特許第6343796号(P6343796)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6343796魚介類の微胞子虫の防除用組成物及びそれを用いた魚介類の微胞子虫の防除方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6343796
(24)【登録日】2018年6月1日
(45)【発行日】2018年6月20日
(54)【発明の名称】魚介類の微胞子虫の防除用組成物及びそれを用いた魚介類の微胞子虫の防除方法
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/4184 20060101AFI20180611BHJP
   A61K 31/427 20060101ALI20180611BHJP
   A61K 31/27 20060101ALI20180611BHJP
   A01P 1/00 20060101ALI20180611BHJP
   A01N 43/52 20060101ALI20180611BHJP
   A01N 43/78 20060101ALI20180611BHJP
   A01N 47/44 20060101ALI20180611BHJP
   A01K 61/13 20170101ALI20180611BHJP
   A61P 33/00 20060101ALI20180611BHJP
【FI】
   A61K31/4184
   A61K31/427
   A61K31/27
   A01P1/00
   A01N43/52
   A01N43/78 B
   A01N47/44
   A01K61/13
   A61P33/00
【請求項の数】18
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2017-47531(P2017-47531)
(22)【出願日】2017年3月13日
(65)【公開番号】特開2017-186306(P2017-186306A)
(43)【公開日】2017年10月12日
【審査請求日】2017年8月31日
(31)【優先権主張番号】特願2016-70840(P2016-70840)
(32)【優先日】2016年3月31日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000251130
【氏名又は名称】林兼産業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000003274
【氏名又は名称】マルハニチロ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100139262
【弁理士】
【氏名又は名称】中嶋 和昭
(72)【発明者】
【氏名】藤田 幸辰
(72)【発明者】
【氏名】横山 博
(72)【発明者】
【氏名】小川 大樹
【審査官】 深草 亜子
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭57−106621(JP,A)
【文献】 特開2002−220309(JP,A)
【文献】 特表2004−511471(JP,A)
【文献】 J.Comp.Path.,1999年,Vol.121,p.241-248
【文献】 Veterinary Record,2014年,Vol.175,561
【文献】 Options Mediterraneennes, A,2009年,Vol.86,p.65-83
【文献】 魚病情報資料(寄生虫病・真菌病) 増補加筆版,公益社団法人日本水産資源保護協会,2015年,I寄生虫病 2.微胞子虫類
【文献】 Parasitol.Res.,1998年,Vol.84,p.41-49
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00−31/80
A01N 43/00−43/92
A01N 47/00−47/48A61K 31/4184
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
スズキ目(Perciformes)又はカレイ目(Pleuronectiformes)に属する魚介類の筋肉又は臓器へのMicrosporidium属に属する微胞子虫の感染を予防し、かつ/又はスズキ目又はカレイ目に属する魚介類の筋肉又は臓器中でのMicrosporidium属に属する微胞子虫の増殖を抑制し、かつ/又はスズキ目又はカレイ目に属する魚介類の体内からMicrosporidium属に属する微胞子虫を駆除するための魚介類の微胞子虫の防除用組成物であって、
下記の式(1)から(10)で表される化合物及びその薬学的に許容される塩からなる群より選択される1又は複数を有効成分として含む魚介類の微胞子虫の防除用組成物(薬浴剤を除く。)。
【化1】
【請求項2】
前記スズキ目又はカレイ目に属する魚介類が、スズキ目サバ科(Scombridae)マグロ属(Thunnus)、スズキ目アジ科(Carangidae)ブリ属(Seriola)、スズキ目タイ科(Sparidae)マダイ属(Chrysophrys)、カレイ目ヒラメ科(Paralichthyidae)ヒラメ属(Paralichthys)又はカレイ目カレイ科(Pleuronectidae)マツカワ属(Verasper)に属する魚類である請求項1記載の魚介類の微胞子虫の防除用組成物。
【請求項3】
前記Microsporidium属に属する微胞子虫が、Microsporidium seriolaeである請求項1又は2記載の魚介類の微胞子虫の防除用組成物。
【請求項4】
経口投与剤である請求項1から3のいずれか1項に記載の魚介類の微胞子虫の防除用組成物。
【請求項5】
養魚用飼料である請求項1から3のいずれか1項に記載の魚介類の微胞子虫の防除用組成物。
【請求項6】
注射剤である請求項1から3のいずれか1項に記載の魚介類の微胞子虫の防除用組成物。
【請求項7】
スズキ目(Perciformes)又はカレイ目(Pleuronectiformes)に属する魚介類の筋肉又は臓器へのMicrosporidium属に属する微胞子虫の感染を予防し、かつ/又はスズキ目又はカレイ目に属する魚介類の筋肉又は臓器中でのMicrosporidium属に属する微胞子虫の増殖を抑制し、かつ/又はスズキ目又はカレイ目に属する魚介類の体内からMicrosporidium属に属する微胞子虫を駆除する方法であって、
