特許第6334388号(P6334388)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6334388
(24)【登録日】2018年5月11日
(45)【発行日】2018年5月30日
(54)【発明の名称】黒鉛−炭化珪素複合体及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C04B 41/87 20060101AFI20180521BHJP
   C04B 35/52 20060101ALI20180521BHJP
【FI】
   C04B41/87 V
   C04B35/52
【請求項の数】4
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2014-255342(P2014-255342)
(22)【出願日】2014年12月17日
(65)【公開番号】特開2016-113345(P2016-113345A)
(43)【公開日】2016年6月23日
【審査請求日】2016年12月21日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002060
【氏名又は名称】信越化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100102532
【弁理士】
【氏名又は名称】好宮 幹夫
(72)【発明者】
【氏名】福岡 宏文
【審査官】 小野 久子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2002−128580(JP,A)
【文献】 特開2001−199767(JP,A)
【文献】 特開2000−239079(JP,A)
【文献】 特開平07−315967(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B41/80−41/91
C04B35/52
C04B35/83
CAplus/REGISTRY(STN)
JSTPlus(JDreamIII)
JST7580(JDreamIII)
JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
黒鉛基材と、該黒鉛基材の表面に形成された炭化珪素層とを有する黒鉛−炭化珪素複合体であって、前記炭化珪素層がFeを含み、前記炭化珪素層中のFe含有率が5〜5000ppmであり、前記炭化珪素層がさらにAl及びCaを含み、前記炭化珪素層中のAl含有率が10〜1000ppm、Ca含有率が5〜1000ppmであることを特徴とする黒鉛−炭化珪素複合体。
【請求項2】
前記炭化珪素層の厚みが、10〜300μmであることを特徴とする請求項1に記載の黒鉛−炭化珪素複合体。
【請求項3】
黒鉛−炭化珪素複合体の製造方法であって、
(1)Fe含有率が8〜8000ppmであり、さらにAl及びCaを含み、Al含有率が16〜1600ppm、Ca含有率が8〜1600ppmである金属珪素粉末を準備する工程と、
(2)前記金属珪素粉末を黒鉛基材の表面に溶射する工程と、
(3)前記金属珪素粉末が溶射された黒鉛基材を非酸化性雰囲気にて1100〜1700℃の温度範囲で熱処理して、前記黒鉛基材の表面に炭化珪素層を形成する工程と
を含む黒鉛−炭化珪素複合体の製造方法。
【請求項4】
前記金属珪素粉末の平均粒子径が、0.5〜50μmであることを特徴とする請求項に記載の黒鉛−炭化珪素複合体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、黒鉛−炭化珪素複合体及びその製造方法に関し、特に、高温構造材、治具、半導体装置部材、液晶装置部材、及び機械的摺動材などに好適に用いられる黒鉛−炭化珪素複合体及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
