特許第6337693号(P6337693)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6337693シランカップリング剤水溶液、その製造方法及び表面処理剤
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6337693
(24)【登録日】2018年5月18日
(45)【発行日】2018年6月6日
(54)【発明の名称】シランカップリング剤水溶液、その製造方法及び表面処理剤
(51)【国際特許分類】
   C08G 77/28 20060101AFI20180528BHJP
   C07F 7/18 20060101ALI20180528BHJP
   C08L 83/08 20060101ALI20180528BHJP
   C09D 183/08 20060101ALI20180528BHJP
   C08K 5/548 20060101ALI20180528BHJP
   C08K 5/5435 20060101ALI20180528BHJP
   C08K 9/06 20060101ALI20180528BHJP
   C09C 3/12 20060101ALI20180528BHJP
   D06M 13/513 20060101ALI20180528BHJP
   D06M 15/643 20060101ALI20180528BHJP
   C08L 63/00 20060101ALN20180528BHJP
   D06M 101/00 20060101ALN20180528BHJP
【FI】
   C08G77/28
   C07F7/18 S
   C07F7/18 Q
   C08L83/08
   C09D183/08
   C08K5/548
   C08K5/5435
   C08K9/06
   C09C3/12
   D06M13/513
   D06M15/643
   !C08L63/00 C
   D06M101:00
【請求項の数】11
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2014-171359(P2014-171359)
(22)【出願日】2014年8月26日
(65)【公開番号】特開2016-44278(P2016-44278A)
(43)【公開日】2016年4月4日
【審査請求日】2016年8月25日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002060
【氏名又は名称】信越化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100079304
【弁理士】
【氏名又は名称】小島 隆司
(74)【代理人】
【識別番号】100114513
【弁理士】
【氏名又は名称】重松 沙織
(74)【代理人】
【識別番号】100120721
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 克成
(74)【代理人】
【識別番号】100124590
【弁理士】
【氏名又は名称】石川 武史
(74)【代理人】
【識別番号】100157831
【弁理士】
【氏名又は名称】正木 克彦
(72)【発明者】
【氏名】土田 和弘
【審査官】 前田 孝泰
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−039051(JP,A)
【文献】 特開2010−039056(JP,A)
【文献】 国際公開第2010/071155(WO,A1)
【文献】 米国特許出願公開第2002/0007009(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08G 77/00− 77/62
C07F 7/02− 7/21
C08L 1/00−101/16
C09D 1/00−201/10
C09J 1/00−201/10
C09C 3/00− 3/12
D06M 10/00− 23/18
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(i)下記一般式(1)で示される無水コハク酸基含有シランカップリング剤と(ii)下記一般式(2)で示されるメルカプト基含有シランカップリング剤とを配合モル比(i):(ii)=99:1〜1:1で共加水分解反応してなる加水分解物及びこれらの(共)縮合物と水とを含むシランカップリング剤水溶液。
【化1】
