特許第6338899号(P6338899)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6338899両生類ネッタイツメガエル皮膚由来機能性ペプチド
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6338899
(24)【登録日】2018年5月18日
(45)【発行日】2018年6月6日
(54)【発明の名称】両生類ネッタイツメガエル皮膚由来機能性ペプチド
(51)【国際特許分類】
   C07K 14/46 20060101AFI20180528BHJP
   C07K 7/08 20060101ALI20180528BHJP
   A61K 38/04 20060101ALN20180528BHJP
   A61K 38/10 20060101ALN20180528BHJP
   A61P 31/04 20060101ALN20180528BHJP
【FI】
   C07K14/46ZNA
   C07K7/08
   !A61K38/04
   !A61K38/10
   !A61P31/04
【請求項の数】4
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2014-54538(P2014-54538)
(22)【出願日】2014年3月18日
(65)【公開番号】特開2015-174855(P2015-174855A)
(43)【公開日】2015年10月5日
【審査請求日】2017年3月16日
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(72)【発明者】
【氏名】茂里 康
(72)【発明者】
【氏名】萩原 義久
(72)【発明者】
【氏名】渡部 邦彦
(72)【発明者】
【氏名】井村 知弘
(72)【発明者】
【氏名】原本 悦和
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 弓弦
(72)【発明者】
【氏名】浅島 誠
【審査官】 松原 寛子
(56)【参考文献】
【文献】 中国特許出願公開第101671851(CN,A)
【文献】 中国特許出願公開第102875659(CN,A)
【文献】 FEBS,1993年,Vol.324,p.159-161
【文献】 Cell Tissue Res,2011年,Vol.343,p.201-212
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07K 14/46
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記Pxt-5、または、Pxt-2のいずれかのアミノ酸配列からなるペプチド。
Pxt-5: FIGALLGPLLNLLK
Pxt-2: FIGALLRPALKLLA
(ここで、上記アミノ酸配列においてC末端はOHまたはNH2である)
【請求項2】
Pxt-5、または、Pxt-2のアミノ酸配列のC末端がNH2である、請求項1に記載のペプチド。
【請求項3】
請求項1または2に記載のペプチドを含む抗菌剤。
【請求項4】
請求項1または2に記載のペプチドを含む界面活性剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はペプチドに関し、詳しくは両生類ネッタイツメガエル皮膚由来機能性ペプチドに関する。
【背景技術】
【0002】
両生類の代表格であるカエルは乾燥に弱いため、水辺等の湿った環境が生息の中心である。産卵場所は多様であるが、幼生はえら呼吸を行い、水中で生活している。成体になると肺呼吸を開始し、陸上の生活が可能となり、陸上・水中を行き来しながら生活している。このように陸上及び水中の両方の環境が生息に必要であるが、カエルツボカビ病をはじめとする感染症等により、近年生息数は激減している。
【0003】
一方、生体適応・防御・内分泌系の観点から、カエルは絶好の研究材料として用いられてきた。陸上・水中の異なる生活環境を行き来することから、微生物等の攻撃に曝され易いと考えられる。その様な環境にも関わらず生き続けていることから、特殊な能力を保持していると考えられてきた。特にカエルは皮膚の分泌腺や毒腺が多いことから、これまで各種機能性分子(抗菌ペプチド等)が皮膚から単離されてきた。これらの機能性分子は、皮膚組織の破砕、抽出、バイオアッセイ、精製を繰り返し、単離、同定、遺伝子配列解読等が行われてきた(非特許文献1)1)
