特許第6347405号(P6347405)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6347405-マルエージング鋼の製造方法 図000008
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6347405
(24)【登録日】2018年6月8日
(45)【発行日】2018年6月27日
(54)【発明の名称】マルエージング鋼の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B22D 27/02 20060101AFI20180618BHJP
   C22B 9/20 20060101ALI20180618BHJP
   B22D 23/00 20060101ALI20180618BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20180618BHJP
   C22C 38/14 20060101ALN20180618BHJP
【FI】
   B22D27/02 B
   C22B9/20
   B22D23/00 C
   !C22C38/00 302N
   !C22C38/14
【請求項の数】1
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2014-120541(P2014-120541)
(22)【出願日】2014年6月11日
(65)【公開番号】特開2016-409(P2016-409A)
(43)【公開日】2016年1月7日
【審査請求日】2017年5月10日
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】日立金属株式会社
(72)【発明者】
【氏名】羽田野 雄一
【審査官】 川崎 良平
(56)【参考文献】
【文献】 特開2004−183097(JP,A)
【文献】 特開2001−064755(JP,A)
【文献】 特開2010−116589(JP,A)
【文献】 特開平05−214458(JP,A)
【文献】 特開平08−073960(JP,A)
【文献】 特開2010−116581(JP,A)
【文献】 特開2007−105768(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22D 27/02
C22B 9/20
C22C 38/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
マルエージング鋼の消耗電極を得る一次溶解工程と、
前記消耗電極を用いて真空アーク再溶解を行って鋼塊を得る再溶解工程と、
を含むマルエージング鋼の製造方法において、
前記再溶解工程中に、鋳型と鋼塊の間に0.9kPa以上1.9kPa未満の圧力でHeガスを導入し、
溶鋼プールの深さを170mm以下とする
ことを特徴とするマルエージング鋼の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マルエージング鋼の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
マルエージング鋼は、2000MPa前後の非常に高い引張強さをもつため、高強度が要求される部材、例えば、ロケット用部品、遠心分離機部品、航空機部品、自動車エンジンの無段変速機用部品、金型、等種々の用途に使用されている。
このマルエージング鋼は、通常、強化元素として、Mo、Ti、を適量含んでおり、時効処理を行うことによって、NiMo、NiTi、FeMo等の金属間化合物を析出させて高強度を得ることのできる鋼である。このMoやTiを含んだマルエージング鋼の代表的な組成としては、質量%で18%Ni−8%Co−5%Mo−0.45%Ti−0.1%Al−bal.Feが挙げられる。
近年、このマルエージング鋼は自動車の無段変速機ベルトに用いられている。無段変速機ベルトには高強度、高疲労強度が求められる。
【0003】
