【実施例】
【0048】
[1.各種方法]
1−1.エチルエステル類の測定方法
液体調味料中のエチルエステル類及び内部標準物質として用いたシクロヘキサノールの含有量の測定にあたっては、ダイナミックヘッドスペース法により、香気成分の分離濃縮を行ったうえでサンプルをGC−MSによる分析に供した。
【0049】
<ダイナミックヘッドスペース法による抽出条件>
捕集剤:Tenax TA(GERSTEL社製)
揮発性成分抽出装置:MPS2―DHS(GERSTEL社製)
予備加温:30℃、10min
捕集容量:650mL
捕集速度:100mL/min
捕集温度:30℃
ドライパージ容量:500mL
ドライパージ速度:50mL/min
ドライパージ温度:40℃
【0050】
<GC−MS条件>
測定装置:7890A−5975MSD(AgilentTechnologies社製)
注入口:加熱脱着ユニット(GERSTEL社製)
カラム:DB−WAX LTM(長さ30m、口径0.25mm、膜厚0.25μm)(AgilentTechnologies社製)
加熱脱着条件:30℃(0.5sec)保持 → 280℃まで720℃/min昇温 → 5min保持
温度条件:40℃(3min)保持 → 160℃まで5℃/min昇温 → 240℃まで25℃/min昇温 → 6min保持
キャリア:高純度ヘリウム、圧力一定モード392.34kPa
スキャン質量範囲:m/z 28.7−185.0
イオン化方式:EI
【0051】
上記のとおりにGC−MSにて、液体調味料中のエチルエステル類のピーク面積及び内部標準物質のピーク面積を測定した。ピーク面積は、エチルエステル類及び内部標準物質であるシクロヘキサノールについて、以下のm/zを用いて求めた。
オクタン酸エチル:m/z88
デカン酸エチル:m/z88
シクロヘキサノール:m/z82
【0052】
1−2.2−エチル−6−メチルピラジン及びHEMFの測定方法
液体調味料中の2−エチル−6−メチルピラジン、HEMF及び内部標準物質として用いた2−オクタノンの含有量は、酢酸エチルを用いた抽出処理に供して得た抽出液について、GC−MSで以下の条件に従って測定した。
【0053】
食塩2.0g及び2−オクタノン溶液(20ppm)100μLを添加したサンプル5.0gに対し、酢酸エチル1.0mLを添加し、5分間激しく撹拌した後、有機溶媒層を抽出した。この操作を3回繰り返し、得られた有機溶媒層を無水硫酸ナトリウムで脱水後、500μLまで濃縮し香気濃縮物を得た。得られた香気濃縮物は下記の条件でGC−MSにて分析を行った。
【0054】
<GC−MS条件>
測定装置:7890B−5977 MSD(AgilentTechnologies社製)
カラム:DB−WAX(長さ60m、口径0.25mm、膜厚0.25μm)(AgilentTechnologies社製)
注入口温度:250℃
温度条件:40℃(3min)保持 → 250℃まで6℃/min昇温 → 15min保持
キャリア:高純度ヘリウム、圧力一定モード229kPa
スキャン質量範囲:m/z 30.0〜250.0
イオン化方式:EI
2−エチル−6−メチルピラジン、HEMF及び内部標準物質である2−オクタノンは以下のm/zを用い、ピーク面積を求めた。
2−エチル−6−メチルピラジン:m/z121
HEMF:m/z142
2−オクタノン:m/z58
【0055】
[2.外部添加したオクタン酸エチル及びデカン酸エチルの香り向上作用の評価(1)]
2−1.単独添加の効果
市販の醤油に対してオクタン酸エチル及びデカン酸エチルのいずれかを単独で添加することによる「白ワイン様のフルーティーな香り」の向上(付与)効果を官能評価に基づいて確認した。
【0056】
市販の生醤油(「しぼりたて生しょうゆ」;キッコーマン社製)に、オクタン酸エチルを最終濃度がそれぞれ5、10、20及び50ppbとなるように添加することにより、液体調味料1−1〜1−4を調製した。また、同じく、生醤油に、デカン酸エチルを最終濃度がそれぞれ5、10、20及び50ppbとなるように添加することにより、液体調味料2−1〜2−4を調製した。
【0057】
官能評価は、識別能力を有するパネル6名により、「白ワイン様のフルーティーな香り」について、市販の生醤油(オクタン酸エチル及びデカン酸エチルを添加していないもの)を1点としたときの強度を5段階で評価し、その平均値及び標準誤差を算出した。
【0058】
液体調味料1−1〜1−4及び液体調味料2−1〜2−4の官能評価結果を表1及び
図1に示す。なお、
