特許第6338947号(P6338947)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6338947ヒステリシスが小さく耐久性に優れた新規水素吸蔵合金
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6338947
(24)【登録日】2018年5月18日
(45)【発行日】2018年6月6日
(54)【発明の名称】ヒステリシスが小さく耐久性に優れた新規水素吸蔵合金
(51)【国際特許分類】
   C22C 30/00 20060101AFI20180528BHJP
   C22C 1/00 20060101ALI20180528BHJP
   C22C 1/02 20060101ALI20180528BHJP
   C22C 1/03 20060101ALI20180528BHJP
【FI】
   C22C30/00
   C22C1/00 N
   C22C1/02 503D
   C22C1/03
【請求項の数】3
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2014-134383(P2014-134383)
(22)【出願日】2014年6月30日
(65)【公開番号】特開2016-11450(P2016-11450A)
(43)【公開日】2016年1月21日
【審査請求日】2017年3月16日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 刊行物名 2014年春期講演大会概要集DVD 発行者名 公益社団法人日本金属学会 発行年月日 平成26年3月7日
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(72)【発明者】
【氏名】榊 浩司
(72)【発明者】
【氏名】キム ヒョンジョン
(72)【発明者】
【氏名】井野 秀一
(72)【発明者】
【氏名】中村 優美子
【審査官】 河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】 特開平05−098374(JP,A)
【文献】 特開平08−148144(JP,A)
【文献】 特開平10−245649(JP,A)
【文献】 特開平11−273673(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 1/00 − 49/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ZrxTi1-xVyMn1-yNi1-ZAlZ素吸蔵合金。
(式中、x、y、zは、それぞれ、0.4<x≦0.8、0.1<y≦0.3、0.02≦z≦0.15 を満たす。)
【請求項2】
Al源として純Al又はAl含有フェロバナジウムを用いて調製することを特徴とする請求項1に記載の水素吸蔵合金の調製方法
【請求項3】
水素吸蔵合金の温度変化に伴う水素吸蔵と水素放出により駆動される水素吸蔵合金アクチュエータであって、請求項1に記載のZrxTi1-xVyMn1-yNi1-ZAlZ素吸蔵合金を用いることを特徴とする水素吸蔵合金アクチュエータ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、定置用水素貯蔵システム、ヒートポンプ、アクチュエータ、Ni-水素電池といった各種水素関連装置での水素貯蔵用途として利用することができる新規な水素吸蔵合金、特に、ヒートポンプやアクチュエータに用いた場合に有用なヒステリシスが小さく耐久性に優れた新規水素吸蔵合金に関する。
【背景技術】
【0002】
(Ti,Zr)Mn2系はYamashitaらにより発見された水素吸蔵合金である(非特許文献1、2参照)。この合金系は繰り返し耐久性に優れるため、各種水素関連アプリケーションへの適用が期待されており、様々な組成で特許が出願されている。
