圧は0Vであり、圧電定数d33も零であった。同じく、同装置のd15ユニットを使用して、主面と裏面にせん断方向の振動を与えて誘起させた電圧波形は、圧電性を示さず、電圧は0Vであった。
したがって、この結果から、実施例4の基板は、5μmの深さまでは圧電性を有するものの、5μmより深い部位では、改質されずに多分域化構造であるために、圧電性を示さないことが確認された。
【0100】
そこで、次に、この表面にスパッタ処理を施して0.05μm厚のAl膜を成膜した後に、レジストを塗布して、アライナにてSAWレゾネータとラダーフィルタのパタンを露光・現像し、RIEによりSAW特性評価用のパタニングを施した。このパタニングしたSAW電極の一波長は4.8μmとした。そして、このSAWレゾネータでは、入出力端子を施した直列共振タイプの共振子と並列共振タイプの共振子を形成して、RFプローバーにより、そのSAW波形特性を確認したところ、SAWの応答波形にわずかに崩れが確認された。
【0101】
したがって、この結果から、実施例4のように、Li拡散処理が5時間と短時間であれば、Li拡散による改質が十分に進まないために、Liの濃度プロファイルを示す範囲におけるLi濃度が増大し始める位置が、基板表面から厚み方向に5μmの位置よりも浅い位置であり、SAWの応答波形が崩れ始めることが確認された。
【0102】
<実施例5>
実施例5では、実施例1の場合と同様に、単一分極処理を施した概略コングルーエント組成のLi:Taの比が48.5:51.5の割合の4インチ径タンタル酸リチウム単結晶インゴットから、これをスライスして、Zカット及び38.5°回転Yカットタンタル酸リチウム基板を300μm厚に切り出した。その後、各スライスウエハの面粗さをラップ工程によりRa値で0.15μmに調整し、実施例1と異なるN2下、950℃で60時間の条件でLi拡散処理を施して、概略コングルーエント組成から疑似ストイキオメトリー組成に変化させた。
【0103】
次に、この実施例5では、実施例1と異なるアニール処理条件で、すなわちN2下でキュリー温度以上の800℃で10時間のアニール処理をスライスウエハに施した。その後、実施例1と同様の仕上げ加工と研磨加工とを行って、複数枚のタンタル酸リチウム単結晶基板を得た。この場合、この基板はキュリー点以上の温度に曝されているが、この基板に単一分極化処理は施さなかった。
【0104】
このように製造した基板の1枚について、この基板の表面から深さ方向に渡ってLi拡散量の指標である600cm-1付近のラマンシフトピークの半値幅を測定したところ、この基板は、基板表面と基板内部のラマン半値幅が異なっており、基板の深さ方向に約20μm〜約70μmの位置にかけて、基板表面に近いほどラマン半値幅の値が減少し、基板中心部に近いほどラマン半値幅の値が増大する範囲を有していた。
【0105】
また、基板表面のラマン半値幅は6.2cm-1であり、基板の厚み方向の中心部のラマン半値幅は8.4cm-1であった。なお、ここでは深さ方向に75μm以下の位置でLi濃度の増大が始まっていると考えられるので、深さ方向に75μmの位置を基板の厚み方向の中心部とした。したがって、基板表面のラマン半値幅の値と、基板の厚み方向の中心部のラマン半値幅の値との差は、2.2cm-1であった。
【0106】
以上の結果から、実施例5では、基板表面と基板内部のLi濃度が異なっており、基板の深さ方向に約20μm〜約70μmの位置にかけて、基板表面に近いほどLi濃度が高く、基板中心部に近いほどLi濃度が減少する濃度プロファイルを示す範囲を有していることが確認できた。
【0107】
また、基板表面から深さ方向に20μmの位置までのラマン半値幅は約6.1〜6.3cm-1であるので、実施例1と同様に上記式(1)を用いると、その範囲の組成はLi/(Li+Ta)=0.500〜0.501であり、疑似ストイキオメトリー組成になっていることがわかった。基板の厚み方向の中心部のラマン半値幅は約8.4〜8.6cm-1であるので、同様に上記式(1)を用いると、Li/(Li+Ta)の値は0.489〜0.490となり、概略コングルーエント組成であることがわかった。
【0108】
さらに、Li拡散を施した4インチ基板の反りをレーザ光による干渉方式で測定したところ、80μmであり、実施例1〜4と比較するとわずかに反りが大きくなった。また、ワレやヒビは観測されなかった。これらのタンタル酸リチウム単結晶基板をホットプレートで加熱し、その表面電位を測定したところ、電圧は0Vであったので、これに加熱処理を施しても、表面に焦電性がないことを確認することができた。
【0109】
