(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
複数本の強化繊維が一つの軸方向に引き揃えられた強化繊維シートが2枚以上積み重ねられた多軸積重物と、前記多軸積重物を拘束するように配置された、ガラス転移温度及び融点を有する素材からなるステッチング糸条とを含む多軸挿入編物基材前駆体に対して、加圧加熱処理を行うことを含むことを特徴とする多軸挿入編物基材の製造方法であって、
前記多軸積重物は、2枚以上の前記強化繊維シートがそれぞれの強化繊維の軸方向が二以上となるように積み重ねられており、
前記ステッチング糸条は、50〜400dtexのステッチング糸条であり、
前記加圧加熱処理は、ロールプレス装置を用いた加圧加熱処理であり、
前記加圧加熱処理における加熱温度が、前記ステッチング糸条のガラス転移温度より10℃以上高く、かつ、前記ステッチング糸条の融点より10度以上低い温度である、多軸挿入編物基材の製造方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1の多軸挿入編物基材においては、樹脂含浸時にステッチング糸条が溶解したとしても、強化繊維の分散を促す外力が存在しないため、十分に目開きを縮小させることは困難である。また、一般的に低融点ポリマーからなるステッチング糸条は、通常使用されるステッチング糸条と比較して強度に劣るため、多軸挿入編物基材の生産時に糸切れし、強化繊維の分離や目乱れ等が発生するなど、生産性に劣るという問題がある。
【0010】
このような状況下、本発明は、生産性の高い多軸挿入編物基材の製造方法、及び、表面平滑性に優れ、かつ、強度や弾性率の高い成形品を得ることができる多軸挿入編物基材、並びに前記多軸挿入編物基材を含む繊維強化複合材料を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は下記の態様を有する。
[1]複数本の強化繊維が一つの軸方向に引き揃えられた強化繊維シートが2枚以上積み重ねられた多軸積重物と、前記多軸積重物を拘束するように配置された、ガラス転移温度及び融点を有する素材からなるステッチング糸条とを含む多軸挿入編物基材前駆体に対して、加圧加熱処理を行うことを含むことを特徴とする多軸挿入編物基材の製造方法であって、
前記加圧加熱処理における加熱温度が、前記ステッチング糸条のガラス転移温度より10℃以上高く、かつ、前記ステッチング糸条の融点より10度以上低い温度である、多軸挿入編物基材の製造方法。
[2]前記多軸積重物は、2枚以上の前記強化繊維シートがそれぞれの強化繊維の軸方向が二以上となるように積み重ねられたものである、[1]に記載の多軸挿入編物基材の製造方法。
[3]前記ステッチング糸条は、拘束編地を形成している、[1]又は[2]に記載の多軸挿入編物基材の製造方法。
[4]前記加圧加熱処理における負荷線圧が、15N/cm以上150N/cm以下である、[1]〜[3]のいずれか一項に記載の多軸挿入編物基材の製造方法。
[5]前記加圧加熱処理において、加圧と加熱が同時に行われる、[1]〜[4]のいずれか一項に記載の多軸挿入編物基材の製造方法。
[6]前記強化繊維が炭素繊維である[1]〜[5]のいずれか一項に記載の多軸挿入編物基材の製造方法。
[7]前記ステッチング糸条が、ポリエステル、及びナイロンからなる群より選ばれる一種以上の素材からなる、[1]〜[6]のいずれか一項に記載の多軸挿入編物基材の製造方法。
【0012】
[8]複数本の強化繊維が一つの軸方向に引き揃えられた強化繊維シートが2枚以上積み重ねられた多軸積重物と、多軸積重物を拘束するように配置されたステッチング糸条とを含む多軸挿入編物基材であって、
前記ステッチング糸条の繊度s(dtex)、密度ρ(g/cm
3)及び円周率πを用いて
【数1】
と定義されるステッチング糸条の呼び直径d[μm]と、ステッチング糸条が強化繊維シートへ貫入する部位に生じる強化繊維の目開きの幅D[μm]とが、式(1)
D≦d ・・・(1)
