(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6355163
(24)【登録日】2018年6月22日
(45)【発行日】2018年7月11日
(54)【発明の名称】リチウムイオン電池
(51)【国際特許分類】
H01M 10/052 20100101AFI20180702BHJP
H01M 10/0568 20100101ALI20180702BHJP
H01M 10/0569 20100101ALI20180702BHJP
H01M 4/505 20100101ALI20180702BHJP
H01M 4/525 20100101ALI20180702BHJP
H01M 4/38 20060101ALI20180702BHJP
H01M 4/48 20100101ALI20180702BHJP
H01M 4/587 20100101ALI20180702BHJP
H01M 4/36 20060101ALI20180702BHJP
H01M 4/62 20060101ALI20180702BHJP
【FI】
H01M10/052
H01M10/0568
H01M10/0569
H01M4/505
H01M4/525
H01M4/38 Z
H01M4/48
H01M4/587
H01M4/36 E
H01M4/36 B
H01M4/62 Z
【請求項の数】4
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2014-233341(P2014-233341)
(22)【出願日】2014年11月18日
(65)【公開番号】特開2016-100054(P2016-100054A)
(43)【公開日】2016年5月30日
【審査請求日】2017年10月21日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000006231
【氏名又は名称】株式会社村田製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100143085
【弁理士】
【氏名又は名称】藤飯 章弘
(72)【発明者】
【氏名】山野 晃裕
(72)【発明者】
【氏名】境 哲男
(72)【発明者】
【氏名】柳田 昌宏
(72)【発明者】
【氏名】森下 正典
(72)【発明者】
【氏名】樋口 昌史
【審査官】
渡部 朋也
(56)【参考文献】
【文献】
特開2013−242997(JP,A)
【文献】
特開2014−96300(JP,A)
【文献】
特開2012−169300(JP,A)
【文献】
特開2012−216401(JP,A)
【文献】
特開2009−266706(JP,A)
【文献】
特開2004−63394(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 10/0525
H01M 4/36
H01M 4/38
H01M 4/48
H01M 4/505
H01M 4/525
H01M 4/587
H01M 4/62
H01M 10/0568
H01M 10/0569
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
正極、負極、非水電解液、セパレータを備えるリチウムイオン電池であって、前記正極に含有される正極活物質は、金属Liを対極として充放電させた場合の初回充放電効率が80%〜90%であり、前記負極に含有される負極活物質は、シリコン化合物と炭素材料との混合材料からなり、該負極は初期充放電における不可逆容量分のリチウムがドープされていない状態であり、前記正極と前記負極の初期充電電気容量において、前記正極に対する前記負極の容量比が0.95以上1以下であり、
前記負極活物質は、純シリコン(Si)と一酸化シリコン(SiO)とハードカーボン(HC)との複合体であり、
前記正極は、カルボキシメチルセルロース(CMC)、ポリアクリル酸ナトリウム、アルギン酸ナトリウムバインダーからなる群から選択される少なくとも一種以上を含有しており、
前記負極は、ポリイミド樹脂を含有しており、
前記非水電解液は、溶媒と支持塩とを備えており、前記溶媒は、少なくともγ−ブチロラクトン(GBL)を含有しており、前記支持塩は、少なくともリチウムビス(オキサレート)ボレート(LiBOB)を含有していることを特徴とするリチウムイオン電池。
【請求項2】
前記負極活物質は、金属Liを対極として充放電させた場合の初回充放電効率が70%以上であることを特徴とする請求項1に記載のリチウムイオン電池。
【請求項3】
