【文献】
和田 重孝 他,α’−β’複合サイアロンのエロージョン摩耗,粉体および粉末冶金,日本,社団法人 粉体粉末冶金協会,1990年 9月25日,第37巻第7号,第166−169頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0017】
(第一の実施形態)
第一の実施形態は、
Alを酸化物換算値で5〜10質量%、希土類元素のいずれか1種類以上を酸化物換算値で1〜10質量%含有し、かつ、Alと希土類元素とのmol比がAl(mol):希土類元素(mol)=1:1〜8:1である窒化珪素焼結体であり、この窒化珪素焼結体をXRD分析した際に、六方晶系α−SiAlON結晶に対応する29.6±0.3°および31.0±0.3°に検出される最強ピーク強度をI
29.6°、I
31.0°とする一方、β−Si
3N
4結晶に対応する33.6±0.3°、36.1±0.3°に検出される最強ピーク強度をI
33.6°、I
36.1°としたときに、各最強ピーク強度が関係式:
(I
29.6°+I
31.0°)/(I
33.6°+I
36.1°)=0.10〜0.30 …(1)
を満たし、上記窒化珪素焼結体の任意の断面における単位面積100μm×100μm当りの粒界相の面積比が25〜40%であり、マシナブル係数が0.100〜0.120であることを特徴とする窒化珪素焼結体である。
【0018】
まず、XRD分析を実施する条件について説明する。測定面は焼結体の任意の表面または任意の断面であり、表面粗さRaが1μm以下に研磨された研磨面とする。XRD分析は、Cuターゲット(Cu−Kα)、管電圧40kV、管電流40mA、スキャンスピート2.0°/min、スリット(RS)0.15mm、走査範囲(2θ)10°〜60°にて行うものとする。なお、走査範囲(2θ)は、10°〜60°を含んでいれば広い範囲を行ってもよいものとする。特に、焼結体の断面であることが好ましい。断面にて分析すれば、粒界相の面積比を求める面としても使用することができる。
【0019】
第一の実施形態ではXRD分析したとき、六方晶系α−SiAlON結晶に対応する29.6±0.3°および31.0±0.3°に検出される最強ピーク強度をI
29.6°、I
31.0°とする一方、β−Si
3N
4結晶に対応する33.6±0.3°、36.1±0.3°に検出される最強ピーク強度をI
33.6°、I
36.1°としたときに各最強ピーク強度が下記関係式:(I
29.6°+I
31.0°)/(I
33.6°+I
36.1°)=0.10〜0.30を満たすものとする。XRD分析によるピーク位置は、それぞれの結晶の格子定数によって決定される。
【0020】
六方晶系α−SiAlON結晶が存在すれば、29.6±0.3°および31.0±0.3°にピークが検出される。言い換えると、29.6±0.3°および31.0±0.3°にピークが検出されると六方晶系α−SiAlON結晶が存在することを意味する。また、I
29.6°およびI
31.0°の両方のピーク強度を用いる理由は、結晶の配向性によるピーク強度の変化の影響を緩和するためである。
【0021】
また、β−Si
3N
4結晶が存在すれば、33.6±0.3°および36.1±0.3°にピークが検出される。言い換えると、33.6±0.3°および36.1±0.3°にピークが検出されるとβ−Si
3N
4結晶が存在することを意味する。また、I
33.6°およびI
36.1°の両方のピーク強度を用いる理由は、結晶の配向性によるピーク強度の変化の影響を緩和するためである。
【0022】
第一の実施形態では、(I
29.6°+I
31.0°)/(I
33.6°+I
36.1°)=0.10〜0.30を満たすものである。ピーク強度の大きさは、それぞれの結晶の存在量に応じて決まる。(六方晶α−SiAlON結晶/β−Si
3N
4結晶)ピーク強度比である(I
29.6°+I
31.0°)/(I
33.6°+I
36.1°)が0.10〜0.30であるということは、β−Si
3N
4結晶に対し六方晶系α−SiAlON結晶が所定量存在することを意味する。
【0023】
また、六方晶α−SiAlON結晶が存在すれば、34.4°、35.1°付近にもピークが検出される。また、β−Si
3N
4結晶が存在すれば、23.4°、27.1°付近にもピークが検出される。この辺のピークの検出の有無も六方晶α−SiAlON結晶およびβ−Si
3N
4結晶の存在の有無を把握するのに使用してもよい。また、後述する他の結晶のピークと重なって判別しにくい時は、各種定性分析と組み合わせてもよい。
