(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
従来から酸化物単結晶が各種用途に用いられているが、エピタキシャル成長に用いる種基板結晶等については、その格子定数の範囲について厳しい要求がなされる場合がある。
【0003】
例えば、通信用光アイソレータに使われるBi−RIG(ビスマス置換型希土類鉄ガーネット)薄膜結晶は、SGGG(Substituted Gadolinium Gallium Garnet)基板を種基板結晶として、液相エピタキシャル成長法を用いて育成される。上記Bi−RIG薄膜結晶の育成を安定させるために、種基板結晶であるSGGGの格子定数の範囲には厳しい要求がある。
【0004】
SGGG結晶の育成は融液法で行われ、中でも引き上げ法がよく用いられている。引上げ法によりSGGG結晶を育成する場合、まず坩堝に予め混合したGd
2O
3、Ga
2O
3、MgO、ZrO
2、CaCO
3を所定量仕込み、高周波炉等により坩堝内の原料を加熱溶融し、原料融液を得る。そして、坩堝内の原料融液に種結晶を接触させ、種結晶を回転させながら、徐々に引き上げて単結晶を育成することができる。
【0005】
各原料の坩堝への仕込み量は、育成するSGGG結晶の目的とする格子定数の仕様範囲(12.496±0.001Å)によって決定され、実験を重ねて最適な仕込み量を求める。
【0006】
例えば、特許文献1には、Gd
2O
3、CaO、Ga
2O
3、MgO、ZrO
2およびAO
2(AはSi、Ge、またはTiから選択される元素)の所定量をるつぼ中に仕込んで高周波誘導で加熱溶融したのち、この融液からチョクラルスキー法で単結晶を引上げることによって酸化物ガーネット結晶を製造することが開示されている。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を実施するための形態について図面を参照して説明するが、本発明は、下記の実施形態に制限されることはなく、本発明の範囲を逸脱することなく、下記の実施形態に種々の変形および置換を加えることができる。
【0015】
本実施形態の酸化物単結晶の製造方法の一構成例について以下に説明する。
【0016】
本実施形態の酸化物単結晶の製造方法は、酸化ガリウムを含む原料を用いた、融液法による酸化物単結晶の製造方法に関する。
そして、製造する酸化物単結晶の融点をTmとした場合に、原料融液の表面温度Tが、以下の式(1)を満たすように制御することができる。
T≦Tm+30 ・・・(1)
本発明の発明者らは、酸化ガリウムを含む原料を用い、融液法により酸化物単結晶を育成した場合に格子定数が大きくばらつく原因について、原料融液の表面温度に着目して検討を行った。
【0017】
具体的には、酸化ガリウムを含む原料を用いて育成を行う単結晶として、SGGG結晶の場合を例に検討を行った。検討に当たっては、
図1に示した引上げ法による単結晶育成装置によりSGGG結晶の育成を複数回行い、単結晶育成時の原料融液の表面の最高温度と、育成したSGGG結晶の格子定数とについて測定を行った。測定の結果から、原料融液表面の最高温度と、育成する単結晶の格子定数との相関の有無について検討した。
【0018】
ここで、
図1に示した引上げ法による単結晶育成装置の構成について説明する。
【0019】
なお、
図1は単結晶育成装置10内に設けた坩堝11の中心軸を通る面における断面を模式的に示している。
【0020】
図1に示した引上げ法による単結晶育成装置10は、単結晶用原料を入れる坩堝11を炉体15内の坩堝軸12の上に配置している。そして、単結晶用原料を加熱融解するために、坩堝11を囲むように(高周波)加熱コイル13が配置されている。加熱コイル13の周囲には、断熱材14が炉体15の内面に沿って設けられている。また、坩堝11上部に上下動可能な引き上げ軸16が、断熱材14を貫通する形で設けられている。
【0021】
