特許第6350156号(P6350156)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6350156クランクシャフト及びクランクシャフト鋼材
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6350156
(24)【登録日】2018年6月15日
(45)【発行日】2018年7月4日
(54)【発明の名称】クランクシャフト及びクランクシャフト鋼材
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20180625BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20180625BHJP
   C21D 9/40 20060101ALI20180625BHJP
   C21D 9/30 20060101ALI20180625BHJP
   C21D 1/10 20060101ALI20180625BHJP
   F16C 3/08 20060101ALI20180625BHJP
   C21D 1/32 20060101ALN20180625BHJP
【FI】
   C22C38/00 301Z
   C22C38/60
   C21D9/40 A
   C21D9/30 A
   C21D1/10 Z
   F16C3/08
   !C21D1/32
【請求項の数】4
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2014-186267(P2014-186267)
(22)【出願日】2014年9月12日
(65)【公開番号】特開2016-56437(P2016-56437A)
(43)【公開日】2016年4月21日
【審査請求日】2017年6月2日
(73)【特許権者】
【識別番号】000116655
【氏名又は名称】愛知製鋼株式会社
(72)【発明者】
【氏名】牧野 孔明
(72)【発明者】
【氏名】水野 浩行
(72)【発明者】
【氏名】上西 健之
【審査官】 河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】 特開2013−087900(JP,A)
【文献】 特開2002−194438(JP,A)
【文献】 特開平11−350066(JP,A)
【文献】 特開平09−272946(JP,A)
【文献】 特開2014−189818(JP,A)
【文献】 特公昭48−012288(JP,B1)
【文献】 米国特許出願公開第2014/0099228(US,A1)
【文献】 特開2014−181358(JP,A)
【文献】 特開2015−113493(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 − 38/60
C21D 1/10
C21D 9/30
C21D 9/40
F16C 3/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のピン部及び複数のジャーナル部のうち少なくとも一部の外周面が転がり軸受用の転動面であり、該転動面上を転がり軸受の転動体が直接転動可能なように構成されたクランクシャフトであって、
化学成分が、質量%で、C:0.70%〜1.10%、Si:0.01%〜2.00%、Mn:0.03%〜0.20%、S:0.015%〜0.048%、Cr:0.01〜2.00%、Al:0.001〜0.050%、N:0.0200%以下を含有すると共に、式1及び式2を満足し、
式1:90S+2C+5√Mn<7.5、
式2:1.5<Mn/S<13.4、
(式1及び式2中における元素記号は、当該元素の含有率(質量%)の値を意味する)
残部がFeおよび不可避不純物からなるクランクシャフト用鋼からなり、
上記転動面直下の位置において当該転動面に平行な断面を観察した場合に、10mm2の観察面内に存在するMnSのうち、円相当径が10μm以上のMnSが5個以下であり、
上記転動面は、高周波焼入れ処理が施されており、最表面から少なくとも1.5mmの範囲の硬さが700HV以上であることを特徴とするクランクシャフト。
【請求項2】
請求項1に記載のクランクシャフトにおいて、上記クランクシャフト用鋼は、上記残部のFe及び不可避不純物の一部に代えて、更に、質量%で、Mo:0.01〜0.50%、B:0.0005%〜0.0050%、Ti:0.01%〜0.20%の1種又は2種以上(B、Tiは同時添加に限る。)を含有することを特徴とするクランクシャフト。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のクランクシャフトにおいて、上記クランクシャフト用鋼は、上記残部のFe及び不可避不純物の一部に代えて、更に、質量%で、Nb:0.01%〜1.00%と、V:0.01%〜1.00%の少なくとも一方を含有することを特徴とするクランクシャフト。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載のクランクシャフトを作製するための熱間鍛造前の鋼材であって、
上記化学成分を有し、
軸方向に平行で表面から深さ方向にd/4の位置(dは鋼材の直径又は厚み)の断面を観察した場合に、10mm2の観察面内に存在するMnSのうち、円相当径が10μm以上のMnSが5個以下であることを特徴とするクランクシャフト用鋼材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ピン部またはジャーナル部の軸受構造を転がり軸受構造とすることが可能なクランクシャフト及びこれを作製するためのクランクシャフト用鋼材に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の自動車用エンジンのクランクシャフトのほぼ全てには、ジャーナル部及びピン部の軸受構造として、すべり軸受構造が採用されている。すなわち、従来のクランクシャフトのジャーナル部及びピン部は、その外周面がすべり軸受部の摺動面としての役割を果たし、これに対向して配置されるメタルと呼ばれるすべり軸受材と共にすべり軸受構造を構成する。
