特許第6352959号(P6352959)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6352959耐摩耗性鉄基焼結合金の製造方法、焼結合金用成形体、および耐摩耗性鉄基焼結合金
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6352959
(24)【登録日】2018年6月15日
(45)【発行日】2018年7月4日
(54)【発明の名称】耐摩耗性鉄基焼結合金の製造方法、焼結合金用成形体、および耐摩耗性鉄基焼結合金
(51)【国際特許分類】
   C22C 33/02 20060101AFI20180625BHJP
   C22C 27/04 20060101ALI20180625BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20180625BHJP
   B22F 1/00 20060101ALI20180625BHJP
【FI】
   C22C33/02 B
   C22C27/04 102
   C22C38/00 302Z
   C22C38/00 304
   B22F1/00 P
   B22F1/00 T
【請求項の数】5
【全頁数】22
(21)【出願番号】特願2016-19963(P2016-19963)
(22)【出願日】2016年2月4日
(65)【公開番号】特開2017-137535(P2017-137535A)
(43)【公開日】2017年8月10日
【審査請求日】2017年5月11日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000220435
【氏名又は名称】株式会社ファインシンター
(73)【特許権者】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100091096
【弁理士】
【氏名又は名称】平木 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100105463
【弁理士】
【氏名又は名称】関谷 三男
(74)【代理人】
【識別番号】100129861
【弁理士】
【氏名又は名称】石川 滝治
(74)【代理人】
【識別番号】100160668
【弁理士】
【氏名又は名称】美馬 保彦
(72)【発明者】
【氏名】篠原 伸幸
(72)【発明者】
【氏名】安藤 公彦
(72)【発明者】
【氏名】植田 義久
(72)【発明者】
【氏名】吉田 裕作
(72)【発明者】
【氏名】杉本 勝
(72)【発明者】
【氏名】澤田 俊之
(72)【発明者】
【氏名】福本 新吾
【審査官】 山本 雄一
(56)【参考文献】
【文献】 特開2014−098189(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2015/0211097(US,A1)
【文献】 特開2014−167141(JP,A)
【文献】 特開2012−149584(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2013/0291822(US,A1)
【文献】 特開昭61−064856(JP,A)
【文献】 特開2015−193886(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2015/0275343(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 1/00
C22C 27/04
C22C 33/02
C22C 38/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
硬質粒子、黒鉛粒子、および鉄粒子を含む混合粉末から、焼結合金用成形体を圧粉成形する工程と、
焼結合金用成形体の前記黒鉛粒子のCを、前記硬質粒子および前記鉄粒子に拡散させながら、前記焼結合金用成形体を焼結する工程と、を含む耐摩耗性鉄基焼結合金の製造方法であって、
前記硬質粒子は、第1硬質粒子と第2硬質粒子とを含み、
前記第1硬質粒子は、前記第1硬質粒子を100質量%としたときに、Mo:10〜50質量%、Cr:3〜20質量%、Mn:2〜15質量%、C:1質量%以下、残部がFeと不可避不純物からなり、
前記第2硬質粒子は、前記第2硬質粒子を100質量%としたときに、Mo:60〜70質量%、Si:2質量%以下、残部がFeと不可避不純物からなり、
前記混合粉末は、前記第1硬質粒子、前記第2硬質粒子、前記黒鉛粒子、および前記鉄粒子の合計量を100質量%としたときに、前記第1硬質粒子を5〜50質量%含有し、前記第2硬質粒子を1〜8質量%含有し、前記黒鉛粒子を0.5〜1.0質量%含有していることを特徴とする耐摩耗性鉄基焼結合金の製造方法。
【請求項2】
前記第2硬質粒子の粒径は、75μm以下の範囲にあることを特徴とする請求項1に記載の耐摩耗性鉄基焼結合金の製造方法。
【請求項3】
硬質粒子、黒鉛粒子、および鉄粒子を含む焼結合金用成形体であって、
前記硬質粒子は、第1硬質粒子と第2硬質粒子とを含み、
前記第1硬質粒子は、前記第1硬質粒子を100質量%としたときに、Mo:10〜50質量%、Cr:3〜20質量%、Mn:2〜15質量%、C:1質量%以下、残部がFeと不可避不純物からなり、
前記第2硬質粒子は、前記第2硬質粒子を100質量%としたときに、Mo:60〜70質量%、Si:2質量%以下、残部がFeと不可避不純物からなり、
前記焼結合金用成形体は、前記第1硬質粒子、前記第2硬質粒子、前記黒鉛粒子、および前記鉄粒子の合計量を100質量%としたときに、前記第1硬質粒子を5〜50質量%含有し、前記第2硬質粒子を1〜8質量%含有し、前記黒鉛粒子を0.5〜1.0質量%含有していることを特徴とする焼結合金用成形体。
【請求項4】
前記第2硬質粒子の粒径は、75μm以下の範囲にあることを特徴とする請求項3に記載の焼結合金用成形体。
【請求項5】