[式中、R1は炭素数3〜12の非置換又は置換の飽和二価炭化水素基又は炭素数3〜12の不飽和炭素−炭素二重結合若しくは三重結合を有する非置換又は置換の二価炭化水素基(但し、R1が分岐である場合は分岐鎖の分子末端に脂肪族不飽和炭素−炭素結合を有さず、R1が置換基を有する場合は置換基の分子鎖末端に脂肪族不飽和炭素−炭素結合を有しない)であり、Rは炭素数1〜10の一価炭化水素基であり、nは2又は3であり、Xは炭素数1〜4の一価炭化水素基である。]
【請求項2】
ヘッドスペース法ガスクロマトグラフィーにより検出されるシランカップリング剤水溶液の揮発成分のうち、揮発性有機化合物の含有量が10質量%以下であることを特徴とする請求項1記載のシランカップリング剤水溶液。
【請求項3】
式(1)中のR1がプロピレン基であることを特徴とする請求項1又は2記載のシランカップリング剤水溶液。
【請求項4】
共加水分解反応により得られた(i)、(ii)のシランカップリング剤の加水分解物及びこれらの(共)縮合物の全量が全水溶液に対して0.5〜50質量%であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のシランカップリング剤水溶液。
【請求項5】
50℃で一カ月間保管した際の粘度上昇が10%未満であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載のシランカップリング剤水溶液。
【請求項6】
(i)下記一般式(1)で示される無水コハク酸基含有シランカップリング剤と(ii)下記一般式(2)で示されるメルカプト基含有シランカップリング剤とを配合モル比(i):(ii)=99:1〜1:1で共加水分解反応させた後に、発生したアルコールを除去し、ヘッドスペース法ガスクロマトグラフィーにより検出されるシランカップリング剤水溶液の揮発成分のうち、揮発性有機化合物の含有量を10質量%以下とすることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載のシランカップリング剤水溶液の製造方法。
【化2】
(式中、R1、R、n、Xは上記と同じである。)
【請求項7】
請求項1〜5のいずれか1項に記載のシランカップリング剤水溶液を含む表面処理剤。
【請求項8】
請求項7記載の表面処理剤にて処理された基材を含む物品。
【請求項9】
表面処理される基材が、ガラスクロス、ガラステープ、ガラスマット、ガラスペーパーから選ばれるガラス繊維製品である請求項8記載の物品。
【請求項10】
表面処理される基材が、無機フィラーである請求項8記載の物品。
【請求項11】
表面処理される基材が、セラミック又は金属である請求項8記載の物品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無水コハク酸基含有シランカップリング剤とメルカプト基含有シランカップリング剤とを共加水分解反応することにより得られた水性シランカップリング剤組成物及びその製造方法、該組成物を含む表面処理剤並びに該表面処理剤にて処理された物品に関する。
【背景技術】
【0002】
加水分解性シリル基と有機反応性基を有する有機ケイ素化合物は、一般にシランカップリング剤と称され、しばしば無機材料−有機材料間の結合材料として接着剤、塗料添加剤、樹脂改質剤等として使用されている。シランカップリング剤の加水分解物としての使用において有する課題は、アルコキシシリル基に代表される加水分解性シリル基の加水分解により発生するアルコール及びシラノールの安定化剤兼希釈剤として添加される揮発性の有機溶剤を高い割合で含有することである。
【0003】
一般に、アルコキシシランの部分加水分解物や酸系の加水分解触媒を用いることにより、ある程度の貯蔵安定性を保有するシランのゾルゲル系塗料を製造することは可能であるが、これら塗料はアルコールをはじめとした有機溶剤系に限定されるものである。アルコキシシランの完全な加水分解に十分な水を使用し、高い固体含有量を有する場合に前記系の貯蔵安定性を著しく低下させ、塗料として製造する途中にシランの加水分解縮合の制御が困難となり、高分子化・ゲル化することも公知である。
【0004】
特表2009−524709号公報(特許文献1)には、水で希釈可能なゾルゲル組成物としてグリシジルオキシプロピルアルコキシシラン、水性シリカゾル、有機酸、チタン又はジルコニウムの有機金属化合物を必須成分とするアルコール低含有のシロキサン水系塗料に関する技術が開示されているが、その使用用途については腐食保護、プライマー等の記述のみであり、有効性を実証する実施例の記載もない。また、この塗料では揮発性有機化合物として有機酸の残存が懸念される。
【0005】
シランカップリング剤の有機反応性基としては、ビニル基、アミノ基、エポキシ基、(メタ)アクリル基、メルカプト基、イソシアネート基、ケチミン構造基、スチリル基が代表的であり、これらを有するシランカップリング剤は公知のものとして種々応用例が知られている。