【0003】
この従来のクランクシャフトは、鍛造あるいは鋳造により成形された粗形材に機械加工を施して、ジャーナル部及びピン部を形成し、さらに必要に応じてジャーナル部及びピン部の耐久性を高めるために、高周波焼入れ等の表面硬化処理を行うことにより作製される。このように、従来のクランクシャフトのジャーナル部及びピン部の表面は、すべり軸受構造として使用されることを前提に摺動面として必要な強度を確保できるように検討され、製造されている。
【0004】
一方、近年、燃料価格が高騰しており、燃費の優れたハイブリッド車の販売台数が急増しているとともに、ガソリン車の燃費向上の競争が激化している状況である。そのような背景から自動車の燃費を向上できる新しい技術の開発が強く求められている。
【0005】
そのような状況の中で、自動車の低燃費化には、クランクシャフトの回転時のジャーナル部及びピン部の軸受部分の摩擦抵抗が小さいほど有利であることから、ジャーナル部及びピン部の軸受構造を、すべり軸受構造よりも摩擦抵抗の小さい転がり軸受構造に切替えることの検討が進められつつある。しかし、転がり軸受構造に切替えると当然の如く厳しい転動疲労寿命特性が必要となることから、その点に関する問題を解決する必要が新たに生じる。
【0006】
これに対する従来の取組みとしては、以下に説明する2つの特許文献に記載の発明が開示されている。
【0007】
すなわち、特許文献1には、クランクシャフトのジャーナル部の表面が、転がり軸受構造の内輪に要求されるレベルの耐摩耗性を持ち合わせていないことを前提とし、ジャーナル部の外側に二つ割り内輪を強固に固定する方法が示されている。
【0008】
また、特許文献2には、上記の二つ割り内輪を配設する場合の継ぎ目部分での段差による問題を解消するため、ジャーナル部分またはピン部の外表面にセラミック層を形成することが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2010−117008号公報
【特許文献2】特開2012−219882号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
前記の通り、クランクシャフトのジャーナル部及びピン部をすべり軸受構造から転がり軸受構造に変更した場合、高いレベルの転動疲労寿命特性が必要となる。しかしながら、従来クランクシャフト用として用いられてきた鋼材を用いて製造されたクランクシャフトのジャーナル部及びピン部の外周面は、特許文献1及び2においても言及されているように、転がり軸受構造の内輪としての役割を果たせるほどの材料面での性能を有していない。特許文献1では、この点を補うために二つ割り内輪を採用し、ピン部あるいはジャーナル部の外周面に配設する構造とすることが開示されている。ところが、二つ割りとすると当然の如く存在する継ぎ目部分における段差によって、騒音・振動が発生し、また段差が原因で損傷の原因となる可能性も生じる。さらに、クランクシャフト部品とは別の部品として内輪を準備する必要があることから、ただでさえ転がり軸受構造とすることによりコストが増加するのに、それに加え新たな部品の追加により、さらにコストが増加してしまうという問題がある。
【0011】
また、特許文献2のように、ジャーナル部またはピン部の外表面にセラミック層を形成する手法も、コストが増加するという点では特許文献1と全く同様である。
【0012】
本発明は、かかる背景に基づいて成されたものであり、クランクシャフトとは別部品である二つ割りの内輪を用いたり、セラミック層を形成するといったコスト増となる方策に頼ることなく、転がり軸受構造への切替えが可能となるクランクシャフト及びこれを作製するためのクランクシャフト用鋼材の提供を可能とすることを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
転がり軸受構造のクランクシャフトとして使用可能なクランクシャフト用鋼材を提供可能とするには、次の2点の問題の解決が必須である。まず最も大きな問題は、長期間、玉やころ等の転動体が、大きな負荷のかかった状態で外周面を相対移動する状況において、表面に破損が生じることのない優れた転動疲労寿命特性を確保できるかどうかという点である。そして、もう1点は、クランクシャフトは、熱間鍛造等により成形後機械加工されることから、優れた機械加工性が要求されるが、これを前記した転動疲労寿命特性を劣化することなく確保できるかどうかという点である。転動疲労寿命特性と機械加工性は相反する傾向であることが従来の常識であり、両者を同時に優れた特性を得ることは容易でないのが普通である。
【0014】
この課題に関し、本発明者等は鋭意検討を繰返し行った結果、以下の知見を得ることにより本発明を完成したものである。
【0015】
Sは被削性を改善する効果のある元素としてよく知られている。すなわち、S無添加の鋼に対して、他の添加成分組成を変更せずにSのみを添加すると、鋼中のMnSが増加して、被削性向上効果が得られるため、従来のクランクシャフト用鋼で広く用いられてきた。ここで、MnSには、溶鋼から凝固する際に生じる粗大な晶出MnSと、凝固後に析出する微細な析出MnSとがあるが、従来多く使用されているように、単純にSを増量することによるMnSの増加は、晶出MnSの増加がほとんどであって、析出MnSの増加はほとんどない。このような粗大な晶出MnSの存在は、転動疲労特性を劣化する原因になることから、従来から、単純なSの増量は、被削性向上効果は得られるものの、転動疲労特性が低下することが知られていた。従って、このような従来のクランクシャフト用鋼で行われていた単純なSの増量は、すべり軸受構造のクランクシャフト用としては、使用が可能であっても、転がり軸受構造のクランクシャフト用としては、その適用が困難である。
