(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6333509
(24)【登録日】2018年5月11日
(45)【発行日】2018年5月30日
(54)【発明の名称】還元された桂皮酸類縁化合物含有画分の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12P 7/42 20060101AFI20180521BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20180521BHJP
C12R 1/225 20060101ALN20180521BHJP
【FI】
C12P7/42
C12Q1/02
C12P7/42
C12R1:225
【請求項の数】1
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2012-140776(P2012-140776)
(22)【出願日】2012年6月22日
(65)【公開番号】特開2014-3929(P2014-3929A)
(43)【公開日】2014年1月16日
【審査請求日】2015年5月26日
【審判番号】不服2016-18446(P2016-18446/J1)
【審判請求日】2016年12月8日
【微生物の受託番号】IPOD FERMBP-10953
(73)【特許権者】
【識別番号】711002926
【氏名又は名称】雪印メグミルク株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000774
【氏名又は名称】特許業務法人 もえぎ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】上西 寛司
(72)【発明者】
【氏名】瀬戸 泰幸
(72)【発明者】
【氏名】東 直樹
(72)【発明者】
【氏名】守屋 智博
(72)【発明者】
【氏名】日吉 麻子
(72)【発明者】
【氏名】大淵 俊
【合議体】
【審判長】
福井 悟
【審判官】
山本 匡子
【審判官】
高堀 栄二
(56)【参考文献】
【文献】
特表2011−500736(JP,A)
【文献】
特開2003−176234(JP,A)
【文献】
特開2009−244015(JP,A
【文献】
国際公開第2005/92122(WO,A1)
【文献】
国際公開第2012/9961(WO,A1)
【文献】
特開2010−99024(JP,A)
【文献】
特開2006−61091(JP,A)
【文献】
特開2007−308373(JP,A)
【文献】
特開2007−82403(JP,A)
【文献】
特開2006−325576(JP,A)
【文献】
特開2010−46046(JP,A)
【文献】
特開2010−173984(JP,A)
【文献】
特開2000−41665(JP,A)
【文献】
国際公開第2012/43920(WO,A1)
【文献】
Food Microbiology、2000.、17、p.341−347
【文献】
Appl Environ Microbiol、2007.vol.73, no.17、p.5547−5552
【文献】
J Sci Food Agric、2012.02.20、92、p.2291−2296
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P7/00-7/66
C12Q1/00-1/70
C12N1/00-38
C12N9/00-99
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
MEDLINE/BIOSIS/WPIDS/(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
還元された桂皮酸類縁化合物産生能を有する乳酸菌菌株を植物素材中で培養する工程を含むことを特徴とする、植物素材中における還元された桂皮酸類縁化合物濃度を増加させる方法であって、
前記還元された桂皮酸類縁化合物は、ジヒドロフェルラ酸、ジヒドロパラクマル酸又はジヒドロコーヒー酸であり、
前記還元された桂皮酸類縁化合物産生能を有する乳酸菌菌株が下記性質を有し、かつ、下記乳酸菌群から選択される乳酸菌菌株である、前記方法;
性質:フェルラ酸エチルを0.05重量%添加した培地において、前記乳酸菌の至適温度で48時間培養したとき、前記フェルラ酸エチルの30%以上をジヒドロフェルラ酸として遊離する性質
乳酸菌群:
ラクトバチルス・アシドフィルス(ただし、JCM1132を除く)、
ラクトバチルス・ガセリ(ただし、JCM1131を除く)、
ラクトバチルス・クリスパタス(ただし、JCM1185を除く)、
ラクトバチルス・アミロボラス(ただし、JCM1126及びJCM1127を除く)、
ラクトバチルス・ジョンソニー(ただし、JCM2012を除く)、
ラクトバチルス・ケフィラノファシエンス、
ラクトバチルス・ガリナラム(ただし、JCM2011を除く)、
ラクトバチルス・ファーメンタム(ただし、JCM1560及びJCM1137
を除く)、
ラクトバチルス・デルブルイッキー、
ラクトバチルス・ブクネリ、