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Conlon M, Mechkarska M, King J,: Host-defense peptides in skin secretions of African clawed frogs (Xenopodinae, Pipidae), Gen. Comp. Endcrinol., 176, 513-518, 2012.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、カエルの皮膚から新規な機能性ペプチドを得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
一方1990年代になり新たな分析ツールとしてマトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析計(MALDI-MS)や、Electrosprayイオン化質量分析計(ESI-MS)が登場した。そこで、これら分析機器の応用を試行錯誤しているうちに、組織切片を用いMALDI-MSを行うと、細胞内分泌顆粒の中に存在しているペプチド等の生体成分を分子量プロファイルとして選択的に検出できることを見出し、「Topological Mass Spectrometry Analysis (Direct tissue MALDI-TOF MS)」と命名した2), 3)。本手法は質量分析法を駆使し、バイオアッセイや余計な精製プロセス無しに機能性分子の単離を可能とした。その結果、希少な動物からの生体分子の単離や不安定な生体成分の分析が可能である。
【0007】
そこで、本発明者は両生類を代表するカエルの皮膚を用いて、Topological Mass Spectrometry Analysis (Direct tissue MALDI-TOF MS)を駆使し、ペプチド等の新規生体分子を網羅的に探索し、新規な機能性ペプチドを見出した。
【0008】
本発明は以下のペプチドを提供するものである。
項1. 以下のPxt-1〜Pxt-11のいずれかのアミノ酸配列を有するペプチド。
Pxt-1: IRPIPFIPRGGKT
Pxt-2: FIGALLRPALKLLA
Pxt-3: GLKEVAHSAKKFAKGFISGLTGS
Pxt-4: LKGASKLIPHLLPSRQQ
Pxt-5: FIGALLGPLLNLLK
Pxt-6: IRPVPFFPPVHAKKVFPLH
Pxt-7: Pyr-GLIGTLTAKQIKK
Pxt-8: IRPIPFIPR
Pxt-9: GLKEVAHSAKKF
Pxt-10: LMGTLISKQMKK
Pxt-11: Pyr-GLMGTLISKQMKK
(ここで、Pyrはピログルタミン酸残基を示し、C末端はOHまたはNH2である)
項2. Pxt-1、Pxt-2、Pxt-5、Pxt-7、Pxt-10、Pxt-11のC末端がNH2である、項1に記載のペプチド。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、ネッタイツメガエルの皮膚由来の新規な機能性ペプチドが得られる。得られたペプチドは、抗菌作用などのカエルの生体防御に関与する有用なペプチドであることが期待される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】ネッタイツメガエルオタマジャクシの皮膚のペプチドの直接組織MALDI-TOF MSスペクトル
図2】成体ネッタイツメガエルの皮膚のペプチドの直接組織MALDI-TOF MSスペクトル
図3】成体ネッタイツメガエルの皮膚のペプチドのmRNA発現のRT-PCR分析
図4】PxtペプチドのSchiffer-Edmundsonヘリカルホイール図
図5】PxtペプチドのSchiffer-Edmundsonヘリカルホイール図
図6】Pxtペプチドの10℃でのCDスペクトル
図7】Pxtペプチドの10℃でのCDスペクトル
図8】Pxtペプチドの10℃でのCDスペクトル
図9】Pxtペプチドの表面張力
図10】Pxtペプチドの表面張力
図11】Pxtペプチドの表面張力
図12】Particle size analysis of Pxt-2及びPxt-5の動的光散乱法による粒度分布
【発明を実施するための形態】
【0011】
1. 本発明のペプチドPxt-1〜Pxt-11
本発明は、ネッタイツメガエルから得られたアミノ酸配列を有する11種のペプチドPxt-1〜Pxt-11に関する。Pxt-1、Pxt-2、Pxt-5、Pxt-7、Pxt-10、Pxt-11のC末端はNH2(すなわち、C末端のカルボキシル基はアミド化されている)のものがネッタイツメガエルから単離されたが、本発明の11種のペプチドPxt-1〜Pxt-11はアミノ酸配列で規定されており、C末端はCOOHであってもよく、CONH2であってもよい。