を満たす、多軸挿入編物基材。
[9]前記強化繊維が炭素繊維である[8]に記載の多軸挿入編物基材。
[10]前記ステッチング糸条が、ポリエステル、及びナイロンからなる群より選ばれる一種以上の素材からなる、[8]又は[9]に記載の多軸挿入編物基材。
[11]前記ステッチング糸条は、拘束編地を形成している、[8]〜[10]のいずれか一項に記載の多軸挿入編物基材。
[12]前記拘束編地の編組織が、鎖編、シングルトリコット編、及びトリコットピラー編からなる群より選ばれる一種以上の編組織である、[11]に記載の多軸挿入編物基材。
【0013】
[13][8]〜[12]のいずれか一項に記載の多軸挿入編物基材と、マトリックス樹脂とを有する、繊維強化複合材料。
【発明の効果】
【0014】
本発明の多軸挿入編物基材の製造方法によれば、表面平滑性に優れ、かつ、強度や弾性率の高い成形品を得ることができる多軸挿入編物基材を、高い生産性の下で生産することができる。また、本発明の多軸挿入編物基材の製造法によれば、ステッチング糸条の溶融に起因するステッチング糸条の切断が防止されるため、強化繊維シートの強化繊維の分離や目乱れ等の、生産上の不都合を招き得る望ましくない影響の発生を抑制できる。
本発明の多軸挿入編物基材は、強化繊維の目開きが小さいため、目開き部分に生じる樹脂だまりが小さく成形品の表面平滑性に優れ、かつ、強化繊維の屈曲が小さく強度や弾性率の高い成形品を得ることができる。
本発明の繊維強化複合材料は、本発明の多軸挿入編物基材を含むため、表面平滑性に優れ、かつ、強度や弾性率が高い。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下の用語の定義は、本明細書及び特許請求の範囲にわたって適用される。
【0017】
「多軸挿入編物基材の基準方向」とは、拘束編地のウエール方向を意味する。また、多軸挿入編物基材の基準方向が0°方向であり、多軸挿入編物基材の基準方向に直交する方向が90°方向である。
「ウエール」とは、縦に連続したニードルループの列を意味し、「拘束編地のウエール方向」とは、拘束編地において、縦に連続したニードルループの列の方向を意味する。
「コース」とは、横に並んだニードルループの列を意味し、「拘束編地のコース方向」とは、拘束編地において、横に並んだニードルループの列の方向を意味する。
「ニードルループ」とは、編地におけるループの山の部分を意味する。
「シンカループ」とは、編地におけるループの谷の部分を意味する。具体的には、ニードルループ間をつなぐ部分である。
「閉じ目」とは、たて編の基本編目であり、交差したループを意味する。
「開き目」とは、たて編の基本編目であり、交差せずに左右に開いたループを意味する。
「たて編」とは、縦方向にループをつなぎ合わせた編物を意味する。
【0018】
<多軸挿入編物基材>
本発明の多軸挿入編物基材は、複数本の強化繊維が一つの軸方向に引き揃えられた強化繊維シートの2枚以上が積み重ねられた多軸積重物を備える。本発明の多軸挿入編物基材において、目的とする繊維強化複合材料に対して、複数方向に優れた機械特性を付与できるため、それぞれの強化繊維シートの強化繊維の軸方向が二以上となるように積み重ねられていることが好ましい。
本発明の多軸挿入編物基材は、多軸積重物を拘束するように配置されたステッチング糸条をさらに備える。本発明の多軸挿入編物基材において、このステッチング糸条は、多軸積重物を構成する2枚以上の強化繊維シートが一体化されるように編成された拘束編地を形成しているのが、目的とする繊維強化複合材料の製造工程において、多軸積重物の一体性を維持する上で好ましい。
【0019】
拘束編地が多軸積重物を拘束するとは、具体的には、多軸積重物の一方の面である第二の面に沿うように拘束編地のニードルループを形成し、ニードルループ間をつなぐ拘束編地のシンカループを多軸積重物の厚さ方向に貫通させ、その一部が多軸積重物のもう一方の面である第一の面に沿うように形成されることにより、多重積重物を拘束編地により拘束し、一体化することを意味する。