エンテロコッカス・フェカリス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フェルラ酸(Ferulic acid)などの桂皮酸類縁化合物を産生する能力を有し、かつフェルラ酸などの桂皮酸類縁化合物を還元する能力を有する乳酸菌を用いて植物素材を処理する工程を含むことを特徴とする還元された桂皮酸類縁化合物含有画分の製造方法に関する。また、上記能力を有する乳酸菌及び還元された桂皮酸類縁化合物を含有する植物素材由来の乳酸菌発酵飲食品、上記能力を有する乳酸菌のスクリーニング方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、生活習慣病や癌、老化などを促進する要因として、生体内における酸化ストレスが重要な因子であることが明らかとなりつつある。酸化ストレスとは、様々な要因(紫外線、喫煙、食品添加物、病原菌、精神的ストレス、過激な運動、虚血、炎症など)により生体内で活性酸素種(ROS)・フリーラジカルが発生する状態であり、それによるダメージが細胞や組織に蓄積することで、最終的に生活習慣病や癌、老化を促進する。生体内には元来、このような酸化ストレスに対する防御機構が備わっており、ROSの発生を抑制したり、ダメージを受けた細胞・組織を修復したりする作用がある。更にヒトは、抗酸化物質を体内で合成したり外部から摂取したりすることにより、体内で発生するフリーラジカルを消去している。ビタミンA・C・E、コエンザイムQ10、αリポ酸、グルタチオンは代表的な抗酸化物質であるが、食品由来の抗酸化成分としては更に、トマトのリコピン、緑茶のカテキン、赤ワインのポリフェノール、ブルーベリーのアントシアニンなども知られている。また、広く植物体内に存在する抗酸化物質として、フェルラ酸やパラクマル酸等のフェノール性化合物が知られており、特に米ぬかや果物、野菜の皮等に多く含まれていることが報告されている。
フェルラ酸やパラクマル酸は、食物中では主に食物繊維(ヘミセルロース)や糖等とエステルの形態で結合しており、そのままの状態では生体内での吸収性が悪い。結合型のフェルラ酸は腸内細菌等により分解を受けることでその一部が遊離のフェルラ酸となり、腸管より吸収されるとされているが、個々人の腸内細菌叢によらず、植物素材から機能性の高いフェルラ酸等を効果的に摂取するためには、事前にフェルラ酸を遊離の形に変換しておくことが重要であると考えられる。一方で、遊離フェルラ酸でも100%が吸収されるわけではなく、また吸収後速やかに消費されてしまうため、遊離フェルラ酸の吸収性と血中での安定性が改善されれば、ヒトが摂取した際の抗酸化能力がより高まることが期待される。
植物体からフェルラ酸類を遊離する方法として、物理化学的処理、酵素処理、微生物処理等による方法についての報告がある。物理化学的処理法としては、米ぬかから米サラダ油、脂肪酸を抽出した残渣をアルカリ処理してフェルラ酸を生成する方法(特許文献1)があるが、高温でアルカリ処理し、その後抽出操作が必要となるため、工程が煩雑といった課題がある。リグニンを、水蒸気を含む気体で高温高圧処理することにより、フェルラ酸等の化合物量を増加させる方法(特許文献2)も知られているが、高温高圧処理のための設備が必要となる。
酵素を用いる方法としては、米ぬかのエタノール抽出物を酵素処理することにより、フェルラ酸を遊離する方法(特許文献3)が知られているが、エタノール抽出とその後の乾燥工程があり、作業が煩雑でエネルギーコストも高い。フェルラ酸エステラーゼやキシラナーゼ、セルラーゼ活性を有する酵素を用いて、遊離フェルラ酸を高含有する発酵アルコール飲料を製造する方法(特許文献4)も報告があるが、実際の工程を考えると、酵素の添加・反応工程が煩雑となり、酵素のコストの問題もある。
微生物を用いる方法としては、ペニシリウム・クリソゲナムの培養液とシュガービートパルプを反応させることによりフェルラ酸を遊離する方法(特許文献5)や、フェルラ酸エステラーゼ活性を有する麹菌を使用すること特徴とする高香味穀類蒸留酒に関する特許(特許文献6)があるが、これらの微生物はプロテアーゼ等の他の酵素活性も強いため、植物素材の風味を大きく変えてしまう可能性がある。
また、遊離のフェルラ酸を合成する方法として、シュードモナス・フルオレッセンス(Pseudomonas fluorescens)を用いて、オイゲノールからフェルラ酸を産生する方法(特許文献7、8)が知られているが、オイゲノールは、過剰摂取により血尿・痙攣・下痢・吐き気・意識喪失・めまい・動悸等の症状があらわれるほか、皮膚に触れるとアレルギー反応により皮膚炎を起こすことがある。そのため、食品に残存した場合の安全性に課題がある。ベンズアルデヒド誘導体を触媒の存在下、マロン酸または無水酢酸と反応させることによりフェルラ酸を誘導させる方法(特許文献9)も知られているが、135℃程度に加熱処理する必要があり、そのための設備が必要となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特公平7−78032号公報
【特許文献2】特許第4398867
【特許文献3】特開2006−166834号公報
【特許文献4】特開2010−148485号公報
【特許文献5】特開2006−67803号公報
【特許文献6】特開2004−236634号公報
【特許文献7】特開平9−154591号公報
【特許文献8】特開平5−227980号公報
【特許文献9】特許第3271873