【0024】
六方晶系α−SiAlON結晶を存在させることにより、六方晶系α−SiAlON結晶とβ−Si
3N
4結晶とが混在した組織となり、粒界相の存在バラツキを低減することができ、粒界相を強化することができる。そのため、焼結体としての硬度、靭性などが向上し、耐摩耗性も向上させることができる。六方晶系α−SiAlON結晶は、球状形状または柱状形状の両方があってもよい。
【0025】
特に、六方晶α−SiAlON結晶はアスペクト比が2以下であることが好ましい。β−Si
3N
4結晶は、アスペクト比が2以上の長柱状形状である。特許文献1や特許文献2の窒化珪素焼結体は、β−Si
3N
4結晶が複雑に絡み合って硬度や靭性の高い窒化珪素焼結体を形成している。一方でβ−Si
3N
4結晶は長柱状形状であることから、β−Si
3N
4結晶同士の粒界サイズのバラツキが大きく、部分的に粒界相の多い箇所と少ない箇所が形成されていた。このため、摺動特性の長期寿命の低下がみられた。
【0026】
第一の実施形態では、長柱状形状のβ−Si
3N
4結晶と、球状または柱状の六方晶α−SiAlON結晶が混在していることから、β−Si
3N
4結晶同士の隙間に六方晶α−SiAlON結晶が入り込む構造となり、粒界相の存在割合を安定させることができる。
【0027】
(六方晶α−SiAlON結晶/β−Si
3N
4結晶)のピーク強度比が0.10未満では、六方晶α−SiAlON結晶が少な過ぎて粒界相の存在割合のバラツキが大きくなる。一方、(六方晶α−SiAlON結晶/β−Si
3N
4結晶)のピーク強度比が0.30を超えて大きいと、β−Si
3N
4結晶の割合が低下し、β−Si
3N
4結晶が複雑に絡み合った組織が減って摺動特性が低下する。
【0028】
また、窒化珪素焼結体の任意の断面における単位面積100μm×100μm当りの粒界相の面積比を25〜40%とすることにより、粒界相の存在バラツキを制御し易くなる。第一の実施形態において、β−Si
3N
4結晶と六方晶α−SiAlON結晶以外を粒界相とするものとする。第一の実施形態の窒化珪素焼結体は、任意の断面、つまりはどこの断面を測定したとしても単位面積100μm×100μm当りの粒界相の面積比が25〜40%の範囲内となる。単位面積100μm×100μmという微小領域にて粒界相の割合を制御しているので焼結体の硬度や破壊靭性の向上のみならず、摺動特性の長期信頼性を得ることができる。
【0029】
なお粒界相の面積比の測定方法は次の通りである。まず、窒化珪素焼結体の任意の断面を得る。この断面を表面粗さRaが1μm以下となるように研磨加工を施す。β−Si
3N
4結晶および六方晶α−SiAlON結晶と粒界相の領域を明確にするために、得られた研磨面にプラズマエッチング処理を行う。
【0030】
プラズマエッチング処理を実施すると、β−Si
3N
4結晶および六方晶α−SiAlON結晶と粒界相のエッチングレートが異なるため、どちらか一方が多く削除される。例えばCF4を用いたプラズマエッチングでは、β−Si
3N
4結晶および六方晶α−SiAlON結晶の方が、エッチングレートが高い(エッチングされ易い)ので、β−Si
3N
4結晶および六方晶α−SiAlON結晶が凹部、粒界相が凸部となる。
【0031】
なお、エッチング処理は酸およびアルカリを用いるケミカルエッチングでも可能である。エッチング処理後の鏡面をSEM画像撮影(1000倍以上の倍率)する。SEM写真では、β−Si
3N
4結晶および六方晶α−SiAlON結晶と粒界相がコントラストの差で区別できる。通常は、粒界相が白色に見える。エッチング処理を行うことにより、コントラストの差をより明瞭にすることができる。
【0032】
SEM写真を画像解析することにより、単位面積当たりの粒界相の面積比を測定できる。なお、画像解析は、粒界相部分をカラーマッピングして画像解析する方法が有効である。また、一視野で単位面積100μm×100μmにならない場合は、複数回撮影し、合計で単位面積100μm×100μmにしてもよいものとする。
【0033】
また、第一の実施形態の窒化珪素焼結体は、マシナブル係数が0.100〜0.120である。
【0034】
上記マシナブル係数Mcは下記の式(4)から算出される値である。
【0035】
Mc=Fn
9/8/(K
1c1/2・Hv
5/8) …(4)
式(4)において、Fnは押込み荷重であり、ここでは20kgfとする。20kgfの押込み荷重Fnは、窒化珪素焼結体の硬度や靭性を測定する上で好適な値である。ビッカース硬度(Hv)は、JIS−R−1610に準じて測定するものとする。破壊靭性値(K