図1及び表1中の「**」は対照である生醤油と比較して1%、「*」は対照である生醤油と比較して5%の危険率で有意差があったことを示す。
【0059】
【表1】
【0060】
表1及び
図1が示すとおり、生醤油にオクタン酸エチル及びデカン酸エチルのいずれかを単独で添加することにより、濃度依存的に「白ワイン様のフルーティーな香り」が向上することがわかった。
【0061】
2−2.混合添加の効果
市販の醤油に対してオクタン酸エチル及びデカン酸エチルを混合して添加することによる「白ワイン様のフルーティーな香り」の向上(付与)効果を官能評価に基づいて確認した。
【0062】
市販の生醤油に、オクタン酸エチル及びデカン酸エチルのそれぞれを最終濃度が5、10及び20ppbとなるように添加することにより、液体調味料3−1〜3−4を調製した。また、上記2−1と同様にして、調製した液体調味料について官能評価を実施した。
【0063】
液体調味料3−1〜3−4の官能評価結果を表2に示す。表2中の「**」は対照である生醤油と比較して1%の危険率で有意差があったことを示す。
【0064】
【表2】
【0065】
表2が示すとおり、生醤油にオクタン酸エチル及びデカン酸エチルを混合して添加することにより、濃度依存的に「白ワイン様のフルーティーな香り」が向上することがわかった。
【0066】
2−3.まとめ
表1及び
図1に示されるとおり、10ppb以上であれば、オクタン酸エチル及びデカン酸エチルのいずれか一方を単独で添加することによって、添加していない試料(生醤油)と比較して、「白ワイン様のフルーティーな香り」が向上することが認められた。
【0067】
また、5ppb以上のオクタン酸エチル及び5ppb以上のデカン酸エチルを混合して添加することによって、添加していない試料と比較して「白ワイン様のフルーティーな香り」が顕著に向上することが認められた。
【0068】
したがって、本来はオクタン酸エチル及び/又はデカン酸エチルを含まない醤油にこれらを添加することにより、ppbレベルの低濃度であっても、本来の醤油にはない「白ワイン様のフルーティーな香り」を付与できることが明らかになった。
【0069】
[3.オクタン酸エチル及びデカン酸エチルを含有する液体調味料の香り向上作用の評価]
3−1.液体調味料の調製
蒸煮した大豆と割砕した焙煎小麦とを6:4の割合で混合した混合物に、
Aspergillus sojaeの種麹を接種し、常法により43時間製麹して醤油麹を得た。
【0070】
得られた醤油麹100質量部を、94質量部の食塩水(食塩濃度24%(w/v))に仕込み、さらに醤油乳酸菌(
Tetragenococcus halophilus)を加えたものを、15〜25℃で、適宜撹拌しながら20日間常法に従って乳酸発酵を行った。乳酸発酵終了後の醤油諸味を固液分離し、液汁をUF膜で処理して、透過液(乳酸発酵液汁)を得た。
【0071】
得られた乳酸発酵液汁に耐塩性酵母(
Zygosaccharomyces rouxii)を添加し、撹拌を行わずに25℃で28日間、酵母発酵を行った。得られた酵母発酵物を、3,000rpmで15分間遠心分離し、上清として液体調味料4−1を回収した。得られた液体調味料4−1をディスポーザブルメンブレンフィルター(孔径0.45μm)(ADVANTEC社製)で処理することによりオクタン酸エチル及びデカン酸エチルを低減させた液体調味料4−2を得た。
【0072】
また、市販の生醤油(「しぼりたて生しょうゆ」;キッコーマン社製)(以下、市販醤油1とよぶ。)及び市販の濃口醤油(「キッコーマンこいくちしょうゆ」;キッコーマン社製)(以下、市販醤油2とよぶ。)についても、オクタン酸エチル及びデカン酸エチルを測定し、官能評価を行った。
【0073】
3−2.オクタン酸エチル及びデカン酸エチルの測定結果
上記1−1に記載したとおりに、液体調味料4−1〜4−2及び市販醤油1〜2について、オクタン酸エチル及びデカン酸エチルの含有量を、標準添加法により、ダイナミックヘッドスペース−GC−MSを用いて測定した。結果を表3に示す。なお、GC−MSの結果より、その他の醤油主要香気成分の含有量について、これらの試料の間に変化はみられなかった。
【0074】
【表3】
【0075】
3−3.官能評価の結果
官能評価は、識別能力を有する6名のパネルにより、液体調味料4−1〜4−2及び市販醤油1〜2について、「白ワイン様のフルーティーな香り」を評価項目として5段階(1:香りがしない、2:かなり弱い、3:弱い、4:強い、5:かなり強い)で評価し、その平均値及び標準誤差を算出した。
【0076】
官能評価を行った結果を表4及び