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、植物素材及び乳酸菌を用いた還元された桂皮酸類縁化合物含有画分の製造方法、乳酸菌及び還元された桂皮酸類縁化合物を含有する植物素材由来の乳酸菌発酵飲食品、フェルラ酸などの桂皮酸類縁化合物を産生する能力を有し、かつフェルラ酸などの桂皮酸類縁化合物をより生体への移行性や安定性が高い還元体に変換する能力を有する乳酸菌のスクリーニング方法を提供すること等を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決するため、本発明者らは、食経験があり、安全に食することができる乳酸菌をターゲットとして、まずフェルラ酸を植物素材から遊離する乳酸菌を探索した結果、一部の乳酸菌において、フェルラ酸を遊離するフェルラ酸エステラーゼ活性を見出した。ところが、そのうちのある種の乳酸菌はフェルラ酸をジヒドロフェルラ酸(3−(4−Hydroxy−3−methoxyphenyl)propionic acid)に代謝するフェルラ酸リダクターゼ活性も保有していることが明らかとなった。本発明者らの鋭意検討の結果、このジヒドロフェルラ酸がフェルラ酸よりも生体への移行性・安定性が向上していることを見出した。以上の知見から、今回見出されたフェルラ酸エステラーゼ活性を持ち、且つフェルラ酸リダクターゼ活性を持つ乳酸菌で植物素材を発酵させることにより、フェルラ酸よりも生体への移行性・安定性が向上した遊離のジヒドロフェルラ酸を生成・蓄積することができ、摂食した際の生体内での抗酸化性を高めた飲食品を提供することができる。さらに、本発明者らは、フェルラ酸エステラーゼ活性を持ち、且つフェルラ酸リダクターゼ活性を持つ乳酸菌につき、フェルラ酸以外の桂皮酸類縁化合物としてコーヒー酸(Caffeic acid)やパラクマル酸(p−Coumaric acid)のエステルからの遊離活性・還元活性を調べたところ、これらの乳酸菌がジヒドロコーヒー酸(3−(3、4−Dihydroxyphenyl)propionic acid)、ジヒドロパラクマル酸(3−(p−Hydroxyphenyl)propionic acid)の産生能を有することを見出した。したがって、本発明は多様な還元された桂皮酸類縁化合物の製造方法等を提供する。さらに、本発明は、ジヒドロフェルラ酸等を遊離、蓄積する乳酸菌を取得するための方法として、フェルラ酸などの桂皮酸類縁化合物を産生する能力を有し、かつフェルラ酸などの桂皮酸類縁化合物をより生体への移行性が高い還元体に変換する能力を有する乳酸菌のスクリーニング方法を提供する。
すなわち、本発明は下記(1)から(12)を提供する。
(1)還元された桂皮酸類縁化合物産生能を有する乳酸菌を植物素材中で培養する工程を含むことを特徴とする、還元された桂皮酸類縁化合物含有画分の製造方法。
(2)前記還元された桂皮酸類縁化合物産生能を有する乳酸菌が下記性質を有するものである、上記(1)に記載の還元された桂皮酸類縁化合物含有画分の製造方法;
性質:フェルラ酸エチルを0.05重量%添加した培地において、前記乳酸菌の至適温度で48時間培養したとき、前記フェルラ酸エチルの30%以上をジヒドロフェルラ酸として遊離する性質。
(3)前記還元された桂皮酸類縁化合物産生能を有する乳酸菌がラクトバチルス属の乳酸菌である、上記(1)又は(2)に記載の製造方法。
(4)前記還元された桂皮酸類縁化合物産生能を有する乳酸菌が下記乳酸菌群から選択される、上記(1)から(3)に記載の還元された桂皮酸類縁化合物含有画分の製造方法;
乳酸菌群:ラクトバチルス・アシドフィルス、ラクトバチルス・ガセリ、ラクトバチルス・クリスパタス、ラクトバチルス・アミロボラス、ラクトバチルス・ジョンソニー、ラクトバチルス・ケフィラノファシエンス、ラクトバチルス・ガリナラム、ラクトバチルス・ファーメンタム、ラクトバチルス・デルブルイッキー、ラクトバチルス・ブクネリ、エンテロコッカス・フェカリス。
(5)前記還元された桂皮酸類縁化合物が、ジヒドロフェルラ酸、ジヒドロパラクマル酸又はジヒドロコーヒー酸である、上記(1)から(4)のいずれか1項に記載の還元された桂皮酸類縁化合物含有画分の製造方法。
(6)還元された桂皮酸類縁化合物産生能を有する乳酸菌及び還元された桂皮酸類縁化合物を少なくとも含有する、植物素材由来の乳酸菌発酵飲食品。
(7)前記還元された桂皮酸類縁化合物産生能を有する乳酸菌が下記性質を有するものである、上記(6)に記載の乳酸菌発酵飲食品;
性質:フェルラ酸エチルを0.05重量%添加した培地において、前記乳酸菌の至適温度で48時間培養したとき、前記フェルラ酸エチルの30%以上をジヒドロフェルラ酸として遊離する性質。
(8)前記還元された桂皮酸類縁化合物産生能を有する乳酸菌がラクトバチルス属の乳酸菌である、上記(6)又は(7)に記載の乳酸菌発酵飲食品。
(9)前記還元された桂皮酸類縁化合物産生能を有する乳酸菌が下記乳酸菌群から選択される乳酸菌である、上記(6)から(8)のいずれか1項に記載の乳酸菌発酵飲食品;
乳酸菌群:ラクトバチルス・アシドフィルス、ラクトバチルス・ガセリ、ラクトバチルス・クリスパタス、ラクトバチルス・アミロボラス、ラクトバチルス・ジョンソニー、ラクトバチルス・ケフィラノファシエンス、ラクトバチルス・ガリナラム、ラクトバチルス・ファーメンタム、ラクトバチルス・デルブルイッキー、ラクトバチルス・ブクネリ、エンテロコッカス・フェカリス。
(10)前記還元された桂皮酸類縁化合物が、ジヒドロフェルラ酸、ジヒドロパラクマル酸又はジヒドロコーヒー酸である、上記(6)から(9)のいずれか1項に記載の乳酸菌発酵飲食品。
(11)下記ステップを少なくとも含むことを特徴とする、還元された桂皮酸類縁化合物産生能を有する乳酸菌のスクリーニング方法;
ステップ1:フェルラ酸エチルを含有する培地で検体乳酸菌を培養し、産生されたジヒドロフェルラ酸を定量するステップ
ステップ2:ステップ1において、フェルラ酸エチルに対して一定割合以上のジヒドロフェルラ酸を産生する性質を有する乳酸菌を判定するステップ。