下記の式(1)から(10)で表される化合物及びその薬学的に許容される塩からなる群より選択される1又は複数を有効成分として含む組成物をスズキ目又はカレイ目に属する魚介類に投与する工程を含む魚介類の微胞子虫の防除方法。
【化2】
【請求項8】
前記スズキ目又はカレイ目に属する魚介類が、スズキ目サバ科(Scombridae)マグロ属(Thunnus)、スズキ目アジ科(Carangidae)ブリ属(Seriola)、スズキ目タイ科(Sparidae)マダイ属(Chrysophrys)、カレイ目ヒラメ科(Paralichthyidae)ヒラメ属(Paralichthys)又はカレイ目カレイ科(Pleuronectidae)マツカワ属(Verasper)に属する魚類である請求項7記載の魚介類の微胞子虫の防除方法。
【請求項9】
前記Microsporidium属に属する微胞子虫が、Microsporidium seriolaeである請求項7又は8記載の魚介類の微胞子虫の防除方法。
【請求項10】
前記スズキ目又はカレイ目に属する魚介類への投与が経口投与である請求項7から9のいずれか1項記載の魚介類の微胞子虫の防除方法。
【請求項11】
請求項4又は5記載の魚介類の微胞子虫の防除用組成物を、その有効成分の用量が0.1mg/kg以上100mg/kg以下となるよう、単回或いは1日以上180日以下の間隔で複数回経口投与することによりスズキ目又はカレイ目に属する魚介類のMicrosporidium属に属する微胞子虫感染を予防する請求項10記載の魚介類の微胞子虫の防除方法。
【請求項12】
請求項4又は5記載の魚介類の微胞子虫の防除用組成物を、その有効成分の用量が20mg/kg以上400mg/kg以下となるよう、単回或いは6時間以上180日以下の間隔で複数回経口投与することによりスズキ目又はカレイ目に属する魚介類のMicrosporidium属に属する微胞子虫を駆除する請求項10記載の魚介類の微胞子虫の防除方法。
【請求項13】
請求項4又は5記載の魚介類の微胞子虫の防除用組成物を、その有効成分の用量が20mg/kg以上400mg/kg以下となるよう、3日以上180日以下の間隔で複数回経口投与することによりスズキ目又はカレイ目に属する魚介類のMicrosporidium属に属する微胞子虫の駆除及び再感染の予防を行う請求項12記載の魚介類の微胞子虫の防除方法。
【請求項14】
前記魚介類の微胞子虫の防除用組成物を、5日以上21日以下の間隔で経口投与することを特徴とする請求項13記載の魚介類の微胞子虫の防除方法。
【請求項15】
前記複数回の経口投与を1サイクルとし、前記サイクルを、3日以上180日以下の間隔で反復することを特徴とする請求項13又は14記載の魚介類の微胞子虫の防除方法。
【請求項16】
前記スズキ目又はカレイ目に属する魚介類への投与が筋肉注射又は腹腔内注射である請求項7から9のいずれか1項記載の魚介類の微胞子虫の防除方法。
【請求項17】
前記スズキ目又はカレイ目に属する魚介類への投与が薬浴中での浸漬投与である請求項7から9のいずれか1項記載の魚介類の微胞子虫の防除方法。
【請求項18】
上記の式(1)から(10)で表される化合物及びその薬学的に許容される塩からなる群より選択される1又は複数を有効成分として1から1000ppmとなる量だけ含有している薬浴液中で、スズキ目又はカレイ目に属する魚介類への浸漬投与を行う請求項17記載の魚介類の微胞子虫の防除方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、魚介類の微胞子虫の防除用組成物及びそれを用いた魚介類の微胞子虫の防除方法に関する。
【背景技術】
【0002】
微胞子虫とは、昆虫、甲殻類、魚介類、ほ乳類等の様々な動物の細胞内に寄生する単細胞真核生物の一群で、これらの動物に対し病原性を示すものも多く存在する。魚介類に病原性を示す微胞子虫としては、(1)カンパチ、ハマチの脳脊髄炎原因微胞子虫、(2)養殖ウナギにベコ病を生じるHeterosporis anguillarum、(3)アユのグルゲア症の原因となるGlugea plecoglossi等、(4)ニジマスの武田微胞子虫症の原因となるMicrosporidium takedai、(5)ブリのベコ病の原因となるMicrosporidium seriolae、(6)養殖エビでの微胞子虫症であるEnterocytozoon hepatopenaei等が知られている。
【0003】
ブリ類のベコ病は、微胞子虫Microsporidium seriolaeを原因とするモジャコ(ブリの稚魚)の感染症であり、現在日本及び台湾で確認されている。モジャコがMicrosporidium seriolaeに感染すると、筋肉内に肉眼でも確認できるチーズ塊状のシスト(胞子嚢)が形成される。シストの形成が終わると、周辺の筋肉組織が融解するのに伴い、魚体に凹凸が認められるようになる。ベコ病は一般に、年齢と共に消失するが、出荷時に一部が筋肉内に残存し、大幅に商品価値を落とすことがある。このため養殖業者が大きな経済的損失を受けている。また、近年では、養殖カンパチでも、原因となる微胞子虫の種類は異なるものの、ベコ病の発生が問題化しており被害は拡大傾向にある。
【0004】
出荷後の養殖ブリ等においてベコ病が認められると、消費者からのクレーム、流通業者からの等級の格下げによる値引きの要求の原因となるだけでなく、最悪の場合には、取引停止に至るなど、養殖業者は深刻な打撃を蒙ることがある。さらに魚体重が4kgを超えると、外観からベコ病に罹患しているか否かについての判断が困難になるため、出荷時に防御の方法がない。
【0005】
ブリのベコ病が報告されてから25年以上が経過するが、有効な治療法、ブリ等のベコ病に効果が認められる治療薬やワクチンは存在せず、防除方法が確立されていないのが現状である。このため、飼育管理によって感染を軽度に止めることが現実的な対策となる。ベコ病の感染は、特定時期(5月〜8月)のモジャコに集中し、それ以降ブリは殆ど感染を起こさないと考えられている。したがって、ワクチン接種時(5月〜6月)に、外見的に体表の凹凸が認められたものを淘汰することが、唯一の現実的な対応である。ただし、ワクチン時の淘汰については、生体を処分するため歩留まりが減少することで経済的な損失を被る。さらに淘汰後の結果について科学的に検証されたデータはないため、効果について疑問が残る。