これらの中でも水溶性に寄与するアミノ基を有するシランカップリング剤は、水溶性に優れるばかりではなく、高い水溶液安定性を示し、加水分解により発生したアルコールを除去したアルコール不含のシラン水溶液の調製が可能であり、環境負荷の少ない材料として期待されている。
【0006】
また、特開2012−46576号公報(特許文献2)には、酸無水物基含有シランカップリング剤を任意に加水分解させ、ジカルボン酸構造基含有のシラノール型シランカップリング剤としたものを封止用エポキシ樹脂の改質剤として使用する技術が開示されている。しかしながら、本技術では、使用するカップリング剤から発生するアルコールに関しての言及はなく、シランカップリング剤の加水分解水溶液による使用の範囲といえる。
【0007】
一方で、金属密着等に有効とされるメルカプト基を含むシランカップリング剤の水溶液は0.1〜5質量%といった低濃度でメタノールなどの水性有機溶剤(揮発性有機化合物)が共存する系においては調製可能であるものの、高濃度での水溶液化、発生するアルコールの低減化はメルカプト基の高い疎水性により困難であった。
【0008】
このようにアミノ基、カルボン酸基といった特定の親水性基を有するシランカップリング剤は水溶液の安定性に優れるものの、それ以外の有機官能基、特にメルカプト基を有するシランカップリング剤は高濃度の水溶液を調製することが困難でありつつも、アルコール等の揮発性有機化合物を除去し、実使用時に揮発性有機化合物が発生することのない材料は、環境にも優しいことから関連分野において所望される材料であった。
なお、本発明に関連する従来技術として、上述した文献と共に下記文献が挙げられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特表2009−524709号公報
【特許文献2】特開2012−46576号公報
【特許文献3】特開平8−302320号公報
【特許文献4】特開2006−22158号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、上記事情に鑑みなされたものであり、高温条件下においても良好な貯蔵安定性を有し、種々改質材料として有望な水性シランカップリング剤組成物及びその製造方法、該組成物を含む表面処理剤並びに該表面処理剤にて処理された物品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、上記目的を達成するために鋭意検討を重ねた結果、(i)下記一般式(1)で示される無水コハク酸基含有シランカップリング剤と(ii)下記一般式(2)で示されるメルカプト基含有シランカップリング剤とを配合モル比(i):(ii)=99:1〜1:1で共加水分解反応させて得られる水性シランカップリング剤組成物、特に、上記共加水分解反応後に、発生したアルコールを除去し、ヘッドスペース法ガスクロマトグラフィーにより検出される該組成物の揮発成分のうち、揮発性有機化合物の含有量を10質量%以下とした組成物が、高温条件下においても良好な貯蔵安定性を有し、種々改質材料として有用であることを見出し、本発明をなすに至った。
【0012】
従って、本発明は、下記の水性シランカップリング剤組成物及びその製造方法、表面処理剤並びに物品を提供する。
〔1〕
(i)下記一般式(1)で示される無水コハク酸基含有シランカップリング剤と(ii)下記一般式(2)で示されるメルカプト基含有シランカップリング剤とを配合モル比(i):(ii)=99:1〜1:1で共加水分解反応してなる加水分解物及びこれらの(共)縮合物と水とを含むシランカップリング剤水溶液。
【化1】
[式中、R1は炭素数3〜12の非置換又は置換の飽和二価炭化水素基又は炭素数3〜12の不飽和炭素−炭素二重結合若しくは三重結合を有する非置換又は置換の二価炭化水素基(但し、R1が分岐である場合は分岐鎖の分子末端に脂肪族不飽和炭素−炭素結合を有さず、R1が置換基を有する場合は置換基の分子鎖末端に脂肪族不飽和炭素−炭素結合を有しない)であり、Rは炭素数1〜10の一価炭化水素基であり、nは2又は3であり、Xは炭素数1〜4の一価炭化水素基である。]
〔2〕
ヘッドスペース法ガスクロマトグラフィーにより検出されるシランカップリング剤水溶液の揮発成分のうち、揮発性有機化合物の含有量が10質量%以下であることを特徴とする〔1〕記載のシランカップリング剤水溶液。
〔3〕
式(1)中のR1がプロピレン基であることを特徴とする〔1〕又は〔2〕記載のシランカップリング剤水溶液。
〔4〕