次に、実施例5では、Zカット及び38.5°Yカットから小片を切り出して、実施例1と同様に、この小片の主面と裏面に厚み方向の垂直振動を与えて誘起させた電圧波形を観測したところ、電圧は0Vであり、圧電定数d33も零であった。同じく、主面と裏面にせん断方向の振動を与えて誘起させた電圧波形を観測したところ、圧電性を示す波形が得られた。また、この小片をシンクロスコープのプローブ先端で叩いて観測したところ、圧電応答を示す波形も得られた。
したがって、この結果から、実施例5の基板も、圧電性を有するから、弾性表面波素子用として使用可能であることを確認することができた。
【0110】
次に、片面の表層からハンドラップで70μm厚だけ取り除いた小片をシンクロスコープのプローブ先端で叩いて観測したところ、圧電応答は、上記の場合より小さい電圧が観測された。この反対の面についても同様にハンドラップで表層から70μm厚だけ除去した小片をシンクロスコープのプローブ先端で叩いて観測したところ、圧電応答は観測されなかった。
【0111】
また、それぞれの主面と裏面に厚み方向の垂直振動を与えて誘起させた電圧波形を観測したところ、電圧は0Vであり、圧電定数d33も零であり、主面と裏面にせん断方向の振動を与えて誘起させた電圧波形は、圧電性を示さず、電圧は0Vであった。
【0112】
以上の結果から、実施例5の基板は、その表層部から70μmの深さに渡って、疑似ストイキオメトリー組成に改質して圧電性を示すが、70μmより深い部位では、圧電性を示さないことから、深さ方向中心部付近では、分極方向が一方向に揃っていない多分域構造であることが確認された。
【0113】
次に、実施例5でも、Li拡散処理とアニール処理を施して研磨処理を終えた4インチの38.5°Yカットのタンタル酸リチウム単結晶基板の表面に、実施例1と同様の処理を施して、そのSAW特性を確認したところ、実施例5の基板も、弾性表面波素子用としての良好なSAW波形特性を示すことを確認することができた。
【0114】
また、実施例1と同様に、その反共振周波数と共振周波数の温度係数を確認したところ、実施例5の反共振周波数の温度係数は、-18ppm/℃であり、共振周波数の温度係数は、-15ppm/℃であるから、平均の温度係数は、-17ppm/℃であった。
【0115】
したがって、実施例5の基板も、Li拡散処理がなされていない基板と比べて、その平均の周波数温度係数が小さく、温度に対して特性変動が少ないから、温度特性が良好であることを確認することができた。
【0116】
さらに、実施例5と実施例1の結果を比較すると、周波数温度係数は同程度であるが、実施例5の方が基板の反りが大きくなることがわかった。これは、実施例1と比較してより高温、長時間のLi拡散処理とアニール処理を行ったためであると考えられる。したがって、Liの濃度プロファイルを示す範囲が、基板表面から厚み方向に70μmの深さまでの間に形成されていれば、実用上、十分に良好な温度特性を示すことができ、基板の反りやワレ、キズなどの発生も最小限に抑えることができると考えられる。
【0117】
<実施例6>
実施例6では、最初に、単一分極処理を施した概略コングルーエント組成のLi:Nbの比が48.5:51.5の割合の4インチ径ニオブ酸リチウム単結晶インゴットをスライスして、Zカット及び41°回転Yカットのニオブ酸リチウム基板を300μm厚に切り出した。その後、必要に応じて、各スライスウエハの面粗さをラップ工程によりRa値で0.15μmに調整し、その仕上がり厚みを250μmとした。
【0118】
次に、片側表面を平面研磨によりRa値で0.01μmの準鏡面に仕上げた基板を、Li3NbO4を主成分とするLi、Nb、Oから成る粉体の中に埋め込んだ。この場合、Li3NbO4を主成分とする粉体として、Li2CO3:Nb2O5粉をモル比で7:3の割合に混合し、1000℃で12時間焼成したものを用いた。そして、このようなLi3NbO4を主成分とする粉体を小容器に敷き詰め、Li3NbO4粉中にスライスウエハを複数枚埋め込んだ。
【0119】
その後、この小容器を電気炉にセットし、その炉内をN雰囲気として、900℃で36時間加熱して、スライスウエハの表面から中心部へLiを拡散させて、概略コングルーエント組成から疑似ストイキオメトリー組成に変化させた。また、この処理を施したスライス基板に、N2下でキュリー温度以上の750℃で12時間アニール処理を施した。
【0120】
さらに、その粗面側をサンドブラストによりRa値で約0.15μmに仕上げ加工を行うと共に、その概略鏡面側を3μmの研磨加工を行って、複数枚のニオブ酸リチウム単結晶基板を得た。このとき、この基板はキュリー点以上の温度に曝されているが、この基板に単一分極化処理は施さなかった。
【0121】
