【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するフェーズドアレイ超音波探傷方法および超音波探傷システムを開発すべく、本発明者等は、長尺の検査対象物であるボルトの途中に発生しているき裂をフェーズドアレイ超音波探傷法により検出する方法を検討した。
【0008】
ここで、フェーズドアレイ超音波探傷法は、複数の素子から構成されるアレイ探触子に対して各素子の送受信タイミングを電子的に制御することで異なる伝搬方向や集束位置の超音波を自在に励起する技術である。しかしながら、この手法で得られた探傷結果から、き裂深さを推定することは課題として残されている。そこで、有限要素法を利用してボルトにおける波動伝搬のシミュレーションを行い、受信波形のき裂深さと相関性がある特徴量を特定し、これを実験で検証した。
【0009】
< シミュレーションによる検討>
まず、シミュレーションモデルに関して説明する。シミュレーションモデルは、
図1に示すように、き裂の位置およびその寸法を、それぞれ軸方向の位置P、長さLおよび深さDで定義する。
【0010】
フェーズドアレイ超音波探傷法で探傷した結果から、き裂深さの推定法を検討するため、ボルトにおける波動伝搬のシミュレーションを実施した。有限要素法に基づいたシミュレーションの2次元モデルを
図2に示す。同図に示すように、ピッチ0.6mm、幅0.5mmの32素子のリニアアレイ探触子(以下、「アレイ探触子」ともいう)1をボルト2の一方の端面(図中右端面)に配置する。探傷モードを縦波とし、屈折角をステップ0.5°で−5から25°まで変化させた。図中のαは、超音波の中心ビームがき裂3先端に当たるときの屈折角(以下、先端屈折角と称す)である。ボルト2の材質を炭素鋼とし、その縦波音速を5,920m/sに設定した。ボルト2の直径および長さはそれぞれ30mmおよび200mmであり、ネジ部4の長さは120mmである。P=50もしくは100mmのネジの谷部にき裂3を挿入した。き裂3の幅を0.5mmに固定し、深さDを0.5、1.0、2.0、2.5、4.0、6.0、7.5および12.5mmと変化させた。超音波ビームの集束位置をP=50mmの場合には60mmに、P=100mmの場合には110mmにそれぞれ設定した。
【0011】
図中のアレイ探触子1が水を介して鋼材に放射した場合の3次元の超音波音場を所定のソフトを用いて計算した。主な計算条件として、水平距離を0mmに、入力波形の周波数を5MHzに、サンプリング周波数を100MHzに、空間分解能を0.1mmに設定した。
【0012】
<シミュレーション結果および考察>
1) 軸方向位置50mmおよび深さ6mmのき裂の場合
アレイ探触子1(
図2参照、以下同じ)から異なる屈折角の超音波が励起され、各屈折角に対応する受信波形をシミュレーションで計算した。−5°から20°までの屈折角に対応した受信波形を扇状に並べた結果を
図3に示す。この結果はセクター(S)スキャン断面画像と呼ばれる。図中のNEおよびSEはそれぞれき裂3(
図2参照、以下同じ)およびネジ部4(
図2参照、以下同じ)に起因する指示であり、以下、それぞれき裂エコーNEおよびネジエコーSEと呼ぶ。BWは底面エコーであり、MNEはき裂3での多重反射に基づく指示である。色の濃淡はエコーの強さを表す。
【0013】
図3に示すように、ネジエコーSE、き裂エコーNE、底面エコーBWおよびき裂3での多重反射の指示が明瞭に観察されている。
図3において、き裂エコーNEの拡大図に示すように、き裂3の開口部および先端付近の2箇所においては、き裂エコーNEの強度が高い。
【0014】
各屈折角におけるき裂エコーNEの強度分布を
図4に示す。同図に示すように、き裂エコーNEの強度は屈折角の変化に従って増減し、屈折角が8°および15°のとき極大値(ピーク)となる。以下、この二つのピークについて考察する。
【0015】
屈折角が15°に対応するピークは、き裂3とネジ部4からなるコーナー部での反射によるものである。
図2に示すモデルにおいて、超音波中心ビームがそのコーナー部に当たるとき、屈折角は幾何学的に15°程度である。
【0016】
異なる時刻における屈折角15°の波動伝搬の様子を