共加水分解反応により得られた(i)、(ii)のシランカップリング剤の加水分解物及びこれらの(共)縮合物の全量が全水溶液に対して0.5〜50質量%であることを特徴とする〔1〕〜〔3〕のいずれかに記載のシランカップリング剤水溶液。
〔5〕
50℃で一カ月間保管した際の粘度上昇が10%未満であることを特徴とする〔1〕〜〔4〕のいずれかに記載のシランカップリング剤水溶液。
〔6〕
(i)下記一般式(1)で示される無水コハク酸基含有シランカップリング剤と(ii)下記一般式(2)で示されるメルカプト基含有シランカップリング剤とを配合モル比(i):(ii)=99:1〜1:1で共加水分解反応させた後に、発生したアルコールを除去し、ヘッドスペース法ガスクロマトグラフィーにより検出されるシランカップリング剤水溶液の揮発成分のうち、揮発性有機化合物の含有量を10質量%以下とすることを特徴とする〔1〕〜〔5〕のいずれかに記載のシランカップリング剤水溶液の製造方法。
【化2】
(式中、R1、R、n、Xは上記と同じである。)
〔7〕
〔1〕〜〔5〕のいずれかに記載のシランカップリング剤水溶液を含む表面処理剤。
〔8〕
〔7〕記載の表面処理剤にて処理された基材を含む物品。
〔9〕
表面処理される基材が、ガラスクロス、ガラステープ、ガラスマット、ガラスペーパーから選ばれるガラス繊維製品である〔8〕記載の物品。
〔10〕
表面処理される基材が、無機フィラーである〔8〕記載の物品。
〔11〕
表面処理される基材が、セラミック又は金属である〔8〕記載の物品。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、低水溶性、水溶液の安定性が低いメルカプト基を有するシランカップリング剤を無水コハク酸基を有するシランカップリング剤と共加水分解させることにより、高い水溶性を維持し、高濃度においても安定性に優れた水性シランカップリング剤組成物を得ることができる。本発明の水性シランカップリング剤組成物は、実質的に加水分解が完了しているため、無機材料に対するシリル基の反応性が高く、従来のシランカップリング剤のような使用時における加水分解工程を経ないことから実使用における生産性にも優れ、また、特に加水分解反応後、揮発性有機化合物を除去することで、揮発性有機化合物を実質上含まず、且つ発生もないことから、作業者のみならず、作業環境に与える負荷が少ないものである。本発明の水性シランカップリング剤組成物を含む表面処理剤を使用した改質樹脂は、ガラスをはじめ種々無機材料との密着性に優れる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明について具体的に説明する。
本発明の安定な水性シランカップリング剤組成物は、(i)下記一般式(1)で示される無水コハク酸基含有シランカップリング剤と(ii)下記一般式(2)で示されるメルカプト基含有シランカップリング剤とを配合モル比(i):(ii)=99:1〜1:1で共加水分解反応することにより得られる水性シランカップリング剤組成物である。
【化3】
[式中、R1は炭素数3〜12の非置換又は置換の飽和二価炭化水素基又は炭素数3〜12の不飽和炭素−炭素二重結合若しくは三重結合を有する非置換又は置換の二価炭化水素基(但し、R1が分岐である場合は分岐鎖の分子末端に脂肪族不飽和炭素−炭素結合を有さず、R1が置換基を有する場合は置換基の分子鎖末端に脂肪族不飽和炭素−炭素結合を有しない)であり、Rは炭素数1〜10の一価炭化水素基であり、nは2又は3であり、Xは炭素数1〜4の一価炭化水素基である。]
【0015】
上記式(1)中、R1は炭素数3〜12、好ましくは3〜8の非置換又は置換の飽和二価炭化水素基、又は炭素数3〜12、好ましくは3〜8の不飽和炭素−炭素二重結合若しくは三重結合を有する非置換又は置換の二価炭化水素基であり、但し、R1が分岐である場合は分岐鎖の分子末端に脂肪族不飽和炭素−炭素結合を有さず、R1が置換基を有する場合は置換基の分子鎖末端に脂肪族不飽和炭素−炭素結合を有しない。
このような非置換又は置換の飽和二価炭化水素基として、具体的には、プロピレン基、イソプロピレン基、ブチレン基、イソブチレン基、tert−ブチレン基、ペンチレン基、ネオペンチレン基、ヘキシレン基、オクチレン基等のアルキレン基、シクロヘキシレン基等のシクロアルキレン基などの非置換飽和二価炭化水素基や、これらの基の水素原子の一部又は全部がハロゲン原子等で置換された置換飽和二価炭化水素基が挙げられる。また、不飽和炭素−炭素二重結合若しくは三重結合を有する非置換又は置換の二価炭化水素基として、具体的には、プロペニレン基、ブテニレン基、ヘキセニレン基等のアルケニレン基、プロピニレン基、ブチニレン基、オクチニレン基等のアルキニレン基などの非置換不飽和二価炭化水素基や、これらのハロゲン置換体等の置換不飽和二価炭化水素基が挙げられる。これらの中で、R1としては、特にプロピレン基が好ましい。