【0016】
そこで、発明者らは、種々の実験を重ね、以下の知見を得て本願発明を完成させた。すなわち、S無添加の鋼に対してSを添加することに加え、Mn含有率を低減させることによる有効性である。このS添加・Mn低減の有効性は、MnSの生成形態を変化させ、MnS全体量を増加させることができる一方、晶出MnS量の増加の抑制と、析出MnS量増加の促進を図ることができることである。
【0017】
また、S無添加の鋼に対してSを添加することに加え、C含有率を最適化することによる効果についても検討した。すなわち、転動疲労寿命特性を確保できる表面硬さが得られる範囲内でC量を低めに調整することにより凝固点を比較的高めとなるように調整し、MnSが多量に晶出する前に凝固を終了させることによって、晶出MnS量の増加を抑制する一方、析出MnS量の増加の促進を図ることができる効果が期待できるためである。なお、ここで言うC量を低めにするとは、転動疲労特性が特に要求される用途に用いられる鋼である高炭素クロム軸受鋼のC量が約1.0%であることに対する比較で説明したものである。
【0018】
本願発明は、上記検討を行い、その効果を確認し、完成されたものである。すなわち、S添加に加え、Mn含有率の低減とC含有率の最適化の両方を実施し、これらの3成分のバランスを図ったものである。そして、凝固点の上昇とMnS生成形態の変化による相乗的な効果を発揮させ、晶出MnS量が増加することなく析出MnS量を大幅に増加させることにより、転動疲労寿命特性低下の原因となる粗大なMnSを極力減少させることに成功したのである。
【0019】
具体的には、従来鋼のMn含有率と比較して極端に低い含有率である0.20%以下にまでMnを低減することにより、大幅に析出MnSを増加できることを確認したものである。そして、Mn含有率の低減に加え、さらにC含有率を低減すると、さらに大きな効果が得られるが、前記のMn含有率の低減による効果が圧倒的に大きく、必ずしもCを低減しなくても、析出MnSを狙いのレベルまで増加させることができる。一方、優れた転動疲労寿命特性を得るための焼入硬さの確保を考慮すると、C含有率の低減は限界があるため、前記した通り、Mn含有率を極端に低減しつつ、Cについては、優れた転動疲労寿命特性が得られる表面硬さ確保ができる範囲で低減すれば、より優れた転動疲労特性を得られることを確認したものである。
【0020】
図1は、以上説明した知見によるMnS生成形態の変化及び凝固点の上昇による効果を、前記した通りMn含有率を0.20%以下と極端に低減することを前提に説明する概念図である。
【0021】
同図は、横軸に温度、縦軸にMnS生成量を取ったものである。横軸の右側に行くほど温度が高く、温度が徐々に低下して凝固点T1又はT2に到達した時点で凝固が完了する。この概念図において、まず、曲線Aが従来のS無添加の鋼におけるMnS生成形態を示す。この場合には、液相から晶出する晶出MnS量a1及び固相から析出する析出MnS量a2はいずれも比較的少なく、総MnS量も比較的少ない。
【0022】
曲線Bは、曲線Aの場合に対して単純にSを増量した鋼のMnS生成形態を示す。この場合には、曲線Aの場合に比べて、固相から析出する析出MnS量b2はほとんど増加しないものの、液相から晶出する晶出MnS量b1が曲線Aの場合よりも増加し、その結果、総MnS量は増加する。この総MnS量の増加によって被削性が向上するものの、粗大な晶出MnS量の増加によって転動疲労寿命特性が低下する。
【0023】
曲線Cは、曲線Bの場合に対してMn含有率を減少させた鋼のMnS生成形態を示す。すなわち、曲線Aの場合に対してSを添加すると共にMn含有率を減少させた例である。この場合、Sは添加するといっても0.05%未満の微量にすぎず、Mnは低減したといってもMnSの生成に必要なMnは、後述の式2を満足している限りは確保されるため、曲線Bの場合に比べて、総MnS量はほとんど変化しないが、Mn含有率を極端に低減した効果により、液相から晶出する晶出MnS量c1が曲線Bの場合よりも大きく減少し、その分固相から析出する析出MnS量c2が大きく増加する。これにより、曲線Bの場合と比較して転動疲労寿命特性が大きく改善され、かつ総MnS量が変化しないことにより、曲線Bの場合とほぼ同等の被削性改善効果が得られる。
【0024】
曲線Dは、曲線Bの場合に対してC含有率を前記の通り低めに最適化した鋼のMnS生成形態を示す。すなわち、曲線Aの場合に対してSを添加すると共にC含有率を減少させた例である。この場合には、曲線Bの場合に比べて、総MnS量はほとんど変化しないが、C含有率減少による凝固点のT1からT2への上昇に伴い、曲線Bの場合と比較すると、一部のMnSが晶出する前に凝固を完了させることにより、液相から晶出する晶出MnS量d1が曲線Bの場合よりも若干減少し、その分固相から析出する析出MnS量d2が若干増加する。これにより、曲線Bの場合とほぼ同様の被削性改善効果が得られるものの、粗大な晶出MnS量の低減は十分ではなく、転動疲労寿命特性は、曲線Bの場合に比べれば改善されるものの、その効果は十分ではなく、曲線Aの場合に比べると転動疲労寿命特性は劣る。
【0025】
曲線Eは、曲線Bの場合に対してC含有率を前記の通り低めに最適化し、かつMn含有率を減少させた鋼のMnS生成形態を示す。すなわち、曲線Aの場合に対してSを増量すると共にC及びMnの含有率を減少させた例である。この場合は、曲線Bの場合に比べて、総MnS量はほとんど変化しないが、Mn含有率減少によるMnS生成形態の変化に加え、C含有率減少による凝固点のT1からT2への上昇の効果が相俟って、液相から晶出する晶出MnS量e1が曲線Cの場合よりもさらに若干減少し、その分固相から析出する析出MnS量e2が若干増加する。これにより、曲線Aの場合と比較すると被削性が改善しクランクシャフト製造に問題のない機械加工性を確保できるとともに、優れた転動疲労寿命特性を曲線Aの場合と同様なレベルに維持することができる。なお、C含有率低減による析出MnS増加への効果はMn含有率低減の効果より小さいため、曲線Cの場合でも曲線Eにかなり近いレベルの特性を得ることができる。