【0020】
図2は、多軸挿入編物基材前駆体における目開きが本発明の多軸挿入編物基材の製造方法により縮小する様子を示す概念図であり、
図2の下段の図は多軸挿入編物基材の第一の面の方向から見た一部切欠き正面図である。
多軸挿入編物基材は、多軸挿入編物基材の第一の面を含む第一の強化繊維シート10、及び多軸挿入編物基材の第二の面を含む第二の強化繊維シート20(
図1を参照のこと。)を含む。第一の強化繊維シート10の強化繊維12の軸方向は、多軸挿入編物基材の基準方向(0°方向)に対して+45°で配置されており、第二の強化繊維シート20の強化繊維22の軸方向は、多軸挿入編物基材の基準方向(0°方向)に対して−45°で配置されており、第一の強化繊維シート10と第二の強化繊維シート20が積み重ねられている。また、多軸挿入編物基材は、第一の強化繊維シート10と第二の強化繊維シート20とからなる多軸積重物30を拘束する拘束編地40を含む。拘束編地40は、ステッチング糸条42が鎖編されることにより編成されている。
【0021】
図1における多軸挿入編物基材前駆体1では、拘束編地40のシンカループが、ステッチング糸条のシンカループの貫入部位44において厚さ方向に貫通しているため、そのステッチング糸条のシンカループの貫入部位44においては、強化繊維シート10及び強化繊維シート20を構成する強化繊維12及び強化繊維22が押しのけられ、表面のステッチング糸条周辺に略ひし形の目開き50が生じる。
図2の下段の図における本発明の多軸挿入編物基材においては、本発明の多軸挿入編物基材の製造方法により、目開き50が、多軸挿入編物基材前駆体1の目開き50に比して縮小している。
【0022】
多軸挿入編物基材が成形品表面に用いられる場合、目開き50部分が樹脂ひけの原因となり、成形品の表面平滑性の低下を招く。従って、目開き50は小さいことが望ましい。なお、目開きの大きさを定量的に扱う際には、目開きの影響で屈曲していない表面の強化繊維方向と直交する方向での最大長さを目開きの幅Dとして扱い、目開きの幅Dは、ステッチング糸条の呼び直径以下であることが好ましい。
【0023】
(強化繊維)
強化繊維は、各種繊維の長繊維からなるものである。
強化繊維の素材としては、無機繊維、有機繊維、金属繊維、又はこれらの複合繊維等が挙げられる。
無機繊維としては、炭素繊維、黒鉛繊維、炭化珪素繊維、アルミナ繊維、タングステンカーバイド繊維、ボロン繊維、ガラス繊維等が挙げられる。
有機繊維としては、アラミド繊維、高密度ポリエチレン繊維、ナイロン繊維、ポリエステル繊維等が挙げられる。
金属繊維としては、ステンレスの繊維、鉄の繊維、金属を被覆した炭素繊維等が挙げられる。
強化繊維は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
強化繊維としては、繊維強化複合材料の強度、弾性率等の機械特性に優れる点から、炭素繊維、ガラス繊維、及びアラミド繊維からなる群より選ばれる1種以上の強化繊維が好ましく、炭素繊維を含むことがより好ましく、炭素繊維であることがさらに好ましい。
【0024】
強化繊維として炭素繊維を用いる場合、強度及び生産性に優れる点から、炭素繊維の繊度は0.1〜2.4dtexが好ましい。
【0025】
(強化繊維シート)
強化繊維シートは、複数本の強化繊維が互いに略平行になるように、一つの軸方向に引き揃えられたシートである。
強化繊維シートとしては、強化繊維のクリンプが小さく、機械特性に優れる繊維強化複合材料が得られる点から、ノンクリンプファブリック(NCF)が好ましい。
【0026】
強化繊維シートの1枚当たりの強化繊維の目付は、100〜2000g/m
2が好ましく、200〜800g/m
2がより好ましい。強化繊維シートの1枚当たりの強化繊維の目付が前記下限値以上であれば、ステッチング時の拘束による目隙が少なく、均一で機械特性の安定した多軸挿入編物基材が得られる。強化繊維シートの1枚当たりの強化繊維の目付が前記上限値以下であれば、ステッチング時のニードル貫通による毛羽の発生が少なく、機械特性に優れた多軸挿入編物基材が得られる。