ところで、マルエージング鋼は溶解・凝固時に成分偏析を起こしやすいMoを含有する。成分偏析が大きくなると、無段変速機ベルト内で機械的特性のばらつきのおそれがある。また、疲労強度を劣化させるTiNやTiCN等といった窒化物や炭窒化物の非金属介在物(以下「介在物」という。)を形成するTiを含有する場合がある。
このような成分偏析の防止と介在物微細化の両方を実現する発明として、例えば、特開2001−64755号公報(特許文献1)には、鋼塊頂部の周長に相当する円周を有する相当円の直径をD1、鋼塊底部の周長に相当する円周を有する相当円の直径をD2、鋼塊高さをH、H/2位置における鋼塊の周長に相当する円周を有する相当円の直径をD、H/2位置における鋼塊の長辺長さ及び短辺長さをそれぞれW1,W2とするとき、テーパーTp=(D1−D2)×100/Hが5.0〜25.0%、高径比Rh=H/Dが1.0〜3.0、扁平比B=W1/W2が1.5以下となる鋳型を用いて、C:0.01%以下、Ni:8〜19%、Co:8〜20%、Mo:2〜9%、Ti:0.1〜2%、Al:0.15%以下、N:0.003%以下、O:0.0015%以下を含み残部実質的にFeの化学成分を有する鋼の溶湯を鋳造して、介在物の大きさが30μm以下、Ti成分偏析比及びMo成分偏析比が各々1.3以下とする疲労特性に優れたマルエージング鋼の製造方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2001−64755号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記の特許文献1で提案される方法は、真空アーク再溶解(以下、VAR)を行うことなく、通常の溶解設備で生産性に優れた機械構造用マルエージング鋼を製造するものである。しかしながら、VARを行わないマルエージング鋼では、成分偏析しやすい上、介在物品位に問題があり、自動車の無段変速機ベルトに適用されていないのが現状である。
本発明の目的は、成分偏析をより確実に抑制可能なマルエージング鋼の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上述した課題に鑑みてなされたものである。
即ち本発明は、
マルエージング鋼の消耗電極を得る一次溶解工程と、
前記消耗電極を用いて真空アーク再溶解を行って鋼塊を得る再溶解工程と、
を含むマルエージング鋼の製造方法において、
前記再溶解工程中に、鋳型と鋼塊の間に0.9kPa以上1.9kPa未満の圧力でHeガスを導入し、
溶鋼プールの深さを170mm以下とする
マルエージング鋼の製造方法である。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、成分偏析をより確実に抑制可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】本発明のHeガスを導入するVARの構造の一例を示す模式図である。
図2】本発明のHeガスを導入するVARの電磁撹拌装置の概要の一例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下に本発明を詳しく説明する。
上述したように、本発明ではVARを適用する。そのため、先ず、VAR用の消耗電極を一次溶解として製造する。
マルエージング鋼のような極低C鋼の消耗電極の製造にはVIM(真空誘導溶解)が好適である。VIMを適用すれば、大気中の酸素、窒素と溶鋼との反応による鋼中の酸化物、窒炭化物の増加を避けられる点、酸素と活性な合金元素を安定して溶鋼中に添加するのに有利である点、原料から不可避的に混入する酸素、窒素を除去できる機能を有している点があり、消耗電極の製造に最適であるためである。
【0010】
また、本発明の一次溶解では、Mg酸化物を有するマルエージング鋼の消耗電極を得ることが望ましい。これは、マルエージング鋼がTiを含有する場合、少なからずTi系介在物が形成する。このTi系介在物はMgOを主体とする酸化物を核として晶出しやすいため、Ti系介在物−MgO複合体の形態とすることができるためである。さらに、消耗電極中にTi系介在物が細かく分散した形態で存在させることができる。これにより、一次溶解工程で得られる消耗電極中のTi系介在物を微細分散させることができる。