前記負極活物質は、SiとSiOとHCとの質量比の合計を100質量%とした場合、前記Siを10%〜80%、前記SiOを0%〜45%、前記HCを0%〜80%含有することを特徴とする請求項1に記載のリチウムイオン電池。
【請求項4】
前記正極活物質が、下記化学式1で表されることを特徴とする請求項1に記載のリチウムイオン電池。
[化学式1]
aLi[Li1/3Mn2/3]O2・(1-a)Li[NixCoyMnz]O2
(0≦a≦0.3、0≦x≦1、0≦y≦1、0≦z≦1、x+y+z=1)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プレドープフリーの高耐熱性リチウムイオン電池に関する。
【背景技術】
【0002】
近年,石油代替や環境低負荷から自動車業界では電気自動車(EV)やハイブリッド自動車(HEV)の開発が精力的に進められている.モータ駆動用電源には主にリチウムイオン二次電池が導入されており,EVとHEVとのさらなる市場の拡大のために,電池の高エネルギー密度化に関する研究が盛んに行われている。
【0003】
リチウムイオン二次電池では、正極活物質としてコバルト酸リチウム(LiCoO
2)、負極活物質としてカーボン材料、電解質としてプロピレンカーボネート等の有機溶媒にリチウムイオンを溶解させた非水電解液が使用されている。これらの材料は充放電によってリチウムイオンを可逆的に吸蔵および放出する電極活物質として機能し、非水電解液あるいは固体電解質によって電気化学的に連結されたいわゆるロッキングチェア型の二次電池を構成する。
【0004】
正極活物質であるLiCoO
2の容量は、リチウムイオンの可逆的な挿入/脱離量に依存する。 すなわち正極活物質からLi脱離量を増やすと、容量が増加する。しかしながら、正極活物質からのLi脱離量が増加すると、正極結晶構造が破壊し、サイクル特性が低下する。そのため、Coの一部をLiやNiやMnで置換した、リチウム-コバルト-ニッケル-マンガン酸化物の研究が活発に進められている。
【0005】
一方、負極活物質として用いられる炭素質材料は、初回充放電効率(初回の充電容量に対する放電容量の比率)に優れるものの、炭素1原子当たり0.17個しかリチウムを吸蔵および放出することができないため、高エネルギー密度化が困難であるという問題がある。具体的には、化学量論量のリチウム吸蔵容量を実現できたとしても、ハードカーボンの電池容量は約372mAh/gが限界である。
【0006】
最近では、炭素質材料からなる負極活物質を上回る高容量密度を有する材料として、SiやSnを含有する負極活物質が提案されている。SiやSiOを含有する負極活物質は、電池容量が炭素質材料に比べて大きいという利点がある。
【0007】
Si負極活物質は、初回充放電効率が炭素質材料と同等であるため、電池の高エネルギー密度化が可能であった。一方、SiO負極活物質は、初回の充電容量に対する放電容量(初回充放電効率)が低いという問題があった。即ち、SiOを含有する材料を負極活物質として用いたリチウムイオン二次電池においては、初めの充電において正極から脱ドープしたリチウムが負極にドープされた際、その一部が負極に溜り、続く放電において正極に戻らなくなってしまうといったことが起こる。
【0008】
このような放電後も負極中に残留しその後充放電反応に関与できないリチウム容量(不可逆容量)は、電池が最初に持っていた放電容量(電池容量)を低下させ、これにより充填された正極の容量利用率が低下し、電池のエネルギー密度が低下してしまう。このような大きな不可逆容量は、高容量が要求される車両用途への実用化において大きな開発課題となっており、不可逆容量を抑制する試みが盛んに行われている。
【0009】
このような不可逆容量に相当するリチウムを補填する技術として、予め所定量のリチウム粉末やリチウム箔をシリコン負極の表面に貼り付ける方法が提案されている(特許文献1を参照)。この開示によれば、負極に初回充放電容量差に相当する量のリチウムを予備吸蔵(プレドープ)させることにより、電池容量が増加し、さらにサイクル特性の低下が改善されるとしている。
【0010】
また、SiやSiO負極活物質は、Li吸蔵放出量が多いため、充放電に伴う結晶格子の体積変化が激しく、電極が劣化してサイクル性能が悪いという課題があった。このような大きな体積変化は、長寿命が要求される車両用途への実用化において大きな開発課題となっており、体積変化を緩和する試みが盛んに行われている。
【0011】
特許文献1に記載の電池は,負極へ不可逆容量に相当するリチウムをプレドープしているために,高エネルギー密度を維持しつつサイクル特性を向上させることができる.しかしながら,リチウムプレドープした負極は、わずかな水分と過剰に反応するために安全性に対する十分な配慮が必要であり、このような電極は低湿度環境下で取り扱わねばならず、電極製造プロセスが複雑になるという問題があった。