請求項3または4に記載の前記焼結合金用成形体の焼結体である耐摩耗性鉄基焼結合金。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、焼結合金の耐摩耗性を向上させるに好適な硬質粒子を含有した、耐摩耗性鉄基焼結合金の製造方法、焼結合金用成形体、および耐摩耗性鉄基焼結合金に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、バルブシートなどには、鉄を基地とした焼結合金が適用されることがある。焼結合金には、耐摩耗性をさらに向上させるべく、硬質粒子を含有させることがある。硬質粒子を含有させる場合、硬質粒子に、黒鉛粒子および鉄粒子を混合して粉末とし、この混合した粉末から焼結合金用成形体に圧粉成形する。その後、焼結合金用成形体を加熱することにより、焼結して焼結合金とすることが一般的である。
【0003】
このような焼結合金の製造方法として、硬質粒子、黒鉛粒子、および鉄粒子を混合した混合粉末から、焼結合金用成形体を圧粉成形し、この焼結合金用成形体の黒鉛粒子のCを、硬質粒子および鉄粒子に拡散させながら、焼結合金用成形体を焼結する耐摩耗性鉄基焼結合金の製造方法が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
ここで、硬質粒子はMo:20〜70質量%、C:0.2〜3質量%、Mn:1〜15質量%、残部が不可避不純物とCoからなり、混合粉末は、硬質粒子、黒鉛粒子、および鉄粒子の合計量を100質量%としたときに、硬質粒子を10〜60質量%含有し、黒鉛粒子を0.2〜2質量%含有している。このような焼結合金は、硬質粒子が分散されているため、アブレッシブ摩耗を抑えることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2004−156101号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載の製造方法で製造された耐摩耗性鉄基焼結合金の硬質粒子を繋ぐマトリクス材料は、鉄粒子に黒鉛粒子のCが拡散したFe−C系の材料であるため軟らかい。このため、耐摩耗性鉄基焼結合金とこれに接触する摺動相手材の金属材料とが金属接触した際に、耐摩耗性鉄基焼結合金の接触面が塑性変形し易く、この接触面で凝着摩耗し易い。それを防ぐには耐摩耗性鉄基焼結合金の硬さを高めることが望ましいが、一方でそれにより耐摩耗性鉄基焼結合金の被削性が低下するおそれがあり、耐凝着摩耗性と被削性を両立させることは難しい。
【0007】
本発明は、前記課題を鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、凝着摩耗を抑えつつ、被削性を確保することができる耐摩耗性鉄基焼結合金の製造方法、焼結合金用成形体、および耐摩耗性鉄基焼結合金を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者らは、上述した如く、耐摩耗性鉄基焼結合金の鉄系基地の塑性変形により、接触面の凝着摩耗が促進されると考えた。このような観点から、発明者らは、これまでのアブレッシブ摩耗を抑える硬質粒子の他に、鉄系基地の塑性変形を抑制することができる、別の硬質粒子を添加することを検討した。そこで、発明者らは、その硬質粒子の主成分として、モリブデンに着眼し、鉄‐モリブデンの金属間化合物および焼結時に析出したモリブデン炭化物を鉄系基地中に点在させることにより、鉄系基地の塑性変形を制御することができるとの知見を得た。
【0009】
本発明はこのような知見に基づくものであり、本発明に係る耐摩耗性鉄基焼結合金の製造方法は、硬質粒子、黒鉛粒子、および鉄粒子を含む混合粉末から、焼結合金用成形体を圧粉成形する工程と、焼結合金用成形体の前記黒鉛粒子のCを、前記硬質粒子および前記鉄粒子に拡散させながら、前記焼結合金用成形体を焼結する工程と、を含む耐摩耗性鉄基焼結合金の製造方法であって、前記硬質粒子は、第1硬質粒子と第2硬質粒子とを含み、前記第1硬質粒子は、前記第1硬質粒子を100質量%としたときに、Mo:10〜50質量%、Cr:3〜20質量%、Mn:2〜15質量%、C:1質量%以下、残部がFeと不可避不純物からなり、前記第2硬質粒子は、前記第2硬質粒子を100質量%としたときに、Mo:60〜70質量%、Si:2質量%以下、残部がFeと不可避不純物からなり、前記混合粉末は、前記第1硬質粒子、前記第2硬質粒子、前記黒鉛粒子、および前記鉄粒子の合計量を100質量%としたときに、前記第1硬質粒子を5〜50質量%含有し、前記第2硬質粒子を1〜8質量%含有し、前記黒鉛粒子を0.5〜1.0質量%含有していることを特徴とする。
【0010】
本発明に係る焼結合金用成形体は、硬質粒子、黒鉛粒子、および鉄粒子を含む焼結合金用成形体であって、前記硬質粒子は、第1硬質粒子と第2硬質粒子とを含み、前記第1硬質粒子は、前記第1硬質粒子を100質量%としたときに、Mo:10〜50質量%、Cr:3〜20質量%、Mn:2〜15質量%、C:1質量%以下、残部がFeと不可避不純物からなり、前記第2硬質粒子は、前記第2硬質粒子を100質量%としたときに、Mo:60〜70質量%、Si:2質量%以下、残部がFeと不可避不純物からなり、前記焼結合金用成形体は、前記第1硬質粒子、前記第2硬質粒子、前記黒鉛粒子、および前記鉄粒子の合計量を100質量%としたときに、前記1硬質粒子を5〜50質量%含有し、前記第2硬質粒子を1〜8質量%含有し、前記黒鉛粒子を0.5〜1.0質量%含有していることを特徴とする。
本発明に係る耐摩耗性鉄基焼結合金は、前記焼結合金用成形体の焼結体である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、凝着摩耗を抑えつつ、被削性を確保することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】実施例および比較例で使用した摩耗試験の模式的概念図。
図2】実施例および比較例で使用した被削性試験の模式的概念図。
図3】(a)実施例1に係る試験片の摩耗試験後の表面写真、(b)比較例2に係る試験片の摩耗試験後の表面写真。
図4】(a)実施例1および比較例2に係る試験片の摩耗試験後の表面プロフィール、(b)実施例1および比較例2の試験片の摩耗深さの結果を示したグラフ。
図5】(a)実施例4〜7および比較例1,3における摩耗試験後の軸方向摩耗量の結果を示したグラフ、(b)実施例4〜7および比較例1,3における被削性試験後の刃具摩耗量の結果を示したグラフ。