黒鉛材料は高温特性、機械的強度、及び加工性に優れた材料であり、種々の高温材料(高温下で使用される材料)として使用されている。但し、黒鉛材料は耐酸化性に劣ることより非酸化性雰囲気での使用に限定され、酸化性雰囲気で使用する高温材料としては、炭化珪素、窒化珪素、及びアルミナといった酸化物セラミックスが用いられてきた。しかしながら、これらセラミックスは、加工性に劣ったり、大型化が困難だったり、耐熱衝撃性に劣るなどといった別の問題があった。
【0003】
そこで、耐酸化性を向上させるため、黒鉛材表面を炭化珪素層で被覆させる黒鉛−炭化珪素複合体の製造が試みられてきた。
【0004】
従来、黒鉛−炭化珪素複合体の製造方法としては、幾つかの方法が提案されている。例えば、特許文献1においては、特定の径を持つ微細気孔の占める容積が0.02cm/g以上の炭素基材を使用し、SiOガスを用いてコンバージョン法で黒鉛−炭化珪素複合体を製造する方法、特許文献2には、開気孔率が5〜55%、平均気孔径が0.1〜100μmの多孔質炭化珪素焼結体を作製し、その開気孔中に炭素を充填して黒鉛−炭化珪素複合体を製造する方法、特許文献3には多孔質黒鉛基材に溶融珪素を浸透し、反応せしめて、黒鉛−炭化珪素複合体を製造する方法、特許文献4にはカーボン基材にCVD法によりSi膜をコートし、1300℃以上で熱処理してSiC化した後、さらにCVD法によりSiCコート膜を生成させる方法、特許文献5には黒鉛材料を不活性ガス雰囲気下1400〜1800℃で二酸化珪素と反応させて表面部を珪化して炭化珪素基地とした後、更に化学蒸着法により炭化珪素膜を形成させる方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特公昭61−11911号公報
【特許文献2】特開昭62−132787号公報
【特許文献3】特許第2620294号公報
【特許文献4】特開2002−128580号公報
【特許文献5】特開昭63−225591号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記の特許文献1〜5の従来の方法は、いずれも複雑な製造工程を経る方法であり、製造の歩留まりが悪く、結果として高価な黒鉛−炭化珪素複合体となったり、炭化珪素層のバラツキが大きく、品質バラツキの大きい製品となるといった問題があり、工業的生産に優れた方法とは言えなかった。
【0007】
本発明は、上記問題を解決するためになされたものであり、高温耐酸化性に優れ、かつ品質バラツキの少ない黒鉛−炭化珪素複合体を提供することを目的とする。また、本発明は、そのような黒鉛−炭素複合体を簡便に製造することができる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本発明では、黒鉛基材と、該黒鉛基材の表面に形成された炭化珪素層とを有する黒鉛−炭化珪素複合体であって、前記炭化珪素層がFeを含み、前記炭化珪素層中のFe含有率が5〜5000ppmである黒鉛−炭化珪素複合体を提供する。
【0009】
本発明の黒鉛−炭化珪素複合体は、黒鉛基材表面に形成された炭化珪素層に含まれるFeの含有率が上記の範囲内であることによって黒鉛基材と炭化珪素層との密着性を向上させることができる。このような黒鉛−炭化珪素複合体であれば、黒鉛基材からの炭化珪素層の剥離を抑えることができ、高温耐酸化性に優れた黒鉛−炭化珪素複合体とすることができる。その結果、このような黒鉛−炭化珪素複合体は、耐熱材料として好適に用いることができる。
【0010】
このとき、前記炭化珪素層の厚みが、10〜300μmであることが好ましい。
【0011】
上記炭化珪素層の厚みがこのような範囲内であれば、十分なガス不透過性を備えることができ、高温酸化性雰囲気下での長期使用に耐え得る黒鉛−炭化珪素複合体となる。
【0012】
また、前記炭化珪素層がさらにAl及びCaを含み、前記炭化珪素層中のAl含有率が10〜1000ppm、Ca含有率が5〜1000ppmであることが好ましい。
【0013】
上記炭化珪素層に含まれるAl及びCaの含有率がこのような範囲内であれば、黒鉛基材と炭化珪素層との密着性をさらに向上させることができる。
【0014】
また、本発明では、黒鉛−炭化珪素複合体の製造方法であって、