【0026】
本発明は、上記コンセプトに基づいて完成させたものである。すなわち、本発明の一態様は、複数のピン部及び複数のジャーナル部のうち少なくとも一部の外周面が転がり軸受用の転動面であり、該転動面上を転がり軸受の転動体が直接転動可能なように構成されたクランクシャフトであって、
【0027】
化学成分が、質量%で、C:0.70%〜1.10%、Si:0.01%〜2.00%、Mn:0.03%〜0.20%、S:0.015%〜0.048%、Cr:0.01〜2.00%、Al:0.001〜0.050%、N:0.0200%以下を含有すると共に、式1及び式2を満足し、
式1:90S+2C+5√Mn<7.5、
式2:1.5<Mn/S<13.4、
(式1及び式2中における元素記号は、当該元素の含有率(質量%)の値を意味する)
残部がFeおよび不可避不純物からなるクランクシャフト用鋼からなり、
上記転動面直下の位置において当該転動面に平行な断面を観察した場合に、10mm2の観察面内に存在するMnSのうち、円相当径が10μm以上のMnSが5個以下であり、
上記転動面は、高周波焼入れ処理が施されており、球状化セメンタイト+マルテンサイト組織又はマルテンサイト組織からなるとともに、最表面から少なくとも深さ1.5mmの範囲の硬さが700HV以上であることを特徴とするクランクシャフトにある。
【発明の効果】
【0028】
上記クランクシャフトは、上記特定の成分組成を有する上記クランクシャフト用鋼材を用いて製造されている。そして、使用するクランクシャフト用鋼材は、従来鋼に比べMn含有率を大きく低減し、かつMnSの粗大化に影響の大きいC、Mn、Sの含有率を上記式1が満たされるように最適化することにより、上記転動面直下の位置において当該転動面に平行な断面を観察した場合に、10mm2の観察面内に存在するMnSのうち、円相当径が10μm以上のMnSを5個以下とすることができる。これにより、上記クランクシャフト用鋼材を用いて製造されたクランクシャフトは、その表面を高周波焼入れして適切な硬化深さを確保した状態で、硬さを高めた場合に、非常に優れた転動寿命特性を有するものとなり、表面を転がり軸受構造の内輪として利用しても、長期間の使用に十分に耐えうる転がり軸受構造のクランクシャフトとして使用できる。従って、前記した特許文献に記載の転がり軸受構造型のクランクシャフトに比べ、低コストでの提供が可能となり、自動車の燃費向上に大きく貢献できる。
【0029】
また、上記クランクシャフト用鋼材は、上記化学成分の範囲内でかつ、式2を満たしていることにより、微細なMnSの生成の促進と、FeS生成の抑制を図ることができ、上記クランクシャフトの製造過程で必要な特性である被削性及び熱間加工性を向上させることができる。そのため、上記クランクシャフトは、生産性にも優れたものとなる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
図1】S添加、Mn含有率減少及びC含有率減少によるMnS生成形態を示す説明図。
図2】実施例1における、転動疲労寿命特性試験用試験片採取位置を示す説明図。
図3】試料1のMnS観察結果を示す図面代用写真。
図4】試料15のMnS観察結果を示す図面代用写真。
図5】実施例2における、クランクシャフトの構成を示す説明図。
図6】実施例2における、ピン部の転がり軸受構造の一例を示す説明図。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、上記クランクシャフトに用いるクランクシャフト用鋼材の必須化学成分組成の限定理由を説明する。
C:0.70%〜1.10%、
C(炭素)は、転動疲労寿命特性を向上させるために必須の元素である。Cの含有によって、高周波焼入れ及び焼戻しを行なった後の硬度を向上させることができる。Cの含有率が上記上限値よりも高い場合には、球状化焼鈍後の硬さが高くなりすぎて、必要とする加工性を確保できなくなるおそれがある。一方、Cの含有率が上記下限値よりも低い場合には、C含有による前記効果が十分に得られないおそれがある。なお、前記図1の説明で記載した通り、C含有率は低いほど鋼の凝固点が上昇し、析出MnSが増加する傾向となるため、C含有率は、優れた転動疲労寿命特性を得るための焼入れ硬さが確保できることを条件に、低めとした方がより好ましい。
【0032】
Si:0.01%〜2.00%、
Si(ケイ素)は、製鋼時の脱酸材として不可欠な元素である。Siの含有により、焼入れ性を向上させることができる。Siの含有率が上記上限値よりも高い場合には、球状化焼鈍後の硬さが高くなり過ぎて切削性が悪化するおそれがある。一方、Siの含有率が上記下限値よりも低い場合には、Si含有による効果が十分に得られないおそれがある。
【0033】
Mn:0.03%〜0.20%、
Mn(マンガン)は、焼入れ性向上に有効であると共に、Sと結合しMnSを生成し被削性の向上を図るために有効な元素である。また、Mnは本発明のポイントとなる元素であり、前記した通り従来鋼に比べ含有率の上限を大幅に低く抑制することにより、粗大な晶出MnSの生成を抑え、微細な析出MnSの生成を増加して、優れた転動疲労寿命特性を確保するものである。従って、Mn含有率が上記上限値よりも高い場合には、晶出MnSが増加して、粗大なMnSが生成されやすく転動疲労寿命特性が低下するおそれがある。一方、Mn含有率が上記下限値よりも低い場合には、被削性改善に必要なMnSが十分に生成されず、その一方でFeSが生成し、熱間加工性が低下するおそれがある。
【0034】
S:0.015%〜0.048%、