【0006】
実験的には、砂でろ過した海水を飼育水として使用した場合、ベコ病の発生が認められなかったとの報告があるが、規模や管理能力を勘案すると、野外の養殖現場で実施することは事実上不可能である。
【0007】
ベコ病の予防および治療方法の確立が遅れている他の原因として、ベコ病の詳細な生活環が不明なことが挙げられる。また、治療薬開発の隘路になっている要因として、原因微生物である微胞子虫の培養方法が確立されていないため、薬剤感受性試験が実施できず、候補被験薬を探索する合理的な方法が存在しないことが挙げられる。さらに、感染魚から得られた微胞子虫を直接他の魚に接種しても、感染が成立しないため、実験室内での効率的な感染実験ができない。以上のように、ベコ病について、防除対策のための基本的なデータをとる試験が実施できない。
【0008】
ヒトを含む陸上動物の微胞子虫症について高い治療効果が認められる薬剤として、ベンズイミダゾール系薬剤が挙げられる。例えば、培養試験における抗菌活性試験において、一部の微胞子虫に対し、ベンズイミダゾール系薬剤又はフマギリンに高い抗菌活性が認められることが報告されている。特に、アルベンダゾール(下式参照)が、多くの微胞子虫に対して高い抗菌活性を示すことが報告されている(非特許文献3〜7参照)。
【0009】
【化1】
【0010】
また、ヒト微胞子虫症や微胞子虫を原因病原体とするウサギのエンセファリストゾーン症には、アルベンダゾールを含むベンズイミダゾール系の薬剤が第一選択薬となっている(非特許文献8参照)。
【0011】
一方、魚類での微胞子虫対策での報告については、アメーバ等に対する抗生物質であるフマギリンを、アユのグルゲア症(原因病原体は、アパンスポロブラスト亜目に属する微胞子虫類の一種であるGlugea plecoglossi:非特許文献1参照)及びウナギのベコ病(原因病原体は、微胞子虫の一種であるHeterosporis anguillarum:非特許文献2参照)に対して投与した場合、高い治療効果が認められたことが報告されている。
【0012】
Glugea anomalaを原因病原体とするトゲウオのグルゲア症で、ベンズイミダゾール系の物質で薬浴を実施した結果、病原寄生虫の顕微鏡下での崩壊が認められたことが報告されている。ただし、薬剤感作後の顕微鏡下における原虫の形態の変化が確認されているのみである。また、Glugea anomalaは主に魚の体表にシストを作るため、薬浴により薬の作用を受けやすく、筋肉内にシストを作るスズキ目のMicrosporidium属とは明らかに異なる病態の微胞子虫である(非特許文献9参照)。
【0013】
ベンズイミダゾール系の薬剤については、多くの国で、寄生虫症に対する畜産薬及び人体薬として認可されている。我が国においても、人体薬としては、エキノコッカス駆除剤として、エスカゾール(主成分:アルベンダゾール)、畜産薬として肝蛭駆除剤としてファシネックス(主成分:トリクラベンダゾール)、回虫、円虫、鞭虫駆除剤のフルモキサール(主成分:フルベンダゾール)、メイポール(主成分:フェンベンダゾール)、水産薬として、トラフグのエラムシ(ヘテロボツリウム症)に対する、マリンバンテル(主成分:フェンベンダゾール(下式参照))が市販されている。
【0014】
【化2】
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0015】
【非特許文献1】高橋誓、江草周三、「アユのグルギア症に関する研究−II 防除法の検討(1)フマジリン経口投与の効果」、魚病研究(日本魚病学会)、Vol.11(1976-1977)、No.2、P83−88.
【非特許文献2】加納照正、岡内哲夫、福井晴朗、「ウナギのプリストホラ症に関する研究−II フマジリンの投薬方法と効果について」、魚病研究(日本魚病学会)、Vol.17(1982)、P107−114.
【非特許文献3】Katiyar SK, In vitro susceptibilities of the AIDS-associated microsporidian Encephalitozoon intestinalis to albendazole, its sulfoxide metabolite, and 12 additional benzimidazole derivatives. Antimicrob Agents Chemother.1997 Dec;41(12):2729-32.
【非特許文献4】Lallo MA, da Costa LF, de Castro JM. Effect of three drugs against Encephalitozoon cuniculi infection in immunosuppressed mice. Antimicrob Agents Chemother.2013 Jul;57(7):3067-71.
【非特許文献5】Didier ES, Maddry JA, Kwong CD, Green LC, Snowden KF, Shadduck JA. Screening of compounds for antimicrosporidial activity in vitro. Folia Parasitol (Praha).1998;45(2):129-39.
【非特許文献6】Franssen FF, Lumeij JT, van Knapen F. Susceptibility of Encephalitozoon cuniculi to several drugs in vitro. Antimicrob Agents Chemother.1995 Jun;39(6):1265-8.
【非特許文献7】Silveira H, Canning EU. In vitro cultivation of the human microsporidium Vittaforma corneae : development and effect of albendazole. Folia Parasitol (Praha).1995;42(4):241-50.
【非特許文献8】Gross U.Treatment of microsporidiosis including albendazole. Parasitol Res.2003 Jun;90 Supp 1:14-80. Epub 2002 Dec 10.