【0012】
以下、本発明のペプチドの単離及びその物性値等の測定について詳述する。
2.実験
2.1.カエル
実験に使用したカエル(トノサマガエル、ヌマガエル)については、大阪府池田市、箕面市周辺の田畑で捕獲した。またアマガエルについては、広島大学両生類研究施設 高瀬稔先生から供与して頂いた。ネッタイツメガエル(Xenopus tropicalis)は東京大学・産業技術総合研究所が維持しているNigerian系統を使用した。
【0013】
2.2.Topological Mass Spectrometry Analysis (Direct tissue MALDI-TOF MS)
トリス緩衝液、リン酸緩衝液、生理食塩水など生化学や組織学の実験でよく使われる緩衝液は、MALDI-MSにおいて試料のイオン化を阻害する。一方、質量分析法で推奨されるギ酸や酢酸溶液を組織切片に応用すると、浸透圧の関係で細胞形態が維持できない。そこで切片調製法として、生理食塩水による凍結包埋を試みた。摘出した皮膚組織(カエル及びオタマジャクシ)を0.4%食塩水で凍結包埋し、−20℃でクリオスタット(CM1850 cryostat, Leica Microsystems, Germany)を用い、30〜40μmの厚さの切片を作成した。作成した切片はMALDI-MS用サンプルプレートに置き、マトリックス溶液(10mg/ml CHCA in 50% アセトニトリル+0.1% トリフルオロ酢酸)を添加した後、直ちに吸い取った。次にマトリックス溶液を再度添加し、真空下で素早く結晶化し、MicroflexAI mass spectrometer(Bruker Daltonics)を用い、リニアー、ポジティブイオンモードでMALDI-MS測定を行った。
【0014】
2.3.ネッタイツメガエル(Xenopus tropicalis)皮膚由来ペプチドのアミノ酸配列決定
前述のTopological Mass Spectrometry Analysis (Direct tissue MALDI-TOF MS)を用いて、得られた分子量を指標に、ネッタイツメガエルの皮膚から、抽出、ゲル濾過クロマトグラフィー、HPLCによる精製、ESI-MS/MS解析、データベース検索(http://www.xenbase.org/genomes/blast.do)、(http://www.xenbase.org/genomes/blast.do)、プロテインシークエンサーによるアミノ酸配列決定を行った。
【0015】
ネッタイツメガエルの皮膚を、クリオスタット(CM1850 cryostat)を用い10μmにスライスした後、50% アセトニトリル+0.1% トリフルオロ酢酸溶液で、4℃、5時間抽出を行った。その後上清を、30% アセトニトリル+0.1% トリフルオロ酢酸溶液で平衡化したSuperdex-30カラムクロマトグラフィー(GE Healthcare, 500×3mm i.d.)で分離した。500〜3000Daの分子量のmid fractionをさらに逆相HPLC(Gilson HPLC system, 東ソー, TSK gel ODS 120T, 5μm particle size, 250×4.6mm i.d.)で0.1% トリフルオロ酢酸を含むアセトニトリルのグラジエントを用いて精製を行った。精製したフラクションは随時、MALDI-MS(MicroflexAI mass spectrometer)で分子量の確認を行った。またESI-MS/MS解析は、HPLCで精製したサンプル、あるいは精製したサンプルをトリプシン消化した物を使用し、LCQ Fleet (Thermo Scientific, MA)を用いて行った。LCQ Fleetには、LC-10 ADVPμポンプ(島津製作所)を使用して、0.05 (ml/min)の流速で50% アセトニトリル+0.1% ギ酸溶液でサンプルを負荷した。イオンスプレーの電圧は5000V、MS/MSの分析の際の衝突エネルギーは30Vで3価の前駆イオンの検出のために固定し、ポジティブイオンモードで測定を行った。プロテインシークエンサーはPPSQ-21(島津製作所)を用い、常法であるエドマン分解法で分析した。プロテインシークエンサー及び質量分析から得られたアミノ酸予想配列データは、データベース検索(http://www.xenbase.org/genomes/blast.do)及び(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/)を随時実施して、アミノ酸配列や遺伝子配列を確定した。
【0016】
2.4.同定されたペプチドの遺伝子発現解析