S(硫黄)は、Mnと結合しMnSを生成し、被削性を向上させる効果を有する。S含有率が上記上限値よりも高い場合には、晶出MnSが増加して、粗大なMnSが生成されやすくなり、転動疲労寿命特性が低下するおそれがある。一方、S含有率が上記下限値よりも低い場合には、S含有による効果が十分に得られないおそれがある。被削性の改善効果を考慮すると、好ましくは、S含有率は、0.026%以上とするのがよい。
【0035】
Cr:0.01〜2.00%、
Cr(クロム)は、炭化物を安定化させると共に、焼入れ性を高める効果を発揮する。Cr含有率が上記上限値よりも高い場合には、鋳造時に粗大な炭化物が生成しやすくなる。一方、Cr含有率が上記下限値よりも低い場合には、Cr含有による効果が十分に得られないおそれがある。
【0036】
Al:0.001〜0.050%、
Al(アルミニウム)は、脱酸材として必要な元素である。Al含有率が上記上限値よりも高い場合には、鋼中に不純物として含有している酸素と結合して、生成する酸化物系介在物が増加し、転動疲労寿命特性が低下するおそれがある。一方、Al含有率が上記下限値よりも低い場合には、Alによる脱酸効果が十分に得られないおそれがある。
【0037】
N:0.0200%以下、
N(窒素)は、不純物として不可避に鋼中に含有される元素である。本願においては、特にNの含有について何らかの効果を狙うことはしていないが、上記上限値よりも多量に含有すると溶解後の鋳造時に割れが発生しやすくなるおそれが生じる。
【0038】
式1:90S+2C+5√Mn<7.5、
式1における各元素記号は、当該元素の含有率(質量%)の値を意味するものである。C、Mn、Sの3元素は、前記した図1で説明した通り、MnSの存在状態に大きく影響する元素であり、式1は、MnSの存在状態とC、Mn、Sの含有率の関係を調査した結果得られた式である。そして、前記したC、Mn、Sの範囲に成分を調整し、かつこの式1が満たされるようにすることによって、粗大なMnSの生成を抑制し、生成されるMnSの微細化を図ることができる。一方、式1が満たされない場合には、粗大なMnSが生成されやすくなり、転動疲労寿命特性が低下するおそれがある。
【0039】
式2:1.5<Mn/S<13.4、
式2における各元素記号は、当該元素の含有率(質量%)の値を意味するものである。この式2が満たされることにより、優れた被削性と熱間加工性を得ることができる。一方、Mn/Sが13.4以上の場合には、微細MnSの生成量が少なくなり、被削性向上効果が低下し、Mn/Sが1.5以下の場合には、FeSが生成することによる熱間加工性が低下し、割れが発生しやすくなるおそれがある。
【0040】
上記クランクシャフトは、上述したごとく、転動面として用いる表面直下の位置において当該転動面に平行な断面を観察した場合に、10mm2の観察面内に存在するMnSのうち、円相当径が10μm以上のMnSが5個以下である。MnSの観察面は、転動面となる表面を約1mm以内の研磨量の範囲で鏡面研磨して得られた転動面直下の面とした。この観察面をレーザー顕微鏡により観察することによりMnSを確認することができる。なお、円相当径は、レーザー顕微鏡により写真を撮影後、その写真を画像解析することによってMnS面積を測定して算出する。円相当径は、2×(MnS面積/π)0.5の式により求めることができる。
【0041】
上記10mm2の観察面内に存在する円相当径が10μm以上のMnSが、5個以下であることにより、本クランクシャフトが転がり軸受構造で使用され、表面が内輪として用いられた場合であっても、転動疲労寿命特性を良好に保つことが可能である。一方、上記10mm2の観察面内に存在するMnSのうち、円相当径が10μm以上のMnSが、5個を超える場合には、転動疲労寿命特性が十分に保てないおそれがある。なお、上記特定の成分組成を備えたクランクシャフト用鋼材を用いることにより、従来と同様に塑性加工(熱間加工)と切削加工とを施して上記クランクシャフトを作製する限り、上記のMnSの条件を具備させることは容易である。
【0042】
また、素材としての上記クランクシャフト用鋼材においては、最終製品としてのクランクシャフト用鋼材への加工が完了していない場合であっても、クランクシャフト用鋼材を作製する場合と同等の塑性加工を施すことにより、上記と同様の評価を行うことができる。すなわち、上記クランクシャフト用鋼材に対して、少なくとも最終製品を得る場合と同等の条件で塑性加工を加えた加工品を得、その塑性加工による伸展方向(例えば圧延加工の場合には圧延方向)に平行な断面を得る。この断面は、その加工品の厚み方向の1/4の位置とし、この断面を鏡面研磨して上記と同様にレーザー顕微鏡により観察する。ここで加工品の厚み方向1/4の位置の観察位置は、例えば、伸展方向に直交する断面形状が円形の場合には、中心からr/2の位置(rは半径)、断面形状が正方形の場合には、一辺の長さをLとして、表面からL/4の位置を選択すればよい。なお、厚み方向L/4の位置を選択する理由は、実際のクランクシャフトは鍛造して製造されることになるが、母材の表層や中心等様々な位置が鍛造時の肉流れによって、ピンやジャーナル部に成形されることから、採取位置は、母材の平均的な材質を有する上記位置としたものである。
【0043】
そして、上記クランクシャフト用鋼材の上記観察位置での10mm2の観察面内に存在するMnSのうち、円相当径が10μm以上のMnSが、5個以下であることを確認することにより、最終製品であるクランクシャフトにおける転動面の転動疲労寿命特性が良好であることを判定することが可能である。
【0044】
また、上記転動面は、高周波焼入れ処理が施されており、最表面から少なくとも深さ1.5mmの範囲の硬さが700HV以上である。そして、高周波焼入れの影響が及ぶ部分の組織は、球状化セメンタイト組織+マルテンサイト組織又はマルテンサイト組織となる。高周波焼入れにより前記組織とすることで、高い硬さとして優れた転動疲労寿命特性を得ることができる。一方、上記硬さ特性が得られなければ、転動疲労寿命特性が低下する。