【0027】
強化繊維として炭素繊維を用いる場合、強化繊維シートの1枚当たりの厚さは、0.1〜2mmが好ましく、0.2〜0.8mmがより好ましい。
【0028】
(多軸積重物)
多軸積重物は、2枚以上の強化繊維シートが積み重ねられた積層体である。多軸積重物において、2枚以上の強化繊維シートは、それぞれの強化繊維シートの強化繊維の軸方向が二以上となるように積み重ねられていることが好ましい。
多軸積重物としては、複数方向に優れた機械特性を有し、かつ、成形時の熱反りを抑制できる点から、前記二以上の軸方向が直交していることが好ましく、さらに多軸挿入編物基材の基準方向に対して対称とされていることがより好ましい。
【0029】
多軸積重物が2枚の強化繊維シートからなる場合、多軸挿入編物基材の基準方向(0°方向)に対して、強化繊維の軸方向が+45°である第一の強化繊維シートと、−45°である第二の強化繊維シートとを積層させる態様(+45/−45)、強化繊維の軸方向が0°である第一の強化繊維シートと、+90°である第二の強化繊維シートとを積層させる態様(0/+90)等が挙げられる。
また、多軸積重物が3枚の強化繊維シートからなる場合、強化繊維の軸方向が0°である強化繊維シート、強化繊維の軸方向が+45°である強化繊維シート、強化繊維の軸方向が−45°である強化繊維シートをこの順で積層させる態様(0/+45/−45)、強化繊維の軸方向が+45°である強化繊維シート、強化繊維の軸方向が0°である強化繊維シート、強化繊維の軸方向が−45°である強化繊維シートをこの順で積層させる態様(+45/0/−45)、強化繊維の軸方向が0°である強化繊維シート、強化繊維の軸方向が+60°である強化繊維シート、強化繊維の軸方向が−60°である強化繊維シートをこの順で積層させる態様(0/+60/−60)、強化繊維の軸方向が+60°である強化繊維シート、強化繊維の軸方向が0°である強化繊維シート、強化繊維の軸方向が−60°である強化繊維シートをこの順で積層させる態様(+60/0/−60)等が挙げられる。
さらに、多軸積重物が4枚の強化繊維シートからなる場合、強化繊維の軸方向が+45°である強化繊維シート、強化繊維の軸方向が−45°である強化繊維シート、強化繊維の軸方向が−45°である強化繊維シート、強化繊維の軸方向が+45°である強化繊維シートをこの順で積層させる態様(+45/−45/−45/+45)、強化繊維の軸方向が+45°である強化繊維シート、強化繊維の軸方向が−45°である強化繊維シート、強化繊維の軸方向が+45°である強化繊維シート、強化繊維の軸方向が−45°である強化繊維シートをこの順で積層させる態様(+45/−45/+45/−45)、強化繊維の軸方向が0°である強化繊維シート、強化繊維の軸方向が+45°である強化繊維シート、強化繊維の軸方向が+90°である強化繊維シート、強化繊維の軸方向が−45°である強化繊維シートを任意の順で積層させる態様(0/+45/+90/−45)等が挙げられる。
上記強化繊維の軸方向の角度の正負は、それぞれ逆であってもよい。
【0030】
(ステッチング糸条)
ステッチング糸条は、多軸積重物を拘束するように配置される。
また、本発明に係るステッチング糸条は、ガラス転移温度及び融点を有し、常温ではある程度の強度及び剛性を有し、多軸挿入編物基材の生産時の糸切れ等のトラブルが起こりにくく、かつ、加熱した際には容易に軟化し、強化繊維に対する拘束を弱めるが容易には切断されないことが求められる。そのため、40〜100℃のガラス転移温度と200℃以上の融点を有することが好ましい。
【0031】
上記のようなガラス転移温度と融点を有する素材としては、ポリエステル、ナイロン、ポリエチレン、ポリプロピレン等を挙げることができ、コスト及び強度の面からポリエステル、及びナイロンからなる群より選ばれる1種以上の素材が好ましく、ポリエステルがより好ましい。
【0032】