【0016】
上記式(1)、(2)中、Rは炭素数1〜10、好ましくは1〜6の一価炭化水素基であり、具体的には、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基、tert−ブチル基、ペンチル基、ネオペンチル基、ヘキシル基、オクチル基等のアルキル基、シクロヘキシル基等のシクロアルキル基、ビニル基、アリル基、プロペニル基等のアルケニル基、フェニル基、トリル基、キシリル基、ナフチル基等のアリール基、ベンジル基、フェニルエチル基、フェニルプロピル基等のアラルキル基などが挙げられ、これらの中でもメチル基、エチル基、フェニル基が好ましい。
また、nは2又は3である。なお、上記n=1に相当するシランカップリング剤は、加水分解後のシラノールの数が少ないことから水溶性が低く、水溶液の安定性が不十分であり、且つ無機材料との反応効率も低いことから不適である。
Xは炭素数1〜4の一価炭化水素基であり、具体的には、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基、tert−ブチル基等のアルキル基などが挙げられ、これらの中でもメチル基、エチル基が好ましい。
【0017】
式(1)で示される無水コハク酸基含有シランカップリング剤の具体的な例としては、トリメトキシシリルプロピル無水コハク酸、トリエトキシシリルプロピル無水コハク酸、メチルジメトキシシリルプロピル無水コハク酸、メチルジエトキシシリルプロピル無水コハク酸などが挙げられるが、ここに例示されるものに限らない。
【0018】
式(2)で示されるメルカプト基含有シランカップリング剤の具体的な例としては、トリメトキシシリルプロピルメルカプタン、トリエトキシシリルプロピルメルカプタン、メチルジメトキシシリルプロピルメルカプタン、メチルジエトキシシリルプロピルメルカプタンなどが挙げられるが、ここに例示されるものに限らない。
【0019】
本発明の水性シランカップリング剤組成物は、水を含有するものであり、この場合、固体含有量(上記(i)、(ii)のシランカップリング剤の加水分解物及びこれらの(共)縮合物の全量)が全組成物に対して0.5〜50質量%であることが好ましい。具体的には、組成物を加熱乾燥させた場合の残存する固体残存量(g)/組成物全量(g)=0.005〜0.5となればよい。より好ましくは20〜50質量%であり、更に好ましくは30〜50質量%である。固体含有量が0.5質量%未満である場合には、組成物による形成皮膜が十分な耐水性、プライマー効果を発現しないおそれがある。一方、固体含有量が50質量%より大きくなる場合には、組成物の安定性が著しく低下するため、製造が困難となる場合がある。
【0020】
本発明の水性シランカップリング剤組成物は、ヘッドスペース法ガスクロマトグラフィー測定により検出される該組成物の揮発成分のうち、揮発性有機化合物の含有量が好ましくは10質量%以下であり、より好ましくは5質量%以下であり、更に好ましくは1質量%以下であり、特には0.1質量%以下の実質的に含有しないものである。揮発性有機化合物の含有量が10質量%を超えると本組成物を使用する作業者、並びに周辺環境に与える負荷が大きく、本発明の主旨から外れてしまう組成物となる場合がある。
本発明における揮発性有機化合物は、主に原料であるシランカップリング剤に含まれるアルコキシシリル基の加水分解によって発生するアルコールを指す。また、先述のとおり、シランカップリング剤水溶液の安定化剤として意図的に添加するアルコールなどの水性有機溶媒やシランの加水分解触媒としての有機酸、塩酸、硫酸などの無機酸も揮発性有機化合物の一つである。
【0021】
また、本発明の水性シランカップリング剤組成物は、25℃における粘度が5〜100mm2/s、特に7〜80mm2/sであることが好ましい。
更に、本発明の水性シランカップリング剤組成物は、50℃で一カ月(30日)間保管した際の粘度上昇が10%未満、特に5%未満であることが好ましい。50℃で一カ月間保管した際の粘度上昇が10%以上であると長期経過後にゲル化に至る場合がある。なお、粘度は、オストワルド粘度計により測定した25℃における動粘度の値である。
【0022】
本発明の水性シランカップリング剤組成物の製造方法としては、(i)上記一般式(1)で示される無水コハク酸基含有シランカップリング剤と(ii)上記一般式(2)で示されるメルカプト基含有シランカップリング剤とを特定割合で共加水分解反応させた後に、発生したアルコールを除去する工程を設けることが好ましい。
【0023】