図6】(a)実施例8〜10および比較例1,5,6における摩耗試験後の軸方向摩耗量の結果を示したグラフ、(b)実施例8〜10および比較例1,5,6における被削性試験後の刃具摩耗量の結果を示したグラフ。
図7】(a)実施例11〜13および比較例1,7,8における摩耗試験後の軸方向摩耗量の結果を示したグラフ、(b)実施例11〜13および比較例1,7,8における被削性試験後の刃具摩耗量の結果を示したグラフ。
図8】(a)実施例1に係る試験片の組織写真、(b)比較例7に係る試験片の組織写真、(c)比較例8に係る試験片の組織写真。
図9】(a)実施例14,15および比較例9,10における摩耗試験後の軸方向摩耗量の結果を示したグラフ、(b)実施例14,15および比較例9,10における被削性試験後の刃具摩耗量の結果を示したグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に、本発明の実施形態を詳述する。
本実施形態に係る焼結合金用成形体(以下、成形体という)は、後述する第1および第2硬質粒子、黒鉛粒子、および鉄粒子を含む混合粉末を圧粉成形したものである。耐摩耗性鉄基焼結合金(以下、焼結合金という)は、黒鉛粒子のCを硬質粒子および鉄粒子に拡散をさせながら、成形体を焼結したものである。以下の硬質粒子、これを混合した混合粉末により圧粉成形された成形体、および成形体を焼結した焼結合金について説明する。
【0014】
1.第1硬質粒子について
第1硬質粒子は、焼結合金に原料として配合され、鉄粒子および焼結合金の鉄系基地に対して硬度が高い粒子であり、焼結合金の靱性を確保しつつ基地の強度を高め、これにより、焼結合金のアブレッシブ摩耗を抑えることを目的とした粒子である。
【0015】
第1硬質粒子は、Fe−Mo−Cr−Mn系合金からなる粒子である。具体的には、第1硬質粒子は、Mo:10〜50質量%、Cr:3〜20質量%、Mn:2〜15質量%、C:1質量%以下、残部がFeと不可避不純物からなる。
【0016】
第1硬質粒子は、上述した組成を上述した割合に配合した溶湯を準備し、この溶湯を噴霧化するアトマイズ処理で製造することができる。また、別の方法としては、溶湯を凝固させた凝固体を機械的粉砕で粉末化してもよい。アトマイズ処理としては、ガスアトマイズ処理及び水アトマイズ処理のいずれであってもよいが、焼結性等を考慮すると丸みのある粒子が得られるガスアトマイズ処理がより好ましい。
【0017】
ここで、上述した硬質粒子の組成の下限値及び上限値としては、後述する組成限定理由、更には、その範囲の中で、硬さ、固体潤滑性、密着性、又はコストなどを考慮して、適用される部材の各特性の重視度合に応じて適宜変更することができる。
【0018】
1−1.Mo:10〜50質量%
第1硬質粒子の組成のうちMoは、焼結時に黒鉛粒子のCとMo炭化物を生成して第1硬質粒子の硬さ、耐摩耗性を向上させることができる。さらに、Moは、高温使用環境下において、固溶しているMoおよびMo炭化物を酸化させてMo酸化皮膜を形成し、焼結合金に良好なる固体潤滑性を得ることができる。
【0019】
ここで、Moの含有量が10質量%未満では、生成されるMo炭化物も少ないばかりでなく、第1硬質粒子の酸化開始温度が高くなり、高温使用環境下におけるMoの酸化物の生成が抑制される。これにより、得られた焼結合金の固体潤滑性が不十分となり、その耐アブレッシブ摩耗性が低下してしまう。
【0020】
一方、Moの含有量が50質量%を超えると、アトマイズ法により製造することが難しいばかりでなく、硬質粒子と鉄系基地との密着性が低下することがある。より好ましいMoの含有量は、25〜35質量%である。
【0021】
1−2.Cr:3〜20質量%
第1硬質粒子の組成のうちCrは、Cr炭化物を形成して第1硬質粒子の硬さおよび耐摩耗性を向上させると共に、硬質粒子と基地との密着性を向上させることができる。また、Crは、第1硬質粒子の過度の酸化を抑制することができる。
【0022】
ここで、Crの含有量が3質量%未満では、第1硬質粒子と基地との密着性の向上が十分ではなくなる。さらに、第1硬質粒子における酸化皮膜の生成が多くなり、第1硬質粒子における酸化皮膜の剥離が生じるおそれがある。
【0023】
一方、Crの含有量が20質量%を超えると、第1硬質粒子が過度に硬くなり、相手攻撃性を高めてしまうばかりでなく、第1硬質粒子における酸化皮膜の形成が抑制され過ぎてしまう。より好ましいCrの含有量は、5〜10質量%である。
【0024】
1−3.Mn:2〜15質量%
第1硬質粒子の組成のうちMnは、焼結時に第1硬質粒子から焼結合金の鉄系基地へ効率よく拡散するため、第1硬質粒子と鉄系基地との密着性を向上させることができる。さらに、Mnは、第1硬質粒子の基地および焼結合金の鉄系基地におけるオーステナイト組織を増加させることができる。
【0025】
ここで、Mnの含有量が2質量%未満の場合、鉄系基地へのMnの拡散する量が少ないため、硬質粒子と鉄系基地との密着性が低下する。これにより得られた焼結合金の機械的強度が低下してしまう。一方、Mnの含有量が15質量%を超えると、上述したMnによる効果は飽和してしまう。より好ましいMnの含有量は、2〜10質量%であり、さらに好ましくは4〜8質量%である。
【0026】
1−4.C:1質量%以下
第1硬質粒子の組成のうちCは、Moと結合してMo炭化物を形成し、第1硬質粒子の硬さ、耐摩耗性を向上させることができる。本実施形態では、Cの含有量を1質量%以下に制限することにより、成形体への成形性を向上させ、焼結合金の密度を高めることができる。Cの含有量が1質量%を超えると、成形性が阻害され、焼結合金の密度が低下してしまう。
【0027】
1−5.第1硬質粒子の粒径
第1硬質粒子の粒径としては、焼結合金の用途、種類などに応じて適宜選択できるが、第1硬質粒子の粒径は、44〜250μmの範囲にあることが好ましく、さらに好ましくは、44〜105μmの範囲にある。
【0028】
ここで、第1硬質粒子に粒径が44μm未満の硬質粒子を含んだ場合には、その粒径が小さすぎるため耐摩耗性鉄基焼結合金の耐摩耗性が損なわれることがある。一方、第1硬質粒子に粒径が105μmを超える硬質粒子を含んだ場合には、その粒径が大きすぎるため耐摩耗性鉄基焼結合金の被削性が低下することがある。
【0029】
2.第2硬質粒子について