(12)上記(11)に記載のスクリーニング方法によって還元された桂皮酸類縁化合物産生能を有すると判定された乳酸菌であって、下記性質を有する乳酸菌;
性質:フェルラ酸エチルを0.05重量%添加した培地において、前記乳酸菌の至適温度で48時間培養したとき、前記フェルラ酸エチルの30%以上をジヒドロフェルラ酸として遊離する性質。
【発明の効果】
【0006】
本発明の製造方法によれば、非常に簡便、効率的、安価な方法で、還元された桂皮酸類縁化合物含有画分を製造することができる。特に、本発明の製造方法は乳酸菌発酵を利用するため、特別な設備を必要とせず、10℃から50℃といったコントロールしやすい温度帯で野菜素材中の還元された桂皮酸類縁化合物量を増加させることができる。また、原料として植物素材を用いるため、得られる還元された桂皮酸類縁化合物含有画分は、安全性、栄養価が非常に高く、乳酸菌による発酵のため風味にも優れ、特に飲食品の用途に好適である。還元された桂皮酸類縁化合物含有画分中の植物由来成分は、還元された桂皮酸類縁化合物が生体内で吸収しやすい形態となっていると同時に、桂皮酸類縁化合物よりも安定性が向上しているため、摂取した際に高い機能性が期待される。
本発明はさらに、還元された桂皮酸類縁化合物産生能を有する乳酸菌のスクリーニング方法を提供する。本発明スクリーニング方法によれば、本発明製造方法等に好適に利用できる乳酸菌を効率よくスクリーニングすることができる。また、このようにして得られた乳酸菌を定期的に摂取することにより、消化管内においてもこれらの乳酸菌が桂皮酸類縁化合物の還元反応を行なうため、摂取した食品中の桂皮酸類縁化合物の効果がより高まることが期待される。更に、これらの乳酸菌のうち、消化液耐性があり、腸管内でも生存が可能な菌株を用いることで、よりいっそう桂皮酸類縁化合物の効果が高まることが期待される。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】フェルラ酸エチルを0.05重量%添加したMRS−Broth培地で供試菌株を48時間培養した後の、培養上清に遊離したジヒドロフェルラ酸量比を示す。
【
図2】フェルラ酸エチルを0.05重量%添加したMRS−Broth培地で供試菌株を48時間培養した後の、培養上清に遊離したフェルラ酸量比を示す。
【
図3】フェルラ酸を0.05重量%添加したMRS−Broth培地で供試菌株を48時間培養した後の、培養上清のフェルラ酸及びジヒドロフェルラ酸量比を示す。
【
図4】コーヒー酸エチルを0.05重量%添加したMRS−Broth培地で供試菌株を48時間培養した後の、培養上清に遊離したコーヒー酸及びジヒドロコーヒー酸量比を示す。
【
図5】乳酸菌で発酵させた還元アスパラガス汁中の桂皮酸類縁化合物、還元された桂皮酸類縁化合物の蓄積量を示す。
【
図6】乳酸菌で発酵させた米糠抽出液中のジヒドロフェルラ酸の蓄積量を示す。
【
図7】フェルラ酸及びジヒドロフェルラ酸量を経口投与したラットの、血漿中のフェルラ酸/ジヒドロフェルラ酸の総量の経時変化を示す。
【発明を実施するための形態】
【0008】
(1)本発明の還元された桂皮酸類縁化合物含有画分の製造方法
本発明の還元された桂皮酸類縁化合物含有画分の製造方法は、還元された桂皮酸類縁化合物産生能を有する乳酸菌を植物素材中で培養する工程を少なくとも含むことを特徴とする、還元された桂皮酸類縁化合物含有画分の製造方法である。
還元された桂皮酸類縁化合物産生能を有する乳酸菌は、植物素材中で遊離の還元された桂皮酸類縁化合物の産生に好適な条件で培養したときに、還元された桂皮酸類縁化合物を遊離できる乳酸菌である限りにおいて特に限定されない。
具体的には、植物素材より桂皮酸類縁化合物を遊離する活性(桂皮酸類縁化合物エステラーゼ活性)を持ち、且つその桂皮酸類縁化合物を一定以上還元された桂皮酸類縁化合物に還元する活性(桂皮酸類縁化合物リダクターゼ活性)を持つことを指標として選択することができる。このように選択される乳酸菌は、植物等に含まれるフェノール性化合物が有するエステル結合を切断する活性を持ち、植物素材より遊離したフェルラ酸等の桂皮酸類縁化合物を血中への移行性・安定性の良い還元体に変換することができる。
還元された桂皮酸類縁化合物産生能を有する乳酸菌としては、下記の性質を有するものが例示される。
性質:フェルラ酸エチルを0.05重量%添加した培地において、前記乳酸菌の至適温度で48時間培養したとき、前記フェルラ酸エチルの30%以上をジヒドロフェルラ酸として遊離する性質。
上記性質の有無の試験において、フェルラ酸エチルとしては、例えば東京化成工業株式会社などの公知のものを用いることができる。ジヒドロフェルラ酸としては、例えばAlfa Aesarなどの公知のものを用いることが出来る。培地としては、乳酸菌の生育に好適なものを用いることができ、例えばMRS−Broth培地や脱脂乳培地など通常用いる培地の中から、最も対象の乳酸菌の生育に適した培地を適宜選択して使用できる。乳酸菌の生育に好適な培養条件を採用し、これにより培養48時間で乳酸菌数が十分に増え、フェルラ酸又はジヒドロフェルラ酸の産生能を適切に評価できる。遊離したフェルラ酸又はジヒドロフェルラ酸の割合は、培養上清を高速液体クロマトグラフィー(HPLC)法に供し、フェルラ酸エチル、フェルラ酸又はジヒドロフェルラ酸のピーク面積を検出することにより算出できる。培地の種類、至適温度等の培養条件、高速液体クロマトグラフィー法の条件等、より具体的には後述の実施例に記載の方法を採用することができる。「前記フェルラ酸エチルの30%以上をジヒドロフェルラ酸として遊離する性質」における「30%以上」とは、30%から100%であればよいが、40%以上、50%以上、60%以上、70%以上と割合が高い程好ましい。本性質を持つ乳酸菌については、フェルラ酸と構造が近似しているコーヒー酸やパラクマル酸などの桂皮酸類縁化合物のエステル体に対しても同様の活性を有し、ジヒドロコーヒー酸やジヒドロパラクマル酸を生成する。
