特許第6347926号(P6347926)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6347926水素環境下における耐ピッチング特性に優れる歯車用はだ焼鋼
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6347926
(24)【登録日】2018年6月8日
(45)【発行日】2018年6月27日
(54)【発明の名称】水素環境下における耐ピッチング特性に優れる歯車用はだ焼鋼
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20180618BHJP
   C21D 1/06 20060101ALI20180618BHJP
   C21D 9/32 20060101ALI20180618BHJP
   C22C 38/38 20060101ALI20180618BHJP
   F16H 55/06 20060101ALI20180618BHJP
【FI】
   C22C38/00 301Z
   C21D1/06 A
   C21D9/32 A
   C22C38/38
   F16H55/06
【請求項の数】2
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2013-175408(P2013-175408)
(22)【出願日】2013年8月27日
(65)【公開番号】特開2015-45036(P2015-45036A)
(43)【公開日】2015年3月12日
【審査請求日】2016年3月20日
【審判番号】不服2017-12373(P2017-12373/J1)
【審判請求日】2017年8月22日
(73)【特許権者】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101085
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 健至
(74)【代理人】
【識別番号】100134131
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 知理
(74)【代理人】
【識別番号】100185258
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 宏理
(72)【発明者】
【氏名】丸山 貴史
(72)【発明者】
【氏名】桂 隆之
(72)【発明者】
【氏名】常陰 典正
【合議体】
【審判長】 板谷 一弘
【審判官】 宮本 純
【審判官】 金 公彦
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2011/114836(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/ 00- 38/ 60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.10〜0.35%、Si:0.25〜0.80%、Mn:0.30〜1.80%、P:0.030%以下、S:0.035%以下、Cr:2.00〜3.50%、Mo:0.04〜0.50%、Al:0.003〜0.100%、N:0.002〜0.050%を含有し、
Si+0.5Cr≧1.5かつSi、Cr、Moの合計量が3.0以上を満たし、
残部がFeおよび不可避不純物からなるものであって、
浸炭処理または浸炭窒化処理ならびに焼入焼戻し処理された状態の、表面から20μmにおけるC濃度0.7〜1.0%同じく表面から20μmにおけるMs点215℃以下同じく表面から20μmにおける残留γ量体積%で20〜50%である、
水素環境下における耐ピッチング特性に優れた歯車用鋼。
【請求項2】
質量%で、C:0.10〜0.35%、Si:0.25〜0.80%、Mn:0.30〜1.80%、P:0.030%以下、S:0.035%以下、Cr:2.00〜3.50%、Mo:0.04〜0.50%、Al:0.003〜0.100%、N:0.002〜0.050%、Nb:0.01〜0.10%を含有し、
Si+0.5Cr≧1.5かつSi、Cr、Moの合計量が3.0以上を満たし、
残部がFeおよび不可避不純物からなるものであって、
浸炭処理または浸炭窒化処理ならびに焼入焼戻し処理された状態の、表面から20μmにおけるC濃度0.7〜1.0%同じく表面から20μmにおけるMs点215℃以下同じく表面から20μmにおける残留γ量体積%で20〜50%である、