図5に示す。図中の赤色と青色は、それぞれ縦波と横波を表す。また、LおよびTはそれぞれアレイ探触子1に励起された縦波および横波を意味する。RLおよびSLは、それぞれコーナー部およびネジ部4での縦波反射波を示す。同図に示すように、励起された縦波は、ネジ部4で反射しながらコーナー部に向かって伝搬し、時刻9.5μsのときそのコーナー部で縦波が反射され、その反射波がボルト2の端面に向かって伝搬し、最後にアレイ探触子1により受信される。
【0017】
一方、屈折角が8°に対応するピークは、波動伝搬シミュレーション結果から主にき裂3の先端近傍での反射によるものであることが判った。き裂エコーNEの強度に影響を及ぼす因子として、励起された超音波音場の強度、き裂3での超音波エネルギーの反射の割合、およびネジ部4での散乱が挙げられる。
【0018】
P=50mm、D=6mmの場合の先端屈折角αは7.4°である。
図2に示すアレイ探触子1が放射した3次元の超音波音場を計算するとともに、屈折角が0°のときの超音波音場の最大強度で各屈折角の超音波音場の強度を正規化して
図6に示す。同図に示すように、超音波音場の強度は屈折角の増大とともに低下するものの、その低下は緩やかである。例えば、屈折角が7.4°のとき、超音波音場の最大強度は0.978であるに対して、屈折角が10°のときは0.962である。このように、屈折角が若干変化しても超音波音場の強度変化が無視できる程度であるため、屈折角の若干の変化ではき裂エコー強度の顕著な変化を生じない。
【0019】
き裂3の先端付近での超音波の反射は屈折角に依存して大きく変化する。音線で表したその変化の様子を
図7に示す。図中の太線は中心ビームを、破線はネジ部4での超音波の散乱を示す。また、同図(a)は、超音波の中心ビームがき裂3の先端に当たる場合を表わしている。このとき、励起された超音波エネルギーの半分程度がき裂3で反射され、残りはき裂3を通過する。反射された超音波はネジ部4で散乱されつつ、最後にアレイ探触子1に受信される。屈折角が先端屈折角αより小さな場合には、き裂3で反射される超音波エネルギーの割合が減少する。一方、同図の(b)に示すように、屈折角の増大に伴いその割合も増加する。ある屈折角になると、同図(c)に示すように、すべての超音波のエネルギーが反射される。屈折角がそれ以上増大しても反射される超音波の割合は増加しない。き裂エコーNEの強度は主に反射される超音波の割合の増加によって増幅されると考えられる。一方、
図7に示すように、屈折角の増大に従ってネジ部4での散乱による影響も累積する。その散乱は、アレイ探触子1に戻る超音波のエネルギーの減少およびき裂エコーNEの強度の低下を招来する。このように、き裂3の先端の反射とネジ部4での散乱の相互作用によって先端屈折角αの付近でピークが形成されると考えられる。
【0020】
<異なるき裂深さの場合>
き裂3の深さを変化させた場合の屈折角におけるき裂エコーNEの強度分布を計算し、き裂Sの深さ0.5mmの場合の最大値で正規化した。P=50mmの場合の屈折角におけるき裂エコーNEの強度分布を
図8に示す。同図に示すように、き裂3が浅い場合には、一つのピークしか観察されない。き裂深さが2mm以上になる場合には、き裂3のコーナー部と先端付近に対応するそれぞれのピークP1、P2が観測される。ピークP1に対応する屈折角(以下、ピークP1 屈折角と称す)はき裂3の深さに依存せず一定である。ピークP1の強度は、き裂3の深さの増加に従って増幅し、き裂3の深さが2mmで飽和する。一方、ピークP2に関しては、それに対応する屈折角(以下、ピークP2屈折角と称す)および強度が、き裂3が深くなるにつれてそれぞれ減少および増幅する。同図から求めたピークP2屈折角を表1に示す。
【0021】
【表1】
【0022】
同表に示すように、浅いき裂3の場合には、ピークP1とピークP2とが分離されないので、ピークP1の屈折角で記されている。参考のため、先端屈折角αも同表に示している。同表に示すように、き裂深さが2mmから12.5mmへと変化することによって、ピークP2の屈折角は13.5°から2°へと減少する。その値がいずれも先端屈折角αより幾らか大きい。
【0023】
一方、P=100mmの場合の屈折角におけるき裂エコーNEの強度分布を
