【実施例】
【0055】
(実施例1)
上記クランクシャフト及びクランクシャフト用鋼材に係る実施例につき、比較例と共に説明する。本例では、表1に示すごとく、成分組成が異なる複数種類の試料を準備して、最終製品であるクランクシャフトを製造する場合を想定した条件で加工を加えた試験片を準備し、各種評価を行った。
【0056】
【表1】
【0057】
<熱間加工性試験>
熱間加工性試験に用いる試験片は次のように作製した。まず、各試料の原料の溶解、精錬及び鋳込みをVIM(Vacuum Induction Melting:真空誘導溶解装置)を用いて行い、鋼塊を得た。この鋼塊の表層から試験片を切り出した。試験片は、直径10mmφ×長さ120mmの丸棒形状とした。なお、この評価は、熱間加工性が最も問題となる分塊圧延時の加工性を評価するために行うものである。
【0058】
熱間加工性は、グリーブル試験機を用いた熱間引張試験によって評価した。熱間引張試験の条件は、加熱温度:1200℃、歪速度:50mm/secとした。この条件は、実際の分塊圧延時の条件を想定して定められたものである。評価は、熱間引張試験の結果から、絞りの値を求め、この値が95%以上の場合を合格、95%未満の場合を不合格とする基準により行った。
【0059】
<被削性試験>
被削性試験に用いる試験片は次のように作製した。まず、各試料の原料の溶解、精錬及び鋳込みをVIMを用いて行い、鋼塊を得た。この鋼塊に実際の熱間鍛造時の温度に相当する1200℃の温度で熱間鍛造を施して空冷し、直径65mmφの丸棒を得た。この丸棒に、球状化焼鈍処理(790℃×6hr→15℃/hrで720℃まで冷却→720℃×6hr→15℃/hrで670℃まで冷却→空冷)を施した後、切削加工を施して、直径60mmφ×長さ390mmの試験片を得た。
【0060】
被削性は、旋盤により切削する場合の切削工具の摩耗量によって評価した。上記旋盤としては、森精機製SL−25旋盤を用い、上記切削工具としては、タンガロイ製SNMG120408−サーメットNS530を用いた。試験条件は、切削速度200m/sec、送り速度0.3mm/sec、切り込み:1.5mm、切削時間:8分の条件とした。試験後に切削工具の摩耗量を測定し、その値が0.30mm以下の場合を合格、0.30mmを超える場合を不合格と判定した。
【0061】
<転動疲労寿命特性試験>
転動疲労寿命特性試験に用いる試験片は次のように作製した。まず、各試料の原料の溶解、精錬及び鋳込みをVIMを用いて行い、鋼塊を得た。この鋼塊に被削性試験の試験片と同様に1200℃の温度で熱間鍛造を施し、一辺の長さLが65mmの断面正方形の角棒1を得た。この角棒1に、被削性試験片と同じ条件で球状化焼鈍処理を施した後、粗切削加工を施し、仕上げ切削加工を施して、直径45mmφ×厚さ12mmの円盤状試験片2を得た。円盤状試験片2の採取位置は、
図2に示すごとく、上記角棒1の一辺の長さLが65mmの正方形断面において、表面からL/4の位置が円形の試験面となるように、幅方向中央部(L/2)が中心となる円盤状に切り出して採取した。この位置で採取したのは、この位置が母材の平均的な材質を有すると判断したからである。
【0062】
この試験片2の表面に高周波焼入れ処理を行った後、焼戻し処理を行い、さらに、表面を鏡面研磨して転動面(試験面)とした。高周波焼入れ条件は、室温から1000℃まで数秒で加熱昇温し、その直後に水焼入する条件で行った。この際、後述の試料1−A、1−B以外は、実質的な焼入硬化層の深さが2.5mm程度となるように高周波加熱条件を調整した。また、焼戻し処理は、試験片2を170℃で90分間保持し、空冷する条件で行った。
【0063】
転動疲労寿命特性試験は、森式スラスト型転動疲労試験機を用い、最大接触面圧:5.3GPa、回転数:1500rpm、潤滑油:マシン油#30、ボールサイズ3/8インチ、ボール個数3個、温度:室温という条件で行った。転動疲労寿命の評価は、ワイブル分析により折損しない確率が90%と定義されるB10寿命が15×10
6以上の場合を合格、15×10
6未満の場合を不合格と判定した。
【0064】
<MnS観察>