【0045】
また、本発明で用いるクランクシャフト用鋼材は、非常に優れた転動疲労寿命特性を確保する必要があることから、炭素含有率が0.70〜1.10%と通常用いられる他のクランクシャフト鋼材と比較してかなり高く設定されている。従って、通常の鋼製クランクシャフトは、熱間鍛造し空冷ままで必要とする加工性が得られるように製造(必要に応じて空冷時の冷却条件を調整)されることが多いが、本発明で用いる鋼材を熱間鍛造し、空冷しても、その後の機械加工が可能なレベルの機械加工性を確保できない場合が生じる。そこで、本発明では、熱間鍛造し、空冷後球状化焼鈍により、機械加工性を高める熱処理を行う。その結果、熱処理後の組織は、球状化セメンタイト+パーライト組織、パーライト組織又は球状化セメンタイト+フェライト組織(マトリックスであるフェライト中に球状化セメンタイトが析出分散した組織)となる。そして、上記した化学成分の範囲内に調整したクランクシャフト用鋼材であれば、球状化焼鈍により十分に必要な加工性を確保できる硬さレベルまで低下し、クランクシャフトの製造に問題のない加工性を確保することができる。
【0046】
なお、球状化焼鈍は、例えば、740〜840℃×0.5〜10hr→100℃/hrの冷却速度で徐冷→680〜780℃×0.5〜10hr→100℃/hr以下の冷却速度で630〜760℃の温度に徐冷→その後空冷の条件で行うことができる。
【0047】
また、上記クランクシャフト用鋼材は、上記残部のFe及び不可避不純物の一部に代えて、更に、質量%で、Mo:0.01〜0.50%、B:0.0005%〜0.0050%、Ti:0.01%〜0.20%の1種又は2種以上(但し、B、Tiは同時添加に限る。)を含有してもよい(請求項2)。本発明では、従来鋼に比較してMnを極端に低減しているため、他の焼入性を高める元素の含有率によっては、焼入性を高める必要が生じる場合がある。その場合には、Mo、B、Tiの1種又は2種以上(但し、B、Tiは同時添加に限る。)を添加することにより、必要な焼入性を確保することができる。以下、その限定理由について説明する。
【0048】
Mo:0.01%〜1.00%、
Mo(モリブデン)は、焼入れ性を高める元素であり、上記下限値以上の添加によりこの効果を得ることができる。一方、Mo含有率が上記上限値を超えるとMo含有による上記効果が飽和し、コストが上昇するだけとなる。
【0049】
B:0.0005%〜0.0050%、
B(ホウ素)は、鋼中に固溶することで焼入れ性を高めることができる元素であり、上記下限値以上の添加によりこの効果を得ることができる。一方、B添加量が上記上限値を超える場合には、靱性低下の可能性があり、好ましくない。
【0050】
Ti:0.01%〜0.20%、
Ti(チタン)は、Nと結合してTiNを形成し、BNの生成を抑制することができ、Bを固溶状態にすることで焼入れ性を高めることができる元素であり、上記下限値以上の添加によりこの効果を得ることができる。一方、Ti含有率が上記上限値を超えるとTi含有による上記効果が飽和し、コストが上昇するだけとなる。
【0051】
また、上記クランクシャフト用鋼材は、上記残部のFe及び不可避不純物の一部に代えて、更に、質量%で、Nb:0.01%〜1.00%と、V:0.01%〜1.00%の少なくとも一方を含有してもよい(請求項3)。これにより、製造されるクランクシャフトの靭性を向上することができる。以下、その限定理由について説明する。
【0052】
Nb:0.01%〜1.00%、V:0.01%〜1.00%、
Nb(ニオブ)、V(バナジウム)は、微細な炭化物を生成し、焼入れ時のオーステナイト粒を微細化し、靭性を向上させる効果を発揮する元素であり、少なくとも一方を上記下限値以上添加することによりこの効果を得ることができる。一方、Nb、Vともに含有率が上記上限値を超えると上記効果が飽和し、コストが上昇するだけとなる。
【0053】
次に、上記クランクシャフトを作製するための熱間鍛造前の鋼材としては、上記化学成分を有し、軸方向に平行で表面から深さ方向にd/4の位置(dは鋼材の直径又は厚み)の断面を観察した場合に、10mm2の観察面内に存在するMnSのうち、円相当径が10μm以上のMnSが5個以下であるクランクシャフト用鋼材を用いることができる。そして、前述の通り、このクランクシャフト用鋼材を熱間鍛造し、冷却した後に球状化焼鈍することにより、後工程で行われる機械加工に問題のない加工性を得ることができる。
【0054】
なお、介在物の観察位置を、表面から深さd/4の位置とするのは、クランクシャフト用鋼材を熱間鍛造及び切削加工等して最終のクランクシャフトに加工した場合に、転動面となる位置とほぼ同等の組織と考えることができるためである。すなわち、最終的に転動面となる位置は、切削加工を経るためにクランクシャフト用鋼材の表面ではなく、かつ、クランクシャフトの最も中心に近い部分ではない。そのため、わかりやすくするため、d/4の位置を観察位置としたのである。なお、このような背景があるため、観察位置は、表面からd/6〜d/3程度の範囲内において変更することも可能である。
【実施例】
【0055】
(実施例1)
上記クランクシャフト及びクランクシャフト用鋼材に係る実施例につき、比較例と共に説明する。本例では、表1に示すごとく、成分組成が異なる複数種類の試料を準備して、最終製品であるクランクシャフトを製造する場合を想定した条件で加工を加えた試験片を準備し、各種評価を行った。
【0056】
【表1】
【0057】
<熱間加工性試験>
熱間加工性試験に用いる試験片は次のように作製した。まず、各試料の原料の溶解、精錬及び鋳込みをVIM(Vacuum Induction Melting:真空誘導溶解装置)を用いて行い、鋼塊を得た。この鋼塊の表層から試験片を切り出した。試験片は、直径10mmφ×長さ120mmの丸棒形状とした。なお、この評価は、熱間加工性が最も問題となる分塊圧延時の加工性を評価するために行うものである。