ステッチング糸条の太さは、50〜400dtexであることが好ましく、70〜300dtexであることがより好ましい。ステッチング糸条の太さが前記下限値以上であれば、多軸挿入編物基材の生産時に糸切れが起こりにくい。ステッチング糸条の太さが前記上限値以下であれば、目開きが大きくなりすぎず、成形体の表面平滑性を損なうことがない。
ステッチング糸条は容易に変形してしまうため、直径などの断面の幾何学形状を直接測定することは困難である。そこで、ステッチング糸条の太さを定量的に扱う際には、ステッチング糸条と同じ材質、かつ、同じ繊度である断面円形状の単繊維を想定し、その直径をステッチング糸条の呼び直径dとして扱う。呼び直径d(単位:μm)は、繊度s(単位:dtex)、密度ρ(単位:g/cm
3)及び円周率πを用いて、以下の式で定義される。
【0034】
(拘束編地)
ステッチング糸条は、多軸積重物を構成する2枚以上の強化繊維シートが一体化されるように編成された拘束編地を形成していることが好ましい。
【0035】
拘束編地の編組織は特に限定されず、公知の編組織を採用することができる。拘束編地の編組織としては、鎖編、シングルトリコット編、トリコットピラー編、シングルコード編、シングルサテン編、シングルベルベット編、プレーントリコット編、ダブルコード編、ハーフトリコット編等が挙げられ、鎖編、シングルトリコット編、及びトリコットピラー編からなる群より選ばれる一種以上の編組織であることが好ましく、鎖編又はシングルトリコット編であることがより好ましい。
拘束編地の編目は特に限定されず、閉じ目であっても、開き目であっても、閉じ目と開き目との組合せであってもよい。
【0036】
拘束編地におけるコース方向のウエールの密度は、1.4〜6.7回/cmが好ましく、2.0〜4.0回/cmがより好ましい。拘束編地におけるコース方向のウエールの密度が前記下限値以上であれば、多軸性重物の拘束が緩くなることがなく、取扱いが容易となる。拘束編地におけるコース方向のウエールの密度が前記上限値以下であれば、ループ数の増加を抑制し良好な生産性を維持できる。
拘束編地におけるコース方向のウエールの間隔は、2.5〜25.4mmが好ましく、5.0〜10.2mmがより好ましい。拘束編地におけるコース方向のウエールの間隔が前記下限値以上であれば、良好な生産性を維持できる。拘束編地におけるコース方向のウエールの間隔が前記上限値以下であれば、多軸性重物の拘束が緩くなることがなく、取扱いが容易となる。
【0037】
(多軸挿入編物基材の製造方法)
本発明の多軸挿入編物基材の製造方法は、
図2に示すように、多軸積重物と、多軸積重物を拘束するように配置された拘束編地とを含む多軸挿入編物基材前駆体に対して、加圧加熱処理を行うことを特徴とする。ここで、多軸挿入編物基材前駆体とは、加圧加熱処理を行う前の多軸挿入編物基材を意味する。
【0038】
本発明の多軸挿入編物基材は、多軸積重物と、多軸積重物を拘束するように配置された拘束編地とを含み、拘束編地を構成するステッチング糸条の呼び直径d[μm]と、ステッチング糸条が強化繊維シートへ貫入した部位に生じる強化繊維の目開きの幅D[μm]とが、式(1)を満たす。
D≦d ・・・(1)
【0039】
しかし、
図2の上段の図に示すような、加圧加熱処理を行わない多軸挿入編物基材前駆体のような多軸挿入編物基材においては、ステッチング糸条が強化繊維シートへ貫入した部位に生じる強化繊維の目開きの幅が、ステッチング糸条を強化繊維シートへ貫入させる際に使用するニードルの太さまで広げられ、さらにステッチング糸条の張力によってさらに広げられる。従って、このような多軸挿入編物基材では、上記式(1)を満たさない。
【0040】
本発明の多軸挿入編物基材の製造方法においては、
図2の上段の図に示すような多軸挿入編物基材前駆体に対して、