(1)Fe含有率が8〜8000ppmである金属珪素粉末を準備する工程と、
(2)前記金属珪素粉末を黒鉛基材の表面に溶射する工程と、
(3)前記金属珪素粉末が溶射された黒鉛基材を非酸化性雰囲気にて1100〜1700℃の温度範囲で熱処理して、前記黒鉛基材の表面に炭化珪素層を形成する工程と
を含む黒鉛−炭化珪素複合体の製造方法を提供する。
【0015】
このような黒鉛−炭化珪素複合体の製造方法であれば、高温耐酸化性に優れ、かつ品質バラツキの少ない黒鉛−炭化珪素複合体を簡便な方法により製造することができる。
【0016】
このとき、前記金属珪素粉末の平均粒子径が、0.5〜50μmであることが好ましい。
【0017】
上記金属珪素粉末の平均粒子径が0.5μm以上であれば、溶射が容易になり、均一な溶射を達成することができる。また、上記平均粒子径が50μm以下であれば、熱処理による炭化珪素層の転化を容易に十分に行うことができる。
【0018】
また、前記金属珪素粉末を準備する工程において、前記金属珪素粉末として、さらにAl及びCaを含み、Al含有率が16〜1600ppm、Ca含有率が8〜1600ppmであるものを準備することが好ましい。
【0019】
このような金属珪素粉末を用いることにより、高温耐酸化性に一層優れた黒鉛−炭化珪素複合体を得ることができる。
【発明の効果】
【0020】
以上のように、本発明の黒鉛−炭化珪素複合体であれば、黒鉛基材と炭化珪素層との密着性が向上し、炭化珪素層の剥離が抑制され、その結果、高温耐酸化性に優れた黒鉛−炭化珪素複合体となる。従って、本発明の黒鉛−炭化珪素複合体であれば、耐熱材料として種々の用途に使用することができる。また、本発明の黒鉛−炭化珪素複合体の製造方法は簡便であり、高温耐酸化性に優れ、耐熱材料として好適に用いることができ、かつ品質バラツキの少ない黒鉛−炭化珪素複合体を容易に得ることが可能であり、工業的規模の生産にも十分耐え得るものである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
上述のように、高温耐酸化性に優れ、かつ品質バラツキの少ない黒鉛−炭化珪素複合体、及びその製造方法の開発が求められていた。
【0022】
本発明者らは、上記問題を解決するため鋭意検討を行った結果、黒鉛基材表面に形成される炭化珪素層に含まれるFe含有率を所定の範囲内とすることで、黒鉛基材と炭化珪素層との密着性が向上し、黒鉛−炭化珪素複合体の高温耐酸化性が向上することを見出した。また、本発明者らは、上記黒鉛−炭化珪素複合体の製造方法として、Fe含有率が所定の範囲内である金属珪素粉末を黒鉛基材に溶射し、これを熱処理することで、容易にバラツキの少ない一定の厚さを有する炭化珪素層を黒鉛基材表面に形成することが可能となり、高温酸化性雰囲気での使用に十分耐え得る黒鉛−炭化珪素複合体を製造することが可能であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0023】
以下、本発明について詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0024】
[黒鉛−炭素珪素複合体]
本発明の黒鉛−炭素珪素複合体は、黒鉛基材と、該黒鉛基材の表面に形成された炭化珪素層とを有するものであり、この炭化珪素層がFeを含み、Fe含有率を所定の範囲内としたものである。具体的には、上記の炭化珪素層に含まれるFe含有率は、5〜5000ppmであり、好ましくは50〜3000ppmである。このような黒鉛−炭素珪素複合体であれば、高温耐酸化性を向上させることができる。Fe含有率が5ppmより少ないと、黒鉛基材と炭化珪素層との密着性が低下し、炭化珪素層の剥離が生じる場合があり、高温耐酸化性が低下する。逆にFe含有率が5000ppmを超えると、炭化珪素層中に融点の低いFe−Si合金が含まれ、高温耐酸化性が低下する。
【0025】
またこのとき、上記炭化珪素層がさらにAl及びCaを含み、この炭化珪素層中のAl含有率が10〜1000ppm、Ca含有率が5〜1000ppmであることが好ましい。