水素環境下における耐ピッチング特性に優れた歯車用鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属すべり等により水素の素材への侵入が起こる使用環境下においても優れた耐ピッチング特性が必要とされる歯車に用いられるはだ焼鋼に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車用部品や建設機械用部品等における動力伝達用部品に対し、環境負荷軽減のための燃費向上を目指し小型化・軽量化の強いニーズがあり、部品はより高面圧にさらされることとなる。また、このような使用環境の苛酷化の一方で、メンテナンスフリー化といった相反する特性も同時に求められている。このような、使用環境の苛酷化においても長寿命、高強度を持つ鋼において最も注意しなければならないのが素材への水素侵入による早期破損への対策である。しかしながら、近年では素材だけでなく潤滑油についても燃費向上のための低粘度化が進み貧潤滑により水素の発生による鋼材の強度低下は、ますます深刻な問題となっている。
【0003】
水素侵入への対策として、近年自動車等の主要動力伝達部品の1つである軸受を代表とする転動部品に対して研究・開発が進み潤滑油側での水素発生を抑える取り組みや水素環境下においても長寿命・高強度を目指した製品開発が行われている。一方、歯車では歯面において金属すべりを伴うため接触部においてより高温環境、貧潤滑環境となることから軸受以上に素材への水素侵入の危険性が高く、また潤滑油側での対策が困難であると考えられるが、歯車における使用環境での水素影響を想定した開発は、非常に少なく軸受等転動部品を想定した素材の転用では十分とは言えない。
【0004】
この問題に対し、従来の技術としてV、Ti、Nbといった炭化物生成元素を添加することで炭化物中に水素をトラップさせることが有効であるが、これらの元素は多量に含むことで多くの炭化物を生成し、疲労強度低下や加工性低下につながるため実質の使用環境を考えると積極的な添加は困難である。
【0005】
また、従来の技術として焼戻し軟化抵抗を向上させる元素であるSi、Cr、Ni、Moを多量添加することで水素環境下における強度低下改善を行う技術が提案されているが(例えば、特許文献1参照)、焼戻し軟化抵抗性と水素による組織変化を伴う早期破損との対応は、現在でも不明瞭であること、そしてNi、Moなど高価な元素を多量に用いていることから素材コストも高く、素材使用を考えると成分適正化によるコスト低減が必要である。
【0006】
また、従来の技術として鋼中に侵入した水素による組織変化に対しマルテンサイト中のC、N濃度低下によりマルテンサイトブロック界面への水素濃化抑制が有効であるとし、熱処理適正化によりCr、Mo、Vといった炭化物及び炭窒化物生成元素を添加することで固溶C、Nを低減させる技術が提案されているが(例えば、特許文献2参照)、浸炭時または浸炭窒化時の浸炭層内の固溶C、N量低減は材料硬さの低減を招き、強度低下にもつながる。また、歯車での使用を十分に考慮しておらず焼戻し軟化抵抗性、摩耗特性不足から歯車を想定した水素環境下での疲労試験を行った際には、高い面疲労強度を維持できなかった。
【0007】
さらに、転がり軸受においてCrおよびMo添加により鋼中に侵入する水素量の軽減及び侵入後においても基地組織を安定化し、組織変化抑制の抑制技術が提案されている(例えば、特許文献3参照。)が、歯車で重要な金属すべりを想定していないため、耐摩耗特性が不足しており、さらに歯車は歯面表面においてせん断力が最大となり、本発明では対象となる応力深さが異なるため不十分である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許第3730182号
【特許文献2】特開2012−36475
【特許文献3】特開2010−196107
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の解決しようとする課題は、特に歯車の水素侵入環境化での使用の際に、耐ピッチング特性に優れたはだ焼鋼を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するためは、歯車の使用環境を想定した成分設計及び水素環境下での対策を併せて考える必要がある。歯車の使用環境下では、金属すべりの発熱時の焼戻し軟化による強度低下、面すべりによる摩耗を抑制する必要がある。また、水素環境下での使用に対しては、水素拡散速度を低減させるために、特に焼戻し後の安定な残留γ量増加が有効であるとの知見を得た。そこで、発明者らはSi、Cr、Mo量を適正化することで焼戻し軟化抵抗性向上および摩耗特性を向上させつつピッチング特性を向上させ、浸炭または浸炭窒化時の焼戻し後の素材表面に残留γ量を強度低下に影響を及ぼさない範囲で積極的に残存させることで特に、水素環境下においても優れた耐ピッチング特性を維持することが可能となる。