例えば、特許文献1には、ABn(A:Ti,Zr、B:Cr,Fe,Co,Ni,Cu,Nb,Mo,V,Mn,W, 1.5<n<2.5)の組成で表される水素吸蔵合金が、特許文献2には、Zr1-xTixCr2-yFey(0.2<x<0.9、0.1<y<1.5)の組成で表される水素吸蔵合金が、特許文献3には、Ti1-aZraMne-b-c-dVbFecMd(M:Al,Mo,Nb)の組成で表される水素吸蔵合金が、特許文献4には、TiaZr1-aMnbCrcCudの組成で表される水素吸蔵合金が、特許文献5には、Ti1.2Cr1.2Mn0.8の組成で表される水素吸蔵合金が、特許文献6には、TiaZr1-aM2(M:Mn,Cr,V,Fe,Co,Mo)、又は、TiaZr1-aM2(1-b)A2b(M:Mn,Cr,V,Fe,Co,Mo、A:Al,Zn)で表されるラーベス相合金において、B,C,N,S及びSeから選ばれる少なくとも一種の非金属元素を2原子%以内含ませた水素吸蔵合金が、特許文献7には、ZrMnα-xMx(M:Mg,Ca,Zn,Al,Si,Hf,Sn,V,Nb,Cr,Mn,Cu,Co,Ni,La)の組成で表される水素吸蔵合金が、それぞれ出願されている。
【0003】
しかしながら、これらの特許文献1〜7に記載された水素吸蔵合金は、水素吸蔵圧力と放出圧力の差(ヒステリシス)が充分に小さいものではなく、プラトーの平坦性も充分ではない。水素吸蔵合金をヒートポンプやアクチュエータで効果的に使用するためには、良好な耐久性で、ヒステリシスがより小さく、プラトーが平坦であることが望ましい。その理由は、以下のとおりである。図1に水素吸蔵合金アクチュエータの概念図、図2にアクチュエータ作動圧力を得るための2つの異なる温度での圧力組成等温線(PCT線)図の概念図を示す。アクチュエータは水素化物を加熱することで試料から水素を放出させ、その発生した水素ガスの圧力で駆動する。また冷却によって合金が水素を吸蔵することで圧力が減圧され元の状態に戻る(図1参照)。アクチュエータ駆動のために得られる水素ガスの圧力は低温での水素吸蔵プラトー圧よりやや高い圧力(図2の●)と水素放出プラトー圧よりやや低い圧力(図2の○)の差で決定される。すなわち、ヒステリシスが小さくプラトーが平坦な場合、同じ圧力を得るための加熱温度が小さくなったり、同じ加熱温度でもより大きな圧力が得られたりする。
【0004】
ヒステリシスが小さい水素吸蔵合金については、例えば、特許文献8や特許文献9に記載されたものが知られている。
特許文献8には、ヒステリシスが小さく且つ平衡水素圧力が実用的な範囲に設定される水素吸蔵合金として、Ti1-XZrXMn2-y-zVyNiz(0≦x≦0.4、0≦y≦0.6、0<z≦0.5)で表される水素吸蔵合金が記載され、また、Mnの一部をNiで置換することで、ヒステリシスの低減が可能であるが、置換量zが0.5をこえると、水素吸蔵量が急激に低減するので、Niの置換量zは0<z≦0.5の範囲に設定すること等も記載されている。
【0005】
特許文献9には、ヒステリシスが小さく且つ平衡水素圧力が実用的な範囲に設定される水素吸蔵合金として、Ti1-XZrXMn2-a-b-cVaCubAlc(0≦x≦0.4、0<a+c≦0.6、0≦b≦0.2、0<c≦0.2)で表される水素吸蔵合金が記載され、また、Ti-Zr-Mn-V-Cu合金において、Cuの置換によりプラトーの平坦性を向上できること、Vの一部をAlで置換することによって、ヒステリシスを低減できること等も記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2004-277829号公報
【特許文献2】特開昭60-218458号公報
【特許文献3】特開2003-89862号公報
【特許文献4】特開平10-147829号公報
【特許文献5】特開平4-181659号公報
【特許文献6】特開平8-239730号公報
【特許文献7】特開昭61-52336号公報
【特許文献8】特開平7-97655号公報
【特許文献9】特開平7-97654号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】T. Yamashita, T. Gamo, Y. Moriwaki and M. Fukuda: J. Jap. Inst. Metals 41 (1977) 148-154.