第2硬質粒子は、第1硬質粒子と同様に、焼結合金に原料として配合され、鉄粒子および焼結合金の鉄系基地に対して硬度が高い粒子である。第2硬質粒子は、わずかな添加量で焼結合金の硬さを画期的に高めることにより焼結合金の鉄系基地の塑性変形を抑制し、この結果、焼結合金の凝着摩耗を低減することを目的とした粒子である。
【0030】
第2硬質粒子は、Fe−Mo系合金からなる粒子であり、第2硬質粒子を100質量%としたときに、Mo:60〜70質量%、Si:2質量%以下、残部がFeと不可避不純物からなる。
【0031】
第2硬質粒子は、溶湯を凝固させた凝固体を機械的粉砕で粉末化して製造される。また、第1硬質粒子の如く、ガスアトマイズ処理及び水アトマイズ処理等で、製造されてもよい。
【0032】
2−1.Mo:60〜70質量%
第2硬質粒子の組成のうちMoは、焼結時に黒鉛粒子のCとMo炭化物を生成して第2硬質粒子の硬さ、耐摩耗性を向上させることができる。さらに、Moは、高温使用環境下において、固溶しているMoおよびMo炭化物を酸化させてMo酸化皮膜を形成し、焼結合金に良好なる固体潤滑性を得ることができる。特に、第2硬質粒子は、第1硬質粒子よりも、Moを多く含むので、焼結時にモリブデン炭化物を鉄系基地の粒界に析出させることにより、使用時の鉄系基地の塑性変形を抑制し、凝着摩耗を抑制することができる。
【0033】
ここで、Moの含有量が60質量%未満では、上述した、モリブデン炭化物による鉄系基地の塑性変形を抑制することが難しく、耐凝着摩耗性が低下してしまう。一方、Moの含有量が70質量%を超えると、粉砕法により製造することが難しく、その歩留まりが低下してしまう。
【0034】
2−2.Si:2質量%以下
第2硬質粒子の組成にSiを含有している場合には、粉砕法により、第2硬質粒子を製造し易くなる。ここで、Siの含有量が、2質量%を超えると、第2硬質粒子の硬さが高くなり、成形体への成形性が阻害され、焼結合金の密度が低下してしまうばかりでなく、焼結合金の被削性も低下してしまう。
【0035】
2−3.第2硬質粒子の粒径
第2硬質粒子の粒径としては、焼結合金の用途、種類などに応じて適宜選択できるが、第2硬質粒子の粒径(最大粒径)は、75μm以下の範囲にあることが好ましい。これにより、第2硬質粒子を基地により均一に分散させることができ、焼結合金の硬さを高めることができる。ここで、第2硬質粒子に粒径が75μmを超える硬質粒子を含んだ場合には、その粒径が大き過ぎるため焼結合金の被削性が低下することがある。なお、第2硬質粒子の粒径は、製造上の観点から、1μm以上であることが好ましい。
【0036】
3.黒鉛粒子について
黒鉛粒子は、焼結時に黒鉛粒子のCが鉄系基地および硬質粒子に固溶拡散することができるのであれば、天然黒鉛または人造黒鉛のいずれの黒鉛粒子であってもよく、これらが混合したものであってもよい。黒鉛粒子の粒径は、1〜45μmの範囲にあることが好ましい。好ましい黒鉛粒子からなる粉末としては、黒鉛粉末(日本黒鉛製:CPB−S)などを挙げることができる。
【0037】
4.鉄粒子について
焼結合金の基地となる鉄粒子は、Feを主成分とする鉄粒子から構成される。鉄粒子からなる粉末としては、純鉄粉が好ましいが、圧粉成形時の成形性が阻害さず、上述した第1硬質粒子のMn等の元素の拡散が阻害されない範囲で、低合金鋼粉末であってもよい。低合金鋼粉末はFe−C系粉末を採用することができ、例えば、低合金鋼粉末を100質量%としたとき、C:0.2〜5質量%、残部が不可避不純物とFeからなる組成をもつものを採用することができる。また、これらの粉末は、ガスアトマイズ粉、水アトマイズ粉または還元粉であってもよい。鉄粒子の粒径は、150μm以下の範囲にあることが好ましい。
【0038】
5.混合粉末の混合割合について
第1硬質粉末、第2硬質粒子、黒鉛粒子、および鉄粒子を含むように混合粉末を作製する。混合粉末は、第1硬質粒子、第2硬質粒子、黒鉛粒子、および鉄粒子の合計量を100質量%としたときに、第1硬質粒子を5〜50質量%含有し、第2硬質粒子を1〜8質量%含有し、黒鉛粒子を0.5〜1.0質量%含有している。
【0039】
混合粉末は、第1硬質粒子、第2硬質粒子、黒鉛粒子、および鉄粒子からなってもよく、得られる焼結合金の機械的強度および耐摩耗性が阻害されないことを前提に、他の粒子が数質量%程度含有していてもよい。この場合には、混合粉末に対して、第1および第2硬質粒子、黒鉛粒子、および鉄粒子の合計量が95質量%以上であれば、その効果を十分に期待できる。例えば、混合粉末に、硫化物(例えばMnS)、酸化物(例えばCaCO)、フッ化物(例えばCaF)、窒化物(例えばBN)、酸硫化物からなる群から選ばれる少なくとも一種の被削性改善用の粒子を含有していてもよい。
【0040】
第1硬質粒子は、第1硬質粒子、第2硬質粒子、黒鉛粒子、および鉄粒子の合計量に対して5〜50質量%含有しているので、焼結合金の機械的強度と耐アブレッシブ摩耗性の双方を向上させることができる。
【0041】
ここで、第1硬質粒子が、これらの合計量に対して5質量%未満である場合、後述する発明者らの実験からも明らかなように、第1硬質粒子による耐アブレッシブ摩耗性の効果を充分に発揮することができない。
【0042】
一方、第1硬質粒子が、これらの合計量に対して50質量%を超えた場合、第1硬質粒子が多すぎるため、混合粉末から成形体を成形しようとしても、成形体が成形し難い。また、第1硬質粒子同士の接触が増加し、鉄粒子同士が焼結される部分が減少するため、焼結合金の密度が低下し、耐摩耗性が低下する。また、焼結合金に対して第1硬質粒子の割合が多くなるため、焼結合金の被削性も低下する。
【0043】
第2硬質粒子は、第1硬質粒子、第2硬質粒子、黒鉛粒子、および鉄粒子の合計量に対して1〜8質量%含有しているので、上述した如く、使用時の鉄系基地の塑性変形を抑制し、焼結合金の凝着摩耗を低減することができる。
【0044】
ここで、第2硬質粒子が、これらの合計量に対して1質量%未満である場合、後述する発明者らの実験からも明らかなように、焼結合金の鉄系基地が塑性変形し易く、この部分が毟り取られ易くなり、凝着摩耗が発生してしまう。一方、第2硬質粒子が、これらの合計量に対して8質量%を超えた場合、後述する発明者らの実験からも明らかなように、焼結合金に対して第2硬質粒子の割合が多くなるため、焼結合金の被削性が低下してしまう。
【0045】