図2に示す。なお、表4及び
図2中の「**」は、液体調味料4を対照として、1%の危険率で有意差があったことを示す。
【0077】
【表4】
【0078】
3−4.まとめ
表3、表4及び
図2に示されるとおり、オクタン酸エチル及びデカン酸エチルをそれぞれ5ppb以上含む液体調味料4−1は、液体調味料4−2、市販醤油1及び市販醤油2と比較して、「白ワイン様のフルーティーな香り」の強度が顕著に高いことが確認された。
【0079】
[4.外部添加したオクタン酸エチル及びデカン酸エチルの香り向上作用の評価(2)]
4−1.単独添加の効果
液体調味料4−2について、オクタン酸エチル及びデカン酸エチルのいずれかを単独で添加することによる「白ワイン様のフルーティーな香り」の向上(付与)効果を官能評価に基づいて確認した。
【0080】
液体調味料4−2に、オクタン酸エチルを最終濃度がそれぞれ5、10、20及び50ppbとなるように添加することにより、液体調味料5−1〜5−4を調製した。また、同じく、液体調味料4−2に、デカン酸エチルを最終濃度がそれぞれ5、10、20及び50ppbとなるように添加することにより、液体調味料6−1〜6−4を調製した。官能評価は、上記2−1と同様に実施した。
【0081】
液体調味料5−1〜5−4及び液体調味料6−1〜6−4の官能評価結果を表5及び
図3に示す。なお、表5及び
図3中の「*」は、対照である液体調味料4−2と比較して5%の危険率で有意差があったことを示す。
【0082】
【表5】
【0083】
表5及び
図3が示すとおり、生醤油と同じように、液体調味料4−2にオクタン酸エチル及びデカン酸エチルのいずれかを単独で添加することにより、濃度依存的に「白ワイン様のフルーティーな香り」が向上することがわかった。
【0084】
4−2.混合添加の効果
液体調味料4−2について、オクタン酸エチル及びデカン酸エチルを混合して添加することによる「白ワイン様のフルーティーな香り」の向上(付与)効果を官能評価に基づいて確認した。
【0085】
液体調味料4−2に、オクタン酸エチル及びデカン酸エチルのそれぞれを最終濃度が5、10及び20となるように添加することにより、液体調味料7−1〜7−4を調製した。また、上記2−1と同様にして、調製した液体調味料について官能評価を実施した。
【0086】
液体調味料7−1〜7−4の官能評価結果を表6に示す。表6中の「*」は対照である液体調味料4−2と比較して5%の危険率で有意差があったことを示す。
【0087】
【表6】
【0088】
表6が示すとおり、液体調味料4−2にオクタン酸エチル及びデカン酸エチルを混合して添加することにより、濃度依存的に「白ワイン様のフルーティーな香り」が向上することがわかった。
【0089】
4−3.まとめ
表5、表6及び
図3に示されるとおり、10ppb以上であるいずれの濃度においてもオクタン酸エチル及びデカン酸エチルのいずれかを添加することによって、添加していない試料(液体調味料4−2)と比較して、「白ワイン様のフルーティーな香り」が向上することが認められた。
【0090】
また、オクタン酸エチル及びデカン酸エチルをそれぞれ5ppb以上混合して添加することによって、添加していない試料と比較して「白ワイン様のフルーティーな香り」が顕著に向上することが認められた。
【0091】
したがって、本来含有していたオクタン酸エチル及び/又はデカン酸エチルを含まない液体調味料にこれらを添加することにより、ppbレベルという低濃度であっても、本来の液体調味料にはない「白ワイン様のフルーティーな香り」を付与できることが明らかになった。
【0092】
[5.外部添加したオクタン酸エチル及びデカン酸エチルの香り向上作用の評価(3)]
5−1.液体調味料8−1〜8−4及び液体調味料9−1〜9−4の調製
上記3−1に記載の液体調味料4−1に対して、それぞれ最終濃度で10,000、20,000、50,000及び100,000ppbとなるようにオクタン酸エチルを添加することにより液体調味料8−1〜8−4を調製した。また、液体調味料4−1に対して、それぞれ最終濃度で1,000、2,000、5,000及び10,000ppmとなるようにデカン酸エチルを添加することにより液体調味料9−1〜9−4を調製した。
【0093】
5−2.官能評価方法
官能評価は、識別能力を有する6名のパネルにより、液体調味料8−1〜8−4及び液体調味料9−1〜9−4について、「白ワイン様のフルーティーな香り」、「石油様の不快臭」及び「全体的な好ましい香り」を評価項目として5段階で評価し、その平均値及び標準誤差を算出した。なお、「石油様の不快臭」及び「全体的な好ましい香り」は以下の5段階で評価した。