【0011】
すなわち、課題を解決するための手段として、請求項1の発明では、質量%で、C:0.10〜0.35%、Si:0.25〜0.80%、Mn:0.30〜1.80%、P:0.030%以下、S:0.035%以下、Cr:2.00〜3.50%、Mo:0.04〜0.50%、Al:0.003〜0.100%、N:0.002〜0.050%を含有し、Si+0.5Cr≧1.5かつSi+Cr+Mo≧3.0を満たし、残部がFeおよび不可避不純物からなるものとし、浸炭処理または浸炭窒化処理ならびに焼入焼戻し処理された状態の、表面から20μmにおけるC濃度0.7〜1.0%同じく表面から20μmにおけるMs点215℃以下同じく表面から20μmにおける残留γ量体積%で20〜50%である、水素環境下における耐ピッチング特性に優れた歯車用鋼である。上記の浸炭処理または浸炭窒化処理とは、図2に示すような浸炭処理または浸炭窒化処理の他、再加熱して焼入焼戻しを行う処理であっても良い。
【0012】
請求項2の発明では、質量%で、C:0.10〜0.35%、Si:0.25〜0.80%、Mn:0.30〜1.80%、P:0.030%以下、S:0.035%以下、Cr:2.00〜3.50%、Mo:0.04〜0.50%、Al:0.003〜0.100%、N:0.002〜0.050%、Nb:0.01〜0.10%を含有し、Si+0.5Cr≧1.5かつSi+Cr+Mo≧3.0を満たし、残部がFeおよび不可避不純物からなるものとし、浸炭処理または浸炭窒化処理ならびに焼入焼戻し処理された状態の、表面から20μmにおけるC濃度0.7〜1.0%同じく表面から20μmにおけるMs点215℃以下同じく表面から20μmにおける残留γ量体積%で20〜50%である、水素環境下における耐ピッチング特性に優れた歯車用鋼である。である。上記の浸炭処理または浸炭窒化処理とは、図2に示すような浸炭処理または浸炭窒化処理の他、再加熱して焼入焼戻しを行う処理であっても良い。
【発明の効果】
【0013】
本発明の歯車用はだ焼鋼は、歯面における金属すべりの摩耗や発熱による焼戻し軟化を抑制するとともに、潤滑油の分解等により鋼材に水素が侵入する環境下においても残留γによる水素トラップ等により水素の拡散速度低減させることで応力集中部への水素局在化を鈍化させ、組織変化による早期破損を抑制し、水素侵入環境下においても優れた摩耗特性、耐ピッチング特性を有するなど本発明は、従来にない効果を発揮する。
また、Nbを添加することで浸炭または浸炭窒化後のオーステナイト粒径を微細にし、疲労強度の上昇、粒界への水素トラップによる水素環境下での耐ピッチング特性のさらなる向上効果を持つ。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】歯車の歯面強度評価試験としてローラーピッチング疲労試験について図で示し、(a)は試験概念図、(b)はローラーピッチング疲労試験片形状である。
図2】熱処理パターンを示し、(a)は浸炭+焼入れおよび焼戻しパターン、(b)は浸炭窒化+焼入れおよび焼戻しパターンを示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
次に、本発明のはだ焼鋼において成分組成の限定理由を説明する。成分は、すべて質量%で記載する。
C:0.10〜0.35%
Cは、焼入焼戻しにより硬さを増し、強度向上に有効な元素であるが0.10%未満では浸炭または浸炭窒化後の芯部強度不足による強度低下となる。また、0.35%を超えると芯部靭性が低下するとともに、素材硬度上昇により加工性が低下する。そこで、Cは0.10〜0.35%とし望ましくは0.15〜0.30%とする。
【0016】
Si:0.25〜0.80%
Siは、鋼の脱酸に必要な元素であり、また焼入れ性を向上し強度を高めるとともに焼戻し軟化抵抗を大きく向上させ金属すべり等による発熱で高温となる環境において強度低下を抑える効果をもつ元素である。また、歯面の摩耗特性向上にも効果がある。しかし、過多になると摩耗抑制効果が、過剰となり、0.80%超えると加工性の低下を引き起こし、また浸炭時の酸化物生成などにより浸炭不良の原因ともなる。よって、Siは0.25〜0.80%とし、望ましくは0.35〜0.65%とする。
【0017】
Mn:0.30〜1.80%
Mnは、焼入れ性を大きく向上させる元素であり、Ms点を下げ、浸炭または浸炭窒化後の残留γ量を増加させる効果を持つが、1.80%を超えると硬度上昇による加工性低下、靭性低下につながる。また、残留γが過多になると強度低下につながる。よって、Mnは0.30〜1.80%とし、望ましくは0.45〜1.20%とする。