同定されたペプチドPxt-2, Pxt-3, Pxt-4, Pxt-5, Pxt-7, Pxt-11の皮膚組織での遺伝子発現を確認するためにRT-PCRを行った。まずXenopus tropicalis(5 years old)の皮膚組織を速やかに単離し、ニッポン・ジーン社の核酸抽出試薬ISOGENとホモジナイザー(ヒスコトロン・マイクロテック・ニチオン社)を使用し、常法に従ってTotal RNAを抽出した。またRT-PCRのtemplate用のcDNAの合成には、SuperScript(登録商標)III reversetrascriptase(Life Technologies社)を用いた。またRT-PCR用のフォワードプライマー(Fw), リバースプライマー(Rv)は、Pxt-2〜Pxt-11について以下のプライマーを使用した。またコントロールとして、ef1α(elongation factor 1-alpha)を用いた。以下に用いたプライマー配列と予想される増幅DNAを記した。
【0017】
【化1】
【0018】
の結果117bpが増幅される。
【0019】
【化2】
【0020】
の結果143bpが増幅される。
【0021】
【化3】
【0022】
の結果99bpが増幅される。
【0023】
【化4】
【0024】
の結果72bpが増幅される。
【0025】
【化5】
【0026】
の結果126bpが増幅される。
【0027】
【化6】
【0028】
の結果134bpが増幅される。
【0029】
【化7】
【0030】
の結果326bpが増幅される。
【0031】
PCRの条件としてPxt-2〜Pxt-5, Pxt-7, Pxt-11については、
94 ℃, 2 min
【0032】
【数1】
【0033】
ef1αについては
【0034】
【数2】
【0035】
で行った。
【0036】
2.5.同定されたペプチドの固相合成
同定されたペプチド(Pxt-1, Pxt-2, Pxt-3, Pxt-4, Pxt-5, Pxt-6, Pxt-7, Pxt-11)の性質解明のため、化学合成する事を試みた。ペプチドの化学合成はFmoc固相合成を利用し、PSSM8自動ペプチド合成装置(島津製作所)を用いて行った。合成ペプチドの精製は逆相HPLC(Waters600)を使用し、カラムは5C18-AR-II(Cosmosil, nacalai tesque)を使用し、0.1% トリフルオロ酢酸にacetonitrileのグラジエントを用いて精製を行った。精製品の確認はMALDI-MS(MicroflexAI mass spectrometer)を用い、マトリックスは(10mg/ml CHCA in 50% アセトニトリル+0.1% トリフルオロ酢酸)を使用した。
【0037】
2.6.同定されたペプチドの抗菌活性の測定
Escherchia coli DH5α(グラム陰性)とStaphylococcus aureus JCM2151(グラム陽性)を用いて、同定されたペプチドの抗菌活性の測定を行った。まず5mlのLB(Luria-Bertani’s broth)培地で37℃、15時間、160rpmで前培養を行った。その後100μlの培地溶液を取り、本培養の培地(5 ml LB培地)に植菌した。37℃、2〜3時間、160rpmで培養し、OD610nmが0.5付近にまで培養した。その培養液を生理食塩水で100倍希釈し、その内50μlをあらかじめペプチドを希釈して50μlずつ入れてあった96well plateに添加して37℃、24時間培養した。ペプチドは最終濃度150μg/mlの8段階の2倍希釈、最小濃度0.6μg/mlに調製した。培養後の生菌数はマイクロプレートリーダーを使用し、OD595nmの吸光度で測定し、MIC(最小発育阻止濃度, Minimum Inhibitory Concentration)を測定した4), 5)
【0038】
2.7.円二色性分散計(Circular Dichroism, CD)を用いたペプチドの性質解明
同定されたペプチドの溶液中での二次構造を測定するために、日本分光円二色性分散計J-820を用いて測定を行った。合成ペプチドを10mM Tris-HCl (pH 7.2)の緩衝液に50μMの濃度に希釈し、光路長が1 mmの角型石英セルを用いた。測定条件のバンド幅は1 nm、レスボンスは4 sec、測定範囲は250〜190 nm、データ取込間隔は0.5 nm、走査速度は20 nm/min、感度は100mdeg、積算回数は4回に固定して測定した。測定温度は10,25,37℃の三つの異なる温度で測定を行った.α-ヘリックス含量は測定値の[θ]222 (222 nmのθ)からScholtzの方法(1991)を用いて求めた6)
fH =[θ]222/{-40000/(1−2.5/n)}×100
fH:ヘリックス含量(%)
n:ペプチド結合の数