1C)は、JIS−R−1607の圧子圧入法(IF法)に準じて測定するものとする。破壊靭性値の計算には、新原の式を用いるものとする。後述するベアリングボールについては、その断面を使用して測定するものとする。
【0036】
マシナブル係数Mcは、押込み荷重(Fn)、ビッカース硬度(Hv)および破壊靭性値(K
1C)を使用した加工性を示す係数である。これはラテラル亀裂破壊モデルの関係式であり、Mcは1粒の砥粒により取り除かれる物質量を示している。マシナブル係数Mcが大きいほど一度に加工できる量が大きくなることを意味している。
【0037】
ラテラル亀裂破壊モデルとは、研削加工時の材料の除去メカニズムとして、Evans氏とMarshall氏によって提案されたモデルである。このモデルにおいて、1つの研削砥粒が材料表面を通過するときに取り除かれる物質の量(デルタV)は、砥粒を材料に垂直方向に押し込む力Fnとビッカース硬さ(Hv)と破壊靭性値(K
1C)との関係において、[Fn
9/8/(K
1c1/2・Hv
5/8)]の値に比例すると示されている。ここでは、デルタVをマシナブル係数Mcと置き換えている。
【0038】
加工は大別して、脆性モードと延性モードとに分けられる。脆性モードはいわゆる粗加工に相当し、延性モードはいわゆる仕上げ加工に相当する。摩耗とは延性モードに相当すると考えられるので、耐摩耗性部材の要求性能を満足させるためには、延性モードの加工性を低下させることなく、脆性モードの加工性を改善することが重要となる。また、摩耗モデルの1つとしては、粒界に微小な予亀裂が発生し、その伝播により材料表面の破壊に至り、摩耗が発生する機構が考えられている。
【0039】
摩耗モデルの機械的接触の過酷さを表すパラメータSc.mは、摩擦係数μ、最大ヘルツ応力Pmax、材料の結晶粒径d、破壊靭性値K
1cから下式で表される。
【0040】
Sc.m=[(1+10・μ)・Pmax・(d
1/2)]/K
1c
パラメータSc.mが大きいと摩耗が大きく、パラメータSc.mが小さいと摩耗が小さいことを意味する。材料の結晶粒径dを小さくすることや破壊靭性値K
1cを大きくすることで、摩耗を抑えることが可能であることが分かる。
【0041】
これらの点を考慮した場合、マシナブル係数Mcは0.100〜0.120の範囲が好ましい。マシナブル係数Mcが0.100未満の場合には、砥粒による研磨加工量が少ないため、窒化珪素焼結体の研磨加工時間が増大する。マシナブル係数Mcが0.120を超えると、砥粒による窒化珪素焼結体の研磨加工量が大きくなりすぎる。研磨加工量が大きいと加工性は向上するものの、摺動部材としての耐久性が低下する。
【0042】
マシナブル係数Mcが0.100〜0.120の範囲である窒化珪素焼結体は、焼結体として硬度および破壊靭性を向上させた上で、摺動特性を向上させることができる。また、摺動面を研磨加工する際の脱粒痕を小さくすることができるので表面粗さRaが0.5μm以下、さらには0.1μm以下の平坦面が得易い。加工性を考慮するとマシナブル係数Mcは0.110〜0.120の範囲であることが好ましい。
【0043】
また、窒化珪素焼結体をXRD分析した際に、Y
4Si
2O
7N
2(J相)に対応する39.5±0.3°に検出される最強ピーク強度I
39.5°は、関係式:(I
39.5°)/(I
33.6°+I
36.1°)=0.03〜0.10を満たすことが好ましい。
【0044】
Y
4Si
2O
7N
2(J相)は粒界相に存在する結晶相である。39.5±0.3°にピークが検出されるということは、Y
4Si
2O
7N
2(J相)が存在するということを意味するものである。Y
4Si
2O
7N
2(J相)のピーク強度比(I
39.5°)/(I
33.6°+I
36.1°)を0.03〜0.10の範囲とすることにより、粒界相を強化することができる。粒界相を強化することにより摺動特性の長期信頼性をさらに向上させることができる。
【0045】
なお、Y
4Si
2O
7N
2(J相)が存在すれば、31.0°、34.4°、36.1°、39.5°、44.5°付近(±0.3°)にもピークが検出される。I
39.5°を選択したのは、J相に応じたピークの中で最強ピークを示す可能性が高いためである。
【0046】
また、窒化珪素焼結体をXRD分析した際に、Y
2Si
3O
12N(H相)、YSiO
2N(K相)またはY
2Si
3O
3N