なお、再溶解用消耗電極中の酸化物をMg酸化物主体にするために、一次真空溶解時のMg添加量を10〜200ppmとするとよい。
また、前記消耗電極を用いてVARを行う際に真空度は可能な限り減圧雰囲気にすることで、再溶解時の溶鋼表面からのMg蒸発を促進させる。
Ti系介在物−MgO複合体の一部を構成するMgO部分が消失することによりTi系介在物が細かく分解し、熱分解が促進してTi系介在物を溶鋼中に完全に溶融させることができる。つまり、Ti系介在物を完全に溶融させることができれば、Ti系介在物のサイズはVARでの凝固中の成長に依存することとなる。そのため、本発明のHeガスの導入効果が十分に発揮できる。
【0011】
次に本発明では、前記消耗電極を用いて真空アーク再溶解を行って鋼塊を得る再溶解工程を行う。なお、前記再溶解工程中に、鋳型と鋼塊の間に0.9kPa以上1.9kPa未満の圧力でHeガスを導入し、溶鋼プールの深さを170mm以下とすることが必要となる。
ところで、VARは水冷された銅製坩堝を用いることにより再溶解後の鋼塊の凝固速度を高め、成分偏析や凝固欠陥を防止することができる。一方で、凝固した鋼塊は収縮して銅製坩堝(鋳型)との間に隙間を生じ、抜熱効果が低下する。抜熱効果が低下すると凝固速度が低下して、成分偏析を抑制する効果も低下してしまう。そこで、本発明では、収縮した鋼塊と銅製坩堝間の隙間にHeガスを充填する。充填したHeガスは熱伝導率がおおよそ0.144W/mKであり、Heガスが熱伝達の媒介となって、鋼塊の抜熱に効果を発揮する。
また、Tiを含有するマルエージング鋼においては、鋼中に形成するTi系介在物は高融点であるため、消耗電極を再溶解する際にも一部が溶け残り、溶鋼プール中に固体として存在する。そして、溶鋼プールが凝固して鋼塊となる際に成長する。もし、冷却速度を高めることができれば、Ti系介在物の成長時間が短くなるため、Ti系介在物の微細化を図ることができる。しかし、従来のVARにおいては消耗電極を溶解する速度を変化させても、同一鋼塊径であれば凝固中の冷却速度を大きく変化させることは困難である。これは、VARでは鋼塊が凝固収縮して鋼塊と水冷銅鋳型の間に隙間が生じた後は伝導伝熱が遮断され、鋼塊と銅製坩堝の間に生じる隙間が減圧雰囲気であるために対流伝熱も起こりにくく、主に輻射伝熱でしか抜熱されないためである。
【0012】
上述のように同一鋼塊径でVARにおいて消耗電極を溶解する速度を変化させても、凝固中の冷却速度を大きく変化させることは困難であるものの、溶解する速度を遅くすることで溶鋼プール深さを浅くすることが可能である。この理由としては、消耗電極からの溶湯供給量が減少、すなわち湯上り速度が減少するためである。湯上り速度が減少すると、凝固する速度の方が大きくなるため溶鋼プール深さが小さくなる。ただ、溶解する速度を遅くすると、消耗電極を溶解する時間が長くなり生産性が悪化する上、電力原単位も悪くなる。ゆえに、消耗電極を溶解する速度は過度に遅くすることは望ましくない。そのため、Heガスを充填させ、溶解する速度を変えずに溶鋼プール深さを浅くすることは生産性向上において、非常に有利な方法である。
なお、VARにおいて溶鋼プール深さを浅くすることは、成分偏析の抑制に有効である。液相線と固相線を通過するまでの時間が長い場合、凝固するまでの時間が長くなるため成分偏析が発生しやすくなる。溶鋼プール深さが浅くなると、液相線と固相線を通過する時間が短くなるため、成分偏析の抑制が効果的に行える。特に、VARにおける鋼塊最頂部は普通鋼塊の押湯に相当する部位であり、他の部位より凝固するまでの時間が長くなるため、溶鋼プール深さが小さくなると鋼塊最頂部の成分偏析を抑制し、規格外として切捨てられる部位を減らして、歩留りを向上させることもできる。
また、Heガスと同様の効果はArガス、窒素ガスでも得ることができるが、Arガスは熱伝導率が低く、窒素ガスは窒化物系介在物の形成を促進させる。そのため、本発明ではHeガスを用いることとする。
