(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6346257
(24)【登録日】2018年6月1日
(45)【発行日】2018年6月20日
(54)【発明の名称】精製菜種油の製造方法、当該製造方法から得られる精製菜種油、当該精製菜種油を含む酸性乳化食品、及び菜種油中のアルデヒド類を低減させる方法
(51)【国際特許分類】
C11B 1/16 20060101AFI20180611BHJP
A23D 9/00 20060101ALI20180611BHJP
A23D 9/02 20060101ALI20180611BHJP
A23L 27/60 20160101ALN20180611BHJP
【FI】
C11B1/16
A23D9/00 506
A23D9/02
!A23L27/60 A
【請求項の数】4
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2016-245881(P2016-245881)
(22)【出願日】2016年12月19日
(62)【分割の表示】特願2013-92773(P2013-92773)の分割
【原出願日】2013年4月25日
(65)【公開番号】特開2017-88890(P2017-88890A)
(43)【公開日】2017年5月25日
【審査請求日】2017年1月12日
(31)【優先権主張番号】特願2012-120848(P2012-120848)
(32)【優先日】2012年5月28日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000227009
【氏名又は名称】日清オイリオグループ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【弁理士】
【氏名又は名称】正林 真之
(72)【発明者】
【氏名】亀谷 剛
(72)【発明者】
【氏名】野口 修
(72)【発明者】
【氏名】原田 洋二
(72)【発明者】
【氏名】吉村 和馬
【審査官】
井上 恵理
(56)【参考文献】
【文献】
特開2011−072192(JP,A)
【文献】
特開2007−014263(JP,A)
【文献】
中国特許出願公開第102311872(CN,A)
【文献】
特開2011−147436(JP,A)
【文献】
特開2010−227039(JP,A)
【文献】
特開2009−095313(JP,A)
【文献】
CMOLIK, J. et al.,Geometrical isomerization of polyunsaturated fatty acids in physically refined rapeseed oil during plant-scale deodorization,eur. J. Lipid Sci. Technol.,(2007), 109,656-662
【文献】
HENON, G. et al.,Rapeseed oil deodorization study using the responsse surface methodology,Eur. J. Lipid Sci. Technol,(2001), 103(7),467-477
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C11B 1/16
A23D 9/00
A23D 9/02
A23L 27/60
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
FSTA(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
脱ガム工程、脱酸工程、及び脱色工程を経た菜種油を脱臭する脱臭工程を含む精製菜種油の製造方法であって、
前記脱臭工程は、205〜225℃の温度条件にて、300〜800Paの真空度で、53〜100分間、菜種油と水蒸気とを接触させる接触工程を含み、
前記脱臭工程の温度条件の上限が225℃を超えず、
前記水蒸気の量が、前記菜種油に対して2.5〜5.0質量%である、
食品100g当たりのトランス脂肪酸の含有量が0.3g未満を満たすための精製菜種油の製造方法。
【請求項2】
前記脱臭工程が、トレイ式脱臭装置で行われる、請求項1に記載の精製菜種油の製造方法。
【請求項3】