引上げ軸16の先端部には種結晶18を取り付けることができ、種結晶18を坩堝11内で形成した原料融液17の表面に接触させた後、引上げ軸16により種結晶18を回転させながら引き上げることで、結晶19を育成できる。
【0022】
なお、
図1に示した単結晶育成装置10には、図示しない観察窓が設けられており、該観察窓から、原料融液17の表面温度を放射温度計により測定できるように構成されている。
【0023】
そして、
図1に示した単結晶育成装置10を用いて、SGGG結晶の育成を複数回行い、
SGGG結晶の育成に当たってはまず、単結晶育成装置10の坩堝11内に、表1に示した組成の原料粉末を充填した後、加熱コイル13により加熱し、原料融液17を形成した。そして原料融液17の表面に種結晶18を接触させた後、引上げ軸16により種結晶を回転させながら徐々に引上げ、SGGG結晶の育成を行った。
【0024】
なお、坩堝11に充填した原料粉末としては、表1に示した組成になるように原料を秤量、混合後、1350℃で6時間仮焼してSGGGとしたものを用いている。
【0025】
【表1】
SGGG結晶を複数回育成したところ、原料融液表面の最高温度は、SGGGの融点1730℃よりも2℃〜70℃高く、この範囲内でロット毎に原料融液表面の最高温度が異なっていた。そして、得られたSGGG結晶の格子定数はロット毎にばらついていることが確認できた。以上の結果から原料融液表面の最高温度と、育成する単結晶の格子定数との間に相関があることが認められた。原料融液表面の最高温度の変化に伴い、ロット毎に格子定数が変わる原因としては、原料中に含まれる酸化ガリウムの蒸発量が一定ではないために、融液組成も異なり格子定数が安定しないためと考えられる。
【0026】
そこで、原料粉末が融解するときの酸化ガリウムの蒸発量を安定させるため、原料融液の表面温度がSGGGの融点+30℃以下になるように原料融液の温度を制御した点以外は上述の場合と同様にしてSGGG結晶を育成した。
【0027】
坩堝11内の原料を融解させるときにSGGGの融点に対して原料融液の表面温度が上昇しすぎないように加熱コイル13に印加する高周波出力を調整した結果、原料が融解したときの原料融液の表面の最高温度は1740℃であった。得た結晶を内周刃でウエハー状に切り出し、格子定数を測定したところ12.496Åであった。これは格子定数の仕様範囲である12.496±0.001Åの範囲内であることが確認できた。そのウエハーをICP分析したところGa重量%は38.6%であり、原料粉末と同じ組成になっていることが確認できた。
【0028】
以上の結果から、酸化ガリウムを含む原料を用いた、融液法による酸化物単結晶の製造において、製造する酸化物単結晶の融点Tmと、原料融液の表面温度Tとが、以下の式(1)を満たすように制御することで所望の格子定数の酸化物単結晶が得られることを確認できた。
【0029】
T≦Tm+30 ・・・(1)
なお、原料融液の表面温度は、原料融液の形成から、単結晶の育成が終了するまで、上記範囲を充足することが好ましい。単結晶の育成が終了するとは、例えば引上げ法の場合であれば原料融液から、育成した単結晶を切り離す時を意味する。
【0030】
本発明の発明者らのさらなる検討によれば、原料融液の表面温度Tが、以下の式(2)を満たすように制御することで、より確実に所望の格子定数の酸化物単結晶が得られる。
【0031】
T≦Tm+20 ・・・(2)
なお、原料融液の表面温度Tの下限値は特に限定されるものではないが、原料融液の状態を安定して保つことができるようにTm≦Tを満たすことが好ましく、Tm+5≦Tを満たすことがより好ましい。
【0032】
ここまで、本実施形態の酸化物単結晶の製造方法について、SGGG結晶を引上げ法により育成する場合を例に説明したが、係る形態に限定されるものではなく、酸化ガリウムを含む原料を用いた、融液法による酸化物単結晶の製造方法に適用できる。これは、既述のように、原料融液の表面温度が高くなることにより、酸化ガリウムが蒸発し、組成がずれる結果、従来は所望の格子定数の単結晶が得られていなかった。しかしながら、原料融液の表面温度を所定の範囲内とすることで酸化ガリウムの蒸発を抑制することができ、係る現象は融液法全般で生じることだからである。