また、Heガスの充填は、収縮した鋼塊と銅製坩堝間の隙間のみに行うこととする。例えば、溶鋼プール付近の鋼塊と銅製坩堝は接触状態にあるが、その接触状態の場所を超えて消耗電極を溶解する領域までHeガスが到達すると、アークが不安定となって介在物を増加させるおそれがある。
【0013】
上述したように、本発明では鋼塊と鋳型の隙間に導入するガスにはHeガスを用いる。Heガスは溶鋼と鋼塊と化学反応しないため、新たな介在物を形成するおそれがなく、化学反応による爆発事故の危険性を回避することができる。また、Heガスを用いた場合、溶鋼と鋼塊との化学反応が無視できる程度の不純物ガスを含有するHeガスを使用することができるが、Heガスの効果を確実に発揮するには、Heの比率が99.9体積%以上であることが好ましい。
図1に、本発明のHeガスを導入するVARの構造の一例を示す模式図を示す。Heガスの導入圧力は、ガスボンベから水冷銅鋳型4へガスを送る配管内の圧力を圧力測定器6により測定し、圧力制御バルブ7を設置することで制御することができる。基本的にHeガス圧力を高めることでガスの単位体積あたりの熱容量が増えて対流伝熱の効果を高めることができるが、鋳型と鋼塊の間のHeガス圧力が0.9kPa未満であると対流伝熱の効果は低く、冷却速度を高める効果が乏しくなる。また、Heガスの圧力は溶鋼プールの深さにも影響を及ぼし、0.9kPa未満であるとプール深さが深くなって介在物が成長しやすく、また、成分偏析も大きくなる傾向にある。そのため、Heガス圧力の下限は0.9kPaとする。好ましいHeガスの圧力の下限は1.2kPaである。また、VARは常時減圧雰囲気で操業するため、鋼塊と鋳型の隙間に導入した希ガスの圧力を高めたとしても真空ポンプにより排気されるため、過度に高い圧力にしても対流伝熱効果を高めることができにくくなるだけでなく、ガスの圧力を安定化させることができにくくなる。よって、Heガスの圧力の上限は1.9kPaとする。好ましいHeガスの圧力の上限は1.6kPaである。
【0014】
また、本発明では上述したHeガス圧力の調整により、Heガスを充填しない場合と比較して溶鋼プールの深さを10mm以上浅くできる。溶鋼プールが過度に深くなると、凝固までの時間が長くなって介在物が成長しやすく、また、成分偏析も大きくなる傾向にある。本発明によれば、溶鋼プールの深さを170mm以下とすることができる。本発明者の検討によれば、溶鋼プールの深さを10mm以上浅くには前述のHeガス圧力が0.9kPa以上が必要となる。なお、プール深さを浅くしようとすると充填するHeガスの圧力を高くするのが良いが、鋼塊と鋳型間の対流伝熱効果を高めても鋼塊自体の熱抵抗により抜熱が阻害されるため、Heガス導入による溶鋼プール深さ低減効果には限界がある。前述したように、Heガスの圧力を過度に高い圧力にしても対流伝熱効果を高めることができにくくなるため、現実的な深さの下限はせいぜい120mm程度である。
【0015】
また、本発明で規定するマルエージング鋼の製造方法は、鋼塊径が300〜800mmのものに対して特に有効である。その理由は鋼塊径が大きくなるほど鋼塊と鋳型間の対流伝熱の影響より鋼塊自体の熱抵抗の影響が大きくなり、鋼塊の冷却速度は鋼塊径に依存するためである。熱伝導率が小さい鋼塊ほどその傾向が強くなり、鋼塊径が300mm以上で鋼塊の冷却速度向上効果が顕著になる。一方で、800mmを超えると希ガスを導入して鋼塊と鋳型間の対流伝熱効果を高めても鋼塊自体の熱抵抗により抜熱が阻害されて、鋼塊中心部まで冷却速度を向上させる効果が小さくなり易くなる。そのため、鋼塊径は300〜800mmとするのが好ましい。
以上、説明する本発明に係る製造方法は、鋼塊と鋳型の隙間にガス導入ノズルよりHeガスを導入することで、鋼塊と鋳型間で対流伝熱により抜熱することを可能として、凝固中の冷却速度を高めて、溶鋼プール深さを浅くしたものである。その結果、VARの有する成分偏析防止効果を最大限発揮できるだけでなく、VAR時の介在物の成長を抑制することが可能となる。
【0016】