還元された桂皮酸類縁化合物産生能を有する乳酸菌の具体例としては、ラクトバチルス属、ビフィドバクテリウム属、ストレプトコッカス属、ラクトコッカス属、ロイコノストック属、オエノコッカス属、エンテロコッカス属に属する乳酸菌が例示される。ラクトバチルス属としては、ラクトバチルス・アシドフィルス、ラクトバチルス・ガセリ、ラクトバチルス・クリスパタス、ラクトバチルス・アミロボラス、ラクトバチルス・ジョンソニー、ラクトバチルス・ケフィラノファシエンス、ラクトバチルス・ガリナラム、ラクトバチルス・ファーメンタム、ラクトバチルス・デルブルイッキー、ラクトバチルス・ブクネリ等が例示され、エンテロコッカス属としてはエンテロコッカス・フェカリス等が例示される。なかでも、ラクトバチルス・アシドフィルス、ラクトバチルス・ガセリ、ラクトバチルス・クリスパタス、ラクトバチルス・アミロボラス、ラクトバチルス・ジョンソニー、ラクトバチルス・ケフィラノファシエンス、ラクトバチルス・ガリナラム、ラクトバチルス・ファーメンタム、ラクトバチルス・デルブルイッキー、ラクトバチルス・ブクネリ、及び、エンテロコッカス・フェカリスが好ましく、ラクトバチルス・ガセリFERM−BP10953、JCM1025、JCM1031、JCM1130、JCM1131、JCM8787、JCM8788、ラクトバチルス・アシドフィルスJCM1132、ラクトバチルス・クリスパタスJCM1037、JCM1185、JCM5806、ラクトバチルス・アミロボラスJCM1033、JCM1126、JCM1127、ラクトバチルス・ジョンソニーJCM2010、JCM2122、ラクトバチルス・ケフィラノファシエンスJCM6985、SBT11223、ラクトバチルス・ガリナラムJCM1036、ラクトバチルス・ファーメンタムSBT1846、SBT2537、ラクトバチルス・デルブルイッキーSBT0803、SBT1371、及び、ラクトバチルス・ブクネリSBT11411、エンテロコッカス・フェカリスSBT1120がより好ましく、ラクトバチルス・ガセリFERM−BP10953が最も好ましい。
なお、フェルラ酸、コーヒー酸及びパラクマル酸の産生能が確認された乳酸菌は、桂皮酸類縁化合物産生能を有する乳酸菌を植物素材中で培養する工程を少なくとも含むことを特徴とする、桂皮酸類縁化合物含有画分の製造方法において利用可能である。そのような乳酸菌は具体的には後述する実施例でフェルラ酸、コーヒー酸及びパラクマル酸の産生能が確認された乳酸菌を例示することができる。
植物素材とは、結合型、エステル型の桂皮酸類縁化合物が少量でも含まれるものであれば特に限定されないが、野菜、穀物、果物、草類、豆類、芋類、種子、米ぬか、ふすま等の素材に由来するものが挙げられる。植物素材とは、上記に例示された植物素材等そのものであってもよいが、植物素材を適宜加工等して得られるものであってもよい。加工方法としては、ミキサー等による粉砕等が例示されるが、特に限定されるものではない。乳酸菌が生育するための十分な水分があることが好ましいが、植物素材を調整後に水分を添加などして調整することもできる。
より効率的に植物素材から桂皮酸類縁化合物を遊離するため、食物繊維分解酵素により植物素材を事前に酵素処理してもよい。使用する酵素としては、キシラナーゼ、セルラーゼ等が例示されるが特に限定されるものではない。例えば、野菜汁に上記酵素を添加し、上記酵素の至適温度で数時間から2日程度酵素反応させて得られる植物素材を用いることにより、より効率的に桂皮酸類縁化合物を遊離することができる。
還元された桂皮酸類縁化合物産生能を有する乳酸菌を植物素材中で培養する方法は、植物素材中で乳酸菌が生育し、植物素材から還元された桂皮酸類縁化合物を産生できる条件である限り特に限定されない。例えば、植物素材に乳酸菌培養物を0.5から10%程度添加し、乳酸菌が生育可能な温度範囲で1日から7日発酵させることにより培養できるが、これに限定されない。
本発明還元された桂皮酸類縁化合物含有画分の製造方法によって得られる還元された桂皮酸類縁化合物含有画分は、植物素材中で乳酸菌を培養して得られる培養物そのものであってもよいが、培養物に添加物等を添加し、又は不純物を除去する等して得られるものであってもよい。また、培養物から還元された桂皮酸類縁化合物を分画、精製する等して、還元された桂皮酸類縁化合物濃度がより高い還元された桂皮酸類縁化合物含有画分とすることもできる。
(2)本発明乳酸菌発酵飲食品
本発明乳酸菌発酵飲食品は、還元された桂皮酸類縁化合物産生能を有する乳酸菌、還元された桂皮酸類縁化合物を少なくとも含有する、植物素材由来の乳酸菌発酵飲食品である。
還元された桂皮酸類縁化合物産生能を有する乳酸菌としては、植物素材中で遊離の還元された桂皮酸類縁化合物の産生に好適な条件で培養したときに、還元された桂皮酸類縁化合物を遊離できる乳酸菌である限りにおいて特に限定されず、具体的には上記(1)本発明の還元された桂皮酸類縁化合物含有画分製造方法で説明したものを用いることができる。
還元された桂皮酸類縁化合物としては、ジヒドロフェルラ酸、ジヒドロコーヒー酸、ジヒドロパラクマル酸が例示される。
植物素材としては、上記(1)本発明還元された桂皮酸類縁化合物含有画分製造方法で説明したものを用いることができる。例えば、野菜汁、果汁等を用いた場合、風味、栄養価が優れた乳酸菌発酵飲料を提供することができる。