【0058】
熱間加工性は、グリーブル試験機を用いた熱間引張試験によって評価した。熱間引張試験の条件は、加熱温度:1200℃、歪速度:50mm/secとした。この条件は、実際の分塊圧延時の条件を想定して定められたものである。評価は、熱間引張試験の結果から、絞りの値を求め、この値が95%以上の場合を合格、95%未満の場合を不合格とする基準により行った。
【0059】
<被削性試験>
被削性試験に用いる試験片は次のように作製した。まず、各試料の原料の溶解、精錬及び鋳込みをVIMを用いて行い、鋼塊を得た。この鋼塊に実際の熱間鍛造時の温度に相当する1200℃の温度で熱間鍛造を施して空冷し、直径65mmφの丸棒を得た。この丸棒に、球状化焼鈍処理(790℃×6hr→15℃/hrで720℃まで冷却→720℃×6hr→15℃/hrで670℃まで冷却→空冷)を施した後、切削加工を施して、直径60mmφ×長さ390mmの試験片を得た。
【0060】
被削性は、旋盤により切削する場合の切削工具の摩耗量によって評価した。上記旋盤としては、森精機製SL−25旋盤を用い、上記切削工具としては、タンガロイ製SNMG120408−サーメットNS530を用いた。試験条件は、切削速度200m/sec、送り速度0.3mm/sec、切り込み:1.5mm、切削時間:8分の条件とした。試験後に切削工具の摩耗量を測定し、その値が0.30mm以下の場合を合格、0.30mmを超える場合を不合格と判定した。
【0061】
<転動疲労寿命特性試験>
転動疲労寿命特性試験に用いる試験片は次のように作製した。まず、各試料の原料の溶解、精錬及び鋳込みをVIMを用いて行い、鋼塊を得た。この鋼塊に被削性試験の試験片と同様に1200℃の温度で熱間鍛造を施し、一辺の長さLが65mmの断面正方形の角棒1を得た。この角棒1に、被削性試験片と同じ条件で球状化焼鈍処理を施した後、粗切削加工を施し、仕上げ切削加工を施して、直径45mmφ×厚さ12mmの円盤状試験片2を得た。円盤状試験片2の採取位置は、図2に示すごとく、上記角棒1の一辺の長さLが65mmの正方形断面において、表面からL/4の位置が円形の試験面となるように、幅方向中央部(L/2)が中心となる円盤状に切り出して採取した。この位置で採取したのは、この位置が母材の平均的な材質を有すると判断したからである。
【0062】
この試験片2の表面に高周波焼入れ処理を行った後、焼戻し処理を行い、さらに、表面を鏡面研磨して転動面(試験面)とした。高周波焼入れ条件は、室温から1000℃まで数秒で加熱昇温し、その直後に水焼入する条件で行った。この際、後述の試料1−A、1−B以外は、実質的な焼入硬化層の深さが2.5mm程度となるように高周波加熱条件を調整した。また、焼戻し処理は、試験片2を170℃で90分間保持し、空冷する条件で行った。
【0063】
転動疲労寿命特性試験は、森式スラスト型転動疲労試験機を用い、最大接触面圧:5.3GPa、回転数:1500rpm、潤滑油:マシン油#30、ボールサイズ3/8インチ、ボール個数3個、温度:室温という条件で行った。転動疲労寿命の評価は、ワイブル分析により折損しない確率が90%と定義されるB10寿命が15×106以上の場合を合格、15×106未満の場合を不合格と判定した。
【0064】
<MnS観察>
MnS観察用の試料は、上述した転動疲労寿命特性試験の場合と同様に作製した円盤状試験片2を用いた、MnSの観察面は、円盤状試験片2の表面を鏡面研磨して形成した。
【0065】
MnSの観察は、レーザー顕微鏡を用いて2段階で行った。第1の段階では、200倍で観察し、10mm2の観察範囲内に存在するMnSのうち、円相当径が10μm以上のMnSの個数を確認した。円相当径は、レーザー顕微鏡により写真を撮影後、その写真を画像解析することによってMnS面積を測定して算出した。円相当径が10μm以上のMnSの個数が5個以下の場合を合格、5個を超える場合を不合格と判定した。
【0066】
第2の段階の観察では、上記レーザー顕微鏡の倍率を1000倍とし、1mm2相当の観察範囲内に存在する全てのMnSの個数(総数)を確認した。この評価により、上記総数が2000個以上であれば、好ましいMnSの個数と判断することができる。
【0067】
<硬さ測定>
硬さ測定用の試料は、上述した転動疲労寿命特性試験の場合と同様に、円盤状試験片2の表面に高周波焼入れ処理を行った後、焼戻し処理したものを用いた。硬度測定面は、円盤状試験片2の厚み方向に沿った断面とした。そして、最表面から深さ100μmの位置において測定した硬さを高周波焼入れ層の表面硬さとし、さらに、深さ方向の硬さ変化を測定し、700HV以上となっている硬さの範囲、つまり700HV以上の硬化深さを確認した。また、高周波焼入れ処理の影響が及んでいない母材部の状態を調べるため、最表面から6mmの位置の硬さ、組織の確認を同時に行った。
上記各試験の結果を表2に示す。
【0068】
【表2】
【0069】
表2から知られるように、試料1〜10については、化学成分組成が適正な範囲にあり、かつ、上記式1及び式2を具備することにより、全ての評価項目において合格となり、転動疲労寿命特性に優れ、かつ、その製造過程における被削性及び熱間加工性にも優れることがわかった。なお、表2には、前記した評価のうち、高周波焼入れ層及び母材部の組織と、MnSの個数(総数)については記載していないが、試料1〜10は、全て高周波焼入れ層の組織がマルテンサイト又はマルテンサイト+球状化セメンタイト組織であって、母材部の組織が、パーライト組織、球状化セメンタイト+パーライト組織、球状化セメンタイト+フェライト組織のいずれかの組織となっており、MnSの個数は、2213〜4393個と全て2000個以上、存在していることを確認できた。被削性については、本発明は、C含有率が従来用いられているクランクシャフト用鋼材と比較して高く、熱間鍛造後空冷のままでは、十分な性能は得られなかったが、球状化焼鈍処理により例えば試料1では、硬さが220HVまで低下し、製造上問題のない被削性を確保することができた。他の試料も同様に球状化焼鈍処理により硬度を十分に低下させ、鍛造後の機械加工に問題のないレベルまで被削性を高められることを確認した。