【非特許文献9】Schmahl G, Benini J. Treatment of fish parasites. Effects of different benzimidazole derivatives (albendazole, mebendazole, fenbendazole) on Glugea anomala, Moniez, 1887 (Microsporidia): ultrastructural aspects and efficacy studies. Parasitol Res.1998;84(1):41-9.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
しかしながら、フマギリンは動物に対する安全性が低いため、人体薬及び畜産薬として認可されていない。ベンゾイミダゾール誘導体についても、トゲウオのグルゲア病に対する薬剤感作後の顕微鏡下における原虫の形態の変化が確認されているのみである。さらに、Glugea anomalaは主に魚の体表にシストを作るため、薬浴により薬の作用を受けやすく、筋肉内にシストを作るスズキ目のMicrosporidium属とは明らかに異なる病態の微胞子虫である。このため養殖事業にとって生産性の観点から、最も重要であるスズキ目のMicrospodium属感染に対する防除効果の情報については、皆無であると言って過言ではない。
【0017】
本発明はかかる事情に鑑みてなされたもので、魚介類の筋肉又は臓器への微胞子虫の感染を予防し、かつ/又は魚介類の筋肉又は臓器中での微胞子虫の増殖を抑制し、かつ/又は魚介類の体内から微胞子虫を駆除する効果が高く、安全性にも優れた魚介類の微胞子虫の防除用組成物及びそれを用いた魚介類の微胞子虫の防除し、産業上有効活用できる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
前記目的に沿う本発明の第1の態様は、スズキ目(Perciformes)又はカレイ目(Pleuronectiformes)に属する魚介類の筋肉又は臓器へのMicrosporidium属に属する微胞子虫の感染を予防し、かつ/又はスズキ目又はカレイ目に属する魚介類の筋肉又は臓器中でのMicrosporidium属に属する微胞子虫の増殖を抑制し、かつ/又はスズキ目又はカレイ目に属する魚介類の体内からMicrosporidium属に属する微胞子虫を駆除するための魚介類の微胞子虫の防除用組成物であって、下記の式(1)から(10)で表される化合物及びその薬学的に許容される塩からなる群より選択される1又は複数を有効成分として含む魚介類の微胞子虫の防除用組成物(薬浴剤を除く。)を提供することにより上記課題を解決するものである。
【0019】
【化3】
【0021】
本発明の第2の態様は、スズキ目(Perciformes)又はカレイ目(Pleuronectiformes)に属する魚介類の筋肉又は臓器へのMicrosporidium属に属する微胞子虫の感染を予防し、かつ/又はスズキ目又はカレイ目に属する魚介類の筋肉又は臓器中でのMicrosporidium属に属する微胞子虫の増殖を抑制し、かつ/又はスズキ目又はカレイ目に属する魚介類の体内からMicrosporidium属に属する微胞子虫を駆除する方法であって、上記の式(1)から(10)で表される化合物及びその薬学的に許容される塩からなる群より選択される1又は複数を有効成分として含む組成物をスズキ目又はカレイ目に属する魚介類に投与する工程を含む魚介類の微胞子虫の防除方法を提供することにより上記課題を解決するものである。
【0025】
本発明の第1の態様に係る魚介類の微胞子虫の防除用組成物及び本発明の第2の態様に係る魚介類の微胞子虫の防除方法において、前記スズキ目又はカレイ目に属する魚介類が、スズキ目サバ科(Scombridae)マグロ属(Thunnus)、スズキ目アジ科(Carangidae)ブリ属(Seriola)、スズキ目タイ科(Sparidae)マダイ属(Chrysophrys)、カレイ目ヒラメ科(Paralichthyidae)ヒラメ属(Paralichthys)又はカレイ目カレイ科(Pleuronectidae)マツカワ属(Verasper)に属する魚類であってもよい。
【0027】
本発明の第1の態様に係る魚介類の微胞子虫の防除用組成物及び本発明の第2の態様に係る魚介類の微胞子虫の防除方法において、前記Microsporidium属に属する微胞子虫が、Microsporidium seriolaeであってもよい。
【0028】
本発明の第1の態様に係る魚介類の微胞子虫の防除用組成物において、前記組成物は、例えば、経口投与剤、養魚用飼料及び注射剤のいずれかであってもよい。
【0029】
なお、本発明において、「微胞子虫の防除」とは、微胞子虫の感染の予防、魚介類の体内に侵入(感染)した微胞子虫の増殖の防止、駆除その他の、魚介類の筋肉又は臓器への微胞子虫の侵入の防止及び個体数の管理(駆除や殺滅も含む)を行うことをいう。
【0030】
本発明の第2の態様に係る魚介類の微胞子虫の防除方法において、前記スズキ目又はカレイ目に属する魚介類への投与が、経口投与であってもよく、この場合において、経口剤である本発明の第1の態様に係る魚介類の微胞子虫の防除用組成物を、その有効成分の用量が0.1mg/kg以上100mg/kg以下となるよう、単回或いは1日以上180日以下の間隔で複数回経口投与することによりスズキ目又はカレイ目に属する魚介類のMicrosporidium属に属する微胞子虫感染を予防するものであってもよく、経口剤である本発明の第1の態様に係る魚介類の微胞子虫の防除用組成物を、その有効成分の用量が20mg/kg以上400mg/kg以下となるよう、単回或いは6時間以上180日以下の間隔で複数回経口投与することによりスズキ目又はカレイ目に属する魚介類のMicrosporidium属に属する微胞子虫を駆除するものであってもよい。
【0031】