4のいずれか1種以上に対応する31.9±0.3°に検出される最強ピーク強度I
31.9°は、(I
31.9°)/(I
33.6°+I
36.1°)=0.05〜0.15を満たすことが好ましい。
【0047】
Y
2Si
3O
12N(H相)、YSiO
2N(K相)またはY
2Si
3O
3N
4のいずれか1種は、粒界相に存在する結晶相である。31.9±0.3°にピークが検出されるということは、Y
2Si
3O
12N(H相)、YSiO
2N(K相)またはY
2Si
3O
3N
4のいずれか1種以上の結晶相が存在することを意味するものである。
【0048】
ピーク強度比(I
31.9°)/(I
33.6°+I
36.1°)を0.05〜0.15の範囲とすることにより、粒界相を強化することができる。粒界相を強化することにより摺動特性の長期信頼性をさらに向上させることができる。また、I
31.9°を選択した理由はY
2Si
3O
12N(H相)、YSiO
2N(K相)またはY
2Si
3O
3N
4のいずれか1種以上に応じたピークの中の最強ピークの1つであることに起因している。
【0049】
また、Hf−Y−O系化合物結晶とY−Al−Oとを含有する非晶質相を含む粒界相を具備することが好ましい。Hf−Y−O系化合物結晶は、ハフニウムとイットリウムと酸素とを含む化合物結晶である。また、Y−Al−Oを含有する非晶質相は、少なくともイットリウムとアルミニウムと酸素とを含む非晶質相である。
【0050】
ハフニウムは、活性な成分であり、イットリウムや酸素と反応してHf−Y−O系化合物結晶を形成し、Si
3N
4の成長反応を促進する。このとき、Y
4Si
2O
7N
2(J相)、Y
2Si
3O
12N(H相)、YSiO
2N(K相)またはY
2Si
3O
3N
4の1種以上の形成にも寄与すると考えられる。
【0051】
また、Y−Al−Oを含有する相を非晶質相(ガラス相)とすることにより、粒界相の均質な分布を制御しやすくなる。なお、Hf−Y−O系化合物結晶とY−Al−Oとを含有する非晶質相の存在の有無はTEM分析により確認できる。
【0052】
また、平均粒径2μm以下の炭化物、酸化物、窒化物等の粒子を具備することが好ましい。上記粒子としては、珪素(Si)、5A族であるバナジウム(V)、ニオブ(Nb)、タンタル(Ta)、6A族であるクロム(Cr)、モリブデン(Mo)、タングステン(W)、から選ばれる少なくとも1種以上の粒子であることが好ましい。
【0053】
上記粒子は、粒界相に存在することにより、粒界相の強化に資する。また、粒界相の強化を実現するためには平均粒径2μm以下、さらには1.5μm以下であることが好ましい。平均粒径が2μmを超えて大きいと、粒界の連続分布性を阻害し、構造欠陥の起因となるおそれがある。
【0054】
また、上記粒子がモリブデン化合物粒子であることが好ましい。モリブデン化合物粒子は潤滑性があることから、摺動面(窒化珪素焼結体の表面)に存在することにより、摺動面の摺動特性を向上させることができる。また、モリブデン化合物粒子は炭化モリブデン(Mo
2C)粒子が潤滑性に優れている。
【0055】
また、β−Si
3N
4結晶は、長径が2μm以上であり、最大アスペクト比が7以下であることが好ましい。また、六方晶α−SiAlON結晶は球状形状、柱状形状のいずれも平均粒径が2μm以下であることが好ましい。なお球状形状、柱状形状(アスペクト比2以下)の平均粒径は長軸を使った等価円の直径を粒径とし、100粒の平均値により求めるものとする。
【0056】
また、Alを酸化物換算値で5〜10質量(wt)%、希土類元素のいずれか1種類以上を酸化物換算値で1〜10質量%、4A、5A、6A元素のいずれか1種類以上を酸化物換算値で1〜5質量%含有し、かつ、Alと希土類元素とのmol比が、Al(mol):希土類元素(mol)=1:1〜8:1であることが好ましい。
【0057】
Al(アルミニウム)は、焼結性を向上させる成分であると共に、六方晶α−SiAlON結晶やY−Al−O系化合物非晶質相を形成するのに必要な成分である。また、焼結助剤として添加する場合は、Al
2O
3(酸化アルミニウム)、AlN(窒化アルミニウム)であることが好ましい。Alが酸化物換算で5質量%未満であると、粒界相の割合が低下するおそれがあると共に、各種の結晶成分や非晶質成分の形成が不足するおそれがある。一方、10質量%を超えると粒界相が多くなり過ぎるおそれがある。
【0058】