図2の中段の図に示すような加圧加熱処理を行う。加圧加熱処理においては、加圧と加熱とが同時に行われてもよく、加熱が加圧に先行して行われてもよい。加圧加熱処理は、加圧と加熱を同時に行うことが好ましい。これは、本発明に係るステッチング糸条は、加熱した際に容易に軟化するため、前記加熱により、強化繊維に対する拘束を弱めるが、それと同時に、多軸挿入編物基材前駆体の厚さ方向に加圧を行う前記加圧により、強化繊維が目開きを埋める方向に移動するため、
図2の下段の図に示す多軸挿入編物基材の目開きを、
図2の上段の図に示す多軸挿入編物基材前駆体の目開きに比して十分に縮小させることができるためである。
【0041】
従って、加圧加熱処理における加熱温度は、ステッチング糸条を軟化させることができる温度である必要があり、かつ、ステッチング糸条の切断が防止される温度でなければならない。具体的には、前記加圧加熱処理における加熱温度は、ステッチング糸条を軟化させるために、ステッチング糸条のガラス転移温度より高い温度が必要であり、かつ、ステッチング糸条の切断を防止するために、ステッチング糸条の融点より低い温度である必要があり、ステッチング糸条のガラス転移温度より10℃以上高く、かつ、ステッチング糸条の融点より10℃以上低い温度であることが好ましく、使用エネルギー量の観点から、ステッチング糸条のガラス転移温度より10℃以上高く、かつ、ステッチング糸条の融点より50℃以上低い温度であることがより好ましい。
【0042】
一方、加圧加熱処理における負荷線圧は、15N/cm以上150N/cm以下であることが好ましく、20N/cm以上50N/cm以下であることがより好ましい。加圧加熱処理における負荷線圧が前記下限値以上であれば、目開きを埋める方向への強化繊維の十分な移動が可能となる。加圧加熱処理における負荷線圧が前記上限値以下であれば、ステッチング糸条の切断が防止され、強化繊維の分離や目乱れ等の望ましくない影響の発生を抑制できる。
【0043】
加圧加熱処理を行う方法としては、ロールプレス装置、平板プレス装置、剛球開繊装置、エアジェット開繊装置などを用いて行う方法を挙げることができ、連続処理が可能である点から、
図2の中段の図に示すようなロールプレス装置を用いて行う方法が好ましい。
【0044】
<繊維強化複合材料>
本発明の繊維強化複合材料は、本発明の多軸挿入編物基材と、マトリックス樹脂とを有する。
【0045】
(マトリックス樹脂)
マトリックス樹脂としては、熱硬化性樹脂の硬化物、熱可塑性樹脂が挙げられる。
【0046】
熱硬化性樹脂としては、エポキシ樹脂、ビニルエステル樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、ポリイミド樹脂、マレイミド樹脂、フェノール樹脂等が挙げられ、価格、取扱い性、物性のコントロールの容易性に優れる点から、エポキシ樹脂が好ましい。
熱硬化性樹脂は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0047】
熱可塑性樹脂としては、ポリアミド(ナイロン6、ナイロン66等)、ポリオレフィン(ポリエチレン、ポリプロピレン等)、変性ポリオレフィン、ポリエステル(ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート等)、ポリカーボネイト、ポリアミドイミド、ポリフェニレンオキシド、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルイミド、ポリスチレン、アクリロニトリル−ブチレン−スチレン共重合体、ポリフェニレンサルファイド、液晶ポリエステル、アクリロニトリル−スチレン共重合体等が挙げられる。
熱可塑性樹脂は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。また、ナイロン6とナイロン66との共重合体ナイロンのように、共重合したものであってもよい。
【0048】
マトリックス樹脂は、繊維強化複合材料の要求物性に応じて、1種又はそれ以上の添加剤を含んでいてもよい。
添加剤としては、難燃剤、耐候性改良剤、酸化防止剤、熱安定剤、紫外線吸収剤、可塑剤、滑剤、着色剤、相溶化剤、導電性フィラー等が挙げられる。