本発明の第2の態様に係る魚介類の微胞子虫の防除方法において、経口剤である本発明の第1の態様に係る魚介類の微胞子虫の防除用組成物を、その有効成分の用量が20mg/kg以上400mg/kg以下となるよう、3日以上180日以下の間隔で複数回経口投与することによりスズキ目又はカレイ目に属する魚介類のMicrosporidium属に属する微胞子虫の駆除及び再感染の予防を行うものであってもよい。この場合において、5日以上21日以下の間隔で経口投与してもよく、前記複数回の経口投与を1サイクルとし、前記サイクルを、3日以上180日以下の間隔で反復してもよい。
【0032】
本発明の第2の態様に係る魚介類の微胞子虫の防除方法において、前記スズキ目又はカレイ目に属する魚介類への投与が、筋肉内注射又は腹腔内注射であってもよい。
【0033】
本発明の第2の態様に係る魚介類の微胞子虫の防除方法において、前記スズキ目又はカレイ目に属する魚介類への投与が、薬浴中での浸漬投与であってもよく、この場合において、上記の式(1)から(10)で表される化合物及びその薬学的に許容される塩からなる群より選択される1又は複数を有効成分として1から1000ppmとなる量だけ含有している薬浴液中で、スズキ目又はカレイ目に属する魚介類への浸漬投与を行ってもよい。
【発明の効果】
【0034】
本発明によると、魚介類の筋肉又は臓器への微胞子虫の感染を予防し、かつ/又は魚介類の筋肉又は臓器中での微胞子虫の増殖を抑制し、かつ/又は魚介類の体内から微胞子虫を駆除する効果が高く、安全性にも優れた魚介類の微胞子虫の防除用組成物及びそれを用いた魚介類の微胞子虫の防除方法が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0035】
続いて、本発明を具体化した実施の形態につき説明し、本発明の理解に供する。
【0036】
[第1の実施の形態]
本発明の第1の実施の形態に係る魚介類の微胞子虫の防除用組成物(以下、「魚介類の微胞子虫の防除用組成物」又は単に「組成物」と略称する場合がある。)は、下記の一般式(I)で表され、魚介類の筋肉又は臓器への微胞子虫の感染を予防し、かつ/又は魚介類の筋肉又は臓器中での微胞子虫の増殖を抑制し、かつ/又は魚介類の体内から微胞子虫を駆除する活性を有する化合物、その薬学的に許容される塩及び魚介類の体内での代謝により下記の一般式(I)で表される化合物を生成する化合物(プロドラッグ)からなる群より選択される1又は複数を有効成分として含んでいる。
【0037】
【化4】
【0038】
なお、上記一般式(I)において、
は、アミノ基、式−NH−COORで表される官能基、式−N=CHRで表される官能基、式−N=CR10(R11)で表される官能基、2−チアゾリル基、メチルスルファニル基、チオアルキル基からなる群より選択される官能基であり、
、R、Rは、それぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、ニトロ基、スルホン酸基、カルボキシル基、シアノ基、アシル基、アルキル基、シクロアルキル基、アルコキシル基、アリール基、ヘテロアリール基、アリールオキシ基、ヘテロアリールオキシ基、置換アシル基、置換アルキル基、置換シクロアルキル基、置換アルコキシル基、置換アリール基、置換ヘテロアリール基、置換アリールオキシ基、置換ヘテロアリールオキシ基からなる群より選択される原子又は官能基であり、
は、アミノ基、式−NH−COOR12で表される官能基、アルコキシル基、チオアルキル基、アルキルスルホキシド基、アリールスルホキシド基、アシル基、置換アルコキシル基、置換チオアルキル基、置換アルキルスルホキシド基、置換アリールスルホキシド基、置換アシル基、ハロゲン基からなる群より選択される原子又は官能基であり、
、R、R10、R11、R12は、それぞれ独立して、アルキル基、シクロアルキル基、アルコキシル基、アリール基、ヘテロアリール基、置換アシル基、置換アルキル基、置換シクロアルキル基、置換アルコキシル基、置換アリール基、置換ヘテロアリール基からなる群より選択される原子又は官能基である。
【0039】
ベンズイミダゾールは、上記一般式(I)に示したように、ベンゼンとイミダゾールの複合環(ベンズイミダゾール環)からなる化合物であり、この骨格が線虫や微胞子虫の細胞中のチューブリンに強く結合することにより、細胞内の微小管の重合作用を阻害することにより駆虫作用を及ぼすと考えられている。また側鎖の官能基の違いにより抗菌活性の違いが認められている(参考文献:E.Lacey. Mode of action of benzimidazoles. Parasitology Today 1990,6,p112-115.)。
【0040】
防除用組成物の有効成分としては、ベンズイミダゾール誘導体、置換基として、アミノ基等の塩基性官能基やカルボン酸基やスルホン酸基等の酸性官能基を含むベンズイミダゾール誘導体については、それらの薬学的に許容される塩、魚介類の体内での代謝によりベンズイミダゾール誘導体又はそれらの薬学的に許容される塩を生成する化合物(必ずしもベンズイミダゾール環を含んでいなくてもよい。)が挙げられる。有効成分は、これらのうち1種であってもよく、任意の2種以上を任意の割合で含む混合物であってもよい。
【0041】
薬学的に許容される塩の具体例としては、ナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩、マグネシウム塩、カルシウム塩等のアルカリ土類金属塩、アンモニウム塩、酢酸塩、プロピオン酸塩、酪酸塩、乳酸塩、酒石酸塩、クエン酸塩、コハク酸塩、フマル酸塩、マレイン酸塩等の有機酸塩、塩酸塩、硝酸塩、硫酸塩、硫酸水素塩、炭酸塩、炭酸水素塩等の無機酸塩が挙げられる。
【0042】
上記一般式(I)で表される化合物、その薬学的に許容される塩及び上記一般式(I)で表される化合物を生成する化合物のプロドラッグの好ましい例としては、下記の式(1)から(10)で表される化合物が挙げられる。
【0043】
【化5】
【0044】
これらのうち、特に好ましいのは、式(1)で表されるフェンベンダゾール、式(3)で表されるアルベンダゾール、式(6)で表されるフルベンダゾール、式(10)で表されるトリクラベンダゾールである。
【0045】