【0018】
P:0.030%以下
Pは、不純物として不可避的に含有され、粒界に偏析することで靭性低下、強度低下を引き起こすため0.030%以下とする。
【0019】
S:0.035%以下
Sは、不純物として不可避的に含有され、MnSを形成することで被削性を向上させるが、MnSは疲労強度低下、冷間加工性低下につながるため0.035%以下とする。
【0020】
Cr:2.00〜3.50%
Crは焼入れ性向上により強度を向上させ、焼戻し軟化抵抗向上により高温時の強度低下を抑制し、摩耗特性向上の効果を持つ。また、浸炭または浸炭窒化層内に炭窒化物を形成し、水素拡散速度を低下させるとともに、Ms点を低下させ浸炭または浸炭窒化後の残留γ量を増加させることでも水素拡散速度低下させるため水素環境下での疲労強度向上に非常に有効である。さらに、残留γを安定化させることで残留γ減少を妨げる効果を持つ。しかし、3.50%超えると浸炭または浸炭窒化時に浸炭阻害による浸炭量低減、硬さ低減を起こし、また粗大な炭化物形成により疲労強度低下にもつながる。そこで、Crは2.00〜3.50%とし、望ましくは2.30〜3.10%とする。
【0021】
Mo:0.04〜0.50%
Moは、焼入れ性向上および靭性向上に有効であり、焼戻し軟化抵抗を向上させ高温での強度低下に有効な元素である。また、浸炭または浸炭窒化時に、炭化物を形成し水素拡散速度を低下させることで水素環境での疲労強度に優れる。しかし、Moが過多になると加工性低下をもたらし、素材コスト上昇につながるとともに水素環境での疲労強度向上効果が0.5%程度で飽和するため、Moは0.04〜0.50%とし、望ましくは0.15〜0.40%とする。
【0022】
Al:0.003〜0.10%
Alは、脱酸作用を持ち、またNとAlNを形成することでピンニング効果により水素拡散の障壁となるオーステナイト結晶粒を微細化することで結晶粒界に水素がトラップされやすくなり、水素拡散速度の低下により水素環境での疲労強度を向上させる効果がある。さらに結晶粒微細化による強度向上効果を生じる。しかし、0.10%より多くなると酸化物量が増加し疲労強度の低下につながる。そこで、Alは、0.003〜0.10%とし、望ましくは0.020〜0.050%とする。
【0023】
N:0.002〜0.050%
Nは、鋼中のAlやNbと化合物を形成することにより、オーステナイト結晶粒の微細化による水素拡散速度の低下により水素環境での疲労強度向上させる元素である。また、Nはオーステナイトを安定化させる効果を持つ。しかし、0.050%より多いと窒化物を多量に生成し疲労強度が低下する。そこで、Nは0.002〜0.050%とする。
【0024】
Nb:0.01〜0.10%
Nbは、C、Nと炭窒化物を形成し、ピンニング効果により結晶粒を微細化させることで水素拡散速度を低下させ水素環境下での疲労強度を向上させるとともに、炭窒化物自体が水素のトラップサイトとなるため更なる水素拡散速度低下効果をもつ。しかし、0.10%を超えると微細化への効果は飽和し、多量の炭窒化物を生成することで疲労強度低下につながる。そこで、Nbは0.01〜0.10%とし、望ましくは0.03〜0.07%とする。
【0025】
Si+0.5Cr≧1.5
歯車は、歯面同士の金属すべりにより摩耗が進行すると鋼材表面において新生面が生成することで潤滑油から鋼材への水素侵入の危険性も増すため、水素環境下の耐ピッチング特性向上には、耐磨耗特性の向上が必要である。耐磨耗特性向上のためにはSi、Crの添加が有効であり、特にSiの添加が有効である。Si+0.5Crが、1.5未満になると耐磨耗特性不足から鋼材への侵入水素量増加により水素環境下における耐ピッチング性能が低下する。
【0026】
Si+Cr+Mo≧3.0
歯車は、歯面同士の金属すべりにより摩擦が生じ、歯面接触部は200℃以上となるため、鋼材の硬度低下を引き起こす。このため、焼戻し軟化抵抗を向上させるSi、Cr、Moの添加が有効である。Si+Cr+Moが、3.0未満になると焼戻し軟化抵抗の不足から水素環境下における耐ピッチング性能が低下する。
【0027】
表面から20μmを基準とする技術的な意味
歯車の歯面ピッチングにおいては、金属すべりにより発生する摩擦力により表面に最大となるせん断応力が作用し、表面に発生した微小キレツの伝播によりピッチング現象を引き起こす。そこで、水素環境における耐ピッチング特性向上のためには表面における水素拡散速度低下が必要となる。ここで、表面は金属すべりによって数μm〜十数μm摩耗することを考慮し、20μm深さを基準とする。