希土類元素は、Y(イットリウム)、La(ランタン)、Ce(セリウム)、Pr(プラセオジム)、Nd(ネオジウム)、Pm(プロメチウム)、Sm(サマリウム)、Eu(ユーロピウム)、Gd(ガドリウム)、Tb(テルビウム)、Dy(ジスプロシウム)、Ho(ホルミウム)、Er(エルビウム)、Tm(ツリウム)、Yb(イッテルビウム)、Lu(ルテチウム)の少なくとも1種以上であることが好ましい。また、焼結助剤として添加する場合は、希土類酸化物として添加することが好ましい。また、希土類元素のいずれか1種類以上を酸化物換算値で1質量%未満、10質量%を超えると粒界相の割合が実施形態の範囲外となるおそれがあり、また、Al元素とのモル比の調整が困難になる。
【0059】
また、希土類元素の中ではイットリウムが好ましい。イットリウムであれば、Y
4Si
2O
7N
2(J相)、Y
2Si
3O
12N(H相)、YSiO
2N(K相)、Y
2Si
3O
3N
4、Hf−Y−O系化合物結晶、Y−Al−Oを含有する非晶質相を形成する成分として機能する。また、α−SiAlON結晶の生成も促進する。
【0060】
また、4A、5A、6A元素のいずれか1種類以上を酸化物換算値で1〜5質量%含むことが好ましい。4A族元素は、Ti(チタン)、Zr(ジルコニウム)、Hf(ハフニウム)である。また、5A族元素は、V(バナジウム)、Nb(ニオブ)、Ta(タンタル)である。また、6A族元素は、Cr(クロム)、Mo(モリブデン)、W(タングステン)である。4A族元素の酸化物換算は、TiO
2、ZrO
2、HfO
2にて換算するものとする。また、5A族元素の酸化物換算は、V
2O
5,Nb
2O
5,Ta
2O
5にて換算するものとする。また、6A族元素の酸化物換算は、Cr
2O
3、MoO
3、WO
3にて換算するものとする。
【0061】
また、焼結助剤として添加する場合は、酸化物、炭化物、窒化物のいずれか1種以上で添加することが好ましい。また、4A族元素は酸化物、5A族元素および6A族元素は炭化物として添加することが好ましい。また、4A族元素はHf、6A族元素はMoであることが好ましい。Hfは前述のようにHf−Y−O系化合物結晶を形成する成分として機能する。また、Moを炭化モリブデン(Mo
2C)粒子として添加することが好ましい。前述のようにモリブデン化合物粒子は粒界相強化成分になると共に、摺動面の潤滑性を向上させる成分として機能する。5A族元素および6A族元素の粒子は潤滑性を有しているが、その中でもモリブデン化合物が最も優れた潤滑性を有する。
【0062】
また、前記以外の成分としては、炭化物粒子として炭化珪素(SiC)が挙げられる。炭化珪素を添加する場合は1〜5wt%の範囲内であることが好ましい。
【0063】
また、Alと希土類元素のmol比がAl(mol):希土類元素(mol)=1:1〜8:1であることが好ましい。Al量を希土類元素量の1〜8倍存在させることにより、六方晶α−SiAlON結晶が形成され易くなる。また、Al(mol):希土類元素(mol)=1.4:1〜7.0:1の範囲内であることが好ましい。
【0064】
また、前述の各成分を焼結助剤として添加する場合、窒化珪素粉末量を100質量部としたとき、焼結助剤の合計の酸素量が1.20〜2.50質量部の範囲となることが好ましい。各種焼結助剤の添加形態として窒化物または炭化物として添加する割合を調製することにより、酸化物として添加する量を上記範囲とすることができる。例えば、Al成分をAlN、Mo成分をMo
2Cなどで添加する方法が挙げられる。燒結助剤の合計の酸素量を低減して、窒化物を増やすことによっても、六方晶α−SiAlON結晶を形成し易くなる。また、酸化物焼結助剤はY−Al−Oを含有する非晶質相などの粒界相の形成に寄与する。そのため、焼結助剤の合計酸素量を前記範囲にすることによっても、粒界相の面積比を制御することができる。
【0065】
また、上記のような窒化珪素焼結体であれば、ビッカース硬度(Hv)が1500以上、破壊靭性値(K
1c)が6.0MPa・m
1/2以上、3点曲げ強度が900MPa以上と優れた特性を示すことができる。
【0066】
なお、ビッカース硬度(Hv)は、JIS−R−1610に準じて測定するものとする。破壊靭性値(K
1C)は、JIS−R−1607の圧子圧入法(IF法)に準じて測定するものとする。また、破壊靭性値の計算には、新原の式を用いるものとする。また、3点曲げ強度はJIS−R−1601に準じて測定する。
【0067】
(第二の実施形体)