黒鉛粒子は、第1硬質粒子、第2硬質粒子、黒鉛粒子、および鉄粒子の合計量に対して0.5〜1.0質量%含有しているので、焼結した後、第1および第2硬質粒子を溶融することなく第1および第2硬質粒子に黒鉛粒子のCを固溶拡散することができ、さらには鉄系基地にパーライト組織を確保することができる。これにより、焼結合金の機械的強度と耐摩耗性の双方を向上させることができる。
【0046】
ここで、黒鉛粒子が、これらの合計量に対して0.5質量%未満の場合には、鉄系基地のフェライト組織が増加する傾向にあるので、焼結合金の鉄系基地自体の強度が低下してしまう。一方、黒鉛粒子が、これらの合計量に対して1.0質量%を超えた場合には、第1硬質粒子および第2硬質粒子内へのCの拡散が多くなりすぎるため、第1硬質粒子および第2硬質粒子の融点が低下する。これにより、焼結時の加熱により、第1硬質粒子および第2硬質粒子が溶融してしまい、焼結合金の密度が低下してしまう。
【0047】
6.耐摩耗性鉄基焼結合金の製造方法について
このようにして、得られた混合粉末を、焼結合金用成形体に圧粉成形する。焼結合金用成形体には、混合粉末と同じ割合で、第1硬質粒子、第2硬質粒子、黒鉛粒子、および鉄粒子が含まれる。
【0048】
焼結合金用成形体の黒鉛粒子のCを、第1および第2硬質粒子と、鉄粒子とに拡散させながら、圧粉成形された焼結合金用成形体を焼結し、耐摩耗性鉄基焼結合金を製造する。このとき、鉄系基地(鉄粒子)から第1および第2硬質粒子への鉄の拡散が増大するばかりでなく、第1硬質粒子は、炭素の含有量を制限し、第2硬質粒子は炭素を含まないので、黒鉛粒子の炭素が第1および第2硬質粒子へ拡散し易い。特に、第1硬質粒子に比べて、第2硬質粒子は、より多くのMoを含有しているので、第2硬質粒子の粒界にMo炭化物を生成し、焼結合金の硬さをより効果的に高めることができる。
【0049】
焼結温度としては、1050〜1250℃程度、特に、1100〜1150℃程度を採用できる。上記した焼結温度における焼結時間としては、30分〜120分、より好ましくは45〜90分を採用できる。焼結雰囲気としては、不活性ガス雰囲気などの非酸化性雰囲気であってもよく、非酸化性雰囲気としては、窒素ガス雰囲気、アルゴンガス雰囲気、又は真空雰囲気を挙げることができる。
【0050】
焼結により得られた鉄基焼結合金の基地は、その硬さを確保するため、パーライトを含む組織を含むことが好ましく、パーライトを含む組織として、パーライト組織、パーライト−オーステナイト系の混合組織、パーライト−フェライト系の混合組織にしてもよい。耐摩耗性を確保するには、硬さが低いフェライトは少ない方が好ましい。
【0051】
上述した方法によれば、Mo:1.0〜31.0質量%、Cr:0.01〜10質量%、Mn:0.1〜7.5質量%、Si:0.2質量%以下、C:0.50〜1.0質量%、その他が鉄と不可避不純物からなる焼結合金を得ることができる。
【0052】
7.耐摩耗性鉄基焼結合金の適用
上述した製造方法で得られた焼結合金は、高温使用環境下における機械的強度および耐摩耗性がこれまでのものよりも高い。例えば、高温の使用環境下となる、圧縮天然ガスまたは液化石油ガスを燃料とする内燃機関のバルブ系(例えばバルブシート、バルブガイド)、ターボチャージャのウェストゲートバルブに好適に用いることができる。
【0053】
例えば、焼結合金で、内燃機関の排気弁のバルブシートを形成した場合、バルブシートとバルブとの接触時の凝着摩耗と、双方の摺動時のアブレッシブ摩耗とが混在した摩耗形態が発現したとしても、これらのバルブシートの耐摩耗性を、従来のものと比べてより一層向上させることができる。特に、圧縮天然ガスまたは液化石油ガスを燃料とした使用環境下では、Mo酸化皮膜が形成され難いが、このような環境下であっても、前記凝着摩耗を低減することができる。
【実施例】
【0054】
以下に、本発明を具体的に実施した実施例について比較例と共に説明する。
〔実施例1〕
以下に示す製造方法で、実施例1に係る焼結合金を製造した。第1硬質粒子として、Mo:30質量%、Cr:5質量%、Mn:6質量%、残部がFeと不可避不純物(すなわちFe−30Mo−5Cr−6Mn)の合金から、ガスアトマイズ法により作製された硬質粒子(山陽特殊製鋼(株)製)を準備した。この第1硬質粒子を、JIS規格Z8801に準拠したふるいを用い、44μm〜250μmの範囲に分級した。なお、本明細書でいう、「粒子の粒度(粒径)」は、この方法により分級した値である。
【0055】
第2硬質粒子として、Mo:65質量%、S1:1質量%残部がFeと不可避不純物からなるFe−65Mo−1Si合金から、粉砕法により、作製された第2硬質粒子(キンセイマテック製)を準備した。第2硬質粒子を、75μm以下に分級した。
【0056】
次に、黒鉛粒子ならなる黒鉛粉末(日本黒鉛工業製: CPB−S)、および、純鉄粒子からなる還元鉄粉(JEFスチール:JIP255M−90)を準備した。上述した、第1硬質粒子を20質量%、第2硬質粒子を3質量%、黒鉛粒子を0.85質量%、残りを鉄粒子(76.15質量%)とし、V型混合器で30分間混合した。これにより混合粉末を得た。
【0057】
次に、成形型を用い、得られた混合粉末を784MPaの加圧力でリング形状をなす試験片に圧粉成形し、焼結合金用成形体(圧粉成形体)を形成した。圧粉成形体を1120℃の不活性雰囲気(窒素ガス雰囲気)中で60分間、焼結し、実施例1に係る焼結合金(バルブシート)の試験片を形成した。
【0058】
〔実施例2,3〕
実施例1と同じように焼結合金の試験片を作製した。実施例2が、実施例1と相違する点は、表1に示すように、第1硬質粒子の成分が、Fe−30Mo−10Cr−6Mnである点(Crを10質量%に増量した点)である。
【0059】
実施例3が、実施例1と相違する点は、表1に示すように、第1硬質粒子の成分が、Fe−35Mo−10Cr−6Mnである点(Moを35質量%に増量し、Crを10質量%に増量した点)である。
【0060】
〔比較例1〕
実施例1と同じように焼結合金の試験片を作製した。実施例1と相違する点は、表1に示すように、第1硬質粒子に、特開2004−156101号公報に記載の硬質粒子に相当するCo−40Mo−6Mn−0.9C合金からなる粒子を用い、第2硬質粒子を添加していない点である。なお、黒鉛粒子の添加量も表1に示すように相違する。
【0061】
〔比較例2〕