【0026】
本発明の黒鉛−炭化珪素複合体の炭化珪素層に含まれるAl含有率は、上記のように好ましくは10〜1000ppmであり、さらに好ましくは50〜800ppmである。Al含有率が10ppm以上であれば、黒鉛基材と炭化珪素層との密着性をより強固とし、炭化珪素層の剥離を抑制することができる。そのため、黒鉛−炭化珪素複合体の高温耐酸化性を高くすることができる。また、Al含有率が1000ppm以下であれば、炭化珪素層中に融点の低いAl−Si合金が含まれにくいため、高温耐酸化性を高くすることができる。
【0027】
本発明の黒鉛−炭化珪素複合体の炭化珪素層に含まれるCa含有率は、上記のように好ましくは5〜1000ppmであり、さらに好ましくは50〜800ppmである。Ca含有率が5ppm以上であれば、黒鉛基材と炭化珪素層との密着性をより強固とし、炭化珪素層の剥離を抑制することができる。そのため、黒鉛−炭化珪素複合体の高温耐酸化性を高くすることができる。また、Ca含有率が1000ppm以下であれば、炭化珪素層中に融点の低いCa−Si合金が含まれにくいため、高温耐酸化性を高くすることができる。
【0028】
ここで、上記金属(Fe、Al、Ca)の含有率は、下記測定方法により測定することができる。すなわち、試料に50質量%フッ酸を加え、反応が始まったら、さらに50質量%硝酸を加え、200℃に加熱して完全溶融した処理液をICP−AES(誘導結合プラズマ−発光分光分析)(Agilent社製 730C)で分析・測定する。
【0029】
尚、上記炭化珪素層中のFe、Al及びCa含有率は、後で詳しく述べるように、本発明の黒鉛−炭化珪素複合体の製造方法に用いられる金属珪素粉末中のFe、Al及びCa含有率に関連した値となる。
【0030】
また、本発明の黒鉛−炭化珪素複合体の炭化珪素層の厚みは、特に限定されるものではないが、10μm〜300μm、特に10μm〜200μmであることが好ましい。炭化珪素層の厚みが10μm以上であれば、より確実に、十分なガス不透過性を有するものとすることができ、高温酸化性雰囲気下での長期使用に耐え得る黒鉛−炭化珪素複合体とすることができる。また、上記厚みが300μm以下であれば、ガス不透過性は十分に良好であり、また、炭化珪素層の生成コストを抑えることができる。
【0031】
ここで、上記炭化珪素層の厚みは、黒鉛−炭化珪素複合体を製造する際に溶射する金属珪素粉末の膜厚(金属珪素粉末層の厚み)に対応しており、この金属珪素粉末の膜厚により制御することが可能である。
【0032】
[黒鉛−炭化珪素複合体の製造方法]
次に本発明の黒鉛−炭化珪素複合体の製造方法について説明する。本発明の黒鉛−炭化珪素複合体は、Feの含有率が8〜8000ppmの範囲内である金属珪素粉末を黒鉛基材に溶射し、さらに非酸化性雰囲気にて熱処理を行うことで容易に得ることができる。以下、製造方法について更に詳細な説明を行う。
【0033】
まず、Fe含有率が8〜8000ppmである金属珪素粉末を準備する(工程(1))。次に、この金属珪素粉末を黒鉛基材の表面に溶射する(工程(2))。この溶射方法に関しては特に限定されるものではなく、プラズマ溶射法、アセチレン、プロパン、ケロシン等を燃料ガスとするガス溶射法、及び高速ガス溶射法等が適宜用いられる。具体的には、プラズマ炎又はガス炎中に金属珪素粉末を供給し、半溶融状態にして黒鉛基材に吹き付ける。特に、より高温で皮膜を密着性良く形成できる理由によりプラズマ溶射法を用いることが好ましい。
【0034】
本発明で使用される黒鉛基材は特に限定されるものではなく、その用途に応じて、CIP(冷間静水圧プレス)成形品、押出し成形品、及びC/Cコンポジット等を使用することができるが、特にC/Cコンポジットは高強度であり、より好適に使用される。尚、C/Cコンポジットとは、炭素繊維強化炭素複合材料とも呼ばれ、炭素繊維と炭素質の母材(充填材)からなる材料である。
【0035】