前記接触工程後に得られた精製菜種油中のα−トコフェロールの含有量が172ppm以上である、請求項1又は2に記載の精製菜種油の製造方法。
【請求項4】
前記接触工程後に得られた精製菜種油が酸性乳化食品の材料である、請求項1から3のいずれかに記載の精製菜種油の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、精製菜種油の製造方法、当該製造方法から得られる精製菜種油、当該精製菜種油を含む酸性乳化食品、及び菜種油中のアルデヒド類を低減させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、消費者の健康志向に伴い、特定の栄養成分の機能の表示がされた栄養機能食品への関心が高まっている。
【0003】
食品を栄養機能食品として販売するには、栄養機能食品の規格基準を満たしている必要がある。当該規格基準の例として、栄養成分がα−トコフェロール(ビタミンE)である場合、1日当たりの摂取目安量に含まれる栄養成分量の下限値は2.4mgである。国民栄養調査(1995年)に基づく推定によると、日本人は油脂を1日当たり平均14g摂取している。そのため、この摂取量を油脂の摂取目安量とすると、油脂を栄養機能食品として販売するには、栄養成分がα−トコフェロールである場合、油脂中にα−トコフェロールが172ppm以上含まれている必要がある。
【0004】
ところで、菜種油等の油脂中のα−トコフェロールの含有量は、油脂の精製工程のうち、脱臭工程の条件によって減少しうることが知られる。脱臭工程とは、油脂を減圧下で加熱して水蒸気蒸留し、油脂中の食用上好ましくないにおい成分や呈味成分を除去する工程である。具体的には、脱臭工程における脱臭温度が高いと、油脂中の揮発成分とともにα−トコフェロールが減少してしまうため、得られる油脂は、α−トコフェロールの含有量が低い油脂となる。
【0005】
従って、栄養機能食品として販売できる油脂は、もともとα−トコフェロール含有量が高い、ひまわり油や紅花油等に限られてきた。しかし、ひまわり油や紅花油は高価であるため、消費者からはより安価な製品が求められる可能性がある。他方、より安価な油脂である菜種油(キャノーラ油とも呼ばれる)は、通常の精製工程を行うと、α−トコフェロールの含有量が172ppm未満となり、栄養機能食品として販売するためには、α−トコフェロールを添加しなければならなかった。
【0006】
他方、心疾患のリスクを高めることが知られるトランス脂肪酸は、油脂の精製工程において、高温条件下で生成するため、脱臭工程における加熱条件を低温にすることで、トランス脂肪酸の含有量が低い油脂を得ることができる。消費者庁のガイドライン上、食品100g当たりのトランス脂肪酸の含有量が0.3g未満である場合は、トランス脂肪酸を含まないことを示す旨の表示が可能であるため、トランス脂肪酸の含有量がより低い油脂が望まれている。
【0007】
しかし、油脂中のα−トコフェロールを高濃度で残存させるため、かつ/又は、油脂中のトランス脂肪酸の含有量を低減するために低温条件下で脱臭工程を行うと、脱臭工程本来の目的であるにおい成分が除去できず、得られる油脂の風味が損なわれうるという問題が発生する。
【0008】
例えば、特許文献1には、グリシドール等を含有するグリセリド組成物を、100〜240℃という低温の温度条件にて脱臭処理等することにより、グリセリド組成物中のグリシドール等を低減する方法が開示されている。しかし、従来は、脱臭工程において、得られる油脂の風味を損なわずに、油脂中のα−トコフェロールの含有量の低減を抑えつつ、トランス脂肪酸の含有量を低減させる方法については検討されていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2011−074358号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、かかる事情に鑑みてなされたものであり、α−トコフェロールの含有量の低減が抑えられ、かつ、トランス脂肪酸の含有量が低減され、風味が良好な精製菜種油の製造方法を提供することを目的とする。また、本発明は、当該製造方法から得られる精製菜種油、及び当該精製菜種油を含む酸性乳化食品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、脱臭工程において、特定の条件下で菜種油と水蒸気とを接触させる接触工程を設けることで、α−トコフェロールの含有量の低減が抑えられ、かつ、トランス脂肪酸の含有量が低減された精製菜種油が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。具体的には、本発明は、以下のようなものを提供する。