【非特許文献2】T. Gamo, Y. Moriwaki, N.Yanagihara, T. Yamashita and T. Iwaki: Int. J. Hydrogen Energy, 10 (1985) 39-47.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献8で記載された水素吸蔵合金はNi添加でヒステリシスは若干小さくなっているものの、アクチュエータにとって十分とは言えない。特許文献9に記載された水素吸蔵合金は、ヒステリシスが比較的小さい点で比較的優れたものといえる。しかしながら、これらの水素吸蔵合金はチタン濃度が高い組成範囲に限定されている。
【0009】
本発明は、前述のような従来技術を背景としたものであり、ヒステリシスが小さく、且つ、良好な耐久性を併せ持つ新規のZrxTi1-xVyMn1-yNi1系水素吸蔵合金を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は鋭意検討した結果、ZrxTi1-xVyMn1-yNi1系水素吸蔵合金で、0.7〜0.9のMn量(0.1<y≦0.3)を前提とした幅広いTi/Zr比の組成において、Niの添加量が0.5以上で水素吸蔵量が低下することなく、プラトーを平坦にすること、さらにNiの一部をAlで置換することで、ヒステリシスが小さくなり、耐久性にも優れていることを知見し、本発明を完成させるに至った。
【0011】
本発明は、上記のような知見に基づくものであり、本願では、次のような発明が提供される。
(1)ZrxTi1-xVyMn1-yNi1-ZAlZ系水素吸蔵合金。
(式中、x、y、zは、それぞれ、0.4<x≦0.8、0.1<y≦0.3、0.02≦z≦0.15 を満たす。)
(2)Al源として純Alを用いて調製されたものであることを特徴とする(1)に記載のZrxTi1-xVyMn1-yNi1-ZAlZ系水素吸蔵合金。
(3)Al源としてAl含有フェロバナジウムを用いて調製されたものであることを特徴とする(1)に記載のZrxTi1-xVyMn1-yNi1-ZAlZ系水素吸蔵合金。
(4)水素吸蔵合金の温度変化に伴う水素吸蔵と水素放出により駆動される水素吸蔵合金アクチュエータであって、(1)〜(3)のいずれか1項に記載のZrxTi1-xVyMn1-yNi1-ZAlZ系水素吸蔵合金を用いることを特徴とする水素吸蔵合金アクチュエータ。
本発明は、次のような態様を含むことができる。
(5)ZrxTi1-xVyMn1-yNi1-ZAlZ系水素吸蔵合金。
(式中、x、y、zは、それぞれ、0.45≦x≦0.8、0.1<y≦0.3、0.02≦z≦0.15 を満たす。)
(6)ZrxTi1-xVyMn1-yNi1-ZAlZ系水素吸蔵合金。
(式中、x、y、zは、それぞれ、0.5≦x≦0.7、0.15≦y≦0.25、0.05≦z≦0.12 を満たす。)
(7)水素吸蔵合金の温度変化に伴う水素吸蔵と水素放出により駆動される水素吸蔵合金アクチュエータであって、(5)又は(6)に記載のZrxTi1-xVyMn1-yNi1-ZAlZ系水素吸蔵合金を用いることを特徴とする水素吸蔵合金アクチュエータ。
【発明の効果】
【0012】
本発明の新規な水素吸蔵合金は、特許文献9に記載の水素吸蔵合金と同等かそれ以上にヒステリシスが小さく、また、特許文献9では言及されていない耐久性にも優れている。そのため、本発明の水素吸蔵合金は、ヒートポンプやアクチュエータの用途に使用して、それらを効率的に作動することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】水素吸蔵合金アクチュエータを概念的に示す図面。
図2】アクチュエータ作動圧力を得るための2つの異なる温度でのPCT線図を概念的に示す図面。
図3】比較例水素吸蔵合金ZrxTi1-xV0.2Mn0.8Ni1.0系合金(比較例1〜4)の(a)293KでのPCT線図、及び(b)スロープファクターとヒステリシスファクターのZr濃度依存性を示す図面。