【0049】
(繊維強化複合材料の製造方法)
本発明の繊維強化複合材料は、成形型の上にマトリックス樹脂組成物が含浸されていない本発明の多軸挿入編物基材を配置し、これにマトリックス樹脂組成物を含浸させた後、プリフォーム化し、これを成形、硬化させることによって製造することができる。
また、本発明の繊維強化複合材料は、本発明の多軸挿入編物基材にマトリックス樹脂組成物を含浸させてプリプレグとし、これを成形、硬化させることによって製造することができる。
上記に例示したいずれの方法においても、1枚の本発明の多軸挿入編物基材を用いてもよく、2枚以上の多軸挿入編物基材を積み重ねて用いてもよい。
【実施例】
【0050】
以下、実施例及び比較例を用いて本発明を詳細に説明するが、本発明はその要旨を超えない限り以下の記載によって限定されるものではない。
【0051】
[目開きの幅の測定]
強化繊維シートにステッチング糸条が貫入する部分に生じる目開きにおいて、目開きの影響で屈曲していない表面の強化繊維方向と直交する方向での最大長さを目開きの幅とした。拘束編地のシンカループが存在する側を表側とし、加圧加熱処理された試験片(多軸挿入編物基材)をマイクロスコープ(株式会社キーエンス製、VHX−5000)により、表側の面と直交する方向から観察し、基準プレートにより構成したマイクロスコープの長さ測定機能を使用してサンプル中心の30mm×30mmの領域にある目開き約60個の幅を測定し、その平均値を目開きの幅とした。
【0052】
[表面粗さの測定]
表面粗さ測定器(株式会社 ミツトヨ、サーフテスト402)を用いて、レンジ5μm、基準長さ2.5mm、測定区間5か所の設定で、表面粗さRa(中心線平均値)を測定した。
【0053】
(実施例1)
強化繊維として炭素繊維(三菱レイヨン株式会社製、パイロフィル(登録商標)TRW40 50L)を用い、複数本の強化繊維が一つの軸方向に引き揃えられた、強化繊維の目付が150g/m
2の強化繊維シートを作製した。
得られた強化繊維シート2枚を、強化繊維の軸方向が互いに直交するように積み重ね、多軸積重物とした。
ポリエステル糸(Tenzler GmBH製、dtex78f36 text.roh halbmatt、78dtex、36フィラメント、ガラス転移温度80℃、融点220℃、密度1.4g/cm
3、呼び直径84.2μm)を編成してなる鎖編の拘束編地を用いて、強化繊維の方向が多軸挿入編物基材の基準方向に対して+45°/−45°となるように多軸積重物を拘束し、一体化させて
図1に示すような多軸挿入編物基材前駆体を作製した。拘束編地におけるコース方向のウエールの密度は3回/cmであり、コース方向のウエールの間隔は5mmであった。
前記多軸挿入編物基材から100mm×100mmの試験片を切り出し、ロールプレス装置(アサヒ繊維機械株式会社製、JR−600LTSW)を用いて、前記試験片を加熱温度150℃、負荷線圧37N/cmの条件でロールプレス処理することにより、多軸挿入編物基材を得た。
得られた多軸挿入編物基材における目開きの幅は72.5μmであった。
【0054】
(比較例1)
ロールプレス処理を行わなかった以外は、実施例1と同様にして多軸挿入編物基材を得た。
得られた多軸挿入編物基材における目開きの幅は363.2μmであった。
【0055】
(実施例2)
拘束編地としてシングルトリコット編の拘束編地を用いた以外は、実施例1と同様にして多軸挿入編物基材を得た。
得られた多軸挿入編物基材における目開きの幅は37.3μmであった。
【0056】
(比較例2)
ロールプレス処理を行わなかった以外は、実施例2と同様にして多軸挿入編物基材を得た。
得られた多軸挿入編物基材における目開きの幅は126.7μmであった。
【0057】
(実施例3)
ロールプレス処理における負荷線圧を30N/cmとした以外は、実施例1と同様にして多軸挿入編物基材を得た。
得られた多軸挿入編物基材における目開きの幅は58.3μmであった。
【0058】
(実施例4)