【0012】
(1) 菜種油を脱臭する脱臭工程を含む精製菜種油の製造方法であって、
上記脱臭工程は、205〜225℃の温度条件にて、300〜800Paの真空度で、53〜100分間、菜種油と水蒸気とを接触させる接触工程を含むことを特徴とする精製菜種油の製造方法。
【0013】
(2) 上記水蒸気の量が、菜種油に対して1.0〜5.0質量%であることを特徴とする(1)に記載の精製菜種油の製造方法。
【0014】
(3) 上記脱臭工程が、トレイ式脱臭装置で行われることを特徴とする(1)又は(2)に記載の精製菜種油の製造方法。
【0015】
(4) α−トコフェロールの含有量が172ppm以上である、(1)から(3)いずれかに記載の製造方法から得られる精製菜種油。
【0016】
(5) (4)に記載の精製菜種油を含む酸性乳化食品。
【0017】
(6) 205〜225℃の温度条件にて、300〜800Paの真空度で、53〜100分間、菜種油と水蒸気とを接触させることを特徴とする菜種油中のアルデヒド類を低減させる方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、α−トコフェロールの含有量の低減が抑えられ、かつ、トランス脂肪酸の含有量が低減され、風味が良好な精製菜種油の製造方法が提供される。また、本発明によれば、当該製造方法から得られる精製菜種油、当該精製菜種油を含む酸性乳化食品、及び菜種油中のアルデヒド類を低減させる方法が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施形態について具体的に説明する。
【0020】
[脱臭工程]
菜種油は、α−トコフェロールを適度に含むことが知られる。そのため、菜種油は、適切に精製すれば、栄養機能食品として販売するために必要なα−トコフェロール含有量についての基準(油脂製品中のα−トコフェロール含有量が172ppm以上であること)を満たすため、α−トコフェロールを添加することなく栄養機能食品として販売することが可能である。そこで、本発明者らは、菜種油中のα−トコフェロールの含有量を低減させない精製方法の検討を行った。
【0021】
菜種油中のα−トコフェロールの含有量は、菜種油の精製において、脱臭工程を高温条件で行うと低減することが知られる。そのため、菜種油の精製において、脱臭工程は低温条件で行うことが好ましいと言える。他方、脱臭工程を高温条件で行うと、菜種油中のトランス脂肪酸の含有量が増加してしまう。トランス脂肪酸の過剰摂取は、心疾患のリスクが高めることが知られているため、菜種油中のトランス脂肪酸の含有量を低減させることが望ましい。特に、消費者庁のガイドライン上、食品100g当たりのトランス脂肪酸の含有量が0.3g未満である場合は、トランス脂肪酸を含まないことを示す旨の表示が可能であるため、菜種油中のトランス脂肪酸の含有量がこの数値を下回ることが望ましい。
【0022】
そこで、本発明者らが鋭意検討した結果、脱臭工程において、後述の温度条件、減圧条件、及び接触時間を満たす条件下で、菜種油と水蒸気とを接触させる接触工程を設けると、α−トコフェロールの含有量の低減が抑制され、かつ、トランス脂肪酸の含有量が低減され、風味が良好な精製菜種油が得られることを見出した。以下、接触工程における各条件について説明する。
【0023】
(接触工程における温度条件)
本発明における接触工程では、菜種油と水蒸気とを205〜225℃、好ましくは205〜220℃、最も好ましくは210〜220℃の温度条件にて接触させる。温度条件が205℃以上225℃以下であると、脱臭を十分に行うことができ、良好な風味を有する精製菜種油中のトランス脂肪酸の含有量を低減することができる。
【0024】
(接触工程における減圧条件)
本発明における接触工程の減圧条件は、300〜800Paの真空度、好ましくは300〜533Paの真空度、さらに好ましくは300〜470Paの真空度である。真空度が300Pa以上であると、得られる精製菜種油中のα−トコフェロールの含有量の低減を抑制することができる。真空度が300Pa以上800Pa以下であると、脱臭を十分に行うことができ、良好な風味を有する精製菜種油が得られる。