また、溶射する金属珪素粉末としては、半導体グレード、セラッミクスグレード、ケミカルグレードの粉末などをその目的により使用することができるが、本発明で重要なことは、溶射する金属珪素粉末のFe含有率を8〜8000ppmとすることである。本発明で溶射する金属珪素粉末のFe含有率は、好ましくは80〜4800ppmである。金属珪素粉末のFe含有率が8ppmより小さいと黒鉛基材と金属珪素粉末との反応性が低下し、黒鉛基材表面に形成される炭化珪素層の転化率が低下するため、均一な炭化珪素層を形成できず、高温耐酸化性が低下する。逆に金属珪素粉末のFe含有率が8000ppmより大きいと融点の低いFe−Si合金が生成され、高温耐酸化性が低下する。
【0036】
次に、金属珪素粉末が溶射された黒鉛基材を熱処理し、黒鉛基材表面に炭化珪素層を形成する(工程(3))。このとき熱処理温度は1100℃〜1700℃であり、好ましくは1200℃〜1500℃である。熱処理温度が1100℃より低いと、金属珪素粉末の炭化珪素転化率が小さくなり、黒鉛基材表面に形成される炭化珪素層は未反応の金属珪素粉末を多く含むものとなる。逆に1700℃を超えると、金属珪素粉末の融点を遥かに超える温度であるため、溶射した金属珪素粉末が溶融し、炭化珪素層の膜厚のバラツキが大きくなる。
【0037】
熱処理を行う雰囲気は、非酸化性雰囲気であれば特に問題なく、例えば、Ar、Heなどの不活性ガス中で常圧下あるいは減圧下で行うことができる。また、熱処理を行う装置についても特に限定されるものではなく、バッチ炉、連続式トンネル炉等を用いることができる。熱処理時間は特に限定されず、溶射により形成した金属珪素粉末層が十分に炭化珪素に転化される時間だけ熱処理すればよい。熱処理時間は、炭化珪素粉末の粒径や溶射の方法、熱処理温度等の条件にも依存するが、例えば30分〜24時間とすることができる。
【0038】
本発明の製造方法に用いられる金属珪素粉末中のFe含有率は、本発明の黒鉛−炭化珪素複合体の炭化珪素層中のFe含有率に関連する。具体的には、本発明の製造方法により得られる黒鉛−炭化珪素複合体の炭化珪素層中のFe含有率は、溶射する金属珪素粉末中のFeの含有率に対して、およそ50〜70%の値となる。すなわち、上記金属珪素粉末中のFe含有率が8〜8000ppmの範囲内であれば、製造される黒鉛−炭化珪素複合体の炭化珪素層中のFe含有率はおよそ5〜5000ppmの範囲内となる。
【0039】
また、上記の金属珪素粉末を準備する工程(工程(1))において、金属珪素粉末として、さらにAl及びCaを含み、Al及びCaの含有率が所定の範囲内であるものを準備することが好ましい。
【0040】
具体的には、本発明で溶射する金属珪素粉末は、Al含有率が好ましくは16〜1600ppmであり、さらに好ましくは80〜1280ppmである。金属珪素粉末のAl含有率が16ppm以上であれば、黒鉛基材と金属珪素粉末との反応性をより高くすることができ、黒鉛基材表面に形成される炭化珪素層の転化率をより高くすることができ、均一な炭化珪素層を安定して形成することができる。その結果、高温耐酸化性に一層優れた黒鉛−炭化珪素複合体を得ることができる。また、金属珪素粉末のAl含有率が1600ppm以下であれば、融点の低いAl−Si合金が生成されにくいため、高温耐酸化性を高くすることができる。
【0041】
本発明で溶射する金属珪素粉末は、Ca含有率が好ましくは8〜1600ppmであり、さらに好ましくは80〜1280ppmである。金属珪素粉末のCa含有率が8ppm以上であれば、黒鉛基材と金属珪素粉末との反応性をより高くすることができ、黒鉛基材表面に形成される炭化珪素層の転化率をより高くすることができ、均一な炭化珪素層を安定して形成することができる。その結果、高温耐酸化性に一層優れた黒鉛−炭化珪素複合体を得ることができる。また、金属珪素粉末のCa含有率が1600ppm以下であれば、融点の低いCa−Si合金が生成されにくいため、高温耐酸化性を高くすることができる。
【0042】
ここで、本発明の製造方法に用いられる金属珪素粉末中のAl及びCa含有率は、Fe含有率と同様に、本発明の黒鉛−炭化珪素複合体の炭化珪素層中のAl及びCaの含有率に関連する。すなわち、上記金属珪素粉末中のAl含有率が16〜1600ppmの範囲内であれば、得られる黒鉛−炭化珪素複合体の炭化珪素層中のAl含有率はおよそ10〜1000ppmの範囲内となる。また、上記金属珪素粉末中のCa含有率が8〜1600ppmの範囲内であれば、得られる黒鉛−炭化珪素複合体の炭化珪素層中のAl含有率はおよそ5〜1000ppmの範囲内となる。
