【実施例】
【0058】
実施例1 乳癌のマーカーの選別
(1)AAL(Aleuria aurantia Lectin、ヒイロチャワンタケレクチン)を用いたレクチンアフィニティLCに導入される試料の前処理
乳癌患者(10名)から採取したそれぞれの乳頭分泌液(数μL)を、100μL のサンプル保存液(50 mM 炭酸水素アンモニウムと0.02% アジ化ナトリウムを含有する水溶液)に加え、4℃、5分間、18,000 x g で遠心した。上澄みを分取後その内5μLをAAL Adsorption buffer (GALAB Technologies, Geesthacht, Germany) を用いて20倍に希釈し、得られた測定試料100μLを以下の方法でAALアフィニティLC測定に付した。
【0059】
別に、乳頭から分泌液が分泌されることを不定愁訴として訴える受診者(被験者)であって乳癌ではないと診断された非乳癌者(10名)から採取した乳頭分泌液を、上記と同様に処理した。
【0060】
(2)AALを用いたレクチンアフィニティLC測定
上記(1)で得られた測定試料を、Affisep-AAL Affinity column(4mm i.d. x 5 cm) (GALAB Technologies, Geesthacht, Germany) を装着したHPLC装置 (1200 series, Agilent Technologies, Morges, Switzerland) に注入した。移動相A、及びBは各々 AAL Adsorption bufferとAAL Elution buffer (GALAB Technologies, Geesthacht, Germany) を用いた。試料中のAAL非結合性タンパク質とAAL結合性タンパク質の分離を目的として、流速は250μL/min、50分のステップワイズで分離し、AAL非結合画分(0分から6分)、AAL結合画分(22分から38分)をそれぞれ分取した。
【0061】
AALアフィニティLC測定の各条件は以下の通りである。
HPLCカラム:Affisep-AAL Affinity column, 4mm i.d. x 5 cm(GALAB Technologies 製)
流速:250μL/分
A 溶媒:AAL Adsorption buffer (GALAB Technologies 製)
B 溶媒:AAL Elution buffer (GALAB Technologies 製)
溶出: 0 分→20 分:0% B 溶媒、
20 分→35 分:100% B 溶媒、
35 分→50 分:0% B 溶媒で平衡化。
カラム温度:20 ℃
注入量:100μL
【0062】
(3)二次元ナノLCの一次元目のマイクロLCに導入される試料の前処理
上記(2)のAALアフィニティLCより分取されたAAL結合画分をAmicon Ultra 3K (Millipore Corporation, Billerica, MA, USA) を用いて限外濾過 (7,500 x g, 40分) を行い、さらに、50mM炭酸水素アンモニウムを1mL加え溶媒置換 (7,500 x g, 40分) を行った後、280nmの波長の紫外線を用いた紫外吸収法によりタンパク質濃度を求めた。溶媒置換された約100μLの試料に45mM ジチオトレイトール水溶液を 1μL 加えて還元し、タンパク質を変性させるためトリフルオロエタノールを 50% になるよう加え、60 ℃、1時間加熱した。加熱後室温に戻し、100 mM のヨードアセトアミド水溶液を 1μL 加えて室温暗環境下において1時間アルキル化を行った。次いで、トリフルオロエタノールの割合が 5%になるように50 mM 炭酸水素アンモニウム水溶液を加えて調製した。次いでタンパク質重量の 1/20量のトリプシン量となるように100ng/μLに調製したトリプシン(マススペクトロメトリーグレード、Promega Corporation, Madison, WI, USA)溶液を加え、37 ℃ で一晩インキュベートした。得られたトリプシン消化産物を Bovine serum albumin 換算で約 250 fmol/μLに調製し、以下の方法で二次元ナノLC−ESI−MS/MS測定を行った。
【0063】
(4)二次元ナノLC−ESI−MS/MS測定