【0025】
なお、本発明における「真空度」は、絶対圧基準で表記される。この値は、絶対真空をゼロとして、理想的な真空の状態(絶対真空)にどの程度接近しているかを示す。
【0026】
(接触工程における接触時間)
本発明における接触工程では、菜種油と水蒸気とを53〜100分間、好ましくは53〜90分間、より好ましくは53〜85分間接触させる。接触時間が53分間以上であると、良好な風味を有する精製菜種油が得られる。接触時間が100分間以下であると、精製菜種油中のα−トコフェロールの含有量の低減を抑制することができる。
【0027】
接触時間は、連続していてもよく、不連続であってもよい。接触時間は、連続していることがエネルギー効率が良い点で好ましい。合計して上記の接触時間であれば、精製菜種油に良好な風味を与えつつ、精製菜種油中のα−トコフェロールの低減を抑制できる。
【0028】
(接触工程における水蒸気の量)
接触工程において菜種油と接触させる水蒸気の量は、菜種油に対して1.0〜5.0質量%、好ましくは1.5〜5.0質量%、より好ましくは2.0〜5.0質量%であってもよい。水蒸気の量が菜種油に対して1.0質量%以上であると、脱臭を十分に行うことができ、良好な風味を有する精製菜種油が得られる。水蒸気の量が菜種油に対して5.0質量%以下であると、精製菜種油中のα−トコフェロールの含有量の低減を抑制することができる。
【0029】
(接触工程以外における脱臭工程の条件)
本発明における脱臭工程において、上記接触工程以外における条件は、通常脱臭工程において使用される条件であってもよく、特に限定されないが、上記温度条件の上限(すなわち、225℃)を超えないこと、及び、上記減圧条件の範囲(すなわち、300〜800Paの真空度)を超えないことが好ましい。
【0030】
上記接触工程の前後で、温度条件を205℃に昇温する場合、又は、205℃から降温する場合、上記温度条件の下限(すなわち、205℃)以下の温度条件下で菜種油を劣化させないために、減圧(例えば、300〜800Paの真空度)することが好ましい。また、上記接触工程の前後で、温度条件を205℃に昇温する場合、又は、205℃から降温する場合、菜種油を水蒸気と接触させてもよく、させなくてもよい。菜種油を水蒸気と接触させる場合、菜種油に対して1.0〜5.0質量%の水蒸気と20〜100分以下接触させてもよい。
【0031】
(脱臭装置)
脱臭工程を実現するための脱臭装置としては、バッチ式、半連続式、連続式等の型が知られる。また、構造に応じて、ガードラー式、キャンプロ式、キャンプロ−ミウラ式等の各種の脱臭装置が知られる。本発明においては、いずれの型の脱臭装置を使用してもよい。
【0032】
ガードラー式脱臭装置は、シェルと呼ばれる、縦型円筒形の真空塔の中に、トレイが設けられているという構造を有する。脱臭装置中には複数のトレイが具備されており、各トレイには通常、水蒸気が吹き込まれる。脱臭装置内に導入された菜種油は、減圧下で加熱され、水蒸気と接触しながら脱臭される。脱臭された菜種油は接触工程後のトレイで冷却され、精製菜種油として回収される。
【0033】
キャンプロ式又はキャンプロ−ミウラ式の脱臭装置には、トレイ内において、並行に向かい合うように立てられた2枚の薄版のセットの集合が備えられている。また、当該薄板の下端には水蒸気吹き込み管が設けられている。薄板の下端を菜種油へ浸し、減圧下で加熱して水蒸気を吹き込むと、菜種油が水蒸気とともに薄板表面に広がって薄膜を形成し、その間に菜種油が脱臭される。キャンプロ式又はキャンプロ−ミウラ式の脱臭装置のいずれのトレイにも通常、水蒸気が吹き込まれる。
【0034】
本発明においては、各種の脱臭装置のうち、ガードラー式、キャンプロ式、キャンプロ−ミウラ式の脱臭装置を、以下、「トレイ式脱臭装置」と呼ぶ。本発明における「トレイ式脱臭装置」には、規則充填材を具備した薄膜式カラムを備える、カラム式の脱臭装置は含まれない。風味が良好な油脂を得られやすいという点で、本発明においてはトレイ式脱臭装置を使用することが好ましい。
【0035】
本発明において使用できるトレイ式脱臭装置のうち、ガードラー式脱臭装置としては、特に限定されないが、真空塔がトレイによって区切られたシングルシェル型の装置、真空塔の中にさらに複数のシェルが組み込まれ、当該複数のシェルそれぞれがトレイの役割を果たしているダブルシェル型の装置、及びシングルシェル型とダブルシェル型とを組み合わせたコンビネーションシェル型の装置等が挙げられる。