実施例1と同じように焼結合金の試験片を作製した。比較例2が、実施例1と相違する点は、表1に示すように、第1硬質粒子の成分が、Fe−35Mo−10Cr−6Mnである点(Moを35質量%に増量し、Crを10質量%に増量した点)と、第2硬質粒子を添加していない点である。
【0062】
<摩耗試験>
図1の試験機を用いて、実施例1〜3および比較例1,2に係る焼結合金の試験片に対して摩耗試験を行い、これらの耐摩耗性を評価した。この試験では、図1に示すように、プロパンガスバーナ10を加熱源として用い、前記のように作製した焼結合金からなるリング形状のバルブシート12と、バルブ13のバルブフェース14との摺動部をプロパンガス燃焼雰囲気とした。バルブフェース14はEV12(SEA規格)に軟窒化処理を行ったものである。バルブシート12の温度を250℃に制御し、スプリング16によりバルブシート12とバルブフェース14との接触時に25kgfの荷重を付与して、3250回/分の割合で、バルブシート12とバルブフェース14とを接触させ、8時間の摩耗試験を行った。実施例1〜3および比較例1,2において、摩耗試験後のバルブシート12とバルブフェース14の軸方向の摩耗深さの総量を、軸方向摩耗量として測定した。この結果を表1に示す。
【0063】
実施例1および比較例2に係る試験片の摩耗試験後の表面を顕微鏡で観察した。この結果を、図3(a)および図3(b)に示す。図3(a)は、実施例1に係る試験片の摩耗試験後の表面写真であり、図3(b)は、比較例2に係る試験片の摩耗試験後の表面写真である。
【0064】
さらに、実施例1および比較例2に係る試験片に対して、上述した摩耗試験を試験片の表面が酸化しにくい200℃の温度で実施した。実施例1および比較例2の摩耗試験後の表面プロフィールを測定し、測定した表面プロフィールから摩耗深さを測定した。この結果を図4(a)および図4(b)に示す。図4(a)は、実施例1および比較例2に係る試験片の摩耗試験後の表面プロフィールであり、図4(b)は、実施例1および比較例2の試験片の摩耗深さの結果を示したグラフである。
【0065】
<被削性試験>
図2に示す試験機を用いて、実施例1〜3および比較例1,2に係る焼結合金に対して被削性試験を行い、これらの被削性を評価した。この試験では、外径30mm、内径22mm、全長9mmの試験片20を実施例1〜3および比較例1,2のそれぞれに対して6個準備した。NC旋盤を用いて、窒化チタンアルミコーティングした超硬の刃具30で、回転数970rpmで回転した試験片20に対して、切込み量0.3mm、送り0.08mm/rev、切削距離320m、湿式でトラバース切削した。その後、光学顕微鏡により、刃具30の逃げ面の最大摩耗深さを刃具摩耗量として測定した。この結果を、この結果を表1に示す。
【0066】
【表1】
【0067】
(結果1)
表1に示すように、実施例1〜3では、第1硬質粒子の添加量および黒鉛粒子の添加量が、比較例1のものよりも少ないが、実施例1〜3の軸方向摩耗量は、比較例1のものよりも少なく、実施例1〜3の刃具摩耗量は、比較例1のものよりも少なかった。さらに、比較例2の軸方向摩耗量は、実施例1〜3のものよりも多かった。
【0068】
また、比較例1および2では、刃具で切削された焼結合金の表面に、凝着摩耗が確認されたが、実施例1〜3では、刃具で切削された焼結合金の表面には、凝着摩耗がほとんどなかった。具体的には、実施例1では、図3(a)に示す白線の囲み部分の一部に、凝着摩耗による毟れ痕が僅かに存在した。一方、比較例2では、図3(b)に示す白線の囲んだ黒色部分全体が、凝着摩耗による毟れ痕となっていた。
【0069】
200℃の温度環境下で行った摩耗試験では、図4(a)に示すように、比較例2の試験片の表面プロフィールには、毟れたような部分が存在し、凝着摩耗していたことが確認された。しかしながら、実施例1の試験片の表面プロフィールには、毟れたような部分がほとんどなかった。
【0070】
このことから、実施例1〜3では、第2硬質粒子を添加したことにより、凝着摩耗が低減され、軸方向摩耗量が、比較例1,2のものよりも少なくなったと考えられる。
【0071】
なお、実施例1〜3では、第1硬質粒子のモリブデンの量およびクロムの量を変化させたが、軸方向摩耗量および刃具摩耗量は、同程度であり、モリブデンおよびクロムの添加による耐摩耗性および被削性の影響は少ない。したがって、第1硬質粒子の成分の範囲が、上述した本発明の範囲であれば、このような効果を期待することができると想定される。
【0072】
〔実施例4〜7:第1硬質粒子の最適添加量〕
実施例1と同じように焼結合金の試験片を作製した。実施例4〜7は、第1硬質粒子の最適添加量を評価するための実施例である。
【0073】
実施例4が、実施例1と相違する点は、表2に示すように、混合粉末全体に対して、第1硬質粒子を5質量%添加した点である。実施例5の焼結合金の試験片は、実施例1のものと同じである。
【0074】
実施例6が、実施例1と相違する点は、表2に示すように、混合粉末全体に対して、第1硬質粒子を40質量%添加した点と、第1硬質粒子の成分が、Fe−25Mo−5Cr−6Mnである点(Moを25質量%に減量した点)である。
【0075】
実施例7が、実施例1と相違する点は、表2に示すように、混合粉末全体に対して、第1硬質粒子を50質量%添加した点と、第1硬質粒子の成分がFe−30Mo−10Cr−6Mnである点(Crを10質量%に増量した点)である。
【0076】
〔比較例3,4:第1硬質粒子の最適添加量の比較例〕
実施例1と同じように焼結合金の試験片を作製した。比較例3,4は、第1硬質粒子の最適添加量を評価するための比較例である。比較例3,4が、実施例1と相違する点は、混合粉末全体に対して、表2に示すように、第1硬質粒子を順次0質量%(すなわち添加していない)、60質量%の割合で、添加した点である。なお、比較例4では、混合粉末から成形体に成形できなかった。
【0077】
実施例1と同様に、実施例4〜7および比較例3の試験片に対して、摩耗試験を行い、摩耗試験後の軸方向摩耗量を測定した。この結果を、表2および図5(a)に示す。図5(a)は、実施例4〜7および比較例1,3における摩耗試験後の軸方向摩耗量の結果を示したグラフであり、図5(a)には、上述した比較例1の結果も合わせて記載した。
【0078】