これら(i)式(1)で示される無水コハク酸基含有シランカップリング剤と(ii)式(2)で示されるメルカプト基含有シランカップリング剤の反応割合は、モル比で(i):(ii)=99:1〜1:1であり、好ましくは90:1〜2:1の範囲であり、特に好ましくは80:1〜3:1の範囲である。(i)成分の割合が多すぎるとメルカプト基の量が少なくなり、接着性が不足し、少なすぎると水溶液の安定性が確保できない。
【0024】
加水分解反応に使用する水の量は、原料の無水コハク酸基含有シランカップリング剤及びメルカプト基含有シランカップリング剤の合計1モルに対して10〜100モル、特に30〜60モルとすることが好ましい。
【0025】
なお、上記シランカップリング剤を加水分解する際には、公知技術の加水分解触媒は使用しない。これは加水分解後のアルコール除去工程を経た後に残存した場合、該触媒化合物が揮発性有機化合物であり得るため、環境負荷の観点より含有が望ましくないためである。
【0026】
加水分解反応条件としては、好ましくは反応温度30〜110℃、より好ましくは80〜100℃で、好ましくは0.5〜24時間、より好ましくは1〜3時間である。反応温度が高すぎると、ゲル化する場合があり、低すぎると十分に加水分解しない場合がある。
【0027】
上記加水分解反応により、上述したように、上記式(1)及び式(2)で示されるシランカップリング剤の加水分解物が得られ、またこれらそれぞれの単独縮合物及びこれらの共縮合物も生成し得る。
【0028】
上記加水分解反応後、発生したアルコールを除去する方法としては、常圧留去並びに減圧留去が挙げられ、該留去工程は上述した加水分解反応工程と並行して行ってもよく、生産効率の観点からは並行して行うことが好ましい。
【0029】
具体的なアルコール除去条件として、反応温度は30〜110℃、減圧度は60hPa〜常圧、特に80〜100℃、100hPa〜常圧が好ましく、得られる組成物の安定性を冒さない範囲であればこれに限定されない。反応温度が110℃より高い場合には、得られる組成物の安定性が低下し、製造が困難となるおそれがある。一方、反応温度が30℃未満である場合には、アルコールの除去効率が低下し、生産効率が低下してしまうおそれがある。
【0030】
加水分解反応後、発生したアルコールを除去する工程により、ヘッドスペース法ガスクロマトグラフィー測定により検出される該組成物の揮発成分のうち、揮発性有機化合物の含有量(アルコール含量)を10質量%以下とすることが可能となる。
【0031】
本発明の水性シランカップリング剤組成物は、更に、上記発生したアルコールを除去する工程後、得られた上記式(1)及び式(2)で示されるシランカップリング剤の加水分解物及びこれらの(共)縮合物の全量が、組成物全体の0.5〜50質量%、特に25〜35質量%となるように水を用いて調整することが好ましい。該含有量が多すぎると、組成物がゲル化しやすくなる場合がある。
【0032】
メルカプトシランカップリング剤の低い水溶性に対して、アミノシランやエポキシシランといった親水性構造基を有するシランカップリング剤の共加水分解では、安定な水性シランカップリング剤組成物が得られない。本発明は、加水分解により発生するジカルボン酸構造がキー骨格となり、高い水溶性発現、液安定化効果が発現し、所望の水性シランカップリング剤組成物を得ることができる。
【0033】
本発明の水性シランカップリング剤組成物は、主成分がシラノールを含む構造であるため、それ自体で表面処理剤(プライマー、あるいは無機材質と有機樹脂との複合材料の改質剤)として機能する。
【0034】
なお、本発明の表面処理剤としては、上記水性シランカップリング剤組成物の他に、界面活性剤、防腐剤、変色防止剤、酸化防止剤等の添加剤を、本発明の目的を損なわない範囲で配合することができる。
【0035】
本発明の表面処理剤で表面処理される基材としては、一般に加水分解性シリル基と反応し、結合を形成する無機材料及びカルボン酸基と反応して結合する有機樹脂等の有機材料であれば適用可能であり、基材の形状については特に指定されない。その中でも代表的な無機材料としては、ケイ素、チタン、ジルコニウム、マグネシウム、アルミニウム、インジウム、スズ及びそれらの単独又は複合酸化物からなる無機フィラーや、ガラス繊維をはじめとしたガラスクロス、ガラステープ、ガラスマット、ガラスペーパー等のガラス繊維製品、セラミック、鉄、アルミニウム、銅、銀、金、マグネシウム等の金属基材等が挙げられる。また、代表的な有機材料としては、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、ポリイミド樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、厚紙、木材、無垢木、チップボード等が挙げられる。なお、ここに例示したものに限定されるものではない。