【0036】
本発明において使用できるトレイ式脱臭装置のうち、キャンプロ式又はキャンプロ−ミウラ式の脱臭装置としては、特に限定されないが、トレイが横に並んだタイプの装置や、トレイが縦に並んだタイプの装置等が挙げられる。
【0037】
(菜種油)
本発明における脱臭工程に供される菜種油としては、特に限定されないが、精製油を用いてもよく、非精製油を用いてもよい。精製油は、公知の精製方法によって得られたものでよい。公知の精製方法としては、種子に対して圧搾又は/及び溶剤抽出を行うことで採油し(圧搾及び溶剤抽出を行う場合、各採油工程で得られた油脂を混合してもよい)、得られた油脂に対して脱ガム工程、脱酸工程、脱色工程、脱臭工程等を行って精製油を得る方法等が挙げられる。
【0038】
本発明は、α−トコフェロールの含有量の低減が抑えられ、かつ、トランス脂肪酸の含有量が低減された精製菜種油を得ることを目的とする。従って、油脂中のα−トコフェロールの含有量を低減させ、トランス脂肪酸の含有量を増加させる可能性がある脱臭工程を経ていない油脂を用いることが好ましい。脱臭工程を経ていないが、脱色工程を経た菜種油(菜種脱色油)を用いることがより好ましい。採油後、脱ガム工程、脱酸工程、脱色工程を経た菜種脱色油を用いることがさらに好ましい。
【0039】
[本発明の製造方法から得られる精製菜種油]
本発明の製造方法によれば、α−トコフェロールの含有量の低減が抑えられ、かつ、トランス脂肪酸の含有量が低減されて風味が良好な精製菜種油を得ることができる。
【0040】
精製菜種油中のα−トコフェロールの含有量は、日本油化学協会編「基準油脂分析試験法 2.4.10−2003 トコフェロール(蛍光検出器−高速液体クロマトグラフ法)」に準拠して特定する。
【0041】
本発明の製造方法によれば、α−トコフェロールの含有量が、栄養機能食品として販売するために必要なα−トコフェロール含有量についての基準(油脂製品中のα−トコフェロール含有量が172ppm以上であること)を満たす精製菜種油を得ることができる。
【0042】
精製菜種油中のトランス脂肪酸の含有量は、AOCS(American Official Chemists’ Society)オフィシャルメソッド「Ce 1f−96」に準拠して特定する。
【0043】
本発明の製造方法によれば、トランス脂肪酸の含有量が、トランス脂肪酸を含まないことを示す旨の表示が可能である消費者庁のガイドライン上の基準(食品100g当たりのトランス脂肪酸の含有量が0.3g未満であること)を満たす精製菜種油を得ることができる。
【0044】
本発明の製造方法によれば、精製菜種油の刺激臭や、におい成分量を低減できるので、風味が良好な精製菜種油を得ることができる。「刺激臭」とは、油脂中に含まれる低級アルデヒド(アセトアルデヒド、プロピオンアルデヒド、アクロレイン等)や低級カルボン酸(ギ酸等)等の物質に由来するにおいを指す。刺激臭は、精製された油脂を、例えば180℃以上でフライすることで顕著となりうる。また、「におい成分」とは、油脂中に含まれる揮発性成分を指す。当該揮発性成分のうち、特にアルデヒド類(アクロレイン、ヘキサナール、シス−3−ヘキサナール、トランス−2−ヘキサナール、オクタナール、トランス−2−ヘプテナール、ノナナール、トランス−2−オクテナール、トランス,シス−2,4−ヘプタジエナール、トランス,トランス−2,4−ヘプタジエナール、トランス,シス−2,4−デカジエナール、トランス,トランス−2,4−デカジエナール、2−デセナール、2−ウンデセナール等)は、酸化されると刺激臭の原因となりうる。本発明の製造方法によれば、刺激臭やにおい成分(特にアルデヒド類)量が低減された精製菜種油が得られる。精製菜種油の刺激臭はパネラーによる官能評価によって特定される。また、精製菜種油中の刺激臭の原因物質やにおい成分の量はヘッドスペースガスクロマトグラフ質量分析計等で特定される。
【0045】
高い温度条件下で行われる通常の脱臭工程は、油脂中のにおい成分を低減させる工程であるとされる。しかし、本発明によれば、意外にも、脱臭工程を従来よりも低い温度条件下で行うことによって、油脂中のにおい成分量をより低減できる。これは、通常の脱臭工程においては、高温下で副産物等が生成されてしまい、この副産物等が新たなにおいを生んでいた可能性を示す。他方、本発明によれば、このような副産物の生成を抑制できるものと推測される。