ところで、マルエージング鋼の中には、Tiを無添加とするものもあるが、Ti無添加のマルエージング鋼であっても、例えば偏析しやすいMoを積極添加するものであれば、十分に本発明の成分偏析防止効果を得ることができる。勿論、Moに加えてTiを含有するマルエージング鋼に本発明の製造方法を適用すると、抑制効果と介在物微細化効果の両方を得ることができ、特に有効である。好ましい具体的なマルエージング鋼の組成は以下の通りである。なお、含有量は質量%として記す。
Tiは、時効処理により微細な金属間化合物を形成し、析出することによって強化に寄与する元素である。そのため、3.0%を上限として添加することができる。Tiを積極添加するマルエージング鋼であれば、Tiの効果を得るための好ましい下限は0.2%である。
O(酸素)は、酸化物系介在物を形成する元素である。酸化物系介在物となる酸素の量を低減することが望ましい。そのため、Oは0.001%未満に制限するとよい。
N(窒素)は、窒化物や炭窒化物介在物を形成する元素である。本発明では窒化物系の介在物を微細化することができるが、その窒化物系介在物となる窒素の量を低減しておくのが望ましい。そのため、Nは0.0015%未満に制限するとよい。
C(炭素)は、炭化物や炭窒化物を形成し、金属間化合物の析出量を減少させて疲労強度を低下させるため、Cは0.01%以下にするとよい。
【0017】
Niは、靱性の高い母相組織を形成させるためには不可欠な元素である。しかし、8%未満では靱性が劣化する。一方、22%を超えるとオーステナイトが安定し、マルテンサイト組織を形成し難くなることから、Niは8〜22%とするとよい。
Coは、マトリックスであるマルテンサイト組織の安定性に大きく影響することなく、Moの固溶度を低下させることによってMoが微細な金属間化合物を形成して析出するのを促進することによって析出強化に寄与する元素である。しかし、その含有量が3%未満では必ずしも十分効果が得られず、また20%を越えると脆化する傾向がみられることから、Coの含有量は3〜20%にするとよい。
Moは、時効処理により、微細な金属間化合物を形成し、マトリックスに析出すること
によって強化に寄与する元素である。しかし、その含有量が2%未満の場合その効果
が少なく、また9%を越えて含有すると延性、靱性を劣化させる粗大析出物を形成し
やすくなるため、Moの含有量を2〜9%にするとよい。
Alは、時効析出による強化に寄与するだけでなく、脱酸作用を持っているため、0.01%以上を含有させるとよいが、1.7%を越えて含有させると靱性が劣化することから、その含有量を1.7%以下とするとよい。
上記の元素以外は実質的にFeでよいが、例えばBは、結晶粒を微細化するのに有効な元素であるため、靱性が劣化しない程度の0.01%以下の範囲で含有させてもよい。
また、不可避的な不純物元素は含有されるものである。
【実施例】
【0018】
(実施例1)
実施例1として詳しく本発明を説明する。一次溶解工程にて再溶解用の消耗電極を5本製造した。5本のそれぞれをVARした際のHeガス圧力条件を表1に示す。5本のうち4本の再溶解用電極1は、VARで再溶解した際に鋼塊3と水冷銅鋳型4の間に、Heの比率が99.9体積%以上のHeガスを導入した。本発明例をNo.1、2、3及び比較例をNo.11とした。残り1本は、再溶解電極をVARした際に鋼塊3と水冷銅鋳型4の間にHeガスを導入しなかった。この比較例をNo.12とした。Heガス圧力を1.9kPa以上にしようとしたが、減圧雰囲気では圧力が安定しなかったので、実施例ではHeガス圧力を1.60kPaまでとした。本発明例及び比較例の鋼塊直径は500mmであった。Heガス導入圧力以外の電流・電圧・溶解速度の溶解条件は同一とした。
【0019】
【表1】
【0020】
Heガスによる冷却は、図1に示す真空アーク再溶解炉を用いて再溶解用電極1を設置して、水冷銅鋳型内4で溶解した。溶解中においては水冷銅鋳型4下部に設置されたガス導入ノズル5より鋼塊3と鋳型4の隙間にHeガスを導入する。Heガスボンベから鋳型4へガスを送る配管内の圧力を圧力測定器6にて測定し、圧力制御バルブ7を設置することで設定したHeガス圧力に常時一定に制御した。導入されたHeガスは、鋼塊3と水冷銅鋳型4の隙間に充填されて鋼塊3から熱を奪い、隙間から漏れたガスは最終的には図示しない真空ポンプで外部に排出された。