[θ]222:平均残基分子楕円率[deg cm2dmol-1]
【0039】
2.8.同定されたペプチドの界面物性測定
固相合成したそれぞれのペプチドを約15mg測り取り、純水15mlを添加した後、弱く撹拌することにより溶解させた。次に、この水溶液を適宜希釈することによって、各種濃度のペプチド水溶液を得た。各種ペプチド水溶液の表面張力は、協和界面科学株式会社製のDropMaster500を用いて、ペンダントドロップ法を用い、25℃で測定した。なお、この方法では、キャピラリーに形成させた液滴の形状を解析して、表面張力値を得るが、解析にはYoung-Laplace法を用いた。
【0040】
さらに表面張力低下が顕著であったPxt-2とPxt-5について、大塚電子社製DLS-7000動的光散乱装置を用い、水溶液中に含まれている粒子の粒度分布を測定した。その際にArレーザー(λ=488nm)を用い、散乱角度は10度に設定した。
【0041】
3.結果・考察
3.1.ペプチドの配列決定
大阪府池田市、箕面市周辺の田畑で捕獲したトノサマガエル、ヌマガエル及び、広島大学両生類研究施設から供与して頂いたアマガエルの皮膚組織を用いてTopological Mass Spectrometry Analysis (Direct tissue MALDI-TOF MS)を実施した。その結果、トノサマガエルでは(1611.2, 2811.4, 3105.9, 3769.4, 4601.1, 5149.8, 5652.5, 6952.5, 7717.5 m/z)、ヌマガエルでは(2174.0, 4998.3 m/z)、アマガエルでは(1101.9, 1845.8, 2327.2, 3265.9, 4977.7, 6537.4 m/z)等の分子イオンピークが検出された。しかしながらいずれの国産カエルもゲノム解析が行われておらず、それぞれのピークのアミノ酸配列を解析するのは困難が予想された。そこで、両生類で唯一ゲノム解析がほぼ完了しているネッタイツメガエル(Xenopus tropicalis)7)の皮膚を用いてTopological Mass Spectrometry Analysis (Direct tissue MALDI-TOF MS)を実施することにした。
【0042】
図1に示すように、ネッタイツメガエルのオタマジャクシ(tadpole, stage49-51)を用いてTopological Mass Spectrometry Analysis (Direct tissue MALDI-TOF MS)を行っても、有意な分子イオンピークはほとんど検出されなかった。一般的にカエルから得られた抗菌ペプチド等の生理活性ペプチドは、成体に由来するものである8)。カエルの皮膚は幼生(オタマジャクシ)と成体では大きく異なっており、皮膚腺(顆粒腺)は変態が進まないと形成されない。そこで図2に示すように成体のネッタイツメガエルの皮膚組織を使用して、Topological Mass Spectrometry Analysis (Direct tissue MALDI-TOF MS)(リニアー、ポジティブイオンモード)を行った。その結果、ネッタイツメガエルでは(1109.5, 1315.7, 1377.7, 1451.9, 1481.9, 1496.0, 1545.8, 1840.2, 1887.2, 2227.4, 2334.5)等の分子イオンピークが検出された(図2)。
【0043】
次にTopological Mass Spectrometry Analysis (Direct tissue MALDI-TOF MS)で得られた分子イオンピークを指標に、ネッタイツメガエルの皮膚から、有機溶媒による抽出、ゲル濾過クロマトグラフィー(Superdex-30)、逆相HPLCによる精製、ESI-MS/MS解析、データベース検索を実施した。その結果、表1に示すように、Pxt-1, Pxt-2, Pxt-3, Pxt-4, Pxt-5, Pxt-7の6つの新規ペプチドを同定した。またPxt-1のN末端部分ペプチドであるPxt-8。Pxt-3のN末端部分ペプチドであるPxt-9。アフリカツメガエル(Xenopus laevis)から単離されたペプチド(Levitide: Pyr-GMIGTLTSKRIKQ-NH2)9)に配列が近く、天然のペプチドやタンパク質で認められるN末端にピログルタミン酸(Pyr)を含むペプチド(Pxt-11)とN末端の2残基を欠損したペプチド(Pxt-10)。また2001年と2010年に既に報告されているペプチドPxt-12を同定できた10), 11)。Topological Mass Spectrometry Analysis (Direct tissue MALDI-TOF MS)の結果、m/zが2227.4で検出できた分子イオンピークは、ESI-MS/MS解析とプロテインシークエンサーによるエドマン分解法を併用し、Pxt-6の新規ペプチドを決定した。Pxt-6についてはデータベース検索でもヒットしないことから、ゲノム解析でもDNA配列が解読されていない配列であることが示唆された。