【0046】
また、本発明の製造方法から得られる精製菜種油は、風味が良好であるため、酸性乳化食品等の材料として好適に利用できる。酸性乳化食品等の材料として本発明の製造方法から得られる精製菜種油を用いる場合、酸性乳化食品中の油脂の30質量%以上が本発明の製造方法から得られる精製菜種油であることが好ましく、酸性乳化食品中の油脂の50質量%以上が本発明の製造方法から得られる精製菜種油であることがより好ましく、酸性乳化食品中の油脂の70質量%以上が本発明の製造方法から得られる精製菜種油であることが最も好ましい。酸性乳化食品としては、特に限定されないが、マヨネーズ、乳化液状ドレッシング、分離液状ドレッシング等が挙げられる。これらのうち、油脂の含有割合が高く、酢等の他の材料との風味とのバランスが特に良好となる点でマヨネーズが好ましい。さらに、本発明の製造方法から得られる精製菜種油は、加熱時に生じうるにおい成分の量が低減されるため、フライ油、炒め油等の加熱調理油として好適に利用できる。
【実施例】
【0047】
[実施例1〜5、比較例1〜4]
菜種脱色油(日清オイリオグループ株式会社製)を、脱臭装置を使用して、表1記載の条件で脱臭処理し、各実施例及び比較例の精製菜種油を得た。
【0048】
使用した脱臭装置は、下記のうちのいずれかである。ガードラー式脱臭装置1は連続式の脱臭装置であり、トレイが、各トレイ間に設けられた配管を介して全てつながっており、装置内に連続的に油脂が供給される構造を有する。ガードラー式脱臭装置2は、半連続式の脱臭装置であり、各トレイに弁が設けられており、トレイ間の油脂が混ざりにくい構造を有する。
装置1;ガードラー式脱臭装置1
装置2;ガードラー式脱臭装置2
装置3;バッチ式脱臭装置
【0049】
なお、以下の表中、「205℃以上の時間」とは、脱臭装置を通過した菜種油が脱臭装置内で205℃以上の温度条件にさらされた総時間を指す。
以下の表中、「水蒸気吹込量」とは、205℃以上で脱臭装置中の各トレイに吹き込まれた、菜種油に対する水蒸気の総量を示す。
【0050】
[評価]
各実施例及び比較例の精製菜種油について、下記の指標に準拠して評価を行った。
【0051】
(α−トコフェロールの含有量)
日本油化学協会編「基準油脂分析試験法 2.4.10−2003 トコフェロール(蛍光検出器−高速液体クロマトグラフ法)」に準拠して、各実施例及び比較例の精製菜種油中のα−トコフェロールの含有量を測定した。その結果を表1に示す。
【0052】
(トランス脂肪酸の含有量)
AOCS(American Official Chemists’ Society)オフィシャルメソッド「Ce 1f−96」に準拠して、各実施例及び比較例の精製菜種油中の全構成脂肪酸に対するトランス脂肪酸の含有量(表中の「%」は質量%を示す)を測定した。その結果を表1に示す。
【0053】
(風味評価)
各実施例及び比較例の精製菜種油を使用してマヨネーズを作製し、得られたマヨネーズについて官能評価を行い、各実施例及び比較例の精製菜種油の風味を評価した。
【0054】
マヨネーズは、下記の方法で作製した。
フードプロセッサーに卵3個、米酢45g、塩、5g、マスタード2g、砂糖2g、こしょう少々を入れて10秒間撹拌した。次いで、撹拌を続けながら、各実施例又は比較例の精製菜種油360gを少しずつ加えた。精製菜種油を加え終えた後、さらに約3分間撹拌し、マヨネーズを得た。マヨネーズを直接口に含み、風味を評価した。その結果を表1に示す。
【0055】
なお、風味の評価基準は下記の通りである。
○ 酢及び油脂の風味のバランスが良く、後味が残らない
× 酢の風味が強く、後味が残る
【0056】
【表1】
【0057】
表1に示される通り、本発明の製造方法から得られた精製菜種油は、栄養機能食品表示として表示が可能な172ppm以上のα−トコフェロールを含み、かつ、トランス脂肪酸の含有量が低い。さらに、本発明の製造方法から得られた精製菜種油を含むマヨネーズは風味が良好であった。
【0058】
[実施例6及び7、比較例5及び6]
菜種脱色油(日清オイリオグループ株式会社製)を、脱臭装置を使用して、下記の条件で脱臭処理し、各実施例及び比較例の精製菜種油を得た。なお、以下で言及される「装置1」及び「装置2」とは、それぞれ、実施例1〜5、比較例1〜4において使用した「装置1」及び「装置2」と同様の装置である。