【0012】
特許文献2には、正極活物質として不可逆容量を有するリチウム遷移金属複合酸化物を、負極活物質として珪素系材料を用いたリチウムイオン二次電池が記載されている。しかしながら、特許文献2記載の電池は、正極実容量に対する負極実容量は95%以上であることは含まれておらず、また、負極活物質はSiとSiOとHCとの複合化により初回充放電効率を調整することに関しては考慮されていない。
【0013】
また、従来のリチウムイオン二次電池は、-10℃の環境下で充電を行うと負極上にリチウムデンドライドが成長する可能性が高く、45℃以上の環境下においてはポリフッ化ビニリデン(PVdF)バインダーが膨潤するため、電極が劣化し十分なサイクル寿命特性が得られなかった。
【0014】
また、従来のリチウムイオン二次電池用電解液には支持塩として六フッ化リン酸リチウム(LiPF
6)、溶媒にはエチレンカーボネート(EC)とエチルメチルカーボネート(EMC)が主に用いられてきた。これは、Liイオン導電率が高く、低粘度であるために、ポリプロピレン(PP)やポリエチレン(PE)等のポリオレフィン系材料の微多孔質セパレータへの濡れ性が比較的高いこと、等の理由による。しかし、LiPF
6は熱と水分に対して非常に不安定であり、EMCは熱的安定性が低いことが知られていた。このため、電解液が加熱された時には、LiPF
6と溶媒の反応が起こる。また、LiPF
6は、水分と容易に加水分解反応を起こし、フッ化水素酸(HF)を生成する。このHFは、電池中のあらゆる物質に対して腐食性を示し、電池の劣化の原因となることが指摘されている。
【0015】
電池は単に一つの材料、例えば活物質だけを代えただけでは、良好な電池特性を発揮しない。既存材料の組み合わせによって、予想し得ない性能を発揮することがある。このため電池の評価は、例え既存物質であっても、電池として評価し、その有用性を結果から証明することが必要とされる。言い換えれば、物質自身が既存であっても、これまでに電池として評価が成されていなければ、電池材料系においては未知物質であるといえる。さらに電池とは、システムとして動作しなければ無意味であるため、活物質、バインダー、電解液等との相性も十分に考慮する必要があるだけでなく、電極や電池構造も重要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【特許文献1】特開2011−54324号公報
【特許文献2】特開2011−228052号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
本発明は、上記従来技術の現状に鑑みてなされたものであり、その主な目的は、製造プロセスが簡便で,かつ高エネルギー密度および耐熱性を有するリチウムイオン電池を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明者等は種々の検討を行った結果、初期不可逆容量を調整するためにSiとSiOとHCとを複合化した負極材料と、金属Liを対極として充放電させた場合の初回充放電効率が80%〜90%である正極活物質と、電解液支持塩には、六フッ化リン酸リチウム(LiPF
6)とリチウムビス(オキサレート)ボレート(LiBOB)と、電解液溶媒にはエチレンカーボネート(EC)とγ−ブチロラクトン(GBL)とを含む蓄電デバイスであれば、前記課題を解決できることを見出し、本発明として提案するものである。
【0019】
本発明は、リチウムイオンを吸蔵放出でき,かつ初期充放電で不可逆容量をもつ正極と負極との間にセパレータを備え、前記セパレータにおける空隙部分にリチウムイオンを含む非水電解液を満たした構造のリチウムイオン電池であって、前記正極に含有される正極活物質は、金属Liを対極として充放電させた場合の初回充放電効率が80%〜90%であり、前記負極に含有される負極活物質は、シリコン化合物から選ばれるものであり,該負極は初期充放電における不可逆容量分のリチウムがドープされていない状態であり,前記正極と前記負極の初期充電電気容量において、前記正極に対する前記負極の容量比が0.95以上1以下であることを特徴とするリチウムイオン電池である。
【0020】
本発明のリチウムイオン電池によれば、上記高容量を有する負極活物質と、金属Liを対極として充放電させた場合の初回充放電効率が80%〜90%である正極活物質を用いることにより、負極活物質の不可逆容量を正極活物質の不可逆容量で補償することができ、これにより従来、容量が大きくても不可逆容量が大きく使用し難かった負極材料を用いることが可能となった。また、熱的安定性の高いバインダーと電解液とを用いることにより電池の耐熱性が向上した。よって、高エネルギー密度および耐熱性を有し且つサイクル特性に優れた蓄電デバイスとすることができる。