【0044】
【表1】
【0045】
3.2.同定されたペプチドの固相合成
同定されたペプチドの固相合成は、Fmoc固相合成法を使用した(PSSM8自動ペプチド合成装置、島津製作所)。逆相HPLCで精製後、MALDI-MS(MicroflexAI mass spectrometer)を用いて精製品の確認を行ったところ、ほぼ純品であることを確認した。また比較のために、スズメバチ毒素の一種で典型的な両親媒性ペプチドであるMastoparan12)。Pxt-5の逆配列であるReverse Pxt-5。アフリカツメガエル皮膚より単離された抗菌ペプチドで有名なMagainin 113), 14)を合成し、均一にまで精製した。
【0046】
3.3.同定されたペプチドの遺伝子発現解析
6つの同定されたペプチド(Pxt-2, Pxt-3, Pxt-4, Pxt-5, Pxt-7, Pxt-11)の、皮膚組織での遺伝子発現を確認するために、RT(reverse transcriptase)-PCRを行った。Pxt-1については、実験当初にはGenbankに「NCBI Reference Sequence: NW_003164137.1」として登録されていたが、ネッタイツメガエルのゲノムシークエンスのアノテーション作業が進み、不確実な結果として削除されていたので遺伝子発現の実験は行わなかった。またPxt-6についても、遺伝子データベース検索でもヒットしないことから、独自に遺伝子クローニングを行っていない現状では、遺伝子配列が確認できず、発現解析実験は行わなかった。そこでPxt-2, Pxt-3, Pxt-4, Pxt-5, Pxt-7, Pxt-11,ポジティブコントロールとしてタンパク質生合成の伸長因子の代表例であるef1αに特異的なプライマーを用いて、ネッタイツメガエル由来mRNAをtemplateとしてRT-PCRを行った(図3)。その結果、Pxt-2, Pxt-3, Pxt-4, Pxt-5, Pxt-7, Pxt-11のいずれについても成体皮膚組織において、mRNAの発現を確認した。
【0047】
3.4.同定されたペプチドの抗菌活性測定
Escherchia coliDH5α(グラム陰性・大腸菌)とStaphylococcus aureus JCM2151(グラム陽性・黄色ブドウ球菌)の微生物を用いて、Pxt-1, Pxt-2, Pxt-3, Pxt-4, Pxt-5, Pxt-6, Pxt-7, Pxt-11, Mastoparan, ReversePxt-5, Magainin 1に対する抗菌活性を測定した。その結果、Pxt-1, Pxt-3, Pxt-4, Pxt-6, Pxt-7, Pxt-11, Magainin 1については、150μg/mlの濃度まで微生物の生育阻害は認められなかった。またPxt-5については、培地に添加したところ顕著な沈殿が認められたことから、抗菌活性の測定は出来なかった。しかしペーパーディスクを用いて、Pxt-5の抗菌活性を調べたところ、優位な抗菌活性が検出できた。また、Pxt-5は純水やTris等の緩衝液には溶解したので、二次構造解析(Circular Dichroism, CD)、表面張力、動的光散乱の測定は行った。一方Pxt-2の大腸菌及び黄色ブドウ球菌に対するMIC(最小発育阻止濃度, Minimum Inhibitory Concentration)は50μg/ml, 9.7μg/mlであった。またReversePxt-5は、150μg/mlの濃度まで大腸菌に対する生育阻害は認められなかったが、黄色ブドウ球菌に対するMICは150μg/mlであった。最後にMastoparanについては、大腸菌及び黄色ブドウ球菌に対するMICはそれぞれ、9.7μg/ml, 19.3μg/mlであった。
【0048】
3.5.同定されたペプチドの2次構造解析
同定されたペプチド、Mastoparan、ReversePxt-5、Magainin 1について、GPMAW7.1(http://www.gpmaw.com/)のソフトウエアを使用し、Schiffer-Edmundson helical wheel解析を行った。図4,5に示すように、特にPxt-2やPxt-5は典型的な両親媒性ペプチドの様相を示した。そこで二次構造解析を詳細に実施するために、円二色性分散計J-820(日本分光)を用いて測定を行った。その結果Pxt-5とMastoparanについてはアルファーヘリックス様のスペクトルを示した(図6, 7, 8, 表2)。