本発明乳酸菌発酵飲食品中の桂皮酸類縁化合物濃度は、植物素材中にどの程度含まれているかによるが、本発明の乳酸菌により、素材中の還元された桂皮酸類縁化合物量を増加させることができる。
本発明乳酸菌発酵飲食品の製造方法は特に限定されないが、本発明還元された桂皮酸類縁化合物含有画分の製造方法により製造することができる。
本発明の植物素材由来の乳酸菌発酵飲食品は、乳や発酵乳などの食品と混合することにより、飲料や発酵乳、デザートなどの形態で提供することができる。
(3)本発明スクリーニング方法
本発明スクリーニング方法は、下記ステップを少なくとも含むことを特徴とする、還元された桂皮酸類縁化合物産生能を有する乳酸菌のスクリーニング方法である;
ステップ1:フェルラ酸エチルを含有する培地で検体乳酸菌を培養し、産生されたジヒドロフェルラ酸の化合物を定量するステップ、
ステップ2:ステップ1において、フェルラ酸エチルに対して一定割合以上のジヒドロフェルラ酸を産生する性質を有する乳酸菌を判定するステップ。
本発明スクリーニング方法によれば、コーヒー酸やパラクマル酸などのエステル体に対しても作用することができ、かつ還元された桂皮酸類縁化合物産生能に優れた乳酸菌をスクリーニングすることができる。
ステップ1において、検体乳酸菌とは還元された桂皮酸類縁化合物産生能の有無の判定対象となる乳酸菌である。ステップ1における培養条件は乳酸菌が好適に生育できる限りにおいて特に限定されず、例えば検体乳酸菌の生育に好適な培地にて至適温度で、乳酸菌数が十分に達する適当な時間(例えば12から48時間程度)培養することが例示される。含有するフェルラ酸エチル、ジヒドロフェルラ酸の培地中の濃度も特に限定されないが、例えば0.01から1重量%、好ましくは0.05重量%程度が例示される。フェルラ酸、ジヒドロフェルラ酸の定量方法は、例えば高速液体クロマトグラフィー法を採用することができ、例えば上記(1)本発明の還元された桂皮酸類縁化合物酸含有画分の製造方法で説明した方法を採用することができる。ステップ2における一定割合とは、所望の還元された桂皮酸類縁化合物産生能に応じて適宜設定することができ、例えば10%、20%、30%、40%、50%、60%、70%、80%又は90%等と設定することができる。
このようにして所望の還元された桂皮酸類縁化合物産生能を有する乳酸菌をスクリーニングすることができ、例えば下記性質を有する乳酸菌を、還元された桂皮酸類縁化合物産生能を有する乳酸菌として得ることができる。
性質:フェルラ酸エチルを0.05重量%添加した培地において、前記乳酸菌の至適温度で48時間培養したとき、前記フェルラ酸エチルの30%以上をジヒドロフェルラ酸として遊離する性質。
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は下記の実施例
に限定されるものではない。
【実施例1】
【0009】
(ジヒドロフェルラ酸遊離活性を持つ菌株の選抜試験)
試験には表1に示した菌株を使用し、MRS−Broth培地(DIFCO)にて37℃(ラクトコッカス・ラクティス及びラクトバチルス・ケフィラノファシエンスは30℃)で16時間培養した。0.05%フェルラ酸エチル(東京化成工業株式会社)を添加したMRS−Broth培地に菌液を3%接種し、37℃(ラクトコッカス・ラクティス及びラクトバチルス・ケフィラノファシエンスは30℃)にて48時間培養した。培養上清を分画分子量3kDaのUFフィルターに通し、通過液を高速液体クロマトグラフィーにて分析した。Agilent technology Series 1200 HPLC systemを用い、カラムはHydrosphere C18,S−5μm,12nm (4.6 mm ID×250mm: YMC) を用いた。溶媒はA液:0.05% TFA in 5%アセトニトリル、B液:0.05% TFA in 95%アセトニトリルを用い、B液の量が、0→3分は25%、8分までに30%、9分までに100%、9→14分は100%、15分までに25%、15→20分は25%のグラジエントで行った。溶媒流量は1ml/分、インジェクション量は10μlとし、フェルラ酸の検出は320nmで、フェルラ酸の代謝産物であるジヒドロフェルラ酸の検出は210nmで行った。同定は保持時間で行い、そのピーク面積値からモル濃度を算出した。
図1に示す通り、供試した39株のうち25株が、添加したフェルラ酸エチルの30%以上をジヒドロフェルラ酸に変換した。特に、ラクトバチルス・ガセリFERM−BP10953、JCM1025、JCM1131、JCM8787、JCM8788、ラクトバチルス・アシドフィルスJCM1132、ラクトバチルス・クリスパタスJCM1037、JCM1185、JCM5806、ラクトバチルス・アミロボラスJCM1033、JCM1126、JCM1127、ラクトバチルス・ジョンソニーJCM2010、JCM2122、ラクトバチルス・ガリナラムJCM1036、ラクトバチルス・ファーメンタムSBT1846、SBT2537、ラクトバチルス・デルブルイッキーSBT1371、ラクトバチルス・ブクネリSBT11411及びエンテロコッカス・フェカリスSBT1120、ラクトバチルス・ケフィラノファシエンスSBT11223はフェルラ酸エチルの80%以上をジヒドロフェルラ酸に変換した。一方、フェルラ酸エチルの30%以上をフェルラ酸に代謝・蓄積した株が7株みられ、この内4株はジヒドロフェルラ酸を産生しなかった(
図2)。また、供試した10株はフェルラ酸エチルをほとんど代謝しなかった。以上の結果から、ある一定の乳酸菌はフェルラ酸エステルからフェルラ酸を遊離する活性を持っているが、その中の一部の乳酸菌がフェルラ酸をジヒドロフェルラ酸に還元する活性を持っていることが見出された。