【0033】
以上のように、本実施形態の酸化物単結晶の製造方法において製造する酸化物単結晶の種類は特に限定されるものではない。しかしながら、得られた単結晶について、その格子定数が所定の範囲にあることが要求される用途の酸化物単結晶の製造に適用することが好ましい。
【0034】
そして、既述のようにエピタキシャル成長に用いる種結晶基板等については、その格子定数の範囲について厳しい要求がなされる場合がある。このため、本実施形態の酸化物単結晶の製造方法により製造する酸化物単結晶は、エピタキシャル成長用の種結晶基板の原料となる単結晶であることが好ましい。特に、本実施形態の酸化物単結晶の製造方法により製造する酸化物単結晶は、Bi−RIG(ビスマス置換型希土類鉄ガーネット)薄膜結晶育成等に用いることができるガリウム・ガドリニウム・ガーネット結晶であることがより好ましい。なお、ここでいうガリウム・ガドリニウム・ガーネット結晶には、Gd
3Ga
5O
12結晶以外にも、その一部を置換したSGGG結晶、具体的には例えば(GdCa)
3(GaMgZr)
5O
12等の結晶も含まれる。
【実施例】
【0035】
以下に具体的な実施例、比較例を挙げて説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
[実施例1]
図1に示した単結晶育成装置10を用いて、SGGG単結晶の育成を行った。
【0036】
坩堝11として、直径150mm、高さ150mmのイリジウム製るつぼを用意した。そして、坩堝11に、予め混合したGd
2O
3、Ga
2O
3、MgO、ZrO
2、CaCO
3を表1に示す比率となるように秤量、混合し、予め1350℃で6時間仮焼した原料粉末を充填した。
【0037】
そして、単結晶育成装置10内の坩堝軸12上に坩堝11を設置し、加熱コイル13に高周波出力を印加することで、坩堝11内の原料粉末を1730℃以上に加熱し、原料融液17を形成した。原料融液17を形成後、単結晶の育成が終了するまで、原料融液17の表面温度が育成するSGGGの融点より過剰に高くならないように高周波出力を制御した。具体的には、原料融液を形成後、単結晶の育成を終了するまで、原料融液の表面温度が、育成するSGGG結晶の融点より5℃高い温度以下となるように制御した。このため、本実施例において、原料融液を形成後、単結晶の育成を終了するまで、すなわち、育成結晶と、原料融液とを切り離すまで、原料融液の表面の最高温度は、育成したSGGG結晶の融点より5℃高い温度であった。
【0038】
原料融液の表面温度は、単結晶育成装置10に設けられた図示しない観察窓から放射温度計により測定を行った。
【0039】
原料融液17を形成後、原料融液17の表面に種結晶18を接触させ、種結晶18を回転させながら、徐々に引き上げることで結晶19として、SGGG結晶を育成した。
【0040】
得られた単結晶を内周刃でウエハー状に切り出し、4軸X線回折計(PANalytical社製 型式:X‘Pert PRO MRD)を用いて格子定数を測定したところ12.496Åであった。従って、格子定数の仕様範囲である12.496±0.001Åの範囲内であり、所望の格子定数の単結晶が得られていることが確認できた。
【0041】
また、ウエハーをICP発光分析装置(島津製作所社製 型式:ICPS−8100)により分析したところGaは38.7重量%であり、原料粉末中の組成とほぼ同じであることが確認できた。
【0042】
結果を表2に示す。
[実施例2]
原料融液を形成後、単結晶の育成を終了するまで、原料融液の表面温度が、育成するSGGG結晶の融点より20℃高い温度以下となるように制御した点を除いては実施例1と同様にしてSGGG結晶の製造を行った。なお、原料融液の表面の最高温度は、SGGG結晶の融点より20℃高い温度であった。