第二の実施形態は、第一の実施形態の窒化珪素焼結体を用いた摺動部材である。摺動部材としては、ベアリングボール、ローラ、チェックボール、ウエアパッド、プランジャー、コロなどが挙げられる。これら摺動部材は、金属部材やセラミックスなどからなる相手部材と摺動する。摺動面の耐久性を上げるためには、表面粗さ(Ra)が0.5μm以下、さらには0.1μm以下、より好ましくは0.05μm以下に研磨加工した研磨面とすることが好ましい。摺動面を平坦にすることにより、窒化珪素焼結体の耐久性を向上させると共に相手部材への攻撃性を低下させることができる。相手部材への攻撃性を低下させることにより、相手部材の消耗を低減できるので摺動部材を組み込んだ装置の耐久性を向上させることができる。
【0068】
摺動部材を組み込んだ装置としては、工作機器、電子機器、自動車、航空機さらには風力発電など様々な分野の製品が挙げられる。
【0069】
図1に、摺動部材および転動部材の一例としてベアリングボールを示した。
図1中、符号1はベアリングボールである。ベアリングボール1は、真球状の球体である。一般的に、複数個のベアリングボールを配置して軸受けが構成される。ベアリングボールは表面全体が摺動面となる。また、軸受けを構成するにあたり、複数個のベアリングボールを用いることから、形状の均一性も求められる。第一の実施形態の窒化珪素焼結体は、粒界相の面積比およびマシナブル係数Mcを0.100〜0.120に調整してあるので、表面粗さ(Ra)0.5μm以下の研磨加工を施したとしても脱粒が少なく、脱粒痕も小さくできる。そのため、ダイヤモンド砥粒を使った研磨加工を行った場合に、脱粒痕の少ない、きれいな平坦面が得られる。
【0070】
また、単位面積100μm×100μmあたりの粒界相の面積比や、結晶成分などの制御により、摺動特性を長期に渡り安定化させることができる。例えば、従来、ベアリングボールの場合、連続運転にて400〜500時間の耐久性であったものが、700時間以上、さらには800時間以上の耐久性を得ることができる。そのため、摺動部材の長期信頼性を維持するだけでなく、それを組み込んだ装置の長期信頼性またはメンテナンスフリー化などの効果も得られる。
【0071】
(第一の実施形態の窒化珪素焼結体の製造方法)
次に製造方法について説明する。第一の実施形態の窒化珪素焼結体は上記構成を有すれば特に製造方法は限定されるものではないが効率的に得るための方法として次のものが挙げられる。
【0072】
まず、窒化珪素粉末を用意する。窒化珪素粉末は酸素含有量が1.7質量%以下で、α相型窒化珪素(α−Si
3N
4)を85質量%以上含み、平均粒子径が1.0μm以下、さらには0.8μm以下であることが好ましい。α−Si
3N
4粉末を焼結工程でβ−Si
3N
4結晶に粒成長させることにより、摺動特性の優れた窒化珪素焼結体を得ることができる。
【0073】
次に、焼結助剤粉末を用意する。焼結助剤としては、Al成分および希土類元素成分を必須成分とする。また、必要に応じて、4A族元素成分、5A族元素成分および6A族元素成分から選ばれる少なくとも1種以上、および炭化珪素を添加するものとする。
【0074】
また、前述のように、Alと希土類元素のmol比がAl(mol):希土類元素(mol)=1:1〜8:1となるように添加することが好ましい。また、焼結助剤を添加する際、窒化珪素粉末量を100質量部としたとき、焼結助剤の合計の酸素量が1.20〜2.50質量部の範囲となることが好ましい。焼結助剤として添加する成分の酸素量を制御するために、Al成分をAlN、5A族元素成分および6A族元素成分を炭化物として添加することが好ましい。特に、AlNは希土類元素と共にα−Si
3N
4と反応して六方晶α−SiAlON結晶を形成するのに有効な焼結助剤となる。
【0075】
次に上記窒化珪素粉末と焼結助剤粉末とを混合する。混合工程は、ボールミル混合機などを使用して均一混合状態となるように混合する。特に、α−Si
3N
4粉末とAlN粉末および希土類化合物の分散状態が均一混合とすることにより、六方晶α−SiAlON結晶が均一に形成され易くなる。また、均一混合のためには、ボールミル混合機などを使った混合工程を50時間以上実施することが好ましい。また、混合工程を溶液中で行う湿式混合法とすることも均一混合には有効である。
【0076】
また、湿式にて原料混合物を調製する工程において、Al系化合物および希土類化合物を予め分散性の良いスラリーに調製してから、主原料である窒化珪素粉末のスラリーに混合することが好ましい。この時の分散性の指標は、下記チクソトロピーインデックス(TI値)を用いて管理するのが好ましい。回転粘度計において連続的にせん断速度a、bを上げていくと、凝集性を持つ流体では粘度が低下するのが一般的である。この時、せん断速度aとbにおける粘度値ηの比がTI値となる。