【0049】
【表2】
【0050】
3.6.同定されたペプチドの物理特性解析
同定されたペプチドの物理特性を詳細に解析するために、ペプチド水溶液の表面張力測定と動的光散乱による解析を行った(図9, 10, 11)。表面張力の測定を行った結果、Pxt-1, Pxt-4, Pxt-6, Pxt-7, Pxt-11の表面張力値は、ペプチド濃度が増加しても、水の表面張力値72mN/mとほぼ同じであった。つまりこれらのペプチドには顕著な界面活性能が認められなかった。一方Pxt-3とMastoparanについては、濃度依存的に緩やかに表面張力が低下し、僅かながら界面活性能があることがわかった。さらにPxt-2, Pxt-5, ReversePxt-5, Magainin 1については、通常の界面活性剤と同様に、飽和吸着に達して表面張力が一定となり会合体を形成しはじめた。つまりいわゆる臨界会合体形成濃度は、Pxt-2では38μM、表面張力値は46.9mN/mであった。Pxt-5では、臨界会合体形成濃度は57μM、表面張力値は38.3mN/m。ReversePxt-5では、臨界会合体形成濃度は10μM、表面張力値は39.3mN/m。Magainin 1では臨界会合体形成濃度は4.4μM、表面張力値は57.2mN/mであった。以上の結果から表面張力低下能はPxt-5とReversePxt-5がほぼ同程度で、いずれのペプチドよりも優れていることが判明した。図4,5のSchiffer-Edmundson helical wheel解析からもPxt-5とReversePxt-5は、親水性と疎水性のアミノ酸がきれいに局在しており、典型的な両親媒性のペプチドであり、特有の高い界面活性を示すと考えられる。表面張力が濃度依存的に臨界点を示したペプチド(Pxt-2, Pxt-5, ReversePxt-5, Magainin 1)の中で、Pxt-2とPxt-5について、動的光散乱装置を用いて粒子径を測定した。ペプチド溶液は臨界会合体形成濃度よりも高い、Pxt-2では0.76mM、Pxt-5では0.71mMに調製した。図12に示したように、Pxt-2では平均粒子径は27.1+7.4nm、Pxt-5では76.5+7.2nmとなった。これらはいずれも通常の界面活性剤が形成する数nmのミセルとは異なり、巨大な会合体を形成することがわかった。なおPxt-5は、表面張力低下能に優れ、高い界面活性能を示し、さらにより大きな会合体を形成することも判明した。
【0051】
3.7.データベースを用いたペプチドの相同性検索
これまでネッタイツメガエル(Xenopus tropicalis)については、2001年にAliらが下記に示す7つの抗菌ペプチド(XT-1〜XT7)を報告している(表3)10)
XT-1:GFLGPLLKLAAKGVAKVIPHLIPSRQQ
XT-2:GVWSTVLGGLKKFAKGGLEAIVNPK
XT-3:GLASTLGSFLGKFAKGGAQAFLQPK
XT-4:GVFLDALKKFAKGGMNAVLNPK
XT-5:GMATKAGTALGKVAKAVIGAAL-NH2
XT-6:GFLGSLLKTGLKVGSNLL-NH2
XT-7:GLLGPLLKIAAKVGSNLL-NH2
【0052】
これらとは今回明らかにした12のペプチド(Pxt-1〜12)は部分的に似ているものがあるが、完全に一致したものは無かった。カエル等の両生類は同じ生物種でも個体差が大きいことが考えられるので、個体差の可能性も有る。またAliらのペプチドの採取方法は、ネッタイツメガエルにノルエピネフリンを投与し、積極的に刺激を加えている。その後、溶液中に分泌されてきた物を回収・精製しており、皮膚表面をそのまま解析している、今回実験に用いた方法とは異なる。
【0053】
4.結論
今回Topological Mass Spectrometry Analysis (Direct tissue MALDI-TOF MS)とネッタイツメガエルゲノムベースの公開情報を駆使して、ネッタイツメガエル皮膚からPxt-1〜Pxt-11の11の新規ペプチドを同定・単離した。その内少なくとも8つについて機能解明を行った。その結果、いくつかのペプチドについては、抗菌活性、両親媒性アルファーヘリックスの形成、顕著な表面張力低下能、高い界面活性能、会合体形成を示した。
【0054】
5.参考文献
1)Conlon M, Mechkarska M, King J,:Host-defense peptides in skin secretions of African clawed frogs (Xenopodinae, Pipidae), Gen. Comp. Endcrinol., 176, 513-518, 2012.