実施例6及び7:実施例6においては「装置1」、実施例7においては「装置2」を使用して、220℃、真空度400Pa(3torr)、60分、水蒸気吹込量3.4質量%で菜種脱色油と水蒸気とを接触させた。この工程は本発明における「接触工程」に相当する。
比較例5及び6:比較例5においては「装置1」、比較例6においては「装置2」を使用して、245℃、真空度400Pa(3torr)、60分、水蒸気吹込量3.4質量%で菜種脱色油と水蒸気とを接触させた。
【0059】
[風味の評価]
2点嗜好試験法に基づいて、20名のパネラーに、実施例6及び比較例5の精製菜種油のうち「においが好ましいもの」及び「刺激臭が少ないもの」を選択させた。実施例6及び比較例5の精製菜種油のそれぞれについて、「においが好ましい」と評価したパネラーの人数、及び「刺激臭が少ない」と評価したパネラーの人数を表2に示す。
【0060】
実施例6及び比較例5の精製菜種油に対する評価と同様の評価を、実施例7及び比較例6の精製菜種油についても行った。その結果を表2に示す。
【0061】
【表2】
【0062】
表2に示される通り、本発明の製造方法から得られた精製菜種油は、におい及び刺激臭が低減されており、風味が良好であった。
【0063】
[実施例8、比較例7及び8]
菜種脱色油(日清オイリオグループ株式会社製)を、脱臭装置を使用して、表3記載の条件で脱臭処理し、各実施例及び比較例の精製菜種油を得た。次いで、揚げ鍋に各精製菜種油を800g注ぎ、180℃に昇温することで各精製菜種油をフライ処理した。180℃に達した時点で各精製菜種油を一部採取し、下記の評価に供した。
【0064】
[評価]
(α−トコフェロールの含有量及びトランス脂肪酸の含有量)
採取した各精製菜種油中のα−トコフェロールの含有量、トランス脂肪酸の含有量を、実施例1〜5、比較例1〜4における方法と同様に測定した。その結果を表3に示す。
【0065】
(各精製菜種油中のにおい成分量の分析)
各精製菜種油2gを20mlのバイアル瓶に入れ、180℃の加温下、10分間振とうした後、ヘッドスペースの揮発成分をGC−MSにて分析した。分析条件は下記<GC−MS分析条件>の通りである。におい成分量としては、各精製菜種油中のアルデヒド類(アクロレイン、ヘキサナール、シス−3−ヘキサナール、トランス−2−ヘキサナール、オクタナール、トランス−2−ヘプテナール、ノナナール、トランス−2−オクテナール、トランス,シス−2,4−ヘプタジエナール、トランス,トランス−2,4−ヘプタジエナール、トランス,シス−2,4−デカジエナール、トランス,トランス−2,4−デカジエナール、2−デセナール、2−ウンデセナール)、及び、全におい成分(全揮発性成分)のトータルイオンクロマトグラム(TIC)のAREA値を算出し、実施例8のAREA値を「1」とした場合の、相対値を算出した。その結果を表3中に示す。
<GC−MS分析条件>
GC−MS装置:GC−MSDシステム(アジレントテクノロジー社製)
カラム:DB−WAX(60m×φ0.25mm×0.5μm)
キャリアガス:ヘリウム
カラム温度:35℃(5分間保持)→5℃/分→240℃(10分間保持)
MS検出器:スキャン分析(29−500m/z)
イオン源:230℃
四重極:150℃
エミッション電圧:70eV
【0066】
(においセンサーによる分析)
におい識別センサーシステム FOX4000(アルファ・モス・ジャパン株式会社)を使用して、各精製菜種油のにおい分析を実施した。各精製菜種油について、150℃で5分間加熱し、ヘッドスペースをサンプリングし、FOX4000の18個のセンサーによる分析を行った。当該分析の結果、各精製菜種油について得られた数値の合計を算出し、実施例8の値と比較例7及び8の値とを比較した。得られた結果を、実施例8の結果を「1」とした場合の相対値(数値が高いほど精製菜種油中のにおい成分が多いことを示す)として表3に示す。
【0067】
【表3】
【0068】
表3に示される通り、本発明の製造方法から得られた精製菜種油は、フライ処理をしても栄養機能食品表示として表示が可能な172ppm以上のα−トコフェロールを含み、かつ、トランス脂肪酸の含有量が低い。さらに、本発明の製造方法から得られた精製菜種油は、フライ処理をしても、におい成分の量や、刺激臭の原因となるアルデヒド類の量が低減されており、風味が良好であった。