図4】比較例2Zr0.6Ti0.4V0.2Mn0.8Ni1.0合金の293Kでのサイクル特性を示す図面。(a)はPCT線図、(b)は水素吸蔵・放出サイクルに伴う水素吸蔵量の変化、(c)は水素吸蔵・放出サイクルに伴うスロープファクターとヒステリシスファクターの変化をそれぞれ示す。
図5】比較例水素吸蔵合金と実施例水素吸蔵合金のPCT線図を示す図面。(a)(b)(c)は、それぞれ比較例5〜7水素吸蔵合金Zr0.6Ti0.4V0.2Mn0.8Ni1.0(比較例5)、Zr0.6Ti0.4V0.2Mn0.8Ni0.9Fe0.1(比較例6)、Zr0.6Ti0.4V0.2Mn0.8Ni0.9Cu0.1(比較例7)を示し、(d)は実施例1水素吸蔵合金Zr0.6Ti0.4V0.2Mn0.8Ni0.9Al0.1を示す。
図6】比較例5〜7水素吸蔵合金(Zr0.6Ti0.4V0.2Mn0.8Ni1.0、Zr0.6Ti0.4V0.2Mn0.8Ni0.9Fe0.1、Zr0.6Ti0.4V0.2Mn0.8Ni0.9Cu0.1)と実施例1水素吸蔵合金(Zr0.6Ti0.4V0.2Mn0.8Ni0.9Al0.1)について、置換元素の種類によるスロープファクターとヒステリシスファクターの変化を示す図面。
図7】Zr0.55Ti0.45V0.2Mn0.8Ni1-xAlx(比較例9、実施例2、3)の(a)PCT線図、(b)スロープファクター及びヒステリシスファクターに対するAl置換量の影響を示す図面。
図8】比較例10合金Zr0.55Ti0.45V0.2Mn0.8Ni1.0と比較例11合金Zr0.55Ti0.45V(HO)0.2Mn0.8Ni1.0と、実施例4合金Zr0.55Ti0.45FV0.2Mn0.8Ni1.0と実施例5合金Zr0.55Ti0.45V0.2Mn0.8Ni0.975Al0.025の(a)PCT線図、(b)スロープファクター及びヒステリシスファクターに及ぼすV素材の純度の影響を示す図面。LOVは、酸素濃度の低いバナジウムを、HOV、V(HO)は酸素濃度の高いバナジウムを、FVはフェロバナジウムを意味する。
図9】実施例6水素吸蔵合金(Zr0.5Ti0.5V0.2Mn0.8Ni0.9Al0.1)と比較例12水素吸蔵合金(LaNi4.45Co0.5Mn0.05)について、水素吸蔵・放出サイクル前後のPCT線図及びサイクル特性を示す図面。(a)は、実施例6水素吸蔵合金のPCT線図を示す図面。(b)は、実施例6水素吸蔵合金の水素吸蔵量の水素吸蔵・放出サイクルに伴う変化を示す図面。(c)は、比較例12水素吸蔵合金のPCT線図を示す図面。(d)は、比較例12水素吸蔵合金の水素吸蔵量の水素吸蔵・放出サイクルに伴う変化を示す図面。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の水素吸蔵合金について、さらに詳しく説明する。
本発明の水素吸蔵合金は、組成式ZrxTi1-xVyMn1-yNi1-ZAlZで表される。式中、xは、0.4<x≦0.8の範囲であるが、好ましくは、0.5≦x≦0.7の範囲である。yは、0.1<y≦0.3の範囲であるが、好ましくは、0.15≦y≦0.25の範囲である。
【0015】
Alの成分量z値が0.01より大きくなると、z値の増加と共に水素吸蔵量と平衡圧力がやや低下し、ヒステリシスファクターは劇的に低下して0に近づく。z値は、0.15以上としてもヒステリシスファクターはそれ以上低下せず、スロープファクターが大きくなりすぎるため、0.02≦z≦0.15の範囲、好ましくは、0.05≦z≦0.12の範囲である。
なお、本明細書における組成式は、便宜的に目標組成を採用した以外は、特許請求の範囲における組成式を含め、分析組成に基づく。組成分析の方法や手段は、限定するものではないが、例えば、走査型電子顕微鏡(SEM-EDX)を用い、無作為で選んだ複数箇所(例えば、5〜10カ所)の組成分析値の平均を組成分析値とすることができる。
【実施例】