【0036】
本発明の表面処理剤の表面処理方法、硬化条件等としては特に限定されるものではないが、具体的には、フローコート(浸漬法)、スピンコート等が直接基材へ処理する場合の方法として挙げられ、また、予め未処理の無機フィラーと分散媒体の樹脂からなるコンパウンドに添加、混合することによる混練処理にも適応される。
また代表的な硬化条件としては、加熱・乾燥が挙げられ、表面処理後に60〜180℃、好ましくは80〜150℃で5分〜2時間加熱・乾燥し、溶媒の除去と同時に表面処理剤中の主成分である上記(i)、(ii)のシランカップリング剤の加水分解物及びこれらの(共)縮合物と基材表面とを化学反応させることが好ましい。
【0037】
本発明の水性シランカップリング剤組成物は、メルカプト基を有することにより金属材料や金属イオンとの高い反応性、相互作用を示すことから、表面処理剤の中でも防食塗料の配合材料として好適である。
【実施例】
【0038】
以下、実施例及び比較例を示して本発明をより詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。なお、下記例中、粘度、比重、屈折率は、25℃において測定した値であり、部は質量部である。また、粘度はJIS Z 8803に基づいて測定した。比重はJIS Z 8804に基づいて測定した。屈折率はJIS K 0062に基づいて測定した。
【0039】
また、アルコール含量は、ヘッドスペースオートサンプラー(パーキンエルマー社製、TurboMatrix HS40)を用いて、試料1gを容量20mLのセプタム付きバイアル瓶に密閉後、60℃×10分間保持し、気液平衡に到達した際に捕集した気体成分を次の条件で測定した値である。
GC装置:アジレントテクノロジー社製 HP7820A
検出器:熱伝導度型検出器(TCD)
カラム:HP INNOWAX 品番19091N−033(長さ30m×内径0.25mm×膜厚0.15μm)
カラム温度:40℃(1.5分保持)→15℃/分→80℃(4分保持)
測定時間 計8.2分
注入口温度:250℃
検出器温度:250℃
キャリアガス:He
キャリアガス流量:1.4mL/min
【0040】
水性シランカップリング剤組成物の調製
[実施例1]
撹拌機、還流冷却器、滴下ロート及び温度計を備えた1Lセパラブルフラスコに、トリメトキシシリルプロピル無水コハク酸196.7部(0.75モル、信越化学工業社製:X−12−967C)、トリメトキシシリルプロピルメルカプタン49部(0.25モル、信越化学工業社製:KBM−803)を納め、その中にイオン交換水1,000部を投入、撹拌した後に加熱し、内温約100℃に到達するまで、反応により発生したメタノール及び水を常圧留去した。内温100℃に到達した時点での留出する成分はメタノールを含有せず、水のみであることを確認することで加熱常圧留去工程を停止した。この時点での総留去量は500部であった。この反応生成物についてイオン交換水を添加することで固体含有量を30質量%に調整した水性シランカップリング剤組成物は、淡褐色透明な液体であり、粘度7.6mm2/s、比重1.09、屈折率1.371、pH2.1、メタノール含量0.1質量%未満であった。
【0041】
[実施例2]
実施例1で使用したトリメトキシシリルプロピル無水コハク酸を同モルのメチルジメトキシシリルプロピル無水コハク酸に変更し、それ以外は同様の工程を実施した。得られた反応生成物にイオン交換水を添加することで固体含有量を30質量%に調整した水性シランカップリング剤組成物は、淡黄色透明な液体であり、粘度10.4mm2/s、比重1.06、屈折率1.374、pH1.9、メタノール含量0.1質量%未満であった。
【0042】
[比較例1](ii)の配合モル比を60モル%とした場合。
撹拌機、還流冷却器、温度計を備えた1Lセパラブルフラスコに、トリメトキシシリルプロピル無水コハク酸104.9部(0.4モル、信越化学工業社製:X−12−967C)、トリメトキシシリルプロピルメルカプタン117.6部(0.6モル、信越化学工業社製:KBM−803)を納め、その中にイオン交換水1,000部を投入、撹拌した後に加熱し、内温約100℃に到達するまで反応により発生したメタノール及び水を常圧留去した。内温100℃に到達した時点での留出する成分はメタノールを含有せず、水のみであることを確認することで加熱常圧留去工程を停止した。この時点での総留去量は500部であった。この反応生成物についてイオン交換水を添加することで固体含有量を30質量%に調整した水性シランカップリング剤組成物は、淡褐色透明な液体であり、粘度30.1mm2/s、比重1.09、屈折率1.412、pH2.4、メタノール含量0.1質量%未満であった。