対象となる魚介類は特に制限されないが、例えば、スズキ目(Perciformes)又はカレイ目(Pleuronectiformes)に属する魚類であり、特に、スズキ目サバ科(Scombridae)マグロ属(Thunnus)に属する、クロマグロ、ミナミマグロ、メバチ、キハダ等、スズキ目アジ科(Carangidae)ブリ属(Seriola)に属するブリ、カンパチ、ヒラマサ、スズキ目タイ科(Sparidae)マダイ属(Chrysophrys)に属するマダイ、アオボシマダイ、カレイ目ヒラメ科(Paralichthyidae)ヒラメ属(Paralichthys)に属するヒラメ、カレイ目カレイ科(Pleuronectidae)マツカワ属(Verasper)に属するホシガレイが挙げられる。
【0046】
対象となる微胞子虫は特に制限されないが、例えば、Microsporidium属に属するものであり、特に、ブリのベコ病の原因病原体であるMicrosporidium seriolaeが挙げられる。
【0047】
魚介類の微胞子虫の防除用組成物は、魚介類への投与に適した任意の形態をとるものであってよいが、具体例としては、経口剤、注射剤、薬浴剤が挙げられる。これらの組成物は、薬学的に許容される任意の担体、溶媒、賦形剤その他の添加剤を含んでいてもよい。
【0048】
[第2の実施の形態]
本発明の第2の実施の形態に係る魚介類の微胞子虫の防除方法(以下、「魚介類の微胞子虫の防除方法」又は単に「防除方法」と略称する場合がある。)は、前記一般式(I)で表され、魚介類の筋肉又は臓器への微胞子虫の感染を予防し、かつ/又は魚介類の筋肉又は臓器中での微胞子虫の増殖を抑制し、かつ/又は魚介類の体内から微胞子虫を駆除する活性を有する化合物、その薬学的に許容される塩及び魚介類の体内での代謝により前記一般式(I)で表される化合物を生成する化合物からなる群より選択される1又は複数を魚介類に投与する工程を含んでいる。なお、本発明の第1の実施の形態に係る魚介類の微胞子虫の防除用組成物の説明と重複する事項については、説明を省略する。
【0049】
魚介類の微胞子虫の防除方法において用いることができる魚介類の微胞子虫の防除用組成物の魚介類への投与方法は、魚介類に適用できるものである限り、任意の投与方法を特に制限なく用いることができる。投与方法の具体例としては、経口投与、注射(筋肉注射、腹腔内注射)、薬浴への浸漬投与等が挙げられる。
【0050】
経口投与の場合、経口投与に適した任意の形態での投与が可能であるが、給餌の際に飼料に含有させる形で飼料と共に摂取させることが簡便で好ましい。投与量、投与間隔及び投与期間については、対象となる魚介類、防除対象となる微胞子虫の種類、投与目的(例えば、予防(感染防止)、駆除等)により適宜調節されるが、例えば、微胞子虫の予防の場合、その有効成分の用量が0.1mg/kg以上100mg/kg以下となるよう、単回或いは1日以上180日以下の間隔で、魚介類の微胞子虫の防除用組成物を複数回経口投与する。このような用量及び間隔で魚介類の微胞子虫の防除用組成物の投与を行うことにより、投与終了後、少なくとも4週間程度にわたり、微胞子虫の感染の予防効果が持続する。
【0051】
微胞子虫の駆除の場合、その有効成分の用量が20mg/kg以上400mg/kg以下となるよう、単回或いは6時間以上180日以下の間隔で複数回経口投与する。複数回投与する場合、各回毎の用量を変化させてもよく、投与間隔も一定でなくてもよい。
【0052】
微胞子虫の駆除及び再感染予防の場合、その有効成分の用量が20mg/kg以上400mg/kg以下となるよう、3日以上180日以下、より好ましくは5日以上21日以下の間隔で、魚介類の微胞子虫の防除用組成物を複数回経口投与してもよい。このような用量及び間隔で魚介類の微胞子虫の防除用組成物の投与を行う場合、1回あたりの魚介類の微胞子虫の防除用組成物は多くなるが、各回毎の投与の間に、魚介類が微胞子虫に対する免疫を獲得し、微胞子虫の再感染予防効果が長期間にわたり持続することが期待されると共に、魚介類の微胞子虫の防除用組成物の合計投与量を低減させることができる。この場合において、上記の複数回の経口投与を1サイクルとし、この投与サイクルを、3日以上180日以内の間隔で反復してもよい。
【0053】
薬浴への浸漬投与の場合、薬浴液中の有効成分の濃度は、例えば0.1から1000ppmである。最も好ましい濃度、時間は10mg/kg、2時間であるが、水温により効果および毒性が異なるため、魚の状態を観察しながら、調整することが必要である。投与は単回でもよく複数回でもよい。薬液浴中の有効成分の濃度、1回毎の浸漬時間、投与間隔は、対象となる魚類の薬物代謝状況に応じて適宜調整される。なお、投与間隔は、経口投与の場合と同様、一定であってもよく、各回毎に変化させてもよい。
【0054】
筋肉および腹腔内注射の場合、注射液中の有効成分の濃度は、例えば1mgから300mg/kgである。投与は単回でもよく複数回でもよい。最も好ましい濃度は10〜100mg/kgであり、有効成分の濃度、投与間隔は、経口投与の場合と同様、一定であってもよく、各回毎に変化させてもよい。また、長期間持続的に血中濃度を維持させるため、カカオ油やアジュバント剤等と併用することが望ましい。
【実施例】
【0055】
次に、本発明の作用効果を確認するために行った実施例について説明する。
実施例1:ベコ病予防試験
1−1.フェンベンダゾールを用いたモジャコのベコ病予防試験
予防試験は、下記の手順で行った。
・試験筏 5m×5m×5m
・試験尾数 1000尾(開始体重12g)
・投与方法 経口投与(展着剤とともに給餌)
・試験期間 6週間
・使用薬剤 フェンベンダゾール(上記式(1)で表される化合物)
・投与量 20mg/kg Bw(魚体重1kgあたり20mg)
・投与間隔 6回/週
【0056】
サンプリング検査は、下記の手順で行った。
投与開始後6週間目に、各試験区(対照区(給餌した飼料がフェンベンダゾールを含まない点を除き、上記の試験条件と同一の条件下で試験を行った。)、フェンベンダゾール区)よりモジャコ10尾ずつを取り上げ、3枚におろし、片身に微胞子虫のシスト(ベコシスト)が認められるかについて目視で検査した。ベコシストが認められた場合陽性と判定し集計した。肉眼で確認できたベコシストについて、数を確認し、1尾当たりの平均感染数を求めた。