このように製造した基板の1枚について、この基板の表面から深さ方向に渡ってLi拡散量の指標である876cm-1付近のラマンシフトピークの半値幅を測定したところ、この基板は、基板表面と基板内部のラマン半値幅が異なっており、基板の深さ方向に約5μm〜約60μmの位置にかけて、基板表面に近いほどラマン半値幅の値が減少し、基板中心部に近いほどラマン半値幅の値が増大する範囲を有していた。
【0122】
また、基板表面のラマン半値幅は17.8cm-1であり、基板の厚み方向の中心部のラマン半値幅は23.0cm-1であった。なお、ここでは深さ方向に62μm以下の位置でLi濃度の増大が始まっていると考えられるので、深さ方向に62μmの位置を基板の厚み方向の中心部とした。したがって、基板表面のラマン半値幅の値と、基板の厚み方向の中心部のラマン半値幅の値との差は、5.2cm-1であった。
【0123】
以上の結果から、実施例6では、基板表面と基板内部のLi濃度が異なっており、基板の深さ方向に約5μm〜約60μmの位置にかけて、基板表面に近いほどLi濃度が高く、基板中心部に近いほどLi濃度が減少する濃度プロファイルを示す範囲を有していることが確認できた。
【0124】
また、基板表面から深さ方向に5μmの位置までのラマン半値幅は約17.8cm-1であるので、下記式(3)を用いると、その範囲の組成はおおよそLi/(Li+Nb)=0.500であり、疑似ストイキオメトリー組成になっていることがわかった。
Li/(Li+Nb)=(53.29−0.1837FWHM)/100 (3)
【0125】
さらに、基板の厚み方向の中心部のラマン半値幅は約23.0〜23.8cm-1であるので、同様に上記式(3)を用いると、Li/(Li+Ta)の値は0.489〜0.491となり、概略コングルーエント組成であることがわかった。
【0126】
次に、このLi拡散を施した4インチ基板の反りをレーザ光による干渉方式で測定したところ、その値は50μmと小さい値であり、ワレやヒビは観測されなかった。また、これらタンタル酸リチウム単結晶基板をホットプレートで加熱し、その表面電位を測定したところ、電圧は0Vであったので、実施例6の基板は、これに加熱処理を施しても、表面に焦電性がないことを確認することができた。
【0127】
また、Zカット及び41°Yカットから切り出した小片について、中国科学院声楽研究所製ピエゾd33/d15メータ(型式ZJ-3BN)にて、それぞれの主面と裏面に厚み方向の垂直振動を与えて誘起させた電圧波形を観測したところ、その電圧は0Vであり、圧電定数d33も零であった。同じく、同装置のd15ユニットを使用して、夫々の主面と裏面にせん断方向の振動を与えて誘起させた電圧波形を観測したところ、圧電性を示す波形が得られた。この小片をシンクロスコープのプローブ先端で叩いて圧電応答を観測したところ、圧電応答を示す波形が得られた。
したがって、実施例6の基板は、圧電性を有するから、弾性表面波素子として使用可能であることを確認することができた。
【0128】
次に、各小片の片面の表層からハンドラップで60μm厚だけ取り除いた小片について、シンクロスコープのプローブ先端で叩いて圧電応答を観測したところ、圧電応答は、上記の場合より小さい電圧が観測された。この各小片の反対の面についても同様にハンドラップで表層から60μm厚だけ除去した小片について、シンクロスコープのプローブ先端で叩いて観測したところ、圧電応答は観測されなかった。
【0129】
また、この小片について、d33/d15メータによりそれぞれの主面と裏面に厚み方向の垂直振動を与えて誘起させた電圧波形を観測したところ、電圧は0Vであり、圧電定数d33も零であった。同じく、同装置のd15ユニットを使用して、主面と裏面にせん断方向の振動を与えて誘起させた電圧波形は、圧電性を示さず、電圧は0Vであった。
【0130】
したがって、この結果から、実施例6の基板は、その表層部から60μmの深さに渡って、疑似ストイキオメトリー組成に改質して圧電性を示すが、60μmより深い部位では、圧電性を示さないことから、深さ方向中心部付近では、分極方向が一方向に揃っていない多分域構造であることが確認された。
【0131】
次に、Liの拡散処理とアニール処理を施して研磨処理を終えた4インチの41°Yカットのニオブ酸リチウム単結晶基板の表面に、スパッタ処理を施して0.05μm厚のAl膜を成膜した。その後、この処理を施した基板にレジストを塗布して、アライナにてSAWレゾネータとラダーフィルタのパタンを露光・現像し、RIEによりSAW特性評価用のパタニングを施した。このパタニングしたSAW電極の一波長は4.8μmとした。
【0132】
そして、このSAWレゾネータでは、入出力端子を施した直列共振タイプの共振子と並列共振タイプの共振子を形成して、RFプローバーにより、そのSAW波形特性を確認したところ、実施例6の基板も、弾性表面波素子用としての良好なSAW波形特性を示すことを確認することができた。
【0133】