ロールプレス処理における負荷線圧を23N/cmとした以外は、実施例1と同様にして多軸挿入編物基材を得た。
得られた多軸挿入編物基材における目開きの幅は70.6μmであった。
【0059】
(実施例5)
ロールプレス処理における負荷線圧を15N/cmとした以外は、実施例1と同様にして多軸挿入編物基材を得た。
得られた多軸挿入編物基材における目開きの幅は80.1μmであった。
【0060】
(実施例6)
ロールプレス処理における加熱温度を200℃とした以外は、実施例1と同様にして多軸挿入編物基材を得た。
得られた多軸挿入編物基材における目開きの幅は62.4μmであった。
【0061】
(実施例7)
ロールプレス処理における加熱温度を180℃とした以外は、実施例1と同様にして多軸挿入編物基材を得た。
得られた多軸挿入編物基材における目開きの幅は59.8μmであった。
【0062】
(実施例8)
ロールプレス処理における加熱温度を120℃とした以外は、実施例1と同様にして多軸挿入編物基材を得た。
得られた多軸挿入編物基材における目開きの幅は72.4μmであった。
【0063】
(実施例9)
ロールプレス処理における加熱温度を100℃とした以外は、実施例1と同様にして多軸挿入編物基材を得た。
得られた多軸挿入編物基材における目開きの幅は72.9μmであった。
【0064】
(実施例10)
ロールプレス処理における加熱温度を90℃とした以外は、実施例1と同様にして多軸挿入編物基材を得た。
得られた多軸挿入編物基材における目開きの幅は61.3μmであった。
【0065】
(比較例3)
ロールプレス処理における加熱温度を80℃とした以外は、実施例1と同様にして多軸挿入編物基材を得た。
得られた多軸挿入編物基材における目開きの幅は109.9μmであった。
【0066】
(実施例11)
実施例1で得られた多軸挿入編物基材を4枚積層し、インフュージョン成形用エポキシ樹脂(ナガセケムテックス株式会社製、XNR6815)、及び硬化剤(ナガセケムテックス株式会社製、XNH6815)を、100:27の質量比で混合した樹脂を、VaRTM法により含浸させ、硬化温度80℃、硬化時間2時間の硬化条件で成形し、肉厚約2mmのCFRPパネルを得た。
得られたCFRPパネルの表面粗さRaは0.12μmであった。
【0067】
(比較例4)
実施例1で得られた多軸挿入編物基材に代えて、比較例1で得られた多軸挿入編物基材を用いた以外は、実施例11と同様にしてCFRPパネルを得た。
得られたCFRPパネルの表面粗さRaは0.38μmであった。
【0068】
(実施例12〜20)
実施例1で得られた多軸挿入編物基材に代えて、実施例2〜10で得られた多軸挿入編物基材を用いた以外は、実施例11と同様にして得られるCFRPパネルの表面粗さRaは0.15μm以下となる。
【0069】
(比較例5〜6)
実施例1で得られた多軸挿入編物基材に代えて、比較例2及び3で得られた多軸挿入編物基材を用いた以外は、実施例11と同様にして得られるCFRPパネルの表面粗さRaは0.20μm以上となる。
【0070】
本発明の多軸挿入編物基材の製造方法に従って製造された実施例1〜10の多軸挿入編物基材は、その目開きの幅が使用したステッチング糸条の呼び直径83.1μm以下であり、目開きが十分に縮小されていた。
また、本発明の多軸挿入編物基材を含む繊維強化複合材料であるCFRPパネルでは表面平滑性に優れていた。
【0071】
一方、本発明の多軸挿入編物基材の製造方法における加圧加熱処理を行わなかった比較例1及び比較例2の多軸挿入編物基材は、その目開きの幅が使用したステッチング糸条の呼び直径84.2μmより大きかった。同様に、本発明の多軸挿入編物基材の製造方法における加熱温度に満たない加熱温度で加圧加熱処理された比較例3の多軸挿入編物基材においても、その目開きの幅が使用したステッチング糸条の呼び直径84.2μmより大きく、目開きが十分に縮小されていなかった。
また、これらの多軸挿入編物基材を含む繊維強化複合材料であるCFRPパネルでは表面平滑性に劣っていた。