【表1】
【実施例2】
【0010】
(フェルラ酸リダクターゼ活性の評価)
実施例1で評価した菌株のうち、ジヒドロフェルラ酸を産生した5株と、コントロールとしてフェルラ酸を生成した3株を試験に用いた。MRS−Broth培地にて37℃で16時間培養した菌液を、0.05%フェルラ酸を添加したMRS−Broth培地に3%接種し、37℃にて48時間培養した。培養上清を実施例1と同様の方法で処理し、HPLCにてフェルラ酸、ジヒドロフェルラ酸を定量した。
図3に示す通り、実施例1でジヒロドフェルラ酸のみを産生していたJCM1131、JCM1132、JCM1185、JCM1126、FERM−BP10953は、添加したフェルラ酸をほぼ全てジヒドロフェルラ酸に変換した。一方、実施例1でフェルラ酸のみを産生していた3株ではフェルラ酸をほとんど代謝・分解せず、ジヒドロフェルラ酸も産生しなかった。以上の方法により、実施例1でフェルラ酸エチルからジヒドロフェルラ酸を産生した株は、フェルラ酸リダクターゼ活性を持つことが確認された。
【実施例3】
【0011】
(選抜した株による他の桂皮酸類縁化合物の代謝)
植物素材には、フェルラ酸以外にもコーヒー酸やパラクマル酸のような桂皮酸類縁化合物も存在し、フェルラ酸同様にその抗酸化能が知られている。そこで今回選抜した株について、コーヒー酸についてもエステルからの遊離活性・還元活性を示すか評価した。実施例2で使用した菌株を用い、MRS−Broth培地にて37℃で16時間培養した菌液を、0.05%コーヒー酸エチルを添加したMRS−Broth培地に3%接種し、37℃にて48時間培養した。培養上清を実施例1と同様の方法で処理し、HPLCにて分析した。コーヒー酸の検出は320nmで、代謝産物であるジヒドロコーヒー酸の検出は210nmで行った。同定は保持時間で行い、そのピーク面積値から濃度を算出した。
その結果、
図4に示すように、実施例1にてジヒドロフェルラ酸を産生した株はジヒドロコーヒー酸を産生し、実施例1でフェルラ酸を産生した株はコーヒー酸を産生した。以上のことから、本発明により選抜された乳酸菌は、フェルラ酸以外にも多様な桂皮酸類縁化合物をエステル体から切り出し、ジヒドロ体へ還元する能力を有することが判明した。よって本発明の乳酸菌を用いることにより、植物素材から多様な還元された桂皮酸類縁化合物を産生することが期待できる。
【実施例4】
【0012】
(選抜した株による野菜汁の発酵)
実施例1にてジヒドロフェルラ酸の産生能が高かったラクトバチルス・ガセリFERM−BP10953を用いて、アスパラガス汁の発酵試験を行った。対照として、実施例1にてフェルラ酸の産生能が高かったラクトバチルス・ヘルベティカスFERM−BP05445を用いた。MRS−Broth培地にて37℃で16時間培養した菌液を、0.1%ホエーパウダーを添加した還元アスパラガス汁(200%還元、95℃、30分殺菌)に1%接種し、37℃にて16時間培養した。発酵物の上清を実施例1と同様の方法で処理し、HPLCにて分析した。フェルラ酸、パラクマル酸の検出は320nmで、代謝産物であるジヒドロフェルラ酸、ジヒドロパラクマル酸の検出は210nmで行った。各化合物の同定は保持時間で行い、そのピーク面積値から濃度を算出した。
その結果、
図5に示すように、ラクトバチルス・ガセリFERM−BP10953にて発酵した場合にはジヒドロフェルラ酸とジヒドロパラクマル酸が129μM生成・蓄積した。一方、ラクトバチルス・ヘルベティカスFERM−BP05445にて発酵した場合には、フェルラ酸とパラクマル酸が生成・蓄積した。以上のことから、本発明により選抜された乳酸菌株を用いることにより、植物素材から多様な還元された桂皮酸類縁化合物を産生できることが証明された。
【実施例5】
【0013】
(選抜した株による植物素材の発酵)
実施例1にてジヒドロフェルラ酸の産生能が高かったラクトバチルス・ガセリFERM−BP10953を用いて、米糠抽出液の発酵試験を行った。対照として、実施例1にてフェルラ酸の産生能が高かったラクトバチルス・ヘルベティカスFERM−BP05445を用いた。新鮮な米ぬかを10倍量の水に懸濁し、90℃で1時間煮出した後、ろ紙でろ過した。ろ液 1LにMRS−Broth 55gを溶解し、滅菌後、米ぬか抽出物として発酵試験に用いた。供試菌株はMRS−Broth培地にて37℃で16時間培養し、米ぬか抽出物に3%接種して、37℃にて48時間発酵した。培養上清を実施例1と同様の方法で処理し、HPLCにてジヒドロフェルラ酸を定量した。
その結果、
図6に示すように、ラクトバチルス・ガセリFERM−BP10953にて発酵した場合にのみジヒドロフェルラ酸が生成・蓄積した。以上のことから、本発明により選抜された乳酸菌株を用いることにより、米糠などの植物素材からも還元された桂皮酸類縁化合物を産生できることが証明された。
【実施例6】
【0014】
(フェルラ酸、ジヒドロフェルラ酸のORAC法による抗酸化活性の評価)
フェルラ酸、ジヒドロフェルラ酸の抗酸化性を比較するため、ORAC法による測定を行なった。測定はOxiSelect ORAC Activity Assay Kit (CELL BIOLABS)にて、添付のプロトコルに準じて行った。フェルラ酸、ジヒドロフェルラ酸は50μMとなるようにキット付属のアッセイ用希釈液を用いて調製した。検量線の作成には、キット付属のTrolox標品水溶液を段階希釈したものを使用した。Free radical initiator試薬添加後、速やかに蛍光マイクロプレートリーダーにより蛍光(励起波長480 nm、発光波長520 nm)の測定を開始し、120分まで経時的に測定した。測定後、蛍光強度曲線下の面積を求めてAUC (Antioxidant)とし、それからブランクのAUC (Blank) を差し引いたNet AUCを各サンプルについて算出した。Trolox標品の濃度とNet AUCの検量線を作成し、サンプルのNet AUCに対応するTrolox濃度:TE値(