【0057】
検査結果を表1に示す。
【0058】
【表1】
【0059】
感染数に関しては、対照区における陽性数が10尾中8尾であるのに対し、フェンベンダゾール区における陽性数は10尾中6尾であり、有意な差は認められなかった。一方、1尾当たりのベコシストの平均数は、対照区については、8.0±5.20個であるのに対し、フェンベンダゾール区では、3.5±3.83個であり、危険率5%以内で有意な差が認められた。
【0060】
1−2.フルベンダゾールを用いたモジャコのベコ病予防試験
予防試験は、下記の手順で行った。
・試験筏 5m×5m×5m
・試験尾数 1000尾(開始体重12g)
・投与方法 経口投与(展着剤とともに給餌)
・試験期間 4週間
・使用薬剤 フルベンダゾール(上記式(6)で表される化合物)
・投与量 20mg/kg Bw(魚体重1kgあたり20mg)
・投与間隔 6回/週
・サンプリング検査手順:上記1−1.と同様
【0061】
検査結果を表2に示す。
【0062】
【表2】
【0063】
感染数に関しては、対照区では10尾中7尾で陽性が認められた一方で、フルベンダゾール区では10尾中5尾で陽性が認められた。この結果有意な差は認められなかった。一方、ベコシストの1尾当たりの平均は、対照区については、3.9±2.9個であり、フルベンダゾール区では、1.0±1.1個であった。この結果、対照区とフルベンダゾール区との間で、危険率5%以内で有意な差が認められた。
【0064】
1−3.アルベンダゾールを用いた予防試験(1)
予防試験は、下記の手順で行った。
・試験筏 5m×5m×5m
・試験尾数 1000尾(開始体重7g)
・投与方法 経口投与(展着剤とともに給餌)
・試験期間 2月間
・使用薬剤 アルベンダゾール(上記の式(3)で表される化合物)
・投与量 20mg/kg Bw(魚体重1kgあたり20mg)
・投与間隔 6回/週
【0065】
サンプリング検査は、下記の手順で行った。
投与開始から2週間毎に、各試験区よりモジャコを20尾(投与開始後8週目には100尾)ずつ取り上げ、3枚におろし、片身に微胞子虫のシスト(ベコシスト)が認められるかについて目視で検査する。ベコシストが認められた場合陽性と判定し集計する。肉眼で確認できたベコシストについて、数を確認し、1尾当たりの平均感染数を求める。
【0066】
検査結果を表3に示す。
【0067】
【表3】
【0068】
感染数に関しては、対照区において160尾中38尾の陽性が認められたのに対し、アルベンダゾール区は実施尾数160尾に対して1尾も陽性が認められなかった。この結果、今回の試験では養殖魚にベコ病の発生が0という驚くべき高い予防効果が認められた。
【0069】
検査に供したモジャコの体重の推移を表4に示す。
【0070】
【表4】
【0071】
今回の試験の結果からは、アルベンダゾール区において、対照区と比較して有意な体重の増加が認められた。これは、ベコ病を発症しなかったため、ストレスを受けることなく、順調に成長したためと思われる。また、投与期間中のアルベンダゾール区において、対照区に対する斃死数の増加及び摂餌量の低下のいずれも認められなかった。また、この結果は、アルベンダゾールがモジャコの生育に有害な影響をもたらさないことを示唆している。
【0072】
1−4.アルベンダゾールを用いた予防試験(2)
アルベンダゾールの投与量を5、10mg/kg Bwに減少させた以外は、上記1−3.と同様の手順により、アルベンダゾールの投与及びサンプリング検査を行った。10mg/kg投与区では、投与開始後8週目のモジャコ100尾中、ベコシストの発生が確認された(陽性の)個体数は0であった。アルベンダゾールの投与量を5mg/kg Bwに減少させた場合、投与開始後8週目のモジャコ100尾中、3尾についてベコシストの発生が確認された。アルベンダゾールの投与量が5mg/kg Bwの場合、ベコシストの発生を完全に抑制することはできないが、対照区と比較して、ベコシストの発生は有意に抑制されている。
【0073】
1−5.アルベンダゾールを用いた予防試験(3)
上記1−3.と同様の手順により、16週間にわたりアルベンダゾールの投与を継続すると共に、投与開始後2週目、4週目、6週目、8週目、12週目及び16週目にサンプリング検査を行った。アルベンダゾールの投与の終了から4週間後(投与開始から20週目)にも、同様の手順によりサンプリング検査を実施した。
【0074】
サンプリング検査の結果を表5に、16週間の全投与期間を通した感染率の集計結果を表6に、それぞれ示す。
【0075】
【表5】
【0076】
【表6】
【0077】
アルベンダゾール区では、アルベンダゾールの投与期間中、サンプリングしたすべての魚でベコシストが認められなかった。この結果、アルベンダゾールの投与を継続すれば、ベコ病をほぼ完璧に予防できることが示唆された。投与を終了して4週目にサンプリング検査したモジャコでも、ベコシストの発生は認められなかった。この結果より、投与を終了しても、少なくとも4週間は、アルベンダゾールによる微胞子虫の感染予防効果が持続することが確認された。
【0078】
1−6.アルベンダゾールを用いた予防試験(4)
アルベンダゾールの1回あたりの投与量及び投与間隔の異なる2通りの投与方法を用いて予防試験を行った。予防試験は、下記の手順で行った。
・試験筏 5m×5m×5m
・試験尾数 1000尾(開始体重7g)
・投与方法 経口投与(展着剤とともに給餌)
・試験期間 6月間
・使用薬剤 アルベンダゾール(上記の式(3)で表される化合物)
・投与量 試験区1:20mg/kg Bw(魚体重1kgあたり20mg)
試験区2:40mg/kg Bw(魚体重1kgあたり40mg)
・投与間隔 試験区1:6回/週(16週間にわたり投与)
試験区2:2回/2週(16週間にわたり投与)
【0079】
サンプリング検査は、上記1−5.と同様の手順にしたがって行った。サンプリング検査の結果を下記の表7に示す。