【0043】
得られた単結晶を内周刃でウエハー状に切り出し、4軸X線回折計を用いて格子定数を測定したところ12.496Åであった。従って、格子定数の仕様範囲である12.496±0.001Åの範囲内であり、所望の格子定数の単結晶が得られていることが確認できた。
【0044】
また、ウエハーをICP発光分析装置により分析したところGaは38.6重量%であり、原料粉末中の組成と同じであることが確認できた。
【0045】
結果を表2に示す。
[実施例3]
原料融液を形成後、単結晶の育成を終了するまで、原料融液の表面温度が、育成するSGGG結晶の融点より30℃高い温度以下となるように制御した点を除いては実施例1と同様にしてSGGG結晶の製造を行った。なお、原料融液の表面の最高温度は、SGGG結晶の融点より30℃高い温度であった。
【0046】
得られた単結晶を内周刃でウエハー状に切り出し、4軸X線回折計を用いて格子定数を測定したところ12.497Åであった。従って、格子定数の仕様範囲である12.496±0.001Åの範囲内であり、所望の格子定数の単結晶が得られていることが確認できた。
【0047】
また、ウエハーをICP発光分析装置により分析したところGaは38.5重量%であり、原料粉末中の組成とほぼ同じであることが確認できた。
【0048】
結果を表2に示す。
[比較例1]
原料融液を形成後、単結晶の育成を終了するまで、原料融液の表面温度が、育成するSGGG結晶の融点より50℃高い温度以下となるように制御した点を除いては実施例1と同様にしてSGGG結晶の製造を行った。なお、原料融液の表面の最高温度は、SGGG結晶の融点より50℃高い温度であった。
【0049】
得られた単結晶を内周刃でウエハー状に切り出し、4軸X線回折計を用いて格子定数を測定したところ12.500Åであった。従って、格子定数の仕様範囲である12.496±0.001Åの範囲外となった。
【0050】
また、ウエハーをICP発光分析装置により分析したところGaは38.1重量%であり、原料粉末中の組成とのずれが大きくなっていることを確認できた。
【0051】
結果を表2に示す。
[比較例2]
原料融液を形成後、単結晶の育成を終了するまで、原料融液の表面温度が、育成するSGGG結晶の融点より35℃高い温度以下となるように制御した点を除いては実施例1と同様にしてSGGG結晶の製造を行った。なお、原料融液の表面の最高温度は、SGGG結晶の融点より35℃高い温度であった。
【0052】
得られた単結晶を内周刃でウエハー状に切り出し、4軸X線回折計を用いて格子定数を測定したところ12.498Åであった。従って、格子定数の仕様範囲である12.496±0.001Åの範囲外となった。
【0053】
また、ウエハーをICP発光分析装置により分析したところGaは38.4重量%であり、原料粉末中の組成とのずれが大きくなっていることを確認できた。
【0054】
結果を表2に示す。
【0055】
【表2】
表2に示したように、実施例1〜実施例3においては格子定数の仕様範囲内のSGGG結晶を得られることが確認できた。特に実施例1、2においては、格子定数が、格子定数の仕様範囲の中央値となることが確認できた。
【0056】
これに対して、比較例1、2においては、格子定数の仕様範囲を超えた格子定数を有するSGGG結晶となることが確認できた。これはICP発光分析の結果からも明らかなように、単結晶育成中にGaが蒸散し、組成がずれたためと考えられる。
【0057】
以上の結果と、単結晶を育成する際の原料融液の表面温度の最高温度との関係から、原料融液の表面温度を、育成する単結晶の融点+30℃以下とすることで、格子定数の仕様範囲内の単結晶、すなわち所望の格子定数を有する単結晶を育成できることが確認できた。特に、原料融液の表面温度を、育成する単結晶の融点+20℃以下とすることで、格子定数が、格子定数の仕様範囲の中央値となることが確認できた。