図9に示す。同図に示すように、き裂3の深さが4mm未満のとき、一つのピークしか観察されないのに対して、き裂3が深くなると二つのピークが明瞭に観察される。ピークP1で屈折角が7°付近でき裂3の深さの変化に伴い若干変動する。これは、屈折角のピッチが0.5°に設定されたため、同図に出現したピークが必ずしも真のピークとは限らないからである。ピークP1の強度は、き裂3が深くなるにつれ増幅し6mmで飽和する。一方、P=50mmの場合と同じ、ピークP2の屈折角とピークP2の強度はそれぞれき裂3の深さの増加に伴い減少および増幅する。同図から得られたピークP2の屈折角を表2に示す。
【0024】
【表2】
【0025】
表2に示すように、ピークP2の屈折角は先端屈折角αに比べて若干大きく、き裂3の深さが4mmから12.5mmへと変化することに従って4.8°から1°へと変化する。
【0026】
P=50mmの場合に比べて、ピークP1とピークP2の屈折角の差が小さく、ピークP2の屈折角の変化範囲も狭小となる。このことから、軸方向位置が増加するにつれ、ピークP1とピークP2が分離し難くなることが考えられる。
【0027】
前述の通り、いずれの軸方向においてもピークP2の屈折角はき裂3の深さに依存して変化し、き裂3の深さと強い相関関係がある。この相関関係を利用すれば、フェーズドアレイ超音波探傷法で得られた探傷結果からボルト2におけるき裂の深さを推定可能であることが考えられる。
【0028】
すなわち、上記シミュレーション実験の結果、次の知見を得た。
1) 浅いき裂3の場合には、屈折角におけるき裂エコー強度の分布のピークが一つしかないのに対して、き裂3が深くなると、ピークは二つある。二つのピークはそれぞれき裂のコーナー部とき裂先端付近での反射によるものである。
2) き裂3の先端付近での反射に起因したピークの屈折角は先端屈折角αより若干大きいものの、き裂3の深さに依存して変化し、き裂3の深さの増加とともに減少する。
【0029】
かかる知見に基づく本発明の構成は、次の通りである。
【0030】
本発明の第1の態様は、
複数の素子からなるアレイ探触子を用いて検査対象物の超音波探傷を行うフェーズドアレイ超音波探傷方法において、
検査対象物の一方の端面に前記アレイ探触子を配設するとともに、前記検査対象物の内部に向けて屈折角を変化させつつ超音波を照射して前記検査対象物からのエコーをデジタル化した探傷データを得る探傷工程と、
前記探傷データに基づき、前記検査対象物中のき裂の有無を判断するき裂検査工程と、
前記き裂検査工程でき裂が存在すると判断された場合には、前記探傷データ中から前記き裂によるエコーが最大となる最大エコーを検出する最大エコー検出工程と、
前記屈折角が零度の方向において、前記最大エコーを与える位置である軸方向位置を特定する軸方向位置検出工程と、
前記探傷データに基づき、各屈折角に対応する前記エコーのエコー強度分布特性から前記エコー強度の極大値であるピークを検出するピーク検出工程と、
前記ピークを与える屈折角に対応する前記エコー強度に対する所定の割合の前記エコー強度に対応する二つの屈折角のうち小さい方の屈折角である先端屈折角を選択する先端屈折角検出工程と、
前記先端屈折角に基づき前記軸方向に直交する方向のき裂の寸法であるき裂深さを検出するき裂深さ検出工程とを有
し、
前記先端屈折角検出工程は、
前記ピーク検出工程で前記ピークが2個検出された場合に、前記屈折角が小さい方の前記ピークを与える屈折角に対応する前記エコー強度に対する所定の割合の前記エコー強度に対応する二つの屈折角のうち小さい方の屈折角を選択して先端屈折角とする
ことを特徴とするフェーズドアレイ超音波探傷方法にある。
【0031】
本態様によれば、上述の如き知見を利用して、探傷データに基づき作成した各屈折角に対応するエコーのエコー強度分布特性からエコー強度の極大値を求め、この極大値を利用することで先端屈折角を求めている。この先端屈折角は検査対象物の内部に発生しているき裂の先端の情報を与えるものであるので、この先端屈折角を利用することによりアレイ探触子を配設した検査対象物の端面、端面からき裂までの軸方向寸法等の幾何学的な関係からき裂の深さを良好に検出することができる。この結果、検査対象物の健全性を評価することができる。特に、アレイ探触子を配設し得る面積が小さく、探傷部位である内部が他の部材に埋まっているボルト、角柱等の探傷に用いて有用なものとなる。
そして、知見に基づき、き裂の先端近傍に起因するき裂エコーを特定して、このエコーに基づき先端屈折角を求めているので、正確に先端屈折角を求めることができ、これを利用してき裂深さも正確かつ的確に求めることができる。
【0034】
本発明の
第2の態様は、