【0080】
【表7】
【0081】
アルベンダゾールの1回あたりの投与量及び投与間隔が、上記の1−1.と同様の試験区1では、アルベンダゾールの投与終了後8週間経過時までベコ病の感染の予防効果が持続せず、ベコシストの発生が確認されたが、試験区2では、アルベンダゾールの投与終了後8週間経過時(投与開始から24週目)においても、ベコシストの発生が大幅に抑制されていることが確認された。試験区2において確認されたベコシストは古く硬結したものであり、アルベンダゾールの投与後に新たに発生したものではないと考えられる。これらの結果より、試験区2において、試験区1と異なる投与方法でアルベンダゾールの投与を行うことにより、ベコ病の再感染に対する抵抗性が獲得されたことが示唆された。
【0082】
1−7.アルベンダゾールを用いた予防試験(5)
モジャコの代わりにカンパチを用い、アルベンダゾールの投与によるベコ病の予防試験を行った。予防試験は、下記の手順で行った。
・試験筏 5m×5m×5m
・試験尾数 1000尾(開始体重50g)
・投与方法 経口投与(展着剤とともに給餌)
・試験期間 8週間
・使用薬剤 アルベンダゾール(上記の式(3)で表される化合物)
・投与量 40mg/kg Bw(魚体重1kgあたり40mg)
・投与間隔 6回/週
・サンプリング検査手順:上記1−1.と同様
【0083】
サンプリング検査の結果を下記の表8に示す。
【0084】
【表8】
【0085】
カンパチについても、アルベンダゾールの投与がベコシストの発生を有意に抑制することが確認された。
【0086】
1−8.アルベンダゾールを用いた予防試験(6)
トリクラベンダゾールを用いてカンパチのベコ病の予防試験を行った。予防試験は、下記の手順で行った。
・試験筏 5m×5m×5m
・試験尾数 1000尾(開始体重50g)
・投与方法 経口投与(展着剤とともに給餌)
・試験期間 8週間
・使用薬剤 トリクラベンダゾール(上記の式(10)で表される化合物)
・投与量 40mg/kg Bw(魚体重1kgあたり40mg)
・投与間隔 6回/週
・サンプリング検査手順:上記1−1.と同様
【0087】
サンプリング検査の結果を下記の表9に示す。
【0088】
【表9】
【0089】
トリクラベンダゾールの投与がベコシストの発生を有意に抑制することが確認された。
【0090】
1−9.アルベンダゾールを用いた予防試験(7)
ヒト、動物の一部の微胞子虫には、ベンズイミダゾール系の薬剤が効果を示すものがあり、これらの微胞子虫に対し、ベンズイミダゾール系の薬剤が第一選択薬として使用されている。作用機序としては、β−チューブリンのコドン198番目のグルタミン酸(E)に作用して、タンパク質生成を阻害する。ベンズイミダゾールの効果がない微胞子虫は198番目がグルタミン酸以外である。したがって、理論的には、魚介類の病原体である微胞子虫のβ−チューブリン遺伝子が、ベンズイミダゾール系の薬剤に感受性を示す微胞子虫のβ−チューブリン遺伝子と高い相同性を示すもの、さらには、コドン198番目がグルタミン酸であるものに対しては、ベンズイミダゾール系薬剤が、微胞子虫の防除用薬剤として可能性が高いと推測できる。そこで、種々の魚介類に対し感染性を示す微胞子虫からβ−チューブリン遺伝子を単離し、PCRによる増幅、シークエンシング及びアミノ酸配列の確認を行った。結果を下記の表10に示す。ヒト及びウサギ由来の微胞子虫のβ−チューブリンのアミノ酸配列は、Franzen C, Salzberger B Analysis of the beta-tubulin gene from Vittaforma corneae suggests benzimidazole resistance.Antimicrob Agents Chemother. 2008 Feb;52(2):790-3から引用した。
【0091】
【表10】
【0092】
ベンズイミダゾール系薬剤に対する感受性が認められるウサギ由来微胞子虫のβ−チューブリンのアミノ酸配列と、ブリ、カンパチ、クロマグロ、マダイ及びホシガレイ由来のβ−チューブリンのアミノ酸配列との相同性は非常に高かった。さらに、これらの魚類に由来する微胞子虫のβ−チューブリン遺伝子コドン198は、すべてグルタミン酸(E)であった。上記試験結果よりこのため、マダイ由来、ホシガレイ由来、クロマグロ由来の微胞子中はベンズイミダゾールに感受性がある可能性が示唆された。
【0093】
実施例2:治療試験
2−1.アルベンダゾールを用いたベコ病感染モジャコの治療試験
治療試験は、下記の手順で行った。
・試験筏 5m×5m×5m
・試験尾数 100尾(ワクチン接種時の目視検査で明らかにベコ病に感染したことが認められた魚を選別して試験を実施)
・投与方法 経口投与(展着剤とともに給餌)
・試験期間 2月間
・使用薬剤 アルベンダゾール(上記の式(3)で表される化合物)
・投与量 50mg/kg Bw(魚体重1kgあたり50mg)
・投与間隔 6回/週
【0094】
検査方法
ワクチン接種時の目視検査で、体表に凹凸が認められ、確実にベコが感染していることが認められるモジャコを選別して、無作為に対照区および試験区に分けた。投与開始後0日目、10日目、21日目に取り上げて、モジャコを3枚におろし、片身にベコシストが認められるかについて検査し、ベコ病シストが肉眼で認められた場合、陽性として集計した。
【0095】
治療試験結果
結果を表11に示す。
【0096】
【表11】
【0097】
1)ベコ病シスト感染割合について
外観からベコ病シストが認められたものを選別し、投薬試験を実施した後、ベコシストが認められた陽性数の集計結果を以下に示す。投薬10日目までは、感染割合に差が認められなかったが、21日間の投薬終了後の結果では、試験区において、63尾中28尾(44.4%)が陽性であったのに対して、対照区において、82尾中54尾(65.85%)であった。この結果危険率1%未満で有意な差が認められた。
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]