【0028】
表面から20μm位置のC濃度(質量%):0.7〜1.0%
浸炭によるC濃度は、鋼材の硬さに影響を与え面疲労強度に大きく影響する。また、その他元素と炭化物を形成することで水素をトラップし、水素拡散速度低減効果を持ち、微細な炭化物によるピンニング効果により、結晶粒微細化による水素拡散速度低減効果にも効果を持つ。さらに、C濃度が増加するとMs点が降下し、残留γ量増加につながるため、さらなる水素拡散速度低下効果が期待されこととなるので、C濃度は非常に重要な因子である。しかしながら、C濃度が0.70%未満になると十分な硬さが得られないほか、残留γ量の確保も困難になる。一方、C濃度が1.0%を超えると表面に多量の炭化物を形成し、炭化物を起点とするはく離、キレツの発生により耐ピッチング特性低下につながるため、C濃度は0.7〜1.0%とする。
【0029】
表面から20μm位置の残留γ量(体積%):20%〜50%
水素環境下においてピッチング特性を向上させるには、マルテンサイトと比較し、水素拡散速度が遅い残留γ組織の増加が有効であるが、残留γ量が50%を超えると硬さの低下や寸法安定性低下につながる。また、残留γ量が20%より低くとなると水素拡散速度低下の効果が小さく、水素環境下におけるピッチング寿命向上への効果が不十分となる。そのため、浸炭または浸炭窒化後の表面から20μm位置の残留γ量を20%〜50%とし、望ましくは25〜40%とする。また、20%以上の残留γを得る手段としてMs点を215℃以下とすることが有効である。
【実施例】
【0030】
本発明の実施例を以下に説明する。表1に示す化学組成を含有する本発明例のための実施例としての鋼(以下、「発明例鋼」)、及び比較用の鋼(以下、「比較例鋼」)を100kg真空溶解炉で溶製して鋼とした。次いで、これらの鋼を1250℃で12時間以上保持しソーキングを行った後、同温度にて熱間鍛造して直径32mmの棒鋼に製造し、720℃に4時間保持した後、空冷して低温焼なまし処理を行った。
【0031】
【表1】
【0032】
上記表1に示す実施例鋼および比較例鋼を用い、図1(b)に示すローラーピッチング試験片を作製した。その後、図2(a)に示す条件にて狙いC濃度を変更して浸炭焼入れ処理および焼戻しを行い、最後に研磨により規定寸法の試験片を作製した。C濃度は、試験片作製後の表面から20μm位置において測定を行った。
上記手順で作製した試験片を用い、表面から20μm研磨位置において残留γ量測定を行った。残留γ測定方法は、オーステナイト相とマルテンサイト相からのX線回折線の積分強度から算出した。また、同様の熱処理手順でフォーマスター試験片を作製し、試験片全体のC濃度を0.7%〜1.0%とした後、同試験片を用いMs点の測定を行った。フォーマスター試験は、1000℃まで試験片を加熱後にガス冷却により急冷させた際の、体積膨張開始温度からマルテンサイト変態開始温度を測定するものである。
【0033】
上記段落0032にて作製したローラーピッチング試験片は、水素環境でのピッチング特性評価のため表2に水素添加条件にて水素添加後、直ちに表3に示す条件にてローラーピッチング試験機を用いて試験を行い、ピッチングまでのサイクル数にて評価を行った。サイクル数は、表1の比較例鋼19に挙げたJIS鋼SCM420との寿命比にて評価を行った。ローラーピッチング試験は、大きさの異なる2つのローラーを用い、各ローラーの回転速度を変えることで金属すべりを発生させ、擬似的に歯車の歯面疲労を再現する試験である。ローラーピッチング試験の概念図、およびローラーピッチング試験片形状を図1(a)、(b)に示す。
【0034】
以上、上記の段落0032、段落0033に記載した残留γ測定量、Ms点測定結果、水素環境ローラーピッチング試験による耐ピッチング特性評価結果(表1比較例鋼19 JIS鋼 SCM420比にて記載。)については、以下の表4に示す。
【0035】
【表2】
【0036】
【表3】
【0037】
【表4】
【0038】
表4から見てとれるように、実施例鋼のNo.1〜13については、請求項の条件を満たすものはSCM420比で水素環境のピッチング特性1.8倍以上の寿命が得られており水素環境化において優れた耐ピッチング特性を示した。比較例鋼のNo.14〜26については、同SCM420比で1.8倍未満であり十分な水素環境下での耐ピッチング特性を有していない。
また、比較例鋼16および21は請求項から外れているものの比較的優れた水素環境下での耐ピッチング特性が得られている。しかし、これらはNi増による素材コスト増加、C増による加工性低下が懸念されるため、本願では、対象外とする。
【符号の説明】
【0039】
1 大ローラー
2 小ローラー
図1
図2