第1の態様に記載するフェーズドアレイ超音波探傷方法において、前記所定の割合は、前記エコー強度の半分とした
ことを特徴とするフェーズドアレイ超音波探傷方法にある。
【0035】
本態様によれば、先端屈折角を、知見に基づき適確に特定することができる。特に、検査対象物がボルトの場合には、先端屈折角が、実際より少なくとも小さい値として検出されるので、安全側でボルトのき裂の深さを検出することができる。すなわち、実際のき裂の深さは、計測値よりも大きくなることはなく、ボルトの取替え時期の目安としてき裂深さを利用する場合には、適確な測定値を与えることができる。
【0036】
本発明の
第3の態様は、
検査対象物の一方の端面に配設され、前記検査対象物の内部に向けてそれぞれ超音波を照射する複数の素子からなり、フェーズドアレイ超音波探傷に用いるアレイ探触子と、
前記各素子を制御することにより前記超音波の屈折角を変化させて前記検査対象物の内部の探傷を行うとともに、超音波の照射の結果で得られる探傷結果のエコーをデジタル化した探傷データを受信するフェーズドアレイ探傷装置と、
前記フェーズドアレイ探傷装置を介して前記アレイ探触子により前記検査対象物の所定の探傷が行われるように制御するとともに、前記フェーズドアレイ探傷装置から送信されてくる前記探傷データを処理して前記検査対象物の内部の超音波探傷を行う演算処理手段とを有するフェーズドアレイ超音波探傷システムであって、
前記演算処理手段は、
前記探傷データに基づき、前記検査対象物中のき裂の有無を判断するき裂検査工程と、
前記き裂検査工程でき裂が存在すると判断された場合には、前記探傷データ中から前記エコーが最大となる最大エコーを検出する最大エコー検出工程と、
前記屈折角が零度の方向において、前記最大エコーを与える位置である軸方向位置を特定する軸方向位置検出工程と、
前記探傷データに基づき、各屈折角に対応する前記エコーのエコー強度分布特性から前記エコー強度の極大値であるピークを検出するピーク検出工程と、
前記ピークを与える屈折角に対応する前記エコー強度に対する所定の割合の前記エコー強度に対応する二つの屈折角のうち小さい方の屈折角である先端屈折角を選択する先端屈折角検出工程と、
前記先端屈折角に基づき前記軸方向に直交する方向のき裂の寸法であるき裂深さを検出するき裂深さ検出工程とを実行するように構成
し、
前記先端屈折角検出工程では、
前記ピーク検出工程で前記ピークが2個検出された場合に、前記屈折角が小さい方の前記ピークを与える屈折角に対応する前記エコー強度に対する所定の割合の前記エコー強度に対応する二つの屈折角のうち小さい方の屈折角を選択して先端屈折角とする
ことを特徴とするフフェーズドアレイ超音波探傷システムにある。
【0037】
本態様によれば、上述の如き知見を利用して、探傷データに基づき作成した各屈折角に対応するエコーのエコー強度分布特性からエコー強度の極大値を求め、この極大値を利用することで先端屈折角を求めている。この先端屈折角は検査対象物の内部に発生しているき裂の先端の情報を与えるものであるので、この先端屈折角を利用することによりアレイ探触子を配設した検査対象物の端面、端面からき裂までの軸方向寸法等の幾何学的な関係からき裂の深さを良好に検出することができる。この結果、検査対象物の寿命を適確に判断することができる。特に、アレイ探触子を配設し得る面積が小さく、探傷部位である内部が他の部材に埋まっているボルト、角柱等の探傷に用いて有用なものとなる。
そして、知見に基づき、き裂の先端に起因するき裂エコーを特定して、このエコーに基づき先端屈折角を求めているので、正確に先端屈折角を求めることができ、これを利用してき裂深さも正確かつ的確に求めることができる。
【0040】
本発明の
第4の態様は、
第3の態様に記載するフェーズドアレイ超音波探傷システムにおいて、前記所定の割合は、前記エコー強度の半分とした
ことを特徴とするフェーズドアレイ超音波探傷システムにある。
【0041】
本態様によれば、先端屈折角を、知見に基づき適確に特定することができる。特に、検査対象物がボルトの場合には、先端屈折角が、実際より少なくとも小さい値として検出されるので、安全側でボルトのき裂の深さを検出することができる。すなわち、実際のき裂の深さは、計測値よりも大きくなることはなく、ボルトの取替え時期の目安としてき裂深さを利用する場合には、適確な測定値を与えることができる。