2)安田明和, 茂里康:Topological Mass Spectrometry Analysisによる翻訳後修飾された脳下垂体ホルモンの分子多型の新発見, 生化学, 84, 582-587, 2012.
3)Yasuda, A., Jones, LS., and Shigeri, Y. (2013) The multiplicity of post-translational modifications in pro-opiomelanocortin-derived peptides. Frontiers in Endocrinol., article 186, 1-5
4)日本化学療法学会抗菌薬感受性測定法検討委員会報告:微量液体希釈によるMIC測定(微量液体希釈法), Chemotherapy., 38, 102-105, 1990.
5)National committee for clinical laboratory standards:Methods for dilution antimicrobial susceptibility tests for bacteria that grow aerobically-second edition, tentative standard, NCCLS, Villanova, 1988
6)Scholtz JM, Qian H, York EJ, Stewart JM, Baldwin RL,:Parameters of helix-coil transition theory for alanine-based peptides of varying chain lengths in water, Biopolymers, 31, 1463-1470, 1991.
7)Hellsten U, ほか47名:The genome of the western clawed frog Xenopus tropicalis, Science, 328, 633-636, 2010.
8)岩室祥一:抗菌ペプチドによる先天的生体防御機構と内分泌系の接点を探る, 比較内分泌学, 35, 71-92, 2009.
7)Hirai Y, Yasuhara T, Yoshida H, Nakajima T, Fujino M, Kitada C, Chem. Pharm. Bull., 27, 1942-1944, 1979.
8)Zasloff M,:Magainins, a class of antimicrobial peptides from Xenopus skin: isolation, characterization of two forms and partial cDNA sequence of a precursor, Proc. Natl. Acad. Sci. USA., 84, 5449-5453, 1987.
9)Poulter L, Terry A, Williams D, Giovannini M, Moore C, Gibson B,:Levitide, a neurohormone-like peptide from the skin of Xenopus laevis, J. Biol. Chem., 263, 3279-3283, 1988.
10)Ali M, Soto A, Knoop F, Conlon M,:Antimicrobial peptides isolated from skin secretions of the diploid frog, Xenopus tropicalis (Pipidae), Biochim. Biophys. Acta, 1550, 81-89, 2001.
11)Roelants K, Fry B, Norman J, Clynen E, Schoofs L, Bossuyt F,:Identical skin toxins by convergent molecular adaptation in frogs, Curr. Biol., 20, 125-130, 2010.
12)Zasloff M,:Magainins, a class of antimicrobial peptides from Xenopus skin: isolation, characterization of two forms and partial cDNA sequence of a precursor, Proc. Natl. Acad. Sci. USA., 84, 5449-5453, 1987.
13)Zasloff M, Martin B, Chen H,:Antimicrobial activity of synthetic magainin peptides and several analogues, Proc. Natl. Acad. Sci. USA., 85, 910-913, 1988.
14)Hirai Y, Yasuhara T, Yoshida H, Nakajima T, Fujino M, Kitada C, Chem. Pharm. Bull., 27, 1942-1944, 1979.
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]