【0021】
また、負極活物質がSiとSiOとHCとを複合化することにより、初期不可逆容量を調整することができる。これにより、負極材料の初期充放電効率を改善し、高エネルギー密度を有するリチウムイオン電池を得ることができる。また、前記負極活物質は、金属Liを対極として充放電させた場合の初回充放電効率が70%以上であることが好ましい。
【0022】
本発明のリチウムイオン電池は、前記正極活物質が、下記化学式1で表される物質から形成されることが好ましい。
[化学式1]
aLi[Li
1/3Mn
2/3]O
2・(1-a)Li[Ni
xCo
yMn
z]O
2
(0≦a≦0.3、0≦x≦1、0≦y≦1、0≦z≦1、x+y+z=1)
【0023】
また、前記正極の初回充放電効率が、80%以上90%以下であることが好ましい。
【0024】
本発明のリチウムイオン電池は、正極にCMC、ポリアクリル酸ナトリウム、アルギン酸ナトリウムバインダーを含有することが好ましい。これにより、高温下におけるバインダーの膨潤を抑制できる正極となり、耐熱性に優れた蓄電デバイスを得ることができる。
【0025】
本発明のリチウムイオン電池は、負極活物質が、SiとSiOとHCとの質量比の合計を100質量%とした場合、Siを10%〜80%、SiOを0%〜45%、ハードカーボンを0%〜80%を含有することが好ましい。これにより、負極材料の初期充放電効率を改善し、高エネルギー密度を有する蓄電デバイスとなる。
【0026】
本発明のリチウムイオン電池は、負極にポリイミド樹脂を含有することが好ましい。これにより、高温下におけるバインダーの膨潤を抑制できる負極となり、耐熱性に優れた蓄電デバイスを得ることができる。
【0027】
本発明のリチウムイオン電池は、電解液支持塩が、少なくともリチウムビス(オキサレート)ボレート(LiBOB)を含有することが好ましく、また、電解液溶媒が、少なくともγ−ブチロラクトン(GBL)を含有することが好ましい。これにより、高温下においても電解液が安定となり、耐熱性に優れた蓄電デバイスを得ることができる。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、製造プロセスが簡便で,かつ高エネルギー密度および耐熱性を有するリチウムイオン電池を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【
図1】本発明に係るリチウムイオン電池の実施例1に関する正極と負極の可逆容量及び不可逆容量を示す図である。
【
図2】本発明に係るリチウムイオン電池の実施例2に関する正極と負極の可逆容量及び不可逆容量を示す図である。
【
図3】本発明に係るリチウムイオン電池の比較例1に関する正極と負極の可逆容量及び不可逆容量を示す図である。
【
図4】実施例1、実施例2、比較例1、比較例2及び比較例3の各コインセルのサイクル特性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、本発明の実施形態にかかるリチウムイオン電池について説明する。本発明に係るリチウムイオン電池は、リチウムイオンを吸蔵放出でき,かつ初期充放電で不可逆容量をもつ正極と負極との間にセパレータを備え、該セパレータにおける空隙部分にリチウムイオンを含む非水電解液を満たした構造の蓄電デバイスであって、該正極に含有される正極活物質は、金属Liを対極として充放電させた場合の初回充放電効率が80%〜90%である。また、負極に含有される負極活物質は、シリコン化合物とHCとの混合材料であり,該負極は初期充放電における不可逆容量分のリチウムがドープされていない状態である。正極と負極の初期充電電気容量の関係は、正極に対する負極の容量比が0.95以上1以下である。
【0031】
本発明において用いられる負極活物質は、SiとSiOとHCとを複合化した材料である。この複合化材料は、初回充放電効率が高く、非常に高容量であるので、本発明のリチウムイオン電池を高容量とすることができる。
【0032】
SiやSiO負極活物質は、充放電時におけるリチウムイオンの吸蔵および放出反応に起因する体積変化が著しく大きいため、繰り返し充放電した際に負極材料が構造劣化して電極中に亀裂が生じやすくなる。結果的に、繰り返し充放電した後の放電容量(サイクル特性)の低下が問題となっていた。本発明においては、負極にHCを含有することにより、SiやSiO負極活物質の充放電時における体積膨張を緩和することができる。これにより、負極材料が構造劣化して電極中に亀裂が生じることを防ぐことができ、繰り返し充放電した後の放電容量(サイクル特性)の低下を抑制することができる。