MnS観察用の試料は、上述した転動疲労寿命特性試験の場合と同様に作製した円盤状試験片2を用いた、MnSの観察面は、円盤状試験片2の表面を鏡面研磨して形成した。
【0065】
MnSの観察は、レーザー顕微鏡を用いて2段階で行った。第1の段階では、200倍で観察し、10mm
2の観察範囲内に存在するMnSのうち、円相当径が10μm以上のMnSの個数を確認した。円相当径は、レーザー顕微鏡により写真を撮影後、その写真を画像解析することによってMnS面積を測定して算出した。円相当径が10μm以上のMnSの個数が5個以下の場合を合格、5個を超える場合を不合格と判定した。
【0066】
第2の段階の観察では、上記レーザー顕微鏡の倍率を1000倍とし、1mm
2相当の観察範囲内に存在する全てのMnSの個数(総数)を確認した。この評価により、上記総数が2000個以上であれば、好ましいMnSの個数と判断することができる。
【0067】
<硬さ測定>
硬さ測定用の試料は、上述した転動疲労寿命特性試験の場合と同様に、円盤状試験片2の表面に高周波焼入れ処理を行った後、焼戻し処理したものを用いた。硬度測定面は、円盤状試験片2の厚み方向に沿った断面とした。そして、最表面から深さ100μmの位置において測定した硬さを高周波焼入れ層の表面硬さとし、さらに、深さ方向の硬さ変化を測定し、700HV以上となっている硬さの範囲、つまり700HV以上の硬化深さを確認した。また、高周波焼入れ処理の影響が及んでいない母材部の状態を調べるため、最表面から6mmの位置の硬さ、組織の確認を同時に行った。
上記各試験の結果を表2に示す。
【0068】
【表2】
【0069】
表2から知られるように、試料1〜10については、化学成分組成が適正な範囲にあり、かつ、上記式1及び式2を具備することにより、全ての評価項目において合格となり、転動疲労寿命特性に優れ、かつ、その製造過程における被削性及び熱間加工性にも優れることがわかった。なお、表2には、前記した評価のうち、高周波焼入れ層及び母材部の組織と、MnSの個数(総数)については記載していないが、試料1〜10は、全て高周波焼入れ層の組織がマルテンサイト又はマルテンサイト+球状化セメンタイト組織であって、母材部の組織が、パーライト組織、球状化セメンタイト+パーライト組織、球状化セメンタイト+フェライト組織のいずれかの組織となっており、MnSの個数は、2213〜4393個と全て2000個以上、存在していることを確認できた。被削性については、本発明は、C含有率が従来用いられているクランクシャフト用鋼材と比較して高く、熱間鍛造後空冷のままでは、十分な性能は得られなかったが、球状化焼鈍処理により例えば試料1では、硬さが220HVまで低下し、製造上問題のない被削性を確保することができた。他の試料も同様に球状化焼鈍処理により硬度を十分に低下させ、鍛造後の機械加工に問題のないレベルまで被削性を高められることを確認した。
【0070】
試料1−Aは、前述の試料1と同じ化学成分の鋼材を用い、高周波焼入れ条件のみを変化させて、高周波加熱時に加熱される表面からの深さを調整して、700HV以上の硬化深さが1.5mmとなるよう調整したものである。その結果、試料1の場合と同様に、全ての評価項目において合格となり、転動疲労寿命特性に優れ、かつ、被削性にも優れていた。このことから、700HV以上の硬化層が少なくとも1.5mm以上の深さで存在することが転動疲労寿命特性に有効であることがわかる。但し、試料1に比べると転動疲労寿命特性が劣ることから、硬化深さを2.5mm程度に厚めとした方がより好ましいことがわかる。
【0071】
試料1−Bは、前述の試料1と同じ化学成分の鋼材を用い、試料1−Aの場合と同様に、高周波焼入れ条件のみを変化させて700Hv以上の硬化深さが0.7mmとなるように調整したものである。その結果、化学成分が適正な範囲であっても、硬化深さが浅い場合には、転動疲労寿命特性が大きく劣ることが確認された。
【0072】
試料11は、C含有率が高すぎることにより、球状化焼鈍後の硬度が高くなりすぎて被削性が劣る結果となった。
試料12は、C含有率が低すぎることにより、試料1〜10と同様の条件で高周波加熱処理を行ったものの、高周波焼入れ後に狙いとする硬度が得られず、転動疲労寿命特性が劣る結果となった。