【0077】
TI値=ηb/ηa
せん断速度a,bの値には特に決まりはないが、TI値が1以上の値をとるように設定するのがよい。TI値が1に近づくほど、ニュートン流体の挙動に近くなり、凝集のない、あるいは凝集の極めて弱い高分散のスラリーであることを示唆する。本件ではa=6(1/s)、b=60(1/s)としたときのTI値が1.0〜2.0の値をとるように調整した。なお、sは秒を示す。このような混合方式を用いることにより、焼結時の六方晶α-SiAlON結晶の均一な粒成長を効果的に行うことが可能となる。
【0078】
次に、窒化珪素粉末と焼結助剤粉末とを混合した原料混合物にバインダを添加する。原料混合物とバインダとの混合はボールミル等を使用し、必要に応じて粉砕や造粒を行いながら実施する。原料混合物を所望の形状に成形する。成形工程は、金型プレスや冷間静水圧プレス(CIP)等により実施する。成形圧力は100MPa以上が好ましい。次に、成形工程で得た成形体を脱脂する。脱脂工程は300〜600℃の範囲の温度で実施することが好ましい。脱脂工程は大気中や非酸化性雰囲気中で実施され、雰囲気は特に限定されるものではない。
【0079】
次に、脱脂工程で得た脱脂体を1600〜1900℃の範囲の温度で焼結する。焼結温度が1600℃未満であると、窒化珪素結晶粒子の粒成長が不十分になるおそれがある。すなわち、α−Si
3N
4からβ−Si
3N
4への反応が不十分であり、緻密な焼結体組織が得られないおそれがある。この場合、窒化珪素焼結体の材料としての信頼性が低下する。焼結温度が1900℃を超えると窒化珪素結晶粒子が粒成長し過ぎて、強度低下を引き起こすおそれや粒界相の割合が範囲外となるおそれがある。
【0080】
上記焼結工程は、常圧焼結および加圧焼結のいずれで実施してもよい。焼結工程は非酸化性雰囲気中で実施することが好ましい。非酸化性雰囲気としては、窒素雰囲気やアルゴン雰囲気が挙げられる。
【0081】
焼結工程の後に、非酸化性雰囲気中にて30MPa以上の熱間静水圧プレス(HIP)処理を施すことが好ましい。非酸化性雰囲気としては、窒素雰囲気やアルゴン雰囲気が挙げられる。HIP処理温度は1500〜1900℃の範囲であることが好ましい。HIP処理を実施することによって、窒化珪素焼結体内の気孔を消滅させることができる。HIP処理圧力が30MPa未満であると、そのような効果を十分に得ることができない。
【0082】
このようにして製造された窒化珪素焼結体に対して、必要な箇所に研磨加工を施して摺動部材を作製する。研磨加工は、ダイヤモンド砥粒を用いて実施することが好ましい。実施形態の窒化珪素焼結体は良好な加工性を有しているため、窒化珪素焼結体から摺動部材を作製する際の加工コストを低減することができる。また、表面粗さ(Ra)が0.5μm以下、さらには0.1μm以下、0.05μm以下の平坦面を得ることができる。
【0083】
(実施例1)
(実施例1〜13および比較例1〜2)
窒化珪素粉末として、酸素含有量が1.2質量%であり、平均粒径が0.7μmであり、α−Si
3N
4の割合が99質量%のものを用意した。次に、焼結助剤として表1に示すものを用意した。なお、焼結助剤粉末は、いずれも平均粒径1.3μm以下のものを使用した。
【表1】
【0084】
次に上記窒化珪素粉末および焼結助剤粉末を配合し、ボールミルにより50時間の湿式混合を行った。このときのTI値が1.0〜2.0なるように混合した。次に、溶液から取り出し乾燥した後、バインダと混合してボールミルにより20時間の混合工程を行って、混合原料粉末をそれぞれ調製した。
【0085】
次に各原料混合物を金型プレスにより成形した後に460℃にて脱脂した。次に脱脂体を窒素雰囲気中1700〜1800℃×4〜6時間で焼結した。
【0086】
次に得られた焼結体にHIP処理を施した。HIP処理は100MPaの圧力下で1600℃×1〜2時間の条件で実施した。これにより実施例1〜13および比較例1〜2に係る窒化珪素焼結体を作製した。なお、3点曲げ強度測定用の試料(窒化珪素焼結体)は3mm×4mm×50mmのサイズに加工して使用した。
【0087】
実施例1〜13および比較例1〜2の試料(窒化珪素焼結体)に対して表面粗さ(Ra)を0.1μm以下に研磨した。その後、ビッカース硬度(Hv)、破壊靭性値(K