「石油様の不快臭」
1:香りがしない、2:かなり弱い、3:弱い、4:強い、5:かなり強い
「全体的な好ましい香り」
1:非常に好ましくない、2:好ましくない、3:普通、4:好ましい、5:非常に好ましい
【0094】
5−3.官能評価結果
液体調味料8−1〜8−4の官能評価結果を表7に、液体調味料9−1〜9−4の官能評価結果を表8にそれぞれ示す。なお、表7及び表8中の最も添加濃度の低い液体調味料(液体調味料8−1及び液体調味料9−1)と比較して、「**」及び「*」はそれぞれ1%及び5%の危険率で有意差があったことを示す。
【0095】
【表7】
【0096】
【表8】
【0097】
表7が示すように、オクタン酸エチルを20,000ppb以上含む液体調味料は、10,000ppb含む液体調味料と比較して、濃度依存的に、「白ワイン様のフルーティーな香り」の強度が低くなり、「石油様の不快臭」の強度が高くなることがわかった。さらにオクタン酸エチルを50,000ppb以上含む液体調味料では「白ワイン様のフルーティーな香り」がほとんどなくなり、「石油様の不快臭」が非常に強くなることが確認された。また、オクタン酸エチルを20,000ppb以上含む液体調味料では香りが好ましくないことがわかった。
【0098】
以上の結果より、液体調味料におけるオクタン酸エチルの含有量は、20,000ppb以下であることが望ましく、さらに10,000ppb以下であることにより不快臭がせず非常に好ましいフルーティーな香りがすることが明らかになった。
【0099】
表8が示すように、デカン酸エチルを5,000ppb含む液体調味料は、1,000ppb含む液体調味料と比較して、濃度依存的に、「白ワイン様のフルーティーな香り」の強度が低くなり、「石油様の不快臭」の強度が高くなることがわかった。さらにデカン酸エチルを10,000ppb含む液体調味料では「白ワイン様のフルーティーな香り」がほとんどなくなり、「石油様の不快臭」が非常に強くなることが確認された。また、デカン酸エチルを5,000ppb以上含む液体調味料では香りが好ましくないことがわかった。
【0100】
以上の結果より、液体調味料におけるデカン酸エチルの含有量は、2,000ppb以下であれば、不快臭がせずに非常に好ましいフルーティーな香りがすることが明らかになった。
【0101】
[6.2−エチル−6−メチルピラジンによるフルーティーな香りのマスキング効果の評価]
6−1.2−エチル−6−メチルピラジンの測定結果
上記1−2に記載したとおりの方法で、上記3−1に記載の液体調味料4−1〜4−2及び市販醤油1〜2について、2−エチル−6−メチルピラジンの含有量を、標準添加法により、酢酸エチル抽出液をGC−MSを用いて分析した。結果を表9に示す。
【0102】
【表9】
【0103】
6−2.官能評価の結果
2−エチル−6−メチルピラジンを添加することによる白ワイン様のフルーティーな香りの抑制効果を官能評価に基づいて確認した。
【0104】
液体調味料4−1に2−エチル−6−メチルピラジンを最終濃度でそれぞれ5、10、20及び50ppbとなるように液体調味料8−1〜8−4を調製した。官能評価は、識別能力を有する6名のパネルにより、「白ワイン様のフルーティーな香り」を評価項目として、エチルエステル類の含有量が小さい液体調味料4−2を1点としたときの強度を5段階で評価し、その平均値及び標準誤差を算出した。
【0105】
官能評価を行った結果を表10及び
図4に示す。なお、表10及び
図4中の「**」は、液体調味料4−2を対照として、1%の危険率で有意差があったことを示す。
【0106】
【表10】
【0107】
6−3.まとめ
表9〜表10に示すように、オクタン酸エチル及びデカン酸エチルをそれぞれ18.7ppb及び40.3ppbを含有する液体調味料4−1について、2−エチル−6メチルピラジンを10ppb以上添加することにより、「白ワイン様のフルーティーな香り」が低減されることが確認された。
【0108】
[7.HEMFの含有量]
上記1−2に記載したとおりの方法で、上記3−1に記載の液体調味料4−1及び市販醤油1〜2について、HEMFの含有量を、標準添加法により、酢酸エチル抽出液をGC−MSを用いて分析した。結果を表11に示す。
【0109】
【表11】
【0110】
表11に示すように、液体調味料4−1は市販の醤油と同程度以上のHEMFを含有することから、白ワイン様のフルーティーな香りを有しつつも、醤油らしい醤油本来の風味がある液体調味料であることがわかった。