また、ステージの温度を約16℃〜70℃と変化させて、反共振周波数と共振周波数の温度係数を確認したところ、実施例6の反共振周波数の温度係数は、-34ppm/℃であり、共振周波数の温度係数は、-50ppm/℃であるから、平均の周波数温度係数は、-42ppm/℃であった。さらに、比較のために、Li拡散処理を施さない41°Yカットのニオブ酸リチウム単結晶基板の温度係数は、反共振周波数の温度係数が-56ppm/℃であり、共振周波数の温度係数が-72ppm/℃であるから、平均の周波数温度係数は、-64ppm/℃であった。
【0134】
したがって、実施例6の基板は、Li拡散処理がなされていない基板と比べて、その平均の周波数温度係数が小さく、温度に対して特性変動が少ないから、温度特性が良好であることを確認することができた。
【比較例】
【0135】
次に、本発明と対比する比較例1について説明するが、この比較例1は、特許文献5に記載された1250℃の高温で、60時間かけて気相処理を仕上がり厚み550μmの基板に施した例であり、以下、具体的に説明する。
【0136】
<比較例1>
比較例1では、実施例1と同じZカット及び38.5°回転Yカットの単結晶インゴットから、実施例1のものより厚い600μmの概略コングルーエント組成のタンタル酸リチウム基板を切り出して、これに実施例1と同様に、面粗さをラップ工程によりRa値で0.15μmに調整し、仕上がり厚みを550μmとした。また、片側表面を平面研磨により、Ra値で0.01μmの準鏡面に仕上げた。
【0137】
次に、炉内雰囲気を大気雰囲気とした状態で、実施例1と比べて高温で長時間の1250℃で60時間のLi拡散の気相処理を施して、基板表面から中心部へLiを拡散させて概略コングルーエント組成から疑似ストイキオメトリー組成に変化させた。そして、その後、このLi拡散処理基板に、実施例1と同様のアニール処理と仕上げ研磨加工を施して、複数枚の弾性表面波素子用タンタル酸リチウム単結晶基板を得た。このとき、この基板は、キュリー点以上の温度に曝されているが、この基板に単一分極化処理は施さなかった。
【0138】
このように製造した基板の一枚について、表面から深さ方向のLi濃度プロファイルを測定したところ、Li濃度を示すラマン半値幅は6.0cm-1であり、この値は、表層から内部に渡って一様なLi濃度のプロファイルを示す結晶構造であった。
【0139】
また、この4インチ基板は、その変形が大きく、反りを測定するレーザ光による干渉方式ではその変形を測定できず、レーザ変位センサーによりその反り量を測定したところ、1500μmと大きく反っており、基板にスジ状のキズが観測された。さらに、この基板をホットプレートで加熱して表面電位を観察したところ、その電圧は、1kVであった。
【0140】
次に、Zカット及び38.5°Yカットから小片を切り出して、実施例1と同様に、主面と裏面に厚み方向の垂直振動を与えて誘起させた電圧波形を観測したところ、その電圧波形は、圧電性を示す波形であり、主面と裏面にせん断方向の振動を与えて誘起させた電圧波形も、圧電性を示す波形であった。また、このZカット及び38.5°Yカットの小片をシンクロスコープのプローブ先端で叩いたところ、圧電応答の波形が得られた。
【0141】
また、片面の表層からハンドラップで50μm厚だけ取り除いた小片をシンクロスコープのプローブ先端で叩いても、同様の圧電応答の波形が得られた。この小片の反対の面についても同様にハンドラップにより表層を50μm厚だけ除去した小片をシンクロスコープのプローブ先端で叩くと、同様の圧電応答の波形が得られた。
【0142】
以上の結果から、比較例1の方法では、実施例1と比べて、より高温で長時間のLi拡散処理を施しているために、表層から50μmより深い中心部までLiイオンの拡散が進んでしまって、基板の厚さ方向中心部に渡って一様なLi濃度のプロファイルを示す疑似ストイキオメトリー組成の結晶構造となっていることが確認された。
【0143】
次に、Li拡散処理とアニール処理を施して研磨処理を終えた4インチの38.5°Yカットタンタル酸リチウム単結晶基板の表面に、実施例1と同様の処理を施してSAW波形特性を確認しようと試みたが、この基板の反りが大きいために、パタニングはできなかった。
【0144】
したがって、この結果から、比較例1のように、1250℃の高温で60時間という長時間に渡ってLi拡散処理を施すと、その表層から内部まで一様なLi濃度のプロファイルを示す疑似ストイキオメトリー組成に改質した結晶構造が得られるものの、一方で、製造条件が高温で長時間であるために、反りが大きく、基板表面にスジ状のキズが生じることが確認された。
図1
図2
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図10