【0016】
以下、実施例や比較例などに基づいて本発明の特徴とするところをより一層具体的に説明するが、本発明は、これら実施例に何ら限定されるものではない。
【0017】
[比較例1〜4]
Arガス雰囲気中でアーク溶解することにより、ZrとTiの原子比が異なる4種類の合金Zr0.5Ti0.5V0.2Mn0.8Ni1.0(比較例1)、Zr0.6Ti0.4V0.2Mn0.8Ni1.0(比較例2)、Zr0.7Ti0.3V0.2Mn0.8Ni1.0(比較例3)、Zr0.8Ti0.2V0.2Mn0.8Ni1.0(比較例4)(それぞれ約20g)を調製した。その後、Arガス雰囲気中で1273Kで24時間の熱処理を行った。ここで示す化学組成は目標組成であり、熱処理後の合金試験片の分析結果との対比は表1に示す。組成分析はSEM-EDXを用いて行った。
【0018】
【表1】
【0019】
それぞれの合金試験片は、ステンレス製容器に充填し、約423Kで数時間ロータリーポンプにより真空排気した後、293Kから353Kの温度範囲内でPCT線図を計測した。サイクル特性は、293Kから303Kの範囲で計測した。ヒステリシスの幅の指標であるヒステリシスファクターと、プラトーの平坦さの指標であるスロープファクターは、次の式(1)、(2)により求めた。
ヒステリシスファクター=ln(Pab/Pdes) ・・・・・(1)
スロープファクター=ln(P@1/P@2)/(H/M@1-H/M@2) ・・・・・(2)
(式中、PabとPdesは、それぞれ、吸蔵と放出における平衡圧力である。H/M@1とH/M@2は、それぞれ、プラトー領域の両端における水素濃度であり、P@1とP@2は、H/M@1とH/M@2におけるそれぞれの計測圧力である。)
【0020】
水素吸蔵合金とその水素化物のX線回折(XRD)データは、CuKαX線のX線回折装置〔株式会社リガクRINT 2500V〕により得た。XRDデータは、50kV、200mAのパワーで、15°から100°の間の2θ領域において収集した。得られた全てのXRDデータは、リートベルト法プログラムRIETAN-2000を用いて解析した。
【0021】
本発明の水素吸蔵合金の前提となる比較例水素吸蔵合金ZrxTi1-xV0.2Mn0.8Ni1.0(0.5≦x≦0.8)合金のX線回折パターンは、主相が空間群P63/mmcを有するラーベス相であることを示した。格子定数は、Zrの原子サイズ(1.62Å)がTiの原子サイズ(1.47Å)よりも大きいため、Zr/Ti比と共に単調に増加した。
図3は、293Kで計測された各比較例水素吸蔵合金のPCT線図と、スロープファクターとヒステリシスファクターのZr濃度依存性を示す。これらの試験片は、1MPa下で1.0H/Mより多くの水素を可逆的に吸蔵、放出した。X線回折データは、これらの水素化物の結晶構造が合金相の結晶構造と同じであること、及び、試験片体積が合金組成に関係なく水素吸蔵に伴って約25%膨張したことを示している。これらの試験片は、比較的ヒステリシスが大きかったため、ヒステリシスファクターとスロープファクターを評価した。スロープファクターは、0.45より小さく、プラトーは十分に平坦であったが、ヒステリシスファクターは、0.45〜0.71の範囲であり、MHアクチュエータ等での用途では、ヒステリシスの幅を改善する必要がある。
【0022】
図4に第2サイクルと50サイクルにおけるPCT線図と、50サイクル間におけるZr0.6Ti0.4V0.2Mn0.8Ni1.0(比較例2)の耐久性、及び、ヒステリシスファクターとスロープファクターの変化を示す。PCT線図の形状はほとんど変化せず、50サイクル後でも水素吸蔵量の減少は2%以下であった。加えて、ヒステリシスファクターやスロープファクターも、ほとんど変化しなかった。これらの結果は、Zr0.6Ti0.4V0.2Mn0.8Ni1.0の耐久性が良好であることを示している。
【0023】
[実施例1、比較例5〜8]