【0043】
尚、上記金属珪素粉末中のFe、Al、及びCaの含有率は、上述した方法と同様の方法により測定することができる。
【0044】
また、金属珪素粉末の粒子径は、特に限定されるものではないが、平均粒子径が0.5〜50μm、特に3〜30μmであることが望ましい。平均粒子径が0.5μm以上であれば、金属珪素粉末の溶射が容易になり、均一な溶射を達成することができる。また、平均粒子径が50μm以下であれば、熱処理による炭化珪素転化を容易に十分に行うことができ、結果として黒鉛基材表面に形成される炭化珪素層は、未反応の金属珪素粉末が少ないものとすることができる。ここで、平均粒子径とは、レーザー光回折法による粒度分布測定における質量平均値D50(即ち、累積質量が50%となるときの粒子径又はメジアン径)として測定した値である。
【実施例】
【0045】
以下、実施例及び比較例を用いて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0046】
〔実施例1〕
寸法が50mm×50mm×厚さ3mmのCIP成形黒鉛基材全面に、Fe含有率が500ppm、Al含有率が300ppm、Ca含有率が150ppm、平均粒子径が20μmの金属珪素粉末を金属珪素粉末層の厚さが40μmとなるようプラズマ溶射法により溶射した。次に、この被溶射材をバッチ炉内に仕込み、Ar雰囲気中、1450℃の温度で3時間熱処理した。
【0047】
得られた基材の断面観察及び表面層のX線回折分析を行ったところ、黒鉛基材表面に緑色の炭化珪素層が形成された黒鉛−炭化珪素複合体であった。
【0048】
次に、得られた黒鉛−炭化珪素複合体の高温耐酸化性を評価するため、該黒鉛−炭化珪素複合体を大気中1000℃で1時間保持した。冷却後、重量減少を測定したところ、重量減少は0%であり、高温耐酸化性に優れた材質であることが確認された。また、炭化珪素層中に含有されるFe、Al、Ca含有率を測定したところ、Fe含有率が320ppm、Al含有率が200ppm、Ca含有率が95ppmであった。
【0049】
〔実施例2〕
Fe含有率が20ppm、Al含有率が20ppm、Ca含有率が10ppmの金属珪素粉末を溶射材料とした他は実施例1と同様な方法で黒鉛−炭化珪素複合体を製造した。
【0050】
得られた基材の断面観察及び表面層のX線回折分析を行ったところ、実施例1と同様に黒鉛基材表面に緑色の炭化珪素層が形成されていることが観察された。
【0051】
次に、得られた黒鉛−炭化珪素複合体の耐酸化性を評価するため、実施例1と同様な方法で高温耐酸化性を評価した。その結果、重量減少は3.1%であり、高温耐酸化性に優れた材質であることが確認された。また、炭化珪素層中に含有されるFe、Al、Ca含有率を測定したところ、Fe含有率が13ppm、Al含有率が12ppm、Ca含有率が6ppmであった。
【0052】
〔実施例3〕
Fe含有率が4800ppm、Al含有率が900ppm、Ca含有率が800ppmの金属珪素粉末を溶射材料とした他は実施例1と同様な方法で黒鉛−炭化珪素複合体を製造した。
【0053】
得られた基材の断面観察及び表面層のX線回折分析を行ったところ、実施例1と同様に黒鉛基材表面に緑色の炭化珪素層が形成されていることが観察された。
【0054】
次に、得られた黒鉛−炭化珪素複合体の耐酸化性を評価するため、実施例1と同様な方法で高温耐酸化性を評価した。その結果、重量減少は2.7%であり、高温耐酸化性に優れた材質であることが確認された。また、炭化珪素層中に含有されるFe、Al、Ca含有率を測定したところ、Fe含有率が3100ppm、Al含有率が580ppm、Ca含有率が470ppmであった。
【0055】
〔実施例4〕
Fe含有率が7800ppm、Al含有率が1520ppm、Ca含有率が1500ppmの金属珪素粉末を溶射材料とした他は実施例1と同様な方法で黒鉛−炭化珪素複合体を製造した。