【0033】
負極活物質は、SiとSiOとHCとの質量比の合計を100質量%とした場合、Siを10%〜80%、SiOを0%〜45%、HCを0%〜80%含有することが好ましいが、Siを40%〜80%、SiOを0%〜10%、HCを10%〜60%含有することがより好ましい。
【0034】
また、従来の負極バインダーであるPVdFは、45℃以上の環境下において電解液と反応して膨潤するために、電極が劣化し十分なサイクル寿命特性が得られないことが問題となっていた。本発明においては、負極にポリイミド樹脂を含有することにより、バインダーの膨潤を抑えることができる。これにより、高温下において負極材料が構造劣化して亀裂が生じることを防ぐことができ、繰り返し充放電した後の放電容量(サイクル特性)の低下を抑制することができる。
【0035】
本発明において用いられる正極活物質は、金属Liを対極として充放電させた場合の初回充放電効率が80%〜90%であり、好ましくは85%〜90%である。換言すれば、本発明において用いられる正極活物質は、活物質全体の容量に対し10%〜20%、好ましくは10%〜15%の不可逆容量を有する。
【0036】
本発明において用いられる負極活物質は、上記したように高容量ではあるが、初回充放電容量が低くサイクル寿命が短いという欠点を有する。この課題を解決するために、本発明者らは、シリコン化合物とHCとを混合し、金属Liを対極として充放電させた場合の初回充放電効率が80%〜90%である正極と前記負極とを併用することにより、かつ、対極を金属リチウムとしたときの正極と負極の初期充電電気容量において、該正極に対する該負極の容量比が0.95以上1以下とすることにより、正極活物質の不可逆容量により負極活物質の不可逆容量が補償されることを見出した。従来、寿命が短く電池容量が大きくても不可逆容量が大きく使用し難かった負極材料を用いることが可能となった。なお、対極を金属リチウムとしたときの正極と負極の初期充電電気容量において、該正極に対する該負極の容量比が0.95以上1以下の範囲に設定するためには、例えば、正極及び負極において形成される正極活物質の膜厚や負極活物質の膜厚を制御することにより可能である。
【0037】
本発明において用いられる正極活物質は、金属Liを対極として充放電させた場合の初回充放電効率は80%〜90%、好ましくは85%〜90%であれば、特に限定されるものではない。充放電効率が80%未満の場合、正極が十分な可逆容量を得られず好ましくない。充放電効率が90%を超える場合、正極のLiが負極の不可逆成分に捕捉され、正極の可逆容量が減少するために好ましくない。本発明における正極活物質としては、下記化学式1で表される層状酸化物が好適に用いられる。
[化学式1]
aLi[Li
1/3Mn
2/3]O
2・(1-a)Li[Ni
xCo
yMn
z]O
2
(0≦a≦0.3、0≦x≦1、0≦y≦1、0≦z≦1、x+y+z=1)
【0038】
また、従来の正極バインダーとしてもPVdFが適用されているが、45℃以上の環境下において電解液と反応して膨潤するために、電極が劣化し十分なサイクル寿命特性が得られないことが問題となっていた。本発明において用いられる正極バインダーはCMC、ポリアクリル酸ナトリウム、アルギン酸ナトリウムバインダーであり、より好ましくはポリアクリル酸ナトリウムバインダーである。これにより、高温下において正極の膨潤を抑え、電極構造が劣化して亀裂が生じることを防ぐことができ、繰り返し充放電した後の放電容量(サイクル特性)の低下を抑制することができる。
【0039】
本発明のリチウムイオン電池は、負極活物質が、SiとSiOとHCとの質量比の合計を100質量%とした場合、Siを10%〜80%、SiOを0%〜45%、HCを0%〜80%含有することが好ましいが、Siを40%〜80%、SiOを0%〜10%、HCを10%〜60%含有することがより好ましい。よって、SiO負極活物質に、これら不可逆容量が小さいSiやHCとを含有させてコンポジット化(複合体化)することにより、正極の可逆容量に対する負極の不可逆容量の比を小さくすることができる。これにより、負極材料の可逆容量を大きくすることができ、高エネルギー密度を有し且つサイクル特性に優れた蓄電デバイスを得ることができる。尚、「コンポジット化する」とは、SiO粒子とSi粒子とHC粒子とを含む状態全般を含む意味であり、単にそれぞれの粒子が混合されているだけの状態でもよく、粒子同士が結合している状態でもよい。
【0040】