上記(3)で得られたトリプシン消化産物のうち40μLを、二次元 Nano HPLC system (UltiMate 3000; Thermo Fisher Scientific Inc. (Dionex), Waltham, MA, USA) に装着した Acclaim PA2, 300μm i.d. x 15 cm 逆相カラム (Thermo Fisher Scientific Inc. (Dionex), Waltham, MA, USA) を用いて A 溶媒 20 mM ギ酸アンモニウム水溶液, pH 10.0、B 溶媒 アセトニトリルを用い、75分のグラジエント(12〜95% の B 溶媒)で分離し 26 個の画分を得た。それらの画分を 70 ℃ で4時間加熱して溶媒を蒸発させた。次いで各々の画分に 0.1% トリフルオロ酢酸水溶液を 30μL 加えて、分離した成分を溶解させた。次いで、得られた各画分溶液の各全量を、それぞれ L−column Micro L2−C18, 75μm i.d. x 15 cm 逆相カラム((財)化学物質評価研究機構製)を用いて A 溶媒 0.1% ギ酸水溶液、B 溶媒 アセトニトリル/0.1% ギ酸を用い、45分のグラジエント(2〜95% の B 溶媒)で分離し、連続的にナノESIイオン源を装着したESI−イオントラップ型質量分析計 (HCTultra; Bruker Daltonik GmbH, Bremen, Germany)でデータ依存的スキャンを用いてオンライン分析した。各試料について、2回のランを行った。
【0064】
二次元ナノLC−ESI−MS/MS分析の各条件は以下の通りである。
i)LC 条件
(一次元目)
HPLCカラム:Acclaim PA2, 300μm i.d. x 15 cm 逆相カラム (Thermo Fisher Scientific Inc. (Dionex) 製)
流速:6.0μL/分
A 溶媒:20 mM ギ酸アンモニウム水溶液, pH 10.0
B 溶媒:アセトニトリル
溶出: 0 分→19 分:12% から 20% B 溶媒までリニアグラジエント、
19 分→29 分:48% B 溶媒までリニアグラジエント、
29 分→34 分:95% B 溶媒で洗浄、
34 分→75 分:2% B 溶媒で平衡化。
(なお、溶出開始後すぐにB溶媒の濃度を上げたので、溶出開始後ほとんど
0分で、溶出液のB溶媒の濃度は12%になっている。)
カラム温度:35 ℃
注入量:40μL
分画数:26
【0065】
(二次元目)
HPLCカラム:L−column Micro L2−C18, 75μm i.d. x 15 cm 逆相カラム
((財)化学物質評価研究機構製)
流速:300 nL/分
A 溶媒:0.1% ギ酸水溶液, pH 2.0
B 溶媒:アセトニトリル/0.1% ギ酸
溶出: 0 分→ 1 分:8% B 溶媒までリニアグラジエント、
1 分→20 分:20% B 溶媒までリニアグラジエント、
20 分→25 分:35% B 溶媒までリニアグラジエント、
25 分→30 分:95% B 溶媒で洗浄、
30 分→45 分:2% B 溶媒で平衡化。
カラム温度:室温
注入量:30μL
【0066】
ii)ESI−MS/MS 条件
イオン化法:エレクトロスプレーイオン化法 (electrospray ionization 法、ESI 法)
測定イオン:正イオン
スプレー電圧:1200V
ドライガス:窒素(4 L/min)
イオン源温度:160 ℃
走査範囲:m/z 300 〜 1,500(MS/MS 測定時:m/z 50 〜 2,200)
プリカーサーイオン選択数:4 イオン/マススペクトル
最小限のプリカーサーイオン強度:50,000 カウント
プリカーサーイオン選択排除時間:30 s
プリカーサーイオン排除価数:1
【0067】
iii)タンパク質同定解析条件
タンパク質サーチエンジン:Mascot(Matrix Science Ltd., London, UK)
タンパク質サーチ手法:MS/MS Ion Search
タンパク質データベース:Swiss−Prot
タンパク質サーチ時動物種分類:Homo sapiens (human)
タンパク質サーチ時翻訳後修飾設定:Carbamidomethyl (システイン残基修飾)
トリプシン未切断部位許容回数:1
プリカーサーイオン質量許容値:±0.5 Da
プロダクトイオン質量許容値:±1 Da