溶解中において配管に設置された配管バルブ8を開けて、設定したHeガス圧力に制御されていることを確認後、再溶解用電極の溶解を継続した。本発明例No.1において設定した配管内Heガス圧力は1.60kPa、本発明例No.2においては1.33kPa、本発明例3においては0.93kPa、比較例11においては0.53kPaとした。前記電極の溶解が終わった後、配管に設置された配管バルブ8を閉め、さらに圧力制御装置の設定値を0にした。本発明例No.1、2、3及び比較例No.11、12の再溶解用電極の組成を表2に示す。
【0021】
【表2】
【0022】
溶鋼プール形状を判別しやすくするために、5本全てにおいて消耗電極を溶解して鋼塊の重量が2100kgになった時点で磁場を印加して溶鋼プール内に電磁撹拌を発生させた。電磁撹拌により凝固界面のデンドライト先端が切断され、凝固界面に沿って等軸晶化が促進される。図2に電磁撹拌装置の概要を示す。
水冷銅鋳型4が入っているSUS製水冷ジャケット9の周りに磁場印加コイル10が巻きつけてあり、そのコイル10に電流を流すことで外部磁場を印加させる。その結果、溶鋼プール内でローレンツ力が生じて撹拌される。磁場印加パターンとしては、磁束密度20×10−4Tとして40s周期で正負を反転させた。鋼塊重量2100kgの箇所での電磁撹拌の時間は5minとした。磁束密度の正負を一定周期で逆転させることで等軸晶化が促進される。電磁撹拌終了後、30min以上経過して溶解を停止した。溶解停止後、60min以上経過して鋼塊を取り出した。
【0023】
次に、VARで再溶解したマルエージング鋼鋼塊の頂部から溶鋼プール深さを判別するために、鋼塊を中心線に沿って切断し、縦断面スライス試料を採取した。縦断面スライス試料の切断面を研磨し、マクロ腐食させて溶鋼プール形状を確認した。
腐食液として工業用塩酸を等容量の水に希釈したものを使用した。腐食した縦断面スライスよりお椀型の溶鋼プール形状より電磁撹拌発生時の湯面位置から底部までの鋼塊中心軸における距離を溶鋼プール深さとして測定した。ここでの溶鋼プール深さは電磁撹拌を発生させた鋼塊底部から2100kg重量位置のものである。表3に本発明例1、2、3及び比較例1、2の溶鋼プール深さを示す。
【0024】
【表3】
【0025】
表3よりHeガスを導入した本発明例No.1、2、3及び比較例11は、Heガスを導入しなかった比較例12より溶鋼プール深さが浅くなっていた。ただし、比較例11の溶鋼プール深さは比較例12より5mm程度しか浅くなっておらず、Heガス導入による溶鋼プール深さ低減効果は小さいものであった。同一条件で溶解したとしても溶鋼プール深さは数mm程度変動する可能性があるので、比較例11では十分にHeガス導入による効果があったとは明確に言えなかった。
一方、本発明例No.1、2及び3では溶鋼プール深さが比較例12と比較して10mm以上浅くなっていた。Heガス導入圧力が0.9kPa以上では溶鋼プール低減の効果が大きいことが確認された。さらに、1.6kPaまではガス導入圧力を大きくすればするほど、より溶鋼プール深さが浅くなった。特に0.9kPaから1.33kPaまで圧力を上げると、ガス圧力の上昇幅に対して溶鋼プール深さの低減幅が大きくなった。
よって、本発明例1、2、3より溶鋼プール深さを顕著に浅くするにはHeガス導入圧力は0.9kPa以上必要である。さらに、0.9kPaから1.33kPaまで圧力を上げた方が溶鋼プール深さ低減効果が大きいので、望ましくはHeガス導入圧力は1.2kPa以上にするのが良いことが分かる。
【0026】
溶鋼プール深さは消耗電極1よりのアーク入熱量と溶鋼プール2及び鋼塊3から銅鋳型4への抜熱量のバランスで決まる。本発明例No.1、2、3及び比較例11、12のアーク入熱量がほぼ同一であるので、Heガスを導入した場合に溶鋼プール深さが浅くなったということは、溶鋼プール2及び鋼塊3から銅鋳型4への抜熱量が増加したと言える。つまり、Heガスが導入されない場合は鋼塊3と銅鋳型4の隙間が減圧雰囲気であるため対流熱伝達により抜熱量は小さいが、その隙間にHeガスが導入されたことで熱媒介となって対流熱伝達による抜熱量が増加したと考えられる。Heガス導入圧力をある一定量以上にすることで鋼塊3と銅鋳型4の隙間に存在するHeガスの単位体積あたりの熱容量が増えると考えられる。