【0070】
試料1−Aは、前述の試料1と同じ化学成分の鋼材を用い、高周波焼入れ条件のみを変化させて、高周波加熱時に加熱される表面からの深さを調整して、700HV以上の硬化深さが1.5mmとなるよう調整したものである。その結果、試料1の場合と同様に、全ての評価項目において合格となり、転動疲労寿命特性に優れ、かつ、被削性にも優れていた。このことから、700HV以上の硬化層が少なくとも1.5mm以上の深さで存在することが転動疲労寿命特性に有効であることがわかる。但し、試料1に比べると転動疲労寿命特性が劣ることから、硬化深さを2.5mm程度に厚めとした方がより好ましいことがわかる。
【0071】
試料1−Bは、前述の試料1と同じ化学成分の鋼材を用い、試料1−Aの場合と同様に、高周波焼入れ条件のみを変化させて700Hv以上の硬化深さが0.7mmとなるように調整したものである。その結果、化学成分が適正な範囲であっても、硬化深さが浅い場合には、転動疲労寿命特性が大きく劣ることが確認された。
【0072】
試料11は、C含有率が高すぎることにより、球状化焼鈍後の硬度が高くなりすぎて被削性が劣る結果となった。
試料12は、C含有率が低すぎることにより、試料1〜10と同様の条件で高周波加熱処理を行ったものの、高周波焼入れ後に狙いとする硬度が得られず、転動疲労寿命特性が劣る結果となった。
【0073】
試料13は、Mn含有率が高すぎることにより、式1を満足せず、円相当径が10μmを超えるMnSの個数が5個を超え、転動疲労寿命特性が劣る結果となった。
試料14は、Mn含有率が低すぎることにより、式2を満足せず、MnSの個数が試料1〜10に比較して減少した一方で、FeSが生成し、それに起因すると考えられる熱間加工性の低下が生じた。
【0074】
試料15は、S含有率が高すぎることにより、式1を満足せず、円相当径が10μmを超えるMnSの個数が5個を超え、転動疲労寿命特性が劣る結果となった。
試料16は、S含有率が低すぎることにより、式2を満足せず、MnSの総数が少なくなりすぎ、被削性が劣る結果となった。
【0075】
試料17は、Si含有率が高すぎることにより、球状化焼鈍後の硬度が上昇し、被削性が劣る結果となった。
試料18は、Al含有率が高すぎることにより、介在物増加に起因すると考えられる転動疲労寿命特性の低下が生じた。
【0076】
MnS観察結果の代表的なものとして、試料1及び試料15のレーザー顕微鏡観察時に撮影した写真を図3及び図4に示す。同図の写真において示された黒い粒状のものがMnSである。同図から知られるように、試料1の場合には、非常に微細なMnSが多数観察されるものの、円相当径が10μmを超えるMnSはこの写真の視野内では観察されていない。試料1は、10mm2の観察面内では、表2に示すごとく、円相当径が10μmを超えるMnSは3個のみ観察された。
【0077】
一方、試料15の場合には、S含有率が高く、上述したごとく式1を満足していないものであるが、図4中に示す符号a、bに代表されるような円相当径が10μmを超えるMnSが観察された。試料15は、10mm2の観察面内では、表2に示すごとく、円相当径が10μmを超えるMnSは19個観察された。
【0078】
(実施例2)
本例では、本願におけるクランクシャフトの一例を示す。本例のクランクシャフト5は、図5に示すごとく、複数のピン部51及び複数のジャーナル部52を有するものである。そして、本例のクランクシャフト5は、全てのピン部51及びジャーナル部52が、その外周面が転がり軸受用の転動面510、520となっており、転動面510、520上を転がり軸受の転動体61(図6参照)が直接転動可能なように構成されている。
【0079】
クランクシャフト5のピン部51に適用可能な軸受構造としては、例えば、図6に示す如く、転動面510に直接接する棒状のころからなる転動体61と、これらの周方向及び軸方向の等間隔の配列状態を保持するための保持器(図示略)と、その外周側に配置される外輪部62と、さらにその外周側に配置されたコンロッド7からなる構造を採用することができる。なお、棒状の転動体61は、球状の転動体に変更することも可能である。また、ジャーナル部52に適用可能な軸受構造としては、ジャーナル部52を支持するための支持部(図示略)をコンロッド7に代えて配置する構造を取ることができる。
【0080】
そして、実施例1の試験片により効果を確認した鋼を用い、図5図6に示す転がり軸受構造のクランクシャフトを製造し、その効果を確認した結果、優れた寿命を確保できることが確認できた。
【0081】
このような、転がり軸受構造を実現するには、転動体61を直接支持する転動面510の転動疲労寿命特性に優れること、クランクシャフト5を製造するために必要な優れた被削性を確保できることの2つの優れた特性を同時に具備することが少なくとも必要である。本願では、被削性を改善する効果を有する鋼中に存在するMnSの存在状態に注目し、Mn含有率を従来鋼に比較して極端に低減することにより、粗大な晶出MnSを低減し、微細な析出MnSを増加させた状態でMnSを鋼中に分布させることにより、MnSによる被削性改善効果をそのまま維持しつつ、優れた転動疲労寿命特性を確保することに成功したので、上記各条件を満足する実施例1に示した試料1〜10に代表されるクランクシャフト用鋼材を用い、上述したとおり製造されたクランクシャフトによれば、このような要求を容易に満たすことができる。
【符号の説明】
【0082】
1 角棒
2 転動疲労寿命特性用試験片
5 クランクシャフト
51 ピン部
510 転動面
52 ジャーナル部
520 転動面
61 転動体
62 外輪部
7 コンロッド
図1
図2
図3
図4
図5
図6