Trolox
Equivalent値)を求め、ORAC値とした。測定の結果、フェルラ酸が7.7、ジヒドロフェルラ酸が6.2 mmol TE/gであり、両者で大きな差異は認められなかった。
【実施例7】
【0015】
(フェルラ酸とジヒドロフェルラ酸の血中への移行性・安定性の評価)
フェルラ酸とジヒドロフェルラ酸の血中への移行性・安定性を評価するため、これらの化合物のラットへの投与試験を行い、末梢血からの回収を行なった。試験には7週齢のラット(Wister、オス:Charles river)を用い、飼育は温度と湿度をコントロール(温度23 ℃ 、相対湿度50 ± 5 % )した12時間毎の明暗サイクル下で行い、粗飼料Certified Rodent Diet 5002(Lab diet:SLC)及び脱イオン水を自由摂取させた。試験6時間前より絶食させ、体重を測定して平均が同じとなるよう2群に分けた(n=4)。7mMのフェルラ酸またはジヒドロフェルラ酸溶液を1ml/100gラット体重、ゾンデにて胃内投与し、投与5,10,15,30,60分後に尾部静脈より採血した。
生体内に吸収されたフェルラ酸、ジヒドロフェルラ酸は代謝を受け、糖や硫酸と結合した抱合型を形成することが知られているため、血漿中の遊離型と抱合型のフェルラ酸/ジヒドロフェルラ酸の総量を測定した。まず血漿25μlをβ-Glcuronidase Type H-2(SIGMA)500Uを含む酵素液(pH5.0の0.1M酢酸ナトリウム溶液にて希釈)25μlと混和し、37℃で2.5時間反応した。反応液を希釈後、分画分子量3,000kDaのUltrafree-MC 3,000 NMWL Filter Unit(MILLIPORE)に供し、通過液を実施例1に記載の方法でHPLCにて分析した。最終的に投与前の血中濃度を0とした場合の変化量を算出した。
フェルラ酸及びジヒドロフェルラ酸投与後のラット血漿中フェルラ酸及びジヒドロフェルラ酸の総量の経時変化を
図7に示す。フェルラ酸又はジヒドロフェルラ酸のどちらを投与した場合も、投与後15分〜30分をピークに増加し、その後減少した。しかし、血漿中の最高濃度はフェルラ酸で5.7μMであったのに対し、ジヒドロフェルラ酸は8.7μMと高値であった。また、0分から60分までの血漿中フェルラ酸及びジヒドロフェルラ酸の総量の積分値を求めると(Σ(Δフェルラ酸+Δジヒドロフェルラ酸)、μM×6
0分)フェルラ酸投与が262.6μM×60分なのに対し、ジヒドロフェルラ酸投与が397.4μM×60分と高値を示した。以上の結果から、ジヒドロフェルラ酸は、フェルラ酸と比較して血中へより多く移行し、血中での保持時間が長いことから、全体として血中でより高い抗酸化性を発揮できると考えられた。よって、本発明の乳酸菌を用いてフェルラ酸を含む素材を発酵させることにより、血中における素材の抗酸化性を高めることができると考えられる。
【実施例8】
【0016】
(野菜発酵飲料の試作)
選択された乳酸菌を用いて、実際に野菜を発酵した際の発酵性と風味への影響を調べた。市販のキャロット混濁濃縮汁、ブロッコリー混濁濃縮汁、ケール混濁濃縮汁を水で還元し、95℃で15分加熱殺菌した。乳酸菌として実施例1でジヒドロフェルラ酸遊離能が高かったラクトバチルス・ガセリFERM−BP10953を用い、0.5%の酵母エキスを含む12%還元脱脂乳で37℃、16時間培養した後、野菜汁に3%接種して37℃で16時間発酵した。
表2に示すように、選択された乳酸菌は様々な野菜汁中でも成育し、適度な酸度の上昇、pHの低下が見られた。風味についても酸味が強すぎず、非常に良好であった。以上の結果から、このようにして選択された乳酸菌によって、野菜の良好な発酵が可能であることが確認された。
【表2】
【産業上の利用可能性】
【0017】
本発明は、フェルラ酸などの桂皮酸類縁化合物を産生する能力を有し、かつフェルラ酸などの桂皮酸類縁化合物をより生体への移行性・安定性が高い化合物に変換する能力を有する乳酸菌を植物素材中で培養する工程を含むことを特徴とする還元された桂皮酸類縁化合物含有画分の製造方法、還元された桂皮酸類縁化合物産生能を有する乳酸菌及び還元された桂皮酸類縁化合物を含有する植物素材由来の乳酸菌発酵飲食品、還元された桂皮酸類縁化合物産生能を有する乳酸菌のスクリーニング方法等に関する。本発明は食品分野、医薬分野等に利用可能である。
【受託番号】
【0018】
FERM BP−10953
[寄託生物材料への言及]
(1)還元された桂皮酸類縁化合物産生能を有するラクトバチルス・ガセリ菌株
イ 当該生物材料を寄託した寄託機関の名称及び住所
独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センター
日本国茨城県つくば市東1丁目1番地1中央第6(郵便番号305-8566)
ロ イの寄託機関に生物材料を寄託した日付
平成8年3月27日(1996年3月27日)(原寄託日)
平成20年2月26日(2008年2月26日)(原寄託によりブタペスト条約に基づく寄託への移管日)
ハ イの寄託機関が寄託について付した受託番号
FERM BP−10953