本発明のリチウムイオン電池は、負極活物質が、SiとSiOとHCとの質量比の合計を100質量%とした場合、Siを10%〜80%、SiOを0%〜45%、HCを0%〜80%含有することが好ましいが、Siを40%〜80%、SiOを0%〜10%、HCを10%〜60%含有することがより好ましい。SiOの含有量が45%よりも大きい場合は、正極の不可逆容量に対する負極の不可逆容量の比を十分に小さくすることができないため好ましくない。HCの含有量が80%よりも大きい場合は、Siの含有量が少なくなり、負極を高容量化ができないため好ましくない。上記のような質量比を採用することにより、リチウムイオンの吸蔵及び放出に伴う体積変化を緩和できる負極材料となり、高容量で、充放電サイクル特性に優れたリチウムイオン電池を得ることができる。
【0041】
本発明のリチウムイオン電池は、電解液支持塩が、少なくともリチウムビス(オキサレート)ボレート(LiBOB)を含有することが好ましく、また、電解液溶媒が、少なくともγ−ブチロラクトン(GBL)を含有することが好ましい。これにより、高温下においても電解液が安定となり、耐熱性に優れた蓄電デバイスを得ることができる。また、本発明のリチウムイオン電池は、電解液支持塩が、六フッ化リン酸リチウム(LiPF
6)とリチウムビス(オキサレート)ボレート(LiBOB)とを含有するように構成することがより好ましく、また、電解液溶媒が、エチレンカーボネート(EC)とγ−ブチロラクトン(GBL)とを含有するように構成することがより好ましい。このような構成により、高温下における電解液の安定性をより一層高めることができ、より耐熱性に優れた蓄電デバイスを得ることができる。
【0042】
本発明のリチウムイオン電池は、電解液支持塩にリチウムビス(オキサレート)ボレートを含有していることが好ましい。但し、LiBOBは溶媒に対する溶解度が低いために、LiPF
6と併用して用いられることが好ましい。LiBOBは、250℃程度まで安定であるため、電解液の耐熱性を上げるための添加剤的な役割として用いる。しかし、電解液を高温で使用する場合には、溶解性も向上するため、高温用電解液の支持塩として用いることが可能となる。LiBOBには、Al集電体に対する腐食性もない。さらに、LiBOBはフッ素を含まないハロゲンフリーな支持塩であるため、HF生成の懸念もない。
【0043】
本発明のリチウムイオン電池は、電解液の溶媒に、エチレンカーボネート(EC)とγ‐ブチロラクトン(GBL)とを併用して用いられることが好ましい。エチレンカーボネート(EC)は沸点:244℃、γ‐ブチロラクトン(GBL)は沸点:204℃である。これら材料を組み合わせて混合したものを、耐熱性電解液として用いることができる。
【0044】
溶媒使用の電位範囲として、EC、GBLは、通常の0〜4.5V vs. Li電位程度での使用は可能である。GBLは、誘電率、粘度、融点、沸点ともに優れたバランスであり、電解液溶媒として好ましいが、耐還元性と耐酸化性低下する。GBLは、そのものの耐酸化性は高くないが、過充電時には反応して正極表面で被膜を生じ、電解液の劣化を防止する機能をするために、4V級の電圧領域でも使用できる。GBLは耐還元性も高くないため、金属リチウムと反応するが、ECと組み合わせることでこれは克服することができる。
【0045】
本発明のリチウムイオン二次電池用電解液によれば、溶媒が高沸点であって、支持塩が耐熱性を有するので、耐熱性電解液として用いることができる。
【実施例】
【0046】
以下、実施例により本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0047】
(実施例1)
(1)正極の作製
正極活物質としてLi過剰系酸化物(0.2Li
2MnO
3-0.8LiNi
0.33Co
0.33Mn
0.33O
2, LNCMO)を90質量%、バインダーとしてポリアクリル酸ナトリウムを5質量%、導電材としてアセチレンブラック(AB)を5質量%とを混合してスラリー状の合剤を調製した。集電体である厚さ20μmのアルミニウム箔上にスラリーを塗布し、80℃の乾燥機で乾燥後、一対の回転ローラー間に通してロールプレス機によりより電極シートを得た。この電極を電極打ち抜き機で直径11mmの円板状に打ち抜き、加熱処理(減圧中、150℃、24時間)して正極板を得た。ここで、アルミニウム箔上に塗布したスラリーの厚みは55μmである。
【0048】
(2)正極試験電池の作製
コインセルの下蓋に、上記正極のアルミニウム箔面を下に向けて載置し、その上に60℃で8時間減圧乾燥した直径16mmのポリプロピレン多孔質膜(ヘキストセラニーズ社製 セルガード#2400)からなるセパレータ、および対極である金属リチウムを積層し、正極試験電池を作製した。電解液としては、1M LiPF
6 EC(エチレンカーボネート):DEC(ジエチルカーボネート)=1:1(vol%)を用いた。なお正極試験電池の組み立ては露点温度−60℃以下の環境で行った。