同定タンパク質解析ソフトウェア:Scaffold(Proteome Software, Inc., Portland, OR, USA)
【0068】
(5)二次元ナノLC−ESI−MS/MS測定の結果
二次元ナノLC−ESI−MS/MS測定によって、乳癌患者由来試料から82種、非乳癌者由来試料から86種、総計119種のタンパク質成分が検出された。この分析では、特許文献2に記載されたペルオキシレドキシン1は乳癌患者試料及び非乳癌者試料の両方とも検出されなかったことを、付記しておく。
【0069】
次いで、以下の方法で、乳癌患者試料から特異的に検出されたタンパク質を乳癌マーカー候補として選別した。
【0070】
(6)乳癌マーカー候補の選別
上記(5)の結果を基に、
(i)分析を行った乳癌患者10名中の、各タンパク質成分が試料中に検出された乳癌患者数(n1)の割合(比率A)、
(ii)分析を行った非乳癌者10名中の、各タンパク質成分が試料中に検出された非乳癌者数(n2)の割合(比率B)、及び
(iii)比率A/比率B(比率C)
を求めた。
【0071】
紙面の都合上、上記(5)で検出されたフコシル化タンパク質成分119種のうち、比率Cが2.00以上であったフコシル化タンパク質成分の一覧を、下記表1に示す。
【0072】
【表1】
【0073】
そして、表1に挙げられたタンパク質成分の一覧中から血液由来成分と疑われるタンパク質成分等は除外し、当該タンパク質成分が検出された乳癌患者の割合が全乳癌患者の30%(比率A)以上且つ比率Cが2.0以上であるタンパク質成分を乳癌マーカー候補として選択し、各乳癌マーカーの比率A,B,Cを表2に示した。
【0074】
また、これらの乳癌マーカーの中で、例としてホルネリンの統計結果を
図1に示す。
図1において、※は統計解析の際の上側外れ値として、統計解析の対象から除外した。統計解析の結果、ホルネリン(フコシル化ホルネリン)において、マススペクトル中に検出されたペプチドピークを基準に算出されたタンパク質成分の存在量を示すスペクトラムカウント値が乳癌患者と非乳癌者間で統計的に有意な差が認められた(マン・ホイットニーのU検定において p=0.0068)。
【0075】
また、他の本発明の乳癌マーカーであるフコシル化Zn−α-2-グリコタンパク質、フコシル化Ig γ-1鎖C領域、及びフコシル化デスモプラキンに関しても、同様の統計解析を行った結果、同様に乳癌患者と非乳癌者間で、統計的に有意な差が認められた。
【0076】
【表2】
【0077】
そこで、フコシル化された、表2に記載のホルネリン(Hornerin)、Zn−α-2-グリコタンパク質(Zinc-alpha-2-glycoprotein)、Ig γ-1鎖C領域(Ig gamma-1 chain C region)、及びデスモプラキン(Desmoplakin)を本発明の乳癌マーカーとして選別した。
【0078】
表2及び
図1から明らかな通り、これらの乳癌マーカーは、非乳癌者の乳頭分泌液中濃度に比較して乳癌患者の乳頭分泌液中に高濃度に存在していた。また、これらの成分は乳癌マーカーとして使用されたという実績はないことから、新規な乳癌マーカーとして極めて有望である。
【0079】
さらに、本実施例においてAALによるタンパク質の濃縮選別過程は大変重要なステップを担っていたと言える。データは示していないが、例えばZn-α-2-グリコタンパク質は悪性症例、及び、良性症例の全検体から検出された。しかし、本実施例においてAALによる選別過程を経ることにより、Zn-α-2-グリコタンパク質の中でもフコシル化糖鎖を有するものだけが抽出されたため、Zn-α-2-グリコタンパク質としては乳癌マーカーと成り得ないが、フコシル化Zn-α-2-グリコタンパク質であれば新規乳癌マーカーとして利用できることが判ったのである。
【0080】
また、本発明の乳癌マーカーを単独或いは2種以上組み合わせて検出することにより乳癌、及びその進行度の判定が行えることが期待される。例えば、これらの乳癌マーカーを単独或いは2種以上組み合わせて検出することで、乳癌患者に特徴的な本発明の乳癌マーカーの存在パターンが得られる。そこで、被験者の乳頭分泌液等の試料から本発明の乳癌マーカーを検出・同定し、これら複数の乳癌マーカーの存在パターン解析をすることにより、被験者が乳癌を発症しているか否かの推定が可能となることが期待される。