実施例1と同様に、実施例4〜7および比較例3の試験片に対して、被削性試験を行い、被削性試験後の刃具摩耗量を測定した。この結果を、表2および図5(b)に示す。図5(b)は、実施例4〜7および比較例1,3における被削性試験後の刃具摩耗量の結果を示したグラフであり、図5(b)には、上述した比較例1の結果も合わせて記載した。
【0079】
【表2】
【0080】
(結果2:第1硬質粒子の最適添加量)
図5(a)に示すように、実施例4〜7の軸方向摩耗量は、比較例3のものよりも少なかった。実施例4〜7の順に、軸方向摩耗量が減少した。また、実施例4〜7の試験片の表面には、凝着摩耗がほとんどなかった。このことから、第1硬質粒子を添加することにより、焼結合金の耐アブレッシブ摩耗性が向上すると考えらえる。しかしながら、比較例4では、第1硬質粒子を添加し過ぎたため、成形体の成形性が阻害されたと考えられる。以上の点から、第1硬質粒子の最適な添加量は、混合粉末に対して5〜50質量%である。
【0081】
図5(b)に示すように、実施例4〜7の刃具摩耗量は、比較例1のものよりも少なく、実施例4〜7の順で、刃具摩耗量は増加した。図5(a)に示すように、実施例4の軸方向摩耗量は、比較例1のものと同程度であったが、図5(b)に示すように、実施例4の刃具摩耗量は、比較例1のものよりも少なかった。このことから、実施例4〜7の如く、第1硬質粒子と第2硬質粒子とを添加することにより得られた焼結合金は、耐摩耗性を確保しつつ、被削性を向上させることができると考えられる。
【0082】
〔実施例8〜10:第2硬質粒子の最適添加量〕
実施例1と同じように焼結合金の試験片を作製した。実施例8〜10は、第2硬質粒子の最適添加量を評価するための実施例である。
【0083】
実施例8が、実施例1と相違する点は、表3に示すように、混合粉末全体に対して、第2硬質粒子を1質量%添加した点である。
【0084】
実施例9が、実施例1と相違する点は、表3に示すように、第1硬質粒子の成分がFe−30Mo−10Cr−6Mnである点(Crを10質量%に増量した点)であり、実施例9の焼結合金の試験片は、実施例2のものと同じである。
【0085】
実施例10が、実施例1と相違する点は、表3に示すように、混合粉末全体に対して、第2硬質粒子を8質量%の添加した点である。実施例10が、実施例1とさらに相違する点は、第1硬質粒子の成分が、Fe−25Mo−10Cr−6Mnである点(Moを25質量%に減量し、Crを10質量%に増量した点)である。
【0086】
〔比較例5,6:第2硬質粒子の最適添加量の比較例〕
実施例8と同じように焼結合金の試験片を作製した。比較例5,6は、第2硬質粒子の最適添加量を評価するための比較例である。
【0087】
比較例5が、実施例1と相違する点は、表3に示すように、第2硬質粒子を添加していない(0質量%)点である。比較例5が、実施例1とさらに相違する点は、第1硬質粒子の成分が、Fe−35Mo−10Cr−6Mnである点(Moを35質量%に増量し、Crを10質量%に増量した点)である。比較例5の焼結合金の試験片は、比較例2のものと同じである。
【0088】
比較例6が、実施例1と相違する点は、表3に示すように、混合粉末全体に対して、第2硬質粒子を10質量%の添加した点である。比較例6が、実施例1とさらに相違する点は、第1硬質粒子の成分が、Fe−25Mo−5Cr−6Mnである点(Moを25質量%に減量した点)である。
【0089】
実施例1と同様に、実施例8〜10および比較例5,6の試験片に対して、摩耗試験を行い、摩耗試験後の軸方向摩耗量を測定した。この結果を、表3および図6(a)に示す。図6(a)は、実施例8〜10および比較例1,5,6における摩耗試験後の軸方向摩耗量の結果を示したグラフであり、図6(a)には、上述した比較例1の結果も合わせて記載した。
【0090】
実施例1と同様に、実施例8〜10および比較例5,6の試験片に対して、被削性試験を行い、被削性試験後の刃具摩耗量を測定した。この結果を、表3および図6(b)に示す。図6(b)は、実施例8〜10および比較例1,5,6における被削性試験後の刃具摩耗量の結果を示したグラフであり、図6(b)には、上述した比較例1の結果も合わせて記載した。
【0091】
【表3】
【0092】
(結果3:第2硬質粒子の最適添加量)
図6(a)に示すように、実施例8〜10,比較例6の軸方向摩耗量は、比較例1,5のものよりも少なかった。実施例8〜10,比較例6の順で、軸方向摩耗量が僅かに減少した。しかしながら、図6(b)に示すように、比較例6の刃具摩耗量は、実施例8〜10のものよりも多かった。
【0093】
このことから、第2硬質粒子は、焼結後の焼結合金の硬さを向上させることで、使用時の焼結合金の鉄系基地の塑性変形を抑制し、焼結合金の凝着摩耗を低減していると考えられる。具体的には、第2硬質粒子は、第1硬質粒子よりも、モリブデンを多く含有しているので、第1硬質粒子よりも鉄系基地を硬質化することができ、焼結時にモリブデン炭化物を鉄系基地の粒界に析出させることにより、焼結後の鉄系基地の硬さが向上したと考えらえる。そして、比較例6の如く、第2硬質粒子を添加し過ぎると、焼結後の焼結合金が硬くなり過ぎてしまい、被削性が低下すると考えられる。以上の結果から、第2硬質粒子の最適な添加量は、混合粉末に対して1〜8質量%である。
【0094】
〔実施例11〜13:黒鉛粒子の最適添加量〕
実施例1と同じように焼結合金の試験片を作製した。実施例11〜13は、黒鉛粒子の最適添加量を評価するための実施例である。
【0095】
実施例11が、実施例1と相違する点は、表4に示すように、混合粉末全体に対して、黒鉛粒子を0.5質量%の添加した点である。実施例11が、実施例1とさらに相違する点は、第1硬質粒子の成分が、Fe−30Mo−10Cr−6Mnである点(Crを10質量%に増量した点)である。
【0096】
実施例12が、実施例1と相違する点は、表4に示すように、第1硬質粒子の成分が、Fe−35Mo−10Cr−6Mnである点(Moを35質量%に増量し、Crを10質量%に増量した点)である。実施例12の焼結合金の試験片は、実施例3のものと同じである。
【0097】
実施例13が、実施例1と相違する点は、表4に示すように、混合粉末全体に対して、黒鉛粒子を1.00質量%の添加した点である。実施例13が、実施例1とさらに相違する点は、第1硬質粒子の成分が、Fe−25Mo−5Cr−6Mnである点(Moを25質量%に減量した点)である。
【0098】