【0073】
試料13は、Mn含有率が高すぎることにより、式1を満足せず、円相当径が10μmを超えるMnSの個数が5個を超え、転動疲労寿命特性が劣る結果となった。
試料14は、Mn含有率が低すぎることにより、式2を満足せず、MnSの個数が試料1〜10に比較して減少した一方で、FeSが生成し、それに起因すると考えられる熱間加工性の低下が生じた。
【0074】
試料15は、S含有率が高すぎることにより、式1を満足せず、円相当径が10μmを超えるMnSの個数が5個を超え、転動疲労寿命特性が劣る結果となった。
試料16は、S含有率が低すぎることにより、式2を満足せず、MnSの総数が少なくなりすぎ、被削性が劣る結果となった。
【0075】
試料17は、Si含有率が高すぎることにより、球状化焼鈍後の硬度が上昇し、被削性が劣る結果となった。
試料18は、Al含有率が高すぎることにより、介在物増加に起因すると考えられる転動疲労寿命特性の低下が生じた。
【0076】
MnS観察結果の代表的なものとして、試料1及び試料15のレーザー顕微鏡観察時に撮影した写真を
図3及び
図4に示す。同図の写真において示された黒い粒状のものがMnSである。同図から知られるように、試料1の場合には、非常に微細なMnSが多数観察されるものの、円相当径が10μmを超えるMnSはこの写真の視野内では観察されていない。試料1は、10mm
2の観察面内では、表2に示すごとく、円相当径が10μmを超えるMnSは3個のみ観察された。
【0077】
一方、試料15の場合には、S含有率が高く、上述したごとく式1を満足していないものであるが、
図4中に示す符号a、bに代表されるような円相当径が10μmを超えるMnSが観察された。試料15は、10mm
2の観察面内では、表2に示すごとく、円相当径が10μmを超えるMnSは19個観察された。
【0078】
(実施例2)
本例では、本願におけるクランクシャフトの一例を示す。本例のクランクシャフト5は、
図5に示すごとく、複数のピン部51及び複数のジャーナル部52を有するものである。そして、本例のクランクシャフト5は、全てのピン部51及びジャーナル部52が、その外周面が転がり軸受用の転動面510、520となっており、転動面510、520上を転がり軸受の転動体61(
図6参照)が直接転動可能なように構成されている。
【0079】
クランクシャフト5のピン部51に適用可能な軸受構造としては、例えば、
図6に示す如く、転動面510に直接接する棒状のころからなる転動体61と、これらの周方向及び軸方向の等間隔の配列状態を保持するための保持器(図示略)と、その外周側に配置される外輪部62と、さらにその外周側に配置されたコンロッド7からなる構造を採用することができる。なお、棒状の転動体61は、球状の転動体に変更することも可能である。また、ジャーナル部52に適用可能な軸受構造としては、ジャーナル部52を支持するための支持部(図示略)をコンロッド7に代えて配置する構造を取ることができる。
【0080】
そして、実施例1の試験片により効果を確認した鋼を用い、
図5、
図6に示す転がり軸受構造のクランクシャフトを製造し、その効果を確認した結果、優れた寿命を確保できることが確認できた。
【0081】
このような、転がり軸受構造を実現するには、転動体61を直接支持する転動面510の転動疲労寿命特性に優れること、クランクシャフト5を製造するために必要な優れた被削性を確保できることの2つの優れた特性を同時に具備することが少なくとも必要である。本願では、被削性を改善する効果を有する鋼中に存在するMnSの存在状態に注目し、Mn含有率を従来鋼に比較して極端に低減することにより、粗大な晶出MnSを低減し、微細な析出MnSを増加させた状態でMnSを鋼中に分布させることにより、MnSによる被削性改善効果をそのまま維持しつつ、優れた転動疲労寿命特性を確保することに成功したので、上記各条件を満足する実施例1に示した試料1〜10に代表されるクランクシャフト用鋼材を用い、上述したとおり製造されたクランクシャフトによれば、このような要求を容易に満たすことができる。