【0049】
このようにして作製した正極試験電池、つまり、対極を金属リチウムとしたときの正極の初回充電容量(初期充電電気容量)は1.00mAh、初回放電容量は0.85mAhであった。初回放電容量は正極の可逆容量である。なお、この正極の初回充放電効率は85%である。
【0050】
(3)負極の作製
SiとSiOとHCを40:30:30で複合化した負極活物質粉末に対し、バインダーとしてポリイミド(PI)、導電性物質としてABを、負極活物質粉末:バインダー:導電性物質=80:2:18(重量比)の割合となるように秤量し、N−メチルピロリドン(NMP)に分散した後、自転・公転ミキサーで十分に撹拌してスラリー化した。得られたスラリーを負極集電体である高強度銅箔上に塗布し、正極と同様の方法で負極を作製した。この電極シートを電極打ち抜き機で直径11 mmの円板状に打ち抜き、350℃で1時間減圧乾燥を行い、負極板を得た。ここで、高強度銅箔上に塗布したスラリーの厚みは30μmである。
【0051】
(4)負極試験電池の作製
正極と同様に、コインセルの下蓋に、上記負極の高強度銅箔面を下に向けて載置し、その上に60℃で8時間減圧乾燥した直径16mmのポリプロピレン多孔質膜(ヘキストセラニーズ社製 セルガード#2400)からなるセパレータ、および対極である金属リチウムを積層し、負極試験電池を作製した。電解液としては、1M LiPF
6 EC(エチレンカーボネート):DEC(ジエチルカーボネート)=1:1(vol%)を用いた。なお負極試験電池の組み立ては露点温度−60℃以下の環境で行った。
【0052】
このようにして作製した負極試験電池、つまり、対極を金属リチウムとしたときの負極の初回充電容量(初期充電電気容量)は1.00mAh、初回放電容量は0.71mAhであった。したがって、この負極の初回充放電効率は、70%以上の71%となった。
【0053】
図1は、対極を金属リチウムとしたときの上記正極及び負極の初回充放電容量(初期充電電気容量:mAh)をグラフ化したものである。横軸は容量(mAh)、縦軸は電位(V vs.Li/Li+)である。正極の初回充電容量(初期充電電気容量)は1.00mAhであり、負極の初回充電容量(初期充電電気容量)も1.00mAhであることから、正極と負極の初期充電電気容量において、正極に対する負極の容量比は、1となる。
【0054】
(5)充放電試験
上記した正極、負極及びセパレータを用い、充放電試験電池を作製した。電池構造は、正極と負極との間にセパレータを介在させた2032型コインセル構造である。セパレータにおける空隙部分に含まれる非水電解質(非水電解液)としては、1M LiPF
6+0.05MLiBOB EC(エチレンカーボネート):GBL(γ−ブチロラクトン)=1:1(vol%)を用いた。この2032型コインセルを、0.1Cレート、初回充放電のカットオフ電圧は2.2−4.6V、2サイクル目以降の充放電のカットオフ電圧は2.2−4.3V、60℃で充放電試験を行った。
図4に、実施例1に係る充放電試験における放電容量維持率(%)と、サイクル数との関係を示す。なお、縦軸が放電容量維持率(%)、横軸が充放電サイクル数である。放電容量維持率とは、2サイクル目の放電容量に対する各サイクルにおける放電容量の比として求めたものである。実施例1に係る充放電試験では、1サイクル目で不可逆容量がキャンセルされ、1サイクル目の放電容量は0.71 mAhであった。なお、この正極の2サイクル目の放電容量は172mAh/gとなった。60℃における充放電サイクル試験において、50サイクル後の放電容量維持率は80%であった。
【0055】
(実施例2)
負極活物質がSiとSiOとHCを40:5:55であること以外は、実施例1と同様の方法でコインセルを作製した。この2032型コインセルを、0.1Cレート、初回充放電のカットオフ電圧は1.7−4.6V、2サイクル目以降の充放電のカットオフ電圧は1.7−4.3V、60℃で充放電試験を行った。なお、対極を金属リチウムとしたときの負極の初回充電容量は1.00 mAh、初回放電容量は0.81 mAhであった(したがって、この負極の初回充放電効率は70%以上の81%となる。)。なお、
図2は、対極を金属リチウムとしたときの上記正極及び負極の初回充放電容量(初期充電電気容量:mAh)をグラフ化したものであり、正極の初回充電容量(初期充電電気容量)は1.00mAhであり、負極の初回充電容量(初期充電電気容量)も1.00mAhであることから、正極と負極の初期充電電気容量において、正極に対する負極の容量比は、1となる。また、実施例2に関し、実施例1と同様の充放電試験を行った結果を