上記比較例1〜4と同様に、Zr0.6Ti0.4V0.2Mn0.8Ni1.0(比較例2)におけるNiの一部をFe,Cu,又はSnで置換した比較例6〜8の合金Zr0.6Ti0.4V0.2Mn0.8Ni0.9Fe0.1(比較例6)、Zr0.6Ti0.4V0.2Mn0.8Ni0.9Cu0.1(比較例7)、Zr0.6Ti0.4V0.2Mn0.8Ni0.9Sn0.1(比較例8)、置換をしなかった比較例5の合金Zr0.6Ti0.4V0.2Mn0.8Ni1.0(比較例2と同じもの)、及び、Niの一部をAlで置換した実施例1の合金Zr0.6Ti0.4V0.2Mn0.8Ni0.9Al0.1を調製し、Arガス雰囲気中で1273Kで24時間の熱処理を行った。ここで示す化学組成は目標組成であり、熱処理後の合金試験片の分析結果との対比は表2に示す。組成分析はSEM-EDXを用いて行った。
【0024】
【表2】
【0025】
それぞれの合金試験片は、ステンレス製容器に収容し、約423Kで数時間ロータリーポンプにより減圧処理した後、293〜353Kの温度範囲内でPCT線図を計測した。これらの合金は、置換元素がSnである場合を除いてラーベス相の単相合金が得られた。
図5に比較例5〜7合金(a)、(b)、(c)、及び実施例1合金(d)の293K〜353KでのPCT線図を、図6に比較例5〜7合金及び実施例1合金のスロープファクター及びヒステリシスファクターを示す。
NiをFeやCuで置換した比較例6、7合金(b)、(c)の場合、平衡圧力、ヒステリシスファクター、及び、スロープファクターはほとんど変化しなかった。一方、Alで置換した実施例1合金(d)Zr0.6Ti0.4V0.2Mn0.8Ni0.9Al0.1の場合、ヒステリシスの幅は劇的に減少し、ヒステリシスファクターは、0.45から0.08へ減少した。
Snで置換した比較例8の場合には、ヒステリシスは僅かに減少したが(図示せず)、Zr0.6Ti0.4V0.2Mn0.8Ni1.0に対するSnの溶解度が小さいため、ヒステリシス減少の効果は十分ではなかった。それ故、これらの置換元素の中でAlがヒステリシスを減少させる最良のものと結論付けられた。
【0026】
[実施例2、3、比較例9]
上記比較例1〜4と同様に、比較例9合金Zr0.55Ti0.45V0.2Mn0.8Ni1.0と該合金Zr0.55Ti0.45V0.2Mn0.8Ni1.0のNiの一部をAlで置換した実施例2、3合金Zr0.55Ti0.45V0.2Mn0.8Ni0.975Al0.025(実施例2)、Zr0.55Ti0.45V0.2Mn0.8Ni0.9Al0.1(実施例3)を調製し、Arガス雰囲気中で1273Kで24時間の熱処理を行った。ここで示す化学組成は目標組成であり、熱処理後の合金試験片の分析結果との対比は表3に示す。組成分析はSEM-EDXを用いて行った。
【0027】
【表3】
【0028】
それぞれの合金試験片は、ステンレス製容器に収容し、約423Kで数時間ロータリーポンプにより減圧処理した後、298Kの温度でPCT線図を計測した。
比較例9合金Zr0.55Ti0.45V0.2Mn0.8Ni1.0と、2種類の実施例2、3合金Zr0.55Ti0.45V0.2Mn0.8Ni0.975Al0.025、Zr0.55Ti0.45V0.2Mn0.8Ni0.9Al0.1について、図7(a)に、PCT線図を、図7(b)に、スロープファクター、ヒステリシスファクターに対するAl濃度依存性を示す。
図7(a)に示されるように、Al量の増加と共に平衡圧力は低下した。図7(b)に示されるように、Al量の増加と共にヒステリシスファクターは大きく減少した。
【0029】
[実施例4、5、比較例10、11]
上記比較例1〜4と同様に、比較例10合金Zr0.55Ti0.45V0.2Mn0.8Ni1.0と比較例11合金Zr0.55Ti0.45V(HO)0.2Mn0.8Ni1.0と、実施例4合金Zr0.55Ti0.45FV0.2Mn0.8Ni1.0と実施例5合金Zr0.55Ti0.45V0.2Mn0.8Ni0.975Al0.025(実施例2と同じもの)を調製し、Arガス雰囲気中で1273Kで24時間の熱処理を行った。ここで示す化学組成は目標組成であり、熱処理後の合金試験片の分析結果との対比は表4に示す。組成分析はSEM-EDXを用いて行った。