1C)、3点曲げ強度、マシナブル係数Mcを測定した。ビッカース硬度(Hv)は、押込み荷重20kgfによりJIS−R−1610に準じた方法により測定した。破壊靭性値は、押込み荷重20kgfによりJIS−R−1607の圧子圧入法(IF法)に準じて測定し、新原の式により求めた。また、3点曲げ強度はJIS−R−1601に準じた方法により測定した。その結果を表2に示す。
【表2】
【0088】
上記各表1−2に示す結果から明らかなように、各実施例に係る窒化珪素焼結体は、ビッカース硬度(Hv)が1500以上であり、破壊靭性値(K
1C)が6.0MPa・m
1/2以上であり、3点曲げ強度が900MPa以上であり、マシナブル係数Mcが0.100〜0.120の範囲内であった。Mcの計算例として実施例1のマシナブル係数は押込み荷重Fn=20kgf、ビッカース硬度Hv=1592、破壊靭性値K
1c=6.6MPa・m
1/2として、Mc=20
9/8/(6.6
1/2・1592
5/8)より算出された値である。
【0089】
また、断面の研磨面を使ってXRD分析により各結晶のピーク強度比を求めた。その結果を表3に示す。
【表3】
【0090】
次に、断面の研磨面のSEM写真を使って単位面積100μm×100μmあたりの粒界相の面積比を求めた。粒界相の面積比は、単位面積100μm×100μmを5か所測定し、上限と下限を記載した。また、TEM分析により、粒界相に「Hf−Y−O系化合物結晶」「Y−Al−O系化合物非晶質相」の有無を調べた。その結果を下記表4に示す。
【表4】
【0091】
上記表4に示す結果から明らかなように、各実施例に係る窒化珪素焼結体は粒界相の面積比が25〜40%の範囲内であった。
【0092】
(実施例1B〜13Bおよび比較例1B〜2B)
実施例1〜13および比較例1〜2と同様の製造方法を用いて摺動部材であるベアリングボールを作製した。ベアリングボールの直径は9.525mm、表面粗さ(Ra)は0.01μmになるように研磨した。
【0093】
研磨加工に関しては、試料として表面粗さ(Ra)は0.01μmに研磨加工する前のものを用意して、ダイヤモンド砥石(#120)を使って研磨加工を行った場合の表面粗さを比較した。研磨加工条件は、試料の加工面積を一定にして荷重を40Nとし、研削盤の回転速度を300rpmとして加工し、表面粗さ(Ra)の変化がなくなる時間まで加工を行った後の、表面粗さ(Ra)を測定した。この研磨加工により脱粒状態を測定できる。脱粒状態は表面粗さに相関性があり、数値が大きいほど脱粒が生じやすいことを意味し、転がり寿命テストにおける信頼性は低下傾向となることが想定される。
【0094】
また、転がり寿命および転がり寿命の前後での圧砕強度の変化を測定した。転がり寿命および圧砕強度の測定を行うにあたり、ベアリングボールの表面を表面粗さ(Ra)が0.01μmになるように研磨加工した仕上げ加工面を有するものを使用した。
【0095】
また、転がり寿命は、各実施例に係るベアリングボールを3個用意し、軸受鋼SUJ2の上面に設定した直径40mmの軌道上に上記3個のベアリングボールを等間隔で配置する。これをタービン油の油浴潤滑条件下でベアリングボールに5.9GPaの最大接触応力が作用するように荷重を印加した状態で回転数1200rpmにてベアリングボールの表面が剥離するまでの時間として転がり寿命を測定した。なお、転がり寿命の測定は連続800時間を上限として行った。
【0096】
また、転がり試験の前後での圧砕強度に関しては2球圧砕法により、ベアリングボールが破壊される荷重を求めた。その結果を表5に示す。
【表5】
【0097】
上記表5に示す結果から明らかなように、各実施例に係るベアリングボールは700時間以上の優れた摺動特性を示した。特にHf−Y−O系化合物結晶を具備し、焼結助剤としてMo
2Cを添加した実施例1〜6は800時間経過後も優れた特性を維持していることが判明した。
【0098】
ベアリングボールは焼結体の全面を摺動面として使用される摺動部材である。そのため、ベアリングボールとしての特性が優れていれば他の摺動部材に用いたとしても同様に優れた特性を示すものである。従って、実施例の窒化珪素焼結体は様々な摺動部材に適用できる。
【0099】
なお、本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施し得るものであり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれると共に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。