【0056】
得られた基材の断面観察及び表面層のX線回折分析を行ったところ、実施例1と同様に黒鉛基材表面に緑色の炭化珪素層が形成されていることが観察された。
【0057】
次に、得られた黒鉛−炭化珪素複合体の耐酸化性を評価するため、実施例1と同様な方法で高温耐酸化性を評価した。その結果、重量減少は4.2%であり、高温耐酸化性に優れた材質であることが確認された。また、炭化珪素層中に含有されるFe、Al、Ca含有率を測定したところ、Fe含有率が4800ppm、Al含有率が980ppm、Ca含有率が900ppmであった。
【0058】
〔実施例5〕
Fe含有率が20ppm、Al含有率が5ppm、Ca含有率が2ppmの金属珪素粉末を溶射材料とした他は実施例1と同様な方法で黒鉛−炭化珪素複合体を製造した。
【0059】
得られた基材の断面観察及び表面層のX線回折分析を行ったところ、実施例1と同様に黒鉛基材表面に緑色の炭化珪素層が形成されていることが観察された。
【0060】
次に、得られた黒鉛−炭化珪素複合体の耐酸化性を評価するため、実施例1と同様な方法で高温耐酸化性を評価した。その結果、重量減少は4.0%であり、高温耐酸化性に優れた材質であることが確認された。また、炭化珪素層中に含有されるFe、Al、Ca含有率を測定したところ、Fe含有率が10ppm、Al含有率が3ppm、Ca含有率が1ppmであった。
【0061】
〔比較例1〕
Fe含有率が2ppm、Al含有率が5ppm、Ca含有率が2ppmの金属珪素粉末を溶射材料とした他は実施例1と同様な方法で黒鉛−炭化珪素複合体を製造した。
【0062】
得られた基材の断面観察及び表面層のX線回折分析を行ったところ、黒鉛基材表面に炭化珪素層が形成されていたが、それには一部未反応な金属珪素が含まれていることが観察された。
【0063】
次に、得られた黒鉛−炭化珪素複合体の耐酸化性を評価するため、実施例1と同様な方法で高温耐酸化性を評価した。その結果、重量減少は6.5%であり、明らかに実施例1〜5と比べ高温耐酸化性に劣ることが確認された。また、炭化珪素層中に含有されるFe、Al、Ca含有率を測定したところ、Fe含有率が1ppm、Al含有率が3ppm、Ca含有率が1ppmであった。
【0064】
〔比較例2〕
Fe含有率が8200ppm、Al含有率が2000ppm、Ca含有率が2000ppmの金属珪素粉末を溶射材料とした他は実施例1と同様な方法で黒鉛−炭化珪素複合体を製造した。
【0065】
得られた基材の断面観察及び表面層のX線回折分析を行ったところ、黒鉛基材表面に炭化珪素層が形成されていたが、それには一部Fe−Si合金、Al−Si合金、Ca−Si合金が含まれていることが観察された。
【0066】
次に、得られた黒鉛−炭化珪素複合体の耐酸化性を評価するため、実施例1と同様な方法で高温耐酸化性を評価した。その結果、重量減少は10.3%であり、明らかに実施例1〜5と比べ高温耐酸化性に劣ることが確認された。また、炭化珪素層中に含有されるFe、Al、Ca含有率を測定したところ、Fe含有率が6000ppm、Al含有率が1350ppm、Ca含有率が1200ppmであった。
【0067】
実施例1〜5、比較例1,2の結果を下記の表1にまとめる。
【0068】
【表1】
表1において、各金属含有率の値は全てppmで示される。
【0069】
以上のように、本発明の黒鉛−炭化珪素複合体の製造方法であれば、高温耐酸化性に優れ、かつ品質のバラツキの少ない黒鉛−炭化珪素複合体を得ることができることが明らかになった。このような本発明の黒鉛−炭化珪素複合体であれば、耐熱材料としての使用範囲が広がり、種々の用途に使用することが可能である。
【0070】
なお、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。上記実施形態は例示であり、本発明の特許請求の範囲に記載された技術的思想と実質的に同一な構成を有し、同様な作用効果を奏するものは、いかなるものであっても本発明の技術的範囲に包含される。