【0043】
[比較例2](ii)の配合モル比を80モル%とした場合。
撹拌機、還流冷却器、温度計を備えた1Lセパラブルフラスコに、トリメトキシシリルプロピル無水コハク酸52.5部(0.2モル、信越化学工業社製:X−12−967C)、トリメトキシシリルプロピルメルカプタン156.8部(0.8モル、信越化学工業社製:KBM−803)を納め、その中にイオン交換水1,000部を投入、撹拌した後に加熱し、内温約100℃に到達するまで反応させたところ、シラン成分の縮合に伴い水への不溶成分が析出沈降し、最終的にはゲル化に至ってしまい、目的の水性シランカップリング剤組成物を得ることができなかった。
【0044】
水性シランカップリング剤組成物の安定性評価
[実施例1,2、比較例1]
実施例1,2の組成物及び比較例1の組成物各々を密閉条件下、50℃の恒温室にて保管し、経過時間ごとの初期粘度値からの上昇率を表1に示す。
【0045】
【表1】
【0046】
上記の実施例及び比較例の結果は、本発明の水性シランカップリング剤組成物が50℃といった高温条件下においても良好な安定性を保持するものであることを実証するものである。
【0047】
ガラス繊維とエポキシ樹脂との密着性評価
[実施例3,4、比較例3〜5]
上記で得られた反応生成物、トリメトキシシリルプロピル無水コハク酸又はトリメトキシシリルプロピルメルカプタンがそれぞれ1質量%となるように水で希釈したものを表面処理剤とし、ガラス繊維(直径20μm)に処理した後、100℃で30分間乾燥することで表面処理ガラス繊維を得た。該表面処理ガラス繊維上に、エポキシ樹脂(ジャパンエポキシレジン社製:JER828)と硬化剤(トリエチレンテトラミン)より構成される熱硬化組成物の直径数十μm〜数百μmの液滴を、液滴同士が接触しないように付着させた後、熱硬化(80℃で1.5時間処理した後、100℃で2時間処理)して球状樹脂成型物を成形し、複合界面特性評価装置(東栄産業社製:HM410)を用いたマイクロドロップレット法により表面処理ガラス繊維−エポキシ樹脂間のせん断強度を測定した。ここで、繊維の直径をD[μm]、球状樹脂成型物に埋め込まれた部分の繊維の長さをL[μm]、該球状樹脂成型物を繊維軸方向に引き抜く際の荷重をF[mN]とすると、単位面積あたりのせん断強度τ[MPa]はτ=F/πDLによって求められる。使用した表面処理剤の主成分とせん断強度の結果を表2に示す。
【0048】
【表2】
X−12−967C:トリメトキシシリルプロピル無水コハク酸(信越化学工業社製)
KBM−803:トリメトキシシリルプロピルメルカプタン(信越化学工業社製)
【0049】
上記の実施例及び比較例の結果は、本発明の表面処理剤を用いて形成される改質表面がエポキシ樹脂への密着効果を実証する他、表面処理剤中の主成分である反応生成物が十分に加水分解されていることでガラス繊維への処理効率も向上しており、良好なカップリング効果が発現されることを実証するものである。
【0050】
封止用エポキシ樹脂と銀基材との密着性評価
[実施例5,6、比較例6〜8]
特開2012−46576号公報記載の実施例に準拠し、表3記載の封止用エポキシ樹脂コンパウンド組成物を調製した。銀基材と該組成物をタブレット化したものとを175℃、6.9MPa、2分間の条件で一体成型して銀基材(直径3.6mm、厚さ0.5mm)上に円錐台状の成型品(上部直径3mm×底部直径3.6mm×高さ3mm、界面面積10mm2)を得た後、銀基材を固定し、エポキシ樹脂成型品の側面を押してそのトルクを測定した。結果を表3に併記する。
なお、表3において、添加した水性シランカップリング剤組成物の量は、反応生成物の固体含有量に換算して示した。
【0051】
【表3】
【0052】
X−12−967C:トリメトキシシリルプロピル無水コハク酸(信越化学工業社製)
KBM−803:トリメトキシシリルプロピルメルカプタン(信越化学工業社製)
エポキシ樹脂:三菱化学社製YX−4000K
フェノール樹脂硬化剤:明和化成社製MEH−7851SS
無機充填剤:平均粒径10.8μm、比表面積5.1m2/gの球状溶融シリカ
シランカップリング剤:信越化学工業社製KBM−573
硬化促進剤:トリフェニルホスフィンとp−ベンゾキノンとの付加物
離型剤:酸化ポリエチレンワックス(クラリアントジャパン社製PED191)
着色剤:カーボンブラック(三菱化学社製カーボン#5)
【0053】
上記の実施例及び比較例の結果は、本発明の水性シランカップリング剤組成物のインテグラルブレンドによる改質表面がエポキシ樹脂への密着効果を実証する他、十分に加水分解されていることでシリカ並びに銀基材への処理効率も向上しており、良好なカップリング効果が発現されることを実証するものである。