ゆえに、Heガスの圧力を0.9kPa以上にすると対流熱伝達の抜熱量が増加して、溶鋼プール深さが顕著に浅くなる。ただし、VARの炉内は真空ポンプによる減圧雰囲気になっており、Heガス導入圧力を高めたとして鋼塊3と銅鋳型4の接触部より漏れて排気されるため、ガス導入圧力には上限がある。実施例1では1.9kPaを超えるとガス圧力が安定しなかったので、1.9kPaを超える圧力の操業は困難と判断した。
【0027】
(実施例2)
一次溶解工程にて再溶解用の消耗電極を3本製造した。3本のそれぞれをVARした際のHeガス圧力条件を表4に示す。3本のうち2本の再溶解用電極1は、VARで再溶解した際に鋼塊3と水冷銅鋳型4の間に、Heの比率が99.9体積%以上のHeガスを導入した。この本発明例をNo.4、5とした。残り1本は、再溶解電極を真空アーク再溶解した際に鋼塊3と水冷銅鋳型4の間にHeガスを導入しなかった。この比較例をNo.13とした。本発明例及び比較例の鋼塊直径は800mmであった。Heガス導入圧力以外の電流・電圧・溶解速度の溶解条件は同一とした。
【0028】
【表4】
【0029】
Heガスによる冷却は、実施例1と同様の装置を用いた。本発明例No.4において設定した配管内Heガス圧力は1.33kPa、本発明例No.5においては1.20kPaとした。前記電極の溶解が終わった後、配管に設置された配管バルブ8を閉め、さらに圧力制御装置の設定値を0にした。本発明例No.4、5及び比較例No.13の再溶解用電極の組成を表5に示す。
【0030】
【表5】
【0031】
溶鋼プール形状を判別しやすくするために、実施例1と同じく電磁撹拌を実施した。3本全てにおいて消耗電極を溶解して鋼塊の重量が6800kgになった時点で磁場を印加して溶鋼プール内に電磁撹拌を発生させた。実施例2で用いた鋼塊の直径が800mmであり、溶鋼プール深さが安定するまでに鋼塊重量を直径500mmの鋼塊より多く溶解する必要があった。磁場印加パターンも実施例1と同様である。
【0032】
次に、VARで再溶解したマルエージング鋼鋼塊の頂部から溶鋼プール深さを判別するために、鋼塊を中心線に沿って切断し縦断面スライスを採取した。縦断面スライスの腐食方法及び溶鋼プール深さ測定方法は実施例1と同様である。ここでの溶鋼プール深さは電磁撹拌を発生させた鋼塊底部から6800kg重量位置のものである。表6に本発明例4、5及び比較例13の溶鋼プール深さを示す。
【0033】
【表6】
【0034】
表6よりHeガスを導入した本発明例No.No.4及び5は、Heガスを導入しなかった比較例13より溶鋼プール深さが50mm以上浅くなっていた。鋼塊直径800mmの場合ではHeガス導入圧力が1.2kPa以上では溶鋼プール低減の効果が大きいことが確認された。さらに、ガス導入圧力を1.2kPaから1.3kPaに大きくすれば、より溶鋼プール深さが浅くなった。以上より、実施例1より大きい鋼塊直径800mmの場合でも鋼塊3と銅鋳型4の隙間にHeガス導入することで、溶鋼プール深さが浅くなることが確認された。
【0035】
以上より、マルエージング鋼を真空アーク再溶解にて製造する際に鋼塊と鋳型の隙間にHeガスを導入することにより溶鋼プール深さを浅くすることができる。その際に適正なガス導入圧力を選択することで、高価なHeガスを使用する製造プロセスでの費用対効果を大きくすることができる。その結果、マルエージング鋼での成分偏析の抑制や介在物の微細化を図ることで、マルエージング鋼製品の品質や特性の安定化をさせることができる。
【符号の説明】
【0036】
1 再溶解用消耗電極
2 溶鋼プール
3 鋼塊
4 水冷銅鋳型
5 ガス導入ノズル
6 圧力測定器
7 圧力制御バルブ
8 配管バルブ
9 SUS製水冷ジャケット
10 磁場コイル

図1
図2