図4に示す。実施例2に係る充放電試験では、正極の2サイクル目の放電容量は190mAh/gとなった。60℃における充放電サイクル試験において、50サイクル後の放電容量維持率は83%であった。
【0056】
(比較例1)
実施例1と同様の方法でコインセルを作製した。この2032型コインセルを、0.1Cレート、初回充放電のカットオフ電圧は2.2−4.5V、2サイクル目以降の充放電のカットオフ電圧は2.3−4.3V、60℃で充放電試験を行った。なお、対極を金属リチウムとしたときの正極の初回充電容量(初期充電電気容量)は0.85mAh、初回放電容量は0.58 mAhであった。
図3は、対極を金属リチウムとしたときの上記正極及び負極の初回充放電容量(初期充電電気容量:mAh)をグラフ化したものである。また、比較例1に関し、実施例1と同様の充放電試験を行った結果を
図4に示す。比較例1に係る充放電試験では、正極の2サイクル目の放電容量は138mAh/gとなった。60℃における充放電サイクル試験において、50サイクル後の放電容量維持率は70%であった。
【0057】
(比較例2)
正極と負極とのバインダーがPVdFバインダーであること以外は、実施例1と同様の方法でコインセルを作製した。この2032型コインセルを、0.1Cレート、初回充放電のカットオフ電圧は2.2−4.6V、2サイクル目以降の充放電のカットオフ電圧は2.2−4.3V、60℃で充放電試験を行った。なお、対極を金属リチウムとしたときの正極の初回充電容量(初期充電電気容量)は1.00mAh、初回放電容量は0.70 mAhであった。また、比較例2に関し、実施例1と同様の充放電試験を行った結果を
図4に示す。比較例2に係る充放電試験では、正極の2サイクル目の放電容量は165mAh/gとなった。60℃における充放電サイクル試験において、50サイクル後の放電容量維持率は16%であった。
【0058】
(比較例3)
電解液が1M LiPF
6 EC(エチレンカーボネート):GBL(γ−ブチロラクトン)=1:1(vol%)であること以外は、実施例1と同様の方法でコインセルを作製した。この2032型コインセルを、0.1Cレート、初回充放電のカットオフ電圧は2.2−4.6V、2サイクル目以降の充放電のカットオフ電圧は2.2−4.3V、60℃で充放電試験を行った。なお、対極を金属リチウムとしたときの正極の初回充電容量(初期充電電気容量)は1.00mAh、初回放電容量は0.71 mAhであった。また、比較例3に関し、実施例1と同様の充放電試験を行った結果を
図4に示す。比較例3に係る充放電試験では、正極の2サイクル目の放電容量は168mAh/gとなった。60℃における充放電サイクル試験において、50サイクル後の放電容量維持率は55%であった。
【0059】
図4に示す実施例1、2及び比較例1〜3に関する充放電試験結果から、対極を金属リチウムとしたときの正極と負極の初回充電容量(初期充電電気容量)において、正極に対する負極の容量比が0.85である比較例1は、充放電サイクル数が増加すると共に、容量密度(mAh/g)が大きく低下しているのに対し、対極を金属リチウムとしたときの正極と負極の初回充電容量(初期充電電気容量)において、正極に対する負極の容量比が1である実施例1及び実施例2は、充放電サイクル数が増加しても、高い容量密度(mAh/g)を維持しており、サイクル特性が極めて良好であることが分かる。なお、充放電サイクル数の増加に伴う、容量密度(mAh/g)の低下率がそれほど大きくないと考えられる正極に対する負極の容量比の境界は、0.95から1の間に存在すると考えられる。
【0060】
また、正極と負極とのバインダーが従来のPVdFである比較例2の電池は、
図4のグラフからも分かるように、50サイクル後の容量が初期容量に対して約80%以上も減少し、高温下において特性が劣化している。これは、高温下、正極および負極でバインダーの膨潤により電極構造が劣化したと考えられる。
【0061】
また、電解液がLiPF
6 EC(エチレンカーボネート):GBL(γ−ブチロラクトン)=1:1(vol%)である比較例3の電池は、
図4のグラフからも分かるように、50サイクル後の容量が初期容量に対して約45%も減少し、高温下において特性が劣化している。これは、高温下、正極表面で電解液が酸化分解したことにより電極の内部抵抗が増加したことによると考えられる。
【0062】
このように、本実施例のリチウムイオン電池は、Liプリドープを行うことなく電池の耐熱性を向上させ、高エネルギー密度化することができる。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明により得られるリチウムイオン電池は、例えば、移動体通信機器、携帯用電子機器、電動自転車、電動二輪車、電気自動車等の主電源等の用途に利用することが可能である。