〔比較例7,8:黒鉛粒子の最適添加量の比較例〕
実施例1と同じように焼結合金の試験片を作製した。比較例7,8は、黒鉛粒子の最適添加量を評価するための比較例である。
【0099】
比較例7が、実施例1と相違する点は、表4に示すように、混合粉末全体に対して、黒鉛粒子を0.4質量%の添加した点である。比較例7が、実施例1とさらに相違する点は、第1硬質粒子の成分が、Fe−25Mo−5Cr−6Mnである点(Moを25質量%に減量した点)である。
【0100】
比較例8が、実施例1と相違する点は、表4に示すように、混合粉末全体に対して、黒鉛粒子を1.10質量%の添加した点である。
【0101】
実施例1と同様に、実施例11〜13および比較例7,8の試験片に対して、摩耗試験を行い、摩耗試験後の軸方向摩耗量を測定した。この結果を、表4および図7(a)に示す。図7(a)は、実施例11〜13および比較例1,7,8における摩耗試験後の軸方向摩耗量の結果を示したグラフであり、図7(a)には、上述した比較例1の結果も合わせて記載した。
【0102】
実施例1と同様に、実施例11〜13および比較例7,8の試験片に対して、被削性試験を行い、被削性試験後の刃具摩耗量を測定した。この結果を、表4および図7(b)に示す。図7(b)は、実施例11〜13および比較例1,7,8における被削性試験後の刃具摩耗量の結果を示したグラフであり、図7(b)には、上述した比較例1の結果も合わせて記載した。
【0103】
先に作製した実施例1に係る試験片と、比較例7,比較例8の試験片に対して、ナイタルを用いてエッチングを行って、焼結合金の組織を顕微鏡で観察した。この結果を、図8(a)〜図8(c)に示す。図8(a)は、実施例1に係る試験片の組織写真であり、図8(b)は、比較例7に係る試験片の組織写真であり、図8(c)は、比較例8に係る試験片の組織写真である。
【0104】
【表4】
【0105】
(結果4:黒鉛粒子の最適添加量)
図7(a)に示すように、実施例11〜13,比較例8の軸方向摩耗量は、比較例7のものよりも少なかった。しかしながら、図7(b)に示すように、比較例8の刃具摩耗量は、実施例11〜13のものよりも多かった。
【0106】
図8(a)に示すように、実施例1に示す焼結合金の組織には、パーライト組織が形成しており、実施例11〜13に示す焼結合金の組織も同様にパーライト組織が形成されていると考えられる。
【0107】
しかしながら、図8(b)に示すように、比較例7に示す焼結合金の組織には、フェライトを中心とした組織となるため、鉄系基地の硬さが、他の物に比べて低い。この結果、比較例7の軸方向摩耗量は、実施例11〜13,比較例8のものよりも多くなったと考えられる。
【0108】
一方、図8(c)に示すように、比較例8の焼結合金の組織には、黒鉛粒子の増量により、(第1および第2の)硬質粒子中のCの拡散が多くなり過ぎ、融点が低下して焼結時の加熱により硬質粒子の溶融が発生して密度が低下する。この結果、比較例8の焼結合金は、被削性が低下したと考えられる。このことから、黒鉛粒子の最適な添加量は、混合粉末に対して0.5〜1.0質量%である。
【0109】
〔実施例14,15:第2硬質粒子の最適粒径〕
実施例1と同じように焼結合金の試験片を作製した。実施例14,15は、第2硬質粒子の最適粒径を評価するための実施例である。実施例14,15が、実施例1と相違する点は、表5に示すように、第2硬質粒子として、順次、その粒径(粒度)が45μm以下の範囲、45μm超かつ75μm以下の範囲となるように分級した第2硬質粒子を用いた点である。さらに、実施例15が、実施例1とさらに相違する点は、第1硬質粒子の成分が、Fe−30Mo−10Cr−6Mnである点(Crを10質量%に増量した点)である。
【0110】
〔比較例9,10:第2硬質粒子の最適粒径の比較例〕
実施例1と同じように焼結合金の試験片を作製した。比較例9,10は、第2硬質粒子の最適粒径を評価するための比較例である。比較例9,10が、実施例1と相違する点は、表5に示すように、第2硬質粒子として、順次、その粒径(粒度)が75μm超かつ100μm以下の範囲、100μm超かつ150μm以下の範囲に分級した第2硬質粒子を用いた点である。比較例9が、実施例1とさらに相違する点は、第1硬質粒子の成分が、Fe−25Mo−10Cr−6Mnである点(Moを25質量%に減量し、Crを10質量%に増量した点)である。比較例10が、実施例1とさらに相違する点は第1硬質粒子の成分が、Fe−35Mo−10Cr−6Mnである点(Moを35質量%に増量し、Crを10質量%に増量した点)である。なお、比較例9,10に係る試験片は、本発明の範囲に含まれる焼結合金であり、実施例14,15と対比するために、便宜上、比較例9,10としている。
【0111】
実施例1と同様に、実施例14,15および比較例9,10の試験片に対して、摩耗試験を行い、摩耗試験後の軸方向摩耗量を測定した。この結果を、表4および図9(a)に示す。図9(a)は、実施例14,15および比較例9,10における摩耗試験後の軸方向摩耗量の結果を示したグラフである。
【0112】
実施例1と同様に、実施例14,15および比較例9,10の試験片に対して、被削性試験を行い、被削性試験後の刃具摩耗量を測定した。この結果を、表5および図9(b)に示す。図9(b)は、実施例14,15および比較例9,10における被削性試験後の刃具摩耗量の結果を示したグラフである。
【0113】
【表5】
【0114】
(結果5:第2硬質粒子の最適粒径)
図9(a)に示すように、実施例14,15および比較例9,10の軸方向摩耗量は、同程度であった。しかしながら、図9(b)に示すように、実施例14,15の刃具摩耗量は、比較例9,10のものよりも少なかった。これは、比較例9,10では、第2硬質粒子の粒径が大き過ぎるため試験片の被削性が低下することがある。この結果から、第2硬質粒子の粒径(最大粒径)は、75μm以下の範囲にあることが好ましい。
【0115】
以上、本発明の実施形態について詳述したが、本発明は、前記の実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された本発明の精神を逸脱しない範囲で、種々の設計変更を行うことができるものである。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9