【0030】
【表4】
【0031】
それぞれの合金試験片は、ステンレス製容器に収容し、約423Kで数時間ロータリーポンプにより減圧処理した後、298KでPCT線図を計測した。
比較例10、11合金及び実施例4、5合金について、図8(a)に、298KでのPCT線図を、図8(b)に、スロープファクター及びヒステリシスファクターを示す。LOVは、酸素濃度の低いバナジウムを、HOV、V(HO)は酸素濃度の高いバナジウムを、FVはフェロバナジウムを意味する。
フェロバナジウム(FV:V80Fe10Al8Si2)は低品位のバナジウムではあるが、不純物としてAlを8原子%程度含有しているため、純Alから作製した実施例5合金Zr0.55Ti0.45V0.2Mn0.8Ni0.975Al0.025と同様のPCT線図、ヒステリシスファクター及びスロープファクターを示した。このことは、使用するバナジウムの品位は水素吸蔵特性に影響を与えず、低品位で安価なフェロバナジウムを利用できることを示している。
【0032】
[実施例6、比較例12]
上記比較例1〜4と同様に、実施例6水素吸蔵合金Zr0.5Ti0.5V0.2Mn0.8Ni0.9Al0.1(分析組成)と、比較例12水素吸蔵合金LaNi4.45Co0.5Mn0.05(分析組成)を調製し、Arガス雰囲気中で1日1273Kでアニールした。それぞれの合金試験片は、ステンレス製容器に収容し、約423Kで数時間ロータリーポンプにより減圧処理した後、水素吸蔵と水素放出を1000サイクル行ない、第2サイクルと第1000サイクルについて、PCT線図を計測した。
図9(a)は、第2サイクルと第1000サイクルのサイクル試験前後に計測された実施例6合金Zr0.5Ti0.5V0.2Mn0.8Ni0.9Al0.1のPCT線図を示す。図9(b)に、各サイクルにおける実質的水素容量とその減少率を示す。比較のため、MHアクチュエータで使用してきた比較例12合金LaNi4.45Co0.5Mn0.05について得られた結果を図9(c)、(d)に示す。
実施例6合金Zr0.5Ti0.5V0.2Mn0.8Ni0.9Al0.1は、1000サイクル後でさえ水素吸蔵量の減少率は2%以下で、PCT線図はほとんど変化しなかった。一方、比較例12合金LaNi4.45Co0.5Mn0.05は、図9(c)に示すように、サイクル数と共に吸蔵平衡圧力は低下し、プラトーは傾いた。水素吸蔵量の減少率は700サイクル後で8%となった。また、水素吸蔵量、平衡圧力、及び、プラトーの平坦性の変化は、図9(d)に示すように700サイクル目でも飽和していないため、比較例12合金LaNi4.45Co0.5Mn0.05の特性は、さらに劣化するものと考えられる。これらの結果は、実施例6水素吸蔵合金Zr0.5Ti0.5V0.2Mn0.8Ni0.9Al0.1が比較例12水素吸蔵合金LaNi4.45Co0.5Mn0.05よりもMHアクチュエータのための好適な水素化特性を有していることを明確に示している。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明の水素吸蔵合金は、定置用水素貯蔵システム、ヒートポンプ、アクチュエータ、Ni-水素電池といった各種水素関連装置での水素貯蔵用途に幅広く利用することができる。本発明の水素吸蔵合金は、良好な耐久性を有し、PCT線図におけるヒステリシスが非常に小さいため、同じ圧力を得るための加熱温度を小さくしたり、同じ加熱温度でもより大きな圧力を得たりすることができるので、特にヒートポンプやアクチュエータの用途に用いる場合には、それらを効率的に作動することができる。
図1
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図9